SIDE:シア
私の名前はシア。ラ・シャリス家に仕えるメイドです。
現在、ラ・シャリス夫妻が殺害されてしまったことにより、屋敷は大忙し。
使用人達の間にも夫妻の死去に悲しむ人は大勢いますが、だからといって仕事を怠るわけにはいきません。
ラ・シャリス夫妻の一人娘……今では当主として、若くしてこの家を継ぐことになったアイシャ様が懸命に努力しているのに、私達が仕事を怠っていては使用人としての誇りに傷がつきます。
アイシャ様は、まだ10歳の幼き少女です。当主となるにはまだ若すぎます。
本来ならこのような時、親戚などから当主代行となる人物を選定するらしいのですが、襲撃事件を起こしたのがアイシャ様の叔父様だったということで、誰も名乗り出られなくなっているようです。
ここで当主代行になろうと名乗り出れば、事実はどうあれラ・シャリス家を乗っ取ろうとした叔父の共犯であると疑われるのでは、と親戚の皆様は怯えている様子。
アイシャ様も、両親の想いを継ごうと頑張っていらっしゃるので、親戚の皆様にはいつまでも怯えていてほしいものです。
もちろん私達も、先代のご主人様が築いてきた想いや信念を守るため、精一杯頑張ります。
平民の私達にも分け隔てなく接して下さり、良くしていただいた恩は一生忘れられるものではありませんから。
あの名門貴族のラ・ヴァリエール公爵夫人、カリーヌ様も、ご自分もお忙しいはずでしょうに、何度もこの屋敷までいらっしゃり、アイシャ様の助けになって下さります。
先代の旦那様、奥様とは非常に仲が良く、その娘であるアイシャ様が立派になられるよう、支えてくださるおつもりのようです。
現在ラ・シャリス家は人手も資金も知識も不足気味なので、とてもありがたい話です。
見ていた限り、カリーヌ様にとって、メアリー様は親友として慕っており、旦那様はおまけ……よくて友人という扱いだったようですが。
カリーヌ様は、女性に対して優しくなりがちなのでしょうか? 聞くわけにも参りませんが、妄想は広がりますね。うふふ。
もしそうだとしたら……カリーヌ×アイシャ、ですか。ありですね。今のアイシャ様の年齢では犯罪の匂いがいたしますが、そこがまた。
『さあ、アイシャ。今日もたくさん学びましょうね』
『きゃっ、カ、カリーヌさ、そこは、やぁ……』
『いけませんよ。そんなことでは立派な貴族になれませんよ』
『そ、そんな……こういうの、貴族とは関係な、ひぅ!?』
『そんな嫌がる素振りをしてても……ほら、身体は正直ですよ?』
『や、やぁ……そんな、こと』
『アイシャ。愛しいアイシャ。“大人の”貴族としての教育を、今日はたっぷり身体に教えてあげましょう――』
「ああ、いけませんいけません! そんな羨まし、いえ、まだお嬢様にはお早いですわっ!!」
「……? 何が早いの?」
「ひゃううううう!?」
自分の妄想に思わずいやんいやんと顔を振っていると、なんとアイシャ様に見つかってしまいました!
ピンチです、いくらお優しいお嬢様でも、仕事中にこんなこと妄想(しかもお嬢様が主役)していたなんて知られたら……。
『いけないメイドさんですね。そんなメイドさんには、“おしおき”です』
『ああ、お嬢様! どうか、どうかお許しを!』
『だーめーでーす。もう二度とばかなことをしないように、たーくさんいじめちゃいます』
『ひゃうう! そ、そんな……あぁ!』
『嫌がってるふりしても、身体は正直ですよ? 乱暴にされるのがそんなに好きなら、これからたっぷり――』
「……熱でもあるのかな? ちょっと、頭下げて」
ああ! またやってしまいました。それもお嬢様の目の前で! ああ、私のこの脳が、だめだめな脳が!
うう、言われた通りに頭を下げますが、やはりお仕置きでしょうか? できればあまり痛くないように――。
「えい。……んー、ちょっと熱いかも。疲れてるの?」
「――ッッッ!!??」
ぴと、と。お嬢様は、ご自分の額と私の額をくっつけて、熱を測りました。
小さな身体で、私のメイド服を掴んで支えにして、精一杯に背伸びして。
……お、おおおおお嬢様。
顔が、顔が近こうございまする……!
私が頭を下げてもまだ足りない身長差を埋めるため、限界まで背伸びしているのでしょう。お嬢様は少し頬が赤くなり、ぷるぷると震えています。
けど、無理をしていると感じさせないように文句ひとつ言わず、ぎゅっと目を閉じて、額越しに私の体温を測ろうとして下さっています。
その様の、なんと、可愛らしい、ことか。
………………はぅ。
「あ、リーズさん。ちょうど良かった。シアがちょっと熱あるみたいなの、様子を見てあげて?」
「はい、畏まりました。お嬢様はこの後は……?」
「ちょっと庭で、魔法とかの練習してくるね。じゃあごめん、シアのこと、よろしくねー!」
「お嬢様……お辛いでしょうに、気丈に振舞われて……それに比べてシア、体調管理を怠るとはどういう……って、きゃー!?」
お嬢様お嬢様可愛いお嬢様おじょうさまおじょうさまかわいおじょうおじょおじょさまおぜうさ――
「シ、シア! あなた鼻血がまるで滝のように……ちょ、誰かー!! シアが、シアが何かとんでもないことにー!?」
その後、意識が回復した私は先輩メイドであるリーズさんに、たっっっっぷりお説教されることになりました。
……お嬢様、可愛かったなぁ。
SIDE:カエデ
『……うーん、このぐらいが限界か』
アルデとの決着がついてから、数日が過ぎた。
私は、アイシャに協力してもらい、私の幽霊としての能力がどうなっているのか、検証できるものだけでもと思い、実験していた。
そして今は、私がどの程度1人で行動できるのかを試していたのだが……あまり、行動できる範囲は広くないようだ。
アイシャからある程度離れると、何かが引っかかるような感覚がして、それ以上先に進めなくなる。
どうやらアイシャを中心として、私の行動範囲には枷があるらしい。それ以上外側には出られないようだ。
ハルケギニアには正確に距離を測る道具はないので、単独活動限界距離は自分の距離感に頼るしかなさそう。いまいち分かりづらい制約だ。
いわゆる地縛霊のようなものか。
地縛霊は、生前の想いが深い場所や物に縛られて、そこから動けなくなるという。私の場合はアイシャ縛霊か?
……言いにくい上に、アイシャ=10歳の少女に縛られるというのが、こう、なんともイケない響きに感じるのは私だけだろうか。
せめて、主縛霊? ……これもいまいちかな。
他の実験の話に変えよう。
人に憑依できるので、物に憑依して偽インテリジェンスアイテムとかできないかやってみた。
憑依自体はできたけど……憑依物に自分で動くための機能がないと、幽霊パワーを使っても身動きは取れなくなるらしい。
練習すれば武器に憑依した状態で姿の変化で、こう、オーラとか放ってるっぽい武器とかはできそうだけど、演出ぐらいにしか使い道なさそう。
なので、やってみたかったネタだけアイシャに頼んでやってみることにした。
「お、オー・バーソ・ウルー! inウッドワンドー!」
『うーん、前半の発音が器用に間違ってるなー。けどこればっかりは仕方ないか』
oh,バッソ、売るー! と空耳で聞こえそうな発音だった。
けどこういうのは仕方ないのかもしれない。ハルケギニアと現代日本では、そもそも言語からして違うのだから。
原作では、サイトの名前だって伝言ゲームみたいになってえらいことになってたし。
まあ元ネタみたいに、武器が変化したりすごい大きくなったりとかは無かったので、遊び以外で使うことはなさそうかな。
なんとなく、憑依してない時と比べると私の魂の影響なのか、ぼんやりと光ってるような気がするぐらいだ。武器の切れ味が増すということもないだろう。
今回は杖に憑依したわけだけど、これで仮に魔法の威力が上がったとしても、アイシャ自身に憑依した方が効果あるかも。
試しにそのまま“ブレイド”で近くの手頃な岩で試し斬りしたけど、“ブレイド”を振った軌跡や、岩にぶつかった瞬間に、光のエフェクトみたいなのが出たぐらいで、斬岩できたとかそんなことはなかった。
少し岩に亀裂が入ったが、元々ひび割れして一部が脆くなっている岩だったようで、“ブレイド”の威力が上がったわけではなさそう。
次の実験は、魔法の強化。
ハルケギニアにおける魔法は、精神力が強く作用するらしい。
感情の起伏によりメイジとしての能力が上がることもあるし、同じ魔法でも込めた想いが強いと威力が上がるようだ。
ということは、私とアイシャ、二人分の精神力で魔法を唱えれば、威力が上がるという仮説を立てた。
……正直、試してみたけど違いが分からなかった。私自身が魔法を使えないからかもだし、他に何か条件があるのかもしれない。この辺りは今後の練習次第かな。
例えば、できれば習得したいのがリリカルな○はのマルチタスク。あの作品では、複数のことを同時に思考する技術で、空を飛びながら戦う空戦魔導師には必須のスキルだったと思う。
“フライ”で飛びつつ他の魔法とか、アイシャと二人で分担してやればできそうな気がする。憑依状態の私達は、二人分の思考をひとつの身体でやってるようなものだから、偽マルチタスクって感じでも、なんとかできると思うんだけど。
あくまで、できそうっていう机上の空論なんだけどね。今回試したら、失敗して空中から落ちて尻餅ついちゃったし。
『ごめんね。勝手な思いつきで痛い思いさせて』
『い、いいえそんな。その、マルチタスクとか、本当にできたらとっても役に立つと思いますし』
こういう実験も、できる内にやっとかないと、襲撃事件の時みたいにぶっつけ本番ばかりだとどこかで失敗するだろう。
まあこっちの予想通りにいかないのが現実だから、基本的にマニュアル化できるものでもないんだけどね。
……私だって、まさか幽霊になって異世界に召喚されるなんてこと、現実に起こるとは思えなかった。それを苦痛とは思ってないけど。
とりあえず現時点での実験結果をまとめると。
・私はアイシャからあまり離れて単独行動はできない。なので、1人で他国の偵察や暗躍とかは無理。やるならアイシャも目的地まで行く必要がある。
・一部のアニメ、ゲームなどの技を真似することはできるけど、見た目を真似てるだけなので実用的かは微妙。演出とかに使えるかも、という程度。
・マルチタスクは、使えたら魔法にも書類整理にも便利だろうけど、これも練習次第かも。今はまだ使えない。
・空中から落ちた時に気付いたが、痛覚はその時身体の主導権を握っている方が感じるらしい。主導権を切り替えた場合は、身体がその時感じている痛みや疲労も表に出てきた側に移るが、10歳と20歳では疲労に対する耐性にも差があるので、アイシャ→私と疲労が移っても、私はそんなに過酷には感じない。
こんなところか。
単独行動で潜入とかできれば、憑依や可視化を駆使して上手くいけば、原作開始前にレコン・キスタフラグ(つまりジョゼフ狂化フラグ)とかを潰せると思ったが、現実はそうそう都合よくいかないようだ。アイシャと共にその近くまで行ければできるかもしれないが、そう気軽に国境を越えて、他国の王城まで近づくことはできないだろう。
ひとつ思いついたアイデアで、幽霊状態の私が身体をカーテンのように広げてアイシャを覆い、そのまま不可視化すればステルスモードになれそうだから、それで国境を越えて、目標まで近づけば……というのがあった。
けど、他国の王城などに忍び込んだとバレればたたでは済まない。暗殺者として殺されてもおかしくない。ステルスモードが上手くいくとも限らず、できたとしても私が他人に憑依する時にはアイシャが無防備になる。
結局、原作ブレイク平和学園物語化という野望は、机上の空論で消えそうだ。原作の時系列に追いついた時に、頑張るしかなさそう。
やはり現実はそんなに甘くないようである。
とまあできないことも多々あるが、今後のアイシャと私の成長や練習次第で他にもできることは増えるかもしれない。
これからも、余裕がある時はこうやって色々試していくとしよう。
SIDE:シア
リーズさんのお説教が終わって、「さっさと仕事に戻りなさい!」と部屋を追い出される。
……うう、足が。足が痺れる。正座って痛いよう。
痛む足を気にしつつ、仕事場へ戻ろうと渡り廊下を歩いている時だった。
同僚のメイドが、何かこそこそと庭の方を覗いているのを見つけた。
「おサボリですか? フィナ」
「ち、違うわよ! というかあなただって、仕事してないじゃない」
何かを覗き見していたのは、フィナという少女。
私の同じ頃にこの屋敷で働き始めたため、何かと競い合ったりしている。というか、競わされる。
フィナの方から「どっちが仕事を完璧にこなすか勝負よ!」とか言われて、勝手に賞品としてご飯のおかず一品とかを賭けさせられる。
受ける義理はないのだが、勝てばその分ご飯がいっぱい、そして美味しく(悔しがるフィナを見ながら)食べれるので、乗ってあげる。
今のところ勝率は五分五分ぐらい。張り切りすぎて失敗したらリーズに怒られるので、つい熱くなりすぎないようにしないと危険。
とまあ、何かと勝負好きな少女だ。けど、勝負しながらでも仕事をサボるなんてしない子だ。
そんなフィナがこんな渡り廊下で覗き見しているのだ。何か重要なものがあるのかもしれない。
……禁断の愛とか修羅場とか!
「私はさっきまで気を失ってたんだよ。今から戻るとこ」
「あんた、また良からぬことを考えて……ま、まあいいわ。それより、私はお嬢様を見守らないと」
お嬢様、というと、この屋敷では一人だけ。アイシャ様のことだ。
先程の失態のこともあるし、謝るチャンスかも。フィナに倣うように覗き見の体勢になって様子を窺う。
「仕事に戻るんじゃないの?」
「行くよ? けどちょっとお嬢様に謝らないといけないから」
「……そう。けど今は無理だと思うわよ? 忙しそうだし」
とりあえずアイシャ様の様子を見てみる。
どうやら、魔法の練習をしているらしく、色々な呪文を試しているようだ。
それだけなら普通のことだと思う。だが、お嬢様の隣には誰かがいた。
……あれは、噂になっていた光の精霊、かな。
その精霊は、光を纏いながら、お嬢様の傍でふわふわと浮いている。
時々お嬢様と何かを話すように顔を合わせていたりする。
「カリーヌ様は、光の精霊がアイシャ様に危害を加えるつもりはないって言ってたけど……精霊と関わってたら、何か予想外の事故とかあるかもしれないじゃない?
だから、誰も傍で見守っていないのがなんだか不安で、こっそり見守っているのよ」
「なるほど……」
たしかに、お嬢様の意思とはいえ近くに誰もいないのは私も不安だった。
お嬢様は「みんな仕事を頑張ってくれてるのに、私の勉強まで手伝ってもらっちゃ悪いよ」と頑固な感じで意思を押し通していた。
アイシャ様とて、当主としての書類整理や雑務をこなして、空いた時間を魔法の練習や襲撃事件で殺害された従者達の親族の元に報告に出掛けたりと、疲れが溜まっているだろうに。
私達従者に甘えて、最低限当主でないとできない仕事以外は、使用人に丸投げしたって許される状況だと言うのに。
アイシャ様は、強くあろうと頑張っている。
だからこそ、みんな不安なんだ。
幼い少女にとって、そんな生活を続けて耐えられるのか、と。
いつか壊れてしまうのではないか、と。
「主を想う気遣いには納得しますが、仕事を放り出すのは感心しませんね?」
ビクッ、と。フィナと共に、背後から聞こえてきた声に驚く。
ギギギ、とゆっくり振り返ると、そこにはとっても笑顔なのに殺気すら感じる、目の笑ってないリーズさんが。
「とはいえ、たしかに貴女達の言うことにも一理ありますね」
と、怖い笑顔を止めて、溜め息をつきながらもリーズさんも覗き見に加わってきた。
「過ぎた力は身を滅ぼすきっかけとなります。まだお若いアイシャ様が、精霊と共にいて大丈夫なのか……少し、様子を見てみましょう」
こうして。
私達メイド三人組による、アイシャ様見守り隊が結成されたのでした。
○
見ている限りでは、特に問題はなさそうだった。
光の精霊も何か試しているのか、アイシャ様の傍を離れたと思ったら、すぐに戻ってきたり。
アイシャ様も楽しそうに笑っている。魔法の練習で疲れている様子だが、それだけだ。
「杞憂だったのでしょうか……今のところ、特に何もありませんね」
「ですねー」
リーズさんもフィナも、ひとまずは納得したようだ。
元々、光の精霊と言葉を交わしたというカリーヌさんからお墨付きをもらっているし、心配しすぎだったのかもしれない。
では、仕事に戻りましょうかー、と。言おうと思った時だった。
「お、オー・バーソ・ウルー! inウッドワンドー!」
お嬢様の、そんな声が聞こえてきたのは。
他の二人も気になったのか、もう一度アイシャ様の様子を見に戻る。
そこには。
白く光り輝く刀身の“ブレイド”という、見たこともない“ブレイド”を構えるアイシャ様がいた。
「――!?」
思わず、息を飲む。
先代の旦那様、奥様は、私達にも魔法がどういうものなのか教えてくれていた。
それはきっと、今のような事態……自分達が死んでしまった時、アイシャ様に魔法の知識を少しでも多く伝えるためだったのかもしれない。
とにかく、その教えていただいた知識では、“ブレイド”は使用者の得意な系統によって、色や威力が変わるという。
アイシャ様は10歳の水のドットメイジ。その“ブレイド”の色は、以前見せていただいた時……いえ、先程覗き見していた時も、淡い水色の刀身だったはず。
それが、今その手に輝くのは、“白い光”という、どの系統にも該当しないだろう色の“ブレイド”だった。
出来具合を試すためか、アイシャ様はその“ブレイド”で、近くにあった岩に斬りかかった。
ガキン、と音を立てて、刀身が岩に弾かれる。
成長すれば威力は上がるだろうが、10歳の子供、それもドットメイジが唱えた“ブレイド”では、当然の結果だった。
通常、“ブレイド”の威力は岩をも切り裂く程だという。だが、アイシャ様の現在の力では、それはまだ無理のはずだ。
光り輝く刀身、と珍しい“ブレイド”だったが、威力はそれ程変わらないらしかった。
お嬢様はそのまましばらくして、練習を終えるのか庭から去っていった。
それを確認してから、リーズが先程“ブレイド”の試し切りに使われた岩に歩み寄る。
その行動に疑問を持って、私とフィナは後を追った。
「どうしたんですか? リーズさん」
「……これを見てみなさい」
と、リーズさんが目の前の岩を指差す。
言われた通りに良く見て……驚愕する。
斬れていたのだ。
縦に鋭く、必要最低限の部分だけ叩き切ったとばかりに。
アイシャ様の年齢のメイジが繰り出す“ブレイド”では、斬れるはずのない岩が。
「……これが、光の精霊の力」
おそらく、先程のアイシャ様が叫んだ聞いたこともない言葉は、光の精霊の力を借りるための呪文だったのだろう。
術者が本来持つ力に、精霊自身の力を上乗せすることにより、術者の力量を超えた魔法を生み出す……。
あくまで推測に過ぎないが、目の前の斬られた岩が、その仮説に現実味を与えている。
「危険、ではないでしょうか」
フィナが呟く。
光の精霊は、アイシャ様にとって危険な存在ではないか、と。
「術者本来の力を超える魔法なんて、お嬢様に負担を与えるのでは……」
「その可能性も、考えねばなりませんね」
リーズもある程度同意見のようだ。
……けど、私は違った。
「私は、大丈夫だと思います。だって……アイシャ様、楽しそうに笑っていましたから」
そもそも、光の精霊は、先日の襲撃事件の日に、アイシャ様を助けるために現れたという。
カリーヌ様の「光の精霊はアイシャを友と認めています」という言葉もあるし、光の精霊と共にいるアイシャ様は、なんだか見ていて、ほっとできる雰囲気だった。
ああいう笑顔ができるのなら、きっと、大丈夫だと思う。
「……たしかに、決めつけるには些か気が早いかもしれません」
リーズは、私の意見も分かるというように呟いて。
「この件は保留にしましょう。カリーヌ様にも相談して、今後の方針は慎重に決めます。
それまで、見守りつつも現状維持を……というわけで、遅れた分、しっかり働きましょう」
まだ不安は残っているようだが、とりあえずアイシャ様と、お嬢様が友として親しんでいるという光の精霊を、信じることにしたようだった。
……私は、アイシャ様が可愛らしく笑っていられるなら、それでいいや。
光の精霊さん。
アイシャ様の友達として、どうか仲良くしてあげて下さいね?