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[19874] Only My Fatal Fate (フェイト魔改造・無印~A's前日談あたりまでを予定)
Name: Bloomfield◆e980e4c8 ID:a2dd8121
Date: 2010/06/27 15:18

Only My Fatal Fate

Thread 1. Dracula Time






 遠隔投影装置から放たれる光が、見上げた先に宇宙空間を映し出す。
 次元震動に巻き込まれた輸送船は、積荷である結晶石を抱えたまま、近くにあった惑星の大気圏に接触し、爆発四散する。

 高密度の魔力エネルギーを凝縮させてつくられた結晶石──ジュエルシードは、そのまま、惑星の地上に落下していった。

 惑星の名は、第97管理外世界。

 落下場所はすでに特定できている。
 あとは、現地に赴き、回収するだけだ。

「……行ってくるよ、母さん」

 自分の愛機となるデバイスを握りしめ、私はそう言い残して歩を踏み出していく。





 ジュエルシードは、所謂“ロストロギア”──超古代の未知の技術による産物として、時空管理局による封印の対象に指定されている。
 今回、私はその輸送中のものを狙うことになる。

 該当地域は、中規模の地方都市近辺。

 現地の言葉では、『海鳴市』という地名らしい。

 当たりをつけた邸宅の裏庭に、どうやら、すでに発動状態にあるジュエルシードがあるようだ。
 この結晶石は、生物に取り付いて魔力増幅を行う効果があるとされている。
 猫型の、この世界に生息している野生種と比べて明らかに大柄な個体が1体、茂みにうずくまって周囲を威嚇している。

「バルディッシュ、フォトンランサーセットオン」

 迷わず、巨大猫にデバイスの銃口を向ける。瞬時に薬室に魔力がチャージされ、鋭いパルスレーザーとなって発射される。

 猫の巨体は魔力によって増幅されていたものだった。
 魔力結合が解かれ、光の粒子を撒き散らしながら巨大猫の姿が消え、素体になっていた普通の猫と、ジュエルシードが分裂して地面に転がる。フォトンランサーに脳天を撃ち抜かれた猫は、顎から上の頭部をまるごと焼失させていた。

「まずは1個……」

 ジュエルシードを拾い上げた時、木立の向こうに人影が動くのが見えた。

 姿を見られたか?
 だが、その人影は小さい。子供のようだ。大した力があるようにも見えない。
 ならば、悪いけど消えてもらう……

 バルディッシュを構え、狙う。収束する魔力光に、夕闇に溶け込みかけた人影の姿が照らし出される。

 少女だ。年のころは私と変わらないくらいに見える。
 この世界の人間は、私たちミッドチルダ人とほぼ同じといっていい身体的特徴を示す。少女は驚きの表情を張り付け、しかし、私の攻撃動作に反応できていない。

 だが、彼女の首に下げられているペンダントのような赤い球が、デバイスの待機状態であるのを私は見て取った。

 胸のペンダントに照準を定め、発砲。

 桃色の閃光が弾けた。

 デバイスによるオートガードが発動し、少女の身体は被弾の反動で突き飛ばされる。
 デバイスが作動していなければ、さっきの猫のように、少女は心臓を撃ち抜かれて絶命していただろう。

 この世界にも魔導師がいるのか。

「あなたはジュエルシードを持っているの……なら、貰っていくよ」

 少女の持っている赤いデバイスはすでにいくつかのジュエルシードを内部に格納している。おそらくは、撃墜した輸送船の乗員が捜索を行っているのだろう。まだ、管理局員が出動してきた形跡は見られない。

 倒れた少女の胸から、デバイスをもぎ取る。

 赤いデバイスは被弾の衝撃で一時的にシステムダウン状態に陥っている。
 格納スペースからジュエルシードを取り出す。5個入っていた。これはサイドパックに入れておく。

「なのは!しっかり!」

 もう一人の声が聞こえた。今度は少年のようだ。
 声のするほうを見ると、小さなフェレットのような動物が、草むらの上に倒れている少女に呼びかけていた。
 使い魔か?それとも変身魔法か?

 この赤いデバイスにはもう用はない。
 フェレットに向かって投げつける。頭にぶつかって、フェレットがこちらを見る。

「君は何者だ!?まさか、次元震を起こしたのも──!」

 フェレットは声変わりしていない甲高い声で叫ぶ。フォトンランサーを足元の地面に撃ちこみ、黙らせる。泥と一緒に草切れがはじけ飛び、少女とフェレットに降り注ぐ。
 少女のほうもようやく意識を取り戻し起き上がった。

 視線が合う。

 芯の強い瞳だ。
 至近距離で炸裂させた魔法にも怯んでいない。

 やや薄い色の瞳が、夕日を反射している。

 私はマントを翻して地面を踏み切り、飛行魔法を発動させた。
 あの少女たちの技量では、ステルス魔法を使わずとも私を追跡できないだろう。





 待ち合わせ場所に着くと、既にアルフが来ていた。

「仮住まいの手配はできたよ。……フェイト、なにかあったのかい?」

「少しね。輸送船の生き残りがいたみたい」

 あのフェレットがそうなのだろう。何らかの理由で人間の姿をとれないのだ。それは、彼はこの世界の人間ではないからだ。

 蜃気楼のように。

 陽炎のように、人々の記憶に残ってはいけないのだ。
 そしてそれは私たちも同じだ。

「部屋の整理はアタシがやっておくからさ、フェイトは先にシャワー使っていいよ。疲れただろうしね」

「ありがとう」

「……フェイト」

「大丈夫。早くジュエルシードを集めないとね。母さんのために……」

 隣町のこぎれいなウイークリーマンションを確保してある。どのみち、この世界にも長居しては色々と不都合がある。

 アルフは最近、少し私に遠慮がちになっている。
 私と母さんの関係を、心の奥では、不満がぬぐいきれないのかもしれない。

 空はすでに日が落ち、星たちが輝き始めている。

 窓の外には、おびただしい人工の光がひしめいている。
 電気を使って光を灯しているのはミッドチルダと同じだが、そのエネルギー源は魔力ではない。この世界では、魔法は普及していない。

 この世界に住む人間は、どうしようもない災厄に、どうやって立ち向かっているのだろう?

 どうしようもない災厄を前にして、一体何を心の支えにしているのだろう?

 思案の中に疑問を弄びながら、私は夢うつつに溶ける。





 泣いている。

 母さんが、泣いている。

 子供にとって、親というのは、特に幼い子供にとっては、世界でいちばん頼りになる人間だ。世界でいちばん頼りになる大人だ。

 その親が、泣く姿を、自分の弱い姿をさらけ出しているのは、そしてそれを目の当たりにしてしまうのは、とても、居た堪れない。
 その頃の私はもうそういった感情を備えていた。

 暗い次元の海の片隅に、時の庭園と呼ばれる小島がある。

 母さんはそこに居を構え、ある魔術の研究に打ち込んでいた。
 それは、死者をよみがえらせること。

 いちど死んだ人間を、再び、生きてこの世に生まれさせることだ。

 私と同じ姿をした、愛娘の亡骸を抱え、母さんは屋敷の門をくぐる。
 それが、二度と引き返せない冥府への入り口だとも知らずに。

 ……いや、はじめから、覚悟をしていたのかもしれない。

 屋敷の外は、激しい嵐が吹き荒れている。

 暗闇に灯された蝋燭が、祭壇を照らしだす。
 蝋燭の灯りの下、朽ち果てたガラスの破片が積もったクロスの上に愛すべき娘の亡骸を寝かせ、胸の前で手を組ませる。どうか、冥福を。

 母さんの頬を、涙が伝い落ちる。
 信じられない。この死を受け止められない。
 ましてや、自分の過ちが娘を殺してしまったなど、受け入れられない。悔やんでも、悔やみきれない。

 どうして、こうなってしまったんだ。

 横たえられた陶器の花瓶の中に、魔法研究企業の上役から送られた薔薇の花が、申し訳程度に一輪だけ、花びらをのぞかせている。

 ただの社交辞令だ。
 決まりきった文面の、タイプライターで打った弔辞だけ。

 こんなものを渡されても、何の慰めにもなりやしない。

 花を、がむしゃらに床に叩きつける。

 深紅の花びらが散り、指先に少しだけ食い込んだ薔薇の棘が、鋭い小さな痛みを走らせる。
 つぶれた花びらは、悲しみをあざ笑うように床を跳ねる。割れたガラスが蝋燭の炎の反射をぎらつかせる。

 私はなぜこの光景を見ていたんだろう。

 そう、私は、この出来事を知っている。

 なぜここに来た。ここに来れば何ができると期待していた?

 屋敷の窓を、落雷の直撃が激しく震わせる。大気がはじけるように揺れ、突き抜ける電撃が風圧を起こし、蝋燭の火が揺れる。
 融けた蝋が、涙のように揺らめき、そして燭台に滑り落ちて冷えて固まっていく。

 雷鳴の光で、屋敷の壁や柱に飾られたゴブリンやインプの石像が、顔を照らし出される。

 おびただしい数の悪魔の瞳が、母さんと私を見つめ見下ろしている。
 なぜここに来たんだ?
 いったい何を期待してここに来たんだ?

 わかっているはずだ。わかっていたはずなんだ。

 母さんの慟哭が、私の胸を締め付ける。

 再び鋭い落雷が屋敷の避雷針を直撃し、床が突き上げられるように揺れる。蝋燭の火が、悪魔の息吹にかき消される。

 光が消え、あたりは暗闇に落ちた。

 声にならない叫びが響く。
 天を仰ぎ、叫ぶ母さんの瞳の奥深くに、黒い炎が口火を切る。
 私は、私がよみがえるために必要な儀式を要求する。

 雹まじりの激しい雨が吹き付ける、屋敷の扉が風に叩かれ、悪魔の足音を奏でる。心の闇に忍び寄る、恐怖と遺恨と怨嗟の幻影。

 アルハザード──その名を探せ。その伝説を私は知っている。

 それは人間が魔法を求める根源の理由だ。





 夜明けの街は、朝靄が白くかすんでいた。

「私は死神なんだよ」

 最初に私からそう聞かされた時は、アルフはあからさまに訝しがって見せた。
 私は、いつのころからか、周囲の人間というものがとても鬱陶しくなっていた。母さんが私をめったに屋敷の外に出さず、ずっと籠らせていたからなのかもしれない。

 リニスに監督してもらって、魔法の練習をするときがいちばん楽しかった。

 自分の力をふるうことが快感だった。

 今も、指先からややもすれば電撃が飛び出しそうだ。

 私が母さんを狂わせた。
 私が生まれたから、母さんは狂ってしまった。

 だから、私が助ける。

 娘を生き返らせたいという願いと引き換えに、私という災禍を召喚してしまったのなら。

「昨日遭遇した輸送船の生き残り……彼が連絡を取れば、いずれ管理局が出向いてくる」

「猶予はあまりないよ」

「わかってる」

 それから、彼が協力を仰いでいると思われる、この世界の魔力を持った少女。
 魔法技術が実用化されていなくとも、魔法資質を持った人間というのは一定の確率で生まれてくる。
 そういった世界出身の魔導師も管理局には居るとのことだ。

 あの少女は、けなげにも、またしても私の前に現れた。
 今回はきちんとデバイスを起動し、戦闘モードで準備していた。

 だが、その戦いぶりは私から見れば稚拙なものだった。魔力量はそれなりに大きいが、私のスピードにまるで追随できない。
 フォトンランサーだけでデバイスを狙い撃ちし、動きを抑えてからジュエルシードを回収する。

 例のフェレットも、私が着実にジュエルシードを集めていることに焦りを見せている。
 名前はユーノというらしい。スクライア一族の若者だ。

「どうしてこんなことするのっ!?話を聞いてよっ!!」

 少女が呼び掛けてくる。

 どうして、だって……?
 それはこっちが聞きたい。あなたはあの少年に何の義理があって、管理局に手を貸しているのか……それとも、何か弱みでも握られているのか?

「そこの坊やに何を吹き込まれたのか知らないけど、これ以上関わらないほうが身のためだよ」

 デバイスを持っているならば戦闘は可能なはずだ。
 だが、ユーノはなぜ自分で戦わないのか?魔力を持たない人間ではないはずだ。

「管理局は、また人さらいをするつもり?」

「なっ、なんのこと!?」

「You must know your Fatal Fate……自分の身の上をわきまえなさい」

 サンダースマッシャーを放つ。直撃を狙う。
 バリアジャケットによって肉体への直接打撃はかなり相殺されるが、それでも大きな反動を受けた少女の身体は真っ逆さまに吹き飛ばされ、地面の茂みに落ちてめり込む。

 すぐには起き上がってこれない少女に、フェレットが駆け寄る。

 すでにこの場所のジュエルシードは回収した。
 やたらに彼女らに構っている理由はない、が……

 事前の情報によると、あの輸送船に積まれていたジュエルシードは合計21個だ。
 量としては十分すぎる。長居せず、退散するのが得策だろう。

 踵を返そうとしたとき、ちょうど私の背後数十メートルあたりの空中に、まばゆい蛍光が沸き立ち始めた。

「……管理局!?」

 転移魔法の魔法陣が空中に展開され、何者かがワープアウトしてくる。個人で乗り込んでくるということは、おそらくは執務官クラスの人間か。

 振り向き、バルディッシュを両手持ちで構える。

 閃光がはじけると同時に、捕縛用のエネルギーストリングス・バインドが飛んでくる。すかさず、バルディッシュの刃で斬り飛ばす。

「時空管理局、クロノ・ハラオウン執務官だ!戦闘を中止して投降しろ!」

 例の彼──ユーノよりは年上のようだが、それでも若い男の魔導師だ。
 速射性にすぐれたカード型のデバイスを構えている。なるほど、直接戦闘よりも目標制圧に重きを置いた装備だ。

 ちら、と後ろを見やる。
 少女のほうはどうにか立ち上がり、状況を確認しようとしている。だがもう体力が残っておらず戦えないだろう。

 再び、目の前の執務官を見据える。

 彼は私の顔を知っているだろうか?大魔導師、プレシア・テスタロッサの一人娘の名前を知っているだろうか?

「スクライア発掘団からの通報に基づき、ジュエルシード封印のため来た。ユーノ、大丈夫か」

「僕はなんとか、でも、その子がかなりの量を持っている、下手に手を出すと暴発の危険が!」

 執務官は自分一人だけで、補佐の局員を連れていない。しかし、その間合いは私が転移魔法の詠唱をしようとすれば即座に踏み込める距離だ。そして、こちらの飛び道具を当てるには遠すぎる距離だ。

「事情を聞かせてほしい。ジュエルシードは第一級ロストロギアに指定されている。放置しておくことは非常に危険だ」

「危険とは、どのように」

 ぶっきらぼうに言葉を返す。執務官はかすかに目じりをひそめ、それでも視線は外さない。

「ジュエルシードに込められた魔力は非常に大きい。1個だけでも次元世界ひとつを消滅させてしまうほどだ。核物質の塊のようなものだ」

「そんなことは、わかってるよ」

「では……!」

 呼吸の周期をはかってタイミングをとり、全速力で飛ぶ。追いすがるバインドを飛びながら叩き落とし、陸地から離れる方向へ逃げる。
 下手に遮蔽物を探すよりは最短時間で最大距離を移動したほうがいい。

 アルフに念話を送り、時の庭園に戻るよう連絡する。傍受はされるだろうが、それは望むところだ。追ってくるなら来ればいい。

 10秒かそこらの全速飛行で、水平線が丸く見える高度まで上昇する。もう向こうの攻撃も届かない。

 それでも、あの少女は私をずっと、見つめ続けていた。





 庭園の門の前で、アルフにここを守るように言った。
 もしあの執務官が即座に追っ手をよこせば、いくらもしないうちにここは探知されるだろう。

 もともと、古代の貴族たちの別荘地として使われていた人工島だ。人工物である以上、その気配を完全に隠すことはできない。

 私は、確保したジュエルシードを使い、儀式を発動させる。

「……フェイト」

「なに?」

 アルフが心配そうに私を見る。

「本当は、……本当は、止めてほしかったんじゃないの?こんなことしたって、プレシアは喜ばないよ、リニスだって悲しむよ」

 使い魔の思考は、与えた初期条件に制限される。
 私は、あえて自分に抗議してくるように設定をした。

「母さんはわかっていたよ。私を造ったときから、初めから」

「フェイト……」

 門を開け、庭園の中に入り、そして閉める。アルフが倒れない限り、ここは突破できない。

 バルディッシュは即座に起動できるよう、戦闘モードのままにしている。

 時の庭園は、その名の通り、時計をモチーフにした意匠がほどこされ、中央の広場は日時計になっている。ただし、今は太陽が差さないので影は落ちない。
 濃度の高い魔力素が垂れ込めていて常に薄暗く、時間の感覚があいまいになる。

 この庭園の中では、高精度な魔力機械は制御を狂わせられる。

 それは、私が心を濁らせないために必要だった。

 母さんの心の時間は、あの時からずっと止まったままだ。
 愛する娘のためなら悪魔にだってなれる。悪魔に魂を捧げられる。

 私は、そうやって生まれた。

「……ただいま」

 ジュエルシードを空中に展開する。13個の環を持つ魔法陣のそれぞれにジュエルシードが配置され、出力の同期をとる。波動の誤差もない。

 母さんは、自分が研究していた魔力炉の事故で、娘を死なせてしまった。それは過失ではあったが、そもそもは、魔力炉の開発を請け負っていた企業が、無理なスケジュールを強行させていたことが原因だった。
 企業は、手切れ金で解決をしようとした。魔力炉の開発を遅らせたくないミッドチルダ政府の意向もあり、慰謝料を求めた裁判はほとんど形だけのものだった。

 母さんに残されたのは、自分が築き上げてきた魔法技術の体系だった。

 この時の庭園で、それは啓示された。

 時空の狭間に隠された、アルハザードと呼ばれる遺跡がある。
 それはミッドチルダが保有するどんな魔法よりも強力な技術を持っている。それをもってすれば、命さえ自在に、生み出したり消したりできる。

 時の庭園には魔力が満ちていた。

 悪魔と、契約したのだ。

 それは人間の、心の箍が外れる瞬間だった。

「……来た」

 階下から、激しい魔力波動の爆風が空気を震わせてくる。
 おそらく管理局の戦闘部隊が強行突入を図ったのだろう。

 扉のかんぬきは最初から嵌めていない。入って来たければ、誰でも拒まない。

 ただし、生きて帰れるかは保証しない。

 果たして扉が開き、強力なサーチライトが、私をまばゆく照らす。薄暗いこの庭園の中が、茹だるように照らし出される。

「ハラオウン執務官!」

 腕を顔の前にかざして目を細め、呼びかける。

 人影の様子からして、武装局員のほかに、あの少女と、ユーノもいるようだ。

「フェイトさん!」

 少女の声。
 彼女が持つデバイスは、他の武装局員たちが使用している標準デバイスよりもさらに一回りほど大きく、そしてアイドリング時でさえ非常に強力な余剰魔力を放出している。少女の小さな身の丈には不釣り合いな、巨大なエネルギーの塊。

「私はあなたに言ったよ……Fatal Fate、──致命的な運命を──自覚しろってね」

「運命っ……なんて!」

 なぜあなたがここに立っている。
 魔力があったからか?それが判明したからか?
 勇気は評価しよう。だが、それが自分の身の上を、どうやって構成しているかを、一度でも振り返って考えてみたか?

「我々の艦のチームで調査を行いました。スクライア発掘団への遺跡調査依頼は、プレシア・テスタロッサ博士、あなたの名前で行われていましたね」

 執務官のクロノが呼び掛けてくる。

「そのとおり」

「しかも、通常の手続きでは発掘されたロストロギアに触れられないこともわかっていた」

 ジュエルシードのような高出力の魔導素子の場合、その所在が確認された時点で、まず次元震動を防ぐための封印処置が最優先される。
 それを待っていては、儀式を発動できない。

「任意同行を願います」

 クロノが言う。

 私は、軽くかぶりを振って、微笑みを浮かべた。

「何を言ってるの?」

「テスタロッサ博士、我々に同行願います」

 私の背後は、照らされていて、光に包まれていて見えない。

「執務官どの、何を言っているのです?ここにはプレシア・テスタロッサなどという人間はいませんよ?」

「なっ……!?」

 サーチライトの光が減光される。

 私の背後にある祭壇には、据え付けられた十字架のたもとに、寄り添うようにして寝かせられた、母さんと──母さんの娘、アリシアの身体が、まるで蝋人形のように、時が凍りついたように横たわっていた。

「時間凍結魔法を施している。私を撃てば、みんな吹き飛ぶ」

 武装局員たちがこちらに向けているデバイスの銃口からは、既にセーフティピンが引き抜かれている。

「凍結魔法──では、すべて君が!?」

 執務官どのもさすがに驚いたようだ。

「時の庭園は時空をあやつる力がある……母さんは、いえ、テスタロッサ博士は、その力を発動させることに成功した」

「フェイト……さん」

「その代償は大きかった。自分自身に対して時間操作魔法を使用すると、いったん起動された魔法プロセスを、自分自身で止めることができなくなる。それは、想いの残滓だけが、この世に滲み出して、残っていくことを意味した」

「君が……」

「今や私だけが母さんの意思をこの世に表すことができる」

 少女がおびえた表情で、クロノが戦慄の表情で、私を見る。
 光を反射した彼らの瞳に映る私の姿は──紅い瞳をぎらつかせ、瞳孔は縦に裂け、唇の端から尖った犬歯をのぞかせた──人々がヴァンパイアと呼ぶ姿のものだった。

 マントを翻し、左腕を伸ばしてバルディッシュを掲げる。
 刃を直角に持ち上げたサイズフォームに切り替え、戦闘モードを宣言する。

 私の背後には、母さんと、アリシア──姉さん──の身体がある。死体ではない。ただ、時が止まっているだけだ。

 管理局員たちはこの陣形では発砲できない。かといって、この部屋の中で布陣を変えることもできない。

「フェイト……!」

 後ろのほうで、局員たち二人に肩を支えられているアルフが私を見上げる。最後まで戦ってくれた。ありがとう。

「母さんの想いは──私だけが知っている」

 それはただひたすらな悔しさだった。すべては運命なのか、避けることはできなかったのか。なぜ自分はあんな選択をしてしまったのだろうか。行動の、選択の、どれかひとつでも違っていたなら、あんな結末を迎えずに済んだのではないか。

 果てのない疑問と、そして同時にどれほど悔やんでも変えられない、巨大な因果の存在が、想いをかたちづくり、そして私に名を授けた。

 母さんが、最後の望みをかけて挑んだ人造魔導師計画とのダブルミーニング。

 プロジェクトF.A.T.E.──フェイト。運命の名を冠した、それが私。

 少女が、おそるおそる、その赤く輝く巨大なデバイスを私に向ける。

「運命の存在に気づいたとき、それはもう取り返しがつかないとき。なぜなら、気づかないうちは、それが運命だと判断できないから。取り返しがつかないところまで踏み込んで、はじめて運命の強大さを実感することができる」

 発砲ではない。バルディッシュから防御フィールドを展開し、祭壇を包む。庭園の中心部に位置するこの礼拝堂全体が激震し、天井から岩粒が降ってくる。

 ハラオウン執務官の号令よりも早く、少女は私に向かって駆け出していた。








[19874] Thread 2. Love Phantom
Name: Bloomfield◆e980e4c8 ID:a2dd8121
Date: 2010/07/02 07:17

Only My Fatal Fate

Thread 2. Love Phantom






 私が目覚めたとき、そこには、翠の光が揺らいでいた。

 魔力の塊を私は目にした。

 急激な膨張と収縮の揺らぎを繰り返し、やがて霧散するようにすべてが黒になり、世界に満ちる。
 すべてを飲み込む闇。インフレーション、次元爆発。

 次元の別たれた源。

 その超時空を私は見ていた。

 伝承がそれを伝えている。

「母さん」

 私を造った母、プレシア・テスタロッサは答えない。
 彼女は今や次元の狭間に閉ざされている。いや、自ら心を閉ざしている。

 愛する娘、アリシアとともに──。

 時の庭園に、自ら時を凍結して、その望みが叶うまで、生き続ける。

「運命が憎い」

 私が紡ぐ言葉は、私自身に向けた、母さんの無念。

 私は、最初からそれを持って生まれた。
 運命とは、ひとの有り様を大きく変えてしまうから運命と呼ばれるのだ。
 それがたとえ、どれだけ強固な因果で決められていたとしても、本人が気付かなければ、それは運命ではない。

 致命的な、ひとにとってその価値観や世界観を大きく揺さぶられる出来事のみが、運命としてもてはやされ、日の目を見ることになる。

「あなたが憎い──自分が憎い──私はあなた──恐怖の写し鏡」

「見せてやるわ」

 母さんが、思い出の中に秘め続けていた、アリシアとの──姉さんとの、もう二度と戻らない暖かい日々。
 私は、母さんの無念を晴らしたかった。
 それは自分の運命を証明することだった。
 私はプロジェクトFの産物だった──まず、それを突き止めた。

 この時の庭園で、私をも時を止めている間は、母さんや、姉さんと、過ごすことができた。
 だが、それはごくわずかなひとときだ。

 夢のようなもの。

「私がこの庭園の主」

 リニスは母さんの使い魔だ。時間凍結魔法が掛かっていても、存在そのものが消えるもしくは止まってしまったわけではないため、使い魔は普通に存在できる。

 母さんの組み上げた研究は、もはやエネルギー源となるジュエルシードさえ用意すれば起動可能なものだった。

 私は、魔法と、魔導師戦闘について、リニスの指導を受けた。
 当然、私は上達した。
 私が使うデバイスは、リニスが作ってくれたものだ。

 今は、この庭園の奥深くで、静かに封印されている。

 アルフは、私が従えた使い魔だ。

 ミッドチルダに住む、魔狼の一族のひとり。
 彼女は私に拾われたことを恩義に感じている。

 時の庭園からほとんど外に出ることのなかった私を、いろいろな面で助けてくれた。

 そして同時に、私の知見が驚くべきほどに、ミッドチルダの、一般の世界から隔絶されているのだということも私は知っていった。

 私は、異端だ。





 広範囲に形成されていく相転移空間が、私と管理局員たちの間に半透明の壁のように立ちふさがる。これにわずかでも触れれば、強力な微細次元振動が、肉体を形成している物質を対消滅によって跡形もなく破壊する。

 デバイスを構え、牽制射撃を放とうとした局員たちを、とっさにクロノが止める。
 流石というべきか、若くとも執務官というだけはある。

「次元跳躍魔法を操るとは……これはハッタリじゃあないぞ」

 密集隊形での防御を取らせる。複数の術者によるシールドを重ね合わせるつもりだ。

「なのは!シールドの中に戻れ!」

「っ!!でもっ……」

 ひとりだけ飛び出してしまっていた少女。なのは……高町、なのは。それが彼女の名前だ。

 恐れを知らないことは勇気ではない。
 力を、力の存在を、素直に見つめてほしい。

 この世のありさまを、静かな心で、見つめてほしい。

「来るぞ!」

 私が右腕を振り薙ぐとほぼ同時にクロノが叫んだ。

 相転移空間の一部が布のように靡いて千切れ、かまいたちのようなうねる糸になって飛んでいく。

 実際のところ弾速や見た目は、通常のバインドと変わらない。

 だが。

「っ!…っっ!!」

 半透明の糸が、局員たちが展開していたシールドに触れた途端、対消滅粒子の猛烈な爆発が彼らを包み込んだ。

 高次元空間から現次元に漏れ出す超高密度のエネルギーの奔流だ。
 次元属性の魔法は、これまでは重力属性のさらに上位に位置するとされてきたが、それはあくまでも理論上の存在であり、ミッドチルダの最先端魔法学者たちでさえその実在を疑う者もいたほどだ。

 見ろ。そして心に刻みつけろ。

 さらにもう一本の糸を飛ばす。狙う先は、少女が持つデバイス。

「なのはっ!!」

 ユーノが飛び出そうとするが、クロノに止められた。

 少女の瞳は、それでもなお私を見つめ続けている。
 怖いのか?恐怖で動けなくなったか?あなたの身体はあと数秒もしないうちに、原子さえもバラバラに分解されて砕ける。
 私の目を見ているのか。

 ならば、私がやろうとしている、事の深淵を、見ているのか。

「!!」

 少女が悲鳴を上げ、姿が砂煙にかき消される。
 杖の持ち手付近に命中したモノポールストリングスは、強固な魔力結合をいともたやすく破壊し、デバイスのコア部分が吹き飛んで床に転がる。バリアジャケットも大きく破損し、白い糸くずのように散らばる。

 金色の加速レール部分はさすがに無傷のようだが、これでは発砲はできないだろう。

「っ…、レイジングハート……!」

 ゆっくりと、祭壇の前に降り立つ。
 明るいサーチライトに照らされると、ここが自分の住家であることが一瞬わからなくなる。

 赤いじゅうたんは、こんなに鮮やかな色をしていたのか。

 それとも、通常以上の光量を浴びて、そのように見えているだけなのか。

「血を見たくなければ、おとなしく引き下がりなさい」

 いくら若輩とはいえ、こんな脅しに屈していて執務官が務まるはずもない、だろうけど。

「なぜ、ジュエルシードを奪おうとするの?」

「!?それは君が」

「危険だから、というのは聞き飽きた。危険だから何?臭いものには蓋をしておけばいいっていうの?」

 少女はデバイスを爆破された衝撃で仰向けに倒れているが、まだ起き上がれない。

「ジュエルシードのエネルギーがどれほどあなたたちに恐怖を与えているのか知らないけど、私にとっては『使い慣れた乾電池』程度のものだよ」

 執務官は言葉の意味を理解するのに数瞬かかったようだ。
 にわかに、クロノの目の色が変わる。表情は、さらに険しく。

「……君が、テスタロッサ博士を唆した。そう言いたいんだな?」

 クロノの肩越しに、アルフの姿が見える。その瞼からは今にも涙が零れ落ちそうだ。

「そして君は、この世の人間ではなく──僕らがロストロギアと呼んでいる古代の遺物の、技術と真実を知っている者だと、言いたいんだな?」

 これはスクライアの一族にとっても、恐ろしい伝説であるだろう。

「フェイト、やめてよ、もうやめてよ」

 アルフの声が聞こえる。

 だけど、もう少し。





 強制転送を発動させ、局員たちを時の庭園の地下迷宮へ飛ばす。

 祭壇には、私とあの少女だけが残った。

「手……手があ」

 少女の両の手は、至近で炸裂した対消滅の余波をもろに受けて、指も手のひらも、鋭利な刃物で切り付けられたようにずたずたにささくれ立っている。血管に打撃を加えたわけではないので血は出ないが、切断された末梢神経は激痛を彼女の脳と心に与えている。

 少女の前に立つ。

 背丈も私と同じくらいだろうか。栗色の髪、白いリボン。
 やわらかな生地のワンピースは、一見、ごく普通の町娘に見える。

「あなたも、家族を喪った悲しみを知っている」

 少女が目を見開いて私を見上げる。

「それは私の糧だよ」

 唇の端を吊り上げ、牙を見せてやる。
 私の目を見て。
 紅の瞳を。

「……どうして、そんなに寂しそうな目をしているの……」

 心の鏡。

「寂しい?」

「ひとりぼっち、なの?」

「私の顔は、人間には寂しがっているように見えるんだね」

 それは、人間は心のどこかで自らの内に秘めた闇に目を背け、清廉でありたいと渇望しているからだ。

 心の闇に呑まれるな。忌避しようとすればするほど深みにはまる。

 私はそんな人間たちを喰らう悪魔だ。

 プレシア・テスタロッサを襲った悲劇に、彼女が完膚なきまでに打ちひしがれたことを、誰が責められようか。

 私は、私の願いをかなえる。





 時の庭園に、母さんが願ったとき、──私は生まれた。

 母さんの心に棲みついた悪魔がいた。

 母さんは、クローン技術を用いた人造魔導師計画によって、娘のクローンを作り、娘をよみがえらせようとした。

 人造魔導師計画──プロジェクトF.A.T.E.が目指すのは、単なる同一遺伝子を持った個体ではない。肉体のみならず、記憶、魂までも移植しようとするものだ。そうでなければ、魔導師を人工的に作り出す意味がない。
 リンカーコアという先天資質に左右されるとはいえ、魔法はあくまでもあとから習得していく技能だからだ。

 そこで、技能の一部となる記憶を移植することができれば、生前の記憶を引き継いだまま、新たな命を授けられる──そして、娘がよみがえる。
 母さんはそう願っていた。

 ──あの大魔導師プレシア・テスタロッサの資質を受け継がせるとなれば、僕ら研究者にとっても渡りに船だね。

 ──ご息女を亡くされてどうなるかと思っていたけど、お元気を取り戻されたようで何よりだよ。

 科学者たちの思惑はさておき、だ。
 あの時の庭園で母さんが何を見たのかなど、彼らには知る由もない。

 やがて、プロジェクトF.A.T.E.は、ひとりの少女をつくりあげた。

 それは私が現世に降臨するための憑代になった。

 そう──、母さんは、私を現すための器を作った。いわば、作らされた。
 悪魔に魂をささげた引き換えに。

 アリシア・テスタロッサの記憶を宿らせることには、それ自体は成功した。
 だが、それはあくまでも記憶だけでしかなかった。
 その記憶を管理し、操るのは、私だ。

 哀れな母娘よ、運命を変えたいと願うのならば、さらに大きな代償を覚悟したまえ。





 地下迷宮を突破し脱出してきたクロノと、彼を追撃してきたリニスが、いち早くこの礼拝堂に戻ってきた。

 さすがに無傷でとはいかず、地下の傀儡兵たちとの戦闘で消耗しているようだ。

「お嬢様、管理局の坊やたちの処遇はいかがなさいます?」

 リニスがやや慇懃に言う。
 クロノも、すぐそばにいる彼女に何の手出しもできない。
 捜索令状と逮捕状はとっているがそれはあくまでもプレシア・テスタロッサに対してのもので、ほかの住人に対しては何もできる権限がない。

 そう、つまり、私──フェイト・テスタロッサは、管理局の名簿には名前がない。
 母さんは私の出生届を出さなかった。
 ミッドチルダの戸籍に登録されていないから、私に対して、何らかの法執行をすることは、そもそも法律上相手が存在しないことになるのだ。

「捨て置いて構わない」

 13個のジュエルシードを礼拝堂の最上段に配置する。

「もう邪魔する力は残っていないよ」

 それから、第97管理外世界の小さな少女。

 絶望する姿は、美しい。
 そしてそれに抗う姿は、とても、健気だ。

「どうして……」

 少女が呟くように言葉を吐く。

 疑問。限りない疑問。
 この世はどうしてこんな有様になった?自分の運命を翻弄しているのは誰だ?

 疑問を持つことは大切だ。

「フェイト、さん」

 腰を抜かしたように床にへたり込んだまま、少女は私を見上げる。

「待っていて」

 ジュエルシードから抽出されたエネルギーが、時の庭園の上空に雷雲を呼ぶ。
 魔力素の濃度がさらに上昇し、イオン化された大気を伝わって、大量の電荷が礼拝堂全体を包み込む。

 命を喚ぶ。

 礼拝堂の壁に設置されている燭台が、自然発火の温度に達して次々と点火される。

 それはあたかも、冥府への道標のように。

 燃えかけの蝋燭が再び火を得て、ゆっくりと溶け始める。
 凍りついた時が、再び動き出す。



 ──かあ、さん?



 ──アリシア……



 アリシア・テスタロッサ。姉さん、と呼ぶべきか。

 母さんとの、再会。
 幼い少女は、母に再びまみえた。

 アリシア、会いたかった。

 草原での、おだやかな記憶がよみがえる。

 凍りついた時を溶かす。

 もう、ひとりでは、ない。





 さて、対価を支払う準備はできているか。

「母さん……?」

 抱きすくめていた娘を放した母さんは、目を伏せ、振り返る。

「私には、貴女を愛する資格はない」

「何を言ってるの母さん!?どうして、せっかく会えたのに……!」

 縋るアリシアは、すんでのところで、母さんに触れられない。

 異様な、この世のものでないものを、見てしまった。

 それは死神だ。

「貴女を取り戻すために、私は人の道を踏み外してしまったの……」

 そう、こちらへ来い。

 私がかざした左腕にいざなわれるように、母さんは私のほうへ、浮つくように、夢遊のように歩いてくる。
 アリシアは、それを見ている。足がすくんで動けない。

 アリシア。姉さん。私の姉さん。でも、私はとんでもない妹だよ。

「やめて!おねがいだよ、フェイト、やめてえ!」

 アルフの叫びも、アリシアと母さんには届かない。





「たとえ自らの命と引き換えにしても娘を救う──健気な母親の愛」

 アリシア。

 あなたには私が見えている?
 母を連れ去ろうとする、死神の姿が見えている?

 私は死神だ。

 アルフに言った言葉は、はったりでも比喩でもない。

 真実だ。

 母さんは死神を召喚してしまったんだ。

「そうだよね、『母さん』」

 私の呼びかけに、母さんはかすかに顔を上げる。

 私は背後に扉を出現させる。
 次元属性の魔法には、いわゆる転移魔法も含まれる。だが、通常の転移魔法ではあくまでも長距離の移動しかできないが、次元属性、すなわち次元跳躍魔法ならば、異なる次元間でも自由に行き来できる。

 私は冥界への扉を開く。アルハザードはそこにある。

 アルハザードは、死者の伝説が集う場所だ。

 人々の純粋な願いが集う場所。

 私はそこからやってきた。願いをかなえるために。
 そして願いが叶ったら、人を新たな住人として迎えよう。

「アルハザード……本当に存在したというのか」

 扉を開く。クロノが驚きに打たれてつぶやく。

「母さん!?」

「アリシア……。あなたがもう一度生きて戻ってきてくれただけで、私はとてもうれしいわ……。だけどごめんなさい……私は、あなたを取り戻したいと願うあまり、許されないことを──人間であることを、悪魔に差し出してしまった……」

 娘は、死神にいざなわれる母の最期を見る。

「行こう、母さん」

 次元の扉が繋ぐ先は、通常の人間では航行することができない虚数空間だ。私ならば移動できるが、これは現在のミッドチルダ人類の技術では、次元航行艦をもってしても追撃は不可能な領域となる。

「母さん、お願い、いかないで!」

「フェイトお!」

 アリシアと、アルフが涙ながらに叫ぶ。

 ふたりの後ろで、リニスが私を見送る。

「ちょっと行ってくるから、留守番をお願い」

「承知しました、お嬢様」

 物々しい武装局員たちと執務官が取り囲む中、ある種滑稽にも見えるほどの落ち着いたしぐさで、リニスは私に一礼する。

 管理局も、あの少女も、私を追う手だてがなく、なすすべもなく見つめるしかない。

 私と母さんは手をつなぎ、扉の向こうへ歩み出していく。

 クロノ執務官、できれば、姉さんを──アリシアを保護してほしい。彼女は現世に残るべき人間だから。

 願う運命を、私は現出させる。

 私にはその力がある。

 扉が閉じられ、娘を愛した母の魂は、幻影と化して現世から消えた。








[19874] Thread 3. Bad Apple
Name: Bloomfield◆e980e4c8 ID:a2dd8121
Date: 2010/07/27 23:11

Only My Fatal Fate

Thread 3. Bad Apple






 時の庭園の地下室には、膨大な蔵書を誇る図書室がある。
 かつてこの庭園を所有していた貴族が集めたものなのだろう。

 そのありとあらゆる分野の魔術を網羅している図書室に興味を示した、人間の少女がいた。

 ──いや、正確には人間ではない。
 より厳密に定義すれば、第97管理外世界の主たる住人が認識する人類のくくりからはわずかに外れる、ヒューマノイドタイプの種族。

 彼女の名は、月村すずかといった。

「私、小さいころから黒魔術に興味があったんです」

 落ち着き払った口調で少女──すずかは私にかしこまる。

 彼女の名乗りが、ある種の繕いであることは分かっているが、それをわざわざ指摘する理由は今の私にはない。

 私は、すずかを時の庭園に住まわせることにした。

 この屋敷は時代相応に、原始的な魔力機械が多数残されており、すずかは自身の実家の職業もあって、そういった機械類を再び稼働できるようにする構想を練っているようだった。私は特にそういった屋敷の設備が動かなくても気にならなかったのでそのままにしていたが、どのみち、一人で暮らすには広すぎるのもまた事実であり、すずかを屋敷に入れても困ることはないだろう、と判断した。

「よろしく、月村さん」

 私の顔立ちは、普段は、いわゆる普通の人間と見分けはつかない。興奮したり、あるいは明示的に魔力を行使するために力を放出するときなどだけ、牙が伸び、瞳が紅く発光して、ヴァンパイアの姿になる。

「いいですよ。すずかと呼んでください」

「そういえば、私が初めて97管理──地球、だっけ?地球に降り立ったときの場所も、あなたの実家だったんだね」

「そうですね。ちょうど、なのはちゃんとアリサちゃんと、お茶会を催していました」

「悪かったかな?ティータイムの邪魔をしちゃって」

 いちおう、私が撃った猫のことは確認しておいたが、あれは彼女の家で飼われていたものではなくたまたま迷い込んだ野良猫のようだった。

「気にしませんよ。私がこうして、新しい世界を知ることができたのは、よい運命だと思っていますから」

 運命。

 人間は、運命という言葉をよく使う。

 運命とは、すなわち、自身の行動の選択肢がどうあろうとも、かならずこの結末にたどり着いたであろう、その因果を指す言葉だ。

 たとえば、雨となって山に降った水は、どういった道筋を流れようとも最終的には海にたどりつく。

 同じように、どんな分岐点を選び、意思を貫き通しても、最終的な帰結を覆すことができない状況にぶつかったとき、人間はそれを運命と呼ぶ。

 おおむね、自分にとって都合のよくない状況に対して、運命という言葉は使われる。

 しかし、たとえば、自分の才能や得意分野を最大限生かせる職業を見つけられた時など、これは運命だった、というふうに表現することもある。

 はたして、どちらの意味で運命という言葉を使う人間が多いのか、少し、興味はある。

「警察に踏み込まれたと聞きましたが、こちらは荒らされていないようですね」

 図書室の内壁は磨かれた石を漆喰で固めたもので、適度な湿気が石の表面を苔で覆い、漆喰が劣化するのを防いでいる。

「なのはから聞いたの?」

「はい」

「彼女の様子はどう?」

「手の怪我はもう治っています。学校には来ていますが、まあ、すぐに元気になると思います」

 転送ゲートを設置してあるので、海鳴市とは自由に行き来できる。こちらに引っ越すにあたり──といっても大量の家具を運び込んだりなどはせず、時の庭園に備え付けのものを使っているが──すずかの実家の人間は、特に口出しはしなかったという。

 魔法のない世界であっても、あるいは古代には魔法技術があったが現代では途絶えているという例は多く、第97管理外世界はそれに該当する。そういった場合、古代の魔法技術の伝承を受け継いでいる人間にとっては、魔法技術を保有する世界の住人からのコンタクトは、まさに天啓といえるだろう。

「そういえば、レイジングハート──彼女の持っていたデバイスはどうしたの?あれだけの損傷だとすぐには直らないんじゃないかな」

 モノポールストリングスは確実に直撃していた。普通のデバイスなら粉々に大破して再起不能になるところだが、彼女はすんでのところで急所を外したようだった。

 幼げな見かけとは裏腹に、なかなか骨のある人間のようだ。

「なんでも、クロノさんでしたか、彼の艦が整備のために地球近傍にしばらく滞在するとのことで、その期間を使って修理するようです」

「ふうん……ハラオウン執務官が」

 管理局のスタンスとしては、魔法技術の拡散は避けたいところではある。しかしそれ以上に、高い魔力を持った人材を集めたいというのも本音だ。

 その点で、高町なのはという人間は、現場の人間にしてみればぜひ助っ人に来てほしい、というものだろう。

「ハラオウン、といえば……あのハラオウン提督の艦、かな?」

 リンディ・ハラオウン提督。彼女の噂は私も耳にしていた。

「フェイトさんは、ずっとこの屋敷で暮らしてらしたんですか?」

「まあ、そうだけどね。でも、リニスや母さんが『出かける』ときは、私も『ついていった』から」

「そうですか」

 ついていく──とは、まあ、漢字を当てれば、憑いていく、といったところか。

 アリシアは、クロノ執務官によって保護されたという。

 彼女の──私にとっては、私がプレシア・テスタロッサにとり憑いた後で生まれた娘なので、私にとっての認識は妹だが(時系列を整合させるため母さんの前では姉と呼ぶ)、いちおう、管理局は、彼女をフェイトの姉、として扱っているらしい。

 すなわち、26年前の新型魔力炉の事故により死亡したとされていた彼女が、その当時の姿のまま保存されていた、という形にしている。

 そのあとで生まれた私は、成長するにつれて存命時のアリシアの年齢を追い越し、見た目の年齢が逆転している、ということだ。

 事実ではある。が、ある側面から見た場合に限りだ。





「いったい……どのツラさげて戻ってきたんだよ!!」

 怒りと悔しさに歯を食いしばり、アルフが私の襟元を掴んでいる。

 時空管理局によるひととおりの捜査が終わり、今回のジュエルシード強奪事件におけるプレシア・テスタロッサの関与が認められないということで、虚数空間に消えた彼女を、被疑者死亡とみなして書類送検する、とのことだ。

 ミッドチルダも法治国家である以上、法にのっとった手続きは行わなくてはならない。ただ、それで誰かがなんらかの拘束を受けるということは、ない。

 私も、そもそもどの世界にも属さない人間である以上誰にも手出しができない。

 この時の庭園そのものもが、そうだ。

「ちょっと出かける、って言ったよ」

「なにがちょっとだよ!なにがでかけるだよ!アリシアはっ、生き返って、生き返ったばかりでっ、っ、それなのに!あんたは、くっ……!」

 アルフの耳が低く垂れている。闘争心が湧き上がっている印だ。

「このっ、ひ、ひっ……」

「人でなし、とでも言いたいの?」

「!!」

 一瞬の注意の乱れが生まれる。私はその隙を逃さず、フォトンバレットを放つ。
 指先から、ごく細い電撃を飛ばす。エネルギー量自体はさほどでもないが密度が高く、貫通力に優れる。

 電撃を受けたアルフは広間の中ほどまで吹き飛ばされ、リニスの足元にしりもちをついた。

「あなたは私の使い魔……だったら、今、あなたの中に渦巻いてる憤りの、その由来は分かるよね」

「っ!!」

 アルフの牙は、素体が狼だからだ。私のものとは違う。

 アルフが怒ってくれるから、私は自分を見失わずにすむ。

「この……ッッ!!っか……!!」

 再び立ち上がって私に向かってこようとしたアルフを、リニスが後ろから捕まえた。そのまま、指先から実体化させた銀の針でアルフの肩口を貫く。

 私は服の乱れを直し、立ち上がった。
 リニスは母さんが仕立てた侍女の服装をまとい、一見には、穏やかな娘の姿だが、その体内に流れる狩人の血は隠せない。

 肩に突き刺された銀の針だけで身体を宙に浮かせられているアルフは、声にならない呻きを吐いて手足を震わせている。

 痙攣する唇から、唾液が、飛び散るようにこぼれ落ちる。

「お嬢様に手を上げることは許しません」

 リニスが静かに、しかし威厳のこもった声で言う。
 アルフは口を動かせない。

「わかりましたか?」

「それくらいにしときなよ」

 銀の針が引き抜かれ、アルフはどさりと床に崩れ落ちた。
 傷口からはほとんど血が出ていないが、肉と骨が完全に貫通されて、背中から胸に向かって穴が開いている。リニスの腕は確かだ。

「管理局の坊やたちは、大奥様が残された日記以外、何も見つけられなかったようです」

「あれはわざと見つけられるように置いてあったものだよ」

 大奥様、とは母さんのことだ。

 とはいえ、私はプレシア・テスタロッサの胎内から生まれたわけではないので、厳密には、母親ではないのかもしれないが、ともかく、被造物という意味では娘と名乗ってもいいとは思う。

 リニスの話によると、管理局の捜査官たちがアリシアの身柄を確保しようとした際、突如、広間全体を強烈な電撃が襲ったという。

 アリシアが、秘められていた魔力を暴走させたのだ。

 魔力資質は受け継がれなかった──出生時はそう診断された。
 だが、何十年もこの時の庭園で眠りについていた間に、意識を止められ、生命活動が極度に低下した状態に置かれた肉体に、強く深遠な魔力が浸み込んでいったのだ。

 クロノ率いる管理局員たちはどうにかアリシアを抑え込み、現在、アースラ艦内で個室を与え、保護しているという。

 クロノが去り際に言っていたことによると、身寄りがない以上、里親を探さなくてはならない、ということだそうだ。

 身寄り、というならこの屋敷がそうなるのだろうが……少なくとも一般的な感覚からすると、こんな鬱蒼とした、瘴気に満ちているように見える禍々しい場所に、幼い少女を住まわせるのは気が引けるだろう。

 アルフを部屋に運んでおくようリニスに言いつけ、私は自分の部屋に戻ってソファに腰を下ろした。

 いったん私が現世に目覚めてしまった以上、人間たちは、私たちにどう接していいのか、いつまでも迷い続けることだろう。

 だが、正直なところ、それに私たちが応じてやる義理はない。

 私もリニスも、すずかも、ついでにアルフも、元をたどれば、この世界にあってははみ出し者だった。
 本来なら、存在しない者。見えざる世界のもの。

 私は、その現世と常世の境目を、今、歩いている。

 少しだけ、散歩に出かけているようなものだ。

 そしてこの時の庭園は、不意に外界の人間が迷い込むこともあれば、母さんのように、現世に対する強い未練が、常世への扉を開いてしまうこともある。

 屋敷の外で、蝙蝠たちの鳴き声と羽音が聞こえる。

 この庭園にもさまざまな生き物たちはすんでいるし、様々な住人たちが暮らしている。

 それは、人間たちが呼ぶところの現世となんら変わることはない。

 ただ、見ようとしなければ見えないだけの世界だ。





 ひとつ気になることがある。

 そもそもは、母さんが26年前に行っていた魔力炉の実験で事故が起きたことが、アリシアを蘇らせようと願い、私を生み出すきっかけになったのだが、問題の魔力炉はその後どうなったのだろうか?

 いくら私が、メトセラ(長寿命種族、ヴァンパイアもその中に含まれる)のひとりであるとはいえ、長生きしているからといって過去の事件すべてを知っているわけではない。

 すずかにも頼んで、時の庭園の図書室で過去の資料を改めてみた。

 すると、興味深い事実が浮かび上がってきた。

 新型魔力炉──開発コード『ヒュウドラ』の名で呼ばれたそれは、従来の魔力素のみを吸着する炉と違い、通常のバリオン粒子も積極的に触媒として用い、指数関数的に魔力素を生成増幅する、高速増殖炉のようなものだった。

 だがこれには急激に出力が立ち上がる特性に起因する制御の問題のほか、周囲の物質、特に大気元素を非常な勢いで消費してしまうという問題があった。

 これを解決しないことには炉の実用化はできなかったが、実験は強行され、そして事故が起きることになった。

 問題は、これほどの新型炉をなぜ、急いで造る必要があったのか、ということだ。

「大出力次元砲……これかな?このタイプの次元魔法を撃つには、あの当時の魔力炉じゃどう見積もってもエネルギーが足りない」

 私が開いて見せた科学書には、次元魔法を放つ大型砲の概念図が描かれている。すずかもそのページをのぞきこむ。

 艦船搭載型のなどの大型の魔法兵器の場合、もちろん人間が使うよりもはるかに巨大な威力を実現するため、人間の魔導師では術者自身が行う術式の構築を、機械部品を使って配線し、あらかじめ組み立てておくという設計手法がとられる。必要なエネルギーを流せば、自動で機械による詠唱が行われ、魔法が発動する。

 その次元砲は、現代では『アルカンシェル』の名前で実用化され、ハラオウン提督のアースラをはじめとした、管理局が保有する多くの次元航行艦に搭載されている。

「これだけの威力を持つ武器では、直接戦闘に用いるには不向きですね。何か、特殊な用途のために装備されているのではないですか?」

 すずかが指摘する。私も、その通りだと思う。

 アルカンシェルは、管理局が発表した基準性能の数値を単純に読むと、小惑星を一撃で粉砕できるほどの威力がある。惑星上で使用するならば、そこに暮らす生命への致命的打撃は避けられない。

 すずかから聞いた第97管理外世界の国家群のように、パワーバランスをとるための兵器である──ということは、ミッドチルダにあっては考えにくい。

 そうまでして、破壊しなければならない何かがあるということだ。

 星ひとつを犠牲にしてでも破壊しなければならない何かがあり、26年前の当時、そのための武器を作る必要に、迫られていたという事実があった。

 それは、『闇の書』と呼ばれた。







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