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[12823] 比翼連理 (現実→真剣で私に恋しなさい)
Name: 朝市深夜◆5609fed7 ID:376da71a
Date: 2010/06/22 02:38
初めましての方、初めまして。

お久しぶりな方はお久しぶり。

朝市深夜です。


御久し振りな方へ。

改訂版ということで、タイトルさえも変えてしまいましたが、これも伏線みたいなものなのでご容赦のほどを。



初めましての方へ。

このSSの説明ですが、転生したオリシュが原作を掻き回す、といった感じです。

そういった物が苦手な方は、どうぞ他のマジ恋の素晴しい作品をお読みください。

それでもOKな方はどうぞお読みください。





[12823] Prologue
Name: 朝市深夜◆5609fed7 ID:5ed0ab84
Date: 2010/06/22 02:42








これは歪んだ物語

完成した物語に、ひとりの男を介入させることにより歪んだ物語

ご都合主義を好しとする物語で、ご都合主義を廃したことにより歪んだ物語

ひとりの男が受け入れた大きく歪んだ物語

ひとりの女が受け入れた大きく歪んだ物語

ひとりの男が救われただけの物語

ひとりの女が救われただけの物語

ひとりの男が死を運んだだけの物語

ひとりの女が死んだだけの物語

これはただそれだけの物語

これは、歪んだ大きく歪んだ恋の物語










__Prologue_/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄











輪廻転生。


仏教だかアジア関係の宗教で出てくる、人が死んだら違う生き物になって生まれ変わるという、魂のリサイクルシステムを知っているだろうか?

そんなモノの実在を証明する術はないが、そのシステムを信じ、その宗教を崇める人は数知れずいる。

そんな人々に言ってやりたい。


輪廻転生は存在すると。


いや、そうじゃないと俺が陥っている状況に説明がつかないから。

始めはドッキリとか、夢かと思ったが、ドッキリにしては物理法則とか無視しすぎだし、夢にしては長すぎるのと、この苦痛。

悪夢なのかどうかはその人その人に寄るだろうが、俺としては意外とどうでもいいことだったりする。

もはや夢と思っていないから。

現実と受け入れたから。

この苦痛もリアリティを帯びてくる。

板張りの床の冷たさを感じながら、俺はそう思う。

火照った体が床の冷たさで冷まされていく。


「……今日は此処まで」


侮蔑さえ混じった声が、俺の頭上からかかった。

今現在、辛うじて動く首を動かし、上を見上げる。

瞳に、憎悪を込めて見上げる。


「―――…はっ」


そんな俺の無様な姿を見て、親父は鼻で笑い、道場から出て行った。

全く持って、儘ならない。















何時もと同じ一日のはずだった。

そうならないと思った事が無かったのは、平和大国日本の住民であるが故か。

我ながら平和ボケしていたと思う。

動けなかった。

田舎で暮らしていて、小中高と田舎の公立学校に通って、大学の為に上京した俺にとって平穏は日常茶飯事で、それが壊れる事を夢にも思っていなかった。

だから講義から帰ってきて、レオパレスのアパートに帰ってきた時に、泥棒がいたとしても、対処の仕様が無かった。

ただ、呆然と泥棒の包丁を腹に受け入れ、死を受理した。

そして気付けば、羊水の中。

それから俺は赤ちゃんとして、新しい母親の股から出てきて、混乱の末、泣かなかったことから産婦人科の医者に逆さ吊りにされ、蒙古斑塗れのケツを叩かれた。

そこからあれよあれよと歳をとって、小学五年生。

俺は九条家の長男として、川神の一角に住んでいる。

九条組次期当主という看板を背負って。

もっと簡潔に言えば、俺は前世で一度死に、違う世界で生まれ変わり、一族の後取り息子で実家はヤクザ屋さんだ、ということだ。

見も蓋もない。

何だ、その無茶振りな設定は、と言ってしまいたいが、一度死んで記憶を受け継いで転生したことには、正直感謝している。

人の人生は一度きり。

大体八十から長く生きても百歳程度のもの。

後悔もあれば、やり直したいことも多くあるだろう。

若さ故の無知、無謀を、俺は今、やり直す事が出来る。

それはとても魅力的なことで、どれだけ金を積んでも出来ないことのはずだ。

気とか武道とか武家とか色々と出鱈目な世界、というのにドラゴンボール的な違和感を感じずにはいられないが、そこら辺には折り合いをつけている。

死んでしまったものは仕方ない。

今生きている。

それでいいではないかと。

しかし、親父を憎悪する理由は別物。

何故憎悪しているのか、それを俺は理解できない。

一応武家の血筋だから、小さい頃から鍛錬でボコられているから?

ヤクザという家系だから?

人殺しだから?

この世界さえ、前世の世界と同じく腐りきっていると、嫌というほど教えられたから?

そのどちらでもないと思う。

ただ、生理的に本能的に憎悪していた。

そのことを親父の右腕的存在である一之瀬に相談した事がある。

そうしたら、一之瀬は笑って答えた。


『そういう家系らしいですよ』、と。


ならば仕方ないのかもしれない。

そういう家系ならば仕方ない。

そういう風に遺伝子に刻み込まれているのならば、と。

そう納得付けた。

前世の常識など通用しない世界なのだから、その世界に純粋に生を受けて、生きてきた一之瀬が言うのなら、そうなのだと納得した。

こうして今、俺は前世とは違う世界にいる。












風間ファミリー。

そう呼ばれる小学生グループがある。

小学生の癖にファミリーなんていう英語をグループ名に入れているのは、流石に世代の違いというかジェネレーションギャップに驚きを隠せない。

が、俺はそのグループに席を置いている。

小学生らしい封鎖的なグループで、設立当初の面子からあまり人数は増えていない。

グループのメンバーは


リーダー:風間翔一

軍師:直江大和

用心棒:川神百代

ペット:岡本一子

アホ:島津岳斗

一般人:師岡卓也

元いじめられっ子:椎名京

侍中:九条沙紗


の八人。

何故俺が侍中なのかは、今一分かっていない。

モモさんと京は色々とあった中で途中から仲間に加わったが、小4から小5の一年間に二人しか加わってないことを考えれば、十分に閉鎖的ものだ。

しかしその中は心地良く、精神年齢的には随分年上な俺でも、楽しかった。

というか身体に精神が引っ張られて、随分と精神年齢が下がってしまっている気がする。

思っていることと言動が一致しなかったりするのが、その一例。

対処法は無いが、このまま成長していけば問題は無いので治そうとも思わないが。



そんな感じで暮らして小5の夏休み。

俺は一人の女の子と出会う。

そしてそれが、俺がひとつの禁忌を犯す切っ掛けであり、その子を壊してしまった俺の始まりでもあった。







 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\_00_Next_01__









あとがき

というわけで、何をトチ狂ったのか改訂版投稿完了。

前回のあとがきで六月の中盤あたりに投稿しますと言いましたが、22日ってセーフなのか?

まあ、とりあえず完結できるように頑張り直してみようと思うので生温かい目で見ていてください。



[12823] first episode
Name: 朝市深夜◆5609fed7 ID:5ed0ab84
Date: 2010/07/07 23:47











雨が降っていた。

ザーザー、ザーザーと音を立てて降っていた。

雨脚が強く、地面に落ちる雨粒が風によって波打つさまが、はっきりと目に見える。

そんな空模様の中、俺は一人、地面に寝転がっていた。

痛む体。

熱を持った傷口。

降り注ぐ雨が俺を癒してくれる。

仰向けになり、ただ灰色の雲を見上げる。

落ちてくる雨粒一つ一つを、雲から零れ落ちて地面に激突するまでを見続ける。

見る。

ただそれだけ。

それだけが取り柄だ。

そういう一族に生まれてきた、が。

それだけで上手くいくものでもない、そう思わさせられる。

こんな場所で、こんな天候で、こんな無様な姿を晒している以上、ぐうの音も出ないほど反論の余地が無い。

ああ、虚しい。

心が壊れそうだ。

前世であっけなく殺された俺は、人殺しを禁忌と思っている。

そう、思っているんだ。

なのに親は、組の連中は、人を殺せと言う。

更には、俺は親父を憎悪している。

殺してやる、明確にそう思うほどに。

そして鍛錬という名の殺し合いの中で、本気で殺しに往っているのも分かる。

本能を抑えてはいるが、理性がガリガリと削れ、疲弊していく。

何の為に生きていくのか、そう考える時がある。

この外見年齢からすれば、随分と爺臭い事を考えていると笑われるだろうが、中の俺は大学生だったし、自分の死の体験を確りと記憶している。

そりゃあ、老成もする。

が、そんな俺を偽って生きなければならない。

大人なのに子供と偽って。

人を殺したいのに、殺したくないと偽って。

騙し欺き偽る。

小学生を演じ続ける。

本当に如何しようもない。


ああ、本当に―――――疲れた。










__first_episode_/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄











何時もどおり、俺は風間ファミリーとして、皆と秘密基地に近い場所で遊んでいた。

何時もと違う事があったとすれば、キャップがいないことだけ。

まあ、キャップの放浪癖は誰もが知り、良くあることだし誰も気にせずに今日はサッカーをして遊んでいた。

本格的なものには人数が圧倒的に足りないので、ゴールひとつキーパー一人で二チームに別れてボールを取り合ったりするやつだが。

そんな何時もと変わらない日常の中で、俺は見た。

九条家の血というか、遺伝的なもので、生まれながらにして視力と動体視力が異常なまでに良かったから。

一人の女の子が物陰で、俺達が遊んでいるのを見ていることに。

ただ、じっと羨ましそうに。


「おい、沙紗!」


その子に気を取られていた所為で、ガクトが蹴ったボールを取り損ねる。


「っと! すまん」


俺と随分離れて横にいた大和が、懸命にボールに触ろうとするが、届かない。

転々と女の子がいる方へと転がっていき、一番近くにいた大和が取りに行く。

そして、こぼれたボールを取りに行った大和へと、女の子が話しかける。

それを俺は『見て』、会話を聞く。


『あ、あの。 僕も仲間に入れてくれない?』

『あ――いや、今リーダーがいなくて、また今度にしてくれる?』


大和がそう断ると、女の子は落胆した感じで、トボトボと歩いていっていしまった。


「いくぞー!」


大和からの声。

そのフォームは既にボールを蹴る体勢。

一番近くにいる俺にパスをするつもりなのだろう。

俺は、大和から予想通りパスを貰い、駆けた。

そして俺は、一時的に女の子のことを忘れて遊んだ。






次の日。

昨日はサッカーだったので、今日は野球をしようということになった。

なったのはいいが、バッターがモモさんではホームラン連発で遊びにならないので、俺と一緒に外野の守備。

ノラリクラリと始めた野球だが、また、女の子は来ていた。

昨日と同じ物陰に隠れ、俺達が遊んでいるのを見ている。

それに気付いているのは、俺とモモさんぐらいか。


「マッスル・スイングッ!」


ガクトが馬鹿みたいにフルスイングしたバットが、偶々ボールに当たり、馬鹿みたいに打球が飛んでいく。

俺とモモさんは動かない。

いや、だって明らかにファールボールですから。

打球を見送り、ボールの落下地点を見ても、やはりファール。

遠くでガクトが何かを喚いているが、俺は無視してボールを取りに行く。

そう、女の子が隠れている木の近くに転がったボールを。


「あ、あの」


女の子が木の陰から出てきた。


「あの、その、僕も君達のグループに入れてくれない………?」


昨日と同じ言葉を、俺に言ってきた。

少し考え、俺は昨日大和が言った言葉で返した。

それを聞き、女の子は昨日と同じようにショボクレた表情をしながら歩いていく。

その後姿を見送りながら、俺は気紛れを起こした。

納得できない自分がいた。

だから気紛れ。


「わりぃ、野暮用が出来たから、今日は帰るわ」


何とも苦しい言い訳。

しかし小学生という純粋なお年頃な奴等にはそれで十分。

唯一文句を言ってきたガクトには、暴力という名の交渉で宥め、女の子が歩いていった方向へと走る。

ただの気紛れ。

調子に乗っているとしか思えない気紛れだ。

だが、京といういじめられっ子を仲間にして、あの子だけ放置、という事が出来なかった。

完全に上から目線で、手を差し伸べているのは分かっている。


「よお、何やってんだ?」


とぼとぼと歩いていた女の子に追いつき、声を駆けた。


「ぇ、ぁぅ……」


急に声をかけた所為か、女の子の表情には怯え。

いじめっ子と間違えられたのかと思い、焦る。


「いや、別に虐めに来たわけじゃあない。 ただ、お前昨日も俺らを見てただろ? だから興味が湧いた」

「ぁ、えと、ボク、お友達がいなくて。 きみたち、いつも楽しそうにあそんでるから、お友達になってほしくて………」


予想通り。

それで大和に話しかけたのか。


「で、でも、昨日もきゃっぷがいないからだめだって言われて」


ああ、大和らしい判断だと、そう思う。

自他ともに大和の事を軍師と認めるだけあって、ファミリーのリーダーであるキャップがいない以上、判断の保留は確かに正しい。

それで俺も今日は同じ事を言ったわけだが……

しかし、それでこの子は如何する。

俺の目の前で、独り残念そうにトボトボと歩いて帰る女の子を見たくはない。

完全なエゴ。

それだとしても、だ。


「なら、俺と友達になるか?」

「え?」


想像さえしていなかった俺の言葉に、女の子はキョトンとする。


「あいつら全員と友達になるのは、まだ無理かもしれないけど、俺なら大丈夫だから」

「……いいの? ボク、みんなにばい菌とか言われてるよ?」

「でも、実際にばい菌じゃないだろ? それにいじめられっ子は京で慣れてる」

「――――と」


小さく、本当に小さく呟かれた言葉を俺は聞き逃す。

しかし、女の子はもう一度、今度は確りとした声で言った。


「ありがとう」


その声も小さかったが、それでも聞き取れた。


「どういたしまして」

「えへへ。 ボク、小雪。 君は?」

「九条沙紗。 好きなように呼んでいいぞ」

「うんいいよー。 よろしく、さっちゃん」

「さ、さっちゃん……」


何故にちゃん付け。

そう思ったが―――


「だ、だめ?」


身長的に、覗き込むように潤んだ瞳で言われては、却下する事が出来ない。


「いや、別にいい」

「やったー。 それじゃあ、ボクたち友達だね、さっちゃん」

「ああ、そうだよ、 小雪」


飛び跳ねて、喜びを全身で表現する小雪の頭に手を乗せて、カサカサに乾燥した髪の毛を撫でる。


「ねーねー、何して遊ぶー?」

「そうだな……とりあえず俺ん家で風呂に入ろう。 やっぱお前、臭うよ」

「ふえ!?」


……流石にアンモニア臭はきつかった。


ショックを受けて震えた小雪に俺は笑って、頭を撫でた。













そうして、俺の家に行く道で、小雪と他愛のない会話をしながら俺の家へ。

他愛のない会話なのに、小雪は本当に楽しそうに喋る。

本当に、友達が欲しかったんだろう。

そう感じずにはいられない。

そして俺の家に着いて、風呂に入るまでの間中、小雪はハシャギっぱなしだった。

純和風建築で、広大な土地を有する九条家は、庭も広大で、その敷地内には道場さえ完備しているのだから、初見の人からすれば、仕方の無いことだ。

俺も転生してから慣れるのに随分とかかった。

なんで平成のこの世に仲居さんとか数十人単位で住み込みさせてるんだよ、と今でも思う。


小雪は珍しそうに辺りをキョロキョロと見ながら俺に付いて来る。


「此処が風呂場だ。 湯も張ってあるが、取り合えず体と髪を洗ってから湯船に浸かれよ」


そう言って、出ようとすると引っ張られる感覚。

振り返れば小雪が不思議そうな顔をして、俺の服の袖を握っていた。


「一緒に入らないの?」


ちょっ―――

一緒に入るとか、まあ確かに俺達はまだ子供だが、一般世間的に俺も小雪も小5で異性を意識するお年頃なはずだ。

色々と問題が多いはずでは?


「入らないの?」


二度言われた。

あれ、これは俺が間違っているのか?

確かに俺は肉体的には小5だが、中の人的には死んだときに大学生だったし―――

って、そっちの方が余計に駄目な気がしてきたがっ!!


「だめなの?」


心底、本当に心底不思議そうに小首を傾げられた。

そして俺は答えを導き出す。

そうだ。

年齢とか男女とかそういうことは関係ない。

ただ、俺が小雪に対して何か邪な事をするとか感じたりするかどうか。

それに限る。

不思議そうにしている小雪を見て、自分の心を確認。

よし、俺はロリコンじゃない。


「一緒に入りたいのか?」

「うん」

「なら、一緒に入るか」

「うん!」


元気良く、嬉しそうに小雪は頷いた。

着ていた服を脱ぎ散らかして、小雪は真っ裸になる。

俺も服を脱ぎ、小雪が脱ぎ散らかした服と一緒に俺の服をたたんで脱衣所に備え付けられている駕籠の中に入れておく。

風呂に入っている間に仲居の誰かが洗濯してくれるだろう。


「おおー、さっちゃんもボクと一緒だね。 傷だらけ」

「……そうだな」


俺の身体には糞親父に鍛錬で付けられたモノが多数。

切り傷・裂傷・打撲・銃痕・火傷、なんでも御座れのオンパレード。

それに対して小雪も随分なものだ。

切り傷と火傷と打撲の三種だが、数が随分と多い。

最近の虐めはこうも過激なのか。

脱衣所の戸を開け、風呂場へ。

湯煙で視界が少々悪いが、それでも十分。

何時も隅々まで綺麗に掃除しているから滑って転んだりもしないだろう。


「わあー。 すごい、すごい。 とおっても大きいねー」

「まあ、金持ちですから」

「木で出来てるよ、さっちゃん。 ボク、初めて見たー」


浴槽に近寄り、檜造りの浴槽を触る。

俺も前世では一度もこの目で見たことの無いものだったが、毎日入ってれば慣れる。


「小雪、まずは身体を洗え」

「うん」


意外と素直に言う事を聞いて、俺の方へ来る。

俺達は檜造りの椅子に座り、個々で身体を洗っていく。

テキパキと洗っていく俺に対して小雪は何処かぎこちない。

俺が洗い終わり、石鹸を湯で流す時には、小雪はまだ背中を洗っている最中だった。


「小雪」

「うん?」

「貸してみ」


小雪からタオルを受け取って、ユキの背中を洗ってやる。

女の子の肌は繊細らしいので、あまり力をいれずに擦っていく。

そして湯で泡を流し、終わり。


「ありがとー」

「どういたしまして。 頭を洗うシャンプーは頭が赤いやつな。 白いのがリンスだ」

「うわ、ボクしゃんぷー初めて見た。 洗うときはこれだったから」


ユキの言うコレとは固形石鹸。

まあ、確かにそれで髪を洗う人もいるけど、髪の毛が長いとパサパサスするんじゃないのか?

聞いてみると、そんなこともないらしい。

若さ故、ということか。

取り合えず髪を洗い、小雪は身体を洗うときと同じようにどんくさく、目が沁みるー、とか言ってハシャいでいた。

そんなこんなで、やっとこさゆっくりと湯船に浸かれるかと思えば、そんなこともなく。

大体十メートル四方ほどの浴槽。

子供としては泳がない方が珍しいのかもしれない。

実際に、目の前で小雪が楽しそうに泳いでいた。

バシャバシャと小雪がバタ足をしているのを眺めながら、浴槽の四隅の一角でぼけーっとする。

風呂はいい。

なんというか疲れとか悩みとかを、温かい湯が溶かして流してくれる気がするから。

本当に気がするだけなんだけどな!

小雪が泳ぐたびに、蹴り上げられた水飛沫が俺にかかる。


「きゃははは―――。 さっちゃんも泳ごうよー。 楽しいよー」

「いや、俺は毎日入ってるから」

「ふーん」


そう言うと、すいーっと泳いで小雪が近づいてきた。

そしてそっと俺に寄り添った。


「えへへー」

「可笑しな奴だ」


取り合えず俺は、小雪の頭を撫でてやった。











そして次の日。

普通に平日で登校日。

俺は何時も通り学校に通い、昼休み。

のんびりと食後の読書を楽しんでいた。

しかし、小学校の昼休みというのは中々に五月蝿い。

屋上にでも行って読むか。

一応鍵がかかっているが、南京錠なので、簡単なピッキングで開けられるし。

そう思い、席から立ち上がる。

後ろの扉から教室を出ようとすると、前の扉が開かれる。

クラスに残って遊んでいる生徒達の視線が集中。

扉を開けたのは小雪だった。


「うわ、小雪菌、何しに来たんだよ。 ばい菌のクラスは隣だろ!」

「友達とかいないんだから、自分のクラスで発酵してろよ」

「マジで臭いんですけど―――」


物凄いブーイング。

本当にいじめられっ子なんだな、小雪って。

そんなクラス連中のブーイングに怯む小雪だが、視線を巡らせ俺を発見。

にこやかな笑顔のままで、俺の所までトコトコとやって来た。


「さっちゃん、おはよー」

「ああ、おはよう、小雪」


もう昼だが、というツッコミはしない。

親しそうに挨拶する俺と小雪を見て、クラスがざわつく。

一応、このクラスのドン的存在である俺が、全クラスでいじめられっ子である小雪と挨拶したことに、驚きを隠せないらしい。


「おいおい、九条ー。 お前何、小雪菌と友達なのか?」

「マジでー。 お前、小雪菌に感染しちゃったの?」


冷やかし、と取ればいいのだろうか、この場合。

俺が虐めの対象になるとは思えないが、さて、如何するか。


「九条くん。 そんなのと一緒にいないでこっち来なよ」

「そうだよ、ばい菌がうつるよ?」


女子連中まで、言い出した。

あー、あの子達は………確か去年にチョコくれた子達か。


「さっちゃん………?」

「なんでもない。 俺はこれから屋上に行くが、来るか?」

「うん!」


ざわつきが、大きくなった。

そんなクラスに俺は溜息。

政治が腐れば、大人にもそれがうつる。

そして腐った大人たちが増えれば、その子供達も、ってか。

腐った蜜柑原理。

全く持って、この世界も腐ってる。

取り合えず、五月蝿いのを黙らせるか。


「お前等、小雪は俺の女だからな。 手ぇ出したら……分かってんな?」


そう言って、小雪の頭を抱きこむと、クラスが一瞬にして黙り込む。


「それじゃあ行くぞ、小雪」

「うん」


俺は予定を変更して、小雪と屋上でお喋りを楽しんだ。










今日は通学路で小雪と別れ、何時も通り秘密基地へと行けば、意外なことに俺と小雪の事が話題となっていた。


「おい、沙紗。 お前小雪菌と付き合ってるんだって?」

「ガクト、話が早いな。 そっちのクラスに、もう噂が流れたのか?」

「おう、俺様のクラスにはもうばっちりと」

「ボクのクラスにも流れてきてるよ、その噂」

「あたしもー」


ということは全部のクラスで、ってことか。


「まあ、付き合ってるっつうのは嘘だがね。 友達にはなった」

「へー、お前があの小雪菌とねー」


そう言うガクトに手加減した拳を叩き込む。


「ぐえぇ、な、なにすんだよ、沙紗」

「一応友達だからな。 そういう言い方をされると、中々に腹が立つ」


もう一度ブロー。


「ぐふっ、分かった。 もう言わないから、殴るのやめろよっ」


大和の後ろに隠れるようにいた京が、話しに入ってきた。


「……わたしもいじめられてたから、気持ちは分かるつもり。 その子も仲間に?」

「いや、キャップがいないからな。 その判断は保留、だろ? 軍師」

「お、おう」


仲間に入れて欲しいと言われて、断ったことのある大和は、ドモる。

まあ、背伸びしていても子供は子供ってことだ。


「なら、いつも通り遊ぼうよ」


モロの提案に、皆が賛成。

何時も通りの展開。

今日はかくれんぼをして、最後に鬼になったモロを放置して、皆で家に帰っていった。






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\_first_Next_second__






あとがき


ども、朝市です。

いやー日本勝ちましたね。

よくても1対1の引き分けくらいかと思っていたんですけど、3対1とは…

ゴールキーパーが素晴らしかった。

そう思いますよ。

並みのキーパーならあと一・二点取られていたかもしれない場面がありましたし。

本田選手の無回転ボールも、ソレが蹴れることがすごいですが、アレは博打に近いものがありますから、あまり好きではないです。

その代わり、三点目のドリブルとパスは神がかっていたかと。

私は六本木のスポーツバーで飲みながら見ていましたが、ものすごい興奮度でした。

皆さんは見ましたか?


P.S.

家に帰ってニュースを見たら六本木の交差点を走る自分が映っているのに吹いたWWW



[12823] second episode
Name: 朝市深夜◆5609fed7 ID:5ed0ab84
Date: 2010/07/08 15:32














【注意】
この三話目は、随分と痛い話になっております。
内臓が飛び出るとか、そういうのが駄目な人は此処から先は見ないか、それ相応の覚悟を持って望んでください。
全然大丈夫、という人には拍子抜けかもしれませんが、私はビビリなので一応表記しておきます。













イタい

イタい

ナンで

ナンで


ダレもワタシとアソんでくれナイんだろう

オンナのコじゃあ、オトコのコがアソぶのをイヤがるから

だからセッカクワタシはボクってイっているのに

ワタシはボクにナったのに

ナンで、ダレもワタシに


かはっ


ユビがワタシのクビをシめツける

ナンでダレもワタシをタスけてくれナいんだろう

オコられたくナイから、イいコにしてるのに

ホめてホしいから、イいコにしているのに

ナンでおカアさんはワタシに


イタい
ワラって

クルしい
ヤサしくして

イタい
ナでて

クルしい
ダきシめて

イタい
アイして


クルしいよ

イタいよう

タスけて

タスけて

タスけて

タスけて


ダレかタスけて

ユビにチカラがコモる





シロ

シロい

シロくなる

メのマエがマっシロになる





クロ

クロい

クロくなる

メのマエがダンダンクラくなってキた




シぬ

ボクは―――シぬの?

ワタシ―――シぬの?





オト―――――

ガラスのワれるオト


ヒカリ――――

ヒきサかれたカーテンからモれるヒカリ


コエ―――――

ワタシのナマエをヤサしくヨんでくれたコエ





ワタシをタスけてくれる―――――――アナタはダぁレ?











__second_episode_/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄












人間の脳味噌の色を知っているだろうか?

ピンク色だと思っている人も多いらしいが、実際のところ、病気で腫瘍がある人を除けば、灰色に近い色をした脳味噌らしい。

ただ、ビンク色に見えるのだとしたら、それは灰色の脳味噌に血の赤色が混じって、そう見えるだけなのだろう。


これはただ、それだけの話し。

これはただ、それだけではなかった話。















昨日は風間ファミリーとして皆と遊び、今日は小雪と遊ぶ。

一週間もすれば、毎日交代交代で入れ替わり立ち代り遊ぶことにも慣れてきた。

適当にサッカーボールを蹴って遊び、小雪が疲れてきたので休憩がてら駄菓子屋でガリガリ君を食べていた。

二人して、駄菓子屋の前に設置してある年季の入った木造の長椅子に座って、ガリガリ君を食べる。

俺はアイスキャンディー系は齧って食べるが、小雪は舐めてゆっくりと味わっている。

先に喰い終わった俺は、ハズレ棒を駄菓子屋のゴミ箱に投げ捨て、多馬川を眺める。

相も変わらず綺麗な清流。

前世の実家がある田舎の川と負けず劣らずの綺麗さ。

子供の頃、よく友達と泳いだな。

今頃アイツ等は何をやってんだか。

就職難で、院に行くと言っていたが、文系が院に行って意味があるのだろうか?


「……あぁ――――っ!?」


小雪の声に、哀愁漂う思考が吹っ飛ぶ。

見てみれば食べ方が悪かったのか、小雪のガリガリ君が棒から離れ、地面に落ちている。


「うーうー、落ちちゃった」

「食べ方が悪い。 溶けたり崩れたりするから、最後らへんは慎重かつ大胆に食べなきゃな」

「………うん」


ションボリ、といった感じで名残惜しそうに地面に落ちたアイスを見ている。


「ところでさっちゃん、このアタリって棒に書いてあるけど、なに?」


急に顔を上げて、食べていたガリガリ君の棒を突き出してくる。

そこには、確かにアタリの三文字。


「おっ、それは見ての通り『アタリ』だ。 それを持って駄菓子屋に行くと、もう一つ貰えるぞ」

「へーへー。 何気にすごいサービスだね、これ。 さいさん取れるのかな?」

「取れる程度には、アタリが少ないんだろ?」


そうは言ってみるも、キャップが六回連続でアタリを当てているのを見た身としては、採算が取れているのか疑問に思ってくるが。


「じゃあ、ボクもう一つ貰ってくるね」

「いや待て」

「うん?」


駄菓子屋の小母さんにアタリ棒とガリガリ君を交換しようとする小雪を止めた。

小雪は振り返り小首を傾げる。


「明後日に取っておけよ、それ。 明後日また、此処で食べよう」

「それいいねー。 分かった、明後日にするよー。 楽しみだね、さっちゃん」


楽しそうにクルクルと回る小雪から当たり棒を受け取り、洗ってやる。

また明後日。

そう言って俺は小雪の家の前で別れた。











そして明後日。

小雪と約束したとおり、俺たちは多馬川のほとりで足を浸けながら、ガリガリ君を食べていた。

のんびりとした時間は嫌いじゃない。

朝から昼間は、煩い子供達と同じ学び舎で分数の掛け算とかを習う。

とある特技を持ち、前世の記憶がある俺としては、物凄く退屈な時間。

中学や高校と違い、小学校で授業中に小説を読む、などという行為をすることが出来ないのが辛い。

それに夜は九条家敷地内の道場で、糞親父にボコられているし、心休まる時間なんて小雪といる時ぐらいなものだ。


「ねえねえ、さっちゃん」


ぼけーっとしていたら小雪に身体を揺らされた。


「如何した?」


聞くと、小雪は嬉しそうに、そしてエッヘンと威張るように右手に持ったガリガリ君の棒を俺に突き出す。

そこには、『アタリ』の三文字が…


「また当たったー」

「意外と運がいいな、小雪は」

「そうだねー」


嬉しそうにニコニコしている小雪。

その頭をそっと撫でてやる。


「もう一つ食べるのか?」


昨日と違って今日は何気に熱いし、それにまだゆっくりしていられる時間だ。


「食べてもいいの?」

「ああ、今日は熱いしな」

「なら、食べるー」

「それならついでにコーラも買ってきてくれ」

「うん、分かった」


俺がコーラ代120円を渡してやると、小雪は元気良く駆けて行く。


「缶じゃなくてビンのほうなー」


アレ、ビンを洗って返すと二十円くれるから。


「分かったー」





五分待った。






十分待った。

小雪は中々帰ってこない。

ここから駄菓子屋はそこまで遠くないから、そんなに時間はかからないはずだが……

迷子にでもなったか、お金を落として途方に暮れているのか。

とりあえず迎えに行くか。

立ち上がり、ケツに付いた砂を払い落とし、駄菓子屋に向かって歩いていく。

そして小雪に会うこともなく、駄菓子屋に着いてしまった。

小母さんに小雪が来たかと聞くと、ちょっと前にガリガリ君とコーラを買っていったよ、と言われる。

ということは、すれ違ったか。

俺は元来た道を戻ろうとして――――ビンの割れる音と、何か言い争いをしている声が聞こえた。

嫌な予感。

駄菓子屋に近い位置ということと、さっきまで小雪がいた事を考えて、それは外れていないはずだ。

俺は走る。

男子の声がする方へ。

路地を曲がり目にしたのは、男子四人の背中と小雪の突き飛ばされた姿。

頭でも打ったか、起き上がる気配はない。

男子達は俺に背を見せているので、まだ俺に気付いていない。


「小雪菌、お前なに。 なんで俺達ごよーたしの駄菓子屋でガリガリ君とコーラ買ってんの?」

「ばい菌なんだから、家で水道水と氷でも食べてりゃいいんだよ」


二人の男子がそう言い、残りの奴等が笑う。

小雪が買ったガリガリ君を踏み躙り、哂う。

そんな奴等に俺はそっと歩み寄り、後ろにいた二人の肩に手を回す。


「よお、小早川に明智、それとそのお友達。 一体俺の友達に何してくれちゃってんの?」


名前も知らない隣のクラスの二人の体が強張るのを、腕越しに感じる。

出来るだけ気さくな感じに言った心算だったが、言った俺でさえ、俺の言葉に怒りが含まれているのが分かった。


「く、九条君!?」

「い、いや――」


言い訳を言おうとした名も知らぬ二人。

何も聞く気は無かった俺は、二人の頭をワシ掴みにして、そのまま二人の頭と頭をぶつけてやる。

中々に硬い音を響かせながら、二人は倒れる。

加減はしているから、頭蓋骨は骨折してはいまい。

小雪を突き飛ばした明智と、ガリガリ君を踏み躙っていた小早川は後ずさる。


「九条さん――――」

「皆まで言うな、明智。 言い訳は男を下げるぞ?」

「は、はいっ」

「なあ、俺言ったよな。 小雪に手ぇ出すな、って。 聞いてたよな、小早川、明智?」


同じクラスで、しかもあの時にいたはずだから、聞いていたと思ったが?


「は、はい」

「聞いていました……」

「なら、分かるよな」


足に、力を込める。

殴るには少し距離がある所為で、一足刀で殴り倒す事が出来ないから。

しかし一応武家の家の者だからか、俺が足に力を入れたのを見て、一目散に逃げに入る二人。

客観的に見て、逃がしても良かったのかもしれないが、今の俺にそんな心の贅肉はなかった。

手頃な石を二つ拾い上げ、二つ纏めて投擲。

五十メートル先を走る二人の頭に見事的中。

少し血は出てきたが、障害等は残らないだろう。

全く、前世の俺なら外していただろうに、この体のスペックときたら。

必投必中とは、良く言ったものだと思う。

死屍累々というには小規模すぎるが、倒れている小学生が四人。

十分に問題になるだろう。

未だに倒れて動かない小雪を起こして、とっとと逃げるか。


「小雪。 おい、小雪?」


ペチペチと倒れている小雪のほっぺを叩き、反応を見る。

呼吸、脈拍は正常で出血等はしていないのを見ると、ただ気を失っているだけのようだ。

暫くペチペチと叩いていると、目を覚ました。


「おー。 さっちゃん、おはよー」


ニッコリと、屈託の無い笑顔で小雪が言う。

正直、第一声としてそれはどうかと思った。


「起きれるか?」

「うん、大丈夫」


少しふらつきながらも、小雪は俺の手を支えとして立ち上がる。

膝から血が流れていることもなく、特に怪我はないようだ。

小雪の服に付いた砂を払い、頭を撫でる。

砂が髪の中に入っているのか、少しザラザラした。


「っ、さっちゃん!」


小雪の声で、俺は後ろに振り返る。

振り返り見えたのは、一番始めに倒した違うクラスの知らない奴。

そいつが、割れたコーラのビンを振り上げている姿。

抜かった。

小雪に気を取られすぎていた。

避けることは容易だが、後ろには小雪がいる。

小雪を抱えて避けるには、小学生の身としては無茶すぎた。

だからこそ俺は甘んじて、その凶刃を右腕で受る。


「っ、ああぁ!!」


クロスカウンター気味に拳を相手の顔面にぶち込み、歯を二・三本折った感触。

永久歯じゃないといいね。

ビンは腕を鋭く切りつけたが、カウンターのおかげで、そこまで深く食い込まなかった。

血が少し出る程度か。

これ位なら、毎日の鍛錬で慣れているから問題ない。

殴り倒して、少し冷静になった。

どうにか殺すのを抑えられたが、全く、情けなくて涙が出てくる。

一体何処のキレやすい若者だっていうのだ。


「随分と暴れたのぅ、九条の。 近場でブサイクな殺気を感じてきてみれば、死屍累々とは」


音もなく、川神の爺が現れた。


「おおー」


川神の爺が突然現れたことに、感嘆の声を上げた。


「ねーねー、さっちゃん。 この人漫画で見たことあるよー」

「…気のせいだ」

「気のせいじゃ。 決してあの爺かっこいいなーとか思って真似たわけじゃあないぞい。 寧ろ向うのモデルがワシじゃよ」

「そういう発想は無かったわ」


なんというか、小雪の一言の所為で緊張するはずの空気が、出鼻から弛緩していた。

爺もそう思ったのか、わざとらしく咳払いをして、話を始める。


「それにしても親父殿にそっくりじゃな、今のお主は」


この惨状を見ながら、爺は言う。


「勝手な事を言うな」


あんな親父に似ているなどと言われるのは甚だ心外だ。

俺の何処が、アイツに似ているというのだろう。

アイツなら、半殺し以上の事をしているはずだ。


「それより、そこの奴等の面倒を頼む」

「なんじゃ、自分の家で処理すればよかろうに」

「携帯電話を持っていないし、其方に任す方が簡単だし、早いだろ?」

「ふむ、まあいいわい。 そこの奴等は川神院の救護隊に任せておけ」

「助かる」

「っと、お主も怪我をしているではないか」

「こんなもの、舐めてりゃ治る。 じゃあ、頼んだぞ」


小雪の手を取り、歩く。

小雪はただ、笑いながら付いて来てくれる。

そしてついさっきまで二人でガリガリ君を食べていた場所まで戻ってくる。

小雪が折角買ってきたガリガリ君もコーラもない。

ここ数日小雪と遊んでいて忘れかけていたが、やっぱり小雪はいじめられっ子なのだ。


「さっちゃん、さっちゃん。 血がたれてるよ」


そっと、小雪が俺の右手を触った。


「ん、ああ、大丈夫だ。 さっきも言ったが舐めりゃあ治る」


切り口がブサイクだから、無駄に血が出るが、そこまで酷い傷ではない。

大丈夫だと小雪の頭を左手で撫でるが、小雪の手が俺の右手から離れない。

そして、小雪が事もあろうか、俺の傷口を舐めた。

そっと紅い舌が伸びて、犬が飼い主の指を舐めるように、ペロペロと舐める。

何処となく煽情的な行為に見入るが、すぐに正気に戻る。


「おい」

「あいた!」


俺は冷静に小雪の脳天にチョップを見舞う。


「突然何やってんの、小雪」

「だってさっちゃん、舐めたら治るってー」


ジーザス。

そういう意味で言ったんじゃなかったんだが。

チョップを見舞ったところを抑えながら、うーうー唸る雪を見て、俺は天を仰いだ。



まあ、こんな感じで俺と小雪は友好を深めていった。













小雪と出会って二週間して、ようやくキャップが川神に帰ってきた。

義務教育の意味とか考えたくなったが、まあ、出席日数ギリギリに計算をしている綺麗な母親がいるから問題ないのだろう。

これでキャップに小雪を風間ファミリーに入れてもいいかと聞く事が出来る。

その事を、ガリガリ君を食べながら小雪に報告する。


「―――ということで、今からお前の皆のところに連れて行こうかと思うんだが、如何する?」


一応、本人の意思、というか心の準備が必要だと思ったから。

そういう風に気を利かせて聞いてみた。


「う―――ん、 別にいい」

「別にいいって……」


予想外の返答。

友達を欲しがっていた小雪の反応とは思えない。


「だってだってぇ――、ボクとさっちゃんってお友達でしょ? ならそれで十分だよー、ボクは」

「……お前がそれでいいなら、俺は構わんが、キャップたちと友達になったら毎日遊べるんだぞ?」

「……もしかして、メーワク?」

「いや、お前の為を思って言っている」

「なら、ボクはこのままで良い。 このままが良い」


屈託なく、小雪は笑う。

なら、それで本当に良いのだろう。

そう思い、俺は小雪と二人でかくれんぼをして遊んだ。



二人かくれんぼ……

それは随分と不毛な遊びだった。












そんな風に一ヶ月近く、交互に風間ファミリーと小雪と遊ぶようになっていた。

風間ファミリーとして、皆と遊ぶ回数が減ったが、そんな事を気にする奴はいない。

前例として、キャップの放浪癖があるからなのだろう。

用事があると言えば、ブーブー言われるものの、真剣で文句を言う奴はいなかった。

そんなわけで微妙なバランスを持って、俺は小雪と風間ファミリーの両立を成しえていた。

だが、今日。

俺は風間ファミリーと遊ぶ日だが、俺は小雪の家の前にいた。

俺は一ヶ月以上していた勘違いに気付いたからだ。

小雪の服がボロボロだったり、怪我をしているのは学校での虐めの所為だと思っていた。

しかし、しかしだ。

ボロボロの服を見て、親は何も思わないのか?

子供が学校から帰って来る度に怪我をしていて、親は何も思わないのか?

そんなはずがない。

今時の親は、馬鹿みたいに過保護な奴が多いと、昼のテレビで言っていた。

自分の子供が集合写真のまん中にいないとか、演劇で主役ではないとかで文句を言う阿呆がいるのが、現実だ。

おかげでシンデレラや白雪姫が五人いるとか訳の分からない物語になったりもするらしい。

そんなご時世に、虐められていると分かっていて、PTAや学校に殴りこみに行かない親がいるのだろうか?

それに小雪という名前の通り、白い肌に強く首を絞められた跡が痣となって残っている。

力自慢のガクトならまだしも、小学生に付けられるような痣ではないし、何より目立つ。

もし、気付いていて何も言わないのなら、いやそれどころか親がつけたものだとしたら―――

最近噂のドメスティックバイオレンスか。

何とはなしに横文字で言ってみた。

家庭内暴力。

ユキの両親がそういうことをしているのならば、唯一の友人として如何にかしなければいけない。

そう思っての家庭訪問だった。

ユキが虐待を受けているのか、受けていないのか。

自分の目で見たもの以外、信じない性質の俺としては、当然の行動。

ファミリーの皆には何の説明もせず、ただ用事が出来たと言ってユキの家へ来たのだ。

ここ一ヶ月、ユキと遊んで帰るときにユキを家まで送った事があったから、道は覚えていた。

表札を見て、最終確認。

数回だけだが見た、外見は今流行の洋風建築の普通の家。

少なくとも、俺の純和風の家とは違う。

普通の両親がいるであろう、家。

今日はただ確認の為に、その為だけに来た。


その筈だった。


玄関備え付けのインターフォンを鳴らすことなく、小さな庭に回り込む。

昼間なのにカーテンの引かれたガラス張りの戸。

少しだけ開いたカーテンの合間から、中の様子を覗き見る。

ほんの少しの希望を持って。

そして、その希望は簡単に砕かれる。


悪夢だ。


一ヶ月という短い付き合いの中だが友人となった小雪。

時たま、断片的ではあるが、母親の事を楽しそうに語っていた。

優しい母親。

だから俺は暴力を振るっているとしたら、父親だと思いこんでいた。

ドラマなどにあるありふれた設定で、飲んだ暮れの父親が酒に酔った勢いで小雪を殴っているとばかりに。

だが、実際は、現実はどうだ。

カーテンの隙間から見える光景は、一体なんだ。


小雪の母親らしき女が、小雪の首を絞めていた。


眉間に皺を寄せ、何か悪いものにでも取り付かれたのではないかと思うほどの形相で、小雪に罵声を浴びせながら、首を絞めている。

そんな中で、小雪は笑っていた。

気道が圧迫されて声も出ないのか、笑い声は無かったが、その表情は確かに笑顔。

何時ものように、笑っていた。


なんだ。

なんなんだ、コレは。


意味が分からない。

あんなに楽しそうに母親の事を語っていた小雪を、よりにもよってその母親が小雪の首を絞めている。

小雪の愛らしい唇からは少量の泡と涎が垂れ流れ――――――痙攣しているかのように震える右手が、包丁を握る。

頭は混乱。

しかし身体は動いた。

それをさせるわけにはいかねぇ。

それだけは、して欲しくなかった。

だから動けた。

ガラスを素手で殴り割り、空いた小さな穴に体ごとぶつける。

割れて鋭利になったガラスが、服や身体を傷つけるが、そんなこと今は知ったこっちゃない。

咄嗟に手頃な大きさの破片を選択、掴み取る。

突然のことに驚愕した女へと駆ける。

悲鳴染みた声を上げ、何かを言っているが、知るか。

小雪の首を絞めている腕に、破片を突き刺す。

汚い悲鳴を上げて、女は小雪から手を離した。

小雪は首から手が離され、床に頭をぶつけて盛大に咳き込む。

そして目と目が合う。

大丈夫、意識は確りとしている。


安堵。


死んではいない。

俺は小雪の命を守れた。


手から零れた包丁の切っ先を見る。

見慣れた赤い液体は付いていない。


安堵。


刺してはいない。

俺は小雪の心を守れた。


その事が心に沁みる。

糞親父に鍛えられたことに、今だけは感謝―――は、やっぱり出来ないか。

が、これで終わりではない。

ここで追撃をかけなければ、幾らなんでも反撃が来る。

予期せぬ行動に出て、小雪を傷つけさせるわけにはいかない。

女に対して馬乗りのような体勢になり、拳を一撃顔面へ。

ぶぎゃっ、というブサイクな声。

全く本当にこの女の股から小雪が生まれてきたのか疑問に思う。

心に激情を纏って、しかし内面は冷静に。

今の俺はそんな感じだ。

二・三発顔面に拳を叩き込むが、全力の一撃に拳がイカレてきた。

殴りながら辺りを見回し武器を探して、小雪が落とした包丁を見つける。

包丁を手に取り、ガラスで切れた掌が血で滑る。

すっぽ抜けないように振り上げ―――――振り上げの頂点で、包丁をクルリと回し逆手持ちへ。

そしてそのまま―――――――――――――――――――――――――振り下ろした。

何度も何度も振り下ろし、振り上げた。

始めは手で遮られ、顔を刺せず手の甲を貫通したのを引き抜き、眼球を突き刺し脳味噌まで包丁を進入させ、引き抜き、煩く悲鳴を上げる口からねじ込み後頭部に貫通させ、引き抜き、残ったもうひとつの眼球を突き刺しくり抜き、引き抜き、殴って折れた鼻を砕いて三個目の鼻の穴を拵え、引き抜き―――――――――――――――――

―――――刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、引き抜いて。




顔を耕したように、頭蓋を粉砕したかの如く、俺は女を殺した。

憎悪を持って殺した。

粉砕された頭蓋からは、脳味噌が飛び出していた。

真ん丸い眼球が飛び出し、変な糸を引き連れて転がっていた。

女自身の血で、ビンク色に染まった灰色の脳味噌。

それを見て、俺は漸く止まる。

女の返り血を浴び、服は真っ赤。

ガラスを突き破った時に出来た切り傷からは、血が出ている。


「……さっちゃん」


後ろから、弱弱しい小雪の声。

俺は振り向かなかった。

こんな、血に塗れた顔を見て欲しくないから。

小雪の母親だった肉塊と同じ、鬼のような形相をしているだろうから。

小雪は反応しない俺に近寄り、隣に腰を下ろした。

目の前には母親だったモノ。

真っ赤なザクロを砕いたかのような、物体。

もはや生き物ではなく、生ゴミに成り下がったモノ。

それを見て、小雪は一体何を思うのか。

俺はただ、俯いた。


「お母さん、死んじゃったね」


肉親の死を目の当たりにしては、あまりに普通な口調。

その声に、無理をしている風はなく、震えもない。

ただ、小雪は自分の母親だったモノを眺める。


「でもね、しかたないよね。 ボクが笑っていたら、お母さんもいつか笑ってくれるって思ってたけど、笑ってくれなかったもん。 しかたないよね」


グチャグチャと、小雪が人だったモノをかき混ぜる。

俺は黙る。

小雪は続ける。


「他の人はボクを助けてくれなかったけど、さっちゃんは違うよ?
ボクがさみしい時、悲しい時、苦しい時に、助けに来てくれた。
ボクね、お母さんのこと好きだったけど、もういいや。 ボクにはさっちゃんがいるもんね」


俺は黙る。

小雪は続ける。


「ボクにやさしくしてくれて、ボクの事を助けてくれたさっちゃんが。 だからお母さんが死んじゃっても悲しくないよ?
ううん、うれしいよ、さっちゃん。 だってこれでずっと、さっちゃんと一緒だよ」


俺は黙る。

小雪は続ける。


「だからね――――」


そっと小雪に抱きしめられる。


「ありがとう、さっちゃん」


その一言で俺は救われた。


もはや、あれ程禁忌としてきた事を犯したことなど、どうでも良くなった。

初めて殺した。

糞親父に練習として殺せと言われて、目の前に縛られた中年男性を見たときさえ、殺さなかったのに。

親父に脅され、殴られ蹴られても殺さなかったのに。

確固とした意志で守ってきた禁忌を破った。

しかしそんな罪の意識も、罪悪感も、過去に俺がされた理不尽な死をこの女に与えたことも、どうでも良くなった。

一体俺は今まで何を小さなことに悩んでいたのか、と。

小雪が言ってくれた『ありがとう』によって。

救われた。

正常な認識能力、良識などをぶち壊してくれたその一言によって。


「くはは、ははは、あははははははは――――――っ!!」

「あははは―――――――」


小雪と一緒に、心底笑った。

笑って、哂って、嗤った。

数分間、二人で笑っていた。

二人とも笑い疲れて、一旦休憩。

小雪が持ってきてくれた水で、二人して喉を潤す。

さて、この状況を如何にかしよう。


「小雪、電話って何処にある?」

「こっちー」


とってってと、リビングを抜けドアを開け、廊下に備え付けられた電話機まで案内してくれる。

俺は受話器を取り、自分の家に電話をかける。

コール音は数回。

誰かが受話器を取った。


「もしもし、俺だ、俺。 沙紗だ」

『これは若。 どういったご用件で?』


電話に出たのは親父の組の幹部で分家筋の一之瀬。

本当は糞親父に直接話したかったが、この際どうでも良いか。


「頼みたい事が二つある」

『頼みたいこと、ですか』


受話器からは戸惑いの声。

俺の抑揚が可笑しいことになっているのを、気にしているのかもしれない。

テンションは、決して低くはない。

それどころか、笑い出さないようにするので精一杯だ。

受話器を持った右手とは反対の左手を小雪が握ってきた。

俺は受話器を肩と頬で挟んで、右手を自由にする。

そして小雪の頭を撫でてやった。

小雪は嬉しそうに笑っている。


「頼みたいことは単純明快で、お前等がたまにやっていることだ。 一つ目は人間だったモノの処理。 出来るな?」

『へい、ソレは勿論ですが、もしかして若がヤッたんで?』

「ああ、ちょいと頭に血が上ってな。 女一人だ。 住所は―――小雪、頼む」

「うん?」


受話器を受け取って、一之瀬に小雪が家の住所を教えていく。

そして、俺へと受話器が返される。


『若、住所も分かりやしたし今から向かいます。 その家から出ないで下さいよ』

「ああ、後ひとつ。 さっき住所を言った女の子を保護してほしい」

『ちょ、流石にソレは……』

「出来んのか? 九条家は高々一人の女も助けられんと?」


そんなことは無いはずだ。

身体は子供だが、俺の親が何をしているのか、俺の一族がどのような仕事をしてきたのか、知っている。


「…………」

『……………』

「………………」

『…………………はぁ。 分かりました。 分かりましたよ、若』


根負けしたのは一之瀬。


「助かる」

『一応話は通しておきますけど、反対された場合、頭の説得は若がやってくださいよ、』

「ソレくらい、俺がやるさ。 じゃあ、頼んだぞ」

『分かってますよ』


つーつーという音が受話器から聞こえ、電話を切る。

これで問題はなくなった。

全てにおいて良い方向に持っていけるだろう。


「小雪」


俺の隣に並ぶように立っていた小雪に話しかける。


「うん? どうしたの、さっちゃん」

「一緒に来るか?」

「ボクはずっと、さっちゃんに付いてくよ」

「なら、一緒にいようか」

「うん!」


握っていた小雪の手を、ギュッと、痛くない程度の力で、握り締める。

そっとユキの頭に右手を添え、俺はユキに顔を近づける。


「小雪、キスしてもいいか?」

「うん? いいよ、さっちゃんなら」


一応、というか意気地のない男だと言われるだろうが、確認を取った。

そして、俺は小雪と初めてキスをした。

ファーストキス。

この身体で、と言う注釈が付くがそれでもこれは、ファーストキスだ。

そう思った。


どうか、愛しい存在と一緒に。

小雪が望むまで、もしくは死が二人を別つまでいられますように。


――――シがフタリをワカつまで―――――


いや、死が俺たちを引き裂いたとしても、一緒に居させてくれ。

そう、神に祈った。










 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\_second_Next_third__















[12823] third episode
Name: 朝市深夜◆5609fed7 ID:5ed0ab84
Date: 2010/07/17 04:36





血に濡れた小雪を仲居に任せ、風呂と着替えを頼む。

小雪は俺と一緒に入りたいと渋っていたが、俺は柔らかく懇切丁寧にこれから小雪と一緒に暮らす許可を糞から貰ってくる事を告げ、漸く小雪が納得した。

俺はまだあの女の血に汚れ脳味噌が微量、服にこびりついた状態だが、それでも奥の間に通された。

九条家当主が部屋。

俺は今、その中に居た。

正面には九条家七十八代目当主。

俺の父親。

糞。

初めから殺したくて堪らなかった人間。

そして糞野朗。

そんな相手に俺は頭を下げ、畳に額を擦り付ける。

事情は説明した。

した上で、小雪をこの屋敷に住まわせてほしい、と懇願し頭を擦り付けている。

何でもします。

今までこの糞に使った事のない丁寧語を使う。




「話しにならんな」


糞が短く、溜息を吐くように言った。


「自分で自分のケツさえ拭かず、他人任せ。 そして今度は何だ? 自分の女を養うのに俺に集る――――話しにならん」


そう言うと、糞は立ち上がり襖を開けて出て行く。

俺は追いかける。

諦められるか。

諦められるか。

諦められるかってんだ!

禁忌を犯してまで、俺は一体何を守った。

禁忌を犯した俺を、誰が救ってくれた。

小雪だ。

小雪なんだよ。

だから。

だからこんな所で、こんな事で、こんな糞の所為で小雪と一緒にいられないだなんて、そんなのは嘘だ。

長く冷たい板張りの廊下を歩く糞に追いつき、前に出て、また土下座をする。


「親父殿、お願いします。 如何か、お願いします。 何でもします、ですから如何か許――――っ」


下げた頭を強く踏まれる。

冷たい板張りの廊下に強かに額を打ちつけた。

額が割れ、ヌルりと血が滴るが耐える。

耐える。

耐えて。

耐えれ。

耐えた。

そして漸く親父が口を開く。


「何でもする―――そう言ったな小僧」

「はい、言いました親父殿」

「なら、今晩仕事がある。 意味は分かるな?」

「…はい」

「それでお前がきっちり確り仕事をこなせたなら、お前の言、聞き及んでやってもいい」

「分かりました。 その言葉、お忘れなきようお願いします」


小雪の為に。

俺と小雪が一緒に居る為に、殺そう。

殺して殺して殺し尽くして、小雪が笑っていられるように。

その為に殺そう。


「―――はっ」


顔を上げずとも分かった。

この糞親父は、俺を見て、見下ろして笑っている。

何時ものように。

虫けらを見るように。

女に縋るムシケラを見て。

口を歪めていた。



そうして俺はこの日、二度目の殺人を犯した。

総ては小雪の為に。

その免罪符を胸に。













__third_episode_/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄














殺した。

一日に二人も。

初めての殺人。

そして二度目の殺人。

冴えないサラリーマン風の男だった。

あの男が何をしたのか、そんな事は知らされなかったし、知る必要も無かった。

ただそうしなければならない理由があった。

鼻水と涙を垂らしガムテープで口を塞がられ、椅子に荒縄で縛り付けられている男より、小雪の方が俺にとって何千倍も大事だったから。

だから殺した。

殺し方は糞からの指示があった。

ナイフで殺せ、と。

銃のように殺した感触が希薄なものではなく、刃毀れし切れ味の落ちた屑鉄同然のナイフで殺せと。

心臓を抉り出し腹を掻っ捌いて大腸と小腸を引きずり出してついでに腎臓や肝臓やら臓器諸々を取り出させて殺してばらして並べて曝した。

最後の締めに、一度目と同じように頭を勝ち割って終わり。


一度目は明確な殺意を持って。

二度目は―――――如何なのだろう。

殺意はあったのだろうか。

殺した以上、殺意があった―――のだろうか?

母国語の癖に日本語は難しい。

そんな事を考えながら俺は疲れた身体を癒す為に、穢れた両手を濯ぐ為に、風呂に入った。

無駄にデカイ檜造りの浴槽に身を沈めたが、答えなんて出るはずもなく。

心も身体も癒されることも無く、俺は風呂を上がった。

気だるい。

熱が出てうなされている時のような感覚が身体に付き纏う。

せめて、寝る前に小雪の寝顔を見に行こう。

そうすれば―――――なんだ。

人を殺してまで守ったモノを見て、それでこの良心の呵責から逃げられるのか?

ああ――――……分からない、判らない、解らない、ワカラナイ。

ワカラナイが、俺は小雪の部屋の前まで来てしまっていた。

俺の部屋の隣。

そこが小雪に割り当てられた部屋。

俺は躊躇う。

指先が襖に触れ、離れる。

何だコレ。

まるで一昔前の恋愛ドラマに出てくるヒロインのような行動ではないか。

悩みのベクトルが、天と地ほど違うが。

そんなくだらない事を思うも、何時ものように鼻で笑えない。

参ってるな、本当に。

身体には出ないが、心が参ってる。

意を決して襖を開けようと、引き手に手を掛け―――――――――


「あああああ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああ―――ががぁあああああああああ」


奈落の底。


「い゛やだ、いやだいやいだいやだいやだやめてやめてやめて。 言うこときくから言うこときくから言うこときくから殴らないで叩かないで痛いことしないで、ワタシがいい子になるから、いい子でいるから、だからだからそれであぶらないで!!!!」


地獄の片鱗。


「たすけて助けて援けてタスケテ助けてたすけてたすけて助けてタスケテっ助けて援けてタスケテ助けてたすけてたすけて助けてタスケテっ! ぅ嗚呼あああああああああああああああああああぁあああああああああああああああ゛ああああああああああああああああああああああああああああああああァああああああああああああああああああアああああああああああぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ゛ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ阿ああああああああああああああああああああああああああああ亜あああああああああああああああああああああああああああああ唖あああああああああああああああ゛あ゛ああああああああああああああああ嗚ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁああ嗚呼っッ!!!」


障子で隔てた部屋からユキの悲鳴。

聞いた事の無いような意味の無い言葉の羅列。

絶叫。

数秒、或いは数分。

俺は唖然として、呪いの如き詛を聞いていた。

いや聞いてさえ居なかったのかもしれない。

ただ、硬直していた。


―――さっちゃん、


と、悲鳴の中に俺の名前が含まれるまで。

それを聞いて、俺は動いた、動けた、動かされた。

襖を開け、布団の上ではなく部屋の隅で丸くなってる小雪を抱きしめる。

が、錯乱状態にある小雪に俺が識別できるはずも無く、俺の腕の中で暴れ始めた。


「いやだいやだいやだいいやだいいやだいやだいやだいやだいやだいやだっ! さっちゃん、さっちゃん、さっちゃん! たすけてよ、いや、もう痛いのはいやなの、わたしワタシ私は、なんでなんでなんで、なんでこんな、いい子にしてるのに! メイワクだってかけてないのに! なのになんでなんでなんで! さっちゃんさっちゃンサッチャンさっつちゃんざっち゛ゃん」


抱きしめていた腕が振り解かれ、蹴り飛ばされる。

小雪が髪の毛を振り乱し、悲鳴を上げながら部屋に置いてある調度品を殴り蹴り、壁を引っかく。

狂乱。

小雪の手は爪が剥がれかけ、血が流れ出ている。

しかし、そんな肉体の損傷では小雪は止まらない。

俺はこれ以上ユキが自身を傷つけないように、もう一度抱きしめる。

拒絶反応を示すように胸の中で暴れ、取り乱し、泣き叫ぶ小雪に俺は呼びかける。


「大丈夫だ! 小雪を虐める奴は此処には居ないから! 俺は―――さっちゃんは此処に居るから、大丈夫だから!」


必死だった。

何故小雪がこんな状態になっているのか、訳が分からなかったが、必死に呼びかけた。

内容なんてチグハグで何を言っているか、自分自身でさえ分からないが、それでも必死に呼びかけて小雪を落ち着かせたかった。

抱きしめる腕に力を込めて、振り解かれないようにする。

半狂乱は小雪は、そんな俺に爪を立て、噛み付き、引っかいた。

俺はそれを必死で耐えた。

俺の部屋と小雪の部屋は九条家の敷地内でも随分と独立した所にある。

俗に言う離れだ。

故に糞や一之瀬達には小雪の声が聞こえていないかもしれない。

聞こえていたとしても、一之瀬はともかく糞は来ることは無いだろうが、妥当に考えれば一番近くの部屋である侍女長辺りが来るだろう。

そう考え、俺は小雪を抱きしめる。

抱きしめて暴れる小雪を押さえつけることしか出来ない。

俺は天井を見て、天を仰ぐ。

ああ、神よ。

××小雪は一体何をしたというのですか。

こんな酷い心の傷を与えられるほど、酷い行いをしたのですか。

俺を救ってくれた小雪を、俺は救えないのでしょうか。

ああ、神よ――――――――――彼方を怨みます。

小雪にこんなクソッタレた運命を押し付ける、彼方を。

今日本に奉られる八百万之神よ。

こんな世の中を創り出す、腐った大人たちを怒り。

当然の如く平穏な生を授受する、頭が空っぽな者達を妬み。

××小雪を傷つけ畏れ怖がり怯えさせ泣かし、雪の笑顔を崩させるモノは――――――――――

殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して―――――――――――





―――――――――殺し尽くして見せましょう。






ああ、だから彼方は其処で見ていてください。


何もしてくれなくて結構です。

俺が小雪を守りますから。

ずっと一緒に居ますから。


―――だからだから、小雪は笑っていてくれ。








十分後

小雪は半狂乱のまま救急車で病院まで運ばれた。

俺は侍女長と一緒に付き添った。

小雪は精神安定剤を打たれて眠っている。


【診断結果】


心的外傷/トラウマ、または被虐待児童症候群/バッタード・チャイルド・シンドローム。

原因は今日の今日まで受け続けてきた家庭内暴力/ドメスティク・バイオレンス。

また錯乱中の言動からして死恐怖症/タナトフォビアの可能性あり。

新しい環境の所為で病状が発症したのか、元からなのかは現時点では不明。

後日正規の精神科医の診療を受ける事を奨める。


俺が提供した証言を元に、精神科医でもない夜勤の医者はそう結論付けた。





ああ―――クソッタレ。

結局そうだ。

何時だってそうだ。

気づいた時には手遅れで、とことん残酷な現実を見せ付けてくれる。


神よ。


そう呟き自動販売機のボタンを押す。

ガッチャンゴロゴロと、アルミ缶が転がり出てくる。

もはや朝早くと言って良いほどに夜が深け、秋の半ばとくれば息も白くなる。

俺は缶を取り出し――――


「冷てぇ」


なんか良く分からない健康保健飲料を買ってしまった。

全く持って最悪だ。

悪い事が重なれば気分がどん底まで落ち込んでくる。

五百円投入し、ホットのコーヒーを買う。

片手に冷たい健康保健飲料。

片手に熱いコーヒー。

プルタブを開ける気力も無く、ただ缶を握る。

余裕がねぇなぁ。

そう自覚できるほど落ち着けた。

が、胸の中で渦巻く気持ちの悪さは残ったままだ。

如何するかね。

溜息を吐き、深呼吸。

取り合えずベンチにでも座ってコレを飲むか。

何で間違えて買っちまうかな、健康保健飲料。

というか、何味だよコレ。

中庭を突っ切り、一番近くにあるベンチに座ろうと歩くと、先着がいた。

ドンヨリと黄昏た眼鏡をかけた少年。

同い年ぐらいの外見。

街灯に照らされているその姿は、リストラされた中年サラリーマンのように、この世に絶望した感じ。

親と喧嘩でもしたのだろうか。


「おい」

「……はい?」


眼鏡君は俺の声に反応して顔を上げるが、眼鏡の奥にある瞳は充血。

顔色も随分と悪い。

いや、病院にいる時点で顔色が良い奴は、病院関係者以外皆無か。


「これやるよ」


景気の悪い表情の眼鏡君に、冷たい健康保健飲料を放り投げる。

眼鏡君は慌てた様子でキャッチし、俺と手の中にある健康保健飲料を見比べる。

俺は眼鏡君の隣に腰を下ろす。


「あの、これは……?」

「席代だ、席代。 先着の奴の断りもいれずに勝手に座るんだから、コレくらいやるよ」

というか、この寒い中で冷たい健康保健飲料を飲むほど、俺は冒険者じゃない。

眼鏡君は眉間に皺を寄せながら、ブルタブを開ける。

一口飲んだのを確認して、俺は聞く。


「美味いか?」

「……あまり。 というか何で冷たいんですか」

「間違えて買った」

「……………」

「……………」


沈黙。

席代といっておきながら、それはないだろと眼鏡君の表情が語っている。


「それにしても、随分と酷い顔してるな、眼鏡君」

「…そちらも、相当酷い顔ですよ。 喧嘩でもしたんですか」


眼鏡君が言っているのは雪に引っ掻かれた頬のことか。

それともただ純粋に俺の顔が醜いと言っているのか。

まあ、明らかに前者だろう。


「俺のことは、まあ。 ちょいとした悲劇、だな。 そっちは如何だ、理由を聞いても?」

「僕の方も、悲劇ですね。 いや、他人から見ればただの喜劇なのかもしれません」


そして眼鏡君は自分の中にあったモノをぶちまけた。

ありきたりな話しだ。

横領に横流し。

というか、横流し先の一部は俺ん家だ。

この世の中で、真っ当に生きている大企業は九鬼財閥くらいのものだろうよ。

だから仕方ない、とは言わないが諦めて受け入れれば良いものを、この眼鏡君は父の非道に失望したらしい。

そして自分の将来にも。

このままでは父が敷いたレールを走る事を強制され、父と同じ汚いことをするのではないかと。

そんな汚い事をする為に今まで頑張ってきたのではないのに、と。

充血した目で涙を流す。


「同じようなもんだな、俺ん家と」

「同じ……?」

「九条、そう言えば分かるか?」

「はい。 なるほど、だから悩んでいるのですか? 僕と同じように」

「反抗はしたが、な」

「していた、ですか」

「ああ、人助けの為に仕方なく―――いや、この言い方は逃げだな。 自分で決めた。 仕方なくなんかでなく、自分の意思で確りと決めた、が正解だな」


俺は空を仰ぐ。


「壊れそうな子がいた。 その子を助けるために禁忌を犯した。 犯してまで助けたのに、助けた後に気付いたんだ。
その子はどうしようもなく壊れているんだと。 間に合わなかった、気付いてあげられなかった。
出会うのが遅かった、と言ってしまえばそれまでだが、それでも何故と思う。
笑ってくれるんだ、楽しそうに、嬉しそうに、俺の前では。 なのに。
救われたんだ。 禁忌を犯した俺を必要としてくれた。 傍にいて微笑んでくれる。 だが、俺は彼女に何もしてやれてない」

「その人の事が好きなんですね」

「狂おしいほどに」

「羨ましい話です。 というか、途中から少し惚気が入ってましたね」

「なんだ、お前にはいないのか、良い人は」

「残念ながら」


眼鏡君は肩を竦め、溜息を吐いた。

俺も溜息を吐く。

溜息の二重奏が、病院の中庭に重く響いた。


「恋愛未経験者ですので的確なアドバイスは出来かねますが、取り合えず傍にいてあげれば良いのでは?
好きな人に傍にいてもらえるだけで、その子も幸せになれるのではないかと」

「随分と一般的な回答だな」

「小説などの解答ですよ。 言ったでしょ、僕には未だに良い人はいないって」

「成る程」

「それに貴方はその子に何もしてやれていない、と言いましたが、ならばこれから何かをしてあげれば良いんですよ」

「例えば?」

「それこそ、僕が知るわけがありません。 それくらい自分で考えて行動してくださいよ」



というか、何で俺は小学生に、しかも落ち込んでいた奴に人生相談をしてるんだろうか。

無性に恥ずかしくなってきた。

が、誰かに話して楽にはなったな。

ああ、全く。

情けないったらありゃしない。

肝心な事を忘れていた。

二度も人を殺したショックで忘れていた。

俺は何の為にいるのかを。



『全ては小雪の為に』



そう決めただろ、あの時、あの場所で。

なあ、九条沙紗?



























 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\_third_Next_fourth__










[12823] fourth episode
Name: 朝市深夜◆5609fed7 ID:5ed0ab84
Date: 2010/07/28 14:44










キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン

退屈な小学校の授業。

最近は仕事やらで忙しい所為で疲れているから、眠い。

故に俺は眠る。

別に小学校の授業くらい聞かなくても、テストで百点取るくらい楽勝だから気にはしない。

内申など、テストで挽回できる。

チャイムで起きる。

それが今の授業スタイル。

先程のチャイムの音で目が覚めた俺は、大きな欠伸をかましながら、頭を掻く。

毛の量が多いから、こりゃそろそろ切らなきゃいけないな。

そんな事を考えながら時計を見て、放課後に突入した事を確認。

ランドセルに弁当箱を詰め込み、椅子に座ったまま待機。

秒針を見て、コレまでの経験則から秒読み開始。

5、4、3、2、1――――


「さっちゃ―――ん、帰りましょー!」


零っと。

時間丁度に、小雪が元気良く教室のドアを開けて入ってきた。

何時も通りの笑顔を振り撒いて。

そして何時も通りのように、小雪は同級生から避けられる。

目立った虐めはなくなったが、それでも今までの悪しき習慣はなくならず、皆は小雪を病原菌扱いする。

犬が飼い主に擦り寄るように、小雪は俺の机の前に来た。


「帰るか」

「うん!」


最近は、恒例になったサイクルで毎日が進んでいた。





今日は少しだけ違った。


「どうした、小雪?」

「あ、さっちゃん」


中々下履きを履いて玄関から出てこない小雪を迎えに戻ってくれば、下駄箱で屈んでいた。

いや、下駄箱と床の狭い空間を覗き込んでいるのか?


「靴がなくなっちゃったから探してるの」


成る程。

面白みがない虐めか。

しかし、俺が小雪を庇うようになってから、こういう直接的な虐めは無かったんだがな。

間接的に、不幸の手紙が下駄箱に一日五十通配達されるなどはあったが、俺効果が薄れてきたか。

人間は慣れる生き物で、そして忘れる生き物だ。

俺の庇護下に小雪が居る事に慣れたのか、それとも忘れたのか。

いやはやいやはや。

俺の怒りが有頂天だ。


「有ったか、小雪?」

「うんん、ないよー」

「なら、先生に言って、代わりの靴を借りるか」

「うん!」


靴を探すのを諦め、小雪が俺の手を握ってきた。

俺も小雪が痛くない程度の力を込めて、握り返す。

学校の中だろうと、俺と小雪はラブラブなのだ。

前世の俺は、人目を気にせずにイチャイチャするカップルは恥ずかしくないのかと、思っていたが、今はそうは思わない。

ラブラブなカップルにとってその他の人間など、道端の雑草か八百屋に売っているジャガイモ程度の存在でしかないのだ。

一体誰が雑草やジャガイモに、キスシーンなどを見られて恥ずかしがるというのか。

そんなことを思いながら前方に小雪の担任で、今年から先生になった新任教師を発見。


「先生」


何か考えるようにのんびりと歩いていた新任教師に、短く呼びかける。

新任教師は振り返り、俺と小雪を視界に納め、手を繋いでいるのを見て微笑ましそうに笑みを口端に浮かべる。


「如何したんだい、一之瀬君に――――ええっと?」

「九条、九条沙紗です」

「九条君か。 確か隣のクラスの子だね」

「ええ」


確かこの教師はこの街の出身ではなかったか。

俺の苗字を聞いて特に反応が変わらないところを見ると、そういうことらしい。

俺は小雪の下履きが無くなった事を伝える。


「ふむ、一之瀬君の下履きが無くなった、と言われてもね。 何処に置いたのか、とか覚えていないのかい?」

「いや、だからそういうことではなくて、誰かが隠したと、言っているんですよ、先生」

「ははは、まさか。君はこの学校で虐めがあるなんていうんじゃないだろうね? 君もうちの生徒なら知っているよね。
うちの学校では虐めにあっている生徒には、そうと分かるように札をつけるようにしているって。 
そして虐めを受けている子には、僕たち先生ができる限りのサポートをしているんだ。 だからうちでは虐めは無いんだよ。」

「故に小雪は虐められていない、と」

「そう、その通り。だから―――」


ああ、駄目だコイツ。

馬鹿というのか、巫山戯ているのか、それとも腐っているのか。

胡散臭い笑顔を振り撒き、この学校には虐めは無い事を、また虐められている子が居ればその子を保護する制度がある事を、力説している。

そして実際虐められている小雪に関して、札が付いていない以上、虐められていないとのたまった。

大人では頼りにならない。

ならば―――

一瞬、大和のように策を練って小雪の虐めををなくす方法を考えた。

が、却下だ。

虐めをなくす方法は、以外にも少ない。

子供同士だからだ。

子供という、無邪気で後先をほとんど考えない存在だからだ。

無邪気に人を傷つける奴は厄介すぎる。

対策を立てるのが困難だから。

大和が京を助けた方法と同じことを、と考えたが、あれは無理だ。

アレは一度目だから成功した。

そんな策。

それにタイミングを見切るのが難しすぎる。

よくもまあ、子供である大和が成功させたものだと感心せざる得ない。

故に言葉よりも雄弁に、策よりも手っ取り早く、巫山戯たことをのたまった新任教師に、俺は語りかけた。


「ぶっ!?」


つまりは顔面に拳を打ち込むという、語りかけ。

拳での対話を俺は選択したのだ。

予想外の一撃。

いくら鍛えているとはいえ、小学生のパンチで倒れたのは不意を突いたのが大きいのか。

一回りも二回りも体格が違う教師は、あっけなく床に倒れる。

そして俺は分かり合う為に馬乗りになり、そのまま二、三回拳を顔面に入れる。

それだけで新任教師の鼻は折れ、前歯が一本折れたようだ。

だらしなく涙と鼻血を流しながら、何故自分が殴られているのか心底理解出来ていない表情を浮かべる。


―――まだ、分からないか。


雪が虐められているのが理解できない以上、同じような境遇にすれば理解できるかと思ったが、足りないらしい。

五、六、七と拳を打ち込み、拳にガタが来た。

骨が軋む。

先日もしこたま殴って拳を傷めていたから、限界が近い。

とはいえ、あの時のように凶器となりえるものが何も無い。

仕方無しに、俺は新任教師を殴り続ける。

拳に新任教師の血が付く。

嫌悪感を感じるも、巫山戯た事をぬかした新任教師に対する怒りの方が勝った。

俺は、新任教師の悲鳴を聞きつけて職員室から出てきた教師に羽交い絞めにされるまで、殴り続けた。





で、だ。

俺は冬休み間近のこの次期に、俺と雪の退学届けを今まで通ってきた学校に叩きつけ、冬休み後に1ランク上の学校に転入する事になった。









__fourth_episode_/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄












学校を辞めて少し。

クリスマス間近。

というかクリスマスイブ。

朝の鍛錬が終わり、のんびりとしていた。

小雪が九条の家に来てから、朝の鍛錬は少し変わった。

小雪が朝の鍛錬に参加するようになったのだ。

養子とはいえ、小雪は一之瀬の姓を名乗っているのだ。

故に小雪には一之瀬の義務を全うする必要がある。

一之瀬の義務。

二世代前には無かったものらしいが、現当主の一之瀬から加わった義務。

それは九条の前衛として、九条が安全に援護射撃を出来るように盾になること。

女の身だろうが関係ない。

一之瀬とは『壊し屋』なのだ。

だから、小雪は一之瀬として朝の鍛錬に参加することとなった。

小雪は小雪で俺を守るということに関心があるのか、快く承諾。

病院で診察を受けて一週間後から、朝の鍛錬に参加している。

そして日課に近い朝の鍛錬が終わった後、冬休みの終わりに編入する事が確定した学校の栞を炬燵に入りながら見ていると、小雪が歌を歌いながら手洗いから帰ってきた。

小雪が歌う唄はジングルベル。

楽しそうに歌いながら、俺の隣に座る。

美声で奏でられる、個性的で独善的なジングルベルを最後まで聞き、小雪にとって残念であろう真実を苦悩の末、俺は告げる。


「うちは仏教徒だからサンタは来ないぞ。 が、小雪。 何か欲しいものがあったらサンタクロースの代わりに買ってやるが?」

「別にいいよー。 だって僕はもう欲しかったものは持ってるし。 さっちゃんがそばにいてくれるから、別に気にしないんだ」


小雪の言葉に少し鼻の奥がツンとした。

そしてその感動を身体で表す。

小雪を抱きしめる、という表現を用いて。

突然の俺の行動に嫌がる素振りを見せず、俺の腕の中で照れ臭そうに笑う。


「ゆゅふふふふ」


変な笑い声だが別に気にしない。

というか、独創的で愛らしく思えるから不思議だ。

寧ろこの笑い声を聞いて至福感が湧き上がってくる。

ああ、本当に。

この時間がずっと続けばいいのに。

幸せに浸りながら、タレパンダ。


「さっちゃん、さっちゃん」

「どうした、ゆっきー」

「雪が降ってるんだよ、雪」


ああ、だから小雪のテンションが高かったのか。

ついでに今朝はやけに冷えるわけだ。


「雪だるま作ろうよー」

「いいけど、まずはこれしてからな」


そう言って俺が出すのは問題集。

はっきり言って小雪は成績が悪い。

九条のコネを使って転入が出来たのはいいが、この先授業についていけないのは不味いだろう。

そう思い、俺は小雪の勉強を教えているのだ。

しかし肝心の小雪は俺の親心が分からないのか、嫌そうな顔をした。

まさに親の心子知らず。

いや、俺は小雪の親ではないが、なんとなくその諺が思い浮かんだ。


「うえぇ―――」


そして心底嫌そうな声を上げ、やる気がタレパンダになった。





















勉強を終えて、庭に雪だるまを作って、ついでにかまくらを作り終えた頃、日が傾き始めていた。

去年は出来なかった事を俺と小雪は一日でやりきり、二人して霜焼けになった手足を居間の掘り炬燵で温めていた。


「全部やっちゃったねー」

「そうだな」

「楽しかったねー」

「ああ」

「みかん食べるー?」

「いらない。 お前ももう食べるなよ。 そろそろ晩飯だ、食べれなくなるぞ」

「わかったー」


なんか二人とも、いい感じにダレていた。

もう、炬燵とか人類が創り出した英知の結晶としか思えないんだが。

そんな至福の時。

二人で、二人っきりで楽しんでいた。

そんな中、野暮な奴が現れた。


「若、それにユキ。 すみませんが今晩の材料を買ってきてやくれませんか?」

「なんだ、まだ買ってきてなかったのか」

「はい。 これからちょいと厄介ごとを片付けに行かなきゃならないんで、買い物にいく時間がなくて」

「ならいい、俺たちで行く。 お前は自分の仕事に精を出せ」

「頼みやす」


一之瀬はそう言うといそいそと家を出て行った。

そういうことならもう一働きしましょうかね。




雪化粧が施された川神を俺と小雪は歩く。

深々と雪は降り続けているが、俺たちは夕食の買い物をしていた。

吐息が白く染まり、手足を悴ませるほどに寒いが、小雪と繋いだ手だけが暖かい。


「小雪、ここからは手分けして行くぞ」


ゆっくりと二人で買い物をする時間はない。

冬の夜は早く、もう夕暮れ時だ。

夜になれば更に冷え込むし、そんな中出歩くのは極力避けたい。


「うん、それじゃあボクはお豆腐屋さんとお魚屋さんに行くね」

「ああ、それじゃあ俺は肉屋と八百屋だ。 待ち合わせは此処でいいな」

「分かったー」


言うが早いか、小雪は駆ける。

久しぶりに見る雪の中を、楽しそうに駆ける。

さて、俺も行きますかね。











肉屋で豚バラを、八百屋で人参、白菜、椎茸、エリンギと、なんとなく今晩の献立が分かる買い物を済ませ、小雪を待つ。

身体を包む空気がいっそう冷え込み、太陽は断末魔の如き色合いの光を地平線の彼方に映し出す。

もう少しで日が落ちるな。

そんな事を考えながら、小雪と一緒に食べる鍋の味と温かさを幻思して、寒さを凌ぐ。

そういえば小雪と鍋を囲むのは初めてのことではないだろうか。

悴む指先に吐息を吐いて暖める。

それにしても遅いな、小雪は。

また何時ぞやの時の様に虐められてんじゃないだろうな。

少し迷った。

小雪を信じてここで待つか、それとも探しに行くか。

……寒いし、探しに行くか。

少しでも動かないと、足の指先が凍傷になるなこれは。

足の指の感覚が曖昧なのを感じながら、俺は小雪を探して歩く。

小雪に頼んだ豆腐屋と魚屋に行けば、二件とも既に買い物を済ませた事が分かった。

ということは案の定か。

全く、よく絡まれる小雪にも呆れるが、虐めようとする奴の根性にも恐れ入るよ。

もう学校にも行っていないというのに、いやはや。

パッと見、大通りにはいないから、店と店の隙間道を通り、裏通りを過ぎる。


そして――――


雪の積った原っぱに咲いた紅い紅い華。

その中心に返り血を浴びて白と朱の斑色になった小雪。

深々と降る雪。

魅入る。

その芸術の如き光景に。


「あ、さっちゃん!」


屈託のない笑顔。

俺に気付いた小雪は駆け寄る。


「えへへ、凄いでしょ」

「あ?」

「これ、ボクがやったんだよ」


言われて気付く。

紅い華は血で、それを流しているのは何処かで見たことのある男子。

腕が捻じれ曲がり、足がありえない方向を向いて、皮膚から白い骨が飛び出している。

見事に破壊された体。

それが五つ。

全員、痛みで気を失っているらしく身動ぎさえしない。

小雪を染めている朱は返り血か。


「えへへへー」


褒めて褒めてと、擦り寄ってくる小雪。

俺は黙って頭を撫でてやる。

たった一年ちょっとでここまで出来るとは、本当に才能がある。

……あれ?

もしかして、純粋な近接戦闘で、俺って小雪に負けるんじゃね?

驚異的な疑問が頭を掠める。

い、いや待てよ。

俺もあれくらいのことやろうと思えば出来る。

…………石とか投げるものあれば、だが。


「全く、またお主か、九条の」


気配が、なかった。

普通に歩いてくる癖に、一々気配を消して来るなよ。

もう遅いかもしれないが、小雪を爺から隠すように俺は立つ。


「それはこっちの台詞だ、川神の爺。 ストーキングでもしてるのか?」

「ほっほっほ。 偶然じゃよ、偶然。 今回はまた、随分と派手じゃの」

「偶然だよ、偶然。 それで、何のようだ?」

「お前さんが急いでいたようでな。 ただ事ではないと思って付いてきたんじゃよ」

「やっぱりストーキングしてたんじゃねぇかよ」

「物は言い様じゃ」


クソッタレ。

飄々としていて忌々しい。


「ところで、そこに転がっとる若いの、手早く処置しなくては不味いんじゃないの?」


爺の視線が俺たちの後ろへと移る。


「ああ、だろうな」


俺は上着のポケットから携帯を取り出す。


「ほっ? なんじゃ、今日は携帯持参か」

「前回、川神に借りが出来たからな。 これ以上借りを増やせるか」


吐き捨てるように言って、コール音。

四石に手早く用件だけを言って携帯を切る。


「すぐに処理に四石が来る。 爺の出番はないぞ」

「ほっほっ、それは上々じゃな。 この老体に鞭打たんで済んだわ」

「よく言う」

「さて、それでは用件を果たすとしようかの」

「はあ?」


言った瞬間だった。

爺が動いた。

目視するには十分すぎる遅さ。

九条家の動体視力からすれば容易すぎる。

見えていても、動けないこのガキの体が恨めしい。

咄嗟に半歩前に動いて衝撃を和らげる。

首に手刀が打たれる衝撃。

打点をずらしたことにより、一撃で意識を失わずに済んだ。




「ふむ」


その一言。

その一言と同時に二度目の手刀。

一撃目で意識が飛びかけた俺には、避けることなど出来ようもなく。

というか爺。

首は色々と重要な神経が通っていて、人にとって急所だぞ、此処は。

薄れる意識の中で俺に出来たことは、爺が小雪に狂行を行わないか見ることだけだった。








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