第七学区の高級住宅地が居並ぶホームハウスの一つ。
学園都市の暗部として活動する非公式組織『アイテム』の隠れ家の一つとして機能する自室に、中学生ぐらいの少女がいた。
絹旗最愛、と呼ばれる少女は愛らしい顔をニヤけで崩しながら保管用のフォルダに視線を注いでいる。
彼女の趣味は映画鑑賞だ。
その映画鑑賞で貰える『使用済みの映画チケットの半券』をコレクションするのに嵌っており、熱心に見つめるフォルダには半券が収められているのであった。
「結構、集まりましたね」
ジャンルもバラバラ。知名度もバラバラの半券コレクションを前に至福に呟く。
傾向としてはメジャー級の作品よりも、「それ誰得?」というB級映画やB級を通り越しC級並の半券チケットの方が数を占めていた。
趣味は人それぞれなのだが。
少女が嗜好するのは、少しだけだが他人とは一線を引いているようだった。
「まったく超分かってませんよ麦野達は。所詮メジャーなんて物はレンタル屋にでも足を運べば超いいんです。それよりもB級みたいな、日の目を見ない物こそ超リアルタイムで鑑賞することに意味があるのだと気付かないとは超愚かなのです」
不満そうな愚痴は仲間達に向けたもの。
彼女の趣味に理解を示してくれない故に漏れた愚痴だった。以前に何度かB級映画鑑賞ツアーに招待したのだが散々な結果になった。
麦野は開始五分を待たずして苛々しだすし、フレンダは横から馬鹿らしいと茶々をいれまくるし、滝壺は健やかな眠りの世界に旅立つし、誰一人としてまともに鑑賞に付き合ってくれないのだ。しかも上映終了後には憔悴し切った態度を取られるし。それ以降自分がお誘いしても付き合ってくれやしない。滝壷だけは付き合ってくれるのだが、やはり開始と共に飽きるのか目を閉じてしまうので誘っても楽しくないし。
別にいいんですけど、超気にしませんし、と絹旗はぷくぅーと頬を膨らませた。
「……えへへ」
そんな不満も直ぐに吹っ飛んだ。
自慢のコレクションを眺める内にだらしなくも頬が緩む。両手が倍あっても足りない程のコレクション群は宝物。
「超最高ですよね」
ペラリペラリ、と一枚づつページを進めながらジックリネットリと視姦していく。
これは超面白かったですよね! と鼻息荒く半券一枚一枚を評価してテンションを高めていく絹旗。
ちなみに現在の時間は深夜。夜も更けた寝静まった時間帯であり、『アイテム』の仲間達も各々自室で寝ているのだが、彼女だけは寝付けないまま一人で夜を過ごしていた。明日の事を考えると、どうしても胸がトキめいて寝付けなかったのだ。
「……あぅ」
ご機嫌良く動いていた手が止まった。ペラリと捲られる音が止まった場所は、別枠で保管している半券チケットのページ。
ここから先のページは絹旗最愛にとって、違う意味を秘めた場所だった。
自分一人だけで鑑賞に行ったチケットでは無く、気になる人と二人きりで見に行った大切なメモリー。
熱が顔に集中するのを絹旗は自覚した。
だけど抑えなんて効く筈がない。停止していた手がゆっくりとページを捲った。
「…………」
ギッシリと所狭しに飾られていたこれまでのページと違い、捲られたページには両手で事足りだけの枚数(九枚のみ)しか保管されていなかった。
それでも絹旗に取っては、これまでの物よりも大事だと確信している。
何を超思っちゃっているんですか自分は、絹旗は真っ赤になりがらも頬が垂れるのを抑えきれない。
「……はーまづらぁ」
想い人の名前を呼んだ。
浜面仕上。
スキルアウトを束ねていた元リーダーで、今では『アイテム』の下っ端構成員として活動しているチンピラ崩れの少年。
どこをどう間違ってしまったのか、絹旗はいつの間にかそんな少年に想いを寄せてしまっていたのだ。彼女が真っ赤になりながらも別枠で大事そうに保管している半券チケットは、彼と二人きりっで鑑賞した記念の一品達。
「うあぁやばいやばいです超やばいですって」
これまでの映画デートを思い出し、キャーと乙女チックに悲鳴を漏らしながら悶えた。
両手で自分の体を抱きしめながら身をクネらせる絹旗。赤面してこれ以上が真っ赤にならないと思われた顔を更に赤面させながら。
完全に出来上がってしまっている彼女だが、別に初めからこうだった訳では無い。
大能力者で紙の上ではお嬢様学校で知られる中学校に在籍している少女と、取り柄なんて何処にも無い平凡以下の不良少年。そんな二人の相性は一見すると最悪だったし、浜面が配属された当時は本当に接点なんて有りはしなかった。
便利な奴隷がやってきた程度の認識が『アイテム』の共通認識であり絹旗自身もそう思っていたのだが、浜面の特殊な持ち味だったのか、奴隷扱いされているにも関わらずヘコたれず、しまいにはこちらに馴染み出してくるのだから侮れない。
決定的だったのは、初めて映画に誘った時だろうか。
身分証を偽造させて二人で鑑賞した時に、少しだけ彼を見直した気がする。
仲間達からも疎まれがちな趣味に真摯に向き合ってくれて、絹旗自身もコイツは何を言ってるんだ? と理解が及ばなかったがB級映画の楽しんでくれていた。
「超初めてですよね共感してくれた人は」
悶えながら思い出していた絹旗は嬉しさに弾む口調で言った。
あの時は馬鹿にしてしまったが、内心では凄くはしゃいでいた自分を思い出し照れる。
それから幾度の映画館デートを繰り返し、密に接する事により彼に惹かれていった。馬鹿でアホで超エロくてなのにチキンで超ヘタレな浜面に。
あれ? これって超褒めるとこありませんよね? と気付いたが、
「所詮、浜面は超浜面ですし仕方ありませんね」
答えにならない答えを吐いた絹旗。その表情は蕩けおちる寸前のチーズみたいに締まりが無いのに気付いていたがどうか。
そんな彼女達の関係はと言えば、未だに友人以上恋人未満の関係である。
途端に、情けなく眉を垂れさせる絹旗。
自分はこれほど浜面の事を気にしてしまい眠れない夜を過ごしているのに、当の本人は絶対に気にしていないのだ。
「うぅ……納得いきません。超不本意です超不平等です!」
映画館デートに誘うのも絶対に自分から。アクションを仕掛けているのは必ず自分からなのだ。
……彼女は気付いていない。もしくは失敗と言い換えるべきか。
誘い方に問題があるというべきなのか。絹旗は素っ気無い口調(もちろん照れ隠しにより)と彼の予定を考えない(気が早ってしまい)な傍若無人な行動に、『また詰まらない映画を見る苦行につき合わされるのか』としか思われてない事に。しかもデート中についつい口の悪さから毒舌を吐いちゃうのだから、そりゃぁ浜面的にはトホホとしか思えず、非情に残念な結果しか残していないのである。それはそれで忍耐力と根性に定評ある浜面は『我侭な妹に付き合っている兄の心境』を味わい、親密にはなってきていたりするのだが。
そんな物を絹旗は求めていない。ノーサンキューである。
もちろん、それに気付いていない絹旗は、
「こんな超美少女がアプローチを仕掛けているのに知らん振りとは、超ヘタレですね。据え膳喰わねばと言うのに、ひょっとして浜面は超不能だったりするんでしょうか?」
見当違いの方向に解釈していた。
どうやら絹旗最愛の恋路は険しく難関なようである。
最も、聡明な彼女は薄々自らの過失に気付き始めており(口には決して出さないが)それを元に秘策を練っているわけだが。だって認めたら超シャクじゃないですか、とは彼女の心の声。花も恥らう乙女としては、男性の方から求められたい欲求はどうしても残してしまうのである。
デレデッレの絹旗。
ちょっとどうなん? と危惧するほど射止められてしまっている彼女が練っている秘策は、現在進行形で足踏み中であった。
前振りが長くなったので具体的に説明しよう。
明日(正確には今日の昼頃から)記念すべき十回目の映画館デートの約束を取り付ける事に成功していたのだった。
「ですから早めに布団に潜ったのに……一向に眠気がやってきません。超どうかしちゃったんでしょうか。べ、別にデートが超楽しみで寝れないなんて有り得ませんから! そんな次の日が遠足で楽しみで眠れない子供みたいな事なんて超ないですから超勘違いしないでくださいっ」
誰に向けて発しているのか。
ベタベタな言い訳を飛ばしながらも、ビッタンビッタンと身体を跳ねさせている絹旗。転がっていたベッドのスプリングが軋み音を上げながら小柄な身体を受け止めていた。
「くふ……くふふ超デートですよー、はまづらー」
甘ったるい猫撫で声。
眠らないと明日に響くと言うのに、一向に眠ろうとする気配は見られず、明日のお楽しみばかりに気持ちが行き過ぎているようだ。
時計の針は刻々と進んでいる。
彼女が無事に眠りにつけるかどうか定かではないが、デートの時間は確実に近づいていたのだった。
【続く】
こっちに久々の投稿。
初めまして、もしくはお久しぶりです。相変わらずジャンルは安定しないけど気にしないでくださいな。今回のカップリングは絹旗×浜面なんだ。もう原作なにそれ美味しいの?って感じで色々素っ飛ばしてるが原作推奨派のお方は回れ右を。絹浜最高ー!って方は突撃あるのみで。絹旗さんキャラ崩壊してね?ちょっとデレデッレしすぎなどはもうスルーしてくれ!俺にはこれが限界だったんだ!
じゃあこんな感じで続編は近い内(二日以内)に更新しにきます。ちなみにタイトルを考えてくれた皆もありがとうね。じゃお休みなさいー。