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全国知事リレー講座

「口蹄疫。その瞬間、何ができるのか」

佐賀県・古川康知事

口蹄疫への初動対応

 口蹄疫は牛や豚、ヤギなどひづめのある動物に感染する病気。佐賀での発生はないが、佐賀県庁から宮崎県庁までは約180キロ。ここからだと「兵庫県で悪性の伝染病が起きたら」と考えてほしい。佐賀県ではどういう対策をとったのかについて説明する。

 宮崎は6月末までに27万頭を埋却処分したが、佐賀で飼育している牛や豚の数は15万頭。宮崎並みのことが起きると、佐賀にいるすべての牛や豚を殺処分しなければならず、県内の畜産業は壊滅してしまう。その恐怖感から対応が始まった。

 仮に口蹄疫にかかった牛を1頭発見したとすると、周りにいる牛は、早く殺処分しなければいけない。感染しそうなものは、すべてあきらめなければいけない。いち早く発見し、早く殺処分すること、感染を広げないためには初動が大事だ。宮崎県の例を見れば分かるように、感染は一気に広がっていく。初動で効果的な防疫対策が講じられていれば、これほど拡大しなかったかもしれない。初動が遅れる怖さは明らかだ。

 初動の重要性はみんな分かっているのに、国のシステムでは口蹄疫発生が分かってから、殺処分できるまで、20時間半かかっていた。佐賀県は3時間半に短縮できると考えている。

 現行の国の指針では、口蹄疫を疑うと検査試料を東京の動物衛生研究所を送らないといけない。検査を行うまで10時間、結果が分かるまでさらに6時間かかる。最終的に発生を告示するのは19時間後。私は、口蹄疫と判断したら県の判断で告示させてくれと農水省に主張した。口蹄疫の被害拡大を防ぐためだ。

地域主権と責任の所在

 家畜伝染病予防法には「都道府県知事は通行の制限と遮断ができる」という条文があるが、10年前も今回も使われていない。県内で口蹄疫が発生したら、私は使うと決めている。農水省には「口蹄疫じゃなかったらだれが責任を取るのか。きちんと検査するまで待ってくれ」と言われたが、待っている間に感染が広がったらその方が責任がとれない。

 口蹄疫じゃなかったら謝罪し、経済的損失は補償すればいい。口蹄疫じゃなかった牛を口蹄疫と誤ることが怖いのではない。口蹄疫だと思っているのに何もせずにじっと見ていたことで被害が広がるのが許せない。県の畜産業に責任を持っているのは農水省でなく私。家畜伝染病予防法の判断主体は知事だ。責任を持っている人間が判断するのは当然。口蹄疫は佐賀でいつ発生してもおかしくない状況で、発生したときに広がらないようにするのが私の最大の仕事だ。

 佐賀県と農水省のやり取りのあと、農水省は6月24日に新しい指針を示した。当初検査をしないと口蹄疫と判断しないといっていたが、携帯電話の写真だけで判断するという。けんかしたかいがあったと思う。

 地域主権、地方分権という言葉はよく聞かれるが、私は「権限や金をくれ」と言うつもりはない。「我々がやっている以上は我々に責任を取らせてくれ」と言っている。権限や財源でなく責任の所在を明確にすることが、地域主権の大きなポイントだ。

想像力を持って

 前回の口蹄疫は豚への感染はなかったが、今回は豚に感染した。豚に似た動物にイノシシがいるが、イノシシは豚小屋に近づき勝手に交配するため豚との混血が進んでいるといわれる。口蹄疫は封じ込めなければいけないのに、イノシシの封じ込めはできない。これは大変な問題だ。口蹄疫にかかったイノシシはいないと確認するすべがないことを考えると、日本は長期間にわたって、口蹄疫を追い出すのは難しいのかもしれない。

 ニュースで処分の様子を遠くから撮影したものを見たことがあるかもしれないが、現場はきれいなものではない。殺処分したものを埋める場所は簡単には見つからない。法律では牛の所有者が自分で穴を掘って埋めないといけないが、1000頭飼っている人が自分の敷地に穴を掘って埋めるというのは、大変な作業だ。それに埋めてしばらくすると腐敗臭がする。地下に水脈があると川の近くには埋めないでと言われる。周囲との調整も処分場所確保の障害となる。佐賀県では今すべての経営者に処分場所を決めてもらっている。

 現場では処理されていない家畜の糞尿が積み上げられ、殺処分した牛が転がっている。大きなクレーンを使って持ち上げるが、きれいに持ち上げられず腐敗した内蔵が出てくることもある。作業している建設業協会や県職員という多くの人たちは1日も早く処分して拡大を防ごうと必死になっている。ニュースを見る際は向こう側にいる人の努力をイメージしてほしい。

2010年07月23日  読売新聞)
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