きょうのコラム「時鐘」 2010年7月28日

 幸せは、しわと汗からできている。法語などが書いてあるお寺の門前にある掲示板で、そんな言葉を見た。なるほど、うまいことを言う

日本人の平均寿命がまた延びた。女性は86・44歳で世界一、男性79・59歳で5位。快挙であろうが、素直には喜べない。しわが増えて幸せが増せばいいが、老後の不安が消えるわけではない

定年を迎えて心身ともに元気なころなら、しわと汗の幸せを実感できる。スイスの観光列車の事故は、そんな人たちを襲った悲劇である。が、事故のその後にも驚かされた。原因も分からぬままに運行が再開され、やはり定年後の日本人が団体で乗り込んだという。国内なら、まずありえない

同胞の死を悼むけじめより、列車の旅という幸せの方が大事なのか。犠牲者に祈りをささげるよりも、絶景に歓声を上げる方が幸せな時なのか。そんな幸せに浸る姿を、よその人がどう見るか。それに思い至らないのだろうか

しわの数は、思慮分別を深めるばかりとは限らない。酷暑が続くと、厄介な汗まで噴き出して、頭の働きを鈍くする。しわと汗で幸せになるのも、簡単ではない。