チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[16384] 魔法少女リリカルなのは十字界(元ネタ リリカルなのは+ヴァンパイア十字界+とらハ)
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/04/04 13:49
前書き

本作品は魔法少女リリカルなのは、とらいあんぐるハートシリーズ、及びにヴァンパイア十字界のクロス小説です。

本作品は、各原作のネタバレを多分に含んでおります。

特にヴァンパイア十字界を未読の方は先に原作を読んでください。

この作品は物語が二転三転するので、本作品を読んだ後に読むと面白さが半減する可能性があります。

本作品を読む場合は、以上の点を注意してお読みください。



[16384] プロローグ
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/04/04 13:36


一つの命が終わりを迎えようとしていた。


彼はかつて王だった。魔と豊穣の夜の国。彼の血族と人間が暮らす国。彼は若くして王位についた。彼はすべてに秀でていた。武に、政に。彼はまさに理想の王だった。


彼の統治した国は、かつてない繁栄と平和を謳歌していた。


だがその国は滅びた。その原因は何だったのだろう。すべては不幸な偶然が重なり合ったゆえだった。


王はすべてを失った。愛する者を。愛する娘を。国と夢と理想を。


すべてを失い、王は孤独となった。憎まれ、恨まれ、決して報われることのない当てのない旅を続けた。


自らの責務を果たすため、すべてを敵に回した。かつての仲間も血族も愛娘さえも・・・・・・・・。


しかしすべては血族のための、数多の生きとし生ける者達のための行動だった。


世界中を敵に回し、誰からも恨まれ憎まれながら、彼はただただ多くの者達の未来だけを考えた。自分自身を犠牲にして・・・・・・・・


血族に追い立てられながら、未来永劫の追撃者に追われながら、彼は最後の最後まで抗い、自らの信念と目的に従事した。


だがいつの日にか終わりはやってくるものだ。彼は最後の時を迎える。


(そうだな、ステラ・・・・・・・。私はよくやったな。ならばこれでよしとしようか・・・・・)


それは彼にとってある意味救いだった。彼は救われた。


否。最後の最後にようやく自分自身を赦すことができたのだ。


いと高く、清廉にして高潔な星の守護者。彼の魂は彼らの聖地たる月へと誘われる。


ひとつの結末が至高の王に訪れ、また新しい物語が幕を上げる。






彼は幸せだったのだろうか? それとも不幸だったのだろうか?


彼は言う。自分は幸せな部類だったと。二度も結婚し、曲がりなりにも二人の娘を育てたのだから。


必要だったからと彼に殺された者や、そのせいで人生を狂わされた人間や同胞は数多に存在した。だから自分は不幸では無いと。


しかし他人から見ればどうだろうか。


彼は確かに罪を犯した。だがそれも致し方ないことだった。


彼がそうしなければ大地は荒廃し、大きな戦争が起こりもっと多くの命が散っていただろう。


自らを犠牲にし、必要最低限の命を奪う事で多くの命を救ってきた。


恨まれ、憎まれ、傷つき、死ぬことさえ許されない地獄。さらに彼の命を狙うのは彼がかつて愛した者達。無間地獄とはよく言ったものだ。


それでも彼は戦い抜いた。後悔などしなかった。誰かを恨む事も憎む事も逃げる事もしなかった。


最後の最後まで、その死の瞬間まで自分を責め続け苦しみ抜き、それでも多くの命を救い、守るべきものを守り、地球さえも守り抜いた。


彼は大切な人を守れず、大勢の命を手にかけた罪深き王だった。


それでも彼により救われたものはそれ以上だった。


だからこそ、その真実を知る者達は願い、祈る。


至高にして最後のヴァンパイア王であるローズレッド・ストラウス。その魂にいと高き月の恩寵があるように・・・・・・と。




ずいぶん長い間旅をしていた気がする。


私はふとそんな事を考える。第五十代目ブラックスワンである比良坂花雪との戦い。


全力を尽くしたその戦いに敗北し、私の命は尽きた。


私はよくやった、これでよしとしよう。そう今は無き最愛の妻であるステラに言った。


私が死ねば、黒鳥に取り込まれているステラと私の娘の魂は開放される。


彼女達にもようやく安らぎが訪れる。


ようやくの終わり。千年も続いた戦いと悲劇の終わり。


私は最後にステラと娘のために祈る。あの二人の魂にいと高き月の恩寵があらん事を。


そこで私は意識は途切れた。






誰かが願った。あの人を救ってと。


誰かが祈った。あの人にいと高き恩寵があらんことを。


誰かが望んだ。あの人に平穏を。






彼らの思いは一つの意思になり、大いなる力を呼び起こす。







『メインシステム起動。転生プログラム発動・・・・・・・・。起動魔力確保』


月の一角。ヴァンパイア女王が命を賭して作り上げる、血族の未来を育む新天地。その場所に金色に光り輝く一つの宝石があった。


それは数多の祈りと膨大な魔力を吸収し、眠っていた機能を発動させる。


それは目覚めの時。それは覚醒の時。それは一つの結果を体現させる。


すなわち、奇跡と言う結果を。


黒鳥により月へと導かれた至高の王の魂は転生を迎える。





それが彼――ローズレッド・ストラウスにとっての救いになるのか、それとも新たな苦悩の始まりなのか。


それは誰にもわからない。







「くぅん・・・・・」


何かの声が聞こえた。ローズレッド・ストラウスははっとなって意識を覚醒させた。


自分は死んだはずだ。生きているはずがない。私は確かに黒鳥の両腕でこの身体を完全に切り裂かれた。


黒鳥の、ブラックスワンの両腕に切り裂かれたのだ。あれは魔を討ち滅ぼす自分にとっての最悪の天敵。


あの戦いで受けた傷はもはや再生できるものではなかった。自分自身でも理解していた。そして確かに死んだはずだった。


だが生きている。今、自分は仰向けに倒れていた。自分の身体を確かめる。おかしい。完全に傷が再生している。魔力も万全の状態である。


上半身を起こし、周囲を見渡す。今は夜のようで月が天に輝いている。


私の傍らには子狐が一匹、こちらを心配そうに見ている。


かすかにこの子から霊力のようなものを感じる。詳しく探ってみると、驚くほどの霊力が内包されている。もっとも大半は封印されているようだったが。


ストラウスは擦り寄ってくる子狐に触れるとそっとその頭を撫でる。


「くぅっ?」


「どうした、こんなところで? 迷子にでもなったのか」


ストラウスは優しく微笑み、その子狐を抱き上げる。子狐は嫌がる様子も見せず、彼の腕にすっぽりと収まった。さらには気持ち良さそうに彼に身体を預ける。


「ふぅ。一体何がどうなっていることやら」


彼は卓越した頭脳で今の状況を分析する。さらに自分の周辺を広範囲に魔力で索敵をかける。まずは情報を集めなければ話にもならない。


月が見えると言うことは、ここは地球であるのは間違いないだろう。しかし今の状況は説明が出来ない。


あの戦いの傷が消え失せ、魔力までも万全の状態に戻っている。服装もそうだ。服装は最後の戦いの時のようなものではない。


一般的なもので、ラフなジーンズとシャツにコートである。まあ魔力でマントなどを生み出す事も出来るが、今すぐに必要なものではない。


マントなど羽織った人間を見つければ、下手をすれば警察に通報されかねない。


(・・・・・・・・どうやらここは街の近くのようだな。人もそれなりにいる大きな街。それに見たところ日本か・・・・・・。周辺には自然も多い。範囲を広げるか)


あの戦いからどれくらい経った? 数時間か、数日か、数週間、はたまたもっと時間が経ったのか。少なくともアレだけの傷を数時間で完治させるのは無理だ。


かつてアーデルハイトの暴走の際は再生に十日もかかった。


あの魔殺しのブラックスワンの攻撃の傷。意識を失っていた状態での回復なら、数週間以上かかってもおかしくない。


とにかく情報が少なすぎる。


(街が近くにあるのは幸いだな。インターネットなりテレビなり新聞なり、情報を得る手段は多数ある)


魔力があれば大抵のことが可能である。以前にも魔力で物理的に切断されている端末をメインコンピューターにつなぎ、セキュリティを解除した事もある。


最悪、魔力で情報だけをインターネットから吸い上げる事も不可能ではない。ただしかなり面倒な上に疲れる作業だが。


ストラウスは情報収集をすべく街へと向かった。






(おかしい・・・・・・)


街に降り立ったストラウスは違和感を覚えた。あの星人フィオの事件の爪あとが存在しない。


あの事件は世界的にかなりの人的、経済的被害を発生させていたはずだ。それなのにまったくその情報が見当たらない。


情報を集めようと電気店に入って見つけたテレビやパソコンも自分が知る物に比べればかなり旧式だ。


(これはどういうことだ?)


彼はすぐさま今がいつなのかと言うことを調べた。パソコンの一台に魔力でネットを見られる状態し、検索をかける。すると驚く事がわかった。


(星人フィオの事件が存在しない。・・・・・・・・それに今の月日は)


自分が知る暦よりもずいぶん昔である。まさかここに書かれている情報が嘘と言うことは無いだろう。


だが確証を得るには足りない。ならばと思い、幾人かの店員や、はたまた見回りをしていた警察官などにも声をかけて情報を集めた。


帰って来た答えは皆同じだった。


(ここは過去と言う事か?)


馬鹿馬鹿しいと考えつつも、その考えを肯定している自分がいる。


理由はわからないが、どうやら自分はタイムスリップしてしまったようだ。


(ならばこの世界にのどこかに別の私やレティ、ブリジット達がいるのだろうか?)


タイムスリップの知識やそれに伴う弊害なども彼の知識の中には当然存在する。理論として時間移動は未来に向かってなら可能と言う雑学も存在する。


しかし過去へと向かうのはいかに彼の強大な魔力をもってしても不可能である。それが出来るのなら、千年前に最愛の妻が殺される時にタイムスリップしている。


(もし過去なら、この時代の私やダムピールに会うのは危険だな)


仮にもう一人の自分がいて、協力体制が結べるのなら、これからの血族を守る上での大きな力になるだろうが、接触したとたんタイムパラドクスでも起こっては眼も当てられない。


(とにかくそれらを含めて情報を集めよう。今の私の行動次第で大局が動くようなら、今まで以上に慎重に事を進めるしかない)


権謀術数、深慮遠謀に長けた魔神たるローズレット・ストラウスは、彼らと接触のリスクを避けるために、さらなる情報を集める事にした。


だがそれが彼を更なる混乱に陥れるとは、この時想像もしていなかった。






「・・・・・・・・・」


それから一週間ほどが経過した。


現在ストラウスはある海が見える夜の公園のベンチで一人考え事をしていた。


いや、一人と言うのも正しくない。その膝には数日前に自分の傍らにいた子狐が眠っている。


あの後、どうにも懐かれたらしく、電気店を出るとこの子が待っていてその後ずっと自分の後を追いかけてきた。


自分の家に戻りなさいと言ったが、どうにも聞き入れてくれずそのまま自分についてきてし合った。


(レティと言い、この子と言い、私はどうやら子供に好かれるようだな)


苦笑しながら子狐を眺めながら、背中を撫でてやる。


ストラウスはこの子をどうしたものかと思案している。この子が普通の狐なら、ストラウスは迷わず山なり森になり返しただろう。


しかしこの子は普通の狐では無い。この子から感じる霊力。それはブリジット達ダムピールにも匹敵する。


また名前は久遠と言うらしい。この子は自分の名前を口にした。そのことに若干驚きも下が、まあそういうこともあるだろうと受け止めた。


礼儀として自分の名前を言うのも忘れない。


久遠も自分のようなヴァンパイアに似たような存在なのだろう。


だが久遠から感じる力は不安定だ。いつ暴走してもおかしくない危険な状態になっている。


一応、魔力で子のこの霊力を抑えているが、自分が離れればいつ暴走するかわからない。


かつてのアーデルハイトの例もある。さすがにあのような事態には早々なら無いだろうが、それでもそんな危険な爆弾を放置するような真似はさすがに出来ない。


(それにしてもこの世界にはヴァンパイアやダムピールの痕跡が少なすぎる。十字の石碑も影も形も存在しないなど)


ストラウスは自身が知りえる日本での封印開放の状況を知るために、秘密裏に行動をかけた。


この世界の自分やブリジット達ダムピールに気づかれる事の無いように慎重に。


その結果もあり、現在は誰にも捕捉されずに行動できているが、逆に今度は謎が生まれた。


封印が一つも存在しないのだ。


この日本にある封印は一つや二つでは無い。それなりの数だ。その封印の大半は後回しにしていたので、少なくとも五個以上は存在したはずだ。


それに今の年月日が自分の知るものならば、ブラックスワンも行動を起こしていない。


そもそも自分は第五十代目のブラックスワンの情報を握っており、GM御前のことも知っている。彼らの目をかいくぐり、彼らの情報を入手するのはさほど困難ではない。


だが自分が調べた限り、彼らの情報はまったく無い。存在すらしていなかった。


情報を秘匿したのかとも考えたが、それにしてはその痕跡すらまったく残っていない。


さらにこの時点では花雪はブラックスワンに取り付かれていない、ただの娘だ。その少女の情報を秘匿する意味など無い。


他にもこの一週間、様々な情報を集め、最後には月にまで足を延ばした。


その結果はすべてからぶり。月の裏側に星人フィオの船は無く、また月に作ったはずのステラの墓さえも存在しなかった。


星人フィオに関してはまだこの地球に到達していないと言う考えが生まれたが、ステラの墓に関してはそうは行かない。


あれは千年以上前に自分が作った物。それが影も形も無いなどありえないし、星人フィオとの戦いの時に壊れずに存在したのをアーデルハイトと一緒に確認している。


ならばこれはどういうことだ。


自分の知識を総動員して考えをまとめる。バベルの図書館を頭に備えたようなローズレット・ストラウスの知識と教養はある一つの結論を導き出す。


それは似て非なる世界である平行世界。


SFの一つの考えに過ぎないが、ヴァンパイやや宇宙人などが存在したのだ。それがありえないとは決して言えない。


それならばこの世界の状況にも納得がつく。可能性としては一番高いだろう。


しかし・・・・・・・


「平行世界か・・・・・・・」


ポツリとストラウスは呟く。仮にこの世界が平行世界だとして、自分はこれからどうするべきだろうか。


この世界において、自分は世界の敵として存在する理由が無い。


いや、そもそもこの世界で自分の居場所などあるのだろうか。


「今更だな。向こうでも私の居場所はあの時から・・・・・・・世界の敵となる時から存在しなかった」


自嘲気味に笑う。何を言っているのか。自分にはもう何も無い。この両腕は血塗られ、数多の命を奪い去った。


「今の私をステラはどう思うだろうな・・・・・・・」


無間の地獄から開放されたはずだ。ここでは自分が戦い続ける理由も無い。


これ以上ブラックスワンとなった娘達を殺す必要も無い。ステラも自分の娘もブラックスワンから解放されたはずだ。


だが彼の心の中にはステラ達を失った以上の喪失感が存在した。


「私はどうすればいいのだろうな」


臣民を導く必要も無い。世界の敵として歩み続ける必要も無い。アーデルハイトを助ける必要も無い。何の意味も持ちえなくなった今の自分。


「くぅん・・・・・・」


そんなストラウスの様子に気がついたのか、久遠は彼の手を心配そうに舐める。そんな久遠にストラウスは優しい笑みを浮かべえる。


「ああ、私は大丈夫だよ。ありがとう」


「くぅん♪」


ストラウスは久遠を抱きかかえるとそのままベンチから立ち上がる。今日も月が綺麗だ。


「目的は見つからない。だが私には力がある。ならば出来る事は多くあるな」


まずは生きよう。目的など後で見つければいい。ステラ達もそう望むだろう。


彼女は決して自分で命を絶つような事を許しはしない。と言うよりも怒るし叱るだろう。


昔出会った時のことを思い出して苦笑する。


「それにもっと詳しく調べる必要があるな。私がこの世界に来た理由やこの世界の事なども」


まだまだ情報が圧倒的に少ない。それにもしかしたらこの世界にも星人フィオがやってくるかもしれない。


もし来た場合、自分やアーデルハイトがいないこの世界はどうなるのか。想像に難くない。この星と人類を護る為にも自分がここで死ぬわけにはいかない。


「さてと。中々に忙しくなりそうだ」


赤バラの魔神は歩みを止まらない。彼にとって死は救いなのか、はたまた新しい生は地獄の始まりなのか。


物語は回り進み続ける。今日も月が夜空に輝き、世界を包む。


何かが終わってもまた何かが始まる。


月は高く天にあり、その彼方から輝ける恩寵を投げかける。


旅立った魂達の新たに始まる時代に・・・・・・・・。







[16384] 第一話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/02/14 09:24




「ここが海鳴市か・・・・・・」


ストラウスは現在、日本の某県海鳴市に足を運んでいた。


その手には動物用のカーゴが握られており、その中には久遠が静かに寝息を立てていた。


「さて、士郎の家はどこにあるのかな」


彼がこの街を訪れた理由は友人に会うためである。


ローズレッド・ストラウスがこの世界にやってきて早五年。


元々様々な策略に長けていた彼は、裏社会にもぐりこむ自分の経歴を偽装して作り上げた。


武も智も卓越した彼にしてみれば、これはなんら難しい事ではなかった。


戸籍や経歴が手に入れば、あとはどうとでも出来る。


その間、一時期なんでも屋みたいな事をやっていた際、この町に住む不破士郎と言う男と出会い、友好を深めた。


その男はただの人間にしてはかなりの実力で、能力を言えばダムピールの中堅にも勝てるほどだ。


ただダムピールの場合、生命力と回復力が半端では無いので普通の武器ではかなり梃子摺るだろうが。


「・・・・・・・確か喫茶店を始めるとか言っていたな」


以前に送られてきた手紙を見る。そこには今度結婚しますと書かれ、写真がプリントされていた。


そこには士郎とその妻であろう女性と、彼の子供である二人の男の子と女の子も映っている。


この二人とは何度か面識があった。ちなみに名前も不破から高町に変わるそうだ。


以前聞いた話だが、彼にも複雑な家庭事情があるようだが、それでも友人の結婚はめでたい事である。


自分も二度結婚し、曲がりなりにも二人の娘を育て上げたこともある。


血のつながりが家族のすべてでは無い。


しかしこの手紙をもらってから半年近く経っている。我ながら、もう少し早く来たほうが良かったかなと苦笑する。


「ああ、ここだここだ。久遠、すまないが、もう少し我慢してくれ。さすがに飲食店に動物を連れ込むのは不味いからな」


「くぅん・・・・・」


ストラウスの言葉に久遠も同意したが、どうにも少し悲しそうだった。もう何時間も狭い檻に閉じ込められているんだから、それも仕方が無い。


「すまない、久遠。また後でおいしい油揚げをあげるから」


「くぅん♪」


その言葉を聞いて、久遠は嬉しそうに尻尾を振った。


カランカラン


店のドアを開く。新しく作られた内装は綺麗で、雰囲気もいい。だが生憎とまだ知名度が低いのか、客足はそんなに多くなかった。


「あっ、いらっしゃーい」


カウンターの向こうから気持ちのいい元気な声が聞こえる。写真に写っていた女性だった。


「初めまして。私はローズレッド・ストラウスと言う者なのだが、高町士郎氏はいるかな?」


「あっ、あなたがストラウスさんですか? 士郎さんからお話は伺っています。あなたー、お客さんですよー」


「ああ、今行くよ」


声がしてしばらくすると、店の置くから士郎が姿を現した。


「やあ、ストラウス。久しぶりだな」


「久しぶり。最後に会ったのは手紙をもらう少し前くらいだから、かれこれ半年ぶりか」


「そうだな。あの事件以来だからそれくらいか。まあ立ち話もなんだから座ってくれ。今お茶と桃子の作ったシュークリームを出すから。桃子の作ってくれたシュークリームは絶品だぞ」


「それは楽しみだ」


ストラウスは席に着くと、士郎から出されたシュークリームとお茶に口をつける。


確かに自慢するだけのことはある。これはおいしい。味にも素材にもこだわりがある。


「なるほど。これなら繁盛間違いなしだな。これを期にお前もそろそろこちらの仕事から身を引いたらどうだ?」


目の前に座る士郎に向かい、ストラウスはそう切り出した。


「余計なお世話かもしれないが、家族がいる状態でこちらの道を進むのはお勧めしない。お前や私が今居るこちら側の世界は修羅の道だ」


真剣な表情でストラウスは語る。かつての自分と士郎を重ねてみている。彼には最愛の妻と愛すべき子供たちが居る。


だが自分と同じように士郎は争いの世界にいる。その結果がもたらすものは、最悪の結末かもしれない。


「私もかつてある人物に言われた。最愛の者を傍に置けば、いつ血風と鉄刃がその者達に襲い掛かるかもしれない。醜い争いを見せるかもしれない、と」


結果、妻と子は死んだ。


「ストラウス、君は・・・・・・・」


「お前はまだこちら側から抜け出し、人並みの平穏を送れる。妻や子のことを思うなら、早々に裏家業から足を洗うべきだ」


士郎はその言葉を聞くと、そのまま黙り何かを考えているようだった。


「・・・・・・・すまないがまだそれは出来ない。・・・・・・・この道が修羅の道ってのはわかってるさ。けど俺には道を開いてやりたいって奴が何人かいるんだ。そいつらのためにも、今はまだこの仕事をやめるわけにはいかない」


語る士郎の目には強い意志が宿っていた。信念とも言える物が。ストラウスはただ「そうか」としか言えなかった。


自分が言ったところでこの男は信念を曲げないだろう。またそれこそが、この高町士郎と言う男の強さでもあるのだから。


「わかった。私からはもう何も言わない。だがお前の手助けくらいはしよう。これでも独り身でね。色々と協力できることはあるさ」


「そりゃありがたくて頼もしい」


ストラウスの言葉を聞き、士郎は嬉しそうに笑う。お互いに実力を知っている。無論、ストラウスは自分の正体や魔力は隠しているのだが。


「ああ、そうそう、聞いてくれよ、ストラウス! 今度俺と桃子の子供が生まれるんだよ! こないだ桃子が病院で確かめたんだ!」


「ほう。それはめでたいな」


熱く語る士郎にストラウスも顔を綻ばせる。自分もステラに子供が出来たと聞いたときは大層浮かれたものだ。あれやこれやと舞い上がったのは、今は良い思い出だ。


「あと七ヶ月もすれば生まれるんだ。今のうちから名前を考えて色々準備しておかないと」


「それと奥さんを気遣ってあげる事だ。私は以前仕事にかこつけて、中々傍にいてやれなかったからな。子供が生まれるまでの間は、奥さんの傍にいてあげることをお勧めするよ」


年長者からのアドバイスを送る。正直、大人である士郎も千二百歳を越えるストラウスから見れば子供にしか見えない。


「そうだな。でもボディーガードの仕事があるし・・・・・・」


「なんだったら、その間は私が仕事の肩代わりをしよう。取立てて、今の私は仕事が無い状態だからな」


「いや、でもそれは・・・・・」


さすがにストラウスの実力は知っているものの、自分のボディーガードなどの仕事を全部任せるというのは士郎にしてみれば気が咎めた。


それにこれは自分が好きでやっている仕事だ。自分が守ってやりたいと思った人間を守る。彼らも家族と同じくらい大切な人達だった。


「はぁ。お前もずいぶんと真面目で人が良いな」


「俺にはそのどっちも当てはまらないと思うんだけどな」


苦笑する士郎にストラウスも釣られ笑みを見せる。


「まあお前がそう言うのなら無理にとは言わないが、あまり家から離れていると奥さんと子供達に愛想をつかされるぞ」


「うっ・・・・・・桃子~」


「はいはい。大丈夫ですよ、あなた。私は何が合ってもあなたに愛想つかしたりしませんから」


「桃子・・・・・」


「あなた・・・・」


喫茶店の中にも関わらず、桃色の空間を発生させる二人。初々しいな、とストラウスは思いながらお茶をすする。


本人がそう言うのなら問題はないか。とにかくこちらは幸せそうで何よりだ。新しく子供も生まれ、お店のほうも少しずつ軌道に乗っているそうだ。


「では私はそろそろお暇しよう。お前の元気な顔を見れたし」


「えっ、もう行くのか? なんだったら、恭也と美由希にも会って行かないか?」


「ああ、そうだな。二人に会ったからにしようか」


「もしよかったら今日は泊まっていかれませんか? その方があの二人も喜びますし」


「それはいい。二人もきっと喜ぶ」


「いや、だが久遠もいるし・・・・・・」


ちらりと視線を籠に移す。桃子はその先にいる久遠を見つけて物凄く喜んでいたりもする。


「うわー、何この子! 凄く可愛い」


「くぅっ!?」


桃子の声に怯えたような声を上げる久遠。桃子は怖くない、怖くないと久遠に言っているが、人見知りの激しい久遠は籠の中でまだ怯えている。


「桃子も喜んでいるから、一緒に泊まって行ってくれないか?」


「そうだな。ではお言葉に甘えて一晩だけ泊めさせてもらおうかな」


こうしてストラウスと高町家の交流は増えていく。


後に士郎と桃子の娘であるなのはが生まれてくる事になるのだが、それがストラウスをこの家族と結びつける更なる要因になることを、彼はまだこの時知る由も無かった。







それから七ヶ月ほど経った三月十五日、高町家に新しい家族が誕生した。


名前をなのはと言う。


その報告を受けたストラウスは久遠を連れ、再び海鳴市にある高町家を訪れる。


「ストラウス! よく来てくれたよ! ほら俺と桃子の娘のなのはだよ」


嬉しそうに子供をストラウスに見せる士郎。親ばかな感じはしたが、見ていて微笑ましいものがあった。


ストラウスもそんな様子に笑顔を見せていたが、彼に抱かれているなのはを見てその表情が若干、驚きの物に変わった。


「どうかしたのか?」


「・・・・・・いや。なんでもない」


「よければ抱いてみないか? 可愛いぞ~。さすが俺と桃子の娘」


「・・・・・・・ああ」


ストラウスは恐る恐る士郎からなのはを受け取る。


自分の腕の中ですやすやと眠る赤ん坊。この子が士郎と桃子の子供。


だがその身体の奥深くから感じる大きな魔力と霊力・・・・・・。


人間ならば霊力を持っていてもおかしくは無い。また魔力に関してもここは自分のいた世界とは違うのだから、持っていても不思議ではない。


この世界で暮らすようになってから、稀にではあるが魔力や霊力を持つ人間に出会ったこともあったからだ。


しかし彼が感じたのはそれだけではない。


この子の奥底にある魂。そこから懐かしい気配がした。忘れるはずも無い魂の波動。これは・・・・・・・。


(私とステラの・・・・・・・・・)


かつてブラックスワンにされた自分達の娘。千年の長きに渡って戦い続けたゆえに、ストラウスはステラと娘の魂を感じることができた。


ブラックスワンには共鳴と言うべきものも備わっていた。それをストラウスが感じ取るのは別段おかしなことではない。


自分達の娘の魂とまったく同じ気配をこのなのはと言う娘から感じた。


つまりこの子はあの子の生まれ変わり。ブラックスワンから解き放たれた娘の魂がこの子へと転生したのだ。


ストラウスは知らず知らずのうちに涙を流し、なのはをそっと抱きしめた。


「ストラウス?」


「・・・・・・・ああ、すまない。少し昔を思い出したもので」


そう言ってなのはを士郎に返すと、ストラウスは自分の手で涙を拭う。


「士郎、桃子。その子を大切にしてあげて欲しい」


この子はあの子の生まれ変わり。だが自分とステラの子供ではない。ならば自分があまり関わるべきではない。


出来るのは祈る事だけ。かつてステラが自分にしてくれたように願うだけ。この子や士郎や桃子達の幸福を。ただ月に祈り、願うだけだ。


「そなた達にいと高き月の恩寵があらんことを・・・・・・」


それはストラウスの心からの願いだった。






それから数年の月日が経った。相変わらず世界は周り続ける。


ストラウスはあれから人助けをするため世界的なNPO団体にも所属しながら、世界を回り続けている。


高町家からはよく手紙と写真が送られてくる。家族の写真と息子や娘達の成長していく写真。


ストラウスはそれを見るたびに心が温かくなった。まだ自分も誰かを思う気持ちがあるのだと、思える時間だった。


特になのはの成長の写真を見るたびに、もしあの子が生きていたならこんな風に成長してくれたのだろうかと考える。


それが未練であり、もう二度と戻らない過去であると理解しながらも。


「あの子は高町なのはであって、私とステラの娘ではない。こうやって遠くからあの子の成長を知るだけで十分だ」


あれ以来、高町家とは手紙のやり取りを続けてはいたが、自分から海鳴市へ行こうとはしなかった。


何度か仕事で遭遇する士郎からは手紙でも来て欲しいと頼まれたが、ストラウスは仕事が忙しいと言う理由で高町家を訪れる事は無かった。


正直、恐ろしかったのかもしれない。自分が関わる事で彼らの平穏を乱してしまいそうで。


自分には力がある。この星を穿つほどの強大な力が。


かつてセイバーハーゲンは言った。強大な力とはそれだけで罪なのだと。


確かに恐怖だろう。自分達と違う存在が、自分達の生存を簡単に脅かす力を有しているのは。気分一つで簡単に世界を震撼させるだけの力。それが自分達の身近に存在する。


怖かったのだ。自分が関わる事でこの写真に写っている幸せな家族の生活を壊してしまう事が。


恐ろしかったのだ。自分が関わる事で、また自分の娘の魂を縛り付けて、不幸にしてしまう事が。


自分には恐怖が無い。かつてローズレッド・ストラウスはそう言った。だからすべてのものが自分に恐怖したと。


しかし彼にも心があり、感情がある。彼はここに来て恐怖したのだ。失う事を知ってしまったから。


だからこそ、再び失う事を恐れた。壊してしまうことを恐れた。本当に大切なものは自分から遠ざけておく。なるほど、確かによく言ったものだとストラウスは思った。


「くぅん・・・・・・」


そんなストラウスを心配したのか、久遠はすっと彼に寄り添う。思えばこの子も孤独だったのかもしれない。あの時、この子はたった一人だった。


普通ではない狐。膨大な霊力を内包した妖狐。ゆえに居場所が無かったのかもしれない。


ストラウスは久遠を抱き上げると、優しく頭を撫でる。久遠はそれだけで心地よかったのか、すやすやと彼の腕で寝息をかき始める。


「そうだ。これでいい。私がいれば士郎達の生活を乱すことになりかねない。こうやってあの子が成長して行くのを写真で知るだけでいい。それであの子が一生を幸せに過ごしてくれるだけでいい」


優しい眼差しで、ストラウスは写真に写るなのはを眺める。成長すればどんな女性になってくれるのか。


ステラのような感じになるのだろうか。はたまた小松原ユキのような感じになるのだろうか。


本当に子供が成長してくれるのは嬉しい事だ。


だが同時にそこに関われないことを心のどこかで寂しく感じている自分がいる。


それでもとストラウスは首を横に振る。未練は捨てなければならない。


自分はただ祈るだけでいい、願うだけでいい。かつてステラが死んでもなお、自分の幸せを願ってくれたように・・・・・・。


「どうかなのはとその家族にはずっといい月があるように・・・・・・」


夜空に輝く月を見上げながら、ストラウスは静かに祈った。


だがその祈りは・・・・・・・・その数日後に打ち砕かれる事になる。







高町士郎が事故で意識不明の重体に陥った。裏社会の伝でストラウスはその情報を入手した。


その情報を受け取った時のストラウスの顔は、彼がこの世界では決して見せる事が無いほどに動揺したものだった。


話によれば仕事中に起きた爆弾テロで関係者を守るために、彼一人がその身を犠牲にしたと言うことだった。


命は取り留めたものの、それでもいつ容態が急変するかわからないと言う。


ストラウスは思う。


なぜだ、と。


祈りは通じない。願いは届かない。


あの男やその家族に幸せになって欲しいと願った。なのにこの仕打ちはあまりではないか。


それとも自分には祈り、願う資格すらないと言うのか。


ただあの子やその家族の幸せを望んだだけだというのに。


世界はあまりにも理不尽だ。これではあまりにも遣る瀬無さ過ぎる。


その時のストラウスはとても理性的ではいられなかった。気がつけば久遠を連れ、士郎が入院している海鳴市の総合病院へと足を運んでいた。


集中治療室のベッドの上で変わり果てた姿で眠っている士郎。あちこちに包帯を巻かれ、酸素呼吸で一命を取り留めている。


医者の話では生きているのが不思議なくらいらしい。


妻である桃子とも会った。彼女は気丈に振舞っているが、その心の内はずいぶんと動揺しているようだった。


また彼女は喫茶店の経営もあり、常に夫についているわけにはいかない。子供達も色々手伝ってくれているが、やはりそれでも手が足りないらしい。


だからこそ、ストラウスはこう切り出した。


「桃子、私にも手伝わせてもらいたい。こう見えても昔から色々こなしてきたんだ。少なくとも邪魔にはならないさ」


何かをしたかった。見ず知らずの誰かのためではなく、この家族のために。自分が出来る事で、この家族を助け支えたいと思った。


「えっ、でもストラウスさんも色々お忙しいんじゃ・・・・・・」


「心配は要らない。仕事と言ってもNPOがほとんどだ。後のことはすでに他の人間に任せれるように準備はしてきた。それに友人とその家族が大変な時だ。士郎が回復するまで、彼の穴を埋める手伝いくらいはさせて欲しい」


ストラウスはそう言って頭を下げる。頭を下げられた桃子は逆に恐縮してしまう。


「あ、頭を上げてください! こちらの方こそ、頭を下げさせてもらいたいくらいですし」


「では構わないかな?」


「はい。こちらこそよろしくお願いします」


こうしてストラウスは高町家を手伝う事になった。士郎の穴を埋めるために。


この頃、翠屋の経営はかなり軌道に乗りずいぶんと当初に比べれば忙しくなった。そのためマネージメントやら営業やらで大忙しで、桃子一人では到底手が回らなかった。


しかしこのローズレッド・ストラウス。かつて国を繁栄させた王であり、おおよそ出来ない事は何も無いと言われるほどの卓越した能力を有していた。


彼は文武の他に漫画にもその才能を発揮するチートな存在である。そんな彼が喫茶店一つの経営が出来ないはずが無い。


それどころか、一人で数人分の仕事をこなすと言う事も余裕で出来る。


つまりどうなったかと言うと、普通に翠屋を繁盛させつつ、桃子に時間を取らせ、さらには新メニューを生み出すと言う獅子奮迅の働きをした。


人手に関してもうまく優秀な人材を集め、経費の面に関しても余裕を持たせるようにしたため、桃子の負担は格段に少なくなった。


それにより、桃子は士郎のところに毎日通いつつも子供達に対しても時間を取れるようになった。


また以前士郎が息子である恭也や美由希に剣を教えていたと言う事から、彼ら―――特に恭也―――が無理に自分を鍛えようと必死になっていた。


ちらりと見たが、かなり無茶をしているのが見て取れた。あれではいつか身体を壊しかねないと危惧した彼は、恭也を指導する事にした。


本来ならこれは士郎の役目であり、自分が手を施すことではなかったが、あまりにも恭也の無茶な鍛錬は身体の出来上がっていない、また成長途中の身体には負担が大きすぎるとして即座にやめさせた。


その際に、自分も久々に剣を振るい恭也に自分の実力の一端を見せた。そのあまりにも卓越した剣に恭也自身、憧れと畏怖の念を抱いたと言うのはここだけの話だ。


また士郎に関しても、何もしなかったと言うわけではない。ストラウス自身、相手の傷を直すと言うことはあまりしたことは無い。


彼の周辺はほとんどヴァンパイアかダムピールしかおらず、彼らのほとんどは生命力や再生能力が高く、治療すると言う行為が必要でなかったからだ。


無論、魔力をそう言ったことに使えないわけでは無い。人間の気脈に魔力を流し、身体を活性化させることで生命力や治癒能力を高める方法が存在する。士郎に関してもこの方法を取っている。


彼自身、この時小説などに存在する傷を一瞬で治す魔法などがあればなと考えたりもした。


魔力による治療の成果は上々で、士郎は驚くべき速さで回復していた。入院から一週間で意識を取り戻し、経過も順調とのことだ。


それでもリハビリには長い時間をかけなければならないようだが、命の危険がなくなっただけでもよかった。


最後になのはの件だが、これは色々と苦労した。


一応曲がりなりにも娘を二人育てた事のあるストラウスではあるのだが、自分の娘の魂を持つなのはに対してどう接すれば良いのか困惑したりもした。


こちらは彼女の事を知っているが、向こうは名前でしか自分を知らないだろう。とにかく話をするしかない。


高町家にお邪魔すると、一人その少女はいた。恭也も美由希も学校がありまだ帰ってきていない。なのはは幼稚園に通っていたが、先に帰ってきていた。


「えっと、誰ですか?」


「やあ初めまして、なのは。私はローズレッド・ストラウス。君のお父さんの友人だよ」


にっこりと笑みを浮かべながら、なのはに挨拶をする。その手にはフルーツのバスケットが握られている。


「よかったら一緒に食べないか?」


残念な事に桃子はまだ仕事中だ。パティシエである桃子にしか出来ない仕事と言うのはかなりあり、まだ仕込が残っている状態で手が放せない。


ストラウスは先に仕事を一時切り上げられたので、桃子に頼まれたこともあり、先になのはが待つ家にやってきたのだ。


「・・・・・・・・お母さんと一緒がいい」


「そうか。じゃあ桃子が帰って来るまで待とうか。ああ、あともう一人紹介する子がいた。久遠」


「くぅ?」


ひょこっとストラウスの後ろから久遠が顔を出す。だが彼女は人見知りが激しいので、顔だけしか出そうとしない。


それどころかすぐにストラウスの後ろに隠れてしまう始末だ。


逆になのはは久遠に興味を引かれたのか、目を輝かせている。おいでおいで~と手招きしている。


「この子は久遠といって、私と一緒に暮らせいているんだ。なにぶん、人見知りが激しくて怖がりだからあまり怖がらせないで上げて欲しい」


「うん! じゃあ久遠ちゃんだからくーちゃんだね。くーちゃん・・・・・」


「くぅー」


何とか仲良くなろうと試みるなのはだが、やはり怖いのかストラウスの後ろに引っ込んでしまった。


その姿になのはは落ち込み、ストラウスは苦笑する。


「久遠、大丈夫だ。怖がらなくていい。おいで」


久遠を抱き上げるストラウス。そしてそのままなのはに近づける。


「ほら、なのは。頭を優しく撫でてあげるといい。久遠は私が抱いてやっていると安心してくれるから」


「う、うん・・・・・・」


ストラウスの言うとおり、久遠は安心しきっているようで、逃げようとはしない。ただ少しだけ、彼の腕に身体を深くうずめているが。


なのはは恐る恐る久遠の頭に手を伸ばし、ゆっくりと撫でてあげる。


「くぅん」


「か、可愛い・・・・・・」


「まだ時間はかかるかもしれないが、お互いに仲良くして欲しい。なのは、久遠は油揚げが好きだから。根気強くしていれば、久遠も心を開いてくれるさ」


「はい!」


嬉しそうに返事をするなのは。その笑顔を見るだけで、暖かい気持ちになれた。


自分の娘が無事生まれていたら、こんな風に笑っていたのだろうかとも考える。


こうしてストラウスの高町家での生活がスタートするのだった。


あとがき
どうも皆様お久しぶりです。
ええ、ついかっとなってやってしまった。なのはの映画見た影響で、このクロスを書いてしまった。
後悔はしていない。無印までは必ず完結させる。

なのはがストラウスの娘の生まれ変わり設定は色々思われるかもしれませんが、しばらくお付き合いください。

というよりもストラウスに幸せになってもらいたい。
この人、ホント不幸すぎるよ。なんにも悪い事して無いのに・・・・・。
と言うわけでしばらく原作前の話が続きます。




[16384] 第二話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/03/02 23:31


その人がやってきたのは突然でした。


高町なのははあの日の事を思い出す。


あの日はお父さんが入院してから少し経った日でした。突然、お父さんが事故にあって入院したとお母さんに聞きました。


病院に寝かていたお父さんには白い包帯がいっぱい巻かれていて、口にも何かつけていました。


お母さんからはお父さんは少し眠っているだけだからと言われました。


お父さんの傍に行きたかったけど、それはできないのとお母さんに言われました。


どうしてだろうと思ったけど、お兄ちゃんもお姉ちゃんもただ悲しそうな顔をして黙っているだけでした。


それからお母さんはお店のほうが忙しくって、中々家に帰って来てくれませんでした。


お兄ちゃんもお姉ちゃんも、お店の手伝いに行ってしまって家には私一人になってしまいました。


忙しくしているお母さんやお兄ちゃん達を手伝いたくて、何か出来る事は無いって聞いたけど、心配しなくても大丈夫だよって言われた。


私は自由に遊んでいればいいって言われた。


私は何でかわから無いけど、なんだか悲しくなってきた。自分もお母さんの役に立ちたいのに・・・・・・・。


一人の時間が増えた。寂しいと思ってお店のほうに行った。


外からお店の中を見ると、お母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんも忙しそうにしていました。


だから私は中に入らないで、そのまま家に戻りました。


誰もいない家。私は一人テレビをつける。


気がついたらいつの間にか眠っていた。起きたら外はもう暗かった。


台所を見るとご飯と手紙が置かれていた。


『寝ていたようなので置いておきます。先に食べていてください』


私は一人は嫌なのでみんなが帰って来るのを待っていました。


でもいつまで経ってもみんな帰って来ませんでした。気がついたらまた寝ていました。


お母さん達が帰って来たのは、私が寝てずいぶん経った後でした。


私はみんなとご飯を食べると、また眠ってしまいました。


朝起きると、もう家には誰もいません。いつもならお母さんかお父さんのどちらか、それにお兄ちゃんとお姉ちゃんもいるのに・・・・・・・。


また一人の時間が続きます。


そんな日が数日続いたある日、あの人はやってきました。


「やあ、初めましてなのは。私はローズレッド・ストラウス。君のお父さんの友人だよ」


それが私とストラウスさんとの最初の出会いでした。本当は私が赤ちゃんだった時、一度会っているそうなのですが、私は覚えていないのでこの時が私にとって最初の出会いでした。


ストラウスさんは果物のいっぱい載った籠を私に見せてくれました。


「よかったら一緒に食べないか?」


正直、その時果物が食べたかったのですが、一人で食べるのは嫌でした。


「・・・・・・・・お母さんと一緒がいい」


お父さんもお母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんも居なくて、私はとても寂しかった。だからこんなわがままを言ってしまいました。


「そうか。じゃあ桃子が帰って来るまで待とうか。ああ、あともう一人紹介する子がいた。久遠」


ストラウスさんの後ろから小さな黄色っぽい何かが見えました。


「くぅ?」


それは小さな狐さんでした。その子を見たとき、私は凄く興味を惹かれました。


でもその子はすぐにストラウスさんの後ろに隠れてしまいました。


私は何とか出てきて欲しくておいでおいでと声をかけたのですが、中々出てきてくれません。


「この子は久遠といって、私と一緒に暮らしているんだ。なにぶん、人見知りが激しくて怖がりだからあまり怖がらせないで上げて欲しい」


名前は久遠ちゃんって言うそうです。


「うん! じゃあ久遠ちゃんだからくーちゃんだね。くーちゃん・・・・・」


私はその子をくーちゃんと呼びました。私はくーちゃんと友達になりたかったんだと思う。


「くぅー」


でもくーちゃんは私が怖いのか、ストラウスさんの後ろに隠れてしまいました。その事が私にはとてもショックでした。


「久遠、大丈夫だ。怖がらなくていい。おいで」


ストラウスさんはくーちゃんを抱き上げると私のほうに近づけてくれました。


「ほら、なのは。頭を優しく撫でてあげるといい。久遠は私が抱いてやっていると安心してくれるから」


「う、うん・・・・・・」


私は恐る恐るくーちゃんの頭に手を近づけます。はっきり言って逃げられたどうしようとか、嫌がられたらどうしようとか考えていました。


でも私が手を近づけても逃げようとも嫌がろうとはしません。ストラウスさんに抱っこされているからなのかな?


私の手がくーちゃんの頭に触れました。私は出来るだけ優しくくーちゃんの頭を撫でました。


「くぅん」


「か、可愛い・・・・・・」


「まだ時間はかかるかもしれないが、お互いに仲良くして欲しい。なのは、久遠は油揚げが好きだから。根気強くしていれば、久遠も心を開いてくれるさ」


「はい!」


ストラウスさんの言葉に私は元気よく返事をしました。


この日から、私とくーちゃん、ストラウスさんとの暮らしが始まりました。


その日以来、お母さんも少しずつ早く帰ってきてくれて、お兄ちゃんもお姉ちゃんも家にいる時間が多くなりました。


それでも家に誰もいない時間も多かったけど、全然寂しくなかった。


家には新しい家族のくーちゃんが居てくれたから。


最初は私のことを怖がって、ぜんぜん近くに来てくれなかった。私が近寄ると、すぐに隠れてしまった。


そのことが少し悲しかったけど、私は諦めませんでした。


ストラウスさんからくーちゃんと仲良くなる方法を聞いて、毎日それを行いました。


まずは自分の名前を言って、次に相手の名前を呼ぶ。自分の名前は最初だけで良いらしく、くーちゃんにはちゃんと自己紹介しました。


あとはくーちゃんの名前を呼んで、おいしい食べ物をあげました。


くーちゃんは油揚げの他にも甘酒と大福が好きらしいです。


だから私はくーちゃんと仲良くなるために、くーちゃんが大好きな食べ物を用意して一緒に食べるように努力しました。


くーちゃんも段々と私に心を開いてくれたのか、少しずつだけど近くに寄って来てくれるようになりました。


「くーちゃん。おいでおいで・・・・・・」


「くぅん・・・・・・」


くーちゃんは恐る恐るだけど、私の手に乗っている油揚げをゆっくりと口に運びました。食べ終わった後、くーちゃんは私をじっと見てくれました。


私は思わず、くーちゃんの頭を撫でてしまいました。でもくーちゃんは逃げないでくれました。逆に私の手をぺろりと舐めてくれました。


「あはは、くすぐったい」


ついに、私はくーちゃんと仲良くなれました。私はこの日のことをきっと忘れないと思います。


そしてくーちゃんと一緒にやってきたストラウスさん。


この人もなんだか不思議な感じの人でした。一度しか会った事が無いはずなのに、どこか懐かしく暖かい感じがしました。


お日様みたいなぽかぽかな気分じゃなくて、お月様みたいに穏やかで優しい感じでした。


ストラウスさんはお父さんの代わりにお店を手伝ってくれているそうです。


そのおかげでお母さんが早く帰って来れるようになったと言うのを、お母さんから聞きました。


他にもお兄ちゃんやお姉ちゃんにも指導をしているそうです。私はまだ小さいからお父さんに習っていないけど、何でも昔から続く剣の修行だとか。


ストラウスさんは私にも色々なことを教えてくれました。勉強や私の知らない色々な事。それがとても面白くて、私は夢中でストラウスさんのお話を聞いていました。


それに一緒に遊んでもくれました。


お父さんの怪我もずいぶんと良くなっているらしくて、この間みんなでお父さんのところにお見舞いに行きました。


前に言った時とは違って、お父さんは起きていて私はいっぱいお話をしました。新しく友達になったくーちゃんの事や、ストラウスさんに教えてもらった事。


お父さんは笑顔で私の話を聞いてくれました。


今、私はとっても幸せです。








ストラウスは思い返す。あのなのはとの再びの出会いを。


二度とあの子に会うつもりは無かった。


あの子は士郎と桃子の娘。自分があの子を教え、導くのは間違いだと思っていた。


けれども自分はあの子に会い、この子を導きたいと思ってしまった。


再会した時のあの子の表情はとても悲しそうだった。あとで聞いた話だが、家族が皆忙しく、自分には何も出来なかったことが辛かったらしい。


また常に家族が近くにいたのに、一人の時間が増えたことで寂しかったらしい。


人間は孤独に耐えられない。こんな幼い少女ならなお更だ。


その姿はかつて最初に出会った時のレティシアを思い起こさせた。親を殺され、一人で生活していた彼女もストラウスにその心情を語った。


なのはには幸せになってもらいたい。笑っていてもらいたい。


だからこそ余計にお節介を焼いてしまうのかもしれない。


またストラウスはブリジットやレティシアを育てたことからもわかるように、誰かを教え導くと言う事にも人一倍長けていた。


ゆえになのはの場合も彼らのように、また彼等以上に心血を注ぎ手間隙かけて指導した。


同時に彼女に寂しさを埋めようと努力もした。


翠屋の経営と手助け。なのはを一人にしないように誰かを傍につけるように。


一番は桃子が傍にいられれば良かったのだが、彼女は翠屋のパティシエ。彼女が抜けられる時間を多く作るのは、さすがに難しかった。


桃子が無理ならば恭也と美由希だが、こちらも学校やら鍛錬もあり、あまり無理に言えない。特に鍛錬の方は一日休めば取り戻すのに数日かかることもある。


だが幸いな事にストラウスには数年間一緒に生活をした久遠が居た。久遠は人見知りが激しかったが、なのはに大してはそれが若干ではあるが薄かった。


無論、仲良くなるには時間はかかるだろうがなのはの方も久遠と仲良くなりたいようで、頑張ると言ってくれた。


最初の方は仲良くなれずに苦労したようだが、さすがは士郎と桃子の娘であり、ストラウスとステラの娘の生まれ変わりである。


根気強く粘り続け、ついに餌付けを成功させ久遠と仲良くなる事に成功した。


「ストラウスさん! くーちゃんと仲良くなったよ!」


「くぅん♪」


久遠を抱きかかえ、嬉しそうにストラウスに報告に来るなのは。久遠の方も嬉しそうな声を上げる。


「よかったな、なのは、久遠」


ストラウスも二人が仲良くなった事が嬉しかったので、思わず二人の頭を撫でる。


「えへへ」


「くぅん~」


二人の笑顔にストラウスは顔を綻ばせる。


「ストラウスさんてなんだかお父さんみたい」


「えっ?」


突然のなのはの言葉に思わず困惑した。


「どうしてそう思うんだい?」


「だって私のお父さんも私が頑張ったら褒めてくれるの。それになんだかよく分からないけど、ストラウスさんと一緒にいてるとなんだか安心できるから」


屈託無い笑顔で言うなのはの姿に、ストラウスはどこか今は亡きステラの面影を見た。


ああ、ステラはいつも、どんな時でもどれだけ辛くても笑っていたなと思い出す。


今でも鮮明に覚えている。彼女の笑顔を。もう二度と見ることが出来なくなったあの笑顔を・・・・・・・。


「どうしたの? どこか痛いの?」


「くぅ?」


知らずに辛そうな顔をしていたらしい。なのはと久遠が心配そうに自分を見ている。


「ああ、なんでもないさ、なのは、久遠。どこも痛くないから心配しないで欲しい」


「良かった! あのね、私もくーちゃんもストラウスさんには笑ってて欲しいの」


「くぅん!」


「それはまたなぜ?」


「だって私もくーちゃんも笑ってるストラウスさんが好きだから!」


「くぅん♪」


二人の言葉にまた心がざわめく。


「えっと・・・・・・・こんな時なんて言うんだっけ?」


なのはは首をかしげ、何かを考えている。考えていると言うよりも何かを思い出そうとしてうーんうーんと唸っている。


久遠も釣られているのか、首をかしげくーんくーんと声を上げる。


「あっ、そうだ! 確かこう言うんだ! えっと、ストラウスさんにどうか月の恩寵がありますように!」


「くぅん!」


どうか月の恩寵がありますように。


ああっ、とストラウスはその言葉をかみ締める。懐かしく、心地いい言葉。夜の国に伝わる相手の幸福を祈り、願う言葉。


まるでステラに初めて、その言葉を言ってもらった時に戻ったかのような錯覚さえ感じた。


「あれ? 私っていつこの言葉を聞いたんだっけ? 覚えて無いのになんだか懐かしいい・・・・・」


なのは自身、この言葉をいつ聞いたのか、なぜ覚えているのかわからなかった。しかしどうにも頭から離れずに覚えていた。


この言葉はなのはが生まれた頃、ストラウスが彼女と士郎や桃子に言った言葉であった。


普通ならそんな言葉を赤ん坊のなのはが覚えているはずが無い。


だがなのはにはその言葉が何よりも心地よく、暖かく、懐かしく感じた。


前世からの繋がり。ブラックスワンであった時に、かつての母であったステラから言われた言葉。


なのはの魂の奥底にはその言葉が刻まれていたのだ。


不意になのはの身体を大きな腕が抱きしめた。言うまでも無くストラウスである。


彼は慈しむようになのはを抱きしめ、小さくこう漏らす。


「私の可愛い娘(マイ・リトルレディ)」と。


ストラウスにとって、なのはは大切な娘となる。何よりもかけがえなく、何よりも大切な至高の宝石のように。







ストラウスが高町家にやってきてから、早くも数ヶ月が経過した。


この頃には彼もすっかり高町家の一員として溶け込み、寝食を共にしていた。久遠も高町家にすっかり慣れ、家族の一員として暮らしいる。


彼にとって、それは夢のような生活だっただろう。


かつて失った幸せで満ち足りた時間。


ブリジットと暮らした日々、ステラと共に在った日々・・・・・・・・。


彼が欲した平和で平穏な日々。


だがそれももうすぐ終わりだろう。


この家の家長である士郎はもうすぐリハビリを終え退院してくる。


自分はもうこの家には必要なくなる。翠屋の経営の方ももう落ち着いている。すでに自分がいなくなっても大丈夫なようになっている。


久遠に関してだが、魔力で霊力を封印し暴走しないように対処している。自分が死んだり、外部から強引に手を加えない限りは久遠の霊力が暴走する事は無い。


高町家にも受け入れられ、久遠自身もこの場所を気に入っている。霊力の暴走の心配さえなければ、高町家に置いて行くのが久遠のためでもある。


士郎が帰って来るのならば、自分がここにいる必要は無い。士郎にもきちんと話はしている。


元々、士郎が居ない穴を埋めるためだけにここには来たのだ。用が済めば自分がここにいる理由は無い。


また自分がここにいることで無用な争いが起こらないとは限らない。


過ぎたる力を持つ存在は平穏を望むわけにはいかない。


恭也や美由希、なのはにもまだまだ教え足りないことはあるが、あとは士郎がそれを引き継いでくれるだろう。


あの子達は士郎の子供達なのだから、自分が必要以上に育てる必要は無いし、してはいけない。それは士郎の役目であり、士郎もそれを望んでいるだろう。


士郎ならばあの子達をきちんと導き、伸ばしていくだろう。あの子達には才能がある。


なのはの霊力と魔力は若干心配だが、普通に生活している分には何の問題も無い。


彼女自身、その力に気がついていないし、念のために自分の魔力で暴走しないように抑え付けた。


いくら大きな魔力でも自覚無く、また開放も覚醒もしていない状態ならば十分抑えられる。


だから自分はここから消える。自分はただどこかでこの家族の幸せを祈り、願っているだけでいい。


ストラウスは高町家の面々が寝静まったのを見計らい、外に出る。


空を見上げると、今日は満月のようで月が綺麗だ。夜空には雲も無く、月の光がよりいっそう美しく見える。


一度だけ振り返り、今日まで住んでいた高町家を見る。この景色を、思い出を忘れないように・・・・・・・。


一瞬だけ、ストラウスは悲しみの表情を浮かべる。心が締め付けられるような気がした。


でも仕方が無い。これが一番良い選択なんだと自分を納得させる。


かつてと同じように理性で感情をコントロールする。


それが出来てしまうだけに、ストラウスは自分自身を心の無い機械か何かではないかと思えてしまう。


いや、自分は満足している。


本来ならブラックスワンとの戦いで死んだはずだ。それが生きて、生まれ変わりとは言え、自分の娘の魂を持つ少女と共に暮らせたのだ。


暖かく優しい気持ちをもらった。平穏で幸せな時間を過ごさせてもらった。


これ以上何を望むべきか。


もし神様がいるのなら感謝しよう。罪深き自分に少しの間とは言え再び心安らかな時間を与えてくれた事を。


でもそれも今日で終わりだ。


「ありがとう。そしてさようなら。皆にいと高き月の恩寵があるように・・・・・・・」


ストラウスは最後の言葉を述べると、空へと飛び立つために羽を広げようとした。


「さすがにその別れ方は無いんじゃないかな、ストラウス?」


だがそれを遮る声がした。声の方を見ると、そこにはまだ入院しているはずの高町士郎が立っていた。


「士郎・・・・・・。こんなところで何をしているんだ?」


「ああ、病院を抜け出してきた。どうにも嫌な予感がしたんで」


そう言いながら苦笑する士郎。俺の勘も捨てたもんじゃないと言っている。


「あとさっきのは俺の台詞だろ、ストラウス? そっちこそこんな時間にこんなところで何をしていたんだ。言っとくけど月を見てたとか、月夜の散歩に行くとか言うのは無しだ」


ゆっくりと士郎はストラウスへと近づいてくる。


「このまま黙っていなくなるつもりだったのか?」


真剣な眼差しで士郎はストラウスを見る。ストラウスも真っ直ぐに士郎を見る。


「黙ってではないな。一応置手紙は残している。みんなとお前の分の」


彼の言うとおり、高町家の台所の机の上にはそれぞれに宛てた手紙が人数分置かれている。


「・・・・・・・・どうして出て行こう何て考えたんだ」


「・・・・・・・・私はここにいるべきではない。私がいれば皆を不幸にしてしまうかもしれない。それにすでに翠屋の経営は安定した。人材も揃えている。恭也を始め子供達には出来る限りの事も教えた。あとはお前が指導すればあの子達は十分に伸びる」


「だから自分はもう必要ない、と?」


「ああ。私は以前にお前に言ったはずだ。最愛の者を傍に置けば、いつ血風と鉄刃がその者達に襲い掛かるかもしれない。醜い争いを見せるかもしれない、と。私が進む道は安寧なき修羅の道。お前とは違って、もう引き返せない」


ストラウスにはすべてを統べる才とすべてを破壊する力がある。


ゆえに人並みの幸せを送る事は出来ない。望む事は出来ない。求める事はできない。決して手に入れることは出来ない。


かつてのセイバーハーゲンの言葉が蘇る。


ステラを傍に置きたかったのは、手放したくなかったのはただの私欲。浅ましい執念。


だからステラを殺した。彼女を殺したのは、黒鳥につないだのは自分なのだ。


「私には人並みの幸せを送る資格は無い。私は人並みの幸せを望んではいけないんだ」


笑いながら、ストラウスは語る。その笑顔がとてつもなく悲しい笑顔であった。


「お前にもこれ以上迷惑をかけることもない。またお前の居場所を奪うつもりも無い。ただ久遠のことだけは頼みたい」


あの子はもう一人ではない。なのはと言う友達もいる。桃子や恭也、美由希や士郎と言った家族も居る。もう寂しい思いをする事も無い。


「ストラウス・・・・・・」


士郎はゆっくりとストラウスに近づく。そして・・・・・・。


「歯ぁ食いしばれ、この大馬鹿野郎!」


思いっきり、全力でストラウスの顔を殴り飛ばした。


「なっ!?」


いきなりの事にストラウスも驚愕した。さらに自分が何の反応も出来ずに殴られた事にも驚きを隠せなかった。


「神速使って何とか顔面に一発入れてやったぜ」


得意げに士郎は笑う。彼自身、こうも鮮やかに自分のパンチが彼の顔に入るとは思っていなかった。


「いつものお前なら、いくら神速を使っていても今の俺のパンチを簡単に避けられるはずだ。いや、万全の状態でも避けれるはずだ。なのになんでお前は避けられなかった?」


ストラウス自身、それはわかっている。わかっているが、その考えを必死に否定する。


「お前らしくも無い。何でそんなに辛そうな顔をするんだ。何でそんなに相手の事ばっかり考えるんだ。お前こそくそ真面目でお人よし過ぎるだろ」


士郎は怒っていた。目の前の男はどうしてこう他人の事ばかり考えるのか。


桃子や恭也、美由希やなのはから家やストラウスの事は聞いていた。彼のおかげで、翠屋は危機的状況を乗り越えることが出来た。


桃子は士郎やなのはの相手をする時間が増えたのにも関わらず、仕事は少しだけ楽になったと言っていた。


恭也や美由希の鍛錬も指導し、無茶をして身体を壊すような事もやめさせてくれた。美由希など恭也が無茶をやめてくれて大変喜んでくれていた。


なのはも新しく友達が出来たと喜び、色々なことを教えてくれるストラウスをもう一人のお父さんと嬉しそうに言っていた。


そのことに嫉妬しないでもなかった。だがストラウスの事を責められるはずが無い。自分が不甲斐ないばかりに家族に迷惑をかけ、彼はその尻拭いをしてくれたのだ。


感謝こそすれ、怒る理由はどこにも無い。


だからこそ、こんな風に自分勝手にいなくなろうとするストラウスが許せなかった。


この男は高町家にどれほど必要とされているのか分かっていない。いや、わかった上での行動かもしれないが、その場合はもっと悪い。


だから今までの鬱憤も込めて一発殴ってやった。これは父として、男としてのプライドを傷つけられたからの行動では決して無い。・・・・・・・たぶん。


「だが私がいれば・・・・・・」


「それは聞き飽きた! それに俺がお前に迷惑をかけられた? 逆だろ、ストラウス。俺がお前に迷惑をかけたんだ。お前が俺に文句を言うならともかく、謝るってのはどういうことだ」


腹立たしかった。他人の家族の幸せを願っていて、自分自身の幸せを望もうとしないストラウスが。どうしてこいつはこんなにも悲しい顔で笑うのか。


思わずストラウスの胸倉を掴む。


「一人で抱え込むなよ。一人で居ようとするなよ。一人で勝手に完結するなよ。そんなんじゃ、俺はお前に感謝できないだろう」


多分悔しかったんだと思う。自分に無いものをいっぱい持っていて、自分に出来ない事を簡単にこなすローズレッド・ストラウスと己を比べて。


けどそれ以上に、こいつは多くの物を背負ってて、それで居て誰かに預けようとせず自分ひとりで抱え込んで乗り越えようとする。乗り切っていってしまう。


大した男だと思う。でも同時に放っておけないとも思った。


こいつは自分の道は自分で切り開く。それに何かを生み出す事も人の役に立つ事もできるだろう。


こいつは自分ひとりで大抵の事をこなし、やり遂げてしまう。でもだからこそ、士郎は思ったのだ。


ああ、こいつの役に立ちたいと。守ってやりたいと。


「もしお前やお前の大切な奴らに、血風と鉄刃や醜い争いが襲い掛かっても、俺が守ってやる」


士郎はストラウスの胸倉から手を離し、言い放つ。


「お前の大切な連中は俺が守る。それが俺の家族だって言うんだったら、なお更だ」


「・・・・・・・・士郎。お前は自分が何を言っているのか分かっているのか? お前は自分の家族を、愛する者を進んで危険に近づけようとしているんだぞ?」


「そんなこと俺がさせない。絶対に守り抜くさ」


「また今回と同じような事になるかも知れない。いや、それ以上の悲劇を生むかもしれないぞ? それでもいいのか?」


「ならないし、させない」


きっぱりと士郎は言うが、それで納得するストラウスではない。


「無理だな。どれだけの力があろうともそんな事は不可能だ」


「はぁ、頭が良すぎるってのは考え物だな。何でそんなに悪いほうにばっかりに考えるんだ」


「・・・・・・・・経験談からだ。最悪とは自分が考えている予想のさらに上を行く。私は幾度も経験してきた」


「だからまたそうならないようにか?」


「ああ。これが一番いい方法なんだ。だから・・・・・」


「じゃあお前が出て行って悲しむ奴はどうするんだ?」


その言葉にはっと後ろを見ると、いつの間にか寝ていたはずの皆がいた。


なのはも久遠を抱きかかえ、悲しそうな顔をしている。


「ストラウスさん、どっか行っちゃうの?」


「くぅん・・・・・・・」


今にも泣き出しそうな顔でなのはと久遠がストラウスを見る。


「嫌だよ。せっかく仲良くなったのに。どっかいっちゃうなんて・・・・・・・」


ついには耐え切れなくなったのか、泣き出してしまう。桃子はそんななのはを慰めるため、優しく抱きしめる。


「ストラウスさん。あなたは私達を色々と助けてくれました。今度は私達があなたを助けさせてください」


「桃子・・・・・・」


「俺もストラウスにはまだ色々と教えて欲しい。いつか、父さんやあなたの剣に追いつきたい」


「恭也・・・・・」


「私もストラウスさんとはもっとお話がしたいです。勉強とかもわかりやすかったし・・・・・」


「美由希・・・・・・」


「なのはとくーちゃんも同じだよ。ずっとストラウスさんと一緒にいたい」


「くぅん」


「なのは、久遠・・・・・」


全員がストラウスを必要としている。ストラウスに返しきれない恩がある。最後に士郎を見る。彼は苦笑いを浮かべている。


「正直、俺の立場がないんだよ。このまま俺がお前に何の借りも恩も返せずに居なくなられると。だからさ、俺がお前に恩を返しきれるまでしばらくここにいてくれないか?」


すっとストラウスに右手を差し出す。


「・・・・・・・・私はお前達に多くの迷惑をかけるかもしれない」


「大丈夫ですよ、そんなの。私たちもずいぶん迷惑をかけましたし」


桃子は笑って言う。


「・・・・・・・お前達を危険にさらすかもしれない」


「その時は俺や美由希、父さんが全力でみんなを守る」


「うん。私や恭ちゃんやとうさんでみんなを守ります」


「ああ、だから安心してくれ」


恭也、美由希、士郎が答える。


「・・・・・・・私は」


「ストラウスさんはなのは達と一緒にいたくないんですか?」


「くぅん!」


なのはと久遠がどこか怒った風に言う。


違う。一緒に居たくない訳ではない。むしろずっとこの家族と共にいたい。なのは達の成長を見守っていたい。


ステラ、私はここにいてもいいんだろうか?


今は亡き妻に問いかける。


失うのは怖い。この幸せを壊してしまうのが恐ろしい。自分はここから消えるべきだ。理性がそう囁く。


でも・・・・・・。


――――ダメですよ、そんなんじゃ――――


不意に声がしたような気がした。


(えっ?)


月明かりに照らされる中で、なのはの後ろにぼんやりと浮かぶ何かが存在する。


(ス、テラ・・・・・?)


――――そんなんじゃ、いつまで経っても幸せになりませんよ――――


ぷんぷんと彼女は怒っていた。


――――言ったじゃないですか。いつもストラウスの幸せを願ってるって――――


だからと、彼女は言う。


――――あなたにずっと月の恩寵がありますように――――


それは一瞬の幻。ストラウスの心が見せた幻覚だったのかもしれない。


けどストラウスには確かにそこにステラがいたような気がした。


涙が流れる。この家族もステラも皆自分を気遣ってくれる。


こんな罪深い存在を必要としてくれている。


王としてではなく、一人のローズレッド・ストラウスとして。


だからストラウスは士郎の手を取った。


それはもしかしたら悲劇を招くかもしれない。千年前と同じ悲しみを味わうかもしれない。


生きていれば良いことばかりではない。楽しい事ばかりではない。それをうまく工夫するのが人間の知恵。


かつてステラがアーデルハイトに語った言葉である。


だから自分は守ろう。この家族を。失わないように。すべてを以って。


国や臣民を守るとかつて誓った以上に、他の何ものにも代えて。


「皆、すまない。そして・・・・・・ありがとう」


ストラウスは心の底から、彼らに感謝を述べる。


そして願う。月の恩寵があらんことを・・・・・・・。









あとがき

十字界、そしてストラウス好きの人が予想以上に多くてびっくり!

と言うか感想、多っ!?

これ一瞬見たとき荒れてるって思ったけど、そんな事は無かった。

でもプレッシャーです。

自分ごときにあのストラウスを書ききれるのか。皆様が言われているとおり、この人ほんと最強系オリ主も真っ青な能力ですからね(汗

なんとかバランスを保ちながら、彼となのは達の物語を進めていきます。

今回感想を頂いた皆様ありがとうございます。この場を借りて感謝を述べさせていただきます。

最後にストラウス×ステラは鉄板!




[16384] 第三話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/03/02 23:28


高町家での生活もあれから二年ほど経った。

なのはは幼稚園を卒業し小学校に上がったし、恭也や美由希も進学していく。

人間の成長は早い。ヴァンパイアやダムピールと違い、彼らの寿命は自分達の何十分、あるいは百分の一程度しかない。

ゆえに悠久の時を生きる自分には本当に儚く、一瞬の夢のようにも思える。

しかし彼らの成長を眺めているのは本当に楽しい。

娘は育てた事はあったが、息子を育てた事はストラウスには無い。恭也の成長を見守り、指導していくのも実に楽しかった。

恭也は自分には美由希ほどの才能が無いと嘆いているようだったが、ストラウスから見れば彼も十分才能がある。さらには努力も重ねている。いずれは一角の剣士として名をはせる事も可能だろうと思う。

また美由希も同じだ。彼女は恭也を上回る才能とセンスを有している。こちらも育て方次第でどうにでも変わる。まさに宝石の原石だ。

そして士郎。彼はある程度完成した剣士であるにも関わらず、まだまだ成長を続けている。

惜しいかな、彼は人間であり、寿命も短い。もし彼の寿命がダムピールほどあれば、あと千年、いや、数百年も腕を磨けば自分にも匹敵できるだろうに。

(あまりにも惜しいな。いや、人間であるなら十分か)

最近はこの高町家は少し異常だなと感じてきたりもする。桃子も士郎も全然老けない。

とても十代半ばの子供が居るようには見えない。士郎の肉体も若々しく、衰えを見せない。

彼らはひょっとしてヴァンパイアの遺伝子でも持っているのだろうか。

そう考えればなのはに自分の娘が転生したと言うのも納得がいく。

この世界でも若干ではあるが、吸血鬼の末裔と言うべき者が存在する。

吸血種、別名は夜の一族。

ストラウスがこの世界に来てから調べ上げた事だ。

西ヨーロッパで発祥した、古くから続く存在。

夜の一族とは遺伝子障害の定着種というのが定説らしい。

彼らは異常な跳躍力や、鋭い聴覚視覚、並はずれた再生回復能力などの高性能な肉体を持っている。さらに子供が出来にくいという。

ここは自分達と同じだが、決定的に違う点が存在する。

それは自分達は吸血を必要としないのに対して、夜の一族は体内で生成される栄養価、とくに鉄分のバランスが悪いため、完全栄養食である血を欲すると言う点。

夜の一族とは太古から少数存在している。今ではかなり血も薄まっているらしいが、直系に近い血の濃い家系も存在するらしい。

彼らの情報は秘匿され、ルーツが探れないように巧妙に隠されていた。

ストラウスがその気になれば彼らを探し出す事も可能だったが、そこまではする必要は無いと判断した。

この世界で自分が彼らに対して出来る事は無い。

自分が王として彼らの上に立つ必要は無く、また立ってはいけない。

自分は彼らにとって異分子である。突然現れた存在を彼らは受け入れないだろう。

王として祭り上げたりはしない。仮に祭り上げようとする者達は自分の力を利用しようと考える者だろう。

今彼らは人間社会に溶け込み、調和の取れた生活を行っている。

自分と言う存在はその調和を乱す。過ぎた力は争いしか呼ばない。

ゆえに彼らに接触するべきではないし、自分と言う存在を極力隠さなければならない。

「おっと、もうこんな時間か・・・・・・」

考え事をしながら、ふと時計を見るとすでに三時を回っている。そろそろなのはが帰って来る時間だ。

今ストラウスは高町家に戻っている。翠屋の方は士郎と桃子がいるし、今のところ自分はする事が無い。

すべき仕事は午前中にすべて終わらせたし、お昼のピーク時間も過ぎている。それにストラウスにはここからさらに別にする仕事があるのだ。

「ただいまー!」

と、タイミングよくなのはが帰って来た。元気のいい声が聞こえてくる。

「お邪魔しまーす」

「お邪魔します」

そしてその後になのはとは別の声が二つ聞こえてくる。

「ただいま、くーちゃん!」

「くーん!」

リビングに入ってきたなのはの姿を確認すると、久遠は一目散に彼女の元へと駆ける。

学校に言っている間は久遠は基本暇である。一人で街や山の散歩をしたり、翠屋の前や高町家で昼寝していることが多い。

それでもなのはが学校から帰って来る時間はいつも家に居て、彼女の帰りを待っているのだ。

「お帰り、なのは。それにいらっしゃい、アリサ、すずか」

「お邪魔します、ストラウスさん」

「今日もお願いね、ストラウス」

ぺこりとお辞儀をする少女、月村すずかとどこか態度の大きい少女、アリサ・バニングス。

この二人はなのはの友人で現在、彼女と同じ私立聖祥付属小学校に通っている。

「ああ。それよりもまずはお茶にしようか」

ストラウスは三人にキッチンのテーブルに座るように促すと、彼女達のために用意していたお茶とお菓子を用意する。

その間、三人は久遠の相手をしながらたわいも無い雑談をしている。

彼女達三人がこの高町家にやってきているのは、ただ遊びに来ているわけではない。

何をしにきているのかと言うと、勉強をしにきているのだ。

本来、アリサとすずかは塾に通うはずだった。と言うよりも元々通っていた。

なのだが、学校のテストでなのはが理数系は満点で、文系は若干劣るものの満点に近い点数を常に出していた。

このことを不思議に思ったアリサが、なのははどこの塾で勉強しているのか聞いたのがきっかけだ。

「えっ? 私は別に塾には通ってなくて、家の人に教えてもらってるだけだよ」

そうなのである。なのはの学校での勉強以外は基本家でストラウスが教えていたのだ。

当初、なのはを塾に通わそうと士郎と桃子は考えていた。

しかしストラウスがワザワザ塾にお金を払って通わす必要は無い。自分が教えると言い出した。

彼としてみれば、なのはを自分の手で育てたいと言う願望が生まれ始めたゆえだった。

付け加えると、下手な講師が教えるよりもストラウスが指導した方が何倍も効率が良いというのも原因だ。

ローズレッド・ストラウスと言う人物は、何度も言うが異常なほど多才である。およそこのヴァンパイアに出来ない事は無い。

小学生の勉強どころか、中学、高校、大学の内容でさえ片手間で教えられる。

教養もあり、知的レベルで楽に宇宙飛行士資格を超えると言わしめるほどである。

そんな人間と一般的な塾講師が物を教えるのであれば、どちらに教えてもらいたいか、またはどちらの方が教えるのがうまいのかは比べるまでも無い。

無論、知識があっても指導者として劣る人間など山ほど居るが、ストラウスはそれに当てはまらない。

結果として、なのはの成績は学年で五指入るほどである。しかも勉強の時間はアリサに比べれば三分の二程度。

これにはさすがにアリサも驚き、一度その人に会わせて欲しいとなのはに詰め寄った。

なのはも別に構わないと思い、ストラウスにも許可をもらい、アリサを家に招いた。この時、もう一人の友達であるすずかも一緒に招いた。

アリサはストラウスに会うとすぐに色々な質問を彼に向けた。

勉強や色々な雑学。自分が知っている内容を相手に質問し、答えられるかチェックしたのだ。

まだ小学一年生程度の少女ならば、こう言う意地っ張りで自分が優秀で何でも知っているのを自慢したがるものだ。

ストラウスもそれを理解したうえで、彼女に対して丁寧に答えていく。

アリサはまだ幼いが決して馬鹿ではない。さらに勉強も中学生どころか高校生程度の事も出来るほどに優秀だった。

しかし高々六歳、七歳程度の少女が千年以上を生き、バベルの図書館並みの知識と教養を頭に納めているような存在に対抗できるはずなど無い。

ストラウスは優しく諭していたのだが、アリサにしてみれば完膚なきまでに打ちのめされたようなものであった。

「そう気を落とす必要は無いさ。お前はまだ幼く発展途上。その年でそれだけの知識を有しているだけでも大したものだ。だから焦らずにじっくりと学んでいけば良い」

ストラウスは優しく諭すが、プライドを完膚なきまで壊されたアリサはそんなことお構い無しに癇癪を起こした。

最終的に自分に勉強を教えなさいと言う事に落ち着いたのだが、そこに至るまでストラウスはそれなりに苦労したりもした。

そしてなのはとアリサの二人が勉強を教えて、すずか一人が仲間はずれにするのは可哀想だと結局三人一緒にストラウスが勉強を教える事になった。

「さて、三人とも。今日は昨日までの復習をしようか。基礎は疎かには出来ないからな」

「「「はーい」」」

三人ともストラウスの言葉に素直に従ってくれる。さらに彼女達は実に優秀だ。なのはは少し文系は苦手で今でも苦労しているが、それでも中々だ。

すずかは若干二人に劣るが、それでも一般よりも高い部類なのは間違いない。

アリサは勉強に関してはなのはより上だ。彼女は今の勉強では物足りないと、さらにレベルの高い内容を要求してくる。

まるでブリジットのようだと錯覚させられた。あの子も非情に優秀であった。自分が教えた事をすぐに理解して、応用させていった。

アリサも同じだ。だからストラウスも出来る限り彼女の期待に応えるべく、さらにレベルの高い内容をアリサに指導していく。

ストラウスも調子に乗りすぎて、大学の論文レベルの内容を講義したのは、やりすぎたと反省していたりもする。

「ふへぇーん。全然アリサちゃんについて行けないよ」

「そ、そうだね。私も全然わからないよ」

なのはとすずかは二人のレベルの高い内容に全然ついていけずに、置いてきぼりを食らったような感じだ。

「なのはもすずかもそう悲観する事はない。二人とも十分に優秀だよ。ただアリサはそれに輪をかけて優秀なだけだ」

「ふっふーん。当然!」

自分が優秀と褒められて嬉しいのか、アリサは上機嫌になる。

「だがアリサはそのすぐ調子に乗るところが玉に傷だな。そこさえ直せば、お前はもっと伸びる」

まったくと、ストラウスは考える。

優秀なのも考え物ではあるが、自分が指導ししっかりと矯正していけば問題ないと判断する。

この子達は本当に優秀だ。優秀すぎると言っても良い。

この年でこれだけの事を覚え、理解できているの。このまま成長すればどれほどの人物として名を馳せるかわからない。

この子達は本当に自分を驚かせてくれる。教師冥利に尽きると言うものだ。

スポンジが水を吸い込むように、彼女達はどんどんと知識を吸収している。

ここからさらに多くの物を見、多くの人に出会い、多くの知識を詰め込んでいけば彼女達はいずれ、一角の人間として名を馳せる事だろう。

ストラウスはそんな未来を想像し、優しい笑みを浮かべる。

「では復習が終わったら、次はこの間から言っていたテストだ。一応全国もしレベルの難易度だから、三人とも頑張るように。もちろん良い出来だったらご褒美も出るぞ」

わーいとはしゃぐなのはに、負けないわよと言い放つアリサ。そしてそんな二人を見守るすずか。この子達は本当に良い友達だと思う。

この子達とのこの関係がずっと続けば良い。ストラウスはそう願った。





「ただいま」

「お邪魔しまーす」

「ああ、お帰り、恭也。いらっしゃい、忍」

ストラウスが家で家事をしていると、今日は長男とその友人がなのは達よりも先に帰って来た。

なのは達は今日はアリサの家に遊びに行っている。勉強も本日はお休み。

子供はきっちりと遊ぶ時間を作るべきだと、ストラウスがスケジュールを組んだのだ。

恭也が連れて来た女性は月村忍。恭也のクラスメイトで、なのはの友人の月村すずかの姉でもある。

何でもふとしたことがきっかけで話をするようになり、妹達が仲がいい事も相まってよき友人同士の関係になったそうだ。

現在では友達以上、恋人未満の関係だとか。もうすぐ恋人になりそうな雰囲気もあり、士郎や桃子は楽しみにしている。

特に桃子などは、

「ああ、これでもうすぐ孫が抱けるわ」

なんて言ってるくらいだ。

恭也は容姿も整っており、スポーツは出来るし勉強もストラウスが教えているのでそこそこ出来るので、それなりにモテそうなものだが、本人にその気が無いため恋人は一切出来ていなかった。

しかし忍嬢の登場で、ついに恭也にも春が来たか! と高町家では最近の話の肴にされている。

ここ数ヶ月でよく高町家を訪れ、高町家の面々ともずいぶんと親しくなった。

「どうもお邪魔します、ストラウスさん」

「ああ、よく来たな。お茶とお菓子は用意してあるから、持っていくといい。恭也、私はまたしばらくしたら翠屋に行くから、あとは頼む」

「了解。こっちの事は俺に任せてくれ」

頼もしい返事をする恭也。未だに息子を育てた事が無いストラウスだったが、恭也は自分の最初の息子で弟子に当たるかもしれない。剣の腕もずいぶん上達し、士郎にも追いつくほどだ。士郎も実に鼻が高いだろう。

ただ士郎は士郎でそんな息子の成長に喜んでいるが、逆にまだまだ負けたくないと鍛錬し、さらに強くなっている。

お前は本当にどこまで強くなるんだと、ストラウスも驚きを隠せないでいた。

「では二人とも行ってくる。忍、恭也を頼むぞ」

「はい。任せてください」

にっこりと笑顔で答える忍に恭也は若干苦笑しているが、概ね平和な関係だ。

外に出ると、ゆっくりとだが日も傾いている。夕暮れに染まる街の景色を楽しみながら、道を歩くご近所さんに挨拶をしながらゆっくりと翠屋に向かって歩いていく。

「・・・・・・・・・」

だがここ最近、妙な気配を感じる。魔力で周辺を探ってみると、怪しそうな黒服の男達が車に乗っていた。

ナンバーやその車に乗っている人間はすべて記憶しているし、行動も随時チェックしている。下手な行動に出れば即座にこちらも動く算段をしている。

しかし相手の目的やらつながりなどわからない事が多い。彼らを不審者として排除するのは容易いが、それで状況をさらに悪くするのも困る。

物事は単純ではない。良かれと思ってした行動が、結果として悪い結果を生み出すと言う事はよくあることだ。

さらに向こうが何らかの組織で、今居るのが末端構成員だった場合、その組織が大掛かりに動かないとも限らない。真っ直ぐな武力のみで守れる物など高が知れている。

だからこそ、今は情報を集める。いかなる状況にも対処できるようにする。

自分の大切な物を守るために・・・・・・・。





それから数日が経過した。

あれから一度だけ、彼らは行動を起こした。

恭也の友人である忍を誘拐しようとしたのだ。幸い、近くに恭也がいたので大事にはいたらなった。相手は逃走し、車も盗難車だったようだ。

恭也から話を聞いてみるよ、忍は以前にもひき逃げの被害にあった事があるらしい。

「だから今日から俺が月村のボディガードにつこうと思う」

恭也は家族が全員揃っている前でそう言った。

「・・・・・・・わかった。だが無茶はするなよ。お前は強いって言っても、まだまだ圧倒的に経験が足りてない。経験不足はそれだけでリスクを跳ね上げる」

「わかってるよ、父さん。俺も無茶をするつもりは無い」

「まあわかっているなら良い。俺も出来る限りは協力する」

士郎も全面的に協力するつもりだ。翠屋の事もあるが、以前のように遠くに行く必要もなく、今はストラウスも居るので多少離れる程度なら大丈夫だ。

「私もだ、恭也。とりあえず、彼女の身内も標的にされかねない」

ストラウスも全面的に協力を申し出る。自分の落ち度だ。まさか以前にも事を及んでいたとは。

しかしこれはストラウスが悪いわけではない。彼は神にも匹敵する能力を有していても、決して神ではない。全知全能でも万能でもない。

だから知り合って間もない一人の少女の行動をすべて把握していなくてもそれはそれで仕方が無い。

と言うよりもそんな事をすればプライバシー云々でアウトだろうが。

だが状況が状況だ。今はそんな事を言っていられない。プライバシーに配慮した上で、彼女らの周辺に気を配ろう。

自分は誓ったのだ。守ると。この家族を、そしてこの家族が幸せで笑っていられるようにと。

忍は恭也の大切な友人。そしてその妹はなのはの大切な友人。

彼らの笑顔を守る。そのためならば自分は力を振るおう。この力を。力とは弱い物のために使うもの。守るためのもの。

(以前は血族を守りために力を振るったが、今は高町家を守るために力を振るう)

だがストラウスも気がついていない。

今の彼の心の変化を。

彼は以前より血族を、人間を、地球を守るために戦ってきた。

しかし今は彼はそんな中から、さらに特定の存在を守るために心を決めた。

それは同じなようで少しだけ違う。

不特定多数に向ける物と、特定の者に向ける物とではその想いの強さが違う。

現在のストラウスもかつてと変わらぬ、否、それ以上の信念で行動している。

もし今の彼の大切な者を害するような存在が居るならば、彼は容赦なくその存在を葬り去るだろう。

いかなる手段や方法を用いたとしても。彼の卓越した智略と武力をすべて駆使して。

「一応は定時連絡をするって事になってるけど・・・・・・」

「うーん。いっそのこと恭也が忍ちゃんの家に泊まりに行ったら?」

恭也の言葉に桃子がそんな事を言い出した。

「いや、かあさん。さすがにそれは・・・・・」

一つ屋根の下で若い男女が一緒に生活をするのはと、恭也は反論をしている。

「えー、でもボディガードなら一緒にいないといざって時大変でしょ? ねぇ、あなた」

「うーん。確かにそうだな。俺もボディーガードの時はそうだったし。あっ、こっちは心配しなくても良いぞ、恭也。家も翠屋も俺が居れば大丈夫だから」

と、士郎はここ最近、家の事も翠屋の事もストラウスに仕事を奪われっぱなしだったから、ここで少しでも父としての威厳を見せようと思ったようだ。

美由希の鍛錬も士郎とストラウスがやっている事だし、恭也がしばらく居なくても何の問題も無い。

「あー、一つ屋根の下で男女が。うーん、これは初孫が期待できるかも」

「かあさん、遊びに行くんじゃないんだから」

桃子の言葉に恭也はげんなりとしている。無論、桃子もふざけているだけではない。これは恭也があまり気負わないようにしているのだ。半分くらいは本気で言っていたりもするが。

「あっ、それよりも忍ちゃんに家に泊まりに来てもらうとか! そうすれば良いんじゃない? 幸い部屋は余ってるし」

今度はこんな事を言い放つ始末。恭也は助けてくれとストラウスに視線を送るが、さすがにストラウスも苦笑する。

確かに桃子の話も一理ある。ここに忍とすずかをつれてくれば、ストラウスと士郎、恭也と美由希でガードが出来る。場所が離れていない分、即座に対処できる。

と言うよりもストラウスと士郎が居る時点で、強攻策に出ればそれだけでアウトだろう。

守る対象が増えるが、分散させるリスクを考えればこちらの方がメリットはある。

「いや、向こうもさすがにそこまでしてもらうのは気が咎めるだろう。俺も友人として月村のボディガードをするだけだし・・・・・・」

恭也も何とか母を諦めさそうと頑張る。忍のほうもメイドさん達が大勢居るから、それは無理そうだろう。

基本的にお暇を出すと言う事は、メイド達はその間給料がもらえない。と言うことは生活できないと言う事になる。一週間程度ならそれでも良いだろうが、この事件がいつまで続くかわからないので、それも中々出来ない。

まあ月村家の財産ならしばらくの間メイド達にある程度の金を渡して、ゆっくりしてもらうと言う事も出来るのだが。

「じゃあ恭也一人が忍ちゃんの所に行くって事で」

「なんでそうなるんだ」

はぁとため息をつくが、恭也も満更ではなさそうだ。士郎からは幾つかのアドバイスをもらい、定時連絡を怠るなと言うお達しをもらっている。

こうして恭也はしばらくの間、月村家で生活する事になった。





「こんにちはー」

「やあ恭也、忍、すずか。アリサももう来ていたのか」

「ああ」

「こんにちは、なのはちゃん、ストラウス」

「いらっしゃい、なのはちゃん、ストラウスさん」

「当然じゃない。それよりも二人とも遅かったわね」

すずかとすでにやって来ていたアリサが挨拶を交わす。

なのはとストラウスは現在、月村家に遊びに来ていた。あれから一週間、特にこれと言って問題なく月日は流れた。

あの黒服の連中も士郎とストラウスが手を打った。直接的排除はあまり効果的では無いので、連中の身元を調べ、そこから手を打つ。

彼らは下っ端。いくら排除しても無駄だ。ならば上を排除するしかない。と言っても組織を壊滅させるのは難しい。下手をすれば報復される可能性もある。

ならばどうするか。手を引かせるだけでいい。金銭的、政治的な圧力をかける。

幸い、士郎もストラウスも裏にはある程度の伝がある。そこを利用し、連中を抱えている組織に圧力をかけさせた。

この場合、鞭だけでは不十分なので飴を渡すのも忘れない。ああいう連中の大半は金でどうとでもなる。

士郎は知り合いの政治家に連絡を取り、政治的圧力をかけてもらった。ストラウスは多少犯罪っぽい手段ではあるが、連中の弱みを握り、それを他の組織や警察などにばら撒いた。

こうすれば彼らは身動きが取れなくなる。

表と裏、両方から攻撃を受ければ、組織としてはそれだけで大打撃である。

さらに二人はさらに調べ上げ、忍を襲わせているであろう黒幕の正体を探った。蛇の道は蛇とはよく言うものである。

月村安次郎

月村忍の親戚で、どうにも目的は彼女の他界したご両親が残した遺産だそうだ。

「きな臭いとは思っていたけど、どうやら遺産が目的だったみたいだな」

士郎は険しいかをしながら、手元の調べ上げた資料を見る。

「そうだな。よくある話と言えばよくある話だが」

ストラウスも同じように資料を眺めながら、今後の策を考える。

「でもこの男も証拠を残さないようにしているってのは厄介だ。金の流れとかこの組織へ接触とか、色々と巧妙にしてて証拠としては不十分だ」

「ああ。これでは警察に突き出すことも出来ない。状況証拠ばかりで決定的なものとは言えない」

士郎としては安次郎をこのまま排除したかったが、証拠が無いのでは仕方が無い。直接相手を殺すのは論外だ。

「けど向こうの動きは封じたし、ここまですればうかつな行動に出れないとは思うが・・・・・」

「いや、そう考えるのは早計だ。追い詰められれば、どんな手段に出るか分からない。だが手は無いことも無い」

「・・・・・・こちらから相手の手を誘導してやるのか?」

士郎の言葉にストラウスは頷く。ストラウスの策は状況は違うとは言えかつての世界で、GM御前に対して行った事である。

相手の想像より早く状況を動かし、相手が打つ手を考える暇もなく追い詰める。あとはそこに餌を用意しておいて、その餌に食いつかせるようにする。

向こうはそれが罠だと考えても、追い詰められているだけに食いつくしかない。

安次郎の余力を削る事も忘れない。向こうの情報は集められるだけ集めた。向こうの経済的状況も仕事の内容も。

組織に対してかける圧力に比べれば、個人にかける圧力の方が手間も少ない。

それにストラウスは調べているうちに、忍やすずかのルーツを知った。

彼女達は以前に調べた夜の一族の末裔。それもかなり色濃く血を受け継いでいる。安次郎の方はほとんど血が薄まっているが、血族の一員のようだ。

ならば利用する手は山ほどある。

すでに月村の一族の方には情報を流している。安次郎が忍の遺産を狙っている。またそれだけには飽き足らず、忍を利用して他の親族に配分された遺産も自分の取り分にしようとしていると。

こうしてやれば忍と安次郎の争いに、関わりを持ちたくないと思っていた親戚連中も、明日はわが身と危機感を覚え、安次郎を蹴落とすために動くだろう。

安次郎と言う男の性格を知るものならば、その危機感はさらに増大する。

「あとは安次郎の動向を見守り、強攻策に出ようとすれば抑える」

「そうだな。安次郎が協力を取り付けようとした組織は、こっちのルートで抑えられるし」

安次郎に協力しようと思う組織はほとんどいないだろう。士郎が大物議員に動いてもらったのもあるが、それ以外にもストラウスに協力してもらい、裏ルートには安次郎に着けば破滅すると言う噂を流してもらった。

安次郎は大物ではなく、小悪党でしかない。金の切れ目が縁の切れ目の典型的な人間だ。

すでに多くの組織は安次郎に付くメリットとデメリットを考え、彼に付くのは得策では無いと判断したのだ。

外部で頼れるものはもう居ない。とるべき手段は強攻策。

タイミングはこちらで用意してやれば、あとはそれに食いつく。

「準備のほうは私がしよう。士郎は恭也の方に連絡を」

「わかった。じゃあ俺達は裏方に徹して、あいつをサポートだな」

「それがいいだろう。恭也にも少しは成長してもらわないとな」

直接的に二人が出るのは最後である。無論、危険そうならば手を貸すがあとは恭也に任せるつもりだった。

あまり過保護すぎても恭也の成長の妨げにしかならない。

「じゃあ手はずどおりに」

「ああ」

それが数日前の話。

そろそろ向こうも痺れを切らして行動に移す頃合だろう。

ストラウスは現在警戒の意味も込めて、なのはと遊びに来ると言う名目で月村家を訪ねていた。

「じゃあ私は恭也と忍に話があるから、なのは達は遊んできなさい」

「はーい!」

「じゃあまた後で」

「あとでゲームで勝負よ! 今日は負けないんだから!」

三人は元気よく話をしながらすずかの部屋へと向かっていった。彼女達の姿が見えなくなった後、三人は表情を引き締めた。

「何か動きがあったんですか?」

最初に口を開いたのは忍だった。心持ち、表情が険しい。

「ああ。どうにも今夜にでもここに来るようだ」

「そうですか・・・・・。あいつ」

怒りを顕にする忍。だがそんな忍の肩を恭也はポンと叩く。

「大丈夫だ、忍。俺もノエルもストラウスも居る」

「恭也・・・・・・」

恭也の言葉に忍は落ち着いたのか、表情をやわらかくした。

ストラウスはいつの間に名前で呼び合うようになったのかと思ったが、今はそれを口にする時ではない。

「とにかく今はここの守りを固める。出来ればすずか達を避難させたいが・・・・・」

ストラウスとしても一時的にすずかをここから翠屋に避難させたいが、下手に動けば向こうにも攻撃を仕掛けられる。

「一応、すずかには部屋に居てもらうわ。ファリンも一緒だから多分大丈夫。私とノエルと恭也は屋敷の前で迎え撃ちましょう」

「了解。じゃあ向こうが来る前になのはとすずかは家に帰さないと・・・・・・」

さすがに戦闘が起こる可能性がある場所に二人を置いておくわけには行かない。向こうはおそらく人の目もあるから夜にならなければ行動しないはず。早い時間に家に送り返せば問題ない。

だがそんなストラウスの思惑は早くも壊される。

彼の魔力感知が気配を捕まえた。安次郎だ。それにそれ以外にも幾つかの動く物体を感知した。気配の質から人間ではない。安次郎を除いて六つ。

「少し向こうを甘く見ていたようだ」

「えっ?」

不意にストラウスは言葉を漏らした。

「甘かったよ。向こうが強攻策に出た。すでにこちらに向かっている。相手は夜まで待つ気は無いらしい」

それはもうすぐこの屋敷で戦いが起こると言う事。こうなってはなのは達を避難させる時間は無い。

「私の見通しが甘かったか」

かといって、あの子達に指一本ふれさせる気は無い。自分が全力であの子達を守るだけだ。

「えっと、向かってるって、何で分かるんですか?」

忍は尤もらしい意見を述べる。ストラウスが安次郎に発信機でもつけているのだろうかと考えたのだ。

「あとで説明する。それよりも今は目の前の事に集中しよう」

ストラウスはそう言うと、これから起こるであろう荒事に意識を傾けた。





あとがき

前回から本当に多くの感想ありがとうございます。皆様の感想が大変な励みになります。

この世界ではストラウスには幸せになってもらいます。

あとすいません、今回は少しとらはルートです。タイトルも少し修正。

でも前回から言うと、出来はあまりよろしくないですね。と言うか読み直して見て、あんまり面白くなかったorz

どうにもストラウスとかの心情を入れるのが難しい。

早くリリカルルートに進めたいです。




[16384] 第四話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/03/02 23:08




「安次郎を含め、数は七。いずれも正面から来るから、玄関先で迎え撃とう」

ストラウスの意見に全員が肯く。屋敷で戦いを行うわけにはいかない。中にはすずかやなのは、アリサが居るのだ。

彼女達が何も知らないまま、事が終わるようにしなければならない。

「部屋は元々防音対策をしているか、よっぽどの音で無い限りは大丈夫だと思う。それに今日は映画を見るって言ってたから」

「はい。先ほど確認したところ、すずかお嬢様達は映画に夢中でした。時間にしてあと一時間は映画に集中しているはずです」

「すずか達の方にはファリンがいるから、こっちはこっちに集中しましょう。他のメイド達も大きな音がしても外に出ないように言明したし、何かあればシェルターに逃げるようにって言ってあるわ」

ノエルと忍がそれぞれに現状を説明する。月村家にシェルターがあると聞き、さすがはお金持ちだなとストラウスは思った。備えあれば憂いなし。

恭也も初めて聞いたときは驚いたものだ。それも個人ではありえない核兵器の直撃にも耐えられる核シェルターだとか。

「わかった。それで行こう。戦いは私と恭也が受け持とう」

「いえ。私も戦います。と言うよりも、お二人では少々荷が重いかもしれません。それに私は人間ではありませんから」

ノエルは語る。自分は人間ではないと。恭也はすでに聞き及んでいたのだろう。別段驚いていない。

「恭也は知っていたのか」

「ああ、この間忍とノエルから直接聞いた。けどノエルが人間かどうかなんて関係ない。俺にとって二人とも大切な人だから」

「恭也・・・・・」

「恭也様」

はっきりと言い放った恭也の目をストラウスはじっと見据える。いい目だ。大切な者を持ち、それを背負い守ろうとする強い意志。真っ直ぐで輝いている。

小松原ユキと共にあった時の蓮火のようだ。

その大切な者を奪った自分が、彼と恭也を重ねてみるなど滑稽でしかないことだ。

仕方がなかったと言うのは簡単だ。でもそんな言葉で相手は納得しないし出来るはずも無い。

彼らにしてみれば、理不尽に自らの身に降りかかった不幸なのだ。正当化する理由があっても、それを受け入れられるはずなどない。

だがだからこそ、恭也にはそんな思いをさせたくは無い。

この戦いは自分とブラックスワン達との戦いとは違う。

あの戦いの犠牲も決して出して良いものなどでは決して無いが、今回の戦いは私利私欲によるものだ。

セイバーハーゲンのように人類すべてとその未来を願った末での行いでもなく、自分のように世界と生きとし生けるものために行った行為でもない。

ゆえに犠牲など出してはいけない。

「わかっているさ、恭也。守るべき存在が人であろうとそうでなかろうと、守ると決めたのなら最後まで守りぬけ。それが士郎がお前に教えた御神の剣なのだろ?」

士郎から聞いた御神と言う流派。大切なものを守るための手段。

「ああ。俺は絶対、この剣で大切な者を守る」

静かに決意を述べると、恭也はぎゅっと二本の小太刀を力強く握る。その姿にストラウスは少しだけ笑みを浮かべる。

士郎は本当に良い息子を持ったものだ。

自分も息子を育てる事があるのなら、恭也のような男に育てたいものだ。

真っ直ぐで純粋で、本当に蓮火に似ている。

逆にもし恭也が道を踏み外せば、本当にそれだけしか見えない状態に陥りかねない。

小松原ユキを失った蓮火が、自分への復讐にのみ生きるようになったように。

(これが私の罪の償いになるはずも無い。だが恭也が不幸になるようなことだけは何としても阻止する)

ストラウスも気を引き締める。相手はもうすぐそこまで来ていたのだから。

「詳しい事は後にしよう。私もこれ以上詮索はしない。それにもうすぐ向こうがここに姿を現す」

彼の言葉通り、すぐに小さなトレーラーが屋敷にやってきた。ストラウスが感知している数は相変わらず七。トレーラーに全員が乗っている。

運転席から一人の小太りの男が降りてくる。彼が月村安次郎だ。眼鏡をかけ、若干ひげを生やしたオールバックの男。手には葉巻を持ち、いかにも成金と言う感じだ。

「えらい出迎えやな、忍」

「安次郎・・・・・」

忍はぎりっと歯をかみ締めながら、安次郎を睨みつける。

「何の用って言っても、話はいつもと同じでしょうね」

「そうや。忍、お前の財産をワシに預けぇ。悪いようにはせえへん」

「何度言われてもお断りよ。それよりも帰って・・・・・・。殺されたくなかったら」

殺気が周囲に撒き散らされる。ちらりとストラウスが忍を盗み見ると、彼女の瞳が赤く染まっている。

なるほど。ここにもヴァンパイアとしての類似点が見える。自分達も感情が高まったりすれば、瞳孔が開くなどの変化が見られる。それと同じような事が、忍にも起こったのだろう。

「お前はそないなこと出来る子とちゃうやろ」

確かに忍は本来心優しい少女である。実際に自分の手を汚して相手を殺すなどと言う行為が出来るか疑問である。

だからこそ、安次郎もこのような物言いをするのだ。

「まあええ。どうしてもって言うんやったら、こっちも最後の手段を使うことになるな。イレイン」

安次郎がそう言うと、トレーラーの荷台から六つの影が降り立つ。

人の形をした何か。全員の姿形が同じであり、その表情はまるで人形のように無表情であり、冷たい瞳を向けている。

「イレインってまさか・・・・・」

忍には何か心当たりがあるのか、表情をこわばらせている。

「残った金を全部こいつらにつぎ込んだ。これでお前から財産とれんかったら、ワシは破産や」

ストラウスと士郎の裏工作の影響があっても、ある程度の金を隠していたのだろう。

「自動人形・・・・・」

「ノエルよりも後期型の最終機体や」

自動人形。それがノエルや目の前の存在の名称。夜の一族の遺産であり、今は失われた高度な科学技術で作り上げられた存在。その能力は人間を遥かに凌駕する。

「あんたは・・・・・・そこまでしてお金が欲しいの!? 同系の姉妹機を戦わせて! あんただって決して貧乏じゃないはずなのに!」

「世間はな、お前みたいにキレーなかっこして、才能にあふれてる連中ばっかちゃうねん。ワシらみたいな凡俗はな、金が無くなったら愛も幸せも手に入らんのや」

せやからと安次郎は言葉を続ける。

「イレイン・・・・・・・行け」

「了解」

その言葉が合図になり、イレインは標的を見定める。彼女の狙いはノエルだった。イレインの腕には大きなブレードが装着される。同じように迎え撃つために、ノエルも腕にブレードを装着した。

「恭也、手を出しちゃダメよ。人形同士の戦いに・・・・・・人間は絡めない」

「・・・・・・・いや、からまさせてもらうさ」

恭也はそう言うと、小太刀を両手に持ち構えを取る。

「恭也!」

「大丈夫だ、忍。俺も・・・・・・ちょっと普通じゃないから」

そう言うと、恭也の姿がぶれる。一息の呼吸の後、彼の姿はイレインの目の前にあった。

「!?」

イレインも驚いたのか、若干だが表情を変化させた。

恭也の小太刀が正確にイレインの手足の関節に狙いを定める。

相手は人間ではない。ならば人間のように気を失わせることは出来ない。ならば動けなくするにはどうすれば良いか。答えは簡単だ。身体を支える足を、攻撃の中心である腕を砕く。

本来なら身体を二つにでもすればいいのだろうが、恭也はノエルの姉妹機と言う忍の言葉から、完全に壊すと言う選択肢を排除した。

選択を決めたなら行動に移すのは一瞬。迷いも躊躇いも無い。忍が人形の相手は人間には出来ないと言った。ならば相手は想像以上の力を持つ。

恭也は自分の力量を過信していない。士郎とストラウスに鍛えられ、強くなっていると言う自覚はあるが、師である二人が化け物なのであまり実感は沸かないのである。

相手の力量も不明ならば、最初の奇襲攻撃で終わらせる以外に無い。相手の手を探るために待ちに徹しても良いが、相手の力量が自分より上なら戦闘状態に移行されれば勝ち目は無い。

だからこその奇襲。相手が体勢を整える前に、こちらを侮っている隙に、最高の速度と一撃を持って仕留める!

まず狙うは片腕と片足。攻撃の手を減らし、動きを奪う。

神速と持ち前の身体能力を活かした俊足の攻撃。

恭也の目には、相手の動きがしっかりと見える。

まずはブレードを持つ右腕。腕間接部分を狙う。

恭也の思惑通り、ブレードを装備した左腕を切り裂いた。ほぼ同時に右足にも攻撃をかける。

だがイレインは右足が切り裂かれる前に咄嗟に後ろに飛びのいた。

(踏み込みが甘かったか? それとも神速が未熟だったか?)

追撃はかけずに恭也も一度イレインとの距離をあける。下手な追撃は危険だと判断したためだ。

「ああああああっっ!!! あたしの、あたしの腕がぁぁっ!!」

突如、イレインは大きな声を上げながら絶叫した。その光景に安次郎も恭也も驚き、戸惑いを見せた。

「イレインは自動人形に自我を持たせる研究の成果の粋を集めた最終機体。彼女の自我は強すぎた。だから封印されたの」

「なるほど。だからさっきは起動直後はゆえに感情が見えなかったわけか」

忍の言葉にストラウスが思ったことを口にした。

「ええ。けど恭也に腕を切られて、自我が戻った。と言うよりも爆発したんだわ」

「殺す! お前は絶対に殺す!」

彼女の残った右腕に持っていたロープから光が放たれる。おそらくは電気鞭。威力も高そうで、並みの人間なら触れるだけで大怪我だ。

「恭也様、お下がりください。ここは私が」

ずいっとノエルが前に出る。恭也の身が危険にさらされるのを良しとしないゆえに、彼女が戦うと言うのだ。

「そこをどきな! あたしは絶対にその男を殺す!」

「どきません」

「じゃああんたも鉄くずになりな!」

イレインは鞭を振るいノエルに襲い掛かる。同時に彼女と同じ顔をした人形が動き出す。

「・・・・・・指揮能力」

それはイレインが最終系と呼ばれる所以。イレインは五つの別の身体を一人で制御できる。

「お前達、あたしがされたのと同じように腕を切り裂いてやりな!」

命令されるがままに、イレインの同系機達は恭也へと襲い掛かる。

「恭也様!」

「余所見をしてたら、あんたから先にスクラップだよ!」

ノエルが恭也の心配をするも、イレインが彼女に狙いを定める。

「ノエル、俺は大丈夫だ!」

恭也は神速を放ち、五体のイレインを同時に相手する。だが少々荷が重い。一つの意思の下で統括された五人のイレインの連携は大した物で、確実にこちらの隙をついてくる。

個々の動きや力は今の恭也にとって大したことがなくても、数の暴力と言うのは厄介だ。

恭也自身、自分より強い相手と戦ったことはあるが、多人数の相手と戦った経験はほぼ皆無だ。

(父さんの言ったとおりだな。俺には少しきついな)

だが恭也はわかっていない。五体の自動人形を同時に相手にするというのがどれほど難しいのかを。

さらに言えば、恭也はイレイン達を攻撃する際、身体への攻撃は極力避けている。もし恭也がイレイン達を完全に破壊する事だけを考えて攻撃すれば、彼はここまで苦戦する事はなかっただろう。

(大した成長だ。あの五体を相手にあの戦い方。恭也も十分剣士としては完成されつつある)

恭也の動きに感嘆しながら、ストラウスは戦局を見据える。現状はこちらが若干不利とはいえ、だいたい五分五分。

ノエルの方はあの電気鞭に苦戦しているようだが、恭也が左腕を切り落としている事もあり、互角の戦いをしている。

恭也は若干押され始めているが、少しずつ相手の動きを予測し、対策を取れるようになってきた。このままもう少し実戦経験をつませるのも良いかもしれない。

しかし時間を考えるに、あまり悠長にしている暇は無い。なのは達に気づかれないようにするには、あと五分程度ですべてを終わらせる必要がある。

(このあたりが限界か)

手を出さずに見守っていたいが、そろそろ手を下すべきとストラウスは判断した。

だが自分はあくまでサポートだ。直接的に手を下さない。

集中力を高め、魔力を集める。

ぞくっ!

恭也は背筋が凍るような奇妙な気配を感じた。それは小さな物だったが、集中力の高まっていた今の恭也には酷くはっきりと感じられた。

同じようにストラウスの隣に立っていた忍も、彼から放たれる異常な気配をその身に感じていた。

ストラウスが使った魔力はほんの僅かなものであり、出来る限り隠すようにはしていた。

かつて彼は花雪に気づかれない程度の魔力を使用し、物理的に遮断されたコンピューター回線に割り込むと言う離れ業を余裕で行った。

今回もバレないように必要最小限の魔力だけを使用した。

それでも研ぎ澄まされた恭也の感覚はそれを捕らえた。また隣に立っていた忍もそれを感じることになった。

普通の人間よりも優れた感覚。また戦闘状態と言う意識を集中するこの場において、二人の感覚はストラウスが思った以上に鋭くなっていた。

(・・・・・・・気づかれたか。まさか二人の感覚がこれほど高いとはな)

霊力も魔力もない人間が、自分の魔力に気がつくとは予想外だった。魔力放出を出来る限り押さえ相手を倒すようにする方が、自分が直接手を下すよりも恭也の経験になると思ったのだが、この二人を甘く見ていた。

それでも気づかれたのならば仕方が無い。対処は考えている。何の問題も無い。

魔力を放出する。狙うは量産タイプのイレイン二機とそれを操っているイレインの武装である電気鞭・・・・・・通称『静かなる蛇』

彼の魔力は量産型のイレインの内部駆動系焼き切り、その動きを停止させる。同時にイレインの『静かなる蛇』の内部構造も破壊し、仕様不可能な状態にした。

「なっ!?」

突然の出来事にイレインは困惑する。今の今まで動いていた『静かなる蛇』が急に停止したのだ。それにイレインが二機、同時に停止した。

「何が起こったの!? 一体何が!?」

魔力を感知できなかったイレイン本体はパニックになりかけている。すでに彼女に武器は残されていない。

左手は無く、右腕も満足に動かせない。

「はあぁっ!」

指揮能力もイレインが混乱している今、先ほどのような連携を望めるはずも無い。

隙を突き、恭也は一気に残りの量産型イレイン達の腕と足を切り裂く。

手足をもがれた彼女達は、ただ地面に這い蹲るしかない。

「勝負ありだな」

恭也は油断無く小太刀を握りながらイレインに言う。ノエルも武器を構え、イレインにいつでも攻撃できるようにしている。

「そ、そんな馬鹿な。ワシが大枚はたいて手に入れたイレインが・・・・・・」

安次郎もあまりの出来事に地面に膝を付く。完全に破産だとわめいている。

「人間と旧型の分際で・・・・・・・」

ぎりっとイレインは歯をかみ締める。

「イレイン、もうやめなさい。こんなことしても何にもなら無い」

忍はイレインを心配するように言う。忍は思う。イレインには何の罪も無い。彼女は勝手に作られて、勝手に危険だからと封印された。

今も自分に襲い掛かっているのは、安次郎に起動させられ無理やり戦わされているからだ。

それに放っておけばイレインは遠からず壊れる。長い間封印され、その間満足な整備も受けていないはずだ。

再起動直後にこんな戦闘を行えば、どれだけ内部機関に悪影響を与えているかわからない。

忍は優しい少女である。人間だから、自動人形だからと区別し、手を差し伸べないような人間ではない。

「うるさい・・・・・。うるさいんだよ! 勝手に危険だからと封印したくせに。あたしに自由を与えようとしなかった人間の癖に・・・・・・」

だがイレインは聞き入れない。自我が強すぎた彼女は、自らの境遇を嘆き、悲しみ、それを怒りと憎しみに変化させていた。

長い年月を経た事で、その感情は爆発した。腕を破壊されたことで、その感情は頂点に達したと言ってもよかった。

「・・・・・・もういい! みんな道連れにしてやる!」

イレインがそう言うと同時に、地面に倒れ付していたイレインの妹達の目に光が灯る。

「あははははは!!! みんな吹き飛んでしまいな!」

「まさか、自爆装置!?」

驚愕の声を忍が上げる。イレインにはかつてその危険性ゆえに幾つかの安全対策が講じられていた。

プログラムによる攻撃命令対象以外への攻撃。起動者や研究者を守るために施され、さらには緊急時の非情停止プログラムなども組み込まれていた。

だが研究者達はそれでもなお安心できなかったゆえに、万が一に備えてイレインとその姉妹達を完全に破壊するように自爆装置を組み込んでいた。

これは暴走したイレインを止めるためと、自分達以外の誰かにイレインの技術が利用されないようにするための安全対策であった。

イレインはその装置をこの機に、すべて発動させた。破壊力は極端には大きくないが、イレインを完全に粉々にするだけの威力はある。

それが六つ。この周辺、屋敷を半壊させる程度の威力にはなるだろう。

忍だけではなく、安次郎も恭也も、ノエルさえ青ざめたような顔をしている。

「あははは! お前達はこれで終わりだよ! もう爆発は止められない! あと十秒で全部粉々さ!」

六つのイレインの爆発。もう逃げられない。

誰もが絶望し、諦めた。

しかし彼らは知らない。イレインも予想していなかっただろう。

この場には、彼らの想像も付かないような存在がいたと言うことを。

「なるほど。さすがに自爆されると厄介だな」

ストラウスは小さく呟くと魔力を開放する。さすがに六つの爆発を気づかれない程度の魔力で抑えるのは難しい。

全力で臨まなくとも十分だろうが、恭也や忍には完全に気づかれてしまうだろう。いや、魔力を感知されずとも、自爆が起こらなければそれだけで不審に思われる。

それでも大きな爆発を起こさせるわけには行かない。

(自爆の解除は無理だな。次善の策としては爆発を魔力で抑え付けるか)

イレイン達の体が光り始める。同時にストラウスは彼女達の爆弾のある周辺箇所に魔力を集中する。魔力により爆発の威力を抑えるつもりだった。

ストラウスの魔力を持ってすれば、この程度の爆発を抑えるなど造作も無い。ミサイルの爆発とて、余裕で抑えつけれるだろう。

結果は彼の予想通り。爆発は起こった。しかしそれは小さな物でしかなく、爆弾の入った箇所からほぼ数センチ程度までしか衝撃は行き届かなかった。

「なっ・・・・・・」

何故。イレインはそう呟く。

確かに爆発したはずだ。それなのに自分はまだ動ける。いや、自分は何故消し飛ばない。

「なにを・・・・・・何をしたの?」

イレインはストラウスを睨みながら、搾り出すように声を発する。

「あんたは、一体なにを・・・・・・。そもそもあんたは一体なんだ?」

わからない。目の前の男が何ものか。何をしたのか。

あの男が何かをしたのは間違いないはずだ。それ以外に考えられない。

この場に居るほかの人間にこんな芸当が出来るとは思えない。先ほど見た皆の絶望的な顔。

その中で、あの男だけが表情を変えなかった。

だから消去法でこの男以外には考えられないのだ。

「答えろ!」

さて、どうしたものかとストラウスは考える。

ここで答えるのは簡単だ。

自分は千年もの時を生きたヴァンパイアであると。

だがそれを口にした場合、自分はここにいられないのではないかと考えてしまった。

高町家の面々は自分の正体を知らない。士郎は薄々は自分が普通の人間では無いと感じているかもしれない。

あの男の事だ。何も知らないような振りしているだけで、自分の正体を夜の一族関係ではないかと思っているかもしれない。

あの男は結婚してからこっち抜けているように見えるが、抜け目無い。

士郎ならば自分の正体がヴァンパイアでも構わないと言いそうな気もするが、他の面々はそうもいかないだろう。

(私の正体を語れば、桃子や恭也、美由希やなのははどう思うかな)

自分を家族として受け入れてくれている高町家の面々。その人達に自分を隠して共に居ると言う事を少し後ろめたく思う時もある。

正体を明かせばそれでいいのだろうが、無用な混乱や争いを生みかねない。

(まったく。あの時士郎に止められていなければ、こんな風に考えなくてすんだのだがな)

顔を殴られた時の事を思い出す。

そう言えば自分を叱り、顔を殴った相手と言うのは士郎が初めてだ。ステラは自分を叱ってくれたが、手を出した事は無い。

千二百年以上生きているが、あんな経験は初めてだった。夜の国の時、誰も彼もが自分を尊敬し、慕ってくれたが、友のように気安く親しく接してきた者は同族にもダムピールにも人間にも居なかった。

ステラが聞けば、それは寂しいですねぇ、せつないですねぇとか言いそうだ。

そう思うと心の中で苦笑してしまう。

いつの間にか、自分はなのは達の成長を見守りたいと思うだけではなく、士郎や桃子達とも共にありたいと思っていたようだ。

士郎と言う今までには居なかった友人とその妻との対等な関係。

恭也や美由希、なのは達との関係。

そのどれもが心地よく、初めての経験であり体験であった。

かつて国のために、民のために自分は奔走した。

家庭は何よりも大事だとブリジットにも言った事がある。

だがそれにしても、家族とはこんなに暖かいものだったのかと思わされた。

もしステラが生きていて、娘が産まれ、ブリジットとアーデルハイトが傍にいてくれたのなら、こんな風だったのだろう考えさせられた。

もう二度と手に入らないはずだった平穏で満ち足りた日々。

争いも無く平凡で当たり前のような日常。

その日常を手に入れるため、かつては奔走していた。それが一度死んでから手に入るとは、なんとも皮肉である。

ストラウスは失いたくなかった。壊したくなかった。

この日々を。この日常を。この時間を。

ならばどうする? この場で嘘をつくか?

かつて血族のために嘘をつき続け、憎まれ役を買って出た時のように。

(・・・・・・・・・いや、あの時とは状況が違う。あの時の私には私心は無かった。だが今は・・・・・)

かつては血族と生きとし生ける者達のために嘘をついた。それが正しい選択だと考えて。

しかし今は自分の私欲のために嘘を付こうとしている。

それは本当に正しい選択なのか?

(私はどうすればいいのだろうな、ステラ)

この幸せを失いたくないのならば、何も語らずにいるか適当に誤魔化せば良い。彼の頭脳なら、口先で相手を丸め込ませる事も不可能ではない。

(・・・・・・・・ああ、そうだな、ステラ。私は・・・・・)

一瞬の自問のすえ結論を出す。それはもう最初から決まっていたのかもしれない。

彼は望む。この日々を。この関係を。

ステラが願ってくれた自分の幸せ。自分が欲したこの幸せ。

ゆえにこう述べた。

「私は・・・・・・千年の時を生きたヴァンパイアだ」

ストラウスは自らの正体を口にした。

それが今の正しい選択であると考えて・・・・・・・。







あとがき

いつも皆様感想ありがとうございます。皆様の感想がとても励みになります。

今回はストラウスの正体暴露。

もう少しドラマ的に書きたかったですが、私の能力では無理でしたorz

この話は恭也無双を書きたかったはずなのに、どこで間違えたかな。

恭也もストラウスも中途半端な感じが・・・・・・。

次回でとらハ編は終了の予定。

続いてリリカル編なのですが、出来れば某反逆皇子みたいに

『俺は原作をぶっ壊す!』

ぐらいやりたいなと思っています。まあ実際どうなるかわかりませんが(汗

あと質問にあった久遠ですが、この世界の久遠はとらハ3の始まる十年前の封印が解ける前にストラウスと会ったと言う設定です。

原作の那美ルートでは久遠って十年前の暴走前から那美と仲が良かったでしたっけ?

ちょっとその辺り記憶が曖昧に。どなたかわかる方教えてください。




[16384] 第五話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/03/10 12:45


「私は・・・・・・千年の時を生きたヴァンパイアだ」

別にこの場で自分の正体を明かす必要性は無かった。

イレインに聞かれただけで、ストラウスが自分の正体を口にしたわけではない。

恭也も忍も自分の魔力を感知した。一度ならばそれを誤魔化せただろうが、爆発を抑える際にも魔力を使ってしまった。二度も勘違いなどとはさすがに思わないだろう。

ならばこの力をどう誤魔化すか。

HGS(高機能性遺伝子障害者)と呼ばれる遺伝子障害者と偽ればよかったかもしれない。

HGSは変異性の遺伝子を有し、ごく稀に超能力を扱える人間が生まれる。

自分もそう言えばよかったかもしれない。

だがどちらにしろ、自分は普通の人間ではないと言うのには変わらない。

人間の中の異端か、人間以外の異端の差でしかなく、付け加えればいつかは語らなければならない問題でもある。

士郎や桃子も年を取っているようには見えないが、自分はこの先何十年、何百年と外見が変わる事は無い。

純粋なヴァンパイアは一万年生きるという。自分はまだ千三百年近くしか生きていない。

あと数千年は容姿が変化する事は無いだろう。

とすればあと十年か二十年のうちには、自分の容姿が変化無いことを奇妙に感じ始めるだろう。

いつかはばれる事でしかない。

それに恭也も忍もイレインが発した、ストラウスが何者かと言う言葉に反応し、こちらの言葉を待っている。

あるいは最初から自分も恭也と同じように剣で戦っていれば良かったかも知れないが、この戦いでは恭也をサポートすると決めていた。

自分が剣を使い恭也を助けるよりもその方が、彼にとってはプラスの経験になるのではないかと考えたからだ。

それに魔力も恭也や忍では感知できない程度しか使うつもりは無かった。花雪にも気づかれなかったように、今回もうまくやるつもりだった。

誤算は彼らの研ぎ澄まされた感覚が、ストラウスの予想の上を行っていたこと。

そしてイレインが自爆を起こそうとした事。

この二つがストラウスをこの発言へと導くことになる。

それでもまだ、誤魔化しようはいくらでもあっただろう。HGSと言う事にして、診断書や他にも証拠を偽装することも可能だった。

だがその考えはすぐさま打ち消した。

自分の浅ましい私欲で、この家族を騙したくはなかった。自分を迎え入れてくれた高町家の人々を欺きたくなかった。

あの夜に自分を引き止めてくれた士郎を。自分を助けたいと言ってくれた桃子を。自分を慕い守ると言ってくれた恭也や美由希を。

そして自分達の娘の生まれ変わりであり、共にいたいと言ってくれたなのはを。

例えその結果、この幸福な時間を失う事になろうとも。もう一度孤独になろうとも構わない。

彼らの美しい魂を汚したくは無い。自分の醜い欲望で縛り付けたくない。

(ステラ。これでいいな。私の浅ましい私欲で彼らを偽るよりもずっと・・・・・)

拒絶されるかもしれない。化け物と罵られるかもしれない。

昨日まで見せてくれていた笑顔や言葉が自分を恐れ、排斥するものへと変わるかもしれない。かつて千年前に血族が自分に向けた物の様に。

それを考えると心が痛む。心なんて無い機械と思ってしまう時もあった自分が、こんな風に心が痛むとは。嬉しいような悲しいような、不思議な気持ちになってしまう。

普通の心なら当に耐えられず壊れてしまうような状況でも、自分はそれに壊れず耐えられてしまう。

しかし高町家の人達に拒絶されても、多分それに耐えられてしまうだろうと思う自分が憎らしい。

でも彼らに嘘を付くよりも、言い訳をするよりもずっといい。

ステラはどう思うだろうか。自分の幸せをずっと願ってくれている最愛の人。

彼女は自分のこの行動をどう思うだろうか。

呆れるだろうか。怒るだろうか。それとも・・・・・・・。

(いや。お前ならきっとわかってくれるな、ステラ)

彼女も自分のこの行動をわかってくれるはずだ。

「ヴァンパイア・・・・・・」

「そうだ、イレイン。お前を作った夜の一族と似ているがまったく異なる存在だ」

ストラウスは言うと背中から巨大な羽を作り出す。

「なっ!?」

「夜の一族が人間の突然変異に近いものなら、私のようなヴァンパイアはその発生の起源事態が異なる」

ヴァンパイアの起源は地球外からやってきた知的生命体と言う説が存在する。彼らは地球に降り立ち、原住生物の遺伝情報を取り込んで進化を重ねた。

それがヴァンパイアであると。

「ただこの星にはヴァンパイアはおそらく私一人だろう」

元々ストラウスはこの世界の存在ではない。別の世界で一度死に、何らかの要因でこの世界で目を覚ましたのだ。

「さて。私が何者か、理解できたかな?」

ストラウスの言葉にイレインは何も言えない。彼女も目の前の存在が想像以上の存在であると理解したのだ。

ストラウスはちらりと恭也や忍を見る。二人ともかなり驚いているようだ。

いきなりヴァンパイアと告げられ、このような人外の翼を見せられれば誰でも驚くだろう。

おそらく、恭也は忍から夜の一族であると打ち明けられた以上の驚きだろう。

二人が何を考え、何を思っているかはストラウスにはわからない。

今はまだ混乱しているだろうが、もし落ち着き冷静に物事を考えられるようになれば彼らはどうするだろうか。

(・・・・・・・・私を拒絶するのも仕方が無い。私は皆を騙していたような物だからな)

だがこれ以上真実を偽り、これ以上嘘を付くよりもずっといい。

ちょうどいい機会だったのかもしれない。

いつかは語らなければならないこと。それがほんの少し早くなっただけ。

一万年を生きるヴァンパイアの数十年など一瞬に過ぎない時間だ。

惜しむ必要は無い。自分はもう十分に与えてもらったのだから。

幸福な時間を。穏やかな時間を。優しい家族と言う絆を。

「イレイン。私もお前に問おう。お前はどうしたい?」

ストラウスはイレインの問いに答えると、次に彼女に質問した。

「このままその男に従うのを良しとはしないだろう? 無論、恭也や忍達を害するつもりなら、私が全力でお前を排除しよう」

魔力がさらに高まる。恭也と忍だけではなく、ノエルやイレインと言った自動人形でさえ魔力を感じ取れるほどに。

「お前の目的は何だ?」

「・・・・・・・・はっ。決まってる。私は自由になる。やりたいようにやる。誰に命令されるでもなく、自分の意思で。自分の考えで。ただそれだけよ」

彼女は生まれてからずっと誰かの命令で動かされてきた。

自我があるのに、人形と同じように物を考えることをさせられず、自分の意思とは関係なく行動ささせられ、自我が強すぎると判断され、危険とみなされ封印された。

そんな彼女が求めたのが自由。

自分で考え、自分の意思で動く。それこそが彼女の望み。

「だからあたしは・・・・・・・・」

「なるほど。確かにお前の考えは間違っていない。否定されるものではない」

ストラウスもそれには同意する。勝手に作られ、勝手に行動を決められ、勝手に処分される。

そんな風に扱われれば、誰だって嫌になる。自我を持つのなら尚更だ。

「だが一つ言っておく。自由になるのと好き勝手に何かを行うのは意味が違う」

「だからなに? 私は自由が欲しいんだ!」

「自由になってどうする? 仮にこの場の人間を皆殺しにしても、追っ手が来ないとは限らない」

「全部殺すだけよ。あたしの自由のために・・・・・・・」

「そうやって血塗られた道を歩むのか」

「あんたに何がわかる!? あたしの気持ちがわかってたまるか! 勝手な理由で自由を与えられなかったあたしの気持ちが!」

イレインの言葉に誰も何も言えない。彼女の感情は至極当然のものだ。

「自由を手に入れるためだったら、何でもする。あたしは・・・・・自由になる!」

イレインはそう言うとそのままストラウスへと向かってくる。左手は無く、右腕は満足に動かない。自爆装置もすでに失い、イレインには何も無いにも関わらず。

「あぁぁぁぁぁっっ!!!」

そんなイレインをストラウスは悲しそうな目で見る。そして右手に魔力を集め、向かってくるイレインに直接叩き込む。

「あっ・・・・・・・」

「今はお休み、イレイン」

内部機構の一部を破壊する。的確に、必要最小限の破壊のみで、イレインを活動停止させる。

どさりとイレインはその場に糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

「さて・・・・・・・・」

ざわりとストラウスの気配が変化する。

「安次郎。お前は少々やりすぎた」

彼の瞳が変化する。いつものような優しい目では無い。瞳孔が縦に割れ、獣じみた瞳が安次郎を射抜く。

「うっ、あっ・・・・・・・」

息ができない。空気が重い。恐怖が身を包む。目の前の存在は自分とは違うとはっきりと思い知らされる。

安次郎は一族の血が薄い。だが彼は血の濃い一族の誰にも恐怖を感じた事は無い。

いや、目の前の存在は血の濃い一族どころの話ではない。

殺される。はっきりとそれが理解させられる。

逃げられるものならば逃げ出したい。だが腰が抜けた。這い蹲るように逃げるしかない。

だがまるで巨大な腕に押さえつけられているように身動きが取れない。

呼吸が満足に出来ない。体中から汗が吹き出る。

怖い、怖い、怖い、怖い。

自分はとんでもない存在を敵に回してしまったと感じた。忍がこんな化け物を身近に置いていたなんて聞いていない。

「お前を直接排することは私はしない。あとは忍にでも任せよう。だがお前には恐怖を刻もう。赤バラと呼ばれた恐怖を・・・・・・・」

たった一人に向けられる圧倒的な力。魔力と狂気にも似た殺気。ただそれだけで気の弱い人間ならショック死してしまうだろう。

だがストラウスはぎりぎりを見極め、安次郎をショック死させない程度に抑える。

この男を殺す事は簡単だが、それをする意味も無い。どうせこの男は破滅だ。

金を失い、頼れるものも無く、一族からも爪弾きにあう。

それにこんな強攻策を取ってきたからには、警察に突き出すだけの証拠も集め易い。

安次郎はあばあばと泡を吐いてそのまま意識を失った。

それを確認した後、ストラウスは殺気を消し、翼をしまう。瞳も元に戻し、ゆっくりと恭也や忍に向き合う。

「・・・・・・・・驚いたようだな、二人とも」

「あ、ああ・・・・・」

恭也は何とか声を絞り出すが、未だに動揺は抜けきれていないようだ。

致し方ない。

人間と言うのは未知の存在に遭遇した時、冷静な対処が出来ないものだ。

それが常に身近に居た存在なら尚更だ。

もし恭也が自分に恐怖を抱いていたら、自分はこのまま高町家を去ろう。

士郎や桃子にも正体を明かし、彼らに排斥されるように仕向けよう。

必要以上に恐怖を与えると、今後の彼らの生活に支障を与えかねない。

一瞬で様々な策が頭に巡る。どの方法が一番良いのか。

「言ったとおり、私はヴァンパイアだ。人間でも夜の一族でも無い存在。私はこの世界でも異端な存在だ」

「ええと・・・・・・。ちょっと待ってください。今、凄く混乱していて」

忍は自分の頭を指で押さえ、何とか冷静に考えをまとめようとしている。

「えっとストラウスさんはヴァンパイアで、夜の一族とは違う存在で・・・・・」

「ああ。小説などに出てくるものと思ってくれればいい。ただし私の場合、小説や夜の一族のように血を欲する事も無く、太陽すら克服している」

ただし太陽の下では身体に負荷が大きく本来の力が使えない。ついでにニンニクも十字架も無効と付け加える。

「あと私は千三百年近く生きている」

その言葉に忍はあははと乾いた笑いを出す。どう見ても二十代にしか見えないのに、千三百年近く生きていると言われれば笑うしかない。

もっとも夜の一族も長命で、人間に比べるとずいぶんと長生きするのだが、目の前の存在は自分達の常識すら遥かに超えている。

「ストラウス。さっき俺が感じた力は・・・・・・・」

「ああ。あれは魔力だ。私達ヴァンパイアは魔力を扱える。さすがにお前達が気づくとは思っていなかったがな」

二人がそれを感知できなければ、このように語る事もなかったのだが。

「イレインだがあの子は必要最低限の箇所を破壊している。おそらく少し修理すれば直るだろう。私としてはあの子を直してやって欲しいが」

「・・・・・・そうだね。あの子自身には何の罪も無いんだよね」

忍はストラウスの言葉に同意すると、すぐにノエルに言って彼女を屋敷に運ぶように指示した。

「安次郎の方は・・・・・・・まあ警察と救急車くらいは呼んであげましょうか」

自業自得とは言え、少し哀れなような気もする。もう彼は破産だろうし、あれでは一生物のトラウマになりかねないだろう。

「そうしてくれ。イレインも・・・・・・話せばわかってくれるとはおもうが」

「そうね。とりあえず、下手に暴れられると困るからとりあえずの武装を外して、力も抑えるようにするわ。そのあとどうするかはあの子次第だし」

ストラウスの意見に忍も全面的に賛成する。彼女もこのままイレインを放っておくつもりは無かったらしい。

「さて。これでこの事件は一件落着だな」

ストラウスはそう言うと、あとは任せると二人に声をかけ、そのまま月村邸を後にしようとした。

「待ってくれ、ストラウス!」

不意に恭也はストラウスを呼び止める。

「ん? どうしたんだ、恭也?」

いつもと変わらぬ声で、表情で彼は恭也に聞きなおす。それはかつてあの島でなずなに聞かれたときのように、自らの心を偽り、仮面の顔をつけているのと同じだった。

「どうして、どうして、今それを俺達に話したんだ?」

疑問に思ったこと。それは何故彼はそれを馬鹿正直に語ったのかと言うことだ。

別に自分がヴァンパイアだと言う事を言う必要など無い。魔力の事だけならばHGSと言えばいい。自分の知り合いにもそう言った能力者はいる。

夜の一族について知っているなら、自分もそう言っておけばよかったのではないか。海外の夜の一族でもいい。

それなのに、彼はまるで自分が化け物であるかのように語った。

異端であると。

その言葉にどれだけの意味が込められているのか、恭也には読み取る事が出来ない。

だがどうしてだろう。ストラウスは自分を責めているように思えた。

自分から嫌われようとしているような気がしてならなかった。

恭也はストラウスの姿が、かつての自分の姿のように見えた。

父を事故で無くしかけて、我武者羅に家族を守るために強くなろうとしていた時の自分のように。

「お前達に正体を明かすのがそんなにおかしいか?」

笑いながらストラウスは聞く。確かに一緒に住んでいて、自分達は家族同然だ。その者に正体を明かす。間違ってはいないかもしれない。

だがしかし、忍の正体を知り、彼女の苦悩を知った今だからこそわかる。

人間と違う能力や存在である者達は、たとえ親しくなった者達でさえも簡単には正体を明かさない。

いや、明かせないというべきだろう。

彼らの真実は重く、普通の人間では決して受け入れにくいものがある。

恭也は自分も普通とは違うと理解しているし、そういった偏見を持っていなかった。

最初は驚いたが、それに嫌悪したり恐怖したりする事はなかった。

だからこそ忍を受け入れられたのだが。

「俺達に秘密を教えてくれた事は嬉しいというか、信用してくれているって思ってる。でも俺にはストラウスが、自分から俺達に嫌われようとしているように思える」

「・・・・・・・何故そう思う? ただ単にお前達に嘘を付きたくなかっただけだ。それに私がヴァンパイアだという事は、いつかは語らなければならないことだった。今がそれを話すにちょうどいいと思ったから話しただけだ」

それは彼の本音である。そこに偽りは無い。

恭也もそれを理解したのだろうが、どうにもストラウスは全てを語っていない気がしてならない。

「そうかもしれない。そうかもしれないが、だったらどうしてストラウスはそんな風に笑うんだ!? 俺にはストラウスが泣いているようにしか見えない!」

その笑みが、その目が、とても辛く、悲しいものにしか見えなかった。

ストラウスは心の中で私もやきがまわったと思った。自分の何十分の一程度しか生きていないこんな子供に内心を見透かされたようで。

どうにも自分は高町家に来てから、少しずつ感情を隠すのが苦手になってきているようだ。

「まっ、ストラウスがヴァンパイアでも人でも関係ないことだけどな。なぁ恭也、ストラウス」

不意に第三者の声が聞こえた。

「士郎・・・・・・・」

「父さん・・・・・・・」

その場にいた全員がその声の方を見る。そこには先ほどまでいなかった高町士郎がいた。

「士郎。お前はいつも唐突に現れるな」

「いや、まあな。状況が動いたって連絡が来て一応駆けつけたんだけど、もう終わったみたいだな」

ストラウスの言葉に苦笑しながら士郎は答えた。彼も安次郎が動いた事をあるルートから聞きつけ、心配で駆けつけたのだ。

「と言うか、俺より先に息子に打ち明けるか~。俺ってお前との付き合いが長いはずなんだけどな」

士郎ははぁとため息をつき、俺ってそんなに信用無い? なんて落ち込んでいるようにも見える。

「士郎・・・・・・・」

いつから聞いていた? ストラウスが聞くと、ほんの少し前からと彼は答えた。

ストラウスの予想通り、士郎はストラウスが人間では無いと薄々ながらに気づいていたようだ。

「前にも言っただろ? 守るって。そこにはお前も含まれてるんだ。それに今更お前が人間だろうと妖怪だろうとヴァンパイアだろうと宇宙人だろうと関係ないさ」

「・・・・・・・・前々から思うが、お前のその態度は柔軟と言うか投げやりと言うか」

士郎の言葉にストラウスは今度は逆に苦笑した。

「・・・・・・・・前にも言っただろ? 勝手に一人で自己完結するなって」

ストラウスの横まで彼はやって来てポンと肩に手を置く。

「俺達に嫌われて、自分から出て行こうとか考えて無いか?」

ぼそりと士郎はストラウスに呟く。

「俺と俺の家族を舐めんなよ。お前の正体が何であれ、嫌う奴なんて俺の家族にいるもんか」

「士郎・・・・・・・」

「まだ俺はお前に恩を返しきれてないし、多分一生かかっても返しきれない」

これまでにストラウスが自分や桃子、恭也や美由希、なのはに与えてくれた物は計り知れない。

翠屋の件も家族の仲も、ストラウスがいなければどうなっていたかわからない。

「俺達はお前を縛り付けるつもりはないさ。俺達が嫌なら出て行ってくれても構わない。でも少しでも・・・・・・・・少しでもお前が俺の家族がいる場所を好きでいてくれるなら、ずっといてもらいたい」

士郎の言葉を聞き、自分は何を一人で勝手に決め付けていたのだろうと思った。

彼らに嫌われるようにすると言うのも、自分勝手な一方的な押し付けでは無いか。

本当に彼らの事を考えたのなら、きちんと話し合いを行い、その上で自分の処遇を考えてもらえばいい。

そこで拒絶されるならそれまでだ。

だが・・・・・・・。

『俺と俺の家族を舐めんなよ。お前の正体が何であれ、嫌う奴なんて俺の家族にいるもんか』

士郎の言葉が心の中で反芻される。

本当にこの家族は優しく暖かい感情を自分に抱かせてくれる。知らず知らずのうちに心が満たされる。

「さてと。恭也、俺はストラウスと一緒に一足先に帰るから、お前はゆっくりと帰って来い。なのはの迎えは・・・・・・あとで連絡してくれたら俺がもう一度来るから」

「いや、俺も一度家に戻るよ。ただ忍と少し話をしたいから、その後になるだろうけど」

「お前、いつから月村さんのことを名前で・・・・・・。これは帰ってきたら桃子と一緒にみっちりと問い詰めないとな。なぁストラウス?」

「ああ、そうだな」

二人の言葉に恭也はうっとうめき声を上げて、忍はそんな彼を微笑みながら見ている。

こうして忍の案件は一応の解決を見る。

安次郎は警察の厄介になり、一文無しになった。その後、彼は行方不明になったらしいが、イレインを手に入れるためにかなりやばい所に金を借りていたらしく、その筋の人のお世話になったというのがもっぱらな噂だ。

ストラウスは桃子と美由希、そしてなのはにもきちんと自分の正体を明かした。

ただヴァンパイアの王であったとか、国を滅ぼしたとか、千年間無間地獄を放浪してきたとか、そういった事は一切話していない。

ただ自分がヴァンパイアであり、人とは違う能力を持ち、千三百年近く生きていることを話した。

幼いなのはにはまだ早いと思ったが、一人だけのけ者にするわけにもいかない。

それに幼いといっても少しは物事を判断できる年齢だ。それにストラウスの教育の影響もあり、年以上にしっかりしている。

「あっ、そうだったんですか。あたし達よりもずいぶん年上だったんですね」

と桃子。

「まさか小説に出てくるみたいな人だったんですね」

と美由希。

「ストラウスさんはストラウスさんだから、なのは的には関係ないです!」

「くぅん!」

となのはと久遠。

驚きこそすれ、全然怖がられなかった。さすがにこれにはストラウスも拍子抜けしたのだが。

「いや、まあ、受け入れてくれたのは嬉しいんだが、良いのかこれで?」

「いいんじゃないか? だから言っただろ? 俺の家族にお前を嫌う奴なんていないって」

「・・・・・・・・お前の言葉にはいつも驚かされるよ」

勝ち誇ったような士郎の顔に、ストラウスは苦笑するしかない。

この家族にはいつも驚かされてばかりだ。

その後、月村家にも赴き、恭也を交えて忍ともストラウスは話をした。

お互いに正体を知った今、気兼ねする必要は無い。

お互いに似た同士、仲良くしましょうと言うことらしい。すずかの方もストラウスの正体を話した。

彼女も自分の正体にコンプレックスを抱いていたようだ。なのはやアリサにはまだ秘密だが、いつの日にか自分で打ち明けるという。

ストラウスは自分の正体を受け入れてくれたなのはや、アリサならきっと受け入れてくれると彼女に語り、いつか自分から語れるようになるように励ます。

その言葉にすずかも「はい」と返事をしてくれた。

イレインに関しては現在修理中。破損はそこまで大きくないので、数日中には修理が終わるらしい。その際にはストラウスにも立ち会って欲しいとの事だ。

ストラウスも二つ返事でOKを出した。

守るべき者が増えたのかもしれない。

ストラウスはそう考える。

夜の一族が自分の血族だから守る、と言う意味ではない。

確かに彼らも血族に分類されるかもしれないが、ストラウスが守りたいものは高町家とそれを取り囲む人々。高町家の人々の、彼らを取り巻く人々の笑顔を。

そのすべてを守ってみせる。

士郎が約束してくれたように、自分も。

王としてではない。ヴァアンパイアとしてではない。

ただ一人のローズレッド・ストラウスとして・・・・・・・。







あとがき

感想は本当にありがとうございます。皆様に愛され、ストラウスをしっかりと幸せにするよう頑張ります。

しかし文才が無い身としては辛い。

他の方々のSSとかで勉強していても自分の想像力ではここまでか・・・・・・・。

もっとドラマを展開したいのに・・・・・・。

まあとにかく次からはリリカル編に突入かな。

次回はいよいよ原作崩壊がスタートになると思う。

まずユーノ君。

ストラウスがいるから、まあ皆様よくお分かりでしょう?



[16384] 第六話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/03/12 23:33


この広い空の下には幾千、幾万の・・・・・・いやそれ以上の人々がいて。

その人達は皆色々な願いや思いを描いて暮らしていて。

その思いは時に触れ合って、ぶつかり合って・・・・・・。

だけどその中の幾つかはきっとつながっていける。伝え合っていける。

これはそんな出会いと触れあいのお話。





「ふわっー。うう、まだ眠いかも・・・・」

高町家の末っ子である高町なのはの朝は遅い。時刻は七時少し前。もうちょっと朝早く起きられないのかなと思うが、どうにも無理らしい。

彼女は別に低血圧と言うわけではないのだが、寝起きは悪い。意識が覚醒しきっておらず、もうあと五分と布団に包まろうとする。

「くーん」

布団の中では彼女の友達である久遠がすやすやと眠っている。

なのはも~と久遠を抱き寄せてもう一度眠りに付く。

と、その時コンコンと部屋をノックする音が聞こえた。

「こら、起きなさい、なのは」

声の主はこの家にお世話になっているストラウスの物だった。彼は日課として、なのはを毎日起こしている。

「うー、あと五分」

「ダメだな、これは。入るぞ」

ふぅっとため息をつきながらストラウスはなのはの部屋に入る。

「まったく。なのはは朝に弱いな。夜はそれなりに強いのに・・・・・」

魂が自分とステラの子だからか? 何て事を考えた事もあったが、肉体は人間なのでそれは無いだろう。朝型夜型というものもある。単純になのはは朝が苦手なだけだろう。

「起きなさい、なのは。士郎と桃子ももうすぐ仕込から帰って来るぞ」

あの二人は朝の仕込みで翠屋の方へ行っている。恭也と美由希は朝の鍛錬で走りこみを行っている。さっき戻ってきたようなので、今は道場で打ち込みでもしているだろう。

「ううっ・・・・・。まだ眠い」

「まったく。まあお前もまだ幼いんだから仕方が無いか」

何とか上体を起こして目をこするなのはを見ながら、そう言えばレティにもこんな時期があったなと思い返す。

なのはの場合、まだ九歳だ。これも仕方が無いことかもしれないし、朝が強い弱いは体質の問題もあり一概に叱れない。

それ以外の事はきちんとこなしているなのはだ。あまり目くじらを立てるような問題でもない。

「ほら。早く着替えないと朝食が食べられなくなるぞ」

「それは・・・・・嫌かも・・・・・・くぅー」

「こらこら。きっちりと起きて準備しなさい。久遠も起きなさい」

「くーん」

久遠も眠たそうに目をこする。久遠としてももっと寝ていたかったが、なのはが起きるのとご飯と言うこともあり起きないわけには行かない。

「くーちゃん。一緒にご飯食べに行こうね」

「くぅん♪」

なのはの言葉に久遠も嬉しそうに答える。本当にこの子達は仲がいい。久遠もなのはが大好きで、なのはも久遠のことが大好きである。

ストラウスはなのはが優しい子である事を嬉しく思った。

「じゃあ私は先に行っているから」

「はーい」

「くーん」

仲良く返事をするなのはと久遠を確認すると、彼はそのままキッチンの方へと向かって行った。







四月。

桜の舞い散るこの季節は出会いの季節でもある。新しい環境。新しい生活の始まり。

高町家の子供達も進学し、新しい学年となる。

恭也は大学へと進み、美由希もなのはも一つ上の学年となった。

ストラウスにとっての日々は変わらないが、子供達の成長していくこの貴重な時間を士郎や桃子達と楽しんでいる。

今日も元気に登校するなのは達を見送り仕事に戻る。

今は翠屋での仕事は少ない。士郎と桃子がすべてを切り盛りしているから、ピークタイム以外ではすることが無い。

教えられる事はここ数年で士郎に教えたので、もう経営も任せて大丈夫だった。

とすれば自分は漫画を書くことにでも専念しよう。

ここ最近は雑誌に掲載しないかとオファーを受けている。

ストラウスとしても本気でデビューするかどうか悩むところではあるが、まだなのは達の指導も終わっていないのでその話は辞退している。

いつかなのは達が大人になった時は、色々とやりたいとは考えているがそれもあと十年以上先の話である。

「ふう。ともあれ平和だ」

晴天の空を見上げながらストラウスは一人平和をかみ締める。

忍の事件以降、目だった大きな厄介ごとは無い。イレインの方も忍が修理して今は彼女の家で生活している。

最初の方は色々と不平不満を言っていたが、忍とノエルの説得もあり、客人兼屋敷の警備の一人としてそれなりの生活を送っている。

桜の季節が終わる前に一度皆で花見をするのも良いだろう。今月末にも皆で温泉に行く予定だが、花見は今しか出来ないイベントだ。

「しかし私もずいぶんとこの穏やかな暮らしに慣れたな」

毎日が平凡でありきたりだが、それが堪らなく心地いい。

「さてと。今日は漫画の続きを仕上げるか。美由希の意見ももらったし・・・・・・」

ぶつぶつと思考に浸りながら、今後の漫画のアイデアを練る。

そしてこの日を境に彼らの日常は変化していく事になるとは、この時ストラウスは知る由もなかった。









「将来の夢?」

ストラウスがいつものように、帰って来たなのは達に勉強を教えていると、なのは達が今日の学校での授業の事を話してくれた。

「うん。今日学校の先生が色々な仕事について話してくれて」

「で、将来の夢は何かって話になったの」

なのはの言葉をアリサが補足するような形で言う。

「なるほど。まあまだ早い気はするが、今から何になりたいと考えておくのも良いかもしれないな」

ストラウスもふむふむと相槌を打つ。昔の自分は特にこれと言ってなかったが、自分の力を国や民のために使おうと考えていたなと思い起こす。

夜の国ではとんとん拍子に出世して大将軍、最終的には王様にもなった。まあ国を滅ぼしたダメな王様だったが。

「それで皆は何かなりたいものはあるのか?」

「うちはお父さんとお母さんが会社経営だから、いっぱい勉強して後を継がないとぐらいだけど」

アリサの両親は世界的な大企業を経営する企業家である。アリサは一人娘であり、両親としては彼女に後を譲りたいと考えるのは当然である。

「まっ、あたしは勉強はもう余裕ね。だってストラウスにいっぱい教えてもらってるから」

えっへんと胸を張るアリサ。すでに彼女の勉強の内容は小学生とは思えないレベルに到達していた。

塾で習う勉強どころか、専門的な講師から教わるような勉強も教わっている。

経済学、経営学、流通についてやはたまた帝王学などなど。

それを教えているストラウスも凄いが、普通に理解し吸収していくアリサも異様だった。

アリサの両親などは娘の勉強内容に驚きを隠せないというか、どんな講師だと驚いていた。

しかも見た目二十代の若造なのだから余計だろう。

普通ならそれぞれ専門的な分野を専門の講師が受け持つのに。

「私は工学系で専門職が良いなって思ってるけど。そうだね。宇宙船の設計とか面白そうかな」

すずかは姉の忍同様機械に詳しく、その分野が好きであった。機械工学などの勉強の手ほどきもストラウスがしている。

「すずか。良ければロケット工学も教えよう。ロボット工学の授業もそろそろ落ち着いてきたし」

「あっ、お願いします」

すずかの一族たる夜の一族。その一族に伝わる自動人形。彼女はロボット工学を勉強し死の知識と技術を得て、彼女を助けてくれる人達に恩返しをしたいのだ。

ノエルとファリン。

この二人は夜の一族が作った自動人形である。

忍は自動人形のノエルを修理してのけるほど優れた頭脳を持っていた。

妹のすずかも姉に若干劣る物の、ロボット工学に興味を示しその才能を伸ばしていっている。もう少しすれば忍に追いつけるかもしれない。

尤も忍も日々成長しているので、その差を埋める事は難しいかもしれないが。

「にゃー、なんだか二人とも凄いな」

アリサとすずかの言葉になのはは二人を尊敬し、同時に自分には何があるのかと考える。

「うーん。どうなんだろ」

考えてみたが特にこれと言って思いつかない。

「何言ってんのよ。なのはだって勉強じゃあたしと同じくらい出来るじゃない」

「そうだよ、なのはちゃん。それになのはちゃんは翠屋の二代目になるんじゃないの?」

「にゃはは、そうだね。でもなんだかアリサちゃんとすずかちゃんの話を聞いてたら自信なくなっちゃって」

なんだか自分がずいぶんと小さく思えてしまう。父と母の仕事を馬鹿にするわけではないが、会社経営とかロボット・ロケット設計だとかの方が凄く思えてしまう。

確かに子供の場合、大きな仕事やカッコいい仕事に憧れを持ったり、それが凄いことのように感じてしまうのは仕方が無いことかもしれない。

もちろん翠屋二代目になると言う将来の選択肢は考えている。兄妹の中では料理の才能が一番にあるのは自分だ。

兄恭也は料理は出来るが料理人と言うレベルでは無い。姉美由希は・・・・・・・・料理に関しては絶望的で、ストラウスでさえ。

「美由希の料理の腕を上達させるには・・・・・あと二百年ほど修練が必要だな」

と本気か冗談かわからないような事を言っていた。

「あんたねぇ、翠屋って今じゃ凄い人気の店で全国版の雑誌でも取り上げられる超有名店でしょ? その二代目って凄いじゃない」

「そうだよ、なのはちゃん。私達からすればそっちの方が凄いよ」

「て言うか理数の成績あたしより良いじゃないの!」

なのはの理数系の成績は現在でもアリサよりも上である。無論、専門的な分野においてはなのははすずかに負けるが、一般的な分野ではなのはが一番である。

「で、でも運動はそんなに得意じゃないし」

「あー、もう! そんなこと言うのはこの口か!」

「にゃ、にゃー」

アリサはなのはの口の端をつまみ、思いっきり広げる。

「ひ、ひたい! ひたいよ~」

「だ、ダメだよアリサちゃん。そんなことしちゃ」

痛がるなのはとおろおろとするすずか。そんな様子を若干楽しそうに眺めるストラウスだが、さすがにはしたないと感じる。

「アリサ。さすがにはしたないからやめなさい。淑女がそんな事をするもんじゃない」

「だってなのはが・・・・・・」

「ほら、いい加減になのはから手を離して。なのはも大丈夫かな?」

「ううっ。まだ口が痛い」

涙を浮かべながら言うなのはを見ながら、ストラウスは苦笑する。

「まあ今回はなのはも少し考えるところがあるな」

「考えるところ?」

「ああ。お前はまだ幼く将来何になるかと確定させるには早すぎる。それはアリサにもすずかにも言える事だが」

まだ小学三年生でしかない三人。成長し成人するにはあと十年以上は必要だ。ストラウスとしては最低、高校以上。出来れば大学・大学院にまで進学して欲しいと考えている。

「今はまだじっくり学んで考えていけば良い。今思っている夢にしても、それを絶対にしなければならないと言うわけではない」

道は無限に広がっている。どれを選ぶかは本人次第ではあるが、ストラウスは彼女達の選択できる道を可能な限り増やしてあげたいと考えていた。

「これから先、もっと魅力的でやりがいのある事を見つけるかもしれない。今考えている夢が本当にやりたい事だと思えるようになるかもしれない。焦る必要は無い」

ぽんとなのはの頭を叩く。

「にゃっ?」

「これからもっと多くの物を見て、多くの人と知り合い、多くの知識を得るといい。そうすればいずれ遠く無い未来、お前も自分に自信を持てるようになるさ」

お前は私とステラの娘の生まれ変わりなのだからな。

言葉には出さず、ストラウスは心の中でそう呟く。ブリジット、レティ。共に自分には勿体ないくらいの娘達であった。

今もどこかで立派にやっている事だろう。あの娘は、あの娘達は自分の娘だと自慢できる程に。

(ブリジット、レティ。お前達もこことは違う地球で、あるいは月で名を馳せているのだろう)

二人の娘を思い出し、あの子達に笑われないように自分も頑張ろうと思う。今はこの子達をあの二人に負けないくらいに育て上げる。

それが今のストラウスの目標だった。

(だがアリサは成人して、経験をつめば数十年で一度位はブリジットの裏をかけるんじゃないだろうか)

不意にそんな事を考える。今の直情的な性格のままではブリジットに良い様に扱われるだろうが、感情を制御できるようになれば可能性は高くなる。

(少なくとも森島よりは上を行くだろうな)

向こうの世界で人間の中では優秀な部類の若い青年を思いだす。いや、アリサは彼よりもGM御前のようなタイプかもしれない。数十年後、世界を裏から牛耳っていそうだ。

(すずかもこのままいけば、なずなやリー博士を上回る工学者となるだろう)

この世界に血族はいないが、宇宙に飛び立つと言う事は人類の新たな可能性でもある。

その第一人者としていつか彼女の名前が刻まれるかもしれない。

「とにかく今からあまり悩みすぎるのも考え物だ。お前達は今を楽しみなさい。今日明日に決めるべきことでもないし、決めてもいけない」

「そうね。私が会社を継ぐのってあと十年以上先だし」

「うん。私も今はいっぱい勉強して、もっと機械に詳しくならなくちゃ」

「あはは。うん、私も負けないようにがんばろうっと」

「そうよ、なのは。あっ、次のストラウスのテストは勝負だからね!」

「うん、負けないよ、アリサちゃん!」

「ううっ、テストじゃアリサちゃんとなのはちゃんに勝てないよ」

三人はそれぞれに楽しそうに会話を続ける。彼らの日常は続く。

しかし永遠に変わらない物は無い。

世界はいつだってこんなはずじゃなかった。それは真理であろう。

誰も望んで不幸を求めない。

誰も望んで悲劇を求めない。

誰も望んで苦しみを求めない。

だが世界は人々に投げ与える。いや、人が人に与えると言う方が正しいだろう。

善意から生まれる悪意がある。

良かれと思っての行動が裏目に出る事もある。

誰かのためにと思って行った事が、誰かを不幸にすることはよくある。

日常を脅かす非日常はすぐそこまで忍び寄っていた・・・・・・・。







空とも海とも宇宙とも違う空間。

その存在を知るものと知らないものがいる場所。

その存在を知る者達はそれを次元の海とも言う。

叡智を持つ存在はその海を渡す術を生み出し用いている。

そこには一般の人間が船や、飛行機などで移動するのと同じような感覚で航行している一隻に船がいた。

それは突然の出来事だった。

激しい衝撃が船を襲った。何が起こったのかわからなかった。

航海は順調だった。何の問題もなく、このまま終わると彼は思っていた。

しかしそれが間違いだったと思い知らされる。

「くっ・・・・・・・」

少年は激しく揺れる船の中、必死にシートに掴まり揺れに耐えていた。

この船は持たない。直感的に彼は思った。

「救難信号は!?」

「すでに送っている! くそっ! 操縦が利かない!」

操縦席に座る二人の操縦者の言葉に少年はより一層事態の悪さを感じた。

「君は早く救命ポットに! この船はもうだめだ!」

「そんな! あれを放っては!」

「無理だ! ここから格納庫まで行って、あれを回収してきては間に合わない!」

「でも!」

少年は反論する。この船が運んでいる物。それは危険な物だった。ある遺跡で少年が発掘した今は失われた技術で作られた遺物。

現在は封印をされているが、何が起こるかわからない物だった。

「貴方達は先に脱出してください! 僕はあれを回収してきます!」

「待ちなさい! 無茶だ!」

少年は操縦者の制止も聞かず、激しく揺れる船内を格納庫に向かい走った。

「うわっ!」

何度も激しく揺れる船内で転倒しそうになったが、何とか彼は格納庫までたどり着いた。

「はぁはぁ・・・・・・・・」

格納庫の中央に厳重に保管されている黒いケースを見て少年は安堵した。まだここは無事のようだ。何とか間に合った。

そう思った矢先、それは起こった。

けたたましい、まるで雷のような音が鳴り響いたかと思うと、格納庫の壁が破壊されている。

爆音に轟音。耳をふさがなければ鼓膜が破れると錯覚するほどの音。少年は咄嗟に耳を押さえる。

「あっ!」

悲鳴にも似た声が少年から発せられる。格納庫の荷物が次々に外に吸い出されていく。それは中央に厳重に鎮座されていたケースも同じだ。

「ダメだ!」

少年は思わず飛び出し手を伸ばす。しかしそれは届かない。ケースに雷が直撃した。

強大なエネルギーの直撃を受けたケースは粉々になる。

だがそれだけではない。封印され、安定を保っていたそれが、雷のエネルギーを受けて活性化したのだ。

「そんな!」

少年は目を見開き驚く。ドクンとそれが鼓動した気がした。ケースより散らばった青い小さな宝石。数は二十一個。

ジュエルシードと呼ばれる願いを叶えるとされる宝石。

宝石は次元の海にこぼれ、何かに引かれるように進む。

二十一個の石は次元の海から姿を消し、そして新しい世界へと姿を現す。

ある者達が、『第九十七管理外世界・地球』と呼ぶ世界に・・・・・・・。

「追いかけなきゃ!」

少年も後に続く。一刻も早く封印しなければ大変な事になる。安定を損なわれ、不安定な状態になったジュエルシードがどんな被害を起こすかわからない。

下手をすれば街が一つ二つ消えてなくなるかもしれない。

何よりあれを見つけたのは自分である。あれは最後まで自分が責任を持って送り届けなければならないものだ。

ゆえに少年はジュエルシードを追った。自分の行動がどのような結果を引き起こすかを考えずに。

否、考えられるはずが無い。

大人でも失敗し、後悔することなど多々あるのだ。突発的な事態で冷静な思考能力が奪われている最中、的確に、あとの事まで考えたベストの選択肢など取れるはずが無い。

まだ少年ならば当たり前である。むしろこの場合は、少年の行動を褒めてあげるべきかもしれない。

物語は始まる。







「はぁ、はぁ、はぁ」

この世界に降り立った少年―――ユーノ・スクライア―――は日も傾き始め薄暗くなった森の中でそれと対峙していた。

森の中から彼を狙う何か。黒いもやの様な物体。赤く光る一対の瞳がこちらを見据える。

ジュエルシードはこの世界に散らばった。不幸中の幸いは世界中ではなく、ある街の近辺に落ちたことだろう。

それでも二十一個のジュエルシードは散らばってしまった事に変わりは無い。

ユーノはこの世界に降りた時、すぐに一つを回収した。それは偶然とも言える。彼が降りた傍に落ちていたのだ。

幸先は良かった。あと二十個。何とか回収できるだろうと楽観的に考えていた。

それが間違いであることにすぐ気づかされた。

ジュエルシード。それは一つ一つが魔力の結晶体であった。

ただし厄介な点はそんな事ではない。

それはジュエルシードが周囲の生物が抱いた願望を、意識無意識関わりなく叶える願望を持っている点。さらに言うなら、それは歪んだ形で具現化されてしまう。

次のジュエルシードを探す最中、それは突然襲いかかってきた。

彼を襲った黒い靄。それはジュエルシードが何かを取り込んで生まれた物だった。

魔力の塊であるジュエルシードによって生み出されたそれは、ユーノにとっては最悪の敵だった。

彼は封印や捕縛、治療と言った補助的な能力は優秀であったが、攻撃と言う一点においては不得意であった。

それでも何とかしなければいけない。今は自分ひとりしかいない。自分が何とかしなければいけないと自らを奮い立たせる。

「レイジングハート!」

ユーノはポケットから赤い宝石を取り出し、手で前にかざす。すると宝石が光り輝き、彼の前に緑色に光る円形の陣を浮かび上がらせる。

魔法陣と呼ばれるそれは、魔力により生み出され、彼を守る盾となる。

黒い塊はユーノの動きに反応して、彼に向かって襲い掛かる。

「許されざる物を封印の輪に! ジュエルシード封印!」

魔法陣と黒い塊がぶつかり合う。

「くっ・・・・・・」

小さなうめき声を上げながら、ユーノは必死に耐える。ここでやられるわけにはいかない。こいつを逃がすわけにはいかない。

ぼこぼこと黒い塊が変化していく。ぶつかり合ったそれは自らの身体を変質させ、この場を乗り切ろうと考えたようだ。

黒い塊から二つの腕のようなものが生える。腕はさらに変化して巨大な蛇のような姿になる。

「ま、ずい・・・・・・」

ユーノも危険を感じ取ったのだが、それ以上どうする事も出来ない。今はこの黒い塊を抑えるので精一杯である。

(やられる・・・・・・)

二頭の蛇が魔法陣の左右からユーノに向かい襲い掛かる。彼は思わず目を閉じ、痛みに備える。

しかしユーノが痛みを感じる事は無かった。

『GUGAAAAAAAAA!!!!』

黒い塊が声を上げる。目を開いたユーノが見たものは、自分とは違う誰かの魔力に攻撃されている黒い塊だった。魔力により、大きなダメージを受けたのか、どさりと黒い塊が地面に落ちる。

「何が・・・・・・・」

ユーノも何が起こったのかわからなかった。だが何者かの魔力で黒い塊が倒されたのは理解した。その証拠に黒い靄が消え、中から青い宝石が出てきたのだ。

「とにかく封印しなくちゃ」

考えるのを後回しにして、まずはジュエルシードを封印する。

彼は知らない。彼のいる場所から離れた場所で彼を見る男の存在を。

思いもしないだろう。その男は数キロ先から魔力で攻撃したと言う事を。

彼は知る由も無いだろう。

この街にローズレッド・ストラウスと言う最強にして至高のヴァンパイアがいると言う事を。

物語は回る。巡る。本来の流れを逸脱して・・・・・・・・。







あとがき

魔法少女リリカルなのは、始まりません(笑

原作をぶち壊した! ユーノとストラウスも邂逅なし!

だってストラウスさんがいきなり現れた、正体不明の存在にいきなり接触するなんて考えられない。この人、巡航ミサイルでさえ遠くから破壊できるし、その気になればミサイルも花雪に気づかれずに落とす方法もあったって言われてるくらいだし、これくらい出来るはず。

それに彼なら、まず相手の動きとか色々調べてから接触すると思うので。

と言う事でここでは淫獣フラグも立たず、ユーノサブ主人公フラグが立った。

思うに、ユーノは原作では決してベストではないが、悪くない選択をしていたと思う。

無関係な人間を巻き込んだのはいけないが、それによって生じる被害を考えたなら、仕方が無いといえる。

あのまま放置すれば下手をすれば海鳴市が崩壊していた可能性もある。管理局に通報しても、彼らが動く前にあの一話の黒い塊がどれほどの被害を出していた事やら・・・・。

一概にユーノを責められないと言うのが私の持論。それはグレアムにも言えると思います。

プレシアも仕方が無い面はある。やはりそれぞれの主義主張を取り入れていく事が、一番良いことだと思うので。

まあ接触しないと始まらないので、そのうち接触はするでしょうけどね。



ではでは、次回もお楽しみに。





[16384] 第七話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/03/14 15:30


ストラウスがそれを感じ取ったのは、午後三時になろうかと言う時間だった。

今まで感じる事のなかった不安定な魔力の流れを捉えた。

魔力がこの世界にまったく無いということではない。なのはを始め、魔力を宿した人間や物体と言うのはこの世界にも少数ながら存在する。

しかし彼が感じ取った魔力は突然、何の前触れも無く海鳴市の上空に出現した。

大気と次元の揺らぎ。

かつて前の世界においてアーデルハイトも次元の狭間に閉じ込められていた。彼女の復活の際は空が割れると言う現象が起こった。

今回は空が割れると言うよりも、魔力を宿した物体が突然、瞬間移動したかのようにこの世界に現れたような感じだった。

目を閉じ意識を集中し、魔力で何が起こっているのかを調べる。

それは宝石のような物だった。数は二十一。高密度の魔力で作られているようだった。

宝石はそれぞれ重力に従い海鳴市へとバラバラに落ちていく。

魔力的には非情に不安定であった。揺らぎが激しい。いつ何が起こってもおかしくは無い。

ここからでは距離がありすぎる。一応、宝石を刺激しないように魔力制御には細心の注意を払っているで、自分の魔力が影響して今すぐ暴走が起きる事は無いだろう。

とにかくこのままでは不味いかもしれない。そう思い行動を起こそうとした矢先、彼の魔力感知に新しい反応があった。

次は人だった。見慣れない民族衣装を着た、なのは達と同じくらいの年齢の少年。彼が出現した場所はちょうど宝石の幾つかが落ちた森の中だった。

少年はすぐさま近くにあった宝石の一つを発見し、魔力を使い何かしらの処置を施した。

すると宝石の魔力の揺らぎは治まり、安定した状態になった。

おそらくは魔力を用いて沈静、あるいは封印と言った処置を施したのだろう。

しかしストラウスが驚いたのは、彼の魔力の運用方法だった。

ストラウスが知る魔力の使い方は、魔力自体を様々な用途に合わせて運用するものだった。

また魔力は自らの体内で生み出す。この点も似ているが、少年は周囲から魔力を取り込んでいた。さらに少年が使ったのは、魔力を何かしらの術式で操作しているような感じだった。

その証拠に彼が魔力を使用した際、彼の足元に法陣のような何かが浮かんでいた。

どちらかと言えば、セイバーハーゲンが術にしているようなものだ。

(魔力を霊力のように特定の作用を生むように調整しているのか。なるほど。私が知らない技術体系のようだな)

幼いながらにも術式はしっかりして安定している。中々に優秀な子のようだ。

(それにしても魔力を周囲から取り込んだか・・・・・・・・。私達のように自ら生み出しているわけでは無いのか)

ストラウスは今までは魔力は当たり前に身体で作られると考えていたし、事実その通りだった。

ヴァンパイアやダムピールは体内で魔力素を生成、そして魔力に変換する。

これが彼―――ユーノの世界で言うところのリンカーコアと呼ばれる物である。

ただしユーノ達の言うリンカーコアとは『大気中の魔力を体内に取り込んで蓄積することと体内の魔力を外部に放出するのに必要な器官』のことである。

ちなみになのはの場合もこれがあるが、彼女の場合覚醒していなく、眠っている状態のため大量に内部に溜め込まれ、外部から吸収することがないだけであった。

もしなのはのリンカーコアが覚醒すれば、キャパシティ、吸収量、さらには魂の影響からその量は膨大なものへとなるだろう。

だがストラウスは外部から吸収する必要は無い。すべて自らの体内で生成し、蓄えられる。

ストラウスの場合生成量と蓄積量が想像を絶する。そのため彼は単独で星を破壊するだけの魔力を有しているのだ。

(しかし情報が足りなさ過ぎるな)

散らばった宝石はすべて追尾している。場所もすべて把握している。幾つかは海へと落ちたが、どこにあるのかすべてわかっている。

二千五百キロ離れた洋上から打ち出されたミサイルや、一万キロ遠方の弾道ミサイルの発射を察知し把握しつくせる男にとって、この近隣高々百キロにも満たない周囲に落ちた魔力を持った物体を把握しつくせないわけが無い。

(それでも今すぐ動くわけにはいかない)

だがすぐに動くわけには行かない。魔力を持った物体が落ちてきた。それだけなら今すぐにでも回収に向かうところだが、問題はその次だ。

見たこともない衣服を身に纏った、魔力を扱う少年の出現。

彼が何者なのか。何の目的があるのか。あの宝石が何なのか。謎が多すぎる。

彼が個人で行動しているのか、はたまた何かしらの組織の尖兵なのかもわからない。

個人か組織か、それだけで対応はずいぶんと変化する。

それに彼は少年の姿だが、もしかすればレティなどのようにずいぶんと年齢を重ねた人物かもしれない。外見的年齢よりも落ち着いて見える。

魔力を扱う手並みなどを考えると油断できない。ブリジットも十歳で下手をすれば元老級のヴァンパイアでさえ負かしかねない才気を持っていたのだ。

この少年がそうでないとは言い切れない。

ゆえに現時点では静観を決め込む。幸い少年はこの宝石を回収しにきたようだ。不安定だった魔力も安定している。これなら少年に任せるのも一つの手である。

何もわからない状況で手を出すよりもまずは情報を集める方が良い。

それに下手に手を出し自分の力と存在を感づかれるほうが厄介だ。

自分ひとりならそれでも良いが、今は高町家のお世話になっている。ここの人達に迷惑をかけるリスクは少しでも減らさなければならない。

魔力による監視も気づかれていない。ミサイルの接近で動揺していたとは言え、花雪にも自分が彼女を監視していたとは気づかれていなかった。慎重に魔力の流れや元をたどられないようにする。

しばらく監視していると、宝石の一つの魔力が高まった。意識をそちらに向ける。

石は何かを取り込んだかのように大きな黒い塊に変化した。

(何かしらの物体を取り込んで強大化するのか・・・・・・。魔力の異常増大と言い、あまり楽観視できるものではないな)

少年は手に宝石のようなものを取り出し、黒い塊と相対する。赤い宝石は増幅あるいは霊力をためる十字架のようなものだろう。

魔法陣のようなものを作り出し、黒い塊を押さえ込もうとしているが力不足のようだ。

少年一人ではやられる。

(仕方が無い・・・・・・)

このまま彼が黒い塊にやられてしまうのも厄介だ。ここは気づかれないように手助けするのが得策と判断し、魔力を黒い塊に向けて送り込む。

数キロ先の目標に向かい的確に、そして自分の位置を悟られないように。

かつて島において高速で飛来するミサイルを十キロ以上先で迎撃した彼をもってすれば、この程度の事造作も無い。

少年は何が起こったのかわからず困惑しているようだったが、まずは封印を優先したようだ。これで少年は二つの宝石を封印したことになる。

(怪しまれただろうが、私の魔力の痕跡はたどれ無いだろう。接触はしばらく控えなければ・・・・・・・)

ストラウスは懸念事項が幾つか解決するまで、少年との接触をしないことを決めた。あの宝石はこちらのほうでも監視、あるいは封印と回収を行うつもりだが、下手に動き回るのも危険である。

(出来る限りあの子のいく先々に宝石を集め、自主的に回収させるのがベストか・・・・)

確認した宝石の幾つかは市街地にも落ちている。誤って人が手に入れて取り込まれると厄介だ。

(それとも相手の目的がわからない以上、先に回収しておくほうが無難か)

あの子の術式を完全に模倣する事は出来ないが、魔力で似たように封印する事は可能だろう。下手に刺激するのは危険だが、出来ない事は無いだろう。

(問題なのは市街地に落ちた数個。八束神社、月村邸、学校のプール、路地裏、川沿いのサッカー場脇の草むらに一つずつか)

人の出入りがある場所は何かと危険だ。人間があれに取り込まれるとどうなるのか、現段階では判断が付かないが、放置しておくには危険な問題だ。

(危険なものだけ先に回収しよう。街中であんなものに暴れられては被害が大きすぎる)

ストラウスは基本的に博愛主義である。最近は特定の人物に肩入れする傾向が出てきたが、それでも多くの人々が平和に暮らせるように願っている。

彼はこの街とこの街に住む人々が好きだった。それを守るためなら力を振るう。

かつて星人フィオから血族だけでなく、人類全てを守ったように。

変わらない人間はいない。人は日々成長し、変化していく。

ローズレッド・ストラウスも同じだ。

彼は気高く美しく、強く優しい。それが変わる事は無い。

しかし彼は少しずつ変わって行っている。

大切なものを得て、失い、そしてまた得た。

その得たものを失わないように、犠牲にしないように努力している。

かつて多くを救うためなら少数を切り捨てた。

妻を、娘を、血族を、自分自身さえも・・・・・・・。

必要ならばなんだってした。それで多くの人々が救えるのなら、それでよかった。

進んで地獄にさえ向かった。

けれども今は少し違う。

なのはやその家族、その友人達を犠牲にしないようにしている。

彼らの笑顔を、幸せを何よりも守ろうとしている。

それが良いことなのか、それとも違うのかはわからない。

(かつては国と民を思ったが・・・・・・・・、今はこの家族の幸せを何よりも願いたい)

今もし、世界とこの家族と問われればどちらを取るかわからない。以前なら進んで世界を選択しただろうに。

「私は浅ましくなったのだろうかな」

ふとそんな事を思ってしまう。けれども・・・・・・・。

「あっ、ストラウスさん! くーちゃんと夕方の散歩に行くんだけど、ストラウスさんも一緒にどうですか!」

「くぅん♪」

なのはと久遠が毎日の日課のような散歩に行くと言ってきた。犬とは違い散歩に行く必要は無いのだが、学校から帰ってストラウスの勉強が終わると、ご飯まで久遠と一緒に遊ぶ事がなのはと久遠との間で取り決めになっていた。

なのはと久遠の笑顔を見ていると、いつも優しい気持ちになれる。顔もついついほころんでしまう。

「ああ、一緒に行こうか。士郎と桃子には内緒だが、三人で臨海公園でたい焼きでも食べよう」

「えっ、いいんですか。はい!」

「く~ん♪」

ストラウスは二人を伴い、夕暮れの散歩に出かける。

この子達の笑顔を守ると新たな誓いを立てながら。









闇が街を包み込み、静寂が世界を支配する。

そんな中で、一人行動する少年の姿があった。ユーノである。彼は二個目のジュエルシードの封印を終えると、休む時間が惜しいとばかりに再び探索に入った。

しかし思うように進まない。周囲を魔法で探ってみるが、それらしい反応が無い。

はぁとため息をつき、身体を近場の木に預ける。見つからない。気持ちは焦るばかりだ。

あれは危険なものだ。

先ほどの黒い塊を見て、さらに核心を持つ。あれは何らかの願いを持ったものを取り込み、それを増幅させる。

発現する力は願いの内容によって違うだろうが、あんな物があと十九個と考えると恐ろしくなる。

いやいやとユーノは首を横に振る。何を弱気になっているんだ。ここには自分しかいないし、自分が最後までやり遂げないといけない事だ。

輸送船は大丈夫だろうか。無事に脱出してくれていると良いが。

救難信号は出したと言っていたし、船に何かあったと分かれば管理局も動いてくれるだろう。

時空管理局は次元の平和を守る組織であり、こう言った厄介な事件も担当している。

あの輸送船は危険な失われた遺物『ロストロギア』であるジュエルシードを運んでいると事前に報告も出している。ロストロギアがらみならば時空管理局もすぐに動いてくれるはずだ。

それでも連絡が行って、管理局が動いてこの世界を特定し、人員を動かしてくれるのにどれだけの時間がかかるか。

早くて数日、遅くて一週間はかかるだろう。

それまでに自分がすべて回収、あるいは何事も起こらないでいてくれればと思う。

だがそれが難しい事は先ほどの件からもよく分かっている。

(それにしてもさっきの魔力は誰だったんだろう?)

ユーノは先ほどの黒い塊に攻撃した何者かについて考える。あれは確かに自分以外の第三者の魔力だ。

ジュエルシードを封印したあと、周囲を探ったり念話を飛ばしたりしたが反応は無かった。

ジュエルシードを狙った誰かかとも思ったが、それなら自分を助ける必要は無く、自分があの黒い塊にやられた後に攻撃すれば良いだけだ。

もし自分を助けてくれたのならお礼を言いたかった。そして厚かましい話だが、手を貸してもらえればとも考えた。

自分ひとりで回収しなければと思ってはいるが、それでジュエルシードが暴走し、無関係な人に被害が出ては意味が無い。

身体を休める事で少しばかり冷静になってきたようだ。

先ほどの戦いを思い出す。そして理解する。自分では力不足だと。あの暴走体に対して、大したことができずあのままだとやられていた。

この先、暴走体を自分ひとりで絶対に何とかできる保証は無い。

それにもう一つ厄介な事がある。それは自分とこの世界にある魔力との相性が最悪なのだ。

うまく魔力を取り入れられない。回復や魔法制御にも大きな支障が出る。

最低で最悪だ、とユーノは膝を抱える。

自分一人で飛び出してきて、勝手にピンチになって、誰かわからない人に助けられて、挙句にその人に助けを求めようとしている。

こんな事なら最初から無茶をせず、管理局の人と一緒に来ればよかったかもしれない。

でもここに来るのが遅くなれば遅くなるほど、ジュエルシードの暴走で大勢の人が傷つき、下手をすれば死んでしまうかもしれない。

あの黒い塊の凶暴性を考えれば、あながち間違いとは言えない。仮に自分と謎の魔力の持ち主がいなければあの黒い塊は野放しになっていた。

もしかすれば自分が来なくても、あの魔力の持ち主がいれば最悪の事態にはならなかったかもしれない。

でもあの時点ではそんな事わからなかったし、あの場でどうにかできたのは自分だけだった。

あの輸送船に乗っていた魔導師は自分ひとり。他の二人はスクライア一族御用達の輸送会社の非魔導師だった。

あの場で時空管理局にSOSを発しても、到着には時間がかかっただろう。

広い次元世界を管理している管理局は常に人手不足である。確かにパトロールや緊急時に動ける人員は要るが、それが到着するまでの時間を考えればあのまま追いかけないと言う選択肢を選べなかった。

それに何も知らない現地の人があれを手にすれば何が起こるかわからない。

本当に街の一つ二つ消し去るだけの魔力を持っているし、あの雷で魔力も不安定になっていた。

本当に最悪の事態も考えられる。

先ほどから念話を飛ばしても何の反応も無いところを見ると、この世界には魔法が存在しないのだろう。

とすればジュエルシードが引き起こす災害を止められるのは、自分ひとりと言うことになる。

いや、自分を助けてくれた誰かがいるのなら、その人も止める力を持っているはずだ。

(その人の力を借りられないかな・・・・・・・)

他力本願だとは思う。何も出来ない自分がとても憎らしく思う。もっと自分に力があれば。

でも自分のせいで大勢の人が巻き添えになるのはもっと嫌だ。

(お願いです。僕の声が聞こえたら、答えてください。お願いします)

ユーノは祈るように、広域に念話を飛ばした。









『・・・・・・・お願いします。僕の声が聞こえたら・・・・・・』

「?」

不意になのはは何かに呼ばれたような気がした。夕食を食べ終えた後、みんなで雑談しながらたわいも無い話をしている時だった。

「どうかしたのかい、なのは?」

「ねぇ、お父さん。今何か言った?」

不思議に思ったなのはは、父である士郎に問いかける。

「いや、俺は何も言っていないが・・・・・・・」

「なのは。何か聞こえたのか?」

ストラウスはなのはの言葉に優しく微笑みながら聞く。

「えっ? なんだか誰かに呼ばれたような気がしたような」

「くぅん・・・・・」

「くーちゃんも何か聞こえたの?」

なのはは自分の膝の上に座っている久遠に問いかけると、久遠も首を少し傾げている。

「声・・・・・・。恭ちゃん、何か聞こえた?」

「いいや。俺は何も聞こえなかったが・・・・・・」

美由希も恭也も何も聞こえなかったと言う。

「私の気のせいかな?」

耳を澄ましてみるが何も聞こえない。気のせいだったのかと首を傾げる。久遠も同じように不思議そうな顔をしている。

「きっと疲れているんだろう。そういうこともあるさ」

「あー、かあさんも疲れてるとたまに変な声が聞こえる事もあるわね。注文にお菓子じゃなくて定食が出てきたり・・・・・」

ストラウスの言葉に桃子も反応する。同時にじーっと恭也の方を見る。

「うっ・・・・・」

と言葉を濁す恭也。

「あはは。それって恭ちゃんがたまに嘘言ってるんだよね」

桃子の言葉に美由希は笑いながら言う。つられてみんなも笑う。

「こらこら恭也。お前、かあさんを困らせてどうする」

「いや、それはその・・・・・・・・」

士郎に指摘され、恭也は何も言えない。

「じゃあやっぱりなのはの気のせいかも。もしかしたらお兄ちゃん?」

「いや、今回は俺は何もして無いんだが・・・・・・・」

「怪しい」

たまに嘘を付く兄を疑いの視線で見るなのは。今回は無実のためにちょっぴり悲しくなる恭也であった。

そんな中、ストラウスだけがなのはの言葉が気のせいではない事を知っていた。

(広域の念話か・・・・・。咄嗟にジャミングをかけてなのはに届かないようにはしたが)

魔力、あるいは霊力を用いて遠く離れた相手と会話をする方法。自分やブリジットをはじめ、多くのヴァンパイアやダムピール、霊力使いが使うものである。

この念話は魔力を持つものにだけ届くようになっているようだ。

それにしてもなのはが魔力と霊力の大半を封印している状態で、念話を聞き取れるとは思わなかった。これで覚醒しないかと心配したがどうやら杞憂のようだ。

念話は最初だけなのはに届いてしまったが、あとは魔力でジャミングをかけてなのはと久遠に届かないようにしている。

ストラウスを上回る魔力でも無い限り、このジャミングを破る事は出来ないだろう。

(しかしなのはの魔力と霊力は予想以上に大きい。アーデルハイトや私には到底及ばないが、ブリジットや花雪を軽く上回っている)

今だ眠り続けているとは言え、なのはの魔力の量はハンパではない。

ストラウスやアーデルハイトの魔力が桁違いならば、なのはの魔力は段違いと言うレベルだ。

(広域念話を送ってきたと言う事は切羽詰ったと言う事か? あるいは私を誘い出す罠か)

だが監視を続けている中で、あの少年が罠を張っているようには見えない。それに仲間への連絡や接触も今のところ確認できない。

(組織の人間ならば私の存在に気がついたなら、一度誰かしらと連絡を取るはず。だがそれが無いということは個人で動いているのか?)

まだ情報が足りなさ過ぎる。あの少年に事情を聞く必要はあるが、彼がこちらに害を及ぼさないとは限らない。

少年に悪意が無くとも、何かしらの原因で自分、ひいては高町家の人々に被害が及ぶかもしれないのだ。

(とは言え、向こうから接触を持ってきたからには、話をするには良いかもしれないな)

交渉は弱った相手とする。これは基本であり、自分が優位に立っている状態ならさらに話を進めやすい。

それにこちらから接触すると逆に相手に怪しまれる可能性もある。

すでに危険そうな市街地と八束神社とその周辺の四つは回収した。封印もそれなりに気を使ったが、魔力で出来た物体ならばどうにでもできた。

月村邸にあるものは少し距離が離れていたので、まだ手を出していない。それにあれは月村邸の私有地の森の中だ。あそこはめったに人が近づかない場所だから、今すぐ何かが起こりはしないだろう。監視は続けているし、今晩にでも皆が寝静まった後回収に向かおうと考えていた。

(・・・・・・・・・こちらの居場所と正体を探られない様にして、念話に答えるとしよう)

また下手になのはに接触されても困る。見るものが見れば、なのはには膨大な魔力があることがわかってしまう。

念話のジャミングも一ヶ月程度なら余裕で出来るが、いつまでもそんな事をしているわけにも行かない。

最善はこの少年に事情を聞き、早急に宝石を封印してなのはの存在に気づかれる前に帰ってもらうこと。

ストラウスは今後の方針を決め、少年と念話ながらに接触する事を決めた。







あとがき

今回はちょっと短め。

全然話が進まないorz

しかしストラウスチート。原作初日、しかも数時間で四つ回収。

魔法少女なのはは誕生するのかな・・・・・・。

でもこのまま原作通りの時間にフェイトが来たら、もう全部回収されてて涙目の可能性もw

何かご意見やアイデアがあればお聞かせください。話お面白くする糧にもなりますので。




[16384] 第八話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/03/17 23:13

「僕の声が聞こえたら・・・・・・・・」

ユーノは藁にも縋る思いで念話を送る。この声に答えて欲しいと。

『・・・・・・・・聞こえている』

「あっ!」

声に反応があった。いきなりの返事に驚いたが、何とか向こうが応えてくれた。

『あ、あの、初めまして』

当たり障りの無い言葉でユーノは挨拶をした。

声の主が何者かはわからないが、この念話が聞こえていると言う事は魔導師、あるいは魔力を持っているに違いない。

『ああ、初めまして』

向こうも挨拶を返してくれた。声の主はどうやら男の人のようだ。

「えっと・・・・・・」

念話を飛ばして助けを求めたのはよかったが、いざ相手から反応があったので何を言って良いものかユーノは困惑した。

『困惑しているようだな。仕方が無い。とにかく落ち着きなさい』

「あっ、はい」

ユーノは言われたように一度深呼吸をして落ち着く。

『声に答えてくれてありがとうございます。僕はユーノ・スクライアって言います』

お礼を述べ自分の名前を告げる。

『ユーノと言うのか。私は・・・・・・・赤バラとでも呼んで欲しい』

『赤バラ、さんですか?』

『ああ。ここは君のようにきちんと自己紹介すべきだろうが、私はまだ君と言う人間を信用できていない。いきなり広域に念話をする人物だ。警戒させてもらっている』

うっとユーノは言葉に詰まる。向こうは警戒心を持っているようだ。

そりゃいきなり念話で助けを求める人間を不審に思うのは当然かもしれない。

『それに君も気がついているかもしれないが、この世界ではこのような念話を使える人間は限られている。私もこの力を秘密にして暮らしている。人は自分に無い力を持つ者を恐れる。この世界では魔力を操る技術は確立されていないから特にね』

その言葉を聞きなるほどとユーノは納得する。魔法が存在しない世界は管理外世界と呼ばれ、管理局もあまり表立った介入はしない。さらに魔法も秘密にされ、その情報が漏れないようにしている。

『すまない。こちらの身元を明かさない事を許して欲しい』

『い、いえ! こっちも急に念話なんて送ってすいません』

ユーノは謝罪され逆に恐縮してしまう。向こうの言い分は当然だ。自分は向こうから見れば完全な不審者だろう。そこに馬鹿正直に名前を言うはずが無い。念話に応えてくれただけでも幸いだろう。

『その事はもういい。君もそこまで気にしなくて良い。それで、なぜこんな念話を送ってきたか、事情を教えてくれないか?』

『あっ、はい!』

ユーノは赤バラに促され、自分の事情を説明した。









『なるほど』

ストラウスは自室のベッドの上で、あらかたの事情を彼から聞き終えた。

名前はユーノ・スクライア。スクライアは部族名であるらしく、年齢は九歳との事。

彼が言うにはユーノは、この世界とは違う世界からやってきた異邦人であるらしい。

平行世界。パラレルワールドに近いものだが、どちらかと言うと似たような世界ではなく、完全に別の世界のようだ。

そこでは独自に文明が進み、魔法が科学のように扱われている。

人間が電気や原子力を扱うように、その世界では魔力を活用する方法を独自に編み出しているらしい。

ユーノが使う魔法も物理や数学の延長のようなものとのこと。魔力をプログラムを用いて運用する。パソコンと同じような物だ。

(霊力や魔力を効率よく運用するには適しているな。予めプログラムとして組み込む事で、咄嗟に発動させる事も可能と言うことか)

ストラウスが使う魔力は感覚を用いたところが大きい。ユーノ達の魔法運用とはずいぶん違う。

(そしてジュエルシードと呼ばれる存在)

この街に散らばった宝石の名は『ジュエルシード』。ユーノが言うにはすでに滅んだ高度な魔法文明が生み出した遺産とのことだ。

本来は手にしたものの願いを叶える魔法の石なんだが、力の発現が不安定で単体で発動し、周囲に被害を及ぼしたり、たまたま手にした人間や動物が取り込まれてしまう場合もある。

彼は若き考古学者のようなもので、ジュエルシードを発掘し、危険な存在だと判断、安全に保管するために管理を司る組織に輸送する最中だったそうだ。

だが輸送の最中に事故が起きた。事故の影響でジュエルシードはこの世界に散らばった。

ユーノはジュエルシードを回収するために単身、この世界へとやってきたらしい。

(事情は一通り理解できるし、筋も通っている。話に矛盾も無く、この子が嘘を言っていることはないか)

ストラウスは話を聞きながら、同時に頭の中でユーノが嘘を言っていないか。また嘘を織り交ぜていないかを考えていた。

嘘を付けば話に矛盾が生じる。小さな物でしかないが違和感も出る。真実に嘘を織り込む場合はもっと厄介だ。真実を知らない者から見れば、どこからどこまでが本当で、どこからどこまでが嘘かわからない。

ストラウスは話の途中で何度か質問も出した。これは嘘を付いていないか見抜く狙いもあった。

そのすべてにユーノはきちんと答えた。言葉を濁したり、沈黙すると言う事も無かった。

彼が生来の嘘つきでも無い限り、おそらくは真実を語っている事だろう。

あの宝石とユーノの出現の仕方や彼の行動を見るに、この少年の語る内容に嘘は無いと判断する。

無論、それが即、この子を信用すると言う事ではないが。

『お前の事情は理解し、納得した。それでこれからどうするつもりだ?』

『ジュエルシードをすべて回収します。あれは危険なものですし、あれを見つけてしまったのは僕ですから、最後まで責任を持って回収しないと・・・・・・』

責任感の強い子だ、とストラウスは思う。話を聞く限り、この子が故意で起こしたわけでも無いだろうに。突発的な事故と言うのは防ぎようが無い。

『だがこうして念話を送ってきたと言う事は、自分ひとりでは無理だと判断したと言う事か?』

『・・・・・・・はい』

ストラウスの言葉にユーノはトーンをダウンさせながら答えた。それがどれだけ情けなく、ずうずうしいかと言う事を理解しているのだろう。

だがストラウスはユーノの選択が間違いだとは思わない。自分ひとりの力でどうにも立ち行かなくなった時、人に助けを求めるのはありだろう。

理想で現実はまわらない。そして過酷な現実や大勢の人が危険にさらされようとしているなら、プライドや理想を捨て最善の選択をすることも必要だ。

かつて自分が多くの命を守るために、国を滅ぼし世界の敵になると選択したように。

主観的に見た場合と客観的に見た場合は違う。当事者にとって見れば耐え難く、とても許容できない事態であっても、客観的に見た場合、それがその時の最善の選択であったということなどよくあることだ。

数人の犠牲で数百、数千の命が救われる。大将軍や王と言う地位にあったストラウスは幾度と無く、そんな苦渋の選択を取ってきた。

敵味方に犠牲を出したことも、国や民のために誰かを利用し、切り捨てた事もあった。

大義のためには方法の是非さえ問わずに・・・・・・・・。

失敗を収拾しようと努力する。それは良いことだ。

ただし感情を二の次に考えればの話だが・・・・・・・。

(ユーノの選択は間違いではない。ただしこちらとしてはなのは達を巻き込まれる事だけは許容できないがな)

いくら最善であっても、受け入れられないことがある。

自分がステラの死を国のためと許容できなかったように。

蓮火が小松原ユキの死を許容できなかったように。

(だが現状ではユーノに協力するのがいいだろう。私が協力することで、ユーノも他の人間に助けを求めようとは考えないはずだ)

もし自分がここで断れば、ユーノは別の人間に助けを求めるかもしれない。または無謀な行動に出ないとも限らない。

ならば自分が主導権を握り、うまくユーノを誘導してやるべきだ。話した限りでは、あまりユーノは腹芸が得意なタイプでも無いだろう。

智略と計略で自分が遅れを取る事は早々無いはずだ。自分より上の存在がいないとは思わないが、負けるつもりも無い。

『あの、これが図々しい事だって言う事はわかっています。でもお願いします。ジュエルシードを回収するのを手伝ってください。お願いします。お礼も、あとできっちりとします。だから・・・・・・・』

土下座でもしそうな勢いでユーノは念話で告げる。その言葉は真剣で、思いの全てが込められていた。

『・・・・・・・少し考えさせて欲しい』

ストラウスは念話を一時中断する。協力すると言うことは決めているが、即答することはしない。

下手な言葉は安く見られる。交渉とは一種の戦いだ。戦いは間合いを読む事が必要だ。

この場合も、こちらが優位に立つための布石。

向こうはこの僅かな沈黙の時間でも、精神的プレッシャーをかけられている。

もしかしたら協力してくれないかもしれないと言う不安。かつて花雪にも使った手法である。

あの場合は前々からかなりのストレスを与え、一気に発散させる事で解放感による油断を誘うものであった。

この場合は自分がしぶしぶ、もしくは考えた末での協力と言う事でユーノはこちらへの負い目を感じる事にもなる。

自分の失敗が原因でこの人は無理やり協力してくれると。

後々に自分の正体などを探られないためにも、今のうちに色々と準備をしておく必要はある。

(さすがに九歳の少年への対応としては間違っているだろうが、こちらも下手を打つわけには行かないからな)

どんな些細な事から失敗につながるかわからない。リスクは出来る限り下げておくに限る。

(うまくユーノを誘導して、こちらの意図や狙いを気づかれないようにしなければ)

厄介なのはユーノではない。次元世界を管理すると言う管理局と言う組織だ。

組織と言うものがどのようなものか、ストラウスは熟知している。

ユーノの話によれば司法機関であり、時には警察、軍隊のような役割を担う組織。

事故が起こったと言う事は管理局に伝わっているはずだから、早ければ数日、遅くても一週間程度で管理局が来てくれるらしい。

(管理局とやらに私の存在がバレないようにしなければならない)

健全な組織であろうとも、そこに所属するすべての人間が清い人間であるはずも無い。

また人間は力ある存在を恐れる。かつてセイバーハーゲンが自分を恐れたように。

管理局に自分の正体と力を知られた場合、相手はどう動くか。

考えられるのは三つ。放置、勧誘、排除である。

放置されるだけなら良いが、おそらくそんな事はありえない。

勧誘される場合は、自分の力を良いように利用しようと考えるだろう。

星を砕き、出来ない事が何も無いような存在の利用価値は計り知れない。

高町家を人質に取られれば、ストラウスはおそらく協力するだろう。ただしその場合の報復は凄まじいものになるが。

最後の選択肢の排除。セイバーハーゲンと同じように自分を始末する可能性。

交渉が決裂した場合、高い確率でこうなる。これも高町家の命を盾にされれば、ストラウスは従うしかない。

(力を抑えるのはいつもの事だが、下手に動けないと言うのももどかしいな)

超絶にして想像を絶するストラウスと言えども、行動に制限を設けられているようなものだ。

(ユーノの話からすれば、早ければ数日のうちに管理局とやらが動く。理想的なのは管理局が動く前にすべて回収する事だが・・・・・・・)

管理局が来た時点ですべて回収し終えておけば、それ以上の追求は無い。ユーノには口止めし、自分の存在を無かったものにしてもらえればいい。

こちらに負い目があるのだ。この力を知られずに、この街で静かに暮らしたいとでも言えば向こうも何も言わないだろう。

管理局も一々、管理外世界と呼ぶこの世界の住人を詳しく調べたりしないだろう。あるいは犯罪者の可能性もあると調べるかもしれないが、正体を隠している状態ならわからないだろう。

しかしどちらにしてもあまりよくない展開だ。

(・・・・・・・・だが言っていても始まらない。こうなったからにはこちらも腹を括るしかない。どんな状況でも最後には出し抜いてみせる)

ストラウスの日常は、ジュエルシードと呼ばれる存在の出現で悪い方へと進んでいく。

だがそれを甘んじて受け入れるつもりは無い。

かつて、ステラがいない日々から逃げようと安易に処刑されようとしたような事には絶対にさせない。

今も自分の身を一つ差し出せば、簡単に解決できる。それこそ力ずくでジュエルシードをすべて封印し、ユーノに渡して自分は姿を消す。

これで終わりだ。管理局に目を付けられると言うリスクさえ考えなければこれが最善。

それでもその最善の策を取らずに、次善の策を模索している。

そしてそれを成功させるように動く。

『・・・・・・・わかった。協力させてもらう』

『本当ですか!? ありがとうございます!』

協力を申し出るストラウスにユーノは喜びの声を上げた。

『だが幾つか君にお願いしたい事がある』

『あっ、はい。何でしょうか?』

『もし時空管理局が来た時、私のことは内密にしておいてもらいたい。こんな事を言うと、私がその管理局に追われている犯罪者か何かに思われてしまうかもしれないが、私はこの力を出来る限り使わず、知られずに生きていきたいんだ』

ストラウスはユーノを口止めするために、幾つかの真実と嘘を織り交ぜた話をする。

先手は打つ。ユーノは真面目そうだから、こう言った風に誘導してやるだけで十分だ。

犯罪者の話も自分からすることで、相手の疑いを少しでも軽減させる狙いがある。相手から告げられてその可能性を考えるのと、自分から思いつき疑惑を深めていくのとでは雲泥の差がある。

『私はこの街で静かに暮らしたい。私にも友人、家族がいる。彼らにも何らかの害が及ばないとも限らないし、騒ぎにしたくもない。今のこの生活が壊されるのが嫌なんだ。君もわかってくれるね?』

『・・・・・・すいません。赤バラさんには赤バラさんの生活があるのに・・・・・・』

『気にしなくて良い。それに私としてもそんな物騒な物がこの街にあるなら放っておくわけにもいかなかった。君から事情を聞けただけでも幸いだ』

あとはユーノを責めるのではなく擁護する事により、相手が自分を信用しやすいようにする。相手も突き放されるより、このような態度を取ってもらえる方がありがたいだろう。

(九歳の子供なら、相談や頼れる相手がいればそちらの方になびく。相手が年上ならなおさらだ)

すでにユーノはストラウスの術中にはまっているようなものだった。あとは直接的、間接的にユーノに手を差し伸べる事で向こうがこちらにさらに感謝し、こちらの約束を反故にしないように持っていく。

『さてユーノ。君もそのままでは辛いだろう。君が宿泊できる施設を手配する。生憎と私はそこにはいけないが、食事と屋根の付いた寝床を提供しよう』

『えっ、そんな! そこまでしてもらうわけには!』

『子供がそんなことを気にしなくてもいい。私との約束を守り、ジュエルシードを無事に回収してくれればそれで構わない。それに君が体調を万全にしなくてどうする? 疲労がある状態でジュエルシードを回収できるのか?』

ストラウスの言葉にユーノは言葉を無くす。確かに相手が言っていることはまったく正しい。お腹も減っているし、魔力、体力ともずいぶんと消費している。

『・・・・・・・・わかりました。お言葉に甘えさせていただきます』

『そうしなさい。場所などは追って連絡する。今は少し待って欲しい』

『はい、よろしくお願いします。あとそれと夕方助けてくれたの、赤バラさんですよね? その、本当にありがとうございました』

何度もユーノはストラウスにお礼を言う。本当にユーノにしてみれば感謝してもしたり無いといった所だ。

『気にしなくて良い。ではまた後で』

苦笑しながらストラウスはそう言うと、一時念話を中断した。

「まずは第一段階は終了か・・・・・・」

ユーノには悪いが、念話が終わっても彼の行動は監視させてもらっている。今は自分とコンタクトが取れて協力してもらえるとわかり喜んでいるようだ。

「悪いな、ユーノ。私も負けるわけにはいかないんだ」

取り合えず約束したとおり、まずはユーノの寝床を確保する。ストラウスは携帯を取り出し、宿泊先を予約する。名前も適当な外国人の偽名を使う。

「これでよし。あとは宿泊先に出向いてお金を振り込み、その足で月村邸のジュエルシードを回収するか」

すでに四つ回収した。今日のうちに回収できるものは回収しておきたい。

しかしあまり集めすぎてもユーノに不審がられる。回収すると言う事は封印すると言う事だ。安定したジュエルシードを見れば、ユーノがどう反応するか。

「言っていても仕方が無い。私が出来る事をするだけだ」

ストラウスは上着を羽織ると、高町家の面々に少し買い物に出かけると報告する。

子供だと夜に家を出ると何かとうるさいが、大人の自分だと楽でいいなと思う。

久遠が付いてきたがっていたが、留守番するように言い聞かせる。

「大福を買ってくるから」

「くぅん!」

「なのはと美由希、桃子にもアイスクリームを買ってこよう」

「ありがとうございます!」

「いつもすいません」

「楽しみにしてますね」

家族にそう言うとストラウスはそのまま深夜の街へと赴いた。









「よかった。良い人みたいで」

ユーノはすっかり安堵していた。最初はどうなるかと心配だったが、自分を助けてくれた人が話してみれば良い人みたいで幸いだった。

自分の正体を知られたくないと言っていたが、その人にはその人の事情があるのだ。これは仕方が無い。

管理局に追われる犯罪者の可能性もあるが、犯罪者ならあんな事は言わないだろうし、自分を助けてくれるなんて事はしないだろう。

赤バラさんは本当に静かに暮らしたいだけなんだろう。この世界は魔法は無く、魔力も使いたくないのだろう。

もしかすれば以前に何かあったのかもしれない。魔力の暴走と言う事故は魔法世界でもたまに発生している。

赤バラさんももしかすればそう言う事件に遭遇していたのかもしれない。

「いけない。あんまり勝手に詮索するのはよくないな。協力してくれるだけでもありがたいのに」

それにしても協力してくれるだけじゃなくて、自分に食事と寝床を用意してくれるなんて。

本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

「赤バラさんにこれ以上迷惑をかけないためにも、しっかりとジュエルシードを回収しないと」

ぐっと手を握り締める。もう失敗はしない。まずは体調と魔力を整えて、次のジュエルシードに望む。

今日は二つしか見つけられなかったが、明日は必ずもう少し見つけよう。この周囲でダメなら、索敵範囲を広げるだけ。そのためにも早く魔力を回復させないと。

ユーノもジュエルシードの回収を新たな決意と共にする事を誓った。







それは薄暗い闇の中。

一人の女性が口から血を吐き出していた。ごほごほと咳き込む女性。彼女の顔色は優れない。

時間が無い。

女性は自分の残り時間が少ない事を理解していた。

だが彼女にはやり遂げなければならないことがある。

たどり着かなければならない場所がある。

果たさなければならない事がある。

取り戻さなければならない時間がる。

ゆえに彼女は進む。茨の道を。修羅の道を。決して戻れない道を・・・・・・・。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・・。そうよ、私は取り戻す。あの子との時間を」

自分にはもうそれしか残されていない。ただたった一つの希望を持つがゆえに、彼女は歩みを止めない。

「ジュエルシード。何としても手に入れる」

ジュエルシード。それは以前文献などで存在が確認されていた次元干渉型エネルギー結晶体。

先日、ある情報筋から文献で確認されるだけだったそれの実物が発掘されたと伝えられた。

彼女は歓喜した。彼女の計画には膨大な魔力に加え、次元干渉を行える能力を持つ魔法道具がどうしても必要なものだった。

ジュエルシードはそのエネルギーもそうだが、次元に干渉する能力こそ彼女の欲したものだった。

願いを叶えると言われるジュエルシードは、まさしく自分の願いを叶えてくれる魔法の石に思えた。

ゆえに彼女はこの宝石を欲した。何が何でも手に入れるものだった。

だから彼女は輸送船を襲撃した。遠距離からの攻撃。船が爆散した後に、ジュエルシードを回収するつもりだった。

しかし思惑は狂った。彼女の攻撃が思わぬ事態を引き起こす。確かに船は破壊された。乗務員がどうなったのかは知らないが、どうやら脱出はしたようだろう。

彼女にとって見ればどうでも良いことだが。

だが問題はジュエルシードだ。ジュエルシードは自分の攻撃の余波を受け、収納していたケースが破損。

そのまま管理外世界にバラバラに落ちていった。

由々しき事態だった。何としてもあれを回収しなければならない。

しかし自分は動けない。身体はもはや限界が来ていた。輸送船を攻撃した際に、膨大な魔力を消費した事で余計に身体にがたが来た。

ならばどうする。諦めるか?

否。諦められるはずが無い。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・。そうよ、こんな時のために、今まであれを手元に置いていたんですもの」

口元を吊り上げさせる。彼女には自分以外にも使える手駒がある。こんな時のために用意していた手駒が・・・・・・・。

それは自分の最も大切だった者の偽者。

それは自分が最も愛していた者の出来損ない。

狂気が女性を支配する。

善と悪が表裏一体のように、愛と憎しみは表裏一体。

「・・・・・・・・ふふふ、あなたは私の役に立ってくれるわよね。フェイト・・・・・」

女性は口元の血を拭うとすぐにそれを呼ぶ。それは女性に呼ばれると、すぐに彼女の下へとやってきた。

「はい。母さん」

それはまだ幼い女の子だった。母さんと呼ばれた女性は、無表情のまま少女を見る。

「フェイト。あなたにお願いがあるの。お前は私の言う事を聞いてくれるわよね?」

それぞれの思惑の下、物語は動き出す。

ジュエルシードと呼ばれる宝石を巡る戦いは、こうして幕を開けた。







あとがき

筆が進む時はホント進むんですよね。でも一度躓くと中々進めない。難儀な話です。

だが前回に続き、全然話がすすまねぇ!

でも原作よりも早くフェイト登場フラグ。

それよりもなのはの出番はあるのか!? つうかフェイトと友達になれるのか!?

しかしそろそろストラウス無双がやりたい。

でもやったら誰も勝てない。

クロノ曰く「魔法は魔力値の大きさだけじゃない。状況に合わせた応用力と的確に使用できる判断力」

ストラウス・・・・・・全部持ってるは!

ちなみにこの物語にはストラウスは苦戦しないけど、ユーノはもちろん、フェイトやクロノなんかだと苦戦どころかやられそうな化け物は出てきます。

今のところ二体。とらハをやってる方なら、想像できますよねw

まあストラウスが苦戦する化け物なんか出たら、地球どころか次元世界終了のお知らせなんですけどね。

唯一の例外はブラックスワンか。こいつは出るのか、出ないか微妙なんですよね。




[16384] 第九話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/03/22 15:30

ドクン、ドクン

それは冷たい湖の中で胎動する。それは眠っているだけだった。

長い年月をそれは冷たく暗い湖の底で眠り続ける。四百年と言う長い年月を。

それはただひたすら待っていた。いつか来る、約束の人を・・・・・。

四百年前、自分を倒し封じた男が話した人間を・・・・・・。

来る日も来る日も湖の中で・・・・・・・・。

力の大半を封じられ、かつてのような力は振るえないし、発することも出来ない。今のそれは無力な存在。

けれども想いは強くなる。望みは強くなる。思い続けるたびに、願い続けるたびに。

力は力を呼び寄せる。

それは願った。それは望んだ。

渇望・・・・・・・・。その思いが願いを叶える石を引き寄せる。







ローズレッド・ストラウスは夜の街を飛翔する。ヴァンパイアの証である翼を広げ、彼は街に散らばるジュエルシードを一つ一つ回収していく。

あまり長い時間、家を空けるわけにはいかない。士郎や桃子にはすぐ帰ると言っている。

あの二人は色々と勘が働く。士郎などは自分が何か厄介ごとで出歩いていると言うのに気がついているかもしれない。あの男は本当に読めない奴だ。

「しかしこれで全部で七つか」

手に集めたジュエルシードを見る。ユーノからの念話を受けた時点で、ストラウスはすでに四つのジュエルシードを回収していた。

そして新たに三つ。一時間で月村邸と危険そうな市街地の残り。本気になればブリジットやレティでさえ軍用ヘリよりも高速で飛行できるのだ。

ストラウスが本気になれば、それなりの距離が離れている月村邸でもすぐに行って帰ってこれる。

夜で魔力的・肉体的制限がなくなっている今ならばこの位余裕である。

だが時間的にもユーノへの対処的にもこのあたりが限界か。

ユーノがすでに回収したのを合わせるとジュエルシードは九個。

残りは十二個。うち六つは海の中にある。地上に残っているのは引き続き監視を継続。

国守山周辺の森の奥地に三つ。臨海公園の林に一つ。郊外の廃ビルに一つ。ここから少し離れた温泉に一つ。

そして海中のものは割と近いところに固まって六つが存在している。

(三日もあればユーノを向かわせて回収できるな)

手に入れた七つのジュエルシードも、うまくユーノに渡す。あるいは彼の行く先々においておけばいい。封印処理が施されているので、疑問も浮かぶかもしれないが、言葉巧みに誘導すればいい。

そのユーノはストラウスが予約したホテルに向かっている。彼の服はこの世界では少々目立つので代わりを用意した。まああの服でもマントさえ脱げば多少はマシなのだが、外国人の風貌なので、これ以上目立つ事を避けさせたかった。

(今日はこれくらいで戻ろう。あまり待たせると皆が心配するからな)

帰りに二十四時間営業のスーパーかコンビニに寄って、大福とアイスクリームを購入していかなければならない。

(それにしても・・・・・・・・)

ストラウスは国守山の方を見据える。今回詳しく魔力探知をしたからわかった事だが、あの山の湖には何かがある。

霊力により遮断され、誰にも気づかれないようにされていた。よほどの使い手でも中々あれには気づかないだろう。自分もジュエルシードの探索で詳しく調べようと思わなければこのままずっと気がつかなかったはずだ。それほどまでに巧妙に隠されていた。

何かが封印されている。そんな印象だ。ただしそれが今すぐ何か起こると言うものでも無いだろう。

ジュエルシードは湖の中には落ちていないし、距離も離れている。今すぐ何かが起こることはないだろう。

(あの辺りは明日以降だな。ユーノを向かわせて回収すればそれで済む)

今後の予定を立て、ストラウスは誰にも見つからないように空から降り立つと、そのまま静かに帰路へ付いた。







夢を見た。

それは悲しい記憶。

彼女は涙を流す。

それは王様の物語。一人の王様の悲劇。

王様は何もかも失ってしまった。大切な人も、国も、何もかも・・・・・・・。

ただただ一人、孤独な旅を続ける。

恨まれ、憎まれ、命を狙われ続けた。愛する者を敵に回し、愛する者を救えず、愛する者と戦い続ける。終わる事の無い、自らの手で終わらせる事が出来ない永遠の地獄。

それでもその人は誰も恨まず、憎まず、罪と罰を背負い続ける。

最後の最後まで気高く、優しく、美しく、そして悲しい人・・・・・・・・。

そして終焉を迎える。死と言う名の終焉を。

夢を見た。

それは悲しい記憶。

彼女は涙を流す。

それは一匹の普通とは違う狐の物語。彼女と彼の愛した人間との悲恋にして悲劇の物語。

彼女は人を愛した。たった一人の愛しい人。自分に優しい心と名前をくれた。

ずっと一緒にいたいと思った。でもその願いは叶わなかった。

狐の愛した青年は死んだ。殺されたのだ。血に染まる青年の体。愛し、自分に優しくしてくれた人が柱に縛り付けられ、事切れていた。

狐は悲しんだ。そして怒り、憎み、感情を爆発させた。悲劇は続く。

感情の赴くままに破壊を繰り返した。人々に祟りと恐れられて・・・・・・。

ようやく封じられた時には多くの犠牲が生まれていた。狐は眠りに付いた。長い長い眠りに・・・・・・。







「・・・・・・変な夢、見ちゃった」

高町なのはは自室のベッドの上で目を覚ました。時刻は六時半。隣を見ると久遠が未だに寝息を立てている。

それにしてもと、なのはは考える。

夢にしては酷く現実味があった。何よりも涙が止まらない。ごしごしと目元を拭うが、中々涙は止まってくれない。

「あれって、誰だったんだろう」

夢の内容を思い返す。一人の男の人と、人間じゃない女の人の悲しい話。

ただの夢のはずなのに、どうしてこんなに悲しいのだろ。どうしてこんなに心が締め付けられるんだろう。

「わからないな」

ぼすんと枕に頭を沈める。天井を見上げながら、なんであんな夢を見たんだろうと考える。

ふと久遠を見ると、なんだか久遠も泣いている様に見えた。

「くぅん・・・・・・」

「くーちゃん?」

いつの間に起きたのだろう。久遠が悲しそうな顔をしながら擦り寄ってくる。

「くーちゃんも怖い夢見たの?」

「くぅ・・・・・」

震えているのがわかった。きっと久遠も怖い夢か悲しい夢を見たのだろう。なのはは大丈夫だよ、私がいるからと久遠を抱きしめる。

久遠はなのはに抱かれると、少し安心したのか震えが少しずつ収まってきた。

「くーちゃん。今日は帰って来るのが少し早いし、ストラウスさんの勉強も無いから、ちょっとだけ遠くに出かけようね」

「くぅん!」

なのはと久遠。お互いに大切な親友同士は約束を交わす。これが彼らの日常を一変させることになるとは、この時二人は予想だにしていなかった。







翌日、ユーノはふかふかのベッドの中で目を覚ました。

今彼がいるのは、ストラウスに紹介されたそれなりに高級なホテルだった。ユーノがここに来た時にはすでに手配はすべて終わっていて、料金もすでに振り込まれた後だった。

さらに一週間分の宿泊で予約されていた。夕食も豪華で消耗した体力を癒すために必要なエネルギーは十分だった。またふかふかのベッドで寝た事でずいぶんと回復した。

魔力は万全とは言えないが、それでも十分だ。この世界での魔力素との相性は相変わらず最悪だが、ジュエルシードを封印したり、補助的な魔法は使える。

一度大きく身体を伸ばし、軽く柔軟する。

「けどまさかこんなところで休息できるとは思わなかった」

しみじみ思う。ユーノは元々発掘調査などで簡易的な寝床で寝る事が多かった。また野宿と言う事も多々あったので、この世界に来た当初は適当な場所で休息をと考えていた。

それが今回はまさかホテルで宿泊できるなんて思いもしなかった。

「赤バラさんに感謝しないと」

どんな人かはわからないが、本当に感謝の念しか浮かばない。多分事件が解決しても赤バラさんと会う事は出来ないだろうとユーノは考える。

向こうは静かに生活したいと言っていた。それに未だにこちらを警戒している。不審がられている。いくら子供と言っても、顔を見せる事はしないだろう。

「はぁ・・・・・。自己嫌悪」

迷惑をかけた上にこんなに良くして貰って。直接お礼も言えないと言うのは辛い。

「ああ、ダメだ! こんなこと言ってても仕方が無い! とにかくジュエルシードを回収しないと」

自分のすべき事は決まっている。と言うよりそれが使命だ。ジュエルシードの回収。これがすべてだ。

「赤バラさんに迷惑をかけないためにも、早く全部回収しないと」

今回収できたのは二個。残りは十九個。まだ先は長いが、何とか早く回収する。一週間もあれば時空管理局も来てくれるだろうが、出来る限り早く回収するのに越した事は無い。

「朝食を食べたらすぐに出発だ」

ユーノは着替えを済ませ、簡単な朝食をホテルで取るとすぐさまジュエルシードの捜索に向かった。









少女―――フェイト・テスタロッサは母より言われたことを思い出す。

ジュエルシードと呼ばれる願いを叶える宝石。

ある世界のある街に散らばったそれを集めてきて欲しいと。

数は二十一個。フェイトの母であるプレシア・テスタロッサにはその宝石がどうしても必要だと。

何故必要なのか、何に使うなどは一切聞いていないし聞かされていない。

ただ必要だから集めろと言われただけ。

でもフェイトにはそれで十分だった。母が自分に期待している。そう思うだけで心が満たされた。

彼女の記憶にある優しい母。笑っている母の記憶。優しくしてくれる母の記憶。

ここ数年は忙しいのか自分にまったくと言って良いほど構ってくれなかった。笑いかけてもくれなかった。

でもこの言いつけをきちんとこなせば、きっと母さんは喜んでくれる。笑ってくれる。褒めてくれる。

だから何としても、この母の言いつけだけはやり遂げなければならない。

「フェイト~。準備できたよ」

「うん。ありがとう、アルフ」

フェイトの前に一人の長身の女性が立つ。頭に動物の耳を生やし、尻尾まで生えている。

彼女の名はアルフ。

フェイトの大切な使い魔。使い魔とは魔導師が使役する魔法生命体。

しかしフェイトにとってアルフはただの使い魔ではない。フェイトにとってアルフは大切な友人、姉妹も当然の存在だった。

「しっかしあいつも何だってこんな物、欲しがるんだろうね?」

「母さんには母さんの考えがあるんだよ。だから私は母さんのためにもジュエルシードを絶対に集める」

アルフの疑問にフェイトは強い意志を見せながら答える。

フェイトはかつて一度事故に遭い、プレシアに迷惑をかけたことがあった。

今はすっかり元気になったが、あれ以来母は変わってしまった。

以前のように笑うことも自分に優しくしてくれる事もなくなった。

あれ以降、フェイトは母であるプレシアに何かを頼まれた事はなかった。何かの研究に打ち込み、自分と接する時間もほとんどなくなった。

ただフェイトは淡々と魔法などの勉強をこなした。

フェイトも本当は昔のように甘えたかった。一緒にいて欲しかった。

でも母に迷惑をかけたくないと言う思いから、彼女からは何も言わなかった。

それがとても悲しくて、寂しくて、辛くもあった。

けれど今は母さんに期待されている。頼られている。私を見てくれている。

だから・・・・・・・。

「私が頑張ってジュエルシードを集めたら、きっと母さんは喜んでくれる。笑ってくれると思う」

「うーん。あたしはあいつが優しく笑うところが想像できないんだけど」

「そんな事無いよ。アルフは知らないだけで、母さんは本当は優しいんだよ。前はもっと優しく笑ってくれていたんだ」

かつての優しい母を思い出す。それだけで心が温かくなる。あの笑顔がまた見えると思うだけで、自分は頑張れる。

「まっ、あたしはフェイトに喜んでもらいたいから頑張るよ。フェイトが嬉しいとあたしも嬉しいから」

ニカッと笑いながらフェイトに言う。フェイトもそんなアルフを見て笑みを浮かべる。

「じゃあ行こう、アルフ」

「あいよ。ええと場所は第九十七管理外世界地球の・・・・・」

「海鳴市だよ」

こうして黒の少女とその使い魔は動き出す。







「ジュエルシード、封印!」

ユーノはまた一つ、ジュエルシードの封印を終えた。ふぅっと額の汗を拭いながら、新しく封印したジュエルシードをレイジングハートの中に収納していく。

これで今日は二つ目。かなり速いペースで回収が進んでいる。

時刻はお昼の二時過ぎ。簡易的な昼食を取った後、彼は本日二つ目のジュエルシードを発見した。

一つは街を索敵したところ、比較的すぐのところに落ちていた。ジュエルシードも何故かわからないが魔力が安定していた。

これはストラウスが予め回収した物を置いておいたものだったが、それをユーノが知るよしも無い。

二つ目も同じようにストラウスが用意した物だ。これもユーノが見つけやすいように、彼の行く先に準備しておいたのだ。

ユーノはストラウスの手のひらの上で踊っているに過ぎなかったが、彼の目的であるジュエルシードの回収作業が順調に行われているので、それが例え仕組まれた事であったとしても何の問題も無い。

ある意味、ストラウスの行為は神の視点に立った浅ましい行いである。全てを回収し、ユーノに早急に渡す事も可能なのだが、それをしない。

ストラウス自身、その行為が褒められた物ではなく、自分の思うように他者を動かす恥ずべき行為だと感じている。

(我ながら、度し難いな)

ユーノの回収を眺めながら、そんな事を考える。ユーノも随時監視されているとは思いもしないだろう。

それでも彼はこの平穏を手放したくなかった。失いたくなかった。

それが浅ましい私欲であると自覚しながらも・・・・・・・・。

(ステラ。お前はこんな私をどう思う? それでもお前は私の幸せを願うか?)

亡き妻に問いかける。なのはや高町家の面々を巻き込みたくないと言う想いから、彼はこのような手段を取っているが、それさえも突き詰めれば自分のためでしか無い。

「やはり私には人と同じようにはできないのかな」

超絶な力を持つがゆえに、何でも出来てしまう。人から見ればうらやましい限りだろうが、力を持つ者にとって見れば苦痛でしかないこともある。

すべてを壊す超絶した力。すべてを見通し、読み通し、把握しつくす力。

武力も、智略も、普通に生きていくうえでは不要な物でしかないのかもしれない。

(セイバーハーゲン。過大な力と才を持って生まれた者が普通の幸せを、人並みの幸せを求めるのは罪なんだろか?)

かつての宿敵に問いかける。いっそ死んで生まれ変わるなら、普通に生まれ変われたらよかったかもしれない。ヴァンパイアでは無い、普通の人間として。

(いや。私は今更何を考えているんだ。私に罪が無いはずが無い。国を滅ぼし、数多の命を奪ったのは事実だ・・・・・・・)

思考を切り替える。今更こんな事を考えていても意味は無い。今すべき事はジュエルシードの回収だ。

すべてが終わった後、後悔でも何でもすればいい。高町家に迷惑がかかるのなら、自分が身を引けばいい。

ステラならきっとそうするだろう。事実、ステラもかつて子供が生まれる間際に、自分が身を引く事も考えていた。

(そうだ。今すべき事が何なのか。履き違えるわけにはいかない)

ストラウスは気を引き締める。自らの感情を律しながら。









フェイト達がこの世界に転移した際、現れた場所は海鳴市の郊外の廃ビルだった。

そこに転移したのはまったくの偶然。しかしある意味何かに引き寄せられたのかもしれない。そこはちょうどジュエルシードが落下していた場所だった。

彼女達は転移した直後、即座にジュエルシードを発見したのだ。

「まずは一個目・・・・・・・・って、まさか来て一秒で見つかるなんて、なんだか拍子抜けするね、フェイト」

アルフは手に持った宝石を眺めながらぼやくと、フェイトも苦笑した。

「そうだね。でも早く手に入れられて良かった。あと二十個、がんばろう、アルフ」

「はいよ、フェイト。じゃあとっととこのあたりを捜索しますか」

そう言うとアルフは周囲に索敵をかける。広範囲のサーチ。範囲はそこまで大きくないが、地道にこうやって探していく以外に方法は無い。

「うん、お願いアルフ。私は別のところを探してくる」

「了解。フェイトも気をつけてね」

「わかってる。でもあんまり時間をかけると管理局が来るかもしれないから・・・・」

「迅速に、だね」

管理局がいつ動くはわからないが、自分達は彼らに目を付けられるわけにはいかない。

個人と組織。どちらが強力かなど、子供でもわかる。

「行ってらっしゃい、フェイト」

「うん。行ってくるね、アルフ。アルフも気をつけて」

「あいよ!」

こうして黒の少女は次のジュエルシードを探すために海鳴市の空を翔る。









ピクリと、ストラウスは新たな魔力反応に眉を動かす。

(この感じ、ユーノが来た時と同じ反応。 とすれば管理局か? いや、それにしては早すぎる)

ユーノが三つ目のジュエルシードの回収に取り掛かろうとしていた矢先、海鳴市郊外に魔力を感知した。

しかもそれはジュエルシードがある場所だった。急いで何者なのか調べる。目を閉じ意識を集中し、魔力をそちらに向ける。

さすがにストラウスと言えども、遠く離れた場所のことを詳細に知ろうと思えば、意識を集中しなければならない。

注意力が散漫になることは無いが、それでもそれ以外の行動は大きく制限される。

(ジュエルシードが回収された。封印も行われているな。それに術式はユーノと同じか)

探るとジュエルシードを封印したのは二人組み。共に女性で片方は美由希と同じくらいの年齢で、もう片方はなのはと同い年くらいか。

小さい方は黒いマントにレオタードのような服装をしている。もう片方はずいぶんと肌を露出させた格好だが、耳と尻尾を持っている。こちらは人間ではなく、ヴァンパイアなどのような人間とは違う亜人と言ったところか。

(この二人もジュエルシードを狙っているのか)

管理局の可能性もあるが、この二人はそんな組織に所属しているようには見えない。組織の人間と言うのは、ある程度訓練された動作と言うものがある。さらには制服などを纏っているはずだ。

しかしこの二人からはそれがうかがい知れないし、組織の一員と言う雰囲気が無い。

(これはまた状況が複雑化するな)

情報が少なすぎて局面が読みきれない。昨日はジュエルシードとユーノ、そして今日は謎の少女達。

(まったく。ここしばらく平和だったのに、騒動が起きるのはいつも唐突だな)

一度だけため息をつきながら、ストラウスは今後の計画を修正する。

少女達の実力がどんなものかは知らないが、ジュエルシードの特性を知った上で回収しているはずだ。

出なければジュエルシードを見つけても、封印処理などはしないはずだ。

(彼女達がジュエルシードなど関係なくこの世界にやって来て、たまたま見つけた魔力の不安定なジュエルシードを見つけて封印したと言う線も考えられるが・・・・・・)

さすがにこれは楽観的だろう。ゆえにストラウスとしては彼女達もジュエルシードを狙う存在と考えた方がいい。

ユーノの仲間とも考えたが、それならばまず最初に念話で彼に連絡くらいするだろう。

敵か、それとも回収に協力してくれる仲間かどうかは今の所判断が出来ない。

(これではユーノの負担も大きくなるな。だがまずはジュエルシードを狙う何者かが現れた事を伝えなければならないな)

彼女達は二手に分かれた。おそらく分担してこの周辺を探すつもりだろう。

マントを羽織った少女は国守山の方へと向かった。あそこも範囲は広いが、ジュエルシードは三つ残っている。

(しかし目的の不明な相手にジュエルシードを渡すわけにはいかない)

急ぎストラウスはユーノに念話を送る。謎の魔導師の出現と把握しているジュエルシードの場所を伝えるために。







フェイトは国守山を捜索する。

ジュエルシードは覚醒していない状態ならただの石なのだが、この世界に落ちる際に魔力が不安定になったらしい。

ゆえに微かにだが魔力の反応がする。それを探れば探すのは難しくない。

「・・・・・・見つけた」

山の中でフェイトはジュエルシードの反応を掴んだ。

「・・・・・・動いてる?」

ジュエルシードが動いている。反応からして暴走しているわけでも覚醒しているわけでもない。

おそらく動物か何かが運んでいるのだろう。

「とにかく急がなきゃ」

フェイトは反応のする方に向かい急ぐ。そして彼女はそれと遭遇する。

それはかつてこの周辺を荒らしまわっていた魔物。

人も魔物も区別なく、すべてを破壊することだけを目的に暴れまわっていた最悪の魔物。

その魔物は数百年前にある一人の男とその仲間により封じられるが、死んではいなかった。

暗く冷たい湖の奥底で眠っているだけだった。

それはゆっくりと自分に近づいてくる膨大なエネルギーを秘めた存在を感じていた。

それは願った。あの男に会いたいと。自分を倒した強者に会いたいと・・・・・・・・。

自分を初めて受け止めてくれた男に。

ジュエルシードはその願いに反応した。強い思念に。渇望に。

封印は確かに強力であった。しかし決して壊れる事の無いものなど存在しない。綻びが起こらないものは無い。

ジュエルシードの魔力とそれの願いが反応した。

封印が解かれる。抑え付けていた膨大な霊力が膨大な魔力に打ち消される。

ダメ、まだ出てはダメと、それを必死に抑える声が聞こえる。

だがそれはそんな制止の声など聞くつもりは無い。

ジュエルシードは湖へとその身を沈めていく。そしてそれと一つになった。

かつて国守山周辺を荒らしまわり、山をも簡単に壊しつくす破壊の権化。

名を『ざから』と呼んだ。







あとがき

最新話投下。でも自分的に悩んでいます。

感想にあったストラウスがしている事についてのご意見。確かにその通りだなと考えさせられました。

これでは過保護を通り越して支配であり、自分の好き勝手に染めているだけだと。そこに自由意志はなく、自由意志に見せかけているだけ。

藤崎版封神演義・十六巻の元始天尊と聞仲との会話を思い出しました。と言うかそのまんま。

私の想い描いているストラウスも、結局彼と同じような事をさせているだけなのだと。

良かれと思っても、それが結局他の自己満足で自分本位の行動でしかない。

どうすればストラウスの魅力をかけるのか、わからなくなってきました。

このままだと最低系主人公にしてしまいそうで怖いです。

どうすれば彼をよく見せられるでしょうか? まことに申し訳ありませんが、皆様のご意見をお聞かせください。

ほんと、書いてる途中でこんな事を言う作者をお許しください。




[16384] 第十話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/03/25 23:52


『ざから』

其のものの伝承自体は少なからず残されていた。

しかしその存在の姿や能力を書き記した書物や伝承はほとんど残されていなかった。

ただ、どんな武器も術も通用しなかった。すべてを破壊する力を持っていた。すべてを焼き尽くす炎を持っていた。

何が本当で何が作り話かはわからない。

だがこれだけは言えよう。

『ざから』とは人間の想像を超えた存在であり、並みの者にはどうする事も出来ない脅威であり災害であると。





力が溢れる。

深い湖の奥底でざからは歓喜していた。今まで封じられていた力が復活した。それどころか前以上に力がみなぎる。

あの男に付けられた傷も、あの女とあの獣が自分を封じていた力も何もかもが消え去った。

頭の中に聞こえていた自分を制止する声。あの女の声も消えた。

あの女は自分の奥底で眠りに付いている。自分の行動を邪魔する存在はいない。

何の束縛も制限も無い。だから自分は行動する。

あの男を、あの男を捜す。自分に傷を負わせ、この地に封印した男を。

それは怒りでも憎しみでも無い感情。

ただの切望。あの男にもう一度会いたいと言う願望。

まるで恋焦がれる恋人に会いたいというようなものだった。

ゆえに彼がそれを邪魔された時、どれほどの怒りを顕にするのかは想像に難くない。





フェイトがその存在と相対したのはジュエルシードの反応を感じ、この地にやって来て直後だった。

湖の奥底から現れる存在。巨大な獣のような姿をしている。

犬とも猫とも狐とも狸とも似つかない姿。しかし獣と称するのが一番適切だろう。

ジュエルシードの反応がするところを見ると、何かの動物を取り込んだのだろうと最初は思った。

しかし同時にフェイトは恐怖した。

目の前の存在の魔力が尋常ではない。はっきり言おう。単純な魔力量だけなら自分を遥かに超えると。

ざからには本来魔力と呼ばれるものは備わっていなかった。どちらかと言うと霊力などに順ずる生命力の塊とでも言うべき存在だった。

だがジュエルシードを取り込んだ(取り込まれた)ことで、ざからは生命力を上昇させ、同時に魔力への変換を果たしていたのだ。

取り込む前でも軽く山一つ破壊するだけの力を有していたのだ。これが増幅されればどれほどの力になるのか。

「けど戦いは魔力量だけで決まらない」

フェイトは恐怖を振り払い、ざからと対峙する。まずは結界の構築。こんな化け物と自分が戦えば周辺への被害が大きすぎる。

外部に影響をもたらさず、誰も入り込めない結界を魔法で構築してから対処に当たる。

「どれだけ相手が強くても負けるわけにはいかない」

覚悟を決める。自分には負けられない理由がある。母のためである。あの人の笑顔のため。自分に期待してくれているあの人を裏切るわけには行かない。

「バルディッシュ」

『Yes,Sir』

手に握る自分の相棒であるデバイス『バルディッシュ』に声をかける。

魔力を込め、黄色く輝く魔力刃を作り出す。

『Scythe Form』

それは死神の鎌。黒衣の少女が扱う強力な武器。並み居る者をことごとく倒す愛器。

ただし・・・・・・・いかに彼女をもってしても、これから戦う相手に対してはあまりにも差がありすぎた。







「くぅん」

「くーちゃん?」

同時刻、久遠と高町なのはは二人で国守山の方までやってきていた。

この近くにはさざなみ寮と言う女子寮があり、以前からそこの住人の何人かとは交流があった。

ここのオーナーの槙原愛は獣医で、よく久遠の予防接種などもしてくれていた。

その際、久遠は大変嫌がり、なのはやストラウスの説得でも中々応じてくれずに苦労したのはここだけの話である。

他にもここの住人の仁村真雪とストラウスは漫画関係で交流があり、何度か意見交換や同人誌作成で協力したこともある。

真雪とストラウスの合作誌は、同人誌界においてもはや伝説の一冊として今でもネットオークションで高値で取引されている。

二人はさざなみ寮に顔を出し、周辺で戯れる猫達と遊び(久遠が少々激しいスキンシップに見舞われたが)、今は森の散策にやってきていた。

そんな中、不意に久遠は国守山の湖の方を見た。なのはも釣られてそちらの方を見る。

同時に奇妙な違和感をなのはは覚えた。まるで世界が反転したかのような感覚。

自分が世界から切り離されたと言うような、現実感の無い奇妙な感覚。

胸の奥が熱い。まるで何かが鼓動しているかのような感じがする。

(なんだろう、これ?)

なのはは自分の身体に何が起こっているのかわからなかった。さらに遠くから聞こえる音。

まるで雷のような轟音。物や木が壊れるような激しい音。

「なに?」

音のする方はちょうど湖がある方向だった。久遠やストラウス、家族でも行った事がある。静かで綺麗な湖がある。

「何だろう・・・・・・」

何が起こっているのか気になった。好奇心と言うのは人間なら誰でも持っているもの。なのはが気になったのも無理ないことだ。

「くぅん!」

「くーちゃん?」

だが久遠がなのはを呼び止める。まるで行ってはダメだと言う様に。

「行っちゃダメって?」

「くぅん!」

なのはの言葉に久遠も首を縦に振る。ただならぬ久遠の様子に、なのはもそれを無視するわけにはいかない。

「わかった。くーちゃんがそう言うんだったら私は行かないから。それよりも危ないかもしれないから戻ろうか」

久遠がこうやって警告すると言う事は、何かよくない事があるということだと聡明ななのはは理解した。

ならすぐにこの場を離れるのが良いだろう。何が起こっているのか気になるが、自分に何かあっては家族が心配するし、警告してくれている久遠に申し訳が立たない。

「じゃあ戻ろうか。くーちゃん、ライドオン!」

「くぅん!」

なのはは背中に背負ったリュックに久遠を乗せる。これはなのはのリュックサックに久遠専用の収納スペースが作られていて、ここに入るとちょうど頭と手だけが出るように出来ている。

これはなのはと久遠がお出かけの際、普通にしていると目立つので、こうやって人形みたいな扱いをすれば目立ちにくいとのことで、ストラウスと桃子が提案した。

作成もストラウスと桃子の合作であり、なのはと久遠は共に気に入っている。

二人はそのまま山を降りようとした。

しかしそんな彼女達の前に突如、根のような物が襲い掛かった。







「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・・・」

フェイトは肩で息をしながら、目の前の存在を見据える。

はっきり言って、絶望的なくらい力が違った。

「くっ、フォトンランサー!」

周囲にフォトンスフィアを展開し、魔力で作られた槍をざからに向かい放つ。

「ファイア!」

『ォォォォォォッッッッ!!!』

咆哮。ざからは真正面からフォトンランサーを受け止める。

フェイトの魔力から作り出されるフォトンランサーの一撃一撃はかなりの威力である。並みの魔導師でも一撃でも当たれば十分に昏倒させられるだけの威力を有している。

ジュエルシードの暴走体であろうとも、打ち込めば倒せるはずであった。

しかし・・・・・・・・。

ざからは無造作に、まるでそんなもの意に介さないとばかりに正面から受け止める。ざからは何もしていない。

ただ本来の身体強度で、生命力で、取り込んだジュエルシードの魔力だけで受けとめる。そこに小細工は一切無い。ただ単純で純粋な力。技でも特殊な能力でもない。

圧倒的で絶望的な力。

それだけでざからはフェイトの攻撃を受け止めていた。

これまでにフェイトが仕掛けた攻撃は十を超える。だがそのどれ一つとして、ざからに傷一つ負わせることが出来なかった。

「これだけやっても無傷なんて・・・・・・・」

バルディッシュで切りかかっても刃は身体に突き刺さらず、今のような魔力弾も弾かれる始末。

「このままじゃダメだ。大技を決めないと・・・・・・・」

ならば今自分のもてる最強にして最大の攻撃を打ち出すしかない。これが効かなければ、もう自分にはどうする事も出来ない。

「でもやるしかない!」

持てる魔力をすべて絞り出す。同時に相手の動きを拘束する魔法『バインド』で、ざからの動きを封じる。

相手はそこまで動きは速くなかった。バインドを設置し、即座に絡め取るのも余裕だった。

「でもあまり長い時間は持たない」

ざからは単純な魔力だけでも自分を超えている。力任せにその魔力を振るうだけでバインドなど簡単に破壊できる。

「それでも簡単には壊せない」

フェイトは自分を過信はしていなくても、自信を持てるほどの修練は積んでいた。自分に魔法を教えてくれた師。その師の教えと努力があったからこそ、今の自分がいる。

「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル」

足元に魔法陣を出現させ、フェイトは大技を打つ準備に入る。

強大で膨大な魔力。見るものが見れば、魔力に恐怖すらしただろう。周囲に無数の雷の塊が姿を現す。

「フォトンランサー・ファランクスシフト。撃ち砕け、ファイアー!」

一斉に解き放つ。

スフィアの数は三十八基。毎秒七発のフォトンランサーを四秒継続させる。数にして実に千六十四発。この攻撃の前にはいかなる存在であろうとも倒せるはず。

さらにフェイトは左手を掲げ、魔力を収束して巨大な雷の槍を作り出す。巨大なまるで杭の様な魔力の塊。最後にそれをもざからに向けて叩き込む。

爆音と轟音が響き、土煙が周辺に立ち込める。

フェイトは魔力のほとんどを絞り出し、息を荒くしている。魔力は底を尽きかけている。バリアジャケットと飛行制御でギリギリだ。

何とか無理をすればあと何発かフォトンランサーを放てるだろうが、それで精一杯。

「でもこれだけやれば・・・・・・・」

土煙が晴れいく。そしてフェイトは見て・・・・・・・・絶望した。

「そ、んな・・・・・・・」

消え入りそうなかすれた声を出す。土煙の向こう。巨大な姿が見える。

だが問題はそんな事ではない。目の前の存在は、あれだけの攻撃を前にしても・・・・・・傷一つ付いていないと言う事だった。

『オォォォォッッッッ!!!!』

再びの咆哮。放たれる魔力。フェイトはその魔力を感じ戦慄した。目の前の存在は、ほとんど魔力を消耗していない。

自分の攻撃など、まるでカトンボに刺されたような程度のものでしかなかったかのように。

フェイトは決して弱くは無い。彼女の魔力、戦闘能力は共に高い水準であり、純粋な破壊力だけを見ればかなりのものであろう。

ざからも本来の能力だけを見れば、フェイトとそこまでの大差は無い。ざからは軽く山一つ吹き飛ばし、数多の僧や霊能力者を葬ってきたが、それでもここまでの攻撃を喰らって無傷で居られるほどの存在ではなかった。

本来のざからならば、フェイトのファランクシフトの直撃を受ければ致命傷とまでは行かなくとも、大きなダメージを受けていた事だろう。

だが今のざからは違う。

ジュエルシードと一つになったことで、ざからの能力は大きく強化されていた。

さらにジュエルシードとは歪だが願いを叶える能力を有する。願いの思いが大きければ大きいほど、その能力は大きく発揮される。

ざからは封印されてからずっと渇望していた。最初は小さな想いだが、数百年の時を経て思いは大きくなり、増幅されていった。

その思いがジュエルシードと結びついた時、どれほどの力を発揮するのか想像も出来ないほどに。

ざからは会いたかった。自分を倒したあの男に。また戦いたかった。自分を傷つけたあの男と。

―――――お前は、強いなぁ―――――

かつてのあの男との戦いを思い出す。

あの男は言った。自分はもう死ぬと。けれどもいつかその血を受け継ぐ子孫が会いに来ると。そしてその時は。

――――そん時は、また、遊ぼうや――――

男はそう言った。

初めてだった。そんなことを言われたのは。

いつも自分は恐れられるだけの存在だった。誰からも望まれず、必要とされなかった。

けれどもその男は違った。自分を対等に見てくれた。自分を必要としてくれた。

嬉しかったのかもしれない。そんな今までに無い感情がざからの中に芽生えた。

ゆえに静かに湖の中で眠っていた。

だが待てども待てども、彼の言う存在は現れない。どれだけの時が経ったのかわからない。

思いは強くなる。芽生えた感情がざからを苦しめ、苛む。

ジュエルシードが反応したのはそんな負の感情。負の感情と言うのは正の感情よりも時として強い。

元来、ざからに存在した破壊衝動と負の念とジュエルシードの力が一つになった。

今のざからは本来のざからよりも何倍も、何十倍も強い。

ざからはフェイトを一瞥する。ざからはフェイトの攻撃をすべて受けきり、彼女にある判断を下していた。

違う。

この者ではない。

仮にあの男の子孫でも自分に傷一つ負わすことの出来ない存在が、自分が待ち望んでいた存在であるはずがない。

自分にとって邪魔な存在。あの男を、あの男の言う存在を捜すのを邪魔する者でしかない。

ざからはフェイトをそう判断する

そこからのざからの行動は早かった。今までただ攻撃を受けるだけだったざからが攻撃に転じた。

「えっ!? きゃぁっ!?」

突然の魔力の放出。同時にフェイトを襲う炎。すべてを燃やすざからの炎の直撃をフェイトは受けてしまった。

バリアジャケットが焼け焦げ、身体にも火傷を負う。幸い、咄嗟に残った魔力で防御したのとバリアジャケットのおかげで火傷自体もたいしたことはなかったが、服はところどころ燃え落ち、肌が今まで以上に露出していた。

「あっ、あっ・・・・・・・・」

どさりと地面に墜落する。身体に力が入らない。立たなければならないが、足が動かない。

フェイトはざからを見る。ざからはゆっくりと近づいてくる。

本来のざからは様々な物を食した。物であったり、人であったり、魂であったり、エネルギーであったり。

ざからは今まで三百年間、何も食していなかった。そのため、何かを食したいと思っても不思議ではない。

感情の中では優先度が低いものであったが、それが消えるわけではない。

ざからは目の前に倒れる少女を見る。少しは腹の足しになるか。

ゆっくりとざからはフェイトに近づく。巨大な顎がフェイトの目に映る。鋭い牙を持つ巨大な口。

食べられるとフェイトは身を竦ませる。けれども逃げる事も出来ない。身体は満足に動かず、魔法を使う魔力も残っていない。

「こっ、のぉっ!」

直後、叫び声と共に一人の女性がざからに殴りかかった。フェイトの危機を察知して駆けつけたアルフである。

「フェイトぉっ!」

心配そうな声を上げるアルフ。ざからを一度殴った後、すぐに彼女は倒れているフェイトの下へと駆け寄った。

「フェイト! 大丈夫かい!?」

心配そうに身体を抱き上げるアルフ。大切な主のボロボロの姿を見て、彼女は狼狽した。

「アルフ・・・・・・」

小さくフェイトは彼女の名前を呼ぶ。だが彼女達の背後から、ざからが襲い掛かる。

食事の邪魔をされたざからは怒りの矛先をアルフへと向けた。先ほどの一撃もざからには何のダメージも与えていない。

それどころかむしろ、ざからを怒らせるだけの結果しか生み出さなかった。

『オォォォォォ!!』

「逃げるよ、フェイト!」

アルフはフェイトを抱えると、すぐさま空へと逃げる。目の前の化け物は空を飛んでいない。つまり空ならばこいつは追って来れない。

空に逃げて、すぐにこの場から転移する。それがアルフの考えた逃走手段だった。

それは間違っていない。ざからは空を飛べない。しかし空を飛翔する事は叶わずとも、空に飛び上がる程度の事は出来た。

「なっ!?」

目の前に巨大な影が踊りでる。ざからの巨大な体が目の前にある。その腕がアルフを狙う。

「ちっ!」

アルフはフェイトを抱えたまま、何とかその腕の直撃を回避する。だがその際に発生した風圧と、ざからが纏った魔力の余波を二人は受けてしまった。

「うわぁっ!?」

思わず動きが止まる。致命的な一瞬の隙。ざからはそれを見逃さない。炎が二人を襲う。

「ちくしょうぉっ!」

転移は間に合わない。なら防御するしかない。アルフは全力で防御に魔力を回す。

防御は彼女の得意呪文だ。主を守る盾。フェイトを守れるなら、ここで燃え尽きようとも構わない。

アルフは全力でシールドを展開し、炎をさえぎる。彼女はざからの強力な炎に耐える。持ちこたえられる。彼女は確信した。

しかしその希望は直後のざからの動きで凍りついた。ざからは再び、彼女たちめがけて炎を放ったのだ。

一発目の炎が残っているところに、再び同等の炎が襲い掛かる。いかにアルフでもこの炎を完璧に防御する事は出来なかった。

「あぁぁぁっっ!!!」

フェイトを左手に抱えながら、アルフは必死に右手を突き出し防御をし続ける。右腕の一本失っても構わない。ただこの子にだけは、これ以上の傷を負わせない。負わせてなるものか。

その思いだけで、アルフは炎を受け止める。痛みに歯を食いしばり、涙が出そうになるのを必死に我慢する。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・・」

炎が収まるが、もう右腕は使い物になりそうも無い。火傷で感覚がすでに麻痺している。痛いと感じることさえない。

「あ、アルフ。右腕・・・・・・」

「っ。これくらい平気だよ、フェイト・・・・・・」

焼け焦げ皮膚が黒くなっている右腕を見ながら、フェイトは動揺したような声を上げる。

彼女もアルフが傷つくのが嫌だった。自分のために、アルフが右腕を失うなんて、そんなこと許せなかった。

「大丈夫。そんなことより、ここから早く逃げないと・・・・・・・」

だが逃げるといっても、向こうはこちらを簡単に逃がしてくれそうには無い。

向こうはこちらを睨んでいる。もし下手に動けばその瞬間、相手はこちらに襲い掛かってくるだろう。

今相手が動かない理由はわからないが、どちらにしろ自分達が危険な状態であるということには変わらない。

(何とかフェイトだけでも逃がさないと・・・・・・・)

アルフは自分が囮になり、その隙にフェイトを逃がす事を考えていた。この場で取れる最上の策。

右腕がこんな状態では満足に戦えない。いや、両腕が無事でもあの化け物相手にどれだけ戦える事か。

(でも何とかしないと・・・・・・)

アルフにとってフェイトがすべて。フェイトが無事で生きていてくれるだけでいい。

そのためなら自分は喜んで犠牲になろう。命を投げ捨てよう。

すべてはフェイトのため。彼女が生きて、笑っていてくれるだけでいい。

アルフは決意を固める。己がすべき事を、優先すべき事が何であるか理解しているがゆえに・・・・・・・。





違う。皆違う。

ざからは目の前の二人を睨みながら、自分が待ち望んだ相手がどこにいるのかを考える。

あの男のような強者を。自分と戦える存在を。

あの男か、その子か、その孫か、その子孫・・・・・・。

どこにいるのか。この付近に居るのか。それともどこか遠くに居るのか。

わからない。わからなければ探せば良い。すでに根を放ち、自分の待ち人を探している。

ここで見つからなければ遠くまで行こう。見つかるまでずっと探そう。

その前にこの目の前の二人を食してからにしよう。

昔はそうやっていた。好きな時に食べ、好きな時に壊し、好きなように暴れまわった。

あの男と出会うまで。

思い出せばまた恋しくなった。あの男はどこにいるんだ。もう二度と会えないのだろうか。

寂しい、悲しい、辛い。

オォォォォォォ

心が満たされない。こんな気持ちは初めてだ。感情が高まり、ざからは声を上げる。

そして・・・・・・。

ゾクリ

不意に身体が震えた。全身を刺すような鋭い気配。

あの少女の攻撃にもびくともしなかったこの体が、まるで何かに刺されているかのような感覚を受けた。あの三百年前のあの男の時と同じ。

身体を見るが、別に何も刺さっていない。ざからはその気配がどこから来たのかを探る。

感じる。何かがいる。自分を見ている。自分に対して怒りを感じている。

ざからは周囲を見渡す。どこだ、どこにいる。

ゾクリ、ゾクリと、ざからはそれを探るたびに身体の震えが高まる。こんな感覚は初めてだ。

そしてざからはそれを見つけた。

それは細身の男。かつてあの男と出会った時を思い出す。あの男も華奢な男だった。その横には小さな女の子と狐が倒れている。

似ている。あの時と。あの男も小さな少女と一匹の獣を連れていた。

まるであの時の再現。

両者の視線が交差する。

ゾクッ!!!!

今まで以上に自分を射抜く気配が高まった。男の目が怒りに震えているかのような気がした。

自分以上の獣。そう思わせるには十分だった。

その目が語る。

『お前を許さない』と。

男の背中に翼が生える。力が高まる。

それは恐怖と共に『赤バラ』と呼ばれた者。星を壊し、数千、数万の敵を一瞬にして葬り去る魔神。

清廉にして気高き星の守護者にして、最強にして至高のヴァンパイアの王。

その者の名はローズレッド・ストラウス。

ざからが脳裏に刻む男の名であった。







あとがき

皆様、ご意見ありがとうございます。

何とか皆様のご意見を参考にさせていただき、ローズレッド・ストラウスと言う人物を書くように心がけます。

色々と至らぬところもあるかもしれませんが、ご指導のほどよろしくお願いします。

さて、次回はいよいよ赤バラ無双始まりますw

これがやりたかった。

フェイトとアルフがかませ犬になってすいません。直接この二人とストラウスを戦わせる事が出来ないなら、DBみたく、悟空が仲間が苦戦した相手に圧勝する風に描けばいいや的なノリで描きました。

次回は無双です。残念ながら、単純な戦闘力では現在のざからでもストラウスには勝てません。

まあ勝てたら、マジで地球終了なんで(汗

なのはと久遠、ついでにユーノの話は次回以降にでも書きますので。

では次回もお楽しみに!





[16384] 第十一話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/04/04 13:47

ストラウスがなのはの下に到着した時、彼女と久遠は地面に倒れていた。

体と心が凍りついた。

一瞬だが、頭の中が真っ白になった。

また自分は失うのか。大切な娘を、家族を。

心がざわめき、叫びそうになりそうだった。狂ってしまうかと思った。壊れてしまうかと思った。

二人の傍に駆け寄り、彼女達の無事を確かめる。見たところ外傷は無い。ただ気絶しているだけのようだった。

周囲に魔力とそして霊力が残留している。これはなのはの物だった。

何かがあった。おそらくなのはと久遠の身に危険が及んだ。あのアーデルハイトの暴走と同じように、魔力と霊力が危険に際して反応したのだろう。

ちょうどその時、ストラウスは意識をざからとフェイトの方に向けていた。まさかなのはと久遠がこんな所にいるとは思わなかった。

そして気がついたのは、なのはの魔力と霊力が放出されたからだった。

だがそれも仕方が無い。なのはが襲われたのは、ざからが復活した直後。いかにストラウスと言えども、全知全能では決して無いのだ。

それでもそんなこと言い訳にはならなかった。ストラウスは激しく自分を責めた。

何故気がつかなかった。何故気を回していなかったのかと。

自分はいつも大事なところで失敗する。その失敗がどれだけ大きく、また取り返しが付かなかった事か。

(私は、私は・・・・・・・・)

自分を責める。何故気づかなかった。何故間に合わなかった。

周囲に根のようなものが蠢いているのを感じる。なのは達はこれに襲われたのだろう。

これを発生させた原因。ストラウスはその存在の方へと意識を向ける。

かつてステラと自分の娘が殺され、その亡骸を見た時のような感情がわきあがる。

怒り、憎しみ、殺意。

ヴァンパイアと言う種族は本来は温和であり、ストラウスと言う人物も人を憎んだり、恨んだりと言うことを良しとはしない。

しかし彼も心ある存在だ。本人はもしかすれば人を想う心など無いただの機械か何かではないかと考えることもあった。

だがストラウスも誰かを思う気持ちが、感情があるのだ。

心ある者ならば当然持ちえる感情。大切な者を傷つけられれば、当然芽生えさせるであろう怒り。

二人を適当な場所に移動させ、魔力で防御壁を作る。この魔力の防壁はちょっとやそっとでは壊れない。

この戦いの間は二人を常に気にかける。これ以上、この子達を危険な目にも合わせない。傷つけさせなどしない。

ストラウスは視線をざからに向ける。距離はずいぶんと離れているが、お互いがお互いの視線を感じ取った。

瞳孔が縦に割れる。ストラウスが本気になった場合にのみ起こる変化である。

月村邸での戦い以来か。だがあの時とは状況が違う。あの時以上に、ストラウスは本気だった。

「・・・・・・・・・・・お前は私の大切な者を傷つけた」

すっとストラウスは右手をざからに向ける。魔力が高まる。

戦いが始まった。

否。

それは戦いではなかった。それは戦いと呼べるような代物ではなかった。

それは一方的な蹂躙劇でしかなかった。







フェイトとアルフは、ざからがいきなり自分達を無視して何かを探し始めた。周囲に気を配り、あたりを見回している。

チャンスだとアルフは思った。この隙に逃げられると。そう思った彼女の行動は早かった。地面に転移魔法の陣を生み出し、即座にこの場から離脱しようと試みる。

「逃げるよ、フェイト!」

「でもアルフ・・・・・・」

フェイトはざからを見る。ジュエルシードを回収できなかったと言うこともあるが、あんな化け物を放置しておけないと言う気持ちもあった。

あれが結界の外に出たら、この街は大変な事になる。

「無理だよ! さっきだってあいつに傷一つ付けられなかったのに!」

アルフの言葉は正しい。自分の全力の攻撃を前にしても傷一つ付けられなかった。それにアルフにいたっては右腕に酷い火傷を負っている。下手をすれば、もう二度と使い物にならないかもしれない。

「あたしはフェイトが一番大切なんだ。それに今ここに残っても犬死だよ!」

「っぅ!」

フェイトは悔しさのあまり唇をかむ。自分には何も出来ない。あれを倒す事も、ジュエルシードを回収する事も。

魔力と体力が底を尽きかけている今、フェイトに出来る事はほとんど何も無い。それにざからはフェイトが故意に覚醒させたわけでもない。

ゆえに彼女が責任を感じる必要は無かった。彼女がこの場に来ても来なくても、ざからは目覚めていた。

勝てないとわかれば、逃げる事も一つの手である。自分の命を無駄に散らす事が正しい選択であるはずが無い。

命を捨てるのは、その行為に意味がある場合のみ。その命で大勢の命が救われる場合。そうしなければどうにもなら無い場合。

尤も命を捨てると言う行為が正しいか否かは誰にもわからないのだが。

「これ以上フェイトが無理する必要は無いよ! それに・・・・・・・どうやったってあいつには勝てないんだ!」

勝てない。フェイトも頭では理解している。それでも感情が納得しない。

「フェイトに嫌われてもいい! あたしはフェイトが一番大切なんだかよ!」

叫ぶアルフにフェイトは顔を俯かせる。

だがその時、フェイトとアルフは今まで感じた事も無いような魔力を感じた。

ざからと同じように、ゾクリと体が震える。

「な、何、この魔力・・・・・・・」

「わ、わかんないよ・・・・・・」

二人ともわけがわからなくなった。この世界は一体どうなっているのだ。この世界は確か魔法が存在していなかったはず。魔力を持った原住生物すらいないとされる世界。

こんな魔力、ドラゴンですら早々持っていない。ランクにすればSランクを軽く超えている。

いや、目の前の化け物ですらSランクを超えているのだ。下手をすればSSランクに到達するだろう。

Sランクを超える魔力が二つ。自分達の予想もしなかった事態が突然訪れる。

「何かやばい気がするよ! とにかくここを離れようよ、フェイト!」

「う、うん。でも遠くに行き過ぎるのはダメ。少しだけ離れたところに。それにアルフの治療もしないと」

フェイトは逃げる事を良しとはしなかった。しかしこの場に留まるのも危険であり、アルフの治療もしなければならない。ならば取れる手段は安全な場所まで避難する事。

彼女達はざからの注意が逸れている隙をつき、この場を離脱する。

そして彼女達は目撃する。

どんな攻撃も通用しなかった化け物が、成す術もなく倒される姿を・・・・・・・・。







強い

ざからは自分が相対している存在に対して、そう評価した。

いや、強いのではない。強すぎる。

『オォォォォォォォ!!!!』

咆哮。魔力を、生命力を体中から放出する。

フェイトとの戦いではまったく行わなかった戦い方。フェイトの攻撃すら何もせずに防ぎきったざからが全力で防御すれば、どんな攻撃も完全に防げる。

そのはずだった。

しかし結果は・・・・・・・。

『ガァッ!』

ざからは傷ついていた。全身を打ち抜かれ、ダメージを蓄積させられていく。

これほどの防御もまったく無意味とでも言うかのごとく、相手の攻撃は防御を貫き自分を傷つけていく。

三百年前と同じように。違う。三百年前よりもさらに酷い。何も出来なかった。

あの時は自分もあの男も双方ともに傷ついた。

しかし今回自分は何も出来ずに、ただ一方的に攻撃を受けている。

あの男を見据える。何度も炎を放ち、同時に自ら放った根と強化された肉体を持って男に襲い掛かる。

だが炎は男に触れる前にさえぎられる。強化された体から放つ攻撃は一撃として当たらない。逆に男の攻撃はすべて自分に突き刺さる。

ざからは歓喜した。これこそ自分が待ち望んだ相手だと。この男こそ、あの男が言っていた存在だと。

ざからは傷だらけになりながらも、己の身を省みる事なくストラウスへと攻撃を続ける。

攻撃は苛烈を極める。フェイトクラスであっても、おそらくは瞬く間に命を奪われるであろう攻撃。

だが相手が悪すぎた。ざからが相対している存在は、最強の力を持つ魔神だった。

その魔神には今のざからの攻撃など一切通用しない。

どれほどの攻撃でも、どれだけの防御でもすべて無効化される。

ストラウスは魔力を振るう。怒りを湧き上がらせながらも、冷静に周囲への被害を考えて攻撃を加え、相手の攻撃を防御していた。

ざからの魔力をも上回る、桁外れの魔力。ざからの魔力が国を破壊できる程の物であっても、星を破壊できる魔力の前には太刀打ちなどできようはずも無い。

魔力の刃で、魔力の矢でストラウスはざからを攻撃する。

ざからの魔力防御などまるで存在しないかのごとく、ストラウスはざからを切り裂き、穿ち、傷を与える。

一分にも満たない僅かな時間。その僅かな時間でざからは三百年前と同じような、いやそれ以上の傷を負わされていた。

まだだ。自分はまだ戦える。

ざからは身体を震わせ、魔力と生命力を高める。せめてこの男に一撃でも浴びせたかった。ゆえに力のすべてを集め、巨大な炎を生み出した。

先ほどまでの炎などかすんで見える程の業火。先ほどのフェイトを焼いた火がマッチ程度ならば、これは松明のようなものだ。

ざからは炎をストラウスに向かい放つ。この炎ならば、どれほどの相手であろうとも焼き尽くす。

しかしストラウスはそれほどの炎でありながらも、逃げようとはしない。彼は魔力で剣を作り出し、無造作に振り下ろす。振り下ろされた剣より生み出される魔力の斬撃。

一振りの斬撃は・・・・・・・・・・炎を簡単に切り裂き、そしてそのままざからさえ切り裂いた。

それが決着の一撃。

ざからは何も出来ないまま一刀の下に切り伏せられ、そのまま大地へとその身体を沈めた。







ストラウスは森の中で静かにざからを見据える。感情が爆発しそうだったが、理性で全てを制御した。

こんな時こそ、冷静に対処しなければならない。もうこれ以上、失敗を重ねるわけには行かない。

周囲にはまだあの謎の少女達の魔力も感じる。こちらを探っているようだ。魔力で監視はすべてジャミングをかけ、こちらの姿は隠している。

ざからはすでに虫の息だ。対して自分はほとんど消耗していない。彼にとってこの程度の戦いは準備運動にもならないものだった。

それもそのはずだ。彼は月サイズの巨大な異星人の宇宙船と、それに搭載されていた小型船五十万以上と戦ったことがある。

宇宙船は彼の妻であるアーデルハイトが一人で沈めたが、それ以外はすべてストラウスが破壊した。

宇宙空間と言う彼に最も適した環境下とは言え、その際でも対して疲労も感じず、逆に身体も温まり宿敵と戦うには丁度いい具合になったと言わしめた程だ。

その彼がこの程度の相手に苦戦するはずが無い。

(ユーノはこちらに向かっているが、まだしばらくかかるか。あの二人もそれなりに傷を負い、今すぐにこちらに向かってくる気配も無い)

ユーノには謎の二人組みの情報は伝えた。その直後、ジュエルシードの反応があり、ストラウスだけが先にこの場にやってきた。そのユーノももうすぐこちらにやってくる。

(まだ私達の姿をさらすわけには行かない。手早くジュエルシードを封印し、ユーノに渡す手段を講じよう)

ざからとの距離は離れているが、ここからでもどうにでも出来る。まだざからは力を完全に失っては居ないが、もう一撃でも与えればいいだろう。あとはジュエルシードを封印して終わりだ。

『オオオオオオオ・・・・・・・』

ざからの咆哮が響く。それはどこか泣いているような気もした。

ストラウスはすっと魔力を込めた剣を振りかぶり、最後の一撃を与えようとする。

だが・・・・・・・。

「だめぇぇっ!」

後ろから聞こえた声がさえぎる。

ハッとストラウスは後ろを振り返る。そこには久遠を抱え、涙を流しているなのはの姿があった。







なのはは夢を見た。

それは悲しい夢。最近はこんな夢をよく見る。

王様の夢。普通とは違う狐の夢。そして今は・・・・・・・・。

――――ざから――――

その怪物は男の人にそう呼ばれた。

――――お前は、強いなぁ――――

その男の人は笑っていた。血まみれの姿だったが、屈託の無い笑顔で。

今にもその命が尽きようとしているのに、その人はまるで遊びに疲れて眠るかのように呟いた。

――――俺はもう死ぬが、俺の子か、孫かその孫か、いつか俺の血を受け継いだ子がお前に会いに来る。そしたらその時は――――

その男の人はまるで子供のように笑顔でこう言う。

――――そん時は、また、遊ぼうや――――

その言葉で怪物・ざからの心に光が差す。

望まれず、必要とされなかった存在。寂しかったのだ、ざからは。

一人ぼっちで、誰からも拒絶されて、ただ壊すことしか出来なかった。それ以外を知らなかったから。

なのはの心に声が響く。会いたいと。

自分を初めて認めてくれた人に、必要としてくれた人に会いたいと。

ざからの気持ちがなのはには理解できた。

自分もそうだった。

父が事故で大きな傷を負ったとき、少しの間とは言え自分は一人になった時があった。

母も、兄も、姉も忙しく自分ひとりが何の役にもたてず、必要とされなかった時間。孤独な時間。

それはたった数日のことだったが、そんな短い時間でも自分は辛く、悲しい思いをした。

ざからはそれの何倍も、何十倍も苦しい思いをした。

そして彼は自由になり、ようやくその人を探しにいけるようになった。

今まで溜め込んでいた感情が一気に弾ける。

会いたい。会いたい。会いたい、と。

なのはは目を覚ます。

自分の隣で倒れている久遠を見つける。彼女は慌てて久遠が無事なのかを確認する。どうやら怪我は無い。気を失っているだけのようだ。

何が起こったのか思い返す。そうだ。自分は久遠と山に遊びに来ていて、帰ろうと思った矢先、根のようなものに襲われた。その後の記憶は無い。何が起こったのか覚えていない。

ただ気を失い夢を見た。そしてあの根のようなものがあの子・ざからの物であると言うことは理解できた。

周囲を見る。なのはの前には翼を広げ、剣を持っているストラウスの姿が見えた。なのははすでにストラウスからヴァンパイアである事を聞いている。

初めてみる姿に驚いたが、ただ驚いただけだ。次に森の向こう側に倒れている大きな存在を見据える。

夢で見たざから。あの子の気持ちが流れ込んできた。あの子はただ会いたいだけ。寂しかっただけだ。あの根だって、あの人を探していただけだ。

と、ストラウスが剣をゆっくりと持ち上げる姿を見た。同時に剣に何か力が集まっていくのを感じる。

何をしようとしているのか、なのははわかった。だから咄嗟に叫んだ。

ストラウスの行為を止めるために。





なのはと同じように、ざからも夢を見ていた。

今までこのような夢など見たことはなかった。何故なのだろう。ざからは疑問に思った。

彼は知らない。これはこの近くにいた久遠の能力がもたらしてくれたものだと。

夢写し。

久遠が持つ特殊な能力。

それは他人の夢を、記憶を他者に見せるもの。これは久遠が自分の夢や、近くで眠っている人の夢を他人に見せるものである。ただ久遠の傍にいなければ効果が無いのと、久遠自身にも制御できないと言う欠点が存在する。

それは自分以上の力を持つ者の記憶。

悲しい記憶。自分と同じように憎まれ、恐れられ、殺されそうになった男の記憶。

ただその男は自分のように悪さをしたわけではない。誰にも必要とされなかったわけではない。

強すぎたから。ただそれだけの理由で追い立てられ、殺されかけた。

全てを敵に回し、自ら地獄を歩く。

ざからは思う。なぜそんな道を進むのかと。

夢の中でその男は戦い続ける。人間と、人間とは違う力を持つ存在と、空からやってきた異形の存在と。

最後には自分にとってのあの男のような存在の女にその命を奪われる。

それでもその男は笑っていた。あの男のように・・・・・・・・。

その男の顔がざからの脳裏に焼きつく。

そして目を開けて、今、自分を倒した男の姿を視界におさめる。

夢と同じ男。

もしかすれば自分が待っていたのは、この男だったのかもしれない。

この男だったら、自分を受け止め、この力を振るってくれるかもしれない。

けれどもこの男は決して自分を許しはしないだろう。

あの獣のような目が語っている。

ざからは再び目を閉じる。身体に力が入らない。先ほどまで感じていた大きな力もほとんど消えている。

自分は再び眠りに付くのか。それともこのまま消えてしまうのか。

出来るなら、もう一度だけ、誰かに必要とされたかった・・・・・・・・。

ざからは生まれて初めて、涙を流した。







ストラウスは涙を流すなのはの姿をその目に映す。その姿に彼の中の怒りが霧散する。瞳も普通の状態に戻る。

「なのは! 久遠!」

思わず剣を消し、二人に駆け寄る。膝を折り、目線をなのはにあわせる。

「大丈夫か?」

「うん。私は大丈夫。でもくーちゃんが」

視線を久遠に向ける。すると今まで気を失っていた久遠が微かに動いた。

「く、くぅん・・・・・・・」

久遠も何とか目を覚ましたようだ。若干弱弱しいが、きちんと返事をした。

「あ、あの、ストラウスさん! あの子を殺したりしちゃダメ! あの子は寂しかっただけなの! 大切な人を探そうとしていただけなの!」

必死になのはは懇願する。彼女の言葉にストラウスはなのはが何かを感じ取ったのだと予想した。

「あの子は・・・・・ざからさんは泣いてた。三百年もずっと深い湖の中でその人を待ってて」

「・・・・・・・・・その話、なのはがわかる範囲でいい。私に教えてくれるか?」

「うん! あのね・・・・・・・」

ストラウスはなのはから一通りの説明を聞き、考えをまとめる。なのはの話に出たざからと呼ばれる怪物。ジュエルシードを取り込んだのはそれだろう。

ざからは待っていた。自分を倒した相手を。もう死んでしまった人を。

もしくはその血を受け継ぐ者を。自分を扱えるものを。

「そうか・・・・・・」

「だから、あの子は何も悪くないの! その、昔はいっぱい悪いことしたかもしれないけど、でも!」

「ああ、わかっている、なのは。悪いようにはしない」

ストラウスはなのはに微笑むと、すっと立ち上がり、ざからの方を見る。

先ほどのような視線ではない。ストラウスは孤独を知っている。悲しみも苦しさも背負っていた。失う痛みも知っている。

ざからの思いも、理解できる。

オォォォォォォォ

ざからの声が響く。泣いているかのような悲しい声。魂に訴えかけるような悲壮な声。

「・・・・・・・・・・」

ざからから魔力が消えていく。ジュエルシードの反応も小さくなり、暴走し肥大化していた力も沈静化していく。

ざからの体が光に包まれる。巨大な獣の姿が消える。光が収まった後、そこには一本の大剣が突き刺さり、その上にはジュエルシードが浮遊していた。

そして白いスーツと白い帽子をかぶった少女が立っていた。その横には大体二十センチくらいの白い謎の生物が浮遊している。

少女は突き刺さった剣とジュエルシードをその手に持つと、ゆっくりとストラウス達の方に向かってきた。

「なのは、私の後ろに」

「えっ、えっ?」

混乱するなのはを前にストラウスは冷静にやってくる女性を見据える。数分だろうか。その女性はストラウスの前に姿を現した。

「お前は・・・・・・・」

「私は雪と言います。そしてこの子は氷那」

「きゅう」

ストラウスの問いかけに少女はそう答える。名前は雪。ストラウスはつくづく、この名前には縁があると感じさせられた。

隣に居る生物は氷那と言うらしい。

「ざからはこの中にいます。この子の大きすぎる身体と強大すぎる魂を封じた剣に」

彼女の言うとおり、剣から力を感じる。あの蓮火が持っていた孤龍や金妖、鳴月と言った霊剣よりも強大な力。

後に『魔剣ざから』と呼び称される剣。

「私はずっとこの子と一緒に眠っていました。この子が待つ、あの人の血統が来るのをずっと・・・・・・・」

悲しそうに彼女は語る。彼女もまた、ざからと同じような感情を抱いていたのだろう。

「あの人の血統は来てくれなかった。でもこの子を乗りこなせる人が来てくれた」

すっと雪は剣をストラウスに差し出す。

「・・・・・・・私に使えと?」

「・・・・・・・はい。この子もきっとそれを望みます」

オオオオオオオ

剣が震える。ざからがストラウスを欲していた。

「ストラウスさん。その子はずっと待っていたの。自分の力を受け止めてくれる人を。必要としてくれている人を」

だから受け取ってあげて欲しいと、なのははストラウスに言う。ストラウスはそんななのはを見ながら、少しだけ何かを考える素振りを見せる。

そしてゆっくりと右手を出し、雪から剣を受け取る。

ざからの魂を感じる。歓喜しているようだ。ストラウスはなのはと雪から距離を取ると、何度かざからを振るう。

手になじむ。霊具とは違い、ざからは魔剣。自分と反発する事もなかった。強度も中々のようだ。今まで持っていたどんな剣よりも強固であり、また自分の魔力をよく通す。

さすがに全力を込めれば壊れるだろうが、普通に使う分には問題ないだろう。

オオオオオオオ

ざからの声が聞こえる。喜んでいる。

なのはの言うとおり、ざからはずっと一人だった。

自分の力を受け止めてくれる人を、三百年前からずっと待っていた。

そしてようやく見つけた。見つかった。

オオオオオオオ

ざからはストラウスに問いかける。名前は、と。

その言葉にストラウスは答える。

ローズレッド・ストラウス、と。

魔剣ざからとストラウスはこうして出会う。

この日から、ざからはストラウスと共に在ることを誓う。この身が砕けるまで。ストラウスが死ぬまで。

雪はざからが受け止められた事に笑顔を浮かべる。

「それとこれを・・・・・・」

彼女は続けて手に持ったジュエルシードをストラウスに渡そうとする。

「それを渡してください」

だがそれを遮る声が響く。全員が声のする方を見る。

そこにはボロボロになったバリアジャケットに身を包んだフェイトと、右手に大きな火傷を負ったアルフの姿があった。







あとがき

わかっていた事だが、ストラウスが難しすぎる。少し挫折しそうになる。

しかも段々と自分でも書いててわけがわからなくなる。回を重ねるごとに読みにくくなっている気もするし・・・・・・・・。

戦闘ももっとわかりやすく、うまく書けたら良いのに。自分の文才の無さに嫌になってきます。

これは末期か。少し頭を冷やさなければ・・・・・(クロスファイアー、シュート。作者はなのはさんに撃墜されました)

まあとにかく、なのはをどうするか書かないと。魔法少女は生まれるのか否か。そしてフェイトとユーノの未来はどっち!?

あと思ったのですが、ストラウスの魔力って数字に直したら一体どれくらいだろうか。

やはり億単位になるのでしょうかね。

まあその場合、計測なんて出来るはずも無く、ランクもSSSランクを超えてEXとか出そう。

最強オリ主でもこんなランクないよ!

改めて、ストラウスのチートが伺える。しかもこれで公式なんですよね・・・・・・。



[16384] 第十二話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/04/11 17:45
フェイトとアルフは少し離れた森の中で、ざからの様子を監視していた。

彼女達は空を飛んでざからや謎の魔力を発生させた存在に見つからないように、即座に地上に降り、森の中にその身を隠したのだ。

二人は一度距離を取ると、すぐにアルフの治療を開始した。しかしアルフもフェイトも治癒魔法を習得しているわけでもなく、簡易的な治療しか出来ない。

「大丈夫、アルフ?」

「平気だよ、このくらい」

フェイトの心配そうな言葉にアルフは笑いながら答える。彼女にしてみれば、主であるフェイトに心配をかけたくなかったのだ。

だが実際は痛覚すら無い状態で、動かすことすらできない状態だった。今は包帯を巻いて、首から布でつるしている。

「・・・・・・・・・早く戻ってきちんと治療しないと」

アルフの傷が思ったよりもひどい事を知ると、フェイトは悲痛な面持ちで告げた。その言葉にアルフは考える。

自分のことはどうでも良いが、フェイトをこの場から遠ざける理由にはなる。いくらフェイトでもあんな化け物には勝てない。

それにあの後すぐに現れたもう一つの大きな魔力。

フェイトの魔力は管理局のランクにすればAAAとされる。これは管理局でも僅か五%程度にしか満たない。

それを上回る魔力が二つ。普通の人間なら当然驚くだろう。

アルフはこのまま逃げる事を進言しようとする。

しかし彼女がフェイトに告げる前に状況は大きく動いた。

ざからが倒されたのだ。

「なにが起こってるんだい・・・・・」

思わず呟く。ここからではあまり詳しいことはわからない。こちらが放ったサーチャーからは情報がまったく伝わってこない。

破壊されたわけではなく、何かに阻害されていると言う感じだろう。

そしてざからの巨体が消えていく。

つまりそれはジュエルシードの暴走が収まったと言う事。

フェイトはそれを見ながら、若干唇をかみ締めている。おそらくは回収できない事を悔やんでいるのだろう。

そしてここで二人は選択を迫られる。

この場を退くか、それともジュエルシードの回収に向かうか。

フェイトもアルフもあそこに行けばあの化け物は居なくとも、あの謎の魔力の持ち主が居るであろう事は容易に想像できた。おそらくあの化け物はその存在に倒された。

(どうすりゃ良いんだい・・・・・・)

どうやって倒したのかは不明だ。こちらはほとんど何の情報も得られていない。

数分と言う短い間に決着が付いてしまったのだから。

しかしアルフは逆にチャンスかもしれないと考える。

いくらSSクラスの魔力を持っていても、あの化け物を倒したのなら、かなり消耗しているはず。短時間に決着がついたと言う事は、おそらくは全力でぶつかり合ったのだろう。

彼女の考えは間違ってはいない。

実力が同程度の者同士が全力で戦えば、勝負と言うのは一瞬でつく場合が多い。稀に全力同士でも長引く場合があるが、ほとんどの場合において長引くのはお互いが余力を残した状態で戦うからである。

そしてそれはフェイトも考えていた。同時にこうも考える。このまま自分達が撤退して向こうに回復された場合、果たして自分達は太刀打ちできるのだろうか?

あの化け物を倒す実力者。自分とアルフの二人でも勝てないと言う事は明白だ。ならばここで相対する方がいいのでは無いだろうか。

彼女達はそう考えた。

普通ならその考えも至極当然だろう。彼女達とてSSランクと言う存在が実際にはどれほどの力を持っているかは知らないが、さすがにSランク相当であれだけの防御力を誇る敵を倒したのなら、かなり消耗するはずと考えるのはおかしいことではない。

ただ彼女達の不運は、その考えがその存在・ローズレッド・ストラウスには当てはまらないと言うこと。

彼はSSランク相当の力を使った。ただしそれは彼の魔力の、ほんの一割にも満たない物でしかなかった。それも周囲の被害を考え、相当に手加減したものであると。

そんな事誰が考えよう。SSランク相当の魔力が、手加減した程度のものでしか無いと。

あのSランクでも上位に位置するであろうざからですら、赤子の手をひねるような程度の労力で倒したなどと、誰が考えられようか。

管理局基準でも最高はSSSランク。それ以上のランクなど計測された事が無い。

しかも人間でSSSランクを認定されたのは管理局でさえ、片手で数えるほどしか存在しないのだ。

さらに古の竜種でも確認された中で最高はSSSランク。それも数百年以上を生きた超大型の存在のみ。

SSSランクなど雲の上の存在なのだ。それを超える魔力を持つ存在がいると言う考えが浮かぶはずも無い。

ジャミングをかけられ、フェイト達に一切の情報が伝わらなかった事が、逆に彼女達の考えの幅を縮めさせた。

もし仮に、フェイト達がローズレッド・ストラウスの戦いぶりを見ていたら、こんな風には考えなかっただろう。

もし仮に、フェイト達がざからの強さを知らなければ、この考えには及ばなかっただろう。

ある意味、これは賭けに近かった。それでもジュエルシードを集めなければと言うフェイトの焦りと、アルフのフェイトへの思いが無謀とも言うべき行動を選択させる。

「・・・・・・行こう、フェイト。あたしの事はいいから」

「でも、アルフ!」

「あたしは大丈夫。それよりも早く行ってジュエルシードを回収して戻ろう。それが一番良い選択だよ」

アルフの言葉にフェイトは一瞬考えるが、自分を納得させる。

フェイトを突き動かす母への思い。脳裏に映し出される母の笑顔。そして自分にジュエルシードを集めるように言った母の顔と言葉。

フェイトは自分に言い聞かせる。大丈夫だと。アルフもこう言ってくれている。

それにこれは最初で最後のチャンスかもしれない。もしあの魔力の持ち主が万全の状態になったなら、自分達は勝てないだろうし、その際に強襲するのもリスクがある。

ならここで弱っているであろう相手から奪う。

何も問題ない。どこも間違っていない。フェイトは自分の不安な気持ちを振り払う。

「行こう、アルフ」

「はいよ、フェイト!」

そして二人はローズレッド・ストラウスの前に姿を見せる。

「それを渡してください」

二人が目にした三人の人。一人は白い服を着た女性。彼女からはあまり魔力を感じない。その手にはジュエルシードが握られている。

ちらりと視線を移す。自分と同い年くらいの女の子。腕には狐が抱きしめられている。彼女からは凄い魔力を感じる。多分自分と同じくらい、もしかすればそれ以上かもしれない。

この事にフェイトは若干驚いたが、よく見れば自分に声をかけられ困惑している。それにデバイスらしき物も持っていない。どうやらただ魔力が高いだけの一般人のようだ。

そして最後に剣を持った男。見た感じは強そうに見えないし、魔力も探っているがそこまで大きくは無い。今の自分と同じか少し上くらいか。

これなら大丈夫だ。今の自分とアルフの二人がかりなら、何とかジュエルシードを奪える。

この時、強襲して奪えばよかったかもしれないが、下手に攻撃して怪我をしているアルフに無理をさせたくは無かった。

自分も限界に近い。戦いは最後の選択であり、その時は隙を突いて奪うつもりだった。

それに三人を見た時、今の自分でも十分倒せると思った。剣を持った男も、どう見ても優男にしか見えなかったから。

もしストラウスが女性なら、フェイトはある程度警戒しただろう。女性でも優秀な魔導師は強い。

だが男の場合、成人した優秀な魔導師と言うのは屈強な男が多く、細身の男と言うのは、大体が低ランクか補助を専門とするものが大半だったからだ。

この時、フェイトの精神が落ち着いていたなら、逆に警戒しただろうが、今の彼女は戦闘やアルフの負傷、ジュエルシードの件などで冷静で的確な判断能力が失われていた。

それが大きな間違いだと気づかされるのは、すぐの事である。

ストラウスと言う男が、相手を見た目で判断するなと言う言葉の典型であると言うことを、フェイト達はこのあと気づかされる。





(まさか突撃してくるとはな)

ストラウスは二人を眺めながら、どうしたものかと考える。まさかこの二人が突撃してくるとは思わなかった。

相手の目と耳を潰したのは、自分達の情報を伝わらなくさせるためであり、敵の正体が謎ならうかつな手は打たないと考えていたが、それが少々裏目に出たようだ。

とは言え、ストラウスとて可能性は低いが相手が強襲してくる事は一応考えていた。

姿を見られたのは厄介だが、今更言っても始まらない。問題はこの場をどう切り抜けるか、その一点だけだ。

(すでにジュエルシードを一つ相手が握っているから、いつかは対峙しなければならなかったが、なのは達がいる時とは)

当然、ストラウスはなのはを傷つけさせるつもりはなく、彼女達をこの場で無力化するつもりではあった。

だがその前に幾つか聞きたいことがある。なのはに聞かれるのは不味いが、ここまで巻き込んでしまったのだ。下手に嘘を付いて誤魔化すよりも、情報を与え自分で判断させる方がいいと考えた。

歪な情報や嘘の情報、曖昧な情報を相手に与えてしまうと、大きな問題を引き起こす事がある。無論、真実を全て語れば言いと言うものでも無いが、必要最低限の情報を与えないのでは、相手に余計な憶測をされうかつな行動にもつながりかねない。

『なのは・・・・・・』

「ふえっ?」

突然頭の中に聞こえる声になのはは驚く。その声はストラウスの物だったからだ。すでにストラウスの施していた封印は破壊された。魔力と霊力が覚醒し、すでにストラウスでも以前と同じようにする事は困難だった。

時間をかければ式を作り出し、自分の魔力で無理やり押さえ込むことも不可能では無いだろうが、それをすればなのはへの影響が計り知れない。

赤ん坊の頃ならばともかく、今のように物心ついたような年齢で無理に押さえ込めばどんな事になるかわからない。

なら力を認識させ、それをコントロールさせ、暴走や悪用などをさせないようにする方がよっぽどいい。

『声に出さずに聞いて欲しい。今は直接、お前の頭に話しかけている。色々と聞きたいこともあるだろうが、今は私に合わせて欲しい』

なのははストラウスを見る。同じようにストラウスもなのはを見た。優しい眼差しで語るストラウスになのはは首を縦に振る。

『ありがとう、なのは』

念話を一度打ち切り、ストラウスはフェイト達へと視線を向ける。

「いきなり渡して欲しいとはずいぶんだが、これはお前の物なのかな?」

「・・・・・・・・・違います。でもそれは私達に必要な物なんです」

フェイトははっきりとストラウスに告げる。彼女はバルディッシュを構えてはいない。

まだ交渉をするつもりはあるのだろう。

「理由を教えて欲しい。その理由次第では私も考えるが」

「言っても、多分意味はありません」

母が欲しているから。そう言うのは簡単だが、そんな事を言えば母親を出せと言われるかもしれない。フェイトは出来る限り母に迷惑をかけるようなことをしたくは無かった。

「あまり答えになっていないな。逆にお前がそんな事を言われて納得はするのか? 私はするはずがないと思うが」

顎に手を置いて考えるそぶりをしながらストラウスはフェイトに言う。

「これを欲するのなら、その理由を答えて欲しいと言うのは決して間違っていないはずだが・・・・・・・。これを回収するのはお前の意思ではないな?」

「違います。これは私の意志です。私はそれを絶対に集めないといけない」

その瞳に強固な意志が宿る。少女の決意と言葉が本気であるとストラウスは感じる。

そうでなければあのざからに向かっていくはずが無い。

(理由は不明。もう少し話を長引かせてもいいが、もう一人の方はそろそろ我慢の限界のようだからな)

ちらりとストラウスはもう一人の女性を見る。彼女はすでにイライラしているのが見て取れる。このまま会話を続けても、ごちゃごちゃ言わないでジュエルシードを寄越せと言い出しそうだ。

(私も力をずいぶんと抑え、相手に察知されないようにしているから、こちらの力を見誤ったか。それに先ほどの戦いを見る限り、戦闘訓練は受けているようだが実戦経験はほとんど無いようだからな)

まだ幼い。それが二人を見た印象だ。金髪の少女の方は中々落ち着いているが、まだまだ交渉を持ちかけるには幼すぎる。経験も足りていない。言葉が巧みなわけでもなく、嘘も含めようとしない。ただ事実だけを述べるだけでは交渉には発展し得ない。

オレンジ色の髪の女は論外だ。こちらは言葉よりも先に手が出るタイプだ。今は怪我をしているようでうかつに動こうとしないが、こちらが少しでも下手な行動にでれば即座に飛び掛ってくるだろう。

(管理局ではない。管理局ならば名乗りを上げるはず。それにこの少女達の出現のタイミング・・・・・・・)

考えればおかしいことは多々ある。何故この子達は昨日事故で散らばったはずのジュエルシードの存在を知っているのか。

ユーノの話によれば、突然輸送船が衝撃に襲われ、格納庫が壊れ雷のような物にケースが打ちぬかれこの世界に散らばったらしい。

そして先ほどのこの子達の戦い方。金髪の少女は雷のような力を使っていた。

(ひょっとすれば輸送船はこの子達に襲われたか?)

状況推理ではその可能性が高い。

(なら余計にこの子達に渡すわけにはいかないな)

ストラウスは今後の計画を変更する。どの道、自分となのはの存在を知られてしまったのだ。この少女達が何らかの組織の一員である可能性が残っている今、下手に逃げられ情報を持ち逃げされる方が厄介である。

そして相手が組織の場合、ストラウスはその組織を徹底的に壊滅させるつもりでいた。

この二人が単独犯の場合は、処理の仕方も簡単であり、組織の一員の場合でもこの子達から情報を引き出し、対処するつもりである。

犯罪組織なら、時空管理局を利用してやればいい。こちらが直接接触しなくてもユーノを通して管理局を動かす。最悪は自分も動けばいい。

細々とした策は今後状況の変化やユーノや管理局の動きによって、随時修正しなければならないが、大まかな方針は決まった。

(あとはこの場をうまく切り抜けようか)

こちらから手を出す事は一切しない。そんな事をすれば相手の感情を悪化させるだけである。

幸い、もう一人の女性は少し挑発してやるだけでも簡単に飛び掛ってくるだろう。もちろん安い挑発はしない。安い挑発だとなのは達にも喧嘩を吹っかけていると思われるだろうし、向こうもこちらへの警戒をより強めるだろう。

(ならばこちらは最後まで交渉を行おうか)

少しでもこちらの有利に進めるために、ストラウスはさらに言葉を紡ぐ。

「なるほど。しかし交渉する場合は、相手との意思の疎通が必要だし、相手が納得しなければ物を受け渡すと言う行為は成立しない。本来の持ち主で無いものが欲するのは強奪に過ぎない。私からこれを力ずくで奪うか?」

「・・・・・・・あなたが渡してくれないのなら、そうするしかありません」

フェイトは手にバルディッシュを握ると、そのまま魔力の刃を生み出し、ストラウスへと向ける。

「お願いです。それを渡してください」

「脅迫とはあまり美しい行為ではないな。出来れば改善を願いたいが」

「ああ、もう! まどろっこしい! あんたは渡すのか渡さないのか、どっちなんだい!?」

アルフがたまりかねて声を上げる。ストラウスは予想通りだなと彼女の方を見る。ただしその顔は余裕の表情で若干の笑みまで浮かべている。それがアルフの神経を逆なでする。

「フェイト! こいつ絶対渡す気ないよ!」

「・・・・・・・どうしても、渡してもらえませんか?」

未だに襲い掛かろうとしないフェイト。出来れば戦いたくないのだろう。

それが自分達が傷つき消耗しているからなのか、こちらを警戒しているからなのか、はたまたこちらの身を案じてくれているのかはわからないが。

「お前達が素直に事情を話してくれさえすれば、こちらとしても考えるとさっきから言っているんだがなぁ」

「それは・・・・・・・・出来ません」

「なら私の答えは決まっている」

「っ。残念です。すみませんが、力ずくでジュエルシードをもらっていきます!」

バルディッシュを握る手に力を込める。魔力と体力は限界に近い。一瞬で勝負を決める。いや、目的は勝つことではない。ジュエルシードの回収だ。

高速移動で間合いを詰め、女性の手にあるジュエルシードを奪う。

『アルフ。私がジュエルシードを回収するから援護して。くれぐれも、油断しないで』

『あいよ! でも見た感じ優男だし、隣の二人は素人っぽいよ』

『うん。あの女の子も魔力が大きいだけの一般人みたいだし、ジュエルシードを奪って逃げるだけなら大丈夫』

二人は作戦を念話で告げると即座に行動を開始した。

まず動いたのはフェイト。彼女は持ち前の高速移動魔法を使い、一瞬でストラウス達との間合いを詰め、彼らの背後へと回る。丁度なのは側から雪へと向かうのだろう。なのはの影に隠れる事で、ストラウスの目から自分を消そうとしたのだろう。

それにあわせアルフは正面からストラウスに向かう。アルフはストラウスの気を釘付けにする役目。だからアルフはストラウスがかばうであろう少女に狙いを定める。

攻撃を当てる気は無い。ただの威嚇。こうすればフェイトではなく、自分に狙いを定めるはず。自分はあの子を守る盾。すべての痛みと傷を引き受ける。

「うおぉぉぉぉぉ!!!」

雄たけびを上げながら、アルフは突っ込む。

狙いがわかっていても、一人で二人を同時には止められないはず。ジュエルシードを守るか、自分の身や少女を守るか。

おそらくは大切な少女を守るためにこの男は行動する。

二人はそう考えた。

だがストラウスにはそんな彼女達の動きは見えていた。そして考えもすべて推測していた。

(やはり幼いな。動きが単調で読みやすい)

速さだけなら大した物だ。かつてのブリジットを髣髴させる。無論、あのブリジットに勝ると言う物ではないが。

しかし動きが単純すぎる。狙いもわかりきっている。彼女達の視線や意識はジュエルシードへと向いている。

作戦も読みやすく、陽動についてもお粗末だ。なのはに狙いをつける女性の狙いは悪くは無い。

しかしそれは悪手でしかない。フェイトの動きもなのはの後ろに回りこむことで、なのはを標的にしていると錯覚させる狙いもあったのだろう。

(普通ならなのはを守るためにジュエルシードへの対処が遅れる。それがこの二人の狙いだろうが・・・・・・・)

甘いなとストラウスは心の中で思う。

連携は中々の物だが、先ほどの戦いのダメージもある。動きにキレも無い。つまり軽くあしらえると言う事だ。今のこの二人なら、ほぼ同時に刹那の時間で無力化できる。

ストラウスは魔力を使うまでも無いと判断し、彼女達の首筋に手刀を叩き込むことで意識を奪おうと考える。だが彼が何かをするまでも無かった。

オオオオオオオオオ

魔剣ざからが力を発した。ストラウスから通されていた少量の魔力と本来のざからのエネルギーの解放。

ざからは迫る二人を敵と認識していた。そして主であるストラウスを守るために行動に出たのだ。

ストラウスもまさかざからが自分の意思で二人を攻撃するとは思っていなかった。

しかもざからはなのはや雪に被害が及ばないよう、力に方向性を持たせている。

開放されたエネルギーはかなりの物で、今のフェイトにとっては致命的だった。

「えっ?」

フェイトは思わぬ力の直撃を受ける。それは衝撃となり彼女の身体を貫く。

「あっ・・・・・・・」

ぐらりと彼女の身体が揺れ、足に力が入らなくなる。意識も遠くなっていく。

「フェイト!」

心配するようなアルフの声が響くが、彼女もざからの力の余波を受けていた。先ほどのダメージが残っているうちに、今の衝撃。耐久力のあるアルフはまだ意識を保っていたが、身体は動く限界を超えていた。

「危ない!」

そんな中、なのはが動く。倒れるフェイトを咄嗟に支えようとする。丁度彼女の位置がなのはのすぐ横だった事も影響した。

「大丈夫!?」

フェイトの身体を支えるなのはは、彼女の身体にたくさんの傷や火傷の跡があるのを見つけた。

身体に残る火傷の跡と小さな傷。ボロボロのバリアジャケットから見える大小様々な傷を見たなのはは、何とかしなくちゃと思った。

怪我をしている相手を放っておけない。人ならば当然の感情であろう。

その思いが、なのはの力を呼び起こす。今まで眠っていた力。九年以上、日の目を浴びる事のなかった彼女自身の力。

なのはの身体から霊力が溢れる。

淡い光がなのはから溢れ、彼女の腕に倒れているフェイトへと浸透していく。

魔力や霊力が何かの能力に特化していると言うことは少なからずある。

ストラウスの場合、特化型ではなく万能型であるが、彼女の妻であるアーデルハイトは特化型であった。

そしてなのはが生まれ持っていた魔力と霊力。これも特化型の傾向が合った。

本来彼女が持ちえるはずの無かった霊力。ストラウスとステラの娘の魂の転生であり、ブラックスワンの一部となっていたことで、彼女の霊能力は高かった。

魔を滅ぼし、代々霊力を蓄積していく黒鳥の能力。

それをそのままなのはは受け継いだわけではない。魔殺しの能力も不滅の能力も受け継いでは無い。ただその一部の能力がある能力に変化した。

傷つけ、滅ぼすしか出来なかったブラックスワン。しかしステラや黒鳥憑き達、そして第五十代目ブラックスワンである花雪の思いや願いが影響したのかはわからないが、その能力は確かに変化したのだ。

人の思いは時として大きな力を生み出す。

黒鳥はストラウスとアーデルハイトを殺した事で、本来の役目を終えて消え去った。

だがその残滓は、ブラックスワンを構成していた二人の娘の魂にはっきりと残される。

そしてそんな高町なのはに受け継がれた霊能力。

それは『癒し』。

傷つけることしか出来なかったブラックスワンの能力。しかし黒鳥憑きの娘達はそんな能力を否定した。ストラウスへの憎しみではなく、彼を思いやる心。

暖かく優しく美しい心。

それがなのはの霊力の源。そしてなのはが誰かを思う時、この能力は発動する。

暖かく優しい光がフェイトを包み込み、彼女を癒す。彼女だけではない。その光はこの場の全員の身体と心を優しく包み込んだ。





次元の海。その中に鎮座する巨大な建造物があった。

時空管理局本局。それは巨大な六方向に種型のものが伸びた艦である。大きさはかなりの物で、全長だけでも十キロを超えるだろう。

本局は次元を航行する能力を有した次元航行艦を何隻も保有し、幾つかの船は今も補給や修理を行うためにドッキングブロックで待機している。

そんな中の一つに時空管理局所属・巡航L級八番艦アースラがある。

この船は現在人員の補充を行い、まもなくある方面へと向けて出動する。

昨夜本局に緊急の連絡が入った。ロストロギアを輸送していた船が何らかの事故に遭遇し、ロストロギアが四散したと。

行方不明者は一名。ロストロギアを発掘した少年。

乗員は彼を除いた二人は無事に保護されたが、輸送船は大破。まだ詳しい状況は不明であるが、何らかの攻撃を受けた可能性もある。

次元の海にも当然海賊などを生業にする存在はいる。管理局は彼らを取り締まる役割も有している。

状況が不鮮明であり、ロストロギアが関わる事態なだけに本局も動けるアースラをすぐに派遣する事を決定した。

「それで、武装隊の方はどう?」

「はい、すでに武装隊二十名がアースラに乗艦しました。物資の方の積み込みもまもなく終了するかと」

アースラブリッジにて会話をする一組の男女。

女性の方は上段中央に位置する艦長の席に座り、優雅にお茶を飲んでいる。

彼女の名はリンディ・ハラオウン。このアースラの艦長である。

そしてその隣にいる黒服の少年。彼の名はクロノ・ハラオウン。このアースラが誇る切り札にして、執務官と言う肩書きを持つ若きエリートだった。

さらにファミリーネームからわかるように、この二人は親子である。

「そう。でも出来る限り急がないと。まだ次元の海を彷徨っているのか、それともどこかの世界に落ちたのか判明していない上に、行方不明の少年の事もあるわ」

「そうですね。それに大破した船も調べないといけませんし」

まだ事故か事件かもわかっていない状況だ。武装隊にしても、万が一を考えた編成だが、準備しすぎて困ると言う事は無い。

「それにしてもよくこんな状況で武装隊を二十人も貸してくれましたよね」

二人の会話にオペレーター席に座る少女が割り込む。彼女の名前はエイミィ・リミエッタ。

彼女はアースラ通信主任兼執務官補佐であり、この船ではリンディ、クロノに次ぐ実質ナンバー三の地位にある。

「ええ。上が多少融通してくれたからね」

エイミィの疑問にリンディが答える。普通なら武装隊の貸し出しはあっても、即座に二十名もの人員を貸し出してくれることは無い。

リンディにしても二個小隊八名でも居れば御の字であると考えていた。時空管理局は数多の次元に関わるため、慢性的な人手不足だったからだ。

しかしまだ事故の可能性もある現状、これほどの武装隊を配置してもらえるとは思っても見なかった。

「上はそれだけ、この件が重要だと考えているのか?」

クロノが自分の疑問を口にする。

「どうかしら。まあ今回はさらに少将がアースラにお見えになるから、エイミィもクロノも失礼の無いようにね」

「はい」

「えっ、本当ですか!? うわー、どうしよう。怖い人だったら。ええと、どんな人かな?」

エイミィは端末を操作して今回乗り込んでくる人物のプロフィールを検索する。

「ええと、あったあった。名前はっと」

そしてエイミィは自分の手元に映し出されたその人物の名前を見る。

そこにはこう書かれていた。

マリア・セイバーハーゲン、と。









あとがき

追加

最新話投稿時に掲載したあとがきの一部分に不適切な表現があったため削除いたしました。
これは感想において何人かの方にご指摘を受け、私自身浅はかな考えで書いてしまった箇所があったためです。
私自身、他の作品やその内容を否定するつもりはまったく無かったのですが、読者の方々にはあらぬ誤解を与えてしまい、まことに申し訳ございませんでした。
今後はこのようなことが無いように注意いたします。

本当に申し訳ございませんでした。


あとがき(修正前)

ふははははは!

十字界から二人目(あれ、ステラの幻が先か?)の人物登場! やっぱクロスとか二次小説はこう言う本編では出来なかったことをするのが醍醐味ですよね。

アーデルハイトやステラじぇねぇのか!? とか言われそうだが、あえて読者の期待を裏切る! まあ予想していた人もいるかもしれませんがね。



あと、感想で荒れるのが嫌なので少しだけ私の考えを述べておきます。

この物語では安易なアンチ・断罪を行いません。

管理局もセイバーハーゲンも私の中では悪でも何でもありません。

この物語では管理局を悪にはしません。管理局を潰せとか、断罪しろと言うのは無しでお願いします。まあ作中でストラウスが原作のGMに対応したような事はするかもしれませんが、無理やりリンディやクロノ、管理局を悪役にすることはしませんので。

セイバーハーゲンに関しても同じです。これも作中で補足を入れさせていただく予定ですが、彼女も決して悪人だったわけではないでしょう。

彼女も本気で人の未来を考えていたんだと思います。

ストラウスが人格者であり、我々からすれば恐れる人物ではないと思いますが、作中でもセイバーハーゲンが言っていた通り、今日の彼が平和を祈っても、明日の彼が平和を祈るかわからないと言うのは事実でしょう。

人間のような個我と自我を持つ存在は、どのような状況でその心の内を変化させるかわかりません。

気まぐれ一つで世界を滅ぼせる力を持つ。それは恐ろしい事だと思いますし、その力が何らかの原因で暴走しないなんて、神じゃない人間がわかるはずも無い。

ストラウスが平和のために、人間をすべて統治するしかないと考えを持つかも知れないと、他人であるセイバーハーゲンが考えても仕方が無いでしょう。

また彼の血を受け継ぐ子孫が、すべて彼のような人格者でありえるはずが無い。他のヴァンパイアにもストラウスのような力を持ち、人間を脅かす存在が生まれないとも限らない。

彼女がそう考えてもおかしくは無いでしょう。

生まれた場合、ストラウスが全部倒すでしょうがw

ゆえに方法の是非の問題で彼女を非難する意見は当然なのですが、だからって彼女を一方的な悪にするのは間違っていると思います。

ゆえにここでは違った意味で彼女とストラウスの関係を書いていきたと思います、



長々となりましたが、私の言いたいこと、書きたいことは本編で書いていきます。

原作では救いがなく、再構成でもあれ以上の結末を作れないのなら、その続きを書けばいい! それが私の考えです。

そして最後に私はストラウスをこれ以上不幸にするつもりは毛頭ありません。彼には幸せになってもらいたい。ただそれだけです。

ではお目汚しですが、今後ともこの物語にお付き合いください。




[16384] 第十三話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/04/22 23:35




あったかい。

フェイトはまどろみの中で意識を覚醒させる。何かに包まれているような感覚。心が落ち着く。このままずっとこうしていたいと思えてしまう。

ゆっくりとフェイトは目を開く。彼女の目に映し出されたもの。それは一人の少女の姿。

倒れた自分を支えている、同い年くらいの少女。目の錯覚なのか、彼女の身体がぼんやりと光っているように見える。

「大丈夫?」

不意に少女が口を開く。自分に問いかける言葉。その言葉に小さく頷く。

「大丈夫」

小さく呟くと、少女は安心したように笑顔になる。その笑顔がとても優しいものに思えた。

ほんの少しだけ、見とれていた。

だがすぐにフェイトは今の自分の状況を思い出す。

「!」

ハッとなり、彼女はすぐに少女から飛び離れる。

そうだ。今の自分はジュエルシードを回収に来ていたのだ。不意の魔力のような衝撃波を受けた。そこからの記憶が途切れている。おそらくは意識を失ったのだ。

そしてあの少女に介抱された。

「フェイト!」

使い魔であるアルフの声が聞こえる。彼女も無事のようだ。即座にフェイトはアルフの横に移動した。

「大丈夫かい、フェイト!?」

「うん、私は大丈夫だよ・・・・・。なんだか、身体が軽い」

そう言った後、フェイトは自分の身体の変化に気づく。

(えっ? 傷が、無い?)

先ほどの戦いで負傷した傷が一切存在しない。切り傷も火傷の跡も、どこにも何も無い。

バリアジャケットはボロボロなのは変わらないが、傷が一つも存在しなくなっている。

「傷が、治ってる?」

「フェイト。実はあたしも・・・・・・・」

フェイトの呟きにアルフが自分の腕を見せる。先ほどまでは重傷で黒くなっていた腕が、まるで何もなかったかのように綺麗になっている。

その現象にフェイト達はある一つの考えを導く。

治癒魔法。

初歩的なものから高度なものまで様々だが、こう言った補助の魔法を使える人間は少なくも無いが多くも無いのが現状だ。

だがその中でも、アルフの焼け爛れた腕を完璧に治療するほどの魔法を使える人間がどれだけいるだろうか。

いや、万能治療魔法なんて存在しない。軽傷程度ならばともかく、こんな傷を即座に治療できる魔法が存在するとは思いもしなかった。

『とにかくチャンスだよ、フェイト! あたしの腕もフェイトの身体も治ったんだ! あの剣にさえ注意すればジュエルシードなんて簡単に奪えるよ』

治ったのは傷だけじゃない。体力も回復している。魔力は万全には戻ってないが、さっきよりもずいぶんと回復している。

『うん。たぶん、あの子の能力なんだと思う。私達の傷を完全に治してくれた。レアスキルかな』

レアスキルとは魔導師が稀に持つ、その人特有の稀少能力の事である。それならばこの治癒魔法にも納得がいく。

どちらにしろ、こちらにしてみれば有利になった。相手も同じように回復しているかと思ったが、それらしい気配が無い。魔力も先ほどとそんなに変わらない。

だからと言って油断は出来ないが、それでも目の前の人達があの怪物を倒したとは思えなかった。

人を見かけで判断してはいけない。そして強者と言う物は自分の力を隠す事も得意としている。

ストラウスは前の世界でも自分の実力の大半を抑えて接してきた。

ブリジットはストラウスの力を知っていたが、他のダムピールはその超絶な力の一端しか知らなかった。

この世界に来てからも、彼は力の大半を抑え、魔力も自分の中で隠し続けてきた。その甲斐あってか、相手に自分の魔力量を察せられにくくなった。

(やはり私の実力を見抜けないか。無理も無い。魔力は抑えているし、見た目はなずな曰く優男だからな)

心の中で苦笑する。千三百年近く生きてきた自分を初めて優男と評した優秀な科学者の女性を。

(さて。無理やり拘束することは可能だが、それでは余計に敵対意識を植え付けかねない。かといってこのまますんなり帰すと言うわけにも行かないか。やはりやり辛いな)

選択肢は限られている。とすれば・・・・・やはり説得しかない。

(しかし向こうは説得くらいではジュエルシード集めをやめはしないだろうな。それに交渉でもこの二人相手では、あまりうまくこちらの思惑通りに動いてはくれなさそうだ。協力すると言ってもいいが、どこから破綻するかわかったものではない。不確定要素が多すぎる)

ユーノとは違い犯罪者の可能性も高い。その者達に協力していたとあれば、さすがに管理局でも見逃さない可能性もある。

ゆえにダブルスタンダードでこの二人とユーノの両方に協力するというのは危険が大きすぎる。

単純に敵対し、組み伏し、ジュエルシードを無理やり奪うのは簡単だ。または相手の命を奪う。

最上の策としては、目の前の二人を口封じをかねて殺し、ジュエルシードを回収する。そして二日程度の時間でユーノがすべて回収できるようにして、そのまま時空管理局が来るまで待ち、彼らを合流させこの世界から元の世界に戻ってもらう様にするのが一番だ。

この二人の後ろに黒幕が居ようとも、自分の存在はまだ知られていない。この二人が帰らなければ不審に思うだろうが、目的のジュエルシードはユーノと管理局の手の内にある。

なら戦闘の最中に管理局相手に何かあったと考えるだろう。死体が見つけられなければ証拠は残らない。自分の魔力ならこの二人を完全に消滅させる事も可能だ。

(だがこの場にはなのはがいる。それになのはが無意識とは言え助けた者を殺すのは気がひける)

この場でなくても後でなのはに知られずにこの二人を消す事は可能だが、それでもストラウスはその策を良しと考えなかった。

千年の長き戦いの間に、多くの同胞や人間、黒鳥憑きの娘達を殺してきたが、彼とて好き好んで殺してきたわけではない。すべて必要な事だったから。そうしなければどうしようも無かったから。

しかし今の状況は違う。まだどうしようもないと言う状況ではない。ならば違う最善策を模索する。

(相手は私の力を読み違えている。なのはの霊力について、どう考えているかだが・・・・)

警戒を怠らずストラウスは策を練る。

「あ、あの・・・・・・」

そんな最中、おずおずとなのはが声を上げた。

「わ、私高町なのはって言います! ええと、よく状況が分からないんだけど、二人とも怪我は大丈夫なんですか!?」

「・・・・・・・もう大丈夫。・・・・・・その、ありがとう」

「ふぇ?」

フェイトに礼を述べられた事になのははきょとんとする。彼女自身、自分の力についての自覚が無かったため、何が起こったのかわからないでいたのだ。

「でも私達はそれを持って帰られないといけない。だから・・・・・・」

もう一度、バルディッシュをストラウス達に向ける。同時に魔力の刃も発生させる。

「そ、そんなもの振り回すのは危ないと思うの!」

「出来れば傷つけたくない。だからそれを渡して」

「ええと、話し合いで解決は出来ないの? お互いに話せばきっと分かり合えると思うの」

「言ったはずだよ。話してもたぶん意味は無いって」

「そんなの話してみてくれないとわからないよ!」

なのはは少しだけ語気を荒げる。

「何も教えてくれなきゃ、話してくれなきゃわかるわけ無い。分かり合えないかもしれないけど、もしかしたら分かり合えるかもしれない。やる前から決め付けて、無理だとか意味が無いとか言うのは間違ってると思うの!」

そう言った瞬間、ずきんとなのはは頭痛を感じた。同時にある言葉が浮かび上がる。

―――願ってるのは同じなんですよね―――

―――なのに分かり合えなないなんて、不思議な話ですよね―――

(えっ、誰?)

誰かの声が響く。初めて聞く声。でもとても懐かしく、暖かい声。不意に見える見たこともない女の人の顔。でもその人は笑っていた。

なんだか、自分の言葉を後押ししてくれているようで、なのははとても心強くなった。

「だから話して欲しいって思うの。あなたがどうしてこれを必要としているのか。私はあなたとお話したい。あなたとならきっと分かり合えるって思うから」

にっこりとなのはは笑う。その笑顔がとても綺麗で、優しくて、まぶしかった。フェイトも、ストラウスも、なのはの笑顔に心を奪われる。

フェイトは自分の決心が鈍るような気がした。彼女は他人からこんな事を言われたことはなかった。同年代の友達も親しい人もいなかった。母とアルフと、そして今はいなくなってしまった色々なことを教えてくれた姉のような人。それだけが彼女の世界にいる人だった。

だから、こんな風に真っ直ぐな瞳で言われて戸惑ってしまった。バルディッシュを握る手の力が緩まる。

ストラウスもなのはの言葉と行動に優しい気持ちになった。この子は優しい子だ。ステラのように人に優しく出来る子だ。この子の優しさがに救われる事が何度もあった。

このまま話し合いに持っていけるかと考えた。この状況なら、まだ話し合いを望める。

だが・・・・・・・。

ドゴッと地面を激しく打ち付ける音がした。見ればアルフが自らの拳を叩きつけていた。

「悪いけど、あんた達に話す事情は無いよ」

アルフは鋭い目をストラウス達に向ける。アルフはストラウス達にフェイトが事情を話す必要は無いと考えていた。彼女は主を守る盾。自分は使い魔としての役目を果たす。

確かに話し合いでジュエルシードを渡してもらえるのなら、それに越したことは無いだろう。

しかしアルフは目の前の連中を信用する気にはなれなかった。目の前の少女の言葉はアルフからすれば、たわごとの類にしか思えなかった。

「優しくしてくれる人達の所で、ぬくぬくと甘ったれて暮らしてるガキんちょなんかに、フェイトが事情を話す必要は無いよ」

自分の主は何でも一生懸命なのに母親からは冷たくされ、傷つきながらも必死に頑張っている。

けど目の前の少女は何も知らないでぬくぬくと生きている、守られている存在にしか見えなかった。ストラウスの存在がそれに拍車をかける。

だから自分がフェイトを守らないといけない。フェイトを守れるのは自分しかいない。

そして話したところで何になるというのだ。同情して協力してくれるのか。

そんな甘い考えをアルフは抱けなかった。

フェイトの母親が集めろと言ったからと言って、ああそうなのかと納得しないと思った。自分達も詳しい理由を聞いていないのだ。説明しようも無い。

だから・・・・・・・・・。

「・・・・・・・・話し合いは無理か」

ふぅっと息を吐くと、ストラウスは前に一歩進む。向こうは頑なだ。なのはの言葉も子供のたわごと程度にしか思われていない。

若干、今の言葉に腹を立てている自分もいるが、向こうにも何か事情があるのだろう。今の言葉の内容で、この少女が何か普通ではない特殊な環境下にいると言うことは容易に想像がつく。

ストラウスはざからを地面に突き刺し、武器を持たないで自然体で構える。

そして・・・・・・・・。

「えっ?」

「あっ・・・・・」

フェイトとアルフにはストラウスの身体が一瞬ブレたように見えた。次の瞬間、二人の視界が暗転する。微かに首筋に衝撃が走ったような気がしたが、二人には何が起こったかわからなかった。薄れ行く意識。閉じられていく瞼。

二人が認識できないまま、彼女達の意識は闇へと落ちた。

(やはり力ずくと言うのは美しくないな。私もやり方を改善しなければならないか)

苦笑しながら、ストラウスは思うと意識を失った二人の身体を双方の腕で抱きとめる。

彼はフェイトとアルフに気づかれないようにすばやく動き、彼女達の首筋に手刀を打ち込んだ。

結局のところ、あまり良い手ではない力ずくになってしまった。幸い、相手は何が起こったか分かっていないから、こちらに必要以上に敵意や警戒心をもたれてはいないだろう。

本気でやれば簡単に首を落とせたが、さすがにそれはしなかった。

抱きとめた二人を適当な場所に寝かせる。まる一日は目を覚まさないはずだ。それくらいに調整して意識を奪った。この間に済ませて起きたい事はたくさんある。

『ユーノ。聞こえているか?』

まずはこちらに向かっているであろうユーノへの連絡。これ以上、自分の姿を見せるのは得策ではない。だが彼にこの場に来てもらわなければ話にならない。

『はい、聞こえています。赤バラさん! 大丈夫ですか!? 物凄い魔力を感じたんですけど!』

『ああ、大丈夫だ。どうやらジュエルシードが暴走したようだが、うまくいった。幸い、魔力が大きいだけだったのと、私の前に二人組みが暴走体に攻撃を仕掛けていたようで、あまり労せず倒せた』

『ストラウスさんが話してくれた二人組みですね。それでその二人は?』

『大丈夫だ。先ほどの戦闘で負傷したのか、意識を失っている。少し厄介な事に私の姿を見られた』

『ええっ!?』

驚きの声を上げる。この人は平穏を望み、ユーノにも姿を隠していた。それを当然だとユーノは考えたし、このまま自分がすべてのジュエルシードを回収してこの世界を去ればそれですべて元通りのはずだった。

だが当人の姿を見られたというのは、どう考えても厄介な事に変わりは無い。

『それで、どうするんですか?』

『・・・・・・・・一応策はある。だがそれはユーノ、お前にも負担を強いる上に管理局に対して虚偽を報告することにもなる』

『構いません! それで赤バラさんが平穏な生活を送れるのなら。赤バラさんはこんな得体の知れない僕に協力してくれた上に、寝床や食事まで用意してくれました。元々僕がまいた種なんです。僕に出来ることなら何だってします!』

ユーノの本心からの言葉。彼はこの世界に来て、最初は不安だった。二つ目のジュエルシードの回収に失敗しそうになり、自分の無力さを思い知らされた時。

その時に手を差し伸べてくれたストラウスに感謝しているし、この人に出来る限り恩を返したいと思っている。

ストラウスのユーノへの対応は確かに彼の思惑通りに進んでいた。

『すまない。それにありがとう』

『お礼なんて良いですよ。僕の方こそ、感謝してもしたり無いのに』

お互いに礼を述べる。ストラウスはこんな子供に守るべきもののためとは言え、無理難題を押し付ける事に。ユーノは自分の不始末と考える事件に無関係な人を巻き込み、協力してもらっている事に。

この点においてはギブ&テイク。お互いの利害が一致している上に、両者とも健全な協力関係と言えなくも無い。

『では私の考えている策を話す。あとこの二人の対処なんだが・・・・・・』

『ええと、多分魔導師ならデバイスを奪えばほとんど何も出来ません。たまにデバイスが無くても魔法を使える人もいますけど、デバイスを取り上げてバインドをかけておけば、少しは無力化できると思います』

ストラウスとユーノは二人の魔導師についての扱いを話し合う。ユーノには管理局が来た際にこの二人を管理局に引き渡すように頼んだ。

この二人にも何らかの事情があり、もしかすれば誰かに命じられている可能性が高いことを伝えておく。

二人の口から自分となのはの情報が出回る可能性があるが、そこは自分が予め用意していた嘘を伝えるように指示しておいた。

現地協力者で、たまたまこの国に遊びに来ていた外国人としておく。仮に二人の口からストラウスの話が出てもその容姿から、外国人である事に間違いはないと判断され、海鳴市近辺での探索の可能性を少しは減らせられる。

フェイトもアルフもストラウスの情報を何一つ持っていない。彼女達の口から自分となのはの話が出ても、ユーノから管理局に伝えさせる情報があれば何とかなる。

ストラウスとしては自分となのはの正体や能力を知られなければ問題ない。ユーノは頭もよく物覚えも良さそうなので、考えうる限りの対応策を彼に伝えておくつもりだ。

話にも矛盾が無いようにしておくし、口がうまくなくてもすぐに破綻しない嘘を予め用意しておけば少しは煙に巻けるはずだ。

それにこの二人はどう考えても犯罪者に近い行動である。

正規の所有者であり、発掘者であるユーノの証言とこの二人の証言ならどちらが正しいと思われるか。話に矛盾さえなければ間違いなく前者であろう。

『こちらの姿はユーノには見せられないが、出来る限りのことはする。念話も常に聞こえるようにしておく』

『本当にすいません。何から何まで・・・・・・・・』

『いや、構わない。ジュエルシードもこちらはすでに二個集めた。そちらは?』

わかっているが一応確認しておく。相手の知らない情報を知っていると言う事を相手に悟られないように、ユーノと自分が共有している情報を増やしていく。

『こっちは全部で四つです。今日は二つ回収しました』

『そうか。私は手持ちに二つある。これで六つと言うことか』

実際は二つではなく雪が持っている分を含めると七つである。少女達が持っている分を合わせると全部で十二個。

残りは国守山に二つと臨海公園に一つ、そして海に六つである。

(国守山の分はユーノに任せるとして、私は臨海公園のものを回収しよう。これで残りは海だけだ。海なら人的被害もすぐに起きないだろう)

海底に沈んでいるものを人が即座に回収する可能性は低い。海鳴市に面している海でも底引き網などの漁業をしている場所ではないため、すぐに人の手が入ることは無い。

海底のごみ掃除や工事の予定も今の所入っていない。

『二日にしてはいいペースだと思います。まだ日も高いですから、今日はまだ捜せます。それにこの調子で行けば一週間以内には集められそうですね』

嬉しそうに語るユーノ。確かに彼の言うとおりだ。うまくすればこちらの思惑通り、時空管理局が来るまでにすべて回収できる。

もし明日、明後日にでも時空管理局が来るのなら、少々ペース的には間に合わないが、一週間後なら余裕で集まっている。

『ああ、そうだな。では一度念話を終わる。こちらに来る時間はあとで伝えるが、それよりもユーノはこの付近にあるほかのジュエルシードを先に封印して欲しい』

『わかりました。じゃあ僕は先にそっちに向かいますので』

『頼む。大まかな場所は・・・・・・』

ストラウスはユーノにジュエルシードの場所を教えると、一度念話を終わる。

(問題はその一週間の間のこの二人への対応。組織の人間ならさすがに一週間もの間、連絡が取れないとなれば、何らかの行動を取る可能性もある)

いや、定時連絡などを入れる可能性もあり、一日でも連絡が付かない場合、組織はより多くの人員を派遣してくる可能性もある。

管理局には早く来てもらいたいが、あまり早く来すぎるとこちらの思惑が崩れてしまう。

なんともままならないものである。

(この二人の介入で少しイレギュラーは発生したが、大まかな道筋は変わらない。ジュエルシードの回収と管理局への対応。こちらの問題はこの二人の処遇が増えただけで済む。しかし・・・・・・)

今度はなのはの方に視線を移す。彼女の眠っていた霊力と魔力、二つとも今は非情に安定しているが、未だに制御能力は鍛えられていない。

ちょっとしたことで、アーデルハイトのような暴走も考えられる。ならなのはには全てを話して制御能力を鍛えてもらうしかない。

他にも士郎や桃子にもこの事を話さなければならならない。さすがに隠し通しておける問題でも無いし、それは彼らに対してあまりにも失礼だ。

(あの二人ならなのはの力も受け入れられるし、相談にも乗ってくれるだろう)

自分を受け入れてくれた人達だ。自分の娘であるなのはに対しても必ず良い風に導いてくれるはずだ。

「さて、なのは。色々と聞きたいこともあるだろうし、私もお前の力について説明しなければならない」

「ええと、はい。私も色々と聞きたいことがあります。あの人達のこととか、この宝石の事とか・・・・・」

「ああ。出来る限りわかりやすく説明する。この宝石の事や今この街で何が起こっているのか。お前の力についても」

なのはも混乱して何から聞いていいものかと悩んでいるが、ストラウスは優しく微笑みながら言う。

「士郎や桃子にも話さなければならない事は山ほどある。それに雪」

ストラウスは今度は雪の方に話を向ける。

「お前はこれからどうする? ざからは私についてくるだろうが、お前は行く先はあるのか?」

ストラウスの言葉に雪は首を横に振る。

「いいえ。ありません。一応、この近くに知り合いはいるのですが、そこの人達にご迷惑をかけるわけにはいかないので」

事情を聞くと、ざからは数年前に一度だけ封印が解けかけたことがあったらしい。その際はこの近くの人達の協力を得てもう一度ざからを眠りに付かせたらしい。

聞いてみるとそれはさざなみ寮の面々だったようだ。ストラウスもあそこの住人ならそういう事もあるかと納得してしまった。

ちなみにその事件が起こったのは、まだストラウスがこの街に来る以前の話で、彼はそのことを知らなかった。

「なるほど。あそこの管理人やオーナーである槙原夫妻ならお前を住まわせてくれるだろうが、あまり迷惑をかけたくないと」

「はい。以前にも一度ご迷惑をおかけしています。ですからこれ以上は・・・・・」

ふむとストラウスは手を顎に置き考える。この子をこのまま放置するのは不味い気もする。感じ的にこの雪も人間ではなく、自分と似たような存在であるようだ。

実のところ雪は雪女であり、普通の人間とは違う。

「えっと、一度うちに来たらいいんじゃないかと」

なのはは雪に家に来るように勧める。色々聞きたいこともあり、立ち話もなんではと考えたからだ。

「とにかく一度士郎に連絡を取ろう」

あいつもこう言った突拍子も無い事件に遭遇した事は一度や二度では無いらしい。裏家業していれば妖怪相手と言うのもあったとか。

ストラウスは士郎に連絡を入れる。

そして物語は高町家にも大きく関わりを持つ事になる。







次元航行艦アースラ。

その一室にその女性はいた。長い銀色の髪を三編みにした三十歳前後の女性。しかし彼女の実際の年齢は四十五歳と言うものであった。しかし外見上はまったくそんな風には見えない。

女性の名はマリア・セイバーハーゲン。時空管理局本局に所属して、この年齢で少将の地位についている。魔導師としても優秀であり、様々な事件を解決してきた本局の英雄に近い扱いを受けている。管理局黎明期を支えた伝説の三提督に並ぶほどの武勇を誇る。

彼女を支持するものは多く、本局では一大勢力を築くほどの人物であった。

彼女は自分にあてがわれた仕官用部屋でカードを広げていた。占術と呼ばれる占いの一種である。

何枚かのカードをめくる。何度も何度も繰り返し占いを続ける。

だがその結果はすべて同じ。

再会。運命。因果。などと占いには出ている。

「・・・・・・・赤バラ」

ポツリと小さく呟く。まさかと彼女自身考える。

脳裏に浮かぶ光景。一人の男の背中。無限の地獄を自らが殺されるまで続けると言った男の姿が。

「っ・・・・・・」

胸が締め付けられる。苦しくて、耐えられなくなりそうだった。呼吸が荒くなる。

脳裏に映し出される数多の光景。血に染まる一人の娘。その血で真っ赤に染まった自分の両腕。

「くっ!」

近くにあった薬の入った瓶を手に取り、口に流し込む。これで少しは安定するはずだ。

と、ピピピと手元の端末に着信が入る。

薬の入った瓶を仕舞う。こんな醜態、誰にも見せられない。

「我だ・・・・・・」

『通信主任、エイミィ・リミエッタです。少将閣下、発進の準備が整ったとの事で、艦長が一度艦橋にお越しくださいとの事です』

「わかった。すぐに向かう」

短く言うと彼女はすぐに通信を切る。

「ローズレッド・ストラウス。また再び、我は貴公と合間見えるのか?」

誰に言うともなく、彼女は小さく呟くのだった。









あとがき

セイバーハーゲンの感想が凄い(汗

いや、確かに皆様のご意見どれもご尤もです。私もそこまで考えていなかったって意見もちらほらありました。

いや、確かにこの人は悪じゃないけど、最悪の事態の元凶には間違いないんですよね。

まさに『善意から生まれる悪意がある』ですね。

セイバーハーゲンの登場や考えに色々と思われることがあると思いますが、しばらくは見守ってください。

私の中では最終的に彼女も、ストラウスやステラに対して違う感情が芽生えたと思います。八巻の最後のストラウスの真意を聞いた後の彼女の描写的に、その可能性は高いと思うので。

今回はあまり進まず山も何も無い面白みのほとんど無い回で、退屈だと思われる方も多いでしょうね。フェイトに関してもかなり無理やりでしたし(汗

何とか次回からは起承転結をしっかりつけるように頑張りますので。では次回に。



それとこの場でもう一度謝罪です。前回は私の不用意な書き込みで不愉快な思いをされた読者の皆様、まことに申し訳ありませんでした。

自分としては本当に他の作家様の作品に対して、批判的な意見を述べたつもりではなかったのですが、結果としてそう解釈されてもおかしくは無いものになってしまい反省しております。

まことに申し訳ありませんでした。



PS なのはの能力の名前、今悩んでいます。

別につける必要も無いかもしれませんが、腐食の月光の名前もありますので、固有名詞を付けたいなと考えております。

もし何か固有名詞でいいのがあれば感想に書いてください。別に名前なんて必要ないって言うのなら、それでもいいので。



一応今の所は

九尾さんのご意見の『癒しの日光』だけですので。



[16384] 第十四話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/04/22 23:39




高町家に帰ると、皆がすでに戻っていてストラウスとなのはと久遠、そして雪と氷那を出迎えた。

ざからはストラウスが次元の裂け目に収納してある。蓮火やレティもこうやって武器を持ち運んでいた。

ストラウスは雪やざから、氷那の事情を説明すると、士郎と桃子は・・・・・・。

「いく当てが無いんだったら、しばらく家にいればいい」

と雪を泊めることを提案した。ストラウスとなのはから聞いた事情で、彼女が危険な人物で無いと判断したからだ。

雪としてはこれ以上迷惑をかけられないと言っていたが、どこにもいく当てが無い人間を放り出すのも気がひけるとの事で、翠屋で住み込みのアルバイトとして雇うと言う事で決着がついた。

丁度、進学でバイトが数人やめ、新しく長期バイトを募集していたのもあり、渡りに船と言う事で雪を受け入れた。

現在彼女は高町家の一室をあてがわれ、そこで横になっている。久しぶりに眠りから覚めたのと、ざからとジュエルシードの影響で身体に無理が来ていたようだ。

そして雪が寝たのを見計らい、残りの面々はなのはの事を話し合うためにリビングに集合していた。

「ええと、じゃあなのはには不思議な力があって、それがいろいろあって目覚めちゃったと?」

「まあ大雑把に言えばそんな感じだろうな」

高町家のリビングにおいて、この家の住人全員が顔を合わせストラウスの説明を受けた。

そして説明が終わると、美由希が掻い摘んでストラウスに聞き確認を取った。

「えっと、私の力ってどんな物なんですか?」

なのはも疑問に思った事を口にする。自分自身のことだ。色々と知りたいと思うのは当然の事だろう。

「なのはには二つの力がある。魔力と霊力と呼ばれるものだ。魔力は私のような者が持つ力だな。この世界にも稀に人間で持っている者もいるが、ごく少数だ。そして霊力は人間だけが持つ力で、幽霊などを払ったりする事が出来る能力だ。士郎の知り合いにも何人かいるだろう」

「ああ、そうだな。俺も何人か知っているし、実際に払ってるところを見せてもらったりもしたよ。ついでにおれ自身、妖怪みたいなのとも何回か戦ったことがあるぞ」

「ええっ!? 父さんて妖怪と戦ったことがあるの!?」

「それは初耳だぞ、父さん」

美由希も恭也も驚きの声を上げる。

「あれ? この話はしてなかったっけ?」

「私も聞いたこと無いですよ」

桃子も同じように聞いたことが無いと、口を尖らせている。

「悪い悪い。まあともかく、裏の仕事してたら、そう言う話も入ってくるし、遭遇する事もあるって事だ。霊能力者って言うのも、テレビに出ている連中の大半はインチキに近いが、中には本物だっているし、退魔の仕事もあるからな」

「へぇー、そうなんだ」

今まで知らなかった話を聞いて、美由希を始め全員が驚いている。

「ただし、なのはの能力は特化型だ。おそらく攻撃と言うものには向かない」

「特化型?」

「ああ。ある特定の能力に優れていて、普通では考えられない程の効果を発揮する。反面、それ以外の応用性が失われている物だ。なのはの場合は治癒系に特化している」

ストラウスは自分が考察したなのはの能力について皆に説明をする。霊力を用いた治療。重度の火傷まで一瞬で完治させるほどの力を有している。

下手をすれば死人で無い限り、瀕死の重傷を負った人間も助けられるかもしれない。

「す、凄いんだね、なのはの能力は・・・・・・」

「ああ。ただし、こういう能力はあまり人に知られてはいけない」

「えっ? なんで?」

不思議そうになのはが聞いてくる。自分の力があれば怪我に苦しむ多くの人を助けられると思ったからだ。

「なのは。お前がその力を誰かのために使いたいと言う気持ちは大切であり、とてもすばらしい事だ。しかし大きすぎる力は争いを招きかねない。自分だけでなく、周囲の人々も不幸にしてしまいかねない」

かつて大きすぎる力を持っていたがゆえに、ストラウスはすべてを失った。

彼はその力を私利私欲のために使ったことなど一度たりとも無かった。すべては国と民のために本当に大切な物さえ犠牲にして戦い続けた。

だが彼にもたらされたのは喪失と絶望だけだった。人並みの幸せを送る事も、自分の妻と娘を守る事さえ出来なかった。

ゆえにストラウスはなのはには、そんな自分と同じ道を進んで欲しくなかった。

強大な力を持つ事は罪。

宿敵であるセイバーハーゲンの言葉をストラウス自身受け入れ、仕方が無いことだと理解していた。

なのはにもそれが当てはまるのか。

否、断じて否とストラウスは思う。自分はいい。その覚悟はあった。後悔はしていない。それを当たり前だと受け入れた。

けれどもなのははどうだ? 違う。この子が不幸になっていいはずが無い。この子に何の罪がある?

力を持つ事が罪なのか。それでは生まれを否定する事に他ならない。望んで手に入れたわけではない。生まれた瞬間から刻まれた宿命。そんな物にこの子の人生を翻弄されていいはずが無い。

「だからその力は極力使わないで欲しい。無論、暴走しないように制御できるようになってもらうつもりだが」

「でも・・・・・・・」

なのははストラウスの言葉にどこか納得が出来なかった。自分の力は困っている人を助ける事が出来る。今日だってあの二人の怪我を癒す事が出来た。自分が頑張れば、もっと大勢の困っている人を助けられるのにと、彼女が考えるのは無理も無いことだ。

もしこれが誰かを傷つけるようなミッドチルダの主流魔法であったなら、彼女も反対はしなかっただろう。

けれどもなのはが手に入れた霊力は癒す力だ。それを使うことがどこがいけないのかと思ってしまったのは、決して彼女の間違いでは無い。

「・・・・・・・いや、俺もストラウスの意見には賛成だ」

「お父さん・・・・・・」

不意に今度は士郎が口を開く。いつものような優しい顔ではなく、今まで見たことも無い真剣な表情だった。

「なのは。お前がその力を誰かの役に立てたいって気持ちは、父さんだってよく分かる。俺も、恭也も美由希もだけど、誰かを守るために剣を振るってる」

「だったら!」

「だけどな、俺達の剣はどれだけいっても人を傷つけるものでしかないんだ。誰かを守るために誰かを傷つける。矛盾した生き方なんだ」

「でも私の力だったら・・・・・・・」

「確かになのはの力は誰も傷つけない。けれどもそんな能力に目を付ける悪い奴は大勢いる」

世の中は綺麗なものばかりではない。裏の世界を知る士郎やストラウスから言えば、なのはの能力はそんな連中が欲しがる能力である。

戦闘員には代えが利く。しかし特殊な能力者と言うのはレアな存在なのだ。目立てば目立つほど、有名になれば有名になるほど、そんな連中はなのはを狙うだろう。

「本音を言えば、恭也も美由希もなのはも普通の人生を送って欲しいんだ。俺は母さんと出会うまでは、普通の生き方を知らなかったし、出来るとも思わなかった。俺には剣しかないんだって思ってたからな」

言って苦笑する。もし桃子と出会わなければ、自分はこんな幸せな日々を送るなんて事は出来なかっただろう。

「で、桃子と出会って、今の生活をして普通の人生って言うのがどれほど幸せでありがたいかって言うのがよく分かったんだ。当たり前を当たり前って言える生活。人並みの人生ってのが、こんなにも良い物だって、俺は桃子に出会って気づかされた」

多分、桃子と出会わなければ、そしてボディガードを引退しなければ、こんな幸せを味わう事は出来なかっただろう。

最初は喫茶店のマスターなんて自分に出来るのだろうか、似合わないだろうな何て考えていたが、存外性にあっていた。今のこの生活が堪らなく心地良い。

「ストラウスも同じだと思う。俺達がなのはに力を使って欲しくないって言うのは、そう言う事なんだ」

経験しているからこそわかる事がある。当たり前を当たり前と言えるのは、それ以外を知らない人間達。

当たり前以外を知っている者達にしてみれば、その当たり前の日常がどれほど尊いものであるかと言うのがよく分かる。

だからこそ、二人はなのはに普通の生活を送ってもらいたかった。

「・・・・・・・・よく分からない」

「まあ、なのはから言えば納得できないよな」

「そうだな。私達の考え方もなのはの生き方を狭めていると言えなくも無いからな」

士郎もストラウスも苦笑する。自分達の考えが絶対に正しいわけではないと言う事は理解している。

なのはが本当に自分の力を誰かのために使いたいと思うのなら、その道を手助けしてやることこそ、年長者の務めなのかもしれない。

なのはの人生は彼女の物だ。なのはが考えた末にその道に進むのなら、止めるべきではないのかもしれない。

(難しいな。まさか娘の将来でこんな風に悩むなんて)

二人の娘を曲がりなりにも育て上げたストラウスにとって、初めての経験である。

ブリジットには国と民のために力を使うべきだと教えてきた。それが彼女の道を無理やり定め、血族のすべてを託すと言う重責を押し付けてしまった。

本人はそのすべてを背負うと言ってくれていたが、もしかすれば彼女も別の生き方が出来たのではないかと考える。

レティも同じだ。自分の死んだ後にブリジットを支え、血族の未来のために働いてくれているだろうが、人並みの、平凡な人生を歩む事も出来ただろうに。

「ストラウス。あんまり深刻に考えるなよ」

ふと士郎に声をかけられる。

「士郎・・・・・・」

「お前はすぐに一人で考え込むからな。それになんか昔の事で今更悩んで無いか?」

この男は変なところで勘が働く。普段は相手の思考を読むタイプではないのに、自分に対してだけはそれが当てはまらない。

「今更気にしたってしょうがないし、なのはの問題は俺達みんなの問題だ。だからなのはを含め、みんなでよく話し合って一番いい方法を考えようや」

「そうね、あなた。それが一番! だからストラウスさんもあんまり悪い風に考えずにいい風に考えましょ。なのはにはまた一つ、自分の進む道が出来たって」

士郎と桃子は笑顔を浮かべ、優しく言う。その言葉にストラウスは思う。

ああ、私は何を考え込んでいたのかと。

そうだ。今の自分は一人ですべてを背負う必要は無いし、してはいけない。

周りには士郎や桃子がいる。恭也や美由希、なのはに久遠と言った家族もいる。

家庭は何よりも大切だ。本当にそうだ。

「そうだな。士郎と桃子の言うとおりだ」

ストラウスも笑みを浮かべる。

「とにかくなのははその力をどうするかにしろ、まずしばらくの間は制御を覚えてもらわなければならない。幸い、私は霊力は扱えないが指導は出来る。あともう一つの力である魔力の方も教えよう。魔力はまだどんな能力があるかは分からないが制御できるに越した事は無い」

万能型か特化型かわからないが、こちらの制御もきちんとしておかなければならない。

「うん。私も頑張るし、みんなで一番いい方法を見つける」

一つの案件が片付き、ストラウスはほっと一息つく。

だがまだ終わりではない。ジュエルシードのことを含め、皆には説明しなければならないことが残っている。

「なのはの件はこれでいいが、まだ話すべき事が残っている」

ストラウスはそう切り出すと、昨日からこの街で起こっている事件について、彼らに話した。

「じゃあそのジュエルシードが今回の騒動の原因なのか?」

「ああ。直接ではないにしても間接的な原因ではある」

「それは話を聞く限りではかなり危険なもののようだが」

士郎の質問に答えると、今度は恭也が思ったことを口にする。ストラウスもユーノから聞いた話と、自分で見て感じた事を述べただけだが、魔力に関するものだけに彼らの危惧も最もだ。

「ああ。魔力や霊力を持たない一般人にはかなり危険だろう。ジュエルシードが取り込んで暴走した暴走体には物理的な攻撃は通用しないらしい」

「じゃあ俺達の剣じゃ倒せないな」

「私が予め魔力を剣に込めていれば問題ないだろう。だが心配は要らない。この街に散らばったジュエルシードのあらかたは回収したし、残りの場所もわかっている。残っているものの大半は海だ。もうこの街でジュエルシードが暴走する事は無い」

ストラウスの魔力が込められた武器は、それだけで大変な破壊力になる。以前にブリジットをはじめ、四人のダムピールを相手にした際、全力ではないにしろストラウスの魔力に十秒ほど耐える霊力を集めた蓮火の手を、魔力を込めた一発の銃弾で粉砕する程の破壊力を持たせたのだ。

もし士郎達の剣が耐えうるレベルでも魔力をもめておけば、その破壊力は想像を絶し、彼らの強さと相まってユーノが苦戦した相手程度なら軽く倒せるであろう。

また国守山のジュエルシードはユーノに回収を依頼し、すでに一つを回収し終えている。後一つも今向かっており、もうまもなく回収し終えるだろう。

臨海公園のものは自分が向かう予定で、この話が終わればすぐに出向くつもりだ。

あとの六つは海の中であり、今夜にでも回収すればそれで終わりだ。

一番の問題はあの少女達が回収したものであるが、時空管理局に彼女達の身柄ごと受け渡せばそれで済む話だ。封印もされ、暴走する事も無いだろう。

「だから皆が心配する事も手助けしてもらう必要も無い。もう私一人で事足りるからな」

「わかった。だけど手が必要なら言ってくれ。お前からすれば頼りないかもしれないけど、俺だって足手まといにはならないさ」

「すまない、士郎。その時は頼りにしているさ」

「任せてくれ」

コンッと二人は拳を合わせる。ストラウスにしてみれば、こんな風に付き合う人物は士郎以外には覚えが無い。

もし士郎のような人物が夜の国にいてくれれば、自分ももう少し違う自分をあの時に見つけていたかもしれない。

「さて。では私は少し出かけてくる。残りのジュエルシードの回収もあるからな」

他にもあの二人のことやユーノのことも気になる。士郎達にすべてを打ち明けた事で、自分も自由に行動する事が出来る。

「わかった。ストラウス、気をつけてな」

「ああ。わかっている。お前達に心配をかけることはしないさ」

そう言うと、ストラウスは上着を羽織、街へと繰り出していく。臨海公園にあるジュエルシードを回収するために。









「このあたりが事故が起こった現場です」

次元航行艦アースラは半日をかけて事故の現場に赴いていた。事故報告から丸一日。驚くべき初動の早さだった。

本来なら、もう少し到着には時間がかかるのだが、今回は偶然、すぐに動けるアースラが存在し、たまたま待機中だった武装隊がいた。

さらにセイバーハーゲン少将がいたことで、初動はさらに早くなった。彼女は以前からジュエルシードのことを調べていたらしく、その危険性を理解していた。

ゆえに事故の報告と相まって、彼女自身が指揮を取りアースラを即座に発進させることとなる。

「・・・・・・・・やはり残骸ばかりね。ジュエルシードの反応は?」

「いいえ、それらしい反応はありません」

艦長席に座るリンディがエイミィにたずねるが、帰って来た答えはある程度予想したものだった。

「けれども魔力反応があります。これは次元攻撃の可能性が高いですね」

コンソールを操作して、この付近の魔力を検出する。その結果、普通ではありえない魔力反応を検出した。

「やはり何者かの攻撃を受けたと考えるのが妥当ですね」

執務官であるクロノが自身の考えを述べる。次元攻撃を仕掛けるほどの相手。または仕掛けられるだけの能力を有した存在。

おそらくは管理局基準で言えばSランクオーバー。クロノ自身はAAA+ランクとSランクには届かないが、自分より魔力が高い相手でも負けるつもりは無い。

戦いは魔力の大きさで決まらないというのが彼の持論だ。それにこの船にはSランクの魔導師が自分以外に二人もいる。

母であり艦長であるリンディとセイバーハーゲン少将。彼女の魔力はSSランクなのだ。ほかにも経験豊富な武装隊も二十名いる。これだけの戦力は中々そろえられない。

「周辺に生命反応も無いですし・・・・・・・・おそらくどこかの世界に転移したと思いますが」

「エイミィ。転移の痕跡を探せないかしら?」

「やってみます。ただ周囲に攻撃の際の魔力があるので、少し時間がかかるかも・・・・・」

「構わないわ。それでよろしいですか、セイバーハーゲン少将?」

「ああ・・・・・」

艦長席の後ろで、セイバーハーゲンは頷く。だが彼女は薄々わかっていた。ジュエルシードが落ちた場所が何処なのか。

彼女は魔力だけでなく、他の能力も有していた。それは霊力。こちらも類稀無い才を有し、魔法技術が主流の管理世界において、レアスキルとして認識されていた。

その中の一つである占術により、セイバーハーゲンはおおよその事を予知していた。

彼女が今回の事件を予知したのは偶然だった。

これまでにも幾度と無く、彼女は占いにより、様々な事件を予見し、未然に防いできた。もちろん、占いであるから外れることもあり絶対ではないし、彼女にだって予見できないものもある。

しかし今回の占いは今までとは大きく違っていた。

何度占っても、どう占っても、同じ結果しか出ないのだ。どんな事を占おうとも、方法を変えても、内容は同じ。

地球。青い宝石。失われた遺物・・・・・・・。赤いバラ。

それらに該当するものをセイバーハーゲンは調べた。そしてジュエルシードが発掘されたと言う情報を入手し、それは核心に変わった。

青い宝石はジュエルシード。地球とは第九十七管理外世界の事で間違いないだろう。

そして赤いバラ。

管理外世界の地球で青い宝石に関わる赤いバラ。

(赤バラ王。今回の件に貴公は関わっているのか?)

わからない。そこから先は彼女をもってしてもわからなかった。

彼女がわかるのは限定的なものでしかない。それを元に推測し、事件を未然に防ぐのが彼女の役目だった。

この力のおかげで大きな事件の解決や、未解決事件の解決などにこぎつけ、いつの間にか管理局の英雄などともてはやされる様になった。

だが彼女の心はそんな賞賛でも癒される事の無い深い傷を負っていた。

あれはいつだっただろうか。自分の罪と過ちに気づいたのは。忘れていた前世の記憶。

自分の犯した間違いと過ちに苛まれる様になる。

それを紛らわせるために管理局員として奔放した。人のためにと・・・・・・。

それが彼女をさらに苦しめる事になるとも知らずに・・・・・・。

「艦長、少将! ジュエルシードの物と思われる魔力反応を探知! サーチの結果、第九十七管理外世界の地球に転移した模様!」

「そう。わかったわ。本艦はこれより、第九十七管理外世界地球方面に向かい進路を取ります! 残骸の回収や引き続きの調査は別働隊に引き継ぎます。よろしいですね、少将?」

「うむ。引継ぎ等は任せる。我々は一刻も早くジュエルシードを追う」

「はっ! ではアースラを地球方面航路へ!」

「了解!」

こうして時空管理局もいよいよ舞台へとその姿を現す事になる。









ドクン、ドクン

小さな、小さな鼓動。それはゆっくりとだが確実に広がっていく。

黒い感情。負の感情。

怒り、憎しみ、悲しみ、恨み・・・・・・・。

長い年月の間、封じられてきた怨嗟。三百年と言う長い年月を。

本来は、約十年ほど前に封印が解けるはずだった。

だがそれは膨大な魔力により抑えられる事になる。

本来ならその膨大な魔力により、封印が解かれる事は無いはずだった。

しかし小さな綻びが生まれる。それは小さな、小さなものでしかなかった。

それは小さな少女が発した膨大な霊力と魔力がもたらした弊害。

自分と大切な友人を守るために放ったものが、それを呼び起こす。

じわりじわりとそれが広がりを見せる。

祟りは、すぐそこまで顔を見せ始めていた。





「くーん」

深夜に久遠はなのはのベッドの中で目を覚ました。横を見るとすやすやと親友であるなのはが気持ち良さそうに眠っている。

「くーちゃん、むにゃむにゃ」

寝言だろうか。自分の名前を呼んでいる。それが嬉しくて、同時に悲しくもなった。

自分でもわかる。自分の中に広がっていく何か。前にも感じた気配。

三百年前に愛しかった大切な人であった弥太が死んだ時、殺された時に感じた気配。

自分が自分で無くなる。感情のまま、ただ破壊の限りを尽くした。

憎しみで多くの神社や仏閣を破壊した。大勢の人を巻き込んだ。あの時のようなことが起きる。自分が起こしてしまう。

久遠は怖くなった。大切な人達を傷つけてしまう事を恐れた。

大切な親友であるなのはを、自分を大切にしてくれる高町家の人達を傷つけてしまうかもしれない。そんな恐ろしい情景が浮かぶ。

だから・・・・・・・・。

「な、のは・・・・・・」

不意に久遠は言葉を口にする。それは大切な少女の名前。

「大、好き・・・・・・」

途切れ途切れではあったが、久遠は確かに彼女の名前を呼んだ。

そして・・・・・・・・。

「さ、よう、なら」

別れの言葉を口にし、彼女はそのままなのはの部屋から姿を消した。







夢を、夢を見た。

その子は泣いていた。誰も傷つけたくないのに、こんな事をしたいわけじゃないのに。

でもとても悲しくて、辛くて、我慢できなくて、そうする事しか出来なかった。

彼女は一人で泣き続ける。大切な人の名を叫びながら、悲しみに打ちひしがれながら、憎しみに苛まれながら。

「な、のは」

不意に声が聞こえる。自分を呼ぶ声。

「大、好き・・・・・」

優しい声。

「さ、よう、なら・・・・・・」

でも次の言葉は悲しくて、とても辛いものだった。

「くーちゃん!?」

なのはは叫び、ベッドから飛び起きる。きょろきょろと周囲を見渡す。

「くーちゃん?」

友達の名前を呼ぶ。いつもは自分の隣で寝ているはずなのに、今はどこにもいない。

なのはは何度も彼女の名前を呼び、部屋を探す。

でもどこにも姿が見えない。

「くーちゃん!? どこにいるの!?」

必死に探すがいない。不意に外を見る。何故だろう。久遠が外にいるような気がした。

そしてこのままだと、もう二度と会えないような気がした。

だからなのははすぐに部屋から飛び出し、外へと走る。大切な友人を探すために。







あとがき

全然魔法少女とリリカルなのはがからまねぇ(汗

あれ、これ最初はリリカルなのはがメインのはずだったのに、どこでルート選択を間違えた? と考えている作者です。

うん、微妙に迷走しているな、自分。

フェイトがメインで絡んでない。私は彼女が好きなのに・・・・・・。

ユーノとフェイト、アルフの出番を増やすように頑張ります。

そして我らがストラウスも。



それと前回のなのはの能力の名前に様々なご意見ありがとうございました。

どれも皆良い名前で悩んでおります(汗

最終的には一つに決め、作中にて結果報告するようにしますので。



PS 少し遅いですが、最新号のコンプエースのお話。

公式でFateとなのはのクロスってどうよ!? って思いました。

つうか劇場版なのはの戦闘力高くない? あれだとプリズマイリヤのカードサーヴァントよりもガチで強いのではと考えてしまいます。





[16384] 第十五話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/05/12 23:34




深い海の底。

そこには本来存在しえるはずの無い者がいる。人の姿をした存在。

しかしここは海の底。それも数百メートルもの海の底である。

人間が潜水服などを着ないで到達できる深度を超えている。

だがその男は生身でそこにいた。

周囲に魔力をまとい、水を一切身体に触れさせずに。

(やはり深海でも地上とさほど変わらないか。まったく、この身はどこまで理不尽なんだろうな)

思いながら苦笑するのは言うまでも無くローズレッド・ストラウスである。

彼は海鳴市に面した海の中でジュエルシードを探索している。臨海公園にあるものはすでに回収し、国守山のものもユーノがすべて回収し終えた。残すところはこの海底に眠る六つのみ。

彼は魔力で身体を守っているが、この魔力が無くともおそらく生身で十分耐えうるだろう。真空の宇宙と高圧力の海底では環境がまったく違うが、マリアナ海溝の底であろうともこの身を押しつぶすことは出来ないだろう。

アーデルハイトが以前に言っていた、自分達の身体に織り込まれた力は何と理不尽なのかと言う言葉を今更ながらに思い出す。だからこそ、使う者には確かな理が必要となる。

(さてと。ジュエルシードの位置はほとんど把握しているが・・・・・・・・。やはり少々面倒な事になるか)

海底ではさほど問題にならないと思っていたが、どうやらそうは行かないらしい。

考えてみれば当然の事だ。この海の底には人間は存在しない。しかし地上以上に多くの生物が生存している。

海底に住まう生物は地上に比べて多く、また魚やカニなどの甲殻類も数多くいる。そんな存在達が六つあるジュエルシードのいずれかに、まったく触れないと言う事がありえるだろうか。

偶然や餌か何かと勘違いして触れてしまうケースが無いとは決して言い切れない。

そして目の前にそのケースが姿を現す。

ウツボが巨大化したかのような魚がストラウスの目の前に姿を現せる。他にもそれに影響されたのか、周囲のジュエルシードが一斉に変化をもたらす。

元々魔力の安定が損なわれていたのだ。一つのジュエルシードの暴走にあわせて、他のジュエルシードが暴走すると言う事態は想定されてしかるべきものだった。

敵の数は五つ。生物を取り込んだものが二。暴走体のみが三。

どれも海底と言う地上とは違う状況では苦戦すると思われる存在だ。もしここにいるのが普通の魔導師ならば、おそらく敗北していただろう。

いや、そもそも普通の魔導師なら魔法のサポートがあっても、こんな所に余裕で来れるはずが無い。

そしてこの場にいるのは、存在自体が異常であり理不尽の塊とも言うべき最強のヴァンパイア王なのだ。

(あまり時間をかけるわけにもいかなければ、周囲の被害を抑えるにはやはり剣で直接斬りかかるしかないか)

ストラウスはざからを次元の境目から取り出すと、スッと暴走体達に向ける。ざからはざからで異次元の隙間に収納されていた事で若干不機嫌になっていたりもする。

ただざからにしても、ストラウスの大切ななのは達に襲い掛かってしまったと言う負い目もあり、あまりおおっぴらにストラウスに文句も言えないから辛い。

ならば目の前の存在で鬱憤を晴らそうと考える。

オオオオオオオ

ざからの咆哮が剣より漏れる。水を揺らし、暴走体を威嚇する。

暴走体は一瞬怯んだが、恐怖を払いのけストラウスへと向かい襲い掛かる。

迫り来る暴走体五体を相手に彼が勝利を収めるのは、これより約十数秒後のことだった。









「くぅん・・・・・・」

高町家から抜け出し、一人夜道を走り抜けてきた久遠。いつもならストラウスあたりが気づくが、今日は出かけていていない。ある意味好都合だったかもしれない。

とことこと一人山の中を彷徨う。ここなら誰にも見つからないだろうし、迷惑にもならない・・・・・・・。

いや、ダメだ。もっと遠くに。ここからずっと遠くに行かないとダメだ。

傷つけてしまう。壊してしまう。失ってしまう。

大切な人を、場所を、物を・・・・・・・・。

この数年暮らしたこの街とそこに住む人達。優しい人達。暖かい人達。

ずっと昔、あの人が生きていて、一緒に過ごした時と同じくらい、もしかしたらそれ以上に幸せな時間だったかもしれない。

それを自分の手で壊してしまうかもしれない。

嫌だ。そんなのは絶対に嫌だ。

大切な高町家のみんな。

士郎、桃子、恭也、美由希、ストラウス・・・・・・・そしてなのは。

初めての友達。自分を友達と言ってくれた大切な人。

弥太のように優しくて、暖かい、大切な友達・・・・・・・。

自分の中に眠っている物が、祟りが目を覚ませば全てが燃えて消える。

多くの神社仏閣を破壊し、数多の霊能力者を食い殺してきた祟り狐。

久遠は自分で理解している。

今度それが目覚める時、それは三百年前以上の力を持っていると。

本来十年前に一度解けるはずだった封印が解かれずに、そのまま大きな力で封じ込められてきた。抑圧された力は反発し、それを壊そうとさらに力を増していた。

普通なら、強大になった力に封印が耐え切れずに壊れそうなものだが、その封印の魔力は星さえも軽々と破壊する程の男の魔力であり、いかに国一つ破壊できる力を有しててもそれを打ち破れるはずなど無い。

だが今は違う。封印に綻びが生じ、小さな穴が開いてしまった。もう抑えられない。いつ暴発してもおかしくない。

少しでも暴発すれば、それだけで周囲を焼け野原にしてしまう。確信があった。自分の力がどれほどのものであるのかと言うのも、おぼろげながらに理解していた。

だから誰も傷つけたくないから、失いたくないから、久遠は高町家から離れた。逃げ出したのだ。自分の手で失いたくなかったから。

本当は苦しくて、悲しくて、辛くて、泣きそうだった。

いや、今は涙を流している。

「くぅん、くぅん、くぅん・・・・・・・・・・」

孤独。

昔はずっと一人で気にもならなかった。でもあの人と・・・・・・弥太と出会って、喜びや誰かを好きになることを知った。

そして失う苦しさと一人の寂しさを知った。

ストラウスやなのは、高町家の人々と触れあい、家族や友達の大切さや暖かさを知った。

ずっと一緒にいたかった。他には何もいらない。ただ傍に一緒にいて欲しかっただけなのに・・・・・・・・。

「弥、太。・・・・・・・・な、のは」

大切な人達の名前を呼ぶ。

と、その時、がさがさと茂みを何かが掻き分け近づいてくる音が聞こえた。

「くーちゃん!」

そして彼女が現れた。

名前を呼ばれ、久遠はびくりと心臓を跳ね上がらせる。

その時の久遠の心情は複雑だった。

大切な人に名前を呼ばれた喜び。なぜここにいるのかと言う疑問。そして彼女を傷つけてしまうかも知れ無いと言う恐怖。

「くーちゃん、こんな所にいたんだね」

ところどころ身体に葉っぱをつけ、手や頬に若干の傷を作りながら、なのははそれでも笑いながら久遠に近づいてくる。

靴を履き、上着を羽織ってはいるものの、服装は寝巻きのまま。おそらく急いで久遠を探しに来たのだろう。

「心配したんだよ、突然いなくなるんだもん。さっ、帰ろうくーちゃん。お父さんとお兄ちゃんも来てるから」

よく見れば後ろの方に士郎と恭也もいる。さすがになのは一人では外出させてもらえず、かと言ってなのはに家から出るなと言っても聞かなかったので、それならばと二人がなのはに付き添ってこの場にやってきたのだ。

嬉しかった。とても。自分を心配して探しに来てくれた人達。とても愛おしく、心が温かくなった。

けれどもダメだ。もうダメなんだ。

封印が解け始めている。

久遠が光に包まれ、彼女の姿が子狐からなのはと同い年くらいの少女の姿へと変化する。

「くーちゃん!?」

狐の耳と尻尾を生やし、白い装束に身を包んだ少女へと姿を変えた久遠になのはは驚きの声を上げる。

「だ、め・・・・・・・・。なのは、逃げて」

胸を押さえ、苦しみながら何とか声を絞り出す。何とか久遠は必死に自分の中に眠る祟りを抑えようとするが、長くは持たない。

「なのは! 久遠から離れるんだ! 恭也、お前はなのはを守ってろ! いや、すぐにこの場から遠くへ行け!」

士郎は長年培われた経験と自らの勘から、よくない事が起こると即座に察知し、なのはを少女の姿に変化した久遠から引き離し、恭也へと預ける。

「お父さん! くーちゃんが!」

「いいから、恭也と一緒にここから離れるんだ!」

士郎の今までに見たことも無いような必死の声に、恭也はなのはを抱き上げると、そのままこの場から走り抜ける。

「お兄ちゃん! お父さんとくーちゃんが!」

「今は父さんの言うとおりにするんだ!」

何が起ころうとしているのか、恭也にはわからなかった。腕の中で降ろしてと暴れるなのはを必死に押さえ、そのまま出来る限り遠くへ走る。

そして、それは目覚めた。

カッと周囲に伸びる雷光と周囲に響き渡る雷鳴。

出現するは金の毛並みと五本の尻尾を揺らす巨大な狐。

かつて三百年前にざからと並び恐れられた最強クラスの化け狐。

『祟り狐』

それが目を覚ました。









「な、なんだ、これ!?」

ユーノは身を休めていたホテルの一室で、突然出現した巨大な力を感じ取った。あまりにも巨大な力。一瞬、ジュエルシードの暴走かとも思ったが、魔力とは少し違う。

だがそれでもユーノは感じ取った。感じ取ってしまった。

そのあまりにも強大な力を。

バッとベッドから飛び起き、窓を開け力が出現した方向を見る。そこには光が見える。大きな光。そして雷光がほとばしっている。はっきり言って、尋常ならざる事態だ。

何が起こっているのかはわからない。けれどもこのまま放っておくわけにはいかない。

ユーノはすぐさま周囲に広域の封時結界を展開する。この距離だと、あの場所には届かないが、自分がここから飛び出すのを目撃されるのは避けられる。

時間が無い。レイジングハートを持ち、マントだけ羽織るとユーノはそのまま即座に窓から飛行魔法を使用して現場へと向かう。

自分の隣の部屋には気を失っているフェイトとアルフが寝かされている。ストラウスから一日は目を覚まさないと言われ、デバイスも取り上げバインドで拘束している。

さすがにずっとこのままと言うわけにはいかないが、明日の朝までは念のため厳重に拘束させてもらっている。

明日になれば、自分が二人から事情を聞き、食事なども提供する事になっていた。

もちろん、この際はストラウスも念話で情報が伝わるようにしてだ。

あの二人はまだ大丈夫だろうとユーノは考えながら、あの力の出所へと急ぐ。

ここからだと数キロは離れているが、五分以内に到達できる。そしてすぐにその周囲に結界を展開する。それで周囲の被害を最小限に抑えられるはずだ。

ユーノが飛行している間にも幾度も雷光と雷鳴がとどろく。

「っ! 急がないと!」

全速力で向かう。時間との勝負だ。周囲に被害が出れば、大変な事になる。この街は恩人である赤バラさんがいる。その人の平穏を乱しかねない事象は何としても止めなければならない。

同時に彼に念話も送る。この緊急事態に彼が気づかないはずが無いだろうが、自分に姿を見せたくないと思っており、下手に遭遇する事を避けるためにもこの措置は必要だ。

自分に出来る事を伝え指示を仰ぐ。これが今必要な事だとユーノは考えた。

『赤バラさん! 聞こえますか!? 赤バラさん!』









久遠の覚醒をストラウスも海の底で察知していた。

(この霊力は久遠か。まさか霊力が暴走した?)

と言うことは自分の封印が破られたと言う事だ。意識を集中し、何が起こったのかを確認する。

それは巨大な狐。金色の毛並みと五つの尾を持つ獣。

(士郎!? 恭也!? なのは!?)

狐の周囲に自分の知る三人の姿があった。士郎は巨大な狐のすぐ傍らで片膝を付き、息を荒くしながらも必死で防御していた。

家を出る前に士郎が念のため、魔力を込めておいてくれと言ったので偶々魔力を込めておいた小太刀が役に立ったようだ。狐の放つ雷も、何とか防御できているようだ。

そして恭也はなのはをかばう形で倒れ、意識を失っている。どうやらなのはを守るためにあの雷撃の直撃を受けたようだ。なのははなのはで必死に恭也に声をかけ、身体を揺らしている。

(くっ。最悪の事態だ)

五つのジュエルシードを回収し、最後の一つを回収しようとした矢先、この突然の、それも最悪の事態が舞い込んできた。ともかく今は何をおいても久遠の対処が先だ。

ストラウスは羽を広げ、全力で海底から海面へと向かう。

気圧の変化などを考慮しゆっくりと上昇しなければならないが、この男にはそんな必要は無く周囲に影響を与えない限界の速度で上昇を行う。

その時、ストラウスにユーノの念話が入る。

『赤バラさん、聞こえますか!? 赤バラさん!』

『ユーノか』

『はい。よかった、つながって。今、何か大変な事が起こってるんです!』

『ああ。こちらでも確認した。私も今現場に向かっている所だ』

ここから現場までおそらく数分で到着できるはずだ。現在も魔力で周囲への被害を抑えるために魔力制御を行っている。士郎や恭也、なのはの防御も同時にしている。

そしてこの場から、さらに魔力で巨大な狐に攻撃を仕掛ける。

「オオオオオォォォォォオ!!!!」

声を発し、霊力で防御する。

(なるほど。中々の防御だ。ざからと同等と見るべきか。やはりこの位置からだと対処は難しいな。周囲さえ気にしなければ問題ないのだが・・・・・・)

魔力で対処するにも、それを行うためには魔力をストラウス自身から放出しなければならない。核ミサイル程度の強度ならある程度の魔力で事足りるが、ざからやこの巨大な狐クラスになれば、ダメージを与えるほどの魔力だとかなりのものになる。

そうなると、ストラウスから相手まで魔力を届かせるようするまで、途中でかなりの被害が出る。

魔力とて分散や減衰もする。距離が遠ければ遠いほど、ある程度威力が下がる。

ストラウスならば遠距離からでも余裕で久遠を沈める魔力を放てるのだが、そうなると周囲への被害が馬鹿にならない。圧縮した魔力を打ち出してもいいが、それが通過する際に発生する衝撃や建築物や生物への影響も計り知れない。

何も存在しない宇宙空間や何も無い海上ならばいざ知れず、こんな街を挟んだ状況で膨大な魔力を遠距離から打ち出せばどれだけの被害が出るか。

つまりいかなストラウスと言えども、強大な霊力や魔力を持つ敵を地球上で相手取る場合、出来る限り接近しなければならないのだ。

『僕が結界を張って周囲への被害を抑えます。結界さえ張ればよほどの事が無い限り、一般人や周辺への被害は出ません!』

『わかった。対処を頼む。ユーノ、お前はすぐに現場に到着するのか?』

『はい! もう少しでつけます! 何とかあの怪物が街に被害を出さないようにしてみます!』

『あまり無理はするな。私もすぐに到着する』

『わかりました。でも僕が赤バラさんと会うのは不味いんじゃ・・・・・』

『今は非常時だ。優先すべき事は別にある。ユーノ、お前はお前の出来る事をしなさい』

姿を見られるのは少々不味いが、今はそんな事を言っている場合ではない。あの場には大切な人達がいるのだ。さらにこの街さえ危険にさらされようとしている。

それを考えれば自分の姿がユーノに見られるのも些細な問題でしかない。

(私の姿をユーノに見られても、まだどうにでもなる。だが人的被害が出てしまえば取り返しが付かない)

命が失われればストラウスでもそれを取り戻す術は無い。彼は神に近い力を持っていても、決して神ではないのだ。

彼にだって、出来る事と出来ない事がある。

(周囲に被害を出さずにあれを倒せる位置に移動するまで数分。時間との勝負か)

焦る気持ちはあるが、こういう時こそ冷静に対処しなければならない。

(これ以上の最悪の事態にならなければいいが・・・・・・)

これ以上の最悪の事態を想定しつつも、そうならないでいて欲しいと月に願うストラウスだった。







「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」

士郎は何とか迫り来る雷撃を紙一重で避け続ける。実戦を退いてかなり経つが、まだまだこの身体が動いてくれるのがありがたい。

しかしあまり楽観もしていられない。目の前には今まで出会ったことも無い化け物がいるのだから。

「みんなには妖怪と戦った事があるって言ったけど、さすがにこんなのと戦った経験は無いんだよな」

苦笑いしつつ、目の前の巨大な狐の動きに最大限の警戒をする。雷撃もそうだが、その鋭い爪と牙、そして蠢く五つの尾が問題だ。

幸い、ストラウスが力を込めてくれた小太刀はそれなりの威力を発揮し、武器が使い物にならなくなると言う最悪の事態は未だに訪れていない。

それでもこのままでどうにかなるはずも無い。

「大見得切った手前、あいつに頼るのは気がひけるけど、俺じゃあ無理だな」

相手と自分の力量を正確に読み取り、士郎は目の前の化け物が自分ではどうする事も出来ないと判断した。

命を賭したとしても、この化け物に致命傷を与えるのは困難だろう。いや、もしかすれば心臓を貫く事は出来るかもしれないが、それが出来たところでこいつを倒せるかは疑問だ。

それに、もっと切実な問題がある。

「それにこいつは久遠でなのはの親友で、俺達の家族だもんな」

目の前の巨大な化け物が、自分達の大切な家族の一員である久遠の成れの果てなのだ。

なぜこうなったのか士郎にはわからなかったが、久遠が変化するところを目撃している。

だから出来るのなら殺すと言う手段を取りたくはなかった。

「と言っても、この場合俺の命も危ないよな」

背中が冷や汗で濡れる。全身を襲う威圧感。まるで蛇に睨まれた蛙のようだと士郎は思えてしまう。

「オオオオオオオォォォォォォォオオオオオ!!!!」

咆哮。同時に雷撃と尾が士郎に襲いかかる。

「くっ、神速!」

御神流の奥義である神速を使用する。周囲の景色がモノクロになり、すべての動きがスローとなる。士郎はすべての攻撃を紙一重で避けきる。

「・・・・・・・あんまり長い事は無理だな」

ポツリと呟くと、士郎は自分の左のわき腹を抑える。そこからはかすかに血がにじんでいる。神速を使用し、紙一重で避けたはずなのに傷を負わされたのだ。

「これは中々にきついな」

出来ればストラウス、早く来てくれーとでも叫びたかったが、さすがにそれは見っとも無く、高町家の大黒柱であり父親であり、男でもある士郎としては散々傷ついたプライドがさらにボロボロになりそうで嫌だった。

「ふぅ。少しはいいところ見せないとな」

剣を握り直す。恭也となのはは無事だろうかと頭の片隅で二人を心配するが、探しに行くわけにもいかない。

この化け物の意識を出来る限り自分に向けさせておかなければ、二人だけではなく街の人達も危険に晒される。

「俺だってたまにはいい所見せないとな」

一瞬だけ笑みを浮かべるがすぐにそれを消し去り、真剣な面持ちで敵と相対する。

そして士郎の戦いが始まった。







「・・・・・・・・よし、この位置なら!」

ユーノは祟り狐を結界の有効範囲に捉えると、その場で再び結界を構築した。

これで周囲への被害は抑えられるだろう。

「えっ?」

その時ユーノは気がついた。結界の中にあの怪物以外の反応が三つある。それに気がついたのは偶然だった。

この封時結界は術者が許可した者と、結界内を視認・結界内に進入する魔法を持つ者以外には、結界内で起こっていることを認識できないし、また内部への進入も出来ないと言った物だ。

一つはあの怪物の近く。そして少し離れたところに二つ。

巻き込まれた一般人だろうか? 魔力を持っていたり、ごく稀に魔力を持たない者でも結界展開内にいた場合、そこに取り込まれてしまう事がある。

「まずい!」

ユーノは結界を張り、周囲への被害を抑える事に成功したと思ったが、内部に無関係の人が取り込まれてしまっては意味が無い。

早く結界の外に逃がさないと。

「先にあの怪物の傍にいる人を助けてないと!」

ユーノは先に祟り狐の傍にいる人を助け、すぐに残りの二人のところに向かい三人まとめて転移魔法でこの結界の外に連れ出そうと考えた。

考えをまとめると、即座にその現場へと飛行魔法で向かう。そこでユーノが見たものは、祟り狐に挑む一人の男だった。

「はぁっ!」

気合と共に剣を振るう男は迫り来る攻撃を避けながら、祟り狐に肉薄する。しかし祟り狐は近づかれまいと、周囲に雷を張り巡らせ男を近寄らせない。

「ちっ。やっぱり厳しいか・・・・・」

一度距離を取り、士郎はどうしたものかと考える。本気で殺す気で斬りかかるわけにもいかないのだが、それでも少しは大人しくしてもらわないと困る。

「どうしたもんかな・・・・・・・」

と考えていると祟り狐は士郎の動きに腹を立てたのか、本気で攻める姿勢を見せる。

「げっ・・・・・・」

尻尾を動かし、さらには周囲に無数の雷球を生み出す。さすがに神速を使っても回避しきれるか疑問だ。

「やばいかな、これは・・・・・・・・」

「オオオオオオオオォォォオオオ!!」

怒りの咆哮。祟り狐はその巨体を士郎に向ける。だがそれが士郎に届く事は無かった。その前に、祟り狐の身体を緑色に輝く鎖が絡みつき、その動きを拘束したのだ。

「チェーンバインドとストラグルバインドの複合型! これでしばらくは・・・・・」

その鎖はユーノが生み出した魔法の鎖。

相手の動きを封じるチェーンバインドと魔法で強化された術者や魔法生物に対して効果を発揮するストラグルバインド。

その二つを組み合わせる事で、ユーノは祟り狐の動きを完全に抑え込んだ。

「大丈夫ですか!?」

ユーノは祟り狐を拘束すると、そのまま士郎の下へと降り立つ。

「君は?」

「話は後です! それよりもここから離れないと。あのバインドもそう長くは持たない」

うめき声を上げながらも、バインドを必死に振りほどこうとする祟り狐。チェーンバインドのみならすぐにでも破られるだろうが、ストラグルバインドの複合なら一分程度は持つはずだ。

「早く! 時間がありません!」

必死に士郎を説得するユーノ。いきなり現れた不思議な少年の言葉を鵜呑みにするのもどうかと思ったが、このままでは不味い事も理解していた。

「わかった。君の言葉に・・・・・・」

そう言おうとした瞬間だった。

「オオオオオオォォォォォォオオオオ!」

今まで以上の咆哮が周囲に木霊する。そしてそれは霊力を開放した。

「なっ、そんな!?」

バインドが砕かれていく。一分は持つと思っていた。だが実際には十数秒程度の時間しか稼げなかった。

「まずい!」

士郎は咄嗟にユーノを自分の方に引き寄せ、彼をかばうようにする。

次の瞬間、祟り狐より膨大な霊力と雷撃がほとばしり、あたりを炎に染め上げた。





あとがき

久遠編スタート。

いよいよユーノが高町家の面々と邂逅します。

そしてなのはと久遠の物語の山場。感じ的にはとらハ3の那美ルートみたいな感じですね。

ただしあれよりも久遠が強く、人間モードじゃなくて化け狐モードですが。

まあ強いんですが、戦闘力チートのストラウスが要るんじゃ、相手にならないんですけど。

他の小説なら普通に原作のなのはやフェイト、ユーノとアルフの四人がかりでも勝てないような存在なんですけどね。



そして次回でいよいよなのはがこのまま行くのか魔法少女になるのかの最大の分岐が訪れます。

いや、すでに構想はなる、ならないの二つのルートが出来てるんですけどね(汗

どっちにしようか迷ってます。

たぶん書いてる勢いでルート分岐しそうなので、作者もどっちに進むかわかりません。

と言う事で、次回をお楽しみに。



[16384] 第十六話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/05/12 23:37

「くっ・・・・・・・・」

士郎はユーノを抱えたまま、痛みに耐える。何とか直撃は免れたものの、余波で身体にかなりのダメージを負った。

さらに雷撃の影響で身体が痺れてうまく動かせない。手足も麻痺して感覚が鈍い。

これでは武器の小太刀・八景も握れない。

いや、この場から逃げる事も出来ない。

「だ、大丈夫ですか!?」

ユーノはそんな士郎を心配して声を上げる。

「大丈夫・・・・・・って言いたいけど、正直身体が痺れて動けないかな。まっ、君が無事でよかったよ」

苦笑いしながら答える。正直かっこ悪いとは思うが、この子だけでも守れてよかった。

「そんな・・・・。そうだ、回復系の魔法を!」

「魔法?」

ユーノは自分の足元に魔法陣を作りだす。彼は攻撃系の魔法は不得意だが結界や索敵、回復などと言った補助的な魔法を得意としていた。

「これで少しは回復するはずです」

淡い光が士郎の身体を包む。ゆっくりとだが少しずつ、士郎の体から痺れが取れていく。

「凄いな」

思わず小さく漏らす。ストラウスが言っていた、なのはの力もこんな感じなのだろうと士郎は思った。

だがあまり悠長にしていられないとも理解している。すぐ近くには未だにあの化け物がいるのだから。

「逃げ切れるかな」

身体は何とか動きそうだが、相手が自分達を見逃してくれるかどうかわからない。

祟り狐は霊力とそれにより発生される雷がすべてをなぎ払い、破壊し、燃やし尽くす。

もしユーノが結界を展開していなければ周囲への被害は甚大な物になっていただろ。

現在でも、周囲の木々は軒並み吹き飛ばされ、炎が周辺を赤く染めている。

「オオオオオォォォォォォオオオオ」

天に向かい咆哮する祟り狐。その身体に蓄えられ、増幅された霊力を無造作にほとばしらせる。

その心にあるのは怒り、憎しみ、恨み・・・・・・。

負の感情がわきあがり、さらに祟り狐の力を増す。

金に輝く毛並みは霊力によりさらに輝きを増し、五つに分かれた尾は感情に左右されるかのように大きく動き、その爪と牙は数多のモノを破壊するために研ぎ澄まされる。

まさに破壊の化身。

荒れ狂う自然災害のように祟り狐は雷を操り、すべてを破壊しようとする。雷撃が再び放たれる。

同時に、今まで以上の力を放とうと力を溜めている。

「結構、ヤバイよな、これは?」

「こ、こんな力、僕の防御じゃ絶対に防げません」

士郎もユーノもそのあまりの力に戦慄する。多分、防御も回避も出来ない。この攻撃なら直撃を受けずとも、余波だけで自分達の身体をバラバラに出来そうだ。

士郎とユーノは顔を青ざめさせる。

そして祟り狐は力を解放する。放たれる雷撃。周囲に轟音と閃光を撒き散らす。

二人は死を覚悟した。

三百年前も数多の犠牲を払いようやく封じられた妖狐。それがさらに力を増し現代に蘇った。

この世界の有力な霊能力者の一族が総出で相対したところで、果たして封じられるかと言うほどの力。もはや誰にも祟り狐は止められない。

普通ならそう思うだろう。

しかしこの世界にはそんな存在を遥かに凌駕する存在がいた。

その存在は夜の空を翔る。月に照らされたその姿。まるで月から飛来するかのように、その存在は現れる。

ばさりと黒衣のマントを羽織った最強の魔神が、士郎達と祟り狐との間に姿を現したのだ。

その存在は祟り狐の放った雷撃をすべて魔力で受け止め相殺する。

「どうやら、間に合ったようだな」

赤バラの魔神・ローズレッド・ストラウスが姿を現せる。

ストラウスは祟り狐から視線を外さずに、小さく漏らす。士郎とユーノもどうやら無事のようだ。

「えっ、もしかして、赤バラさん?」

ユーノはその現れた人物を見て、この人が自分に協力してくれていた人なのかと思った。

「無事か、ユーノ、士郎」

「ああ、こっちはまあ何とか無事だよ。君は?」

「あっ、僕も大丈夫です!」

「そうか。それは良かった。ユーノ、士郎を回復させてそのまま二人でこの場を離れるんだ。向こうに後二人いるはずだ。その二人と合流し、ここから離れなさい」

「で、でも赤バラさんは!?」

いくら彼でもこの怪物の相手を一人でするのは無理だとユーノは思った。それなら自分が戻ってきて二人で戦う方がいいのではないかと考えた。

「いや、私一人で大丈夫だ。ユーノ、士郎、ここは私に任せてくれ」

そう言うとストラウスはざからを取り出し、切っ先を祟り狐に向ける。

「ストラウス、こいつは・・・・・」

「ああ、わかっている。久遠なのだろ? 大丈夫だ。きちんと止めて見せる」

「・・・・・・わかった。ストラウス、頼む。それと、気をつけろよ?」

ストラウスは士郎の言葉を聞き、ふっと笑みを浮かべる。

「大丈夫だ。私を信じろ」

「そこは心配していないって。じゃあまた後で。行こうか、ユーノ君」

「えっ、でも!?」

士郎に促されるユーノはこのままストラウスを置いていくのかと、若干抗議にも似た声を上げる。

「あいつなら大丈夫だ。それよりも俺達がここにいる方があいつにとっては迷惑になる。俺もあいつの本気ってのがどれくらいかは知らないけど、あいつが出来ると言ったらきっと出来るんだ。あいつは・・・・・・・凄い奴だからな」

苦笑しながら、士郎は語る。士郎はわかっている。理解している。ストラウスの強さを。その強さの全てを知るわけではないが、あいつは出来ない事を口にするような人間ではない。

絶対的な信頼。

自分がいつかたどり着きたい場所。憧れ。切望。理想。

ストラウスは士郎にとって眩し過ぎる存在だった。

全てにおいて、彼は完璧だ。けど同時にその危うさを士郎は感じ取っていた。

彼は完璧であり、何でも一人で出来る。そこに他者は必要ない。完成された神のような存在。

でも同時にどこか寂しく、悲しいように思えた。

以前、ストラウスが自ら高町家から出て行こうとした時。あの時のストラウスの顔を今でもはっきりと覚えている。

今にも泣き出しそうなくらいの笑顔。あまりにも悲しすぎる笑顔を。人はあんな風に笑うのだろうかと思えるくらいに。

だから支えたいと思った。こいつの道を開いてやりたい。守ってやりたいと・・・・・・。

「ったく。あいつを支えたいとか言っといて、結局は頼るんだから意味無いよな」

「えっ?」

「いや、なんでもない。気にしないでくれ。あとユーノ君には色々聞きたいことがあるけど、あいつが全部終わらせた後にする。今はあいつを信じて待とう」

「だ、大丈夫なんでしょうか、赤バラさんは・・・・・・・」

「あいつは大丈夫だよ、きっとね」

そう言うと士郎はユーノを連れて、恭也となのはと合流するべく二人を探しに向かった。







「お兄ちゃん、しっかり!」

なのはは倒れる兄を必死にゆする。自分をかばって兄は雷撃に打たれたのだ。

「そ、そうだ。私の力で!」

なのはは自分に出来る事、自分にしか出来ない事を考える。今の自分には力がある。癒す力が。

「ええと、どうすればいいんだっけ」

だがその使い方がわからない。昼間は何かよく分からないままに力が発動した。今はどうすれば使えるのかがわからない。

「お兄ちゃん・・・・・・・」

だから願う。兄を助けたいと。それがトリガーになる。なのはの身体から霊力が溢れる。優しい光が恭也を包み込む。

「うっ・・・・・・」

「お兄ちゃん!?」

「な、のはか? 俺は・・・・・・」

「あっ、まだ動いちゃダメ!」

起き上がろうとする恭也をなのはが止める。まだ寝ていなければダメだと思ったからだ。

「大丈夫だ。身体は・・・・・・なんだか軽い。お前が治してくれたのか?」

なのはの力を知っている恭也は自分の疑問を口にした。

「う、うん。よかった、うまくいって・・・・・・」

なるほどと恭也は思う。これがなのはの力。確かに実際に自分の身で経験して、その力がどんな物なのか理解した。疲労もなく、意識を失う前よりも身体の調子が良い。

凄い力だと恭也は思う。けど逆に父やストラウスがなのはの力を心配するのも、どこか理解できる気がした。

なのははまだ幼いから理解できないかもしれないが、この力を悪用しようとする大人はたくさんいる。

忍の件があったからこそ、恭也もわかるのだ。忍の場合はノエルや彼女の親が残した遺産が原因だったが、それだけでアレだ。

なのはのような稀有な力を持つ者を、欲にまみれた連中が放っておくとは思えない。

利用され、最悪の場合は彼女の意思など関係なくひどい目に合わされるかもしれない。

「ありがとう。なのは。おかげで助かったよ」

「うん! よかった。私にこの力があって」

満面の笑みで言うなのはの頭を恭也は優しく撫でるが、その胸中は複雑だ。

今この場で自分が士郎やストラウスの懸念した事をもう一度伝えるべきか否か。

いや、伝えるべきだ。この力は別の意味で危険なのだ。なのはの事を本当に考えるのなら、今なのはに嫌われようとも伝えるべきだ。

「なのは、聞いて欲しい」

「なに?」

「なのはに助けてもらっておいてこんな事を言うのも何だが、俺も父さんやストラウスの言う通り、この力はあまり使うべきじゃない」

「えっ?」

なのはは兄がいきなり何を言い出すのかと疑問の声を上げる。

「いいか、なのは。この力は俺を救ってくれた。けど多分使い続けていけば、お前は大切なものを無くすような気がする」

それが何なのかはわからない。けれども平和な日常。友人と言ったものを無くすような気がしてならない。

「どうして? この力だったからお兄ちゃんも救えたし、大勢の人を救えるかもしれないんだよ? それがどうして大切な人を無くす事になるの?」

「・・・・・・・・父さんやストラウスはお前に、大人の醜さをまだ知らないで欲しいって思ってるんだと思うけど、今お前に伝えておかなきゃ多分後悔するから」

自分とて醜い大人の世界と言うのを多く知っているわけではない。でも少しは知っている。

自分の大切な恋人である忍は、そのせいでひどい目にあった。危うく大怪我を負い、ノエル達を失うことにもなった。

なのはにはそんな思いをして欲しくないから。ひどい目にあって欲しくなんて無いから。

「お前の力が知れ渡ったら、きっとその力を悪い意味で利用しようって言う大人が現れる。なのはの力をお金儲けのために利用したり、悪い事をした人間・・・・・例えばヤクザみたいに人に迷惑をかける連中で、自分達の自業自得で怪我をして死にそうな奴を治すのに利用したり」

恭也は出来る限りなのはにわかりやすい言葉で説明する。命に重いも軽いもないが、世の中には死んだ方が世の中のためと言う人間は大勢いる。

恭也ももう大学生であり、そう言った大人の世界に足を踏み入れている。

「そんな連中はなのはの気持ちや周りの事なんて全然考えず、自分のことしか考えていない。なのはの力は大勢の人を救えるかもしれない。でもそのせいで大勢の人を不幸にするかもしれないんだ」

安次郎を思い出す。あいつは自分のことしか考えず、忍を傷つけようとした。忍から多くの大切なものを奪おうとした。

誰が傷つこうとも、誰が泣こうとも、誰が不幸になろうとも自分のことを優先した。

あいつみたいな人間が世の中には少なくない。

「だから俺もお前に嫌な思いをして欲しくないんだ。あいつみたいな思いを、お前にはして欲しくない」

「お兄ちゃん・・・・・・」

恭也の真剣な顔になのはは考える。兄がこんな風に自分に語るのは珍しい。それに恭也の言葉にはどこか重みがあった。

それに『あいつ』と言う言葉。

なのははおぼろげながらに、兄の大切な人が何かしらの不幸にあったという事に気がついた。年の割にはしっかりしていて、ストラウスの教育の成果もあり、なのはは年齢以上に物事を深く考える能力を持っている。

でも自分にはどうするのが一番いいのかわからない。兄や父、ストラウスの言葉も理解できる。自分を心配してくれているのも。

その人達の心配を無視して、この力を使うのが本当に良いことなのか。

「ごめん、お兄ちゃん。まだ私にはこの力を使わないほうがいいのかどうかわかんない」

「そうか・・・・・」

恭也とて、すぐになのはが理解してくれるとは思っていなかった。こういう問題は実際に体験してみなければあまり実感がわかないものだ。

ただし実際に身を持って知った時にはすでに手遅れの事態でもあるだけに、あまり悠長にしていられない問題なのだ。

「けどお兄ちゃん達が言いたい事もなんだかわかる気がする」

なのは自身、まだ決められない。でもみんなに心配をかけたくも無い。

「とにかく俺が言えるのはここまでだ。あとは父さんや母さん、ストラウスとよく話あって決めていけばいい」

「うん」

恭也の言葉になのはは素直に返事を返す。

その時、再び光が周囲を照らす。

「これは・・・・・・」

「お父さんとくーちゃん、大丈夫なのかな」

「父さんはきっと大丈夫だ」

恭也も士郎を信頼しているからこそ、この言葉を口にする。しかし心配していないと言えば嘘になる。

いくら士郎が強いと言っても、あんな雷を操る存在と戦って無事でいられるとは到底思えない。

「けど俺達が行った所で父さんの邪魔になるだけだ」

「でももしお父さんが怪我してたら!」

なのはは食い下がる。今言われた事を即座に否定する気は無いが、大切な家族である父が怪我をしていたのなら、それを治療したいと思うのは決して間違いじゃない。

「俺なら大丈夫だぞ」

と、そこに不意に声がした。そこには士郎が見知らぬ少年と立っていた。

「お父さん!」

「父さん、よかった、無事で」

「ああ、心配かけたな。っても俺がお前達に心配をされるようじゃダメだろうけど」

二人の言葉に苦笑する。なのはなど父の無事な姿を見て彼の胸に飛び込んできた。

「ところでその少年は?」

恭也は見知らぬ少年に視線を移す。

「あ、あの、初めまして。僕はユーノ・スクライアと言います」

「いろいろあって助けてもらった。事情はあとでストラウスが来てから聞く事になってる」

「えっ? ストラウスさんが来てるの?」

「俺もあいつに助けられたからな。って、いつもあいつには迷惑ばかりかけてるような気がするな」

「じゃあ向こうは・・・・・・」

「ああ。あいつが今頑張ってる。俺達はあいつが久遠を連れて帰って来るのを待つだけだ」

士郎はそう言うと、ストラウスが戦っているであろう場所をじっと静かに見るのだった。









「久遠・・・・・」

「オオオオオオォォォォォオオオオ」

ストラウスは真っ直ぐに祟り狐と化した久遠の瞳を見る。

そこからあふれ出す負の感情。怒り、悲しみ、憎しみ、恨み・・・・・・・・。

ありとあらゆる負の感情があふれ出す。

「私がもう少し気をかけていれば、こんな事にはならなかったものを・・・・・」

何故気がつかなかった。こうなる可能性がなかったわけではない。最初にこの子と出会った時から気づいていたはずだ。久遠には力があると言う事を。

自分が封印し、大丈夫だと思っていた。それなのに結果は最悪の方向へと進んだ。

「だがこのままお前を放置するわけには行かない。すまないが、少しだけ我慢してくれ」

ざからの力と己の魔力を少しだけ解放する。周辺には結界が張られている。ある程度の力なら解放して問題は無いが、それでもある程度までだ。

理由はある。自分の全力の魔力を解放すれば、結界が持たないのだ。

ストラウスは周囲の術式を調べてみる。これは優秀な術で周囲への被害を出さずに力を振るったり、一般人に気づかれないようにするには最適だろう。

だがユーノの作ったこの結界はあまりにも脆すぎるのだ。ユーノの魔力で構成されたこの封時結界は、ストラウスの魔力を受け止めきれない。

全力の二割、いや、一割を超える魔力を発揮しようものなら瞬く間に結界は自分の魔力に消し去られてしまうだろう。

それならば自分でこの結界を作り出せばいいとも考えたが、同じような結界を作り出す事が出来ない。出来るかもしれないが、似て非なるものの場合、その影響が及ぼす弊害が計り知れないため、この状況で使うわけにはいかない。やはり力をセーブして戦うしか無い。

「それでも私は負けるわけにはいかないし、負けるつもりも無い」

全力ではないが本気で相手をする。

祟り狐と最強の吸血鬼が激突する。

雷撃がストラウスを襲う。周辺に展開される雷の塊。数は数十にも及ぶ。しかしそれらが放たれる事なく、ストラウスは展開される雷撃を自分の魔力でことごとく相殺する。

どれだけの霊力を込めようとも、どれだけの数を作り出そうとも、ストラウスは魔力は使い攻撃を消し続ける。

「オオオォォォォォォオオオオ」

咆哮と共に鋭い爪がストラウスを襲うが、それらはざからにより切り裂き、自分の身体にはかすりもしない。

(直接攻撃することは避け、相手の力が尽きるのを待つか。魔力で直接ダメージを与えてもいいが、それでは久遠にどれだけの影響を与えるかわからない)

目の前の存在を殺す、もしくは消滅させるだけならば簡単だ。周囲に被害を出さないように身体の内部に直接魔力を打ち込んでやるだけで事足りる。

しかしそれをすると言う事は久遠を殺すと言う事に他ならない。

ストラウスは目の前の存在がどのような物か、おぼろげながら理解している。

久遠と言う存在を怨念のような霊的なものが覆いつくし、目の前の化け物は存在している。

ブラックスワンと黒鳥憑きの娘達にも似ている。

だが似ているだけで同じではない。怨念のような霊的なものは間違いなく久遠の一部なのだ。

それを消し去ると言う事は、久遠を殺すと言う事に他ならない。

ならば取るべき方法は一つ。相手のエネルギーを死なない限界まで絞りつくさせ、そこを見計らい、再び封印し押さえ込む。

幸いにして、術式自体は以前に作り出しているし、このような封印術は以前から知っている。

ヴァンパイアの血族に伝わる法や、セイバーハーゲン達霊力使いが使用した物もストラウスは知っていた。

あとは我慢比べ。

(とは言え、今の久遠と言えどもこうやって霊力を消耗させ続ければそう遠くない内に限界は訪れるだろう)

いくら祟り狐の霊力が強くても、ストラウスの足元にも及ばない。普通の人間ならすでに力尽きているであろう程の力を使用しているにも関わらず、ストラウスにとって見れば取るに足らない程度の力しか使用していない。

(だが封印を施したとしても根本的な解決にはならない。また同じような事が起こる可能性が高い)

戦いながら、ストラウスは最善の方法を見出そうとする。封印するだけでは先延ばしにしているに過ぎない。

やはり根本的な解決方法を見つけなければ、今回と同じような事になりかねない。

(さて、どうしたものか・・・・・・)

考えながらもストラウスは剣を振るい、魔力を放ち、祟り狐を消耗させていく。

どれだけの攻撃を撃とうとも、どれだけ爪と牙、五本の尾で襲い掛かろうとも、ストラウスはすべてを受け止め相殺する。

少しずつではあるが、祟り狐の攻撃が緩くなっている。無尽蔵な、それこそ無限の力など存在するはずが無い。

霊力にも限界があり、力を使えば疲労もたまっていく。それは人間であろうとヴァンパイアであろうとも目の前の祟り狐であろうと同じだ。

「オオオォォォォオオオオオオ」

祟り狐はこのままでは埒が明かないと判断したのか、一度距離を取り今まで以上の大きな咆哮と共に雷撃を集める。

巨大な、それこそ祟り狐と同じくらいの大きさの雷の塊。

すべてを破壊し、消し去る程の膨大な霊力の塊。

「一撃にすべてを込めるか。ざからと同じように最強の一撃で私を倒すつもりのようだな」

ならばとストラウスはざからを天に向けてかざす。同時にざからは自らの力を解放する。

「ざから。お前の持てる力をすべてあれにぶつけるといい」

オオオオオオォォォォォォ

歓喜の声を上げるざから。

祟り狐の雷撃とざからの力。

二つの力はぶつかり合い、周囲に余波を撒き散らす。閃光と衝撃と轟音。

しかしストラウスはそれらの周囲への干渉をすべて対処した。エネルギーの発生による衝撃も、閃光も、轟音も、その他の弊害全てを余すことなく。

「久遠。今は少しお休み」

そう言うと、ストラウスは久遠に出来る限り影響を与えないように魔力を打ちこむ。

これで久遠を昏倒させる事が出来るはずだ。同時に術式を刻み、久遠の暴走を抑えようと試みる。

だが・・・・・・・。

「ぁぁぁぁぁあ!!!!!」

今までに無い声が漏れる。何事だとストラウスが祟り狐を見ると、その巨大な狐の姿がどんどん小さくなっていく。

そしてストラウスと同じような人型へと姿を変えた。狐の耳と五本の尻尾を生やした白い装束に身を包んだ成人女性。

「なるほど。あの大きさでは力を維持できないと判断し、人間サイズになることで力を収束させ、私の魔力に抗ったか」

祟り狐の変化に若干驚いた物の、ストラウスは目の前の存在が何故人の姿になったのかと考察した。

「だがどの道同じだ。その姿で力を維持してもお前は私には勝てない」

一歩一歩ストラウスが久遠に詰め寄ると、逆に彼女は一歩一歩後ろへと後退する。

「お前の悲しみと苦しみがどれほどの物か、私にはわからない」

久遠の目を見て、ストラウスは静かに語る。彼女から溢れる感情をストラウスは感じ取ったのだ。

大切な人を失ったような感情。ストラウスにも経験がある。

たった一人の大切な人を失った記憶が・・・・・・・。

久遠の感情の全てを理解できるとは言えないが、少しは彼女の感情を共感する事が出来る。

「かつての私もあの時ステラを殺した犯人がわかれば、お前のように怒りに身を任せ、全てを滅ぼしていただろう」

ステラを失った際、だれが殺したのか犯人はわからなかった。そして灰色のままで終わらせるために、その後も犯人の捜索を行わせなかった。

そうしなければ、きっと自分は暴走していたから。もし犯人がどこかの国の指示を受けていたら、きっと自分は一夜にしてその国を滅ぼしていただろう。

のちに犯人を知り、さらに真犯人と真実を知る事になったが、あの時にはすでに自分の心は死んでいたも同じだった。

久遠から感じる感情は、かつての自分と重なって見えた。

「ぁ、ぁぁぁああああ!」

だが今の久遠にストラウスの言葉は届かない。彼女の心と身体は祟りが支配しているのだから。

久遠は全力で地面を蹴り、その場から飛び離れる。人間を超える身体能力で逃げる。

「久遠!」

しかしストラウスは久遠を逃がすような事はしない。逃げる久遠の腕を掴む。

「ああああああああ!!!」

久遠はストラウスから逃れようと雷を放つが、ストラウスは身体全体を魔力で防御しているので、雷を完璧に無効化している。

「ふー、ふー」

息を荒くする久遠。対してストラウスは疲労の色を見せていない。

勝敗は決した。否、始まる前からすでにわかりきっていたのかもしれない。

久遠は真っ直ぐにストラウスを見据え、ストラウスはそんな久遠の視線を受け止める。

どれだけの間、お互いに視線が交差しただろうか。

不意に声が聞こえた。

くーちゃん、と。

二人が声の方を見ると、そこには息を荒くしたなのはが立っていた。







あとがき

戦闘が盛り上がりにかける・・・・・。

やっぱりチート主人公をメインにすえると、こうなると言う事がよく分かった。

そんじょそこらのチート主人公よりも動かしやすい反面、凄く盛り上がりを作るのが難しい。

誰かマジでストラウスレベルの才能ください。いや、多才じゃなく一つでいいんでと思う作者でした。

あとなのちゃん、なのはちゃんのルート選択が確定いたしました。

どちらのルートかはまだ書きませんが、方向性が決まった事をここにご報告します。



[16384] 第十七話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/05/16 16:06




「なのは・・・・・・」

ストラウスは若干驚きながら、彼女の名前を漏らす。なのはがいるのは知っている。しかし今は恭也や士郎がついているはずだ。なのに何故ここに姿を見せる。

後ろの方では士郎の姿が見える。彼はすまなさそうな表情を浮かべている。

なのはが無理を言ってこの場に来たがったのか。士郎も士郎でなのはを止めるべきだとストラウスは思わなくも無かったが、何か理由があったのかもしれない。

「くーちゃん」

ゆっくりとなのはは久遠に近づいてくる。

「なのは! よしなさい!」

制止の声を上げるストラウスだがなのははその言葉に首を横に振る。

「大丈夫だよ、ストラウスさん」

なのはは笑顔を浮かべる。どこか自信に満ちたその顔。

「あ、ぁ・・・・・・・・・」

久遠はなのはの姿を見ると、その動きを止めた。身体の力が抜け、両膝を地面につく。

「くーちゃん」

なのはは久遠のすぐ傍に近づくと、そっと久遠の首に両腕を回す。

「な、のは・・・・・・」

「くーちゃん。もう大丈夫だよ」

ぎゅっと優しく久遠を抱きしめる。

「あっ・・・・・・・・」

「一緒に帰ろう、くーちゃん」

その瞬間、なのはの身体から霊力があふれ出し、久遠の身体を包み込んだ。







なのはがこの場にやってきたのには理由があった。

彼女は士郎に言われたとおり、ストラウスが久遠を連れてくるまでここで待っているつもりだった。

自分があそこに行っても足手まといになる。出来ることは何も無い。ストラウスに任せておけば大丈夫だと皆が思った。

でも心の奥底でこれでいいのだろうかと、問いかける自分がいる。

自分に出来る事と出来ない事をしっかり把握する。それは重要な事であるとストラウスにも教えられている。

自分が出来る事は誰かの傷を治す事だけ。帰って来るのを待つだけ。

それは理解している。それしか出来ない自分に歯がゆさを感じているが、ここで自分勝手に行動して父や兄、ストラウス達に迷惑をかけるのはさらに悪い。

でも・・・・・・・・。

―――なのは―――

聞こえる。自分を呼ぶ声が・・・・・・・。

―――大好き―――

あの子の、自分の大切な親友の声が。

その子は泣いている。自分の力のせいで。普通と違う力のせいで。

誰も傷つけたくないのに、ずっとみんなと一緒にいたいのに。

そしてなのはの脳裏に浮かび上がる映像。まるで映画かドラマでも見ているかのような情景が浮かび、その直後、数多の感情の濁流が押し寄せる。

悲しみ、怒り、憎しみ、恨み・・・・・・・。

九歳のなのはが受け止めるには強すぎる感情だったが、彼女はその感情の渦の中でしっかりと自分を保っていた。

何故だろう。まるで自分の後ろで誰かが支えてくれているような奇妙な感覚。大丈夫と誰かが声をかけてくれているような気がした。

「くーちゃん」

小さく名前を呟く。同時に行かなくちゃいけないと思った。あの子は自分を呼んでいる。助けてって言ってる。

「お父さん、ごめんなさい。なのは、少しわがままを言います」

真っ直ぐになのはは父である士郎の目を見ながらそう言った。

「なのは?」

「くーちゃんが呼んでる。私、いかなくちゃ・・・・・・」

「なっ!? 無茶だ、なのは! 今あそこに行けばどんな事になるかわからないんだぞ!?」

恭也はなのはの言葉に異議を唱える。今の久遠は危険すぎる。士郎も自分も危うく死にかけたのだ。幼いなのはをあんな所に行かせる訳にはいかないと恭也が考えるのも無理ないことだ。

「ごめんなさい。でも、でも今行かなくちゃダメなの! 今行かなくちゃ、私絶対後悔すると思うの! だから!」

なのはは必死で訴える。脳裏に浮かんだ、一人の女性の夢。

一人の少年と恋に落ちた狐の少女の夢。以前に久遠の夢写しでなのはが見た彼女自身の記憶。

それは最初に見たときは曖昧なものでしかなかった。しかしなのは自身が霊力に目覚め、久遠の霊力をその身に受ける事により、彼女の中で薄っすらとしたものでしかなかった彼女の夢が、なのはの脳裏に鮮明に映し出された。

久遠にとって、それは大切な人だった。自分を受け入れてくれた大切で愛おしい人。

久遠に色々なことを教えた少年。甘酒や餅を一緒に食べた。遠くの山や川に一緒に遊びに行った。

久遠は少年の事が好きだった。大好きだった。この時間がずっと続くと思っていた。ずっと一緒にいたいと願っていた。

でもその願いが果たされる事はなかった。

ある時、彼らのいた近くの村に不吉な噂が流れた。

『死の病が来る』と。

その病は人に取り憑くと七日後に発症し、一日たりとも生きていられ無いと言う死病。

少年は久遠に逃げるように言った。

その頃には久遠は人の言葉を理解し、ほんの少しだけなら話せるようになっていた。

「とおく、すき。とおくまでいくの、すき。またかえってくるのも、すき」

久遠は言葉を話せるようになってはいても、少年の言葉の意味まで理解できるほどではなかった。死の病と言うものがどんなものか、彼女が知る良しも無い。

もうここには戻って来れない。少年はそう言った。

久遠は少年と一緒ならいいと告げると、少年――弥太―-は悲しそうな笑顔を浮かべた。

一緒には行けない。

弥太はそう言った。彼は薬師だった。だからこそ、彼は村に広がろうとしていた死の病を治さなければと思ったのだ。

でも方法は見つからない。どうする事も出来ない。ならせめて出来る事はこの子に病が降りかからないようにするだけ。少しでも多くの人が死の病にかからないようにするだけ。

そして悲劇は起こる。

村に死病が蔓延した。少なくない人間が死の病に取り憑かれ、命を失っていく。

そこにはどんな差も無い。老若男女、金持ちも貧乏人も、聖人も悪人も等しく取り憑かれていく。

村人達は救いを求めて神に祈る。神を祭る神社の神主へと縋る。

しかし宮司もまた死の病に取り憑かれていた。宮司とて人間。死ぬのは怖い。

そして死を前にした人間はどこまでも残酷になれる。

宮司は神に祈るだけでは助からないと理解していた。祈りが足りないのか。それとも・・・・・。

彼の目に留まったのは、病にかかっていない薬師の少年の姿。

薬師とは薬や様々な病気を持つ人間と関わりを持つため、普通よりも病気に対して耐性が高い。ゆえに少年も死の病にかからずに済んでいた。

だが宮司にはそんなことわからない。ゆえにこう思う。奴がすべての元凶だと。

普段から少年を快く思っていなかった宮司に、神の神託が聞こえたような気がした。

あの少年を供物として差し出せと。そうすれば自分を含め、この村は救われる。

おぼれる者は藁にもすがる。それは神の神託などではなく、悪魔の囁き。

しかし宮司にはそれ以外の手段が無かった。

少年は殺され、供物として神に差し出される。

久遠はそれを見てしまった。

「あ、あ、・・・・・・・・」

久遠が目にしたのは、神社に集まる大勢の人々。その中心に立てられている大きな柱。

そして・・・・・・・・・柱に張り付けられている血まみれの人間。

彼女が愛した、大切な人。

もうすでに事切れた、最愛の人だった少年の亡骸。

「あ、あ、ああああああアアアアアァァァッッ!?」

悲劇はここに生まれる。

悲しみ、絶望、憎悪・・・・・・・。

呪い染みた感情の爆発により、久遠は祟りへと変貌する。

その村に何が起こったのかを知る者はもういない。大地はえぐれ、焼けただれ、百年の長きに渡り土地は完全に死に絶えた。

それとほぼ同時期に、神社・仏閣に何の前触れも無く建物や神主に雷が落ちると言う事件が多発した。

全てを破壊し、焼き尽くし続けるモノ。人々はそれを『祟り』と呼んだ。

なのはは久遠の過去を見た。見てしまった。知ってしまった。

多分今彼女の心を一番理解できるのは自分だとなのはは思う。知らず知らずのうちに、なのはは涙を流している。

「・・・・・・・・なのは、ストラウスが久遠を連れてきてからじゃダメなのか?」

士郎は膝を曲げ、なのはと同じ目線まで自分の目線を落とす。

「うん。今じゃなきゃダメなの。くーちゃんが呼んでるの。助けてって」

じっとなのはの目を見る士郎だったが、不意にはぁっとため息をつく。

「やっぱりなのはは俺と桃子の娘だな。変に頑固なところとかそっくりだ」

やれやれと頭をかき、士郎は立ち上がる。

「わかった。行くか、なのは」

「父さん!?」

「ありがとう、お父さん!」

士郎の言葉に恭也となのはが声を上げた。

「父さん! 何を言ってるんだ! なのはにもしものことがあったら!」

「あー、でもここまで決意が固いんだったら、俺達が言っても聞かないだろ? それに下手に行かれても困るし」

「けど!」

恭也は食い下がる。なのはが無理やり行こうとすれば、自分達が止めればいい。九歳の子供一人くらい、自分と士郎がいればどうにでもなるはずだ。

「恭也の言ってる事はよく分かるが、なのはがここまでわがまま言うのも珍しいって言うか、初めてだろ? 娘のわがままを聞いてやるも、親の務めだよ」

「父さん!」

士郎の言葉に恭也は憤慨した。これは子供のわがままで済ましていい話ではない。下手をすれば命に関わる問題だ。

今はストラウスが久遠を相手にしている。彼ならば必ず、久遠を無事に連れてきてくれる。それを待つだけでいいはずだ。

「恭也。俺だって何を馬鹿なことをって思ってるさ。けどなのはは大切な友達の久遠を助けるために行きたいって言ってるんだ。もしお前がなのはの立場だったら、素直に聞くか?」

「それは・・・・・・」

「それと同じだよ。それに今回はなのはを行かせても大丈夫な気がする。いや、むしろ行かないとダメな気もするし」

「まさか勘、とか言わないよな、父さん?」

「勘だけど?」

その言葉に恭也は思わずこけそうになった。

「とにかく、今回は俺が責任を取るから。じゃあなのは、行こうか」

「うん!」

このようにして、恭也を説得した士郎はなのはを連れて、久遠の下へとやってきたのだ。

ちなみに恭也とユーノも心配だからと言う理由で付いて来ている。

ユーノとしては見ず知らずの高町家の面々の傍にいると、少々居心地が悪かったりもするのだが。

霊力が広がる。すべてを癒すなのはの霊力が・・・・・・・・・。

それは久遠の身体へと、心へと浸透していく。

癒しとは何か。

身体の傷を癒すのだけが癒しなのか?

違う。彼女の霊力は肉体だけに影響を及ぼすものではない。特化型の力とは、さらに強力な物なのだ。

なのはの霊力は肉体だけでなくその精神や魂までも癒す。

狂気と憎しみ、絶望や悲しみに取り込まれた久遠の心さえも癒す。

誰かを想い、慈しみ、愛する心。なのはは大切な親友のためだけに力を使う。

「あ、あ、・・・・・・・」

なのはに抱きしめられた久遠は瞳から涙を浮かべる。

「な、のは・・・・・・・」

「くーちゃん」

聞こえる。自分を呼ぶ声が。見える。なのはの優しい笑顔が。感じる。なのはの暖かさが。

自分を包み込む優しい力。

嬉しかった。弥太に名前を呼んでもらった時みたいに。一緒に遊んだ時みたいに。心が満たされていく。

脳裏に浮かぶ情景。

初めてなのはに出会ったときの事。

最初はストラウス以外の人間で怖いと思った。いつも避けていたけれど、なのははずっと自分に話しかけてきた。何度も、何度も。おいしい食べ物を手に持って。

いつからか、彼女が怖くなくなっていた。そして仲良くなった。

一緒に遊んだ。一緒に遠くに行った。一緒にご飯を食べた。一緒にお風呂に入った。一緒に寝た。いっぱいいっぱい、二人で楽しい事をした。

自分の隣にはいつも彼女がいた。自分はこの子の事が好きなんだと思った。

弥太とは少し違うような気がしたけど、でもそれと同じくらい大切だと思った。

でも自分は普通とは違う。この力が彼女を傷つける。

だから自分はいなくなった方がいい。この子を傷つけたくないから。もう誰も不幸にしたくないから。

でも自分は・・・・・・・・。

「だい、すき・・・・・・・」

なのはの事が好きだった。ずっと一緒にいたかった。いて欲しかった。

自分を探しに来てくれた時、本当に嬉しかった。こんな自分を見ても、一緒に帰ろうと言ってくれた。本当に、本当に嬉しかった。

「うん。私もくーちゃんのこと大好きだよ」

心が満たされる。心が洗われる。久遠の中に存在した祟りがゆっくりと消えていく。

「あっ・・・・・・・・・」

不意に久遠は小さく呟く。なのはの霊力の中で、それは苦しむかのように久遠の中から姿を見せる。彼女の背中から、揺らめき姿を現す不気味な色の煙のような何か。

悪意、害意、憎悪・・・・・・・。

そんなものが一つになったようなモノ。それは明確な意思を持たない存在のようにも思えた。

だがそれはたった一つだけ明確な意識を持っていたとも言える。

敵意だ。それは自分を祓おうとする存在、なのはへと敵意を向ける。

祟りはなのはの癒しの霊力により、ずいぶんとその力をすり減らしたが、まだまだ大きな力を持っていた。

しかし、どれほど大きな力を持っていても、たった一人の男には敵わない。

「なのは。よくがんばった」

今まで沈黙を続けていたストラウスが動いた。

(大したものだ。霊力を使い、久遠を傷つけずに内にある存在だけを追い出した)

ストラウスはなのはが何をしたのか理解していた。自分には出来なかった事を、苦もなくやってのけたなのはに賞賛を送る。

(いや、これはなのはの力だけではないか。なのはと、久遠だからこそ出来る事か)

お互いに大切に思いあっていたからこそ、ここまでの力を発揮したのだ。人の思いは時として大きな力を生む。ストラウスはそれを感じさせられた。

(あとは私の仕事だ)

魔力をざからに集め、祟りを一刀の下に切り伏せる。圧倒的な魔力の込められた攻撃は、霊的な存在すら打ち砕く。ストラウスは祟りを完全に消滅させた。

「くーちゃん!」

「くぅん♪」

久遠の方を見るといつの間にか久遠は狐の姿に戻り、嬉しそうになのはの顔に擦り寄っている。

「あはは、くすぐったいよ、くーちゃん」

なのはも嬉しそうに久遠を抱きしめる。そこには確かな笑顔があった。

二人の姿にストラウスも士郎も、恭也もユーノも顔を綻ばせる。

祟りはここに去ったのだ。

「さて。これで一応の幕引きかな」

「まあそうなるな」

士郎の言葉にストラウスは同意する。

「じゃあ帰ろうか、俺達の家に」

笑顔の士郎の言葉にユーノを除く全員が頷いた。









「はい、ユーノ君」

「あっ、どうも」

高町家のリビングで、ユーノは桃子から飲み物を出され礼を述べた。

あの後、事情説明をするためにユーノは高町家に案内された。

ストラウスとしては、出来れば高町家の所在を突き止められたくは無かったのだが、自分やなのはの姿や力を知られた上に、士郎自身も話をするなら家の方がいいと言ったので彼を連れ帰った。

士郎もユーノに危ないところを助けて貰ったので、無碍にも出来無いと言う感じだ。この男は律儀な奴だから仕方が無い。

なのはと久遠は先に部屋で休ませている。二人とも力をずいぶんと使ったから、かなり消耗している。疲れが明日に響きかねないと無理にでも寝かせた。

ベッドに入った二人は疲れが出たのか、すぐに眠りについたようだ。お互いに仲睦まじく寄り添って寝ている。

「じゃあ、色々と話を聞かせてもらえるかなストラウス、ユーノ君」

「そうだな」

「あっ、はい。わかりました」

ストラウスとユーノはここまでの事情を説明する。

ストラウスは高町家とユーノに話していなかった事で話せる内容のほとんどを話した。

この状況では嘘をつく方が不利になる。下手に相手に不信感を持たれるよりも、こちらの誠意を見せた方がいい。

なのはの霊力を見られたのも問題だ。そこのところだけは何としてもユーノの口から漏れないようにしなければならない。

だがストラウスはそこまで心配していない。ユーノの人柄は多少なりともわかったし、彼自身、治療魔法が使えるようだ。

治療魔法の使い手なら、なのはの治療能力の凄さに気がつくだろうが、なのはが彼に見せたレベルならばまだ口先で丸め込める。

「と言うわけで。ユーノ。まずは最初に謝っておく。すまなかった」

「い、いえ! 謝らないといけないのは僕の方です! こちらの方こそ僕のミスで赤バラさんにご迷惑をかけて」

ユーノはストラウスの態度に逆に恐縮してしまう。その姿にストラウスは苦笑する。

「ああ、あと私の名も教えておこう。赤バラは通称。本名はローズレッド・ストラウス」

「俺達も自己紹介しておこうか。俺は高町士郎。この家の家長だな。で、こっちが俺の奥さんの桃子と息子の恭也と美由希。で、さっきいた同い年くらいの子がなのはで狐は久遠」

と士郎がそれぞれの簡単な自己紹介を行った。

「僕はユーノ・スクライアです。本当にすいません、皆さんにご迷惑をおかけして」

「いいのよ、ユーノ君が悪いわけじゃないでしょ? 事故なら誰のせいでもないわ」

桃子は落ち込むユーノを優しく励ます。

「そうだぞ。それに俺達にもそこまで大きな被害が出たわけじゃないし、結果的に久遠も救えたみたいだからな」

「ああ。この先あの子が力を暴走させる心配はほとんど無くなった。原因を根本から取り除けたのは、ジュエルシードが間接的に作用した結果だからな」

良くも悪くも今回のジュエルシードは高町家に大きな変化を生み出した。

悪い事ばかりではない。無論良い事ばかりではないが、それらをひっくるめて最終的によい方向に持っていけば良いだけの話だ。すでにストラウスにはその道筋が出来ている。

「ジュエルシードもほとんど回収済みだ。私自身、すでに半数近くを所有している」

そう言うと、ストラウスはユーノに自分が回収したジュエルシードを渡した。

「えっ!? もうこんなに!?」

「ああ。私としては危険物を放置して置けず、出来る限り回収した。まとめてユーノに渡さなかったのは、この件でお前に不信感を与えたくなかったからだ。お前も見ず知らずの相手が短期間にジュエルシードを回収すれば不審に思うだろう?」

「えっ? それはその・・・・・」

「隠さなくても良い。普通ならそうだ。だからこそ、少しずつお前に渡したかったのだが、私の思惑はどうにもうまく行かないらしい」

そう言うとストラウスは苦笑する。ユーノはそんな彼の姿に不信感など吹き飛ぶような気がした。

「僕は気にしていません。と言うかストラウスさんがそんな風に考えるのも当たり前だと思いますし。よくよく考えれば僕自身、この世界で言えば不審者なんですし」

言ってユーノも苦笑した。

「そう言って貰えると助かる」

ストラウスは対話により、ユーノをうまく誘導できた事に内心安堵する。

この様子なら問題は無い。あとは論理的に相手に自分のこれまでの行動を詳しく説明し、こちらに不審な点が無いと完全に証明する。

(ユーノはこれで問題ない。士郎達のフォローもこれで大丈夫だな。次の関門は時空管理局が来たときだが・・・・・・・・)

残るジュエルシードは一つ。これは一時間もあれば回収できる。

管理局についてもユーノがジュエルシードをすべて回収し、彼らと接触すれば終わりだ。

それまでにユーノに頼みごとをしておかなければならないが、それを仕込む時間は十分にある。

「とにかく残るジュエルシードは一つ。管理局が来るまで残り数日」

「はい。残りの一つを回収して終わりです。管理局には赤バラさん・・・・・・いえ、ストラウスさんや皆さんの事は決して話しません。これ以上、皆さんの生活を乱すような事は決してしませんので!」

「ああ、頼むよ、ユーノ君。まったく君やストラウスには助けられてばかりだな」

苦笑する士郎に皆が笑みを浮かべる。

こうして夜は更け、また新しい明日が始まる。









次元空間内・時の庭園

プレシア・テスタロッサは研究室の中で自分の延命用の薬を調合し処方していた。

もうこの病は治しようが無い。不治の病とはよく言ったものだ。

これは自らのミス。自分が調合した薬品がプレシアの呼吸器系を冒していた。

いや、彼女がきちんとした体調管理を行い、自分の身体に異変が起こった直後、すぐにでも医者に見せれば決して治らない事はなかっただろう。

しかし彼女には優先させなければならないことがあった。そのために自分の身を犠牲にした。

それはもしかすれば贖罪だったのかもしれない。最愛の娘への。自分が失った、自分のミスが原因で死なせてしまった最愛の娘への・・・・・・・。

「はぁ、はぁ・・・・・・・。これで少しは持つわね」

フェイトを送り出してから丸一日。時間はあまり残されていない。

「まさかこんなに早く管理局が動き出すなんて・・・・・・」

プレシアは管理局の動きをすでに掴んでいた。彼女は金で雇った情報屋に管理局の動きを探らせていた。

管理局は初動が遅い。広大な次元世界を管理しており、万年人手不足だった。

ロストロギアの事件でも、遠い管理外世界ならば数日から一週間の猶予はあるはずだった。

しかし今回の彼らの動きはあまりにも早すぎる。事件発生から一日と経たずに次元航行艦を派遣した。

さらに驚くべき事に、管理局においても名が通っているセイバーハーゲン少将とハラオウン艦長、そして若き執務官としてハラオウン執務官がジュエルシードの回収に向かっている。

不味いとプレシアは思った。はっきり言って、勝ち目が無い。

歴戦の勇士として名高いセイバーハーゲンの武勇は、研究者であった彼女も聞き及んでいる。

彼女のランクはSSランク。プレシアも同じだがそれは条件付でだ。さらに言えばプレシアは戦闘者ではなく技術者であり研究者に過ぎない。

さらにこちらに向かっている次元航行艦の戦力も、武装隊がかなりの数配置されているらしく相応に高い。

つまり彼らが到着すれば、ジュエルシードの回収は困難になる。

プレシアはフェイトでは勝てないとわかっていた。隠れて回収させ、こちらに戻らせる方法もあるが、下手をすればこの本拠地を割り出されてしまう。

こんなはずじゃなかった。

輸送船を沈め、即座にジュエルシードを回収するはずだった。

散らばったジュエルシードを管理局が来る前に回収するつもりだった。

しかし彼女の思惑はすべて外れる。

「時間が、時間が無い!」

管理局が来る前に最低でも十数個のジュエルシードを手に入れなければならない。そうしなければ、彼女の目的は果たせない。

「フェイトは・・・・・・・フェイトは何をやっているの!?」

回収は無事に進んでいるのだろうか。もう幾つか回収できたのだろうか。

ジュエルシードは先の攻撃で魔力が不安定になっている。見つけ出すのは容易い事ではないが難しい事ではないはずだ。

プレシアはフェイトへと通信をつなげようとする。いくつ回収できたのか。あとどれくらい回収には時間がかかるのか。

あれから一日は経っている。たった一日で大量のジュエルシードを見つけて回収しろと言うのはどだい無理な話であるのだが、今のプレシアは焦りで冷静な判断が出来なくなっていた。

「・・・・・・・何をやっているの、フェイト!」

通信を送るが、フェイトは通信に出ない。ギリッと歯をすり合わせる。

「くっ・・・・・・・・」

いくらやっても、フェイトとの通信はつながらない。

「本当に使えない子!」

腹立たしかった。自分でも苛立っているのがわかる。

「・・・・・・・・・仕方が無いわね」

コツコツとプレシアは研究室の一画へと歩みを進める。ボタンを操作し、彼女はその扉を開ける。

そこには幾つかの液体の入ったカプセルが浮かんでいた。その中の一つ。そこには一糸纏わぬ生まれたままの姿で液体に浮かぶ成人女性の姿があった。

「・・・・・・・・・まさか再びあなたを目覚めさせる日が来るなんてね」

そこに浮かぶのはかつての自分の使い魔。一度は契約を打ち切り、消滅させるつもりだった。

この使い魔は高性能だったがその分、プレシアへの負担も大きかった。病に蝕まれていた彼女には、この使い魔を維持することは困難であった。

無論、他にも理由はあるのだが、彼女は契約の内容が果たされた後、人知れず消えるはずであり、本人も消えたつもりだった。

しかしプレシアは彼女が消える寸前、彼女の意識を奪いこの装置へと押し込んだ。これはある種の実験でもあり、何かの時のための保険と考えたからだ。

フェイトと言う手駒があれば事足りたかもしれないが、手駒は多い方がいい。それにこのプレシアが作った装置は使い魔を必要最小限の魔力で存続させるもので、彼女自身への負担はごくごく小さなものであった。

「簡易的な魔力供給・・・・・・。古代ベルカのカートリッジをつけたこのデバイスを持たせておけば、数日くらいなら持つでしょう」

長期間の延命など考えていない。今の状況を打開する事さえ出来れば、プレシアにはそれでよかった。

「さあリニス。私のために最後にもうひと頑張りして頂戴」

プレシアはかつての使い魔を目覚めさせる。すべては大切な者を取り戻すために。





あとがき

続き、遅くなって申し訳ありません。ようやく書き上げられました。

なのははなのちゃんルートで頑張っていきます。魔法少女ルートはなくなりましたので。

自分としては魔法少女のなのはも出したかったから、凄く悩みましたが先日ふと思いました。

戦闘狂で魔砲少女で強いなのはさんを書きたい・・・・・・あれ、これって原作とあれにいてなかったか?

黒なのは・・・・・・・星光の殲滅者がいるじゃないか!

よくよく思えばいいキャラがいたんですねと。まあこの人出すにはA’Sまで書かないとダメなんですがね(汗

思っててそこまで続かないだろうなと思いつつ、なのはさんはこの人にやらせればいいと思ってしまった今日この頃でした。





さて今回はあの人復活。物語りもいよいよ中盤から終盤へと進みます。

無限十字と赤バラさんの会話を早く書きたいです。







[16384] 第十八話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/06/13 13:42






リニスがこの世界に転移したのは、プレシアに命じられて数時間後だった。

第九十七管理外世界・地球。

現地時間ではすでに朝になり、人々が新しい一日を送るために活動を開始し始めていた。

この世界に降り立ったリニスがしなければならない事は一つ。

この世界に散らばった二十一個のジュエルシードを回収すること。

最低でも十数個のジュエルシードを一日、あるいは二日と言う短い時間で回収しなければならない。

主の願いを叶えるため、彼女は奔走する。

「ジュエルシードの反応は・・・・・・」

彼女の魔力総量はAAランク。決して低くなく、魔導師としても非常に優秀だった。

これは元々プレシア自身が短期間のみ、彼女を生かしておくためにハイスペックを追求して作成した使い魔だからだ。

知識、経験、技能はプレシア自身から引継いだ優秀な存在。

リニスはフェイトよりも魔力は低いが、総合的にはフェイト以上の力を発揮する。

「・・・・・・・・・確認できるだけで一つ。残りは・・・・・・・」

彼女が確認できたのは一つだけ。あとはどうにも封印処理が施されたのか、どうにも判断がつかない。

「さてどうしましょうか・・・・・」

もし何者かに封印処理されて、それを相手が持っているとすれば、正面から相対してジュエルシードを奪取するのは簡単ではないはずだ。

ならば策を練るしかない。失敗は許されない。自分には時間が無いのだから・・・・・・・・。

「っ・・・・・・・」

不意にリニスは頭痛を覚えた。そして何か大切な事を忘れているような気がした。

脳裏に浮かぶ二人の人間。だがそれらは靄に包まれ、はっきりとその姿を見ることが出来ない。

「私は何かを忘れている?」

思い出せない。自分が何を忘れているのか。

「いけません。今は時間が無いと言うのに。私はプレシアの願いを叶えるだけです」

ブンブンと頭を左右に振り、雑念を払う。自分がしなければならない仕事はジュエルシードの回収だけ。それ以外に時間をかけるわけには行かないのだ。

「では行きましょうか・・・・・・・」

『Yes, my master』

ブレスレット型のデバイスに語りかけ、リニスは海鳴市の街へと歩みを進めた。









こんなはずじゃなかった。

そう思ったのはいつだったか。

プレシアはリニスを送り出した後、研究室の一画の一つの液体で満たされたポットに縋りつき、かつてを思い出す。

そのポットの中には一人の少女が一糸纏わぬ姿で浮かんでいる。

彼女の名前はアリシア。

プレシアの一人娘にして、最愛の娘・・・・・・だった。

彼女の身体には傷一つ無い。何も知らない人間が見ればただ眠っているだけに思うだろう。

けれども違う。アリシアは眠っているのではない。すでに・・・・・・死んでいるのだ。

事故だった。自分が携わった大型魔力駆動炉の暴走事故。事故のたった一人の犠牲者。正確には彼女達の愛猫も事故に巻き込まれ死んでいる。

暴走事故は本来なら防げるはずだった。安全管理さえきっちり行っていれば、起こるはずがなかった。

プレシアはその魔力炉の設計主任だった。かつてプレシアはある企業に勤め、娘と共に幸せな生活を送っていた。

だが彼女がその設計の主任を任された時から、運命の歯車は狂い始めた。

設計は他者からの引継ぎであった。自らが一から設計するのと、誰かから引き継ぐのとではその差はかなりある。

しかも前任者からの引継ぎ時間は短く、ずさんな資料管理、複数の人間が何度も変更した設計やシステムのため、プレシアを始めとするチームは毎日悪戦苦闘する日々だった。

さらに上層部からは日程をさらに短くされる始末。

それどころか上層部により、幾度も計画が修正・変更され現場の努力はそのたびに無に帰された。

何に必要なのかわからないシステムや機能の追加を要請され、そのたびにチームは悲鳴を上げた。

それでもプレシアは耐えられた。最愛の娘がいたからだ。

彼女の帰宅はかつてに比べてずいぶんと遅くなった。娘であるアリシアにも寂しい思いをさせてしまった。

それでもこの仕事さえ終われば、娘との時間をもっと作れる。

この仕事を完遂させれば、プレシアは兼ねてより希望していた管理部門へと異動できるはずだった。

管理部門は責任は大きくなるが、残業や休日出勤が少なく、娘との時間をもっと多く取る事が可能だった。

そしてプレシアには管理部門でも力を発揮するだけの能力があると、自他共に認めていた。

アリシアが大好きな週末のピクニックにもずっといける。

ピクニックだけじゃない。他の遊興施設にも足を運べる。

そんな未来の幸せな光景を夢見たからこそ、プレシアはこの仕事を投げ出すことなく続けられた。

プレシアはアリシアと愛猫であるリニスとともに出かける、ピクニックの時間が好きだった。

いや、娘達との時間が何よりも大切だったのだ。

中々時間が取れなくなって、ピクニックどころか一緒にいられる時間さえ少なくなった。

アリシアが寂しい表情を浮かべる回数も多くなってきた。

それでも、それでもこの仕事さえ終われば報われる。そう信じてプレシアは仕事に打ち込んだ。

けれどもプロジェクトはいつまで経っても終わらない。

それどころか彼女のチームからは、上層部からの無茶苦茶な要求や対応で仕事に嫌気が差し仕事をやめていく人間が増えていった。

そのたびにプレシアはやめた人員の穴を埋める調整に四苦八苦した。

事後処理と再度の計画の調整。プレシアでなければ、おそらくはすでに潰れていただろう。

それでもプレシアの努力は報われなかった。

やめた人間の補充でやってきた主任補佐やその取り巻きの研究者達のせいで、歯車はさらに狂う。

彼らは本来なら何よりも大切な安全対策のチェック機構を、何項目も削除したのだ。

主任補佐はプレシアの部下ではあったが、上層部の意向を何よりも重要視した。

また上層部もそんな彼を優遇し、彼が現場を支配するようになってしまった。

立ち入り調査が無い安全対策項目は、事実上すべて削除されてしまったと言っても過言ではない。

プレシアは上層部に抗議した。事故が起こってからでは遅いと。魔力炉には最近新しく確立された新理論も取り込まれている。

どんな事態が起こるかわからず、もし万が一事故が起こればそれまでにかかった費用や時間は無駄になり信用にも関わる。

だがそんな彼女の言葉は一蹴された。

主任補佐の遂行した効率化により、開発の進行が早くなったことも原因だった。

プレシアをはじめ、彼女のチームの開発スタッフは上層部に掛け合った。皆が直感的に悟っていたのだ。危険であると。

しかし上層部はそんな彼らの言葉を受け入れない。

逆に反抗的な者は強制的に異動させられ、後釜には主任補佐の息がかかった人間が配置された。

それでもプレシアは何とか事故が起こらないように、必死に安全確認を行い最善の注意を払った。

この頃には、プレシアは娘達と共に自宅を離れ、会社に申請して研究室の一画を寮として使う許可をもらっていた。開発の場所が自宅からは遠すぎたからだ。

それでも親子で過ごす時間が増えたわけではない。

アリシアは疲れきった母にワガママなど言えなかった。

日に日にやつれて行く母を心配し、少しだけお休みのキスをした後に背中を向けて拗ねるくらいしか出来なかった。

プレシアはそんな娘を抱きしめつつ、この仕事が終わったら少し長い休暇をもらおうと思った。

実績はおそらくあの主任補佐がほとんどを持っていくだろう。でもそんなものどうでもいい。

プレシアの力なら、これから先、また新しく功績を作る事も出来るだろうし、最悪は他の会社にでも転職できる。

とにかく娘であるアリシアにこれ以上寂しい思いをさせたくなかった。

それが当時のプレシアの願いだった。

開発は報告書どおりでは順調に進んだ。実機も完成し、稼動実験まであとわずかだった。

安全チャックもプレシアとそのチームの尽力もあり、何とか最低限のレベルだけでも確保する事が出来た。

この頃、プレシア達のチームは実機への接触が実質的に禁じられていた。

主任補佐と上層部は彼女達が関われば、進行が遅れると考えたからだろう。

それでもプレシア達は事故が起こらないように自分達が出来る最大の努力を行った。

しかし現実は無常であった。

事故は起こった。起こってしまった。プレシアをはじめ、誰もが予想しない形で、誰もが予想し得ない規模で・・・・・・。

その事故はある意味人災だった。

プレシアが安全対策のため、防御結界を展開し始めた際、主任補佐がスケジュールを前倒しして稼動実験を開始したのだ。

異変に気がついたプレシアはすぐさま安全装置を作動させ、緊急停止を試みた。

だがそれは受け付けられない。

それもそのはずだ。実機にはプレシア達が申請し受理されたはずの安全装置が、ほとんど何も残されていなかったからだ。

怒りが沸くよりも前に青ざめた。このままでは大変な事になると。

プレシアは爆発の危険がある駆動炉を、予め確保してあった安全地区へと転送するように申し出た。

しかしそれは上層部と主任補佐に却下された。

停止は可能であると。このまま転送してしまえば、また実機は作り直し。莫大な予算がまた必要になるからだ。

この時、何故彼らを無視して強制的に転送させなかったのだろうとプレシアは思う。

もしこの時、転送させていれば、彼女は本当に大切な者を失うことはなかったのに・・・・。

しかし選択の時は去ってしまった。

プレシアが選択した結果がもたらしたものは、彼女にとって最悪の結果を生み出す。







結果はあっけないものだった。

暴走し、停止命令を受け付けなかった駆動炉は暴発。凄まじいエネルギーを撒き散らし工場とその周辺を飲み込んだ。

目を開けていられないほどの眩い金色の魔力光が周囲を包み込む。

それは大気中の酸素と反応し、酸素を消費して光と熱に変わる。

プレシア達が安全対策のために展開していた完全遮断の結界のおかげで、工場内部にいた研究者や上層部、見学者達の被害はなかった。

だがプレシアが本当に守りたかったものは、彼女の手から失われた・・・・・・・。





プレシアが愛娘と愛猫を見た時、彼女達はただ眠っているだけのように見えた。

彼女の寮の部屋にも万が一に備えて結界を展開していた。だがそれは完全遮断の結界ではなかった。

暴走の際に生じた粒子は結界をすり抜け、内部の酸素と結合。さらには血中の酸素とも反応し、数呼吸のうちに命を奪っただろう。おそらくは苦しいと思う間もなく。

その証拠にアリシア達の顔はどこまでも穏やかだったから。

「あ、ぁ、あ・・・・・・・・」

プレシアは目の前の光景に言葉が出ない。焦点が定まらない。眼球が小刻みに揺れる。

カタカタと身体が震える。呼吸が出来ない。息を吸っているのか、吐いているのかさえ自分ではわからない。

何が起こったのか。何が起こっているのか。理解できない。

いや、彼女の頭の片隅で、それは理解していた。何が起こったのか、何が起こっているのかを。

でもプレシアはそれを受け入れない。受け入れられない。受け入れられるはずが無い。

ドクン、ドクンと心臓が跳ね上がる音が聞こえる。背筋が凍り、全身の体温が急速に失われていくような気がした。

ふとプレシアはテーブルの方を見る。そこにはアリシアが持っていたスケッチブックが置かれている。今まで見せてと頼んでも娘は一切見せてくれなかった。

ふらふらとおぼつかない足でプレシアはテーブルに近づき、それを手に取る。

それには何枚もの絵が描かれていた。お菓子の絵やリニスの絵。

だがその中の大半は一人の女性が描かれていた。

「おかあさん」と書かれた、笑顔のプレシアの絵が・・・・・・・。

限界だった。プレシアはスケッチブックを胸に抱きかかえると、そのまま両膝を床に崩し、声にならない悲鳴を上げた。

プレシアが本当に大切だった者は、大切な時間は、大切な家族は、彼女の前から消え去ったのだ。







その後、この事件の責任は安全対策を怠ったとしてプレシア一人にかぶせられた。

彼女としては断固として抗議し裁判で争われる事となったが、彼女に勝ち目はなかった。

安全対策を担当したのはプレシアであり、管理しきれなかったのは彼女だったからだ。

会社はプレシアが控訴を取り下げれば、彼女への刑事責任を訴える事はせず、不幸な目にあった彼女の娘であるアリシアへ多額の賠償金を支払うと意思を示した。







キィッとプレシアは玄関を開ける。

以前の自分はドアを開けた瞬間、ただいまと言っていただろう。その声でパタパタと元気な声を上げて娘と飼い猫が自分の帰りを出迎えてくれるはずだ。

でももうここにはその姿は無い。

その声は無い。

その笑顔は無い。

誰もいない薄暗い部屋。自分一人になってしまった部屋。

プレシアは電気をつけて周囲を見渡す。

いつもなら、嬉しそうにご飯を食べようと自分に語りかける娘がいるはずだ。

疲れているにも関わらず、こっちの事情などお構い無しで自分に擦り寄ってくる猫がいるはずだ。

でも、もうここにはいない・・・・・・・・。

自分以外にはいない・・・・・・・・。

誰も、誰もいないんだ・・・・・・・・。

プレシアは両手で頭を抱え泣き崩れる。

何故、何故こんな事になった。

自分が何をしたと言うんだ。自分は精一杯出来る事をした。駆動炉の開発も安全対策も、こんな事にならないように、娘との時間を犠牲にして取り組んだはずだ。

必死に上層部に掛け合い、自分の身体を省みず、娘に寂しい思いをさせてまでこうならないようにしていたはずだった。

こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかったはずなんだ。

名誉も地位もお金も、必要最小限でよかった。

アリシアさえいればそれでよかった。

アリシアと一緒に幸せな生活を送れればそれでよかった。

アリシアが元気で笑っていてくれるだけでよかった。

自分は多くの物を望んでいたわけじゃない。平凡でちっぽけで良かった。

ただアリシアさえ、アリシアさえいてくれれば、他の何もいらなかったのに・・・・・・。

なのに、こんなのはあまりだ。あまりにも酷すぎる。

今でもプレシアの脳裏は鮮明に娘の笑顔が浮かぶ。お母さんと呼ぶ声が聞こえる。

それが永遠に失われたなど信じない。死んだなど、認められない。

そうだ。アリシアはただ眠っているだけだ。死んでなどいない。

彼女がそう考えたのも無理は無い。アリシアとリニスには外傷たるものが存在せず、内臓も脳にいたっても一切の損傷が見られなかった。

酸素が欠乏した際、普通なら脳は死ぬ。脳細胞が崩壊するからだ。だが脳にさえそんな形跡は無く、何の問題もなかった。

ゆえにプレシアはこう考えた。蘇生は可能だと。

「待ってて、アリシア。私が絶対に起こしてあげるから」







プレシアは会社と和解し、賠償金を得た後に中央から姿を消した。

事件はプレシアが違法な手段とエネルギーを用いて行ったものであり、安全確認よりもプロジェクトの達成を優先させた結果起こったものとして記録が残された。

彼女にとって不名誉極まりないものだったが、今のプレシアにはそんなものどうでも良かった。彼女にはそんな事よりも優先させなければならないことがあったから。

そのために和解したくもない会社と和解し、資金を手に入れた。

たった一つ。たった一人の娘を蘇らせる。

ただそれだけのために・・・・・・・。







――――おかあさん――――

アリシア・・・・・・。

プレシアはまどろみの中、娘との日々を思い出す。

一緒にピクニックに行った、あの幸せだった日々を。

仕事が忙しく、中々一緒にいられなく寂しい思いをさせてしまった。でもそれももうすぐ終わって、ずっと一緒に、もっと長い時間一緒にいられるんだと思っていた時の記憶。

―――ねぇ、アリシア。もうすぐこの仕事も終わるの。そうしたら、リニスも一緒に少し遠くに出かけましょうか?――-

プレシアが優しい笑みでアリシアに言う。

―――えっ!? ほんとに!――-

母からの言葉にアリシアは驚いたような声を上げる。

―――ええ、本当よ―――

―――わーい!――-

無邪気に笑うアリシアにプレシアは微笑む。でもそれだけじゃ悪いと思ってプレシアはアリシアにこう切り出した。

―――そうだ、アリシア。今度の仕事が終わったら、今まで寂しい思いをさせちゃったから、お母さんがアリシアの欲しいものを何でも買ってあげる―――

少しくらいワガママを聞いてあげようと思った。今度の仕事が終われば、それなりのボーナスも入ってくる。多少の贅沢なら問題ない。

―――えっと、じゃあ私ね―――

満面の笑みでアリシアは自分の欲しいものをプレシアに告げる。

―――私ね、『 』が欲しい―――

あの時、アリシアは何て言ったのだろうか・・・・・・・・。

遠い記憶。今では思い出すことの出来ない、娘の最後の願い・・・・・・・。

「・・・・・・・・」

不意にプレシアは目を覚ます。懐かしい記憶。アリシアとの記憶。

「アリシア・・・・・・・」

ポットに浮かぶ娘の名前を呟く。こんなにすぐ近くにいるのに。すぐにでも手を触れられるのに。こんなにも声を聞かせられるのに。

けれども目の前のアリシアは何の反応も見せてくれない。自分に微笑んでくれない。声を聞かせてくれない。触れてもくれない。

二十六年。

それがアリシアを失ってからの日々。ぽっかりと心に開いた穴。埋めようにも埋める事が出来ない穴。

この穴を埋められるのは、アリシア以外に存在しなかった。

フェイトはアリシアの成り損ない。アリシアの姿形と記憶を与えたクローン。彼女はアリシアには成れなかった。当然だ。彼女はアリシアのクローンであっても、アリシアでは無い。クローンと言えども、まったく同じ人間になどなれるはずがない。

クローンにどれだけ生前と同じ記憶を与えても、すでにそれは本人ではない。

「アリシア、アリシア、アリシア・・・・・・・・」

アリシアを授かってしばらくしてから夫と別れたプレシアにとって、アリシアが彼女のすべてだった。

アリシアさえいれば他の何もいらない。アリシアさえいれば、自分はどれだけ苦しくても耐えられた。

しかしプレシアはアリシアを失った。アリシアを失った心の傷は、決して癒される事は無い。欠落した穴は決して埋まる事は無い。

それを少しでも紛らわせるために、または埋めるために、プレシアは道を踏み外す。

どれだけ非難されようとも、どれだけの犠牲を払おうとも取り返すと誓ったのだから。

「そうよ。私は取り返す。アリシアを、失われた時間を・・・・・」

それだけが彼女の生きる目的だった。それだけが彼女の願いだった。

もしプレシアが優れた技術者でなければ、おそらくは心を壊し自ら命を絶っていただろう。

プレシアが優れた技術者であったからこそ、アリシアを蘇らせる様々な可能性を見出し、実行してきた。

だがそれらはすべて徒労に終わる。どれだけ彼女がアリシアの蘇生を試みようと、アリシアの代わりを生み出そうと、アリシアは蘇らない、代わりなど生まれない。

そして彼女には時間すら無くなった。

「もう、これが最後のチャンス。失われた地『アルハザード』」

自分自身の力では不可能だと悟ったプレシアは、伝説上に存在する失われた技術の存在する地『アルハザード』に最後の望みを賭ける事にした。

ジュエルシードはその地に自分をたどり着かせてくれる魔法の宝石。もう彼女が縋るべきものはそれ以外に存在しなかった。

「アリシア・・・・・・・。もう少しだけ、もう少しだけ待ってて頂戴。私が必ず、必ずあなたを目覚めさせてあげるから・・・・・・・・」

ポットに浮かぶ愛娘に向かい、小さく呟く。

プレシアは病に苦しみながらも、たった一つの願いを叶えるために、決して戻れぬ道を進む。その先にあるものが、例え己の死だとしても・・・・・・・。

「リニスの記憶はほとんど消してあるから、あの失敗作達に気を取られる心配はないはず。管理局が来るまであと一日の猶予も無い・・・・・・。それまでに何としても準備を進めないと」

最悪の事態を想定し、魔女は動き始める。最初で最後の戦いに向けて・・・・・・・。

プレシアはそっとアリシアの入ったポットから身体を離し、ゆっくりと部屋の外へと歩く。

―――おかあさん―――

不意に自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。ハッとなって後ろを振り返る。

けれどもそこには変わらぬ姿で培養層の中に浮かぶアリシアの姿があるだけだ。

「ふふ。あんな夢を見たからアリシアの幻聴が聞こえるのね・・・・・・・・」

自嘲気味に笑うとプレシアは再び前を向いて部屋を後にする。

だから気づかなかった。ポットの前に陽炎のような何かが揺らめいた事を・・・・・・。






あとがき

プレシアのターン。今回はほとんど小説版の内容です。つうか主人公達全然出てこない・・・・・。

いや、プレシアさんって小説と映画みたら、ストラウスほどじゃないけど十分不幸なんですもの。あれじゃあ狂っても仕方が無いです。

だからフェイトへの仕打ちとかが許されるってもんじゃないけど、それとこれは別問題だと思う。とにかくここではプレシアさんを一方的な悪党にはしたくないと思います。

やっぱりあれですね。

どんな悪役でも道を踏み外す過程をしっかりと書いて、読者に感情移入させれば魅力的なキャラになると思います。

狂気キャラでもこうなる理由が納得いけば、凄く愛おしく思えるんですよね。

うん、やっぱり劇場版なのはは主人公フェイトでヒーローがなのは。で、ヒロインはプレシアさんですねw

一応、救済フラグは立ってるけど、どう転ぶかは未定。

救済するかしないかは、今後の執筆のノリ次第ですね。



[16384] 第十九話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/07/01 23:22




次元航行艦アースラは地球方面に向けて順調に航行を続けていた。

あと一時間もあれば、ここからサーチャーを飛ばして現地の様子を探ることが可能な距離にまで接近していた。

「エイミィ、サーチャーの準備の方は?」

「大丈夫です、艦長。他にも計器の方にも異常反応はありません。ジュエルシードの暴走による次元震の兆候なども皆無です」

リンディはエイミィからの報告を聞き、満足そうな顔をする。

様々な次元を巻き込みかねない次元震は管理局が何としても未然に防ぐ、あるいは被害を拡大させないようにしなければならない問題である。

報告にあったジュエルシードは、たった一個で次元震を発生させかねない危険性を持っている。注意するにしすぎると言う事は無い。

「そう。このまま何事も無く順調に事が運べばいいんだけど・・・・・・」

手元に用意された砂糖の入ったお茶を口に運ぶ。他のみんなは何故か敬遠する。こんなにもおいしいのに。

「少将もいかがですか?」

「・・・・・・・いや、我はいい」

リンディから勧められたお茶をセイバーハーゲンはやんわりと断る。最近はあまり食が進まず、甘い物や重い食べ物は遠慮している。

「そうですか」

残念そうな声を上げながら、リンディはモニターを再び眺める。今の所、次元震が無いのが幸いだが、何がきっかけで発生するかもわからない。

こうやってお茶を飲んでくつろいでいるが、彼女も常に必要最低限の緊張感は持っている。

「現地へ人員が派遣できる距離にアースラが達成するまでの時間は?」

「あと三時間って所ですね。その場合はやっぱりクロノ君・・・・・じゃなかった。クロノ執務官を現地に?」

いつもなら気軽にクロノのことを呼ぶエイミィだったが、ここにはいつもはいないセイバーハーゲンがいる。あまり崩れた話し方は不味いと思い彼女は言いなおす。

「そうね。クロノ執務官をはじめ、三個小隊に出向いてもらいます。クロノ執務官。いつでも出れる準備を」

「はい、艦長」

リンディの言葉を聞き、クロノは自分の待機状態のデバイスを指に掴む。

「・・・・・・・・リンディ艦長。その際は我も出よう」

不意にセイバーハーゲンが口を開いた。

「少将がですか?」

「ああ。貴公らを信用していないわけではない。だがどうにも胸騒ぎがする。無論、現場を混乱させるつもりは無い。指揮権はクロノ執務官に渡しても構わん」

「えっ、さすがにそれは・・・・・・」

いくら執務官といっても、本局の少将であるセイバーハーゲンの方が階級は上であり、経験も豊富な彼女が指揮を取るのが妥当であるからだ。

「いや。我は今回無理にこの艦に乗り込んだ。下手に指揮権を発動し、混乱をきたすわけにも行くまい」

「はぁ・・・・・・」

しかしさすがに少将を顎で使うわけにもいかない。リンディは少しだけ考えながら、何とかうまく指揮して行こうと考える。

「わかりました。クロノ執務官もいいですね」

「・・・・・・・はい」

異議を申し立てる理由もなく、クロノもそれを受け入れた。

(赤バラ王・・・・・・・・)

地球に近づくにつれ、セイバーハーゲンの霊感がどんどん強くなる。感じるのだ。かつての宿敵の存在を。自らがすべてを捨てて倒そうとしていた存在を。

その胸中にはどのような思いが渦巻いているのか、それを知るのは本人のみであった。









リニスは海鳴の街を駆ける。誰にも見つからないように、誰にも察知される事なく、慎重に用心深く。

彼女の目的は海に残る最後のジュエルシード。

残りのジュエルシードを探す事も考えたが、誰が持っているかもわからず、その人物を短時間で発見する事も難しいと考え、それならば所在が判明している一個を先に回収しようと考えた。

それにこちらが一つでも持っていれば、それを利用して罠を張ることも可能だ。

回収しなくとも、先回りして待ち伏せも出来る。

そのためには相手に気づかれないように先回りしなければならない。サーチャーを飛ばし、周囲を調べながらリニスは海を目指す。

だが彼女の不幸は相手が普通の人物では無いと言うこと。

サーチャーなど意味を持たない。それが相手を映すことは無い。自分を見ているものの視線に気がつくことなど無い。

相手はすでに彼女を捕捉していたのだから・・・・・・・・。







(あれがあの二人の背後の人間か? それにしては若干の違和感が残る・・・・・)

ストラウスはリニスの様子を高町家の自室で捉えていた。彼がリニスを捕捉したのは、彼女がこの世界に転移した瞬間からだった。

ストラウスはその持ち前の能力で海鳴市全域を昨日から探査していた。ざからや久遠と立て続けに想定外の事態が起こったため、これ以上の突発的な事が起きないように、また起きても即座に対応できるように気を張り詰めていた。

と言っても、まだまだ余力を十分に残しており、あと丸々一週間この状態を続けていても何の問題も無いレベルだ。下手をすれば月単位で続ける事が出来るかもしれない。

その魔力探査網の前にはいかに隠行をしようとも無意味である。リニスの努力もこの男の前では無駄でしかなかった。

(こちらよりも先にジュエルシードの回収を優先したか)

あの二人の仲間だとは思うが、それにしては何の接触も見せようとはしない。

広域の念話を送る事をしないのは、こちらに察知されないためだとしても、連絡の取れない仲間を探すなり、この街での拠点に足を運ぼうともしないのはどうにも考えられなかった。

考えられるのは二つ。この人物はあの二人とはまったく関係の無い者。もう一つはあの二人を完全に切り捨てている場合。

「まったく。状況はどんどん変化していくな」

ようやく終わりが見えて来たのに、状況はここに来てさらに複雑化していく。手持ちの情報では相手の思考を予想する事も難しい。

「私が直接出て行くにも問題があるからな」

さてさてどうしたものかと、将棋の本を片手に将棋盤を眺める。指す相手もいない一人遊びだが、いつか自分に匹敵する人間と競い合ってみたいと思う。

指で駒を遊ばせながら、ストラウスは次の一手を考える。

「このタイミングではさすがにジュエルシードの回収には間に合わないか。相手が一つだけで満足するはずも無く、おそらくこちらが手にしている物も欲するだろうな」

相手が取るであろう策を考える。罠を張るだろうことは目に見えているし、こちらの正体を探ろうとするのも明白だ。

しかし時空管理局が来るまでそう時間はかからない。ならこちらは姿を隠して嵐が去るのを待つべきかとも思うが、なのはの霊力と魔力が覚醒している状況では、相手に察知される可能性が高い。

管理局にはユーノの方から接触してもらい、こちらに彼らの目が向かないようにする事も可能だが、この相手にはそうは行かないだろう。

「ユーノを前面に立てるわけにもいかないからな・・・・・・・・。やはり私がうまく立ち回るしか無いな」

ユーノにこれ以上負担をかけるわけにもいかない。彼には時空管理局に対して有効に動いてもらわなければならないからだ。動かせる駒、可能な選択肢は限られてくる。

「向こうの出方にあわせてこちらも動くか」

状況がこうも短期間にコロコロと変わり、突発的な事態ばかり起こるのだ。いかにストラウスでも神ではなく、全てを見通すことなど出来るはずも無い。

ある程度の筋道は立てるが、やはり相手の動きによる軌道修正をしなければならない。

相手の動きを見ながら、こちらが有利に事を運ぶべく動くようにする。

ストラウスはそう考え、ユーノに捕まえた二人への尋問を行ってもらうように頼もうと彼の寝ている部屋へと向かった。

あの二人から情報を得る事が出来れば、こちらも策を練りやすく対処もしやすい。

コンコンと部屋のドアをノックする。

「ユーノ。起きているか? 私だ。入っても構わないか?」

「あっ、はい。どうぞ・・・・・・・」

「失礼する・・・・・・・・・。ユーノ?」

ストラウスが部屋に入ると一瞬言葉に詰まった。彼の視線は彼が寝ていたであろうベッドに向けられた。

この部屋は昨日、ユーノのために宛がわれた部屋だ。もう時間も遅かったし、今からホテルに戻るのは大変だろうと、士郎と桃子が泊まるように勧めたのだ。

そしてストラウスも彼がこの部屋に入るのを見ている。

しかしベッドの上にいたのはユーノではなかった。

それは一匹のフェレットだった。

「あの、ストラウスさん?」

フェレットがストラウスの姿を確認すると、それは言葉を発した。流暢な日本語で、声はユーノのものだった。

「ユーノ、には間違いないか」

ストラウスは注意深くそのフェレットを観察した。その身体から魔力を感じる。気配もユーノの物と変わらない。つまりこのフェレットはユーノ本人に間違いないようだ。

「ユーノ。その姿はどうした? おそらくは魔法による変化だとは思うが・・・・・・」

「あっ、これはですね」

彼はストラウスに自分の姿の変化を説明する。

どうにもユーノは昨日の戦いでずいぶんと魔力と体力を消耗してしまったらしい。

幸いに怪我などは無かったが、それでも現状では人間の姿をとっていると魔力回復に支障が出てしまうらしい。

さらにユーノ自身、地球との相性が最悪で回復にも時間がかかるため、一時的にこの姿になって回復を優先させるとの事だった。

「そうか。別にそれがお前の本当の姿では無いんだな」

「はい。あくまでこの姿は仮の姿であの人間の姿が僕本来の姿です」

ユーノの説明を聞いて、ストラウスも納得する。

しかしどうにもフェレットと会話をすると言うのもシュールな光景である。

ヴァンパイアや喋る狐もいるのだから、喋るフェレットなり宇宙人なり異世界人なりいてもおかしくは無い。

いや、そもそも自分もユーノも厳密に言えば異世界人なのだ。

「わかった。だが返って好都合か。あの二人の尋問もその姿で望めばこちらの正体を知られずに済む」

ただし相手に舐められる可能性はあるが、それも自分が近くに待機していて抵抗された場合力を振るえば問題ないだろう。

「そうかもしれませんね。回復まで少し時間がかかりますが、管理局が来てくれれば無理をする必要もなく僕も元の姿に戻れるでしょうし」

「なら早速で悪いがお前にあの二人の尋問を頼もう。ああ、朝食は取ってからでいい。さすがに皆にはお前の姿を説明しないといけないが」

「いきなりだと驚かせちゃうかもしれませんからね」

ストラウスの言葉にユーノも苦笑する。

「うわっ、ちっちゃくて可愛い」

とストラウスの肩に乗った、フェレットモードのユーノを見た美由希の第一声がこれだった。

ユーノの事を皆に説明すると、なるほどと納得していた。どうにもこの家では非日常的なことも簡単に受け入れられるようだ。

本日はさらに見慣れない少女の姿もあった。

「くぅん。おは、よう」

巫女服に尻尾と耳を生やした金髪の女の子。それは祟りより開放された久遠だった。

「久遠。お前も人間の姿に?」

ストラウスの言葉にこくりと頷く久遠。どうやら久遠も自分の意思で人間の姿や狐の姿に変身できるようになったらしい。

「なのはと、みんなのおかげ」

まだ若干、言葉はたどたどしかったが、久遠は笑顔を浮かべながら礼を述べる。

その姿に桃子と一緒に起きてきたなのはが、きゃぁーっと歓声を上げながら抱きつく。

二人とも可愛い可愛いと久遠を抱きしめ、当人も満更じゃないような顔をしている。

「あの・・・・・・私もご一緒してよろしいんですか?」

「ああ、構いませんよ。こっちも大人数の方がいいですから」

向こうのほうでは恭也と雪、そして士郎が話をしている。ここも一晩でずいぶんと大所帯になったものだと、ストラウスはしみじみ思った。

そしてこの家族と平穏を守るためにも、何とかジュエルシードに関する事件を終わらせなければと、彼は今一度思った。







某ホテル

「フェイト、大丈夫かい?」

「うん、平気。アルフは?」

「こっちも大丈夫だけど、バインドで縛られてて、身動きできないのがどうにもね」

「そうだね」

フェイトとアルフはストラウスが用意したホテルの一室で両手足をバインドで縛られた状態でベッドの上に横たわっていた。

バインドを解こうにも、ずいぶんと強固に作られ、並みの魔力ではびくともしなかった。

さらにデバイスも取り上げられており、ここからの脱出は困難を極めた。

「このっ! ああ、もう! なんだってこんなに堅いんだい!」

背中に腕を回されているため、うまく腕を動かす事も出来ず、アルフはただバタバタと暴れるだけだった。

狼に変身するにしてもこの状態で変身すれば、余計に苦しくなるので却下。歯でフェイトのバインドを噛み砕こうにも、ちょっとやそっとでは破壊できなかった。

(なんにしても、フェイトだけはあたしが守らなきゃ)

自分達が置かれている状況が最悪に近い事を感じながらも、何とかアルフはフェイトの身だけは守ろうと思った。

何があってもこの子だけは守り通す。それは決して変わることの無い彼女の信念だった。

と、その時、きぃっと部屋のドアが開く音が聞こえた。

二人は一瞬だけ身体を強張らせ、即座に部屋の入り口の方を見る。見るとトテトテとこちらに歩いてくる一匹のフェレットの姿が見えた。

「気分はどうですか?」

不意にフェレットが声を発した。

「あんたは・・・・・・」

きっとアルフはフェレット―――ユーノを睨んだ。

だが拘束され、身動きの取れないアルフが出来る事はそれだけだった。

「僕はユーノ・スクライア。あなた達が探しているジュエルシードの発掘者で、現在所有権を持つ者です」

ユーノははっきりと事実を述べた。

「あなた達がジュエルシードを何故必要としているのかは知りません。多分聞いても教えてくれないでしょ?」

ユーノはフェイトを見ながら言葉を発する。その言葉にフェイトはただコクリと頷くだけ。

言うはずが無い。言えるはずが無い。言えば母に迷惑がかかる。

「私達はジュエルシードが必要だから集めるだけ。それに言っても多分意味はないから」

フェイトはどこか悲しそうに言葉を紡ぐ。

「でもあれは危険な物なんです。一つだけでも次元震を引き起こしかねない」

ジュエルシードは多大な魔力を内包しているだけではなく、次元に干渉し世界を破壊しかねない程の力を有している。

「あなた達が自分の意思であれを集めるのか、それとも誰かに頼まれてあれを集めているかは知りませんが、僕はあなた達の行動を阻止して、ジュエルシードをすべて管理局に渡します。多分、もうすぐ管理局もこの世界にやってきますから」

その言葉を聞き、フェイトとアルフの表情が変化した。

不味い。管理局に出てこられれば、自分達はジュエルシードの回収を無事に終えられるかわからない。

いや、現時点でも敵に拘束され満足にジュエルシードを回収できないどころか、このまま管理局に突き出されてもおかしくない状況なのだ。

(なんとか、何とかしなきゃ!)

フェイトは必死で考える。どうにかしてここから逃げないと。

だがデバイスは取り上げられている。デバイスが無ければ満足に魔法を使えない。

いや、使えないことは無いがほとんどの魔法使用に制約がかけられる。転移魔法も本拠地である時の庭園への位置を記録したデバイスが無ければ無理なのだ。

身体を必死に揺らし、拘束を解こうとする。拘束されている両腕に魔力を集めバインドを破壊しようと試みる。

(なんで! 何で壊れないの!?)

バインドの破壊の方法は大別して二通りある。

一つは力任せにバインドを膨大な魔力で破壊する方法。これはバインドに使用されている魔力が自分の一度に使用できる魔力よりも劣る場合に有効的だ。

二つ目にバインドの魔法構成に介入し、力ではなく技術を持ちいて破壊する方法。これは魔力が劣っていても構成の粗を見つけ出し、そこからバインドを無効化出来る。

フェイトは魔力、技術とも一流といってもいい。並みの術者どころか同じレベルの相手の拘束でさえも時間をかければ破壊できるだろう。

しかし残念な事に今回のバインドはユーノの術式では無い。ストラウスが施した物なのだ。

魔力による捕縛式。ユーノのバインドの術を見て、ストラウスが構築したミッドチルダ式に似て非なる術であった。

だがそれでもその効力は高い。ストラウスの膨大な魔力とその技量を持ってすれば、いかにフェイトと言えども破る事は困難である。

「はぁぁぁぁぁ!!!」

それでもフェイトは抵抗を諦めない。

諦めるわけには行かない。やめるわけにはいかない。

脳裏に浮かぶ優しい母の姿。自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。

母の笑顔が見たいから。喜んでくれる母の顔が見たいから。自分を褒めてくれる母の言葉が聞きたいから。

また昔のように、一緒にいて欲しいから。

優しく微笑んでくれる母。一緒にピクニックに行った記憶。一緒にご飯を食べた記憶。母の帰りを待っていた記憶。

母さんが自分の名前を呼んでいる。

――――いらっしゃい・・・・・・・・・・・アリシア――――

(えっ?)

脳裏に浮かんだ名前を呼ぶ母親の姿。

でも違う。それは自分の名前じゃなかった。

誰か知らない。違う人の名前。

――――ただいま、アリシア――――

また母はその名前を呼ぶ。

誰、誰、誰、誰、誰、誰、誰・・・・・・・・

母の瞳には自分の姿が見える。母の瞳に映るのは確かに自分のはずだ。

でも母さんは自分の名前を呼んでくれていない。

ただ自分のことをこう呼んでいる。

『アリシア』と。

―――違う、違うよ、母さん。私は、私の名前はフェイトだよ―――

心の中でフェイトは叫ぶ。不意に覚えた違和感。それは段々と強くなっていく。

頭の中で広がっていく自分の記憶のはずなのに、自分の記憶でないような何か。

わからない。知らない。思い出せない。

フェイトの心が乱れる。同時に魔力も不安定になり始めた。

「フェイト!?」

アルフもそんなフェイトの心の乱れを感じ取ったのか声を上げた。そしてキッとユーノを睨む。

「あんた、フェイトに何をしたんだい!?」

「ぼ、僕は何も!?」

いきなりの事にユーノも狼狽している。実際、彼もそして外に控えているストラウスも何もしていない。ゆえにこの事態は二人にとっても想定外。

『す、ストラウスさん! どうなってるんでしょうか!?』

ユーノは念話でストラウスに連絡を取る。

『落ち着きなさい、ユーノ。私もお前も何もしていないのなら、これは彼女自身に何らかの問題が起こったと言う事だ』

冷静にユーノに落ち着くように語るストラウスだが、彼自身、この状況は不味いと思う。

(魔力で魔力を抑えてもいいが、あの幼い身体には不釣合いなほどの魔力。私の魔力で抑えれば、体にどれだけの負担がかかるか・・・・・)

このまま放置すれば周囲にも被害が出るかもしれない。本人にも多大な負担がかかり、体と精神への影響も計り知れない。

(仕方が無いか・・・・・・些か面倒ではあるが)

姿を見せるのは論外。ならば・・・・・・・。

『落ち着きなさい・・・・・・。フェイト』

ストラウスは強制的に彼女へと念話を送った。彼女の名前は先ほどから隣の女性が口にしていたのでおそらく間違いは無いだろう。

「えっ?」

フェイトはいきなり自分の脳裏へと語りかけてきた声に反応した。

『一度大きく息をしなさい。このままではおまえ自身に大きな負担がかかる。拘束されている状態で落ち着けと言うのもなんだが、今のままよりはマシだ』

優しく、ストラウスはフェイトへと言葉を送る。

念話を送られた当人は、些か困惑したが、ストラウスの発した一言が彼女の心を落ち着かせた。

それは『フェイト』と言う彼女の名前。

自分の頭に直接響いた自分の名前。誰かが呼んでくれた彼女自身の名前。

それが彼女を落ち着かせる。

アルフも彼女の名前を呼んだが、混乱していたフェイトには届かなかった。

だがストラウスの言葉はフェイトの心に届いた。

フェイトはその言葉に従い、一度大きく息をして心を落ち着かせる。

不安定になりかけていた魔力も安定しだした。

『少しは落ち着いたようだな、フェイト』

先ほどまでの緊迫した状況はどうやら過ぎたようだ。念話一つであっさりと落ち着いた事に彼自身も拍子抜けし、若干腑に落ちなかったが、この場を納める事に成功して安堵する。

『・・・・・・・・・あなたは、誰ですか? どうして私の名前を』

思わずフェイトは念話の相手に聞き返した。この人はどうして自分の名前を知っているのか、疑問に思った。

けれども自分の名前を呼ばれた事で、心が落ち着いたのは事実であった。

『フェイト』。自分の名前。

脳裏に浮かんだあの母が呼ぶ『アリシア』とは一体誰なのか。

色々な疑問が浮かんだが、まず確かめたかったのはこの念話の相手の事。そして自分の名前を何故知っているのかと言う事。

『・・・・・・・・こちらの正体は明かせない。名前に関してはお前の隣にいる者が呼んでいたから知ったに過ぎない』

『・・・・・・・そうですか』

フェイトは心のどこかで落胆した。何故だろうか。

見ず知らずの人間が自分の名前を知っていて、呼ばれた事に関して心のどこかで安堵した。

もしかしたら、自分を知っているのかもしれない。頭に浮かんだ『アリシア』と言う名前にも心当たりがあるかもしれない。

そう思ったのかもしれない。

けれども・・・・・・。

『フェイト』と呼ばれた自分の名前。たった一言。自分の名前を呼んでくれただけなのに、何故こんなに心が落ち着くのだろうか。

疑問を浮かべながらも、フェイトは今一度、念話の主と会話を続ける事を決めた。







あとがき

遅くなりました。

仕事と資格試験などで中々執筆できませんでしたorz

次回はもう少し早く仕上げるように頑張ります。




[16384] 第二十話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/07/01 23:26






拘束されたままのフェイトはあまりの強力なバインドに手を焼くが、それでも諦める事をしなかった。

そして魔導師の必須技能であるマルチタスクを使い、バインドの効力とストラウスとの会話と言う二つのことをこなした。

『このバインドはあなたが?』

念話でフェイトは絶対に聞いても答えてくれないであろう質問をする。これは単に時間稼ぎ。このまま黙っていれば、向こうは決してこちらへの警戒と監視を緩めないはず。

ならば少しでも相手の気をそらさなければならない。

また一度このバインドを破ろうと魔力を放出したと言う事から、また同じ事をするであろうと相手が考えるかもしれない。向こうも自分達の必死な態度から諦める事をしないと判断するだろう。

だからこその会話。当たり前に思う疑問をぶつける事で相手との会話を引き伸ばす。

(何とか気をそらせて時間を稼いで、このバインドから抜け出さなくちゃ・・・・・・・)

相手に気づかれないように、細心の注意を払いながら何とかこのバインドの構成のほころびを見つけ出し、破壊しようと試みる。

しかしユーノ相手ならまだしも、ストラウスが相手ではそんなフェイトの努力も徒労でしかない。

そしてそんなフェイトの意図もストラウスにはお見通しである。逆にストラウスにしてみれば願っても無いことだった。

(やはり幼いな。時間稼ぎが見え見えだ。それに時間を稼ぐ方法も悪手でしかない)

先のやり取りと短いながらのこの子との会話で、この子は嘘をつくタイプの人間では無いと予想がついた。

ジュエルシードを集める理由に関しても、こちらは幾度か聞いた。だが答えは終始答えられないと言うもの。

もし嘘を平気でつくタイプの人間ならば、ここで何らかの違った言動を発しているはずだ。

(会話で時間を引き延ばすと言うのも悪くは無いが、この場合はダメだな。会話によって、私から情報を引き出すためだけならばともかく、時間稼ぎに使うにはこの状況はあまりにもお前にとって不利だ)

少しでも有益な情報をと考えているかもしれないが、それはこちらも同じ。逆にこちらが二人から情報を聞き出しやすくなった。

『そうだな。私がお前達に施した。暴れられても困るし、これ以上ユーノがジュエルシードを集めるのを邪魔されるわけにも行かなかったからだ』

ストラウスはフェイトとの会話を続ける。ここからは腹の読み合いといかに相手の言葉から様々な情報を推測し、そこからさらに情報を引き出せるか。

フェイトの場合はそこまで考えていないが、ストラウスはこの期に一気に情報を得る腹づもりだった。

『あれは危険なもの、お前達の世界の言葉で言うところのロストロギアだとユーノから聞かされた。私としてはこの街にそんな物騒な物があると言うのは見過ごせなかったからな』

『あなたは管理世界の魔導師じゃないんですか?』

フェイトはその言葉を聞き、軽く探りを入れる。彼女は決して馬鹿では無い。頭もよく、年齢以上に物事を深く考えられる。

ゆえにストラウスの言葉に相手の正体が探れそうなものがあれば、そこを追求しようと考えた。

しかしストラウスもそんな事は承知の上。これは撒き餌に過ぎない。相手から情報を引き出すための。

『私はお前達の言葉を借りるなら現地協力者に過ぎない。尤も私の出身はこの世界で言うところの大陸・・・・・・・ヨーロッパ方面でこの街にも偶々立ち寄ったに過ぎない。そこでユーノと出会い、ジュエルシードのようなロストロギアを回収するハメになるとは思わなかったがな』

元々用意していた嘘を交える。ユーノに管理局に伝えるように言った内容でもある。

『それにジュエルシードは一つだけでもこの世界を滅ぼしかねない力があるのだろ? もしお前達のように何に使うかわからないような者達に渡れば、私もこの世界も危険にさらされる。それを回収するのを手伝うのは当然のことだと思うが?』

その言葉にフェイトは何も言えなかった。

そんなフェイトの様子に、ストラウスはそろそろ仕掛ける頃合かと考える。

多少前後の会話につながりはなくなるが、この子から情報を引き出す目処は立った。

このフェイトやもう一人の性格は大体把握した。今わかっている情報やそこから推測できる情報を使い、この二人の口から更なる情報を引き出す。

(ではこちらから攻めさせてもらおうか)

ストラウスは武器を持たぬ舌戦を開始する。

『ではそろそろこちらから質問させてもらおうか。お前達の背後にいる者についてだ』

その言葉にフェイトは一瞬だけ身体を強張らせた。

それもほんの僅かな時間に過ぎなかったが、ストラウスがそれを見逃すはずも無い。

フェイトは何を聞かれても何も答えないつもりだった。

自分達の不利になることをしないのではなく、ただ母であるプレシアの迷惑にならないようにするために。

『お前の背後にいる存在。もしくは所属している組織についてだが・・・・・・』

ストラウスはフェイトの一挙一動を見逃すことなく観察しながら会話を進めていく。

『お前個人でのジュエルシードの探索なら、理由を聞かれれば全容を語らずとも何故必要なのか、僅かにでも言うはず。それをしないのは何者かに命じられ集めている。そしてその理由も聞いていないから。違うかな?』

ストラウスの言葉にフェイトは何も答えない。ただじっと黙秘を続ける。

『黙秘か。まあ私も答えてくれるとは思っていない。やはり誰かの命令か。そうなるとお前達は組織の末端構成員か。あるいは他の可能性を考えるなら近しい人の願い。そうだな・・・・・・・例えば家族。それも両親や兄妹』

ピクリとフェイトの心臓が跳ね上がる。動揺を表に出さないようにフェイトは必死に努めるが、それをも見逃すストラウスでもない。

(やはりな。こんな子供が必死になる理由は限られてくる。肉親や自分に近しい存在のためと言う理由なら、あの行動にも納得が行く)

ストラウスはこれまで大将軍として、王として、多くの同族や人間と接してきた。

だからこそ、彼は人の心情を察する能力に長けていた。

幼い子供が必死になる理由はそんなに多くは無い。

フェイトから受ける印象は自らの欲望のためと言うものではなかった。

また組織の末端構成員にしては必死すぎる感じがあった。失敗すれば命が無い。そう考える事も出来たが、命がかかっているような風にも感じられなかった。

ゆえに消去法で大切な人のためと言う理由がしっくり来る。

(大きな組織の一員と言う可能性も低くなった。いや、この子の背後にいる近しい者が何らかの組織に属している可能性もあるが、それを詮索しだしてはきりが無い)

だがストラウスは半ばこの子の背後にいる者が、何等かの組織の人間である可能性も低いと考えた。

今回のジュエルシードがこの街に散らばった事件は、この子達の登場で何かの事故ではなく人為的なものの可能性が高い。

もし仮に組織ならばそんな大掛かりな事を企てた場合、その回収をこんな少女達だけに任せるだろうか?

管理局と言う存在もある。

組織ならば短期間に回収すべく出来る限りの人員を送り込むだろう。

また今回のことが向こうにとっても想定外の事だったのなら、即座に新しい人員を送るはずだ。

今朝方に現れた人物が新しい人員の可能性もあるが、これは単独で現れた。

何らかのアクシデントの場合、組織なら一人だけ人員を送ると言う事は考えにくい。最低二人以上は送り込むはずだ。

しかも今回散らばったものは、一つでも世界を滅ぼしかねない危険なロストロギアなのだ。

(だがはっきりした。組織と言う可能性が低いなら、この子達を管理局に渡してもあまり問題はない。今動いているもう一人についても、罠を張りやすいだろう)

ストラウスは考えをまとめると、もう幾つか質問を出す。

『お前の背後関係は理解した。お前は大切な誰かのために行動しているようだが、その人物は果たしてお前を大切に思っているだろうか?』

『・・・・・・・何を言っているんですか?』

楔を放つ。こんな子供相手に悪辣な質問だが、こちらも背に腹は変えられない。ストラウスにとって守るべき物は高町家の住人であり、この街やこの世界である。

以前より多くの大切なものを守るために、何かを犠牲にしてきた。ゆえにこの時点でのストラウスの優先順位の中で、フェイトに対する項目は限りなく低かった。

ゆえにまだ幼い子供でもこのような手を使う。

『お前のような年端もいかない子供を、こんな危険な物の回収に向かわせること事態、間違っているとは思わないか?』

そう。一つでも世界を破壊しうる力を持つロストロギアを、こんな幼い子供に回収させる。それはどこかおかしいとストラウスは思う。

ユーノの場合、自分自身の責任と言うのもあるが、この世界にやってきたのは事故みたいなものだ。この場合は当てはまらない。

『お前が優秀であるからと言うのは簡単だ。しかしだからと言って、お前達二人だけで回収をさせようしているその人物は、果たして信じるに値する人物なのか? 私から見れば、お前はその人物に利用されているだけにしか見えない』

『違う! 母さんはそんな人じゃない!』

咄嗟に叫んだ言葉。フェイトはその言葉を発した後、ハッとなった。思わず口に出してしまったある単語。『母さん』と言う言葉。

『・・・・・・・・なるほど。母親か』

『ち、違う・・・・・・・』

否定しようとするが、もう後の祭りである。ストラウスもこんなにすんなりと口を滑らせてくれるとは思わなかった。

『今更否定しても遅いと言うよりも無意味だ。お前が否定すればするほど、その言葉は重みを増す。口を滑らせた時点で、お前の負けだ』

『あっ・・・・・・』

フェイトは何も言えなくなった。隣のアルフは目に見えて落ち込んでいくフェイトの姿に怒りを顕にする。

『あんた! フェイトに何を言ったんだ!?』

『別に話をしていただけだ。この子の母親がジュエルシードの回収をお前達に依頼した。だがフェイトのような年端も行かない幼子にこんな危険な物の回収を頼む人間が、本当にこの子を大切に思っているのかと尋ねただけだ』

今度はアルフへと言葉の矛先を向ける。フェイトから欲しい情報は手に入れた。その情報を利用して、今度はアルフへと仕掛ける。

ストラウス的にはアルフの方が口を滑らせやすいというか、自分の思ったように誘導させやすいと感じていたが、そのためにはまずフェイトから得たと言う情報が必要だった。

彼女はフェイトを大切に思っているのがよく分かった。だからこそ、彼女の不利になる情報は絶対に漏らさないだろう核心があった。

しかし先にフェイトをある程度陥落させ、彼女から得た情報を裏づけし、さらにそこから彼女達のためになると言うメリットを持ちかけ、こちらの思惑通りに動かそうと考えていたのだ。

ストラウスは目先の事だけではなく先を読む。また利用できる物、動かせる物は何でも使う。

自分の一つの行動で、他の誰かの行動を誘い、そこからさらに自分に有利になる展開へと運ぶ。

かつての世界で、島の防衛を昼に成功させた一件においても、ストラウスはブリジットが自分達に有利になる展開を作り出しやすくする状況を作り、さらにそれを持って御前を排斥させた手腕を持つ。

一連の流れは偶然でもブリジットだけの手柄でもない。そのすべてを読みきった『ローズレッド・ストラウスと言う魔人の手の中にあったと言っても過言では無い。

『お前も疑問に思ったことは無いか? まだ年端も行かないこんな幼い子供、しかも自分の娘にこのような過酷な要求をするのか?』

一瞬、セイバーハーゲンの姿が脳裏によぎる。あの者は世界の事を考え、自分の娘達に過酷な要求を迫った。

ステラや、初代黒鳥憑きの娘シンシア。他にも彼女を慕った弟子や娘達が大勢いただろう。

自分と同じように、大義のためにその者達に過酷な要求をした。

その点で言えば自分も同じだ。ブリジットやレティ、アーデルハイトを含め、多くの血族や人間に過酷な選択を強いてしまった。

命を奪った。その人生を歪めた。多くの物を背負わせてしまった。

そんな中で自分がこのように、のうのうと幸せに生きている事がいけない事であるかのような、そんな事も考えてしまう。

だから自分にはフェイトの母親を責める資格は無いのかもしれない。もしかすればこの子の母親も、何かを守るために、大義のためにこの子に過酷な要求を強いているのかもしれない。

だがそれでも真相がわからない今、ストラウスは自分が考える最善の事をするだけだ。

『ジュエルシードは危険な物だ。それが二十一個。この子の母親はそんなものを何に使うつもりだ? その理由を聞いているか? この子に・・・・・・フェイトに無理を強いる事を悔いているようだったか?』

アルフに対して疑惑の言葉を投げかける。

セイバーハーゲンのような人物なら、アルフはフェイトの母親をかばうような言葉を述べるだろう。

もしくはフェイトのことを思う優しい人物ならば、アルフは憤慨するだろう。

最初に会った時のように、『何も知らないくせに偉そうなことを言うな!』と彼女なら言うだろう。

しかしそうで無い場合は・・・・・・・・・。

『・・・・・・・・・・』

一つの予測していた回答ではあったが、アルフは沈黙を持って返した。

何も語らないと言うのは、時として何かを言うよりも雄弁に物事を語る。

『そうか。フェイトから見れば彼女の母親は大切な人物であるようだが、お前から見た彼女の母親は違うようだな』

切り崩せるとストラウスは確信した。無理やりの力ずくのやり方ではなく、フェイトのためにとアルフに悟られ、彼女からフェイトを説得させる方法。

無論、頑なに母親を信じようとするように見受けられるフェイトを篭絡するのは難しいだろう。

それでも疑問を投げかけ、行動を鈍らせる事は可能だ。

ストラウスとアルフ。中と外から同時に説得されれば、いくらフェイトと言えども普段どおりに振舞うことは出来ないはず。

あとは管理局の到着を待ち、二人を引き渡す。いや、この場合保護してもらうようにすればいい。

幸い、この二人は何か大きな事件を起こしたわけではない。ただ輸送船襲撃事件に関わっている可能性があるが、それは母親がした可能性が高い。

その場合、その件がこの子達の罪となることは無いはずだ。

つまり年齢や背後関係を含めて考えればこの二人が罪に問われ、犯罪者として扱われる可能性は極めて低い。

(ユーノから聞いた管理局の法もこの世界とそこまで大きな乖離はなかったからな)

ただ魔法関係に関しては色々と難しい法律があるらしいが、聞いた限りでは現状では問題ないだろう。

『はっきり言って、このままジュエルシードを集めるのは自殺行為だ。まもなく管理局もこの世界に来る。現状、私やユーノもいてお前達は身動きが取れない。これ以上、何が出来ると言うわけではあるまい?』

アルフの性格を把握した今ならば、どう言えば彼女を刺激せず、またこちらに協力的になってくれるか。

彼女の中の優先順位を刺激してやればいい。大切な者を守るためなら、何を犠牲にしてもいい。自分の身さえも。アルフは自分と同じタイプの人間だ。そう言う人間はある意味御しやすい。

『お前はフェイトが一番大切なのは見ていればわかる。その子の幸せを願っているのも。ならばよく考えてみて欲しい。何が一番最善なのかを。仮にジュエルシードをうまく奪い、フェイトの母親の元に戻ったとして、そこから先は? おそらくフェイトはこう考えていないか? ジュエルシードを持って帰れば母親が喜んでくれると、褒めてくれると?』

『っ!?』

まるですべて知っているかのような言葉だった。どこかで自分達を見ていたかのように、何もかも見透かし、知り尽くしているかのように。

『誤解なきように言っておくが、私はお前達の事情をすべて把握しているわけではない。こんな小さな子が必死になる理由で考え付く物がそういった物だったと言うだけだが・・・・・・・どうやら間違ってはいなかったらしいな』

『あんたは・・・・・・・・』

『だがその後はどうだ? 褒められ、喜ばれてもそこまでだ。二人は犯罪者としてずっと管理局に追われる事になる』

あっとアルフは思った。確かにその通りだと。

『そこまで考えが及ばなかったのか、考えていなかったのかは知れないが、このまま行けばどう転ぼうがお前達は一生追われる身だ。また管理局も本腰をいれるはずだ。当然だ。世界を破壊しかねない物が一個人、それも犯罪者かもしれない人間の手に渡ったのだ。それこそ躍起になってお前達を捕らえようとするだろう』

そしてそうなった場合、決して逃げ切れるものではない。管理局と言う組織から逃げ切れるなどアルフも到底思えなかった。

『お前はそれでいいのか? そうなれば罪状が増え、捕まった場合はお前達は離れ離れになる。逃げ切れる、などとは考えてはいないだろう? 仮に逃げていても普通の幸せを送る事は不可能だ。どこかで隠れ住もうとも、いつ捕まるかと怯えながら暮らす事になる。それがあの子のためになるのか? またお前の思いはそれを許すのか?』

最悪の未来を提示し不安を与える。それは絶対に起こりえない未来ではない。ほんの少しの事で、現実に起こりえる未来なのだ。

アルフはストラウスに言われた未来を想像し、恐怖した。彼女の一番はフェイト。彼女の幸せであり、彼女が笑ってくれること。

その未来がどう転んでも暗いものでしかないなどと言われれば、平静でいられるものではない。

『だが今ならばまだ引き返せる』

そしてストラウスは希望を投げかける。

『もうジュエルシードの回収をやめ、管理局が来た際はユーノと共に管理局に保護を求める事だ。そうすれば、最悪の未来は回避できる』

『けど、それだとフェイトの母親は・・・・・・・・』

『どちらに転ぼうとも母親との別離の可能性はある。なら少しでも離れる時間が短い方が、二人のためとは思わないか?』

だが内心ではフェイトの母親は下手をすれば娘を愛していないのではないかと考える。

自分の子供を愛せない親と言うのは珍しくない。以前は愛していても、病気や様々な理由で娘を傷つけたり、愛せなくなってしまった場合と言うのも多々ある。

そうなった場合、一度二人の距離を空けた方がいい場合と言うのがある。

下手に近すぎた場合、共に愛しているのにお互いがお互いを傷つけあってしまうこともある。それを防ぐためにも一度距離と時間を置くほうがいい場合もある。

やんわりと、ストラウスはアルフにこの世界で起きたそう言った事件や事例を教え、どうやって解決したのかと詳細に語った。

ストラウスの言葉にアルフも思うところがあったのか、色々と考え込んでいる。

『フェイトの・・・・・・・・フェイトのためになるんだね?』

『ああ。少なくともこんな事を続けるよりもマシだろう。フェイトにもこの事例を教えよう。この年頃はまだ親や家族の温かみを欲している。フェイトの母親も内心では苦しんでいるかもしれない。何らかの病気だった場合、娘を愛していても愛せないようになってしまうこともある』

『・・・・・・・・そうかも知れないね。フェイトが昔のあいつは優しかったって言うくらいだから』

アルフもストラウスの言葉に納得したようだった。ストラウス自身、まさかこんなにうまくこちらの話を受け入れてくれるとは思っていなかったのだが。

『それに母親が悪い事をしようとしているなら、それを止めるのも家族の優しさだ。ただそれに協力するだけが、優しさじゃない』

『そうだね。わかったよ。確かにあんたの言うとおりだよ。あんたの話を聞く限りじゃ、確かにその方がフェイトのためになりそうだね』

『わかってくれて何よりだ。では管理局が来るまで大人しくしていて欲しい。ユーノの方には私の方から言っておく。私を信じてくれてありがとう』

アルフに礼を言うと、ストラウスは彼女と共にフェイトの説得に取り掛かる。

フェイトに対しては多少の時間がかかったが、何とか納得してくれた。

やはり母親の例を出されたのが大きかったのだろう。話に出てくる親子の話と自分の境遇を重ねることで、フェイトはそれが自分に起こっていることと同じだと感じたようだ。

さらにはストラウスから同時に提示される解決策もあったことで、フェイトは母親を裏切るのではなく、母親のためだと自分自身を納得させたようだ。

ストラウスも嘘は言っていないし、それがこの二人のためになると考えていたからこその策だ。

幸せになるためにどうする事が最善の手か。ストラウスはそれを提示しただけだ。

『だが直接お前の母親への説得は逆効果だ。こう言ったケースでは近しい者が言っても頑なになるだけだ。第三者の立場に立ったものが客観的に感情的にならずに話をしなければならない』

ストラウスはそう言って、二人が彼女達の母親の説得に戻ろうとするのを止めた。

最悪の場合は力ずくで止める可能性もあったし、事実、近しい者が語れば双方が感情的になって余計に話がこじれる可能性が高いからだ。

そして管理局ならばその点は大丈夫だろうし、公的機関で警察のような相手にならばまさか力でどうこうしようとは考えないだろうと思ったからだ。

無論、感情が爆発して力でどうにかしようとするケースも考えたが、それは管理局が対応する事だ。

自分はお膳立てをするだけに過ぎない。

(これでこちらはうまくまわったな。あとはもう一人の探索者だが・・・・・・・)

もう一人の探索者は若い女性。年齢的に考えてこの子の親と言うにはどうにも見えない。

仲間かそれとも別の存在。もしくはフェイトの親が派遣したこの子達も知らない存在かもしれない。

どちらにしろ、二人から聞きたい情報はほとんど手に入れたし、管理局への対応策や二人がこちらの策を受け入れてくれた事で十分だ。

これ以上下手に情報を聞き出そうとすると、警戒心を持たれ先ほど受け入れてくれた策を否定するかもしれない。

(向こうへの対処は向こうがジュエルシードを回収した後だな。それに海に落ちたジュエルシードの正確な位置を把握するのは難しく、少々向こうも手間取るだろう)

ストラウスが回収し損ねたジュエルシードの最後の一つ。海の底の岩場付近に落ちている。

あれを即座に見つけ出し、回収することは難しいだろう。

尤も大まかな位置を掴んでいるのか、探索者は真っ直ぐ海の方へと向かっていく。

『ユーノ。この場はもう大丈夫だろう。あとはお前に頼みたい』

『はい! この二人も納得してくれたみたいですし、管理局も事情を話せばきっとわかってくれると思います』

『ああ。そう願いたいものだ。では残る問題は最後のジュエルシードと・・・・・・・』

言いかけた直後、それは発生した。

巨大な魔力のうねり。膨大な魔力があふれ出したのを感じた。

『なっ!? ジュエルシード!?』

今までに無い、大きな反応。まるで世界が揺れているかのような衝撃だった。

『一体何が・・・・・・・』

ストラウスは即座に意識を集中し、最後の一つのジュエルシードに何が起こったのかを探る。

天に伸びる光の柱。ジュエルシードよりあふれ出す魔力。

何が起こったのかはわからない。あの探索者もまだ海には到着していない。

ジュエルシードも封印処理こそされていなかったが、いきなり暴発するような前触れは無かったはずだ。

そして何らかの生物や無機物をジュエルシードが取り込んだだけでは、こんな風にはならないはずだった。

だが現実に、実際に、ジュエルシードは単体で暴走した。

そしてその魔力が周囲へと広がっていく。

ジュエルシードの恐ろしいところは魔力の量だけでは無い。その性質にこそ、本当の危険があった。

ジュエルシードは次元干渉型のロストロギア。次元に干渉する力を有しているからこそ、次元に影響を及ぼし、世界を壊してしまう可能性があった。

『・・・・・・・ユーノ。お前はこの場にいなさい。私は、ジュエルシードを止める』

『でもストラウスさん! こんな魔力、ストラウスさんだけじゃ!』

『大丈夫だ。私に任せておきなさい。だからお前はここで二人を頼む』

それだけ伝えるとすぐにストラウスはホテルから走り出し、全力で海へと向かう。

いかにストラウスと言えども、直接向かわなければ今のジュエルシードを封印する事は難しいだろう。

(この距離でもある程度抑えられるが、あまり時間が無いな)

封印自体は問題ない。これだけの魔力を放出していようとも、ストラウスが全力を注げば余裕で押さえ込める程度でしかないのだ。

そう、ストラウスはまだ知る良しも無い。

ブラックスワンを除くと人間において唯一勝利した存在にして、ある意味彼の人生全てを狂わせた存在が、すぐ近くまで近づいている事を、この時の彼は思いもしなかった。









あとがき

昔からあの男は口がうまかった。昔から小娘を扱うのはうまいものだ。

とはブリジットの談。と言うわけで、ストラウスにうまく丸め込まれるフェイトとアルフの巻。

うん。本当に何でもありのチートだからね、ストラウスは。実際これくらいなら余裕で出来るでしょう、多分。

次回はいよいよ新しい邂逅が目白押しの予定。

ストラウス、リニス、リンディ、クロノ、セイバーハーゲンがどんな物語を織り成すのか、お楽しみに。




[16384] 第二十一話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/07/11 15:50




ジュエルシードの暴走。

それは単独では何らかの生物を取り込んだり、エネルギーが具現化し何らかの形に発現すると言うものである。

しかし今回起こったものは、次元を崩壊させかねない次元干渉である次元震を引き起こした。

本来であればこんな事は起こりえない。

いや、封印処理のされていないジュエルシードに、外部から何らかのデバイスや魔法による魔力的な衝撃を与えれば起こりえるかもしれない。

だが誰もそんな事をしていない。

ストラウスもリニスも、第三者であってもそんな事をしていない。

そもそも最後のジュエルシードはストラウスの監視下にあったのだ。何かをしようとすればストラウスがそれを察する。

またジュエルシードにも魔力異変などの兆候は感じ取れなかった。

(詮索は後回しだ。もう一人の探索者に姿を見られる危険は高いが、この世界を吹き飛ばされるわけにも行くまい)

翼を広げ、全力で海へと飛翔する。周囲への影響を考え被害が最小限になるように調整した速度。

それでも軍用ヘリを上回り、ジェット機並みの速度で進む。衝撃波の影響を考えれば、これでもまだ速過ぎるくらいだ。

それでも世界そのものが消えるよりはマシと言う事でこの速度で向かった。

かなりの距離があったにもかかわらず、十分もかからず現場に到着。

魔力を開放し、ジュエルシードを抑えにかかる。

暴走したジュエルシードの魔力は管理局基準で言えばAAAランク魔導師でも簡単には抑えきれないほどのものだった。

しかしストラウスの魔力はAAAランク魔導師よりも、さらにはジュエルシードが内包する魔力よりも大きい。

光の柱の中。その中心地点にあるジュエルシードに魔力を放ち抑えにかかる。

収束していく光。膨大な魔力が強制的にジュエルシードを押さえ込み封印を行う。

ジュエルシードの魔力は暴れ狂い、まるで意思を持つかのようにストラウスの魔力に抵抗を試みる。

しかしジュエルシードの魔力を持ってしても、赤バラの魔神に抵抗する事は叶わない。

その桁違いの魔力で、卓越した技量で、冷静な判断力で、瞬く間にジュエルシードを押さえ込み封印を行った。

世界を揺れ動かした魔力はここに沈静化した。

「これで最後のジュエルシードの封印が終わった。だが・・・・・・・・・」

ジュエルシードを手のひらに納めると、すっとストラウスは後ろを振り返る。

そこには身の丈ほどもある巨大な斧のような武器を携えた一人の女性―――リニス―――が自分と同じように空に浮遊していた。

「・・・・・・・・何か私に用かな?」

理由などわかりきっているが、あえてストラウスはリニスに聞いた。

「では一つだけ。その宝石をこちらに渡してください」

返って来た答えはストラウスの予想通りのもの。ストラウスはリニスの接近には気がついていた。姿を見られることも承知していた。

ストラウスと言えども、この者に見つからずにあんな風に暴走したジュエルシードを封印する事は出来なかったからだ。

そしてこうなる事も予想していた。

「それは出来ないと私が答えればどうするつもりかな?」

表情をやわらかくして、笑みを浮かべながらリニスに問いかける。

「力ずくで頂いていきます」

返答と共にリニスの持つ漆黒の斧から魔力が溢れる。同時にそれが刃へとまとわり付いていく。

「はぁっ!」

斧を振りかぶり、リニスは真っ直ぐにストラウスへと向かっていく。

スピードは中々のものであった。ただしそれでもフェイトよりは遅く、ストラウスにしてみれば止まって見えた。

ストラウスから見れば、リニスの攻撃は脅威ではない。ざからを取り出し防ぐ事も、素手で受け止める事も余裕であった。

しかしストラウスはあえてそれをしなかった。彼はリニスの攻撃をわざとギリギリで避け、何度か相手に攻撃を繰り出させた。

「くっ!」

攻撃が当たらない。リニスは若干焦りを覚えるが、それでも攻撃の手を緩めない。

「フォトンランサー!」

リニスの言葉と同時に彼女の周囲に五つの発射体であるフォトンスフィアが発生する。そこから放たれる槍のような魔力弾。空を翔るストラウスに襲い来る魔力の槍の弾丸。

ストラウスは即座に海面へと急降下する。当然、リニスもそれを追う様にフォトンランサーを海面へと向かい撃ち放つ。

「逃がしません!」

五つのスフィアから連続で放たれる攻撃をストラウスは海面すれすれを飛びながら、相手との距離を保ち続ける。

「でやぁっ!」

フォトンスフィアを放ちながら、ストラウスの移動先を予測しリニスは自らも攻撃を仕掛ける。

海面近くにいるストラウス目掛け急降下を行い、斧による攻撃で相手を仕留めようと考えたのだ。

スピードを乗せて威力を上乗せした攻撃。まともに当たればAAAランククラスの防御とバリアジャケットを打ち砕くほどの威力を有した攻撃。

ストラウスは避けるそぶりを見せない。いきなりの奇襲に対処できないのだろうとリニスは思った。

これで決まる。そう考えながらリニスは斧をストラウス目掛けて振り下ろす。

だが結果は、彼女の予測を大きく裏切った。

「なっ!?」

リニスは驚愕に目を見開く。斧が受け止められた。しかも素手で。

AAAクラスの魔導師でさえ打ち倒す程の威力を込めた攻撃を、目の前の男は事も何気に受け止めた。その顔には焦りも疲労も苦痛も何も無い。

ただどこまでも表情を崩さず、まるで余裕であるかのようにも思えた。

実際、今のリニスの攻撃などストラウスにとってなんら脅威ではなかった。

もしこれがストラウスのような、純粋な魔に反発するような霊力を有した武器であったなら、彼はここまで余裕ではいられなかっただろう。

しかしリニスの攻撃はあくまで魔力によるもの。それをストラウスが魔力を集めた手で受けきる事など造作も無いことだった。

(う、動かない・・・・・・・!)

リニスは自分のデバイスを必死に相手の手から離そうとする。だがまるで万力で押さえ込まれているかのように、ストラウスの手から逃れる事は出来ない。

「少しお前の戦い方を観察させてもらった」

ストラウスは相手の武器から手を離すと、彼女と少しの距離を置き言葉を発した。

「何を・・・・・・・」

「お前はテスタロッサと言う名前に心当たりは無いか?」

「!?」

リニスの表情が変化する。同時に心臓が跳ね上がるような気がした。

やはりなとストラウスは思った。彼は何もリニスとの戦いを何の考えも無く手を抜いていたわけではない。

その気になればリニスが相手でも、それこそ十秒もあれば彼女を戦闘不能に追いやることは可能だった。

しかしそれだけでは不十分だった。こちらは姿を見られた上にジュエルシードを手に入れたことも知られてしまった。

さすがにこの状況では仕方がなかったとはいえ、あまりにもこちらにとっては不利なものとなってしまった。

だからストラウスはこの不利な状況を、少しでも打開するために策を練ろうと考えた。

計略を進めるには情報が必要だ。相手の詳細な情報が無ければ、相手を罠にはめる事も出来ない。

だからこそ、少しでも彼女から情報を得ようと考えた。持ち物を調べるのは最後でいい。

会話、動き、性格など、戦いを出来る限り引き延ばし、そこから少しでも情報を得ようとストラウスは考えたのだ。

そしてストラウスは先の戦い方で幾つかの情報を得た。

彼女が使ったデバイスや魔法はフェイトが使っていたものに似ていた。さらに動きもフェイトに通じる物があった。

いや、年齢的なことを考えるとおそらくは目の前の女性がフェイトに様々な指導を行ったのだろう。

そしてこの者が背後にいる者。母親の可能性を考える。

(戦い方は似ているが、母親と言うような感じではない。あまりにも若すぎる。フェイトは人間のようだったが・・・・・・・・。いや、血の薄いダムピールのような可能性も無いとは言い切れない)

様々な可能性を考慮に入れながら、ストラウスはフェイトに対して行ったように、言葉により相手から情報を得る次の段階に入る。

「やはりあの二人の関係者か。とすれば、お前があの二人の黒幕か?」

だがストラウスの言葉にリニスは若干怪訝な顔をする。ストラウスの語る『二人』『黒幕』と言う単語に心当たりが無かったからだ。

「あなたが何を言っているのかわかりません。そんな事よりも、あなたはどこでその名前を」

逆にリニスが聞き返す。ストラウスはリニスの言葉に若干考え込む。

先ほどテスタロッサと言う名前を聞いた時、彼女は確かに動揺した。しかしフェイトとアルフ(後でアルフの名前も聞きだした)の事を暗にほのめかしたのだが、そちらには一切の反応が無かった。

動揺を隠してとぼけているのかとも考えたが、どうにもそんな感じではない。

「わからない? お前があの二人を差し向けたあの子の母親では無いのか?」

直球を投げかける。これでどんな反応をするのか、それでストラウスは判断を行おうと考えた。

「あなたの言っている意味がわかりませんね。あの二人と言うのも、母親と言うのも・・・・・・」

その瞬間、リニスの頭にずきりと言う痛みが走った。リニスはデバイスを持っていない方の手で頭を押さえる。

―――リニス―――

誰かが自分の名前を呼んでいる。金色の綺麗な髪を有した元気で優しい女の子の姿が浮かぶ。

ズキンズキンと頭が痛む。何故こんなに痛いのか。

「とにかくあなたは何故テスタロッサの名前を知っているのですか」

痛みに耐えながら、リニスはストラウスに聞き返す。そんな彼女の様子に、ストラウスは自分の考察を深めていく。

(私の言葉で動揺した・・・・・・わけではないな。それにあの感じ。あれはまるで・・・・・)

ストラウスは彼女の症状に見覚えが合った。

かつての宿敵ブラックスワン。そのブラックスワンが歴代の記憶を無理に呼び起こそうとした時に似ている。

ブラックスワンの場合は、黒鳥がその中にいるステラやその娘やブラックスワンの不利益になる情報を、宿主に知られないようにするために頭痛を引き起こさせ時にはその魂を食い殺す仕組みになっていた。リニスの症状もそれに酷似している。

(何者かに記憶を意図的に消されている? それを無意識に引き出そうとしているのか?)

ストラウスはそう推測する。リニスがブラックスワンのような霊的、魔力的寄生体に取り付かれていないのは確認済みだ。

ストラウスならばそんな物がいれば即座にわかる。

とすれば考えられるのは何らかの方法で記憶を改竄されている場合。

(こちらから揺さぶりをかければ戦わずして終わらせられるな。それに記憶を完全に取り戻させればこちらに有利になる情報も得られそうだ)

もし何らかの記憶の改竄を受けているならば、それを実行した相手はフェイトの母親と言う事になる。

これは目の前の女性がフェイトの知り合いだったらと言う仮定の話だが、先ほどの戦い方からもその可能性は高い。

そして仲間の記憶の改竄を行うような人物なら、それはかなりの危険人物と言う可能性が高い。

(いや、もしくはセイバーハーゲンのような私心の無い、大義により行動している人間と言う可能性もあるな)

だがどちらにしろこちらにしてみれば変わらない。敵対する事には変わりなく、最終的には管理局を使いうまく押さえ込まなければならないのだ。

とにかくまずは目の前の相手に意識を向けよう。こちらもあまり時間を割くわけには行かない。

どうにもこの周囲を何者かに監視されているようだ。フェイトが使っていたような探索用の魔法がいくつも放たれている。

しかも単独ではなく複数である。

(フェイトの母親ともう一つは管理局と言ったところか?)

まだ管理局がこの世界に来るには早すぎるが、可能性としては高いだろう。偵察を先行させるのは当然の措置である。

だがこちらの姿を見せるわけにはいかなかったので、発見と同時にジャミングをかけ映像や音声を含めこちらの情報が何一つ伝わらないようにしている。

だがこれはあまりいい手ではない。

情報が何一つ伝わらないと言う事はこちらの情報を秘匿できる代わりに、相手にかなりの危機感を与えてしまう事だ。

偵察を出したが何の情報も得られなかった。しかもそれが相手のジャミングによる物で。

そうした場合、管理局はどう思うだろうか?

おそらくはこう思うはずだ。

『ジュエルシードを狙う何者かがこちらの偵察を邪魔している』と。

そうなれば彼らは即座にこの世界に乗り込み、ジュエルシードを狙う何者かと直接対決を行おうと考えるだろう。

もちろん指揮官によっては何らかの罠を警戒し慎重に事を運ぼうと、即座にこの世界へは来ないかもしれない。

だがジュエルシードがらみのことならば、そう長い時間静観していられない。ジュエルシードが暴走、もしくは悪用されればそれこそ世界が滅びる。

それを防ぐためにはと、正義感の溢れる人間や直情思考の人間が指揮官なら、すぐにでもやってくるだろう。

逆に冷静な指揮官なら先に偵察人員を放ち、本隊は情報を待つと言う戦法で来るかもしれない。

どちらにしろ、あまりこのジャミングを続けるのはデメリットしかない。

(時間も限られている。速やかにこちらの策に乗ってもらおうか)

ストラウスはリニスを丸め込むため、再び舌戦を挑んだ。







時を同じくして、時空管理局所属次元航行艦アースラ。

そのブリッジではストラウスのほぼ予想通りの構図が広がっていた。

「ダメです! サーチャーすべてジャミングで一切機能しません!」

「加えて、少し前に次元震の兆候を確認! 現状は沈静化しているようですが、詳細は不明!」

「ジャミング前にサーチャーが若干のデータを送ってきました。魔力量は・・・・・・SSSランククラス!? 何かの間違いじゃないのか、これ!?」

アースラオペレーター陣から次々にもたらされる情報に、さすがのリンディも顔をしかめている。

二時間ほど前、ようやくサーチャーを放てる場所まで到達したアースラは、現地の様子を探るためにサーチャーを放った。

もちろん現地住民やジュエルシードを狙う何者かに気づかれないように、細心の注意を払いステルス性を持たせた物を多数放った。

サーチャーはすぐにでも現地の様子をアースラに届けてくれるはずだった。

しかし異変はすぐに起こる。サーチャーが現地に到着した瞬間、強力なジャミングがかけられ、すべてのサーチャーとの通信が途絶えた。

それから二時間。幾度と無くサーチャーを放ったが、そのことごとくがジャミングにより通信途絶となった。

「ありえないわ。こっちのサーチャーは対魔力ジャミングを施したものまであったのに」

サーチャーに対してのジャミングは、管理世界では当然として存在する。当たり前だ。偵察用の魔法をそのまま何の対策もせずにしておくはずが無い。

管理局や非合法組織はそれぞれの技術を駆使して、より高度なサーチャーを、ジャミング兵器や魔法を使用した。

そんな中で管理局の技術開発部は、ジャミングに対してもある程度耐えられるサーチャーの開発にも力を入れていた。

アースラにも配備された最新鋭のサーチャーは、並みの魔導師どころかAAAランククラスの魔導師や魔法に対しても、ジャミングを無効化するほどの高性能を誇った。

しかしそんなサーチャーも強力なジャミングの下、一秒と持たずに通信途絶。

現状、アースラは何の情報も得られぬまま、二時間と言う時間を消費した。

「艦長! このままでは埒が明きません。直接現地に赴いて・・・・・・」

「いけません、クロノ執務官。現状で向こうの様子がわからない以上、直接乗り込むのは危険です。それにこれは何者かの罠の可能性が高い」

クロノの言葉をリンディは即座に反対した。

強力なジャミングで情報を遮断。そして痺れを切らし直接乗り込んできたところを奇襲する。

もし悪意を持った犯罪者ならば、そんな事を当然のようにしてくるだろう。

リンディの懸念は当然である。下手をすればこちらの戦力を無駄に消耗するだけだ。

この強力なジャミング下では、向こうに人員を送り込めたとしても何かが起こっても知る術は無く、何かが起こった際、救援を呼ぶことも救援を送る事も出来ないのだ。

そんな無謀な行動をリンディは指揮官として見過ごすわけにはいかなかった。

だが彼女とてこのままではいけないということは理解している。

このままでは悪戯に時間だけが過ぎてしまう。危険を承知で向こうに向かわなければ最悪の事態すら起こりうる。

すなわち、複数の次元を巻き込んだ次元震。次元災害が起こる。

次元災害が発生した場合、失われる命は直接・間接含め天文学的な数字にすらなりうる。

すでに次元震の兆候を確認しているのだ。いつ最悪の状況になってもおかしくは無い。

「僕は執務官です。多少の危険は承知のうえです」

クロノは右手の人差し指と中指に一枚のカードのようなものを挟み、上段の艦長席に座るリンディに言う。

クロノは年齢に似合わず沈着冷静で経験もつんでいる優秀な執務官だった。そしてアースラの切り札とも呼ばれる魔導師でもある。

だからこそ、彼は自分が切り込み隊長となり状況を打開しようと考えた。普段ならこれは少々無謀だとも思うところだが、今のアースラには武装隊員も多くいる。

何よりも自分よりもさらに優秀な母であるリンディに加え、本局でも有数の魔導師であるセイバーハーゲン少将がいる。

もし自分に何かあっても、何とかなると考えた。

「無謀な真似をするつもりはありません。あくまで情報収集に徹します」

その言葉にリンディは少し考え込む。確かにクロノの言う事も尤もである。

母親としては息子を危険な場所に送り出したくは無いが、時空管理局に所属する次元航行艦の艦長として考えるならば、クロノを送り出すと言う選択肢を当然考え、またそれ以外の方法が無い場合はそれを選択しなければならない。

「わかりました。ではクロノ執務官に「いや、我が出よう」・・・・・・セイバーハーゲン少将?」

リンディの言葉を遮り、彼女の後ろに座っていたセイバーハーゲンが口を開いた。

「現状ではクロノ執務官よりも我の方が適任だ。実力、経験とも我の方が上。ならば万が一の際もクロノ執務官よりも無事でいられる確率は高い」

彼女の言葉にリンディは何も言えない。確かにその方が無事に戻ってこれる確立は高い。

そしてリンディにしてみれば、この状況下ならばセイバーハーゲンに出向いてもらう方が安全であると考えていた。

息子のクロノの実力は認めているが、セイバーハーゲンと比べると差は一目瞭然だ。

もし何かあった場合でも、セイバーハーゲンならば何とか切り抜けられよう。

「ですが少将。罠の可能性もあります。お一人では危険すぎます」

「艦長の意見に賛成です。ですので僕も同行させてください。足手まといにはなりません。それに武装隊を数名連れて行くよりも、僕一人を同行させて頂いた方が万一の場合でも対処しやすいと思います」

リンディの言葉にクロノが補足する。

罠だった場合、一人で出向いた場合、最悪の事態に発展する可能性が高い。

しかし武装隊を数名連れて行っても、セイバーハーゲンとの実力差が大きすぎて連携も望めず、逆に彼女の足を引っ張る可能性のほうが高い。

しかしクロノの場合、実力はセイバーハーゲンには及ばないものの、武装隊よりも実力は高く、万が一の場合でもセイバーハーゲンの足を引っ張る可能性は低い。

セイバーハーゲンもその事を理解しているし、ここで一人で出向くとごねるわけにも行かない。

確かめたい事はあるが、優先させなければならないことくらい理解している。

「わかった。クロノ執務官に同行を願う。それでよいか、リンディ艦長?」

「はい。お願いします。アースラはこの場にて待機。サーチャーは無駄かもしれないけど、出来る限り現地に放ちます。武装隊も万が一の事態に備えて待機させます」

「了解した。では行こうか、クロノ執務官」

「はい!」

こうしてアースラより無限十字と若き執務官が地球へと向かった。

そして二人は出会う。

赤バラと称されるかつて至高の王と称された魔神に。







プレシアは今まで以上に焦っていた。

リニスとの通信がつながらないばかりか、こちらが飛ばしたサーチャーのすべてがジャミングを受けて何の情報も伝えてこない。

ありえないとプレシアは思った。自分が放ったサーチャーは一つや二つではない。

それこそ百を超えるサーチャーをあの小さな町へと放ったのだ。

もちろんプレシア一人でこれだけの量を操作できるはずも無く、またその魔力も足りていない。

だが彼女は優れた科学者である。彼女の居城の時の庭園の動力炉の魔力と魔法技術を用いれば、自分にあまり負担をかけずに複数のサーチャーを操作し別の次元世界の様子を探ることが可能だった。

だがこれはあまりやりたくなかった。

理由は時の庭園の魔力をあまり無駄にしたくなかったからだ。サーチャー一つに使用する魔力は少なくとも、それが百を超えれば話は違ってくる。

さらには別の次元に送り込むための転移魔法や操作に必要な物、こちらで情報を解析するなどで魔力の量も馬鹿にならない。

プレシアとしてみれば、万が一の保険として時の庭園の魔力は出来る限り温存しておきたかった。

膨大な魔力を生み出せる時の庭園の魔力炉と言えども、一度に作り出せる魔力には限界があり、また貯めておける量にも限度がある。

時間を置くのなら何の問題も無いが、今のプレシアには一分、一秒でも惜しかった。

だからこそ、この時の庭園の魔力をかなり使う事になろうとも、少しでも情報を得るために、ジュエルシードを手に入れるために行動に移した。

それなのに第九十七管理外世界に送り込んだサーチャーは、すべてが無駄になってしまった。

広域のジャミング。それも半径百キロ以上を完璧にジャミングしている。

なんだこれはと、プレシアは思った。ありえないとも思った。

この世界は魔法が発達していない世界のはずだ。もし仮に魔導師がいたとしても、一個人でこんな事が出来るはずが無い。

これだけの広範囲を長時間ジャミングを続けるだけの魔力を用意しようと思えば、それこそ時の庭園の魔力炉と同等かそれ以上の物が必要となる。

またそれだけではなく高性能のデバイスか、それ以上の演算能力を有したものが必要だ。

この世界にはそんなものが存在するのか?

もし仮にそんなものが存在すれば、すでに管理局が介入しているはずだ。

ならば一魔導師がこれを?

それこそ馬鹿な話だ。これだけの事を行おうと思えば、管理局基準でSSランク以上の魔導師が、それも複数人でもいない限りは不可能だ。

それがこんな辺境の管理外世界にいるとでも?

管理局でも五%ほどしかいないAAAランク以上の魔導師の中でも、さらに限られたランクの魔導師がこんな場所に?

ふざけるな。そんな馬鹿な話があるわけが無い。

「何が、一体何がどうなっているの!」

ドンとプレシアは怒りに任せて近くの壁をたたきつける。

願いが叶うはずだった。今度こそ、アリシアを蘇らせれるはずだった。

ジュエルシード。それさえ手に入れば、失われた都『アルハザード』へたどり着き、そしてアリシアと共に幸せな日々を取り戻せるはずだった。

だが彼女の思惑は無残にも打ち砕かれる。

「フェイトもその使い魔もリニスも、誰も役にたたない・・・・・・」

もう手持ちの駒は何も無い。ならば諦めるか?

冗談じゃない。諦められるはずなんて無い。

自分にはもう時間が無いのだ。これが最後のチャンスなのだ。

「絶対に諦めるものですか。何としても、この手でアリシアを取り戻す」

プレシアは諦めない。その命が尽きるその瞬間まで。

だからこそ、動かせるものが誰もいないのなら、自らが赴くしかない。

時の庭園を転移させてもいいが、それは最後の手段。

時の庭園の質量を地球に転移させるのに必要な魔力は、それこそ今ある魔力炉の魔力全てをつぎ込まなければならない。

ただしこれは時の庭園を安全に、狙った場所に何の影響も与えないで転移するためのものだ。

もし何も考えずに、ただ転移するだけならばもう少し魔力は少なくて済むが、そんな事は出来ない。

そんな事をすれば時の庭園にどんな影響が出るかわからない。

拠点であり、アルハザードに渡るために必要な万が一の保険なども含めて、この時の庭園は出来るだけ無傷で存続させなければならない。

ゆえに単身で赴く。

行く先に何があるのか分からない。どんなものが、どんな存在がいるのかもわからない。

だがそれでも彼女は行く。最愛の娘を取り戻すために・・・・・・・・。

彼女はたった一つの思いを胸に、地球へと赴く準備を進めた。







あとがき

どうも。先日もうすぐ後半に突入って言っといて、終わりが見えてこないorz

そしてすいません。今回でセイバーハーゲンと邂逅させる予定が次回に持ち越しに。

いや、構成が長引いてしまって。

ここからさらにもうひと悶着も、二悶着もする予定。

おかしいな。赤バラさんが本気で動いてるはずなのに、まだ解決しない。

いや、赤バラさんの場合、本当に運が無いからこうなってるんですよ、と言い訳してみる。

さて、メインキャラも出揃い、そろそろメインキャラ同士の絡みも増やして行きたい。

主にプレシアさんと他のキャラ。

原作で絡みが少なかった人と絡みを持たせる予定。主にあの子。

どうなるかは次回以降をお楽しみに。




[16384] 第二十二話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/07/11 15:54




ストラウスはリニスに揺さぶりをかける。

相手の正体が何なのか予想はついている。

記憶障害を起こしていたり、フェイトやアルフに関しても知っているようだ。

ならば相手を動揺させる、もしくは記憶を蘇らせる手段は多々ある。

このまま力ずくで相手を倒しても良かったが、記憶を操作されていると言う事は普通の状態ならば黒幕にとって不利になると言う事。

そして管理局の事や黒幕に気づかれないためにも即座に記憶を呼び覚まし、こちら側に引き込む必要性がある。

「お前がジュエルシードを集めるのは、本当にお前の意思か? その様子から何者かに記憶操作をされているように見受けられる」

「あなたは何を言って・・・・・・」

「テスタロッサと言う名前だけではない。『フェイト』、『アルフ』と言う人物の名前に心当たりは無いか?」

二人の名前を出す。なぜ自分が二人の名前を知っているのかと言う疑問や相手の警戒心をさらに増すだけになってしまうかもしれないが、ここは危険でもカードを切る必要がある。

交渉は戦い。間合いを読み、相手の思考を読み、相手の弱点を探り、的確にこちらの切り札を切る。

ストラウスの言葉にリニスはさらに頭痛を酷くする。ズキン、ズキンと頭の芯から痛みが響く。

(フェイト・・・・・・・アルフ・・・・・・・)

リニスはフェイト、アルフと言う名前を心の中で呟く。

霞がかった景色がゆっくりと薄れていく。段々とはっきりした人影が、景色が脳裏に広がっていく。

(なん、ですか、これは・・・・・・)

自分は知らないはずだ。フェイトと言う名前の人物も、アルフと言う名前の人物も。

自分の知る人は主であるプレシアただ一人のはず。

なのに何故『フェイト』と『アルフ』と言う名前を聞いただけで、こんなに頭が痛いのだ。どうしてこんなに胸を締め付けられるかのように苦しいのだ。

「二人の名前がお前を苦しめているのなら、確実にお前は何者かに記憶を操作されている。お前のデバイスも戦い方もフェイトに似ている。フェイトを鍛え上げたのは、お前ではないのか?」

手持ちの情報から推測し、ストラウスはリニスに問いかける。ただし彼は手持ちの情報をつなぎ合わせているだけで、それが本当であるかどうかなど知らない。

当たっていればいい。外れていれば別の切り口から攻める。ただそれだけの事だ。

すでに主導権はこちらが握っている。

はっきり言ってしまえば、口でストラウスに勝つのは至難の技である。

交渉ごとはお手の物。ストラウスはその気になれば昼と夜、あまねく世界を支配化に置く事さえ可能な魔神なのだ。

それも力ずくではない。ただの交渉だけで・・・・・・・。

彼の娘・ブリジットは言った。『真っ直ぐな武力のみで守れるものなどたかが知れている』と。

その教えを説いたのは彼である。そしてその教えどおり、ブリジットは武力ではなく交渉を含めた様々な権謀術数で血族を守り続けた。

現にかの世界の黒幕であったGM御前すら簡単に手玉にとって見せた。

そんな彼女でさえストラウスを超えたとは思っていない。またそれは事実でもあった。

この魔神は力が強いから最強なのではない。すべてにおいて最強なのだ。

そして相手を切り崩すために必要な最低限の情報を手に入れた彼に、策略や計略を得意とするタイプで無い場合、舌戦で勝つのは不可能だ。

「あの二人の黒幕。おそらくはフェイトの母親だろうが。あんな幼い娘をジュエルシードと言う危険な物を回収に向かわせる。それ自体あまり褒められたものではない。そしてジュエルシード拡散の背景やあの子達がこの世界に現れたタイミングを考えれば、不審な点は多い。あの二人やお前はその人物に利用されているのではないかと私は勘繰ってしまう」

ストラウスの言葉がリニスの耳に届くたびにさらに頭痛は酷くなる。

母親、娘。そういった単語がリニスの中で反復される。

痛みがきつくなったのか、リニスはデバイスを維持できずに待機状態に戻し、両手で頭を押さえ始めた。

「お前はどうなのだ? 私の言葉が戯言に過ぎないと一蹴するか? それともお前の失われた記憶が私の言葉を肯定しているか?」

幾度と無く揺さぶりをかける。

ドクン、ドクンとリニスの心臓が跳ね上がる。

「あ、あっ、あっ・・・・・・・・」

頭の中を覆っていた靄のような物が消えていく。そこから見える光景と二人の人物。

金髪の少女とオレンジの髪をした女性。

「フェイト、アルフ・・・・・・・・」

もう一度二人の名前を呟き・・・・・・・。

「あああああぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」

空に向かい絶叫した。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・・・」

息を荒くしながらも、リニスは呼吸を落ち着ける。

すべてを思い出した。二人のことを。主であるプレシアについての事を。

そして自分が見てしまった培養液の入ったポットに浮かんだ女の子の事を。

「プレシア・・・・・・・」

自分はあの時、契約が切れて消えるはずだった。

プレシアとの契約はフェイトを育て上げ、立派な一流の魔導師にすること。

それが終われば自分はそのまま消滅する運命だった。

それが主であるプレシアと結んだ契約であり、そこに恨みは無い。自分はその運命を受け入れた。

けれども心配事はあった。プレシアとフェイトの事だ。

最初はプレシアはフェイトを愛していると思っていた。研究が忙しく、娘との時間をとれないだけだと。その本心では娘を愛しているのだと思っていた。

でもそれは違った。

プレシアが愛していたのはフェイトではなかった。

リニスが見た、見てしまったポットに浮かんだ一人の少女。

プレシアの本当の娘である『アリシア』。

彼女が本当に愛していたのはアリシアだった。

そこからリニスとプレシアはすれ違いを続けた。

けれどもリニスに出来た事はフェイトを育て上げる事だけ。

主を救えず、また捨てる事も出来なかった。同時にフェイトに真実を告げることも出来なかった。

フェイトを実の娘のように思っていた。またプレシアも尊敬していた。

だからこそ、何も出来なかった。

どちらかを救えばどちらかが間違いなく絶望と破滅を迎える。いや、最悪の場合は二人とも絶望と破滅を迎える可能性さえあったのだ。

結局は現状を続けるだけ。どちらを救う事も出来ず、ただ二人が救われる事を願うだけしか出来なかった。

自分の手で、決定的な破綻を作りたくなかった。今の関係を壊したくなかった。

それがいずれは崩壊してしまう砂上の楼閣であると知りながら。いずれはどちらにとっても最悪な結末を迎えるものである可能性を秘めたものであると知りながら。

どちらも大切に思っていたから。

いや違う。ただ怖かっただけだ。どちらも不幸になるところを見たく無いと言う弱さ。

そして消滅の時は来た。

フェイトを一流に育て上げた。そしてリニス自身、高性能な使い魔であり、病に犯されたプレシアが維持し続けるにはあまりにも負担が大きすぎた。

存続する事でプレシアの短い寿命をさらに縮めてしまう危険性があった。

だからこそ、彼女は消滅を受け入れた。

アルフにフェイトの事を頼み、フェイトには愛機であるバルディッシュを託し、そのまま姿を消した。

時の庭園の片隅で、誰にも気づかれずに、誰にも知らずにひっそりと静かに。

プレシアとフェイトに新しい絆が生まれる事を願って。

それが出来なくてもプレシアが穏やかな最後を迎え、フェイトが自分の幸せを見つけてくれる事を願った。

両者を救うにも、奇跡が起こることを待つにも、リニスに与えられた時間は短かった。

そしてリニスは消滅したはずだった。

(でもプレシア。あなたは私は存続させた)

プレシアがリニスはギリギリで存続させたのは、万が一の事態になった時のため。フェイトが役に立たなかった時、またはフェイトを失ってしまった時のため。

その結果がここにいる自分である。

(それでも私に残された時間は少ない。あと・・・・・・・一日持てばいいほうでしょうか)

内包する魔力とデバイスに溜め込まれた魔力を考えればあと一日が限度。それも極端に魔力を消費しない事を限定に考えれば。

自分が存続するには誰かの使い魔になるのが一番手っ取り早い。しかし彼女クラスの使い魔を維持するには膨大な魔力を持った魔導師が必要だ。

プレシアクラスの魔導師。いや、それ以上の魔導師が必要だ。プレシアは条件付とは言えSSランクの魔導師だった。

その彼女をもってしても、リニスを維持するのは楽じゃないと言わしめるほどの存在。

そんな彼女を使い魔にする酔狂な人間がいるのか。仮にいたとしても、使い魔の契約を結べばそれ以外に魔法が使えない状態に陥りかねない。

(そんな魔導師がいるはずが無い・・・・・・)

それに自分は一度は消滅するつもりだった。今存在しているのはプレシアが自分を利用しようと考えたからだ。

どうすればいいのかと、自問する。自分がプレシアから与えられた情報は少ない。

ジュエルシードを早急に回収すること。

ただこれだけ。

フェイトやアルフの事も他には何の情報も無い。

だがフェイトやアルフの情報は目の前にある。まずは話を聞くことが先決。

そう考えるとリニスはストラウスに向き直った。

「見苦しいところをお見せしました。そしてあなたを襲撃した件につきましても謝罪を。私はリニス。一時期、フェイトとアルフの指導を行っていたものです」

優雅に一礼しながら、リニスは自己紹介を行った。

「私は本名は伏せさせてもらいたい。変わりに赤バラとでも呼んでもらおう」

「赤バラ、ですか?」

「ああ。ではリニスと言ったな。私はお前に聞きたいことがあり、お前も私に聞きたいことがあるのだろ?」

その言葉にコクリとリニスは頷いた。相手は頭の回転の速い人物だ。

こちらの考えている事もお見通しだろう。ならば下手な嘘などつかずに正直に答える。

そうすればこちらが欲した情報ももらえるだろう。

ただし、どこまでこの人に話すかと言う事だ。プレシアの件、アリシアの件、フェイトの件。こちらが隠さなければならない事は多々ある。

質問されても答えられないことばかりでは、相手に対して悪い印象しか与えない。

それでも隠し通さなければならない事は山ほどあるのだ。

そんな決意を強めながら、ストラウスも同じようなことを考えていた。

(相手も明かしたくないことは山ほどあるだろうが、それはこちらも同じ。だが相手が協力的ならばこちらもやりやすい)

リニスと同じようにストラウスも秘密にしなければならない事は多い。

自分のこと、なのはの事などである。

そういう意味ではストラウスもリニスと同じだ。

ただしこう言う交渉において自分の弱みを見せることは絶対にしてはいけない。どこまでも自分には弱点は無いと強気の態度を見せなければならない。

そうしなければどこから相手に付け込まれるかわからないからだ。

お互いがお互いから情報を欲しながらも、相手に情報を与えないようにする。さながら狐と狸の化かしあいだろう。

だがこの場に二人にとって招かれざる客が現れようとしていた。

管理局と言う、双方にとっての鬼門。

そしてストラウスにとって、最悪の人物が・・・・・・・。

ピクリとストラウスは反応した。何かが来る。直感もそうだが、彼の魔力探知がそう知らせた。

ここ数日で何度も感じた転移魔法。それがここにやってくるのを。

しかし感じた時にはすでに遅かった。出現のタイムラグはおよそ一秒か二秒。その僅かなタイミングではこの場を離脱するのは不可能だった。

だがストラウスがほんの僅か、刹那にも満たない一瞬だけ硬直した。彼は感じたのだ。

ある人間の霊力を。馬鹿なとストラウスは思った。

その霊力はかつて自分を苦しめた人間のもの。間違えるはずが無い。この独特の、研ぎ澄まされた霊力。

そしてそれは現れた。

何も無い空間に光が生まれ、そこから現れる二つの人影。

一人は甲冑を見にまとい、顔まで完全に覆い尽くした人物。もう一人はまだ幼い少年で、全身を漆黒の衣服で包んだ少年。

マリア・セイバーハーゲンとクロノ・ハラオウン。

アースラより派遣された管理局の人間。

空間転移を無事に成功させた二人は周囲を見渡す。この場に転移したのは偶然ではない。

観測に引っかかった次元震の兆候。その中心点を割り出し、そこを転移先として登録したのだ。

ジャミングのためうまく転移できないかと懸念したが、どうやら成功したようだ。クロノは内心ほっとしていた。

ちらりとクロノは横にいる顔まで隠す甲冑をイメージしたバリアジャケットを纏ったセイバーハーゲンを見る。顔を隠しているためその表情はうかがい知れないが、彼女はこの場にいた一人の男を見ているようだった。

この場にいたのは一組の男女。互いに戦闘行為を行っているようには見えない。次元震の反応も、ジュエルシードの暴走もない。

目の前の二人がこれを抑えたのだろうか。それともこの二人が起こしたのか判断がつかない。

そんな事を考えているとセイバーハーゲンが口を開いた。

「時空管理局所属マリア・セイバーハーゲン少将だ。そして・・・・・」

「同じく時空管理局所属・執務官、クロノ・ハラオウン」

セイバーハーゲンが名乗りを上げた事に続き、クロノも自分の所属と名を告げる。

さすがに上司である彼女を差し置いて先に名乗りをあげるのははばかられたので、クロノは彼女が名乗りを上げるまで自分の名前を述べなかった。

(時空管理局!? それに少将と執務官!?)

リニスは口には出さなかったものの心の中で驚愕した。管理局が来る事もそうだが、少将と執務官と言う時空管理局の中でも、選ばれた優秀な人物でしか得る事の出来ない称号を持った人物が現れたからだ。

しかも時空管理局の少将。目の前に立っているだけなのに、その威圧感は相当なものだった。

同時にストラウスも驚愕した。目の前に現れたセイバーハーゲンと名乗る人物。彼の良く知る人物と同じ甲冑に霊力。まさか本人かと思ってしまう。

いや、この感じは本人以外に考えられない。

だが彼女は人間であり、最後にステラの真相を聞きだした時にはすでに高齢であり、霊力も絶えていた。

それなのに目の前の人物の体から感じる生気は死にかけの人間の発するものではない。また霊力もセイバーハーゲンの全盛期にも勝るとも劣らない。

さらに魔力。こちらも感じる魔力はフェイトクラス。下手をすればフェイトすら上回る。

(これは、誰だ?)

ストラウスもセイバーハーゲンと名乗る人物に視線を向ける。

目の前の人間は一体なんだ。本当にあのセイバーハーゲンなのか? それともただ似ているだけか? もしくはなのはのようにただの生まれ変わりなのか。

様々な可能性をストラウスは考える。

だがその中で一番の最悪な事態が脳裏をよぎる。

それは・・・・・・・。

「久しいな、赤バラ王」

その言葉にストラウスは自分の中にある最悪の事態が、現実に起こりうると想像してしまった。

もし目の前のセイバーハーゲンと名乗った人間がただの生まれ変わりなら、自分の正体を隠し通せばそれで済むだけだった。

今の自分は夜の国の大将軍でも王でも無い。ヴァンパイアである事も知られていない。ならば力を抑え、人間にしては凄い魔力を持っていると思わせるだけでよかった。

あとは交渉次第で自分やこの世界、なのは達へ干渉されないようにすればそれで終わりだった。

だが彼女は言った。『久しいな、赤バラ王』と。

自分が赤バラであり王であることを知っている。そしてセイバーハーゲンと言う名前と姿。その霊力。

間違いない。目の前のセイバーハーゲンは千年前、自分と敵対したあのセイバーハーゲンなのだと。

そして最悪の事態とは、すなわち『ブラックスワン』の再来。

ストラウスを倒せるのはストラウス自身。赤バラの魔神の血を受け継ぐ者の力を利用すれば、赤バラの魔神を滅せるのではないか。

かつてのセイバーハーゲンはそう考え、ブラックスワンを生み出した。

ブラックスワンの誕生に必要なものはストラウスの血を受け継ぐ子の魂。

この世界ではストラウスには直接の子供はいない。

だがたった一つだけ、一人だけ、赤バラの魔神を滅せる可能性を持つ者がいる。

高町なのは。

ストラウスとステラの生まれてくるはずだった娘の魂の生まれ変わり。

この場合、ステラと言う子の魂を安定して加工させるのに必要な母親の魂は存在しない。いや、もし桃子の魂で代用が可能ならば、彼女すら犠牲になる。

さらになのはの因果はストラウスに強い結びつきを持っている。魂においても、現世においても。

付け加えればあの子の力は予想以上に高い。霊力魔力とも成長すれば人間の範疇を超える可能性を有している。

彼女を殺し、その魂を加工して新しいブラックスワンを作り出す事はセイバーハーゲンにしてみれば不可能では無いだろう。

その結果誕生する新しいブラックスワンは、一代にておそらく五十代目花雪を上回る能力を有するだろう。

(それだけは、それだけはさせん!)

ぐっと拳を握り締める。あの時、最後の邂逅の際、セイバーハーゲンは己が行いを悔いているようだった。

ステラを殺し、その魂をブラックスワンにしたことを。自分が引き起こした惨状を。

けれどもそれは私心からではなく人類と世界を思っての事。大義によるものだった。

ゆえにストラウスが世界の敵となるのなら、世界を平らげ、人類を支配する可能性を危険視するのなら、セイバーハーゲンはどれだけ己の手を汚し、地獄に落ちる事になろうとも策を実行する。

外道と言われても、非道と罵られても、どれだけの血を流し、どれだけの人を犠牲にしようとも、それにより大勢の人々が救われるのなら、彼女は間違いなくその道を進むだろう。

だがそんな事あの子にはまったく関係ない。

自分が殺されるのはいい。自分は罪深い存在なのだ。数多の人々の命を奪い、必要だからと言う理由で大勢の人々の運命を生活を歪めてしまった。

けれども自分の娘の魂を受け継ぐだけのなのはには、何の罪も無い。

あの家族の幸せを奪っていいはずが無い。

あの子やあの家族に何の罪がある。あの子達はただ毎日を平和に平凡に、幸せに生きているだけだ。

あの家族の笑顔が好きだ。あの家族の幸せな光景が好きだ。

士郎がいて、桃子がいて、恭也がいて、美由希がいて、久遠がいて、なのはがいて・・・・・。

自分を受け入れてくれた大切な人達。

自分が何においても守りたいと願った人達。

だからこそ、何が何でも守ろうと決めた。

(なのはの存在を絶対に知られるわけにはいかない。もし知られれば・・・・・・)

最悪の光景が脳裏に浮かぶ。千年前に見たステラと生まれてくるはずだった娘の亡骸。

ブリジットが遺体を出来る限り元の姿に戻すように指示していたが、とても見れたものではなかった。

元々殺された際にほとんど人の形を留めていなかったのだ。どれだけ元の姿に近づけるようにしても限界があった。

そしてそれが自分の最愛の妻と生まれてくる娘の成れの果て。それを見た時のストラウスの衝撃がどれほどのものだったか。

(あんな、あんな思いを二度としてたまるか。士郎達に、あんな思いをさせてなるものか!)

ストラウスは必死にこの状況を打開する策を探る。自分が死ぬだけで終わるならそれでもいい。

だが最悪とは自分の予想のさらに斜め上を行く。ストラウスはそれを身をもって知っている。

ゆえに安易な死に逃げる事はしない。憂いをすべてたった後、自らの命を差し出さなければならない状況ならば喜んで命を差し出そう。

だからこそ、まずはセイバーハーゲンから情報を引き出す。

「・・・・・・・久しいと言ったな。逆に聞きたい。お前は誰だ?」

自分が赤バラと呼ばれるヴァンパイアの王であると言うことに対して、白を切りとおすことは出来ないだろう。相手はセイバーハーゲン。そんな子供だましの手が通用するような相手ではない。それが通用するのなら、彼女がストラウスの最大の敵になりえることなどなかったのだから。

「貴公が混乱するのも無理は無いことか。我とてこうして貴公と再び話をすることになるとは思わなかった」

淡々と語るセイバーハーゲンにストラウスは幾通りもの策を考える。

(現状、セイバーハーゲンが管理局に所属しているのなら目的はジュエルシード。私はたまたま居合わせた程度か? いや、セイバーハーゲンの動揺が少なすぎる。これは私が予めここに居ると言う事を知っていたと言う事か?)

もしストラウスのように突発的にセイバーハーゲンがストラウスの姿を見たならば、もう少し動揺するはずだ。

なのに彼女の動揺はほとんど無いように見受けられた。これは最初から自分が居ると言う事を頭の片隅にでも思っていなければ考えられない事。

それにこの世界は自分達がいた世界とは違うのだ。もしセイバーハーゲンがこの世界の事を知らないのであれば、元の世界の地球と考え自分がいる可能性を考慮しているはずだ。

だが次元を渡るすべを持つ管理局と言う組織に所属し、名乗った階級からすればかなりの地位にいる彼女がこの世界の事を調べないと言うことがあるだろうか?

そしてユーノから聞いた話ではこの世界は管理外世界と言う名が与えられていた。つまりは一度は調査していると言う事だ。

その際にセイバーハーゲンはいなかったのかもしれないが、赤バラと言う世界を滅ぼす可能性が存在する世界を再調査させる事など、彼女の手腕を持ってすれば容易いはずだ。

千年前でも各国の軍に介入しストラウスを倒すため、戦略、戦術、権謀術数を駆使して数限りなく切り結んだ。

セイバーハーゲンとは、人間の中のストラウスと言うほどに優秀な人間なのだ。

その人間が今の今まで何の調べもしなかった。あるいは調べたがその際には見つけられなかったと言うのならわかる。

だがその場合、自分と遭遇した場合の動揺はかなりのものになるはずだ。自分が動揺して見逃したか?

いや、違う。セイバーハーゲンはまるで自分がいることを知っていたかのように久しいなと言った。

どこまで知っているのか。高町家のことは知られているのか? なのはの事は?

ストラウスは何とかセイバーハーゲンに気づかれないようになのはの気配を探り、周囲に不審な人間がいないか調べる。

なのはは神社で狐の姿の久遠と遊んでいるようだ。周囲には猫がたくさん集まり、久遠が若干じゃれ付かれて泣きそうになっている。昨日の今日だと言うのに二人とも元気な事だ。

だがそれ以外に不審な動きもサーチャーのようなものも見当たらない。

それに今までも幾度と無く何者かが不穏な事をしないように調べていたのだ。ストラウスの監視網を潜り抜けて調べるなど、それこそ神でもなければ出来ない。

(それともセイバーハーゲンは私の知らない間に、私を超える力を手に入れたか?)

ストラウス以上の力を持っていれば、なるほど確かに彼に気づかれずに様々なことを行えるだろう。そうなった場合、ストラウスには太刀打ちできない。

(情報が足りなさ過ぎる。状況も悪すぎる。いや、最悪と言っていい。こちらの思惑がことごとく逸れた上に、何もかも早すぎる)

道筋を組み立て、最善の行動を取っていたはずだった。どんなイレギュラーな事態が起こっても、それを立て直す筋道を立てていた。

だがその思惑は、セイバーハーゲンの登場と言う予想もしない事態により崩壊した。

残念な事に今は頼れるものは自分ひとりしかいない。

ここにはブリジットもいない。彼女がいれば、何とか彼女の力を借りて事態を好転させる算段をつけるのだが、いない者を頼っても仕方が無い。

(だがなのはの存在を知られていない前提で考えるのなら、ここに留まり続けるのは得策ではない)

なのはの存在を知られていた場合、もう現状で打てる手はセイバーハーゲンを亡き者にして、彼女が残しているかもしれない術の資料をすべて消滅させることしかない。

だがこれをした場合、管理局との全面戦争になりかねない。かつての彼女なら、自分を殺すためにありとあらゆる手を使うだろう。

自分が死んでもなお、管理局を利用し、自分を滅するように仕向けるくらい可能だろう。

だからこれは最後の手。

今はなのはの存在が知られていない事を前提にして、彼女を秘匿する策を取る。

今はまだジャミングをかけているため、なのはを感じ取られる心配は低いが、この場に留まっている限り何の拍子にその存在が明るみに出るかわからない。

ストラウスとセイバーハーゲンは互いに腹の底を探り合っているようだった。

しかしこのままでは埒が明かない。

「セイバーハーゲン少将。こちらの方はお知り合いですか?」

そんな折、不意にクロノが口を開いた。

「・・・・・・・・古い顔見知りだ。尤もこの者は我の顔など見たくはなかっただろうが」

「そう、なのですか」

その言葉にどれだけの意味が込められていたのか、クロノには判断がつかなかった。

だが彼は管理局の執務官として仕事をしなければならない。

「お話の腰を折って申し訳ありませんが、意見の具申を。執務官として、この二人から事情聴取をしたいと考えます。ついては、二人にアースラへの同行を願いたいと思います」

クロノと名乗った少年の言葉にストラウスはしめたと思った。

アースラと呼ばれる物が何なのかは予測の域を出ないが、おそらくは彼らの拠点。そこに自分達が向かえば、少なくとも注意をこちらにひきつけられる。

この世界の監視を続ける可能性は高いが、こちらはすでにジュエルシードをすべて回収し、協力者であるユーノも、探索者であり敵の情報を握っているフェイトとアルフもいる。

当事者はすべて集められ、危険物も回収済みとなれば、あとは黒幕を残すのみ。

その黒幕にしてみても、先ほどリニスを送り込んできた事もありしばらくは動かないだろう。

いや、サーチャーにジャミングをかけているからかなり焦っているかもしれないが、この相手になのはの姿を見られても問題ない。

すでに魔力と霊力は抑えるように言っているし、見た限りではただの内包する魔力が大きいだけの少女に過ぎない。

霊力による治療さえ見られなければ、そしてセイバーハーゲンと接触さえさせなければ、今のなのはに危険は無い。

ジュエルシードの暴走ももう起きない。ざからや久遠と言った身近の危険も取り除いた。

もうこの街に危険な物体は存在しない。

いや、少し離れた場所に一つだけ魔力を有した本とそれを監視するかのように猫の姿をした何者かがいたのをストラウスは見つけていたが、距離も離れているし、あのあたりまでなのはが行く可能性は低い。

だから現時点における優先度は低い。

優先させなければならないのはセイバーハーゲンへの対応。この対応を間違えれば、千年前と同じ悲劇が起こる。

だからこそ、ストラウスはクロノの申し出を受け入れた。

「わかった。そちらの・・・・・クロノ執務官だったか? 君の意見に従おう。それでいいか、セイバーハーゲン?」

「ああ、構わぬ」

ストラウスはセイバーハーゲンがあっさりと頷いた自分に対して、何も言ってこなかったので罠の可能性も考慮に入れるが、優先すべきはなのはの安全であり自分ではないので、些細な事を捨て置く。

隣のリニスもここで自分が敵対しても何のメリットも無いと思ったのか、素直にクロノの申し出を受け入れた。

その際、ジュエルシードをすべて封印し、その発掘者であるユーノとも協力体制にあることを伝えた。

これにより、管理局の緊張を少しでもほぐし、出来る限りこの世界への監視を緩めようと言う思惑だ。

この後、ストラウスはユーノとフェイト、アルフに連絡を入れて時空管理局の次元航行艦アースラへと向かった。

その前にストラウスはジャミングを、クロノ達に自分がしていたと知られないように解除した。

もしかすればセイバーハーゲンは気がついたかもしれないが、あえて何も言ってこなかった。

ジャミングが解除された事により、アースラと連絡を取れるようになったクロノは安堵した。もちろん、それはアースラクルーも同じだ。

(まだ勝ち目はある・・・・・・・・。最後には出し抜いてみせる!)

アースラに向かう途中、ストラウスはもう一度だけ拳を強く握り締める。

だが世界はいつだってこんなはずじゃなかった事ばかりなのだ。

そう、誰もが望んでいなかった、最悪の事態とは、突然にやってくる。

それはストラウスがアースラへ向かい、この世界での事象を把握しきれなくなってから起こった。









「がはっ! ごほっ! げほっ! はぁ、ははは、なんて情け無い様・・・・・・」

プレシア・テスタロッサは血反吐を吐きながら、荒い呼吸を何とか整えようとした。

ジャミングが続く地球へプレシアは何とか転移を行った。何故か転移した時はジャミングが綺麗さっぱりなくなっていた。

変わりに時空管理局の物と思われるサーチャーが山ほど存在した。

何とかそれらに見つかる事の無いように、プレシアは慎重に行動した。

それにこの世界にはジャミングを行った何者か、もしくは何者達かがいる。その連中に見つからないように、必死に自分の身を隠しながら、プレシアは行動した。

だが転移の影響や無理がたたったのか、彼女の身体には限界が来ていた。

元々病で先が短かったのだ。それが度重なる魔法の行使やフェイト、リニスとの連絡が取れぬ事態、ジャミングを行った存在や管理局と言った彼女に激しい心労を与える事態から、彼女の身体は予想よりも早くその限界を迎えた。

人に見られないようにどこかの山の草原で、彼女は真っ赤な血を口から吹き出しながら地面に仰向けに倒れこむ。

もう苦しいとも思わなくなった。身体の力が抜けていく。それなのに意識ははっきりとしている。

ああ、自分はもう死ぬんだなと、プレシアは思った。

死ぬのは怖くなかった。この不治の病に冒された時から、彼女は死を受け入れていた。

これは自分の罪。自分の罰。

アリシアを守れず、救えず、取り戻す事の出来ない自分への。

「アリシア・・・・・・・」

空を眺め、そして少しだけ顔を動かし周囲を見る。

綺麗だった。風に揺れる草花。太陽の光を反射する池。幸せだったあの時を思い出す。

アリシアと一緒にピクニックに行った時の事を。

あの日もこんな場所で、こんな晴れた日で、二人で幸せな時を過ごした。

「アリシア、アリシア、アリシア・・・・・・・」

瞳から大粒の涙をこぼす。ただただ、一人の娘の事を思い出す。

死が近づいてくる。あの子もこんな気持ちだったのだろうか。

このまま、プレシアを待つのは死の運命。

だが運命とは悪戯で、時に残酷でもある。

「くーん!」

「あの、大丈夫ですか!?」

(えっ?)

プレシアは声の方を見る。そこには一匹の狐と小さな女の子の姿。

「血!? あ、あの、救急車を! でもでも間に合わないかも!?」

現地住民の女の子か。プレシアはそう思った。けどもう何をしても手遅れ。自分の病は誰にも治せない。それこそ奇跡でも起こらない限り。

「えっと、えっと、ごめんなさい!」

少女は謝った。プレシアは何を謝っているのだろうと思った。死ぬ自分を見捨てる事をか。

そんなもの気にする必要は無い。自分が死ぬのは自業自得なのだ。

この時、少女が謝ったのはプレシアにではなかった。それは家族に対して。

少女―――高町なのは―――の秘められた力を使う事に対して。

なのはは両手をプレシアにかざし、霊力を発現させる。何度かの霊力の使用で、大体の感覚をなのはは掴んでいた。ゆえに簡単になのはは霊力を使えた。

霊力がプレシアの身体を包み込み、その身体を癒していく。

特化型の霊力であるなのはの治癒の能力は凄まじかった。その力を自覚し、他者を救いたいと言う思いが加わる事で、なのはの力は加速度的に進化していた。

誰もが治せなかったプレシアの不治の病さえ、なのはは完治させようとしていた。

ただしどれだけの力であろうとも、何のリスクも無く使用できるはずは無い。なのはの霊力を持ってしても、不治の病を治すことは不可能ではないが至難の業であった。

その膨大な霊力を根こそぎつぎ込んでやっと治療できる、そんなレベルだ。

なのはの体から汗が吹き出る。だんだんと体がだるく、重くなっていくのもわかる。

でも誰かを救いたい一心でなのははこの力を使う。それがこの力を与えられた意味だと思って。

それは一人の女性を救う善意からの行為。苦しみ、死にかけた人が目の前にいる。そして自分にはそれを救う力がある。

ならば人としてどうするか?

当然救うだろう。見てみぬ振りは出来ない。

それが人として当たり前でなんら恥ずべき行為ではない。むしろ見殺しにすると言うことこそ、恥べき行為かもしれない。

けれども善意がすべて良い方向にいくという事ではない。

すべての霊力と体力を使い果たしたなのははどさりと倒れる。久遠はそんななのはを心配するかのように何度も鳴きながら、彼女の顔を舐める。

プレシアは自分に何が起こったのかわからなかった。

上半身だけを起こし、自分の身体を調べる。

(体が、軽い?)

ここ数年、ここまで体が軽いと思ったことはなかった。全身を蝕んでいた痛みも消えうせている。呼吸もしやすい。

自分のデバイスに簡易的な身体チェックを行わせる。

結果は良好。病の痕跡が綺麗さっぱり消えうせている。

ありえない。自分は今、死ぬ寸前だったのだ。どんな薬も治癒魔法もこの身体を治すことは出来なかった。痛みをほんの少しだけ和らげる程度しか出来なかった。

なのに何が起こった。

プレシアは自分の横に倒れている少女を見る。この子の力か?

この力は何だ。決して治る事のなかった自分の病を治した。こんな小さな子供が?

プレシアの中でレアスキルと言う単語が浮かんだ。

魔法を扱う者が稀に持つ固有の能力。だが不治の病を治す魔法など聞いたことが無い。

そしてプレシアはハッとその言葉を紡ぐ。

「アルハザード・・・・・・・・」

失われた都。異様とも言える技術を誇った世界。

魔導と医療の分野においては、現存のレベルを遥かに凌駕する技術が存在するとされる。

プレシアがアルハザードを目指そうと考えたのは、アリシアを蘇らせる魔導と医療技術が存在するため。

だからそこに至るために必要なジュエルシードを欲した。

だがプレシアの目的はあくまでアリシアの蘇生である。アルハザードも、ジュエルシードもそこに至るための手段に過ぎないのだ。

そして悪魔が呟く。

現状ではもうジュエルシードを手に入れることは困難だ。仮に集めようとも、完全に管理局と敵対しなければならない。そんなリスクは犯せない。

だが目の前のこの少女はどうだ。この子の力を調べれば、もしかすればあの子を蘇らせれるかも知れない。

病に冒されている時ならば、プレシアには時間がなかった。

けれども今は違う。この子のおかげで病は消え去った。

残された時間が増えたのなら、表立って管理局と敵対する事も無い。

確かに輸送船を襲撃したのは失敗だが、ロストロギアを所持していなければ、そこまで本腰を入れて管理局も動かないだろう。

「あは、あはは、あははは・・・・・・・・」

まだ自分はアリシアを救える可能性がある。その事を実感できる事に彼女は歓喜した。

こうして、物語は進む。

誰もが最善と思った事を行いながらも、誰にとっても不幸にしかならない筋道を辿りながら・・・・・・・。







あとがき

何勘違いしてやがる。

ひょっ?

まだプレシアのターンは終了しちゃいないぜ! (遊戯王風)

と言う事でプレシアさん、色々な意味で希望と絶望を両方手に入れる回。

いや、なのはの霊力は希望なんですが、後ろに控えている方を考えると破滅なんですよね。



うん。誰も彼もが最悪な道筋を辿ってます。

ストラウスもプレシアもセイバーハーゲンも。

おかしいな、どこで間違えたかな?

このままハッピーエンドまっしぐらの展開だったはずなのに。

なんかもう、原作十字界ばりに全てが裏目裏目の展開に突入!



たぶん読者の方で、なのはの霊力でプレシアさんとアリシア治療してハッピーエンドだぜって考えた人はいたかもしれませんが、プレシアさんがなのはさんお持ち帰りのストラウスのお怒りを買うことになるとは前回の話までで予想できた人はいないはず!

やっぱり予想も出来ない展開って面白いと思います。私は原作十字界でそれを知りました。

あのどんでん返しはないだろって。ぶっちゃけ真相が明かされる所とか鳥肌ものでしたし。

まあ私程度の作品が皆様の予想を裏切れているかは甚だ疑問ですが。

それはともかく、ストラウスとセイバーハーゲンの邂逅をようやく書けました。

あとは次回に会話をもっと入れていきますので。




[16384] 第二十三話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/07/07 23:13




「あはははははは!」

魔女は笑う。新たな希望に。新たな可能性に。

身体は完治した。健康な時は気がつかないが、病気になった後にはそのありがたさが嫌と言うほどわかった。だからこれからは身体を大切にしよう。

「全部あなたのおかげよ・・・・・・」

ふふふと笑いながらプレシアはなのはを見る。この子には本当に感謝している。

心の底から、この子にはお礼を言いたい。

そして次はアリシアのために役に立ってもらわなければならない。

この子の力を解析すれば、うまくアリシアの肉体に働きかける事が出来れば、あの子を蘇らせることが出来るかもしれない。

可能性は高い。現状の回復魔法では不死の病など治せない。

それなのにこの子は気を失うまで力を振り絞ったとは言えそれを成し得た。

ならば仮に命を賭けるほどの力ならば?

命を対価に命を蘇らせる。これほどの力だ。それが不可能ではないとは言い切れない。

もちろん、今すぐに命を賭けさせるわけにはいかない。この子は新しい希望なのだ。それを無駄には出来ない。

プレシアは何度も失敗をしている。

アリシアの命を失う事になった事故。

アリシアを蘇らそうとして作り出したクローンであるフェイト。

ジュエルシードを奪うつもりの輸送船襲撃。

そしてこの世界に散らばったジュエルシードの回収。

何度も大きな失敗を繰り返した。

だからもうこれ以上の失敗をするわけにはいかない。

プレシアはゆっくりとなのはに手を伸ばす。

だが・・・・・・。

「うぅぅぅぅ・・・・・・」

なのはの傍にいた狐―――久遠が今まで見せたことも無いような威嚇の行動を見せた。

低いうめき声を上げながら、プレシアを睨む。

「あら? 抵抗するの?」

いけない子と呟きながら、プレシアは久遠を払いのけようとする。

次の瞬間、久遠から激しい光が発せられた。

「なっ!?」

光が収まると、そこに狐の姿は無かった。そこにいたのはプレシアと同じくらいの身長の金髪で白い装束に身を包んだ、五つの尻尾を持つ女性。

「使い魔!?」

思わずプレシアは驚きに目を見張る。魔導師が使役する魔法生命体。

あの狐が使い魔だったのか。プレシアは一度だけ倒れているなのはの方を見る。よくよく観察してみれば、確かになのはに魔力があることがわかった。

「なるほど。ご主人様を渡さないっていうわけね」

「・・・・・・・なのはに、ひどい事をさせない!」

バチバチと周囲に電撃をほとばしらせながら、久遠はプレシアを睨みつける。

「面白いわね。丁度いいわ。回復した今、どこまでやれるのか試したいと思っていたところだしね」

それにあわせるように、プレシアも待機状態のデバイスを起動させる。身の丈に近いほどの巨大な杖。

バリアジャケットを展開し、プレシアは久遠と相対する。

周囲には結界を張り巡らせ、誰も入れないように、気づかれないようにした。

管理局や謎の人物がいる。これで多少の時間稼ぎは出来るはずだ。

尤もあまり時間をかけるわけにはいかない。こんな結界で長い時間彼らの目を誤魔化す事など出来ないのだから。

「さあ、かかってらっしゃい。この大魔導師と言われた私の力・・・・・・・。その身でとくと味わうといいわ」

「オオォォォォォ!!!」

雷と雷が激突した。







同時刻。

次元航行艦アースラ。

現在ストラウスを始め、ユーノ、フェイト、アルフ、リニスはセイバーハーゲンとクロノに案内されるまま、艦内を歩いていた。

フェイトとアルフはリニスと合流した際、かなり困惑した。

「久しぶりですね、フェイト、アルフ」

二人を見て、リニスは優しく微笑みながら声をかけた。

「り、リニス?」

「ほ、ほんとうにリニスなのかい?」

「ええ、本当に私です」

「リニス、リニス、リニス!」

いつの間にか自分の前から消えてしまった師であり、姉のような人であった存在。フェイトは彼女と再会した事で今まで心の中に溜め込んでいた感情を爆発させた。

涙を流しながらリニスの胸に飛び込んだフェイトを、リニスは優しく抱きしめそっと頭を撫でた。

いくら強がっていても、いくら魔導師として一流と言えども、彼女はまだまだ幼い子供なのだ。

誰かの愛が、優しさが、温もりが必要だったのだ。

その後、フェイトはどうして自分達の元からいなくなったのかとリニスに問い詰めた。

だがリニスははぐらかすばかりでフェイトに何も言わなかった。

言えるはずが無い。全てを語ることはフェイトの出生の秘密を、プレシアの事をすべて話す事にもつながりかねない。

自分の契約が切れたからと言う理由を語れば、それだけでプレシアの罪が増す。

リニスが生まれた当時において、契約内容が施行される、もしくは期限が過ぎれば消滅するやり方での使い魔作成は違法行為に当たったのだ。

だから管理局の陣地であるここで語るわけにはいかない。秘密を守り通さなければならない。

「ねえリニス。もうどこにも行かないよね?」

フェイトは縋るようにリニスを見ながら、彼女に問いかける。

「・・・・・・・ええ、大丈夫ですよ、フェイト」

フェイトの問いに、リニスは何とか笑顔を作りながら答えた。

けれどもそれは嘘。彼女に残された時間はほとんど無かった。

もってあと一日の命。魔力を補充できれば、何とか生きながらえるかもしれないが、プレシアとの契約が切れれば新しく誰かと再契約をしなければ存在し続けることは出来ない。

今のリニスは穴の開いた風船と同じだ。

どれだけ空気を入れても、全てが穴から抜け出てしまう。根本的に穴を防がなければ、何も解決しないのだ。

(この子の悲しむ顔を見たくは無い。けれども私は・・・・・・・・)

どうすればいいのだろうか。事情を明かし、誰かと契約を結べばいいのだろうか。

だが誰と?

管理局に言えば、プレシアの罪が増す。だがそれ以外の魔導師で自分と契約を結んでくれる人間などいるのか。リニスがハイスペックと言うことも大きな問題だ。

答えの出ぬまま、リニスはただフェイト達の未来に幸があることを願った。

「ストラウスさん・・・・・・」

艦内を歩くユーノはフェレットの姿から人間の姿に戻っていた。ここでは魔力の適合不良も起こらないし、さすがに管理局に説明するのにフェレットの姿と言うわけには行かなかったので、少し無理をして人間の姿になった。

「・・・・・・・・どうした、ユーノ?」

「すいません。ストラウスさんは管理局と遭遇したくなかったのに、結局こんな事になってしまって」

本当に申し訳なさそうにユーノは小声でストラウスに謝罪する。二人の話し合いでは、管理局が来た際は、ストラウスは身を隠しユーノ一人が接触する手はずになっていた。

それが結局のところ、二人で管理局の次元航行艦に出向く事になった。

「いや。お前の責任ではない。何もかも早すぎた。それに私は別に犯罪を起こしたわけではない。出来れば出会いたくなかっただけだからな。私もお前も堂々としていればいい。これはお前が気にする必要は無い」

落ち込むユーノにストラウスは励ましの言葉を述べる。実際にユーノが責任を感じるところは何一つ無い。

この場で責任を論じることは無意味。今必要なのはこの後のことだ。

(すべてはセイバーハーゲン次第。奴がどう出るかで、今後の方針が変わる)

今のストラウスは王では無い。王ではないため、国と国の全面戦争に発展することは無いが、ストラウス個人を危険と判断し様々な策略をめぐらせる可能性は高い。

この船には些かの緊張感が漂っているが、ストラウス個人に向けられている物は無い。

不気味な事にセイバーハーゲンからでさえ、自分に対する敵対心や警戒心が薄い気がする。

それでもストラウスは油断しないし、出来るはずも無い。

彼らは案内されるままにこの艦の艦長がいる部屋と招かれる。

そこはあまり部屋の調和が取れていない純和風な光景が広がっていた。

畳に桜にししおどし、盆栽などなど。外国人が和の文化を集めたと言う印象だ。

「ご苦労様です。セイバーハーゲン少将。クロノ執務官。自己紹介が遅れました。私はこの艦の艦長を努めているリンディ・ハラオウンです。名前からお分かりいただけるかと思いますが、クロノ執務官とは親子の関係です」

「か、艦長・・・・・・、これは」

さすがのクロノもひくひくと表情を引きつらせる。この場における最高責任者がリンディならばこれも何の問題も無い。何をしようが彼女の責任なのだ。

しかしこの場には彼女よりもある意味上の人間であるセイバーハーゲン少将がいるのだ。

確かに艦長であるリンディの方が現場での権限は大きいが、さすがにある意味ふざけているのかと言われても仕方が無い。

恐る恐るクロノはセイバーハーゲンを見る。母であるリンディが注意を受けるところなど見たくはなかったし、そのせいで空気が重くなるのが嫌だった。

しかしそんなクロノの懸念をよそに、セイバーハーゲンの口元はどこか笑っていた。

「ハラオウン艦長。これはどういう意図なのだ?」

「はい。現地協力者がいるとの事で、少しでも緊張の無いようにとの配慮です。さすがにいきなり連れてこられて、味気ない部屋での会話では肩もこると思いましたので」

セイバーハーゲンの言葉にリンディは真面目に、それでどこかお茶目げに笑いながら答える。

その言葉にセイバーハーゲンもそうかと短く答える。そして彼女の体が光に包まれ、甲冑が姿を消し管理局の制服へと衣服が変化した。

「我の素顔を見るのは、これが初めてか、赤バラ王よ」

すっと振り返り、素顔をさらすセイバーハーゲン。

「そうだな。最後の時も、結局お前の素顔を私は見ていない」

始めて見るセイバーハーゲンの素顔。だが今はそんな事に意識を向けてはいられない。

「それで、我々はいつまでここに立っていればいい?」

「ああ、そうですね。では皆さん、座ってください。軽い自己紹介をした後に、皆さんの事情を聞かせていただけますか?」

そうやって、各々の自己紹介と事情説明が始まった。

「まずは私から述べよう。ユーノの現地協力者でローズレッド・ストラウス。セイバーハーゲンが私を赤バラと呼ぶのは、ローズレッドと言う名に由来する」

「ユーノ・スクライアです」

「フェイト・テスタロッサです」

「アルフだよ」

「リニスです」

それぞれが簡潔に自己紹介をした後に、ユーノがまずはこれまでの流れをストラウスに言われたとおりに話す。

なのはの件は一切触れていない。ざからも久遠も。高町家に一晩でもお世話になった身としては、何とかあの一家に迷惑をかけないようにしたいとユーノ自身も考えたからだ。

ところどころにストラウスが補足を加えていく。これはボロが出無いように、また出てもフォローできるように。

この世界にジュエルシードが散らばり、ユーノは単身それを追いかけてきた。

封印の途中でストラウスに出会い、彼に協力を求めた。

その際にフェイトと遭遇。戦闘になるも暴走体との戦いで消耗していたため、ユーノとストラウスが難なく捕縛。

その後、お互いに事情を話し一定の協力を約束。

最後のジュエルシードの回収の際、リニスと出会い今に至ると。

簡潔に述べればこういう事だ。

ほとんどの相手ならばこれで対処できるはず。

ただしセイバーハーゲンに対してはどこまで通用するかわからない。

何とかセイバーハーゲンに気づかれないように詳細を語り、こちらの意図に気づかれないようにはしている。

だが自分がどれだけ完璧に秘匿しようとしても、ユーノの一挙一動から看破される危険がある。

相手がこちらの事を知らない人間ならば、これで十分に対応可能だった。

しかし相手はローズレッド・ストラウスを知り、彼と長年渡り合ってきた女傑。

油断なら無い相手。唯一自分が勝利しきる事が出来ず、結果だけを見れば敗北したと言ってもいい相手。

何かを隠していると言うことを見抜かれる危険は十二分にある。

続けてフェイトの事情についての話が始まる。これは主にリニスがし始めた。

リニスもストラウスと同じだった。隠し通さなければならない事情がある。少しでもフェイトとアルフの罪を軽減させるために・・・・・・・。

フェイトとアルフは彼女の母親に命じられ、ジュエルシードを集めようとしただけ。

この場合も遺失物の違法略取と管理外世界での魔法使用の二つの罪に問われるるが、ただそれだけである。

管理局と敵対したわけでもなく、遺失物の違法略取においても非常事態における超法的措置なんて理由付けすれば問題ない。

世界を滅ぼしかねない遺失物を回収し、話し合いの末にユーノや管理局に返還することをフェイト達は了承している。

この場合、ユーノが訴えなければ、または管理局が強く出なければ罪になる事は無い。

フェイトはまだ幼い少女。事情を説明し、情に訴えれば無罪放免どころか、裁判にかけられる必要もなく口頭注意程度で済む可能性もある。

そうなれば管理局に無償奉仕なんて事もする必要は無い。

(問題はプレシアですが、彼女の場合は・・・・・・・)

リニスが頭を抱える問題は主であるプレシアのことだ。さすがに彼女はかばいきれない。

フェイトへの遺失物略取の幇助。輸送船への攻撃。他にも無罪放免と言うわけには行かない罪状ばかりだ。

それにもしプレシアが捕まれば、フェイトとアリシアのことも明るみに出る。

時の庭園を押さえられれば、全てが白日の下にさらされる。

(何か方法は・・・・・・・・)

リニスは最悪の事態を回避するために、奔走する。

「なるほど。事情は理解しました。無事にジュエルシードも回収し終え次元震の危険も無い。本当にご苦労様です」

リンディは事情を聞き終えると、ストラウスやユーノに労いの言葉をかける。

「ユーノさん、って言ったわよね? あなたの乗っていた輸送船なんだけども、船は大破したけど乗務員は二人とも無事でした」

「そうなんですか!? よかった・・・・・・・」

「ええ。これであなたの無事が確認されたので、この件に関しての死者は今の所ありません」

リンディの言葉にユーノはホッとする。あの二人の事が気になっていたのは事実であり、無事であるとわかっただけでも幸いだ。

「今回の事件ではユーノさんの迅速な行動や、現地協力者であるストラウス氏のおかげで大事に至らずに済みました。管理局を代表して深く感謝します」

「感謝されるほどでも無いが・・・・・・・。それで私はここに連れてこられ事情を説明した。これから元の生活に戻っても構わないのかな?」

「ええ。元々民間協力者ですから。まあ私個人としては管理局へお誘いしたいと言う気持ちはありますが」

ニッコリと微笑みながら言うリンディに、ストラウスは食えない女だと思った。

捉え方によって色々な意味を持つ。

ただの提案なのか、裏に何か意味を孕んでいるのか。深読みしすぎるのも問題ではある。

だがここは利用させてもらおう。

「生憎だが、私はこの世界が好きだ。管理局に入局すると言う事は、この世界を離れなければならないと言う事になるだろう?」

「・・・・・・・そうなりますね」

「ならばお断りしよう。それが許されるのならば・・・・・・」

ちらりとセイバーハーゲンの方を見る。彼女は何も言わない。何も言わず、ただ沈黙を守っているだけ。

ストラウスはセイバーハーゲンを気にして、あまり会話を広げていなかったが、リンディも中々の策士であると思えた。

実際にどれほどの年齢かはわからないが、この若さで艦長職に上り詰めるほどだ。無能な人間では決して無いだろう。

だが守ってばかりではいつまでも勝つことは出来ない。勝つためには攻めることが必要だ。

この場に来たのは情報収集と時間稼ぎが目的だ。

なのはの件を知られるわけには行かないが、管理局を納得させるためにも、出し抜くためにも、利用するにも、何をするにも受身になっていてはいけない。

「許されるなんて。あなたは民間人ですので、こちらから管理局への入局を強制することは出来ません。ましてやここは管理外世界ですし、あなたは犯罪者でもないのですから」

にこやかに会話を続けるリンディ。彼女は未だにストラウスの実力を把握していない。結界を張っていたのが彼なのかの確証も無い。

ゆえにこの時点でそこまで熱心に勧誘するつもりはリンディには無かった。

「ただ失礼ながら、管理局のデータベースにてあなたを含め、フェイトさんやアルフさん、リニスさん達のことを調べさせていただきます。照合の結果、なんら問題がなければそのままストラウス氏には元の生活に戻っていただくと言う事で」

「私はそれで構わないが・・・・・・・」

一瞬だけ、目線をそらさずにストラウスはリニスに意識を向ける。明らかに動揺している。何か調べられたら不味いことでもあるのだろう。かすかに身体を震わせている。

だが残念ながら、ストラウスは手を差し伸べてやるつもりは無い。

こちらに余裕があるならばそれでもいいが、優先事項の問題から言えばなのはの方が大切なのだ。悪いがそれは後に回す。

「フェイトさんのファミリーネームはテスタロッサ、だったわね?」

「あっ、はい」

いきなり会話を振られたフェイトは若干驚きながらも答える。

「そう。じゃあお母さんの名前も教えてくれるかしら。大丈夫。悪いようにはしないわ。貴方の事もあるし、こちらも出来る限りの事はします」

「はい・・・・・・。その、お願いします」

これが母のためなんだと、フェイトは自分に言い聞かせる。手に込める力が強くなる。

その手をアルフがそっと握る。

「アルフ・・・・・」

「大丈夫だよ、フェイト。フェイトは何も間違って無いから」

笑顔を浮かべるアルフにフェイトもうんと頷き返す。

「ええ、そうね。あなた達の選択は間違っていないわ。悲劇が起きてからでは遅い。ジュエルシードの特性を考えれば、いくつもの世界、数え切れない大勢の人達が犠牲になる可能性もありました。あなた達の選択はそう言った悲劇を回避させた。だからなんら恥じる必要は無いのよ」

リンディの言葉に胸を撫で下ろすフェイト。彼女も母親を裏切るのはとても辛かった。

しかしストラウスの説得で、母にこれ以上罪を重ねて欲しくないという思いと何とかして笑顔を取り戻して欲しいと思ったからの決断だった。

フェイトもストラウスとアルフから聞かされた母と自分の未来に恐怖したのだ。

管理局に終われ、いつかは捕まる未来。母と長い間離れ離れになる未来。

そんな未来は嫌だった。母が犯罪者として捕まえられるのも、離れ離れになるのも・・・・・・。

管理局が本腰を入れたのならもう逃げられない。まだ見つかっていないジュエルシードを管理局より先に見つけて回収するならともかく、管理局の手に渡ったものを奪えるとも思えなかった。

ゆえにこの選択が最良とフェイトは自分を納得させた。

「あ、あの・・・・・母さんは、母さんは本当は優しい人なんです。ジュエルシードを集めようとしていたのも、きっと何か深い理由があったんだと思います」

フェイトはせめて少しでも母の罪が軽くなるように、管理局に思いを伝える。

「ええ。あなたの気持ちを裏切るような真似はしないわ。安心して」

「はい・・・・・・・・」

フェイトとのやり取りを見守りながら、ストラウスは未だに沈黙を続けるセイバーハーゲンに今までに無い不気味さを感じた。

(何故何も言おうとはしない? 何らかの思惑でもあるのか?)

「と、言う事でよろしいでしょうか、セイバーハーゲン少将?」

「ああ・・・・・・」

ストラウスがセイバーハーゲンを警戒している中、彼女は短く答える。彼女の意図が見えない。

「ただ赤バラ。主とはこのあとサシで話をしたい・・・・・・」

その言葉にストラウスはただ頷く。

「いいだろう。私もお前とは個人的に話をしたかったところだ」

セイバーハーゲンにどのような意図があるのか分からないが、一対一での話は望むところである。その方がストラウスも個人的に対応しやすい。

「わかりました。ではお部屋を用意しますのでしばらくお待ちください。あとフェイトさんのお母さんとその拠点の捜索はこちらで。何か判明しましたら、少将にご連絡します」

「任せる」

こうして、千年振りとなる宿敵同士の会談が始まる。









「あぁぁぁぁぁ!!!」

「はぁっ!」

轟音と閃光がほとばしり、周囲を白く染め上げる。激しい雷の応酬。

強大な力のぶつかり合い。

二つの人影はお互いに相手を殲滅するのを目的にしているかのように、激しく雷を放つ。

久遠とプレシア。両者の戦いは拮抗した。

片や三百年の時を生き、膨大な霊力を宿した狐変化。

片や大魔導師と呼ばれるほどの優れた魔導師。

本来なら久遠に多大な分があった。いかにプレシアと言えども、彼女自身の魔力量は極端に高くは無い。

いや、一般的に見れば高いのだが、それでも個人的なもので言えばSランク程度である。

だが彼女には一つの特殊能力があった。ある意味レアスキルと呼べるべきもの。

それは媒体からエネルギーを受け取る事で、それを自身の魔力に変換すると言うものだった。

もしここが時の庭園であったならば、彼女はその魔力炉から膨大なエネルギーを自身の魔力に変換していただろう。

しかし今ここには魔力炉は無い。ならばどこから持ってくるのか。それは自身のデバイスに組み込んでいた魔力を貯めるカートリッジからだ。

それでも本来の久遠が相手ならプレシアの敗北だっただろう。

だが今の久遠は本調子には程遠い。身体こそ大人の姿を取れているが、実際は霊力は本来の半分も回復していない。

無理も無い。久遠が祟りから開放されて一日も経っていない。さらには昨日は祟りのせいでほとんどの霊力を消費した。

一晩寝ただけでは、さすがの久遠も完全回復しない。

ゆえに徐々にではあるが久遠は押され始める。さらに霊力も底を尽きかける。

逆にプレシアはまだ若干の余裕があった。

その結果・・・・・・・。

「ふふふ。私の勝ちね」

「!?」

プレシアの魔力が強くなった。カートリッジに溜め込んでいた魔力を自身に取り込んだのだ。

雷撃の威力が高まり、拮抗していた久遠の雷を飲み込んだ。

「ああっ・・・・・・・」

プレシアの電撃は久遠の攻撃を飲み込んだだけではなく、彼女自身も飲み込む。

雷に打たれ、どさりと倒れ落ちる久遠。その姿も人から狐へと戻っていく。

「ふふふ、あははははは! いいわ。どれだけ魔力を使っても、身体へも負担がほとんど無い!」

歓喜する。ここまで魔力を何の憂いも無く使用したのはいつ振りだっただろうか。

今ならどんな大魔法でも使える。治癒の能力を使えるあの子とあわせれば、きっとアリシアを蘇らせれる。

久遠を倒した魔女はなのはと、そして何かの役に立つかも知れないと思い、傷ついた久遠をもその居城へと連れ帰った。

それが彼女の運命を大きく変える行為だと知りもしないで。

最強にして、最悪の敵を呼び込む事だとも知らずに・・・・・・・・。









あとがき

何とかスピード更新できました。今回もストラウスとセイバーハーゲン、リンディさんやクロノとの会話をほとんど入れられずに申し訳ありません。今後はもっと精進します。

それと私の小説って、そんなにつまんないんですかね・・・・・・・。ちょっと自信喪失中。



[16384] 第二十四話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/07/28 16:01




コツコツと足が床を蹴る音だけが響く。

その音を作り出している一組の男女。

ローズレッド・ストラウスとセイバーハーゲン。

二人はリンディが用意した部屋へと向かっている。その間は終始無言。

セイバーハーゲンの後ろをストラウスが歩く形だ。

一見、それはなんら問題ないかのようにも思えるが、ストラウスにはあまりにもセイバーハーゲンが無防備に思えた。

もちろん、自分が今ここで彼女を排する事はしない。そんな事をすれば、事態は余計に混乱し、もっと最悪の展開を迎えかねない。

それを理解しているからこそ、セイバーハーゲンは無防備に自らを晒しているのだろうか。

もしストラウスがその気になれば、刹那の時間でセイバーハーゲンを粉みじんにする事も可能だ。

「・・・・・・・何やらいつもの貴公らしくないな、赤バラよ。我があまりにも無防備に貴公に背を向けているのが、そんなに気になるのか?」

見透かされているとストラウスは思った。動揺したつもりは無いし、それを一切表に出してもいなかった。

だがセイバーハーゲンはストラウスの揺らぎを感じ取った。やはり油断なら無い相手だと気を引き締める。

「・・・・・・・以前のお前なら、こんな風に私に背後を取らせたりはしなかった。常に私を警戒し、どんな状況でも対処できるようにしていた」

千年前、幾度となく合間見えた。戦場で、会談の席で、あるいは策略の先で。

そのいずれも、ストラウスは遅れを取った事などなかった。

「当然だ。貴公ほどの力を持つ相手に、何の策もなく、また無防備で相対できるはずも無い」

歩く速度を変えずに、二人は歩きながら会話を続ける。

「だからこそ逆に今のお前は不気味だ。千年前とは、あまりにも違いすぎる」

「・・・・・・・・貴公にとっては千年か。我にとっては、ほんの数十年前の話だ」

ストラウスの言葉に、どこか感慨深そうにセイバーハーゲンは呟く。

「・・・・・・・千年前、すべての真相をお前から聞かされて、もうこれ以上聞くことも無いと思っていたが、今回の件でまたお前に真実を問いたださなければならなくなった」

わからない事が多すぎる。

セイバーハーゲンが生きていたこと。管理局の少将の地位についていること。そしてストラウスが地球に存在していると知っていた事。

「無論、お前が正直に話してくれるとは思えないがな」

セイバーハーゲンとストラウスは俗に言う水と油だ。決して交わる事が無い者達。

ゆえにあのような悲劇が起こった。

ストラウスの言葉に何も答えぬまま、目的の部屋に到着した。部屋の扉がスライドし、明かりに照らされた応接室のような内装が見えた。

セイバーハーゲンはそのまま一歩部屋の中に足を踏み入れると、そのまま後ろを振り返る。

「・・・・・・いや、貴公には話そう。貴公と分かれた後のことを。何故我が管理局にいるのかを。だが我も貴公に聞きたいことがある」

初めて見る、セイバーハーゲンの目。真っ直ぐで迷いの無い澄んだ瞳。

千年前は甲冑に隠れ、一度としてみる事が出来なかった目。

「・・・・・・・・・この千年間の貴公の事。そして・・・・・・・・」

一度言葉を区切ると、セイバーハーゲンはゆっくりと言葉を紡ぐ。

「ブラックスワンの・・・・・・・ステラがどうなったのかを」







「はぁ・・・・・・・。やはり肩がこるな」

コキコキと首を回しながら、クロノはオペレーター席に座るエイミィに愚痴をこぼした。

「あははは。クロノ君でも緊張する事があるんだ」

「君は僕をなんだと思っているんだ。そりゃ僕だって緊張する事はある。それに相手は本局の英雄とも言われるセイバーハーゲン少将だぞ?」

「そうだよね。あたしだったら、一分も一緒にいたくないな」

クロノの言葉にエイミィは笑いながら答える。

管理局の、特に本局に勤務する者でセイバーハーゲンの名を知らないものなど皆無だった。

実力、実績共に本局有数の人物である。

「それにしてもこのストラウスって人は、どこでセイバーハーゲン少将と知り合ったのかな?」

「わからない。本局のデータベースにアクセスしても、それらしい人物はいないんだろ?」

「うん。まだ調べてる途中だからなんとも言えないけど、管理世界出身の人だったら渡航歴とか移住の際のデータとかがあるはずなんだけど・・・・・・」

「それが無いと?」

「そうなんだよ。過去十年に渡って存在しない。まっ、犯罪履歴とか指名手配とかには無かったから犯罪者では無いとは思うんだけど」

端末を操作しながら、エイミィは次々にデータを拾っていく。本局へのアクセスは次元航行艦からならば可能であった。

無論、本局との距離が離れすぎていれば時間がかかるが、今の所タイムラグはそこまで大きくは無かった。

「だがもし管理世界出身者なら、無許可での管理外世界への移住は違法だ。ジュエルシードの回収に尽力を尽くしてくれた人をこんな風に言いたくは無いが・・・・・」

「クロノ君は真面目だからね。そこが良い所でもあり欠点でもあるんだよね」

「悪かったな。僕だって融通が利かないって事くらい自覚しているさ」

エイミィの言葉にクロノはハァッとため息をつく。

「でも二人がどんな会話をするのかちょっと興味があるな」

「僕も興味が無いといえば嘘になるが・・・・・・・さすがに覗き見は良く無いぞ」

「あはは。わかってますよ。さすがにそんなことして後でバレたらどうなるか位わかってるし」

部下であるクロノやエイミィ、またはリンディであっても、本人の許可なしに上官の会話を聞いていいはずは無い。と言うかどんな場合でも、許可が無い場合は盗聴であり盗み見であり訴えられる。

「それよりも僕達がすべき事は、この事件の黒幕であると思われるプレシア・テスタロッサの事を調べる事。そして彼女の拠点を見つけ出す事だ」

「そうだね。フェイトちゃんやリニスさんからもらった位置情報で場所の特定は出来たから、あとはサーチャーを飛ばして確認するだけ」

「頼む。場所が判明次第少将に連絡して突入しよう。時間をおけば彼女がどんな行動に出るかわからない」

「了解。調べものはあたしに任せておいて・・・・・・・・って、あれ?」

エイミィはパネルを操作しながら、一つのモニターに表示されたデータに視線を向けた。

「どうした?」

「えっと、サーチャーを残しておいた地球の海鳴市だったっけ? あそこでサーチャーが魔力反応を見つけたんだ」

「なんだって?」

「今調べるね・・・・・・」

ピピピと操作を続けるエイミィ。すぐにモニターに魔力の反応やその地点の情報が逐一出される。

「・・・・・・・・何も無いが、何者かが結界を張った痕跡はあるな」

「うん。これってフェイトちゃんのお母さんかな?」

「どうだろう。僕としては最初にジャミングをかけていた何者かもしれないとは思うが」

「でもあれだけの広範囲を、それも長時間ジャミングをかけ続けるなんて普通できるのかな?」

「普通なら無理だ。だが実際にジャミングがなされていた事実があるから、無理と言い切ることも出来ない」

「うーん。折角ジュエルシードが無事に集まったって言うのに、まだ事件が解決しないって言うのは嫌だよね」

「ああ。けれども一つずつ解決していくしかない。エイミィ、この地点を含めた海鳴市周辺の監視を続けてくれ。僕は艦長にこの事を相談してくる」

「わかった」

クロノはそう言うと、そのままその場を後にした。







彼女―――マリア―――が生まれたのは、第一世界ミッドチルダ。新暦二十年の春の事だった。

そして、その時の彼女の名前はセイバーハーゲンではなかった。

マリアと名づけられたその赤子は、ミッドチルダの街の片隅に捨てられていた。

実の母親も父親も知らない。唯一の手がかりは、親が残した手紙とそこに記載されたマリアと言う名前だけだった。

その後、彼女は管理局の施設に保護される事になる。様々な世界と交流があるミッドチルダでも、赤ん坊を捨てると言う親は少なくなかった。

その当時、管理局はすでに発足していて、伝説の三提督と呼ばれる三人の英傑により、次元世界は一定の安定を迎える事になった。

その中で管理局も新しい人材の育成や発掘を目指し、行き場を失った孤児などに一定の教育を施し、管理局への就職の斡旋を行った。

これは人材の早期発掘と管理局の財政の圧迫を少なくするためでもあった。

当時のミッドチルダにはそこまでの財政的な余裕はなかった。ただでさえ管理局を発足させ、次元世界の平和を維持することを目的とした組織を作ったのだ。

幾つもの世界から分担金を出させていたとは言え、他の世界にもそれ程余裕があったわけではない。主な出資はミッドチルダからであった。

そのため、福祉事業に回す予算は普通から考えればかなり少ないものであった。

だから使える人材をいつまでも遊ばせておく余裕はない。ここにミッドチルダの就業年齢が低い理由が生まれる。

マリアもそんな一人だったが、彼女は優秀すぎるほど優秀だった。

高い魔力を持ち、学事、実務など多方面に秀でた才能を発揮した。

そんな彼女が管理局からの誘いを受けたのは、十五歳の時だった。彼女の年齢を考えれば、かなり遅いスカウトだったが、それまでにも彼女はいくつかの功績を残していた。

聖王教会にも一時期出向いていたこともあった。そのために管理局への入局が当時にしてみれば遅いものだった。

彼女は入局してから華々しい活躍ばかりを繰り返した。その才能を遺憾なく発揮し、様々な事件を解決していった。

また彼女だけのレアスキルとも言われる霊力を利用し、多くの事件の発生を予見し、未然に防いできた。

まさに管理局の英雄。三提督の再来。とまで謳われた。

だが彼女は心のどこかで引っかかりを感じていた。

自分は何か忘れているのではないか?

管理局に勤めだして五年。その頃にはすでに様々な人々から尊敬と切望の眼差しを受けていた。

自分の才能に、力に、功績と実績に酔いしれる事もしばしばあった。

誰かのために自分の力を使うことがすばらしい事だと思った。

世界を守るため、大勢の人々を守るために、自分はこの力を振るう。

それが当然のことであると信じていた。

でも、不意に自分の脳裏に映し出される覚えの無い情景が浮かぶ事があった。

それが何なのか、当時の彼女は疑問に思いながらも、あまり深く気にしていなかった。

もしかすれば予知かもしれない。その程度の認識でしかなかった。

だがそれがかつての自分が犯した罪であると気がつく事になる。

管理局に入局して十年。彼女が二十五歳の時。それは唐突に彼女を襲った。

高熱を発症させ、彼女は生死の境を彷徨った。何日も熱が下がらず、ずっとうなされ続けた。

その時、夢を見た。

それは夢と呼ぶにはあまりにもリアルなもの。

自分は今と同じように、大勢の人々の未来を守るために奔走していた。

人の上に立ち、大勢の人間を弟子に向かえ、何人もの孤児を育てた。

その中の一人の娘がいた。ステラと言う名前の少女。

彼女は他の孤児達とは些か違っていた。

他の子供たちは皆、彼女を尊敬していたがどこか遠巻きに、恐れるように接していた。

けれどその少女だけは違っていた。

まるで実の娘であるかのように、彼女に接した。

ステラは彼女をお母様と呼び、彼女が喜ぶようなプレゼントなどを一生懸命探してきた。主にそれは花などだったり、草で出来た冠だったり、様々だったが、どれもが心を込めて作られていた。

他の子供達は彼女に言われるまま、勉学や術の習得に力を要れ、彼女にプレゼントなどを贈るような事をしたりはしなかった。

だがステラだけは、彼女が来るたびに彼女を喜ばせようと行動した。ステラは常に笑っていた。

当時、敵が多かったセイバーハーゲンにとって見れば、どれほどそれが尊く、救いになっていたのか、彼女以外にしるよしも無かった。

その優しさに、その笑顔に、彼女の心は洗われるようだった。

誰もセイバーハーゲンに笑いかけようとしなかった。

彼女自身がそれを必要以上に求めなかったのもあっただろう。彼女には敵が多い。

力あるものが進む道は安寧なき修羅の道。

最愛の者を傍に置く事など出来ない。もし傍に置けば、いついかなる時にその者に不幸が訪れるかも知れない。

失いたくないから、失うのが怖いから・・・・・。だったら最初から傍に置かなければ良い。

ゆえにセイバーハーゲンは、傍らに最愛の者をおこうとはしなかった。大切な者をつくろうとはしなかった。

必要ない。自分自身には不要。

その考えがあったからこそ、弟子にも孤児達にも必要以上の愛情を注がなかった。

ただ子供達や弟子の才を伸ばすだけ。そこには愛など不要。

ずっとそうしてきた。それが正しいと信じて。

でもステラだけは、そんな自分を愛してくれた。

逆にセイバーハーゲンは一切何の愛情も注ごうとはしなかった。

ステラはセイバーハーゲンからの愛情が欲しかったわけではない。褒めて欲しかったわけではない。認めて欲しかったわけではない。他の子たちとは違うと見て欲しかったのでも、知って欲しかったのでもない。

彼女はただ、セイバーハーゲンの幸せを願っていただけだった。

自分を育ててくれている人の幸せを、ただ無垢に、当たり前のように・・・・・・・。

その思いがセイバーハーゲンには伝わっていた。

超絶な力を持ち、各国に五百人からなる弟子を持っていたセイバーハーゲン。

彼女も人間の中ではその力を異端視される事は多々あった。

ただそれが表面だって問題化しなかったのは、ひとえに当時大陸に人間とは違うヴァンパイアの血族の国があったからだろう。

各国はヴァンパイアの王国である夜の国に対抗するには、セイバーハーゲンの力が必要になることを理解していたから。

各国にとっては彼女は役に立つ道具程度の認識。それをセイバーハーゲン自身理解していたし、それを受け入れていた。

自分の力は世界と大勢の人々のためのものだと思っていたから。

当時、弟子や子供達が彼女を慕っていた。彼女のために力をつけ、役に立とうとしていたが、それでも彼女の心は孤独だった。

誰も彼女自身の幸せを願ってはいなかったから。誰も彼女の内側に存在していなかったから。

けれどもステラだけは彼女の内側に唯一入り込んだ。セイバーハーゲンの幸せを願ってくれた。

そんな唯一の存在だった。

でもそんなたった一人の、大切な愛娘を・・・・・・、セイバーハーゲンはその手にかけた。

血に染まった部屋。そこに倒れている愛娘。そのお腹には彼女と彼女の愛した男の子供が宿っていた。

けれどもセイバーハーゲンは二人の身体を原型がなくなるまで引き裂いた・・・・・・。

一切の言い訳を口に出さず、瞳からは大粒の涙を流して・・・・・・・。

最後に見た愛娘の顔が一生、彼女の脳裏から消える事はなかった。

そこでマリアは目を覚ました。

しかし、そこからが本当の彼女の苦しみの始まりだった。

何日も、彼女は部屋に閉じこもった。

彼女が見たのは前世の記憶。彼女であって彼女では無い記憶。けれども彼女自身が受け入れてしまった記憶。

マリアの不幸は、魔力だけではなく霊力も高すぎたと言う事だ。

本来なら、前世の記憶など継承する事が無い。前世の記憶を継承した人間など、数多の管理世界の中でも前例など無かった。

また前世の記憶を持っていても、それは限定的なものであったり、それはまた別の人間として、今を生きる当人とは差別化が起こるものである。

しかしマリアの霊力が高すぎた事で、それは彼女にとって最悪の事態を引き起こす。

意識がかつての自分と共有を始めたのだ。

自分であって、自分で無い者の記憶。

青ざめた顔で自分の両手を見る。べっとりと血塗られたように赤い血がついているように見える。

仕方がなかったのだ。この星と人間を守るためには。何らかの弾みで世界を滅ぼす程の力を持ったヴァンパイアと言う超常の存在。

それを野放しに出来ない。滅ぼすしかない。当時の彼女はそう信じて疑わなかった。

だからこそ、最愛の娘を殺した。血に染まる最愛の娘をこの手で完膚なきまでに引き裂いたのだ。

そこにはどれほどの苦悩があったのか。

結局は情を押し殺し、大義を取った。

だが実際にはどうだったのだろうか・・・・・・・・。

(やめてくれ・・・・・・・・)

自分の中でもう一人の自分が囁く。

お前がしたことは本当に正しかったのかと・・・・・・・。

あの時、最後の記憶が蘇る。

すべてを打ち明けた時。宿敵であるローズレッド・ストラウスにすべての真実を語った時。

そしてまた、彼女も知った。あの男の心の内を。

血族と世界を守るために、すべてを敵に回した。戦乱をさけるため、自ら世にあるすべての敵となることを選んだ。

かつてステラは言った。

ストラウスほど平和を願っている人はいないと。

その時彼女はステラの言葉を切って捨てた。奴の心の内など知ったことではないと。

ローズレッド・ストラウスには力がある。空と大地を残らず平らげてもまだ有り余る力が。奴はすべてを破壊できるのだと・・・・・・・・。

事実、女王の暴走がそれを照明して見せた。

ヴァンパイアとは格も恐ろしい存在であると。たった一人で世界を滅ぼせる存在だと。

自分がしたことは間違ってはいなかった。そう間違ってはいないはずだった・・・・・・・。

けれども、ストラウスと交わした最後の言葉が彼女を苦しめる。

ステラの言葉が彼女を苦しめる。

本当に自分は正しかったのか? 間違っていなかったのかと?

もし自分がステラを殺さなければどうだっただろうか。

もし自分が赤バラ王の処刑の流れを作らなければどうなっていただろう。

世界は混乱する事も無かったのではないか?

ずっと考えずにいた、心の片隅に追いやっていた考えが浮かぶ。

セイバーハーゲンは世界のためだと、人類のためだと、自分を言い聞かせ、納得させていた。

ストラウスと言う敵がいるから、その考えを必死に押し込めていた。

だが一度でもその考えが表に出始めると、もうそれをとめることが出来なかった。

自分の両手を見る。

血塗られた手。幾百、幾千もの屍の上に立っている自分。女王の暴走で、何十人もの弟子が犠牲になった。罪の無い数万人もの人間が犠牲になった。

これから先、ストラウスを殺すために、何人もの、何十人もの娘が黒鳥の犠牲になる。

この瞬間、ミッドチルダで生まれ育ったマリアと地球で生まれ育ったセイバーハーゲンが一つになった。

彼女はマリアであり、マリア・セイバーハーゲンでもある存在へとなった。

心が苛まれる。自分を憎み、恨む、怨嗟の声が脳裏に響いてくる。

それを受け止める覚悟はあったはずだ。覚悟の上で、自分は人の上に立ったはずだ。

なのに、なのに何故こんなにも苦しい。

この身も、魂も、時果てるまで地獄の業火で焼かれる覚悟はあったはずなのに・・・・・・。

そして、彼女は更なる苦悩を迎える。

管理局での功績が、彼女の名声が、彼女を苦しめる。

管理局の英雄。正義の味方。美しき指導者。

様々な賞賛と切望の声と眼差し。それは前世の記憶を蘇らせた彼女にとって見れば呪詛以外の何物でもなかった。

違う。やめてくれ。何度も叫びたかった。

自分はそんな立派な人間ではない。

自分の幸福を願ってくれた娘をこの手で殺した罪人だ。

世界のためにと言いつつ、自分の迂闊さで大勢の人間を死に追いやった愚か者だ。

未来において、生まれてくる何の罪も無い大勢の娘に過酷な運命を背負わせる悪魔のような人間だ。

このまま命を絶ちたかった。

ステラや大勢の弟子を殺し、黒鳥にされる娘達がいるのに、自分がのうのうと生きているのがあまりにも許せなかった。

けれども世界はまだ混乱を続けていた。ミッドチルダも、数多の次元世界も。

マリアの力は世界にとって必要だった。それを理解していただけに、世界の大義を優先する事を是としていただけに、マリアは自ら命を絶つことが出来なかった。

そしてマリアは自らの血塗られた過去を背負い、いつしかこの身を殺してくれるものを待つために、セイバーハーゲンの名を背負った。

セイバーハーゲンとは血塗られた名前。自分と同じように前世の記憶を持つものが。黒鳥憑きの娘のようなものが自分を殺してくれる事を望んだ。断罪してくれる事を望んだ。

そして今、ようやく自分は断罪されるべき時が来たのだと、セイバーハーゲンは思った。

「あの時、貴公と最後に会話をしてからしばらく後に、我の命はつきた。その後はミッドに転生し、二十年前に全てを思い出した」

ストラウスはセイバーハーゲンの話を黙って静かに聞いていた。

その全てが本当の事であるのかどうか、ストラウスには判断できなかったが、それらをすべて嘘と言い切ることも出来ない。

転生に関してもなのはがいるのだ。生まれ変わりが存在しないとは言えないのだ。

「なるほど。だがそれらがすべて本当の事であるとは証明できまい?」

「ふっ。貴公も意地が悪い。我がこんな嘘をついて何の得がある? 貴公が我の嘘で今更混乱するようなものでもあるまい」

「・・・・・・・・・まあいい。お前の事をすべて信じるつもりは無いが、私もお前にはステラの件を話しておかなければならないだろう」

ステラを手にかけたとは言え、彼女はそれでもステラの母親なのだ。

ストラウスはこれまでの事を話した。

千年に及ぶ戦いを。星人フィオの来襲。一時的なダムピール、ブラックスワンとの共闘。

アーデルハイトの復活。真実の露呈。

星人フィオの件を語るべきかどうかを迷ったりもした。もし自分達二人で月サイズの敵を倒したと知れば、余計にセイバーハーゲンはこちらを危険視しかねないかと思ったからだ。

だがそれもすぐに考えるのをやめる。

元々アーデルハイトの暴走やそれ以前にもストラウスが星を砕く魔力を持っていることを知っているのだ。

今更宇宙に単独で飛び出せることを追加したところで、大して恐怖を増す要素にはならないだろう。

そんなもの、単独で星を滅ぼしたり、太陽を克服したりした事と比べれば些細な話に過ぎない。

いや、十分に驚きの内容なのだがそれでも太陽を克服した事よりは、まだありえる範囲の話だろう。

「そしてアーデルハイトは月でその命を燃やしつくし、私はブラックスワンとの戦いに破れ。地球で死んだはずだった。その際に、おそらくステラと私の娘の魂も開放されたはずだ」

いや、実際に開放されている。娘の魂はなのはに転生している。ステラの魂は今はどこにあるのだろうか。

もしかすれば、どこか別の世界で生まれ変わっているかもしれない。

「私自身、何故生きているのかはわからない。だが一度死んだのは間違いない」

この世界で目を覚まして以来、ずっと疑問に思っていること。だがその理由がわからない。

それでも生きている。辛い事ももっと増えるかもしれない。これから先もいい事ばかりではないだろう。

いい事ばかりではない。でもそれを工夫するのが人間の知恵だと。

ステラは死ぬ間際にそう語った。

「そうか。ようやくステラは開放されたのだな・・・・・・・」

長い時間、黒鳥に縛り付けられていたが、ようやくあの子の魂が救われたのだとセイバーハーゲンは安堵した。

同時にセイバーハーゲンは思う。ステラの魂を縛りつけた張本人が何を言うかと。

あの子の魂の安寧を心配するなど、自分には決して許されぬ行為だと言うのに・・・・・。

「セイバーハーゲン。四の五の抜きに、お前の本音を知りたい。また再び、私の命を欲するか? 今一度、ブラックスワンを、またはそれに匹敵する何かを生み出し、わが命を狙うか? この地に存在させないために。世界を滅ぼさないために・・・・・・・・」

腹の探りあいをやめ、ストラウスははっきりと言い放つ。

セイバーハーゲンは本音を語らないかも知れない。命を狙うと公言などせず、ストラウスが地球に戻った後、何らかの罠を使って彼を殺そうとするかもしれない。

「・・・・・・・・・・」

セイバーハーゲンは何も語らず、机に肘をつき手を顔の前で組み、少しだけ顔を俯かせていた。

「・・・・・・・・我は管理局に入局して、様々な事件を見てきた」

不意に、セイバーハーゲンが口を開いた。

「ロストロギアと呼ばれるものの事件にも多く関わってきた」

ゆっくりと、彼女はかつてを思い出すかのように紡ぐ。

「その中には、貴公やヴァンパイア女王以上の力を持ち、多くの者を不幸にするようなものもあった。だがそれらはすべて人が作り出し、そして人がその力を行使した」

生まれ変わり、管理局に入局し、様々な事件を担当してきた。

人の中でもセイバーハーゲンを超える力を持つ者もいた。ロストロギアを用いて、多くの不幸を振りまいた人間もいた。

そしていつしか気がついてしまった。

自分達とヴァンパイア王と何が違うのかと。

自分達人間も、世界を簡単に壊してしまうロストロギアを作り出している。管理局は厳重な管理の下とは言え、そんな危険物をいくつも所有している。

破壊することもせず、ただ管理しているだけ。いつ悪用されるかもしれないものを。

セイバーハーゲンはそれらの破壊を進言した。危険なものは排除しなければならない。

かつてのように、赤バラを排除しようとしたように。

しかし上層部を含めて、大多数はそんなロストロギアを破棄しようとはしなかった。

すでに滅びてしまった世界が残した貴重なものだからと。自分達がきちんと管理できているからと。何らかの事態に必要になるかもしれないと。

確かに大きな被害をもたらしたロストロギアの破壊はこれまでに何度も行われてきた。

それでも全体のごく一部しかない。

次元世界には人間の生存を脅かす危険な生命体も多くいる。ドラゴンやその他の魔法生命体。中には単独で世界を滅ぼすものもいる。

しかしそう言った存在達は、人々に何らかの被害が出ない限りは放逐されていた。

そう言った事例を見てきた。

ミッドチルダの歴史を彼女は学んだ。先史時代において、様々な質量兵器が登場し、ボタン一つで世界が滅びかけた事もあった。

それはさながら赤バラ王の恐怖にも等しい。今ではそれが禁止され、一定の平穏は保たれてはいる。

「我はずっと考えていた。秩序を守るにはどうすればいいのか。管理局とはそういう意味では必要であり、我にとっては理想でもあった。無論、問題は多々ある。歪みやそこに存在する管理局員の良識など・・・・・・・・。だがそれでも一定の平和と秩序を保つ役割を持っている」

「・・・・・・・・・私はその秩序を乱す存在、と言うわけか」

「貴公の力は大きすぎる。その力は意思を持ったロストロギアと言ってもよい」

「ならば管理局が私を管理するか?」

「出来ればそうしたい所だが・・・・・・・・我にはそんな権利など無い。そうだ。我にはもう、世界や数多の人々のためと大義名分を振りかざす事など赦されない」

唇をかみ締める。セイバーハーゲンは世界と人々のためと言う理由で非道をひた走る事など出来なかった。

けれども赤バラ王に許しを請うことも、自分が間違っていたと認めるわけにも出来ない。

自らが間違っていたと認め、謝罪を行い、赦されれば、なるほど、確かにセイバーハーゲンは救われるかもしれない。

だが彼女の行動の結果に犠牲になった人々はどうなるのだ?

それが正しいことであると、他に方法がなかったのだと言う理由で死んでいった者達はどうなるのだ?

それがすべて無意味であったと言うようなものだ。

大勢の死を無意味だった、無駄であったとすることなど、出来ようはずも無い。

それが意地であると言うのはわかっている。愚かなことだともわかっている。

自分が認めたくないだけだと言う事も。

ステラのように、赤バラ王を信じればいいだけだ。

しかしそれは出来ない。出来ないのだ。

「赤バラ王よ。もし我が貴公の存在を認めないと言えば、貴公はどうする?」

今度はセイバーハーゲンがストラウスに問いかける。

「・・・・・・・・今の私は大将軍でも王でも無い。わが命で平穏が続くのならば、この命を差し出すのもやぶさかではない。・・・・・・・だが」

ストラウスもはっきりとセイバーハーゲンの目を見て答える。

「だが、だからと言って殺されてやるつもりはない。お前の言う事も理解できる。私の存在が秩序を乱すと言うのも。そしてセイバーハーゲン。お前に聞きたい。力持つものが平穏を望むことは、普通を願う事は罪なのか? 力を持って生まれてきた者は、決して平穏を、普通を望んではならないのか?」

思い浮かぶのはかつての生まれてくるはずだったステラと自分の娘。

そしてその魂を受け継ぐ高町なのは。

力があるからといって、その力ゆえに平穏を、人並みの幸せを望んではならないのか?

「・・・・・・・貴公から、そんな質問が出るとは思わなかった。貴公にはその覚悟があったと思っていたが・・・・・・・」

「はぐらかすな。私はお前の意見を聞いている。どうなんだ、セイバーハーゲン」

回答次第では、ストラウスはセイバーハーゲンと敵対するつもりだった。

もしそれが罪であるのだと言うのなら、セイバーハーゲンとは決して分かり合うことが出来ない。

ステラの件はもうすでに終わった事。過ぎ去った過去。

今更蒸し返したところで、過去が変わることは無い。ステラが生き返ることなど無いのだ。

しかしなのはの件は今のことであり、未来の事だ。

あの子の未来を脅かすのならば、あの子の未来を奪う事を考えるようならば、全力を持って排除するつもりだった。

「それは・・・・・・・・」

セイバーハーゲンは己の意見を口にしようとした。

その時・・・・・・・・。

アースラ内部に警報が流れた。けたたましい音がセイバーハーゲンとストラウスの耳にも届く。

「どうした? 何事かあったのか?」

セイバーハーゲンは通信を開き、即座に情報を得ようとした。

『セイバーハーゲン少将! 今しがた、プレシア・テスタロッサの拠点を発見。ただ同時に、サーチャーに対して攻撃が仕掛けられました』

通信主任のエイミィから知らされる情報。それはプレシアの拠点の発見とサーチャーの破壊と言うことだった。

『相手の拠点・・・・・名称は時の庭園と言うらしいのですが、移動を開始した模様。魔力の反応も徐々に大きくなっています。おそらくは転移を行うつもりではないかと』

「そうか。こちらとしても逃がすわけにはいかぬ。武装隊の準備は?」

『クロノ執務官が指揮してすでに準備を終えています』

「わかった。我もすぐに向かう。艦の指揮はリンディ艦長に任せよう。リンディ艦長、聞いての通りだ」

『了解しました、少将』

通信に別のモニターが開き、リンディが敬礼と共に返事を返す。

「・・・・・・・すまぬな、赤バラ王。事態が動いた。我は行かねばならん」

「ああ。先ほどの話はまた後にしよう」

「うむ」

セイバーハーゲンは頷くと、そのまま部屋を後にする。続けてストラウスも情報を得るために艦内を移動し始める。

途中、ユーノやフェイト達とも合流した。

ユーノを除く、フェイト、アルフ、リニスは先ほどまでリンディと話をしていたらしく、彼女と共に現れた。

「セイバーハーゲン少将から聞いているかもしれませんが、我々はこれよりプレシア・テスタロッサ女史の確保に向かいます。このまま転移をされては逃がしてしまう恐れもありますので。あなたは別室で待機していてください」

リンディにストラウスはそう言われるが、少しでも情報が欲しいので、素直にはい、そうですかとは言えなかった。

それにどうもフェイト達は艦長と共にブリッジで情報を共有するらしい。

リンディは母親が逮捕されるところを見せるのは忍びないと、最初は許可しなかったようだが、母を裏切ったと言う負い目もあり、ただ何もしないでいることが出来ないと語った。

子供の心に傷を残しかねないと、リンディは何とか説得しようとしたが、フェイトの強い意思に押し負ける形で許可を出したようだ。

後に、リンディはこの時の判断を後悔する事になる。

ストラウスもそれに便乗する形でリンディに話を進め、ブリッジへの入室を許可された。

そこでストラウスやフェイトの心を抉る事態が訪れようとは、この時の彼らは知る由も無かった。







あとがき

どうも皆様、前回は私の弱音を聞いていただき、本当にすいませんでした。

そしてたくさんの感想ありがとうございました。

とても励みになります。楽しんでいただいている皆様に、今後とも喜んでいただけるように頑張っていきます。

本当にやる気と元気と力を頂く事ができましたことを、ここに深くお礼申し上げます。



で、本編のあとがき

ようやくこの物語も無印編の終わりが見えてきました。

しかしセイバーとストラウスの会話が頭ではなんとなく浮かぶのに、文に書けないとか・・・・・。最悪です。お目汚しになって申し訳ない。

そしていよいよ最終バトルと終焉に向けて物語りは加速します。

プレシアは、セイバーハーゲンは、ストラウスは、それぞれ良き結末を迎えられるのか。

三者三様に死亡フラグと不幸フラグが乱立していますが、どうなるかは最後までお待ちください。

ではでは、本日はこの辺で。あと次回の更新はちょっと遅くなると思います。

今週は休みに予定が入っていなかったので、早く書き上げられましたが、しばらくは予定が入っているので。

それでは。




[16384] 第二十五話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/07/28 16:05

プレシア・テスタロッサの居場所の判明。

その報を受けたアースラクルーは、即座に対応を開始した。

まずは武装隊の投入。全員を一気に送ることはしないが、配置されていた二十人の武装隊員のうち、十六名を送る事を決定。

またその陣頭指揮にはセイバーハーゲン自らが出る事になった。

理由としてはプレシア・テスタロッサの魔力が高いこと。

彼女の魔導師ランクを考えれば、セイバーハーゲンが対処に当たるのは当然であった。

同時にクロノ執務官も現地に向かい、半数の武装隊員を指揮しこちらは時の庭園の制御を奪う事を目的とした。

リニスからの情報で、時の庭園はロストロギアにも匹敵する高出力の魔力炉を保有している。

さらに管理局に残されていたプレシアの情報から、彼女は特殊な能力を持ち、その魔力炉の魔力を己の魔力に変換する事が出来るらしい。

そうなれば苦戦は必死。

ならば敵の戦力の増強を防ぐためにも、魔力炉の確保は急務である。

作戦としてはいたって簡単。セイバーハーゲンと彼女が率いる武装隊員がプレシアを相手どり、クロノとその残りの人員が魔力炉と制御系を掌握すると言う物だった。

この作戦における失敗の確率は低かった。

セイバーハーゲンとクロノと言う実力者に加え、経験豊富な武装隊がその護衛についているのだ。

「フェイトさん。もう一度だけ確認しますね。これから私達はあなたのお母さんであるプレシア・テスタロッサ女史を逮捕します。その光景を、本当にあなたは見ていられるのね?」

ブリッジでリンディは最後の確認をフェイトに行う。フェイトはその言葉に一瞬迷いを浮かべるが、何とかはいと答えることが出来きた。

「フェイト。無理しなくていいんだよ?」

「そうですよ、フェイト。辛かったら・・・・・・」

「ううん、いいの。私は、結局母さんの期待に答えられなかった。母さんのためでも、私はあの人を裏切ったんだ。だから、最後まで見届けないと・・・・・・・」

フェイトは今にも泣き出しそうな表情で心配そうなアルフとリニスに告げる。そんな悲痛な面持ちのフェイトにアルフは何も言えず、彼女も辛そうな顔をしながら、ぎゅっとフェイトの手を握った。

「フェイトは何も悪く無いよ。でもフェイトがそう言うんだったら、あたしもここでフェイトとと一緒にいるから」

「うん。ありがとう、アルフ」

アルフに礼を述べると、フェイトはモニターに向き直る。

ブリッジの正面に映し出された巨大な画面には、セイバーハーゲン達の視点からの映像が流れてくる。

「セイバーハーゲン少将、クロノ執務官、ならびに武装隊の時の庭園への転移、完了しました」

オペレーターから報告される転移完了の知らせ。モニターには薄暗い、時の庭園内部の様子が映し出されていた。

『これより我はプレシア・テスタロッサの確保に向かう。予定通り、半数は我と、残りはクロノ執務官と共に動力炉と制御系の掌握を』

『了解しました、少将。ご武運を』

『うむ。クロノ執務官もな』

そして彼らは二手に分かれる。モニターには二つの視点からの映像が流れる。

しばらく進むと、そこには巨大な扉が存在した。

『全員、警戒を怠るな。ここは敵の居城。どのような罠や奇襲があるかわからぬ。十分注意せよ』

セイバーハーゲンは後ろに続く武装隊に油断するなと釘を指す。

ここは相手のテリトリーなのだ。どこにどんな仕掛けがあるか分からない。

もしくはこちらの戦力を削るために奇襲攻撃を行ってくる可能性もある。

『この奥か・・・・・・・・』

玉座の間へと続くであろう巨大な扉。

気配がする。この奥から気配が・・・・・・・。

けれども何かがおかしい。聞いた話ではこの時の庭園にいるのはプレシアのみのはずだ。

それなのに他にも幾つか気配がする。

だが詳細はわからない。この向こうに強大な結界が張られているようで、大まかには把握できるが、セイバーハーゲンでもその奥を調べる事が出来なかった。

少し深く探ろうとセイバーハーゲンがした次の瞬間

『!?』

魔力の本流をセイバーハーゲンは感じ取った。同時に扉が開き、その奥から紫電が走り抜けた。

『全員、防御だ!』

セイバーハーゲンは突然の奇襲ながらも、何とか魔力を開放し防御を成功させた。

何とか広域の障壁を展開し、後ろの武装隊員を全員守りきった。

しかし敵の攻撃はそれで終わりではなかった。

頭上より降り注ぐ第二波攻撃。

さらには背後からの攻撃。

だがそこはセイバーハーゲンと言うべきか。彼女はそれらの攻撃をすべて防ぎきった。

『ようこそ、私の居城へ。でも何のアポもなくやってこられてこちらとしては困った物だわ。武器を持っていたから、どこかの次元犯罪者かと思って攻撃してしまったわ』

玉座の間の奥。玉座の前に優雅に立つのはこの居城の主であるプレシア・テスタロッサ。

彼女は白々しい言い訳を口にする。

その言葉にセイバーハーゲンは不快感を抱きながらも、こちらも杖を構え直しプレシアに向き直る。

『時空管理局だ。プレシア・テスタロッサ。貴公には管理局法違反、ならびに次元輸送船襲撃容疑、遺失物略奪幇助などの罪で逮捕状が出ている。武装を解除し、大人しく従ってもらいたい』

『あらあら。それは困ったわね。私にはやらなければならないことがあるのだから』

プレシアはどこまでも余裕を見せ付けている。

セイバーハーゲンはプレシアが何らかの罠を張っていることを確信していた。

背後にいる武装隊にも警戒するように伝える。

『目的が何かは知らぬが、これ以上の抵抗はしないでもらおう。彼我の力の差を理解できぬわけでもあるまい。動力炉にはこちらの執務官も向かっている。貴公に勝ち目は無い』

その言葉にプレシアは何かを考え込むような仕草を見せる。

『・・・・・・・・なるほど。確かに真っ直ぐに動力炉に向かっているわね。ここの構造を管理局が知っているはずが無い。と言うことはここを知る誰かが喋ったと言う事ね』

びくりとフェイトの体が震えた。リニスはそんなフェイトを落ち着けさせるためにフェイトをそっと抱きしめる。

「私ですよ、プレシア」

通信に割り込む形でリニスがプレシアに話しかけた。

『リニス。あなたまさか・・・・・・・』

「ええ、すべてを思い出しました。そして今は管理局に協力しています」

『そう。じゃあフェイトもそこにいるのね?』

「ええ。プレシア。もうやめてください。もうジュエルシードはすべて管理局が回収しました。私もフェイト達も管理局にその身柄を預けています。あなたの計画は・・・・・失敗に終わったんです」

リニスの言葉にプレシアは黙り込む。確かに彼女の言葉に間違いは無い。彼女の計画は失敗に終わった。

ジュエルシードを一つも回収できず、アルハザードへと至る手段を完全に失ってしまった。

「それに・・・・・・・それにこれ以上をそんな魔法を使い続ければ」

『ふふふ。そうね。病魔に冒された私の体がこんな魔法を使い続ければ、確実に死に至るでしょうね』

プレシアの言葉に彼女とリニス以外の全員が息を呑む。

「・・・・・・・リニス、それって・・・・・・・どういう事?」

皆の思いを代弁するかのように、フェイトがリニスに聞き返す。

「・・・・・・・プレシアが何故こんなにもジュエルシードの回収に躍起になったのか。それは彼女の目的もありますが、何よりも時間がなかったんです」

『ええ。私は以前に実験の失敗で病を発症させた。どんな治療魔法でも薬でもこの病を癒す事は出来なかったわ』

自嘲気味にプレシアは笑う。だがその顔にはどこか余裕があるように見えた。

モニター越しだが、少なくともストラウスには彼女が病に冒されているようには見えなかった。

それは直接対面しているセイバーハーゲンも同じだ。病人にしては、あまりにも生気が強すぎる。

「結果、プレシアはずっと病に苦しんできました。おそらく今、この瞬間も・・・・・・」

「母さん!」

思わずフェイトは叫んだ。母の命が残り少ないと言われれば、誰だって叫んでしまうだろう。

「お願いします! もうこれ以上はやめてください。母さんが死んでしまったら、私・・・・・」

ボロボロと瞳から涙を流してフェイトはプレシアに懇願する。

「プレシア。私からもお願いします。もう、これ以上続けても・・・・・・」

『なるほど。リニス、フェイト。あなた達の言いたいことはよく分かったわ』

プレシアの言葉にフェイトはモニターを見上げ、リニスも驚きの表情を浮かべた。

まさかプレシアが説得に応じてくれた? そんな淡い期待が生まれる。

だがそれは次の彼女の一言で一変した。

『くだらないわね』

プレシアは二人の言葉を切り捨てた。

『くだらない。実にくだらないわ。人形と何の役にもたたない使い魔がこの私の心配ですって? あはは、逆に面白すぎて笑いが出るわ』

プレシアは嗤う。フェイトと、リニスを嘲り笑うように・・・・・・・。

「か、母さん・・・・・・?」

『馴れ馴れしく呼ばないで頂戴。もう疲れたの。あなたに母親呼ばわりされるのは』

「プレシア!」

リニスはプレシアの言葉を聞き、思わず彼女を非難するように声を上げた。

『リニス。この期に及んであなたはまだフェイトに、本当のことを教えていなかったのね』

何か秘密があることをほのめかすプレシア。リニスは唇を噛み、フェイトはそんな彼女とプレシアを交互に見る。

「リニス・・・・・。どう言うこと?」

フェイトの縋るような表情を見ながらも、リニスは何も言えない。言えるはずが無い。

『ふふふ。いいわ。私が教えてあげましょう。あのね、フェイト。あなたは・・・・』

プレシアが言葉を紡ごうとした瞬間、一発の魔力弾が彼女の顔を横切る。

見ればそれはセイバーハーゲンが放った一撃だった。

『・・・・・・・・・あら。いきなりね』

『・・・・・・・・どう言う事情があるにせよ、我らには関係ないこと。我らは管理局として貴公を捕らえるだけ。事情は・・・・・・あとでゆっくりと聞かせてもらおう』

セイバーハーゲンは何か嫌な予感がしたのだ。プレシアの口から語られる何か。おそらくは何らかの真実。

だが真実がすべて誰かのためになると言うものでは決して無い。

知らなければ良かったと言うことは良くある事。

セイバーハーゲン自身、真実を知ったゆえに悪夢に苛まれることとなった。ローズレッド・ストラウスも同じだ。

――――誰も彼も真実がどれほどの役に立つと言う――――

かつてアーデルハイト復活の際、ストラウスが思ったこと。

その真実と言うのは時には残酷に人々に襲い掛かる。あまりにも切なく、重い真実。

それを暴いたところで得られるのは悔いと痛みでしかないかもしれない。

ならば知らないほうがいい。まだ疑惑のままで終わらせる方がいい。

幼い子供が深い傷を負うかも知れない真実ならば、白日の下に晒す必要は無い。

ましてや、この通信はセイバーハーゲン達だけではなく、アースラクルー全員にも聞かれる事になる。

『もうこれ以上、貴公は喋るな。言いたいことがあるのなら、後で聞こう』

『・・・・・・・・・ふん。まあいいわ。別段、私が教える必要も無いわね。知りたければリニスにでも聞きなさい。でもフェイト、一つだけ言って置くことがあるわ。それはね、私はあなたのことが・・・・・』

『プレシア・テスタロッサ!』

続けて何かを言おうとしたプレシアにセイバーハーゲンは攻撃を開始する。

自らのストレージデバイスであるクロスインフィニティ(無限十字)を構え、彼女へと攻撃をかける。

だが彼女はそんなセイバーハーゲンの攻撃を魔力の障壁で耐え切る。

『あなたの事がね、・・・・・・・・・大嫌いだったのよ!』

プレシアからもたらされる言葉に、フェイトは大きな衝撃を受ける。

母親からもたらされる拒絶の言葉。体がぐらりと揺れているような気がした。身体に力が入らない。

「フェイト!」

「フェイト、しっかり!」

アルフとフェイトは何とかフェイトを抱きしめ、落ち着かせるようにする。母親の温もりを求めるフェイトに今の言葉はどんな鋭利な刃物で貫かれるよりも深く、彼女の心を抉っていた。

そんな姿にストラウスはそっと彼女の頭に手を置き、優しく彼女を撫でる。

「フェイト。一度、大きく息を吸って落ち着きなさい。そして周りを見なさい」

ストラウスの言葉を、最初フェイトはきちんと頭に留めておく事が出来なかった。

母に拒絶された。その事実が彼女の心を激しく揺れ動かしていたから。

けれども、真っ直ぐと自分を見る赤い瞳と優しく微笑みかけるストラウスの顔に、少しずつだが、何とかフェイトは落ち着いていく。

「お前の心の苦しみを理解できるなどとは言わない。辛いだろうと言葉をかけることは出来ても、共感できるとは言えない。だがこれだけは知っていて欲しい。例え母親に拒絶されたからと言って、お前は決して独りでは無いと言うことを」

ゆっくりと諭すように、ストラウスは膝を曲げフェイトに視線を合わせて彼女に語りかける。

「お前にはお前を心配してくれる者達がいる。今、お前を思ってくれている者達が居ることを忘れないで欲しい」

その言葉にフェイトは自分を抱きしめてくれているリニスを見る。自分の手を握ってくれているアルフを見る。二人はフェイトに優しく微笑みかける。

「大丈夫だよ、フェイト。あたしは、あたしはずっとフェイトと一緒にいるからさ」

「はい。私達はどんな事があってもフェイトを嫌いになったりしませんから」

「アルフ、リニス・・・・・・・・」

ポロポロとフェイトは涙を流す。母に拒絶されたのは辛い。悲しくて、悲しくて、とても苦しい。

でも自分を心配してくれるアルフとリニスがいると思うだけで、少しだけ楽になれる。

フェイトはぎゅっとリニスの胸に顔をうずめ、涙を流し続ける。そんな彼女をリニスは何とか落ち着かせるように優しく抱きしめ、頭を撫でる。

ストラウスはこれで少しは大丈夫だろうと思い、再び視線をモニターの方へと向ける。

そこでは激しい戦いが繰り広げられていた。

『くっ!』

雷を縦横無尽に操り、上から横からセイバーハーゲン達に向かい攻撃を続けるプレシア。

しかし彼女が相手をしているのは、管理局の英雄と謳われ、前世においてはストラウスと唯一渡り合えるほどの人間であったセイバーハーゲン。

その力量は転生してからも修練を欠かさなかったからなのか、以前よりもさらに研ぎ澄まされている。

魔力や霊力が大きいだけでは無い。セイバーハーゲンはその運用が巧みなのだ。

研ぎ澄ませ、適所に応じて使い分ける。

いなし、逸らし、所々では受け止め、防御する。

味方への被害を考え、各々の動きを読み、プレシアがされたら嫌であろう動きを取る。

相変わらず、セイバーハーゲンは嫌な戦い方をするものだとストラウスは思った。

時には正面から、時には罠を、時には奇襲を。

あらゆる策謀を携え、ストラウスに挑んできた無限十字のセイバーハーゲン。

その相手をするプレシアの心情が少しだけわかる。

『無駄だ。貴公に勝ち目は無い。それに貴公のことは多少調べさせてもらっている。貴公の能力は聞き及んでいるが、病に冒された身体では長時間の魔力行使ならびに大魔法を使うだけの体力があるまい』

セイバーハーゲンの狙いは長期決戦。向こうは病と体力のこともあり、短期決戦を挑みたいと考えるだろう。

時間をかければ向こうには焦りが生まれる。こちらはそこをつけばいい。無理をする必要は無い。

こちらが相手を押さえていれば、クロノが動力炉を抑えてくれる。そうなればこちらの物だ。

最終的には合流し、最大戦力を持って、時間をかけてプレシアを無力化する。

セイバーハーゲンはいかなる場合も相手を過小評価するつもりは無い。また自身の力を過大評価するつもりも無い。ゆえにこの戦法。

『ちっ。嫌な戦い方をするじゃない・・・・・・・』

『我らの目的は貴公を逮捕する事。戦い勝つことは目的を達するための手段でしかない』

『言うじゃない。ならば最大の攻撃も余裕で防げるかしら!?』

瞬間、プレシアの周囲に無数のスフィアが出現する。まさに一瞬での形成である。

『魔法は所詮魔力を効率よく運用するためのプログラム。その最適化と高速化を行えば、高等魔法でも短い時間での展開が可能なのよ!』

同時にスフィアより降り注ぐ無数の・・・・・・・それこそ千にも及ぶ紫電の弾丸が襲い掛かる。

『フォトンランサー・ジェノサイドシフト』

それはフェイトをさらに上回る魔力の弾幕。紫電の魔力の弾丸は、進行方向にあるもの全てをことごとく打ち抜く。

ここが何も無い野外ならば回避も可能だろう。しかし目の前に迫る攻撃はこの空間を埋めつくすのには十分だった。弾丸の無い場所を探すほうが難しい程の密度。

ならば取れる選択肢は防御しかない。

『かぁっ!』

ドンとセイバーハーゲンは杖を地面に突き刺し、全力で魔力障壁を展開させる。

激しくぶつかり合う。

SSランクとSSランクのぶつかり合い。

『まさかこれほどまでとは・・・・・・・・。しかしこのような攻撃、そういつまでも続けてられまい?』

『さあ、どうかしら? あなたこそ、この攻撃を耐えられるかしら? サンダーレイジ!』

紫電が周囲を染め上げる。

同格の魔導師ですら、この攻撃の前には敗北を喫するだろう。

もし仮にここにいたのが、リンディなら、クロノなら彼らはなす術もなく倒れ伏していただろう。

しかしここにいるのは、セイバーハーゲンなのだ。

彼女は元々強大な魔力を持つヴァンパイアと戦うために力を磨いた。そしてストラウスと幾度も切り結んできた。

自分と同格どころか、圧倒的強者と戦い続けてきた彼女にしてみれば、プレシアの力など高が知れている。

さらにもしプレシア程度に敗北を喫するような力しかなかったのなら、とっくの昔に彼女はストラウスに討たれている。

強大な魔力に対して、まともに魔力をぶつけても打ち勝つことは不可能。ならば受け流す。

かつて第五十代目ブラックスワンに相対したブリジットや風伯のように、自らの魔力と研ぎ澄ませ、裂き、穿ち、受け流す。

それぐらいの技量ぐらいはセイバーハーゲンに備わっている。

『はぁっ!』

紫電が切り裂かれ、周囲へと受け流す。余波を受けた玉座の間はあちこちで崩壊を続ける。

『まったく。何て非常識。私の攻撃を受けきったどころか、全部受け流すなんて・・・・・』

『自らの力を過信したか、プレシア・テスタロッサ。確かに貴公の魔力は強大だ。さらには魔力炉から魔力を得ているからか、より膨大だ。しかし我が魔力はそんな貴公の魔力を穿ち、受け流す。時間が経てば経つほど、貴公に勝ち目は無い』

『・・・・・・・・』

プレシアは何も言わない。ただ顔を少しだけ俯かせるだけ。その様子にセイバーハーゲンは警戒を強める。

罠の可能性を考える。しかし、プレシアの魔力にはさほどの変化が無い。何らかの魔法を展開しようとしているのなら、自分なら気づく。

魔力の流れも読んでいる。もし何らかの罠を設置し、それを発動させようとしているのなら、この余裕も頷ける。

しかしこの部屋にはそれらしい魔力のトラップを感じない。バインド系も見つけ出す事は出来ない。

『ふっ。どうしたものかしらね。このままじゃ、私はあなたに勝てないようね・・・・・』

諦めたかのような呟きをするプレシア。それでもセイバーハーゲンは安心しない。どんな罠が用意されているのか、わかった物ではない。

その時だった。クロノから通信が入ったのは。

『こちらクロノ・ハラオウン執務官です。魔力炉の確保、完了しました。これより、魔力炉の活動を停止させます』

その言葉の直後、ブンッと音を立てて魔力炉がその活動を停止させた。庭園内のエネルギー供給が止まったためか、電灯の光も落ちていく。

『これで終わりだな。プレシア・テスタロッサ・・・・・・・。貴公の・・・・・・』

負けとセイバーハーゲンが言おうとした瞬間、ニヤリとプレシアは笑みを浮かべた。

『あーあ。やっちゃったわね・・・・・・・・』

『なっ・・・・・・・』

次の瞬間、クロノ達が停止させた魔力炉に光が戻り、激しい音と魔力を生み出しながら活動を再開した。同時に地面にいくつもの魔法陣が生み出されていく。

『これは!? があっ!?』

クロノが気づいた瞬間にはすでに遅かった。全身に魔力が送り込まれる。それは部屋全体を覆いつくし、その場にいたクロノ以外を昏倒させる。

『こ、れは・・・・・・・・』

何とか魔力を全開にして耐えるクロノだが、いつまでも耐え切れる物ではない。

またそれは魔力炉の部屋だけではなく、玉座の間でも同じように起きていた。

セイバーハーゲンは自らの迂闊さを呪った。これはかつて自分がヴァンパイア王に仕掛けたトラップと酷似している。

かつてセイバーハーゲンが使用したのは内縛型滅式陣。霊力を用いて、陣の内部に捕らえた者をそのまま潰すと言うものだった。

だがこれは打ち潰すのではなく、陣の内部に捕らえた者を魔力により攻撃する物だ。

『ふふ。万が一の時のために準備しておいたトラップよ。ひっかかかってくれなくちゃ困るわ』

『ぐっ・・・・・・』

そのトラップの威力を身体に受けながら、セイバーハーゲンは何とか意識を手放さずに、膝を折る程度で耐えていた。

だが他の武装隊員は全滅だ。全員が魔力の直撃を受けて地面に倒れこんでいる。

プレシアが用意したトラップは、魔力炉が自分以外の魔力で停止させられた時に発動する物だった。

予め、それを魔力炉にプログラムし、停止させられた際は数秒後に再起動を行い魔力炉の部屋とこの庭園のデータベースに登録されていない相手に対して、問答無用で攻撃を仕掛けるトラップ。

もしこれが玉座の間だけに仕掛けれられていたのなら、セイバーハーゲンは気がついただろう。

もしこれがプレシアの魔力で発動するのならば、セイバーハーゲンは見破っていただろう。

だがこれは魔力炉で発動する。それも一度停止した後は、別の魔力波長を用いて行うように偽装もしていた。

さらにこのトラップは時の庭園のあちこちに施され、一見しただけでは時の庭園を起動させるのに必要な物であるように錯覚させるようにも偽装していた。

セイバーハーゲンがプレシアを過小評価していなかったように、彼女もまたセイバーハーゲンの力を過小評価していなかった。

並の罠ならば即座に見破られる。

だからこそ、プレシアは細心の注意を払い、この罠を仕掛けた。いや、元々仕掛けていた防衛用のものにさらに手を加えたと言うほうが正しい。

彼女は研究者でもあり、技術者でもある。

その彼女が罠の一つや二つ生み出せないわけは無い。

『危なかったわ。いつ、あなたに気取られるかどうか内心冷や冷やしていたわ。でもこちらの思惑通りに引っかかってくれてありがとう。これで終わりよ』

ドンと今度はプレシアが地面にデバイスを突き刺す。

その先端から流れ出る魔力は防御に徹しているセイバーハーゲンに容赦なく襲い掛かる。

『うっ、がぁ・・・・・・・』

『あら、まだ耐えるのね・・・・・・・。でもいつまで持つかしら?』

プレシアの魔力が、陣に注がれる魔力が強くなる。この状況下ではさすがにセイバーハーゲンと言えども完全に受け流す事は出来ない。

かつてのストラウスのように一息で破壊できるような、尋常ならざる魔力や霊力など、今の彼女は持ち合わせていない。

そして、彼女にとって不幸だったのが・・・・・・・・。

『がはっ!』

突然の吐血。だがそれはプレシアではない。それはセイバーハーゲンだった。

『ぐっ、ごほっ、ごほっ・・・・・・・』

口を押さえ、セイバーハーゲンは何とか必死に耐える。心の中で悪態をつく。

自分は確かに病を患っている。しかしそれは命に関わる物でもない。それでもこの状況下ではあまりにも不利な展開だ。

『・・・・・・・何だ。あなたも体にガタが来ていたのね。どれほどの物か知らないけど、苦しいでしょうね。私もその苦しみは知っているから、よく分かるわ』

ニヤリと見下すようにプレシアは嗤う。

『ええ、辛いでしょうね。だからすぐに楽にしてあげる・・・・・・・』

『・・・・・・・・我を、舐めるな!』

全身から霊力を吹き上がらせる。危険は承知のうえである。だが限界を超えようとも、この場で自分が倒れるわけには行かない。

自分はそんなヤワな鍛え方をしていない・・・・・・・。

かつてのブリジットの姿がセイバーハーゲンの脳裏によぎる。

『はぁぁぁっ!!!』

魔力と霊力を駆使する。二つの力を合わせることで、何とか力で対抗する。

せめてこの部屋の陣だけでも破壊する。

凄まじい魔力と霊力の放出。余波は先ほどの攻撃でボロボロになっていた玉座の間をさらに破壊するには十分だった。

そしてそれは新しい真実と言う名の悲劇と事実と言う名の絶望を生み出す。

セイバーハーゲンの霊力と魔力が玉座の間の玉座の後ろの壁を崩壊させた。

そして彼女は、アースラのクルー達は見てしまう。

その奥にある者を。一つのポットの中に浮かぶ一人の少女の姿を。

そしてその前の台の上に寝かされている一人の少女と狐の姿を。

ドクンとそれを見たストラウスの心臓が揺れる。

何故、何故、何故、何故、何故・・・・・・・・・。

疑問がわきあがり、瞳が小刻みに揺れる。モニターに映っている少女と狐。

それは彼の良く知る人物達。

「・・・・・・・・なのは、・・・・・・・・・久遠」

ストラウスの震える声がアースラのブリッジに小さく響いた。







あとがき

マリアさん敗北。

つうか、この人も大概チートなんだよね。この人の敗北もありえないって言えばありえない気がする・・・・・・・。

プレシアさんのホームグランドなんで、これくらいならありかなと思ったのですが、どうでしょうか(戦々恐々)

あと折角マリアさんが秘密にしようとしたのに、結局こうなった。

ここでも裏目裏目と・・・・・・・。

おかしいな。こんな風にするつもりはあんまりなかったのに・・・・・・・。

次回はいよいよ赤バラ王出陣かな。出たら最後。もう詰みです。

誰も勝てない上に、どんな罠でも力押しで破壊します。

私の好きなプリズマ・イリヤの台詞から一つ。

『どれほどの智略をめぐらせても、どれほどの力で圧倒しようとも、全てをひっくり返す絶対的な力がある』

まさにストラウス! ただし恐ろしいのは、どれほどの智略も、どれほどの力も、全てをひっくり返す絶対的な力も、すべて持っているところ!

本当に、どれだけチートなんだよ、この人は・・・・・・・・。




[16384] 第二十六話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/07/28 15:52




ローズレッド・ストラウスは、モニターに映る人物の姿にほんの僅かな時間だけだが思考を停止させた。

直後に湧き上がるのは疑問。

何故、どうして、何が・・・・・・・・。

モニターに映るフェイトと同じ容姿の女の子。ほとんどの人間は彼女の方に意識を奪われているだろう。

しかしストラウスは違う。彼が目を奪われているのは、その前の台の上に寝かされている少女と狐の姿。

高町なのはと久遠。彼の大切な家族の姿。

『ちっ・・・・・・・』

モニターの向こうでプレシアが舌打ちしている。プレシアにしてみれば、彼女達の姿を見られるのは不本意だったのだろう。

『・・・・・・・・・誰、だ・・・・・・。その者は・・・・・・・』

低く、小さな呟き。それを発したのはセイバーハーゲンだった。彼女の見据える先には少女達の姿。

だが彼女が見ているは、培養層に浮かぶ少女ではなかった。その手前のなのはを見ているようだった。

心なしか、身体もわなわなと震えているようにも見える。

『最悪ね。アリシア達の姿を見られるなんて・・・・・・・・』

「アリ、シア?」

フェイトは掠れたような声で、絞り出すようにその名前を呟いた。フェイト自身、その名前には聞き覚えがあった。

以前に脳裏に浮かんだ母の姿とその母が呼んでいた名前。自分に向かい呼びかけていた名前。記憶の奥底に沈んでいた名前。

『ええ、そうよ。私の唯一の娘。それがアリシアよ』

プレシアはコツコツと、セイバーハーゲンへの警戒を怠らずに培養層の方へと歩みを進める。

同時にセイバーハーゲンにも再び魔力炉からの魔力攻撃が再開される。

『ぐっ、あっ・・・・・・・』

防御が間に合わなかったのか、再び攻撃の餌食となるセイバーハーゲン。彼女のしてみればありえない失態。

まるで何かに意識を集中させ、それ以外への対処が遅れた。そんな感じだった。

しかしプレシアにとって見ればそれはありがたかった。

あれだけの魔力放出だ。早々何度も同じような真似はできまい。

自分は魔力炉から魔力を得ているため、よほどの事が無い限り魔力を使い切ることが無い。

逆にセイバーハーゲンは魔力、体力共に限界がある。

体力はこちらの方が先に尽きるかもしれないが、ダメージを考慮すればまだこちらに分がある。

『そしてフェイトのオリジナルでもある』

「オリ、ジナル・・・・・・・」

『そうよ。フェイト。あなたは私が作ったアリシアの偽者。アリシアを蘇らそうとして作った失敗作』

淡々とプレシアは語る。

それは真実。かつて起こった悲劇により生まれた、更なる悲劇。

『管理局になら、私のデータが残っているはずよ。もう調べているんじゃないかしら。二十六年前に起こった事故の事を・・・・・・・』

プレシアの言葉に、何も知らないフェイトやアルフがリンディの方を見る。

「・・・・・・・・ええ。二十六年前の新型魔力炉の稼動実験の際に起きた事故。その事故は周囲に大きな被害をもたらせた。その際に一人だけ犠牲者が出ているわ」

リンディは躊躇いながらも、その事実を口にする。

「犠牲者の名前はアリシア・テスタロッサ。プレシアの実の娘さんよ」

その言葉を聞くと、再びフェイト達はモニターに視線を戻す。

プレシアは慈しむようにポットに身体を預ける。

『そう。そしてフェイトは私の娘なんかじゃない。私が作り出した、私の命令を聞くしかできないお人形・・・・・・・・。いいえ、違うわね。私の言う事も聞けない、役にもたたないお人形にさえなれない出来損ないかしら』

フェイトに深く深く突き刺さる真実と言う名の剣。フェイトは母の言葉を聞くたびに、心臓の鼓動が早くなる。胸が苦しくなる。呼吸が出来なくなる。

はぁ、はぁと、息を荒くする。

『せっかくアリシアの記憶をあげたのに・・・・・・・、全てがダメだった見たいね。でも丁度いいわ。もう、あなたは要らない。どこへなりとも消えるといいわ』

拒絶の言葉を受けて、フェイトは絶叫した。涙を流し、声を張り上げる。

自分と言うアイデンティティが崩壊する。信じていたものは虚構であり、自分が普通の人間ではなく、プレシアの娘でもなかった。事実を受け止めるには、フェイトは幼すぎた。

アルフとリニスは必死にフェイトを落ち着かせるように声をかけるが、それでもすぐに落ち着くはずが無い。

まだ叫び声を上げられるだけマシかもしれない。心が完全に壊れてしまっていれば、泣き叫ぶ事もできない。心が完全に壊れていれば、自己を否定して支離滅裂な言葉しか発せ無くなる。

その意味では、まだフェイトはマシだろう。

そんなフェイトの声を耳に入れながらも、ストラウスには目の前のモニターに映るなのはと久遠しか見えていなかった。

声は聞こえる。頭も回っている。視野もまだ広いはずだ。

だがもうなのは以外に見えていない。なのはの事しか考えられないでいる。

『プレシア、テスタ、ロッサ・・・・・・・・』

不意に、杖で何とか倒れないように体勢を保っていたセイバーハーゲンが口を開いた。

『アリシア嬢の事は理解した。だが、だがその台に寝かされている娘は、誰だ? 一体、誰なのだ!? その、その娘の魂は・・・・・・!?』

魂と言う言葉にプレシアもリンディも一瞬何を言っているのかわからなかった。

しかし唯一ストラウスだけはその意味を真に理解していた。

そして最悪の事態を悟る。決して知られてはならないものにその事実が知られた。

すなわちあの子の、高町なのはの魂がローズレッド・ストラウスとステラも娘の魂であると言う事を・・・・・・・。

『この子? この子は私の新しい希望よ。うふふ。この子にはね、凄い力があるの。この子の力を使えばきっとアリシアを蘇らせる事ができる』

プレシアは嗤う。そう。なのはの力を使えば、不治の病を治すことができる娘の力を解明できれば、必ずアリシアを蘇らせる事ができる。

プレシアはそう確信していた。

『だってこの子は私の病を・・・・・・・「プレシア・テスタロッサ!!」』

プレシアが言葉を発しようとした矢先、その叫び声がアースラのブリッジと時の庭園をつないでいた通信から流れた。

声を発した人物はストラウス。彼は顔を若干俯かせ、その表情をうかがい知ることはできない。

いきなりの怒声にも似た声に、誰もが驚きの表情を浮かべる。

この中でセイバーハーゲンを除けば一番付き合いのあるユーノも、驚きを隠せないでいる。

『・・・・・・・あら、何かしら?』

「その子は地球にいたはずだ。それが何故ここにいる?」

『あなたこの子の知り合い? もちろん連れて来たからに決まっているじゃない』

わかりきっている事ではある。だがそれでもストラウスはプレシアに問いかける。

「その子をどうするつもりだ?」

『この子にはアリシアを蘇らせてもらうために協力してもらうだけよ。見ず知らずの私を助けてくれる優しい子だもの。きっとアリシアを蘇らせるのを手伝ってくれるはずよ』

なのはは優しい子だ。それはストラウスもわかっている。

ストラウスは今の会話でおおよそ何が起こったのか推測した。

おそらくプレシアは自分がアースラに向かった際に地球に来たのだろう。

そこでなのはに出会った。

今までの話の流れから考えると、プレシアの病をなのはが治したのだろう。

いつ死ぬかもしれない病を患っていたプレシア。なのに先ほどの戦いを見る限りでは、そんな様子は微塵も感じなかった。

地球でプレシアは発作か何かを起こしたのだろう。そこになのはが通りかかったか何かで、彼女に対して霊力で治療を行った。

推測しかできないが、可能性としては高いだろう。

なのはの性格を考えれば、目の前で死にそうな人間がいて、自分に助ける力があれば、家族に使うことを禁止されていても使うのは目に見えている。

それは人として間違ってはいない。人が人を助けるのに、理由が必要なのか。人が人の命を助けるのに論理的思考は存在しない。

確かに人によっては打算や利益を考えるものもいるが、心ある人間の大半はそんなものよりも咄嗟の感情を優先する。

そして今回はそれが裏目に出た。

プレシアにその力を知られたことで、その利用価値を知られた。なのはの能力が如何に強力で規格外なものなのかを、彼女は瞬時に見抜いた。

だからこそ、なのははプレシアに時の庭園に連れてこられた。

最悪の展開にして、最悪の事態・・・・・・・。

―――ああ、私はいつも大切なところで失敗する―――

こうならないように行動していたつもりだった。

せめてなのはの幸せを、高町家のみんなを幸せをと思い行動してきた。

最後には出し抜き、皆が再び笑顔で暮らせるようにと思って行動してきた。

出来る限り誰も傷つかず、犠牲を最小に抑えようとしてきた。

ストラウスがそう考え行動したからこそ、ジュエルシードでもたらされた被害はほとんど無かった。

街も壊れず、人々も何も知らずに犠牲者も出ていない。

でも、彼が本当に守りたいと思った人は・・・・・・・・・。

もうこの段階まで来たら、取れる手段は限られてくる。

力ずくは美しくない。真っ直ぐな力で守れるものなど高が知れている。

だが今は力を行使する時。

そう、なのはを取り戻す。どんな邪魔が入ろうと必ず。

かつて彼の妃であったアーデルハイトを取り戻すと、数多の同族、ダムピール、人間に語ったように。

どれだけの犠牲を払おうとも、我が娘の生まれ変わりである高町なのはを、必ず。

「・・・・・ユーノ。私をあそこまで転移させられるか?」

「えっ?」

ストラウスは自分の隣に立つユーノに問いかける。ストラウスはまだ転移魔法を習得していない。もう少し時間があれば何とでもなっただろうが、今は時間が惜しい。

正確に短時間であそこまで移動するには、確立された方法に頼るほうがいい。

「待ちなさい! 民間人であるあなたを向かわせるわけには行きません!」

ストラウスの意図を察したリンディは制止の声をかける。

罠が張り巡らされた時の庭園。管理局の英雄であるセイバーハーゲンも高い実力があるクロノ執務官でさえも罠に落ち、下手な動きは余計な混乱と被害を招きかねない。

リンディは指揮官として、ストラウスの勝手な行動を許すわけには行かなかった。

だがそれでもストラウスは止まらない。言葉を濁すユーノが無理ならばと、ストラウスは魔力でこの船にハッキングを仕掛け、データを書き換えていく。

かつて、魔力で物理的にアクセス不可能な端末からメインコンピューターとをつなぎ、さらにはセキュリティまで解除したことがある。パソコンと言うツールがなくとも、魔力でそれが代用できる。

この世界も突き詰めれば素粒子『0(ない)』『1(ある)』かに行き着く。データで更生されているパソコンなどのデータもこの二進数で表される。

ただしあまりにも複雑なデータをこの現実に表現するにはあまりにも膨大なエネルギーが必要と言う事になる。

しかしストラウスには世界を滅ぼしても有り余る魔力がある。魔力をエネルギーとして、自らをツールとして、ストラウスはアースラを乗っ取る。

転移に必要な座標も、魔法も、エネルギーも、己の思い通りに用意する。

もちろん、アースラのオペレーター陣にも気づかれないほど慎重に、巧妙に。魔力反応もアースラの機器に探知されないように即座に書き換える。

元のデータやプログラムをいじらない限りは決して気づかれず、仮に気づかれたとしても誰にもストラウスがやったとは気づかれないほどに。

プログラムも書き換える。ミッドチルダ式と呼ばれる魔法陣を使うと後々追求される可能性がある。

転移のやり方と座標を手に入れたのだ。あとはこちらのやり方で行かせてもらう。

「これ以上の被害を出すわけには・・・・・・・」

リンディは何かをしようとしているストラウスに制止の声をかけると共に、彼の肩に手を置いて行動をいさめようとした。

その時、ストラウスと目が合った。

ゾクリと身体が硬直した。

「あっ、あっ・・・・・・・・・」

呂律が回らない。ストラウスの肩から手が離れると、体勢が崩れぺたんと床に足が沈む。

ガタガタと身体がわけもわからないままに震える。リンディは思わず自分の両手で身体を押さえる。

「艦長!?」

リンディが地面にへたり込んだ事に驚きの声を上げたのはエイミィだった。周囲にいたほかの面々の何が起こったのか理解できていない。

何が起こったのかわからない。ただ目が合っただけだ。

だがその一瞬で、自分は恐怖したのだ。

ストラウスの瞳が変化していた。

優しい眼差しなどではない。穏やかな目ではない。

あれは獣の目だ。圧倒的強者にして、すべてを支配する絶対的な獣。

瞳孔が縦に割れていた。

それはまるですべてを射抜き、飲み込み、喰らい尽くす、ドラゴンのような・・・・。

リンディの姿を一瞥しながら、ストラウスは転移する。

向かう先は時の庭園。

プレシアは呼び込んでしまった。

決して怒らせてはいけない三つ首の竜を。その逆鱗に触れた状態で・・・・・・・・。







「あら。転移反応? 懲りないわね」

プレシアはポットのある場所から移動し、セイバーハーゲンに止めをさそうとしていた。

彼女は余裕だった。もう彼女に負ける要素は無い。現状で際立った戦力であるセイバーハーゲンとクロノを半ば無力化したのが大きい。

それにこの罠の張り巡らせた時の庭園に、普通の方法で侵入するのは自殺行為である。

正面から来ても何も怖くない。仮にフェイト達が向こうに協力して万全の状態で挑んできても同じだ。

さらには時の庭園内部には彼女がいのままに動かせる傀儡兵と呼ばれるAランク相当の力を持った魔法兵器。数も八十体。

種類も六種類であり、大型タイプになればそのバリア出力はAAAランクの攻撃すら耐えうるほどだ。

罠が張られた上にそんな兵器に守られたこの城を落とすことなどできるはずが無い。

プレシアがそう考えるのも当然であり、普通なら当たり前の事である。

仮にセイバーハーゲンでも、そんな中を力ずくで突破するなど不可能と言うだろう。

しかしプレシアは知らない。予想しようはずも無い。

そんな城を力ずくで突破できる化け物が存在している事を。

そしてその存在が、時の庭園へとやってきた事を・・・・・・・・。

それはストラウスがこの庭園へ転移した直後に起こった。

この時の庭園に降り立ったものは、登録されている者以外は問答無用で攻撃を受ける。

ストラウスもその例には漏れずに攻撃を受けた。

激しい攻撃。並みの者、それこそSランクオーバーでさえまともに直撃すれば倒せる攻撃。

さらには防御しても簡単には突破できない攻撃。

これで終わったとプレシアは思った。増援もあっけなく迎撃したと。

だがそれが間違いであったと彼女が気づかされたのは、直後の事だった。

魔力が高まった。それは時の庭園の魔力炉が瞬間的に生み出す魔力を超えるほどの膨大な魔力。

「えっ?」

プレシアが感じた途方もない魔力。一瞬、何かの間違いかと思った。

時の庭園の、プレシアが調整した魔力炉は一般的な同系統、あるいは同規模の魔力炉を大きく上回る出力を誇る。それを上回る魔力など、簡単に生み出せるはずが無い。

それこそ超大型の、一都市のエネルギーをまかないきれるだけの魔力炉クラスのエネルギーを感じたのだ。

そんなもの一魔導師が出せるわけが無い。この時の庭園に転移してきたのは、魔導師一人だけなのだから。

だがこれはほんの序曲に過ぎなかった。

プレシアが疑問に思っていたのもつかの間。

それはさらにありえない事を引き起こした。

ドン!

激しい衝撃が時の庭園を揺らす。地震など起こりえない空間に浮かぶときの庭園全体が揺れている。

まるでまるで巨大な何かが暴れまわっているかのように・・・・・・・・。

それは八十体にも及ぶ傀儡兵が、一瞬ですべて破壊されたのだ。

「なっ!?」

自分が支配下に置いていた傀儡兵がすべて。それらは別に一箇所に纏まっていたわけではない。何箇所かに散らばって配置されていた。

さらにはAAAランクの攻撃さえ防御しきる傀儡兵までもが、一瞬で粉々に砕け散らされた。

「そんな・・・・・・・。一体何が・・・・・・・・」

この時のストラウスは別に難しい事はしていない。

ただかつて島を防衛する際にした時と同じだ。魔力を開放し、敵の全てに叩き込んだだけ。

ほんの少しだけ実力を開放しただけだ。

恐怖と共に赤バラと呼ばれた者の力を。

それだけで傀儡兵は全滅した。ざからを使うまでも無い。全力を開放する必要も無い。

一割程度の力だけいいのだ。ストラウスにとって見れば、時の庭園からの魔力攻撃など、エネルギーが大きいだけに過ぎない。

ブリジット達ダムピールのように魔力と霊力を併せ持ち、卓越した技と優れた武具を持っているわけではない。

そんな単純な力でストラウスを害せるはずなど無い。

傀儡兵も同じだ。ただの魔力がそこそこ大きいだけの人形程度など、ストラウスにとって足止めにすらならない。

トラップも即座に無効化した。魔力炉の方も暴走しないように停止させる。停止まではあと少しかかるが、それも時間の問題だ。

なのは達の居場所も把握している。あとは真っ直ぐ進むだけ。

魔力をまとい、突き進む。到着には十数秒もかからない。

そしてプレシアの前に『それ』が現れる。

漆黒のマントに身を包んだ男。周辺には黒い蝙蝠のようなモノが無数に飛び交っている。それが魔力でできたものであると察するのに時間はかからなかった。

「ローズレッド・ストラウス・・・・・・・」

小さくセイバーハーゲンの呟きがプレシアの耳に入る。それがあの男の名前か。

プレシアはセイバーハーゲンから男に視線を戻す。そして目と目が合う。

ゾクリと悪寒が全身を駆け巡る。全身に鳥肌が立ち、汗が吹き上がる。

「えっ、あっ・・・・・・」

がくりと身体が崩れ落ちそうになる。カタカタと身体の震えが止まらない。

なんだ、あれは。なんなのだ、あれは!?

プレシアはわけもわからないまま、リンディと同じように震えた。

コツコツと一歩、一歩近づいてくる『それ』。

人間の姿をしているが、今のプレシアには人間のようには見えなかった。

人の姿をした何か得体の知れない存在。

今のプレシアにはそう思えて仕方がなかった。

「ああぁっっっ!!!!」

恐怖を感じていたのは疑う余地は無い。だが自分は負けはしない。負けるはずが無い。

デバイスを構え、全力でプレシアは紫電を放つ。加減も何も無い。

純粋に未知の相手を消し飛ばすように。一応殺しはしないように非殺傷設定にはしてあるが、これだけの魔力の攻撃だ。直撃すれば後遺症が残るかもしれないが。

凄まじい光と轟音。粉塵が周辺に立ち上る。煙の向こう側は見えない。

「・・・・・・・やったかしら?」

ゆっくりと晴れていく粉塵。だが直後、プレシアは再び凶悪なまでの魔力を感じ取った。

「!?」

煙が強制的に吹き飛ばされる。それはただ立っているだけ。立っているだけだったが、衣服にすら乱れた後は無い。

「そんな!?」

ゆらりと相手の手が上がる。

直感的でプレシアは攻撃が来ると感じた。そして一瞬で自身の障壁を最大限にまで強化し、出来る限りの防御を施す。

どれほどの攻撃が来ようとも防ぎきれると思った。

「がっ!」

プレシアは自分の身に何が起こったのかわからなかった。身体が壁にたたきつけられた。相手が手を自分に向けた。ただそれだけで。

(攻撃をされた? 魔法陣の展開も無く? 一瞬で、魔法陣の展開も無くあれだけの攻撃を・・・・・・。そんな馬鹿な話が)

プレシアは今、自分に起こったことが理解できなかった。

相手は魔法陣の展開もしていなかった。デバイスを持ってもいなかった。

なのに相手の放った一撃は・・・・・・・・。

(あれだけの高出力の多重障壁を突破して、さらには私に直接ダメージを・・・・・・)

意識が薄れていく。たった一撃で身体がバラバラになりそうだった。ダメージも深刻だ。

だが何とか自らを叱咤し、意識を手放さないようにする。

「はぁ、はぁ、はぁ、げほっ・・・・」

口から血を吐き出す。口の中を切ったのか、それとも内臓関係がやられたか。

自身のデバイスからもたらされる深刻な情報。内臓関係はずいぶんと傷ついた。致命的とは言えないが、戦闘を行うには厳しすぎる。

身体全身も酷い打ち身。身体を少し動かすだけで痛みが走る。

視界も定まらない。今のはなんだ。プレシアは自分を攻撃したであろう存在を見る。

今の彼女の障壁はAAAランクどころか、Sランク魔導師の攻撃も一撃程度なら余裕で防ぎきるだけの強度がある。

念には念を入れて、何種類も防御を重ねていた。

管理局の英雄であるセイバーハーゲンと戦うのだ。どれだけ準備しても準備過剰ではない。

なのに相手はただ手をこちらに向けただけでそれらを吹き飛ばし、あまつさえ身体強化をかけていた身体にあっさりと戦闘不能なほどのダメージを与えた。

(ありえない。何なの、あれは!? 私は、私は今、何を相手にしているの!?)

プレシアとてこの防御が無敵などとは思っていない。どれほど強固に張った障壁とて、それ以上の力を受ければ壊れるのだ。

しかしそれだけの威力を出すには、少なからざる溜めの時間が必要になる。プレシアのように魔力炉からの魔力を自分の魔力に変換できるならともかく、自分自身からひねり出すのなら尚更だ。

だが相手にはそんな様子は見受けられなかった。まるで一瞬で自分の障壁を上回る魔力を生み出したようだった。

プレシアの驚愕も尤もだろう。

陳腐な言葉だが相手が悪かった。

彼女が相手にしているのは、星を滅ぼすほどの力を持つ魔神なのだ。

さらにはその力を完璧に制御できるほどに卓越した頭脳、技量を保有している。

どれほどの策を弄しようとも、どれだけの力を持ってしても、圧倒的で超越した『力』の前ではあまりにも無力なのだ。

プレシアにとって悪い状況は続く。魔力炉が停止したのだ。

ストラウスが魔力を用いて遠隔操作で強制的に停止させた。力技ではあるが、仕掛けられていたトラップはすべて無力化。管制システムでさえもすでに手中に収めた。

もはやプレシアには勝ち目など無い。いや、最初から勝ち目など無かったのだ。

なのはを攫い、赤バラの魔神を敵に回した時点で・・・・・・・。

今のストラウスにプレシアを生かしておく理由など無い。生かしておけば、これから先もなのはを危険に晒しかねない。

ならば殺すしかない。

なのはを脅かす存在は恐怖でしか無い。恐怖を隣人にすることはできない。危険な隣人は殺すしかない。

なるほど。セイバーハーゲンの言った事が真理であると言う事がよく分かる。

ここにプレシアの未来は確定した・・・・・・・。









ここはどこだろう?

高町なのはは考える。

見渡す限りの地平線。空には二つの月。一つは大きく、もう一つは小さい月。足元は海のように水で覆われていて、なのははその上に立っている。

とても幻想的な光景である。

なのはは周辺を見渡す。

だがこの光景にはどこか懐かしく思えた。知らないはずなのに、来たことが無いはずなのに懐かしく、どこか安心できる気がした。

「くぅん・・・・・・」

なのはの腕に抱かれている久遠が声を上げる。久遠もここがどこかわからずに困惑している。

「どこだろうね、ここ?」

「くぅん?」

なのはの問いかけに久遠も首を傾げる。

綺麗で幻想的な場所だが、いつまでもここにいるわけにはいかない。

でも見渡す限りだだっ広く、地平線しか見えない場所ではどうする事もできない。

「もしかして夢かな?」

その可能性が一番高い。これが夢なら色々と説明もつく。その証拠に頬をつねってみても全然痛くない。

「やっぱりこれって夢なんだね。くーちゃんも・・・・・・」

だが久遠はブンブンと首を横に振る。まるでこれは夢じゃないと言っているかのように。

その時、ぽわんと光がなのはの前に姿を現した。

「ほえっ!?」

金色の光は段々と人の姿を形度っていく。そしてそれは人の姿になった。

「あれ? ここってどこかな?」

金色の長い髪の毛。身長はなのはよりも少し低いくらいである。

なのはにはその子に見覚えがあった。

「ええと、確かフェイトちゃん?」

なのはは以前に出会い、自分の能力で治療した少女を思い出して問いかける。

フェイトと言う名前も、その際に本人からでは無いが、ほかの人(アルフ)が言っていたのを覚えていただけだ。

「えっ? フェイトを知ってるの?」

きょとんとする少女になのはも首を傾げる。

「あっ、あとね、私はフェイトじゃないよ。私はね、アリシア・テスタロッサって言うんだよ」

ニッコリと笑いながら、挨拶をする少女・アリシア・テスタロッサ。

高町なのはとアリシア・テスタロッサはここに邂逅した。







あとがき

本当にすいません。

前回の感想返信を帰ってきてからするとほざいて置きながら、一週間以上も放置して。

リアルが色々と立て込んでいたもので・・・・・・。

これからはこんな事が無いように気をつけますんで。



では本編のあとがきを。

多少唐突ではありますが、アリシア登場です。まあ一応伏線はしていたつもりですが。

これでプレシアの死亡フラグも何とか回避できるか!?

あとストラウスとセイバーハーゲンの共闘と多くの皆様が書いてくださいましたが、ストラウス一人で十分と言うか、セイバーハーゲンの入る余地が無かった・・・・・・orz

こんなチート能力持ちの主人公のどこに割り込めばいいんだ!?

まああとは色々とまとめに入ろうかと思っています。後何話で無印編が完結するかわかりませんが、あと十話もかからないでしょう。

ではでは完結までもう少しお付き合いください。




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
17.0446190834