当研究室ではその研究内容について「有機金属機能化学」という看板を掲げている。すなわち、新規な有機金属化合物の設計・合成を行い、その構造の詳細を明らかにするとともに、その反応性を利用した反応試剤・触媒としての利用や物性に基づく機能材料への応用を目標としている。

 

生体内酵素を範とする高効率錯体触媒の開発を目指して

 高い選択性のもとに必要なものだけを温和な条件下に生成するための、高効率触媒の開発は、省資源・省エネルギーの見地からますますその重要性が増している。常温常圧という温和な条件下に様々な反応を促進する生体内酵素は、そうした新規触媒を開発する上でのよい手本となる。そこで当研究室では、生体内酵素に関する情報を学びながら、それらを参考に活性部位モデルを設計・合成し、酵素を超える機能を発現できる人工酵素の開発をめざして研究を行っている。

 窒素、二酸化炭素、酸素、メタン、水などは地球上に豊富に存在する小分子であり、一酸化炭素、水素、アセチレン、エチレンなどは工業的に大量に生産される小分子である。これら小分子を原料として、必要とされる基幹的化学物質を合成・誘導する反応は大規模に行われているきわめて重要な反応であり、これらの反応をいかに効率的に行わせるかは、規模の大きさの故に、解決すべき緊急の課題である。

 生体内で行われる小分子の変換反応には、活性部位に金属を含む金属酵素が関わっているものが多く、またこれらには金属多核サイトを活性部位にもつものがいくつか知られている。そこでは、複数の金属の協働効果により高い反応性が発現しているものと推測される。その代表例は、図に示した窒素固定酵素ニトロゲナーゼの活性部位であり、Fe7MoS9X (X = N, O, or C)という巨大な硫黄が架橋した金属クラスター骨格をもっている。その作用機構はまったく不明であるが、窒素固定細菌はこのような複雑な反応サイトを使って、非常に反応性に乏しい窒素分子をアンモニアへと常温常圧で変換しているのである。

 

 (図) 単結晶X線解析により明らかにされたニトロゲナーゼの活性部位

 

 よく知られているとおり、工業的な窒素固定では、鉄系固体触媒を用い、350-550˚C, 150-350 atmという過酷な条件下、水素ガスとの反応でアンモニアを作っている。Haber-Bosch法とよばれるこの工業的アンモニア合成プロセスは開発後約1世紀になるが、基本的にその触媒に変わりはなく、その間にエネルギー消費は著しく改善されたものの、いまだに本プロセスに利用されているエネルギーは、人間が使用している全エネルギーの1%を超えている。温和な条件下で作用する次世代の触媒の開発が強く求められているのである。

 

小分子配位活性化のための遷移金属錯体の合成

 当研究室では、不活性小分子と呼ばれる窒素や二酸化炭素を温和な条件下に有用な化学物質に変換する反応の開発を目指した研究を行っている。その鍵となるのは高活性な新規遷移金属錯体の開発であり、その方針は、現在、

(1)           生体内酵素モデルとしての硫黄架橋多核錯体

(2)           有機リン化合物を補助配位子とする低原子価錯体、特にモリブデン、タングステン錯体

の2つに集約できる。下に最近当研究室で世界に先駆けて単離・同定に成功したニトロゲナーゼ活性部位モデルとしての窒素配位遷移金属クラスターの例と、有機リン化合物を配位子にもつモリブデン錯体上で、二酸化炭素をそのC=O結合の1つを切断しながら捕捉した例を示す。こうした金属錯体上での素反応を利用することで、いわゆる「不活性な」小分子に、遊離の状態では見られない高い反応性を賦与することができるのである。また、同様に当研究室で最近単離された、酸素分子を配位したルテニウム−ロジウム二核錯体の例も示す。酸素運搬タンパクまたは酸化酵素の活性部位モデルと見ることができる。

 

図 初めて単離された窒素分子を配位した金属硫黄クラスター

 

図 二酸化炭素のC=O結合を切断しながら取り込んだモリブデン−有機リン錯体

 

図 ルテニウム上に酸素分子をペルオキソ型に配位した硫黄架橋二核錯体

 

有機金属クラスターを単位とするナノサイズの分子・分子集合体の設計と合成

 当研究室では、これまでに合成してきた数多くの硫黄架橋遷移金属クラスターについて、骨格同士の縮合反応、リンカーとなる分子を利用しての骨格の連結、配位子間での水素結合などの相互作用を利用した集積化などによるナノサイズのクラスターまたはクラスター集合体の合成も行っており、その反応性や物性の飛躍的な向上をめざしている。下には、それぞれについて、ルテニウム−パラジウム−アンチモンの硫黄架橋十核クラスター、ビピリジンが架橋したダブルキュバン型のクラスター、そしてイリジウム−パラジウム三核クラスターが配位子どうしの水素結合により鎖状に連結された超分子を例として示す。

 

図 硫黄架橋十核クラスター

 

図 ビピリジン架橋ダブルキュバン

 

図 鎖状に連結されたクラスター