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[19077] 【チラ裏からD4C】スタンド先生ジョジョま!(ネギま×ジョジョ)
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/07/19 16:26
このSSは、ネギまとジョジョの奇妙な冒険のクロスSSとなります。

2010/05/24 開始

2010/07/19 チラ裏から移動

※注意事項※

・両作品の重大なネタばれが含まれます。

・荒木飛呂彦氏、赤松健氏に関係する作品からのクロスも含まれます。

・独自解釈があります。

・視点は3人称視点ですが、承太郎視点、ネギ視点など話によって変わる場合があります。

・徐倫の年齢に合わせて時間軸に変更があります。(ネギまキャラは原作通りの年齢になるように調整)

・舞台は麻帆良学園、ネギま本編開始が2007年(徐倫が15歳になる年)、ネギま本編第1部をベースにします。

・スタンドの事を魔法使いは、魔眼あるいは霊体が見える等の能力があれば見えるようにします。

・ジョジョ本編において再起不能リタイアであったキャラの何人かが登場することもあります。

・オリジナルのスタンドやキャラは基本的に出しませんが、展開によってそれに準ずるものが出るかもしれません。
仮契約パクティオー能力をスタンドとして出す、といった形など)

・スタンド使いと魔法使いの情報網が違うため、承太郎の能力自体は魔法使い側ではあまり知られていない形にします。

それでは、始めます。

┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
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[19077] 導入部  始まりの引力
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/05/24 17:32
導入部  始まりの引力








世界に誇る大企業、SW(スピードワゴン)財団のとある途上国にある支部の一つ。

途上国支部といっても、その規模は日本の中小企業のビル以上に巨大であるからして、基礎財源の巨大さがうかがわれる。

この支部の『表向き』の役目は、近隣の村の発展と整備を請け負うこと。

NGO団体よりも精練度の高いスタッフにより、近辺は環境汚染も少なく目覚ましい発展を続けている。

ただし、あくまでも『表向き』ではあるが。








この支部には異常なセキュリティを誇る一室がある。

出入り口は1つで、5回もの生体認証による入室許可制。

窓は一切存在せず、建物の中身を立方体にくりぬいているかのような印象を受ける。

あらゆる電波、電磁波、放射線を遮断する壁は核ミサイルが直撃しても衝撃に耐えきる程に強靭。

さらに、この部屋が使用される際は、部屋中に設置されている監視カメラとマイクにより360度から常時モニタリングされる。

死角など存在しないし、蟻が歩く音すら感知できるマイクには聞き逃せない音など何もない。

これだけのセキュリティならば大統領の緊急シェルターにでもなるのではないか、と思われるだろう。

だが、いかにセキュリティが高度でも、大統領にはこの部屋は使用させられないだろう。

『壁面全体に幾何学模様が描かれている』という異質な空間に、国の最高責任者を入れることはできない。








この意味不明な幾何学模様にはきちんとした意味がある。だがしかし、そもそもこの模様は何なのであろうか。

これを見た者はこう感想を述べるだろう。「前衛的な芸術作品だ。」

またあるものはこう感想を述べるだろう。「意味なんてあるものか。設計者の悪戯だろう。」

だが、オカルトやTVゲームに精通している者ならば、この幾何学模様は何であるか、戸惑いながらもこう答えるだろう。

すなわち「『魔法陣』である」と。








SW財団にはいくつもの研究部署が存在している。

近代アメリカの基礎を作り上げたといわれるほどの経済・医療部門、財団を設立するきっかけとなった石油部門、etc...

その中でも一般人はおろか通常の社員では知りえることのできない部署も少なからずある。

その中の一つが、この部屋を作り上げる際に必須であるとされたファクターが絡む、『超常現象』部門である。

超常現象などという荒唐無稽なものを研究する部門が存在している理由は、きわめてシンプルだ。

すなわち『超常現象は存在する』からに他ならない。








SW財団の設立者であるロバート・E・O・スピードワゴンは若き頃、超常現象に遭遇した。

銃弾を何発受けても死ぬことなく、人を喰らい使役する邪悪なる存在、『吸血鬼』。

人の持つ生命エネルギーを極限まで高め、太陽の波長が弱点である吸血鬼を倒すための技術、『波紋』。

その2つの力がぶつかり合う戦場に、スピードワゴンは参加していた。

彼は邪悪なる吸血鬼、ディオ・ブランドーとの戦いにおいて痛烈に思ったことがある。

なぜ自分には力が無いのか。

対抗手段さえあれば『彼』……ジョナサン・ジョースターはあのような結末を迎えなかったのではないか。

石油を掘り当て、莫大な資産を持った彼がまず初めに行ったことは、吸血鬼に対抗する技術を研究することだったとも言われている。

波紋、吸血鬼、吸血鬼を従えていた超生命体『柱の男』、果ては黒魔術など様々な方面に研究の幅を広げた。









スピードワゴンが死んだ後も研究は続けられ、そして現在、研究班は人間の持てる至高の力に行き着いた。

それは人の生命エネルギーが作り出すヴィジョン。

それは世界に遍く魔力を使い事象を発生させるもの。

そのどちらも普通の人間には感知できない力であるゆえに、対抗手段が必要であった。

その研究成果が、どちらの力も感知する効果を持った魔法陣である。

あらゆる物理要素、そして超常現象に対抗するための手段がそろっている部屋であるが、設計担当者曰く「これでも不十分である」だそうだ。








今、その一室には2人の男――印象がまるで違う――が存在していた。

方やきっちりとした漆黒のスーツに身を包んだ生真面目そうな男。職業はSW財団の連絡員。

方や紫の帽子とコートに身を包んだ美丈夫。職業は世界中を飛び回る海洋冒険家。

椅子に座り、机を挟み対面している姿は、部屋の構造のせいかどこか取調室のようにも思えた。

「単刀直入に聞きます。承太郎様、魔法をご存知でしょうか?」

スーツ姿の男が切り出してきた言葉は普通に考えたらあまりに荒唐無稽。

まともな人間が聞けば「イカれてるのか?この状況で」と言われること間違いなしである。

だがすでにここは普通ではない。普通である者はここに存在することすら許されない。

「魔法使いが存在することは知っている。既に何度かやりあっているしな。
わたしに恨みを持つものが雇い入れたようだが、何も分からないままにスタンド攻撃を受けるよりは対処は容易だったな。
……それで、依頼とは何なんだ?」

コートの男、『空条承太郎』はそう切り返した。








人の生命エネルギーが作り出すヴィジョン、その名は『スタンド』。

世界に遍く魔力を使い事象を発生させるもの、その名は『魔法』。

本来なら交わることのない2つの強大な力は、何かに導かれるように少しずつ近づいていく。

さながら『引力』のように。








空条承太郎――スタンド名『星の白金スタープラチナ
          依頼を受けに、SW財団支部へIN!


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│To Be Continued   >
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[19077] プロローグ 奇妙な依頼
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/07/23 17:07
「依頼内容はそのままの意味ならば非常に簡単なものです。
承太郎様には埼玉県にある麻帆良学園都市に教師として赴任していただきたいのです。」

連絡員は少しの淀みもなく内容を語っていく一方、承太郎は多少不機嫌になっていく。

理由としては、承太郎はここ十数年間世界中の海を渡り歩いてきたため、一か所に長くとどまることに若干の苦手意識を抱いていたためである。

「承太郎様は博士号を取っておられますので、教員免許に関しては労力をかけずに作成できます。
というよりも受けてくださるならば即日で発行できる手筈となっております。」

堂々と偽造しますと宣誓するのはいかがなものかと思うが、そもそも潜水艦を所有しているような企業である。

この程度の事は偽造のうちにも入らないのだろう。

「確かに博士号を持ってはいるが、本格的な授業となると門外漢だ。
海洋学ならSW財団お抱えの博士の方が向いているんじゃないか?」

「いえ、今回麻帆良から提示された依頼は、空条承太郎その人を招致することが第1目的となります。
それに教鞭をとっていただくのは海洋学部ではありませんから……。」

「……何?」

ここにきて連絡員に逡巡の色が見え始めた。よく見るとどこか冷静さも欠けているようだ。

まるでトイレでハプニングに見舞われたのを隠すポルナレフくらい挙動不審だ。

「言いにくいことがあるのかもしれないが大丈夫だ、遠慮なく言ってくれ。
こちらはただでさえ様々な事件で手を貸してもらっている。たまにはそちらからの無茶くらい聞くさ。」

不機嫌そうだった承太郎だが、不意に微笑みを浮かべて相手を安心させようとする。

これは承太郎が半ば無意識に使うようになった会話での戦略である。

その言葉と表情を受けてようやく決心がついたのか、連絡員は意を決して話し始める。

「今回承太郎様に頼みたい事は、麻帆良学園女子中等部のとあるクラスの副担任を務めていただくことです。」

「だが断る。」

「早い!?」

岸辺露伴もびっくりの速度で断った。催眠術や超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ、断じてないのである。








プロローグ 奇妙な依頼








「何故喧しい女が大勢いる女子中等部になんか行かなくてはならないんだ。
そちらなら私の嫌いな物の1つくらい知っているだろう?」

この空条承太郎は嫌いな物の1つに『鬱陶しい女』がある。

理由としては若いころ周囲にモテていて、取り巻きが存在していたからだ。

生まれがイギリス系アメリカ人と日本人のハーフであったため、彫の深い顔立ちに生まれたのが運のつき。

普通の男子ならば嬉しいものだが、慎ましい大和撫子が好きな承太郎としては邪魔以外の何物でもなかったのである。

結局は大和撫子ではないものの、可憐で慎ましい性格のアメリカ人女性と結婚することになったのだが。

ちなみに周囲の男子からは『もてキング』と陰口を叩かれていた。

そんなあだ名をつけたおにぎり頭は後日、直々にオラオララッシュを叩きこんでいるのだが、何故か再起可能だったらしい。

閑話休題。








「いえ十分承知なのですが、先方がどうしてもと。」

「……わたしを直接指定してきたからには重要な何かがあるんじゃないのか?
始めに魔法について聞いてきたんだ、無関係ではないだろう?」

ふむ、と少しばかり考え込む連絡員。

「分かりました。それでは詳しい話をさせていただきますのでこちらをご覧ください。」

スーツの男が手元にあるリモコンを押すと、天井からスクリーンが下りてくる。

下りてきたスクリーンに映し出されたのは巨大な樹が生えている広場と湖に建っている建物であった。

「これは麻帆良学園の象徴ともなっている『神木・蟠桃しんぼく・ばんとう』です。
まぁ神木は正式な名前を知っている者も普段は『世界樹』と呼称していますが。
そしてこちらは『図書館島』。世界中の書物が収まっていると言われる巨大な図書館となります。」

神木・蟠桃と図書館島の詳細なデータがスクリーンに細かく映し出されていく。

世界樹は樹高270m、なんという馬鹿馬鹿しい大きさだろうか。根が張っている範囲と深さも、考えられないほど広い。

一方、図書館島は広大な湖の真ん中に立っており、イタリアのサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会のようである。

「さて承太郎様、この世界樹と図書館島を見て何か思うことはありませんか?
これが日本の埼玉県に存在し、魔法が関わっていることを念頭に置いていただいたうえで、ですが。」

突如問われた内容に思案を巡らせる承太郎であったが、その表情はすぐに驚愕に変わることになる。

「これは……よくよく考えれば異常だ。何故ここまでの『異常な存在に対して違和感がない』?」

そう、気付いたのは『あまりの違和感の無さ』である。

270mもある樹木と湖に建つ図書館が日本の埼玉県に、何の違和感もなく溶け込んでいるのである。

普通ならばTV番組やら新聞記者がこぞって取材に来ること間違いないようなぶっ飛んだ代物であるというのにだ。

麻帆良学園の名前は日本でもかなり有名だ。もちろん承太郎も知っている。

だがおかしなことに、『誰1人としてそれらに関心を持っていない』のである。

普通ならば「270mある樹木があったら調べるだろう?誰だってそーする。おれもそーする」ということだ。

知らぬ間に意識を操作する、という能力はスタンド能力では割とポピュラーな部類のものであるが、それを日本全体、いや全世界規模で展開しているというのだからでたらめである。

「これこそが麻帆良全域を包んでいる『認識阻害の結界』の効果です。
この結界の内側にある異常は、『異常として感知されなくなる』効果があります。
ただし、認識阻害を受けない方法はいくつかあります。
『魔法使いである』、『一般人でも魔法に対して耐性がある』、『魔法が存在することを知る』等々、といったところです。」

「やれやれ、ぞっとしないな。今回は『魔法を知っていたから』という訳か。」

「いえ、承太郎様の場合は『スタンド使いであったから』です。
スタンドは生命エネルギーを元に発現させるため、対極にある魔力を無効化レジストしやすいのです。
ただ承太郎様のスタンドは無効化能力が弱かったようで、『魔法が存在することを知る』という条件を満たしてやっと感知できた訳です。」

「なるほどな。それで、ここまでの大規模な魔法を使う理由は何だ?」








連絡員が再度スクリーンを操作すると、麻帆良学園全体の俯瞰図が表示された。

西洋風に統一された町並みは美しく、日本ではないような雰囲気だ。

「ここ麻帆良学園都市は、実際には関東魔法協会の総本山であり、日本において重要な拠点でもあります。
もちろん一般人も多く存在しますし、日本の中では最高レベルの教育も実施されています。」

その町並みの6箇所に円で囲まれたエリア、さらにそこを通るようなパイプラインが何十本も追加表示される。

円で囲まれたエリアは世界樹を中心にして一定の間隔で存在しているようだ。ラインについては麻帆良全域に広がっている。

「これが麻帆良が重要拠点である所以、地脈の流れです。
この配置は霊地として最高の土壌であり、その力を溜める世界樹は世界でもトップクラスのパワースポットとなります。」

パワースポットというと、胡散臭い心霊療法などが浮かぶ事が多い。マイナスイオン並みに信憑性が無い代物だ。

だが実際に魔法がある以上、関係者にとってはこの上ない都合のいい場所なのだろう。

「魔法を束ねる者の総本山、しかも世界樹には莫大な量の魔力が蓄えられています。そのため……」

「この場所を狙う輩が多い、というわけだろうな。」

そう、麻帆良は非常に狙われやすい場所である。

何かの組織、しかも裏に通じているとなれば恨みを持たれることも少なくない。

関東魔法協会の総本山であることは抜きにしても、魔力が潤沢に満ちている場所などそうそうない。

邪な考えを持つ魔法使いやそれに準ずる者たちは、世界樹の魔力を自分の物にしたいと考え、夜な夜な襲撃をかけてくる。

魔物は香しい魔力の香りに誘われ、爵位持ちと呼ばれる魔物へと進化するために貪欲にどこかから現れ、進撃してくる。

また、様々な企業がバックについている為に、企業の跡取りが麻帆良で教育を受けていることが多いため、『表の世界』の犯罪者までもが麻帆良に侵入しようとする。

現在それらすべてを退けている麻帆良の力量は推して測るべし、といったところか。








「だがそれにしても疑問が残る。単に武力の増強ならば内輪で済ませればいいだろうに。
推測だが、わたしを麻帆良に赴任させるのは侵入者と戦わせるためというのも含まれるだろう?
確実に戦って負けるとは言わないが、スタンド使いと魔法使いでは圧倒的に土俵が違いすぎる。」

スタンド使いは基本的に接近戦特化の者が多い。それはスタンドの本質が、傍に立つStand by me者であるからだ。

生命エネルギーが作り出すパワーある像である故に、どうしても遠距離では戦えないか、戦えるとしても力が落ちるスタンドが大半だ。

遠距離型や自動操縦型スタンドもいるが、複雑な操作がしづらいために、乱戦になるであろう襲撃者たちとの戦いでは不安が付きまとう。

スタンドの事を誰よりも把握している承太郎の言葉に、連絡員は申し訳なさそうな表情になる。

「いや、それがそう上手くいかないのですよ。近年、襲撃者がスタンド使いを雇い入れるという事態が増えてきています。
スタンドの大前提、それが魔法使いにとっては脅威となるのです。」

「……『スタンドを見ることができるのはスタンド使いだけ』、か。『魔法使い』ではスタンドを感知する術は無いというわけか。」

「いえ、特別な能力を持つ魔法使いならば『スタンド使いでなくてもスタンドを見ることができる』のですが、そのような技能を持つ者は限られています。」

その言葉に承太郎は驚かざるを得なかった。ごく少数でもスタンドを視認できる魔法使いがいるとは流石に知らなかったからである。

「むしろそのこと自体は、見える者と連絡をリアルタイムで取れば一応は何とかなります。
一番の脅威は『スタンド使いは引かれ合う』、この無意識化で行われる特性が何よりも脅威なのですよ。」

「っ!? ……そうか、麻帆良は学園都市だったな。
都市である以上、そこで生まれそこで生活する者もいる。買い物をする施設にも恵まれるためか、都市外に行く者はそこまで多くない。
学生生活はほぼエスカレータ式で、周囲は自然に囲まれている。
だからこそ、『スタンド使いもしくは資質を持つ者が集まり易い状況』という訳か。」

現在の麻帆良は、杜王町での事件を考えると分かりやすい。

『スタンド使いは引かれ合う』という特性は、スタンド使いが多ければ多いほど強くなるという奇妙な特性を持っている。

この特性によって、杜王町においてのスタンド使い人口密度が短い期間で急激に跳ね上がったのである。

杜王町よりも外に対して閉鎖的である麻帆良では、それがより顕著なのだろう。

「それに加え、麻帆良においてスタンド使いの人数が把握できていないということが問題なのです。
スタンド使いの存在は魔法使いよりも秘匿性が高いですからね。
承太郎さんにも経験がおありでしょう。『周りを傷つけないために能力を隠したこと』が。」

「……人が悪いな、あんたも。スタンドを『悪霊』だと思っていたことはなかなかに思い出したくない事柄なんだがな。」

「失礼、失言でしたね。」

スタンドの暴走、今思えばあれがこの奇妙な運命の始まりだったかもしれない。承太郎はそう思った。








「さて、話を元に戻しましょう。今回承太郎様が呼ばれた理由は3つ。

1、新しく赴任する担任の先生を補佐していただきたい。
これは魔法使いの世界における重要人物であるからです。
『彼』を補佐するには、『重要たる所以を知らない強者』を付けるのがベストだと思われたためです。
先入観を持った者に任せてしまったら、『彼』が歪みかねません。

2、増え続けるスタンド使い侵入者へのけん制。
魔法使いの情報網では分からなくとも、スタンド使いの情報網を持っている者ならあなたを相手にしたくはないでしょう。
なにせ『世界最強の能力を持つスタンド使い』ですから。
それに多くのスタンド使いと戦っているため、能力の見極めが早く、それが侵入者の排除に役立つためです。

3、魔法使いの中でもっとも有名なスタンド使いであるから。
魔法使いとスタンド使いの情報網は違いますが、それでも承太郎様のネームバリューは強力です。
どこの馬の骨か分からない者を寄越させるより、とりあえず知っていた名前の人物が欲しかったのでしょう。」

「一つ質問だ。何故俺の名前が知られている。」

「簡単な話ですよ。『魔法使いでも邪魔だった存在を排除した』ためです。」

その質問を予期していたのか、連絡員はスクリーン操作をしながら話す。

程なくして画面に現れたのは、首の後ろに星型のあざを持つ男の後ろ姿。

忘れもしない仇敵――DIOだった。








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もうとっくの昔に死んでいるはずなのに、今なお写真から感じるプレッシャーは何なのか。

この部屋の中にDIOが居るように感じ、2人の額には若干ながら汗が浮かぶ。

死してなお邪悪の頂点に君臨するは、帝王のカリスマともいうべきか。

「忘れもしない……DIOッ!!」

「吸血鬼DIO……最悪な事件でしたね。あなた方が行動した50日間の裏で、相当な数の人間が文字通り餌食にされました。
何も知らない一般人、従わなかったスタンド使い、そして果敢にも邪悪に挑んだ魔法使い等、様々な理由で……。
……最終的な死者の数はいまだに判明していません。」

承太郎は1989年の事を思い出す。長いようで短かった旅。苦楽を共にしてきた仲間とは、家族と共にいるような安心感があった。

だが、生き残ったのは承太郎を含め僅か3人。彼らが生き残れたのは、死んでしまった仲間の意思があったからだ。

自分が死ぬまで忘れることのない、魂に焼きついた旅だった。

「……魔法使いからも犠牲者が出たと言ったな。それが有名になった原因という訳か。」

「はい。魔法使いはDIOに対して1000万ドルもの賞金を懸けました。これは魔法使いが賭けた懸賞金の中でも最大です。
これを受けて自身の正義感から戦いを挑んだ者、金に目がくらんで戦った者、様々な魔法使いがいましたが全滅。
最終的に承太郎様が倒すまで、数えきれない魔法使いが帰らぬ者となりました。
賞金は魔法使いでないと受け取れないため、代理としてSW財団が一時的に預かり、後日ジョースター家に入金させていただきました。」

「つまり、化け物を倒した『英雄』扱いされている訳か。
ちっ、妙な魔法使いに絡まれたのもそのせいか。『お前を倒して師匠に認めてもらう』だのなんだのは。」

「それに関してはこちらの不手際です。誠に……」

「いや、謝罪はいらない。『魔法は秘匿されなければならない』、これが『魔法使い』のルールなんだろう? なら仕方ないさ。」

しかし大前提を崩してまで外部の人間を引き入れたいとは、麻帆良は切羽詰まっているのかもしれない。

ならば助けない訳にはいかない、そう承太郎は考えた。








「補足しますと、麻帆良学園バックには世界企業の中でもトップクラスのものたちが出資をしております。
SW財団も出資をしておりますゆえ、圧力さえかければ白紙に戻すことも可能ですが……。」

「……やれやれだぜ。」

多数の企業をバックに持つ組織において一つの企業が圧力をかけると、そのパワーバランスは崩れてしまう。

結局のところ……

「……どう考えても断れるわけがないだろう。」

……拒否するメリットなどどこにもないということだ。

「ありがとうございます。それでは引越しの準備を始めさせていただきたいと思います。
既に奥様には『承太郎様が日本に教師として赴任する。着いて行きませんか?』という旨を伝えてあります。
あとは承太郎様が直接説明なさってください、もちろん魔法は秘匿してですが。」

瞬間、時が止まった。

ただし、スタープラチナ・ザ・ワールドを発動したわけではない。承太郎からのプレッシャーによってである。

「どういうことだ……!」

連絡員は直感に従い魔法障壁を発動させるが、スタープラチナの一撃でたやすく割れてしまった。

もちろん、承太郎は財団の人間に対して本気で拳を打ち込むことはなく寸止めで終わらせたのだが、打ち込まれた方はたまったものじゃない。

正直言って、ケツの穴にツララを2~3本ほど突っ込まれた気分になっていた。

このまま嘘でごまかしたりなんかしたら、速攻で再起不能リタイア間違いなしだ。

「すみません、実はもう一つ理由があります!
大奥様に『孫夫婦の離婚危機を解決してほしい』という要望がありまして、そのために今回の赴任はご家族揃っての形となります!」

「スージーの祖母さんのせいか、くそっ!」

年齢の割にまだまだフランクな祖母の余計なおせっかいが、確実に承太郎を追いこんでいる。

おそらくは逃げ道という逃げ道を塞いでいるだろう。なにせジョセフの奥さんを続けてきたような人だ。

「もし海に逃げようとしたら、船を爆破しろとまで言われております!
お願いします承太郎様、ご観念を!」

嵌められた、承太郎は心からそう思わざるを得なかった。








「……やれやれだぜ。」








空条承太郎――麻帆良からの依頼を半ば無理やりに引き受けさせられる。
          ただ、離婚危機を回避できたことには感謝した。

承太郎の妻――海洋冒険に出かけないならと、赴任を喜ぶ。一緒に住めるならばどこでもいいようだ。
          説明を聞いてすぐに離婚用の書類をすべて処分した。

空条徐倫――嫌いな父と日本に行くことに対し猛反発していたが、母親の幸せそうな顔を見て渋々納得。
         蝶のタトゥーを入れてささやかな反発をしたが、母に泣かれる。


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[19077] 1時間目 空条承太郎!協力者に会う
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/07/23 17:08
2007年2月の頭。寒さのピークが早めに過ぎはしたが、気温もまだまだ寒い季節である。

そんな気候の中、麻帆良学園中央駅へと続く道を一風、というか三風程変わった2人組が歩いていた。

「あー、ったく。こんな日に財団お抱えの新任教師の迎えなんてしないといけないなんてなーっ。」

テンガロンハットを被り、全身砂色のコーディネイトをした男は心底嫌そうな口調で隣の若者に愚痴をこぼす。

本来麻帆良学園都市は西洋風の建物のつくりのため、外国人でも風景に合うようになっている。

だが彼の恰好はどう見ても『西部劇のガンマン』であり、周りから非常に浮いていた。

「しっ、し、し……仕方ないです、ハイ。僕らはあ、あくまでもSW財団経由で雇われています。
雇用主の命令はぜっ、ぜっ、絶!……対! 昔みたいにお金に困らないだけまだいいです。」

もう一人の若者は普通の服装だが、少し髪型が変だ。彼はウェーブのかかった髪の毛をヘアバンドで天へと逆立てている。

また珍しいことにブックホルダーを腰につけ、個性的な絵柄の『漫画本のようなもの』を持ち歩いていた。

「しかもSW財団からの連絡は適当だしよー! 
『指定した日時に麻帆良中央駅に行けば、何故あなた方が選ばれたのか分かりますから』だってよ!」

「ぼ、僕はもう知ってるんですけどね、誰が来るか。僕のスタンド能力……を使えばか、簡単っ、です。
だけど、予言通りには動きたくない、です。」

「……お前も変わったよなぁ。便利なはずの予知能力通りにはあまり動かなくなってきたし。
あくまでも危険察知にのみ使ってやがるからなぁ……っとと、着いたか。」

凄まじい数の改札機が並んだ駅にたどり着くと、2人は近くにあったベンチへと座り込む。

ちょっと前に買っておいてために、若干だが温くなった缶コーヒーを開けながら一息つく。

だがそれらの動作全てにおいて、2人が改札口から目を離すことはなかった。

だるそうにしている見た目とは裏腹に、身のこなしにも隙はない。

「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか、ってな。 ヒヒッ。」

引きつった様な笑いは、駅前広場に響かずに、ただ消えていった。








1時間目 空条承太郎!協力者に会う








(結局、引っ越しを完全に済ませるのに3日間を費やすことになったか。)

アメリカの方から服などをまとめて輸送させたため、こちらに着くのが大幅に遅れたのが最大の要因だ。

お気に入りだった家具もいくつか持ってきたので、税関で引っかかったらしい。

(徐倫は麻帆良中等部女子寮に住むことになってしまったし、家族全員一緒に住めるかと思っていた妻は残念そうだったな。)

母親離れができていないため嫌々といった形でだが、教職員用の家よりは学校に近いため妥協した様だ。これでまた嫌われてしまった。

(しかし久々に乗る日本の電車は、やはり乗り心地がいい。アメリカの電車とは比べるべくもない。)

そんな事を思いながら、承太郎は麻帆良学園中央駅へと向かう電車に揺られて、景色を眺めていた。

電車の中は適度な暖房が利いており、天気もいいので日差しが心地よい。いっそのこと、このまま眠気に体を預けたくなる。

しかし、承太郎にはそれができなかった。寝過ごしを恐れて寝ないようにしているわけでも、電車では寝れない訳でもない。

なぜなら――

「……でたらめ過ぎるだろう、これは……。」

――車窓から見える麻帆良の『でたらめ』さに、心底頭を痛めていたからである。








車窓から見える西洋風に統一された町並みは、美しいの一言だ。

研究の一環で一時期滞在したヨーロッパ諸国、特にイタリアの町並みを彷彿とさせる。

煉瓦作りの建物が並ぶ街道には様々な商店が見え、普通の暮らしならば学園都市内だけで完結させられそうなくらい豊富だ。

日本では特定の地域以外見かけることのなくなった路面電車も、周りと調和するように走っている。

公共施設面は文句なしにパーフェクトだ。病院、市民プール、公園に図書館エトセトラetc...。

しかもどれもが巨大な施設のため、余程のことが無い限り、空間に対する窮屈さは感じないだろう。

自然も見たところかなり良い状態で保存・管理がされているようだ。

麻帆良学園都市内で幾つか川が流れているらしく、釣りをしている者が何人か見えたので魚もいるようだ。

学園案内によると、場所によってはクマまで出るような区域があるらしい。……学園都市なのにいいのか、安全面で?

また学園都市として最も重要である教育施設は、正直に言って圧巻だった。

広大な土地に惜しむことなく建てられた学校はデザイン、機能性共に最高水準。

体育館やプールといった運動施設も広く、また整備も行き届いている。

オリンピック等の公式会場としてでも使える設備が乱立しているというのは、他の学校関係者が見たら卒倒ものだろう。

学生寮はもういっそ馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの豪華さである。

麻帆良女子中等部は全寮制のため、徐倫のために各種手配をしたが、下手なマンションよりも充実していた。

学生寮という扱いだから家賃はかなりの格安であるが、もしも都心ならば15~20万円程の家賃がかかること間違いないだろう。








まぁ、『ここまで』は良い。豊富な資金と高度な技術者を結集すれば、これくらいの都市は作れるだろう。

頭が痛くなるの『ここから』だ。








まず頭が痛くなったのは学生の『基本能力』である。スタンドでもないのに能力というのも何だが、そうとしか言いようがない。

何せ先ほどから、『電車と同じ速度で走る学生』が常に見えているのだから。

郵便のバイトでもしているのだろうか、手紙の入った赤い袋を抱えて走っている。

周りの乗客は「まぁ速いわねぇ」とか「かっこいー!」とかはしゃいでいるが、それが極めて異常!

この異常に対して鈍くなる現象と異常な身体能力については、事前に説明を受けていてよかった。

効果を知っているかどうかで初動が決まるのは何もスタンドバトルだけではない。

曰く、麻帆良の一部の学生は、麻帆良の大気に満ちている通常よりも濃い魔力の影響で『気』の扱いに無意識で目覚め、身体能力が異様なほど伸びるそうだ。

車などと同じ速度で走り、一飛びで建物を飛び越え、はたまた波○拳のような技を使いだす生徒までいるらしい。

ただ余程の者で無いと学校の敷地内から出た場合、周囲の魔力の減少によってその身体機能は大人しくなるらしいが。

……こんな表現で説明された以上、気の扱いを意識的にコントロールすることに成功している生徒もいるのだろう。

認識阻害の結界によって周りは異常を感じていないようだが、もし結界に不備が出たらどうするつもりなんだろうか。

知らずに持っていた力によって自分自身さえ信じられなくなり暴走、というのが最悪のケースだ。

スタンド使いも力を認識できるまで能力が暴走したりするように、気が爆発でもしたら目も当てられない。

そのための最終手段が記憶消去によって技術の封印をすることらしいが、封印も完全ではないらしい。

この件については保留だと考え、承太郎は次の思考に移る。








次に、技術面の異常な高さだ。

……こちらに関してはSW財団にも言えることになってしまうが(ナチスドイツ由来のサイボーグ技術とか)。

それはそれとして、先ほど工学系の大学棟の近くを通り過ぎたが、最初は目を疑った。

『20メートル近い大きさのロボットが動いている』なんて状況が現実にあっていい訳が無いからである。

あらゆる物理法則をぶっちぎりながら動いてる姿は中々に格好良い物だったが、そこまではしゃぐ年齢でもないし、なにより趣味でもない。

どちらかというと、先ほど『電車に乗り込んできたアンドロイド』の方が興味深いし、脅威であると考えた。

緑の髪と球体間接、耳の部分についているアンテナのようなパーツ。どう見てもロボットなのだが、周りの者は気に留めるような素振りを見せない。

これも認識阻害なのか、それともロボットが普及しているから騒ぎ立てないのか、現時点では判断は難しいと考える(後日、前者だと判明)。

……一般の技術部門では二足歩行させるのにも一苦労だというのに、完全な人型で、しかも人工知能AIまで搭載しているとは……。

顔なじみでも電車の中にいたのだろうか、少し年老いた乗客としっかりと会話をこなしている。

会話できるほどの知能を持った独り歩き型スタンドでも、あそこまで人間に近いことはできないだろう。

この技術面に何割かはSW財団が関わっているらしい。

財団はこういった技術は我先に欲しがるだろうし、技術情報確保のために出資することが多いから納得である。

今回の内部協力者の一人がロボット工学を大きく進展させた者らしいので、その時に詳しい話でも聞こうと、また思考を変えていく。








最後に非常識な樹木、というか『神木・蟠桃しんぼく・ばんとう』、そして『図書館島』である。

前々から疑問だった認識阻害結界が必要な理由は、間違いなくこの2つだ。

片や270メートルの樹高を誇る木、片や湖に浮かぶ巨大な島を利用した図書館。

世界樹は言わずもがな、間違いなく認識阻害させないとマスコミだの何だので大変なことになる。

図書館島に関しては厳密には建っていてもありえなくはないが、それでも印象に強く残ってしまうような建物だからだろう。

ただ図書館島の認識に関して、承太郎は後日頭を抱えることになる、主に内部の構造的な意味で。

ともかく、麻帆良のどのような場所からでも確認できる世界樹は、認識できる者からしたら最悪でしかない。

結界が無くなる、それでなくても結界に異常が見られればそこで全てがお陀仏になるような代物だ。

世界中に魔法の存在が露見し、秘匿されるべき魔法技術は拡散され、誰もが拳銃並み、むしろそれ以上の武力を持てる時代が来てしまうだろう。

この麻帆良を守る魔法使いは常に薄氷の上で戦っているのだと分かり、承太郎はさらに頭を痛めた。








「次はー、麻帆良学園中央駅ー。次はー、麻帆良学園中央駅ー。お出口はー、右側ですー。」

いろいろと考えている間に目的地に着いたようだ。少しだけ凝り固まった体をほぐしながら立ち上がり、電車を降りる。

土曜日の夕方だが部活か何かだろうか、思ったより多くの学生の乗り降りがあった。

その中には先ほどのアンドロイドも含まれていたが、特に気にもしなかった。

認識阻害はほぼ効かなくなっているとはいえ、ああいう非常識な者に強制的に慣らされるくらいには効果があるようだ。

何人かの女子生徒がたまにこちらを見ているようだが、『いつもの事』だと思い無視を決め込む。

空条承太郎、1971年生まれなので2007年では36歳になる。

しかし、イギリス系アメリカ人ハーフなのに「高校時代より若く見える」と、母親から軽い嫉妬心込みで言われている程の若々しい顔である。

いまだに二十台前半と歳を誤魔化しても通用する若さゆえか、若い女性、しかも娘の同級生にすらよく声をかけられているのが長年の悩みだったりする。

……そんな対応のせいで、この後しばらくの間『こちらを観察し続けるアンドロイド』に承太郎は終ぞ気が付かなかった。








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「マスター、対象補足完了いたしました。なぜか分かりませんが対象の警戒レベルは低いようです。
出来る限り距離を取りながら情報収集データのサンプリングを実行いたします。」

「御苦労だ×××。あまり心配ないと思うが気付かれるんじゃないぞ。
さて、観察させてもらおうじゃないか、空条承太郎。……いや、『世界最強のスタンド使い』……!!」

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駅前にはまばらではあるがそれなりの人混みがある。

女子中学生とみられる者のグループや、結構な人数の男子高校生のグループ、はたまた仕事終わりで集まったのだろうか、教師の集団も見える。

とりあえず、この中から顔も知らされていない内部協力者エージェントと会わなければならない。

一先ず承太郎は、連絡員から事前に渡された今日の要件に関する紙をもう一度読むことにする。

「空条承太郎様

この度は関東魔法協会ならびSW財団の最重要依頼を受けて頂き、ありがとうございます。

依頼を受けて頂きましたが、麻帆良での仕事はこれまで以上に厳しいものとなるかと思われます。

理由としましては、今回は杜王町の事件の時と違い、大規模な支援が行えなくなることが挙げられます。

麻帆良という陸の孤島に対しては航空支援が必須なのですが、麻帆良が魔法使いの領域テリトリーである以上、領空は完全防御体制となっています。

麻帆良上空に関しては『大統領の乗った飛行機ですら即時撃ち落としが行える権限』があるため、手続きには非常に時間がかかります。

もちろん陸路でも支援が可能です。しかし、緊急時の致命的なロスになることは免れません。

そのため、以前から麻帆良で働かせていた内部協力者エージェントに支援させることにいたします。

余程の事が無い限り、内部協力者の支援以外で対処するような事態にはそうそうならないでしょう。

顔合わせのために2月3日土曜日午後4時に、麻帆良学園中央駅にお越し下さい。協力者をそちらへ迎えに行かせます。

また、そのまま最高責任者である学園長『近衛 近右衛門このえ このえもん』との対談予定となっております。

学園長との対談で、より詳しい麻帆良の状況をお伝えできると思われます。

――(以下、緊急連絡手段等の通達)」








とりあえず分かることは、今この場に協力者がいること。そして推測できるのは、協力者は十中八九スタンド使いであることだ。

今回の赴任に関して重要な事の一つに『空条承太郎が麻帆良を襲撃するスタンド使いへの抑止力となること』があった。

つまり、『スタンドバトルにおいて負けることが無いような状況』が必要不可欠なのである。

よって導かれる答えは一つ、『承太郎の弱点を補えるような能力を持つスタンド使い』を協力者に充てているということだ。

考えられる基本性能としては射程の長い近距離パワー型、もしくは精密動作のできる遠隔操作型だろうか。

スタープラチナとの連携が必要不可欠であるため、能力よりも基本性能を重視した人材選びであるはず。

特殊技能持ちの魔法使いでも良いかもしれないが、スタンド能力を重く考えることのできる人材は恐らくほとんど居ないだろう。

「ボクシング選手が野球選手にどう勝つか」なんてことを真面目に考えられるような人物でなければ、スタンドバトルは生き残れない。

同時に必要とされる技能は抜け目の無さだ。

聞く話によると、魔法使いの大半は魔法を過信し過ぎている傾向が強いらしいが、それでは駄目だ。

スタンドバトルにおいて『絶対』なんて言葉はちり紙よりも軽い。

自分の能力を隠しながら相手の能力を看破するなど、騙し、騙され、揺れ動くか細い勝機を己のセンスで切り開く精神が無くてはならない。








そう、例えばこのように。

「……殺気をもう少し消すことだ。協力者じゃなければ本気で拳を叩きこんでいたところだ。」

「ッ!? お、オーケーオーケー、冗談だ。だからその物騒なスタンドを仕舞ってくれ、頼むから。
……ヒヒッ、『アイツ』と同じで心臓に悪い男だぜ全く。」

真後ろには何時の間にか男が接近していた。しかし、承太郎は振り返る素振りなくその行動を止めさせる。

しばらく前から奇妙な視線を感じてはいた。ただしあからさまに敵意を向けているのではなく、こちらの様子を探るような視線だ。

方向は分からないが少なくとも二人はこちらを見ているはずだ。とりあえず一人は控えだとして、もう一人は死角から接触を図るつもりだろう。

そのため、視線を向けられた時点でスタープラチナを体の内側に出し、射程に入った瞬間に飛び出させるようにした。

その結果、近づいてきた男の腕をスタープラチナで捻り上げることが出来たのである。

スタンドはスタンド使い以外見えないが、『体内に配置しているスタンド』は流石に見えない。

DIOとの戦いから編み出した、対スタンド使いの基本戦術である。








「しかしSW財団からの協力者がお前だとはな。18年ぶりに顔を見たが全く変わらないじゃないか、『ホル・ホース』。」

「そいつはお互いさま……じゃねぇな。何であの頃よりも若く見えるんだ、お前は?
まぁお前が『アイツ』を倒した結果、吸血鬼になってました~、なんて言われても驚かないけどな。ヒヒヒッ。」

SW財団からの協力者の片割れである砂色の男は、かつての戦いの中何度も戦いを繰り広げたホル・ホースだった。

何となくポルナレフと気が合いそうだった調子の良さは、18年たった今でも変わっていないようだ。

承太郎は『正義ジャスティス』のスタンドを倒すために若干ではあるが協力したことがあるため、生き残るためならば何でもする性格なのは把握している。

これならば自分に対して裏切ることはないだろうから信頼しても良いか、とスタープラチナを解除する。

「さっさともう一人を紹介してくれないか。これでも、わたしは赴任した直後で忙しいんだがな。」

「分かった、分かった。そう急かすんじゃねぇよ、全く。おいコラ、ボインゴー! さっさと出てきやがれー!!」

もう一人の協力者は雑踏の一角から現れた。どうやら男性のグループを間に挟んでこちらを監視していたようである。

……こちらが恐縮してしまうくらいオドオドしながら近づいてくる。傍から見れば、強面の不良とそれに従うパシリに見えるだろう。

「は、は、初めまして、ですかね? こちらはあなたを知っていますが、ち……直接の面識は、一、度も無かったですから。
僕の名前は、ボ、ボインゴと言います。以後お見知り置きを。」

ウェーブヘアーの若者『ボインゴ』は、所々どもりながらも手を差し出し、挨拶をする。

承太郎と一応の握手をしたが、手は冷や汗だらけだったようで、承太郎の額に僅かながら皺が寄った。








「本当ならもう一人スタンド使いの協力者、それと結構な数のSW財団所属の生徒や職員もいるんだが、それぞれ用事があって来てねぇ。
どっちにしろ戦闘には全く参加できないタイプだから、後回しにしても問題ないから良いだろ。」

ホル・ホースのぞんざいな言い方に、ボインゴが眉をひそめる。どうやらボインゴの身内か何かがその中に居るらしい。

「とにかく、さっさと学園長のところにご案内してやる。こっちはいい加減寒くなってきたしよー。
それと、道中の会話は『スタンドを使って』しようぜ。あれなら普通の魔法使いには会話内容が全く聞こえない便利な方法だしな。
実感はあまりないだろうが、おめーは魔法使い連中からすれば『吸血鬼殺しの英雄』だからな。会話内容に興味津々のご様子だぜ。
(本当はDIOの部下だったってことが知れたら大変な目に会うからだがなー! 承太郎には内密にそれを伝えなきゃならん!)」

言われるまでもなく承太郎は周囲の状況の変化と、ついでにホル・ホースの真意に気づいていた。

駅前広場の人混み具合は相変わらずだが、明らかに漂う空気が違う。勘の良いグループは早々に退散してしまったようである。

あからさまにこちらに目を向けている者、憧れのアイドルでも見ているかのような視線を向ける者。

気付かれないようにしているが探るような目つきでこちらを見る者、何故か敵意むき出しの者。

サーカスの見世物動物を見るかのように、至る場所から不作法に見られているのは気分が悪い。

DIOの部下だった件に関しては、魔法使いのDIOに対する印象を考えれば察しは着く。

魔法使いのほとんどが目指すものは『立派な魔法使いマギステル・マギ』とかいう曖昧な称号だ。

立派な魔法使いの定義についてはともかく、立派だというからには絶対的な正義にならないといけない、とでも考える者が多いのだろう。

そこに『邪悪の化身の部下だった者』なんて放り込んだら、闇討ちにでも会う可能性がある。

協力者がいなくなるのは勘弁してもらいたいので口裏はしっかりと会わせておくか、などと承太郎は考えていたりする。

この男、以外に打算的である。

「了解した。奇妙な縁での繋がりだが、これからはよろしく頼む。……『過去は水に流して』な。」

「ッ!? (おいおい、事情がばればれじゃねぇか!? こっちとしては助かるが、間違いなく弱みを握られちまったぜチクショー!)
お、おう、大船に乗ったつもりで安心しやがれ! 何たって、誰かと組みさえすれば最強のスタンドなんだからよォー!」

思い切り声を裏返しながら啖呵を切るホル・ホースは、大股で歩き始める。

ホル・ホースとの付き合いの短い承太郎と、それなりの長い付き合いであるボインゴは、長年のパートナーであるかのごとく同時に頭を抱えた。

「「これで良いのか(良いんですか)、SW財団の人事部(さん)……。」」








空条承太郎――協力者と合流。予定通り学園長室へと向かう。

ホル・ホース――スタンド名『皇帝エンペラー
          出会って早々に弱みを握られる。他人を利用することは好きだが、利用されることは大嫌いである。

ボインゴ――スタンド名『書物の神トト神
        精神的成長は遂げているが、暗い性格はまだまだ直せず。

謎のアンドロイド――情報収集をしていたが、スタンド会話の開始によって収集が困難となり帰還。

マスターと呼ばれた者――恰好つけた割に大したことができず、承太郎に対して逆切れる。
                一緒にモニタリングしていた2人の共犯者から生温かい目線を向けられひどく落ち込む。再起可能。


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/



[19077] 2時間目 学園長に会いに行こう
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/07/23 17:08
「……という訳だ。長年いろいろなスタンドを見てきたが、あれには正直驚いたよ。」

「ふーん、ポルナレフも面白いことになってやがったんだな。
というかギャングの幹部構成員が凄腕のスタンド使いだらけとか、正気の沙汰じゃねぇよ。誰も手出しが出来ねぇじゃねぇか。」

「だからこそ、み、ミドラーやグレーフライのようなスタンド使いが裏の業界に幅広くいるんです。
SW財団に雇われなかったとしたら、僕らもギャングからス、スカウトが来ていたかもしれませんね。
あ、暗殺とかには僕らの能力はかなり有効ですし……。」

「んで使い捨てられるってかぁ? 一瞬でも大金が得られるかもしれないけどよー、報復とか考えると割に合わないっつーの。」

「使い捨てられるのが嫌なら組織に入れ、ということだろう。
組織に入れば大金と内側にいるなら守ってくれる盾が手に入るからな、中々理にかなっている。」

学園長の元へ向かい始めてから少しして、街灯に灯りがともり始めた。西洋風の作りをしている街灯は、オレンジに近い色で辺りをやさしく照らす。

2月の16時過ぎともなると辺りはそれなりに暗く、寒い。

それでもまだ街には暖かい服装をしている結構な数の学生たちが居るためか、暗い印象は受けない。

寒さなんか関係ないと言わんばかりにはしゃいでいる者もちらほらと見えるし、休日での売り上げを少しでも伸ばしたいパン屋の店員が声を張り上げて売り込みをしていたりもする。

そんな中で、ギャングだの暗殺だの物騒なことを話しながら歩いている、街の雰囲気ぶち壊しの3人組が居た。

ご存知、空条承太郎、ホル・ホース、ボインゴの3人である。

実際はスタンドを介した会話でしか話していないので、周りには会話の内容は全く聞こえていないからこその内容だ。

……周りから見れば、男3人が並んで黙々と歩いているようにしか見えないので、それはそれで雰囲気ぶち壊しなのだが。








2時間目 学園長に会いに行こう








学園長に会いに行くまでの道中、スタンドを介して承太郎とホル・ホース、そしてボインゴは様々な情報を交換していた。

承太郎が話す内容は1989年のあの戦いの結末から始まり、1999年の杜王町連続殺人事件、2001年に判明したDIOの息子を主軸に置いていた。

DIOとの決着、生き残りは3人だけ、亡くなった者たちから託されたのは意思という未来への遺産。

ポルナレフとはしばらく連絡を続けながら、スタンド使いを生み出す弓と矢の捜索。

高校卒業後には海洋学を学んで海洋冒険家となり、後に海洋生物研究の第一人者として学会に名を馳せた。

その途中、愛する者と出合い、大切な娘である徐倫を授かる。

ポルナレフとの連絡が突如途絶え、SW財団でもその後の行方は分からなくなる。

学者となってしばらく経った28歳の折、急に判明したジョセフの隠し子。

年下だが血縁上叔父である東方仗助、その近辺に居るという脱獄犯との戦い。

DIOによって人生を狂わされた兄弟が持っていたスタンド使いを生み出す弓矢、街に急激に増えたスタンド使い。

美しい手に執着するスタンド使いの殺人鬼、殺人鬼に殺された女性の自縛霊、仗助を中心に集まったスタンド使いとの共闘と決着。

娘の徐倫が高熱を出していたのに日本に居続けたため、妻と娘、特に娘に嫌われた。

杜王町滞在中に執筆したヒトデに関する論文で博士号を取り、海洋冒険家としての名が更に広まる。

有名になりすぎたせいで、至る所でスタンド使いとの戦いに巻き込まれるようになる。

この頃に初めて、承太郎は襲ってきた相手から魔法使いの存在を知った。

杜王町事件から2年後、DIOの息子が居ることが発覚。

杜王町事件で知り合った広瀬康一に調査を依頼、『汐華 初流乃ジョルノ・ジョバァーナ』の人となりをある程度調査。

ジョルノの皮膚を入手したりもしたが、結局『この時点では』調査の意味は全くと言っていいほど無かった。

調査から3年後の2004年、イタリア近海の調査に来た時にジョルノ・ジョバァーナからの接触があった。

イタリアの巨大組織『パッショーネ』のボスとなっていたジョルノは、以前に自分を調査していた者の素性を調べ上げたらしい。

そこで承太郎は、死んだと思われていた(実際死んでいたが)ポルナレフとの再会を果たす。

アジトでの会談で語られたのはパッショーネのボスとの戦いの顛末と、『鎮魂歌レクイエム』と呼ばれるスタンドの進化。

短い時間であったが、ジョルノから『黄金の精神』を感じ取った承太郎は、またの再会を約束し、別れた。

そして月日は流れ去年の暮、SW財団からの麻帆良への赴任依頼……。

よくもまぁここまで密度の濃い人生を歩めるものかとホル・ホースとボインゴの2人は呆れ気味だ。

だが、様々なエピソードの中でもDIOに息子がいたという事実に2人は少なからず衝撃を受けたようだ。

ただ、どちらかと言えば『黄金の精神』を持っている方に驚いていたようだが。

どこまでもどす黒い邪悪から生まれた者が、吐き気を催す邪悪を打倒するほどの精神を持っていたなど、少年漫画でもそうそうないような展開だ。

「何にせよ、なんで『世界最強のスタンド使い』って呼ばれているかはつくづく分かったぜ。
あんな並はずれた『能力』を持っていたとしても、これだけの戦いを潜り抜けてきやがるなんて常人じゃ無理だ。」

「スタンド使いとして重要な精神力と戦いのセンスが、もはや完成していると言っても過言じゃない、です。」








一方、ホル・ホース達のその後も意外と過酷だった。

DIOが倒された時、ホル・ホースとボインゴは病院のベッドの上で再起不能リタイアと再起可能の間を行ったり来たりしていた。

退院できたのは決着から約1ヶ月後であり、何をするのにも全てが終わってしまったあとだった。

仕方が無いので、アスワンで入院中だったボインゴの兄であるオインゴを迎えに行き、一緒に傭兵でもしようかと考えていた。

そしてオインゴと合流した直後、待ち構えていたSW財団にスカウトされたらしい。

聞くと、SW財団からのスカウト対象はDIOが用意した金に釣られて承太郎達と戦った者のほぼ全てが対象だったらしく、そこにホル・ホースやオインゴ・ボインゴ兄弟も含まれていたらしい。

ただしこのスカウト、承太郎達との戦いでできたトラウマによってほとんどのスタンド使いがスタンドを出せなくなった状態だったため、結果は散々だったらしい。

最終的に財団にスカウトされて働いているのは麻帆良で先に働いている3人と、別のところで働く2人だけだったそうだ。

その2人とは、『審判ジャッジメント』のカメオと、『ティナー・サックス』のケニーGという名前らしい。

この時チームが作られ、ホル・ホース、オインゴ、カメオの3人で仕事を任されるようになった。

ボインゴだけはこの時点で魔法使いの存在を知らされ、内部協力者として麻帆良学園に編入した。

理由としては「子供にはきちんと勉強をさせた方がいい」という意見と、「子供のころから在籍していれば、後々融通がきかせやすくなる」という打算的な意見から決定したという。

ケニーGは詳細不明。チームが組まれたという話も聞かないし、能力についてもよく知らないそうだ。

ともかく、3人チームの仕事内容は初期は財団がリサーチしたスタンド使いと思わしき人物に接触し、可能な限りデータを集めるような仕事だったらしい。

内容自体は情報収集と簡単そうに聞こえるが、そう考えたのは本当に最初だけだったらしい。

スタンド使い同士が接触した時点でまともに情報収集できる機会なんてほとんど無くなり、大体の調査対象と戦うはめになったからである。

その取り巻く状況も最悪。

『スタンド使いは引かれ合う』という法則のせいか、調査対象もしくは自分達が、全く知らない別のスタンド使いとばったり出くわしたりする可能性が非常に高かったのだ。

そのため、時には調査対象と共闘、時には四面楚歌で戦うという、非常に厳しいスタンドバトルを繰り広げる羽目になった。

精神的成長はしたが、間違いなく寿命は縮んでいるはずだとホル・ホースは言う。

その後、ホル・ホース達は1998年になってから魔法使いの存在を知らされ、魔法方面の仕事も任されるようになった。

カメオとはこの頃から別のチームに分かれたため、その後は分からないそうだ。

魔法使いについて知った後は、今まで以上に世界中を回ったという。

何せ表向きは世界中で支援活動をしているいくつかのNGO団体が裏では魔法使いの集団であるらしく、紛争地域や発展途上国を行ったり来たりするはめになったためである。

並行して現地のスタンド使いの情報収集とスカウトも行わなくてはならないので、何度か疲労で倒れたりもした。

「それでも福利厚生はしっかりしてるし、経費も給料もきちんと出してくれるから美味しいんだよなー」とはホル・ホースの言。

想像以上に精神力が高い(図太い)ため再起不能にならず仕事をこなし、ホル・ホースとオインゴは気が付けばSW財団スタンドチームでも幹部級に居座っていたそうだ。

そして3年ほど前、とあるNGO団体への支援活動をこなした後に麻帆良への派遣が決まったという。

再会した時に驚いたのは、ボインゴが教師になっていたことだったらしい。

麻帆良としては長い間協力関係にあった者を手放したくなく、融通をきかせてくれたらしい(この点は財団人事担当の勝利だろうか)。

ボインゴとしてはある程度SW財団から打診されていたのもあるし、長い間通っていた学園に愛着があったからこそ、不満も無くこの進路を選んだという。

関係者ではあるが勉強を教えられるほどの学力では無いため、ホル・ホース及びオインゴは昼間は事務員として働き始めた。

こうして今回、財団からの連絡で迎えに来たわけである。

「つまり麻帆良、ひいては魔法使いの情報をより多く知っているのはボインゴの方で、戦いを経験しているのはホル・ホース組ということだな。
ボインゴにはしばらくの間色々と教えてもらうかもしれないが、その時はよろしく頼む。
ホル・ホースには戦いになった時に援護してもらうが、大丈夫だな?」

「こち、らこそ……です。 僕のスタンドにパワーは無いので、戦闘に巻き込まれたらた、助けてもらうしかないですから。」

「誰に言ってやがるんだ承太郎。 俺はパートナーを得て、初めて実力を発揮するタイプなんだぜ?
スタンドバトルで援護させたら俺の右に出る者はいない……筈だ!!」

片方は戦闘以外で頼りになりそうだが、もう片方は変なところでミスをしそうだ。

機転は利かせられそうだから良しとしよう、行動パターンがポルナレフと同じタイプだしな、ホル・ホースは、とか承太郎は思っていた。








話が大体終わったころ、3人はようやく学園長の待つ麻帆良学園女子中等部校舎にたどり着き、現在は廊下を歩いている途中だ。

「……しかし、何故学園都市最高責任者の部屋が女子中等部の校舎にあるんだ? 立地的にも不便だろう。」

「あー、それは俺も前々から思ってたわ。 ボインゴ、どういう訳か知ってるかぁ?」

「あまり詳しくは、し、知りませんが、明治中期の麻帆良学園建設時、ここに基本となる学校が建っていたようです、ハイ。
その後、各所で増改築を繰り返しながら麻帆良学園都市は拡大していったのですが、その際にここが女子中等部へと改築されることになりまして、その際ミスが……。
結果、女子中等部への改築時にそのまま学園長室を作ってしまったらしく、移転させるのも面倒だということで、そ、そのままらしいです。」

広大な土地を誇る麻帆良の学園長室、実は設計ミスで作られました、とは何とも情けない話である。

「くだらねぇー! 意味ありげかと思ってたのに聞かなきゃよかったぜ!」

「だが考えようによって、魔法使いにとって有効かもしれないな、この場所は。」

ホル・ホースはどうでもいいような真実に心底呆れていたが、承太郎は着目する点が違っていた。

「いいか? 麻帆良の学園長を狙うような輩は、恐らく一般人にはいないだろう。狙うとしても敵対する魔法使いかそれに準ずるものだ。
だが学園都市の中では、限定的な時間以外に必ず『周りに一般人が居ること』になる。これがどういうことか分かるか?」

少しの間2人は考え込むが、魔法使いの事情に詳しいボインゴが気づいたらしく、挙手をした。

「魔法使いの最大のルール、『一般人に魔法を知られてはいけない』、ですね。」

予想以上に優秀な新しい同僚に僅かながらに笑みを浮かべ、承太郎は話を続ける。

「休日の夕方でもそれなりに人がいるこの状況は、秘匿を信条とする魔法使いにとっては明らかにやり辛くなっている。
どんな悪人でも余程狂っていない限りは、『一般人に魔法を知られてはいけない』というルールに従っているらしいからな。」

その言葉を受けて廊下周りと窓の外を見てみると、なるほど、こちらを監視している者たちを除いても結構な人数が居る。

「スタンド使いなら関係無く攻めようとするだろうが、雇用主が魔法使いである以上、それらの行動は制限される。
単独犯なら分からなくもないが、スタンド使いが魔法使いの大きな拠点を狙ったところで旨みは無い。
以上の点から、こと魔法使いへの対処としては優秀な場所であると言える、ということだ。」

承太郎の推理に、2人は「「おおー。」」とか感心していた。

「さて、無駄話もこれくらいだろう。 ……着いたようだ。」

無駄な装飾は無いにもかかわらず荘厳な雰囲気を出す扉が、3人の目の前に存在していた。

ルームプレートには『学園長室』とあり、間違いはなさそうだ。

「んじゃ、さっさと入っておわらせようぜ。 ノックしてもしもお~し!」

ホル・ホースがかなり乱暴にドアをノックし、返事も待たぬままドアを開けて中に入っていく。

一応礼儀正しく入るため、承太郎とボインゴはしっかりドアへの4回のノックの後に入室していった。








学園長室に入ってまず目に見えたのは意匠を施された窓ガラス、学園長という肩書に対するいかにもな仕事机、そして『奇怪な頭部』だった。

「フォフォフォ、初めまして空条 承太郎君。麻帆良学園へようこそ、といったところかの。
わしがこの麻帆良学園の責任者をさせてもらってる近衛 近右衛門じゃ。これからよろしく頼むよ。」

「どうも、海洋博士兼海洋冒険家、空条承太郎です。麻帆良学園に講師として働かさせていただきます。」

3人と学園長以外いない部屋で承太郎は一歩前に近づき、学園長に手を差し出す。

学園長も机越しに、何故か少し遅れて手を差し出した。

この時、承太郎はいたって普通のあいさつをしているが、内心では非常に動揺している。

見た目がエイリアンっぽいとか、なぜ先端だけに的確に髪の毛が生えているのかとか、やたら長い眉毛と髭とか突っ込みたい心をポーカーフェイスの下に抑え込む。

「この空条承太郎に精神的動揺による会話ミスは決してない!と思っていただこう」と、懐かしい声が聞こえた気がした。

「な! すっげーだろこの頭! はじめて見た時は『魔法使いの親玉だから悪魔なんじゃねーか?』とか思ったもんだぜべッ!?」

「……失礼しました。」

ボインゴがトト神を手に持って、ホル・ホースの頭を強打した。ホル・ホースが床で悶絶しているのを見る限り、角が入ったとみられる。合掌。

「ゴホン。 さて、早速じゃがこの麻帆良でやっていただきたいことを纏めた書類をお渡しする。それを見ながら話を聞いてくれい。」

ポンッ、と学園長の手元に書類束が現れるが、キャッチし損ねそうになっていた。さておき、魔法の便利さが分かるような光景だ。

『空条承太郎氏用機密書類』と銘打たれた書類を一枚ずつめくっていく。

まず書かれていたのは麻帆良のマップに戦略的要素が組み込まれたものだった。

複数の防衛ラインとダミーを含めた重要拠点、敵予想突入ルートと迎撃チームの最適な進撃ルートなど、予想できる限り最善手を打てる戦略書だ。

「知っての通り、この麻帆良は裏表問わず様々な思惑を持つ者に狙われておる。
身代金目的の武装した一般人、莫大な魔力を狙う魔法使い、昔からの禍根を晴らそうとする呪術師、雇われのスタンド使いなどなどじゃ。」

事前に聞いていた通り、狙われることがかなり多いようだ。資料の中にも、侵入者が来る曜日や時間の統計データが記されている。

「だが、学園には結界というものがあるはずです。名前からして進入を防ぐ効果も備えていると思っていたのですが……。」

「その通りなんじゃが、ちと厄介でのう。
学園を守る結界は全方位を完全に守るようにしたいのじゃが、高位の術者が集まってしまったりすると強行突破される可能性があるんじゃよ。
もし強行突破されてしまったら麻帆良全域の結界が一時的に消えてしまい、目も当てられないことになってしまう。
そこで、一定の場所に意図的に弱い部分を作り、進入ルートを限定することによって防衛と迎撃を行っておる。」

「なるほど、だからこその進入ルート予想がここまで精密に……。失礼いたしました、続きをお願いします。」

「ホッホッホ、中々優秀な方じゃの。こっちもやりやすくて助かるわい。」








パラパラと書類をめくり、学園長の説明を受け、不明瞭な点があれば質問していく、といったことをしばらく続けていた。

「……ふぅ、呑み込みが早くて助かったわい。予定していたよりだいぶ早いが、さて、次が最後にして最大の要件じゃ。」

言葉を受けて書類をめくると、その眼に映ったのは――

「……子供、ですか?」

――ヨーロッパ系の人種であろう少年の顔写真とプロフィールが載っていた。男性、10歳、ウェールズ出身といった基本的なことから順に見ていく。

「その少年の名は『ネギ・スプリングフィールド』。
メルディアナ魔法学校の終了課程は7年間何じゃが、それを5年で、しかも首席で卒業したいわゆる天才じゃ。
そして、スプリングフィールドの名は魔法について予習をしてきたのならば、おそらく知っておろう。」

「はい、確かに。魔法世界において起きた『大戦』において英雄と呼ばれるほどの活躍をした魔法使い『ナギ・スプリングフィールド』ですね。
その使用する呪文の豊富さから『千の呪文の男サウザンド・マスター』という異名を持つとか……。
……関係者という訳ですか?」

「ホッホ、関係者どころじゃないわい、『実の息子』じゃよ。
サウザンド・マスターの魔法使いに対する影響力が強いためか、ごく一部の関係者にしか存在を知られていなかったんじゃ。」

なるほど、英雄の息子であれば都合のいい偶像プロパガンダに使用してしまおうと考える輩や、英雄を恨む者に狙われる可能性があるという訳である。

子供のころから汚い部分を見せたくない、そのための秘匿処理であると考えられる。

「だが彼が麻帆良とどのような関係が? 資料を見る限り接点が無いようですが。」

「あー、それなんじゃがのう……。」

急に歯切れが悪くなる学園長に、つい最近同じようなことがあったな、とか考える承太郎。

頭の中ではこれまでの人生で鍛えられてきた危機管理能力が警鐘を鳴らし続けている。ジョースター家に伝わる戦いの発想法をしたい気分でいっぱいだ。

「まぁぶっちゃけて言えば、君が補佐をする新任の先生がこの子、ネギ君なんじゃよ。」

ド―――――z______ン

「……は?」

「いや、ネギ君が新任の教師で、承太郎君が副担任になるんじゃよ。」

聞き間違いじゃ無く、本当に10歳の新任教師に36歳の副担任が付くことになるようだ。

後ろではホル・ホースがニヤニヤしており、ボインゴは非常に申し訳なさそうな表情をしていた。学園長の突飛な発言は、麻帆良において普通なのだろうか。

「そもそも労働基準法などは……いや説明は結構です。」

きちんとした教員免許を持っていない承太郎が言っても全く説得力が無いし、麻帆良には認識阻害があるからこれくらいは大丈夫なんだろう、そう思いたい。

これから先やっていけるかどうか、いきなり不安になる承太郎であった。








「さて承太郎君、最後に何かあるかのう。スリーサイズ以外の質問なら何だって答えるぞい?」

結構な時間話し合いを続けていたこともあって、空はすでに真っ暗だ。

学園長としての仕事もあるだろうし、ここらが切り上げ時なのだろう。

「……ああ、それでは一つだけ。 

























『本物の学園長は今どこにいらっしゃいますか』だ、偽物野郎。」

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「……ほう、どうしてそう思うんじゃ?」

学園長室の空気がガラッと変わる。和やかだった雰囲気が、一瞬にして戦場へと変貌した。

「理由は3つ。
まず1つに『握手を求めた時に一緒に出したスタンドの手が見えていた』こと。一瞬だが躊躇したな?」

そう、承太郎は初めに握手をしようとしたときに『スタープラチナの手を同時に出していた』!

スタンド使いかどうかを簡単に判別するために、承太郎はいつ頃からか、この方法で相手を確かめていた。

「フォフォ、わしがスタンドを見ることのできる魔眼を持っていたとしたらその前提は崩れるがのう。」

「確かにな。ならば2つ目に『魔法で出した書類を取り落としそうになった』こと。
関東魔法協会とかいう組織の理事にいるような魔法使いなんて、優秀どころじゃないだろう。自分の魔法でミスをするなどそうそう考えられん。」

関東地域のトップに君臨する魔法使いが、ぱっと見簡単そうな魔法で小さなミスをすることに承太郎は違和感を感じたのである。

「いやー、この歳になると目が悪くなってのう。遠近感がつかみづらいんじゃ。」

「視力に関しては、後々なら確認のしようがあるさ。医療記録でも探ればいい。この場での決定的な証拠にはならんだろうがな。」

「ならば3つ目の理由にさぞかし自信があるのかの? 見ものじゃわい。」

目の前の学園長は全く動揺を見せるそぶりが無いし、かかって来いといった雰囲気さえ出している。

対する承太郎も、ここまで予測の範囲内での反論だったのだろう、確信を持ってお前は偽物だと言っているかの表情だ。

「絶対の自信を持つ3つ目の理由なんだが……恥ずかしい限りだが『長年の勘』……としか言いようがない。
最初から感じていたんだが、あんたの体から何か『違和感が拭えない』。これが俺の用意できる最大の理由だ。」

3つ目の理由を受けて学園長は目を見開いた。まさか一番の理由が勘だとは思ってもいなかったのか、反論が口から出ない。

その驚愕の表情はやがて観念したかのような表情になり、そして顔が別のものに変わった。

――その表現には少し誤りがあるだろう。なにせ、文字通り『別の者の顔に変化した』のである。

実際には本来の顔を出しただけなのだが、この際それはどうでもいい。『学園長が本当に偽物だった』ということが重要なのだ。








「ギャハハハハハッ、まさか勘なんかでばれていたなんてな! 学園長、入ってきていいですぜー!」

その声を受けて、近くの部屋で覗き見でもしていたのだろう、本物の学園長が入ってきた。

本物も後頭部がアレな感じであることに、承太郎が少し驚く。まさか過剰な演出で無かったのか、と。

「フォフォ、残念じゃったの『オインゴ』君。
さて、あらためてわしが学園長の近衛 近右衛門じゃ。悪かったの、こんな小芝居を打たせてもらって。」

「やれやれだぜ。その様子じゃ、そこのオインゴってやつの芝居は完璧に再現していたみたいだな。
うちの爺さんの若いころを思い出すぜ。」

呆れた顔をしながら握手を交わす。

同じようにスタンドを出したが反応は無いようだ。ただ単に見えていないふりをしているのかもしれないが、そうだとしたらとんだ狸ジジイである。

「ジョセフ・ジョースターのことかの? いやはや懐かしい。
麻帆良学園都市の拡大の際、『不動産王』に一枚噛んでいただいたんじゃよ。元気にしとるか?」

「白内障を患ったり呆けが進行しているが、いたって健康だよ。
……世間話ならまた今度にして頂けないか。多少、疲れてしまったので。」

いい加減茶番につきあうのが疲れてきた承太郎は、さっさと帰って休みたかった。

「おお、済まんかったの。
それでは一つだけ頼みごとをするので、それをしてくれるのなら明日は完全オフにしていいぞい。」

「……承ります。内容は?」

ニヤッ、と好々爺の表情が緩む。ろくでもないことを頼まれるだろう。

「なに、簡単じゃ。明後日の月曜日に来るはずのネギ先生を、麻帆良学園中央駅に迎えに行って欲しい。
わしの孫とその友達を一緒に迎えに行かせるので、この写真の二人と朝に合流すると良いの。」

学園長から渡された写真には活発そうなツインテールの女子と、長い黒髪を持つおしとやかそうな女子が写っていた。

「了解しました。それでは失礼いたします。」

承太郎は写真を上着にしまいこみ、ホル・ホース、オインゴ・ボインゴ兄弟とともに学園長室を後にした。








「さてさて、一筋縄じゃいかなそうな相手じゃの。楽しくなってきたわい。」

静かになった学園長室の中で、承太郎の資料とネギの資料を見ながら近右衛門は悪役顔で呟いた。








空条承太郎――ザ・ニュー任務!

ホル・ホース――頭に強烈な一撃を受けてたんこぶをゲット。再起可能。

ボインゴ――兄の変装がばれたことにショックを受けるが、相手は承太郎だししょうがないと思う。

オインゴ――スタンド名『創造の神クヌム神
        4日間もかけて行ったリハーサルの成果である変装がばれたことにショックを受けるが、何故か上機嫌であった。

近衛近右衛門――変装していたオインゴに、机の中に隠していた秘蔵の酒を飲まれていた事に気付く。
            後日オインゴの給料を酒代分、天引き処理した。


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/


後書き:
クロスによって変質した独自設定多数な時系列の説明がメインの回でした。

キャラの設定データとかは、ある程度出揃ってから投稿しようと思っています。



[19077] 3時間目 魔法先生とスタンド先生!①
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/06/04 00:28
蝋燭の幽かな光と、満ちていると言うより充満していると言った方が良いお香の匂い。

ここはイギリス、ロンドンの西方おおよそ200kmに位置するウェールズのとある一室。

本来ならば日当たりも良い部屋であるはずだが、暗幕が掛けられているため、昼頃だというのに部屋には陽の光は全く入ってこない。

部屋の中央には奇妙な絵柄のテーブルシートが掛けられた机と、お互いが対面する形で椅子が2つ置いてあり、椅子はすでに埋まっていた。

どちらの椅子にも座っているのは小柄な影。

片方はサイドポニーの少女であり、細長いカード状のものを一心不乱にシャッフルしている。嫌な事でもあったのだろうか。

もう片方は燃えるような赤毛の少年であり、強すぎるお香の香りでくらくらしている。見た目相応に子供っぽいようだ。

「さぁネギッ! あんたの最終課題の行く末を占ってあげるから、覚悟しなさい!」

バシーン!と勢いよく山札を机に叩きつけ、ビシッと少年に指をさす。

「人を指さしちゃだめだよ、アーニャ。それによく分からないけど気合が入りすぎじゃない?」

「今回行うタロット占いは、私独自の展開法スプレッドでやるわ。その名も『アンナ十字法』よ!
ギリシャ十字法を基本として、占いたい事柄に関係するものを5枚の十字で占う方式に変更!
十字の位置による個別回答は無いけど、その代わり、中央に出たカードが最も力を持つ対象となって表れるわ。
5枚のタロットの結果には、その質問において関わるものの本質が表れるのよー!」

ネギと呼ばれた少年は至極真面目な反論をするが、アーニャという少女には、悲しいかな欠片も通じていない。

「さっさとカードをもう一度シャッフルして、十字に並べなさい。最初は『立ち向かわなければいけない困難』にでもしましょう。」

反論は許さないという気迫に当てられ、渋々といった形で少年――ネギ・スプリングフィールド――はタロットに手を付ける。

再度の入念なシャッフルの後、ネギはカードを十字に並べていった。

並べられたタロットを少女――アンナ・ユーリエウナ・ココロウァ(通称アーニャ)――は開いていく。

「結果は……大体予想通り、かなり厳しいわね。」

5枚のタロットはそれぞれ、正位置の『恋人』、逆位置の『力』、逆位置の『運命の輪』、逆位置の『死神』、正位置の『悪魔』であった。

中央には『運命の輪』が収まっている。

「うう、前途多難な感じがするよー。というか何でまた機嫌が悪くなってるのさー!」

「うるさいわね、何でも無いわよ!
(困難なことで悪魔とか死神が出ることは予想してたけど、何で正位置の恋人が困難な事に出てくるのよー!)」

気になる年下の男の子に遠く離れた地でフラグを立てられるのは、幼馴染として看過できないようだ。

「とにかく最初に言った通り、タロットに現れるのは関わるものの本質。
『立ち向かわなければいけない困難』を質問にしたから、人なのか出来事なのか分からないけど、本質さえ分かれば対処はできるでしょ。
それにしても、興味深い結果ね。まぁ、修行だから仕方ないか。」

タロットの十字に表現されていたのは、『運命を中心にして回る困難』であった。

最終課題は、卒業者の運命によってその内容が決まる。当然と言えば当然な結果であるだろう。

「この中で特に気を付けるとしたら、運命じゃないわね。それはズバリこ……ゲフンゲフン、ず、ズバリ悪魔よ!」

何やら言いかけながらビシッと悪魔のタロットに指を指すがネギの反応が薄い。どうかしたのかと見てみると、自殺間際のように見えるくらい落ち込んでいた。

占いの結果があまりに悪そうで落ち込んでいるのかと思ったが、どうやら違うようである。

「悪魔、か。……また僕のせいで6年前みたいなことが起こらなければいいけど……。」

ネギの呟きにアーニャはハッとする。『あの時の事件』から長い時間がたったが、心の傷が完全に癒されていたわけではないのだ。

『悪魔』というワードはネギとの会話では忌避すべきものだったのに、うっかり言ってしまった。

ただでさえ暗い雰囲気の部屋に、鉛でも流しこまれたかのような重さが付加されてしまっていた。








「……ああ、もう! いつまでうじうじしてんのよ、男の子でしょうが!!」

アーニャはうつむいてしまったネギの頭をわっしゃわっしゃとかき乱し、いつもの強気で強引に部屋の雰囲気を戻そうとする。

いきなり髪の毛を乱暴にされたネギは涙目だが、少なくとも先ほどまでの鬱屈とした気分は晴れたようだ。

「もー、アーニャってば乱暴なんだからー!」

「うるさい! ほらさっさとシャッフルしなおすわよ。次の質問は『困難に立ち向かう仲間』にしましょう。
質問の内容を人物に限定したから、向こうに行った時の目安にしやすいわね。」

先ほどと同じようにシャッフルを互いにし、ネギがカードを置いていく。

結果は全て正位置であり、絵柄はそれぞれ『皇帝』、『女帝』、『恋人』、『隠者』、そして『星』であった。

中央に位置するのは『星』のタロットだ。

「……なんかもう至れり尽くせりって感じの布陣ね、これ。周りで導いてくれる人がたくさんいるみたい。
星を中心に動いているってことは、『霊的な直観力と身体』を持った仲介者が最も力を持っている? もしかして、これ……あら?」

「ど、どうしたのアーニャ。……ってこれは!?」

アーニャが星のタロットを持ち上げると、ひらりと何かが宙を舞った。

拾い上げてよく見ると、これまで表向きになっていた物とは違う絵柄のタロットカードのようだ。

どうやらネギがタロットを置くときに、間違って重なったまま置いてしまったようである。

「あわわ、どうしよう! ただでさえアーニャの占いは当たりやすいのに、変なミスしちゃったよー!」

ネギは青くなって大慌てだが、アーニャは頬に朱を混じらせながら何かについて深く考え込んでいる。

ちなみにアーニャが少し赤くなっているのは、ネギが自分の占いを評価してくれたからである。

「大丈夫よネギ、占いにはミスなんて起こり得ないの。全ては占いの結果に直結するから、ミスも『運命』の一つ。
それに、悪い結果でもないしね。ほら、このタロット見てみなさいよ。」

「ふぇ? えーっと、たしか正位置の意味は完全と成就……だっけ?
特定の人物を指している中じゃ最高の評価ってことかな、これ。」

「その通り! この2枚から察するに相当頼りがいのある人物を中心にして事態が回っていくみたいね。
『星』の暗示と組み合わせて考えるに、麻帆良学園にいる『立派な魔法使いマギステル・マギ』があんたの師匠にでもなるのかもしれないわ。」

そう言いながらアーニャが見せたタロットには、正位置の『世界』が描かれていた。








これは、空条承太郎が学園長に会う3日前の事である。

そして引力は互いを捉える。








3時間目 魔法先生とスタンド先生!①








「ほぇ~、全世界の海を回ってたんですか~。うちもいろんなお魚さん見てみたいわ~。」

「いやいや木乃香、船の移動って辛いらしいわよ。というか遊ぶためにダイビングとかするわけじゃないから!」

「ふむ、神楽坂は現実的な思考を持っているな。だが中学生なのだから、近衛くらい夢を持っていた方が良いぞ。」

2007年2月5日月曜日朝7時45分、麻帆良学園中央駅から流れ出る人の津波の影響を受けない場所に、見た目に全く統一性の無い3人が居た。

ほんわかした雰囲気を持つ黒髪の少女、『近衛木乃香』。

活発そうなツインテールの少女、『神楽坂明日菜』。

白いコートと帽子を身に付けた背の高い男性、『空条承太郎』。

見ていてちぐはぐな印象を受けるが、この3人は共通の目的――今日やってくる新任教師を迎えに行く――があって一緒にいる。

元々迎えに行くのは木乃香と明日菜の2人だけの予定だったが、麻帆良に来たばかりの承太郎に登校の凄まじさを見せるため、学園長が同行させた形だ。

「でもさ、学園長の孫娘のアンタと新任の空条先生が、何で別の新任教師のお迎えまでしなきゃならなんないの……でしょうか。」

明日菜は話し相手は友達以外にも新任ではあるが先生がいたのを忘れかけて、ため口で話してしまいそうになってしまった。

ああもう初対面なのにやっちゃったー!と言わんばかりのオーバーリアクションで頭を抱える。

「授業中以外なら、多少砕けた口調でも構わんぞ。
少し前にかかわっていた奴なんて敬語なのかヤンキー語なのかよく分からん口調で話しかけてきていたからな。」

一方承太郎は年下の叔父東方仗助のせいでそういった砕けた口調に慣れていたため、特に気分を害した様子は無かった。

「そう言っていただけると助かります。良かったー、見た目より怖い人じゃなくて。」

「アスナー、そういうことを思ってても本人の前で言ったらあかんえー。」

承太郎は頭の中でひっそりと、木乃香は天然が入っている大和撫子で、明日菜は女版仗助という評価を付けた。

哀れ、明日菜。

「そういえば、新任の先生ってどんな人なんですか? 私たち顔も知らされてなくて。」

ここまで来て今さらな質問が明日菜から出てきた。新任教師本人と行き違っていたらどうするつもりだったのだろうか、学園長は。

「そうやねー。お爺ちゃんは何か企んどる時、なんも言うてくれへんからなー。」

孫娘である木乃香は学園長の行動に慣れている様子で、達観しているような雰囲気だ。

「そうだな、とりあえずヒントだけ教えておこう。『ここに来ていたらおかしい人物』が新任教師だ。」

「……なんですかそれ。そんなに変わった人が私たちの学校に来るんですか?」

「変わっているというか……そうだな。恐らく今までの常識は覆されるかもしれないな。」

承太郎の不安を掻き立てるような言動のから、明日菜は承太郎への印象を大きく変えた。

知的で優しそうなお兄さんという印象から、真面目そうに見えているが十分に変な人、と。








「それにしても、ただ待ってるだけなのは暇やな。どうです先生、簡単な占いでもしましょうか?」

待ち始めてからしばらく経つが、駅の方からは特に変わった人物が訪れる気配は無い。

そこで木乃香は普段占い研究部で鍛え上げている(?)占いの腕前を披露したいと考え、それを承太郎に提案した。

「……占い、か。少し懐かしいな。」

「? どうしたん、先生。なんかものすごーい遠くを見るような瞳でしたけど。」

「いや、何でも無い。昔の知り合いがタロット占いの専門家でな。
旅をしている途中に何度か占ってもらったことがあって、それを思い出していたところだ。」

承太郎の胸に去来するのは過ぎし日の思い出。始まりを暗示する魔術師のスタンドを持つ、かけがえのない仲間の姿だった。

「……占いも随分と久しぶりだ。一つ、お願いしよう。」

「よっしゃ、頑張るでー! 占い道具を持ってきてへんから、簡単にできる人相占いにしますわー。
ちょっと顔をじろじろ見ることになるけど、勘忍して下さいねー。」

そういうと木乃香は、承太郎の顔をまじまじと見つめ始める。

右目と左目の間隔、鼻の高さ、皺の深さと数、眉毛の長さなど、顔中のパーツを確かめていく。

「人の顔の相は、運の力を左右させるんですー。
だから、顔を見ればどんな幸運が来るのか、どんな不幸が押し寄せるのかが分かるんよー。」

杜王町のどこかで聞いたことのあるような話だな、とか承太郎は考えながら、木乃香に顔を見られ続ける。

1分ほど見つめ続けられ、急に木乃香が何かを考え始める。どうやら結果が出たようで、どう表現すれば良いかを自分で添削しているようだ。

よし、といった形でポンと手を叩き、口を開く。

「うーんと、承太郎先生の運勢は、山あり谷ありのジェットコースターな運勢です!
滑落と急上昇が行き着く暇もないくらい繰り返される人生になること間違いなーし!」

その口から放たれた言霊に、承太郎は苦笑を浮かべることしかできなかった。

木乃香はあれー?といった形で首をかしげており、明日菜は親友の歯に衣着せぬ物言いにあわあわとしている。

「ふふ、大丈夫だ2人とも。あまりにも占いの結果が今までの人生に対して的中し過ぎていたものでな。
そうだな……近衛は占い師の才能があるのかもしれないな。」

ポンポンと木乃香の頭を軽くなでてやり、怒っていないことを態度で表わす承太郎。

なでられた木乃香は嫌がる素振りを見せず、えへへーと満面の笑みを浮かべていた。

父親と離れて暮らしているため、こういった父性を感じる行為に飢えていたのかもしれない。

明日菜も若干羨ましいとでも思ったのだろうか、横目でチラチラと承太郎を見ているが承太郎本人は気付いていない。

こういう僅かな好意の機微に気がつかないから、自分の家庭が崩壊寸前まで行ってしまったのだろうか。








「そや。ついでって言ったら言い方は悪いかもしれんけど、明日菜もどうやー?」

満足げな顔をした木乃香は、照れくささを隠すかのように明日菜へと話題を振る。

流石に親友の前で、家族以外の人に頭をなでられて気持ち良さそうにしている姿を見られていたのは気恥ずかしかったようだ。

「んー、そうね。このまま待っていてもただ暇なだけだし、お願いしちゃおうかな。」

堪え性が無い彼女は、ただ突っ立って待っているだけというのが性に合わなかったらしい。

「なら私が駅の方を見ていよう。時間から考えるにそろそろ到着するはずだからな。」

時間はもう8時10分ほどになっている。余裕を持って教室に行くのなら、そろそろ厳しい時間になりそうだ。

「それじゃ始めるでアスナー。」

そう言って明日菜の顔に近付き、人相占いのための観察を開始する。

しかし、承太郎の時と同じく顔全体のパーツを順々に見ていくが、先ほどと違って木乃香の様子が少しおかしい。

結果に納得がいかないのだろうか、何度も顔のパーツに向ける視線を行ったり来たりさせ、考えてはまた観察に戻るということを繰り返している。

明日菜はそんな親友の姿を見て、そこはかとない不安が押し寄せてくる。

そんな状態が数分間続いたせいか、2人は周りに対しての視野が狭くなっていた。

だから承太郎が何かを発見しており、その対象がこちらに向かってきていても気付かなかったのは仕方のないことだったと言えよう。

「……うん、正直に言うわアスナ。実はアスナの恋愛運が――」

「あのー……あなた失恋の相が出てますよ。」

「――救いようが無いくらい最悪やったんやー! って、アレ?」

木乃香は意を決して占いの結果を口にするが、一番重要な部分は横から入ってきた幼い声によって先に言われてしまっていた。

横を見てみると、承太郎に軽くたしなめられている外国人の少年――小学校3~4年生くらいだろうか――がいた。

少年の背中には巨大なリュックがあり、細長い棒のようなものが飛び出しているのが見える。

「ありゃ、あの子に先言われてしもうた。しかしぱっと見ただけで分かるなんて、あの子も占いに凝ってるんかな。
アスナー、あの子の言った通り恋愛運は……ヒィッ!?」

明日菜の方に振り返ると、そこには絶望的な顔をしている『明日菜のようなもの』がいた。

そう、『ようなもの』としか形容できない異形の物体がそこには存在していたのである。

ちなみにここでの絶望的な顔とは、自分の恋愛運の無さに絶望している顔と、失恋なんて不吉な事を言ってくれた子供に絶望を与えるための顔が綯い交ぜになったものである。

少なくとも女子中学生がしていい顔ではないので、彼女の名誉のために『明日菜のようなもの』と木乃香は認識していた。

「し……しつ……って。まだ始まってすらいないのに、か……簡単すぎる……あっけなさすぎる……。」

「見えないッ、アスナなのかよく分からないッ!!  見ていない! うちは見てない。 なあーんにも見てないッ!」

木乃香は脳内から眼前にあるものの記憶を消すことに必死で、『それ』を止めることはできなさそうだ。

少年はまだ知らなかったようだが、恋する乙女に失恋という単語を使ったことは死を意味する。

神楽坂明日菜、第一の爆発まであと数十秒。








「しかし初対面でいきなり『あなた失恋します』はいささかやりすぎではないのか、ネギ・スプリングフィールド君。」

「い、いえ、何か占いの話が出てた様だったので。……って僕の名前を知っているってことは、学園長さんからのお迎えさんですか?」

「ああ、君の補佐を担当することになった空条承太郎だ。
ボソッ。(ちなみに魔法使いではないが特殊な力を持っている。後で説明しよう。)」

「あ、わ、分かりました! よろしくお願いします、空条先生!」

一方、承太郎と少年は明日菜の様子に全く気付かずに会話をしていた。

いや、もしかすると気付いているのかもしれないが、お互いに触れてはいけない空気というものを知り尽くしているのかもしれない。

主にサザエさんヘアーや幼馴染といったことで。

だが気付かないふりをしても爆発は待ってくれるということはなく、確実に爆発物は2人のいる方向へ近づいてきている。

「あの、空条先生? なんか僕、先ほどから寒気が止まらないんですが。」

「……2月だからな、日本は温暖な気候と言ってもそれなりに冬は寒い。それに自業自得というやつだ、大人しく怒られておけ。」

少年の背後からコッチヲ見ロォ~、と地の底から響くような声が聞こえてくる。

振り向いた時点で命は無い!

本能でそう察知した少年は振り向かずに走り去ろうとしたが『1手』遅れてしまったらしく、抵抗むなしく明日菜のアイアンクローに捕獲されてしまった。

小学生くらいの男の子とはいえ、少年の胴体と同じくらいある荷物を持っているのに、女子中学生の細腕一本で持ち上げる様は圧巻である。

「し、失恋ってどどど、どういうことよ! テキトー言うと承知しないわよ! 取・り・消・し・なさいよー!!」

「あうう、日本の人は男の人も女の人も親切で優しいって聞いたのにーっ!」

周りの登校中の生徒は一斉に目を逸らす。誰だって目に見えている地雷原に突撃したいとは思わない。

大多数の日本人が親切で優しいのは確かだろうが、こんな状況だったらいくら悟りを開いていても助けてはくれないだろう。

「もしかして傍観ですかーッ!?」

「YES! YES! YES! 『OH MY GOD』」

後日彼は「世の中の厳しさを思い知りました」と語ったという。








しばらくアイアンクロー状態で問答が続いていたが、きりのいい所で承太郎が割って入り、止めた。

「神楽坂、それくらいにしておけ。『ネギ先生』が赴任初日で病院送りになるのは少々忍びないからな。」

「え゛っ!?」

承太郎の口から出た聞き逃せない一言に、明日菜は動きを止めた。

あまりのショックからか片手に込められていた万力のような力が抜けきり、『ネギ先生』と呼ばれた少年は地面にポテンと尻もちをつく。

やっとアイアンクローから解放されて、涙目になりながら頭を押さえている様子は庇護欲をそそられること間違いないが、それを感じられる者は悲しいかな誰もいなかった。

「え……せ、先生? 朝から空条先生が言ってたのってもしかして?」

やっと記憶の消去に成功して立ち直った木乃香が、驚いて質問をする。

「あ、ハイ、そうです。」

コホンと声の調子を整えて少年は自らを名乗り上げた。

「この度、この学校で英語の教師をやることになりました、『ネギ・スプリングフィールド』です……。」

「「え、えー!!」」

明日菜と木乃香は驚いて声を上げる。

あまりの声の大きさに登校途中の生徒がこちらを振り返ってしまい、他の生徒同士で衝突事故を起こしてしまっていたが、2人にはそれすら目に入っていない。

「ちょ、ちょっと待ってよ、先生ってどーいうこと!? あんたみたいなガキンチョがー!!」

「まーまー、アスナー。」

あまりの衝撃にネギの首根っこをつかんでぶんぶん振り回すが、そんなことをしてしまったら喋ることもままならない。

というか息ができない。

木乃香は止めようとするそぶりはあるが、やはり先ほどの衝撃のためか止める力が弱々しい。

そのため、見る見るうちにネギの顔がセルリアン・ブルーになりつつあった。

「ちなみに2-Aの担任が高畑先生からネギ先生に変わるぞ。もしかして知らされてなかったのか?」

「知らないわよそんなのー! そもそもあたしはガキが嫌いなのよ!
こんな無神経でチビでマメでミジンコで……」

承太郎の言葉が多少は効いたのか、ネギは呼吸を取り戻すことに成功するが、まだまだ振り回され続けている。

力の掛け方が凄まじいため、旋風が起き始めているほどだ。

だからこそ、この後の悲劇が起きてしまった。








切欠は簡単、明日菜の髪の毛がネギの鼻の近くを撫でた、たったそれだけである。

それによって引き起こされたのはネギのかわいらしいくしゃみ。

「ん……ハ……ハ……はくちんっ!」

瞬間、『神楽坂明日菜の制服がはじけ飛んだ』ッ!

もう一度確認するが、ここは登校生徒が非常に多い麻帆良学園中央駅周辺であり、当然のことながら人通りが多い。

しかも先ほどの大声によって注目している人も多かった。

結果――

「キャーッ、何よコレーッ!?」

――周囲に大々的に下着くまパン姿が晒されることになってしまっのである。

至近距離で悲鳴を聞いたネギは先ほどまでのダメージの影響もあり、ふらりと倒れてしまった。

明日菜はしゃがみこんで必死に体を隠しており、木乃香はあわてすぎていて軽いパニック状態である。

ただ一人落ち着いていた承太郎は、物言わずに着ていたコートを明日菜に羽織らせて、新たな生活の良く末に頭を痛めていた。








空条承太郎――新任が早速問題を起こして頭を痛める。

ネギ・スプリングフィールド――『魔法使い見習い』
                   自業自得であるとはいえ、神楽坂明日菜への苦手意識をゲットする。

神楽坂明日菜――承太郎への評価を上方修正、ネギの評価はストップ安に。
            この後しばらく流れ続けた『駅前のくまパン女』という噂に頭を抱えることになる。

近衛木乃香――嫌な記憶を消去し、親友との友情にはヒビ一つなく過ごせる状態になる。
          思ったよりも強かなのかもしれない。


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
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[19077] 4時間目 魔法先生とスタンド先生!②
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/07/14 16:07
ここは麻帆良学園学園長室。2日ほど前に承太郎が依頼内容の確認を行った部屋である。

現在この部屋には学園長と、先ほどまで駅前にいた4人が揃っている。

ただ、明日菜だけは先程までとは様子が違う、というより服装が違っていた。

「学園長先生!! 一体どーゆーことなんですか!?」

「まあまあアスナちゃんや、そう怒らないことじゃ。ところでどちらに対しておこっとるんじゃ?
突然の強風で制服が吹き飛んでしまったことかの? それとも担任がネギ先生に変わることかの?」

「両・方・です!!」

そう、先程の強風により制服を吹っ飛ばされた明日菜は現在、女子中等部指定ジャージに身を包んでいた。

このジャージは機転を利かせた承太郎が、近くの購買で買ってきた代物である。

巨大通学路である故に、道の途中にそういった店があるのは必然であったと言えよう。

緊急を要するため全額承太郎が立て替えており、明日菜は「後で必ず返しますから!」と言ってきたが支払いは断っていた。

ちなみに承太郎は代わりに、原因になったネギにジャージ代を後ほど請求するのだが、今この場では関係無いだろう。








「……なるほど、修行のために日本で学校の先生を……。そりゃまた大変な課題をもろうたのー、ネギ先生。」

「は、はい。よろしくお願いします、学園長先生。」

至って普通の会話をしているように聞こえるが、ある1点に違和感が生じていた。

「ん? しゅぎょー?」

そう、明日菜が反応したように、新任教師がやってきた理由に『修行』なんて言葉は普通は相応しくない。

だが彼――ネギ・スプリングフィールド――は色々と普通ではない。

なぜなら彼は若干10歳にしてメルディアナ魔法学校首席卒業を成し遂げた、正真正銘の天才少年であるからだ。

今回ネギが日本の麻帆良学園都市に来た理由は、メルディアナ魔法学校の卒業後の修業先に選ばれていたからである。

代々魔法学校卒業者にはその者に相応しい修行内容が卒業証書に浮かびあがり、その修業をこなせなければ立派な魔法使いマギステル・マギとして認められない。

ちなみにネギの修行内容は『日本で先生をやること』という、10歳の男の子にやらせる内容では到底無い物が浮かんでしまった。

この結果に姉は卒倒し、幼馴染は自らの修業先を強引に改ざんしようとしたなど、どちらかと言えば周りの方がしっちゃかめっちゃかであった。

ともかく、魔法使いの修行で教師をするとなると周囲が魔法についての理解が必要なため、必然的に場所は絞られてくる。

絞られるというか、日本で魔法使いが関わる学校と言ったら麻帆良ぐらいしかないために正直決め打ちである。

「しかし、まずは教育実習ということになるのう。基本的な教職課程は既に終わらせておるんだったかの?」

「はい、それについては問題無く課程を修了しています。
ついでに日本語も余った時間で日常会話として使用できるようにしたので、難しい慣用表現さえ気を付ければ大丈夫です。」

さらりと言ってのけるネギだが、内心で承太郎は驚いていた。

多くのイギリスの学校では基本的に7月に卒業式が執り行われる。おそらく魔法学校でもそれは同じであるはずだ。

卒業後の修行内容と修行先が決まったのはその直後だとしても、準備期間があまりにも短すぎる。

つまり、去年の7月から今年の2月までの7ヶ月の間に、通常の教師志望が行うのと同じ教職課程を終わらせ、挙句日本語までほぼマスターしたというのだ。

普通の人間ならば、そんな狂気じみた勉強量を続けることはできないだろう。

もしやり遂げたのならば、間違いなくその人物は天才である。

……まぁそこまで詳しく分からない明日菜とか木乃香は、普通の子供より頭が良い程度にしか考えていなかったりするが。

「噂通り優秀な子じゃの。(聞けば聞くほどあやつの息子だとは到底思えんわい。)
しかし修業とはいえ、さすがに10歳の少年1人に中等部の担任をさせるわけにはいかなくてのう。
真面目な君にとっては不本意かも知れんが、副担任を付けることになったんじゃよ。」

「んー、じいちゃん。もしかして副担任の先生が空条先生なん?」

木乃香からの質問で、ここでやっと、一歩下がった位置で沈黙を続けてきた承太郎に部屋の皆の視線が行く。

「その通りだ、近衛嬢。学園長の親友がうちの祖父でな。
補佐に回せるだけの教師の数が麻帆良にいないからと、そのつながりで教員資格を持っていたわたしが呼ばれたわけだ。」

特に不審な点は見当たらない説明に、明日菜と木乃香は納得したようだ。

だが学園長はこの言葉を聞いて、よくもまぁすらすらと即興の嘘がつけるもんだと呆れていた。

だからこそ、英雄の息子を任せられるだけの信頼を置くことができるのだろうが。

「フォフォ、あ奴の孫ということもあるが、人生経験が豊富な空条先生に補佐を任せておけば周りの教師たちも安心じゃろうて。
とりあえず、ネギ先生は教育実習期間として雇用させてもらうことになるかのう。期間としては今日から3月の終業式までじゃ。」

「ち、ちょっと待って下さいってば! 大体、子供が先生なんておかしいじゃないですか!? 
しかもうちの担任なんて……。百歩譲って空条先生が担任なら納得できましたが、こんなのじゃ納得できません!」

明日菜が必死に食い下がるが、既に決定事項であるため止める術などどこにもない。

ただただ学園長はフォフォフォフォ笑うだけで受け流し続けており、相当の狸っぷりであることが窺える。

「そうそう、もう一つ言い忘れていたんじゃが――」

「もう、まだあるんですか学園長先生!!」

「――このか、アスナちゃん。しばらくはネギ君をお前さんたちの部屋に泊めてもらえんかの?
ちょっと別件で立て込んでいて後回しにしたせいで、まだ住むとこ決まっとらんのじゃよ。」

学園長のその一言で、明日菜とネギの時間が止まった。

明日菜は言葉の意味を反芻しており、ネギは先程植えつけられたトラウマを再生し始めてしまっていた。

そんな2人であったが、先に再起動したのは明日菜だった。

「そんな、何から何まで学園長ーッ! 理由はともかくワケを言えーーッ!!」

明日菜第二の爆発は、相手にに突撃を仕掛けるッ!

しかし、学園長の机に身を乗り出して叫ぶが、学園長は相変わらずフォフォフォと笑うのみだ。

「いや、元々は3人部屋を一人で使っている長谷川君の部屋に住まわせようかと思ったんじゃが、そちらに編入生を入れることになってのう。
いきなり2人も慣れない相手を入れるのは酷じゃろうて、それならアスナちゃんとこのかに任せた方が良いと思った次第じゃ。
それに毎日の食事に関してがどうしてもネックで、自炊もできて空間に余裕があるというのも選んだワケじゃぞ?」

それに加えて至極真面目な理由で反論されては、明日菜も返す言葉が出ない。

「もうえーやん、アスナー。かわえーよこの子。」

「ガキは嫌いなんだってば!」

木乃香は既にネギを気にいっているため、味方にはなってくれそうにない。

それならばと承太郎にちらりと目線を向けるが、一切目を合わせようとしないあたり既に諦めているのだろう。

結局、明日菜の主張は最後まで意見として通ることは無かったのであった。

「納得いかなーい!」








4時間目 魔法先生とスタンド先生!②








「さて、わしらはこれから教員としての話がある。
HRには多少遅れてから行くことになるから、木乃香とアスナちゃんは先に教室に行って説明しておいてくれんかのう。」

学園長がそう切り出したのはちょうど8時30分になった頃であった。

これは人払いであると同時に、HRが定時で始まらないことを良いことに、2-Aのはしゃぎ好きメンバーが色々とやってるかもしれないことを危惧しての提案である。

そこら辺を明日菜も木乃香も分かっているのか、きちんと従って学園長室を出ようとする。

「りょーかーい。アスナー、行くでー。」

木乃香はさっさと部屋から出て行ったが、明日菜が中々出ようとしない。

だが、学園長が「どうしたんじゃ?」と声をかけようとする前に、やっとトラウマから復帰したネギに向かってビシィッと指を指して高々と宣言をする。

「……あんたなんかと一緒に暮らすなんてお断りよ! 担任としても認めないから!」

そうして捨て台詞を言い終わった瞬間、猛ダッシュで学園長室から飛び出していった。

「……やれやれ、中々難儀な生徒に目を付けられてしまったな、ネギ先生。」

「あうう、僕これから大丈夫なんでしょうか……。」

承太郎はまた涙目になりそうなネギを、よしよしとあやすようにする。

「元気なのが取り柄な子じゃからの。じゃが悪い子ではないから時間をかけてでもいい、分かりあってくれると助かるわい。」

学園長の言葉尻から察するに、孫娘の木乃香同様に可愛がっているようだ。

「は、はい! アスナさんとも打ち解けて、立派な担任になれるよう頑張ります!」

「フォフォ、立派な担任もよいが、本来の目的である『立派な魔法使いになるための修行』を怠ってはならんぞ。」

学園長の言葉から周りに一般人が居なくなったことを察し、ネギはより一層真面目な顔つきになる。

「この修行がだめだったら故郷へ帰らねばならん。状況によってはオコジョになって送還する事態もありうる。
失敗すれば二度とチャンスは無いが、その覚悟があるんじゃな?」

もうここには先程までの好々爺は無く、関東魔法協会のトップに君臨する大魔法使いがそこにはあった。

放つ威圧感は、寝ている子供ですら泣き叫び始めてしまうのではないかと言うほど凄まじい。

だがしかし、ネギはその威圧感を真っ向から受けてもその眼に宿る意思を揺らがせることは無かった。

「『魔法の修行をする』、『年上の人たちの担任をする』、どちらも僕にはムズかしい事なのかもしれません。
ですが僕は、幼いころの『あの雪の日』からとうに『覚悟はできてる』! 麻帆良での修行、よろしくお願いします!!」

ネギを良く見ると、本当は体は小刻みに震えている。だが恐怖を知りながらも勇気を衰えさせたりはしていない。

承太郎は威圧感に負けず自分を押し通すその姿に、透き通った『黄金の精神』の原石を見た。

「やれやれだ。どうしてわたしにネギ君の補佐を任されたのか分かった気がするよ。
改めて学園長、今回の依頼である『魔法使い見習い、ネギ・スプリングフィールドの補佐』を受けさせて頂く。」

ならば承太郎がすべきは、この少年を正しく『成長』させることだ。とりあえず目標は康一君のような強い心を持った少年である。








「フォフォフォ、それでは2人ともよろしく頼むぞい。それでは最後にネギ君、何か質問はあるかね。」

満足のいく返事が得られた学園長は、これ以上自分からは特に言うことは無いようだ。

「んーと……それじゃあ、承太郎先生についての説明をお願いしたいのですが。
魔法使いでは無い特殊な能力とは、いったい何なのでしょうか?」

駅前で承太郎から小声で伝えられた言葉、『魔法使いとは違う力』がネギには気になっていたようだ。

「その能力については、恐らくネギ君も名前を知っているだけで内容は詳しく知らんはずじゃな。
魔法学校の方でも本格的に学んだ方がいいといっとるのに、まだ始めとらんから対策が……おっと、爺の愚痴は聞き流しておくれ。
では空条先生、少しでいいから『アレ』を出して見せてくれんかの?」

「わたしの能力は見せ物ではないのだが、まぁいいでしょう。ネギ君、感覚の目でよく見てみると良い。」

そう言って承太郎は己の魂の本質の力、『星の白金(スタープラチナ』を発現させる。

だがスタンド使いでは無いネギと学園長には見えることは無い。

「わたしの能力とは『スタンド』と呼ばれるものだ。
スタンドとは本体の魂や精神力が生命エネルギーを使い、パワーある(ヴィジョンとして顕現したもの。
今現在わたしの後ろに出しているのだが、見えているか?」

既にスタンドの発動は完了しているとの言葉に、ネギは驚いている。

「言われてみると確かに、空条先生の後ろに漠然としてではありますが違和感があります。
でも余程集中しないとその違和感すら感じられないです。これならまだ暗闇の中にいる蝿を探す方が簡単ですよ。」

何となく覚えのある例えだったが、とりあえずスルーして承太郎は説明を続ける。

「そう、スタンドの大きな特徴は『スタンド能力者以外にはスタンドが見えない』ということだ。
魔法使いの中には『魔眼』とかいう希少スキルによって見ることのできる者もいるらしいが、例外はそれくらいだ。」

そうして承太郎はスタンドについての様々なルールをネギに教えていった。

一方ネギは乾いたスポンジのように、スタンドの内容を知識として吸収していく。

最終的には15分間ほどで、スタンドの基本ルールと性質の説明を終えたのであった。

「……個人が使役する精霊みたいなものでしょうか。個人の素質によって性能が変わったりするところがそっくりですので。」

しばらくの説明から、自分なりの理解を生み出したようだ。このあたりの聡明さが天才たる所以なのかもしれない。

「確かに似たようなものじゃよ。だが、あくまでも似ているだけじゃ。
魔法と同じ感覚で相手取ると痛い目を見るから覚えておきなさい……いいか、絶対じゃぞ!」

学園長のやけに実感のこもった言葉に、承太郎は怪訝な顔になる。

「……何か以前にスタンドであったのか、学園長?」

「……空条先生のお祖父さんに90年代後半に会ってのう、ギャンブルを持ちかけられたんじゃ。」

「その先は言わなくて結構です、把握しました。今度会ったときに注意しておきます。」

ジョセフの能力と性格から考えるに、そのギャンブルを始めた先に何があったかは明白であった。

何も知らないため蚊帳の外だったネギは、ただならぬ2人の雰囲気に若干ではあるがスタンドに対して危機感を覚えたのであった。








「さてさて、こんなもんかの。いやー、長い間時間をとらせてすまんかった。
1時間目は予め自習にしてあるから生徒とのコミュニケーションにでも使用して、授業自体は2時間目から頼むぞい。」

学園長は手元にクラス名簿をポンッと呼び出すが、取り落としそうになることは無かった。

クラス名簿には『ネギ先生用』と『空条先生用』の2つがあり、それを適切な方に渡していく。

「さて、これから『とある人物』をこの部屋で出迎えなければならん。すまんが、名簿の確認は教室に向かいながらにしてくれい。」

言外に、件の人物が来る前に早く退席しろと言っているようだ。学園長の態度からすると、余程の大物が来るのだろうか。

「分かりました、それでは失礼いたします。」

「あ、失礼しました! 待って下さい空条先生ー!」

承太郎は教室の位置を知っているが、ネギは来たばかりで全く知らないのである。

置いていかれないように駆け足で承太郎を追いかけていくネギの様子を元通りの好々爺な表情で見送った学園長は、机の中から一枚の資料を出す。

その資料は、これからこの部屋にやってくる予定の人物についての資料だった。

「……この采配がどう転ぶか、わしにも全く読めんのー。
ただでさえ不確定要素が多いあのクラスで、どんな『運命の風』を巻き起こしてくれるか……。」

そうこう考えているうちに、部屋にノック音が響き渡る。

「しずな先生じゃな、入りなさい。」

「失礼いたします、学園長。××××さんを連れて参りましたわ。」

グラマラスな体系を持つ先生である源しずなともう一人の『客人』が学園長室に入ってくる。

その人物は学園長の頭に驚いているようで、どうも学園長とは初対面であるらしい。

「はじめまして、××××ちゃん。麻帆良学園にようこそ――」








学園長が謎の人物と会っている頃、承太郎とネギは受け持ちである2-A教室の直前にまで差し掛かっていた。

「しかし授業の方は大丈夫そうか、ネギ先生?」

「あ……う……ちょ、ちょっとキンチョーしてきました。
名簿を見る限り2-Aクラスには31人もの生徒さんが、しかも皆さん僕より年上なので少し怖いです。」

故郷とはまるで勝手が違う国で、年上に囲まれて仕事をするというのは想像以上につらいことだろう。

ましてや10歳の男の子であるので、きちんとまとめられるのか不安なのだ。

「注意してどうにかなるとは思わんが、あまり気負うな。
修行だからと言って周りの人を全く頼りにしない、なんてことはしなくても良いのだからな。
辛い時は助けを呼んでくれてもかまわないし、こちらからできるだけフォローもする。」

「は、はい! ……ありがとうございます空条先生、少しだけ気分が楽になりました。」

「それなら、早速入るか。もう教室の前だしな。」

確かに見ると、2人はすでに2-A教室の扉の前だった。

廊下側の窓から中を少しだけ覗くと、活発そうな生徒たちが思い思いの暇つぶしをしていた。

「まずは担任の先生が前に入るのが良いだろう。少し後に続いて、副担任のわたしが入る。」

「そ、そうですね。そそそそそれではぼ、僕から入ります。」

ネギは緊張からか数瞬程躊躇ったが、すぐにグッと握りこぶしを作り、意を決して教室の扉を開く。

「失礼しま……」

だが出迎えたのは生徒たちの言葉でも、生徒たちの姦しい空気でも無かった。

「……ふぇ?」

突然、ネギに向かって頭上からチョークの粉がたっぷりの黒板消しが降ってきた。

そう、ネギを真に出迎えたのは教壇まで仕掛けられている罠の数々だったのだ。

しかし、ここで焦ったのは罠にかかったネギではなく承太郎の方だった。

(降ってきた黒板消しを無意識のうちに魔法で阻んだだと!? このままでは不味い!)

なんとネギは黒板消しに対して半ば無意識のうちに魔法を発動させ、黒板消しの速度を緩めてしまったのだ。

スタープラチナの影響で視力が良い承太郎はそれを正確に捉えていた。

こんな罠を仕掛けているということは、教室中の視線がこちらに向いていることは間違いないだろう。

放置していたら、赴任していきなり魔法がばれる羽目になってしまう。

そして承太郎のとった行動は――

「やれやれ、やけに古典的な罠だな。近頃の女子中学生でもこの類は主流なのか?」

――全力で手を伸ばし、黒板消しをつかみ取ったのである!

冷や汗もののタイミングであるが、違和感がない程度にはフォロー出来ているだろう。

それでも幾分か遅れてキャッチをしたため、動体視力の良いものには一瞬止まった状態をキャッチしていたのが丸分かりだろうが、フォローしないよりは良かったに違いない。

「あ、ありがとうございまふっ!?」

状況を把握したネギは黒板消しをキャッチしてもらったお礼を言おうとするが、そのせいで足元がお留守になっていたのが災いした。

ピンと張られていたひもに足を引っ掛け、水の入ったバケツが頭に被さり、後方から吸盤つきの弓矢が発射され、それが当たった衝撃で前のめりに転んだ。

最終的には背中から教壇にダイブすることとなってしまった。ド○フでもここまで見事な嵌り方はしないだろう。

一連の見事な引っかかり方に、一部の生徒を除いて教室内の皆は大爆笑であった。








「えーっ、子供ー!? 担任の先生を罠にはめようと思ったらちっちゃい男の子が引っかかっちゃったよー!?」

「ありゃー、だいじょーぶ?」

ひとしきり笑った後に、ようやく状況を理解した生徒がネギに駆け寄っていく。

それに続けてまだ扉の下にいた承太郎は、黒板消しを黒板に戻しながらネギを助け起こしに向かった。

「ほら、立ち上がれるか? それと、お前たちの新しい担任の先生はこの子だぞ?
今から自己紹介をするから、お前たちは自分の席に戻れ。 さぁネギ先生、教壇に立って自己紹介を。」

「は、はい。ご……ゴクリ。」

承太郎の言葉を受けて、半信半疑ながら自分の席に戻っていく生徒たちを確認してから、ネギは立ち上がる。

ふらふらとした足取りではあるが教壇の前に立ち、恐る恐るといった感じで自己紹介を始めた。

「ええと……ボク……今日からこの学校でまほ……英語を教えることになりました、ネギ・スプリングフィールドです。
教育実習なので3学期の間だけですけど、よろしくお願いします。」

自己紹介の後の教室はシーンと静まり返っていて、ネギは何かミスをしたのかと戦々恐々だ。

だがすぐにクラス全体が元の調子を取り戻し始め、喧騒に変わるまでそう時間は必要無かった。

「「「「「「キャァーッ、かわいいいいいー!!」」」」」」

「何歳なのー!?」「どっから来たの!?」「お人形さんみたいー!」「持ち帰っちゃってもいいですかー?」

我先にとネギへ群がっていく女子生徒の勢いに、わたわたしていたネギが飲み込まれていく。

承太郎は呆れたような眼で見るだけで、補佐としては助けるべきなのだが特に手出ししようとはしない。

理由としては、喧しい女が苦手だからである。これでいいのか、副担任。

そんな状況に一石を投じたのは、意外にもネギを毛嫌いしていた神楽坂明日菜だった。

明日菜はもみくちゃにされているネギに一気に近づくと、その胸元を強く掴みかかった。

「ねえあんた、さっき黒板消しに何かしなかった? 朝から思ってたけど、なんかおかしくない?
キッチリ説明しなさいよ、チ・ビ・ス・ケー!!」

「え……(まずい、ばれたー!?)」

明日菜の一言からさっきの魔法行使がばっちり見られていたと気付き、ネギの顔はすぐさま真っ青になっていく。

魔法使いであることが一般人にばれてしまったら、本国へと強制送還されてしまい、最悪の場合はオコジョの刑が執行される。

絶体絶命のピンチだったが、ここでやっと承太郎が動いた。

「いい加減にしておけ、神楽坂。年下の子供が先生だからと言って、乱暴に扱っていいとは言ってないぞ。」

「う゛、空条先生。でも……ああもう分かりました、今すぐ離しますからその威圧感たっぷりの目線はやめてください!」

朝の一件から多大なる恩義がある承太郎に、明日菜はどうしても強気に出ることができない。

加えてやくざでも逃げ出してしまいそうな眼力を見せつけられたら、ただの女子中学生では意見を通せるはずもなし。

結果、平穏無事とは言い難いが、ネギは明日菜のホールドから解放される。

承太郎があっさりと明日菜を止める様子を見て、怒られる前にぞろぞろと席に戻ろうとする生徒たちだが、その行動は中断されることになった。

「おサル……いやアスナさん、そちらの殿方はどちら様です? 今までそんな格好の先生は見たことが無かったはずですが?」

やっと収まるかと思った騒動に、特大の燃料が投げ込まれたためである。

委員長である雪広あやかは、ただただ明日菜を止めた承太郎について聞こうとしたのだが、少し失言が過ぎたようだ。

ただでさえ不完全燃焼だった明日菜にとっては、格好のストレス発散目標に映ったことだろう。

「……いいんちょ、今サルって言ったでしょ、絶対言ったでしょ! 相変わらず良い子ぶってるわねアンタ!
もしおサルって言ってなかったとしても言い返させてもらうわ、このショタコン女!!」

「なっ、言いがかりはやめなさい! あなたなんてオヤジ趣味で高畑先生の事……」

「わー! その先を言ったらぶっ飛ばすわよ、この女ー!!」

言い合いからシームレスで乱闘に移り、互いの制服を掴みながら取っ組み合いを始める明日菜とあやか。

ネギは慌てるばかりで止めに入れず、他のクラスメイトは「もっとやれー」などと煽る始末。

そんな止まることの無いカオスな状況に、とうとう承太郎は今までのうっ憤を晴らすかの如くプッツンしてしまうのであった。








「やかましいっ! うっとおしいぜっ!! お前らっ!
他の授業中のクラスの迷惑になるから、さっさと席に着け!」








空条承太郎―― 副担任として2-AにIN!
           「教室でプッツンした瞬間に時を止めていたら、7秒は止められたかもしれん」と後に話す。

ネギ・スプリングフィールド――新しい担任として2-AにIN!
                   承太郎のことを怖く思う反面、事態収拾能力が羨ましいと思う。

神楽坂明日菜――ネギに対して何らかの疑いを持つ。
            また、承太郎に対しての申し訳なさが増大した。

雪広あやか――ネギに対して胸のときめきを感じる。
          承太郎に関しては、怖いが真面目そうで良い人だと印象を持った。

他のクラスメイト―― 一部の者を除いて、承太郎に逆らっちゃいけないという共通意識が芽生える。
             その一部達は承太郎を見て、色々な意味でわくわくが止まらないようだ。


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/




[19077] 5時間目 魔法先生とスタンド先生!③
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/06/07 17:43
普段は授業中でもわいわいがやがやとうるさいはずの麻帆良学園女子中等部2-A。

だが今現在この教室は、かつて無いほどの静けさに包まれていた。

皆が皆、座りながらも姿勢をピンと正しているため、一見すると軍隊か何かだと錯覚を起こしてしまいそうだ。

こんなことになっている理由はとても簡単、全員が『副担任の前で騒いだらヤバイ』と理解したからである。

「さて、やっと静かになった様だな。中々聞き分けが良い生徒たちでこちらとしても助かる。」

((((いや、あんたが怖すぎて誰も騒ぐに騒げないだけだよ!))))

クラス全員の心が初めて一つになった瞬間であったが、そこに感動も何もありはしない。

あるのはただ一念のみ。

((((どうしてこうなったんだろう……。))))

「あのー、何となくですけど自業自得ってやつだと思います。」

余りにも皆の顔にありありと浮かんでいたため、魔法的な読心術ではなく正しい意味での読心術で皆の心を読み取り、ネギが一言突っ込みを入れた。








5時間目 魔法先生とスタンド先生!③








「さて、そろそろいつも通りの状態に戻っていいぞ。正直さっきのは怒りすぎだったからな。
流石にここまでビビられるとわたしとしても非常にやり辛いし、ネギ先生も委縮してしまうだろう。」

柔らかな笑みを浮かべた承太郎からのその一言で、氷が少しずつ解けていくようにひそひそ話や普通の会話が戻っていく。

相変わらず、承太郎のスマイル効果は目を見張るものがある。

だが思っていたよりも騒がしくなるのが早かったので、もう少しあの雰囲気でも良かったか?とか早くも思い直していたりする。

とりあえず細かいことを考えるのを止め、ネギよりも窓寄りの位置で自己紹介をしようとする。

「そういえば自己紹介がまだだったな。わたしの名は――」

「く、空条 承太郎先生ですよね!? ヒトデの論文で超有名な海洋学者の!」

「ゆ、夕映!? 私も気持ちは分かるけど落ち着いて!」

突然教室の後ろの方にいる小柄な生徒が大声を上げて立ち上がり、承太郎の自己紹介を先取りする。

顔は真っ赤になっており、それが人前で叫んだ緊張からくるものなのか、有名人に出会えた嬉しさからくるものなのかいまいち判断がし辛い。

周りのクラスメイトがざわついているところを見るに、普段は大人しい生徒なのだろう。

「えーと、出席番号4番の『綾瀬 夕映』さん、ですね。
僕は知らなかったんですが、空条先生ってそんなに有名なんですか。」

クラス名簿を見ながら、ネギが突然立ち上がった夕映に質問をする。

「何を言ってるんですかネギ先生! 有名も有名、超有名なのです! むしろ知らない方がおかしいと思うですよ!!」

「ひうっ!? ちょ、ちょっと綾瀬さん、落ち着いて下さいー!」

夕映はテンションが振り切っているのかつかつかと教壇の方に歩いていき、バンと教壇を両手でたたいた。

そのあまりの剣幕にネギは半分涙目だし、承太郎も初めて知った自分のファンに少々引き気味である。

「……わたしには綾瀬がそこまで興奮しているのが良く分からないのだが。
海洋学の学会でもそこまで有名だったとは思わないんだがな。」

「空条先生は御謙遜が過ぎます!
一躍有名になったヒトデの論文も然ることながら、他の独創的な観点から捉えた海洋生物の論文も非常に素晴らしかったです!」

「ほえー、すごかったんやなー空条せんせー。」

「ただ怖い人かと思ったけど、結構すごい人だったんだねー。」

夕映の説明を聞いたクラスメイトは承太郎に対する認識を改めてきているようだ。

テンションが上がりっぱなしなのはいただけないが、少なくともこれで承太郎が一方的に怖がられることは無いだろう。

だが気を抜きすぎたのか、承太郎はこの後非常に心臓に悪い体験をする。

「でも何より私が尊敬しているのは文武両道なところです! なんてったって空条先生は世界最強の――」

その言葉が出た瞬間、承太郎と教室内の一部の空気が変わる。

出るところに出れば『世界最強のスタンド使い』という情報が出回りまくっている承太郎であるが、それでも一般人が知っているような情報では無い。

(まさかこいつ、スタンド使――)

速攻でスタープラチナを出したとしても到底口を封じるには間に合わないタイミングに、承太郎は内心毒づく。

クラスの中に既にスタンド使いがいて、自分の依頼の破滅を狙っているなど誰が予想できるだろうか。

「――海洋冒険家なのですから!」

「……は?」

しかし夕映の口からでたのは、予想していた答えと全く違っていた。

よくよく冷静に考えてみたら、そりゃそうである。

スタンド使いも魔法使いと同じく一般人から正体を隠すのが主流だし、そうでなくても一般人に教えたところで特にメリットなど無い。

さらに承太郎はもう一つミスを犯してしまっている。

それは、クラス内にどれだけ魔法使いなどといった裏の関係者がいるかどうかのチェックを行えなかったことである。

明らかに先程の発言に対して複数の食いついている気配があったため、おそらく3人以上は関係者がいるだろう。

だが既に変質していた空気が霧散してしまったため、気配を発していたのは誰かは結局判別できなかった。

(……つくづくペースが乱されているな、今のわたしは。)

空条承太郎、人生の中でも考えられる限り最低のミスだった。








「でも世界最強ってどれくらいなの? 報道部の私にそこんとこ詳しく。」

最前列に座っていた生徒がメモ帳を取り出しながら、夕映に対してさらなる燃料を投下していく。

承太郎に少しでも近づけたこととメモを取り始めた友達のせいで、夕映は今まで見たことの無いくらい最高にハイな状態になってしまっていた。

「ええもう存分に語りますよ!
空条先生の海洋調査では、普通の海洋学者なら危険すぎて行かないような海域に積極的に向かってるんですよ。
そのおかげで、今まで誰も見たことが無かった生物の発見数は100種類を超えてるです。」

「ち、ちなみに危険すぎるというのは、その海域が非常に荒れやすい場合と、武装した海賊が頻繁に出るような海域の場合があり……ます。」

テンションに当てられたのか、長い前髪で目元を隠した生徒も、夕映のする承太郎の説明に補足を入れ始めた。

「そんな中、襲ってきた海賊に対して行ってきた武勇伝が凄まじいのです!
曰く、銃を持った相手を素手で叩きのめした、反撃のために船から船へ飛び移った、錨を投げ付けて海賊船を沈没させた等々!」

「ちなみに裏付けは取れていないんですが、某国において海賊行為を繰り返す組織を丸々叩き潰したなんて話もあります……。
その組織の構成員はほぼ全員、海を見るだけでパニックになってしまうほどのPTSDを受けたとか……。」

「ふむふむ、なーるほど。ちなみに空条先生、これ実話?」

若干冷や汗を垂らしながらも、報道部所属らしい彼女は果敢にも裏付けを取ろうとする。

「……何故知っているのかは知らないが、とりあえず今出た話は全て事実だ。」

「はは、そうですよね嘘ですよね、ってうええ、マジッすか!? (ヤバいよこれー、もしかしたら授業中のほんわかした空気がピンチだよー。)」

こうしてまた変なところで承太郎にマイナスの印象が付いてしまった。

逆にこれを聞いて目を輝かせている輩が何名かいたのだが、またしてもその視線に承太郎が気づくことは無かった。

「……そろそろわたしの話はやめてくれないか? さすがに恥ずかしくなってきた。
1時間目が終わるまでまだまだあるし、ここからはネギ先生とわたしに対する質問の場にしたいのだが。」

「……ハッ!? わわ、私は何て恥知らずな事を! 空条先生すみませんでした、今すぐ席に戻るです!」

それを受けてやっと夕映が通常状態に戻った。

先程の力説状態よりも顔を真っ赤にして、そそくさと自分の席に戻っていった。

そんな彼女を見守る目線は慈しむような目だったり、何となく思惑が外れて残念そうな目だったりしていた。








1時間目も半分以上過ぎ、新任教師2人への質問タイムが始まった。

「はーい、それでは質問ボックスの開票を行いまーす! 皆、盛り上がってるかーい!!」

「「「「「イェーイ、盛り上がってるよー!!」」」」」

しかし、なぜか質問はボックスに1人1人入れた質問を書いた紙からすることになっている。

その理由は余りにも皆が一斉に質問を始めるため非常にうるさく、先程と同様の展開になることを恐れた者が提案したためである。

どちらにしてもうるさくなってしまっているから、本末転倒と言えなくもないが。

「本日の開票係を務めるのは私、出席番号3番の『朝倉 和美』でーす!
それでは早速一枚目を引きたいと思います! なにが出るかな、何が出るかなーっと。」

ノリノリで朝倉が開票しているのを、ネギはそれなりに緊張して、承太郎は特に思うこと無く見ていた。

「わー、何が出るんでしょうね、空条先生。」

「……とりあえず答えられないような突飛な質問が出ることは無いだろうが、このクラスだからな……。」

短いやり取りの中で既に2-Aの特徴を掴んだ承太郎は、やっといつものクールな状態に戻りつつあるようだ。

だが、スタンドバトルで鍛えた判断力の無駄遣いの様な気がする。

「最初の質問はこれ! えーと、『先生の年齢は何歳?』……普通だね。……あっ、ごめん村上ちゃん、嘘嘘、大丈夫だって。
そ、それでは先生’s、答えをよろしくお願いします!」

辛辣な一言により生徒のうち一人が精神的に再起不能リタイアしそうだが、とりあえず流して質問に答える。

「えーと、僕は10歳になります、数えですけど。」

「数えってことは……9歳じゃん!? 私たちの担任9歳!?」

「いやいや朝倉さん、ネギ先生はオックスフォードをお出になったとお聞きしております。
担任を務めることに何ら問題は無いのではなくて? むしろ超オッケ……ゴホン!」

あやかが学力があるから年齢については問題無いと説明するが、裏にある感情がダダ漏れなために台無しである。

「ちなみにわたしは今年で36歳になったな。」

「こっちはこっちですごいこと言ってるし!? どう見ても大学卒業後、すぐに赴任してきたようにしか見えないよ!」

「……神様は不公平だ。」

「ああ、やっぱり気にしていたのでござるな、真名。大丈夫でござるよ、千鶴殿に比べたら……ヒィッ!」

「あらあらどうしたの長瀬さん? 少し『世間話』がしたくて近づいたのに……。」

承太郎の一言により、今度は物理的に再起不能リタイアになりそうな者が出ているが、誰も止めようとしない。

というか巻き込まれたら間違いなく跡形もなくなって死ぬと言わんばかりの殺気に、誰もが見て見ぬふりを決め込んでいる。

承太郎ですらここまでの殺気は感じたことが無く、手を出せば腕の一本でも持って行かれる未来予想図しか浮かばない。








「気を取り直して次言ってみましょう! 次の質問は『恋人はいますか』、だねー。
さぁどんどん答えてください、お2人さん!」

「えーと、僕に恋人はいません。仲の良い幼馴染がいましたけど、男勝りの性格だからそういう感情とは無縁でしたねー。」

「わたしには恋人と言うか、妻がいる。結婚してから大分経つが、娘もお前たちと同じ歳で1人いるぞ。」

この質問にはネギには照れが含まれているが、承太郎は堂に入ったものである。

「2人ともベクトルは違いますが、爆弾発言が出ましたー! 特にネギ先生はその幼馴染と再会した時のご冥福をお祈りします。」

「あうっ、僕何かまずいこと言っちゃいました!?」

生徒たちは「あれは不味いよねー」とか「9歳だし仕方ないんじゃない?」とかひそひそ話すが、誰も教えようとはしない。

逆にあやかはこれ幸いと言わんばかりの満面の笑みだ。だが、その目つきは狩る者の目である。








「さぁ、時間ももうすぐリミットになるから、もう一気に引いちゃいましょう!
さてさて引いたのは……『好きな女性のタイプ』、『好物』、『好きな本』、『尊敬するアーティスト』の4つだねー。」

時計を見ると、いつの間にか1時間目が終わるまで残り5分くらいになってしまっていた。

しかし朝倉の生放送キャスターのような無駄のないコーナー進行は、一体どこで身につけているのだろうと疑問になる。

「女性のタイプはまだ特には無いですね。好物は紅茶と焼き鳥、特にねぎま串が好きです。
好きな本は古道具好きなので古美術の本とかをよく読んでますが、アーティストに関してはこれと言ってありません。」

「女性はやはり、妻が一番のタイプだ。好物も嫌いな物も特になし。
本は船や飛行機に関する本や海洋学の論文が愛読書だ。好きなアーティストは久保田利伸と実父だな。」

「へぇー、2人とも中々個性的な好みをお持ちで。
しかしネギ先生は焼き鳥が好きとは中々通だねー。空条先生についてはお惚気ごちそうさまでーす。」

ここで朝倉がちゃかしている中、一人の生徒が手を挙げる。

「はいはーい、しつもーん。空条先生のお父さんって、あの『空条 貞夫』さんですか?」

手を挙げた生徒を見て、承太郎は少しだけクラス名簿を見ながら答えた。

「出席番号7番の『柿崎 美砂』だな。その質問に対してはYESと答えさせてもらう。」

「うおー、本物の息子さんですか! 今度アルバムを渡したら、先生経由でサインとかもらえたりします!?」

柿崎のその質問の答えから、俄かにクラスが活気だつ。

何名かの音楽に詳しくない生徒は置き去りになっているが、「今度アルバム貸してあげるよー」とか話しているところを聞くに、すぐに広まりそうだ。

承太郎は、父がデビューしてから大分経つのにこんなに女子中学生にも人気だとは思いもしなかったため、少し面くらっていた。

「そ、それなら私は、空条先生自身のサインが欲しいです!」

サインを貰うという流れでまたスイッチが入ってしまったのか、夕映がガタンと椅子を倒しながら勢いよく立ちあがる。

「綾瀬、いいから落ち着いて着席しろ。
今日のところは父のサインはどうなるか分からないが、私のサインくらいなら後でいくらでも書いてやる。」

その言葉を聞いて夕映は嬉しさから失神しかけるが、なんとか椅子を直しながらすぐに着席する。

夕映の様子を見て、サインを書いたらショック死するんじゃないかと承太郎以下全員が考えていた。








「さて、時間的に最後の質問、行ってみま――」

「ごめんなさい、良いところかもしれないけど失礼するわね。」

1時間目が限りなく終わる時間になってから、突如教室に入ってくる者があった。

「ありゃ、しずな先生。どうしたんですかこんな時間に?」

「いえ、ネギ先生と空条先生にまだ伝えていなかったことがあったんです。それを伝えに。」

その人物とは、指導教員の源しずなであった。

「……あっちゃー、すっかり忘れてた。いきなり担任が子供だったりしたから、伝えるのが抜け落ちてたんだな。」

教室の後ろにいる、不釣り合いなほど大きな眼鏡をかけた生徒がうめき声を上げた。

ネギはすぐさま顔を確認して、クラス名簿を開いて名前を確認する。

「えーと、出席番号25番の『長谷川 千雨』さんですね。
僕らに伝えなければならなかった用事とは、一体何なんですか?」

ネギの方を見ながら何やらぶつぶつ呟いている様子だったが、用件を手早く終わらせるために伝達事項を言おうとする。

ちなみに呟いていたのは「そもそも労働基準法どうなってんだ」である。

ほとんどの者が聞こえていないようだったが、聞こえていた者はうんうんと首を縦に振っていた、主に承太郎。

「いや、今日新任の先生が来るのと同時に、最近同室になった転校生がこの教室に編入になるんです。
学園長と話をした後にこちらに来る手筈でしたから、遅れて教室にやってくる、というのが伝達事項です。」

新任教師の次は季節外れの転校生という漫画みたいな展開に、またもやクラス内が賑やかになっていく。

だがそこら辺は指導教員、パンパンと言う拍手ですぐさま鎮静化させた。

この様子を見て新任教師2人は「次はああしてみよう」とひそかに勉強していたりする。

「ああそうそう、こちらが修正版のクラス名簿となります。
前任の高畑先生が書いていた注釈もそのままですので、古いほうのクラス名簿はこちらで回収いたしますわ。
それじゃ、転校生に入って来てもらおうかしら。」

そう言ってしずなが開けた教室の扉の先には、承太郎にとっては『非常に見覚えのある者』が立っていた。








日系のハーフであるアメリカ人で、少しきつさが見える顔つき。

髪の毛は黒髪部分と金髪部分で分かれていて、黒髪部分を2つの団子状にしながらも腰近くまで後ろ髪は伸びている。

麻帆良学園女子中等部の制服は着ている者にある程度の落ち着いた印象を与えるのだが、その気迫とでも言うべきオーラを抑えることはできなかったようだ。

まだしずなの影になっている承太郎に気づいていないらしく、教室にずんずんと入って来ている。

転校生の横顔を見て、気付ける生徒はこの時点でその素性に気付いたかもしれない。

だってその顔が、『余りにも承太郎に似ていた』のだから。

転校生は教壇の近くまで来た時にやっと承太郎の存在に気づいたらしく、急に足を止めた。

ネギはその鬼気迫る様子にビビっていて、「初めまして、転校生さん」などといった気のきいた一言も声を発することができないでいた。

そして、いぶかしむ様な顔で承太郎を見つめた転校生は奇しくも、1時間目終了時間いっぱいでその質問を口にした。

「……一つ聞くけど、何であんたがここにいる訳?」

「……今日からこのクラスの副担任になったんだ、徐倫ジョリーン。」

承太郎が質問に答えた瞬間、1時間目終了のチャイムが教室に鳴り響いた。








その転校生の名は『空条 徐倫』。

名前から察することのできる通り、2-A副担任である空条承太郎の実娘である。

そして引力は互いを引き合い、加速を始める。








空条承太郎――実の娘を同じクラスにした学園長を、頭の中で8ページオラオラしてストレスを発散する。
          このままいくと本当にラッシュを叩きこむ日が来るかもしれないと思い始める。

空条徐倫――転校生として2-AにIN!
         未だその身に流れる血の『才能』には目覚めていない。

ネギ・スプリングフィールド――転校生の素性を知って、親子共々やっぱり怖いと考える。

朝倉和美――自称『麻帆良のパパラッチ』
         今回の質問タイムで、明日以降使える新聞記事を大量ゲット。

村上夏美、長瀬楓――質問タイムにおいて両者ともに大打撃を受けたが、再起可能。

那波千鶴――関係者間で一時期付けられていたあだ名は『見目麗しい亜空の瘴気』。
         長瀬楓を再起不能リタイア寸前まで追い込んでやっと溜飲を下げる。


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│To Be Continued   >
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[19077] 6時間目 魔法先生とスタンド先生!④
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/06/12 00:03
日本でも海外でも、勉強している学生に共通する絶対に聞きたい音とは何であるか。

落ち着けるような鳥の声? 人によってはうっとおしく感じるから、NOだ。

涼しさを感じる風の音? 風の音を聞いたところで本当に涼しくなる訳でもないし、NOだ。

好きな異性の声? 色恋沙汰に興味が無い生徒にしてみれば別にどうでもいいということになるので、これもNO。

答えは非常に簡単。まぁ、学校によって微妙に違った音になっているかもしれないが、基本的にはこれだ。

即ち、『キーン、コーン、カーン、コーン……』というチャイムの音、というより授業終了の音である。

「はーい、それでは今日の授業はこの辺で終わりになりまーす。
期末テストまであと1ヶ月ですので、ノートに書いた内容は必ず覚えておくようにしておいてくださいー。」

「それと冬場だから暗くなる時間が早いため、夕方からの外出は十分気を付けるように。
それでは解散だ。明日も遅刻者が出ないことを祈っているぞ。」

そう担任2人が良い終わるのと同時に、「よっしゃー終わったー!」と元気よく教室を飛び出す生徒たち。

『学生は勉強が本分』などと言う言葉があるが、ここの生徒たちを見ているとそれが正しいことであるのかの判断が揺らいでしまいそうになる。

そんなこんなで、あっという間に教室からほとんどの生徒がいなくなっていた。

「……徐倫も行ってしまったか。ここに転校してきてどうだったか、直接聞きたかったんだがな。」

「うーん、授業中の態度を見るに、意外とクラスの雰囲気に溶け込んでいたと思いますけど……。
ただ、やっぱり機嫌は悪そうでしたね。空条先生の事を視界に入れまいとしていましたから。」

「……良い意見をありがとうネギ先生。それに初日ながら生徒たちの事を良く見ているようで感心だ。」

ネギは見た目とおっちょこちょいさはともかく、担任であることに関しては割と有能であるようだ。

ただし人の悪意に鈍感であるらしく、また年上だということに遠慮して注意ができないという部分があるようだが。

実際に授業中にちょっかいを出そうと消しゴムを飛ばしてきた生徒もいたのだが、そこは副担任らしく承太郎が諌めた。

そうやって授業内容を心優しいネギが担当することによってストレスなく授業を進行させ、妨げになるものを承太郎が止める。

考えようによっては非常にバランスの取れた布陣である。

(学園長、まさかここまで考えてわたしを副担任にしたのか? だとしたらジョセフ並みに食えない爺だ。)

学園長にとっては、息抜きの遊びも適切な仕事も同一に考えての行動だったりするのだろうか。

ただ本当にそうだとしても、担任の娘を同じクラスに編入させるのはどうかと思うが。








「やぁ、ネギ先生に空条先生。初授業はどうでしたか?」

そうして2人が教室を出ようとしたとき、スーツ姿の短髪の男が近づいてきた。

承太郎は明らかに面識の無い人物だったため警戒するが、ネギはその男を見て満面の笑みに変わる。

「あーっ、久しぶりタカミチーッ!
麻帆良に到着するのが予定より遅くなっちゃって、初日に職員室で会おうって言ってたのに行けなくてごめんなさい!」

言い終わるが早いか、タカミチと呼ばれた男とネギは会うなり軽いハグを交わす。

ちなみにイギリスにおいて軽く抱き合うハグとは、一般的に久しぶりに会ったときに使われる挨拶である。

それでも恥ずかしさからか親しい間柄でしかされないこともあるため、この様子を見るに相当親しい関係なのだろう。

それでも必要最低限の警戒は残したまま、承太郎も近づいていく。

「お初にお目にかかる、副担任を務めることになった空条承太郎だ。
タカミチというと……たしか前担任の名前が『タカミチ・T・高畑』だったか。」

「その通り、空条承太郎先生。2-A前担任のタカミチ・T・高畑です、よろしく。」

前担任と新副担任は互いにがっしりとした右手を出し、握手を交わす。

ここで交わされる握手とは本来ならば親愛の証であるのだが、タカミチと承太郎は手のひらの感触から互いの力量を図っていた。

(ほう、相当鍛えこまれているようだな。ネギとの間柄を考えるに、魔法使いでもかなりの使い手か。)

(噂に名高い『吸血鬼殺しの英雄』空条承太郎、確かに名前負けしないだけの力があるようだね。)

一応周囲に一般人がいるため戦うことはできないはずなのだが、互いの力が如実にわかってしまったために、無意識のうちに闘気を出し始める。

どうもこの2人、戦いが身に染みついてしまっているようだ。

「タ、タカミチ? 空条先生? あの、周りの生徒たちが怖がっちゃってますけど……。」

ネギのその言葉でやっと教室前だということに気付いた2人が周囲を見てみると、余りの気迫に普通の生徒がプルプル子犬のように震えていた。

平和な学び舎に突如として鉄火場寸前の雰囲気なんか出されたら、そりゃ女子中学生は怖がるというものである。

怖がっている生徒達は「私たち高畑先生デスメガネが怒るようなことしたっけ?」とかいう会話が聞こえている。

「あ、ああゴメンゴメン。ほらほら大丈夫だから、僕と空条先生は別に怒って無いから。
説教とかする気も一切ないから、帰れる人からどんどん帰宅していいよー。」

タカミチが気持ち顔を赤らめながら怖がっている生徒を復帰させて、とりあえず帰宅するように促す。

承太郎も少々周りが見えていなかったためか、照れ隠しで帽子を深く被り直す。

「ははは、僕たちの間で『英雄』として呼ばれている人物の1人に会えたからって、ちょっと昂り過ぎちゃったね。」

「……やれやれ、わたしは『英雄』と呼ばれるようなことをした覚えは無いんだがな。」

昂り方がちょっとどころじゃ無かった気もするが、そこは大人な承太郎、特に突っ込むことも無く流していった。








お互いに落ち着いたところで、担任としての会話に話を戻す。

「どうです、1日で分かるくらい癖の強いクラスでしたでしょう?」

「癖が強いとかそういう次元では無いと思うがな。余りに尖り過ぎていて、むしろ自然に見えてくる始末だ。」

そう、前担任の感想でも『癖が強い』と言わしめるほど、2-Aは濃いメンツが揃っている。

「僕と同い年かそれ以下にしか見えない人、承太郎先生と同じくらいにしか見えない人、妙に多い留学生……。
日本の中学生さんって、皆こういう人たちばっかりなの、タカミチ?」

ネギはイギリスにずっと住んでいたせいか、日本の女子中学生基準の常識範囲が良く理解できていないようだ。

こんな生徒ばっかりだとしたら、日本の教育現場は大混乱である。

「流石にそれは無いよ、ネギ君。ここは麻帆良でも一番混沌としているクラスだからね。
ここの担任を始めた当初は、学園長の作為的な嫌がらせだったんじゃないか、って思ったくらいだよ。」

タカミチはなんてことないように言うが、眼鏡の奥に見える瞳は明らかに遠いところを見ている。

苦労することになるよと如実に語るその瞳から考えるに、承太郎の頭痛の種は確実に増えそうである。

「心配しなくても大丈夫だよ、タカミチ。
補佐してくれる承太郎先生もいるし、クラスのみんなは騒がしい人たちばっかりだけど悪い人はいなさそうだし!」

だがネギはそんな瞳を見ても、臆することなくそう言ってのけた。

(困難を目の前にしても恐怖することなく前に進もうとするか……。
これなら大抵の事があっても、折れることはなさそうだな。)

「ははは、ネギ君は相変わらず元気いっぱいだ。これなら2-A担任を任せても大丈夫そうだね。」

「もう、子供扱いしないでよタカミチー!」

前担任であるタカミチのお墨付きをもらい、ネギは言葉とは裏腹に嬉しそうにはしゃいでいる。

子供らしくもあり、大人らしくもある。それがネギ・スプリングフィールドの精神の本質であるのかもしれない。

「「やれやれ、なら大人として良い手本になれるようにしないとな(ね)。」」








承太郎はこの依頼、非常に苦労することになるかと思っていたがどうやら杞憂だった、という風にこの時点では考えていた。

だがここは麻帆良学園、日々平穏に過ごすなんて事を、そうは問屋が卸さなかった。

承太郎が盛大に考え直すことになるまで、後30分。








6時間目 魔法先生とスタンド先生!④








「ふー、やっと一段落つけそうですねー。」

あの後タカミチと一緒に職員室に行った承太郎とネギは、他の先生へのあいさつを早々に済ませて女子中等部から家路に就くところである。

本来なら書類仕事があって帰れる筈も無いのだが、「最初の1週間は慣れるまで大変だろうから全部やっておいたよ」というタカミチのおかげだ。

「赴任初日だから精神的にも来るものがあるのだろう。
今日はこの後しっかりと部屋で休んで……そういえばネギ先生、部屋は確か……。」

「そうなんですよねー。えーと、神楽坂明日菜さん、でしたっけ。それと同室の近衛木乃香さん。
今日はこのお2人の部屋に泊めてもらうってことなんですけど……。」

朝、学園長室で起こったことが思い出される。

『……あんたなんかと一緒に暮らすなんてお断りよ! 担任としても認めないから!』

そう明日菜は啖呵を切っているのである、しかも頼んだ張本人である学園長の前で。

「むー、何だか思い出したらちょっぴり怒ってきました。こうなったらクラス名簿のアスナさんに落書きでも書いちゃいます!」

普段は真面目にしているが、こういうところは子供っぽいネギである。

承太郎もこれにはあきれ顔だ。

「……おそらく神楽坂には泊めさせてもらえないだろうな。どうだネギ先生、行く当てがないなら私の家にでも泊まるか?」

徐倫は女子寮に入っているため、承太郎は教師用居住区画の家で妻と2人暮らし中だ。

SW財団が色々と根回ししていたため、2人で暮らすというレベルじゃない広さを誇る家だ、1人増えたところでどうということは無いのである。

「うーん、授業とかでもお世話になっているのに、これ以上お世話になったら修行じゃなくなっちゃいます。
とりあえず僕自身の力でできる限りやってみたいので、もし本当に抜き差しならない状況になったら頼らさせていただきます。」

だが見た目は子供、心は紳士なネギはさすがに遠慮の気持ちが勝ってしまったようだ。

「ふむ、了解した。だが謙虚すぎるのはその年齢では損だぞ?」

「後で自分の発言を思い返してみて謙虚すぎちゃったかな、とはたまに思うんですよね。
でも僕は立派な魔法使いになるのと同時に、立派な英国紳士としても大成したいんです。これって欲張りなんでしょうか?」

「……どんなに欲張りだったとしてもそれは立派な夢だ、大切にしなさい。
それに欲張りや我が儘が通せるのは子供の間だけだ、精一杯欲張りに生きると良い。」

だがこの言葉は、承太郎自身の心に浅くない傷をつける。

なぜなら、他でもない自分の娘の我が儘を聞いてやれたことが無かったからである。

妻1人に徐倫を任せ、自分は1年のほとんどを海洋冒険に費やしていた。

そのせいで徐倫は母親に負担をかけまいと、自分のしたいことをずっと押し殺してきた。

(思えば、徐倫には我が儘を言わせてやれるだけの余裕が無かった。そんなことがずっと続けば、嫌われるのも当然だろう。
だからネギ先生に対して、娘にさせてやれなかったことをさせる……本物の娘が、いつもより近くにいるというのにな……。)

――全く、度し難い――。

承太郎のそのつぶやきは風の音にかき消されて、隣にいたネギには聞こえていなかった。








そんな時、2人の前方にある長階段を降りてきている、少しだけ見覚えのある生徒が見えた。

その生徒は明らかに多すぎる量の本を持っており、危なっかしいことにふらついている。

本を抱え過ぎていることによるバランスの悪さと、本によって足元が見えていないことによるものなのだろう。

「あれ……あれは出席番号27番の『宮崎のどか』さんですね。」

ネギの言うとおり、本を持っている生徒は2-A所属であるのどかであった。

「そういえば綾瀬がわたしの説明をしていた時、補足に回っていたのは彼女だったか。
余程の本好きなのだろうが、あれはさすがに本を持ちすぎだろう。しょうがない、時間もあるし、ネギ先生も手伝ってくれるか?」

「はい、そういうことならッ――!?」

ネギと承太郎がのどかを手伝うために近付こうとした瞬間、足を挫いたのか、バランスを大きく崩して、階段の横へと倒れて行く。

普通なら手すりにぶつかったことによる軽い打撲などで怪我は済むのだろうが、しかしその階段には『手すりが無かった』。

(くそ、あの高さは不味いッ! 間に合うか!?)

状況を把握し次第走り始める承太郎だったが、あまりに急なため『能力』を使う一息が入れられなかった。

目測で距離は15メートル前後、スタープラチナを普通に出すだけなら有効射程は約2メートル。

だがのどかが地面に叩きつけられるまでの数秒で、10メートル少々を走りぬくのは到底不可能である。

これまでか、と生徒が大怪我をする最悪の状況を幻視した承太郎であったが、不幸中の幸い、その場にいたのは承太郎だけではなかった。

「止まれー!!」

ネギはすぐさま背負っていた荷物から布に包まれた杖を掴み、のどかに対して魔法を発動させていた。

魔法使いに厳密な射程距離は存在しないが、一般的には目視できる範囲ならば余裕で射程範囲内である。

ネギは最も得意とする風を操る魔法を使い、地面から1メートルの所でふわりとのどかの体を浮かせることに成功する。

それでも急ごしらえの魔法であったために衝撃すべてを逃がせたわけでは無く、また最悪な事に頭が体の一番下に来ていた。

いくら1メートル程度の高さでも、頭から落ちればただでは済まない。

そして、浮いていたのどかの体はまた落ち始める。

「ッ! 間に合わ――」

「いいや間に合ったぜ、ネギ先生。」

だが、ネギがのどかを浮かせたことによる僅かな時間で、承太郎は射程範囲でのどかをキャッチする事が出来た。

承太郎の立ち位置を見ると、のどかから2メートルくらいの距離に立っていた。

ネギにはヴィジョンが見えないものの、スタンドで抱えているのだろうか、のどかの体は浮いたままだ。








承太郎はのどかをゆっくりと下ろし、茫然自失となっているのどかに大丈夫かどうかの確認をする。

「大丈夫か宮崎? 怪我は無いか?」

「だ、だいじょうぶですか宮崎さん?」

「う、先生……?は、はい……。」

地面に下ろされたのどかは承太郎と駆け寄ってきたネギの呼びかけに受け答えはするものの、混乱しているのか動きが忙しない。

顔も何やら赤くなっているため、先生2人はどこか怪我でもしていて、それを我慢しているのではないかと不安顔である。

だが2人のその認識は違ったようだ。

「お、男の人がこんな近くに……その、あの……すみませんでしたーっ!」

そう言い終わった直後、落ちている本を1冊も拾わずに、のどかはどこかへ走り去ってしまった。

「……どうやら軽度の男性恐怖症、もしくは対人恐怖症でもあるのかもしれないな。
止むにやまれぬ緊急事態だったが、知らなかったとはいえ悪いことをしてしまったかもしれん。
ほらネギ先生、嫌われたわけではないだろうから元気を出してくれ。」

のどかの態度から嫌われて避けられたのだと思ったのだろうか、ネギの顔は不安げになっている。

だがこの時、承太郎は表情が示す意味を完全に取り違えていた。

ネギは走り去ったのどかを見て顔色を悪くしたのではない。

直前にネギは、のどかが走り去って見えなくなったので、承太郎へと視線を戻そうとしていた。

そして、その『視線を戻している途中でに見てしまったもの』のせいで顔色が悪くなってしまったのだ。

ネギがプルプルと承太郎の後ろへ右手の指を上げて行ったため、承太郎はようやく、自分の後ろにある何かを見てしまったためだと気付く。

急いで振り向くと、そこには最も話し合いがしたいものの、最もこの場に居て欲しくない人物が立っていた。








「あ、あんたたち一体……。」

ツインテールに日本人では珍しいオッドアイ、『普段なら』勝気な雰囲気の神楽坂明日菜がそこにいた。

ちなみに『普段なら』というのは、彼女は今何か衝撃的な物でも見たのだろうか、茫然としていたからである。








とりあえず2人は、この状況から導かれる1つの結論に至った。

それは、『魔法とスタンドを使うところを一般人に見られた』ということである。

さてここで、魔法使いのルールにおいて最も重要な事を思い出してみよう。

どんな悪人ですら守るという魔法使いのルールで最も重要な事とは『一般人には魔法を秘匿すること』である。

……修行開始初日、24時間経たずにばれてしまっていた。

「……ネギ先生、うちの家系に代々伝わるこういうときのための発想法を伝授しよう。」

「ええ、ぜひ教えてください。なんとなく僕は察することができそうですが。」

「だろうな。では教えよう。それは――」

承太郎とネギは足の向きをくるりと回転させ、全力で足を動かそうとする。

「「逃げッ――!?」」

だが明日菜はそんな2人の後ろ襟を一瞬で接近して掴み、全力ダッシュで近くにあった茂みへと引きずっていこうとする。

引きずる際の力はネギだけならば朝のやり取りから分かるが、身長195cmで体重82kgという体格の承太郎まで片手で浮かせて引っ張るとは、女子中学生というか人類からしても規格外である。

明日菜の余りの馬鹿力に、少しだけスタンドを出して抵抗しようかなどとも考えたが、さすがに一般(?)の女子中学生を、しかも受け持ちクラスの生徒を殴るのは気がひけたので自重した。

そうこうしているうちに茂みの奥まで連れてこられた2人は、掴まれていた部位を胸襟に換え直された上で、背中から近くの木に押しつけられた。

明日菜による圧迫尋問開始である。

「ああああ、あんたらなんなのよ! 超能力者? 超能力者なの!? なんか本屋ちゃん浮いてたし!!」

「い、いや、ちが――」

「ごまかしたってダメよ! 最初っから目撃したわよ、現行犯よ!!」

「あううーーっ!」

恩人である承太郎には頭が上がらないため(それでも乱暴には扱っているが)、ネギを集中して攻め立てる明日菜。

多分、全く状況を知らない人がこの現場を見たら、子供相手にカツアゲをしている女子中学生にしか見えないだろう。

しかも大の大人諸共絞めあげてる分、相当の不良に思われること間違いなしである。

「白状なさい、超能力者なのね!」

「ぼ、僕は魔法使いで……。」

「そんなの変な力が使えるだけで、どっちでも同じよ!」

もう少し耐えられるかと思ったが、ネギは割とあっさり白状してしまった。

考えてもみれば、5歳近く年上の人物に胸襟掴まれてぶちギレられたら、9歳の男の子なんてすぐに陥落してしまう。

その恐怖、推して測るべし。

「どちらかというと私が超能力者だがな。」

承太郎ももうばれてしまったということで、あっさり自分の事をばらす。

これはばれている嘘は早めにオープンすることで、相手の油断を誘うことができるためだ。

駆け引きなど何も知らない女子中学生を出し抜くなど、承太郎にはお茶の子さいさいである。

予想通り、この事実に明日菜はパニック状態になっている。

「嘘、空条先生もそんな世界びっくり人間の一員だったんですか!?
もう、何なのよ今日は! 今までの人生で最悪の日だわーーっ!!」

わー!わーっ。ゎー……。

明日菜の空しい叫びが、茂み周辺に響いた。








「……ネギ先生、もう隠すのは無理だろう。しっかりと見られてしまっている以上、口封じか記憶消去しか手は無いぞ。」

明日菜がパニック状態になってくれたおかげで簡単に拘束を振りほどくことができた2人は、図らずとも挟み打ちの形で明日菜と対峙していた。

「な、何よ口封じって! いたいけな女子中学生を殺す気!?」

明日菜はその言葉に反応して身構えるが、少なくともいたいけな女子中学生なら大人を片手では持ち上げられないと思う。

「うー、口封じは絶対に駄目です! ここは安全に記憶消去で行きましょう!
ごめんなさいアスナさん、魔法がばれたことが知れてしまったら大変な事になってしまうので、ここ十数分間の記憶を失っていただきます!」

ネギは切羽詰まり過ぎているものの優先して行うべきことは分かっているため、速攻で杖を構えて記憶消去呪文の詠唱を始める。

一方承太郎は、予想できる射線上から動かさないために最適な位置取りで明日菜をけん制していた。

逃げ道は、無い。

「というかそもそも記憶消去なんてものが本当に安全であるか分かんないでしょうがー!」

「大丈夫ですよ、痛みはありません。……ただちょっとだけパーになるかもしれませんが、許して下さい。」

「すまんな神楽坂。今度菓子折りでも持って見舞いに行かせてもらう。」

「空条先生、私がパーになるの確定ですか!? ギャー、ちょっと待ってーっ!!」

恩人であったはずの承太郎からの事実上死刑宣告により、明日菜の抵抗しようとした気合は無くなってしまった。

そんな無抵抗になった明日菜へ、ネギは無慈悲にもその呪文を開放させる。

「記憶よ、消えろーーっ!」








結果としては、明日菜の一部は確かに消え去った。だがそれは決して記憶ではなく、また肉体的な欠損でも無い。

「……どうなっている、ネギ先生。明らかに記憶は消えていないようだが。」

消えているのは現代社会に生きる者として、最低限必要な物。

「ご、ごめんなさい! 確かに記憶を消すための呪文だったのに……。」

明日菜から消えてしまったものと同じ機能を持つものは、時を遡ればアダムとイブですら必要とするものである。

「おーい、ネギ先生に空条先生。そんなところで何やってるんですか……ん?」

「「「あ゛。」」」

さらに明日菜に止めを刺すかのように、先程の叫びを聞きつけて現れるタカミチ。

「ひっ、い、い――」

さて、それでは何が起こったのかのありのままを話そう。

『神楽坂明日菜の記憶を消そうと思ったら、なぜかパンツが消えていた』。

何を言っているのか分からないと思うが、かけた本人もかけられた明日菜も、何が起きたのか分からなかった。








「い、いやぁーーーーーっ!!」

明日菜の羞恥心からの叫びは、遠く世界樹広場にいた者にまで聞こえたという。








空条承太郎――頭痛の種が大きくなりすぎて、一旦、そのことについて考えるのをやめた。

ネギ・スプリングフィールド――担任開始初日で一般人に秘密がばれる。
                   なお、『記憶消去呪文は完璧だった』。

神楽坂明日菜――担任2人の秘密を知ってしまい、結果としてパンツが消えた。

タカミチ・T・高畑――異名『死の眼鏡デスメガネ
             2-A前担任だが、出張が多くなりネギたちと担任を交代。
             また、明日菜への印象が『ノーパン』へ変化。


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│To Be Continued   >
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[19077] 7時間目 魔法先生とスタンド先生!⑤
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/06/18 20:31
現時刻は夜9時少し前。

クラス全員が行ってくれた新担任歓迎会&転校生歓迎会はとっくに終わり、学校の校舎自体にもほとんど人がいない状況だ。

教室の中は7時頃まで飲めや歌えの大騒ぎ(勿論アルコール無しで)だったのだが、何名かが行なった完璧な掃除によって朝と同じくらいに戻っていた。

ちなみに歓迎会自体は大成功と行っても過言ではない。

料理を得意とする者が各自作って持ってきた料理は美味であったし、宮崎のどかや雪広あやかといった面々からのプレゼント授与も滞りなく行われた。

バンドをやっている者たちは教室でのミニステージで全員のテンションを振り切らせもしたし、新担任2人も転校生である徐倫もクラスメイトとのコミュニケーションが取れた。

クラスの補佐を手伝ってくれるタカミチやしずなも参加し、教室は大賑わい。

ネギは生徒たちにもみくちゃにされながらも喜んで歓迎され、喧しいことは嫌いなはずなのに承太郎の顔には笑顔が浮かんだ。

最初は煩わしく感じていた徐倫も、歓迎会が終わるころには皆とほぼ完全に打ち解けていたのには、承太郎が我が事のように喜んだほどである。

……終始承太郎とは口を利かなかったが。

閑話休題。








しかしとうに歓迎会は終わって、さらには帰宅時間は過ぎているのに、教室の中には承太郎、ネギ、明日菜の3人が居残っていた。

明日も授業があるのに何故こんな時間まで教室にいるかというと、承太郎とネギにとって予測しうる限り最悪の事態が起こってしまったからだ。

本来ならば『正体がばれた』事によって、歓迎会の前に終わるはずだった明日菜の記憶の消去。

だがそれは為されず、今もなお明日菜には魔法に関する記憶が存在している。

その対処をするために残ったのだが、そこから発展して分かった『もう一つの最悪』のせいでこんな時間まで残る羽目になったのである。

「ああもう、空条先生にお礼をもっかい言おうと思って探していたら、こんなことになるなんて……。」

「それはこちらも同じだ。というより誰がこんな事態を予想できる。」

現在、承太郎は副担任用の椅子に腰掛けてこめかみに手を当てている。

明日菜は自分の席に座っており、さっきから納得がいかないと言って机をバシンバシン叩いている。

「大丈夫ですよアスナさん。僕たちがそんな目にあわせたりはしないですから。」

ネギはそんな明日菜をなだめようとしているが、効果はいま一つのようだ。

さて、ここで3人が行おうとしたのは、明日菜と担任2人それぞれの希望を一致させること。

明日菜は胡散臭い魔法使いの事情に巻き込まれたくはない。

2人は正体がばれたことを隠滅して、明日菜を元の日常に戻したい。

なら一番手っ取り早いのは明日菜の今日1日の記憶をすっぱりと消してしまうことなのだが、『もう一つの最悪』がそれを阻んでいた。

「……恨むのならば、生まれ持っていただろうその特異体質を恨んでくれ。
認識阻害といった『日常的な魔法』には反応しないが、『本体の体に影響をなす魔法』を完全に無効化レジストするその体質を。」








それではどうしてこうなったのか、少し時を戻してみよう。








7時間目 魔法先生とスタンド先生!⑤








夜7時10分くらい、歓迎会が終わって帰ろうとしていた明日菜にかけられたのは「話があるから少し残れ」という承太郎の言葉だった。

勿論無視してこの場で帰るなり魔法を暴露するなりもできたのだが、「学園長からのお願いについて話がある」と先んじて言われてしまい、周りのクラスメイトやタカミチは気を利かせてさっさといなくなってしまった。

「ご愁傷様ですわー」という委員長のありがたいお言葉や、「アスナー、私はもう了承しとるからなー」という親友の言葉がドップラー効果でしか聞こえない。

タカミチですら「ははは、帰るのが遅くならないようにねー」という言葉を残して一目離した隙に消えていた。

学園長、信用無し。

まぁもともと詳しい話を聞かせてもらうために教室に連れてきたはずが、教室で歓迎会をすることを忘れてしまっていたため、図らずも誘導してきた形になった明日菜。

そうしてうやむやのままに歓迎会を進めることになってしまい、詳しい話を聞けずじまいになっていたのである。

毒を食らわば皿まで、数少ない意味まで覚えている諺が頭をよぎった明日菜はあえて踏み込んで行くことを決めた。

……結果としては藪をつついて蛇を出すの方が正しかったが。








とりあえず事情の説明を始めてから15分、大体7時半を回ったところ。

「それじゃあ、もう一度確認するわよ?
ガキンチョは立派な魔法使いマギステル・マギとかゆーものになるために、麻帆良に修行に来た『魔法使い』。
空条先生はこのガキンチョを補佐するために呼ばれた、超能力が何らかの形として出せる『スタンド使い』。
そんでもって、これが一般人にばれると魔法仮免許没収、最悪はオコジョに変えられて刑務所生活……これでいいのよね?」

「ああ、その認識で構わない。意外と物分かりが良いようで助かる。
ちなみにオコジョにされるのは魔法使いであるネギ先生だけで、わたしはもともと外部協力者だから謹慎処分程度で済むだろうな。」

「……生まれて初めて位に頭脳的な物で褒められたのに、物凄く嬉しくないわ。というか分かりたくなかったわよ、こんな事ー!」

3人の他には誰もいない2-A教室に、説明を聞き終わった明日菜の叫びが響き渡る。

「ちょ、ちょっとアスナさん!? いくら教師が一緒にいるとはいえ、本来ならこんな時間に生徒が残ってるってばれたら不味いんですって!」

「はん、良いんじゃない? そうすれば担任のあんたが責任を追及されるんだから。」

ネギは突然大声を出したことに焦るが、明日菜は取りあおうとしない。

パンツ消去の加害者と被害者という絶対的なイニシアチブがある以上、決して強気に出ることができないのが痛いところである。

「……うう、どうしてこんなことになっちゃったんだろう。」

「仮にも担任が生徒の前で泣くなーっ! 私だって高畑先生にあんな姿見られて泣きたいわよ!」

夕方の事を思い出してさめざめと泣くネギに、明日菜は先程から終始怒りっぱなしだ。

さすがにいい加減話が進まないと思ったのか、承太郎が先を促す。

「ネギ先生、うなだれている場合じゃないぞ。先程のようにならないようにしっかりとした準備をお願いする。
ともかくここまで説明したのは良いがやることは夕方と一緒だ。神楽坂、記憶を消させてもらうぞ。」

ここまでネギと承太郎が明日菜に事情を話したのは、結局ここに行き着く。

つまり、『何故正体を知ってしまった者の記憶を消さなければならないのか』である。

夕方のばれた瞬間では一刻も早く対処しなければと思ってあのような対応になってしまったが、その場で失敗してしまった以上はある程度協力してもらわないとまずい。

記憶を消さないといけない事情の説明、魔法を知ってしまった場合のメリットとデメリット、それらを示したうえでの記憶消去の提案である。

「やるならやるでさっさとして下さい。明日も新聞配達があるから早く寝たいんです。」

もちろん、魔法使いになんて係り合いになりたくない明日菜は記憶消去を受け入れた。








……受け入れたのだが――

「何でまた衣服の一部が吹っ飛ぶのよー!?」

――お約束というかなんというか、またしても明日菜の衣服が吹っ飛ぶ。

だが承太郎が事前に提案した危機回避策は功を奏したようだ。

その内容とは、明日菜はジャージを着た状態で、ネギは記憶消去魔法をかける部位を人物指定ではなく頭の方だけにしておくというものだ。

結果、明日菜の着ているジャージの首回りが綺麗に吹き飛ぶだけで済んだため、被害は明らかに少なくなっている。

それでも着ていた服が吹っ飛んだことには変わりないので怒るが。

「……ネギ先生、呪文に間違いがあったりとかはしていないか?」

「いえ、そんなはずはありません。
念のために魔法教本を読みながら詠唱しましたし、そもそも記憶消去は魔法学校の中でもかなり初歩の段階で教わる呪文なんです。
こんな風に衣服がはじけ飛ぶなんて、戦闘用の『武装解除エクサルマティオー』くらいしかありません。」

「洋服を吹き飛ばす戦闘魔法って……いや確かに有効的ね、というかえげつなさ過ぎない?
素っ裸で戦えとか言われたら戦うどころじゃないし、まず社会的に死ぬわよ。」

「その魔法が暴発した可能性は……なさそうだな。
呪文が一致しているのであればその魔法が発動するはずだし、魔法学校を首席卒業できる人物がそんな初歩的なミスを犯すとは思えん。」

その後何回かかけ直してみたものの、結局記憶消去魔法は明日菜に効くことはなかった。

また、魔法をかける度にジャージが破れて行くのかと思いきや同じ場所に同じ魔法をかけているなら同様の場所が破れるらしく、最初の時と破れ方はほとんど変わらなかった。

「……やっぱり駄目です。ここまで効かないとなると、もしかしたら魔法への対抗力が強い特異体質かもしれません。」

「となると他の種類の魔法を試してみないことには分からんな。
ネギ先生、神楽坂、もう少しだけ実験に付き合ってもらうぞ。まずは攻撃魔法から――」








そして約1時間後の8時50分頃。

「――よし、めぼしい魔法は使ってみたか。ご苦労だったな、2人とも。」

「「つ、疲れた……。」」

紙束を持った承太郎は満足げな顔をしており、対照的にネギと明日菜は疲労困憊という風に机に突っ伏している。

理由はかれこれ一時間、ネギが知っている限りの魔法を片っ端からかけていき、その反応の仕方をひたすら書きとめるという作業が続いたからである。

「すまない、子供の頃『刑事コロンボ』が好きだったせいか、細かいことが気になると夜も眠れなくてな。
周りの者からはやり過ぎだとか容赦無いとか言われる程で、それが高じて海洋学者になった様な物だ。
だが収穫はたくさんあったんだ、許してくれないか?」

「うー、魔法の使い過ぎで疲れましたー。でも確かに収穫はたくさんありましたから大丈夫です。」

「収穫が多いと私は大変なのよ!
せっかく空条先生に頂いたジャージはもうボロ切れになっちゃってるし、私の体が特殊なのも分かっちゃったし……。」

承太郎が言うように、細かい部分が気になってしまったせいでここまで時間がかかってしまっていた。

同じ魔法でも射出する数や魔力の込め方、範囲指定でどのように効果の差が出るのかをいちいち試したのだ。

結果は『頭が痛くなる』ようなものであったが。

攻撃魔法の『魔法の射手サギタ・マギカ』に『武装解除エクサルマティオー』、『眠りの霧ネブラ・ヒュプノーテエイカ』や『風精召喚エウォカーティオ・ウァルキュリアールム』はほぼ無効化を確認。

魔法の射手や武装解除は当たった瞬間にその威力を分散させるようだが、力を分散させる分だけ衣服が吹き飛ぶようだ。

眠りの霧は効かないばかりか「煙い!」と腕の一払いでかき消し、風精召喚を用いた分身は見分けがつかなかったものの殴ってみたら消滅してしまった。

逆に、『身体強化』といった人体操作系の魔法と回復系の魔法は効果が出ている。

それと、魔法の効き目がある場合には衣服は吹き飛ばされない様子。








「さて、ここまでの実験で分かったことは3つ。
1つ目、『神楽坂は自身に悪影響、もしくは敵意を持って与える魔法を無意識のうちに無効化できる』。
身体強化や回復などが効果ありだったのは、体に良い影響を発生させるからだろう。
2つ目、『無効化した時に体の表面へ魔力が分散され、その影響で衣服にダメージが入る』。
こちらに関しては実験で使った魔法の属性、種類がネギ先生の使える物だけであるから何とも言えないが、おそらく他の属性等でも同じ反応をするだろう。
3つ目、『認識阻害や魔法による変装といったものは見破れない』。
ただし認識阻害についてはこれを意識したために効果がゆるくなってきており、変装は物理ダメージを与えると解除される。」

手元の資料を見ながらスタープラチナを使って黒板に一つ一つの特徴を書いていく。

かなりの達筆で書いているところを見るに、精密動作性の無駄遣いである。

「うーん、聞けば聞くほど異常さが際立ちますね。完全に魔法使いにとっての天敵ですよ、この能力。
アスナさんは本当に魔法についてご存じなかったんですか?」

「至って普通の学生生活を送ってきた私が知るわけないでしょ。魔法なんて絵本とかゲームの中でしか知らないわよ。」

これだけ魔法使いキラーな能力を持っているにもかかわらず、今まで魔法の存在を知らなかった明日菜。

ネギならばこの事実を『奇妙な偶然』として深く考えなかっただろうが、ここに一緒にいるのは承太郎であり、やはり単なる偶然とは考えていなかった。

「……『引力』か。」

「ん? 空条先生、何ですかその『引力』って。」

「いやいやアスナさん、多分理科の授業で習ってるはずですよ。
2つの物体の間に働く相互作用の1つで、引き合う力のことです。例を挙げるなら磁石のくっつこうとする力ですね。」

「いやそうじゃなくて。空条先生は何となく違う意味で言ってるように感じたから……。」

「ほう、神楽坂は観察眼が良いようだな。神楽坂の言っている通り、わたしが今呟いた『引力』とは本来の意味合いとはだいぶ違う。」

さて、と言いながら体の向きを2人の方に変え、承太郎は語り始めた。

「『引力』というのはスタンド使い同士あるいは強い力を持つ者同士の間に発生する力だ。
強い力は別の強い力を呼び寄せていき、思いもよらない出来事を発生させていく。人によっては『運命』と言うやつもいるがな。
今回の場合だとネギ先生とわたしがこのクラスに来たことによって、神楽坂の能力が引かれ合ったのだろう。」

エジプトまでの旅、杜王町事件、イタリアにいるDIOの息子、海洋冒険中の海賊の襲来。

承太郎はスタンド使いであるが故に、今までの人生で様々な危険がその身を襲っている。

楽しかったことや悲しかったこともあったし、時には仲間として出会い、時には決して相容れぬ敵として多くの人物と出会ってきた。

『偶然』なんて陳腐な言葉で今までの出会いを括られたくはないが、『運命』ならば許容もできるものだ。

もちろん、大切な仲間と死に別れたということだけは決して認められない部分ではあるが。

「力を持つものは死ぬまでその力に悩まされ続ける。例え無人島に住み続けていたとしても、人生の中で一度は別の力を持ったものと出会うらしいからな。
そのせいか何時、何処で、誰に出会うのかが分からなくてノイローゼになってしまったものがいるほどだ。」

「……魔法を使うものの心得にも『力に飲まれるな』という言葉があります。
ただ単純に力に執着しすぎるなという意味ではなく、もしかしたらこの事も指していたのかもしれませんね。」

「ということはもしかして私ってばこれから先、受難続きってこと!?」

「結論から言ってしまえばそうなるな。」

「うわぁ、とっても聞きたくなかったわ、その結論……。」

これから確実に受難が起こると宣言され、明日菜はがっくりとうなだれた。

そして冒頭のシーンへとつながるのである。








「さて、ここでわたしから神楽坂に提案がある。」

話すことや実験することも終わり、停滞していた空気に承太郎が切り込みを入れる。

「結局のところ、わたしたちは魔法がばれたことが周りに伝わらなければそれで良いんだ。
記憶を消す方法が今のところ無い以上、秘密を守ると約束してくれるのならこのまま普段通りの生活を送ってくれていい。」

「ちょ、空条先生!? 確かにばれちゃったのはミスですが、嘘をつくのは良くないと――」

「ならこのまま修行をやめにするか? 2度とチャンスはないと聞いたが。」

「あうう、でも~!」

生真面目なネギは承太郎の提案に乗り気ではないが、修行をやめたいかと聞かれたらやめたくないに決まっている。

納得できないという表情をしているが反論が出来ないため、仕方なくその提案を通すことになった。

「うーん、本当ならゴネたいけど、空条先生からのお願いなら仕方ないです。でもそれだと私だけが損してませんか?」

「それなら対価は考えてある。
内容は『神楽坂の悩みやピンチを、わたしたちの能力がばれない程度にサポートする』というものだ。
力は死ぬまで付き纏われるものだが、使用方法さえ誤らなければ助けにはなるからな。これで良いだろうか?」

「人の役に立つために魔法を使うのも修行のうちですから、僕はその提案に賛成します。」

魔法を無効化する能力が数奇な運命からネギと承太郎にばれてしまった以上、他の人物にも直に露見する可能性は限りなく高い。

もし悪い魔法使いとやらに情報が流れ、挙句捕まえられてしまった場合、戦闘中の盾扱いにされてしまったり、下手すると実験動物扱いされて解剖される可能性だってある。

そうなる前に明日菜を守るものが必ず必要になってくる。

また女子中学生は多感な時期であるために数多くの悩みがあるだろうことを考え、過程を吹っ飛ばしてでも解決させてやりたいためでもある。

「……仕方ないわね、その提案受けさせてもらいます。いきなり襲われて気付いたら解剖されてたとか嫌だし。」

どちらにしてもこのままじゃ埒が明かないということは理解しているので、明日菜は比較的穏便に提案を受けることにした。

頭は弱いが空気は読める乙女なのである。

「ただし! 助けてくれるって言ったんですから、私と高畑先生の仲を取り持つことは日常的に手伝ってくださいね!」

「は、はい! タカミチと仲良くなりたいんでしたら、僕としてもお手伝いしたいと思います。」

「ふっ、やれやれだ。倫理的に正しいとは言えないが出来る限り手伝うことにしよう。」

こうしてここに、担任2人とその生徒の間に奇妙な同盟が組まれたのであった。








夜の9時を過ぎているというのに、街は店の明かりや街頭によってまだまだ明るい。

思ったより人影も多いが、2月の夜の寒さで身を縮こませているためか数が多いという風には見えない。

そんな中を、承太郎たちはのんびりと話しながら駅へ向かっていた。

「あーあ、街はいつも通りの光景なのにどこか違って見えるわ。」

「おそらく認識阻害魔法の効きが弱くなったから、普段は気にも留めていなかった部分が見えているんだろう。
世界樹の方を見てみると良い、違和感が凄まじいことになると思うぞ。」

「どれどれ……あーホントだー。よくあんなもんに対して不思議さを感じなかったのか、今更なが少し怖いわね。」

「魔法を悪くばっかり言わないで下さいよー。
知識や経験が必要ですけど、さっき空条先生が言った通り正しく使いさえすれば物凄く便利なんですから。」

「ふーん、例えばどんな?」

「掃除を自動でやってくれたりします!」

「うわ、確かに便利よそれ。早朝に新聞配達してる間、木乃香にばれないようにやってもらえるなら助かるわー。」

取り留め無い話ばかりであったが、3人の間には少なくとも夕方の時のような険悪さは感じさせていない。

それに明日菜の今の一言で、ネギとの関係に良い兆しが見え始めているのが分かる。

「木乃香さんにばれないようにって……もしかして泊めさせてもらえるんですか!?」

「あくまでも仕方なくよ。
このままあんたを野宿させるのも寝覚めが悪いし、他の誰かの部屋に泊めさせたとしてもそっから魔法がばれたら世話無いわよ。」

それに、と言いながらネギと承太郎より前へ出てから振り向く。

「アンタと空条先生は私の事守ってくれるんなら、どっちか片方が私の近くにいた方がいいじゃない?
それに、アンタはほっとくと際限なく魔法をばらしちゃいそうでハラハラするのよ。だから私もフォローくらいしてあげる。」

勝気な顔でウィンクをする明日菜の顔はネギにとても近くて、ネギの顔は恥ずかしさから真っ赤になっていく。

承太郎はそんな2人の様子を見て、思ったよりも相性がいいのかもしれないと思っていた。

「それでは今日からよろしくおねがいしま……ふぇ……」

「あれ、なんかどっかで同じことがあった様な。えーと、で……で……デジタルがするんだけど。」

「……おしいところまで行ったが間違っているぞ、神楽坂。恐らくデジャブと言いたかったのだろうが、奇遇だな、わたしも同じような事を考えていた。」

……のだが、そこはやっぱりネギ・スプリングフィールド、良いところでやらかしてしまうのであった。

「ハクシューン!」

「きゃあー! ああもうやっぱりかー! 洋服が吹っ飛ばないのは良かったけど、それでもパンチラはいやー!!」

「……やれやれだ。」

寒空の下、明日菜は風によって捲れ上がったスカートを必死に押さえつけながらネギをはたき、承太郎は承太郎でスタープラチナを使って帽子が飛ばないように押さえていた。

どちらかというとスタンド出してまで風に抵抗する承太郎の方が必死である。

(退屈はしなさそうだが、さてどうなるかな。)

また言い合いを始めた2人を見ながら帽子を整え、承太郎はこれからについて思案し始めるのだった。








空条承太郎――ネギ、明日菜と秘密を共有する。
          様々な種類の魔法を間近に見て、学者としての好奇心が滾ってきている。

ネギ・スプリングフィールド――承太郎、明日菜と秘密を共有する。
                   同居人となる明日菜への印象を『乱暴だけどいい人』に変えた。

神楽坂明日菜――承太郎、ネギと秘密を共有する。
            この日からネギを同室で泊まらせることを許可した。
            だが、木乃香や他のクラスメイトに魔法をばらさないようにする苦労を背負うことをまだ知らない。


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│To Be Continued   >
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[19077] スタンドデータ①
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/06/20 16:46
この作品でのスタンドステータスと本体の補足その1

ステータス評価:A - 超スゴイ  B - スゴイ  C - 人間と同じ  D - ニガテ  E - 超ニガテ








星の白金スタープラチナ

本体名:空条 承太郎

破壊力―A  スピード―A  射程距離―C(2m)  持続力―A  精密動作性―A  成長性―完成



ジョジョ世界ではご存知、世界最強と呼ばれるスタンドである。

最強と呼ばれる所以は能力の『スタープラチナ・ザ・ワールド』であり、これは所謂『時を止める』能力である。

実際には時を止めているのではなく、スタプラが光の速度を超えることによって、相対的に周囲の時間が止まって見えている。

とりあえず、ただ単に時を止めると考えてよい。

全盛期には5秒間の時を止めることができ、同じ能力を持つ宿敵DIOを数々の機転を生かして打ち破った。

この作品では麻帆良の魔力の影響で生命力が活性化され、4秒間の時を安定して止められるようになっている。

だがこのスタンドの強さは、時を止める能力だけでは無い。

トラックすら粉砕するパワー、発射された後の弾丸を見切ることのできるスピードは接近戦において無類の強さを誇る。

さらに数mmの敵すら掴む精密動作性を駆使し、本体の戦闘センスも相まってかオールラウンドに戦えるその基本性能こそが真骨頂である。

唯一の欠点と言えば射程距離の短さであるが、物を投げたりすることでフォローは可能。

その強さは原作でかなり贔屓されており、第3部序盤から第6部のクライマックスまで常にずば抜けていた。

6部と同じく、スタンドパワーの成長はすでに完成済み。



本体の承太郎は作品内の2007年には36歳になるというのに非常に若々しい、というか高校生時代より若返って見える外見。

服装は授業のある日は4部の白い衣装、オフなら6部の紫の衣装を着ている。

服の内側には襲撃者との戦いにおいてネックになるだろう遠距離攻撃対策に、一見ばれない程度にベアリングと投げナイフを携帯している。

麻帆良学園女子中等部2-Aに副担任として赴任することになったが、スタンド使いとしての宿命か、また厄介事に巻き込まれていく。

ちなみに麻帆良学園で時を止める能力を知っているのは魔法使いでは学園長ただ一人。

ただしスタンド使いは独自情報網を持っているためその限りでは無い。

既婚者であるが、海洋冒険家稼業が長かったため家庭は崩壊の一歩手前まで進行していた。

そのため一人娘の徐倫からは毛嫌いされている。

今回の麻帆良赴任により妻との仲が良好になって離婚危機は回避されたから、原作よりも幸せな運命に乗っているだろう。



ジョジョとネギまのクロスをするにあたって真っ先に主人公として採用し、年代設定のため苦労させられた人。

真面目さとユニークさ、そして豊富な知識を持つ承太郎はネギまの雰囲気に合い、ネギを支え導く賢者のような立ち位置へと自然にはまっていった。

大筋の経験は原作と同じであるが、ジョルノと出会って居るなど細かいところでずれが生じている。

また、本来の時間軸とは異なった道を歩いているのは『一巡した世界だからではない』。

その辺りの細かい設定は、番外編である『補習』で順次補足していく。








皇帝エンペラー

本体名:ホル・ホース

破壊力―B  スピード―B  射程距離―A(1km)  持続力―C  精密動作性―E  成長性―完成



回転式拳銃とそれに装填される弾丸型のスタンド。

拳銃の形をしているが、スタンドでできているため一般人と普通の魔法使いには全く見えない。

スタンド能力としては撃った弾丸の軌道を自在に操ることが能力と地味であるが、初見の相手には非常に有効な能力である。

例としては、弾丸を見切ることのできるポルナレフに一撃を入れそうになったほど(庇われたせいで外したが、即死させる寸前だった)。

基本的に目視することの出来ない魔法使いにとっては、見えない弾丸など恐怖でしかない。

また、拳銃と同じように扱えるため、近~中距離の援護としては最高の性能。

第3部の時と違ってステータスで成長性が完成しているが、元が成長性Eのため、戦いながら18年も経っていたらそりゃ完成するってもんである。

成長性の完成によって伸びた能力は射程距離と破壊力。

射程距離は拳銃の最大射程距離と同じくらいの1kmになり、破壊力はBのままであるがしっかりと成長している。

大凡50AE版デザートイーグルと同じ威力にはなっているのだが、破壊範囲が狭いために破壊力Aには届かない。

もちろん対象から離れれば離れるほど威力は落ちるが、スタンドの弾丸であるために風圧などの物理法則による威力の減衰は起きないという完全距離依存の威力。

最大の成長理由は、とある人物から拳銃で戦う際の限界性能を知ったためである。



ホルホルは生年月日の設定が無いため、この作品ではポルナレフと同じ1965年生まれとする(作品内の2007年で42歳になるということになります)。

服装は相変わらずガンマン姿だが、麻帆良の認識阻害のおかげで溶け込めている。

SW財団によって世界各地を転々としてきたため、承太郎と比べてもそれなりの場数を踏んでいて足手まといにはならない。

魔法使いとの戦いも、持ち前の射撃技術と生き意地の汚さで勝ち抜いてきた。

タバコは麻帆良に来てからも続けており、タカミチと喫煙コーナーで一緒にいることが多い。

それと、麻帆良学園にいる某人物2人とフラグを立てている。

事務員仕事は、生粋のNo.2根性で非常に有能。

侵入者との戦いは木の陰に隠れながら弾丸を乱射して面制圧を行うが、「卑怯だ」とか言われたりする。

「勝てばよかろうなのだァァァァッ!!」と考えているホル・ホースにはどうでもいいことではあるのだが。



今回この作品に登場させた最大の理由は、作者が好きなキャラだからという身も蓋もない理由から。

しかし設定を練ってみるといろんなキャラとの接点が生まれ、第2の主人公として使えるくらいになってしまった。

今でこそ事務員だが、オインゴ・ボインゴ兄弟を使わなければ彼も教師の予定だった。

だがこいつに教わるのは不可能だろ、ということで事務員になりました。








書物の神トト神

本体名:ボインゴ

破壊力―E  スピード―E  射程距離―E  持続力―A  精密動作性―E  成長性―E



独特な絵柄で描かれた漫画型のスタンド。

珍しいことに一般人にも見ることのできるスタンドであり、たまに麻帆良学園の生徒に読ませてくれとせがまれる。

スタンド能力は、漫画を通してごく近い未来(最長でも1時間先くらい)を予知するというもの。

時間経過によって浮き出る漫画の通りに行動すれば、その内容に忠実な出来事が起こる。

だがしかし、漫画の内容の再現が完璧でないと予期せぬ事態として漫画内容を再現しようとするためハイリスクハイリターン。

本体の精神の成長がトラウマによって大幅に進んでいなかったため、18年前と同じ性能と考えて良い。

ボインゴは書かれた運命がそこまで絶対ではないと過去の戦いから学んだため、現在の使用方法はとりあえずの危機の事前察知程度。

運命で全てを縛れば絶対に勝てると確信していた子供の頃よりは、遥かに成長していると言える。



ホル・ホースと同じく生年月日の設定が無いため1980年生まれとし、この作品の2007年に27歳になります。

つまり、第3部では8~9歳だというのに承太郎たちと戦っていたということに……。

18年間の麻帆良学園生活によって、性格の改善は割と出来ているようだ。

戦闘能力は皆無なので、予言による麻帆良への侵入者の察知を子供のころから依頼されている。

大学卒業後に先生となり、社会系の教師として麻帆良女子中等部で働いている。

根暗ではあるものの、受け持ちの生徒からの信頼は厚い。

スタンド能力の相性と木乃香の護衛としての意味も含めて、占い研究部の顧問を担当していたりもする。

身長はそれなりに伸びて150cm弱といったところ。



ホル・ホースを出すならこいつも出すべきだろうと思って執筆直前にプロットにねじ込んだキャラクター。

暗い性格だが決して不真面目では無いので、麻帆良学園で更生してもらってからの仲間入り。

バトルシーンでは後方支援担当なので、解説役としての立ち回りを受け持つ。

独特なしゃべり方のため、台詞の作り辛さは現時点でNo.1かもしれない。








創造の神クヌム神

本体名:オインゴ

破壊力―E  スピード―E  射程距離―E  持続力―A  精密動作性―E  成長性―E



スタンドビジョンが無く、能力行使しかできないスタンド。

能力は本体の姿を自在に変化させるスタンドで、帽子などの身につけている小物も変化が可能。

ただ姿を変えるだけなので、役に立たないと言えばそれまでである。

変化は完璧であるのだが、記憶の複写などは行えず、自分自身の演技力が高くないといけないためやはり微妙。

スパイとして使うには申し分のない能力ではあるのだが、魔法使いのスパイとして使うとなると魔法行使できないので無意味。

もっぱら事務員として働いているときに小さな子供を驚かせたり、逆にあやす時などに使用している。

そのせいか、幼等部や小等部低学年の子供たちの人気者になってしまっている。



生年月日の設定が無いため、花京院と同じ1971年4月以降生まれの、作品内2007年に35歳としている。

ホル・ホースやカメオとチームを組んでいたが、戦闘でカスほどにも役に立たないため、基本的に調査対象への直接干渉が仕事だった。

自衛ができないため、ある意味ではチーム内で一番危険な仕事であったかもしれない。

戦闘力は皆無であるために麻帆良でも基本的に事務仕事メイン。

麻帆良での事務員仕事は前述の子供人気のために、幼等部や小等部周辺に駆り出されることが多い。



おそらく麻帆良学園にいるジョジョ原作キャラの中で一番影が薄いキャラクター。

ぶっちゃけるとボインゴだけでも良かったのだが余りにも哀れ過ぎて何も言えなくなりそうだったので、ミスリード要因としてプロットにねじ込み。

というかミスリードを作り上げる以外で使いどころが良く分からない。

地味なうえに本編キャラに関わり辛いエリアに飛ばされる彼の出番は、完結までにどれだけあるのだろうか。




[19077] 8時間目 暗闇の迷宮①
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/06/23 01:23
何時から此処にいたのか、詳しいことは何も思い出せません。

気付いた時には此処にいて、気付いた時には何もかもが遅くて。

大地に立って歩くための足が無いのに、人としての命を支える心臓が無いのに、そもそも命が無いのに、私は日々を過ごしています。

出来ることはあまりにも少ないですし、出歩ける範囲は世間一般に比べてとても狭くて退屈です。

でも月日が流れるたびに変わっていく様子がどこか楽しくて、月日が流れても変わることのできない自分が悲しくて。

この世に未練があるのか、それとも天国や地獄は満員のため新しく入ることはできないのか、60年ほど経った今も変わらず此処から離れられないでいます。

誰にも見られず、誰とも触れられず、誰とも話せず、誰とも友達になることが出来ず、教室の中で皆を遠巻きに眺めているだけ。

私を見ることが出来た人もいたけど、気味悪がって2度と私を見ようとはしませんでした。

去年くらいからそんなことも無くなってきたけど、やっぱりクラスメイトとしてはどうなのかなって思ったりします。

だって私の事を見れる人としか友達になれないなんて、寂しいじゃないですか。

何を叫んでも聞いてもらえない、何を望んでも手に入れられない、何を感じても伝えられない……そんなのはもう嫌なんです!

だからお願いします、私を此処から連れ出して欲しいんです。

結果として消えてしまっても良い……此処で無いどこかへ行ってみたいから。

だから連れ出してください、このいつ終わるとも知れない『先の見えない迷宮』のような毎日から――








8時間目 暗闇の迷宮①








人は見慣れてしまったものを軽視する傾向にあるという。

例えば、学園中央駅からそれぞれの学校に向かう人の波、というよりも津波。

体に付いている2本の足で走る者や路面電車に乗っていく者、バイクに乗っている者もいて、古今東西の移動手段の見本市のような有様である。

赴任当初は凄まじい勢いだと思ったものだが、1週間もすると日常の一部と認識するに至ってしまった。

今では自分もその津波の一部だと考えると、人間の持つ適応力とはかくも偉大なものなのだと思ったものだ。

例えば、中学生がオーナーをやっている飲食店。

受け持ちの生徒が飲食店オーナーで、調理師も受け持ちの生徒、ウェイトレスも受け持ちの生徒、全部生徒。

高畑先生に連れられてネギ先生と初めて食べに行った時、見慣れた顔が仕事をしていた事と料理のおいしさに驚いたものだ。

実力さえあれば何でもできるのが麻帆良学園であると分かってからは、特に気にも留めなくなっていった。

生徒たちもどこか尖っている印象が多い感じだが、これも大体慣れてしまっている。

「やっほー、空条せんせー!」「今日もでっかいねー!」

どう見ても小学校入りたてにしか見えないような鳴滝姉妹。

「おはようございます、空条先生。今日もお変わり無い御様子で。」

麻帆良に来た最初の方で見た覚えのあるアンドロイド(細かいことを言えばガイノイドらしいが)の絡繰茶々丸。

小さい人間なら康一君も同じようなものだし、人工知能技術自体は90年代には確立していたため、ボディさえ完成すれば学校に通えるくらいにはなっているだろう。

「おはようございます、空条先生。」

「おはよう、承太郎先生。」

「おはよアル、先生!」

「空条殿、おはようでござる。」

竹刀袋を持った桜咲、銃を隠し持っているだろうことが服の上から分かる龍宮、拳法家らしい古、時代劇のような話し方をする長瀬ら4人、通称『武道四天王』からの殺気や闘気混じりのあいさつにも慣れたものだ。

だがどれほど見慣れたとしても、どうしても感覚的に慣れないものがある。

『あ……おはようございます~。』

弱々しい挨拶を投げかけてくる出席番号1番の『相坂さよ』、これがどうしても慣れない。

何故なら彼女は半透明で空気的な人物、と言うよりも『幽霊』だからだ。
















承太郎が彼女に気付いたのは赴任2日目の授業中である。

生徒一人一人の席順と顔を覚えるためにクラス名簿を見ながら教室を見まわしていたのだが、最前列窓際の席に生徒がいないことに気がつく。

(昨日に引き続き欠席か。……しかし昨日は思い過ごしかと思ったが、あの席から感じる気配……確かどこかで――)

それだけならばただ欠席しているだけで流すことが出来たが、どうにも昔どこかで感じた違和感が誰も座っていない席から発せられていた。

ともかく、現在教室にいる生徒とクラス名簿を見比べながら誰がいないかを把握しようとした承太郎は、席の主が相坂さよであることを知る。

ここで不思議に思ったのはクラス名簿のさよの写真と、タカミチが残した一言メモの内容である。

写真を見ると制服の意匠がまるで違い、また写真は色あせていた。これだけ見ればさよは転校生か何かで、その際の書類の不手際と思える。

メモは二言残されており『1940~』『席、動かさないこと』と書かれている。数字は年号で間違いないと思うが、席を動かすなとはどういう意味か。

この時点で分かることと言えば、相坂さよの席は60年以上前から何かしらの思惑があって動かされていないということだけ。

理解力の良い承太郎でも、これだけの情報では正直ここに籠められた意味が分からない。

仕方が無いので、承太郎は違和感を発し続けている席を、生徒たちに不審に思われない程度に感覚の目でよーく見てみることにした。

スタンド使いはスタンドヴィジョンを表に出さなくても、体の内側で発動させるだけで感覚を一体化させることができる。

スタープラチナの目と自分の目を同一とし、普段は見えづらい物を見よう眼を凝らす。

しかし眼を凝らしたところで違和感が形になって出てくるわけでもなく、時間の無駄かと思って目線を外そうとした時、それは起こった。

承太郎の目に、席に座っている何かがぼんやりと浮かび始めてきたのである。

(――そうだ思い出した、これは杜王町の『ふり向いてはいけない小道』で感じていた空気!
『杉本 鈴美』と会話していた時に常にも感じていた、『生気の無い存在』が発する違和感!
なら相坂さよはまさか……。)

その光景を見て、やっと感じていた違和感の正体を思い出した承太郎は、相坂さよの正体を悟ったのである。

即ち、幽霊であると。








席に現れたぼんやりとした輪郭はすぐに白い人型のシルエットとなり、ポラロイドカメラで撮った写真のようにじわじわと形を鮮明にしていく。

この光景が見えているのは恐らく承太郎ただ一人。

でなければさよの席が視界に入る生徒の誰かが何かしらのリアクションを取るはずである。

少し教室の様子を見る限り、生徒たちの態度に特に不審な点は見当たらない。

『……ぁ……ゎ……。』

ぐにゃぐにゃと揺らめく白い液体を一纏まりにしたような姿は、間もなく完全な人型に変わりそうだ。

姿が見えるようになってきたためか、さよが発しているだろう声がか細くであるが聞こえてくる。

『……ぃぃ……すねぇ。』

声量が小さくて不明瞭、しかもノイズがかかった様な声なので、若干ではあるが嫌悪を感じてしまう。

幽霊の言葉が生身の人間に対して与える不安定になるなどの影響は、案外ただの生理的嫌悪感だったのかもしれない。

やがて写真に映った姿と同じく、古い形式のセーラー服を着たさよがはっきりと見えるようになった。

見た目は詩的に表現すると、深窓の令嬢と言った感じか。

2つの意味で透き通った白い肌をしており、腰まで伸ばした髪は絹糸よりも滑らかに風になびいている。

窓の外を見ながらアンニュイな表情をしており、もし動くことが無ければ絵画の一場面や精巧な人形のようにも見えただろう。

その美しさは、同年代の男子学生が見たら一撃で再起不能リタイア間違いなしといったところだ。

ただ、雰囲気が若干暗いので好みが分かれるところではあると思うが。

(ほう、幽霊でも風の影響を受けるのか。それによくある怪談話のように足が存在しない……。
しまったな、杉本鈴美のときにももう少し観察するべきだったか。)

だがそんなことはお構いなしにその様子を観察する承太郎。

この男、着目点が違い過ぎると言わざるを得ない。

『ふぁ~、冬とはいえ窓際は暖かくて気持ちいいです……。
どうせ見えないからもう寝ちゃいましょうか……いや、幽霊だから寝れませんけど……。』

そうしてクリアになったさよの声は、なんともほのぼのとしたものであった。

おどろおどろしい恨み事でも呟いているのかと思えば、割とどうでもいいことを綺麗な姿勢で呟いているのは中々にシュールである。

『新しい先生には私の事見えていないみたいですし、どこかに出かけ……いやいや、一応生徒だから授業だけはきちんと受けないと……。』

もうちょっと鈴美のように初見のインパクトがあれば承太郎としても危機感を持ったのだろうが、どうも見る限り誰かに危害を加えられるようには見えない。

(……見た感じ、教室の誰かに悪影響を及ぼしている様子は無しか。しばらくは様子見だな。)

さよの雰囲気が穏やか過ぎてあまりに拍子抜けだったため、承太郎の興味も早々に消えてしまったようだ。








だが長いこと視線を向けていたせいか、さよが視線に気づいて承太郎に顔を向ける。

考えてみれば普段視線が向けられないような人物が自分に向いている視線を感じたら、視線の主の方を向くのが道理である。

『あれ……もしかして副担任の承太郎先生、私の事が見えていたりしますか……?』

きょとんとした顔を少しだけ傾げながらこちらを向く姿は、文字通り儚げに揺れている。

(……こちらの視線に気づいたか。しかしどうする?
他の生徒に気づかれないようにコンタクトを取るべきか、それとも見えないふりを……いや、隠すメリットが無い。
問題はどうやって伝えるべきかだが……。)

忘れがちではあるが、今現在この教室では授業が行われている真っ最中だ。

黒板の方を見れば、ネギが雪広あやかに渡された踏み台を使って板書きをしている様子が見える。

視線のほとんどはネギの方に行っているとはいえ、人間の視野角の広さは馬鹿にならないのを知っている承太郎は下手に動こうとはしない。

それに、ネギに対して消しゴムを飛ばしていた明日菜を注意した後から教室が割と静かになったため、小声で伝えようとしても周りの生徒にばれる可能性がある。

『承太郎先生ー? やっぱり見えてるんですかー?』

そんな悩んでいる承太郎を余所にさよは席から離れて承太郎に近付き、顔の前でひらひらと手を振って必死に確認しようとしていた。

いくら周りの生徒に見られていないとはいえ、些か自由奔放である。

(ふむ、向こうから近付いてきているならこの方法で……。)

だがそんなさよの行動は承太郎には好都合だった。

承太郎は授業用の資料に走り書きをし、こんこんと指でその部分を叩いてみる。

その行動に気付いたさよは、承太郎の体をすり抜けながら走り書きをのぞき見る。

ちなみにすり抜けられた瞬間に承太郎は言いようのない悪寒を感じていたのだが、幽霊に触れられるとこうなるのかなどと感心していた。

『えーと、授業終了後に後ろをついて来い、ですね。 分かりました、憑いていきますー。』

何かイントネーションがおかしかった様な気がしなくもないが、ともかくこちらの意図には気付いた模様。

その後は特にさよも承太郎もすることが無く、時折ネギの授業のフォローをしながら『表面上は』普通の授業が続いていった。

なお『水面下』では、承太郎の行動を注意深く見つめる者が『少なくとも4人』いた事をここに記す。








「ハイ、今日の授業はここまでです! 宿題はたった10問だけですので、忘れないようにしてくださいねー。」

「まぁ、教科書と板書きしたノートさえあれば十分解ける内容だ。
ただし、宿題を忘れた者と正解率が芳しくない者は居残り授業になるので心してかかるように。では、お疲れ。」

「「「「「「はーい、先生さよーならー!!」」」」」」

本日の授業も終わって、この後には職員会議も無し。

書類もタカミチが1週間分を終わらせているため、今週中だけはネギも承太郎もすんなりと家路に就くことができる。

しかし教師が授業終わりに直帰ができるなんて、普通の学校では恐らくありえない光景である。

「そういえば空条先生、この後用事があったりしますか?」

「ああ、1件先約があってな。どんな用事だったんだ。」

そんな恵まれた環境で教師を務める2人は、職員玄関で靴を履き換えながら話をしている。

「いえ、アスナさんがタカミチの事を好きらしいので、この『魔法の素・丸薬七色セット(大人用)』を使ってホレ薬でも作ってみようかと思って。
空条先生は色々な魔法に興味がありそうだったので、良かったら一緒にどうかなー、なんて。」

本来ならこんな珍しい内容に承太郎はすぐさま食いつくはずなのだが、眉間を揉みながら考え込むように皺を寄せている。

「……ネギ先生、わたしの記憶が正しければホレ薬を作るのは違法で、ばれたらオコジョ刑間違いなしのはずなんだが……。」

「はい、空条先生ならそう言うと思ってってええーっ、ウソ!? 僕もう少しで作っちゃうところでしたよ!」

「……魔法にそれほど詳しくないわたしが知っている事なんだが……。仕方ない、明日にでもわたしが読んだ魔法法律関係の本を貸そう。」

「うう、すみません。何か昨日からずっと修行を台無しにするような失敗ばかりです……う……うわーん!」

ネギは自分への情けなさからとうとう泣き出してしまった。

10歳というか実際には9歳のネギは、まだ2日間とはいえ常に年上の真っただ中に立たされている。

慣れていない環境もあってか、ホームシックのような部分もあったのだろう。

それに加えて前日に起こった騒動である。

歳不相応に見せようとしていた精神の堤防はわずかにひび割れ、感情が流れ出してしまったのだ。

「あー、ネギ先生。まぁ、その、失敗は誰にでもあるだろう。だからなんだ、泣きやんでほしいんだが……。」

しかしここで焦ったのは承太郎である。

たった2日間だけでも周囲からの自分たちへの認識は、ネギ=子供先生、承太郎=超厳しい先生となっている。

この状況だけを見られたら間違いなく、子供先生に説教をして泣かせてしまったなどと誤解されてしまう。

いくらなんでも昨日から非常にビビられ過ぎているので、これ以上悪印象を持たれたくは無いというのが嘘偽りない本音である。

だが子供のあやし方なんて育児経験が妻に任せっぱなしだったせいで皆無に近い承太郎が知っている訳もなく、とにかくなだめようと言葉を続ける。

「頭が良いのは分かるが、まだネギ先生は子供だ。未だ知らないことなど山のようにあるだろうし、何が正しくて何が悪いのかなんてのはこれから学んでいくことだろう。
それに子供のフォローは大人の仕事だし、わたしはネギ先生を責めているわけでもない。」

「それでも思っちゃうんです。僕みたいなのが上手くやっていけるのかどうかを。」

「担任なのだから胸を張って行動するんだ、そうすれば結果も生徒も後から付いてくる。
その行動が正しいのならばわたしは何も言わないが、間違っていたのならばすぐに正してやる。」

「グスッ、ま、また迷惑をかけてしまうかもしれませんよ?」

「その時はその時だ。安心しろ、叔父に会いに行ったら殺人鬼と戦うことになったこともあるくらいトラブルに慣れている。」

「プッ、あはは、そんなことあるわけないじゃないですかー。……でもおかげでなんとなく気分はすっきりしました、ありがとうございます。」

「……ふう、やっと泣きやんでくれたか。ただし今話した内容は本当だ、そこのところははっきりさせて置くぞ。」

やっと泣きやんだネギは、心なしか昨日よりも瞳の輝きが増しているようにも見える。

それは決して涙に濡れているからではない。

その小さい体に無理やり背負っていた重荷が幾分か軽くなったためだろう。

「本当にありがとうございます、おとう……いや、その、空条先生。
あのー、もし良かったら授業以外の時は『先生』ではなく『君』付けで呼んでもらえませんか?」

「別に構わないが……突然どうかしたのかネギ先生?」

ネギは頭を下げながら承太郎にお願いをするのだが、肝心の承太郎は会話展開に付いていけていなかった。

「あの、突然こんな事を言われると困っちゃうかもですけど、なんだか空条先生は『お父さん』って感じがして……。
僕、本物のお父さんにはほんの少ししか会ったことが無いので、父親というものを良く知らないんです。
昨日会ってからこれまで2日間だけですけど、英雄の息子としてじゃなく僕をきちんと叱ってくれる空条先生はお父さんみたいだと思ったんです。
だから普段は先生としてではなく、ネギという1人の子供として見て頂きたいんです……駄目ですか?」

ネギからの説明でやっと状況を悟ったが、予想以上に重い内容だったことに気づく。

実の父親を知らないで生きてきた子供、それはどんなに辛い事なのだろうか。

いや、努めて考えないようにしていたのだが、やはり徐倫とどうしても被って見えてしまうことが多い。

こうしてネギと交流を交わしているのも逃避なのだろうか。

答えは出ない。

「いや、駄目では無い。それでは今からそうさせていただこうか、ネギ『君』。」

君付けで呼んだだけなのに、ネギの顔はパァーっと輝やくような笑顔に変わった。

例え方がが悪いが、もし雪広あやかがこの場に居たら、鼻血の出し過ぎで憤死しているかもしれないほどの良い笑顔だ。

「それでは長々とお話しさせちゃってすみませんでした! それじゃ、僕はアスナさんたちの部屋に戻ります!」

「ああ、今日はお疲れ様、ネギ君。」

杖と書類が入ったリュックを勢いよく持ち上げ、軽快に走り去ろうとするネギ。

そんな後ろ姿に承太郎は、一言質問を投げかけてみた。

「ネギ君、始まったばかりで何だが今の生活は楽しいか?」

きょとんとした顔でこちらを振り向いたネギだが、さも当たり前であるかのような顔をして質問に答える。

「ハイ、辛いように感じることもちょっとありますけど、楽しいです!!」

そうして再び走り始めたネギの姿は、砂煙をあげながら瞬く間に見えなくなっていった。








『いやー、青春ってこう言うのなんでしょうか? 余りに昔過ぎてもう思い出せません……。』

ネギを見送っていた承太郎の背後から突然声が聞こえ、反射的にスタープラチナの右腕を背後に振りぬく。

間違い無く周りに誰もいない状況下での声だったので、「新手のスタンド攻撃か!?」とか若干考えながらの行動である。

しかし放課後にしていた約束を間一髪で思い出し、今まさに背後の人物に当たろうとしていた右腕をピタリと止める。

『いやあああああ、死ぬ! 死んじゃいますー……ってあれ? そういえば私、もう死んでるんでした……。』

案の定、背後にいたのは『授業終了後に後ろをついて来い』と承太郎自身が伝えておいたはずのさよであった。

麻帆良にはしっかりとした人物をポルナレ――もとい、おっちょこちょいにでもする効果があるのだろうか。

「……すまない、ネギ君の対応をしていてすっかり忘れていた。怪我とかは大丈夫か?」

『えっと、大丈夫です……。ほら、それにもう死んじゃってるわけですから、多分当たったとしても何ともないですよ。』

「……そう言ってくれると助かる。」

やれやれと少しだけずれた帽子を直しながら、承太郎の背後霊と化しているさよに向き直る。

『でも承太郎先生も不思議な力を持っていたんですね。ネギ先生は魔法って言っていたからすぐに分かりましたけど。』

「む? 魔法を以前から知っているような様子だな。
まさか幽霊には認識阻害が効いていないのか……いや効くわけがないな、そうまでする必要が無い。」

またまた幽霊についての考察を始めようとした承太郎だったが、冷静に今聞いた言葉を思い返してみると、無視できない事柄が含まれていたことに気づく。

杉本鈴美の時と比べてみると、明らかに無視できない項目が一つ。

鈴美はあくまでもこれを『不思議な力』として感じていただけのはずだ!

「……すまない相坂、これスタンドが見えるのか?」

スタープラチナの全身を完全に顕現させ、背後霊のように配置する。

『え? はい、勿論見えていますよ? 私みたいな幽霊と違ってとっても強そうな背後霊さんですね……。』

そう、相坂さよは『スタンドが見えていた』!

もしも『スタンドはスタンド使い同士で無いと見えない』というルールが幽霊にも適用されるのならば――

「相坂さよ、まさかお前は……。」

――彼女もスタンド使いで無いと矛盾してしまうのである。

『スタ……ンド? 何ですか、それ……?』








『引力』は時すらも超え、どんなものにでも存在する。








空条承太郎――幽霊生徒、相坂さよと接触!

ネギ・スプリングフィールド――憑き物が取れたような晴れ晴れとした表情で部屋に帰ったが、そんな表情だったためか逆に明日菜に心配される。

相坂さよ――麻帆良学園中等部2-A、出席番号1番、『スタンド使いと思わしき幽霊』。
        自分でも知らなかった体の秘密を教えてくれた承太郎に、己の願いを伝える。


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/  


後書き:
さよの幽霊としての設定は『デッドマンズQ』とは違います。

そうでなければとっくに2-A教室で死んで(?)しまいますから。

このSSでは生前に罪人であった場合のみ、『デッドマンズQ』の幽霊設定を適用させます。



[19077] 9時間目 暗闇の迷宮②
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/06/29 02:17
さよがスタンド使いではないかとの疑惑が浮上した後、承太郎は学校周辺を歩きながらさよと会話していた。

ちなみに誰にも見えないはずのさよとそのまま会話していたら承太郎の社会的地位が危険なので、周囲には携帯電話で話しているように見せている。

「つまり、相坂は自分に存在感が無いから周りの人に見えていないと思いこんでいたんだな。」

『はい……。私ってば学校に縛られている地縛霊じゃなくて、幽波紋スタンドって種類の浮遊霊だったんですね。」

「厳密には違うが、まぁ大体そんなところだ。
見える人物は限られているし、もし見えていたのならば警戒していたんだろう。おそらく『新手のスタンド攻撃か!?』とな。」

『うう、私ってそんなに攻撃的に見えますか……。』

「うおっ!? ……相坂、その気合を入れた顔はやめておけ。割と怖かったぞ。」

『ご、ごめんなさい承太郎先生!』

どうやらネガティブな感情になると顔の造形がホラーなものに変わってしまうようだ。

数々の修羅場を潜り抜けてきた承太郎ですら若干ビビってしまうような造形であるため、ただの女子中学生がそのシーンを見たら間違いなく話しかけようとはしない。

さよの事を見る事が出来た者が彼女を避け続けた理由はこれなのだろう。

さよは強面な承太郎の軽く引いた顔を見てショックを受けたが、直ぐにプルプルと頭を振って造形を元に戻す。

『こ、これで大丈夫ですか?』

「ああ、元通りになっている。しかしあの顔だと下手するとお前を見える奴に攻撃されるから、意識して出さないようにしておけ。」

『はい、分かりました……。』

今度は顔の形は変わらなかった。

どうやら意識するだけでどうにかできる体質であるらしい。








「……意識するだけで動作を制御する、か。もしかすると相坂はスタンド使いでありながら、自身の体そのものがスタンドヴィジョンであるのかもな。」

だがその様子から承太郎は、さよがスタンド使いであることを完全に確信した。

『? 私がスタンドでスタンド使い……自分で自分を操っているってことですか?』

「多分な。 スタンドとは精神力と生命力を用いてヴィジョンとして形作るもののこと。
スタンド使いになるには素質と強い精神力が必要となるんだが、素質があって死ぬ瞬間に強い思いを抱えていた者はどうなるのか?
おそらくは本体の魂自体がスタンドとして変質して、死んでしまいそうな体の中にある生命力を使ってスタンドになるのだろう。」

以前知り合いに聞いた話からも推測しているんだがな、と承太郎は付け足した。

「自分が死んだ場所に特別な思いがあるわけでもなく、自分を殺した特定の人物に恨みがあるわけでもない。
相坂はあくまでも自分のスタンドに行動を縛られ続けている幽霊なんだろう。」

『おおー! それじゃ私は自分で自分を束縛しているから、地縛霊ならぬ『自縛霊』なんですね!』

瞬間、余りの寒さに空気が凍る。

承太郎はもとより、さよの声が聞こえていないはずの周囲の人々まで寒さを感じているようだ。

射程距離はホワイト・アルバムは静かに泣くジェントリー・ウィープスよりも遥かに広大である。

しかも瞬間的に射程内の人々を氷漬けにしているのだから恐ろしい。

なお、氷漬けにした本人は絶賛どや顔中である。

「オホン!」

だが承太郎の咳払いで滑った事に気付き、その白い肌を真っ赤にして『い、いや、違うんですー!』と手をぶんぶん振り回して涙目になった。

幸いにも承太郎は聞いて無かったことにしてあげたため、空気は先程までの緊張感あるものに戻る。

それによって空気の冷凍も治まり、「何だったんだろう、今の?」とか思いながら人々の行動は再開された。

……さよの涙目はしばらく治らなかったが。








「スタンドであるなら何かしらの能力があるはず。
わたしは先程からいくつか能力の推測を立てていたのだが、おそらく相坂のスタンド能力は『幽霊として振る舞う能力』だ。」

さよから道中聞いた話によると、気合を入れれば血文字やポルターガイスト現象など、比較的ポピュラーな心霊現象を起こすことができるらしい。

しかしそんな事を長い時間この世に留まり続けている幽霊全てが出来るのならば、吉良吉影はとっくに杉本鈴美に殺されていた。

どう考えてもさよより杉本鈴美の方が精神力が勝っているのは間違いない。

「幽霊は強い精神を持っていれば、特定の対象を求めて行動することができる。
振り返ってはいけない小道の幽霊は『振り返ってしまった者をあの世に送る』、杉本鈴美は『自分を殺した相手を殺し返すまで消えない』といった形でだ。」

『それだと私はどうなるんでしょう?
誰かしらに恨みも無いですし、学校に縛られてはいますけど、学校周辺って限定された地域内なら割と自由に動けますよ?』

「わたしもその点が気になっていたんだ。さっき言った通り、相坂は『自分の信念に縛られている幽霊』のはずだ。
だがスタンド能力が私の思った通りなら、その謎には答えが出せる。」

いつの間にかコンビニの近くまで歩いてきており、承太郎が止まることによってさよもつられて止まる。

「確かこのコンビニからちょっと行くと進めないんだったな?」

『そうですね、ここまでは何故か出歩けるんです。』

「それがそもそもおかしいんだ。ここは麻帆良学園都市。言ってしまえば『この都市全てが学校』と言っても過言じゃない。
ならば何故、麻帆良女子中等部周辺にのみ縛られているんだろうな。」

『それは……私は教室で幽霊になっている事に気付いたから……。』

「おそらくはその時に刷り込みインプリンティングをしてしまったんだろうな。
『私はこの教室の地縛霊だから、この周辺しか移動できない』とな。
まだ死因ははっきりしていないから何とも言えないが、『教室の地縛霊ではないから、ここに縛られることは無い』と意識できればどこへでも行けるはずだ。」

そう言って承太郎はコンビニから駅の方へ歩き出す。

さよも付いていこうとしたが、突然見えない壁に阻まれたかのように止まってしまった。

『やっぱり駄目です、ここからは進めません。』

「……やはり長い時をかけて刷り込まれた認識は早々変えることはできないか。」

直ぐに振り返り、さよが立ち止まったところまで戻る承太郎。

孤独が嫌だというさよに対して割と血も涙も無い事を何も説明せずに行う点は、流石承太郎と言うべきか。

いや、決して人に誇れるようなことじゃない。








「仕方ないが今日はここまでだ。そろそろ家に帰らないと妻の機嫌が悪くなるからな。」

『あ、長々とお付き合い頂いてありがとうございました。』

さよはぺこりと頭を下げるが、どうも浮かない顔をしている。

「まぁ、とりあえずわたしは明日までに相坂の死因などを調べて来る。
明日も同じように携帯電話を隠れ蓑にして会話はできるが……やはり一人で教室にいるのはさびしいのか?」

『いえ、もうそれには60年以上の中で慣れちゃいました。』

寂しげに笑う彼女の眼には嘘を言っている様子はないが、何かを伝えようとする決意が見えていた。

さよは何かを逡巡するようにしていたが、やがて手を固く握り締め、意を決して口を開く。

『……承太郎先生、一つお願いをしても良いでしょうか?』

「む? ああ、わたしに出来る範囲の事であれば構わないが。」

『それでは一つだけ……私を、此処から連れ出して欲しいんです――』

こうして承太郎は、さよが囚われ続けている迷宮の出口を探すことを了承したのだった。
















(教師用ログイン……完了。次に全生徒名簿からの相坂姓の生徒検索開始……相坂姓該当者複数、親族か?
ならば絞り込み検索、名前は相坂さよ……該当1件、これか。)

現在深夜0時、承太郎は新たな自宅のパソコンから麻帆良の教師用データバンクにログインしていた。

そんなことをしている理由は、覚えていることは自分の名前くらいしかないさよの事を書類情報から調べるためである。

生前の人格などは詳しく把握できないだろうが、少なくとも幽霊になったタイミングと死因だけは分かる。

予想外だったのは麻帆良学園の生徒名簿は時代の波に合わせて全て電子情報化処理済みであるため、短時間で簡単に見つけることが出来てしまった事だ。

第2次世界大戦の折に麻帆良学園への被害がほとんど無く、また書類の保存状態が良かったために、データバンクには文字通り全生徒情報が入っている。

しかし入力には多大な時間がかかるわけで、ならば一体どれだけの労力をかけてこのデータバンクを作り上げたのだろうか。

承太郎は後日知ることになるのだが、麻帆良大学工学部のガイノイド軍団フル稼働した結果である。

そりゃアイカメラで見た紙の情報をリアルタイム通信で登録していくだけだから、人間のタイピングより早いに決まっている。

閑話休題。








そして今、承太郎のPC画面には当時の名簿をスキャンした画像と、書かれていた文章を見やすいようにテキスト化したデータ、その2つが映し出されていた。

(麻帆良学園女子中等部所属生徒、名前は相坂さよ、1925年生まれ、没年1940年……やはり60年以上教室に縛られているのか。
当時の成績と素行はどちらも良好、問題を起こしも起こされたりも無し、目立たない生徒だったが友達は多かった、と当時の担任が書いているな。)

色あせた名簿用紙に書かれた当時の担任のメモには、他にも『彼女を卒業させてあげられず無念だった』と書いてある。

余程悔しかったのだろう、用紙の隅に何か――おそらくは涙だろう――で濡れた跡が残っていた。

また、テキストデータには文集へのリンクが張られており、生前書いた短歌が残されているようだ。

開いたページに映るのは『石蕗を 植える小さな 彼女の手 時がみちるを 楽しみにして』という短歌。

綺麗な短歌だが、どこか物哀しい印象を与えてくる作品だった。

だが承太郎が感傷に浸ったのは数瞬、その短歌を画面の隅に移動させながら、継続して関連情報を開いていく。

今必要なのは悲しむことじゃない、承太郎はそう割り切って作業を進めて行った。

しかし通常権限で見れる情報に生徒の死因などが書かれている訳もなく、名簿データからの情報では行き詰ってしまう。

(……さすがに生徒の死亡原因は名簿に書かれていないか。なら特別教師権限で麻帆良附属病院のカルテを探すか。)

名簿データがだめなら病院の患者データ、承太郎は通常なら見ることのできない病院のデータバンクへのアクセスアイコンをダブルクリックした。

実は魔法先生と同等の権限を持つ『スタンド先生』である承太郎なら、麻帆良にある大抵の情報へのアクセス権を保有している。

冷静に考えてみたらプライバシーの侵害に当たるかもしれないが、そんなことを気にしていたらSW財団の仕事なんで出来やしない。

過去にはジョセフによって隠されていた写真から仗助の素性を1から10まで調べ上げたのだから今更である。

(相坂さよに関するカルテ……思ったよりも少ない。これで病気による死は除外できるな。)

カルテももちろん情報化済みであるため、名簿からページを飛んで病院の内部ページへと進んで、さよに関するデータを漁っていく。

しかし承太郎が可能性の一つとして考えていた病気による死は、カルテの内容を見る限りではありえないことが早々に判明した。

ならばなぜ15歳という若さで彼女は死ぬことになったのだろうか。

それを知るために、承太郎は一つ一つのカルテを丁寧に読み進めて行く。

そして、カルテの中で最も新しいもの――それでも60年以上前のではあるが――にたどり着いた時、彼は真実を知ることになった。

(これだな、相坂さよの死亡時のカルテは。さて、死因は……!?)

そこに書かれていた死因は、承太郎の予想から大きく外れたものであった。

それもそのはず、こんなものは『悲劇』としてしか言い表せない内容だったからである。

こんな死に方を予想できる奴なんて居る訳がない。

居たとしても、頭の中がネガティブで感情でいっぱいになった狂人くらいだ。

(この証言からすると彼女の家族は……関連して親族の情報と現場の現状の検索開始!)

さよが死んだ原因の切欠の一つに関する重要な証言があり、すぐさま家族と現場の情報を探り始める。

そうして出てきた彼女の母親の情報には、さよが死ぬ以前にすでに亡くなっているという事実が記載されていた。

一方現場の情報には、最近補修がされた事と『とある花』についての情報があった。

(……しかしどうする? この事実を伝えたうえで『あの場所』に行けば、間違いなく記憶が呼び起こされるはず。
だが記憶が戻った事によって成仏であれ暴走であれ、その時相坂は『どうなってしまうのか』? 
……判断材料が少なすぎるが、やるしかないのか。)

真実は時に残酷であり、真実は時に救いとなる。

だがこのままでは完成したばかりの特効薬を直ぐに患者に飲ませるようなもので、余りにリスキーだ。

少なくとも、さよが望んでいる『此処で無いどこかへ行きたい』という望みは叶えられる事になるが……。

(結果だけを考えていても仕方がないな。過程があるからこその結果、ならばわたしは過程で手を出すだけだ。)

考えをまとめた承太郎はPCを速やかにシャットダウンし、寝室へと足を運ぶ。

妻の寝息が聞こえるため、暗殺者もびっくりなくらいに気配を消してベッドへと入る。

(わたしに今できることは『先の見えない迷宮』に明かりを射してやる、それだけだ。
その先に何があろうと、あとは相坂が決めたうえで進んで行くだろう。何せ――)

スタンド使いだからな。

そう呟いた後、気疲れからか早々に眠りに落ちる。

承太郎が久しぶりに見た夢は、黄色い花が一面に咲く花畑で佇むさよの夢だった。








9時間目 暗闇の迷宮②








『私の本当の死に場所が分かったんですか!?』

次の日の放課後、同じように携帯電話を片手に歩きながら承太郎とさよは『ある場所』に向かって歩いていた。

ただし『ある場所』の詳細についてはまだ承太郎しか知らない。

さよはただ後ろについて歩いて――正しくは浮いて――いるだけだ。

「ああ、死因は台風の日に外出した際、頭に飛んできた瓦礫で頭を強打した事によるものだ。
死亡診断書によれば目立った傷は無いのだが、脳に強い衝撃が加わったことによって脳内出血を起こし、そのまま現場で死んでいるのが見つかったらしい。」

『うう、誰にも看取られなかったなんて、可哀そうな私……。』

本当の死因を知ったは良いが当人に記憶がないため、第三者に対して泣くような形になってしまっているのが奇妙だ。

現状を考えると、人間としての自分は死んでいるはずなのに、幽霊として自分は存在していることによるパラドックスなのだろう。

肉体は死んでいるのに精神は死んでいない、これは果たして死と言えるのだろうか。

(少なくとも今考えることではないな。まぁ一応は興味深い事例だ、後でSW財団の哲学者にでもデータのサンプルを送るか。)

……なんというか、承太郎は空気が読めない質のようだ。

こんな事だから妻が愛想を尽かしかけていたのかもしれない。

「ともかく、これで相坂は教室に縛られることは無い事が分かったな。
もう少しで今までの活動限界地点に差し掛かるが、覚悟は良いか?」

『ぐすっ……教室の地縛霊じゃないって思いこめばいいんですよね?』

返事に力がこもっているのは分かるが、泣いていたためか声が少し掠れている。

しかし必死に涙をぬぐっている様子を見て、何か含みのある微笑み方をする承太郎。

さよはそんな突然の承太郎の微笑みに、何か変な事でもしたかと慌てて自分の体を確かめ始めた。

「……泣いていたから気付いていなかったようだな。周りを見てみろ、既に『ラインは越えている』。」

『ふぇ……ええーーっ!?』

冷静になって周囲を見渡してみると、昨日進む事が出来なかったコンビニの少し先に進み終わっているではないか。

涙を拭って泣きやむことに集中していたため、全くと言っていいほど気付けなかったのだ。

「相坂は普段から無意識のうちに『進めない場所』というのを定めていたらしい。
だから周りを良く見ていない状態で進んだら、前を阻む壁がなくなったという訳だ。」

またしても何も説明してくれないまま進ませた承太郎に向かって、さよは頬を膨らませながら全力で抗議する。

『むぅー! 承太郎先生って意外と意地悪です!』

「それに関しては謝罪する。だが上手くいっただろう?」

『上手くいったとかそうじゃなくて、とにかく納得できませーん!!』

「だからこうして……うおっ!? 相坂、屋外でポルターガイストはやめてくれ!」

『自業自得ですよー!』

さよはそこら辺にある石ころを周りの目を気にせず承太郎に向かって一斉に殺到させる。

対する承太郎は精密動作性Aのランクに恥じないラッシュで叩き落としていく。

お互いに全く意識していないが、実はハイレベルなスタンドバトルを繰り広げていた。

後日2人は口をそろえてこう語ったという。

「「本当に人が見ていなくて良かった(です)。」」








だが、『人でない者』ならばこの場を目撃していたようだ。

「マスター、空条先生が何者かと戦闘に入ったようです。いかが致しますか?」

『こちらからは手出しするな、このまま録画を続けていろ。どうせお前には何も見えていないだろうからな。』

「了解です、マイマスター。」

『……しかし奴にあれほどの力があったとは、人は見かけに依らないものだな。』

「見かけに依らないという点ならマスターも結構なものだと思いますが。」

「おい×××! 後で酷いからな!」

……謎の人物たちとの『引力』は、まだ遠い。








15分程歩いた承太郎とさよは、補修作業が終わったばかりらしい麻帆良学園時計塔前に来ていた。

数年前に取り壊される予定だったが、学園長のたっての希望、及び麻帆良学園創立初期からある建築物としての価値により補修工事をすることになったという。

古びてヒビの入った塀には埋めた跡があり、塀の上から見える時計塔の建物自体もずいぶんと新しく見える。

『ここが私の死んだ場所……。』

「ああ、間違いなくここで死んでいる。台風の日に此処に来て、目の前にある石造りの塀から飛んできた瓦礫に因って死亡したらしい。」

『……でも私ってば何で台風の日にこんなところに来てたんでしょう?』

「それは今から敷地内に入れば分かるはずだ、行くぞ。」

『は、はいっ!』

見たところ建物の保存のために門には頑丈そうな鍵が掛けられているが、心配無用。

予めこの地域担当の事務員であるホル・ホースに門のカギを借りていたため堂々と入ることができる。

もし鍵が借りられなかった場合は塀を飛び越える予定だったから、ぶっちゃけるとあんまり関係ないのだが。

やがて鈍い音を立てて開け放たれた門の先には、補修されたばかりの時計塔と――

『……これ、石蕗の花?』

―― 一面に広がる石蕗の花畑が存在していた。

「以前は此処に小さな花壇があったらしい。
そこで育てていた石蕗がいつの間にか増えて、これだけの花畑を形成していったそうだ。」

『……っ!?』

承太郎がこの場所の説明をしていると、さよは急に何かを探すように動きまわり始めた。

(どうやら記憶の一部、もしくは全てが蘇ったらしいな。だが問題はここから……。)

当初の目論見通り、さよはこの場所に来た事によって眠っていた記憶が呼び起こされたらしい。

今のところスタンドが暴走する様子は無いが、不安定な精神では事態がどう転ぶか分からない。

承太郎は不測の事態に備え、静かにスタープラチナを構えていた。








やがて目的のものが見つかったのか、さよは足元の一点に注目したまま動きを止めてしまう。

そこは花畑の中でもかなり奥の方であり、花の広がり方を見るにおそらくは元々の花壇があった場所なのだろう。

承太郎は足元の石蕗を必要以上に踏まないようにしながらさよの元へと向かっていき、途中から変わった靴裏の感覚から一旦足を止めた。

見ると、やはり花壇がそこに存在していたようで、朽ちた煉瓦の囲いが続いている。

割と近くにいるさよは、その煉瓦の内の一つに釘づけになっているようだ。

近寄って覗き込んで見ると、そこにはたどたどしい文字が彫られていた。

<おかあさんとおねえちゃんがかえってきますように>

不自然な書き順ででつながっていることから、真ん中の『とおねえちゃん』の部分は後から書き加えられたものであるらしい。

(これは恐らく――)

『……妹は誰に吹き込まれたのか、この花壇が石蕗で一杯になったら母親が帰ってくるって信じてたんです……。』

承太郎の思考を遮るように、さよは文字を見つめたまま語り始める。

『花壇に願い事を書いて、一生懸命に石蕗の世話をしている妹の様子を見て、私には笑うことしかできませんでした。』

目からは既にとめどなく涙が溢れていたが、零れた涙は地面を濡らさずに虚空へ消えて行く。

『あの時も、妹の花壇を守ってあげたくて、それで私は!
私は、ただ妹のためにっ、妹の花壇を守るために……!』

一瞬、場の空気が殺伐としたものに変わる雰囲気がしたが、すぐにその気配は霧散していく。

『……私は、誰も恨んでなんかいなかった!
瓦礫が当たって薄れて行く意識の中、このまま死んでしまっても良いかななんて思っていたんです!!』

それは己に対する悔しさか、憤りか。

『でも最後の最後で怖くなった! 妹を一人にしちゃう事に最後の最後に気付いた!
だから願ったんです、死にたくないって! だから60年以上彷徨う事になったのは、私の、私の……っ!!』

そして心が耐えられなくなったのか言葉が詰まり、両手で顔を覆って唯々泣き続ける。

その間、承太郎は身じろぎ一つせずにさよを見守り続けた。








「……石蕗を 植える小さな 彼女の手 時がみちるを 楽しみにして。」

そうしてどれくらい経ったのか日も落ちかけ、さよの嗚咽が収まってきた頃に、承太郎は昨日見つけた短歌を口にする。

「相坂が生前に残した短歌だ。覚えているか?」

『ぐすっ……覚えています、というよりさっき思い出しました。
妹が石蕗を植えている様子を見て考えついた短歌で、先生やクラスのみんなから褒められた作品です。』

先程まで泣き続けていたために目は真っ赤で、瞼も腫れ上がっている。

だというのに、何処となく顔つきが明るくなっている風に感じる。

「相坂の妹は石蕗の花言葉通り、ずっと花壇の手入れを続けていたそうだ。
雨の日も風の日も、大きくなって死んだ者が生き返らないことが分かっても、ただひたすらにな。」

『石蕗の花言葉、ですか?』

「……もしかして知らなかったのか?」

承太郎の説明で出た石蕗の花言葉をさよは全く知らないようで、返事はコクンという小さいうなずきだった。

承太郎は苦笑いを浮かべながら、さよに石蕗の花言葉を伝える。

「石蕗の花言葉は『困難に傷つけられない』。
相坂の妹はどんなに心と体が傷ついても花壇の世話をし続けた。
魂が困難に傷つけられない強さを持っていたんだよ、お前と同じようにな。」

『……私は困難に傷つけられてばっかりですよ?』

「そんなはずはない。60年以上彷徨い続けても、どんなに孤独で辛くても、お前は自我を保ち続けた。
並みの者ならばとっくに狂って、悪霊として他人をこちらに引きずり込んでいただろう。」

『それでも私は――』

「相坂は諦めずにいたから、今こうして迷宮の出口へと案内する者と出会えたんだ。
これはわたしの功績ではなく、お前の功績なんだ。」

その言葉を聞いて、再び涙を流し始めるさよ。

だがその涙は先程までのものとは違う意味を秘めていた。

その証拠に、さよは涙を流しながらも穏やかな笑みを浮かべている。

『……私を迷宮から連れ出していただいてありがとうございました。』

「まだ出口にはもう少しだけある。それに迷宮の出口からお前を連れ出すのはわたしではない。
他ならぬ相坂自身で出て行かなければならないんだ。」

『ふふっ、最後まで意地悪ですね、承太郎先生は。
でも分かる気がします、わたし自身が出口に向かわないといけないって。』

さよは涙を全て拭い、自分の体を抱きしめるような体勢になる。

これはスタンドが己自身であるがこその最適な体勢であると言えよう。

『お願い、私のスタンド……。』

自身の体を強く抱きしめると、やがてさよの体が光に包まれる。

光に包まれると同時、幽霊としての体を構成していた粒子状のものが剥離して消えて行く。

「……行くのか、相坂。」

『ええ、本当にご迷惑をおかけしました。』

「迷惑なんかじゃない。生徒の相談に乗るのは教師として当然だ。」

『あはは、本当に承太郎先生が副担任になってよかったです。』

話しながらも体はだんだんと消えて行き、もう残すところは首から上のみという状態。

だから次が最後の言葉になるとお互いに理解し合っていた。

『……さようなら、承太郎先生。』

「……さよならだ、相坂。」

「『また会えたらいいな(ですね)。」』








こうして、相坂さよはこの世から姿を消した。
























……消した、はずだった・・・・・

『あ、おはようございます承太郎先生。』

次の日の早朝、さよの席へ花を手向けようとした承太郎の目に映ったのは消えたはずの生徒の姿。

写真に映った姿と同じく、古い形式のセーラー服を着たさよがはっきりとそこに存在していた。

何というか、スタンドも月までブッ飛ぶこの衝撃!

承太郎は余りの衝撃に、額に手を当てて最近多くなった頭痛を堪える。

あれだけ感動的な別れをしたのに、色々と突っ込みたいところが多い再会になってしまった。

『いやー、承太郎先生の授業をもっと受けないまま消えるのが嫌だと思っていたら、いつの間にかここにいましたー。』

「……そうか。」

『そうそう、それとこのスタンドに名前を付けたんですよ!』

「……そうか。」

承太郎はとにかく疲れて――憑かれてでも合ってる気がする―― 一時的に考えるのをやめているようだ。

それに比べてさよは生気は無いが元気いっぱいだ。

『名付けて『暗闇の迷宮メイズ・オブ・ザ・ダーク』!
出口の分かった迷宮なんて怖くないんですよ。ね、先生っ!』








空条承太郎――HRが始まるまで停止していたが、チャイムの音で復活。

相坂さよ――スタンド名『暗闇の迷宮メイズ・オブ・ザ・ダーク
        一度消滅したように見えたが、スタンドの能力で復活。


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/  

後書き:
ここからしばらくのスタンドデータは、図書館島編が終わったころに投稿しますのでお待ちください。



[19077] 10時間目 徐倫の新たな日常
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/07/05 23:29
2月20日火曜日、現在昼休みの真っ最中。

2-A教室には学食棟に行かず、お弁当を作ってきた女子が互いの机を合わせて島にしながら昼食にしている。

そんな中、先週の頭に転校してきた空条徐倫は、神楽坂明日菜、近衛木乃香、長谷川千雨の4人でグループを作っていた。

「うーん、ママの作った弁当はやっぱり最高ね。でも木乃香が作った煮物も同じくらい美味いわ。
そうそう食べさせてから何だけど、千雨はこの弁当の味付け、口に合う?」

「いや美味いよ。美味いけど……なんで私はお前らと食事してんだろうな。」

ずいぶんと分厚いミートローフを頬張りながら、ジト目で明日菜と木乃香をみる千雨。

「んー、徐倫ちゃんの様子を先週からずっと見てて、なんか長谷川さんとばっかり会話してたからなー。」

「そうそう、せっかくだからもっと知り合いたいじゃない? そんでもってお弁当を出し始めてたからついでにどーかなーって。」

明日菜と木乃香はおそろいの弁当を食べている。

その理由は木乃香が料理上手で、食費を浮かせるために弁当を作っているためだ。

ご飯にはふりかけ、おかずには出し巻き卵とタコさんウィンナーと前日の残りである野菜の煮物、それに彩りを加えるためのブロッコリーが入っている。

ちなみに同室のネギにも同じものを作っており、今頃は職員室で同じものを食べているはずである。

「それにしても徐倫ちゃんのお弁当もすごいわー。
なんかいかにもアメリカ人っぽい弁当なんかなとか思ってたら、日本でも定番のおかずが入ってるんやもん。」

「アメリカっぽいって……一応ママはアメリカ人だけど、『あいつ』はイギリス系ハーフではあるけど生粋の日本人だからね。
日本的味付けが一番好きだっていうから、好みの料理を必死でおばあちゃんに教わったらしいわよ。」

徐倫と千雨もおそろいの弁当を食べてはいるが、作ったのは彼女たちではない。

既に話している通り、徐倫の母親が作ったものである。

ご飯はおかかの載ったのり弁、おかずには卵焼きとミートローフ、マカロニチーズに里芋の煮っ転がしが入っている。

徐倫は寮生活なので外食ばかりだと栄養が偏るからと言って毎朝早起きして作り、教室で会う承太郎に持たせて渡しているのだ。

……そう思うならもう少し料理を教えればよかったのにと言う突っ込みは禁止。

また、千雨の分も作っているのは単純に同室で暮らしている彼女へのお礼の代わり。

実は夫と娘の仲を取り持つための切欠になればと思って転校してきた週の火曜日から始めたのだが、今のところ千雨経由でしか渡せていないのが現状。

承太郎は徐倫に凄絶に嫌われているため、近づくだけでファイティングポーズをとりながら避けられるからである。

閑話休題。








なにはともあれ、4人はせっかくだからとおかずの交換をしながら食事を続けている。

「でもこのマカロニチーズってのと、普通にハンバーグみたいなミートローフは本当に美味しいわ。あーん、幸せー。」

「美味しいのは当然、っつーか2つともかなりカロリー高いから気を付けなよ? アメリカ人がデブになる原因の一つとして有名な料理だから。」

「うぇっ!?」

「あーもうアスナー、箸からマカロニ落ちたでー。」

地味に体重コントロールを気にしていた明日菜は衝撃の一言に体を硬直させておかずを取り落とすが、長年の親友である木乃香が直ぐに後始末をした。

どちらかと言うと母親と手のかかる娘のようである。

しかしながら女3人寄れば姦しいというが、それが女子中学生ならなおさらと言ったところか。

実際には4人いるのだが、千雨は傍観者に徹しているため物静かだ。

「食べるか喋るかどっちかにしとけよ……。」

悲しいかな、千雨の突っ込みは3人には全く届かなかった。








「しっかし先週から教室の雰囲気が変わったよな、授業中なんか特に。」

弁当も食べ終わり、繋げたままの机にだるそうに頭を預けている千雨がこぼす。

「そりゃ間違いなく『あいつ』のせいっしょ。もし担任が子供先生だけだったら間違いなく授業進まないくらい騒いでたと思うわよ。
1週間このクラスで過ごしてきたけど、もう断言できるくらいには理解したわ。」

徐倫はすっかりこのクラスに馴染んでしまったようで、何がどうなるのかの予想すら立てている。

「ちなみに騒ぐだろうなーとか思ってるのはアスナと鳴滝姉妹、それにチアリーダー3人組かな。」

「あはは、全く否定できないわね。」

「アスナなんか特にそうやもんなー。初日も消しゴム飛ばしてたりしたし。」

「はうあっ! ううー木乃香ー、分かってても言わないのがお約束でしょ!」

明日菜はいつもの事なのだろうか、木乃香の突っ込みに怒っているのだが、反対の席にいる徐倫は木乃香の容赦ない一言に冷や汗をかいている。

とりあえず気になったことを隣でだれている千雨に小声で聞いてみる。

「……ねぇ千雨、木乃香ってもしかしなくても強い?」

「んあー? そういや近衛と那波に関してはクラスで勝ててるやつを見たことないな。」

「人畜無害そうな大人しい顔して、人は見かけによらないわね。」

「あのぬらりひょんの孫だからな。」

「……オーケー、理解したわ。」

学園長の孫なら仕方ない、というのがクラス内の共通常識なのであった。

これが心で理解できた今、徐倫は真の意味でクラスに馴染めたと言える。

……言える、のだろうか?








「そう言えば気になってはいたんだけど、何で徐倫ちゃんって空条先生と仲が悪いん?
なんかいっつも『あいつ』って呼んどるからおっかしいなーと思って。」

「ちょっ、木乃香!? 今までの会話からの脈絡ないし、しかも一番聞きづらい事をズバッと聞いたわね!?」

先程の一言から発展した明日菜とのじゃれあいをしながら、木乃香が徐倫へと首を向けて質問する。

明日菜も一応は注意をするのだが、やはり自分も気になっていたのか強く止める気はないようである。

質問の内容に徐倫は一瞬だけムッとするものの、すぐに観念した様な顔になって語ろうとする。

「んー、まぁ別に隠すことじゃないしね。あいつを嫌っている理由は単純よ?」

語ろうとするのは良いものの、やはり苛立ちの方が先に来るのか椅子の座り方をラフな形にする。

具体的には背もたれに思い切り寄りかかって、倒れるか倒れないかのギリギリのラインで足を組みながら座っているのだ。

「――今まで生きてきて、あいつから父親らしいことをしてもらった覚えがない、それだけよ。」

そう言った徐倫は左腕に入れた蝶のタトゥー部分を強く掴んだ。








10時間目 徐倫の新たな日常








「物心ついた時には、既にあいつが自宅に帰って来る日は1年間でほんの少ししかなかったわ。
せいぜいがママと私の誕生日、それに収穫祭とクリスマス程度かしら。」

「1年間に1週間あるかないかって事!? 」

ため息をつきながら語り始めた内容は、最初からハードな物であった。

その余りの内容に明日菜が素っ頓狂な声を上げてしまい、話好きな生徒たちが一斉に耳を立て始めてしまう。

「いや、そこまでではないけど大体そんな感じ。他にも帰ってきてた日はあったんだろうけど、正直印象が薄すぎて覚えてないわね。
多分家に帰って来ていても私に構っている暇は無かったんでしょうよ、帰って来た当日と次の日のママの態度がすごく変わってたしねー。」

なんというか身も蓋もない補足に、分かってない生徒は頭上にハテナマーク、うぶな生徒は赤面、耳年増な生徒「ほぅ……」と興味深そうにし、ネタが無かった漫画家志望は目を輝かせていた。

……最後の奴は承太郎をネタにした事がばれたら死ぬんじゃないだろうか。

「いっつも帰ってくるときには大量の書類を持ってきて、論文とかを書くために自室にこもるの。
ただ、意味の分からない工芸品、それと無駄に多い生き物の写真を土産に持ってくるのよ。」

「私はそれでも良いと思うんやけどなー。」

「……ならこう言えばいいかしら。
私に渡すだけ渡して、土産の内容もそこに至る経緯の説明も一切しないの。渡すだけで終了。」

「あー、それはあかんわー。」

もうこの時点で承太郎の擁護に回るものはほぼいなくなり、持ち直し始めていた承太郎の評価がストップ安まで落ち込んでしまっていた。

ファザコンである裕奈がいれば何とかなったかもしれないが、生憎と冬限定メニューの学食を食べに行っているため不在。

つまり現状ではどうしようもないのである。

承太郎、現在何も知らないまま職員室で食事中。

合掌。








話しているうちに徐倫はイライラがピークに達したのか、とうとう足を机の上に乗せてしまう。

「あいつは一切家の事を省みようとはしなかった。例えば8年前、1999年の話ね。
わたしが高熱を出してぶっ倒れた時も、曾お爺ちゃんの隠し子だか何だかに遺産相続の話をしに日本に行ってたのよ。
ちなみに帰ってきたのは全快してから。いくら電話しても戻ってこないから、ママが久しぶりにブチギレていたのが印象的だったわ。」

「高熱ねぇ……。参考までに聞くが何度くらいだったんだ?」

「確か42度よ。遊んでいる途中で意識が飛んじゃってたらしくて、気付いたら病院だったわ。
何度か本気で死にかけてたから、医者も2日間貫徹で付きっきりでいてくれたんだってさ。」

「……なんかすまん。いや、さすがにそこまでやばいとは思わなかった。」

珍しく千雨が他人へのフォローを入れようとしたのだが、大失敗。

見事なまでに承太郎の墓穴を掘り切ってくれた。

「後で聞いた帰ってこれなかった理由なんて最悪よ? 何が『隠し子が命を狙われていた』よ! 子供だってもう少しましな嘘つくっての!」

「でも海賊に襲われていたこともあったんだからありえるんじゃないのか、それ?」

「何がどうなったらそんな三文小説みたいなことが起こるってのよ、常識的に考えて。」

「いや、結構あるんじゃねえのかなぁ……。」

「……?」

この時徐倫以外には気付かれなかったようだが、千雨は最後に何かを言おうとしていた。

まだ2週間前後の付き合いであるが、それなりに人を見る目がある徐倫には隠しきれない。

「ねぇ千雨、今何か――」








「ちょっとよろしいかしら?」

だがそれが何かを問いただそうとした瞬間、予想だにしなかった人物が割って入ってきた。

「ん? なによ、えーと……確か『雪広いいんちょ』だっけ?」

「あやかです! あ・や・か!!」

「ああゴメンゴメン睨まないでったら、もちろん冗談だってば。んで何か用?」

どう考えても不良少女にしか見えない――大体あってる――徐倫に話しかけるのは、良いとこのお嬢様である雪広あやかである。

いつも通りの長い金髪をさらさらとなびかせながら不良に近づいていく様は、よくある学校バトル漫画のワンシーンのようだ。

……原作的に考えるとあながち間違いではないのだが。

「とりあえず足を机からおろして下さらないかしら。その……下が丸見えではしたないですし。」

先程も言ったように、現在徐倫は机の上に足を乗せている。

常識的に考えてマナーが悪いということもあるが、もっと別の問題もある。

当然のことながら女子中等部の制服の下部分はスカートであり、そんな体制をしていたらどうなるのかは自明の理。

もう見えてると言うか逆に見せているんじゃないかってくらい丸見えだ。

ちなみに色は黒で、日本人の感性からすると勝負下着に分類されてしまいそうなくらい派手である。

何故かサービスシーンには全く思えないが。

「同性に見られても別にって感じなんだけどね。もしかしてあやかってそういう趣味?」

「違います! 私の趣味はネギ先生のような可愛い男のkゲフンゲフン……そ、聡明な殿方ですわ!」

「あー、うん、そうなんだ。まぁ好みは人それぞれだよね。それじゃバイバーイ。」

「はい、お手数を……ってまだ本題を聞いてないじゃないですか!
とにかく、私が聞きたいのは隠し子が居たっていうあなたの曾お祖父さんのお名前です。」

そう、わざわざ話を遮ってまで徐倫に話しかけたのは、あやかが曾祖父の名前を聞きたかったからである。

あやかは至って真剣な表情だが、先程までのやり取りで多少落ち着いてきた徐倫はどうでもよさげな表情だ。

「私の曾お爺ちゃんの名前ならジョセフ・ジョースターよ。それが何かあるの?」

「やっぱり……ってもしかして徐倫さん、曾お祖父さんの事を詳しく知らないんですの?」

あやかは心底呆れた顔をするが、何も知らないんだからしょうがないと言わんばかりに徐倫は反論する。

「質問を質問で返さないでよ。でもまーいっか、とりあえずその質問にはYESと答えるわ。
物心ついた時にはボケが進行していたから、曾お爺ちゃんからの話のどれが本当の話なのか判断が出来なくて、仕方ないっちゃ仕方ないんだけどね。
んで、もう一回聴くけど曾お爺ちゃんって何かあるの?」

普段あやかが小さい男の子以外にあまり反応を示さない――しかも割と本気で――ので、これにはクラスの聞き耳も興味津々である。

さらに、いつの間にか学食から戻ってきた面々も野次馬に混ざってきており、中でも要注意人物である朝倉は既にメモを準備して万全の態勢だ。

野次馬は「いいんちょにもオヤジ趣味が!?」とか「いやいやオヤジどころじゃないよ、棺桶に片足突っ込んでるよ」とか好き勝手言い合っていたりしている。

「……ジョセフ・ジョースター、通称『不動産王』。
巧みな話術と豊富な知識で不動産を最適な、いえ最上の条件で売買して、たった一代でジョースター不動産を大企業へと変身させた天才。
余り知られていないのですが、この麻帆良学園都市が高度経済成長期以降に急激に拡大したのはこの方の手腕によってですわ。」

「……えっと、マジ? あの曾お爺ちゃんが?」

「ええ、今はどのように変わられているかは知りませんが本当の話です。
1999年に起きたジョセフ氏の隠し子が狙われた事件、経済界では有名な話ですわよ?
ちなみに犯人は今でも行方不明となっていますが、既に秘密裏に消されたと言われています。」

「本当にその隠し子ってのが命狙われてたわけ!?
うわ、あいつが言い訳するために考えついた嘘話だと思ってたのに、そんなに有名な話だったんだ。」

「あくまでも一部の財閥や企業関係者だけですけどね。」

ここまで話を聞いて、野次馬の一部が顔を青くし始める。

その理由は『犯人は秘密裏に消された』という部分。

「こんな事知っちゃったら消されるんじゃ!?」という風に想像力豊かな者が考えて、それを周りに流したからである。

本来なら極上のネタを手に入れたと喜んでいるはずの朝倉も、「今までマスコミに報道されてないってことは、嗅ぎまわった私も消される!?」とか戦々恐々している。








「……今更そんなこと聞いたってあいつへの評価は変わらないわ。」

「ん、おい徐倫!」

「……本当の事だったからって許してやれとでも?  私にとっては、そんなことどうでもいいのよ!」

だがそんな騒がしい空気を止めたのは、何故かまた苛立ち始めた徐倫であった。

千雨が止める間もなくうっ憤を晴らすかのように机を拳で叩き、バ―――z____ン!という強烈な音を文字通り叩きだす。

何が起こったのか分からないものは硬直してしまい、徐倫の剣幕を見たものは竦んでしまう。

そうしてシーンと静まり返った教室と、おびえたように自分を見る目線に耐えられなくなった徐倫は、急速に冷えて行った。

「……ゴメン、熱くなりすぎたわ。ああもう、皆してそんな顔しないでったら。
はい、止め! この話終了ね!」

徐倫が無理やりに話を終わらせ、この日の昼休みは終わっていった。

教室に何とも言えない嫌な後味を残したまま。
















(はぁ、なーんでいきなりあんな話しちゃったかなー。しかも勝手にキレ出して、あげく怖がらせるとか、軽く自己嫌悪だわ。
でも昼休みのあの愚痴から、どうも胸にすっきりとした感覚があるのも確かなのよね。)

6時間目の授業は英語をやっており、徐倫は心の整理をしていた。

アメリカで長く過ごしてきた徐倫にとっては、今更スルーしてても何ら問題ないから適当に受けているのである。

隣にいるエヴァンジェリンや少々離れたところにいるザジも同じような事をしているので多分大丈夫だろうとか思っている。

他にも適当な事をやっているのがいるが、半分は英語が分かる者で、もう半分は分からなさ過ぎて思考を放棄している者だ。

それはともかくとして、徐倫は何で愚痴を皆の前で話してしまったのかを考える作業に戻る。

(アメリカでの同級生にも話したこと無かったのに、どうして高々1週間程度の付き合いの同級生に話しちゃったのか、自分でも分かんないわね。
正直に言えば、此処までの愚痴を聞かせたことはママにすら無いし。)

見た目や態度が非常に不良っぽい徐倫ではあるが、『承太郎以外』の家族や友達には真摯に対応する少女だ。

内面は2-A的にいえば明日菜と木乃香を足して割った感じの、激情的かつ親切と言う矛盾した精神を持っている。

だがよくよく考えてみれば他人の悩みや愚痴を聞いたりしてやることもあったが、自分の愚痴に付き合わせた事が無かったのである。

(考えるに、どうもこのクラスは私にとって非常に過ごしやすいんだ。
誰も彼もがしつこく付きまとって来るように見えて、その実適切な距離を保ってきてくれる。
踏み込まれたくない領域には決して踏み込まず、許可するならばいくらでも踏み込んできてくれる、そんな感じ。
だからこそ今まで溜めこんでいたものが全てぶちまけられたんだと思う。)

今までの良くも悪くもアメリカンな友達に比べて、無理に周りと合わせる必要もないのも彼女にとっては良い環境だったようだ。

ちなみに父親が嫌いとか言ったら「HAHAHA! だったら[ピー]せばいいじゃん!」とか言っちゃう奴らが以前の友達である。

そりゃ愚痴なんか下手に言ったら本当に消されるかもしれない。

ただし友達が承太郎に消されるという意味だが。

(今回の木乃香の質問はちょっと性急な感じがしたけど、ある意味で良い切欠にはなったと思う。
というか人の感情の隙間に入り込むのが上手すぎるんじゃないかしら?
今なら分かるけど、明日菜に対する黒い一言だって、これくらいなら大丈夫って分かっててやってるっぽいもの。)

つくづく、クラスで誰も勝てないって言っていた理由がわかった徐倫であった。








(んー、でもやっぱりこの教室はただ一点を除いて過ごしやすいわ。)

そんな徐倫もクラスにすっかり馴染んでいるが、どうしても馴染めないものが存在している。

徐倫的にはいつ見てもちびっこい先生が勉強を教えてるのは全然いい。

ロボットとか小学生みたいなのがクラスメイトなのも全く問題にはならない。

唯一の駄目な点と言うのは、ネギの隣で補佐をしている空条承太郎――彼女は認めようとしないが正真正銘の父親――である。

(にしても、何で今更あいつはわたしの事を気にかけるのかしら。
副担任としての体裁? それともママに頼まれてそう振る舞えってことなの?)

そもそも徐倫が承太郎を嫌いになったのは、肉親とは思えないくらい接する機会が少なかったためである。

愛情を受けたのは母親からだけ、父親からは一切ないという幼少期。

更には肉親でありながら自分や母親を気に掛けなかった外道、というように周囲の友達の家族関係を見て比較してしまったため、余計に嫌悪が出てしまっている。

だが先程のあやかの証言を聞く限り1999年の事については情状酌量の余地があったため、憎む気持ちに一欠けらでも揺らぎが生じてしまっていた。

『もしかしたら止むにやまれぬ事情があったから今まで接して来なかっただけなんじゃないか』、と。

だからそんな風に一瞬でも思ってしまった自分自身に苛立って、思わず机を殴りつけていたのだ。

(ああもう! こっちはこんなに悩んでんのに、いつもと変わらない仏頂面のあいつが余計に憎く見えるわ!
……いや、これは流石に我ながら酷い八つ当たりね。とりあえず落ち着かないと。)

承太郎を意識し始めてまた苛苛してきた徐倫は、とにかく落ち着く方法を模索し始める。

一番早く落ち着けるのは人や物をぶっ飛ばすことなのだが、さすがに授業中にやったら不味い(注:授業中じゃなくても不味い)。

母の顔を思い出して溜飲を下げようとしても、最近までの承太郎と一緒にいて上機嫌の時しか思い浮かばなくて速攻でやめる。

そんな徐倫の頭の中にある解決策は現時点で次の3つ。

①キュートな徐倫は突如落ち着くためのアイデアが閃く。

②友達と遊んで気を紛らわす。

③誰かを殴って憂さ晴らし。(殴られた相手の)現実は非情である。

(私が丸を付けたいのは②だけど、今は普通に授業中だから却下。
③なんか選んだら私の学校生活はどん底になっちゃうし、とりあえず①に賭けてみるしかないか。)

何か落ち着く方法は無いかと教室内を見まわしている徐倫だが、どうも芳しくない。

それに見回す際に承太郎がちらちらと視界に入るので、逆にイライラが増してきた。

しかしもう少しでプッツンしそうになった時、教室のとある人物が眼に入った事でアイデアが浮かぶ。

ちなみにその人物とは出席番号19番の『超鈴音』、2-Aでもトップクラスで胡散臭い友達である。

(えーと、そういえば超が簡単に落ち着ける方法を言ってたっけ。
確か『困った時や落ち着きたい時には素数を数えるがいいネ! 天国が見えるくらい落ち着くヨ!』とかなんとか。
とにかく暇だし、数えてみるかな……。)








「769が限界だったわね。」

「……? どうしたんだ、くう……徐倫?」

放課後、徐倫と千雨は特にすることもなかったので2人して夕飯の買い物に出ていた。

なぜ下校途中でそのまま行っているのかと言うと、ただ単に着替えてから行くのが面倒くさいのと、下校途中ならメリットがあるからである。

学園都市という性質からか、下校途中にスーパーで買い物をするとそれだけで全品5%オフになるのが非常にオイシイのだ。

女子中学生ともなると下世話な話ではあるが必要な物もだいぶ多いのでたまに買い溜めておきたい。

しかし2人とも手間がかかることは一気に終わらせたいタチなので、都合の合う日に食料品と一緒に買い溜めている。

これが週に2回ほど、寮に入ってから続いている作業である。

だが2人の間に流れる空気はいつもより暗い。

「いやいや、なんでもないわよ。っつーか千雨ってば、まーた私の事を空条って呼ぼうとしたでしょ?」

「うぇっ!? し、仕方ねーだろ! その、友達をしたの名前で呼ぶ事に慣れてないんだから。
……それより徐倫はもう大丈夫なのか、昼間のアレ。」

「んー、大丈夫っちゃ大丈夫かな。落ち着くための良い方法があって、それのおかげよ。」

「ならいいんだけどな。」

色々と買ったものが入ったビニール袋を揺らしながら、2人はゆったりとしたペースで寮へ向かっていた。

その途中、千雨は一つの話題を提示する。

「……徐倫はあの時気付いてたっぽいけどさ、ちょっと言おうとした事があるんだよ。」

「あー、あの時ねー。んで結局何だったのよ?」

徐倫が愚痴をこぼしていた時の言いかけていた事、それがお互いに気になっていて妙な空気になっていたのだった。

内容が内容であるため、普段から何事もどうでもよさげな顔をしている千雨が珍しく真面目な顔つきだ。

「いやさ、三文小説みたいな出来事ってのは意外と身近にあるもんだ、って言おうとしたんだよ。
私も何年か前にちょっと死にかけてさ、だから頭ごなしにありえないなんてことが言えなくてな。」

千雨が死にかけた、さすがの徐倫もこれには驚く。

「……へぇ、日本は安全な国って聞いてたけど意外とそんなことがあるのね。」

「まぁ日本は基本的に平和だよ。平和じゃねぇのはここ、『麻帆良くらい』だ。」

「? 麻帆良って何かあるの?」

しかしここにきて千雨は急に、失敗したとでもいうような顔をしてしまう。

徐倫は怪訝に思ってると、彼女から質問が来た。

「あー、いや何でもねぇ。……ところで徐倫はこの学校についてどう思う?」

「どうって言われても、とりあえずぶっ飛んでるっていうのは分かるわ。
バカみたいにでかい木とか、車みたいな速度で走る学生とか、見ていて飽きないわよねー。
それに千雨みたいなクールな友達もできたし、此処に来て良かったとは思うわよ。」

そう言った徐倫の顔には屈託のない笑顔が付いていた。

普段からのきつめの印象は無いため、年相応に見える。

そんな徐倫の様子に千雨は圧倒されているようだ。

「っ! そ、そうか。それなら良いんだけどよ。
とにかく、あんなことがあってもクラス連中はお前から離れてったりはしないから、もう少し話せるってんなら相談くらいには乗ってやる。」

「……うん、ありがと千雨。よーし、じゃあ今日の夕飯当番は私が代わりにやるわ!」

「おー、じゃあこれだけの食材があるから――」

こうして先程までの妙な空気もなくなり、2人は今日の夕食について考えを巡らすのだった。








次の日の2-A教室。

徐倫は教室に入るなり「昨日はごめんなさい!」と大音量でクラスのみんなに謝罪した。

もしかしたら駄目かもとか思っていたのだが、千雨の言っていた通り暖かく迎え入れてくれたのである。

これでまたいつも通りの2-Aに戻るだろう。








……と思いきや、また新たな変化が直ぐそこに来ていた。

「それじゃ、自己紹介をお願いします!」

「は、はい! あの……病気のためにしばらく休学していた相坂さよです。よ、よろしくおねがいしまひゅ!」

(((((噛んだ……。)))))

「……それでは、相坂は最前列のあの席に着いてくれ。」

2月21日、2-A教室に新しい仲間が増える。

もちろん徐倫の時と同じように歓迎されたのだが、何人かの生徒は何故か警戒気味だった。

「どうしたの、千雨?」

「……何でもない……。」

この変化が新たな騒動を巻き起こすとは、誰もが『予想していた』という。

……いや、2-Aに居る面々が予想しない訳がないじゃないですか。

「何にせよ、また楽しくなってきたじゃない。そう思わない、千雨?」







空条徐倫――真の意味でクラスの一員となる。
         相坂さよが来て、またクラスが楽しくなるだろうと思いを巡らせていたりと、多少余裕が出来た様子。
         また承太郎と会話をしないまでも、弁当を受け取るようにはなった。

長谷川千雨――徐倫と大親友になった。
          相坂さよが来たことにより、また受難続きになる未来を予想している。

相坂さよ――何故かちゃんとした肉体で2-A教室に休学終わりとして来る。
        何人かの生徒に露骨に警戒されて涙目。


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/  

後書き:
何でさよが物理的に復活してるんだよ、という突っ込みがあるでしょうが、きちんと次回に説明いたします。

あと今回は物凄い勢いで色々なフラグが……。



[19077] 補習1回目 New Power Soul
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/07/12 10:15
2月16日金曜日、雲一つない晴れ。

煉瓦造りの町並み、街ゆく人々、上手そうなトマトなどが並ぶ商店街は相変わらず活気にあふれている。

男も女も上手そうな店があれば入り、初対面の相手にも情熱的な言葉の応酬をかけるという日常風景。

少し車を走らせれば直ぐにヨットハーバーに行けるため、浅黒く日に焼けたヨット乗りが非常に多く見られる。

さて、海が近いというところから気付いた方もいるだろうが、今回は埼玉県の麻帆良が舞台ではない。

何時もとは打って変わって舞台はイタリア、ピッツァ発祥の地であるネアポリス(ナポリ)。

そんな町にある、少しだけ豪華な様相の雑居ビルから今回の物語は始まる。








カツ、カツ、カツ、カツ。

規則正しい靴の音を奏でながらビル内部の小奇麗な階段を上る男が一人。

その男は鍛え上げられた筋肉を隠すのではなく存分にアピールできるようになっているぴったりした服に、独特な形の頭巾のような帽子を着用している。

彫の深い顔から見える眼光は鋭く、堅気ではない事はこの地域に住む者なら誰でも分かる。

おしゃれに気を使ってブランド物の香水を使っているようだが、その身からは隠せないほどの危険な香りが漂っていた。

……ちなみに隠しきれないのは腋臭じゃなくて硝煙の臭いです、あしからず。

とりあえず腋臭は事実であるが一旦置いておこう。

(しっかしエレベーターが使えないだけでこんだけ面倒になるとはなー。)

割と新しいビルであるためエレベーターが設置されているはずなのだが、彼がわざわざそれを使わずに階段を上っているのは現在調整中だから。

頭の良い同僚の一言によって360度監視カメラ+侵入者対策の罠を取り付けているため、あと2週間はエレベーターを使用できない。

監視カメラは男が務めている『会社』と近年協力関係になったSW財団製の高性能カメラ、罠は四方から飛んでくる弾丸や即効性の各種ガス。

突然底が抜けたり、エレベーターワイヤーを強制切断するギミックも搭載予定なので、凄腕の暗殺者でも割と楽に屠れるような内容だったりする。

こんな設備を作るなんて普通の『会社』ではありえないのだが、意外と近所には似たような設備を持った『会社』のビルが多い。

まぁそのどれもこれもが一つの団体の傘下であるから仕方ないのだが。

(最近はこの地域も平和だっつーのに、『あいつ』はどうも心配症が過ぎるぜ。)

普段は愚痴っぽい彼が不平不満を言わないのは、『あいつ』という人物が優秀だからか、それとも信頼しているからなのか。

(おそらくは両方なんだろうな。ったく、あいつもあの時船に乗りゃこんな気苦労しなくて済んだのによー。)

そんなことを考えながら階段を上る彼に、突如として声が掛けられる。

『ミスタ、ボスノ居ル階ヲ過ギチマイソウダゾ!』

『コノママモウ1ツ上ノ階ニイッタラ『4階分』上ガルコトニナッチマウゼェー!』

声が掛けられるは良いのだが、階段にはミスタと呼ばれた男以外に影は無い。

普通の感性を持つ者なら上下どちらかのフロアから声をかけられたのではないかと考えるが、今現在の階段には1階から最上階まで『ミスタしかいない』。

「おっとと、すまねぇなNO.6にNO.7、このまま上に行ったら不味かったぜ。お前らは後でサラミたっぷりのマルゲリータだ。」

『『イエェェェーイ!!』』

だがこれは何時もの事なのだろうか、特に気にした様子もなく少しだけ上り過ぎた階段を下りるミスタ。

どうやら声は丁度彼の腰辺りにしまってある拳銃から聞こえていたようだ。

いい加減分かっていると思うが、先程までの声は彼――グイード・ミスタ――のスタンドである『セックス・ピストルズ』のものである。

スタンドは基本的に本体と一心同体な存在であるので、先程も言ったように階段には『ミスタしかいない』という訳だ。








止まった階には派手すぎない装飾が施されたドアがあり、横には指紋認証用コンソールが設置されている。

ミスタは手慣れた様子でコンソールに付いているボタンを押し、『指紋認証をせずに』コンソールに向かって話し始めた。

「おーい、ボス。今日届くって言ってた日本からの荷物が届いたぜー。」

『ああ、ありがとうございますミスタ。今からドアを開けますよ。というかボスと呼ばないで下さいと何度言えば分かるんですか。』

「仕方ないだろうが、親衛隊の奴らに示しがつかねぇんだからよ。」

そう言いながら、一切の音を立てずに鍵が開いたドアから室内に入る。

どうやら指紋認証はブラフで、中にいる人物がドアの前の人物をカメラで見て判断して開けるシステムらしい。

中には社長席と言えるくらいの豪華なテーブルと椅子が用意されており、金髪の若い男が書類作業をしていた。

「もちろん分かっていますよ。ただあなたからのその呼び名は何年たっても慣れないもんですから。」

「そんなら俺がボスになってや「おや、寝言は寝てから言ってくださいよミスタ。」ってフーゴか、珍しいな此処まで来てるなんて。」

ドアの陰になって分からなかったが、壁際にもう一人男が立っていたようだ。

名はパンナコッタ・フーゴ、かつて起きた事件において前ボスの恐怖からチームを抜けていたが、それでも陰ながらミスタ達を支援していた男である。

とある人物が新たなボスとして襲名してからは幹部として人材関連の仕事に携わっている。

「仕方ないじゃないですか。面白いものが見れるから来いって、わざわざボス直々の命令として手紙をよこしたんです。
この時期になると地元の若い奴らがこぞって入団しようとしてくるから無駄に忙しいというのにですよ!?」

「……そりゃ勅命無視したら造反の疑いをかけられるわな。おいジョルノ、それってさっき届いた荷物が関係してるのか?」

ジョルノと呼ばれた金髪の若者は悪びれもせず、光り輝く爽やかさをたたえた表情で是と答える。

「ええ、あの荷物はネアポリスのギャング『パッショーネ』のボスとしてではなく、『ジョルノ・ジョバァーナ』という個人宛てに届けられています。
勿論荷物に張り付けてある行先はダミー企業の会計監査役に対してとなっていますが。
正直に言えば事前に届くという連絡を入れてなければ別のシマからの『熱烈なプレゼント』として対応せざるを得ないような方法です。」

そう、この若者――ジョルノ・ジョバァーナ――は齢22歳にして、この辺り一帯をシメているギャング『パッショーネ』のボスなのである。

ボスの座に就いたのは6年前の2001年4月頃、当時16歳でギャングのトップに就いている。

切欠は前ボスであるディアボロの麻薬売買を良しと思わず、自らがギャングとして君臨して麻薬を一掃しようとした事。

それが回りまわってこんな事になるのだから、人生とは分からないものである。








さて、ビルの1階に届けられた荷物の配達方法をなんてこと無いように言うものの、ミスタとフーゴは凄い勢いで冷や汗を流している。

「そりゃえらく物騒な方法だな、オイ。
いくらこのビルの『表向き』が不動産会社だとしても、少し腕の立つ情報屋に探らせればパッショーネのアジトの1つだって割と簡単に分かっちまう。」

「しかも在籍スタッフの中には幹部であるミスタがいて、更には親衛隊が常駐。
……余程の命知らずじゃないと建物に目を向ける事すら躊躇う布陣ですよ?
そんな場所に荷物を送りつけてくるなんて非常識ですよ、少しでも情報が漏れたらヤバいって言うのに。」

「そう、ディアボロの時と同じように、全く見当もつかないところから情報が漏れることもあり得ないとは言い切れない。
ですが依頼料と危険手当として50万ユーロ(約5千万円)と素晴らしい情報を頂きましたから、きちんと筋は通っています。」

「ジョルノがそう言うならいいけどよ。んじゃ1階から親衛隊に持ってこさせるぜ。」

「ああ、それならついでに『亀』も持って来させて下さい。」

あいよーとこちらを見ずに返事をしながら、ミスタはこの階にある備え付けの電話へと歩いて行く。

普通のギャング組織においてならかなりの不敬に当たる行為なのかもしれないのだが、ジョルノもミスタも気にする様子は無い。

余程互いを信頼しているのだろうか。

ここで、ミスタがある程度離れたのを見計らって、フーゴはジョルノに質問をしてみることにした。

「……先程の筋ですが、いささか安すぎはしませんか? あの程度の金額ならやろうと思えば一晩で稼げるというのに。」

「いえ、ユーロに関してはオマケみたいなものです。僕が欲しかったのは『とある情報』でして……。
おそらく今から来る荷物に資料と案内役が入っているはずです。」

「……資料は分かりますが、案内役が入っているとはどういう?」

「中身が聞いた通りならですけどね。まぁおそらく一目見れば分かりますよ。」

その答えにフーゴは納得がいかないながらも食い下がりはしなかった。

いくら自分より年下でも一応は上司、強くは出れないのが社会の常である。








1分ぐらい経った頃だろうか、親衛隊が2人がかりで部屋に荷物と『亀』を持ってきた。

1m50cm四方くらいある箱は案外重かったらしく、たった3フロア上がるだけで息が軽く切れている。

そんな親衛隊員にジョルノは御苦労、と言いながらチップ代わりに500ユーロを手渡すと、隊員たちは顔を緩ませて部屋から出て行った。

そんな太っ腹な様子にミスタは納得いかない顔をしている。

「おうおう、お駄賃なら連絡係だった俺にくれてもいいんじゃねぇの?」

「ならミスタ、500ユーロ渡しますからこの前の抗争で壊したビルの弁償を「すまん、俺は今なにも言わなかった。」分かればよろしい。」

やれやれといった態度を隠すことなく肩をすくめるジョルノ、縮こまるミスタ、呆れてものも言えないフーゴ。

普段の様子からは分かり辛いが、意外と上下関係は確固たるものになっているらしい。

そんな3人に下方向から声が掛けられる。

「まったく、ミスタは相変わらずだな。」

「うるせーぞポルナレフ、鍵を取り外して成仏させてやろうか?」

「むぅ、それは非常に困るからやめてくれ。」

足元を見ると、先程一緒に持って来られた『亀』の背中に取り付けられている鍵の宝石から半透明な傷だらけの男が上半身を出していた。

彼の名はジャン=ピエール・ポルナレフといい、6年前に死んでから亀のスタンドに取り憑いている幽霊である。

それだけ聞くとぶっちゃけホラー以外の何物でもないが、スタンド使いの彼らにとっては割とどうでもいい事だったりする。

意思疎通ができて敵じゃなければそいつの出自なんて考えないというギャング的価値観でもある。

「それはそうと何の用だ、ジョルノ。親衛隊連中に施している対スタンド使い訓練に関して何か問題でもあったか?」

「そちらに関しては問題ありませんよ、むしろ感謝しているくらいです。
スタンドを見る事が出来ない者がこの間の抗争で大立ち回りをしてくれまして、非常に早く片が付きました。」

「相手が良かったんだろうさ。あの程度ではスタンドを使うオランウータンにも勝てんぞ。」

「ならもっと強くしていただかなくては。どうせ鍵を外さなければ成仏しないんですから。」

「そうだな、時間はたっぷりあるからな。」

非常に和やかな会話のように思えるが、双方の目は全く笑ってない。

せめてミスタを倒すくらいまで育ってもらわなくては、いいだろうやってやろうじゃないか、ほう二言はありませんね、無論だ。

蚊帳の外にいるミスタとフーゴにも目で語っている内容が手に取るように分かる。








「なぁ2人とも、いい加減荷物開けねぇか? さっさとこれ終わらせてピストルズに飯食わしてーんだけど。」

しばらくの間、和やかな会話をしながら視線での殺し合いを並行して行っている2人を見ていたミスタだったが、どうやら飽きてきたようだ。

フーゴなんか壁に寄りかかりながら小説を読んでいる始末。

「……良いでしょう、荷物を開けますか(空気を読んで下さいよ腋臭)。」

「頃合いだろう、続きは後日だな(空気読め腋臭)。」

「おい、何か分からねーが泣いていいか?」

良い笑顔のジョルノとポルナレフだが、ミスタは何か言い知れないものを2人の言葉から感じていた。

何故か全世界から腋臭と呼ばれているような気がして、ミスタは今にも心が折れそうである。

そんなミスタに止めを刺したのはフーゴだった。

「まったく、小説が良いところだったのにぶち壊しですよ、腋g……ミスタ。」

「おお、ミスタが膝から崩れ落ちたぞ。」

ポルナレフの言うとおり、ミスタはKOされたボクサーのように膝立ちになっている。

『シクシクシク……。』

しかも心が折れて泣きだしてしまったのか、部屋に女々しい泣き声が響く。

「……ミスタ、本当に泣くことは無いでしょう?」

「ん? 何言ってんだフーゴ? 俺は泣いてないぞ?」

フーゴはちょっとやり過ぎたと思って心配そうにするが、ミスタは心が折れて感覚が麻痺したのか平然とした顔で彼の方向を向く。

目が死んだ魚のように濁っていて、ロオォォォーードとかいう叫び声が体内から聞こえてきそうであるが。

だが確かに涙が流れている様子は無い。

「妙だな、確かに泣き声がしたんですが。一体どこから――」

ジョルノは音が聞こえてきた方向を見てみるが、そちらの方には先程持ってきた荷物しかない。

そう、『箱しかない』のである。

『シクシクシクシクシクシク……。』

「――ああ、箱の中からですね。それじゃあフーゴ、あなたが箱を開けてください。」

「ちょっとまてジョルノ!? 君は中身を知っているんじゃないのか!?」

「知ってますが? さて、ボスの命令です、開けてください。」

「このド畜生!!」

ニコニコとし続けるジョルノは非情にもボスの権限を振り上げる。

『ボスに逆らっちゃいけない』という事でチームからいったん抜ける事になったフーゴは、ボス権限にはめっぽう弱いのである。

対応の仕方に何回かブチ切れてパープル・ヘイズを出した事もあったが、その度にワクチンを作られてウィルスは効果無しという悪循環。

しかもチームを抜けた事による罪悪感もあってか、ジョルノとミスタには頭が上がらなくなってしまっている。

結果として、ここぞという時に矢面に立ってくれる部下であり同僚であり友人(笑)になってしまっていた。








「よし、それじゃ開けますよ?」

哀愁感漂う背中を見せながら恐る恐る荷物に近付いたフーゴ。

ジョルノは相変わらず余裕で椅子に座っており、ミスタは再起動中、ポルナレフはある程度の距離を保って見守っている。

何があっても助ける気0な布陣に、ふと涙が出そうになった。

気を抜けば泣きそうになる心を振り払い、深呼吸して封に手をかける。

「せーのっ!」

ビリィと勢い良く開けた箱の中をのぞき見たフーゴは拍子抜けした顔を見せた。

だが何かを発見したのか突然硬直してしまい、それが何なのかを理解したのか汗がとめどなく流れ始める。

「おいフーゴ、一体何があったんだ……ってうおぉ!?」

再起動完了したミスタは心配になって駆け寄るが、フーゴが指さしていた部分を見て叫び声をあげた。

さて箱の中には『見るからに分厚い本』が数冊、『資料の束』、『何かが詰まっている壺』、そして『体育座りで泣いている女の子』が入っていた。

もう一度言おう、本、資料、壺、女の子である。

『うう、せっかく驚かせようと思ってスタンバイしていたのにここまで放置されるなんて……。
やっぱりスタンドだろうと幽霊だろうと私ってば影が薄いんですね……。』

普通に考えれば空輸する前の荷物チェックでばれる人間の輸送であるが、運ばれてきた女の子には全く関係が無い。

相坂さよ、生まれて初めての海外がダンボール詰めから解放されてようやく始まった。








補習1回目 New Power Soul








『――という訳で、魔法についての情報とお金を引き換えに、ジョルノさんのスタンドで私の体を復元してほしいのです!』

「無論お受けしますよ。では骨壷を開けてもかまいませんね?」

『はいどうぞどうぞ、ちゃんと私のお墓から持ってきた純正品です。それに骨なんか見られても恥ずかしさとか無いですからねー。』

ふよふよと浮きながらジョルノと会話していたさよは、これから行われることに対して浮かれている。

対してジョルノは、これから行うことに対してわくわくが止まらないようだ。

片や文字通り死活問題、片や地元が平和になったために生じた暇つぶしのため。

テンションは高いものの、どうも噛み合っていない気がする。

そんな2人を見ているフーゴとポルナレフは頭を痛め、ミスタは注文したピッツァを食べながら話半分で聞いていたため状況が良く分かっていなかった。

「んでフーゴよォ、何がどうなってるんだこの状況?」

ミスタからの質問にピクンと青筋を増やしながら、フーゴは律義に答える。

「……今回届いた荷物は空条承太郎氏からの物で、幽霊でありながらスタンドである相坂さよの体を復元することが依頼となります。
なんでも『波長が合う肉体に取り憑く事が出来る』から、日常生活を送るために彼女の遺骨から体を作り上げるらしいですよ。」

「モグ……ふーん、そうか。んで依頼料の『素晴らしい情報』ってのは何だったんだ?
さっき妙に騒がしかったけど、もしかしてそれについて聞いてたのか?」

ピクピクン、と倍々で増えて行く青筋にミスタは全く気付いていないようだ。

「…………僕ら社会の裏である『ギャング』よりもさらに裏の存在、『魔法使い』という集団についての情報でした。
どうやらファンタジーやメルヘンの話じゃ無く、様々なNGO団体を隠れ蓑にして表でも活動しているようです。」

「あー美味ぇ。 しっかし魔法使いか……ハ○ー・ポ○ターみたいな魔法でも使うのかよ。」

ピッ、ピッ、と青筋が痙攣し始める。

「……………………魔法を使っている者のDVD映像を流していたんですが。」

「んー、さっき見てた奴か。てっきり新作映画の映像をシマ代としてもらってきて、それを見てるんだと思ってたぜ。」

ブチンッ!

その瞬間、派手に何かが千切れる音が部屋中に聞こえた。

ハイテンションだったさよとジョルノ、傍観を決め込んでいたポルナレフも何事かと辺りを見回し、直ぐに判明した音の発信源を見て固まってしまう。

ミスタはどうしたかって? ピッツァに夢中で、部屋に出現した鬼には気付いていないKYのことでしょうか?

大方の想像通りに音の発生源であるフーゴは、ゆらりとした足取りでミスタがついている席に近付くと、おもむろに置いてあるフォークをミスタの頬に突き刺した!

「アぎャァァーーッ!」

「人に話を聞いといて、ピッツァ食いながら適当に聞いてるとか舐めてんのか! この――」

突然の暴挙になす術無いミスタはそのまま頭をわしづかみにされる。

この後起こるだろう事について「ああ、なんかデジャブが……」とか考えてるので余裕があるのかもしれないが。

「――ド低脳がァーッ!」

そして放たれるのは一種の様式美。

頬に刺さったフォークが当たらないようにしながら、鼻が上手くテーブルで潰れる様に角度が調整された叩きつけは美麗であった。








「さて、早速始めに行きま――」

『あ、あのー、1つ質問が……。』

先程までの惨劇ですっかりビビり切ってしまったさよは、恐る恐ると言った感じでテーブルに沈み込むミスタを指さす。

現在彼が突っ伏しているテーブルは赤一色となっているが、その原因はピザソースであると思いたい。

既に他のパッショーネ組は自業自得とまでに完全放置を決め込んでいるため、彼を助けられるのは現状ではさよしか居ない。

「大丈夫ですよ、ミス・相坂。彼は銃で腹を撃ち抜かれてもホチキスとガムテープさえあれば生きていられる男ですから。」

『いや、でも、ミスタさんのスタンドが大慌てなんですが。』

『ミスタァー! 目ヲ覚マシテクレェー!』

『ウワァーン、ミスタァァァー!!』

必死になってミスタを揺り動かすピストルズを見てジョルノは眉をひそめるが、直ぐにさよに満面の笑顔で向き直る。

「大丈夫、大丈夫。 ミス・相坂は優しい人ですね。」

『あわわわ、いやあのその……優しいなんてそれほどでもー。』

(ぱっと見では)屈託のない笑顔を向けられ、男性と話した経験が少ないさよはくねくねと体を揺らして恥ずかしがる。

「ふふ、イタリアの男はかわいい女の子には声をかけずにはいられないんですよ?
それでは遺骨から復元をしようと思うのですが、一先ず1つ下の階にある医務室に行きましょう。」

『可愛いなんて言われたの四半世紀以上ぶりですー! もうどこにでもついて行っちゃいますよ!』

「一応女性の体を復元させるという事で、むっつりなフーゴとスケベなポルナレフは此処に残っていてくださいね?」

「「誰がむっつり(スケベ)だ! 撤回を要求する!!」」

「却下で。それじゃあどれだけ時間がかかるか分からないので、適当にくつろいでいて下さい。」

『それではまた後ほどー。』

さっさと部屋から出て行くジョルノとそれに憑いていくさよ。

この時さよの思考からはミスタの事なんてとうに抜け落ちていた。

ジョルノのナンパ力が遺憾なく発揮された事によってまんまと意識を逸らされ、ミスタの最後の希望は儚く消える。

「……亀の中で本でも読んでましょうか。」

「……俺は音楽でも聞いてるかな。」

残されたポルナレフとフーゴは、突っ伏したまま死体安置場への道を着実に進み続けるミスタを横目に亀の中に入っていった。








「んで内線で医務室に呼び出されたのは良いものの、なんでお譲ちゃんは落ち込んでるんだ?」

2時間ほど経った頃、内線電話を通じて呼び出された2人が目にしたものは、空中で四つん這いになり、黒線が見えるほどに落ち込んださよだった。

ちなみに呼び出されたのが2人じゃ数が少なくないかと思う方は御察しください。

「ああ、ミス・相坂は根本的な事を忘れていたようでして。」

『うう……誰かが覗くとかじゃ無くて、そもそも体を復元してくれるジョルノさんは男の方なの忘れてました……。』

「……なるほど、元の体の何からナニまで見ら『言わないでくださーい!』うおお!? 鋏が飛んでくる!?」

思わず昔の乗りで呟いてしまったポルナレフであったが、さよの前で言ってしまったのは悪手だった。

先程まで行われていた羞恥心に耐えながらの復元作業を思い出して、感情が高ぶったさよが八つ当たり気味に辺りのものを投げ付けた。

一応ポルナレフも幽霊ながら物に触れたりできるようで、宿主の亀――ココ・ジャンボ――を自らの手で動かしながら必死に物を避けている。

「うわ、彼女の能力ってえげつないですね。ポルターガイストを普通の念力みたいに使えるんですから……ああ!?
駄目ですよ相坂さん、薬の入ってる戸棚は結構高いんですから!」

「フーゴ、気にする所はそっちじゃないだろ! というかお前も横目で新しい体をチラチラ見てるだろうが!」

「なっ!? ぼ、僕は別に見てなんか……ってうわぁ、こっちにも来たぁ!?」

『デリカシーの無い人はどうにかなっちゃって下さいー!』

ベッドの上に横たえられている復元作業が終わったさよの体は素肌の上から入院着を着せられており、割かし扇情的だ。

何故か男としての本能がとりあえず見ておこうぜとでも囁いてしまったのか、フーゴは思春期の中学生よろしくチラ見してしまっていたのである。

トリッシュの一件の時もそうだったが、やはりこの男はむっつりなのだろう。








しばらく乱闘騒ぎが続いていたのだが、軽くキレたジョルノが発した底冷えするような制止の声によって終了となった。

現在、原因となった発言と行動をとった2人はタイルの上に正座させられている。

「少々遅くなりましたが憑依実験を行います。それではミス・相坂、体に近付いて下さい。」

『はい……。』

遺骨を全て用いて復元された体はベッドに横たえられており、ただ息をしているだけの人形と言うのがいちばん近い状態である。

心臓などの各種内臓器も問題無く機能しているので、少なくともブチャラティの体よりは上等であるが。

この体にスタンド能力を使ってさよが取り憑けば、理論上では生身と同様に動かせるはずだ。

厳密には同一ではないのだが、60年以上ぶりの自らの体に恐る恐る近づいた。

静かに眠る自分の体を見ると、思わず白雪姫みたいとか考えてしまう。

さしずめさよは眠り姫を起こす王子様と言ったところか。

『……ただいま、私の体。遅くなってごめんね……。』

体に手を触れた瞬間、霊体のさよの姿は肉体のさよの方へ吸い込まれるように消えて行く。

その様子を固唾を飲んで見守る3人であったが、直ぐに肉体の方に反応が出て安堵のため息を漏らした。

だがそれっきり反応しなくなったと思ったら、今度は突然痙攣し始めたので俄かに慌ただしくなる。

「ど、どういうことだジョルノ!? きちんと彼女は肉体に取り憑けたんじゃないのか!?」

「私のように相性の良い憑依先では無かったのかもしれん。ジョルノ、早く応急処置を!」

「分かっています! 『黄金体験ゴールド・エクスペリエンス』ッ! 生命エネルギーを彼女に――」

「ゴホッゴホッ……カハッ、カハッ……ハー……ハー。」

「――っ!? ……どうやら息を吹き返したようですね。ですが完全に安心はできないので、念のために生命エネルギーを流しこんでおきましょう。」

ジョルノのスタンドであるゴールド・エクスペリエンスの手をさよの額に置き、少しずつ生命エネルギーを流し始める。

「ふむ……どうやら霊体と肉体の生命の波長が微妙にずれていたせいで体調に乱れが生じていたようですね。」

「ジョルノ、波長のずれをどうにかできないのか?」

「もうやってます。というよりずれが本当に少しだけだったので、自然治癒の後押し程度でどうにかなりました。」

「……すーはーすーはー。」

ジョルノの言葉通りさよの体の異常は鳴りを潜め、落ち着いた呼吸になっていった。

大分落ち着いたさよは上半身を起こして胸に手を当てる。

「ふー……いやぁすみません、余りに生きてるのが久しぶり過ぎて呼吸の仕方を忘れてましたー。」

「はは、どうやら上手くいったようですね。その体は使っている途中で身体機能が低下しないように、生命エネルギーを極限まで注ぎ込んであります。
日常生活を行うのであれば、年に1回の補充で十分でしょう。そのため、毎年ここに来てもらうことになって不便でしょうが、ご了承ください。」

折り目正しく頭を下げるものの、さよが慌ててそれを押しとめた。

「いえ、せっかく生き返らせていただいて、しかもアフターサービス付きなんてこっちが頭を下げるくらいです!
あの……死んじゃうまでよろしくお願いします」

「はい、こちらこそ。」

さよはペコペコと頭を上げ下げし、ジョルノはそんな彼女に朗らかに笑いかける。

そんな微笑ましい様子の2人を遠巻きに眺める正座中のスケベ達はと言うと……。

「あれって間違いなくプロポーズとして言ってないか? 特に意識はしてないようだが。」

「どうするんでしょうね、ジョルノ。トリッシュから積極的なアプローチ掛けられてるんですよ?
このままいくとスタンドバトルという名の修羅場になっちゃいますね。」

「メイズ・オブ・ザ・ダークが物を投げて、スパイス・ガールがそれを柔らかくして無効化……トリッシュの勝ちじゃないか?」

「このままですとそうなります。
ですが幽霊が起こせる現象を知っていればそれを再現することが出来るそうなので、後々火の玉について教えときましょう。」

「火の玉ってプラズマだったか? 自由自在に動かせるプラズマ……楽しくなりそうだな。」

今後起こりうる最悪の状況に思いを馳せていたりした。








それから3日後の2月19日月曜日、さよやジョルノ達はイタリアの空港に来ていた。

元々は日曜日の時点で帰る予定だったのだが、60年以上ぶりの食事や、死んだ当時では考えられなかった海外への旅行という事でつい長く楽しんでしまったのだ。

だが本業は中学生であるし、もう生身の肉体であるためにそろそろ授業に出るべきだと承太郎からおしかりの連絡が来たためので帰国となった。

普通に考えたら『パッショーネの幹部連中が揃って女子中学生と会話している』というのはこの付近に住んでいる者にとっては衝撃的であるため、空港のVIP用エントリーでの見送りとなっている。

「それでは皆さん、3日間の間本当にお世話になりました!」

「いえ、僕も興味深いお話をたくさん聞けて良かったです。戦時の状況なんて歴史の授業でも詳しく知れませんでしたから。」

「俺も楽しかったぜ。ほらピストルズ、遊んでもらったお礼を良いな。」

『『『『『『楽シカッタゼェー、アリガトナァー!』』』』』』

「また今度来て下さったときは普通の観光じゃ知られてないようなスポットにもご案内しますよ。」

「可能性を目の前で見せてもらったんだ、私も肉体を持てるように試行錯誤してみようと思っている。」

この数日間ですっかり打ち解けた皆から思い思いの見送りの言葉をかけられる。

「うう……私、絶対にまたイタリアに来ますから。」

そんな久しぶりに出来た友達と呼べる人たちとの別れにさよは泣いてしまうが、そんな彼女を慰めるためにジョルノが近づき、手を取った。

「ミス・相坂、可愛いあなたに涙は似合いませんよ。それに今生の別れではありませんし。」

「グスッ……それでもせっかく仲良くなれたのに、次に会えるのがいつなのか分からないんですよ?」

「なら再会を願っておまじないでもしましょうか。」

「おまじないですか。いいですよ……ってジョルノさん、顔を近づけて一体何を――!?」

チュッ。

そんな軽い音が顔を近づけていた2人の間から発された。

決してズキュゥゥゥンではない、あしからず。

「なななななななななな何をしてるるるるるるるんんでしょうかかかかかか……。」

直ぐにお互いの顔は離れるが、さよは真っ赤になって正常な言語を発することが出来なくなってしまっている。

対照的にジョルノは平然とした顔をしていた。

この辺りが異性との慣れの違いなのだろうか、それとも日本とイタリアの価値観の違いなのか、または両方か。

「……ジョルノの奴、頬っぺたにキスしたのか。イタリアの男としては及第点だが口づけくらい行っても良かったんじゃないのか?」

「おいおいポルナレフ、歳の差を考えろよ。それにしてもフーゴ、あいつってもっとクールじゃなかったっけか?」

「対応はベター、性格に関してはノーコメントで。どうせジョルノはこっちの話が聞こえてるでしょうし。」

そんな仄かなラブ臭の中、残り物のイタリア男性三人はキスに対して好き勝手に批評している。

『お客様にご連絡いたします。間もなく日本行きの旅客機が離陸いたします。ご搭乗される方は……』

ここでさよは場内のアナウンスで搭乗時間が迫っている事に気付き、少しだけパニックが治まってきた。

「そ、それじゃ、ももももうすぐ飛行機が出ちゃうので、ししし失礼します!」

「ええ、息災で。おまじないが効いてる事を祈りますよ。」

「おまじないは絶対に効かせます! だから……その……。」

さよはまた真っ赤になるものの、意を決して胸にある普段じゃ言えない言葉を放つ。

「……次にお会いした時には、どこかに2人だけで遊びに行きましょう!! ではまたいつかー!!」

言いきるが早いか、全身をゆでダコの様にしながら搭乗口に走って消えるさよであった。








「……行っちゃいましたね。3日間だけとはいえ、ずいぶんと仲良くなってしまったものです。」

空港から出て親衛隊の運転する車に乗る直前、ジョルノは後ろの面々……むしろ飛び去って行った飛行機の方に体の向きを変える。

「いいんじゃねーの?
最近は組織の事で手いっぱいだったし、経験すること無く過ぎ去った青春が今頃来てくれたとでも考えりゃ……って何だその驚いた顔は?」

「いえ、ミスタからそんな詩的な言葉が出るとは思いませんでしたので。」

「うるせーよ! ちょっとくらいロマンチックな言葉くらい良いじゃねぇか!」

ジョルノからの辛辣な一言でミスタは機嫌を損ねてしまったようで、さっさと車に乗りこんでいく。

残った2人はやれやれと肩をすくめた。

ちなみに外で亀から体を出すわけにはいかないので、ポルナレフはフーゴに抱えられている亀の中で肩をすくめている。

「全くミスタは……それより『ボス』、この後は予定通りにあの場所へ?」

さよという堅気の人間がいなくなったからか、フーゴは身に纏う空気を『仕事』をするためのものに変える。

対してジョルノは、何時もと全く変わらない空気で『ボス』として答える。

「その通り。空条承太郎から送られてきた資料の中の、『魔法使いの犯罪組織について』……あれが手に入ったのは僥倖でした。
スタンドとは違う能力を使うギャングの噂は与太話だと思っていたんですけどね。」

ふぅとため息を吐き、車の方に向き直る。

いつの間にか車の発着場には多くの黒い高級車が集っており、それらの搭乗者は一様に車から降りて頭を下げていた。

「「「「「「「ボスッ、御命令を!!」」」」」」」」

「……ネアポリスの我々のシマにいる以上、即刻潰しましょう。ついて来てくれますか? ミスタ、フーゴ、そして我が同胞たち。」

「りょーかい、準備はばっちりだぜ。」

「はっ、了解しました『ボス』……。」

「「「「「「「「パッショーネに栄光あれ!」」」」」」」」

そしてジョルノの乗った車を集団の中央に据え、全ての車両はネアポリスの喧騒へと消えて行った。

次の日の地元の新聞にはネアポリス郊外の屋敷一つが倒壊したという記事が載るが、関連があるかは定かではない。








相坂さよ――ジョルノ製ボディと恋心を入手して帰国。
        ボディに入れても霊体なのは相変わらずなのだが、本人はそれでも幸せである。
        しかし帰国後にずれ込んでしまった再編入の手続きに追われることとなった。

ジョルノ・ジョバァーナ――スタンド名『黄金体験ゴールド・エクスペリエンス
                魔法使いと言う新たな力の存在を知り、組織の強化に使えるだろうとまた新たに動き出す。
                後日トリッシュに今回の話が流れてしまうが、どこ吹く風といった感じで聞き流した。


グイード・ミスタ――スタンド名『セックス・ピストルズ』
            散々な目に合った気もするが、それなりに楽しめた様子。

パンナコッタ・フーゴ――スタンド名『パープル・ヘイズ』
               3日間だけではあるが穏やかな日々を過ごし、去りし日を思い出す。

ジャン=ピエール・ポルナレフ――元スタンド使いの『幽霊』。
                     さよの姿を見て、肉体を手に入れるための方法を探す事にする。


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/

後書き:
何時もとは逆にジョジョをネギま寄りにしてみましたが、ノリが軽過ぎてしまったかもしれませんね。

タイトルの元ネタはプリンスのアルバムタイトルからとなります。

それと、次回更新時に赤松板に移ろうかと思います。

次の話がUPされてないなと思いましたら、そちらの方をご覧ください。



[19077] 11時間目 長谷川千雨は普通に暮らしたい①
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/07/28 21:55
2月18日、日曜日の某所。

そこは空が人工物のように真っ青で、太陽のような物からは汗をかかない程度の光が放たれていているため過ごしやすい気温が保たれている。

そんな環境に設置されているのは、比喩じゃなく水平線が見えるくらい広大なプールだった。

水はどこまでも透き通っていて清潔感あふれているのだが、プールの底が何故か水面からじゃ見えない。

しかし底が見えない理由など簡単だ、光が届かない程度に『単純に深い』というだけである。

もはやプールではなく海と形容するべきその場所には休憩用の小島が幾つかあり、申し訳程度のヤシの木オブジェが立っているのが見える。

そんな金持ちの道楽の象徴のようなプールにフロートマットで漂いながら、水着姿でだるそうにノートPCを動かす者がいた。

「あー、ヒット数は上がってるのは良いけど荒らしや粘着が多くなっていやがるな。
パケットフィルタリングにこいつらのPC情報を設定してシャットアウト、ついでに串通して偽装したうえでIPをどっかの掲示板にでも晒すか。」

ぼやきながらカタカタとキーボードを動かし、頭の悪い連中にえげつないお仕置きを開始する。

やっているにしては少し過激な事であるのだが、不思議と『彼女』がやっていても様になっているような気がする。

地味目な髪型、しかも身に着けているのは冗談のような丸眼鏡なので、いわゆる典型的な『オタク』といった雰囲気であるためだ。

そんな事をしながらリゾート気分満喫の彼女であるが、実のところこんな広いプールを持てるほどの財力を有していない。

というよりこんな広い場所は、彼女の所属するクラスで一番の財力を持つ雪広あやかでも持ちえない代物だ。

どうして彼女――長谷川 千雨――はこのような場所を占有しているのだろうか?








「ってもうこんな時間か。出かけてた徐倫が戻って来ちまうし、そろそろ引き上げっか。」

パソコンの右下に映る時計部分を見ると『17:08』と表示されていた。

今日の食事当番は千雨なので、もうそろそろ準備を始めないと19時までに夕飯にありつけなくなる。

「面倒だけどやるしかねぇな。 さて、さっさと『非現実』に戻りますかね。
『××××』、家への道を開けてくれ。」

『了解しました、ちう様!』

彼女が呼び声をかけると、何も無いところから突然ネズミに似た生き物が敬礼しながら返事と共に現れた。

その小動物は物理法則を無視しながら空中に浮いており、体毛の色はクリーム色、目は宝石であるかのような光を湛えている。

見た目はかわいいのだが、突然現れるとか言語を理解して話すとか宙に浮いているとか色々とおかしい。

そんな奇妙な小動物は空中にパソコン画面のような物を表示させて、高速で操作し始めた。

操作と言っても画面には一切手(前足?)を触れていないのだが、その手をかざした画面部分から表示が変わるのでその表現で良いだろう。

やがて画面の操作が進むにつれて、周囲のプールに変化が起き始めた。

脈動するように空間全体が揺れた後、島やプールなどと言ったありとあらゆる物の色彩が極めて希薄になる。

そして余りに広大だったプールの水はきれいに消え失せていき、人工的な空も太陽も存在が始めから無かったかのように白い天井へと変わっていく。

プールの水が突如消えてしまったためフロートマットごと底へ落下するのではないかと思われたが、水面であった場所は何の変哲もない床部分となっていた。

千雨は床に置いてあるだけのフロートマットから立ち上がりながら降りて、先程とは全く様相の違う空間を見渡す。

天井は見えるものの、周囲は果てが見えないほどの白い空間。

先程までのプライベートプールは、生も死も感じられない、あまりにも無機質なものになり果てていた。

「んー、『先生』の好きだった空間を真似してみたけど、あんまり楽しくねぇな。
泳いだところで疲れるだけだし、次回からは別のリゾート地をイメージして組み上げてみるか。」

寝そべった体勢のせいで凝り固まった体を伸ばしながら、ずっと操作を続けているネズミの方へと近寄る。

「だいこん、ログアウトにかかる時間はあとどれくらいだ?」

だいこんという独創的な名前で呼ばれたネズミは画面から目線を外して千雨の方を向き、その小さな手でサムズアップをして見せた。

『既に転送処理は待機状態に移行済みですので、ちう様の指示さえあればラグ無しで開始できます!』

「おお、作業ペースが速くなったな。
前は仮想サーバ停止とログアウトの両方をこなすのに1分かかってたけど、これなら40秒くらいか?」

『厳密には38秒09で処理が完了していまーす。褒めてくださいちう様ー!』

だいこんは構ってーという感情のままに尻尾を振りながら、キラキラした眼で千雨の周りを飛び回る。

やれやれと思いながらも千雨はだいこんに手を伸ばし、その頭を撫でてやった。

「偉い偉い、その調子で頑張れよ。そんじゃ、ログアウト開始してくれ。」

『了解、転送開始ー!』

千雨がそう言った瞬間にその体が光に包まれ、目の前の空間に突如として開いた穴へ向かって光となった千雨は進んで行く。

光とネズミは数瞬で穴の中に消え去り、光が通って行った穴も急速に狭まりながら消えようとしていた。

やがて穴が完全に無くなると、どこまでも白い空間には存在するものが無くなり、痛いほどの静寂のみが存在することとなった。








11時間目 長谷川千雨は普通に暮らしたい①








2月22日木曜日、朝8時ちょうど。

長谷川千雨は登校津波の影響が少ない大通りの端を歩きながら学び舎へと向かっていた。

けだるそうに歩いている姿はお世辞にも姿勢が良いとは言えず、眼鏡で見えづらくなってはいるものの、眼の下には隈が少なからず存在していた。

こんな状態になってしまった理由は、先日に起こった転校生騒ぎの疲れが取れなかったためである。

実際には転校生ではなく休学終わりでクラスに戻ってきただけなのだが、『普通の生徒なら』1度もクラスで見なかった生徒なのでそれでも正しい気がする。

まぁ千雨は『普通では無かったため』に毎日のようにクラスで見ていた訳だが、わざわざそれを口に出そうとはしない。

それはともかく、イタリアの病院で療養していたらしい相坂さよへの質問と言う名のバカ騒ぎ、そして放課後に行われた退院祝い&歓迎会によって、うるさい事が嫌いな彼女の体力はガリガリ削られてしまっていた。

その疲れ方は余程のものだったらしく、夜中に寝苦しさから頻繁に起きてしまう始末。

寝ては起きるの繰り返しで体が休まる事が無かったのだ。

(こーゆー時に同居人がいると楽だなーとか思う私って、結構駄目女だよなぁ……。)

こんな事を思う理由は、本来なら今日の朝ごはん当番は千雨だったのだが、疲れでだるそうにしている姿を見た徐倫が代わりに朝食を作ってくれたためである。

それと何時もは洗い物を一緒に済ませたうえで徐倫と共に登校しているのだが、「洗い物やっとくから先に学校言って教室で寝てなさいよ」と言われたから学校に向かっていたりもする。

ほんの少しのウォーキングを挟むと寝つきが良くなるという話をどこかで聞いた事があるので、千雨は厚意に甘えて学校に向かうことにしたのだが……。

「くそ、歩くのもかったるいし、そもそも教室に言ったところであいつらがバカ騒ぎしてるだろうから寝れる訳無いんだった。」

疲れで頭の回転が鈍っていたのがウォーキングで多少ましになり、教室で休むという愚行を犯そうとした事を激しく後悔することになってしまっていた。








それから10分後には教室に到着したのだが、予想通り駄弁っている生徒が多いので寝るには適さなさそうだ。

「長谷川さん、おっはよー!」

「あー……おはよーさん。」

朝っぱらから元気な美空をスルーしながらとりあえずは自分の席に着き、机に突っ伏して寝る体勢だけは取ってみる。

適当にあしらったために「元気が足りないぞー!」とか前から聞こえてくるが、誰も彼もが年がら年中元気の訳無いだろうと考え、これも華麗にスルーした。

お気に入りの伊達眼鏡はガラスが傷つかないようにケースにしまったので、思う存分だらけた態勢で休む事が出来る。

(しっかし机が冷たいのはどうにかならねぇかな。教室が暖まってるから良いものの、下手すると眠気が飛びそうだ。)

疲れを取るために今はとにかく1分でも多く寝たいので、片っぱしから眠りを妨げるものを排除しようと現状で動かせる脳のリソースを割いていく。

とりあえず冷たい机は時間が経たないとどうにもならないので、腕を枕にしてしのぐ事にする。

腕は洋服越しでもそれなりに冷たいが、気にならない程度にはなった。

(でもやっぱり周りがうるせぇ。どうにかしてーけど、MP3プレーヤー忘れたから耳栓代わりのイヤホンもねーんだよなぁ。)

どうしても周囲の話し声が気になるので、ちょうど枕代わりにしている自分の二の腕を上手く耳に被せて簡易耳栓にしてみる。

これが思った以上に具合が良く、冬服の適度な厚さのおかげで防音効果はバッチリになった。

席は窓から離れているので腕枕程度で暗さは確保でき、ようやくそれなりに眠りやすい体制に移る事が出来た千雨。

あとは動作の悪くなった頭をスリープにするだけだ。

(よし……これで……寝れ……)

「あの……おはようございます、長谷川さん。ちょっとよろしいでしょうか?」

だがどれだけ防音をしていたとしても幽かに声は聞こえる訳で、しかもそれが自分を呼ぶ声であるなら尚更である。

せっかく良い感じに落ちかけている時に起こされる、ここまで理不尽な事は無い。

だからこそ千雨はうつ伏せたまま声を出して抗議する。

「おい……殺すぞ。」

眠りに着きそうであったために少ししゃがれてしまった喉からは非常に簡潔で、それでいて効果的な言葉が飛び出した。

さらにうつ伏せになっているので声はくぐもり、その迫力に拍車をかけていた。

「ひぅっ……ごごご、ごめんなさーい!」

かくして声を掛けたクラスメイトは鬼気に当てられて謝りながら逃げることとなってしまう。

さすがの千雨もこれにはやり過ぎたと感じるが、あくまでも『睡眠>(超えられない壁)>その他』な状況のために追いかけて弁明する気も起きない。

(眠かったとはいえ少しだけやり過ぎたかなー。
……そう言えば顔をあげて無かったから……誰が話しかけてきたのか……微妙に分からなかった……な。)

それが、長谷川千雨の午前中における最後の思考となった。








心地よい眠りから目が覚めると、その瞳に映ったのは知らない天井だった。

「知らない天井だ……って散々使い古されたネタが頭に浮かぶ時点で、私ってやっぱりパソオタなんだなぁって思うわ。」

誰に伝えるでもなく思わず口に出してしまった言葉だが、彼女にとっては好ましくない事に聞いていた誰かがいたようだ。

「はて? 使い古されたって言いますけど、そんなに有名なんですか、その言葉。」

「うげ、今の聞かれてたのかよ。……誰だか知らんが今聞いたことは即刻忘れてくれ、私の精神衛生上のために。」

「いえいえ、知らない仲じゃないですよ。ただし私が千雨さんの事を一方的に知ってる感じですが。」

「あん?」

何となく嫌な予感がして、千雨は改めて自分の置かれている状況を整理してみる。

とりあえず現在、千雨は消毒用アルコールの匂いを感じる部屋での真っ白なベッドの上で横になっているようだ。

常識的に考えて保健室か病院の一室だろうが、すぐそばの窓の向こうからは姦しい声が聞こえるので保健室だろう。

確かに教室で寝ていた筈なのに何故自分はここにいるのかを考えようとしたが、これについては後でクラスメイトでも担任にでも聞くことにすればいい。

寝ている内に起きた事など、いくらでも脳内でストーリーが組めてしまうから意味がないためである。

次に衣服の乱れを確認しようとするが、さすがにそこまで深刻な状況だったら身動きが取れないだのあるはずなので、直ぐに止める。

こう言うところはパソコンで様々な知識を蓄えてあるために耳年増だ。

何となくそんな自分自身に気まずくなったのでコホンと咳払いを入れる。

ともかく次の確認、今さっき自分と受け答えをした人物の確認だ。

だがこれに関してはもう既に分かっているのだが、色々と認められない部分があるので気付かないふりをしていたというのが正しい。

だって『一昨日まで幽霊で、昨日から復活したクラスメイト』等と言う漫画展開は、至って『普通』の人間である自分には関係の無い事だからだ。

平穏無事に生きて行くのならそんなものと関わり合いになりたいとは思わないのが常識的な考え方だろう。

(あー……もうそろそろ現実逃避もお仕舞いかもしれねぇな。)

しかし、常識的に考えるならばそんなものが存在しているという事は真っ向から否定されるべきものだ。

だが千雨は、そういうものが存在すると知ったうえで『関わり合いになりたくない』と考えてしまっていた。

認識の違い……それは昔から千雨を悩ませ続けてきた事柄の1つでもある。

「んで結局……何の用だ、相坂?」

上半身をベッドから起こしながら、視線を向けずに相手の名前を呼ぶ。

これで間違っていたら悶絶するほど恥ずかしいのだが、どうやらその心配はなさそうだ。

「……まさか普通に話しかけられるとは思いませんでした。これってもしかして……。」

やはり話しかけてきたのはさよだったのだが、どうも様子がおかしい。

ベッドの横に置いてある椅子に座ってこちらを見ているのは良いが、両手を口の前に当てて何か感極まっているような様子だ。

何となく嫌な予感がした千雨だが、喋るのを止めさせる前にさよがその口を開く。

「これが……噂に聞くデレ期! デレ期なんですね!?」

「違うわ!!」

想像以上にお間抜けな答えを出したさよの頭を、千雨は手首のスナップを利かせて枕で叩いたのであった。








「んで、本当に何の用だよ、相坂。」

千雨は上半身だけ起き上がった状態で、頭を押さえて涙ぐむさよに改めて質問する。

何で保健委員でも寮の同居人でも無いさよが自分の付添人になっているのかが分からないためでもある。

「あうう、突っ込まれるのは分かっていましたが、もう少し手加減してくださいー。」

「手加減も何も、どうせそこまで柔じゃないんだろ?」

「いくら死んだ事があっても、痛いものは痛いんですよ!」

「はいはい、悪かった悪かった。というか本当に何しに来たんだよ。」

流石にこのままだと話が進まないと感じたのか、さよは居住まいを正す。

「私がここにいるのは、私が朝のHRの時に長谷川さんを運んできたからです。
長谷川さんは覚えていないと思いますけど、HRになって先生が来ても起きなくて、クラスのみんなが心配してたんですよ?
保健室の先生が言うには、極度の寝不足による血圧の低下で失神してたらしいです。」

「失神してたって……うげ、今何時だ!?」

少々女の子が出してはいけないうめき声を出しながら慌てて保健室内の壁掛け時計を探すが、普段保健室になんて来ない千雨は中々見つける事が出来ない。

千雨が起きるまで少しの時間保健室内で待っていたさよは、場所の分かっている時計を指さして時間を告げた。

「現在午後3時23分くらいですかね。ちなみに帰りのHRも終わっちゃってます。」

「……午後3時過ぎって、午前中どころか午後までの授業が全滅かよ。
ちっくしょー、テスト近いのに授業受けられないとか最悪だ。」

朝8時から午後3時までの実に7時間ほど失神していたものの、テスト対策に支障を来すなんてことが考えられる程度には体調が回復しているようだ。

「大丈夫ですよ、ネギ先生と承太郎先生が今日行った授業内容を後でプリントにして配布してくれるそうです。」

「いや、それはそれで面倒なんだよ。授業として出来る事を何でわざわざ家でやらなきゃならないんだ。」

「んー、もしかして長谷川さんって効率重視な人ですか?」

「ただの面倒くさがりだよ。授業とテスト対策以外で自宅勉強をしたくないだけだ。」

大仰に肩を落として、面倒だという雰囲気を出しながら嘆息する千雨。

そんな千雨の様子にさよは苦笑するしかなかった。

「んん! さーてと、まだ結構寝足りないし、さっさと部屋に帰って寝るかな。」

妙に体が痛くて、肩や首の関節を鳴らしながらまんべんなく動かす。

床ずれではなさそうだが、筋肉が軽い筋肉痛のように強張ってしまっている。

そうなってしまった理由は、長時間の失神をしてしまったためだ。

失神というのは意識が完全に落ちている状態であるため、睡眠時の半覚醒状態と違って体の姿勢維持をせず、休息がし辛い。

人間は無意識下に重力に逆らうよう筋肉を常に使用しているのだが、失神しているとその働きが弱まり弛緩してしまう。

また、失神と睡眠のメカニズムは別物であるため、眠気は解消されない。

だから失神後に体の調子が悪くなったり、眠気を感じてしまうのだ。

そんな訳で猛烈に休みたい千雨は、さっさとそばにおいてあった鞄を掴んで保健室から出ようとする。

「あ、じゃあご一緒しますよ。どうせ方向は一緒だし、それに帰宅途中にまた倒れたら大変ですし。」

「そんなの別に……って、まー良っか。そんじゃ一緒に帰るか。」

「はいっ!」

此処まで運んでもらった恩義もあることだし、一緒に帰るくらい良いかと考え、共に保健室を出ることにした。

だからこそ、この直後に襲った出来事はあくまでもさよの責任ではない。

責任ではないのだが――

「おお、丁度良かったな。様子を見に来たのだが、その調子なら大丈夫そうだ。
しかし長谷川に相坂、2人だけでは心配だからわたしも同行しよう。」


「あー、長谷川さーん! 良かったです、心配してたんですよー!
僕も明日菜さんたちの部屋に帰らないといけないので方向が同じですし、ご一緒します。」

「……好きにしろよ……。」

――どうしてもさよがこの事態を持ってきたのではないかと考えざるを得ないのだ。








見慣れた帰り道に影4つ。

周りは雑談や街灯に付いたスピーカーからのBGMで騒がしいのだが、承太郎たち4人のところだけはやけに静かである。

教師と生徒のグループであるから話を振り辛いという訳ではなく、取り立てて話す事柄もないために帰宅中は会話も殆どしないで黙々と進んでいるだけの状況だ。

さよも承太郎もネギもこういう状況にはそれなりに強いのか何も言わない。

何故強いのかというと、さよは孤独に慣れている、承太郎はそもそも雑談をあまりしない、ネギはアーニャと歩いている時に突然押し黙られてしまう事があったから。

ちなみにネギの場合は不用意にフラグを立てる様な言葉を出してしまって、アーニャが嬉しさを顔に出さないようにしているからである。

閑話休題。

しかし千雨は沈黙がどうにも我慢できなかったらしく、ぽつりと質問をすることにした。

「……何も聞かないんだな、私の能力について。」

その一言にスタンド使いであるネギ以外の2人は少し驚いた顔をする。

ネギはここ数日に合った出来事をまだ詳しく知らないので、今の千雨の一言についてよく分かっていない。

「……ふむ、では聞いた方が良いのか?」

「……徐倫が空条先生の事を嫌ってる理由が分かったよ。」

「ぐっ!?」

苦虫を噛み砕いたような顔をした承太郎を見てしてやったりという表情を見せる千雨。

だがすぐに表情を仏頂面に戻してしまった。

「どうせ全部ばれてるんだろ、教室にいるスタンド使いは。
……相坂が見えていて、スタンド会話が聞こえる人物を選出していたみたいだしな。」

「ああ、相坂が見える人物は複数人いたようだが、スタンド会話で反応を見せたのは、相坂と長谷川を含めて『4人』だ。
まぁ聞こえていない振りをしている奴が居てもおかしくは無いから、全部では無いのかも知れんがな。」

ここにきてやっと千雨が何を言っていたのか理解したネギは、自分の生徒にもスタンド使いがいた事を知って慌て始める。

「え、えー!? 相坂さんと長谷川さんがスタンド使いって……しかも他にも何人かいるんですかー!?」

「ああそうだよ、『魔法使い』のネギ先生。」

「しかも僕の事までばれてるー!!」

何を今更と言った感じで千雨は肩を竦める。

「スタンド使いはこの麻帆良を覆っている認識阻害の結界の効果を受けづらい。
だから不自然な事があっても補正がかからないから、魔法使いの事は一方的に知ることが出来る。
それに言葉の端々に魔法使いと関連付ける単語があったりとか、杖を持ち歩いてる時点で当たりを付けるのは楽だったぜ?」

あわわわとまたしても正体がばれてしまった事に慌ててしまうネギだったが、千雨は心配いらないと手を横にひらひらと振る。

「オコジョ刑執行なら安心しろ、先生の言動から確信に至った訳じゃないし、ばれても黙っておけば大丈夫だしな。
詳しい事は私がまほネットの裏データバンクに『入り込んだから』から分かったんだよ。」

「えっと……データバンクに『入り込んだ』って事は……駄目ですよ、違法アクセスは不味いですって!」

ネギは『入り込んだ』という部分を違法アクセスだと勘違いしたようだが、承太郎とさよは今の表現でピンと来たようだ。

「ああ、なるほど。電子機器好きですからねー、長谷川さん。」

「……あっさりとばらしてしまったのはどういうことだ?」

「隠したところで『引力』のせいでばれるだろうし、戦闘力が無いのが分かれば助けてもらえるだろう算段込みだよ。」

そう言いながら千雨は右手をサムズアップと同じ形にして、自分の後ろの方を親指で指す。

「……!? 気付いていたのか?」

「ちょっとした対人恐怖症持ちでなー。こっちを見る視線とかに敏感なんだよ。
この感覚だと……多分2人かな。」

「ふぇ? 何か後ろにあるんですか?」

千雨と承太郎は気付いているが、さよとネギが気付けてない事が能力以外にある。

最近はめっきり減っていたが、やはり『英雄』の肩書は存外重いようで、時折承太郎とネギの後ろをつけてくる者がいるのだ。

魔法でも使っているのか、それなりに距離が離れていても見え方や聞こえ方に変化は無いようである。

そのため、おそらくは明日菜に魔法がばれた事は既に伝わっているだろうが、あえてそれをネギには言わない。

「今までの会話は聞かれているだろうな。クラスにいるスタンド使いの残り2人には早めに接触しないと、何をされるか分からん。
長谷川の能力については『あんなもの』であると確信はできないだろうが、この後はどうする?
分かるはずは無いと思っても、盗み聞きされるのは些か気分が悪い。」

「なら次の角を右に行きますか。あそこなら人通りも少ないし、角に折れた瞬間いなくなればいくらなんでも諦めるだろうし。
空条先生と相坂は能力に気付いてるだろうから良いとして……ネギ先生、私のそばに寄っておいて下さい。」

「あ、はい。」

少しだけ距離を置きながら横並びに歩いていた4人は、千雨を中心に周りを残りの3人で囲む形にしながら歩き続ける。

そうすると後ろから誰かが急速に近づいて来る気配がした。

追いつかれても厄介なので、4人はアイコンタクトで合図を取り、曲がり角まで一斉に走り始めた。

「ちっ、会話が聞かれているから諦めて帰るか、しつこくこちらの能力を確かめようとするかの2択だったんだが、後者かよ。
あーあ、今日という日はとことんついてねーな。」

「この距離なら角に曲がった時点で奴から死角になる。何時でも能力は発動できるのか?」

「今のご時世、『あれ』を持ってない奴はいねーよ。」

そう悪態をつきながら、角に入った直後に千雨はネギの方を見る。

「ネギ先生、今から私たち3人は『消えます』けど、そのまま走って女子寮まで向かって下さい!
その間、荷物の中身を確認しようとかすんなよ!」

「うええ!? ちょっと長谷川さん、『消える』とかってどういう意味ですかー!?」

「そのままの意味ですよ、っと。行くぜ、『プリズム』ッ!!」

『『『『『『『アイアイサー!』』』』』』』

状況が分かっていないネギは半泣きだが、そんな事お構いなしに能力を発動させる。

走っている千雨が自らの分身の名前を叫ぶと、その体から7匹のネズミが飛び出し、4人の体の周りをくるくると飛び回り始めた。

「対象はネギ先生の持っている『あれ』だ! 3人転送だから、フルにリソースを割きやがれー!」

『了解です、ちう様。 我ら『プリズム』にお任せあれ!』

『転送終了まであと5秒! 衝撃にお気を付け下さい!』

そして飛び回るネズミから放たれた霞のような光によって、ネギ以外の3人の体を包み込む。

ネギはスタンドの姿を見る事が出来ないため、突然光に包まれた3人を見て何が何だか分からず「何これー!」と叫ぶしかない。

やがて3人をそれぞれ内包した光は文字通り一丸となり、ネギに向かってすっ飛んで来る。

「ちょっ!?」

突然迫ってくる光の球と言う現象にネギは悲鳴を出そうとするが、それがきちんと口から出る前に体当たりでも食らったかのような衝撃が発生し、悲鳴を飲み込んでしまう。

衝撃によって走っている状態から勢いよく転んでしまうが、前回り受け身の要領でそのまま体勢を整えて再度走り始める。

女子寮まで走れと言われているからには、意地でも走り通してやろうという感じなのだろう。

「あいたた、びっくりしたー。もう、こんな事になるなら一言だけでもくれれば良いのにー!」

文句を言いながらも走り続けるネギは生真面目と言うか何というか。

一応後ろから追跡している人物がまだいるので、撹乱という意味では正しいのだが。

「絶対……絶対に能力について教えてもらいますからねー!」

叫びはすぐに街の喧騒に混ざって聞こえなくなっていった。

頑張れネギ、電車に乗らないなら女子寮まで後20分以上だ!








空条承太郎――千雨の能力でとある場所に転移中。

ネギ・スプリングフィールド――色々と訳が分からないまま女子寮に向かって全力疾走中。
                   本人は気付いていないが、何故か持っている携帯電話が光っているようだ。

相坂さよ――千雨の能力でとある場所に転移中。

長谷川千雨――スタンド名『プリズム』
          追手から姿を隠すために能力を使用中。
          電子機器に関係する能力のようだが……?


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/  

後書き:
チラシの裏から移動してから最初の話となりました。

これからもよろしくお願いします。



[19077] 12時間目 長谷川千雨は普通に暮らしたい②
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/07/28 22:11
光に包まれて進んだその先トンネルの先は、何も無い白い空間だった。

何処までも白一色で、僅かな黒ずみさえも確認することは出来無い。

上を見ると天井があるのだが、周囲には地平線が広がっており、その果ては見えない。

果てに見える地平線に丸みが無いため、この空間は完全な直方体で構成されている事だけは分かる。

それと、この空間に何も無いというのは語弊かもしれない。

少なくとも自分たちという存在と、満足に呼吸できるだけの空気はある。

まぁ結局のところ単なる言葉遊びではあるが、そうでも思わなければやってられないというのが承太郎の正直な思いだ。

「……今まで様々なスタンドを見てきたが、割とトップクラスに凄まじい能力だな、これは。」

何しろ果ての無い世界が目の前に広がっているのだ。

流石の承太郎でもここまで『異質な空間』は見た事が無い。

空間からは湿度は全く感じず、気温は高くもなく低くもなくといったところ。

今まで走っていた路地の寒さからすると、湿度面以外は些か快適である。

しかしおかしなことに、湿度を感じなくても乾燥しているとは思えないのだ。

(DIOの屋敷の時のような違和感は、ここからは感じない。これが自然な姿なのか?)

空間を変質させる能力は程度はどうであれ、どうしても違和感を生じさせてしまうものだ。

だがこの空間からは、少なくとも何かを変えたような歪さは感じない。

と言っても、そもそもただただ白い空間から異質感は感じているのだが。

それに、どうも生者が住んではいけない気がするのだ。

どうにも機械的というか、それがこの異質感の正体なのかもしれない。

「うわー、広いですねー。もしかして此処があの世ってやつなんでしょうかー?」

「相坂でも分からないあの世が、わたしに分かるはずがないだろう。
そもそもお前はある程度は能力を推測していたし、それに追手から逃れるためにあの世に言ってどうする。」

さよはここをあの世だと言ったが、今までの会話から推測した能力からするとその可能性は考えられない。

それはさよも分かっているのか、「冗談ですよー」とぽやぽやした表情で笑っている。

緊張感が足りなさ過ぎるきらいがあるので、スタンド使いとしての教育が必要だなと考えた。

「長谷川、大体予想は付いているのだが一応聞く。ここは一体どこなんだ?」

能力にあたりは付けているのだが、詳しいところは本人に聞かなければ分からない。

そのため、此処に連れてきた本人である千雨がいるだろう方向を見る承太郎だったが、いつもの仏頂面が何故か呆れ顔になる。

理由は、千雨のある意味悲惨な状態のためだ。

「ぜー、ぜー……し、死ぬっ! インドア派に、ゴホッ、50メートル以上走らせるんじゃねぇよ、畜生……。
さっき追いかけてきてた奴らが分かったら、絶対に此処で恥ずかしい目にあわせてやる……。」

真っ白な地面から顔を上げる事も出来ず、息も絶え絶えに呪詛を吐く千雨。

最低限のプライドだろうか地面に倒れこみはせず、プルプルと体を揺らしてはいるが四つん這いの状態だ。

その様はどこか生まれたての小鹿を連想させる。

先程の100メートル程度の軽いダッシュでここまで息を上げるとは、もはやもやしを通り越してスプラウト並みの弱さである。

これはもう貧弱具合がインドア派とかそういう次元じゃないと思うのだが。

しかも追跡者に八つ当たりをしようと言うのだからタチが悪い。

何をする気か分からないが、少なくとも何か大切なものを失うようなことであるのは間違いない。

「まぁ、その……なんだ。とりあえず落ち着いてくれ、長谷川。」

「……顔の加工かメイクでプライバシーだけは最低限確保するのは良いとして、格好は露出の高い……ブツブツ。」

承太郎の頼みは残念ながら聞こえていないようである。








「……!?」

ネギを追跡している人物は、今日の場合は2人いる。

背の高い者と少しだけ背の低い者なのだが、どちらもフードの付いた黒いローブを深く着こんでいるために、表情や性別を見た目から判断するのは難しい。

現在、走りが魔法による強化で速くなっているネギの姿を常に捉え易いように屋根の上へ行き、建物を飛び移りながら追っていた。

そのうちの片方、背の高い方が、突如として感じた妙な悪寒によって急に立ち止まってしまう。

もう一人の追跡者は後ろから付いてくるように走っていたので、あわや激突といった状態だったが、立ち止まった追跡者をさらに飛び越えるようにして避けた。

「ど、どうしたんですかお姉さま!? 急に立ち止まってしまったらネギ先生を見失ってしまいますー!」

「ご、ごめんなさい、愛衣。少し気になる事があって……。」

どうやら2人とも女性、それに声色からすると結構若いようだ。

『お姉さま』と片方が呼称されたことから、姉妹なのだろうか?

「……って愛衣、このままじゃ振り切られるから先に行って!」

「は、はい! それでは先に行かせていただきます!」

背の低い追跡者――愛衣と呼ばれた少女――は『お姉さま』からの指示で迅速に追跡を再開するが、その『お姉さま』は立ち止まったまま、先程感じた悪寒の大本を探そうとする。

屋根の上にいるためにこちらを視認できる場所は限られてくるので、それらしい人物が居ればすぐに分かるはずだと思ったためだ。

しかし視認できるだろう場所には誰もおらず、また下に見える道からの視線も感じない。

ただ単に気のせいと捨て置くにもどうにもしまりが悪いが、見つからないものは見つからない。

結局、何の手がかりもつかめないまま一分後には追跡に戻る事になった。

(……何だったんでしょう、とても……とても嫌な感じがしましたわ。
何か後々にとてつもない辱めを受けるような、予感とも言うべきおぞましい何かを……。)

だが謎の人よ、その『予感』という認識は間違いだ。

あなたが何かしらの恥ずかしい目に合うのはもはや確定事項であり、これはあらゆる並行世界における不文律なのだ。

この運命はどんなラブトレインでも飛ばす事が出来ず、既に脱出不可能チェックメイトである。

南無。








さて、場面は元の白い空間に戻る。

体から行き場の無い呪詛をありったけ吐きだしてすっきりした顔の千雨、それを見てドン引きしている承太郎とさよがそこには存在した。

気のせいだろうか、この何処までも白い空間の中で千雨の周りだけが黒く霞がかって見えるのは。

『よいしょっと。……ふぅ、演出のために黒い霞プログラムの実行完了しました。』

『僕たち偉いですか? ねぇちう様ー!』

訂正、本当に黒い霞が出ていたらしい。

下手人である2匹の可愛い姿形のネズミは、僕らやり遂げました感を小さな体を余すところなく使って表している。

具体的にはポージングレベル2だ、手足が短いから完成はしていないが。

そんなポージングを継続しながら良い仕事したとばかりに目を輝かせる2匹を見て、千雨はゆっくりと満面の笑顔を向けた。

「しらたき、ちくわぶ……お前ら今日の夕飯抜きな。」

『『ごめんなさい。』』

しかし口から出てきたのは死刑宣告。

2匹はその言葉を受けて迷うことなく土下座に移行した。

千雨はため息をつきながら、土下座している2匹を視界から外して承太郎たちの方に向き直る

「ったく、どうしてこう緩い性格になっちまたんだろうな、こいつら。
……んで空条先生、此処が何処なのかって質問してたよな?」

「……一応聞こえてはいたのか。」

「一応な。んで、先生は此処は何だと思うんだ?」

質問を質問で返す千雨だったが、特に気分を害した様子もなく承太郎は周囲を見ながら答えた。

「通常とは別の空間なのは分かるが、何かを介して行うようだったな……推測するに、何かしらの電子機器の中か?」

その答えに千雨は「まー合ってる」と一言だけ返し、両腕を前に出しながら軽く肘を曲げて構えをとる。

すると空中に半透明な二面型のキーボードとディスプレイが現れ、それを高速でタイピングし始めた。

タタタタと一切途切れないタイピング音から、相当のパソコン技術を持っている事が窺い知れる。

その打ち込みには一切の無駄な要素が無く、動作の流れからは洗練された剣……いや、宝石のような鋭い輝きを感じた。

「私の能力を行使するために必要な条件は二つ。
一つ目は、『出入り口として設定する電子機器の電源がその時点で使用できる状態に移行できる』事。
二つ目は、『その電子機器が私の手の届く範囲にある』事。」

タタンッ。

気持ちの良いくらい軽快な音を立て、今まで継続されていたタイピングが会話の最後に合わせて途切れる。

同時に、承太郎たちを取り囲むように無数のディスプレイが表示されていく。

ブラウザクラッシュの様に際限なく画面が現れ、すわ此処まで来て攻撃してくる気かと承太郎とさよは戦闘態勢を取る。

「おいおい、気が早ぇえよ。しっかり表示された画面を見ろ、ただのデモンストレーションだ。」

そんな二人を見て血の気が多いなと思いながら注意を促す。

確かに良く見てみると、表示されているのはごく普通のホームページや今の時間に放送されているテレビ番組などである。

それらが周り一面に表示された中心、不遜な態度で腕を組んだ千雨はその『力』の在り方を示す。

「私のスタンド名は『プリズム』、能力は『電脳世界に出入り出来る』事。
ようこそ、世界中の夢見がちな奴らオタクが心から入ることを望んだ電脳世界へ。」








12時間目 長谷川千雨は普通に暮らしたい②








「さて、こんな状態じゃゆっくり話も出来ねぇな。ちょっと模様替えするから待ってろ。」

このまま立ちっぱなしで話をするのは面倒だとでも思ったのだろう。

一体何をするつもりなのかは分からないが、千雨は再度キーボードを操作し始めた。

目測で二十を超えた時点で数えるのをやめたディスプレイ群は一斉に消え失せ、代わりに家具のカタログの様なものが千雨正面のディスプレイに表示される。

いや、カタログと言うよりも箱庭ゲームのエディット画面の方がより近いかもしれない。

先程の操作した際の結果を考えれば、千雨はこの空間に自由に干渉できるのだろう。

模様替えという言葉から察するに、落ち着けるように椅子やテーブルでも出してくるのだろうか。

「一応和装とか洋装とか南国風とか色々設定できるけど、どうする?」

「どうする……と言われてもだな……。」

突然に「今日の夕飯、和食と洋食のどっちにする?」みたいなノリで言われても、常識的に考えて着いていけない。

「はいはい! 戦前では洋装に馴染みが無かったので、洋装でお願いします!
それと、もし出来るのなら物語に出てくるようなお嬢様チックな物が良いです!」

……お構いなしに注文できる者が居たようだが。

まぁ、さよにとっては誰かと触れ合える機会があれば積極的に行きたいんだろう。

長い間の孤独から解放されたのだ、これくらいはしゃいでも罰は当たらない。

そう考えて、承太郎も千雨も特に何も言わなかった。

「……あいよー。という訳でプリズム、外のネギ先生が女子寮に着くまでそんなに無いから、七人全員で働きな。
それと、構成待ちついでに各自の自己紹介しとけ。」

そう言いながらまたキーボードをたたきだす千雨。

指示を受けて横一列に並んだ七匹のネズミ達は、それぞれ承太郎たちの前に一匹ずつ出て挨拶をしていった。

『はいです! 僕はだいこんです、よろしくー。』『うう、しらたきです。』『きんちゃくともーしますー。』『……ちくわぶです。』

『ねぎなのだー。』『はんぺんです、以後おみしりおきをー。』『こんにゃくでーす。』

「うわー、とってもかわいいです。私もこんなスタンドが良かったなー。」

元気良く挨拶してくるプリズムの姿は、可愛いものが大好きな女子中学生にはたまらないものがあるのだろう。

ただし、夕飯抜き宣告をされた二匹は元気が無かったが。

それは一先ず置いておいて、さよは我慢できなくなったのか、だいこんを手元に持っていって撫でまわしている。

ちなみに「良ぉおーーーしッ!よしよしよしよしよしよしよしよしよし」という狂気じみた撫で方ではなく、普通にハムスターの撫で方である。

撫でているさよも、撫でられているだいこんも非常に気持ちよさそうな顔をしている。

その様子を見て『次は僕ー』とか言って他のプリズムもさよの前に順番待ちしている始末だ。

そんな風に代わる代わる数分間撫でていたのだが、千雨の作業が終わった様で終了となった。

「んーっと、こんなもんかな。ほらプリズム、気持ち良いのは分かるが準備しろー。」

「ええー!?」

「いや相坂、ええーじゃねぇよ。こちとらいい加減立ちっぱなしなのが辛いんだよ。
お前らも名残惜しそうにしないでさっさと準備だ。」

『……了解しました。』

「ほー、余程夕飯がいらな『準備完了しました!!』よろしい。」

見事な飴と鞭によって一瞬でプリズムを自らの周囲に配置させる。

今正に撫でられていたこんにゃくも、どういう原理か分からないが一瞬でさよの手から抜け出していた。

ミスタに、というかセックス・ピストルズに見せてやりたい光景だ。

……見せたところでどうにもならないだろうが。

「さーてさっさとやるぜ。このフィールド構成プログラムをコンパイル完了後にすぐ起動だ。」

先程まで操作画面となっていたディスプレイが球体へと転じ、宙に浮かぶそれをそれを取り囲むようにプリズムが飛ぶ。

取り囲みながらプリズムは、各自のサイズに合ったディスプレイでプログラムを動かし始めた。

『はーい! 念のためのデバッグかんりょー、異常無ーし!』 『コンパイル開始します。』 『3……2……1……コンパイル完了しました。』

しらたき、だいこん、ねぎがプログラムを使用可能に出来るよう調整を行う。

『お客様たちの居る範囲にプログラムの適用をしないように実行しますー。』 『空間が揺れます、注意ー!』

ちくわぶとこんにゃくが承太郎たちに悪い影響が及ぼされないように環境の設定をする。

『箱庭プログラム、起動しまーす。』

最後にきんちゃくがプログラムを起動させた。

余談ではあるが、きんちゃくだけ楽そうに見えるが、パソコンのCPU代わりなので一番負荷がかかっていたりする。

それはそれとして、プログラムが起動されると承太郎たちの居る場所以外が急激に変化していく。

端的にどう変化しているのかと言えば、真っ白い空間が某不思議の国に迷い込んだ少女のお茶会シーンになったのである。

周囲は森に囲まれ、テーブルの上には紅茶のポットやケーキが乗せられているが、どうも見た目だけの背景データ扱いの様だ。

「そんじゃま、ここに座って話そうぜ。洒落た紅茶なんてのは出ないがな。」

そんな様子の変化に慣れ切っているのか、千雨は特にリアクションも見せずにとっとと高級アンティークのようなの椅子に座る。

「……確かに相坂の要望通りの内容になったな。」

「すごいです! 長谷川さん、ありがとうございます!」

承太郎は能力のスペックにほとほと呆れているのだが、対照的にさよはテンションがうなぎ登りだ。

ここら辺が若さの違いなのかもしれない。

……冷静に考えてみるとさよの方が年上だが。








「さてと……何から聞きたいですか?」

そこまで大きくないデザインテーブルで三人は席に着き、やっと話し合いの出来る体勢となった。

アリ○のお茶会な感じなので、何処までも話し合いに向かない空間ではあるのだが。

「……まずはスタンドの覚醒した時期だな。それと、この場は学校とは関係ないから敬語はいらん。」

「あー、了解。でも聞くのはやっぱりそっからだよなぁ。」

ぽりぽりと頬をかき、若干言いづらそうにする。

結局のところ、スタンド使いはそれを見る事の出来ない一般人には理解されないものである。

そのためか、スタンドの覚醒で周りとの調和がとれなくなったり情緒不安定になってしまうことが多いのだ。

そんな状況は本人にとっては忘れたい事柄になってしまうため、とにかく話したがらない。

承太郎だって暴走したスタープラチナを悪霊だと勘違いして、周りに迷惑をかけないために警察に厄介になったのは当時の仲間にすら隠している黒歴史になっているほどである。

「まぁ聞きたい事を言わせたのは私だし、話す事にするわ。」

話したくないですと言うオーラを出しながらも律義に話し始めるところから、意外に真面目なのか。

飲み物の入っていない飾り物のティーカップを弄びながらその先を紡ぐ。

「まだスタンドを知覚していないものの、良く分からないまま能力が発動したのは麻帆良に来る前の5歳くらいの頃だったな。
ほら、1997年に起こった世界規模のサイバーテロがあっただろ? 多分相坂には分からないと思うけどさ。」

確かにそのような事件があった事を露知らないさよは恐縮してしまう。

「あうう、確かにその当時はずっと教室に憑いていたから、学校周辺で起こっていることしか分からなかったんです。」

「大丈夫だ相坂、わたしが概要だけ教えてやる。
『SPIDER』というコンピュータウィルスによって全世界の発電所や経済ネットワークに影響を与えた事件があってな。
これによって発生した損害は結構な物で、ネットワークシステムの発展に力を入れざるを得ない事が分かった教訓とも言うべき事件だ。」

突如発生し、急速に解決したこの事件。

皮肉にもこの事件によってインターネットが注目されブームを巻き起こしたので、IT革命の起爆剤とも言われているのである。

「ちなみに解決したのは当時の最高レベル女性型AIだぜ。
ただ意図しないとはいえ、AIとウィルスが戦ってる部分が全世界の映像を表示できる機器で流されてたんだよ。
あれはまずいよなー、誰か一人でも録画してたら今でもアウトだったし。」

「……? 流れていた映像はわたしも見たが、その話はわたしも初耳だな。」

「ん? まぁちょっと知り合いが事件関係者だったから、詳しく当時の状況を聞いてな。
それよりも能力が発動した事だろ? 続けて良いか?」

「ああ、頼む。」

承太郎としてはそこの部分を掘り下げたかったようだが、機会はまだあるので後々に回すことにする。

「その戦っている映像を親のパソコンで見ててさ。当時の私は何を思ったのか、『戦っているお姉ちゃんの応援に行く!』って強く祈ったんだよ。
そしたらパァーッと眼の前が光って、気付いたら画面と同じところに居てなー。まぁものの十秒くらいで元居た部屋に戻ってたけど。」

「無自覚の能力行使か。確かジョルノにも同じような事があったと……ああ済まない、こちらの話だ。」

生まれついてスタンド素質が高いものは、スタンドが見えなくてもその能力に出来る事であれば無意識に発動させる事がある。

この場合は理解していないままに、電脳空間へ直にAIの応援に行こうとしたのだろう。

「で、そんなこと親に言っても信じてもらえる訳もないし、寝ぼけて見た夢なんじゃないかって当時は考えた訳よ。」

今度は飾りのリンゴをぽんぽんと放り投げながら話を続ける。

もしかしたら何かをいじって無いと落ち着かないのかもしれない。

「……スタンド能力を自覚するに至ったのは、麻帆良学園小等部1年になってからだ。
覚醒理由は簡単だよ……私の言動が周囲に理解されなかったから。」

「それはまさか……。」

「考えてる通りだよ。
『スタンド使いは認識阻害が効きづらい』から、私が認識できる異常を誰もが気のせいとか見間違いとか言いやがったんだ。」

パリンと、この場に似つかわしくない音が鳴る。

発生源は千雨の手で、リンゴをかたどっていた物は今やドット状に分解されていた。

「大体普通に考えておかしいだろ! 何なんだよ、車より早い人間とか人型ロボットとかさ!
いちいちあれがおかしい、これがおかしいって指摘したら駄目か!? ああおい、人を狼少女扱いしやがって!
『車より速い人なんか居るに決まってるじゃん』とか『あの子がロボットに見えるとかおかしいよ』とかお前らがおかしいわ!
友達だった奴らも教師も、挙句の果てに両親すら胡乱気に私を見てくる始末だしよ! てめぇらについてるその両目をちゃんと機能させやがれ!!」

……どうやら相当腹に溜めこんだものがあったらしく、完全にプッツンしてしまったらしい。

承太郎たちが居るのにも構わず、テーブルの上にあるオブジェクトを片っぱしからデータに戻しているこわしている程だ。

仗助と同じで周りが完璧に見えていない様子である。

話を聞いている限りでは、おそらく認識阻害結界の効果が薄かったため、麻帆良で起きている全ての異常をしっかりと感知出来てしまっていたが故の悲劇だったようだ。

周りに合わせて認識を鈍らせればよかったのだが、どうしても納得がいかなかったのだろう。

千雨は子供ながらに朱に交わろうとせず、自分の色を貫いたのだ。

「はぁ、はぁ……。あー悪い、取り乱したな。」

プッツンしたまま時間が経過するものと思いきや、サザエさんヘアーと違って速い時間で再起動を果たした。

発散するのは慣れているのだろうか、既にすっきりとした表情を見せている。

「まーそんな環境だったせいで学校に行っても面白くもなんともないしさ。
家にこもってパソコンとにらめっこする日々が続いた訳よ。」

「パソコンとにらめっこ……そんな機能があるんですね!」

瞬間、空気が凍る。

「……相坂、シリアスな部分だから少し喋らないでくれるか?」

「え? あの、空条せ「相坂?」わ、分かりました。」

有無を言わさずに眼力でさよの発言を押しとどめる。

このファインプレーには機嫌の悪い千雨も思わず親指を立てた。

「そんで、ちょっと辛くなって部屋で泣いてた時があってよ。『私が正しいのに、何でみんな見て見ぬふりをするんだ!』ってな。
そしたら私以外誰もいないはずの部屋で、急に私を慰める声が聞こえてきたんだ。」

『それが僕たちプリズムの誕生の瞬間だったんでーす。』

「なるほど、強い感情によって覚醒か。この場合は『不条理な現実への反抗』がキーになっているな。」

ただ能力を考えると、『誰にも理解してもらえない現実からの逃避』の心での覚醒かもしれないが、こればかりは本人にしか分からないだろう。

いや、もしかしたら本人でも良く分かっていないのかもしれない。

自分の精神ほど分かりやすくて理解しづらい物は無いのだから。

『でも生まれて初めてした事が本体を泣きやませる事だとは思いませんでしたね。』

『『私の友達になってくれるの?』とウルウルした眼のちう様は可愛らしかったですよー。』

「わー! そこまで詳細な事を話さんでいい!」

プリズムの余計な一言によって真っ赤になりながら怒るが、いじられ慣れていないのか勢いが無くなっている。

承太郎たちは微笑ましい目線を送るだけだった。








「はい、この話終わり! 次の質問!」

未だに真っ赤な顔を継続させたまま、千雨は怒っているのか恥ずかしいのかいまいち判断しかねる状態だ。

でもこの場合は後者だと思う。

「次の質問はですね、一応能力を詳しく知りたいんですけど。」

「……一応聞くが良いのか、長谷川?」

何となく今の雰囲気なら話しても大丈夫だと思ったさよが、普通ならスタンド使いに聞いてはいけない質問No.1を出す。

スタンド使いが能力を知られることは弱点を知られることと同義なためだ。

しかし今回に関しては既に千雨の方から能力を明かしても良いとのことなので聞いたのだ。

「別に構わねー。走ってるときにも言ったけど、私のプリズムには戦闘力は無いんだよ。
いや、この空間に連れてくれば戦闘とか出来るんだけど、正直そんなことしている間にボコられて終了だからなぁ。」

肩を竦める長谷川と、恐縮して縮こまるプリズム達。

どちらにしても余りにも戦う気概と言うものが感じられなかったので、承太郎は真意を探るまでもなく言葉に嘘が無い事を理解していた。

「さっき簡単に説明した通り、私の能力のメインはあくまでも『電脳世界への出入り』だ。
オプションとして、この空間に干渉できる特殊なキーボードとかディスプレイを出せたりするけどな。
でも実際の作業とかは自分自身のプログラミング技術とか、プログラム構成を頭で理解してないと駄目だったりするんだ。」

『だからこそ僕たちが居るんです!』

『ちう様がまだまだ未熟だった頃は、あれやってこれやってというのを代理でやってたんですよー。』

どうだ偉いだろうと胸を張ってるが、体が小さくて迫力が無いし、何より小動物的可愛さの方が勝っていたのでシュールだ。

「それなら今展開されている空間の設定は……。」

「私がちゃんと作ってるぞ。ただこの空間に合うようなコンパイルが通常用だと出来ないから、最後にはプリズム頼りになるけどな。」

事も無げに言うが、ただの女子中学生がここまでプログラミングできるのは異常ではないだろうか。

「ちなみにハッキングもクラッキングもプログラミングも、超優秀な先生に教えてもらったから結構なレベルで出来るぜ?
日本の国家施設設備くらいなら気付かれずに進入出来るから、そんな訳で麻帆良のデータベースに侵入するのは朝飯前ってこと。」

「ほう、それくらい出来るならSW財団が情報部の人材として欲しがりそうだな。」

「……そういえば空条先生ってSW財団がバックに付いてるんだっけか。んじゃあ就職先が決まらなかったら世話にでもなるかな。」

そうすりゃ楽できるなんて言いながら笑っているが、SW財団はS○NYやMicr○softに入るよりも倍率が厳しい企業として有名だ。

入社試験に合格した者が落選した者から逆恨みで殺されるという事件まで裏では起きている程の価値なのに、ずいぶんと気楽に考えるものだと承太郎は逆に感心した。

(ふむ、それなら人材部の者にしばらくの間一枠を開けてもらうか。)

この時、まさか冗談半分で言った言葉で、後々に本当に財団に入る事になるとは千雨は全く思っていなかったのだった。








「それではこちらからの質問は次で最後だ。」

経過した時間を考えると、そろそろ外で疾走しているだろうネギ先生が女子寮に着く頃だ。

とりあえず知っておきたかった能力の詳細を聞けたので、他に聞きたい事は本来なら無かったのだが、今までの会話からどうしても一つだけ気になる事があったのだ。

「……どうしてプリズム達に『ちう』という名前で呼ばれているんだ?」

「あー、それはわたしも気になりましたー。」

「う……それについてはちょっと。……絶対に話さなきゃ駄目か?」

此処に来て初めて、千雨が話したがらないという事態になった。

これはスタンド能力という一番ヤバい情報をあっさり明かした千雨らしからぬ反応だ。

「いや、話したくなければ別に――」

『別に良いんじゃないですか、ちう様。平仮名で『ちう』って入れて検索しちゃえば、一発で判明しちゃうんですから。』

『謎のベールに包まれたNo.1ネットアイドル! その正体は長谷川千雨様なのです!』

「おあーっ!? 何勝手に暴露して……ってコラァー! わざわざサイトを晒すじゃねぇ!」

承太郎は別に良いと言おうとしたのに、勝手にプリズムがテンションを上げて盛大に暴露しだした。

慌てた千雨が何処からともなく出したハリセンで暴露した2匹をスパコーンと叩くが、残っているプリズムが千雨のサイトを空中に表示させていってしまう。

これがもう出てくる出てくる。

一般的(?)なメイド服やバニーガールといった衣装から、おそらくアニメ作品のキャラクターであろう衣装まで山のような画像ページが羅列されていく。

幾つかは世間の流行りなんて全く知らない承太郎とさよで良かったと思える作品のキャラの恰好までしている始末である。

主に日曜日にやってる作品とか。

まぁ作品の内容が分からなくても感じ取れる部分はある。

「……綺麗だとは思うが、周りにばれないようにすることだな。」

「大丈夫ですよ、長谷川さん! これだけ可愛いならクラスの皆に見せても恥ずかしくないですって!!」

「……先生、お褒めの言葉と御忠告ありがとうございます。だが相坂、お前は駄目だ。どう考えてもこんなん見せたら私が恥ずかしいわ!
何より、私はあの変態の巣窟なクラスに馴染みたくないんだよ!」

千雨はあまりの怒りにうぎゃーと頭をかき乱し、未だに作業を続けるプリズムへ向かって何処からともなく取りだした大鎌を振りかぶる。

おそらく攻撃プログラムなのだろうが、プリズム達を攻撃して自分に反動は出ないのだろうか。

キャーキャー言いながら逃げるプリズムを追いかけながら、千雨は明日菜も驚いてしまうんじゃないかという声量で叫び声を上げた。

「私はあくまでも平穏無事に、普通に暮らしたいんだよー!!」

おそらく、その言葉はスタンド使いである限り無理だろう。

つまり死ぬまで出来ないという事だ。

「人の夢と書いて儚いんですよ。」

「相坂、お前が言うと非常に意味が重いし、何より長谷川の前で言うな。本気で消されてしまうぞ。」

幸いにして、聞こえていなかったようである。








「あれ、なんだろう……時の向こう側が見えます。」

「はーい、お疲れさん。んじゃ、私は部屋に戻るから。」

現在、麻帆良女子寮の玄関部分。

電脳空間組はネギが到着したのを見計らって帰還し、ちょうど玄関で分かれるところだ。

ちなみにネギは追手を撒く事に成功したようだが、余りの疲れに見てはいけない様なものを見ている状態だ。

魔力で体を強化しているネギでも全力で走り続ければ疲れるのは当たり前なのだが、この時点では魔力の調節が甘いために余計疲れているのである。

しかしそんなヤバげなネギをスルーして部屋に戻ろうとする千雨は血も涙もないというかなんというか。

「だ、大丈夫ですかネギ先生!? あうう、長谷川さんも部屋に戻らないでくださいー!」

「嫌だ。私は魔法使いが大っ嫌いなんだよ。まー認識阻害を取っ払ってくれれば好きになるかもな。」

バッサリと切り捨てて部屋に戻ろうとする千雨だったが、何かを思い出してネギの方へ振り向く。

「そーいやネギ先生ってパソコン持ってます?」

「あはは、ここが幸福な世界なんですねー。……ガクッ。」

「ああ、ネギ先生!?」

「…………。(サッ)」

どうやら疲れが頂点に達したせいで意識が飛んだらしい。

流石にこれには罪悪感が出たのか、千雨は目を逸らして見なかった事にしようとする。

気絶して答えられなくなったので再度、しかもそそくさと帰ろうとするものの、今度は承太郎が声をかけた。

「……ネギ先生がノートパソコンを持っているのを見た事があるが。」

「あ、ああ分かった。そんじゃ、さっきまでの会話をムービーで送っとくから、説明に関してはそれでチャラってことで、メンドイし。」

「了解した、後で伝えておこう。アドレスは――」

「アドレスは聞かなくて良いのかとか愚問ですよ。相手を指定さえすれば、後はプリズムがやってくれますから。」

『おまかせー。』

「……そうか。」

つくづく、この情報化社会において最強の能力なんじゃないかと承太郎は思う。

戦闘も苦手と言っていたが、不意を突かれて電脳空間に強制移動させられた後、デリート処理でも適用させられたらどうなる事か。

……多分「面倒くさい」とか言って戦闘せずに真っ先に逃げるだろうが。

「ならこれで用事は済んだな。それでは、私は帰るとしよう。ネギ先生については相坂に任せても大丈夫だな?」

「はい、長谷川さんの時と同じように運んでいきます。神楽坂さんたちの部屋で良いんですよね?」

「その通りだ、よろしく頼む。それではまた明日、調子が良かったなら教室でな。」

そう言って承太郎は女子寮を後にした。

残されたのはこっそりポルターガイストを利用してネギを軽々持ち上げるさよと、心底疲れましたと表情に出している千雨。

「……帰るか。」

「はい、それではまた。」

女子寮の寮監さんに挨拶をしながら、2人はそれぞれ行くべき部屋に向かうのだった。

しかしこの時のさよの発言について、千雨はもっと意味を推し量るべきであった。








「あー疲れた。さっさと飯食って寝たいわ。」

行儀悪く大口を開けて欠伸をしながら部屋に戻ってきた千雨。

なんだか色々あり過ぎて、明日の学校はサボりたい気分である。

(調子が悪いって言って休もっかな。徐倫だったら口裏合わせてくれそうだし。)

靴を脱ぎ捨ててリビングのドアを開けると、もはや見慣れた光景になっているソファに寝そべる徐倫と既に用意された料理、そして妙に大きな荷物が千雨を出迎えた。

「あー、お帰りー。 悪いわね、先に帰っちゃって。
本当なら同室の私が一緒に居た方が良かったんだけど、部屋の掃除とか食事の用意とかあったから別の人に頼んじゃって。
お詫びの印に弱った胃でも食べれるようなもん作っといたから。」

「の割にゴマ油の香りが……あー中華粥か。普通の粥って好きじゃないから良かったわ。」

「おかずも軽いのにしといたから、もうチョイしたら食べましょ。」

「あ? なんで今すぐじゃないんだ?」

「いいからいいから、とりあえず席についといて。」

何故かは分からないが徐倫が妙に機嫌が良く、されるがままに食卓に着く千雨であったが、何かこのままじゃヤバいと頭の中で警報が鳴っている。

このまま何もしなかったら絶対に後悔するというのは感じ取れるのだが、もはやどう動いてもどうにもならないという確信の方が強い。

そもそも考えてみたらそれらしい事はあったのだ。

『朝一に話しかけて来たり』、『保健室に連れてってくれていたり』、『帰り道を一緒にしたり』と、向こうからの接触は妙に多かった。

今思い返してみると朝の時にわざわざ話しかけてきたのも、何か伝えようとでもしたのかもしれない。

極めつけは『不自然に運び込まれている荷物』だ。

最近これと似たような状況を見たはずだ。

そう、今月初めに合った徐倫の入室の時に。

やっぱり夕飯を食べないで寝ようと思って立ち上がろうとした瞬間、ピンポーンというありきたりなインターホンの音が部屋に響く。

先程分かれたタイミングを考えると、確かにこれくらいのラグはあるだろう。

「さよでしょー? 鍵開いてるから入ってきていいわよー。」

「お、お邪魔しまーす。」

やっぱりというか何というか。

大方の予想通りに、入ってきたのは相坂さよであった。

「千雨はさよの事よく知ってるんだっけか。なら自己紹介とか大丈夫よね。
という訳で、今日から『同じ部屋』だから仲良くしましょ。」

「待て、いや待って下さい。つーかどういうことだよ相坂ァ!」

納得のいかない千雨ではあったが、徐倫の発言から既に内堀まで埋められている事は察してしまっている。

つまりは悪あがきである。

「いやー、すっかり話すのが遅れちゃいましたけど、今日から私はこの部屋で過ごすことになったんです!
よろしくお願いしますね、長谷川さん。」

「休学から復帰したのは良いけど部屋が決まって無くて、それで昨日は仕方なくあいつとママが住んでる家に泊ってたらしくてさ。
そしたら和食が大得意なのが判明して、それなら『徐倫に美味しい和食をを食べさせて、ついでに教えてあげて!』ってことでママにここに入るのを勧められたんだって。
丁度良いじゃん、ここって元々三人部屋だから余裕があるし。」

「……もうどうにでもなってくれ。」

もう駄目だ。

そう完全に理解した千雨に出来る事は、慣れることと諦める事だけだった。

(もしどっかにいやがるんだったら神様、私に普通の暮らしを下さい。もしくは死んでください。)








『引力』は空気を読まずに厄介事を引っ張る。








長谷川千雨――突然増えた同居人のための心労で、次の日学校を休む。
          体調が戻ってからは電脳空間にあるスタジオで、うっ憤を晴らすために片っぱしから衣装データを着て撮影を行った。
          その後1ヶ月間はブログランキングで、2位との差を2倍以上付けてぶっちぎり1位を独走した。

相坂さよ――千雨&徐倫の部屋にIN!
        千雨の能力を使えばイタリアに毎日のように行ける事を知ってからは、事あるごとに能力の使用を迫るようになる。

空条徐倫――千雨とさよの様子から仲は良好と判断。
         後日、さよの作った和食を食べて「……ママの作る和食より美味しい」と言ったらしい。

空条承太郎――数日後から妻が作る和食が増えたことに困惑。

ネギ・スプリングフィールド――目が覚めたら風呂場で、明日菜に頭を洗われていた事に困惑。


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/  

後書き:
ちょっと話のつながりが悪い部分があったので11時間目もちょこっとだけ本文が変わってます。

あれ?と思われたなら、いったん別窓で開いてみてください。


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