御崎市中心街のデパートに、少年と少女がいた。
(やっぱり、目立つよなぁ)
周りの人間達は誰しも少なからずこちらに目を向ける。
前を歩く少女の水色の髪、ミスマッチなほど大きい白の帽子とマント、という容姿のせいだろう。
当の少女はキョロキョロと忙しく辺りを見回しながらうろちょろしている。迂濶に目も離せない。
(本当に、十五歳か?)
今三つほど信じがたい。
今も、ガムの玉の入った自動販売機を不思議そうに見つめている。
またフォローが必要なようだ。
「近衛さん。それはこの穴に十円玉を入れて回すと‥‥‥」
ガチャン
「中に入ってるガムが出てくる機械だよ」
言って、出てきた赤いガムを目の前の家なき子に手渡す。
(まあ、そんなに嫌じゃないけどね)
今日だけで何度目か、悠二が教えた事に目を丸くしている(ような雰囲気の)少女を見やりながら思う。
事情は知らないが、こう、何にでも新鮮なリアクションをとる少女にものを教えていくのは、素直に楽しい。
妙に純真な所がある分、心が洗われるような気分にもなったりする。
「‥‥‥‥‥‥‥」
しばらく受け取ったガムを見つめていた少女・近衛史菜(“頂の座”ヘカテー)。
食べてみる。
「!!」
二人はさらにデパートを練り歩く。
最初は街の案内がメインの予定だったが、御崎神社とかの離れた所はまた今度にして、今日はこの少女に『普通の街』を体験させようと考えた悠二の配慮である。
どうにもこの少女は、生半可じゃない世間知らずであるらしいからして。
「近衛さん。ガムは飲み込んじゃダメなんだよ?」
横で口いっぱいにたくさんガムを含んで、もきゅもきゅしている少女に、少し笑って言う。
何か、リスみたいだ。
「‥‥‥‥?」
人間・近衛史菜に成り済ましている異界の住人、『紅世の徒』“頂の座”ヘカテーは、少年の視線に少し違和感を覚える。
母親にまるで似つかない愚鈍な少年、という印象だったはずなのだが、今の眼差しが少し、おばさまに似ている。
よくわからないが‥‥‥‥暖かい。
やはり、『一応』親子だという事だろうか。
怪しい少年である。
値踏みするような視線を悠二に浴びせながら、ヘカテーは悠二の周りをぐるぐる回る。
怪しいトーチを観察である。
「こっ、近衛さん? 今度はどうしたの?」
む、少し頭を屈めてそう言ってくる。
身長が低いと言われた気分だった。
ギュニッ
「痛たたたたっ!?」
生意気な少年のほっぺた、屈んだ事で容易く手が届くようになったほっぺたをつねる。
(面白い顔‥‥)
「近衛さん!? 何すんの!?」
少し痛そうだ。仕方ないから丸を書くようにクルクル回してパチンと放す。
紅世の王たる自分を侮辱するからこうなるのだ。
少年の表情、そして制裁を加えた事に満足して、ヘカテーは前を歩く。
痛そうにほっぺたをさする悠二の眼差しが、また少し暖かくなった事に、前を向くヘカテーは気づかない。
「‥‥‥‥‥‥‥」
下界の知識に疎いヘカテー。その必然として、見て興味を惹かれたものに吸い寄せられるように近づく。
今は悠二が案内するというより、ヘカテーが興味任せに歩き、悠二がそれについて教えてあげるといった形である。
そのヘカテーの、女の子としての本能が、一つの店を訪れさせる。
ぬいぐるみや可愛い物を取り扱う店、ファンシーショップである。
「っ!」
一瞬恥ずかしくて躊躇した悠二だが、このあからさまに年下(に見える)の少女が一緒なら別に気にする事もないか、と思い直す。
(‥‥‥すごいな)
入ってみるとさらにわかりやすい。
これでもかというほどに並べられたファンシーグッズの数々。こんなのは悠二も見た事がない。
あまりの自分の場違いさに、少しゲンナリする。
そんな中、まるで違和感がない、否、ぬいぐるみに混じっていてもしばらくは気づかれないんじゃないかという少女が突き進む。
あまり表情豊かとは言えない少女だが、今は傍から見てもその楽しげな雰囲気が伝わってくる。
目が輝き、足取りはまるでスキップである。
(‥‥‥お?)
そんな少女は、一つの棚、今話題の、悠二でさえ知っている喋るぬいぐるみ・ウァービーの前を‥‥“素通り”し‥‥
「‥‥‥‥‥‥‥」
あまりお目にかかる事はない“ヘビのぬいぐるみ”の前で止まる。
変わった趣味である。
ちなみに、悠二もウァービーを可愛いとは思っていないが。
「それ欲しいの? 近衛さん」
そう訊いてくる少年の眼差しが、
「‥‥‥‥‥‥‥」
また、暖かい。
(‥‥‥生意気)
そんな事を思うヘカテー。どうにも、今まで『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の構成員達や、『訓令』に訪れる徒達と接するのとは勝手が違うな、とは思った。
「ほら、買ってあげるから。こっちのレジでお金を払って‥‥」
「!」
買って、『あげる』? 何故? これは、自分が興味を惹かれた物。何故この少年が買ってくれるというのか。
自分が『巫女』だと知っているはずもないのに。
「自分で買います」
(変な‥‥トーチ)
そう評した。そうとしか、評せなかった。
デパートを出て、また街中を練り歩く。
悠二としては、先ほど出くわしたクラスメイトにあらぬ誤解をされた事もあって、少し警戒気味である。
こういう事を面白おかしく編集する親友の少女になど見つかったら一体どうなってしまうやら、想像もつかない。
いや、佐藤と田中に見つかった時点でもう手遅れなのかも知れないが。
というか、この近衛史菜は今晩以降どうするつもりなのだろうか? 大切な事なのにそういえばまだ訊いていない。
そんな事を考えている悠二。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
ヘカテーも、少し考え込んでいた。
自分が買った物を、何故かあの少年が持っている。
『女の子に持たせるわけにいかないだろ』という事らしいが、よくわからない。
(変なトーチ)
また、心中で呟く。
いつか消えてなくなる、トーチ。
人間を失い、忘れ去られる存在。
この世の歪みの緩衝材であり、『同胞殺し』の目から逃れるための存在。
(いつか‥‥消える)
ズキッ
「っ!」
突如胸を襲った“痛み”を、ヘカテーはあえて無視する。
その痛みをヘカテーが理解するのは、まだしばらく先の話。
しかしそれは、ヘカテーの心の奥深くでは、不明瞭に渦巻いていた。
それは、ほどなく少年に手を出そうとした“燐子”への攻撃として表される。
少年は、トーチ。
だが、思ってしまった。
“ずっと一緒にいて欲しい”と、失いたくないと。
いつか消える運命にあるものへと、そう思ってしまっていた。
だから、燐子の頭を吹き飛ばし、少年を守った。
その瞬間、『中に在る物』など、どうでも良かった。
“目が覚める”。
『星黎殿』の自室。でありながら、以前には無かった、大切なぬくもりが、ここにある。
「すぅ、すぅ‥‥」
大好きな少年の胸に顔を埋め、また眠りに落ちる事にする。
懐かしい、夢。
そんな自分の気持ちにさえ気づけていなかった、かつて。
今は違う。
消えない。自覚できる。触れ合える。
手を伸ばせば、届く。
この‥‥『愛』が。
(あとがき)は感想板に書く事にします。