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[20268] 【習作】リリカルポイント【TS転生】 再投稿 チラシの裏から
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:fbeb1afe
Date: 2010/07/28 23:08
パスワードを控えていなかったのでチラシの裏に投稿後、手を加えることができなくなってしまい管理人様の対応を待っていたのですが、辛抱できなくて再投稿を始めました。

もしどなたかのご意見ご感想をいただけたら幸いです。今後の糧にしたいと思います。

話数が10を超えたのでチラシの裏からとらハ板に移動しました。



[20268] 現状
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:fbeb1afe
Date: 2010/07/21 12:25

ハグッ、モグモグ……ゴクッ


 たまごサンドの最後の一切れを頬張り、良く噛んで飲み込む。

 僕が通う「私立聖祥大付属小学校」は給食がない。各々が持参した弁当などを仲の良い友達と思い思いの場所で食べるのだが、僕はひとり、人気のない中庭で昼食(ハムサンド&たまごサンド)を摂っていた。

 昼食を食べ終えると途端に手持無沙汰になる。昼休みの時間はまだまだあるが、何もすることがない。

 思えば、生まれてこの方友達ができた試しがない。

 その主な原因は2つある。

 まず1つは僕が人見知りするからだ。クラスメイトに話しかけられても委縮してしまい、素っ気ない返事しかできない。「はい」とか「うん」などたった一言で返すのが精々である。

 何か聞かれれば答えるが、それ以上会話が広がることはなかった。自分から話しかけるなどもってのほかだ。

 そしてもう1つ。これは誰にも明かせない僕の秘密。

 自分が生まれながらにして前世(?)の記憶を持ち合わせていたということだ。

 それがどうしてなのかは解らない。眠りに落ちる瞬間を覚えていないように、気付いたらそうなっていたとしか言いようがない。

 記憶の中の自分は平凡な大学生であり、トラックに撥ねられた覚えも神様(笑)に会った覚えもない。

 転生ktkr!などと浮かれていたのも最初だけ。赤ん坊の身で一週間も過ごせば冷めてしまった。

 そして精神的に20歳を超えている自分と年齢1桁の幼児が相手では話が合うはずもない。

 話は変わるが、僕の住んでいる街 「海鳴市」 現在通っている 「私立聖祥大付属小学校」 僕はこれらの名前をよく知っている。もちろん生まれ育った土地だから、という意味ではない。

 前世において好きだったアニメ作品の舞台である。

 映画は5回観に行って5回とも泣いた。残念ながらリピート特典のフィルムコレクションはユーノ(人間体)だったがね。

 要するに、僕が今いるこの世界は彼の熱血魔法バトルアニメ『魔法少女リリカルなのは』の世界ではないだろうかということだ。『とらいあんぐるハート』の可能性もあったが、同じクラスのアリサがローウェル姓ではなくバニングス姓であることから判断した。

 ちなみに月村すずかと高町なのはも同じクラスだが、1度たりとも言葉を交わしていない。

 決して嫌いなわけではない。むしろアニメを見た限りでは好感が持てる。

 では何が問題なのかと言えば、三者三様に近寄りがたいのだ。

 アリサはやたらと偉ぶっていて他の生徒を見下している節がある。さながら女ジャイアンかセカンドチルドレンといったところか。

 すずかはいつも分厚い本を読んでばかりいて自分の世界にこもっている。本人にその気はないのかもしれないが常に壁を作っているように見える。

 そして将来の魔王、なのは。彼女には極度のシスコン兄貴がいるらしい。あいにくとらハは名前しか知らないので詳細は不明だが、多くの二次創作ではそのように描かれていた。その真偽は定かではないが、命の危険を冒してまでお近づきになりたいとは思わない。

 それらの要因がなかったとしても、僕はヘタレでチキンのあがり症なのだ。自分から話しかけるなどもってのほか。相手が女子ともなればなおさらである。


「そんなこんなで、誰とも話さず遊ばず関わらず、ボーっとしている間に独りぼっちになっていたというわけです」


 モノローグを口にしてみたが虚しさが募るばかりであった。

 まあ、今に始まったことじゃない。前の学校でも同じように独りだった。ただそれだけのこと。寂しくないと言えば嘘だが、耐えられないわけでもない。

そういえば、前世の自分はどうなったのだろう?

 決してニートでも引きこもりでもなかったが、基本PC前が定位置で学校か買い物に行く他に外出することはほとんどなかった。

 無論サークルやアルバイトにも所属していなかった。

 1日の大半を占めていたのは二次創作サイトの更新チェック、動画鑑賞、素人知識の筋トレなどだ。

 あと姿見の前で毎日ポーズをとる練習してたね。主にライダーとウルトラ。

 向かいのアパートの住人に見られた時は恥ずかしかったなあ……

 その場から逃げ出したくなって反射的に右腰を叩いたけど、そこにあったのはスラップスイッチじゃなくてマキシマムスロットだったっけ。

 しかし、どれだけ記憶を探ってみても自分が転生した理由はわからない。

 あるいは忘れているだけか。

 もし死んだのであれば下宿していた部屋はどうなったのだろうか?

 漫画、ライトノベル、DVDの数々にDX変身ベルト、この辺は見られても構わない。問題はPCと押入れの奥、それに無断で天井をぶちぬいて作った収納スペース……

 あ、やめやめ。いくら考えたところで無駄なのだから。

 もう懐かしいあの頃に戻ることはできないのだから。

 今目の前の現実について考える方がよっぽど建設的だ。

 さしあたっての問題は……特にないなあ。小学生だし。

 強いて言えばやはり


「友達が欲しい、かな」


戯れにバルカン300を作ったのは一生の秘密だ。


× × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × ×


 つらつらと益体もないことを考えつつ、歯磨きを済ませて中庭に戻った。

 するとそこには、さっきまではなかった人影が3つ。

 1人は意志の強そうな蒼い瞳と眩い金髪の少女。赤く染まった頬を手で押さえ、ひどく驚いた様子で固まっている。

 その対面には、色素の薄い茶色っぽい髪を頭の両脇で結った特徴的な上方の少女。赤い手のひらとそれを振りぬいたと思われる姿勢から、金髪の少女に平手を放ったであろうことが見て取れる。

 最後に、緩やかなウェーブの紫がかった黒髪の気弱そうな少女。目に涙を浮かべて2人の傍らでオロオロしている。

 間違いない。アリサ、なのは、すずかの3人だ。

 その時なのはが口を開き、僕にとっては懐かしいセリフを言い放った。


「痛い?でも大切なものをとられちゃった人の心はもっともっと痛いんだよ」







処女作になります。

かねてより自分もSSを書いてみたい、投稿してみたいとは思っていたのですが、作文の類が苦手で踏み切ることができないでいました。

一応、数人の友人に読んでいただいて、最低限読めるものにはなったかと思い今回投稿することにしました。


字数が少ないのが気になりますが、気が向いた時にでも眺めていってください。
各話サブタイトルのつけ方はクウガのオマージュ。



[20268] 介入
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:fbeb1afe
Date: 2010/07/21 12:18

「あれがあの3人のお友達イベントか」


 記念すべき最初のOHANASHIとも言う。すっかり忘れていた。

 これがきっかけで3人は友達になれたのだったか。正直、戦闘シーン以外はうろ覚えなんだよね。最後に観てから7年にはなるから仕方がない。

 偶然にも目撃してしまったわけだがどうするべきか?


①:仲裁に入る
②:先生を呼ぶ
③:見て見ぬふりをして立ち去る


 原作に沿うのであれば③、現実的に有効そうな②、原作介入という点で魅力的な①、といったところか。

 やはり③を採るべきだろうか。しかしこれはアニメじゃないのだから必ずしも自分の知っている通りになるとは限らない。そもそも自分が存在している時点で原作通りじゃないし。もしかしたら彼女達が怪我をするかもしれないし、友達どころか険悪な仲になるかもしれない。

 となると、ここは早期解決を見込める②が妥当だろうか?だがやはり①も捨てがたい。ある意味前世からの憧れだったのだから。自分が物語の登場人物になるということは。

うんうん唸っていると、突然ひっぱたかれた混乱から立ち直ったアリサが怒りを露わにしてなのはに掴みかかった。

 それを見た瞬間答えが決まった。僕は前へ動き出す。①だ。

 何しろ幼い子供は加減やためらいというものを知らない。殴る蹴るにとどまらず、手近な石や刃物を持ち出して大怪我をすることもある。

 僕が前世において小学生だった頃、ケンカ相手に頭を鉛筆でメッタ刺しにされたことがある。幸い大事には至らなかったが、かように子供というのは容赦ないのである。

 まあ、大人でもヤる時はヤるかもしれないが……

 ともあれ、怪我をさせないに越したことはない。急ぎ取っ組み合いをする2人に駆けよる。

 大声で一喝してやろうかとも考えたが、できなかった。大声を出すのは苦手だし、第一アレだ、恥ずかしい。

 かといって無言で割って入るのは客観的に見て気持ち悪い。そう思い、申し訳程度に制止を呼びかける。


「ちょ、やめ、やめてくださ、ぃ……」


 どっちにしろ気持ち悪かった。我ながら情けない声量でしりすぼみになってしまった。傍に立つすずかにすら聞こえたかどうか。

 もみ合う2人を止めようとするが、ヒートアップしている彼女達の力は予想以上に強く、なかなか引き剥がすことができない。

 その時、なのはを叩こうとしたのか闖入者を振り払おうとしたのか、アリサの振るった腕が僕の顎をしたたかに打ち据えた。


「ふがっ」


 奇妙な浮遊感を味わった。意識が遠のき、間抜けな声をあげて尻もちをつく。

 すぎに立ち上がろうとするが


「あ…れ……?」


 うまく力が入らない。周りの景色がグニャグニャと歪み、まるで足元が揺れ動いているようだ。


「あ、あの、大丈夫ですか?」


 こちらを気遣う声が聞こえるが、視界がぼやけてよく見えない。声と口調からしておそらくすずかだろう。


「ああ、大丈夫です。すみません」


 ふらつく頭を押さえながらなんとか返事をする。何度も失敗してやっと立てたかと思うと、体が傾いて倒れそうになる。


「えっ?」


目の前いっぱいに地面が広がりそして─────僕と地球のキスシーンはすんでのところで両脇から抱える2人によって阻止された。


「どこが大丈夫なのよ。フラフラじゃない」

「無理しないで。ほら、掴まって?」


 引き起こされ、左右からさっきまで争っていたはずの2人の声が響く。未だに視界が安定しないが、なのはとアリサに支えられているようだ。


「すみません……」


 朦朧とする意識の中で女子の体に触れているとも気づかず、おぼつかない足取りで引きずられるように保健室に向かった。


× × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × ×  × × × × × × × × × × × × × × × × × × × ×


「ありがとうございました」


 一礼して保健室を退出する。今はもう放課後だ。

 どうやら僕は軽い脳震盪を起こしていたらしく、午後は保健室のベッドで過ごすこととなった。

 保健室に着くころにはいくらか回復しており、自分は大丈夫だと主張したところ保健の先生に鏡を見るよう促された。

 言われたとおりに鏡を見ると、そこにはこれまでに見たこともないほど血色を失った自分の顔が映っていた。それを見て渋々ベッドに横になり、今まで昼寝していたというわけだ。


「………………」


 そして目の前には例の3人が揃って神妙な面持ちを並べている。


「あの、体の具合は大丈夫ですか?」


 1番に口を開いたのはすずかだった。……なにかデジャヴを感じるな。ついさっきも似たような言葉を聞いたような。


「どうも、もう大丈夫です」


 短く淡々と答える。無愛想に見えたかもしれない。心配してくれたのに悪いが噛まないように答えるだけで精一杯なのだ。女子と会話した経験など片手の指で足りるくらいしかない。

 視線を移すと、なのはが申し訳なさそうに頭を下げる。


「ごめんなさい……」


 誤られる理由が思い当たらない。首を傾げるとこちらの考えを察したらしく


「ケンカになっちゃったのは、私のせいだから」

 
 だそうだ。


「殴って悪かったわよ。けどアンタが余計なことしたからでもあるんだからね」


 仰る通りです。善人ぶって仲裁しようとして返り討ち、なんと無様なことか。


「ダメだよアリサちゃん、ちゃんと謝らないと。ごめんね、本当は反省してるから許してあげて?」


 こちらもまた申し訳なさそうな顔ですずかがフォローする。無事に和解できたようで何よりだ。


「いえ、自分はもう何ともありませんし、関係ないのにしゃしゃり出た自分の責任ですから気にしないでください」


 早口でまくしたてる。慣れない会話に言いようのない羞恥と緊張を感じながら言葉を絞り出す。


「どうもご迷惑をおかけしました。申し訳ありませんでした」


 では自分はこれで失礼します、と話を切り上げ、逃げるようにその場を立ち去ろうとする。 が


「あ、待って」


 突然手を取られてたたらを踏む。振り向くとなのはが僕の腕を掴んでいた。


「えっと、何でしょう?高町さん」


 手のひらから伝わる体温と柔らかい感触に頬が熱くなるのを感じつつ尋ねる。


「あのね、もう遅いしアリサちゃんが車で送ってくれるて。遊嶋(ユシマ)君も一緒に帰ろう?」


 なんですと?見ればアリサは照れたように顔を背け、すずかは穏やかな微笑みを浮かべている。

 視線をなのはに戻すと大きな瞳には期待がありありと見てとれる。なんだってそんなにうれしそうに……ああ、あれか。なんとなく思い出した。

 父親が入院して家族は家事や仕事で忙しくて寂しい思いをしたのだったか。詳細は覚えていないが、だいたいそんな感じだったはずだ。

 だから友達ができることに人一倍喜びを感じるのだろう。それを言うのならアリサとすずかも友達がいなかったわけだが。

 だが断る。


「いえ、自分の家はそんなに遠くないですし、いいですよ」


 実際徒歩で通学しているのでわざわざ車に乗せてもらうような距離ではない。何より、女子と車に乗るなんて恥ずかしいではないか。


「遠慮することないわよ。それにアンタのカバン、もう持って行って車に載せてあるし」


 ここはよく気が回ると誉めるべきか勝手なことしやがってと怒るべきか。別に怒っているわけではないが。


「ねっ、一緒に帰ろうよ。家に着くまでお話しよう?」


 なのはがなおも食い下がってくる。というか近いです。近いって!恥ずかしいってば!!

 つい強引に手を振りほどいて後ずさると、なのはは一瞬驚きに目を大きく開き、悲しそうに顔を歪めた。


「あ……いえ、その……」


 いけない。今の不用意な行動で彼女を傷つけてしまったようだ。

 気まずい沈黙が漂う。この状況を可及的速やかに脱するには……仕方ない、もともと自分は意志の強い人間じゃない。基本的に流れには逆らわない主義だ。


「あの、じゃあ、お世話になります」






[20268] 紹介
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:fbeb1afe
Date: 2010/07/21 12:20

 生まれて初めて乗ったリムジン。しかしそれを楽しんでいられるような余裕は僕にはなかった。

 なぜならば


「遊嶋君なんか顔が赤くなってない?熱でもあるの?」


 隣に座っているすずかがこちらの顔を覗き込んでくる。


「え?あ、はい、いいえ大丈夫です」


 ですからもう少し距離をとってください。無理だとわかっていてもそう思わずにはいられない。どうやら自分の顔は西日に照らされていてもなお赤いらしい。

 僕達は今アリサの自家用車である黒いリムジンに乗っている。そして僕の右にアリサ、左にすすか、その向こうになのはという順番に座っている。

 まず好奇心に目を輝かせて乗り込んだなのは。自分が1番に降りるので、と次をすずかに譲り、さらに本心を言えば後ろの座席に1人で座りたかったのだがアリサに却下された。

 そんな仲間外れみたいな真似はできないらしい。せめて端っこにしてほしかったのだがこれも却下。僕は客人であり、招いた側として先に乗るわけにはいかないとのことだ。

 その結果自分はアリサとすずかの間に座ることとなり、できる限り体が触れないように縮こまっているというわけだ。

 顔から火が出ると言うが、今なら顔面ファイヤーどころかファイヤーブラスターが撃てるかもしれない。


「それにしてもアンタ髪長いわね、そんなに長くて邪魔じゃないの?」


 アリサがこちらの髪を指して言う。僕の髪は小学1年生にして腰に届く黒の長髪である。前髪も目が隠れるくらいには伸ばしている。あまり人に視線を知られたくないし、目を合わせたくないから。


「えと、手間はかかりますし、正直邪魔に思うときもありますけど…いろいろな髪型にできて面白いんですよ」


 といっても最近はそれにも飽きて下ろしていることがほとんどだが。せっかく伸ばしたのに切るのももったいないし。

 ふうん、と納得したのかしていないのか微妙な表情でアリサが頷く。すると反対からなのはが僕の頭の上を指差した。


「じゃあそれはなんなの?」


 向けられた指先は僕の頭の上で揺れる一房の髪を指している。


「はあ、その……なんなんでしょう?」

「なんか犬の尻尾みたいよね、時々動いてるし」

「私はアンテナみたいに見えるけどなあ」


 ……いやね、まさか僕自身もアホ毛を授かるとは夢にも思いませんでしたよ。しかもこれ、一体どんな構造をしているのか解らないが自由自在に動かせるのだ。時には無意識に動いていることもあるが。

 アリサがアホ毛に伸ばしてきた手をヒョロリとすり抜ける。ムッと悔しそうな表情を見せると再び掴みかかる。

 その手をくの字を描くようにかわし、さらに横なぎに振るわれた手をペタリと伏せてやり過ごす。


「もう!どうして避けるのよ!ていうかなんで髪の毛が動くわけ!?」


 あっさりキレた。彼女が短気で癇癪持ちだと実感した瞬間だった。

 ハッハッハ、遅い、遅いよアリサさん。速さが足りないよアリサさん。

 そうしてアリサをからかって悦に入っていると


「えいっ」


 不意に反対からアホ毛を掴まれた。


「わ、本当に動いてる。どうなってるんだろう?」


 すずかが捕まえたアホ毛をまじまじと観察している。予想外の事態に若干パニックに陥った。アホ毛は魚のように跳ね、のたうちまわっている。

 そして僕自身も、体は凍りついたように微動だにしないが内心のたうちまわりたい心境であった。アホ毛を捕まえるためにすずかが身を乗り出したからだ。

 ち、近い…近すぎる……!


「でかしたすずか!そのまま離すんじゃないわよ!」


 そんな僕の気も知らず迫るアリサ。アホ毛を逃がさないよう素早く慎重につまみ、いろんな方向に引いたり伸ばしたり、プルプル振り回して遊び始めた。


「う~…ねえ、私にもさせて~」


 置いてけぼりにされていたなのはが頬を膨らませる。夢中になって遊んでいたアリサは決まり悪そうにピコピコ跳ねるアホ毛を差し出す。

 いや、僕の髪の毛なんですが。めっちゃ頭引っ張られてるんですが。

 いい加減文句の一つでも言ってやりたい思うが、無邪気な笑顔を見ていると水を差すわけにもいかない。しばらくは好きにさせてあげるとしよう。

 僕は視線を下げ、されるがままでいることにした。


× × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


「あのぅ……もういいですか?」


 かれこれ10分はいじくり回されている。心なしかアホ毛も疲れたようにげんなりと萎れているようだ。


「うん、ありがとう」


 満足したようで、なのはは意外と素直に聞き入れてくれた。


「どういたしまして……」


 ようやく解放されてシートに座り直す。それにしても僕の家にはまだ着かないのだろうか?もう着いていてもいい頃だと思うのだが。


「そういえば聞きたかったんだけど、なんでその…私達のケンカに割り込んできたのよ?」


 突然アリサが真顔で尋ねてくる。急な変化に戸惑うも、答えを返すためにあの時を振り返る。そうして浮かんだ言葉を口にする。


「目の前で誰かが傷つくのが嫌だったんです。それにもし怪我でもしたら互いの溝を深めるばかりだと、思ったん、です……」


 思ったままを口にした。言ってしまった後で自分の発言を省みて、悶絶する。

 激しく震える胸を押さえ、真赤に燃える顔を隠すように俯く。

 自分は何をくっさいセリフを吐いているんだ?恥ずかしい……恥ずかしすぎる。いくら人と会話した経験少ないからって今のはないよ。

 いやでも別におかしいこと言ってないよね?自分の知らないところで誰がケンカしようが大怪我しようが知ったこっちゃないけど、それが自分の目の前で知ってる人だったらどうにかしたいと思うよね?ね?


「遊嶋君は優しいんだね」


 その言葉に顔を上げると、なのはが柔らかい微笑みを湛えていた。……不覚にも小学1年生に見とれてしまった事実は墓まで持っていきたいと思う。


「ずっと思ってたけどなんでそんなに畏まった喋り方してるの?そういうの疲れない?」


 アリサの次なる質問にすずかとなのはもうんうんと同意を示すように頷いている。未だに熱を帯びている顔と脈打つ胸が早く鎮まるよう祈りつつ問いに答える。


「なんでと言われましても……これが地ですから」


 何しろ今までため口をきくどころかまともに会話をする相手がいなかったので常に敬語で話す癖がついてしまった。面接指導の時に「僕」は良くないと教えられ、以来「自分」と言うようになった。

 そしてそれは生まれ変わった今でも続いている。キチンと敬語を学んだわけではないのでどこか間違っているかもしれないが。


「そんな他人行儀なのやめて、もっと普通に話せないの?」

「そうだよ、私達友達でしょう?」


 友達?すずかの発言に耳を疑った。

 それは今まで自分が得られなかったもの。半ば諦めながらも淡い希望を持ち続けていたもの。


「自分が、ですか?本当に?」


 つい聞き返してしまう。


「いまさら何言ってるのよ。アンタ今の今まで私達を見ず知らずの赤の他人だとでも思ってたの?」


 呆れと憤りが入り混じったような半眼を向けられた。

 友達……初めての、友達………


「ちょ、ちょっとどうしたの?」

「……いえ、なんでもありません」


 嗚咽をこらえ、掠れた声で言う。温かい滴がこぼれ落ち、慌てて手で拭うが次々とあふれ出る涙は止まらない。

 初めて友達ができた。自分のことを友達と認めてもらえた。たったそれだけのことなのに、堪らなく胸が熱くなり涙がこみ上げてくる。

 突然泣き出した僕に3人ばかりでなくドライバーの鮫島さんまでもが心配そうな視線を送ってくる。大丈夫、大丈夫ですからと繰り返してハンカチで顔を拭い、気持ちを鎮めようと努力する。深呼吸をして呼吸を整える。

 しばらく続けるうちに落ち着きを取り戻し、涙も止まった。しかし頬に残る熱っぽさと涙の跡はすぐには消えない。


「えっと、驚かせてすみませんでした。それで何の話でしたっけ?」


 謝罪しつつ話を戻そうとする。人前で泣いたことなど早く忘れてしまいたいし、忘れてほしい。

 3人は顔を合わせ、何やらアイコンタクトを交わすとこちらに向き直る。


「友達なんだから、もっと砕けた話し方はできないのかって話よ」


 ありがたいことに先程の件については不問にしてくれたようだ。


「いえ、すみませんがこればかりは長年染みついた癖なので。無理に口調を変えるのは嘘くさいと言いますか、気持ち悪いと言いますか」


 重ねてすみませんと頭を下げる。なんだか謝ってばかりいる気がする。


「じゃあねじゃあね、遊嶋君」


 声のした方を向けば、なのはが挙手して代替案を提示する。


「私達のこと下の名前で呼んで?私達も要(カナメ)君って呼ぶから!」


 名前を呼んでキター。さも名案とばかりに自信いっぱいの顔である。返答に窮し、黙り込んでしまったこちらを見て名前がわからないと思ったのか、3人が改めて自己紹介を始める。


「私、高町なのは。なのはだよ」

「アリサ・バニングスよ。アリサでいいわ」

「私は月村すずか。よろしくね」


 ……断れる雰囲気ではなくなってしまった。断れば彼女達を悲しませてしまうだろう。もしかしたら嫌われるかもしれない。それは自分の望むところではない。

 しかし、いざ彼女達の名前を口にしようとすると恥ずかしさのあまり尻込みしてしまう。名前を呼ぶ、たったそれだけのことがなぜこんなにも難儀なのだろうか。

 緊張に喉がカラカラに乾き、舌がうまく回らない。何度も口を開いては閉じる。端から見ればかなり滑稽に、あるいは不気味に見えていることだろう。現在進行形で見られているのだが。

 落ち着け……落ち着け……心を安らかに…平坦にするんだ。

 曇りの無い鏡の如く静かに湛えた水のごとき心…それが人に己を超えた力を持たせることができる!

 ………………見えた!水の一滴!!

 意を決して、今度こそ声を発する。


「ナッパさん」

「にゃっ!?なのはだよ!なーのーはー!」

「失礼、噛みました」


 ハイ次っ!


「魔理沙さん」

「アリサよ!」

「失礼、噛みました」

「いいえ、わざとね」

「噛m(ガリッ)……………ッ!!」


 次っ!ラスト!


「鈴鹿さん」

「ちょっとイントネーションが違うかな?」

「ていうかなんですずかだけ普通なのよ!?」


 いやホントすみません。恥ずかしくてつい照れ隠しにネタに走ってしまいました。ホントすみません。


「もう一度よ。今度間違えたら承知しないからね!」


 アリサが眉を吊り上げて威嚇する。はい、申し訳ございません、とまた頭を下げて仕切り直し。

 ひとりひとりとキチンと向き合い、ゆっくり言葉を紡ぐ。


「遊嶋要と申します。なのはさん、アリサさん、すずかさん、よろしくお願いします」








 ネタは大好きなのですが挟んで良いタイミングがまだうまく掴めません。
 ありきたりな原作知識有転生主人公かもしれませんが、いくつか自分なりの展開を予定しています。




[20268] 初陣
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:fbeb1afe
Date: 2010/07/21 12:23

「将来かあ……」


 なのはが憂いを帯びた声をこぼし、タコさんウインナーを口に運ぶ。

 昼休みの屋上。温かい日光が降り注ぎ、優しく穏やかな風が流れている。そこに4人で集まり弁当を広げているのは最早見慣れた光景だ。

 僕が右端、左になのは、アリサ、すずか、という順番に並んで座っている。


「アリサちゃんとすずかちゃんはもう結構決まってるんだよね」

「うちはお父さんもお母さんも会社経営だし、いっぱい勉強してちゃんと跡を継がなきゃ、くらいだけど?」

「私は、機械系が好きだから、工学系で専門職がいいなあ、と思ってるけど」

「そっか、2人とも凄いよねえ」


 うん、凄いっていうか、あなた方本当に小学生?僕が小学生の頃はもっと夢を持ってましたよ。改造人間とか地球防衛軍とか、恥ずかしいので詳しくは言えませんが。


「要君は?」


 唐揚げ弁当(430¥)を食べる手を止め、口に含んでいるご飯を飲み込んでから問いに答える。


「まだ考えていませんよ。特にやりたいこともありませんし、早いうちに決めておいた方が良いとは思いますけど」


 そっか、となのははどこか安心したように頷く。将来や進路で不安になるにはまだ早いと思うのだが。

 再び箸を進める。さすがに2年間付き合えば普通に会話くらいできるようになった。身体的接触はアウトだが。


「でも、なのはも喫茶翠屋の2代目じゃないの?」

「それも将来のビジョンのひとつではあるんだけど、やりたいことは何かあるような気がするんだけど…まだそれが何なのかハッキリしないんだ。私、特技も取り得もないし」

「このバカチン!」


 そこまで聞いた途端、アリサが立ち上がりレモンの輪切りをなのはに投げつけた。

 行儀が悪いですアリサさん。あと仮にも女の子が~チンとか言うのはいかがなものかと。


「自分からそんなこと言うんじゃないの!」

「そうだよ、なのはちゃんにしかできないこときっとあるよ」


 なのはは頬にレモンを張り付けたまま目を白黒させている。


「だいたいアンタ、理数の成績はこのアタシよりいいじゃないの!それで取り柄がないとは、どの口が言うわけ!?」


 このアタシよりって……また随分と上からな物言いだなあ。アリサの成績が常にトップクラスなのは事実だが。

 そんなことを考えていると、アリサがなのはの頬を左右に引っ張り始めた。おお、人間の頬にあれほどの伸縮性があったとは。


「ひゃっへひゃのはふんけいにひゃへはし、ひゃいいくにひゃへはし~!」


 何を言ってるのかさっぱりわからないがなかなかに痛そうだ。なのはの目には涙が浮かんでいる。


「アリサちゃんダメだよ…ねえ、要君も食べてないで止めてよ~」


 ふむ、子供同士のスキンシップだと思って傍観していたが些か度が過ぎるようだ。

 ならばここはひとつ、大人の対応というものを見せてやろうではないか。

 口先で相手をいかにうまく追い詰め、丸めこむのか、年季の違いを教えてくれようぞ。そして最後にはイエスマイロードと跪かせてやるさ、ふははははははははは!

 箸を置き、汚れを払い落とすようにパンパンと叩く。さあ、もやしばりのスーパー説教タイムだ。

 じゃれる2人に歩み寄り、アリサに制止を呼びかける。


「ほらアリサさん、もうそのくらいに「アンタもアンタよ。もう少し自分の将来くらい真面目に考えたら?」………」


 あれ、なんか飛び火した?


「アンタ勉強もパッとしないし、体が弱いからって体育はいつも見学してるし、アタシ達以外に友達いないし、よくひとりでブツブツ言ってるし、そんなので社会に出て大丈夫なの?」


 どう答えたものだろうか。

 成績は平均点辺りをキープしている。小学生のテストで全教科満点なんか取ったところで嬉しくもないし、別段メリットもない。寧ろ無駄に注目されるような要素は排除したい。

 体育については虚弱体質などというわけではないのだが……まあ個人的な事情があるのだ。先生には話を通してある。

 友達はいなくても問題ない。ひとりでもどうにかできることは身をもって知っている。

 独りごとは昔からの癖なので気にしないでほしい。今となっては止められないのだ。


「まあ、なんとかなりますよ」


 とだけ言っておこう。あれ、僕は何をしようとしていたんだっけ?

 …………まあいいか、それよりもだ。


「早く食べないと、もうあまり時間がありませんよ?」


 その言葉に皆一斉に時計を見ると、3人は速やかに残りの弁当を片づけにかかる。

 僕は余裕を持って最後に残しておいた唐揚げを口に放り込み、よく味わって嚥下する。恨めしげな視線を感じるが、それは彼女達の自業自得というもの。

 3人が食べ終わるまでもう少し待つとしようか。


× × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


 帰宅し、宿題という学生に課せられたノルマに勤しんでいた時、突如としてその声が頭に響いた。

── 助けて ──


「聞こえた聞こえちゃった聞こえてしまいましたよ。あの怪奇イタチ男の娘の電波を受信してしまいました」


 あの声が聞こえたということは自分に魔法の素養が、リンカーコアがあるということだ。

 今の心境?最高にハイ! ってやつ……ではなくて。いや、もちろん嬉しい。だが同時に不安でもある。

 魔法という未知の力、その神秘に対して否応なしに湧き上がる期待と憧れ。一方で何らかのトラブル&アクシデントに巻き込まれるかもしれないという漠然としたあ不安。


「少なくとも2期に入れば蒐集対象として狙われるのは確実だな」


 トリアーエズ、今はあのイタチ、もとい淫獣、もといユーノをどうするかだ。

 もちろん放っておいてもなのは達が拾って槙原動物病院に預けられることだろう。せっかくだから実物を見てみたいのは山々だが、ここは何もしない方が良い。

 では今晩は? 記憶の通りであれば今晩ジュエルシードの暴走体がユーノを襲い、駆けつけたなのはが魔法の力に目覚めるはずだ。しかし……


「なのはは本当にユーノと出会ったのかどうか?」


 まさかとは思うがこの世界のなのはにリンカーコアが無いなんてことはないよね?あ゛あ゛あ゛なんだか猛烈に心配になってきた。

 考えてみれば自分という原作にはいないはずの異物が存在しているのだ。何が起こるかわかったものではない。

 やはりユーノの声が聞こえた時すぐに行って確かめるべきだったろうか?

 もしもなのはが魔法を使えなかったとしたら、ジュエルシードの暴走を止めることができない。いずれフェイトが来るだろうが、それまでにいくつかは暴走を始めていたはずだ。フェイトがいつ現われるか、存在するかどうかも定かではない。

 もっと悪ければプレシアが次元断層を起こしたらどんな影響があるかわからないし、闇の書は暴走するし、スカリエッティがミッドチルダを……はいいか。さすがに見ず知らずのよその世界まで心配していては切りがない。

 閑話休題


「とにかく、今晩動物病院に行ってみるとしますかね」


 幸いにして父親は当直で家にいない。父の仕事は消防士だ。

 自転車で行けばなのはより先に着くことは確実。もしかしたら暴走体が現れるより先にユーノを確保できるかもしれない。よし、これだ。

 後はその時が来るのを待つばかりと僕は宿題を再開した。


× × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × ×


── 助けて ──


「やっと来ましたか」


 なんだかんだ言っておきながらやはり楽しみにしていた僕である。

 すぐさま立ち上がり、駆け出そうとする前に


「行ってきます、母さん」


 母の遺影に手を合わせる。母は生まれつき体が弱かったらしく、僕を産んだ時に亡くなった。薄情かもしれないが、それを悲しいと思ったことはない。当時の自分にとっては見ず知らずの人も同然だったのだから。

 しかし自分を産んでくれたことには素直に感謝して ── 聞こえますか…僕の声が ── はいはい、わかりましたよ。

 今なお繰り返すSOSに急かされるように家を飛び出し、愛用の自転車に跨る。

 さてさてそれでは……


「キバって、行くぜぇ!!」


× × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


 ペダルを漕ぐこと約15分。深夜徘徊で補導されることもなく、無事に槙原動物病院に到着した。

 道の脇に自転車を停めて敷地内に侵入。建物の周りをグルリと回りひとつひとつ窓の中を覗いて行く。


「お、見ーつけた」


 首に赤い宝石を提げたフェレット。その胴体には包帯が巻かれており、ソワソワと落ち着かない様子でケージの中をうろついている。

 念話も聞こえていたことだし、おそらくは原作通りにジュエルシードが街に散らばり、なのはに拾われてここまで連れて来られたということだろうか。

 急いで連れ出そうと窓に手をかけるが


「鍵がかかってますか、まあ当然ですけど」


 だがこれくらいのことは予想済み。


「こんなこともあろうかと用意してきた……ガムテープ!」


 実は前々から一度やってみたかったんだ。

 ベタベタと窓にまんべんなく貼っていき、これまた用意してきた金槌を振り上げ


「ふんっ」


 振り下ろした。2度3度と繰り返し叩きつけ、砕けたガラスをテープごと撤去する。

 ちょっとした爽快感を伴って屋内に侵入し、ユーノをケージから解放する。


「来て…くれたの?」

「話は後で、今はここを離れないと」


 右手に金槌を持ち、左腕でユーノを抱えて来た時と同じように窓を乗り越えて外へ。地面に降り立ち顔を上げたとき“それ”と目が合った。

 ……残念ながら間に合わなかったようだ。

 ブヨブヨドロドロとした不定形の黒い物体。その真ん中辺りから紅い双眸が夜闇に妖しい光を放ち、隣家の屋根の上からこちらを見下ろしていた。

 意識せず手に力がこもり、手が白くなるほどきつく金槌を握りしめる。相手から目を逸らさず、小声でユーノに尋ねる。


「あなたが何者かもアレが何なのかも後でいい。アレを撃退する手段は?」


 正体も何も知っているがそれを明かすわけにはいかない。


「これを」


 ユーノが赤い宝石=レイジングハートを口にくわえこちらに差し出す。僕はゆっくりと、至極緩慢な動作で金槌を左手に持ち替えてレイジングハートを受け取る。


「あなたには資質が「細かいことはいいから早く使い方を…!」……はい」


 上擦る声で静かにまくしたてる。正直怖くて堪らないのだ。今すぐにでもこの場から逃げ出したいが、化け物から目を離すことができない。今のところはこちらの様子を窺っているのか動きを見せないが……


「それを持って、僕の言うとおりに繰り返して。我、使命を受けし者なり」

「我、使命を受けし者なり」


 震える声で復唱する。全身が総毛立ち冷汗が止まらない。


「契約の下、その力を解き放て」

「契約の下、その力を解き放て」


 ひりつく喉から言葉を絞り出す。心臓が早鐘を打ち、やけにうるさく聞こえる。


「風は空に、星は天に」

「風は空に、星は…あっ」


 金槌が手の中から滑り落ちる。握っていた左手は汗にまみれ、疲労と緊張に震えていた。

 金槌が重力に引かれ地面にぶつかった瞬間、真っ黒な異形の怪物がこちらに目掛けて凄まじい勢いで突っ込んで来た。








主人公、残念ながらレイジングハート起動に失敗するの巻



[20268] 無力
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:fbeb1afe
Date: 2010/07/21 17:01

 死んだと思った。僕は避けるどころか悲鳴を上げることすらできず、ただその場に立ち尽くしていた。

 視界が黒く塗りつぶされ、僕を呑み込まんと開かれた顎が降ってくる。黒い影が覆いかぶさった瞬間僕の上半身は消失し──しかし、そうはならなかった。

 突然緑色の魔法陣が出現し、暴走体の突進を受け止めたのだ。呆然とする僕の眼前で障壁と怪物の体が眩い閃光と激しい切削音を撒き散らして鎬を削る。


「こ…のぉっ!」


 ユーノが気を吐いた直後、相手もろとも障壁が爆ぜた。爆風に煽られ地面を転がるが、追撃が来ることを恐れ慌てて飛び起きる。


「痛っ」


 転んだ際にところどころ擦りむいてしまった。チリチリと痛むが、今はそんなことを気にしてはいられない。


「フェレットさん! どこですか!?」


 さっきまで抱えていたはずのユーノがいない。辺りを見回すが爆煙が立ち込めていて視界が悪く、彼の姿を見つけることができない。恐怖と焦燥に駆り立てられ自分の意思とは関係なしに足が震えそうになる。


(君の…後ろ)


 不意に弱々しい念話が頭に響いた。声に従い後ろを振り向くとユーノがぐったりと力無く横たわっていた。体が軽いから僕より大きく吹き飛ばされたのだろう。心細さもあり、急いで駆け寄り両手でしっかりと抱え直す。

 あらかた粉塵が晴れた視界に素早く視線を巡らせると、バラバラに砕け散った暴走体の破片が寄り集まり再生しようとしている。今のうちに距離を取ってそれから──


「要君!?」


 道に飛び出したところでなのはと鉢合わせした。よりにもよってこんな時に!


「走って! 逃げて下さい!」


 考える暇も説明している時間も無い。今は一刻も早くこの場を離れなければならない。

 左腕にユーノを抱え直し、空いた右手でなのはの手を引っ掴み全力で走りだす。


「ちょ、なになに? なんなの~!?」


 暗い夜道に困惑するなのはの叫びが木霊した。


× × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × ×


「ハァ…ハァ…ハァ……」

 一応言っておくが、夜中に女の子と2人っきり(動物は人数に含まれません)だから興奮して息を荒げているのではない。全力疾走して来たので息が上がっているだけだ。自分で見ることはできないが、自慢の(?)アホ毛もぐったりと萎れているようだ。

 現在地は公園の遊具、名前は知らないが穴がいくつも開いているかまくらのような半球の中に身を潜めている。


「それで…何が…どうなってるの……?」


 ここまで引きずられるように走って来たなのはが荒い息で尋ねる。息も絶え絶え、文字通り疲労困憊と言った様子だ。街灯の光が細く射し込む中、額に浮かんだ汗が光って見える。不安なのか少し手を震わせて………………!?

 いつまで手を握っているんだ自分!! 気付いた瞬間弾かれたように手を離す。なのはは疲れ切っていてそれどころではないようだ。離れた手はダラリと垂れ下り、離れたことに気付いた様子もない。


「えっと、こちらのフェレットさんの声が聞こえて、来てみたら怪物に襲われて、ここまで逃げて来ました」


 冷静を装い何事もなかったかのように答えるが、顔に感じる火照りは誤魔化せない。自分のいる方が暗がりで助かった。


「怪物って、あの黒い変なの?」

「ええ、そうです」


 変なのと来ましたか。ずいぶん肝の据わった9歳ですね。次いでなのはの目がユーノに向けられる。


「それで、あの声はこのフェレットさんだったの?」

「ええ、そうなんです。フェレットさん、フェレットさん」


 軽く揺すると、ゆっくりとユーノの目が開く。目を覚ましたことを確認し地面に下ろすとこちらに向き直って頭を下げた。


「すみません……あなた方を巻き込んでしまいました」

「ふぇっ? ホントに喋った!?」


 半信半疑だったのだろう。なのはが驚きの声を上げて目を丸くする。

 それにしてもユーノのがどことなく沈んで見えるが危険に巻き込んだ負い目から落ち込んでいるだけではないような気がする。


「どこか怪我したんですか?」

「いえ、魔力を使い果たしてしまって」


 自分を危機から救ってくれた障壁、あれが彼に残されていた最後の力だったのか。助けに来たつもりが逆に助けられ、余計な負担を強いてしまった。余りにも情けなくて、みっともなくて…少し前までの粋がっていた自分を殴り飛ばしてやりたい。


「すみません…自分のせいで……自分を助けてくれたばかりに」

「いえ、元はと言えば僕の責任ですから……」


 ユーノの自責の念に満ちた声がこちらの胸を抉る。すみませんごめんなさい申し訳ありません、心の中で平身低頭する。

 僕が余計な手出しをしていなければ、原作通りになのはがユーノと出会い無事に暴走体を封印していたかもしれないのだ。

 本当に何をしに来たんだ自分。ただの足手まといでしかないではないか……

 そんな僕の胸中を知るべくもないユーノは大方の事情を話し始めた。自分の名前はユーノ・スクライアと言い、異世界の住人であるということ。スクライアの部族は遺跡の発掘を生業とし、ユーノが発掘した古代遺産=ジュエルシードが運搬中の事故でこの世界に散らばってしまったこと。さっき見た怪物はジュエルシードが暴走して生まれたものだということ。そしてそれを封印・回収するために魔法の資質がある人を探していたということ。

 聞いた限りでは原作そのもの、何ら変わりないようで少し安心した。


「僕の力ではジュエルシードを封印することはできませんでした……お願いです、力を貸して下さい。お礼は必ずしますから!」


 それにしてもお礼って一体どうするつもりなのだろう。必死になるあまり考え無しに口走っているのではないだろうか。

 まあそれはさておき


「もちろん、できる限り協力しますよ。そんな物騒なものを放っておくわけにはいきませんからね」

「私も、ユーノ君のお手伝いするよ。ううん、手伝わせて」


 もちろん好奇心が無いわけではないし、先刻の失態も忘れてはいない。しかし、ジュエルシードによる被害を未然に防げるのならばそれに越したことはない。家族や友人、生まれ育った街を守りたいという気持ちに嘘偽りはない。


「自分は遊嶋要と申します。よろしくお願いします、ユーノさん」

「私は高町なのは。これからよろしくね、ユーノ君」

「あ、ありがとう……」


 ひと段落ついて少し場が和が、不意にユーノが鼻をヒクつかせてキョロキョロと辺りを見回す。どうしたというのだろうか?


「あいつが、ジュエルシードの暴走体が近づいてくる」


 焦燥を帯びた声に、先刻の出来事が脳裏に蘇る。唸りを上げて迫る巨体。ギラギラと輝き、自分を見据える獰猛な瞳。押し寄せる黒い死のカタチ──


「要君、寒いの?」

「ええ…確かに、まだ春先ですからね、少し肌寒いかもしれません。それよりなのはさん、これを」


 なのはに待機状態のまま持っていたレイジングハートを渡す。自分の力がどれほどのものかはわからないが、彼女ならば確実に暴走体を封印してくれることだろう。何より、これ以上無駄に原作の流れを変えたくない。


「ユーノさん、早く起動パスワードを。きっとなのはさんの方がうまくやってくれます」


 突然の提案に1人と1匹は不思議そうに顔を見合わせる。暢気なものだ……


「迷っている暇はないのではありませんか?」


 若干の苛立ちを込めて低い声で言うと、ユーノは表情を引き締めなのはに向き直る。


「それを手に、目を閉じて僕の言う通りに繰り返して」

「う、うん」


 戸惑いながらもなのはは言われた通りに目を閉じ、次の言葉を待つ。


「我、使命を受けし者なり」

「我、使命を受けし者なり」


 力強く凛とした声で復唱する。普段の彼女からは想像できない張りつめた空気が漂う。


「契約の下、その力を解き放て」

「契約の下、その力を解き放て」


 彼女の体から少しづつ底知れない力が湧き上がるのを感じる。


「風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に。レイジングハート、セットアップ!」

「風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に…レイジングハート、セーットアーップ!!」


 詠唱を完了し、漲る力が頂点に達した時──光が溢れた。


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × ×


「あ゛~う゛~……」

「だ、大丈夫?要君」


 なのはがこちらを気遣う声が聞こえるがその姿を見ることはできない。

 至近距離で、加えてかまくらのような狭い空間で爆発した強烈な桜色の魔力光は反射的に閉じた瞼をものともせず僕の目を焼いた。その結果、僕は両目を押さえてうずくまっているのだった。


「────────────────────────────!!」


 暴走体の雄たけびが耳朶を打つ。かなり近くまで来ているようだ。


「要君はここに隠れてて。ユーノ君、私に戦い方を教えて!」


 言うや否や彼女の足音が遠ざかっていく。気付けばユーノの気配もなくなっていた。後を追って行ったか、肩にでも乗って行ったのだろう。

 目を開いてみるが、未だにチカチカして何も見えない。本当に何をしに来たんだか。今更ながら来なければ良かったと後悔した。


「はぁ……」


 独り取り残され、重い溜息をつく。勝手に盛り上がって出しゃばった挙句がこの体たらく。ははっ、なんて無様。

 断続的に聞こえる破砕音に耳をそばだてながら、膝に顔を埋めてさめざめと泣いた。


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


「要君、目は治ったー?」


 なのはが大きく手を振り、こちらに駆けて来る。肩の上にユーノの姿も見える。視力が回復した後、遊具の外に出てベンチで彼女達の帰りを待っていた。


「もう大丈夫です。なのはさんこそご無事で何よりでした」


 労いの言葉に「にゃはは」とはにかんだように笑う。なのはが走ってきた方を見やると、空にはうすぼんやりと赤い光が見え、おそらくは国の治安維持機構が利用する白黒モノトーンの車っぽいサイレンが聞こえる。

 やはり道路や電柱の破壊も器物破損の罪に問われるのだろうか。


「じゃあ、今日のところは帰りましょうか。お巡りさんに見つからないうちに」

「あ、うん、そうだね。ねえ、ユーノ君はどうしよっか?」


 ふむ、別に僕の家で預かっても構わないのだが、やはりなのはと行動を共にしてもらった方が良いだろう。特にメリットもないのに原作を改変する意味はない。


「自分の父さん、動物が苦手でして。もしもユーノさんが見つかったら大変なことになるかもしれません」


 嘘も方便とは良い言葉ですね。スラスラと淀みなく言葉が出て来る自分が少し悲しいけども。


「う~ん、それじゃあ仕方ないね。わかった、私の家で預かれないかお父さんとお母さんに相談してみるよ」

「すみません、僕のせいでご迷惑を……」


 ユーノがシュンと項垂れる。どうでもいいことだけど動物が落ち込む様って見ていてシュールだ。


「ううん、気にしないで。それじゃ私の家に行こうか」

「あ、家まで送りますよ」


 自分ごときが随伴したところで何の役にも立たないだろうが、防犯ブザーは常備している。何も無いよりはマシだろう。自転車は帰りにでも回収すればよい。


「うん、ありがとう要君」


 特に気にした様子もなくこちらの申し出を快諾してくれる。そうして彼女の初魔法戦の話を聞きながら高町家へと向かうのだった。


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 

「恭ちゃんどうしたの?いつもならなのはに男の子が近づこうものなら暗い目で武器の手入れを始めたり『お前を殺す』とか言って殺気を飛ばしたりするのに」

「ああ、いや、なぜだろうな?女の子みたいな顔をしていたから、かな?」

「ふぅん、男の娘は攻撃対象外、と。でも油断してるとなのはのこと取られちゃうかもよ?仲良さそうだったし」

「むぅ……」

















 はい、主人公の容姿は女の娘です。敬遠する方もいらっしゃるかもしれませんが、自分なりの考えがありますので見限るのはしばらく待っていただきたい。
  





[20268] 捜索
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:fbeb1afe
Date: 2010/07/22 22:27


「ふわ……ぁふ……」


 大きな欠伸をこぼす。席の近い数人の生徒がこちらを一瞥するが、すぐに何事もなかったかのように黒板に向き直る。

 昨夜は興奮していつまでたっても眠ることができなかった。原作本編が始まり、事件の当事者となったことに気持ちが昂り朝になっても収まらなかったのだ。

 そして厄介なことに、夜は音沙汰無かった睡魔が授業中に押し寄せてきたのである。髪が長いことが幸いして数瞬瞼が閉じていても咎められることはないが、ハッと目を覚ますと机が目の前にあるから安心できない。あー……また先生の声が遠く………………





「きりーつ、礼。さようなら」

『さよーならー』


 ……おや?何者かに時を吹っ飛ばされた?


「何寝ぼけてるのよ。もう下校時間よ?」

「要君、今日はずっとぼんやりしてたけどどこか体の具合でも悪いの?アンテナも元気ないみたいだし」


 いつの間にか目の前には怪訝な顔のアリサとすずか。その後ろでは事情を察しているからか、なのはが困ったような苦笑いを浮かべている。


「何を話しても上の空で虚ろな目をしてどこか遠くを眺めてるし、アホ毛も元気ないし、病院に行った方がいいんじゃないの?」


 アリサが不機嫌に言う。おそらく自分は彼女達の声に1日中気付かず、無視していたのだろう。わざとではないとはいえ、不快にさせてしまって申し訳ない。


「ええと、すみません。ちょっと昨夜は夜更かしをしてしまって、寝不足なだけです。体調は問題ないので気にしないでください」

「そう、ちゃんと寝ないと肌に悪いし肥満なんかの原因にもなるのよ。気をつけなさいね」


 ……つくづく子供らしくないお言葉をありがとうございますアリサさん。9歳のうちからそんなことを気にしているんですか。それとも僕が知らないだけで女の子とは皆そういうものなのかね?


「ほら、いつまでもボーっとしてないで帰るわよ」

「あ、はい。今行きます」


 急いでカバンに荷物を詰め込み後を追う。帰り道が途中まで同じなので、ごく短い間ではあるが4人で下校している。僕以外の3人は塾や習い事があるので4人が揃うのは週に3回くらいだ。また、学校から家までの距離が短く1番に抜けるのは自分だ。


「それでね、そのフェレットは今なのはちゃんの家で預かってるんだって」


 道すがら3人がユーノと出会った時の話を聞かされた。生憎僕は知っているのだがだからと言って無碍にはできない。


「へえ、そうなんですか。それでそのフェレットさんのお名前は?」

「ふぇ!? えっあ、うん、ユーノ君だよ。ユーノ君」


 素知らぬ顔でなのはに尋ねると慌てふためきながらも話を合わせてくれる。事前に口裏を合わせておくべきだったか。その後も3人はたわいない話(大半はユーノに関する話題)で盛り上がるが、僕の意識は別のところにあった。

 自分の記憶が正しければ、今日この後どこかの神社でジュエルシードが発動し2度目の戦闘が起こるはずだ。

 暴走を始める前に回収してしまおうか?しかし発動するとわかっていながら不用意に触れたりすれば、僕自身が巻き込まれて怪物と化してしまう可能性がある。

 というわけでこの案は却下。というより、戦闘場面には一切かかわらない方が良いだろう。原作の通りであればフェイト以外の相手になのはが敗れることはない。本当に原作通りに話が進むのか一抹の不安は残るが、戦いは彼女に任せる他ない。

 何しろ自分は非力な一般人なのだから、戦いの場に臨んだとしても何の役にも立ちはしない。それは昨夜この身を持って思い知った。

 そうだよ……アニメでもヒーローでも必ずいる『黙って見ていられない』とか『いてもたってもいられない』とか言って場を混乱させる奴らは昔から嫌いだったんだ。僕は僕にできることをするとしよう。


「要君、何か言った?」


 またボソボソと口に出していたらしく、すずかの耳に独り言が届いてしまったようだ。


「いえ、なんでもありません。それでは自分の家はこちらなので」

「また明日ね、要。夜更かしもほどほどにしなさいよ」

「バイバイ要君。また明日ね」

「またねー、要君」


 軽く手を振り彼女達と別れる。3人の背中が見えなくなってから心おきなく独り言を再開する。


「そういえばすずかさんは吸血鬼……だったかな?」


 身体能力が常人を遙かに上回るとか。とらハは知らないので二次創作から得たにわか知識でしかないが。あと、メイドロボ?ロケットパンチがあるとかないとか。まあ実際にロケットパンチを見られる機会はないだろう。

 名残惜しいが、横道に逸れていた思考を修正する。答えはすでに出ているが。


「暴走体はなのはさんに全てお任せして、そうでないものだけを探すとしましょう」

 暴走する分は彼女に丸投げ。発動していないジュエルシードは触れても問題なかった……はず。うろ覚えだが触れた瞬間BOMB! ではなかったと思う。

 それでは当面の方針はそんな感じで、自分にできることをしよう。


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


 とはいえ……


「町中を歩き回ってちっぽけな宝石を探し出すというのはかなり無理があるのではないだろうか?」


 我が家の庭に始まり、歩いた道は隅から隅まで目を光らせたが影も形も当たらない。日も沈みかけてだいぶ暗くなってきた。そろそろ帰らなければならないか。


「さすがに2時間そこらで見つかるほど都合良くはいきませんかね」


 ドラゴンレーダーみたいな機械があればいいんだけどなあ。

 初日のジュエルシード探しを切り上げて帰ろうとした、その時だった。


「あ」


 見つけた。閑静な民家が立ち並ぶ住宅地、その中の細く狭い路地の先に見えたのは菱形の青い宝石をくわえている1羽のカラス。


「っせぃ!」


 とっさの判断で足元の小石を投げ付ける。ジュエルシードを取り落してくれることを期待したのだが、投石も目論見も外れカラスはそのまま飛び立ってしまう。

 すぐに後を追って駆け出す。せっかく見つけたジュエルシードを逃してなるものか! 行く宛てもわからないまま飛び去って行くカラスを追いかける。しかし、どんなに頑張っても所詮は小学生の体。必死に追いすがるものの彼我の距離はどんどん引き離されていく。

 次第に顎が出て呼吸が苦しくなり、わき腹がキリキリと痛みだす。重くなった足をそれでも持ち上げて、小さくなっていくカラスから目を離さずひたすらに地面を蹴り続ける

 路地を抜け、宅地を離れ、いつの間にか自分が知らない地域まで来てしまっていた。辺りに人気はなく、古びたアパートや空き地、廃屋などが目立つ。その中の廃ビルの中の1つに追っていたカラスが姿を消した。

 まずいなあ。

 そのビルを住処にしているのならば良いが、ただの通過点だったとしたら取り逃がしてしまう。

 そこに巣があることを祈りつつ、荒れ果てたビルの中へと踏み込んだ。


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × ×


「よくよく考えてみればここまでする必要はなかったのではなかろうか」


 もっと言えば無事に事件が解決することを望むのならば最初から何もしなければ良かったのではなかろうか。

 床を踏むたびに埃を巻き上げ、ジュエルシードを探しながらいつものように独り言を呟く。

 落ち着いて考えてみよう。こんなところまで追って来て今更過ぎるが、僕が放っておいてもジュエルシードは全部集まるし事件も解決する。

 そもそも僕が介入する必要はないのではないか。いやしかし……


「だとしても、原作通りにはいかないかもしれないし作中で語られなかった被害がどこかにあったかもしれない」


 建物が破壊されたり誰かが怪我をしていたかもしれない。

 そんな災いの元となるものを見つけておきながらそれを放置したとして、もしも誰かが傷ついたりしたらきっと後悔する。

 うん、そうだ。今自分がやってることは決して無駄ではない。自分に言い聞かせるようにうんうんと頷き、捜索を続ける。

 すでに日は沈み空は濃紺に染まっている。真っ暗でこそないものの探し物をするにはかなり厳しい。


「仕事は納豆のように粘り強くするものだ…っと」


 それでも辛抱強く階層ごとに見落としがないよう丁寧に探して歩き、5階にまで到達してようやく暗がりに青く輝くジュエルシードを見つけることができた。

 ……見つかったのだが、ことここに至って新たな問題が発生した。


「どうしたものかな……」


 自分の願いが通じたのか、このビルにカラスの巣があり、そこにジュエルシードもあった。ところが、その巣はビルの壁面に備え付けられたひさしの上にあったのだ。

 そろりと窓から顔を出してもう一度眼下のジュエルシードを確認する。その途端、激しい目眩に襲われる。世界が歪み、そのまま下に引っ張られていくような──


「……ぅあ…!」


 よろめきながら窓から離れ、その場に尻もちをつく。ズボンが汚れてしまうがそんなことを気にしている余裕はない。心臓がバクバクと高鳴り、全身が震え冷や汗が噴き出す。

 そう、僕は高所恐怖症なのだ。

 屋内の階段程度ならば何の支障もないのだが、高い所から下を見下ろすことは当然、傾斜の高い坂や下が見える階段もアウトだ。目眩、動悸、恐慌状態などを引き起こしてしまう。


「なんでかなあ……」


 前世の自分は高所恐怖症ではなかったし、高所恐怖症になるような出来事に心当たりはない。


「いや、階段を転げ落ちて病院送りになったことはあったっけ」


 それでも高所恐怖症になりはしなかった。この世界に生まれてからも特に高い所にトラウマなど無い。いくら考えても原因はわからず、代わりに何かをど忘れした時のような思い出せそうで思い出せないもどかしさを感じる。


「仕方がない。場所は突き止めたことだし、明日なのはさんにお願いしますか」


 自力での回収を諦め、僕はトボトボと家路に着くのであった。














 新情報、要君は高所恐怖症。オリ主の人物設定を考えた時に何かしらの欠点・弱点があった方が良いかと思って選んだのが高所恐怖症。
 もし魔法を使える時が来ても航空戦力にはなれません。

 それにしても本文が短い……

 





[20268] 体験
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:fbeb1afe
Date: 2010/07/24 21:34

「というわけでお願いします、なのはさん」

「オッケー、任せてよ」


 張り切ってこちらにVサインをしてみせるなのは。

 時は放課後、ジュエルシードを発見したことを朝一で彼女に報告して昨日の廃ビルまで案内して来たのだ。幸い発動・暴走することもなく見つけた時の元の場所にあり、ホッと胸を撫で下ろした。なんとなくだが、そこにあるという存在感を確か感じられるのだ。

 自分にも魔法が使えたら、ジュエルシードを封印できたなら、昨日から今日にかけて心配に悶々とすることもなかったろうになあ。


「レイジングハート…セーットアーップ!」


 溌剌とした元気の良い掛け声と共に彼女の体が光に包まれ、瞬時に純白の防護服を身に纏う。

 こうして直に見るのは初めてだ。ちょっと……いや、かなり感動である。テレビの中にしか存在しなかった物語の主人公が自分の目の前でその力を行使するところを見られたのだから。

 その手にはメカメカしたデザインの魔導師の杖ことレイジングハート。『〇ルグル』とか『〇じゃ魔女』みたいな一昔前の“魔法の杖”や“魔法の杖”とはかけ離れた意匠である。だがそれが良い。


「えっと…そんなに見られるとちょっと恥ずかしいかな」


 なのはがモジモジと身をよじる。いけないいけない、つい無遠慮に凝視してしまった。


「すみませんでした。でも本当に可愛らしい衣装ですね。よくお似合いですよ」

「そ、そう?ありがとう……」


 なのはが薄く頬を染めてはにかむ。む、普通に誉めただけなのにやたらとこそばゆい。


「あー…あのっ、ジュエルシードはあそこです。あのひさしの上」


 気を取り直して再度ジュエルシードの位置を指し示す。


「うん、わかった。行くよレイジングハート」


 切り替え早いなあ。なのはの両足の外側に小さな桜色の羽が出現し、彼女の体が宙に浮かぶ。特徴的なツインテールが風を受けて揺れ動き、丈の長いスカートをはためかせて上昇して………………!!

 神速もかくやというスピードで顔を伏せる。ふぅ、危ない危ない。もう少しでスカートの中を目撃してしまうところだった。そんな嬉し恥ずかしラブコメ展開など求めていないし、変態、覗き、性犯罪者などの不名誉な称号も欲しくない。

 仮に見てしまったとしても、なのはならそんなことを言わないと思うが……もしもアリサに知られたらどうなることか。


 『この変態。駄犬どころかエロ犬だったなんて、“元”友人として嘆かわしいわ。でも安心なさい、今すぐその性根を叩き直してあげるから。そこに座って、この木刀の錆になりなさい』


 あ、声は同じだけどちょっと混ざってる。


「取ってきたよ~。何見てるの?」

「いえっ! ギリギリ見てませんよ!?」


 驚きのあまりアホ毛共々直立不動の姿勢を取る。いつの間にかすぐ側に降り立っていたなのはの問いに奇妙な応答をしてしまう。が、彼女は意味がわからず、頭の上に疑問符を浮かべて首を傾げる。


「それにしても、要君が高い所苦手だったなんて初めて聞いたよ」

「言わなければならない機会もありませんでしたし、わざわざ自分の短所を人に明かすこともないと思いまして。それで、どうします?今日はもう帰りますか?」

「うーん、荷物置いてから真っ直ぐここに来たからまだ明るいし、もうちょっと探そうかな」


 予想通りの回答である。聞くまでもなかっただろうか。


「でしたら自分もご一緒しましょう。せっかく秘密兵器も持って来たことですしね」

「秘密兵器って、もしかしてその棒のこと?」


 なのはの視線の先、僕が取りだしたのはL字型の金属棒が2本。秘密兵などと言ったが、兵器でもなければ工具でもない。


「はい、失せ物探しのお供です。いわゆるダウジングというものでして、探し物の他にも貴金属や鉱物、水脈なども見つけられる優れものです」

「それ……本当に使えるの?」


 失敬な。あなたこそ魔法というオカルト的なものに手を染めているというのに、なんですかその疑わしげな眼差しは。


「以前これで父さんの探し物を見つけた実績があります。信用してください」


 ちなみに、その探し物というのは厳重に保管したまま隠し場所を忘れてしまった秘蔵コレクションだったのだが、父の名誉のために

『ぼくちいさいからよくわかんな』

 風を装っておいた。あとでお菓子をたくさんもらったが。

 まったく。おとなはまったく。

 なにはともあれ、僕は両手に金属棒を握りしめて歩きだした。


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


「そういえば、ユーノさんの具合はどうですか?」

「もう傷はほとんど治ったよ。魔力も戻ってきたから明日からはユーノ君も一緒にジュエルシード探せるって」


 そうですか、それは本当に良かった。自分のせいで回復を遅れさせたかと思うとまた後悔が押し寄せてくる。本当に申し訳ない。


「でもびっくりしたよ。要君がもうジュエルシードを見つけてたなんて」

「いえいえ、運が良かっただけですよ。自分にも魔法が使えたらもっとお役に立てるかもしれないのですが」


 魔法を使うことができない自分は、こうして地道にジュエルシードを探して歩く他ないのだ。


「そうだ。ねえ、要君も魔法使ってみたくない?」


 なんですと? 衝撃に思考が停止してしまい体が石のように固くなる。そして思わず本音が漏れる。


「是非とも、使ってみたいです」


 なのはとレイジングハートが何やら相談を始めるがまるで耳に入ってこない。すっかり忘れていたが、自分にもリンカーコアがあり、魔法を使うことができるのだ。

 その事実だけが頭の中を埋め尽くし、胸の高鳴りが止まらない。

 この滾る気持ち……最早止める術なそありはしない!

 密かに心のどこかで待ち望んでいた熱血バトルな展開! 見よ、東方は赤く燃えている!

 師匠!今日こそは俺はアンタを超えてみせる! この魂の炎、極限まで高めれば、倒せない者などぉぉない!! 往くぞおおおお! 必ぃぃっ殺! スターライトォ…ブレイカァァァアアアアアア!!!




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「……! …め君! 要君ってば!」


 なのはが僕の両肩をガクガクと激しく揺さぶり、強制的に意識が引き戻される。


「…あ?はい、どうしました?師匠」

「にゃっ?師匠って誰のこと?それにどうしたかなんてこっちが聞きたいよ」


 呆れたと言うようになのはが深い溜息をつく。

 妄想が爆発していた。むしろ真っ赤に燃えて轟き叫んでいた。

 そしてまた気を取り直して、なのはが首にかけていた革紐を外してこちらに差し出す。


「これを持って。レイジングハート、お願いね」


 赤い宝石がチカチカと点滅する。僕は逸る気持ちを必死に抑えつけてレイジングハートを受け取り、まじまじと見つめる。


「ええと、初めまして……ではないですけど、よろしくお願いします」

《こちらこそ》


 また点滅し、電子音声が鼓膜の響く。発せられる言葉は英語なのに意味が直接伝わるから不思議だ。


「起動パスワード、覚えてる?あれを唱えてみて」

「はいっ!」

 喜んで! 我ながら良い返事をしたと思う。かつてないトキメキに胸を打ち震わせ、一気にパスワードを言い切る。


「我、使命を受けし者なり。契約の下、その力を解き放て。風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に。この手に魔法を、レイジングハート…セッタァップ!」

《Device mode set up》


 次の瞬間、全身から光が溢れ出し、力が漲る。光の色は緑がかった青色、ターコイズブルーだ。光が収まると右手には杖の形を成したデバイスモードのレイジングハート。そして身に纏っていたはずの洋服は消え失せ、代わりに白いロングスカート、胸元には大きな赤いリボン………………って、ちょっ。

 ……そうですよね。この形状がデフォルトですよね。うん、忘れていた自分が悪いんだ。


「わぁ……要君、可愛い……」

「お誉めいただき恐悦至極、とでも言うべきなのでしょうか?」


 女物の衣服が似合うと言われても着ている僕の心はれっきとしたオトコノコなわけでして。

 頭に違和感があるので触れてみるとリボンで2つに括られていた。俗に言うツインテールである。


《何か問題でも?》

「問題……と言ってよいのかどう「何もおかしくなんかないよ!要君とっても似合ってるよ!」……」


 自分のバリアジャケットを客観的に見たのは初めてなのかもしれないがそんなに目をキラキラさせちゃってまあ……あなたのお脳味噌はおとろけになってお鼻からおこぼれになっておいででは?と言いたくもなりますよ。

 そんな今までに見たこともないような満面の笑顔で力説されてもこちらとしては気が滅入るばかりだ。


「レイジングハートさん、バリアジャケットのデザインって変更できますか?」

《可能です。その際マスターの承認とプログラムの修正、再構築などの行程が必要となりますが》

「あー、ならいいです」


 そこまで余計な手間を取らせるのは気が引ける。ほんの少しの間くらいこの格好で我慢しよう。それにしてもスカートってスースーして落ち着かないなあ。じゃあまずは……心の中で念じてみる。


(あーテステス。ただいまマイクのテスト中、ただいまマイクのテスト中)

(にゃはは、それが念話だよ。1度感覚が掴めたら次からはデバイスが無くてもできると思うよ)


 よし、念話による交信に成功。


「他には何ができますか?」

《現在登録されている魔法は魔力障壁、飛行魔法、封印術式の3つです》


 となると、飛行魔法は問答無用で却下。封印も対象物がない。残るはバリアだけか。


「では、障壁展開」

《Protection》


 目の前にミッドチルダ式の魔法陣が形成される。鮮やかに輝くそれはとても綺麗だった。ただ1点、釈然としなかったのは


(青緑か……バリバリ脳筋の赤緑ステロイドだったんだけどな)


 その後もひとしきり念話で話をしたりバリアを出したり消したりして魔法デビューを心行くまで堪能した。


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


「ありがとうございました。なのはさん、レイジングハートさん」


 心地よい疲労感と若干の心残りを伴いながら待機状態に戻ったレイジングハートを差し出す。


「どういたしまして。でも本当に似合ってたね~」


 なのはは少し残念そうにレイジングハートを受け取る。そんなに僕の女装が良かったのか。


《礼には及びません。それから、私に敬称は必要ありません》


 敬語で呼び捨てというのも妙な感じだが。

 ふと見上げると空は深い紫色に覆われ、いくつか星が瞬いて見えた。彼女の家の門限が何時かは知らないがそろそろ帰った方が良いだろう。


「だいぶ遅くなっちゃいましたね。なのはさんは先に帰ってください。自分はもう少し探しますから」

「そんな、要君だけに任せるなんて悪いよ」


 なのはが不満を露わにして食い下がる。その健気で誠実な人柄は好感が持てますが、良い子はもうお家に帰る時間ですよ?


「では自分も帰りますから、なのはさんもお帰り下さい。それならいでしょう?ほら、自分が家まで送りますから」


 そう言ってダウジング用の棒をポケットに納めて見せる。


「…うん、それならいいよ。じゃあ帰ろっか」


 サラリと嘘をつける自分に軽く嫌気がさすね。消防士である父は隔日勤務で休みと当直を交互に繰り返す。そして今日は当直で家にはいない。

 ポケットの中の棒が使命を果たすまでは帰らないと心に決め、なのはと並んで歩きだした。













最近Gガンダムを全話見直したのでネタ多いです。大好きなんですGガン。
要セットアップの巻。ただそれだけの小話。





[20268] 煩悶
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:fbeb1afe
Date: 2010/07/26 03:16

なのはを送り届けた後も捜索を続けたが成果を上げることはできなかった。それ以来、父さんが当直の日は深夜までジュエルシードを捜し歩くようになった。補導されないよう人通りの少ない道を選び、両手にL字金属棒を携えて、だ。

 誰にも見つからなかったのは幸いだが、目標物が見つからないのでは意味がない。草の根を分けてでも、という言葉通りに草をかき分け石をひっくり返し、ダウジングが示した場所をとことん念を入れて探しているから見落としはないと思うが。

 そうしている間にもなのはとユーノは2個のジュエルシードを発見、封印に成功している。現在集まったジュエルシードはユーノが僕達と出会う前に持っていたのが1つ、なのはが暴走体を封印したものが2つ、暴走を始める前に発見、封印できたものが3つ、合計6個である。

 1週間のうちに6個、これはかなり順調なのではないだろうか。自分が見つけたものが1つだけというのは1つでも見つけたのだから誇っていいのか嘆くべきなのか。

 そうこうしている間に時は過ぎ、日曜日。今日はなのはの父、高町士郎さんがオーナー兼コーチを務めているサッカーチーム翠屋JFCの試合の日である。その選手の1人、確かキーパー?がジュエルシードの暴走に巻き込まれて巨木が出現するのだったか。今回の事件に介入すべきか否か、未だに決めかねていた。

 これを逃せば、街に大きな被害が出ることは間違いない。そしてこれをきっかけになのはが自分の意志でジュエルシードを集めることを決意し、探査と砲撃の魔法を習得する。その一連の流れを不用意に改変してしまって良いのだろうか。


「どうしたものかな……」


 考え込んではぼやくのが癖になりつつある気がする。

 誰も傷つくことがなければ、悲しい思いをしなければ、その方が良いに決まってる。しかし、軽々しく人の未来を変えてしまってよいのだろうか。自分が行動すれば、ことはいつの日か世界の命運にも関わるかもしれないのだ。

 答えを出せないままジュエルシードを求めて彷徨う。無論ダウジングは継続している。明るい間は気兼ねなく出歩けるうえ、子供がテレビやゲームの真似事をして遊んでいる風にしか見えないのでなんら問題ない。生温い視線が少々むずがゆいが、それもこれも皆の安全を願ってこその行為なのだ。捜索に集中するとしよう。


× × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


 僕の足は自然とサッカーの試合が行われている河川敷へと向いていた。コート内でボールを取り合い、駆け回る選手達とそれを見守り声援を送る人々。その中になのは、アリサ、すずかの3人の姿も見える。

 キーパー……キーパー……あの子か。この時点でジュエルシードを持っていたのかどうか覚えていないが。選手達の荷物が集められている場所を見やる。試合は白熱し、選手も観衆も熱狂し試合に夢中になっている。こちらに気づいた者はいない。

 ………………僕は黙ってその場を離れた。


「果たして、これが正しい選択なのかどうか……」


 自分の行動が世界の未来を変えてしまうかもしれない。その責任を負うことに怖気づいてしまった。

 何のことはない。選択などと言ったが僕はただ逃げただけだ。形容しがたい後ろめたさをひきずりながらジュエルシード探しに没頭する。

 ダウジングは何も示さなかった。


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 そして原作通り街中に巨木が現れ、一部の道路や家屋、地面を抉った根が水道や電線を破断した。絶えずニュースに目を光らせていたが見た限りでは死者・重傷者は0名、軽傷者数名とのこと。翌日の朝刊でも目立った変化はなく、ようやく安堵の息をつく。

 それから数日が過ぎ、ある時アリサに呼び出された。


「最近なのはの様子がおかしいのよ。なんか元気ないみたいだし、すずかとも相談したけど何でなのかわからないし、要は何か知らない?」

 先の事件以来、街中が何の前触れもなく突然現れ、忽然と姿を消した巨木の話題で持ちきりだ。それは学校においても同様で、クラスメイトが談笑している傍ら、なのはの表情は陰りを帯びていた。それは「原作」として定められており、なるべくしてなった結果なのだ。そう何度も自分に言い聞かせたが胸のしこりは消えなかった。


「いいえ、自分は何も。なのはさんに何かあったのでしょうか」


 臆面もなくとぼけてみせる。後ろめたさが胸を締め付けるが致し方ない。一瞬、彼女達ならば真実を打ち明けてしまっても大丈夫なのではないか、という迂闊な考えが浮かぶがすぐに打ち消す。不必要に話をこじらせて原作を壊す意味はありはしない。


「それがわからないかわアンタに…はぁ、知らないならいいわ。それで、今度のお休みにすずかの家に集まってお茶をするつもりなんだけど、要も来るでしょ?」


 ……ということはつまりフェイト参入の時期か。きっとなのはと衝突することになるだろうが、そこに自分が居合わせたとて何もできることはない。


「ねえ、聞いてるの?また小声でブツブツ言い出して」

「ああ、はい。喜んでご相伴に預からせていただきます」


 断る理由はない。よそ見をしていた意識を引き戻し、申し出を受け入れる。

 ジュエルシードもフェイトも気にかかるが、それでなくとも月村低へ行けるのは嬉しい。月村さんのお宅といえば猫である。僕は犬猫という愛玩動物が大好きなのだ。何というか、見た目も好きだがあのモフモフ感がいいのだよ。

 毛とかノミとかトイレとかそれなりの手間はかかるそうだけど。

 期待と幾ばくかの不安を胸に募らせ、その日が来るのを待ちわびるのであった。


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


「やー、何度見ても大きいなあ」


 やってきました月村低。聞くところによると、パッと目には分からないが至る所に多種多様な防犯設備が配置されており、許可なくうろつくと命の保証はできないとか。初めてこの屋敷に招待された時、月村すずかの姉、月村忍さんがおどけた調子でそのようにのたまったのだ。

 以前、試しにダウジングをして回ろうと金属棒を取り出し、数歩進んだところでいずこからか飛来した何かに棒を弾き飛ばされた。後で聞いたが侵入者撃退用のゴム弾だったそうで、怪我をしたくなかったら大人しくしているように、と念を押された。

 しみじみと回想に浸りながら玄関の前に立ち、インターフォンを鳴らす。間もなくドアが開き、メイド長ことノエルさんが出迎えてくれた。


「ようこそいらっしゃいました、要様。どうぞこちらへ」

「こちらこそ、本日はお招きいただきありがとうございます」

 客人の招き入れる動作は洗練されており、熟練者の風格を感じさせる。挨拶を交わすと敷地の一角へと案内され、向かった先には見慣れた3人の姿があった。ユーのはなのはの肩に乗っている。彼女達は庭にしつらえた席で猫に囲まれ、優雅にお茶を嗜んでいた。

 ふむ、どうやら自分が最後だったようだ。約束の時間には間に合っているのだが、それでも最後に来るとそこはかとなく悪いような気がするのはなぜだろう。


「あ、やっと来たわね」

「いらっしゃい、要君」

「要君、こんにちは~」


 こちらに気づいて次々と挨拶の言葉が贈られる。その都度短く応対しながら席につくと、1匹の黒猫が膝の上に飛び乗ってきた。気持ち良さそうに体を摺り寄せてゴロゴロと丸くなる。


「今、要様のお茶をご用意しますね」


 ノエルさんが静かに下がり屋敷の中へと姿を消す。その間に膝の上の猫の頭をなで背中をなで、モフモフ感を満喫する。ほわぁ~……和む…………じゃない。いやもっと猫と戯れたいのは山々だけど、この庭……林?のどこかにジュエルシードがあるはずなのだ。


「お待たせしましたー」


 どこかほにゃっとした、間延びした声と共にやってきたのはメイドのファリンさん。手にしているお盆の上にはティーポットとカップ、小皿にはクッキーが盛られており美味しそうな香りを漂わせている。

 それにしてもだ、これほどまでに人間そっくりのメイドロボが存在すると世間に知れたら一体どうなるだろうか。特に大きなお友達。コアな人達が狂喜乱舞して上へ下への大騒ぎとなるか、あるいは「はいはい釣り乙」と鼻で笑われて終るか。


「要様?私の顔に何かついてますか?」

「いえ、何でもありません。失礼しました」


 彼女の目は前髪のスリットから覗く僕の瞳を正確に捉えていたようだ。茶器とお茶菓子を置き、一礼してファリンさんが下がる。

 アリサさんや、何か言いたそうなお顔ですね。何をニヤニヤしているんですか?すずかさんとなのはさんは何を深刻なお顔でひそひそ内緒話をしているのでしょうか?

 3人から生暖かい視線を浴びつつ膝の上の猫を愛でていると、何か大きなものが脈打つような気配を感じた。なのはとユーノも気づいたらしく、顔を見合せてアイコンタクト……ではなく念話を交わしているようだ。

 僕は仲間外れですかそうですか。そりゃあ僕は魔法も使えないしジュエルシードだって1つしか見つけてないし、お二人がひとつ屋根どころか同じ部屋で過ごして絆を深めたことでしょう。それでも、ちょぉっと、僕だけ距離が遠いというか、取り残されたような気分になる。


(ジュエルシードがすぐ近くにあるようですね)


 語りかけられて1人と1匹はようやくこちらに気づいたようだ。……いじけるぞ?泣いちゃうぞ?チキショー……


(うん、でもどうしよう?アリサちゃんとすずかちゃんが……)

(僕に任せて)


 おもむろにユーノが肩から飛び降り、そのまま林の中へと走っていく。


「あっ、ユーノ君!?」


 思わず声を上げるなのはだが、すぐにその意図を察して行動に移る。。


「ユーノ君、何か見つけたのかも。ちょっと探してくるね!」

「ちょ、なのは!」

「なのはちゃん!?」


 アリサとすずかが止める間もなく、なのはは林の中へと姿を消してしまった。



[20268] 遭遇
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:fbeb1afe
Date: 2010/07/26 03:18

 僕は小さくなっていくなのはの後姿を黙って見送った。彼女のことは心配しているし、フェイトに会ってみたいという気持ちもある。彼女の背中が見えなくなった今でも後を追って行きたい気持ちが疼いている。

 それでも、僕は行かなかった。2人の出会いを、想いを通じ合わせるためのぶつかり合いを邪魔してはいけないと思ったから。そして何より、自分がついていたところで何の役にも立つまい。むしろ足を引っ張るだけだろう。

 猫を撫でお茶をすすり、どうにか平静を保ってなのはとユーノの帰還ないし念話の知らせを待った。気をもんで待つこと約10分、ユーノから念話が届き、なのはが遭遇した魔導師と交戦、敗北し気を失っている。手を貸してほしいとのこと。

 僕はすぐにファリンさんを呼んでもらい、なのはさんがユーノを追って林の中へ入って行ったが帰りが遅い、心配なので探してもらえない、という旨を伝えた。

 程なくして気絶して倒れているなのはと傍にいたユーノが発見された。アリサは血相を変えて駆け寄り、すずかは顔が真っ青になっていた。

 すぐになのはは客間のベッドに運び込まれた。一同が眠り続けるなのはの容体を見守り、重苦しい空気が満ちる中で僕はユーノに念話を繋ぐ。


(一体何があったんですか?)

(うん……ジュエルシードはすぐに見つかってなのはが封印しようとしたんだけど、魔導師の女の子…たぶん僕が元いた世界の魔導師が現れて、ジュエルシードを奪っていったんだ)

(その魔導師の特徴を教えてもらえますか?)

(長い金の髪に金の魔力光、それに黒い斧みたいなデバイスを持っていたよ)


 うん、その少女はフェイトで間違いない。


(その子は何か言っていましたか?ジュエルシードを集める目的なんかは?)

(わからない……なのはも何度か呼びかけたんだけど取りつく島もなくて)


 やはり、目的どころか名前すら聞き出せなかったらしい。戦闘経験がほとんどないに等しく、戦意も乏しかったなのはは終始一方的に攻め立てられ、最後は相手の放った魔法が直撃したそうだ。

 やがてなのはが目を覚ますと本人は転んで気を失ったと嘘の説明をし、その日は解散する運びとなった。アリサはリムジンで。なのはは付添で来ていた恭也さんにおぶわれて、そして僕は徒歩でそれぞれの家路に着いた。

 自転車?ああ、アレね。最初に出会った暴走体がユーノのバリアにぶつかって弾けた時、運悪くその破片に当たったらしくひしゃげた鉄屑と成り果てていましたよ。

 ブンブンと頭を振り、愛車を失った悲しみを振り払う。


「さあ、今日も今日とてジュエルシードを探しに行きますか」


 気合を入れていつものようにL字金属棒を両手に構えて歩き出した。


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


「そしてこれまたいつものように見つからないなあ」


 テクテクと歩きながらひとりごちる。ダウジングが何の反応も見せないわけではない。むしろちょくちょく何かに反応を示してはその先々で何かしら見つかるのだ。それは地球⇔アンドロメダのパスだったり、中に赤い星が見えるオレンジの玉だったり、黄と黒のボーダーカラーの古臭いベストだったり、その他にも団長腕章、獅子の瞳、勝利の鍵、万能スイッチ、柔らかい石、バトルナイザー、ダイモード鉱石、etc.etc……それと便座カバー。

 そんな風に反応があれば追跡し、そのたびにハズレを引いてばかり。いい加減あきらめて帰ろうかと思い始めたその時、ダウジングが新たな反応を示した。


「はぁ……どうせまた違うんでしょ?」


 あったとしても ねむけざまし か むしよけスプレー くらいに違いない。 金のたま でもあれば嬉しいんだけどね。そんなのダウジングなんかしなくてもその辺で簡単に手に入る、の、に──!


「ジュエルシード、ゲットだぜ!」


 度重なる失敗にうんざりしていた気分が一転して高揚し、握った拳を天に突き上げて激情のままに吠えた。一息ついて深呼吸し気持ちを鎮める。見つけたジュエルシードをポケットに収め、ホクホク顔で再び歩き出す。

 見つけてから思い出したのだが、なのははフェイトに敗れ自宅療養中である。即ち、これを封印する手立てがない。


「レイジングハートを貸してもらえれば僕にもできるのかな」


 それはとても興味深いが、今日はもう彼女の家を訪問するには遅い時間だ。それに人の役目を奪うような真似はしたくない。ジュエルシードを1つ見つけたことを区切りに、この日の捜索を終えて帰宅することにした。


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


 なのはがフェイトに敗れ、僕が2個目のジュエルシードを見つけてから数日が過ぎた。これまでに封印、回収できたジュエルシードの数は9個。あれ以来なのはは1つも見つけていない。学校で会ってもその表情は暗く、いつも陰鬱と重いオーラを振りまいていた。

 対照的に運が向いてきたのか、僕は続けざまにもう1個のジュエルシードを発見し、暴走することもなかった。しかし、自分ばかり成果を上げるというのは素直に喜ぶことができない。何も悪いことをしているわけでもないのにどことなく申し訳なさを感じてしまう。そんな状況の為に未だ封印することを頼めないでいた。

 そんなギクシャクした関係が続いていたある日、


「温泉?」

「うん、アリサちゃんとすずかちゃんと、それに忍さん達も、みんなで一緒に行くの。要君も行こう?」


 久方ぶりに明るい顔を見せたと思ったらそういうことか。温泉といえばつまり、アルフと顔合わせ、フェイトと2度目の対決、そして敗北。記憶に残っている『リリカルなのは』の物語を回想していると


「あの、ダメ……だったかな?」

「いえ、そんなことはありません。是非自分もご一緒させて下さい」


 これについては特に打算はない。ただ皆と一緒に温泉に行きたいと思った、ただそれだけだ。戦いの役には立てないがせっかく元気を取り戻しかけている彼女を悲しませたくはなかった。

 だって、考えてる間に花が枯れていく様子を高速再生するようにみるみる落ち込んでいくんだもん。僕の良心回路がマッハでピンチだよ。これを見て断れる人がいたらそいつは鬼だよ。鬼畜だよ。ランスだよ。

 温泉に行く約束を取り付けてなのはと別れた後、一旦帰宅してから日課のジュエルシード探しに出かける。近場はあらかた探し尽くしたので最近は遠くまで足を運ばなければならないのが辛いが今日は父が当直の日。時間いっぱい捜索するとしよう。



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「見ーつけたっと」


 通算4個目のジュエルシード発見。これでなのはの持っている分と合わせて10個になる。発動する様子もなく、ヒョイとつまみ上げるが何も起こらない。


「よしよし、好調好調」


 さすがに「絶好調でああある!!」と叫ぶのは自重。要らないものも色々見つけたがそれについては何も語る必要はないだろう。ようやっと役に立てた実感を得られた気がするものの、この先もなのはには幾度も戦いが控えているというのにこのくらいのことしかできないのが無念でたまらない。


「戦闘力2のゴミ同然だな自分」


 むぅ、いけないな。せっかくちょっぴりいい気分だったのに。でもここまで運が良いと死亡フラグ……は言い過ぎかもしれないが、何らかのアクシデントに見舞われるんじゃないかと思うんだよね。人間万事塞翁が馬と言うことだし。

 それともアレか、俺……消えるのか?なんてね。死んだ世界で消える条件は自分が満足することだからまだまだのはずだ。

 まあくだらないひとり相撲はここまでにして、これからどうしようか?携帯を開いて時間を確認するとおおむね9時半を示している。まだ時間は残っているが今日はいつもより遠くまで足を伸ばした。家までの距離を考えると早めに切り上げるべきかもしれない。


「収穫もあったことだし、今日はもう帰るとしようか」


 というわけで来た道を引き返して自宅へ向かう。その間もダウジングは欠かさない。もしかしたら何か見つかるのではないかと淡い期待を抱いて金属棒を構えて歩く。


「それにしても、毎週休みのたびに事件が起きるとなのはさんの休む暇がないなあ」


 次の連休が温泉、その前がお茶会兼フェイト初登場、その前が巨大な樹木の形をした暴走体。3週間立て続けだ。ジュエルシードを探し歩いて、封印して、彼女の負担は計り知れないものだろう。

 それを遠く離れた所から無事を祈ることくらいしかできない自分が歯がゆくて仕方がない。リンカーコアがあるというだけで何の力にもなれていない。


「僕にも力があればな……」


 思い浮かべるのは幼い頃から憧れていたテレビの中の存在、力の象徴、幾多の危機をも乗り越えて邪悪な敵を打ち倒すヒーロー達の姿。


「定番でライダーもいいけど魔戒騎士とか強殖装甲とか、いっそ光の巨人でもいいなあ」


 ついさっきまで無力感に打ちひしがれていた自分はどこへやら。想像していたら楽しくなってきてしまった。

 他には何が良いだろうか。宇宙の騎士ブレードの方とか、超重甲なメタルヒーローもかっこよかったなあ。

 そんな風に過去の思い出にふけって妄想を巡らせていたせいで、闇の向こうから近付いて来る足音に気付けなかった。


 視界ににじみ出るようにフェードインして来た人物はにこやかに声をかける。


「ハァイ、こんばんはおチビちゃん」


 街頭の明かりの下で出くわしたのは、犬耳にオレンジの長い髪、鋭い目と八重歯を伴った美女。初対面だがよく知る人物は──フェイトの使い魔、アルフだった。






[20268] 接見
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:fbeb1afe
Date: 2010/07/28 02:58


「どうも、こんばんは」


 軽く会釈してできる限り朗らかに挨拶を返してみた。涼しい顔をして見せてはいるが、予期せぬ邂逅に心中穏やかではない。

 そうですよねー。

 フェイトがこの世界に現れたのだから当然その目的はジュエルシード。こうしてかち合う可能性は十分にあったのだ。

 それに気づかなかった自分の迂闊さが恨めしい。


「突然で悪いけど、アンタこれくらいの青い宝石持ってるよね?それを渡してちょうだい」


 拾うところを目撃されたのか、あるいはつけられていたのか、僕がその宝石を持っていると確信している。そして有無を言わさぬ語気である。

 あくまでもにこやかでな態度で一見友好的だが、弓なりに細められた目は全然笑っているようには見えない。

 ゆっくりポケットの中をまさぐり、『青い宝石を』チラリと覗かせる。


「そうそう、それをお姉さんにちょうだい」

「その前に、いくつかこちらの質問に答えていただけませんか?」

「答える理由はないね。大人しく言うこと聞いた方が身のためだよ?」


 軽口のトーンが一気に急落してきた。口答えは許してもらえそうにない。


「では、これを渡せば見逃してくれますね?」

「ああ、約束するよ。アンタに用は無いからね」


 まあ、そうでしょうね。

 それ以上の問答を諦め、宝石を取り出し──明後日の方向へ力の限りぶん投げた

 微かな青い光が夜闇に細い放物線を描き、すぐに消え失せた。

 舌打ちとキツい一睨みを残し、アルフは宝石を追って風のように走り去った。

 さすがは犬、いや狼。そして僕自身も自宅へ向けて全力疾走を開始する。

 「計画通り」などとネタを口にする暇もない。いつまたアルフが舞い戻って来るかも分からないのだ。

 何故ならば、さっき投げ捨てたのはジュエルシードに酷似した青い菱形の宝石だが全くの別物だったのだから。

 何が違うかと言うと中に数字は見えないしジュエルシードとは違ってカットに丸みがなかった。おそらくどこぞのふしぎの海の……ロストロギアには違いない。


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 ということがあったわけだが、なのはとユーノには話していない。いずれ出会うのだから、急いで知らせる必要はないだろう。

 それに、なのはが温泉を楽しみにしているのに余計な気がかりを与えて水を差したくなかったのだ。

 そして迎えた連休、温泉の日。


「やっ…と着いた……」


 誠に長い道のりでありました。この旅館に到着するまでどれほどの時間が経ったのかも覚えていない。

 士郎さんの運転する車に乗り込み、いつも学校で弁当を食べる時のように右端に座ることはできたが左側はなのはと密着する形となった。

 息が詰まるほど緊張に体を強ばらせ、熱い顔を伏せてサナギのようにじっとしていたのだ。後で聞いたのだがアホ毛も針金のようにガチガチに固まっていたらしい。


「何を疲れた顔してるのよ。まだ来たばかりよ?ほら、シャキッとしなさい」

「要君一言も話さなかったね。もしかして乗り物苦手なの?」


 呆れたように言うアリサと気遣いを見せるすずか。

 うぅ…すずかさんは優しいなあ。アリサも多分素直じゃないからぶっきらぼうな態度しかできないだけで一応気にかけてくれてはいるのだろう。

 でもアホ毛をつんつく引っ張るのは止めてもらえません?


「まあ、そういうことにしておいて下さい」


 人の体に触れることにはまだまだ慣れそうにない。

 着いて早々に皆さん入浴に向かう流れになるが、自分は少し休みたいのでと言って客間に残った。

 温泉は後で人のいない時間に行くとしよう。広々とした部屋の畳に手足を投げ出して脱力する。

 ユーノが念話で助けを求めているが無視。だって、その方が面白いじゃない。
後々このネタを盾にすることもできるだろうし。

 とりあえずこの日のために温めてきたあのセリフを送っておこう。


(普通に入浴を楽しめ。普通にな)


 無理だろうけど。

 それはさておいて、この温泉旅館の近くを流れる川、そのどこかにジュエルシードがあるはずだ。一応、ダウジングの用意はして来ているが、手を出すべきではないだろう。今回も遠くから、せめて怪我などしないように祈るばかりだ。


「うん、今度も何もできることはないね」


 すっくと立ち上がり、ちょっと旅館の中を探検に出かける。この手の好奇心はいくら齢を重ねてもなかなか捨てられないものだ。

 アホ毛をパタパタ揺らしながら土産物屋、娯楽室、非常口に避難経路などを一通り見て回り、綺麗に手入れされた庭に面した廊下をぶらぶら歩いている時だった。

 角を曲がったところで、湯上がりらしく浴衣に身を包み、湿った髪を揺らして歩いて来たアルフと鉢合わせした。


「っ…アンタ、この前はよくも私を騙してくれたね!」


 今にも掴みかかって来そうなほどに敵意を露わにして噛みついて来る。その威圧感に気圧され、背中が縮みあがる思いである。

 だがしかし


「自分は何も騙してなんかいませんよ?言われた通り『青い宝石』をお渡ししたではありませんか」

 ぐっとアルフが喉を詰まらせる。やはり根が善い人なのだろう。いや、狼か。


「とにかく、今度こそジュエルシードをよこしな!」


 そうは言われましても持っていない物を渡すことはできませぬ。

 ジュエルシード?何それおいしいの?と知らぬ存ぜぬですっとぼけようかと一瞬考えたが、偽物をつかませたからにはしらを切ることはできまい。

 しかしアルフの気勢を削いだ僕は少し強気に出る。


「まずあなたはどこのどなたで、何の目的があってジュエルシードを集めようとしているのか、話はそれからです」


 とりあえず話を引き延ばし、交渉を持ち掛けてみる。彼女の人となりを考慮すれば無力かつ無抵抗な人間を攻撃することはないだろう。

 アルフは僅かに逡巡するが、やがて仏頂面をしながらも問いに答えてくれた。


「私の名はアルフ。私のご主人様がそれを必要として集めてる。その目的は知らないよ」


 嘘は言っていないね。母親=プレシアの指示でフェイトが動いているのだろうけどその目的までは知らされていないだろうし。

 それにしてもアレは自分が落とした物だから探している、くらいの嘘も言えないのだろうか。


「ですが、ジュエルシードは大変不安定で危険な物だと聞いています。それに自分達は落とし主に頼まれて回収に協力しています。あなた方にどのような事情があるか存じませんが、人の物を盗むのは犯罪ですよ?」

「そんなことは分かってるさ。でもフェイトが、私のご主人様が集めるって聞かないんだよ。全く何であんな奴の為に一生懸命になれるのかねえ。だいたい今までだって……」


 何やら疲れた様子で愚痴をこぼし始めた。快活なようで意外と苦労人なのかもしれない。


「とにかく、渡す気が無いなら力ずくで奪うから覚悟してな。フェイトが戦った白い子もお仲間なんだろう?伝えておいておくれよ。大人しく良い子にしていないとガブッ! といくよってね」


最後にもう一度、射抜くような鋭い眼光を残してその場から立ち去って行った。


「やっぱり説得は無理っぽいですかね」


 フェイトが母親、プレシアを信じて疑わないのでは何を言っても無駄だろう。アルフは主人たるフェイトを守る為に行動するだけだ。

 彼女達には悪いが、プレシアがジュエルシードを用いて次元震を起こそうとしているのであればジュエルシードを渡すわけにはいかない。その数が多い程に大きな影響を及ぼし、自分達が住むこの世界にどのような被害をもたらすのか計り知れない。


「ともあれ、後はなのはさんに任せましょう」


 自分にも戦う力があればもっと役に立てるのだが。

 その後客間に帰って来た皆を迎え、なのはとユーノに念話で今し方の会話と知り得た情報を伝えた。

 黒衣の魔導師の名をフェイトと言うこと、フェイトを主人と呼び付き従う女性が1人いること、彼女達にジュエルシードを集めるよう指示した人物がいることなどだ。

 言ってしまった後で軽率かと思ったが、この程度ならば大局に変化はないだろう。ないはずだ。…そうであってほしい……


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


 結局、温泉旅館における戦闘は無事(?)に原作と同じ展開で終わった。

 これでなのはが持っていたジュエルシードが1つ奪われ、こちらの持つ数は九つ。フェイト達が持っている数は現地で封印したものとなのはから奪ったものを合わせて3つ。見つかっていないジュエルシードは残り9つ。内6つは海の中だから


「おろ?ということは陸の上にあるのはあと3個だけ」


出かける用意をしながら独りごちる。

さらにその内の一つはフェイトが街中で強制発動させる。もう一つは樹木が暴走体となってクロノが登場。となると


「行方知れずのジュエルシードはあとたった一つだけか……」


 それはつまり、これ以上暴走体による被害は増えないということで、大変喜ばしいことである。

 記憶が正しければサウンドステージではどこかのプールで1個封印されたはずだが、原作との微妙な差異ということだろうか。

 ともあれ最後の一つを求めて、今日も元気に張り切ってジュエルシード探しに出発だ。最近では人の少ない道を選ぶ余裕もなくなってきたので、夜は人が寝静まった頃、少なくとも日付が変わる頃にならなければ外出しない。夕方、今のように学校から帰った後一、ニ時間は探せるが行き帰りに費やす時間を差し引くとあまりに短すぎるのだ。

 だからこそ、こうしてしゃかりきにダウジングをして歩いているわけなのだが


「広域探索の魔法?とかあったはずだから、先を越される可能性の方が大きいわけで」


 頑張ってはいるが、先を越されて当然、見つけることができればそれは僥倖であろう。

 それはさておき、この間の温泉の件以来、なのはがしょっちゅう何かを考え込んだり、思い悩むことが多くなった。アリサとすずかが話しかけても心ここにあらずといった様子で生返事をするばかりである。

 おかげで気まずいったらありゃしない。

 2人とも聡明なのでなのはが悩み事を抱えていることは察しているだろうけど、いずれひと悶着あるだろう。

 あまりに見るに堪えないので、ユーノと相談して今日はなのはにジュエルシード探しを休んでもらっている。ついでに、一通り街を探し歩いた後に僕が集めたままにしていたジュエルシードを封印してもらいに持って行く約束だ。

 ポケットの中では三個のジュエルシードが音を立てて揺れている。ぶっちゃけ、言い出せなかった時もあったが今の今まで忘れていたというのも事実だ。


「まあ、最後のジュエルシードが見つかることにはそれほど期待しちゃいないし、あとはこれを届けるまでフェイトやアルフに僕が見つからないことを祈るだけ、と」


 そう漏らした矢先だった

 幾度か味わった全身を駆け巡るような悪寒

 突然そこに現れ、爆発的に膨れ上がる存在感。

 天に向かって一条の青い光芒が走る。光が収まり、そこに顕現したモノは

 節のある八本の長い脚

 黒い巨体と卵形の臀部はゴワゴワとした体毛に覆われ

 血のように赤く、怪しく光る8つの目

 見るもおぞましい異形の蜘蛛が姿を現した











 “原作通り”は簡単に済ませます。



[20268] 暴走
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:fbeb1afe
Date: 2010/07/28 02:59

 僕は虫が嫌いだ。

 その種類、大小に関わらず総じて嫌いだ。

 蜂や蛾が好きな人は少ないと思うが、僕は蟻やカブト虫ですら触れることができない。

 いつだったか、幼い頃飛んできた蝉が腕にとまったことがある。怖くて、気持ち悪くて、身じろぎひとつできずむせび泣いたのを覚えている。

 蜘蛛や百足は昆虫ではないが、そんなことは些細な違いでしかない。嫌悪の対象であることには変わりがないのだから。

 そして今、視線の先には頭と胴体だけで軽トラックほどはある巨大な蜘蛛。キチキチと禍々しい顎を鳴らし、その8つの目が僕を捉えた気がした。


「ヒッ………!」


 僕は踵を返して転がるように駆け出した。今までの経験が活きたのだろう。
暴走体との遭遇を果たしていなければ恐怖に身を竦ませていたかもしれない。

 震えもつれそうなる足を叱咤し、一心不乱に地面を蹴り続ける。心臓が悲鳴を上げ爆発しそうなほど暴れ狂おうとも速度を緩めることも、振り向くこともできない。

 いくつもの角を曲がり、狭い路地を駆け抜け、自分に出来うる限りの全てを尽くして逃げ回った。その間に誰にも会うことなく、行き止まりにぶつかることもなかったのは不幸中の幸いか。

 何度目になるか分からない角を曲がろうとした時、勢い余って曲がりきれず盛大に転倒してしまった。


「うっ…く……!」


 手足を焼くような痛みも流れ出る血も無視して立ち上がる。しかし、自分が走って来た方向にも、左右を見渡しても、あの蜘蛛の姿が見当たらない。

 撒いたのか、と一息つこうとした時、自分を覆う影が微動していることに気づいた。

 振り仰ぐと、背後の家屋の上から巨大な蜘蛛がこちらを見下ろしていた。身を屈めたかと思うと、次の瞬間こちら目掛けて飛びかかって来た。

 初めて暴走体と対峙した時の出来事が脳裏に蘇る。あの時はユーノがいたが今回は自分一人だ。

 怪物の醜悪な顔が迫り、その牙が吸い込まれるように突き立てられる──


「やああああっ!!」


 間一髪、横殴りに飛んできたオレンジ色の光が轟音をたてて蜘蛛に衝突し、その巨体を10数メートルに及んでぶっ飛ばした。

 突如乱入し、僕を救ってくれたのは狼の姿をしたアルフだった。

 なるほど、誰もいないのは彼女が結界を張っていたからか。


「ほらほら、ボサッとしてないで邪魔だからどっか行っちまいな!」


アルフの怒鳴り声にビクリと体が跳ねる。


「あ、ありがとうございます!」


言われた通り、すぐにその場から離れる為再び走り出す。

 既に脚はガタガタで心臓も早鐘を打って止まないが、自分の命が懸かっているのだから走らないわけにはいかない。

 チラリと後方を窺うと、起き上がった蜘蛛がガサガサと蠢きアルフに這い寄るかと思うと、不意に空高く跳躍した。

 僕目掛けて。

 てっきり自分に向かって来ると思い待ち構えていたであろうアルフの頭上を悠々と飛び越え、8本の脚で衝撃を殺し軽やかに着地すると、僕に狙いを定め凄まじい速さで距離を詰めてくる。

 消耗した体にムチを入れなおも逃げようとするが、突然何かに躓き前へつんのめる。

 またも転倒し、何事かと自分の足を見ると蜘蛛が放った白い糸が絡みつき両脚の動きを封じていた。

 もがく間も無くグングン引き寄せられる。獲物を捕らえた捕食者の目が僕を射抜き顎を開く


 ─死にたくない─


 強く願う


 ─死にたくない─


 『死』が間近に迫る


 ─力が…欲しい─


 強く願う


 降りかかる危険を

 目の前の敵を

 沸き上がる恐怖を

 押し寄せる驚異を

 我が身を脅かす危機を

 立ちふさがる障害を

 襲い来る災厄を

  全てを


─力が欲しい─


 打ち倒す

 叩き潰す

 突き破る

 消し去る

 駆逐する

 排除する

 粉砕する

 滅殺する


全てを 破壊する


 ─力が欲しい!!─


 強い想いに呼応するように青い光が膨れ上がり、炸裂した。


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


「あのガキンチョ、ジュエルシードを持ってたのかい!」


 蜘蛛にばかり気を取られ、気づかなかったことに歯噛みする。そしてそれが強い想いに、おそらくは恐怖に感応して発動したのだろう。

 すると次の瞬間、突如として蜘蛛の巨体が跳ね上がった。

 いや、何者かが“かち上げた”


「何だい…ありゃ?」


 そこには先ほどの子供の姿はなく、長身の人影が佇んでいた。

 白と黒のモノトーンを基調にマゼンタをあしらったボディスーツに全身を包み込み、頭部はバーコードのような数本のラインが走る奇妙な仮面で覆われている。

 腰に巻かれたベルト、そのバックルの中央に赤い水晶体が煌めく。

 そして顔の大部分を占めている緑色の目は悪鬼の如くいびつに歪んでいた。

 そこへ先程の蜘蛛が落ちて来る。


「………………」


 何も言わないままそれを見上げ、わずかに身を屈め腕を引き絞ると、落下に合わせて拳を突き上げた。

 ぞぶり

 と身の毛がよだつような音を立てて腕が蜘蛛の胴体に文字通り突き刺さる。

 紫色の体液をこぼして蜘蛛が苦しそうに足をばたつかせる。そのまま謎の人物は腕を振るい、軽々とその巨体を投げ捨てた。

 ブロック塀を薙ぎ倒し、瓦礫を巻き込んで蜘蛛の体が地に沈む。


「何て奴だよ……」


 アルフも腕っぷしにはかなり自信があるのだが、仮面の人物とは比較にならない。

 白黒ピンクの人物は倒れ伏した蜘蛛にゆっくりと歩み寄る。その無機質な仮面からは感情を読み取ることはできない。

 蜘蛛の前に立つと脚を持ち上げ、荒々しく踏み抜いた。

 何度も何度も、蜘蛛の体を貫く度にビクビクと体が揺れ、穿たれた傷から体液が噴き出す。それはただ淡々とそうするのが当然とでも言うような機械的な動作だった。


「うっ……」


 余りに凄惨な光景に吐き気が込み上げる。

 既に蜘蛛に抗う力は無く、虫の息どころかピクリとも動かない。


「ちょ、ちょっとアンタ。そいつはもう……」


 声をかけようとするとストンピングを止め、首だけを動かし声のした方向へ振り向く。

 意志の疎通ができるのだろうか?

 ところが彼女がもう一度言葉を続けるより速く、ソレは風を切り、唸りを上げて突進してきた。

振り上げた拳は固く握りしめられている。彼女の狼としての本能が激しく警鐘を打ち鳴らす。

 受け止めるのは危険と咄嗟に判断し、その場にバリアを残して大きく飛びすさった。

 しかして、その判断は正しかった。

 突進の勢いに乗せて発射された拳はアルフのバリアを易々と突き破り、霧散させた。その圧倒的な破壊力に目を見張るが、息つく間も無くさらなる攻撃を重ねようと猛追して来る。


「チッ!」


 悔しいが、アレを相手に得意の肉弾戦はできない。飛行魔法を行使して空に飛び上がり距離を取る。


「追って来ない…飛べないのかい?」


 仮面の人物は宙に浮かぶこちらを仰ぎ見て立ち尽くしている。

 ならばと一つ試みに魔力弾を数発放ってみるが、うるさそうに振るわれた片腕であっさりと弾かれてしまった。

 そこへ、長い金髪を二つに括った黒衣の魔導師が駆けつけた。その手には黒い戦斧を携えている。


「アルフ、ジュエルシードは?」

「フェイト!」


 心強い味方、自慢の主人の到着に幾ばくかの余裕が生まれる。


「それなんだけど、あの蜘蛛と…避けてフェイト!」

 両者共にその場を弾かれたように飛び退くと、直前まで自分達がいた空間を何かが砲弾のような速度で通り抜けた。眼下の敵を睨みつけると新たなコンクリートブロックを掴み上げている。


「アレがジュエルシード?」

「ああ、子供が巻き込まれてあんなのになっちまったのさ。とんでもない馬鹿力でバリアが役に立たないんだよ」


 投石を避けながら大まかな事態を説明する。子供が巻き込まれたと聞き、フェイトが眉を顰める。


「そう…バルディッシュ」

《Photon lancer》


 フェイトの周囲にいくつもの光球が生成され雷光を放つ。


「ファイア!」


 号令と共にそれら光の槍が一斉に発射される。高速で突き進むその攻撃は、予想を裏切り全てかわされてしまう。敵はアスファルトを陥没させる程の脚力でもって大きく飛び退き、フェイトの魔法は地面を抉るだけに終わった。


「思ったより素早いね。アルフ、アレを止められる?」

「うーん、アレにはバインドも効かなそうだし……」


 どうすればアイツの動きを封じることができる?

 まず腕力が違いすぎる。近付くことは自殺行為に等しい。

 中・遠距離から射撃魔法で攻めるにしても生半可な攻撃では効果が無い。かといって大威力魔法は隙が大きく、容易くかわされてしまうだろう。

 だからこそフェイトが確実に封印するためにアレの動きを止める必要があるのだが。


 ………………


「ねえフェイト、ちょっと思いついたんだけどさ…」


 今なお続いている投石を回避しつつフェイトに作戦を伝える。


「うん、じゃあそれで行こうか。気を付けてね、アルフ」

「フェイトもね、じゃあ行くよっ」


 互いに頷き魔力を高める。飛んでくるつぶてをかわしつつ、フェイトは力を溜め、アルフが弾幕をバラまき注意を引きつける。
敵は魔力弾をかわし、時には腕で防御することで攻撃の手を止める。


(準備できたよ、アルフ)

(りょーかい!)


 射撃を止めて地上に降り立つ。すると手の届く高さに達した瞬間、相手はこちらに向かって凄まじい速度で突っ込んで来た。

 しかし、それこそアルフの思惑通り。

 射撃魔法を放つ傍らで用意しておいた術式と保持していた魔力を発動させる。

 一直線に向かって来る相手を捉えることは造作もない。


「強制転送!」


 オレンジ色の魔力光が相手を飲み込み、その場から消失させる。
そして再び姿を現した時、成す術もなく相手の体は上空に投げ出された。

 それを待ち構えていたのはフェイト。

 手にしたバルディッシュは槍の形を成し、柄から金の翼が伸びている。素早く正確に狙いを定め、溜めていた魔力を解放する。バルディッシュの先端から雷光が迸り、落下していく人影を狙いたがわず撃ち抜いた。


「ジュエルシード、封印!」

《Sealing》


 三つのジュエルシードが浮かび上がる。

 ジュエルシードとバルディッシュを繋ぐ光が一層輝きを増し、一際強く閃く。後には封印処理を完了したジュエルシードと長い黒髪が尾を引きながら真っ逆さまに落ちていく小さな人影。


「オーライオーライ…ょっと」


 落下地点には人に姿を変えたアルフが待機しており、子供の体を受け止めることで地面との激突は免れた。

 見れば所々衣服が裂け、手足の擦過傷から滲む血が痛々しい。


「フェイト、この子どうしようか?」


 このまま見捨てて行くのも寝覚めが悪いので主人に判断を仰ぐ。


「怪我、してるね。服もドロドロだし、手当てしてあげようか」

「あいよー。あ、あっちのジュエルシードも忘れずに持って帰らなきゃね」


 クイクイと親指で見るも無惨な巨大な蜘蛛だったものを指す。


「うん、アルフは先に行ってて。封印してすぐに行くから」

「はいはーい。よいしょっと…うわっ、こいつ漏らしてるじゃないか。ったく、世話が焼けるねえ」


小さな矮躯を抱え直し、自分達の仮住まいに向けて足を踏み出した。









 恐怖のあまりちびってしまった主人公、DCD激情態に変身するの巻。ただし、明瞭な記憶としては残らない、残念無念。




[20268] 対話
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:fbeb1afe
Date: 2010/07/28 02:59

「知らない天井だ……」


 とりあえずお約束に従ってみた。

 僕が目を覚ましたのは見知らぬ部屋。カーテンが閉じられ、暗い部屋の窓の外から電灯らしき灯りが指しているのを見ると今はもう夜か。

 自分の寝具は布団のはずれだが、今横たわっているのは柔らかくて高級そうなベッドである。

 夢を見ていた気がする。ひどくおぼろげで曖昧だが、何かどこぞの『世界の破壊者』になって暴虐の限りを尽くしていたような……冬映画みたく。

 すると部屋のドアが開いた。


「お、目が覚めたかい」


 声のした方向へ首を回すと部屋の照明に光が灯り、眩しさに目がくらむ。再び目を開いた時、目に映ったのはドッグフードを脇に抱えたアルフだった。

 ええと、どうしてこんなことに?

 確か蜘蛛に追い回されてアルフが現れて蜘蛛に食べられそうになって…それから…それから……?


「すみません、ここはどこで自分はなぜここに寝ているのでしょうか?」


 体を起こすとあちこちが痛い。目に見える擦り傷の他にも何か疼痛を感じるのだが。


「ここはこの世界のアタシ達の拠点。アンタはジュエルシードの暴走に巻き込まれて、それをアタシのご主人様が封印した。で、気を失ったアンタを連れて帰って手当てまでしてやったんだ。感謝しなよ」


 予想していた質問だったのかスラスラと淀みなく答える。

 しかしドッグフードをバリバリ食べながら喋るのはいただけない。行儀悪いし、カスが散ってるし……あーあー、もう。

 ネコ缶をパスタに絡めて食べた話は聞いたことがあるけどドッグフードはさすがに……。


「アルフ、あの子の具合は?」


 開け放していたドアの方から響いた声の主へ目を向けると、長い金のツインテールにルビーのような赤い瞳、黒いワンピースに白い肌が映える少女、フェイト=テスタロッサの姿があった。

 僕の目が開いていることを確認するとトコトコと近寄って来る。


「大丈夫?どこか痛いところとかない?」

「ええ、助けて下さってありがとうございました。自分は遊嶋要と申します」


感謝の意を示して深々と頭を下げ、同時に名を名乗る。


「私は…フェイト=テスタロッサ。アルフのことは知ってるんだよね?前にも何回か会ったって」


 確かに。一度目は夜の道端で、二度めは温泉で、いずれもごく短い出来事だったが。


「はい、アルフさんとは以前にもお会いしましたね。それでその、自分はどれくらい寝ていたのでしょう?」


 ざっと見回したがこの部屋には時計がない。それどころか家財がほとんど見当たらない。短期の貸借のつもりだから多くは必要ないのだろう。

 間の悪いことに携帯電話はバッテリー切れにつき家で充電中だ。


「今はだいたい10時過ぎだから、5時間くらいかな」


 うぅむ、今日が当直の日で助かった。では次の質問。


「自分はジュエルシードに取り込まれた時どんな姿をしていました?」


 自分がどんな怪物と化したのか。実に興味深い。


「えっと、なんて言ったらいいのかな、アルフ?」

「う~ん、どう言ったもんかねえ」


 え、何?そんな口に出すのもはばかられるような姿形をしていたの?まさか幼い体に抑圧された元成人男性のドロドロした情欲が形を成して──


「バルディッシュ、映像記録は残ってる?」


 フェイトが取り出した金の三角形のプレート、その中心の凸部が輝くと、ヴンっと眼前に画像が浮かび上がる。そこに映し出されたものは、足下のブロックや瓦礫を拾い上げては投擲を繰り返す人影。

 それはとてもよく知る仮面とスーツを身に纏っていた。

 “10年”の名を冠するヒーロー、『仮面ライダーディケイド(激情態)』である。

 にわかに事件当時の記憶がフラッシュバックする。

 肉迫する蜘蛛の牙、氾濫する恐怖、圧倒的な力、湧き上がり制御できない破壊衝動。

 その間にも映像は進み、やがてアルフの転送魔法で空中に投げ出され封印魔法が直撃することで決着がついた。

 その後彼女達に保護されて今に至るわけだ。


「ありがとう…ございました」


 ディケイドかあ……

 確かに憧れてはいた。なんといっても全てのライダーの能力を持っているのだから。

 それにしても死に直面したというのに自分の変身願望を発露しなくても……あ、ジュエルシードは『願いを叶える石』だったか。

 その時、くぅ~、と小さく空腹を訴える音が鳴った。発生源は僕のお腹。

 それは蚊の鳴くようなごくかすかな音だったがアルフの耳は聞き逃さなかったらしく、犬耳がピコンと跳ねた。


「なんだ、腹が減ったのかい。ちょっと待ってなよ、何か持って来てやるから」


 そのお言葉は誠にありがたいのですが、口いっぱいにドッグフードを詰め込んだまま言われるとちょっと…ありがたみが薄れるといいますか。

 アルフが部屋を出て行くとフェイトと2人っきりになり、部屋の中に沈黙が降りる。

 まあ口数の多い人よりは少ない方が苦手では無いので特に気にならないが。

 落ち着いたら尿意がもよおしてきた。トイレを借りようとベッドから立ち上がりかけてようやく自分の格好に気付いた。

 めくった掛け布団の下から現れてのは明らかに女物の衣服。ちょうど今フェイトが着用しているワンピースに酷似している。


「………え…っと…自分は何故このような格好をしているのでしょうか?」


 動揺を押し殺し冷静な自分を装ってフェイトに尋ねる。


「あなたの着ていた服はドロドロに汚れてたから洗って、アルフが私に買ってきてくれた服を着せたんだけど、嫌だった?」


 いえ、嫌というか、それはつまり上も下も脱がされたということで……反射的に下を触ってみる。

 違う。

 これはいつもはいているブリーフじゃない。なんかこう、フワッとサラサラしたこの感触は──


「下着は…その、下着も汚れてたから……」

「ホントウニスミマセンデシタ……」


 羞恥と申し訳なさで死ねそうだ。

 今にも頭が茹で上がりそうだが、それよりも問題がひとつ生じた。


「フェイトさん、お願いがあるのですが…このことは秘密にしておいてもらえませんか?」

「下着のこと?」


 いやまあもちろんそれもですが……


「自分が“女”だということです」


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


 生まれ変わって2度目に授かった肉体は女性のものだった。

 最初はそれほど気にしていなかった。

 何か大事なものを失ってしまったようなえもいわれぬ喪失感はあったが、生活することに何の支障もなかったのだ。

 そうして女性としての2度目の人生を謳歌していたのだ。

 しかし、成長するにつれ次第にその弊害が現れ、増えていった。

 例えば海、例えばプール、例えば公衆浴場。要するに、他の女性の裸体を多数目の当たりにしてしまったのだ。

 自慢じゃないが前世で女性と交友関係を持った経験は一度も無かったし、ともすれば満足に会話したことすらほとんど無い。故に異性に……いや、今は同姓か、女性に免疫が無い自分にとってこれは刺激が強すぎる。

 さらにもう一つ、むしろ決定的だったのはこちらの方だ。

 それ即ち、男に告白された。

 小学校に入る少し前のこと、幼稚園に通っていた頃の僕はいつもひとりで本を読んだり、絵を描いたりして静かに過ごしていた。

 時折遊びに誘ってくれる子や、ちょっかいを出す子もいたがそれら全てをことごとく拒絶した。ままごとに付き合う気は無いし悪ガキは徹底的に無視だ。ああいう手合いはいちいち相手にするからつけあがるのだ。

 それ以前に僕自身が人見知りすることも大きな要因だったのだが。

 やがて僕に声をかける子は次々といなくなったが、一人だけ、しつこくつきまとう男の子がいた。

 こちらがいくら無視していても後ろからつついたり、どこかから輪ゴムを飛ばしたり、絵描きをしている横から色鉛筆を持ち去って行ったりした。

 今思えば『好きな子に意地悪してしまう』というやつだったのだろうが、当時の僕にはそこまで人の心を推し量ることはできなかった。

 そしてある日、その子は教室で読書していた僕の腕を取り、強引に人気の無い階段の踊場まで連れて来ると、突然熱く愛の告白を始めたのだ。

 僕の手を握り締めたまま。

 正直気持ち悪かった。

 今も昔もホモにもゲイにもBLにも毛ほども興味が無い。故にその愛に応えることはできない。

 それでなくとも悪質な悪ふざけだとしか思えなかった自分は悪し様に突っぱねた。

 しかし意外にも男の子は目に見えて落ち込んでしまい、すすり泣きながら去ってしまった。

 それらの経験から自分が女性であることを煩わしく思うようになり、日に日にストレスを溜めていった。

 そして小学校に上がる前、その思いを父親にぶちまけた。発端はもう少し女の子らしくしたらどうかとか、そんなことだったと思う。

 それに対して、自分の心はどうしようもなく男性のものであり、女性として生きるのが辛い、苦痛であると涙を流して訴えた。父との長い交渉の末、学校や病院とも相談し性同一性障害(仮)的な処遇を受けるることとなったのだった。

 ちなみに、小学校に同じ幼稚園出身の子はいませんでした。ご都合万歳。












 男の娘ではなく女の子でしたの巻。
 性同一性障害についてはいくらか調べましたが、正直良くわかりませんでした。まあ商業でもよく男装したり女装したりと性別を偽っている作品は少なからずあるので難しく考えなくてもいいかな、と諦めました。


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