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[20382] りりかるグラハム(リリカルなのは×ガンダムOO)
Name: えなりん◆e5937168 HOME ID:cd277927
Date: 2010/07/17 19:38

第一話 ならばそれは、世界の声だ(前編)

 一切が真空という名の闇に閉ざされ、星々の僅かな光のみが輝く空間で一際輝く星があった。
 若草色と深い血の色、対極に位置するようにも見える二対の輝きは互いに反発しあい、よりいっそうその輝きを強めていた。
 若草色の光を発するのは、世界の変革を促がした為に世界を敵に回した機体。
 ソレスタルビーイングという組織が保有するモビルスーツ。
 太陽炉という特殊なエンジンにより、かつては無敵と同義であったガンダムという名の機体である。
 そのガンダムの中でもより近接戦闘に主眼を置いた機体、エクシアであった。
 そしてもう一方の深い血の色の光を発するのは、世界の変革の波により歴史の影に埋もれるはずであった機体。
 太陽エネルギーと自由国家の連合、通称ユニオンがかつて世界に誇っていた主力量産型モビルスーツ。
 ガンダムにより駆けるべき空を穢された機体である。
 ただし、今現在エクシアと死闘を繰り広げている機体には、本来あるはずもないものが搭載されていた。
 ガンダムが保有する太陽炉、それを限りなく近いものに模倣した擬似太陽炉。
 それを搭載したGNフラッグであった。
 その両機がそれぞれGNソードとビームサーベルで鍔迫り合いを行う。

「だが愛を超越すれば、それは憎しみとなる。行き過ぎた信仰が内紛を誘発するように」
「なっ……それが分かっていながら、何故戦う!」

 エクシアのパイロットが、激昂するままにGNフラッグを押しやった。
 そのまま僅かな距離にGNソードを差し込み、薙ぎ払う。

「軍人に戦う意味を問うとは」

 斬り払われたかに見えたGNフラッグは、かすり傷を受けたのみであった。
 機体が流された勢いを無駄には殺さず、宙返りをして態勢を整える。
 即座に手にしたGNビームサーベルをエクシアへと向けて突き出すように構えた。

「ナンセンスだな!」

 一気に加速したGNフラッグが、エクシアへと襲いかかった。
 GNソードを大きく薙ぎ払った格好のエクシアは、払う事も避ける事も出来きない。
 エクシアの頭部にあるアイカメラへと、GNビールサーベルが深々と突き刺さっていく。
 装甲の厚さや耐ビームコーティングの加護により、貫通こそは免れていた。
 だが元々、首部分は耐久度が低く出来ている。
 GNビームサーベルの威力に押され骨格やケーブルが引きちぎれ、エクシアの頭部が千切れ飛ぶ。
 だが人体とは違い、モビルスーツの頭部は急所ではない。
 千切れ飛んでいく頭部を見送る事もなく、エクシアは踏み込み過ぎたGNフラッグへとGNソードを薙ぎ払う。

「貴様は歪んでいる!」

 返す刀でGNフラッグの頭部を切り払うが、そこが急所でないのは向こうも同じ。
 密着状態からGNフラッグの拳がエクシアの胴体部へと打ち込まれた。

「そうしたのは君だ」
「うッ」

 コックピットに極々近い場所を打たれ、激しい震動にエクシアのパイロットが苦悶の声を漏らした。

「ガンダムという存在だ!」

 直接パイロットを襲うダメージに動きが鈍ったエクシアを前に、GNフラッグがさらに追撃を行う。
 続行される密着状態からGNビームサーベルは使えず、格闘戦によってだ。
 宇宙戦闘では、ほぼ飾りとも言える脚部にてエクシアを蹴りつけ、再度パイロットに揺さぶりをかける。
 だがその揺さぶりは互いの機体を離れさせ、エクシアに再起の可能性を与えてしまった。
 GNソードを折り畳み、そこに内臓されている小型GNビームライフルの銃口をGNフラッグに向けられる。
 武装という点で圧倒的に劣るGNフラッグは回避しか許されなかった。
 上へ下へと激しく機体を振り回し、小型GNビームライフルから放たれる銃弾をかわしていく。
 並のパイロットならば、かかるGの重圧に瞬く間に気を失ってしまう事だろう。
 だがGNフラッグのパイロットは並のパイロットではなかった。
 性能で圧倒的に劣るフラッグで、幾度もガンダムのパイロット達を苦しめたトップファイターである。
 ただし、激しい回避行動を前に肉体的ダメージが皆無とは、さすがにいかなかったようだ。

「だから私は君を倒す」

 気を吐くパイロットが被るヘルメットのバイザー部分には、吐き出した血がこびり付いていた。

「世界など、どうでも良い。己の意志で!」
「貴様だって、世界の一部だろうに!」

 エクシアのパイロットの声は届かない、歪んだまま届く。

「ならばそれは、世界の声だ!」

 憎しみを抱いたままGNフラッグが加速する。
 つい先ほど、エクシアの頭部を吹き飛ばした場面を彷彿と、いやそれ以上の加速振りを見せてGNビームサーベルを向けていた。

「違う、貴様は自分のエゴを押し通しているだけだ。貴様のその歪み……」

 エクシアのパイロットも覚悟を決め、腕を薙ぎ払いながら折り畳まれていたGNソードを伸ばす。
 太陽炉が生み出すGN粒子がそれに呼応するように銀光に紛れて光っていた。

「この俺が断ち斬る!」
「良く言ったガンダム!」

 互いに胸の内を全てを吐き出し、後は互いに己の武器で死を突きつけあいながら駆けるのみ。
 宇宙空間に若草色の光と深い血の色の光の帯が伸び、近付いていく。
 両機はまるで未来を生み出すように、暗闇しかない宇宙空間に光の道を作り出していた。
 だが二つの道は決して交わる事はない。
 それが交じり合った結果、GNフラッグの胴体部にエクシアのGNソードが深々と突き刺さる。
 エクシアも決して例外ではなく、GNフラッグのGNビームサーベルが同じく胴体部に突き刺さっていた。
 壮絶な相打ちを飾り立てるように、両機の機体から放電が走る。
 そして放電現象に誘発され、機体各部から負荷に耐え切れない事を嘆くように爆破が起こり始めた。

「ハワード……ダリル。仇は……」
「ガ、ガンダム……」

 途切れそうになる意識を繋げ、最後の言葉を呟きあう二人のパイロット。
 胸に抱いた言葉の全てを口にする事は出来なかった。
 何時終わりが来てもおかしくはない状況、薄れ行く視界の中でエクシアのパイロットがとあるものを見た。
 ひび割れたコンソール、その中に浮かんだ文字はツインドライヴシステム。
 それの意味するところも分からぬまま意識が閉じられる。
 最後の爆発を控え、量産されていくGN粒子。
 物理的接触を果たしたエクシアの太陽炉とGNフラッグの擬似太陽炉は、安全域を超えて過剰に稼動し始めていた。
 二つの機体を中心に、異なる色のGN粒子の輪を宇宙空間に広げていく。
 若草色の輪と深い血の色をした巨大な輪が僅かに重なり、ダブルオーの形をとる。
 その輪に祝福されるように、塵となって消えるようにそれぞれの色の量子となって消えていった。









 GNフラッグのパイロット、グラハム・エーカーは幸運にも意識を取り戻す事が出来た。
 それが意識と呼べるのか、そもそもグラハム本人と呼べるのかは分からない。
 だが人としての意識がそこにあった事は間違いなかった。
 星々に僅かに照らされた宇宙空間よりも暗い、何処か。
 意識のみが存在する暗所。

「私は既に、涅槃にいるというのか……」

 グラハムはそこを死後の世界かと思ったが、かろうじて把握できる視界の先にて小さな光を見た。
 それは一人の女性が持つ銀髪の輝きであった。
 グラハムを招くように両手を広げ、迎え入れるその女性には三対の黒い翼がある。
 天使なのかそれとも悪魔なのか。
 グラハムがその女性へと手を伸ばした瞬間、何故か突き飛ばされた。
 直接触れられたわけではないが、強い力に押されたように吹き飛ばされている
 意味が分からないまま、意識が宇宙空間を漂うようにふわふわと飛んで行く。

「上げて落とすとは、私とした事が……してやられたようだ。全く、先程の女性といいガンダムといい。ほとほと私を困らせるのが好きなようだ」

 苦笑しながら、ガンダムとの相打ちに持ち込んだ瞬間を思い浮かべる。
 自分は成すべき事を成して、そして果てた。
 人をからかう前に早く部下の二人に会わせて欲しいと、切に願い始める。
 すると視界が切り替わり始めた。
 宇宙空間より暗い場所から、宇宙空間と同等に、さらにもう少しだけ明るい場所へと。
 そこを照らすのは窓に掛かるカーテンの隙間より漏れる星明りと、消された蛍光灯の脇にある小さな白熱電球であった。
 あの世とも言える場所から急転過ぎると呆れたくなる状況で、グラハムは気付いた。
 博物館級の旧世代な造りの部屋の中にあるベッドの上である。
 こんもりと盛り上がる布団の中から、少女のようなか細い声によるすすり泣きが聞こえてきていた。

「お父さん、お母さん。うぅ……なんでやの、なんで私だけがこんな寂しい思いをせなあかんの?」

 そのすすり泣きを聞いて、まず最初に浮かんだ戦災孤児というものであった。
 戦災ではないが、自分も孤児であった過去から、その寂しさには共感できた。
 それ以上に、布団で外界を遮断するようにして泣く少女を前に、何かをせずにはいられない。
 例え彼女が戦災孤児で、自分がその原因を作り出したかもしれない軍人であったとしても。
 穢された空を前に憎しみを抱き、ガンダムに固執した自分であったが、それでも人間であった。
 見て見ぬ振りなど、到底出来るはずもない。

「突然だが、失礼する」

 丸まっていた布団がビクリと震える。
 いささか威圧的な第一声になってしまったが、少女の注意はひけたようであった。
 亀が甲羅の中から首を伸ばすように、少女が顔を出してくれた。

「だ、誰……」

 恐る恐る、まさにその表現がピッタリな様子で辺りを伺ったのは、やはり少女であった。
 それも想像以上に幼い、十歳に手が届くかどうかというところだ。
 目元を擦りながら体を起こし、辺りを伺う少女の瞳にはグラハムが映っていないように見えた。
 部下からは声さえ聞けば何処にいても分かると評されていたが、目の前の少女は対象外らしい。

「暗がりでは会話には不都合だろう。明かりを点けたいのだが……何処かな?」
「あ、ちょっと待って。今、つけるから」

 まだ涙を引きずる声の少女が、布団から這い出した。
 自分が灯りを要求したのあが、素直に灯りをつけようとする少女を不安に思う。
 ただ不審者を警戒するよりも、寂しさを紛らわさせる事を優先したのかもしれないが。
 それ程までに、危うい精神状態だったのかもしれない。
 そのままずりずりとベッドの上をはいずり、蛍光灯から伸びる紐にさらに別途括りつけたらしき紐を引っ張る。
 カチ、カチと二度引っ張られ、一度完全な無灯となり、蛍光灯が点灯された。
 点滅を繰り返してから照らし出された部屋の中で、少女が固まる。
 確かに急に自分の部屋に若い男がいれば、固まりもするだろうと、悲鳴でなかった事に感謝しつつグラハムは名乗りを上げた。

「突然の夜間の訪問にも関わらず、受け入れてくれた事に感謝する。私の名はグラハム・エーカー。ご覧の通り、軍人だ」
「ぐ、え……」
「軍人だと言った」
「軍人って、人間やよね?」

 ようやく自分へと振り返った少女の視線が、何故か天上を見上げるようになっていた。
 確かにグラハムの背は高い方だが、いささか天井を向きすぎてはいないだろうか。
 ただそれでもちゃんと、自分の視線と少女の視線はかち合っている。
 返って来た返答はいまいち意味が分からなかったが、少女も混乱しているのだろうと勝手に納得する。

「ああ、確かに軍への入隊は人間でなければならないと明記はしていないだろうが、軍人とは軍隊へと入隊した人間を指しての言葉だ」
「は、はあ……」

 少女の気のない返事に、何故これしきの事が伝わらないと疑問が浮かぶ。

「あの、ええですか? ちょっと時間を貰っても」
「慌てはしない。冷静に、現状を把握したまえ」
「冷静に把握するのは私やない気がしますけど……」

 ベッドの上を再びもそもそと動き出した少女は、そばにあった車椅子へと移るとグラハムの足元まで来た。
 両親に続いて足もかと哀しみを深めているグラハムは、まだ気づいていなかった。
 死後の世界を垣間見て、妙な悟りを開いた事で細かい事が気にならなかったのかもしれない。

「ほら、これで見えますか?」

 そう言った少女は机の引き出しから手鏡を取り出して、グラハムの視線の先に置いた。
 視線の先に鏡を置かれれば、当然の事ながら自分の姿が映し出される。
 沈黙、おかしな現象にグラハムの思考がついてこれなかった。
 差し出された鏡に自分の姿が映っていないのだ。
 鏡の中に映し出されているのは、勉強机に備え付けであろう本棚と、そこに立てかけられた数冊の本のみ。
 ありえない、自分は人外の存在となってしまったのか。
 例えばドラキュラ、確かあれは鏡に写らないはずだが突拍子も無さ過ぎる。
 突拍子のある考えとなると、

「まさか、全てをやり遂げた私に限って……この世に残す未練無し。幽霊になる道理もない。ならば何故鏡に写らない。やはりドラキュラ説が濃厚か!」
「いや、映ってますよ。ほら、この子です」

 どの口が冷静で現状をと言ったのか、少女の方が余程冷静に現状を把握していた。
 その証拠に、鏡の中に映る一冊の本を指差している。
 鎖で封をされ、一風変わった十字架が特徴的なハードカバーの本であった。
 置物としては十分だが、日記帳としては面倒そうだと一瞬で感想が浮かぶが、問題はそこではない。
 少女が指差したのは、恐らくはそこから声が漏れているからなのだろう。
 いやまさかと何度心の中で否定を繰り返した事か。
 やがて、現実逃避からしょうもないことに気がついた。

「存外ここは、埃っぽい」
「す、すみません。あんまり高いところは手が届かなくて……」
「いや、君が謝る事ではない。私が我慢をすックシ!」

 何処から出たのかくしゃみの弾みで、本棚から零れ落ちた。
 一瞬の浮遊感。

「なんと、ぐふッ!」

 勉強机に叩き付けられては弾み、さらに落下を続けて床に衝突。
 最後に力なく椅子の足にもたれ掛かかった。

「わ、私が……フラッグファイターたるこの私が、空から落ちただと。地に落ちるとはこの事か。認めたくはないものだな、くしゃみ故の過ちというものは」
「ぷ……」

 動揺をありありと声と格好で表すグラハムを前に、耐え切れずはやてが吹き出した。

「本が、軍人さんやのに……くしゃみして本棚から。あかん、つぼった。これは、あかん。ぽんぽんが痛くなるまで笑えてまう」
「ふっ……腹がよじれるまで笑ってくれたまえ。その方がいっそ、清々しい」
「あははは、拗ねた。軍人さんが拗ねた。本やのに、本棚から落ちたから!」

 床の上に落ちてなお、気障を気取るその台詞がなおさら少女の笑いを助長していた。

「あはっ、あかんほんまにつった。ぽんぽん、ぽんぽん痛い!」
「それは自業自得だ」
「だって、ひぃーん。止めたってや!」

 あらぬ原因から打ち解けはじめた両者の自己紹介は、一先ず少女が笑い死ぬまで始まりそうにはなかった。









 一先ず、互いに落ち着きを取り戻すと、場所を変える事になった。
 二階にあった少女の部屋から、この家屋のリビングへと。
 今や一冊の本と成り果てたグラハムはテーブルの上に安置され、少女はソファーの上に身を沈ませ見下ろしてくる。
 少女はグラハムを立てるのか、寝かせるべきなのか。
 それとも表紙、もしくは背表紙を自分に向けるか、本を開くべきかと悩んだりもしたが表紙を上にして安置する事で落ち着いた。

「私、八神はやて言います。貴方は、グラハム・エーカーさんでええですよね?」
「相違ない。私がグラハム・エーカーだ。なんの因果か、一冊の本に成り下がってしまってはいるがね」

 肯定の言葉には落胆の意が含まれており、悪いとは思いつつもはやてと名乗った少女は微笑んでしまう事を止められなかった。
 一冊の本に宿り軍人を名乗る外国人らしき男の人。
 奇怪という言葉以外には見つからない珍客ではあったが、客であった。
 懇意にしている自分の足の専門医の女性以外に、この家を訪れた最初の客人である。
 微笑を隠すように暖めたココアが注がれたカップを持ち上げ、一口含む。
 なんだか普段よりも甘く、美味しく感じられたのは気のせいではないだろう。
 それと同じものがグラハムの隣にも置かれているのは、はやてなりのもてなしであった。

「直前までの行動に、なんか理由があるんじゃないですか?」
「理由か……」

 至極全うなはやての指摘を前に、思い出す。
 だが直ぐにそれを口に出してはやてに伝えるわけにはいかなくなった。
 軍人を名乗って今さらかもしれないが、自分は戦場にいた。
 はやての両親を奪ったかもしれない戦争にて、少年とも呼べるべき年頃のパイロットとモビルスーツで殺しあっていたのだ。
 変革する世界の行く末はおろか、世界そのものも投げ出し、憎しみにかられて殺しあっていた。
 一般市民から恨まれるのはある意味で軍人の常であるが、涙で枕を濡らしていた少女にはとても告げられない。

「良く覚えてはいない。演習中に事故にでもあったか」
「それは、なんて言って良いか。さ、災難やったね」
「すまない」

 言葉が見つからず、無難な台詞を口にした事で済まなそうに顔を伏せるはやてへ、こちらこそという意味を込めてグラハムが呟く。
 しばしの沈黙が訪れ、所在なさげにはやてはココアを口に含む。
 ここは嘘をついた自分から状況を打開すべきだろうと、グラハムが何処にあるか分からない口を開こうとする。

「話は変わ」
「あの、グ」

 だがはやての方もあえて自分から空気を変えようとし、言葉がかち合ってしまった。

「はやて、君の言葉を先に聞かせてくれたまえ」

 そこへすかさず年上の余裕を見せて、二の句がかち合う前にグラハムが譲る。

「あ、はい。グラハムさんは、これからどうするつもりですか?」
「どうするか、か……恐らく私はMIA扱いになっている事だろう」
「MIAですか?」

 つい呟いてしまった戦争時の行方不明兵士の略語を使ってしまい、問い返された意味は誤魔化す。
 同僚に直接ではなく、墓前にてフラッグでガンダムを討ったと報告するのも悪くは無い。
 ただし、その見返りとして一冊の本になったとあっては、報告するに出来ない。
 何をしているんですかと、怒られてしまう事だろう。
 その後のフラッグ強し、ガンダムを超えるというフラッグを称える声も魅力的だが、選択肢としては選べなかった。
 それにアレは完全なる相打ち、超えたとはとてもいえない。
 だとすれば、どうするべきか。
 一冊の本という存在に貶められた状況は、生き恥を晒すにも似た状況で、何をするべきかも分からなかった。
 ガンダムを討ち取り、全てをやり遂げてしまった達成感以上に、虚脱感に襲われる。

「あの何か理由があって軍に戻れないんやったら、しばらくうちにいませんか?」

 まともな意見一つ言えず押し黙ったグラハムへと、伺うようにはやてが尋ねてきた。
 あまりにも考えもしなかった選択しを前に、思わず尋ね返してしまった。

「この家に?」
「あ、嫌やったらええんです。何処へ行くかはグラハムさんの自由ですし、けど……たまに顔を出してくれたら嬉しかったり」
「そうか……」

 グラハムよりも余程、はやての気持ちははっきりしていた。
 軍人と知ってなお、グラハム・エーカーという存在を気に掛けてくれている。
 客人としてでも立ち寄ってくれたら嬉しいと。
 思い出されるのは一人ベッドで丸まり、外の世界を拒絶するように布団を被った姿である。
 最初から一人しかいないこの家で、さらに頭から布団を被って泣きはらすはやて。
 だが誘いの言葉を耳にすると、本当は他者との繋がり、もっと言うならば隣人、家族を求めているのだろう事は明白であった。
 孤児だった過去の自分を返り見る事で、はやてと重ね合わせればその気持ちは容易に組み取る事が出来た。
 このまま涅槃へと赴いても構わないと思っていたグラハムに、小さな未練が生まれる。
 余りにも小さくか弱いこの少女を置き去りにして、一人果てて良いのかと。

「私の方から、お願いできないだろうか」
「なにを、ですか?」
「しばらくの間、私をこの家に置いてくれる事を。もし君が求めるのであれば、このグラハム・エーカー。君の家族となる事を約束しよう」

 今はまだ、軍人としてこの小さな少女を護らなければならないという義務感の方が強い。
 それでも、ただここにいて会話を交わす事で目の前の少女を護る事が出来るのならば、それも悪くはないと思う。
 フラッグでガンダムを討ったと同僚に報告するのは、少し先になりそうだと心で謝罪しながら、はやての答えを待つ。

「こちらこそ、喜んで。改めて、八神はやてをよろしくお願いします!」
「ああ、君の家族としての行動に期待する」
「グラハムさん、私以上に動けませんしね」
「今さらだが、痛いところをつく」

 なにしろ、本棚から床に転がり落ちて以降、移動には常にはやての手を借りていたのだ。
 そんな状態で軍に戻ろうという考えは、鼻で笑えてしまう。

「一杯、一杯グラハムさんの事を教えてください」
「もちろんだとも」

 お互いの歳や誕生日に始まり、愉快な経験、失敗談、話の種は早々尽きる事はなかった。









-後書き-
ども、お久しぶりですえなりんです。
恥ずかしながら帰ってまいりました。

出だしはテンプレで御免ね。
既にA's編まで全四十九話は完結させてあるので、許してください。
赤松板での投稿時と同じく、基本土曜と水曜更新でいこうと思っています。
クロスジャンルでカップリングは秘密。
グラハム×子供だけはないことは…………
あれ、グラハム×ガンダムで良いのか?
せっちゃんもリリカル世界にそのうち出てきますし。

それでは次回は水曜ということで。
赤松板でお世話になった方々やそうでない方々も、よろしくお願いします。

最後に注意点を一つ。
擬似太陽炉について基本設定をバンバン無視します。



[20382] 第一話 ならばそれは、世界の声だ(後編)
Name: えなりん◆e5937168 HOME ID:cd277927
Date: 2010/07/18 20:01

第一話 ならばそれは、世界の声だ(後編)

 翌日、はやてはソファーの上に横たわった状態で目を覚ました。
 真っ先に感じたのは温もり、毛布に包み込まれた自分が育んだ温もりであった。
 その事に感激し、もっとそれを味わうように毛布を手繰り寄せ丸まる。

「あったか、ぬくぬくや……」

 昨晩は、何時眠ってしまったのか憶えてはいない。
 恐らくは、知らず知らずのうちに寝入ってしまったのだろう。
 これまでの経験では、そんな場合でも自分に毛布が掛けられている事はなかった。
 夜中に寒さで目を覚ますのが常である。
 そうでなかったという事は、毛布を掛けてくれた誰かがいてくれたという事だ。
 だから今はやてが感じている温もりは自身のものだけではなく、思いやりという名の温もりであった。
 はやてが久しく味わっていなかった最高の温もりに、涙腺が緩む。
 涙を浮かべる事がこんなにも嬉しいとは、思いも寄らなかった。
 嬉し涙などテレビや小説といった架空の存在だと思っていたはやてには、その涙にすら温もりが込められているように感じられた。
 ありがとう、万感の思いを込めてそれをなしたはずのグラハムへと送る。
 ソファーの直ぐそば、テーブルの上にいるはずの彼へと視線を向けて、背筋が凍りついた。
 二つの温もりが込められた毛布を投げ捨てる程に、慌てふためいて、はやては飛び起きるしなかった。

「ない、本が……グラハムさんがおらへん!?」

 目視できず、ここにあったはずとテーブルへと手を伸ばし、そのままソファーを転げ落ちる。
 不恰好なまま床に落ち、勢いでテーブルの足でおでこを打ってしまったが、痛みに呻く時間さえ惜しい。
 ユニオン、細かい所属は忘れたが軍人のグラハム・エーカー、二十七歳おとめ座の彼がそこにいなかった。

「嘘、嘘やない。この温もりは本物や」

 自分で投げ捨てた毛布を引っ張り、確かに残る温もりを肌で感じて確かめ、動き出す。
 まだ遠くへはいっていないはずと、なんの根拠もなく決め付け、追わなければと決意する。
 今まで持っていなかったものを手に入れた分だけ、はやては必死であった。
 地の果てまでも追いかける程の決意を胸に、ソファーの傍で待っていてくれた車椅子へ手を伸ばした。

「ふむ、起きたようだなはやて。だが私のこの身では、君をベッドまで運ぶ事は残念ながら叶わない。願わくば、今後は自分でベッドに赴く事を推奨する」

 そして、車椅子に辿り着くよりも先に、求めた人が向こうから現れた。
 家族としては少し堅苦しいその口調、聞いているとなんだか落ち着く声。
 車椅子へと伸ばした手が落ち、うな垂れた。
 同時に動けるようになったのなら先に言ってくれと、胸を撫で下ろしながら愚痴る。
 早とちりであった。
 考えても見れば昨晩は本が喋ったりと混乱の一つもするかと勝手に納得して、ちょっと待てと振り出しに戻る。
 何かがおかしくはないだろうか。
 本が喋るのを通り越して、もっとおかしな光景を見たはずだ。

「う、浮いとる……」
「はやての世話ばかりになるのも忍びないと、身動きの練習から始まり、ついに飛翔に成功した。フラッグファイターの面目躍如といったところだ。やはり私には空が似合う」

 相変わらずフラッグファイターとはなんぞやという疑問は残るが、そこではない。
 飛行機になるロボットという事は聞いたが、明確なイメージがないとやはり掴みにくかった。
 いや、確かに本が浮くのも十分におかしな話だが、既に喋っているのだ。
 今さら浮いたり、火を噴いたり、太ったりしても多少は許せる。
 そして、目元をこすりあげてから今一度、宙に浮かんでいるグラハムへと視線を投じた。

「どうかしたのかね? ああ、早朝に玄関に人の気配がしたのだ。警戒していたら、新聞を今時紙媒体で配っていたらしい。全く、古風な事だ」

 全ての謎は氷解したと、はやては改めてグラハムを見上げた。
 グラハムが机の上にいなかった理由ではない。
 何時の頃からか家にあった鎖で封じられたハードカバーの本、その表紙から生える一本の腕。
 それが手にしているのは新聞紙だが、そこは置いておこう。
 問題なのは本から腕が生えている事だ。
 腕を包むのは紺の布地を黒で縁取りした厚手の衣服で、手の平には白い手袋がはめられていた。
 今一度確認しよう、宙に浮かぶ本から成人男性のものらしき一本の腕が生えている。

「あっは、はッ……」

 理解しよう、理解しようと努めた挙句、思考回路がショートしたのかはやては気を失った。
 本が宙を浮かぶメルヘンさを、たった一本の腕が破壊していたのだ。

「はやて、何があった。気を確かにするんだ!」

 慌てたグラハムは新聞紙をかなぐり捨て、宙を滑空してはやてへ駆け寄る。
 そして気を失った際に、今度は車椅子でおでこをぶつけたはやてを、事の原因である一本の腕で抱き起こす。
 だが抱き起こしては気付けをする事も出来ないと、頭を床に降ろし、頬をぺちぺちと叩く。
 しつこいようだが、本から生えている腕を使って。

「腕……腕がッ!?」
「傷は浅いぞ、はやて。車椅子にぶつけたのは額で、君の腕は無事だ。カタギリ、は技術顧問か。ならば衛生兵だ。衛生兵!」

 意識を取り戻した途端、頬を叩かれている事を知って再びはやてが意識を閉ざす。
 何故、一体どうしてと混乱の極みにあるグラハムは、必死にはやての意識を浮上させる事に集中する。
 その原因が自分にあるとは、毛ほども思わずに。
 グラハム・エーカー、彼は人様から自分がどう映るのかと言う認識がいささか甘い男であった。
 あるいは、どう映ろうと我が道を行く男、なのかもしれない。









 二十分後、気を失う事で脳内の記憶の整理を済ませたはやては、目が少し据わっていた。
 幼い少女がするべきではない目付きである。
 その瞳で本から腕を出しているグラハムへと向けて、一言呟いた。

「ぐろい」

 その後に、「そうだよね。止めてよね。あはは」と笑いには繋がらない。
 喋り、宙を浮く本というメルヘンを一気に破壊したグラハムの腕。
 本人がそれを一切気にしていないのだから、なおさらたちが悪かった。
 それどころか、人体の一部を生やす事に成功した事を喜んでいるように見えた。
 いや、確実に喜んでいた。
 人の気も知らないでと、机の上で大人しくしていなかったグラハムを睨む。

「安心したまえ、はやて。あくまでこれは私の一部、そして活目してもらおう」

 何を勘違いしたのか、肩と首があれば竦めていたかもしれない言葉を放っていた。
 そしてはやての視線の先を、一冊の本が軽やかに飛んでいく。
 もちろん、彼の腕は収納した状態でだ。
 すると飛行中、突然グラハムがゆらゆらと墜落直前にも見える軌道を描いた。
 危ないそう感じて身を乗り出したはやての目の前で、グラハムが急旋回を行った。
 そのまま高度を一気に下げて加速し、床の上すれすれへと至り、叫んだ。

「グラハム・スペシャル!」

 本の裏表紙から件の腕がうねうねと生え出した。
 その手が墜落寸前で床を跳ね上げ急上昇、高度を回復させる。
 この時、グラハムの脳内では空を駆けるフラッグと自分が重ねられていた。
 言葉通り、自分の名がついた航空技能を披露したつもりであったのだ。
 フラッグの仕様上にはなく、実行出来る者も限られた空中での変形動作である。
 だからこそ、満ち足りた様子ではやてに尋ねてきた。

「さあ、これを見て何を思い浮かべた。感嘆か、賞賛か!」
「ぐろい」

 今再びやての目は据わり、家族ではなく妖怪変化を見る目付きとなっていた。
 はやても、グラハムのはしゃぎようが理解出来ないわけではない。
 何せ昨晩は身動き一つとれず、二十七という年齢にして始めてそれを味わえばさぞかし不自由を感じた事だろう。
 足の不自由な人生を歩んでいるはやてだからこそ、その事は誰よりも理解出来る。
 だが、目覚めた時に感じた温もりの消失は多少の事では許せなかった。
 本当に嬉しかった。
 本当に嬉しかったからこそ、さらに多くを求めてしまう。
 あの温もりに包まれたまま、グラハムのあの声で穏やかにおはようと言葉を交わしたかった。
 それをこの妖怪変化は、本から腕を生やし、曲芸ですらない曲芸を練習していたと言うのだ。
 そう簡単には許してやるものかと、はやては少しへそを曲げていた

「そうか……飛べる事に気付いてから、一睡もせずにこの技を完成させたのだが。はやてを喜ばせるには、まだ技能が足りないと。昨今の少女は、侮れん」

 テーブルの上へ滑空し、ゆっくりと着陸したグラハムが呟いた。
 五体満足ならば、何故だと机の一つの両腕で叩いていたかもしれない。
 違う、そこじゃないと突っ込むべきところは満載であった。
 関西の言葉を操る関西気質のはやての心は刺激されたが、同時に別のところを揺さぶられた。
 グラハムは言った、はやてを喜ばせる為にと。
 方向性はかすりもしなかったが、気持ちだけはへそを曲げたはやての心をツンツンと突いてきていた。
 それに毛布の件だけは、本当に嬉しかったのだ。
 まだはやてはそれについて感謝の言葉一つ伝えては居なかった。

「まだまだやな。腕が生えたのは確かにびっくりやけど、ギミックさえあれば不可能やない。びっくり程度では感嘆や喝采には程遠いで」
「確かに、我が身をフラッグに重ね過ぎていたようだ。これでは、グラハム・スペシャルと呼ぶにはおこがましい」
「けど、その気持ちは受け取っとく。毛布もありがとうな、グラハムさん」
「当然の事をしたまでだ、感謝には及ばない」

 その当然こそが嬉しいのだと心の中でだけ呟き、はやては車椅子に乗り込んだ。
 朝から一悶着あったが、空腹のお腹がご飯を求めてキューキュー鳴き出している。
 時刻は七時十分前、平日の今日は小学生もそろそろ置きだす時間だ。
 足の不自由を理由に学校へは通わず、通信教育で済ませているはやてだが、それでも二度寝へ持ち込むつもりはなかった。
 曲がったはずのへそは、何時の間にか真っ直ぐになっていた。

「私はこれから朝ご飯を用意するけど、グラハムさんはどないする?」
「その間に、私は新聞を読んでいよう。少年達が促がした世界の変革、行く末……今の私には放ってはおけない情報だ」
「私の知らん間にそんな大変な事になっとるんか。社会の勉強、もうちょいせなあかんかなあ。戦国時代は割と好きなんやけど、近代はなあ……」

 認識に大きな隔たりはあったが、互いに気にせずそれぞれの行動を起こした。
 はやては車椅子を操ってキッチンを目指し、グラハムは本から生やした腕で新聞紙を広げる。

「なあ、グラハムさん」
「なんだね、はやて」

 冷蔵庫から取り出した卵をスクランブルエッグの為にかき回しながら、世間話のつもりではやてが問う。

「空を飛べるようになったのは聞いたけど、腕はどないしたん? ずるっと生えてきたんか?」
「いや、腕に留まらず人体の一部ならば出す事は可能だ。私にも理屈は分かっていないが、昨日はやてがソファーで寝入ってしまった時に、毛布を運びたくて必死に念じたら出てきた」
「そ、そやったんか。ならそのまま寝てしまった私に感謝せんとな……グスッ」
「その通りだな。ところで、誤って胡椒でも吸い込んでしまったのかな?」

 指摘され、卵をかき混ぜる手を止めて、一気に鼻をすする。
 ついでに潤んでいた瞳もこやつめと、袖で無造作に拭いさった。
 グラハムの声に、気付いているがいない振りだと微笑が含まれている事に気付いたからだ。
 その好意をありがたく受け取って、言葉を返した。

「塩と間違えてん。まだちょっと、寝ぼけてたようや」
「くしゃみを誘発するような朝食は勘弁していただきたい。また、転げ落ちたくはないからな」
「私はグラハムさん程、おっちょこちょいやないです。料理は得ぃ……思い出し、笑いが。邪魔せんで、新聞でも読んでてください」
「それは失礼をした」

 会話は中断となり、それぞれの作業に没頭し始めた。
 ただし、昨晩に味わった沈黙とは違い、穏やかな時間の流れをそこに感じられる。
 時計の針の音や小鳥の鳴き声が聞こえそうな程に静かなのに、何処かそれが心地良い。
 淡々とした作業とも言える朝食作りが、今日は両手が台所で踊っているようにも思えた。
 これが本当の、本当の意味での朝食作りかと、はやてが鼻歌を口ずさみ始める。
 そんなはやての耳に、グラハムの驚愕の声が届いた。

「なん、だと……」

 そんなに驚くべき事が書かれていたのか。
 新聞は取っているが、ほぼテレビ覧と極稀にラジオ覧しか見ないはやてには分かりかねた。
 大人って凄いなと感心しつつ、出来たものから朝食をテーブルに移していく。
 大皿に添えられているのは、スクランブルエッグと焼いたベーコン。
 それに千切ったレタスや他の野菜を切ってのせただけの簡易サラダである。
 そろそろ焼き加減はいかがかと、トースターを覗いているとグラハムに尋ねられた。

「つかぬ事を尋ねるが、現在の西暦は何年だね?」
「えっと、二〇〇五年ですけど。ちなみに四月です」
「馬鹿な、二〇〇五年だと。私は三〇〇年以上も過去に来たとでもいうのか」

 さすがに尋常ではないグラハムの声に、焼き加減がまだ足りないトーストを取り出し、車椅子を走らせる。

「グラハムさん、一体何があったんですか!?」
「はやて、もしも私の考えが正しければ……いや、たいした事ではない。腕一本では、新聞紙が捲りにくくてね。腕が釣りそうになって、思わず熱くなってしまった」
「なら後で私が変わりに捲るからその辺で、今はお終いや。ちょっとパンの焼き加減が足らんかもしれへんけど、朝食出来たで」
「ではご馳走になるとしようか」

 三〇〇年以上も未来から、過去である今に飛ばされたと話したところではやてを困らせるだけだとグラハムは口を閉ざす。
 恩師、同僚を失い、さらには生きる世界そのものを奪われてしまった。
 一体どれだけ私から奪えば気が済むのだと、ガンダムに対する怒りが胸の内で燻る。
 もう既にガンダムはいないと言うのにだ。
 まだ残り三体、赤い機体を加えると六体いるかもしれないが、時を隔てた向こうの存在である。
 行き場のない怒りが、ありもしない行き場を求め煮えたぎる。
 だが幸いな事に、感情の暴発はギリギリのところで押し止められていた。
 グラハムの目の前にいる、はやてという少女の存在によって。
 









 はやてはグラハムと向かい合わせになりながら朝食を取る事で、大きな二つの感情に支配されていた。
 幸福と、恐怖である。
 相反するかに見える感情を同時に味わう事になったのには、理由があった。
 焼きたてサクサクのトーストをほお張りながら、スクランブルエッグを摘んだ箸を持つ右腕を伸ばす。
 見るものが見れば、どちらかにしなさいと躾の面でしかりつけるかもしれない光景である。
 だがはやては確かにトーストを選び、それだけを口に運んでいた。
 ならば、右手の箸で摘んだスクランブルエッグの行方は何処へ行ってしまったのか。
 はやての口元から遠い場所へであった。
 目一杯腕を伸ばした、食卓テーブルの対面にである。

「度重なる好意に感謝を」
「え、ええよ何度も……き、気にせんといて」

 グラハムの感謝に、恐怖に震える声で遠慮の言葉を返す。
 感謝が与えられたという事は、それに足る何かを相手が受け取ったと言う事だ。
 つまりグラハムは、はやての箸からスクランブルエッグを受け取っていた。
 他人の箸から食べさせてもらうとは、良い大人が少女から食べさせてもらうとは常識を疑う光景である。
 いや、その前にその光景を見て失神する可能性の方が高いだろう。
 グラハムは人体の一部のみを生み出す事に成功したと言った。
 そして現在、その一部から朝食を口にしているのだ。
 食事用のテーブルの上に置かれた本の表紙からは、グラハムの首だけが生えていた。
 本当に今さらではあるが、はやてが自らの精神状態を案じ始める。

「あかん、私寂しさのあまりにおかしくなってしまったんやろか。昨日の夜からの全ては夢で、実は病院のベッドで昏睡状態とか……」
「安心したまえ、はやて。その平常心は私が保障しよう」
「自分の精神を疑う原因に保障されてもやな」

 最初は小さな勘違いから始まり、グラハムを食卓に置いた事でこの恐怖は決定付けられた。
 これでは食べられないと気付いたグラハムが、さも当然のように本の中から生首を生み出したのだ。
 しかしながら問題が全て解決されたわけではなく、口はあっても手がなかった。
 食卓に生首を置かれ、放心状態だったはやてがグラハムが抱える問題に全うな答えを提案してしまったのだ。
 自分で食べられないのなら、誰かに食べさせてもらえば良いと。
 直後、はやては激しい後悔に襲われ、泣きそうになった。
 もう少し状況を整えてくれれば、まだ気も紛れた。
 金髪だったのかとか、紺色に黒いラインの入った軍帽は邪魔じゃないかとか、話は広がっただろう。
 食事中にはあまり会話をしないたちのグラハムは、黙々と朝食を口にしていた。
 はやてが右手に持った箸で運び込んだ朝食を。

「あんな……言いたくはないんやけど。間違ってグラハムさんの朝食まで用意した私が悪かったから、勘弁してください」

 もう本当に駄目だと、頭まで下げてはやては懇願した。
 空腹を我慢しろとは鬼畜の所業だが、もう少し慣れるまでの時間をと。

「さすがに私も、これはどうかと思っていた。少女に食べさせてもらうなど、特殊な性癖の変態ではあるまいし」

 グラハムの特に気にした様子のない返事に、ホッと胸を撫で下ろす。
 後半部分は良く聞こえなかったが。

「それにどうやら私は睡眠や食事を必要としないようだ。昨晩は偽グラハム・スペシャルの練習で一睡もしていないのにも関わらず睡魔がない。空腹感も同様だ」

 だが次のグラハムの台詞には、聞き捨てならないと耳を傾けた。
 そして沸々と湧き上がる、それは怒りであった。
 泣く泣く、言葉通り泣く泣くご飯を食べさせてあげたのに、どちらでも構わないといった内容の台詞はどうだ。
 非は自分にもあるが、百人に聞いて百人がグラハムに非を認める事であろう。
 一人の少女の頑張りを、どちらでも良いと無に返したのだ。

「なんなんそれ。そんなんやったら、はよ言ってや!」
「すまない……昨晩も言ったが私もかつては孤児だった。長く生きれば、大切な者は大勢出来る。ただそれでも、家庭の食卓には興味があった。独身、でもあったしな」
「む~……なんや逆転ホームランで私が悪者やん。もうええわ、吹っ切れた。感謝してや。こんな美少女にご飯食べさせてもらえるなんて、光栄他にはないんやで」

 人として大事なものを一部捨ててしまった気もするが、はやても覚悟を決めた。
 自分と全く同じものを求めていた人に、我慢しろとはさすがに言えない。
 その覚悟にグラハムも感謝の言葉を伝え、朝食は再開された。
 世界一珍妙で、奇妙で、奇怪な朝食の光景ではあったが。
 そしてやはり無理があると、はやては食後にトイレに篭ってちょっぴり涙をこぼした。









-後書き-
ども、鉄は熱い内に打ての精神で急遽、一話後編を投稿いたします。
しかし、グラハムのネームバリュー凄いですね。

幸福と恐怖、両極端な意味ではやてを泣かせるグラハムさん。
色々な意味で凄いと思う。
生首に朝ご飯あげたはやても凄いけどね。

そんなこんなで一話後編でした。
さて、今度こそ次話は水曜更新します。



[20382] 第二話 生き恥をさらしたかいがあったというもの(前編)
Name: えなりん◆e5937168 HOME ID:cd277927
Date: 2010/07/21 20:09

第二話 生き恥をさらしたかいがあったというもの(前編)

 はやてのもとへとグラハムが現れて、一週間が経った。
 それまでに起こった様々な事の中で大きな変化が一つある。
 鎖で封をされたハードカバーの本の中から、グラハムが全身を出す事に成功したのだ。
 元々理屈がわかってはいなかったので、精神論のみ、やれば出来るとして本当にそれを成した。
 毎日少しずつ、時にはやてに引っ張ってもらったりと、意味があったのかなかったのか謎の努力を繰り返して。
 そして最初に成功したのは二日前。
 一八〇センチ丁度の身長を持つグラハムを見上げた時の、はやての第一声はこうであった。

「が、外人さんや」

 本から首だけを出して居た時も、彫りの深い顔や金髪、ダークグリーンの瞳は見えていたはずだ。
 ただ、グラハムという固体は識別しても、外観は意図して意識から外していたらしい。
 生首のみでの朝食中などは特にだ。
 とにかく、大きな変化としてはそれであり、小さな変化は幾つも見られた。
 グラハムが本当の意味で同居人となった事で、はやてに手厚い介護が加えられる事になった事だ。
 最初は遠慮していたはやても、これぐらいの事しか出来ないというグラハムの言葉に折れた。
 各種手伝いをグラハムにして貰う事で、屋内での家事のサイクルが早まり、はやてが使える自由時間というものが格段に増えていった。
 現在、リビングにてテレビゲームに二人が興じているのも、そのおかげである。

「くっ……この、この」
「はやて、自機にだけ意識を取られるのは軍人の行動ではない。アマチュアだ」
「そんな事言ったかて」

 テレビ画面上に描かれる空を、二機の戦闘機が雲を引き裂きながら飛んでいた。
 白い機体がはやての操る戦闘機であり、黒い機体がグラハムの操る戦闘機であった。
 画面隅に浮かぶ得点は倍以上の差がついており、残機が全て残るグラハムに対し、はやてはゼロである。
 そしてその最後の砦すら、はやては今まさに崩されようとしていた。

「あかん、後ろ取られた。死ぬ、死ぬ。助けたってやハム兄!」
「全く、世話がやける。フラッグ〇二、僚機の救出に向かう。私が向かうまで死ぬな、はやて」

 敵機に後ろを取られ、はやてが大慌てで助けを求め始めた。
 敵機の弾丸が脇を抜けるたびに自機どころか体まで大きく揺らすはやてに対し、グラハムは終始冷静であった。
 慌てるのは直撃した後で十分とばかりに、行きがけの駄賃に敵機を撃ち落しながら救出に向かう。
 そしてはやてにドッグファイトを仕掛けていた敵機の後ろを取り、即座に撃ち落す。
 救出を成功させ、もう大丈夫だとばかりにはやての機体の横に並んだ。
 そして健闘を祈るとばかりに黒い機体を揺らし、去っていく。

「ほ、惚れてまうやろー。なーんたぅ、え゛……」

 ほっとして冗談の一つも口にした次の瞬間、はやての機体が爆散した。
 あらぬ方向から飛んで来た流れ弾に撃たれたらしい。
 呆然としたままグラハムを見て、涙目であうあうと言葉なく訴えかけてくる。

「さすがの私も流れ弾からは、救ってやれないな」
「またハム兄一人でステージクリアやん。全然、ついていけへん。もう、もう!」
「ゲームとは言え、戦ってきた年季が違う。さあ、そろそろゲームは終了にしよう。少々、やり過ぎだ」
「え~……もっとやりたいのに。いけずや」

 唇を尖らせながら、はやてはコントローラーを投げ出した。
 そして同じソファーの隣に座っていたグラハムの膝の上に倒れこんだ。
 軍人らしく筋肉質なのか妙に固い膝であったが、かまわずその上をゴロゴロする。
 新たなグラハムの呼び名である兄、本当のそれに甘えるように。
 グラハムもまた満更ではないように、丁度良い位置に来たはやての頭を撫でた。

「続きはまた明日や。けど、ハム兄はどのゲームでも黒系選んで、フラッグって呼ぶやん。軍隊におった時に乗ってた戦闘機の名前?」
「そのようなものだ。すまないが、詳しい事は黙秘させてもらう」

 グラハムは、はやてへと話しても良い事柄と、話すべきではない事をしっかり区別していた。
 同僚達との宿舎での馬鹿話はしても、戦場での自分の逸話等は決して話さない。
 はやてが戦災孤児でない事は既に理解していたが、それでも少女に誇る事ではないと思ったからだ。
 それに作戦行動について話せば、いずれガンダムの事を口を滑らせてしまいかねない。
 ガンダム、その単語を胸に浮かべるだけでも、まだ消えない炎が燻り始める。
 向ける矛先のない炎を身に宿しても、己自身を焼き殺してしまうだけだ。
 そのような事は決して望まない、忘れなければならない。
 三〇〇年の時を越えて、ガンダムとあいまみえることなど不可能なのだから。

「ハム兄?」

 グラハムの膝の上で、その表情を伺っていたはやてが心配そうに名を呼んでくる。
 表情から何か感じ取ったのか、はやての勘の鋭さに舌を巻きながら誤魔化すように少し微笑む。

「ああ、なんでもない。はやて、少し頼みがあるのだが……」

 そして少々強引だとは分かっているが、話題を変える。

「頼みやなんて、珍しいやん。本の中から引っ張り出してくれって頼まれたぶりや」
「その節は世話になった。そろそろ、私も外を出歩いて街並みをこの目で見て見たい。あの本の外でも活動は十分だと、この二日で確かめられた」

 そのお願いを聞いて、見上げた時計は午後二時。
 これが休日ならば街は混雑しているが、今日は平日である。
 平日の昼間から二人してゲームとは、堕落者の極みだが、それはこの際置いておく。
 グラハムは兎も角、はやては通信教育をコツコツやっているのだ。

「せやったら、デパートにでも行ってハム兄の服でも買おうか。軍服だけなのも、考えもんやしな。不思議と汚れんのはありがたいけど」
「ならば作戦名はグラハム・コーディネイト。はやて、君の手腕に期待する」
「ラジャーや。ハム兄は背も高いし、金髪の男前さんやから、腕が鳴るわ。格好良くしたって、色んな店員さんに見せびらかしたろ。その光景が目に浮かぶわ」
「期待すると言った手前、止めるのは忍びない。だがはやて……お手柔らかに頼む」

 お手柔らかにという言葉は右から左へと流れているようであった。
 これは少々迂闊だったかと、グラハムが渋面となる。
 何故ならばはやては既にその頭の中で、グラハムのコーディネイトを始めてしまっていたからだ。









 デパートへと向かう道すがら、はやては己の認識が決して身内贔屓ではない事を確信した。
 車椅子で街に出ると、大抵いくらかの視線を感じる事はあった。
 それについては慣れているし、相手が自分を見てどう思ったかなど逐一考えていては疲れてしまう。
 だが今日は、その視線が全て自分の背後に集められている。
 はやてが乗る車椅子を押す、軍服姿のグラハム。
 通り過ぎる人々の視線の全てを、グラハムが集めてしまっていた。
 一八〇の高身長に加え、その歩みは軍隊仕込みで規則正しく綺麗で、しかも金髪、ダークグリーンの瞳を持つ男前。
 これですれ違い様に振り返るなという方が無理なのだろう。

「はやて、この街では外国人は珍しいのだろうか?」
「うわ、嫌味な台詞。分かってて言っとるやろ。どうせ、今日の私は刺身で言うたら、つまですぅ」
「ふっ……拗ねるのではなく、見せびらかすのではなかったかね?」
「はいはい、男前の兄ちゃんがいて、優越感ばりばりやわ。気分は病弱なお嬢様や」

 やはり一人の女の子として自分が添え物では気分も悪いが、確かな優越感は存在した。
 自信過剰な台詞だけあって、それに見合うものをグラハムは持っている。
 それにどんな着飾った女性よりも、グラハムは自分を優先してくれるだろう。
 優越感を持つなという方が無理であった。
 そんな評価をはやてから受けているグラハムは、本当のところは少し気が散っていた。
 行きかう人々は流行の違いこそあれ未来とさほど変わりないが、街並みや公道を通る自動車が決定的に違った。
 金持ちの道楽人しか乗らないようなガソリン自動車ばかりが公道を走り、エレキカーは一つも見当たらない。
 おかげで車通りの多い場所は、太陽光エネルギーの恩恵を受けたユニオンに住んでいたグラハムには排気ガスが少々辛かった。
 他には足元のアスファルトやコンクリート、ビル一つとっても素材が荒い。
 それら一つ一つに気づく度に、三〇〇年前に来てしまった事を実感していた。
 予め、はやての家にあったパソコンにて情報は集めていたが、インターネット情報と実際に目で見て、肌で感じる情報とは段違いであった。

「さあ、ミッションスタートや」

 やがてデパートに辿り着き、はやてが入り口の手前でそんな宣言をした。
 そのままはやての指示通りに車椅子を押して、メンズファッションのお店に立ち寄った。
 これが地元ならば多少は違いのだが、右も左も分からないこの街では、はやてのなすがままだ。

「いらっしゃいまセェ」

 応対に出てきた女性店員は、グラハムを見て少し声を裏返らせた。
 一瞬たじろぎもしたが、直ぐに商売用の笑顔に変えて無かった事にしてしまう。

「とりあえず、この兄ちゃんに似合いそうなの何点か頼めるかな?」
「ではあちらの試着室前で、少々お待ちくださいませ」

 かなりアバウトなはやての言葉にも戸惑わず、むしろ嬉々として展示品等をかきあつめてきた。
 早口で頭の痛くなるような説明は途中で中断させ、グラハムは試着を優先させる。
 自身で自覚するところだが、言葉よりも実際の行動を優先させる落ち着きない所以であった。
 一着目、二着目と試していくが、試着品に終わりが来ない。
 何故だと途中で気付けば、グラハムが試着する以上の速さで女性店員が服をかき集めてきているからであった。
 途中でそれに気づいたグラハムが、急かすようにはやてに意見を求めた。

「既に何点か着ては見たが、どうかね?」
「ハム兄は、なんやカジュアルよりフォーマルやな。パリっとしとる方が雰囲気にあっとる」
「私もそう思う。やはり軍隊経験が長いせいか、しまりのない服は落ち着かない」
「デザイナーを敵に回すような発言はあかんで。それじゃあ、次はこれや」

 そう言ってはやてが新たな試着品をグラハムへと差し出してきた。
 どうやら女性店員が次から次へと持ってきているわけではなく、はやての指示であったようだ。

「女性の買い物を甘く見ていた私の作戦ミスか」
「まだまだこれからやで……お客さんも増えてきたみたいやしな」

 気がつけば、メンズファッションのお店のはずなのに、女性客が妙に多いという逆転現象が巻き起こっていた。
 何故とグラハムが視線をめぐらせれば、次々に女性達は視線をそらしたり、わざとらしく目の前の商品を品定めする振りをし始める。
 本当にしてやられたと、呆れ果てるより他はなかった。
 何時の間にかはやての策により、グラハム・ファッションショーとなっていたらしい。
 ようやく気付いたかと、はやてがグラハムへとにやりと笑う。
 その瞳は、着飾ったグラハムを周りの女性へと見せびらかす気、満々であった。

「ならばあえて、私も開き直ろう。次の服を渡したまえ、はやて。作戦は依然、継続中だ」
「了解や。フラッグ〇二、次の装備品を提供する。己の判断で活用し、身につけたまえ」
「了解だ、司令官殿」

 ノリに乗ったはやての言葉に、きちんとした敬礼を持って返す。
 ファッションショーは、まだまだコレからが盛り上がりどころであった。










 最後には店長がもう勘弁してくださいと泣き付いてきた為、ファッションショーは終わりを迎えた。
 とりあえず迷惑料として何点か購入し、一着はその場でタグを切ってもらい、現在グラハムが着ている。
 白のワイシャツに、時折肌寒い春を想定した丈が長い黒の上着、ズボンは適当に女性店員に頼んで上にあわせてもらった。
 服は十分過ぎる程に購入したので、現在はウィンドウショッピングをしながら帰宅中である。

「楽しかったけど、あの店員さん店長さんに怒られて可哀想やったな」
「私のファッションショーをかぶりつきで見ていたのだ。それぐらいは勘弁願おう」

 それもそうかとはやてが笑い、グラハムも微笑を浮かべる。
 その顔がショーウィンドウのガラスの中に映し出され、グラハムの目に止まった。
 はやてと共に笑みを浮かべ、街行く人々に埋もれてしまいそうな、多少普通ではないが平凡な二人。
 他国に行けばまた違うのだろうが、この街には確かに平穏があり、誰もが満たされている。
 そして改めて気付く、それを護るのが軍人の務めなのだと。
 今なら、今の自分にならあの時、ガンダムを駆る少年の言葉の意味が少し分かる。
 自分は歪んでいた。
 フラッグが飛ぶべき空を穢され、恩師や同僚を奪われ。
 怒りと憎しみから、ガンダムを討つ事だけを考えるようになっていたから。
 軍人が本当に護るべきものを忘れてしまっていた。
 だが同時に、ガンダムにその歪みを指摘されたくはないとも思った。
 国境を越えて様々な国々へ土足で踏み入り、紛争根絶の為に武力を行使して介入行動を起こす。
 誰よりも何よりも歪んでいるのがガンダムであり、その戦力を保有するソレスタルビーイングではないか。
 確かにグラハム・エーカーという存在は歪んでいたかもしれないが、それ以上に歪んでいたのがガンダムなのだ。

「ハム兄……また、なにか他ごと考えとるん?」

 不安そうに見上げてくるはやての声に、現実に引き戻された。
 ありふれた街並みに埋もれる自分を見つめたショーウィンドウの前で、グラハムの足は止まっていたのだ。
 体を捻って振り返ったはやてが、車椅子のハンドルを握るグラハムの手へと小さな手を重ねてくる。
 その手はグラハムが遠い時代を見つめていた事を察していたのか、少し震えていた。

「少し、場所を変えよう。落ち着いて話がしたい、大層なものではないがね」

 安心させるように逆側のハンドルを握っていた手で、はやての手を包み、それから移動する。
 大通りを外れ、言葉を交わさないまま、近所で一番大きな公園へと辿り着いた。
 時折、下校途中らしき小学生が横切るが、二人で話す分には気にもならない。
 少々散歩も兼ねて公園内を歩きその緑の多さに、特にグラハムが驚きながら、やがて手頃なベンチを見つけて座る。
 そしてはやては、ベンチの向かいになるように、グラハムの目の前に車椅子を移動させた。
 決してグラハムを逃がさないように、手放さないようにその両手を手に取った。

「安心したまえ、はやて。私は君のもとを去る心算は持ち合わせていない」
「ほんまに?」
「少し、心の整理をつけたかっただけだ」

 その言葉で安心し、はやてが放そうとした手を、逆にグラハムが握る。

「私は、とある少年に言われた。歪んでいると、己のエゴを押し通しているだけだと」

 前提も何もなく、事実だけを告げられたはやてが抱いたのは純粋な憤りであった。
 グラハムが少年と呼ぶその人への。
 歪んでなどいない、グラハムは自分の家族である兄は、歪んでなどいないと。
 そしてグラハムの心を大きく占有するその少年へと、大きな嫉妬心を同時に憶えた。
 だからその言葉を思い切り否定する。

「そんなん嘘や、ハム兄は歪んでなんかおらへん」
「いや、今日一日平穏なこの街を見て、分かった。私は歪んでいた。それは否定しようのない事実だ。だから私は、その歪みを断ち切ろうと思う」

 繋いだ手をグラハムがより強く握る。

「その為に力を貸してくれ、はやて。私の歪みを断ち切るのには、君の力が必要だ」
「な、なんや……プロポーズみたいやな」
「私を色香で惑わすには、十五年早いな」

 真摯過ぎる瞳を受け止めきれず、照れたはやては自爆した。
 自分で言いだしたプロポーズと言う言葉に。
 追い討ちとしてグラハムの十五年という言葉に叩きのめされ。
 握られていた手を振りほどき、視線の高さを合わせていたグラハムへと指を突きつける。

「訂正してや、せめて十年や」
「いや、十四年」
「もう一声、十二年!」
「十三年と六ヵ月、これ以上は私も譲れないな。正常な一般男性の意見として」

 なんという長い年月かと思ったはやては、これか、この膨らみが足らんのかと胸に手をあて悔やんでいた。
 そんなはやての頭を撫でながら、グラハムは立ち上がり、車椅子の取っ手を握る。
 結局詳しい事は何一つ伝えては居ないが、核心だけは伝えられた。
 そしてその分だけ、心が楽になった気がする。
 ソレスタルビーイングもガンダムもないこの時代で、戦争や紛争のないこの街で。
 平穏な人生を歩み、少しずつ胸の奥で燻る炎を消していこうと。
 今では未来と呼べる世界で起こってしまった事実は消せないが、歪みの元であるガンダムへの愛憎を薄れさせていく。
 小さな協力者であるはやての力を借りて。

「さあ、そろそろ空気が冷え始めた。風邪を引く前に、帰るとしよう」
「十三年って……ハム兄、四十歳やん。二十二歳と四十歳か、ギリギリ?」
「それはどうかな。私は落ち着きなく、我慢弱い。はやての成長を長々とは待ってはいられないぞ」
「どっちや、どっちの意味や。ハム兄に貰われるのか、ハム兄を奪われるのか。とりあえずハム兄、気のある人が出来たら、まず私のところへ連れてきい。品定めしたる」

 いささか外でするには危うい会話だが、この空気こそがグラハムには必要であった。
 下手をすれば一時間後には忘れているかもしれないような、他愛のない会話。
 穏やかな空気こそが胸の内で燻る愛憎の炎を癒してくれる。
 グラハムをまるまる飲み込んでしまうような炎を、少しずつだが小さくし続けていく。

「急いで急いで。ああもう、なのは遅い!」
「なのはちゃん、フェレットさんを運ぶの変わろうか?」
「大丈夫、けど急がないとって、二人とも前見て前!」

 他愛のない会話を繰り返しながら帰途につくグラハムとはやての目の前に、三人の少女達が飛び出してきた。
 公園の通りをわきに、森の中へと続く細道からである。
 何を慌てていたのか、特に前を走っていた二人の少女がはやての車椅子への直撃コースであった。

「わ、わッ!」

 ぶつかると慌てふためくはやての車椅子を、グラハムがほんの少し強く押す。
 衝突の予定よりも早くはやてを抜け出させ、その場に残ったグラハムは屈みこんで飛び出してきた少女二名を抱き止めた。
 エアバッグにでも受け止められたように、二人の体がやや浮き上がり、地に足を着くと同時に解放する。

「何を慌てていたのかは知らないが、走る時はせめて前を見る事だ。最も走らないというのが一番良いのだがね」
「わ、悪かったわよ。けど急いでたの、分かる? 緊急事態なの!」
「すみません。でもフェレットさんが怪我をしていて、ごめんなさい」
「先を急いでいるんです。後でいくらでも謝りますから!」

 三者三様の様子で喚く三人の少女を前に、少々戸惑ったが事の原因は直ぐに知れた。
 一番最後尾を走っていた少女。
 茶色い髪をツインテールにした少女の手元には、傷つき息も絶え絶えの様子のフェレットがいた。
 ただし、このまま少女達を見逃しては、同じような事故がおきる可能性がある。
 それこそ車椅子ではなく、本物の車とでも衝突されては目も当てられない。

「そのフェレットを貸したまえ」
「あ、ちょっと何すんのよ。見て分からないの、怪我してんのよその子!」
「お願いします、その子を返してください。お願いします!」
「怪我、血が一杯出てて……早く病院へ連れて行かないと。返してください!」

 そんな冷血漢に見えるのか、一転して悪者扱いである。
 ただこのままでは収集がつかないため、グラハムは大きく息を吸い込んだ。

「整列、気をつけ。上官の話にその耳を傾けたまえ!」

 突然の大声に驚いた三人は、その雰囲気に飲まれ慌てて横一列に整列して背筋を伸ばす。
 遅れてはやてもその整列に加わるが、それはないと軍隊式のやりかたに非難の目を向けていた。
 なにしろフェレットを抱いていた少女は、目尻に涙さえ浮かべていたのだから。
 だがここで余計な弁解は時間の浪費だと、グラハムは黙殺して続けた。

「事態が緊急を要する事は私も理解している。だが、余計な尚早は予期せぬ事故を誘発する。動物病院の場所を知る者は挙手せよ!」

 手を挙げたのは、最初に先頭を走っていた二人の少女であった。

「ならばより体力に自信のある者だけ手を挙げ続けろ」

 手を下ろしたのは金髪の少女であり、深い紫色の髪を持つ少女が手を挙げ続けていた。
 そこでフェレットを抱いたまま、グラハムは少女に背を向けてしゃがみ込み、命令を続ける。

「乗りたまえ。あいにく私は動物病院の場所を知らない。だが、一番早く到達出来るのは私だ。道案内は一人で十分、残りは事故に気をつけて後からやってくると良い」
「え、あの……」
「事態が緊急を要すると言った」

 さすがに見知らぬ男の背に乗る事は戸惑われたようだが、有無を言わさず命令する。
 戸惑いつつも振り返った少女は、二人の友達にこの際だからと頷かれていた。
 そして恐る恐る失礼しますと呟いてから、グラハムの背に負ぶさった。

「では我々は先行する。はやてもすまないが、二人と一緒に動物病院まで来てくれ」
「しゃあないけど……ハム兄の新しい一面を見られたから、問題あらへん」
「すずかとフェレットに変な事したら承知しないから!」
「フェレットさんをお願いします。私達も後から直ぐに行きますから」

 一瞬、はやてと金髪の少女との間に不穏な空気が生まれるが、大丈夫だと信じてグラハムは地面を蹴り上げ走り始めた。









-後書き-
ども、えなりんです。

今回は真面目なグラハムさんでした。
一話後編のインパクトからすると、物足りないかもしれません。
闇の書の中から引っ張り出してもらいましたし。
物理的に。
グラハム祭りはさておき……
もう一人の主人公と出会いました。
次回から本格的に介入開始です、グラハム的に。

次回、土曜更新をお待ちください。



[20382] 第二話 生き恥をさらしたかいがあったというもの(後編)
Name: えなりん◆e5937168 HOME ID:cd277927
Date: 2010/07/24 19:13

第二話 生き恥をさらしたかいがあったというもの(後編)

 色々とあった一日であったが、最終的にはやての機嫌は最上値を検出していた。
 夕飯を食べ、お風呂にも入り、ベッドの上で後は寝るだけ。
 一日の終わりが直ぐそこにまで来ているという段階にいたってもまだ、機嫌のメーターは上昇を続け、振り切れそうであった。
 携帯電話を握り締めながら、はやてはベッドの上をゴロンゴロンと転がる。
 ベッドの脇で本を読むグラハムが落ち着けと言っても、はやては止まらない、止められない。
 携帯電話にメールが入らないかと、待って待って待ち続けている。
 それは夕方に公園で劇的な出会いをした、同年代の初めての友達達からの連絡を待っていた。

「はやて、もう十時だ。子供が起きている時間ではない。君の友達も、既に眠ってしまっているはずだ。それに連絡は十分に取り合ったはずだろう」
「もうちょっと、あと十分だけ。こっちからはメールせえへんから、ええやろ?」
「なら、あと十ふッ……なに?」

 はやてから連絡を入れて困らせるような事がなければと、許しを出そうとすると頭に痛みのような何かが走る。
 耳元で石でも削ったような音による一瞬の痛み、信号にも似た何か。

「ハム兄……駄目?」
「十分だけ、許可しよう」

 痛みに気を取られたグラハムが不許可を出すと思ったのか、再度伺われてしまう。
 甘いと思いつつも許可を出し、うたた寝防止の為に、布団を被らせる。
 しっかり首元まで布団を寄せ、確かめるように軽く布団を叩いていると、はやてが見上げてきた。
 にやにやとした笑みのまま、尋ねられる。

「ハム兄、もしかして妬いとる?」

 普段ははやてが寝るまで手を繋いだり、お喋りをしているのだ。
 先ほどの沈黙もあって、そう行き着いたらしい。

「公園での競り合いを繰り返す腹積もりかね?」
「もう……ちょっとぐらい乗ってくれたってええやん、馬鹿」

 十三年と六ヶ月早いと間接的に言うと、拗ねられてしまった。
 はやては布団の中で頑張って寝返りをうち、グラハムのいない壁側へと体を向ける。
 それは残念だったなと口にすれば、再びはやてを興奮させかねないと布団を数度叩く。
 それからしばらくは、会話の一切ない無音の時間が過ぎていった。
 ただし、グラハムの頭の中にはチクチクと奇妙な痛みが断続的に続いていた。

(これは、なんだ。通信? 周波数が合っていない時の雑音に似た……何か)

 痛みに耐えるように本を熟読して忘れようとするが、それは不可能であった。
 しかも感覚が鋭敏になるように、その通信に似た何かが何処から放たれているのか感覚で掴めるようになってきた。
 それと同時に、そこへ赴かなければならない焦燥感が湧いてくる。
 ちらりとはやてへと振り返ると、何時の間にか寝入ってしまったようで携帯を握り締めながら寝息を立てていた。
 ほっとし、その寝顔を覗き込む事で、胸の中に燻っていた炎がまた小さくなるのを感じる。
 そして、不覚と言うべきなのか、思い出してしまった。

(この雑音、ガンダムが現れた時と同じ!?)

 GN粒子が散布されると通常の通信が不可能となる。
 その状況下に良く似ていると気付き、よろめくように立ち上がった。
 そのまま一歩下がったところで学習机の椅子にけつまづいて、後ろに差し出した手で机に体重を預け体を支える。
 はやてとのふれあいで僅かに小さくなってくれていた炎が、それを覆し、さらに大きく成長していた。
 まさかという思いはある。
 ここは自分がいた時代の三〇〇年も昔であり、太陽炉は存在しないはずだ。
 それどころか宇宙太陽光発電システムや軌道エレベーターでさえ存在しない。
 それらの作成は技術的にまだ絶対に不可能なのだ。
 衣服の胸を握り締め、雑音の発生先の方角と、目の前にて穏やかに眠るはやてを見比べる。
 行くなと、理性はこれを見逃し、平穏な生活の中で歪みを強制しろと言っていた。
 だがその歪みそのものが、その先にある何かを求めている。

「我慢弱い自分を、これ程悔やんだ事はない。すまない、はやて……」

 ベッドで眠るはやての姿を振り切るように顔を背け、部屋を後にする。
 一度動き出した足は、一瞬たりとて止まる事なく、グラハムを運んでいく。
 階段を駆け下り、玄関にて靴を履いて飛び出す。
 そしてガンダムがいるかもしれない方角へと、突き動かされるように駆けて行った。









 人通りが絶えた住宅街を駆けるグラハムは、何時しか自分が異次元にでも迷い込んだような気分となっていた。
 脳裏に響く雑音に導かれるまま、歩きなれない街を進み、気付く。
 この深夜に人通りが絶えてしまうのは分かるが、人の気配そのものがない。
 民家の窓から家庭の灯りが漏れる事もなければ、あの嗅ぐに耐えない排気ガスを振りまくガソリン自動車さえ通らなかった。
 仮にこれが夢であり、実ははやてのベッドにもたれうたた寝をしている。
 それでもおかしくはないと思えた。
 だがこれが現実である事は、脳裏に響き続ける雑音が示している。
 そして、さらにグラハムへと現実を知らせる光景が見えた。
 それ程距離は離れていない、場所から天へと伸びる薄紅色の閃光。

「あれは、ガンダムのビームライフル!?」

 呼吸が荒く乱れていく。
 長い距離を走ったからではなく、胸に燻っていた炎が暴れ出したからだ。
 何故かは分からないが、この三〇〇年も前の時代にガンダムがいる。

「だとしたら、私は、私は……」

 見間違いだと思いたい、そして何事もなかったかのようにはやてのもとへと帰りたい。
 決めたのだ、知ってしまった自分の歪みを正そうと。
 はやての手を借りて、少しずつ少しずつ。

「リリカル、マジカル。ジュエルシード、シリアルナンバー二十一封印!」

 通りの角を飛び出した直後、激しい閃光が辺り一体を照らしていく。
 あまりの光の強さに直視する事はかなわず、グラハムは目元に腕をかざして影を作る。
 数秒、数十秒、一分あまりと、光が収まるまでじっとグラハムは耐えていた。
 あくまでそれはグラハムの体感時間である。
 実際は数秒で終わりを迎えていたのだが、グラハムはまだ迷っていた。
 帰るべきだと訴える理性と、胸の内で猛る歪みの炎の間で。

「レイジングハートを近づけてみてください」
「こう?」
「Receipt No.XXI」

 聞こえたのは二つの子供の声と、一つの機械音声。
 そのうちの一つは何処かで聞き覚えのある声であり、自然と掲げていた腕が下りていった。
 腕によりさえぎられていた視界が開け、その光景をグラハムは目の当たりにした。
 純白の外観に、空よりも濃い青で縁取りをされ、ワンポイントの赤が映える。
 一般的にトリコロールカラーと呼ばれる配色は、仇敵の少年が乗るガンダムを彷彿とさせた。
 グラハムの直ぐ目と鼻の先に佇む、変わった形のGNビームライフルを持つガンダムは。

「そう来るか、ガンダム」

 あまりの衝撃に膝がよろめき、視界がぐらりと揺らめく。
 まるで心の葛藤を示す天秤を、歪みの炎の方へと傾けるように。
 だからこそ目の前に現れた新たなガンダムだけは、見逃さないようにしっかりと捕らえていた。

「散々私の人生を弄び、時代の壁により諦めたというのに……いや、私が諦めたからこそ姿を現したか」

 笑う、はやてに見せるのとは全く異なる笑みをグラハムは見せていた。

「身持ちの堅い堅物かと思いきや、なかなかどうして。このガンダムは魔性の女性だ。その策にあえて踊らされ、言わせて貰おう。生き恥を晒したかいがあったというものと!」

 叫びながら一歩を踏み出す。

「あ、あの人は……」
「え、グ……グラハムさん!?」

 ガンダムの声は、グラハムには届かない。

「誘ったのは君だ。据え膳喰わぬは男の恥、付き合ってもらうぞ、ガンダム。私のフラッグに!」

 空へと向かい今再び叫んだグラハムの体から、深い血の色に似た閃光が迸る。
 その光はグラハムの体を包み込み、全く別のものへと変質させていく。
 夜の闇より深く黒い、メタリックな輝きを持つ存在へと。
 百二十ミリ口径のリニアライフルを主軸に、人型モビルスーツの体を収納し、二対の翼を広げている。
 グラハム専用ユニオンフラッグカスタム。
 サイズこそ実物の十分の一、生身のグラハムと変わらない一メートルと八十センチ程であった。
 だが実物と変わらないエンジンが火を噴いて、夜空へと舞い上がっていった。
 音の壁を突き破ろうとする風がガンダム、なのはを襲う。

「きゃあぁッ!」
「傀儡兵!? それとも召喚、それなら彼は何処に!」

 初動によりソニックブームが生まれておらず、幸運にもなのはは尻餅をつくだけに留まっていた。
 風に煽られなのはが悲鳴を上げている間に、夜空を斬り裂いたグラハムが旋回し、銃口を向ける。
 破壊力の大きい単射モードと高速戦闘に対応した連射モードを持つリニアライフル。
 グラハムは後者を選び、上空より撃ち放った。
 射撃音が射撃音を撃ち貫くように、連続した轟音が夜の街へと響いていく。

「まずい、レイジングハート彼女を!」
「Protection」

 頭を屈めて手で押さえているなのはの代わりに、その肩にいたフェレットが叫ぶ。
 するとなのはの周りを薄紅色の障壁が覆い、リニアライフルの弾丸を弾いてく。
 全ての弾丸を弾き、それでも防御の為の障壁は健在であった。

「ちィ、あいもかわらずの硬度か。手ごわい、だがそれが良い。それでこそ、ガンダム!」

 なのはがいる上空を通り過ぎ、再度の強襲の為にグラハムは旋回行動にはいる。

「撃ってこない、今のうちに。君、立ってくれ。逃げないと」
「無理、足が震えて。怖いよ……お父さん、お母さん!」

 フェレットの言葉を、首を振りながら跳ね除ける。
 本能的に感じてしまったのだ、アレは人の命を奪う為に作られたものだと。
 つい先程、彼女が封印したジュエルシードとはまた違う。
 アレには意識が介在しない、だからこそ純粋無垢で対抗する力さえあれば恐れる事はない。
 だがグラハムが変わり果てたフラッグという姿は、まさしく兵器であった。
 しかもその兵器がなのはの命を奪おうと、矛先を向けてきていた。

「そんな事を言っている場合じゃ……くッ、来た!」

 震える少女を奮い立たせる事も出来ず、悔やむフェレットが空を見上げ睨んだ。

「何故反撃してこない。ならば決めさせてもらう!」

 リニアライフルの銃口を再びなのはに向け、さらにそのモードを変更する。
 連射モードから単射モードへと。
 夜空はおろか、街全体を震わせるような轟音と共に、電磁加速された弾丸が放たれた。

「レイジングハート、もう一度!」
「Protection」

 今一度張られた薄紅色の障壁がなのはを覆い隠す。
 そこへ弾丸が着弾するが、先ほどの連射モードで放たれた弾丸とは違い、弾かれる事はなかった。
 薄紅色の障壁と拮抗し、火花を散らしながらそれを食い破ろうとしていた。
 完全に拮抗したかに見えたが、やがて薄紅色の障壁にヒビがはいる。
 そして、駄目押しの二発目が放たれた。

「まずい、伏せて!」

 フェレットがなのはを蹴飛ばすように倒れさせた直後、障壁が破られた。
 二発目が着弾した直後でもあった。
 倒れこんだなのはの上を二つの弾丸が通り過ぎ、アスファルトの道路を穿ち、その下の大地でさえ食い破りながら突き進んでいく。
 その弾道は震動でひび割れたアスファルトが示していた。

「この程度で破れるだと……手を抜くか、それとも私を侮辱するか。ガンダム!」

 土煙に巻かれながらフェレットは見た。
 飛行形態から変形し、人型へと空中にて変形したグラハムが剣のようなものを抜く所を。
 ソニックブレイド、刃を高周波振動させ切断力を増大させるだけでなく、刀身からプラズマを発生させる武器である。
 詳しい事は一瞬では分からなかっただろう。
 ただ死が迫っている事だけはしっかりと理解していたはずだ。
 自分はおろか、自分の救命の念話を聞いて駆けつけてくれただけの少女までも。

「今さらかもしれない……けれど、僕が護らないと。コレが最後の力だとしても!」

 グラハムは見た、土煙が浮かぶ地上から飛び出してくる何かを。
 自分へと向けて飛びあがってくる棒状の何か。

「ファング、やはりただでは転ばんか」

 迎撃の為にソニックブレイドを振るい、それが良く見知った若草色の光の壁に受け止められた。

「なに、GNフィールドを発生させるのかこのファングは!?」
「まだ、まだァッ!」

 方円状の光の壁から、数本の鎖が伸びてグラハムの体を縛り上げる。

「奇抜すぎるぞ、ガンダム!」

 若草色の鎖に絡め取られ、姿勢制御を失う。
 無重力状態でない以上、一度失った姿勢を取り戻すのは難しく、その為の高度も今はない。
 グラハムは鎖に絡め取られたまま、それを発生させたファングと共に落下した。
 アスファルトの上に墜落し、陥没させると、元々状態が不安定だったのか元のグラハムの姿へと戻ってしまう。

「不覚、ガンダムは……逃げたか」

 もうもうと上がる土煙の中、辺りを見渡すがその姿は見えない。
 ガンダムが敵を討てる好機を見逃す場合、既に撤退の命令が出ている時だ。
 先ほどのファングは、逃走用の使い捨てかと勝手に納得して、立ち上がる。
 やがて風が土煙を押し流していき、視界がクリアになっていったところで、グラハムは見てしまった。
 平穏だと評した街に自分で穿った紛争の跡。
 リニアライフルの弾丸が破壊した民家の壁、民家そのものに被害がなかったのは単純な幸運だろう。
 貫かれひび割れたアスファルト、穴の数は無数にある。
 その中でも特に酷く穴を開けられたアスファルトの傍にて倒れる、一人の少女。

「なん、だと……」

 まさかと手を伸ばしながら踏み出した足の下の柔らかな感触に、一歩下がる。
 足元に倒れていたのは、一匹のフェレット。
 ガンダムとの戦いに夢中なばかりに、少女を、はやての友達を巻き込んだ。
 己の歪みが直ぐ目の前にある。
 誰かに指摘されたものでも、理性と理論によって導いたものでもなく、現実という形となって現れていた。

「私は……私の歪みは、全くと言って良いほど断ち切れていないぞ、ガンダムッ!!」

 膝から崩れ落ち、両手をアスファルトに叩きつける。
 元々脆くなっていたのか小さくひび割れ、グラハムの嘆きの声を響かせていた。










 目を覚ましたら、自分以外の誰かがベッドにいた。
 それだけでも十分驚愕に値する事柄だが、その誰かが自分に抱きついていれば尚更だ。
 はやては自分の胸より下に抱きつかれている事実に、非常に困っていた。
 たった一人の同居人であるグラハムとは、確かに十三年後云々でやりあったがもちろん冗談だ。
 家族愛はあっても、恋愛はこれっぽっちもない。
 だがグラハムの本心は、どうだったのだろうか。
 確かに何度か寝られるまで手を繋いでもらったり、添い寝を頼んだりはしたが、それが引き金か。
 二十七歳と九歳、アウトだ。
 四十歳と二十二歳よりもよっぽどアウトだと、思い切って抱きついている誰かに視線を向けた。
 その茶色い髪に覆われた頭から、二本の触覚が伸びている。

「て、この短いツインテはなのはちゃんかい。なんでやねん」
「うにゃ」

 ペコンと胸の辺りにある頭を叩くと、面白い悲鳴が上がった。
 寝ぼけた頭で楽しくなってしまい、ペコンうにゃを何度か繰り返す。

「ん~、お姉ちゃん。起こすなら普通に……おはよう。はやてちゃん」
「おー、おはようさん。なのはちゃん」

 お互いの寝ぼけ眼が一気に覚めて、跳ね起きる。

「な、なんでなのはのベッドにはやてちゃんがいるの!?」
「それはこっちの台詞や。それにここはまちがいなく私の部屋や。ほら車椅子もあるで!」
「本当だ、アレ。私、昨日の……昨日」
「なのはちゃん?」

 突然、体をかき抱いて震えだしたなのはを、怪訝な瞳ではやてが伺う。

「昨日、怖かった。凄く、怖かった」
「夢か? 私も極最近、悪夢を見たからな……気持ちは分かるわ。そういう時はこうや」

 はやてが見たのは現実世界での悪夢だが、なにはともあれ震えるなのはを抱きしめた。
 そのまま赤子にするように背中をぽんぽんと叩いては撫でる。
 なのはの震えが収まるまで辛抱強く、はやては撫で続けていた。
 やがてなのはも震えが収まり始め、友達に抱きしめられる気恥ずかしさの方が上回ったらしい。
 顔を赤くして俯き加減に、はやての腕のなかから抜け出した。

「ありがとうね、はやてちゃん」
「これぐらいおやすいごようや。なかなかの抱き心地やったしな」
「変な事を言わないでよ、もう」

 より一層、恥ずかしくなったなのはは、話題を変えると共に原点回帰を果たした。
 何故自分がはやての家の、しかもベッドで寝ていたのか。
 はやての同居人であるグラハムの顔が直ぐに浮かんだが、それはそれでおかしくて首を傾げる。
 はやてのベッドに放り込む為だけに、襲ったわけではあるまいに。

「ようわからんけど、朝ご飯ぐらい食べてき。お腹空いとるやろ?」
「あ、私も手伝うよ」
「大丈夫や。それに私は車椅子で台所をごろごろ移動するから、あんま人が居ても逆に大変なんや。だからなのはちゃんはもう少し寝とり」

 慣れた手つきでベッドから移動し、車椅子に乗ってはやては行ってしまう。
 勧められたからといって、分かりましたと二度寝が出来る程なのはは図太くはない。
 どうしようと困っていると、昨晩外へと飛び出す事になった原因の声が頭の中に響いてきた。

『聞こえるかい?』 
「あ、うん……そうだフェレットさん。今何処にいるの?」
『君がいる部屋に向かう途中。ただし、昨日の男の人も一緒だよ』

 それを聞いて、どうしようと慌てふためいて、なのははとりあえず布団の中に逃げ込んだ。
 お尻だけが布団から出ているのは、もはやお約束か。

『落ち着いて、彼に話を合わせるんだ。少なくとも、バリアジャケットを着ていない時の君は敵と見なされない』
「バリアジャケットってなに。もう足音が直ぐそこまで。魔法はもうこりごりだよぉ」
「失礼する」

 ノックの後間もなく、件のグラハムが部屋の中へと入ってくる。
 もう駄目だと布団の中でぷるぷる震えていたなのはは、グラハムが腰掛ける事でベッドがたわむのを感じた。
 丸めた背中の上に手の平を乗せられ、体が強張った。
 小さく悲鳴まで漏れてしまったが、その後にその手がぽんぽんと背中を叩いてきた。
 そのテンポと込められた感情に、強張りが僅かにほぐれる。
 全く同じだったのだ、はやてが撫でつけ叩いてくれた手の平と。
 昨晩感じた恐怖は、何故か襲ってはこなかった。

「許して欲しいとは言わない。ただ、謝罪させて欲しい。私とガンダムの戦闘に巻き込んだ事に」
「ガン、ダム?」
「そうだ、ガンダムだ。君は知らないだろうが、ガンダムとは紛争根絶の為に武力で介入するソレスタルビーイングという組織のモビルスーツ、兵器だ」

 良く分からない単語が続き混乱したが、はっきりと聞き取れたものもあった。
 紛争根絶の為の、兵器。
 喋るフェレットからとんでもないものを渡されたと、首に掛けられていたレイジングハートを摘みムンクの如き表情を作る。

「本当にすまなかった。私の事は許してくれなくて良い。ただ……勝手を言ってすまないが、はやての友達だけは止めないで欲しい。それと、昨晩見た事は内密に願いたい」

 頼むと、願いを込められた手の平が、最後になのはの背中を叩いた。

『彼はそのガンダムと因縁があるみたいなんだ。そして君を見て、そのガンダムと誤認した。昨日の彼の様子からも、魔法の事は黙っていた方が良い』

 魔法、兵器じゃないのかとなのはは頭がこんがらかってきた。
 自分がガンダムを手にしている事を伝えるのは止した方が良いというのは、確かに賛成だ。
 それにこんなにも優しい手を持つグラハムに、自分を撃った事を教えたくはなかった。
 グラハムが腰を上げた事でベッドが浮き上がり、代わりに何か軽い足音がベッドの上を歩く。
 それからグラハムの足音が遠ざかっていく。
 もうなんだか良く分からないが、このまま行かせられはしないと引きこもっていた毛布を跳ね除ける。

「あの、グラハムさん。私ははやてちゃんの友達です。それと、全く気にしてないって言うのは嘘になっちゃうけど、それでも気にしてません。グラハムさんは優しい人です!」
「そうか……寛容な君の心に感謝する。ありがとう」

 沈んだ表情ながら僅かに見せてくれた笑みに、やっぱりと確信する。
 グラハムの優しさと、昨日の行動は全く誤解であった事を。
 その誤解の原因となったレイジングハートを目線にあわせるように掴み取ったなのはは呟く。

「ガンダム……これって戦争の道具なんだ」
「No, I'm device」
「レイジングハートの言う通り、違うからね。デバイスって言うのは魔法の。痛たた……」

 身をていしてなのはを護ったフェレットの、本当の困難はまずなのはの誤解を解くことから始まった。









-後書き-
ども、えなりんです。
魔法少女の変身中は正体がわからないのがお約束。

今回もグラハム無双な回でした。
戦績は以下。

ガンダム(なのは) → 撃墜
ファング(ユーノ) → 使い捨て

さすがグラハム、性能差もなんのその。
きっとこの勢いであらゆる魔法少女を撃墜してくれるに違いない。
とりあえず……グラハムは眼科いけ。
魔法少女をガンダムと間違えるとか、ねーよw

さて、次回は水曜更新です。
それでは。



[20382] 第三話 センチメンタリズムな運命を感じずにはいられない(前編)
Name: えなりん◆e5937168 HOME ID:cd277927
Date: 2010/07/28 19:33

第三話 センチメンタリズムな運命を感じずにはいられない(前編)

 青空が何処までも続く空の下、なのははぽけっとしながら目の前の光景を眺めていた。
 その肩には人語を解するフェレットが鎮座し、同じように目の前の光景を眺めている。
 なのはの同年代、もしくはほんの少し年上の男の子たちが、丸いボールを追っかけ右往左往。
 そのまま言葉にしてしまったら怒られそうなもので、正確に表現するならサッカーをしていた。
 なのはの父である高町士郎がコーチを勤める翠屋JFCと他所のチームとの練習試合だ。
 休日のこの練習試合の為に、父から応援を頼まれ、気心の知れた友達であるアリサとすずか、そしてはやてを呼んだ。
 そこにグラハムまでついて来たのは、ある意味当然だったかもしれないが。
 総勢五人、横並びでは狭いのではやてはグラハムの膝の上だが、グラウンド脇のベンチに座っていた。

「ふぅ……」
『気にしないで良いんだよ、なのは。君はこれまで通り、普通の生活を送ってくれれば良いんだから』

 あの日、グラハムに襲われた翌日に、なのははユーノから正しく魔法について教えてもらった。
 特にこの街に散らばったとされるジュエルシードについて。
 普段の自分ならば、私も手伝うと即答しただろう。
 だが、出来なかった。
 約束したのは、体力が回復するまで家にペット待遇で預かる事までと、ユーノが提案した通りである。

『でも、やっぱり手伝った方が……良い、んだよね?』
『だから、気にしないで良いよ』

 それでも気にしないでと言ってくれるユーノの言葉に、なのはは本当は安心していた。
 申し訳ないが、それが本心だ。
 はやてや張本人であるグラハムの思いやりに救われ、日常生活こそ問題ないが、暗い夜や大きな音が少し苦手になった。
 ジュエルシードの収集といった、危険極まりない行為などもっての他。
 危険なそれを集めなければならないという思いはある、あるからこそ形だけでも手伝おうかとは聞いていた。
 本当に形だけで是非といわれたら、二の句が告げられなかった事だろう。
 やはりあのグラハムが変身した黒い兵器に襲われた恐怖は、心に根付いていた。

『なのはがバリアジャケットを纏うと、またガンダムってのに誤認されるかもしれないし。彼は、ある意味でジュエルシード以上に危険だから』
『優しい人だよ。はやてちゃんも凄く感謝してるって、メールにも良くグラハムさんの事を書いてくれるし』
『分かってる、僕にも分かってるよ。そもそも最初に病院に連れて行ってくれたのは、彼だし。分かってるんだけど……』

 二人して慌ててフォローしながらも、あの日の夜を思い出す。
 夜の空よりも深い黒の機体で縦横無尽に飛びまわり、弾丸を射出しまくる。
 その弾丸は魔法という名の、ある意味で甘美な響きすらも撃ち砕いた。
 撃ち砕かれた瞬間になのはは気絶してしまったが、そこには続きがあった。
 止めを刺そうとするグラハムへと立ち向かったユーノである。
 閃光を放つ剣に向かってラウンドシールドを向け、動きが止まった瞬間にバインドで縛り上げた。
 グラハムがバインドの存在を知らず、虚をつけたのは本当に幸運であった。
 もしも誰かにもう一度やれと言われたら、恐らくはユーノも断る事だろう。
 なのはとユーノは当時の事をあらかた思い出し、二人してぷるぷる震えた。

『早く、体を治さないと……』
『一杯、美味しいご飯を用意するね』

 集まったジュエルシードはまだ二つ。
 二十一個あるうちでまだ二つだとユーノは焦り、なのはは手伝うべきなのだけれどと迷う。

「ちょっと、なのは」
「にゃ、なに……アリサちゃん」

 念話に没頭していたせいで、目の前にアリサが居た事に気付けずベンチの上で後ずさる。

「なにじゃないわよ。自分で誘っておいて、あんなに頑張ってるんだから応援してあげなさいよ」
「が、ガン!?」

 ダムと、何故かふくらはぎを思い出しながら心の中だけで続ける。

「そうやで、なのはちゃん。もっとこう、ガンガン応援したらんと」
「ガンガン!?」
「そうやで、ほらすずかちゃんお手本。一緒にせーのッ」
「頑張ってー……ッて、はやてちゃんなんで一緒に言ってくれないの!?」

 一人で大声をあげてしまい、顔を赤くして縮こまりながらはやてを責める。
 ええ声やと笑っている様子からして、わざとなのは間違いないからだ。
 恥ずかしがるすずかを見て、アリサも笑いながらからかう。
 ガンガン言われるたびに妙に反応してしまうなのはは、一人置いてきぼりであった。
 ちょっと恨めしくなってグラハムを上目使いで睨んでしまったが、気付いてももらえない。
 グラハムは姦しい会話に加わる事もなく、ただただサッカーを一生懸命見ていた。

「まあ、なのはがぽけっとしてるのは何時もの事としてさ」
「ああ、変なところに結論を落とさないで」

 アリサの言葉にさすがに反論するも、気が抜けていたのは本当なのでなのはが悪いと結論は変わらなかった。

「もっと大きな問題ははやてよはやて。グラハムさんとも言えるけど」
「私とハム兄? なんかあるん?」
「その歳になってお兄さんの膝はない。私達、もう小学三年生よ。そういう事はそろそろ卒業しないと」
「そうなんか、私は別に気にしてへんけど……してくれって言ったのは私やし。皆は、してもらわへんの?」

 一応はやてがグラハムに甘える理由はそれなりにある。
 極々単純に、家族というものへの愛情に飢えていただけだ。
 ただそれを言うとこの場が暗くなりそうなので、矛先を自分以外に変えた。

「私はお姉ちゃんだけだから……でも良く一緒にお風呂に入ったり、寝てもらったりはしてるよ」
「私はお姉ちゃんもお兄ちゃんもいるけど、お姉ちゃんはすずかちゃんと同じようなもので。お兄ちゃんは、たまに頭を撫でてくれるぐらいかな」
「あ~、なのはちゃんのお兄ちゃんは照れ屋さんっぽいもんな。て、こらハム兄。自分が話題の時ぐらいは会話に加わり」
「すまない、少し没頭していた。それで私がどうかしたかね?」

 加わらないどころか、グラハムは全く話を聞いていなかったようだ。
 少々ご立腹のはやてが、上を見上げながらグラハムの頬を両手で引っ張った。
 端整な顔立ちが瞬く間に崩れるが、戯れは止めたまえと手で払いのける様子が様になり、即座に男前に戻る。
 不貞腐れるはやてと、微笑を浮かべながら冷静にそれに対処するグラハム。
 端から見ると本当に仲の良い兄妹のようで、アリサは呆れながら、すずかは微笑ましそうに笑う。
 だがなのはは、気付いていた。
 グラハムが自分達の会話はおろか、目の前で繰り広げられるサッカーすらも見ていなかった事に。
 見ていたのはグラウンドを越えた、空のずっと向こう、恐らくはガンダムだ。

(紛争根絶の為に武力を使うガンダムか……そう言えば、グラハムさんって何してた人なんだろう。そんな事を知ってるって事は、やっぱり軍人さん?)

 兄妹のようだが、グラハムは外国人ではやては日本人。
 起源となる血も違えば、当然苗字も異なる。
 人様の家庭をあれこれ詮索する事は良くないが、なのははユーノを抱きしめ、その首にあるレイジングハートに触れた。

「もう、ハム兄がなんか他にやりたい事を見つけて、それに夢中になるのもええけど……私といる時はちゃんと私の相手をしたってや」
「それはすまない事をした。気に障ったのなら謝罪しよう。その証だ、受け取りたまえ」
「へっ……」

 羨望、驚愕、羞恥、各種悲鳴がはやてを除くなのはたちから上がる。
 小学三年生という幼い身ながらも、彼女達は女の子、それも当然だろう。
 なにせ謝罪の証とは、頬への接吻。
 そこにいやらしいものは一切なく、かつ流れるような早業であった。
 しかもそれをなしたグラハム本人は、何を驚く事がとばかりにすまし顔である。
 と言うよりも、再びその瞳は何処か遠くを見つめていた

「ば、馬鹿ハム兄。いきなりなにしとんねん。ここは外やで、しかもなのはちゃんたちの前で。ちゃうねん、普段はこんな事はしてへんねんで!」
「はやてちゃん、大人……」
「お姉ちゃんと恭也さんみたぃッ、なんでもない!」

 はやて以上に真っ赤に顔を熟れさせていたなのはと、余計な事を思い出し口走ったすずか。

「べ、別にそれぐらい誰だってするわよ。私だってパパがいる時は、お休みを言う時とかしてるもの」

 大人ぶり、胸を張って言うアリサもまた台詞は兎も角、顔が赤かった。
 だがやはり親と義理の兄とでは違うだろうと、アリサ、すずか、なのはの三人が顔を寄せて語り合う。
 ちらちらとはやてとグラハムの両者を見ながら。
 そして一人はぶられたはやてはというと、何度もグラハムを馬鹿呼ばわりしながら、弁解を行っていた。
 それがどれ程無駄な努力であろうと、しないわけにもいかない。
 この河川敷のグラウンドに四人は一体何をしにきたのか、本来の目的は既に遥か彼方。
 サッカーをする少年達の声よりも大きく、姦しい声がグラウンドに響いていた。
 それと同時に少年達は、俺達の存在とはと哲学的な疑問に悩まされる事になる。
 結果、女の子の応援が多かったはずの翠屋JFCが二対一で敗退する事になった。










 サッカーの練習試合の後は、残念会という名目で翠屋での昼食となった。
 本来ならば祝勝会、もしくは景気付けとなるはずだったのだろうに少年達はややうな垂れている。
 多くの少年が実力を出し切れなかった原因が娘とその友達にあり、士郎はあちらこちらへとフォローに回っている。
 マスターの証であるエプロンをしながらも、店員としての仕事はほぼしていない。
 そんな一種お通夜のような店内の中で、グラハムはカウンター席に座って、周りを眺めていた。
 特に店外のオープンテラスで、変わらずおしゃべりを続けているはやてたちを。

「もう一杯、いかがですか?」

 ふと顔をあげると、なのはの母親である桃子が、コーヒーのお代わりを持ってきていた。
 自然と目をそらしそうになり、努めて自然に振る舞い空のカップを差し出す。

「すまない、頂こう」

 真っ白なカップになみなみと注がれるコーヒーを見ながら、押し黙る。
 空気が重苦しく感じるのは、グラハムだけなのだろう。
 合わせる顔がない、目の前の女性の子供をガンダムとの戦闘に巻き込んだのだ。
 怪我がなかったのは幸いだが、本来なら始末書では済まない大失態だ。
 しかも問い詰める者がいない事を良い事に、沈黙を良しとしてしまっている。
 自身が抱える歪みを、これ程までに激しく憎んだ事はない。
 気が急く、この歪みを一刻も早く消さなければと。
 同時に、この歪みを増大させ、この平和な街で戦いに駆り立てたガンダムにも憎しみが向いてしまう。

「以前なのはがお世話になったみたいで、本当にありがとうございました」

 コーヒーを注ぎ終わると、桃子がそう切り出してきた。
 今の自分の顔に、心に宿る憎悪が出てはいやしないかと心配しながら答える。

「彼女はとても良い子だ。うちのはやてとも、良い友達でいてくれる。こちらこそ、感謝している。感謝という言葉だけでは足りない程だ」
「あら、そんな手放しに褒めてもらえるだなんて鼻が高いわ。はやてちゃんも、とっても頑張りやさんで良い子みたいですね」

 社交辞令となるお返しの言葉だとしても、桃子のそんな言葉が単純に嬉しく思う。
 癒され、心の中で燻る歪みの炎がわずかだが小さくなるのが感じられた。
 だがそれは本当に微々たるもので、一度ガンダムと相対すればなかったも同然となる。
 覚悟を決めなければならない事だろう。
 己の歪みから目をそらし、ガンダムと共に滅びの道を歩むか。
 それとも、己の歪みを真正面から見つめ、ガンダムとは全く異なる道を歩むか。

「私は、どうすれば良い。ハワード、ダリル。エイフマン教授……カタギリ」

 かつての同僚や恩師の名を口にしても、答えてはくれない。
 もう一人、故人とはなっていないカタギリも、時代という名の壁の前に同じである。
 結論を急がねば、次にガンダムと相対すればまた同じ事が繰り返されてしまう。
 その時にもまた巻き込まれた誰かが、なのはのように幸運に包まれ、無事に済む保障はない。

「ハム兄!」

 はやての呼び声に、はっと我に返れば、店内から少年達が居なくなっていた。
 随分と深く考え込んでいたのか、桃子と社交辞令を交し合ったあたりからやや記憶が曖昧だ。
 カウンターから立ち上がり、翠屋の入り口で手招いているはやてのもとへと向かう。

「アリサとすずかは帰ったのか?」
「アリサちゃんはお父さんとお出かけやって。すずかちゃんはお姉ちゃんと買い物。私らもどっか行こか?」
「それも、悪くはないな。なのはは……なのは?」

 なのはは帰宅途中のサッカー少年の一人と、マネージャーを見ていた。
 何か思うところがあるのか、呼びかけても聞こえてはいないようだ。

「ははーん、なのはちゃんの好みはああいう子か。なのに残念無念、既にお相手が」
「にゃ、はやてちゃん。変な事をいわないで、違うから」

 慌てて否定するなのはが、ぽかぽかとはやてを叩く。

「私達はこれから出かけるが、なのははどうするかね。共に来たいと言うならば歓迎するが」
「ん~……魅力的なお誘いだけど、まだユーノ君が万全じゃないから遠慮しておきます。連れて帰って看病します」
「そっか、残念や。しっかり養生せいや、ユーノ君」
「キュ~……」

 はやてがなのはの肩にいたユーノに手を伸ばして撫でると、弱々しく鳴いていた。
 ユーノを手で支えたなのはは、それじゃあと言って家に帰り始める。
 その後ろ姿を半ばまで見送ったはやてとグラハムは、何処へ行こうかと相談しながら歩き始めた。









 デパートなどがあるビル街に来てもまだ、具体的に何処へ行くかは決まらなかった。
 グラハムの服は以前買いに行ったばかりで、さすがにこの短期間で第二のファッションショーは出入り禁止をくらいそうで怖い。
 ならばはやての服かと言えば、はやて自身これといって何か欲しいものがあるわけではない。
 二人ともコレといって趣味はなく、趣味と言えるのか良くするのはゲームだ。
 あえて行きたいではなく、二人共に反対意見が思い浮かばなかった為、ゲーム屋に向かう事になった。

「それで、はやての行き着けは何処かね?」
「信号を二つ向こうにいった角を曲がったところ。規模は大きないけど、隠れた名作がよう置いてあんねん」
「隠れた名作、胸が躍る言葉だ。しっかり掴まっていろはやて、急行する」

 とは言っても、早足程度で無理はしない。
 車椅子はわりと横幅を取るので、人の多い通りでスピードを出しては迷惑になってしまう。
 そうなると最後に嫌な思いをするのははやてなのである。
 グラハムは、はやてはもちろん道行く人々へも細やかに気をくばりながら車椅子を押していく。
 そして一つ目の信号で早くも足止めを喰らった際に、まず初めにはやてが気付いた。

「ん、なあハム兄。なんか今、揺れへんかった?」
「いや……私は何もッ!?」

 次にグラハムが気付く、はやてとは別の理由から。
 脳裏に響く、小さな雑音。

(この感じはガンダム!? 馬鹿な、ここは!)

 両手でハンドルを握る車椅子に乗るはやてを皮切りに、同じく信号待ちをする大勢の人。
 あちらこちらにあるビルに入る人、出て来る人。
 一人一人数える間に、それぞれの立ち位置が変わってしまい見失う程に大勢の人がいる。
 平穏しか知らないような穏やかな人々が大勢いるこの場所で、ガンダムの存在を感じてしまった。
 そして、グラハムの不安を半分だけ裏切るように、それは来た。

「あ、ほらやっぱり揺れッ、揺れすぎや!」

 地面が縦に揺れた。
 そればかりか目の前の交差点の中央から、鋭い先端を持つ節くれだった巨大な針のようなものが突き出てきた。
 アスファルトを地中から砕き、その下に十何年も隠されていた土くれを露出させながら。
 木の根とすら一瞬では判別できないそれは、街の至る所から突出してきていた。
 ビルを串刺しにして生えてくるものも在れば、アスファルトと地面を仮縫いするように交互に突き刺すものもある。
 悲鳴はあがり続けているが、揺れが強すぎて身動きが取れるものは殆ど居なかった。
 だがこの揺れが収まると同時に、規則正しかった人の波は時化の海よりも酷くなる事は明白。
 車椅子からはやてが転がり落ちないように足を踏みしめていたグラハムは、決断した。
 人々の視線が何処にも定まっていない今しかないと。

「思い出せ、あの時の感覚を……」

 己の歪みを現実として見せ付けられたあの夜、我が身をフラッグに変えて夜空を裂くように飛んだあの時。
 まるで胸の中で燻る歪みから湧き上がるように、グラハムの体を深い血の色の光が覆い始める。
 行ける、そう感じた瞬間には口が自然と叫んでいた。

「今はただ、はやてを護る為に!」

 深い血の色の閃光が迸り、グラハムをフラッグへと変えていく。
 ただし、あの日の夜とは違い、最初から人型形態での参上であった。

「わっ、まぶし。なんや今のって、本当になんや!?」
「詳しい説明は後だ。まずははやて、君を安全な場所まで連れて行く」
「ハム兄? その声はハム兄なん!?」

 はやての車椅子を抱え、揺れる大地を捨てて飛翔する。
 案の定、揺れる大地に恐怖を抱き、はやて以外にそれを認識出来た者はいなかった。
 木の根に貫かれ、今にも崩れ落ちそうなビルを追い越すようにさらに高く飛ぶ。
 そしてどのビルよりも高く飛んだグラハムとはやては気付いた。
 この街で、一体何が起こっているのかという事を。
 それは大樹。
 世界中の樹の王様と言われても信じてしまいそうな、ビル街を飲み込む程の大樹である。
 幸いにしてまだ崩れ落ちるようなビルはなかったが、逆に全く無事なビルというものも存在しなかった。
 ビルの崩落は直ぐ目の前にまで迫ってきていた。

「あんなんちょっと前まではあらへんかったで……ていうか、セツメェー。突然、ハム兄が、可変式っぽいロボットになってん!」
「説明は後だと言ったはずだ」

 どうやら目視する限りでは、大樹の成長は止まっているようであった。
 あまり遠くにまではやてを運んでいると、現場に戻るまでに時間が掛かると手頃なビルの屋上へとはやてを降ろす。

「いや、本当になにがなんだかやけど。まさかハム兄、あそこに戻る気か!?」
「元とは言え、私も軍人だ。民間人を護るのがその勤めだと認識している」
「言うと思ったで。ああ、もう。絶対に後で全部話してや。特にその変身の事とか。ハム兄が未来型ロボットやったなんて。四次元ポケットは何処やねんな!」
「約束しよう。このグラハム・エーカー、事件が終わり次第に全てを話すと!」

 フラッグの姿でサムズアップをしてはやてに見せたグラハムは、今再び飛翔し、飛行形態となって空を駆ける。
 このような状況で不謹慎な事だが、グラハムは少しだけ吹っ切れていた。
 敵国との戦闘ばかりが軍人の務めではない。
 特にこの時代の日本には戦闘が二の次となる、かなり特殊な軍隊があったはずだ。
 この不可思議な災害に脅える民間人の救助を行う事こそが最優先の軍隊。
 なんと羨ましい軍隊か。
 三〇〇年後には影も形もなくなってしまう軍隊だが、ある意味で理想の軍隊である。

「私にも、なれるのだろうか。私にも……」

 現場へと急行しながら呟いたグラハムの視界に、とあるビルの屋上が映った。
 途端に空の上で急停止をかけ、人型形態へと変形する。
 ビルの屋上には、あの日の夜にファング一本で自分から逃げおおせたガンダムの姿があった。

「ガン、ダム……」

 揺らぐ、直前に淡く憧れた理想の軍隊が。
 目の前に、しかもこちらへと気付いていない無防備なガンダムの姿がある。
 今ならとれる、あのガンダムを。
 相打ちなどではなく、完全に討ち取り、超える事が出来る。
 気がつけば、フラッグと化した左手の中にはブラズマソードが握られていた。

「外敵に対してあまりにも無防備なその姿、正に白雪姫だ。穢れを知らぬ無知、それはまた罪だと知れガンダム!」

 震える腕を振り上げ、グラハムは揺れる心の赴くままにプラズマソードを掲げた。









-後書き-
ども、えなりんです。

今日の被害者は翠屋JFCの少年達。
まあ、軽微ですけどね。撃ち落とされたなのはに比べれば。
そんななのはがまたしてもロックオン。
グラハムの勘違いは続きます。

感想に、いくらなんでも顔もろだしやんと突込みがありました。
ただ一応のそれっぽい理由はそのうち出てきます。
節穴である事に変わりはありませんけどね。

それでは次回は土曜日です。
では。


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