Wed, April 14, 2010
posted by kanon-moonsoul
スピ系に多く見られる、妄想の中の愛
テーマ:危機意識(洗脳その他)スピ系の人と話しをしていると、
その時行きがかり上出た話題をとかく「必然のタイミングで」とか、「引き寄せの法則」とか、
又は「シンクロニシティー」・・・・などと表現し、
その時に訪れた出会いの整合性をより神秘的なものに演出しようとする傾向が見られます。
事実私にもそうした経験は多々ありました。
事と次第によっては「それなりの(大人の)関係」を強要せんばかりに迫って来る人も居ましたし、
放っておけばそうなりかけたであろう危険な状況も多々、経験しました。
彼らの殆どはそうした行為に対し、ある種の背徳意識を自覚しています。
ですからその背徳感を払拭し、先の関係に進む為の整合性のひとつとして、
「引き寄せの・・・」とか「シンクロニシティー」などという言葉を持ち込み、
全く関係のない日常で起きた双方の現象を、無理やり深い関係のある出来事であるかのように、
こじつけようとします。
人間の世界に於いては全てがシンクロニシティーだと言う事も出来ますし、
又、全てがそうではなく偶然の一致の折り重なりだと言う事も出来ます。
肝心な事は、
そうした物事、現象が自身の実生活や意識の変化として、
それが他の目からも言い表せるものの形で刻印されたかどうか・・・というところにあります。
色々なシンクロニシティーを口にしている人をよく観察していると、
現実生活の表層に於いてそれらが全く活かされていない状況が多々あるようです。
つまりこれは心と気分の瞬時の爽快感を、
まるで奇跡でも起きたかのように錯覚しているケースと言っても良いでしょう。
本物の奇跡は、その後のその人の人生を目に見える形で変えて行きます。
そうではない瞬時の爽快感はあくまで気分がその瞬間とても爽快だったというだけの、
ただの妄想です。
それが男女の関係を含むものであれば、ただの浮気(出来心)だと言う事も出来ます。
ましてそれが非道徳的な行為を含むものであれば、
そうした偶然がシンクロニシティーや「引き寄せの法則」である筈がありません。
普通の人が普通に考えても分かるモラル、ないしはその違反行為を、
スピ系の言葉で脚色し自分や第三者を偽る事は、
スピリチュアルを扱う人間として絶対にあってはならない事だと、私は肝に銘じています。
@蒼い月の杜
参考記事:『道徳とスピリチュアル』
<スピリチュアル>はなぜ流行るのか (PHP新書)/磯村 健太郎
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