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駒野友一(サッカー) W杯のPK またけりたい

2010年7月20日

  • 筆者 武内絵美

写真日本代表はみんな仲がよかった。卓球やビリヤード、ダーツ、テレビゲームで遊んでました=安藤由華撮影

 W杯でのPKばかりが注目されがちですが、その堅守は日本をベスト16に導いてくれました。あの失敗についても真っ正面から話してくれました。

    ◇

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 武内 W杯4試合フル出場、お疲れ様でした。ベスト16、おめでとうございます。

 駒野 ありがとうございます。あれから少し時間もたったので、気持ちはJリーグの方に切り替えてやっています。

 武内 今回のW杯を一言で言うと。

 駒野 次へのステップになった。守備組織が4試合で2失点というのは自信になった。日本も大舞台で戦えるということを証明できた。

 武内 ドイツ大会と今回の違いは。

 駒野 やはり、一回経験していたので、気持ちの余裕があった。最初の試合の前半からしっかり試合に入っていたので、そこはドイツ大会と違った。

 武内 悔しさの違いは?

 駒野 予選敗退と突破したのとでは、悔しさは違う。ドイツ大会は勝てなかったけど、今回は予選突破して気持ち良くはなった。ただ、最後はああいう形で終わってしまったので、自分としてはうれしさより悔しさの方が大きく、そのまま日本に帰ってきました。

●帰国怖かった

 武内 南アから帰国して、飛行機を降りるまで怖さはありました?

 駒野 怖かったです。あれだけの人が来てくれたんですが、目線が合わせられなくて。その後も、道ですれ違う人の目線が怖かった。

 武内 帰国後の会見などで、良い笑顔をしてらっしゃいましたが、心から笑えるようになったのは。

 駒野 いや、まだ心からは笑えていなかった。試合後、ロッカールームでずっと座って泣いてましたけど、チームメートから「胸を張って日本に帰ろう」と励ましてもらって。すべてスッキリとはいかないけど、少しずつ顔を上げることができるようになった。

 武内 磐田では、みんなが気を遣ってくれたとか。

 駒野 あいさつに行ったら、キーパーコーチがいきなり「ゲームやろう」と。僕が落ち込んでいるのは分かってくれていて、そうやって盛り上げてくれるのは、うれしかった。仲間っていいなと思いました。

 武内 「あのPK」を聞かせていただきたいのですが。

 駒野 自信はありました。今まで、プロのチームではけってないけど、代表ではけっていたので。確かに、あの1本で日本のW杯が終わったことは責任を感じているし、チームメートにも申し訳ない気持ちでいっぱい。でも、それを引きずっていても次に進めない。あれを忘れることはできない。しっかり頭に刻み込んでサッカー人生を進んでいきたい。自分にはサッカーしかないので。

 武内 これまでにPKを失敗したことは?

 駒野 中学生のときですね。

 武内 PKの順番はどう決まったんですか。

 駒野 延長の後半が終わってベンチに下がるときに、監督から伝えてもらった。自信があったので、迷うことなく決めてやろうと思った。

 武内 前の選手がけっているときの心境は。

 駒野 自分がける前まで、向こうも決めていたので、自分で止めてはいけない、と。

 武内 自分の番になったときは、どんな心境でした?

 駒野 ける方向も決まっていたので、自信を持って。ボールを置いてキーパーを見て、あとはボールを見てました。けるまではスムーズでした。

 武内 しかし、ボールはバーにはじかれました。

 駒野 やってしまった、という感じ。歓声も何も聞こえず、自分の世界に入っていた。帰るときに、チームメートに目線を合わせることができなかった。でも、メンバーが近づいてきてくれて「まだ終わりじゃない。永嗣(GKの川島)が止めてくれる」と。そのときは自分もチームメートを信じて見守っていました。

 武内 中沢(佑二)選手が手を引いてくれた。

 駒野 覚えています。本当にうれしかった。前に出てきて励ましていただいて、本当に良いチームだったな、と。

 武内 試合が終わった瞬間は。

 駒野 何も考えられなかった。

 武内 ご家族とお話は。

 駒野 ホテルに帰って、妻と電話で。「やってしまった」とずっと泣いてました。

 武内 川口(能活)選手に言葉をかけてもらったとか。

 駒野 試合の後に「おまえは120分、良いプレーをしたんだから、胸を張って帰ろう」と言ってくれました。

●逃げずに見る

 武内 帰国後、あのPKのシーンは見ましたか。

 駒野 日本に帰る飛行機の中で見ましたが、まともには見られなかった。ただ、日本に帰ってきてからは見るようにしてます。ずっと逃げていてはいけないと思ったので。

 武内 今から見て、あのキックは。

 駒野 感触は良かった。助走からキックまではいつもと一緒。あとは高さだけだった。コースさえ良いところにけっていれば入っていたと思う。

 武内 ボールの影響は。

 駒野 それはないです。距離も短かったし。それをいいわけにしたらプロではないので。

 武内 ところで、サッカーを始めたのは。

 駒野 小学校2年生のときに、サッカー少年団に入りました。本当は3年生からなんですど、2年生のときにグラウンドでボールをけっていたたら、当時の指導者の方が「1年早いけど入っていいよ」と言われて。

 武内 それだけうまかった。

 駒野 いや、僕よりうまい子はたくさんいたと言われました。ただ、小学校の休み時間も放課後もずっとボールをけっていたので、声をかけられた。

 武内 広島のユースを選んだのは。

 駒野 プロへの一番の近道だったのと、早く親へ恩返ししたかったのと。寮生活になりましたが、自分のためにと思って。ユース生活のお金とか、自分で稼いで、親に仕送りなどをしたかったので。母親ひとりで育ててくれていたので、それはすごく思いました。

 武内 プロに入れた理由は。

 駒野 最初は入れるのかな、と思っていた。自分はプロとはレベルが全然違った。パスにしろフィジカルにしろ、トップの人と練習をやって衝撃を受けた。でも、そこであきらめずにがむしゃらにやったのが良かったんだと思う。最初はトップチームと若手チームに分かれて練習していて、トップチームで練習できない悔しさを投げ出さずにできたことが今につながっていると思う。

 武内 W杯で得たものは。

 駒野 やはり組織守備は世界で通用することが分かったけど、個々ではまだ差があると思った。大会前の選手だけのミーティングで、闘莉王が「日本は泥臭くやんないと勝てない」と言った。その言葉から、シュートを打たれても体を張って守ったり、最後までボールを追いかけたりして、あきらめない姿勢を示すことができたと思う。

 武内 チームの一体感を感じました。

 駒野 得点した後にベンチのメンバーと喜ぶことはチームワークがいいからこそ。予選突破したデンマーク戦はベンチメンバーと一緒に喜び合えたことで、このチームはすごいと思った。

 武内 もう一度、W杯でPKをけられるとしたら、けりますか。

 駒野 けりたいですね。

 武内 怖くないですか。

 駒野 もう一度、あの場面でけれるのなら、自分からは言いませんが、けりたいと思う。

 武内 どのコースに。

 駒野 W杯後の取材で何度も、あのキックは得意なコースと答えていて、相手にはバレちゃっているので、次はよく考えます。ハハハ。

 武内 W杯で、一番うれしかったことはなんでしょう。

 駒野 試合に出られたこと。ドイツ大会では1試合だけで終わったけど、今回は全試合に出させてもらって、いろんな国と戦えたのはよかったと思う。

マイペースな「いじられ役」

 〈後記〉「関西人なのに、おもしろくないってよく言われるんです」とまじめな顔で話す姿に、思わず笑ってしまいました。マイペースで温かい雰囲気を漂わせる、日本代表の「いじられ役」。そんな愛されるキャラクターだからこそ、松井大輔選手や阿部勇樹選手も、ともに涙を流してくれたのでしょう。あのPKの質問にも、逃げることなく、しっかりと答えてくれました。一生忘れることができない悔しさとその重み。それとともに、チームスポーツの素晴らしさも教えてもらいました。(テレビ朝日アナウンサー)

 ■インタビューは今日(20日)の「報道ステーション」でも放送予定です。

    *

 こまの・ゆういち 日本代表DF。和歌山県出身、28歳。広島ユースから2000年にJ1広島へ。08年から磐田。W杯ドイツ大会で1試合出場。南ア大会は4試合フル出場。

プロフィール

写真

武内 絵美(たけうち・えみ)

99年、テレビ朝日入社。バラエティー番組「愛のエプロン」や「ゲット スポーツ」などを経て、04年4月から「報道ステーション」のスポーツキャスター。武内さんのブログ「笑門来福」こちら

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