木造住宅や文化財を食い荒らすやっかいな害虫シロアリ。人間を圧倒する生存能力の背景には、たった1組のペアから集団に成長し、遺伝子の多様性を保ちながら、長ければ数十年にわたって集団を存続させるための巧妙な繁殖システムがある。日本の研究者らがその謎の解明に挑んでいる。【大場あい】
■究極のハーレム
シロアリは、繁殖を担う群と、餌集めや卵の世話といった労働を担う群で役割を分担する。アリやミツバチと同じ「社会性昆虫」だ。
日本で一般的なヤマトシロアリの場合、別々の巣で生まれた雄と雌が出合い、「創設王」「創設女王」として新たに巣を作ることから一族(コロニー)が始まる。コロニーで繁殖を担う雄は王だけだが、集団が大きくなると、創設女王が産んだ娘や孫娘らが「女王」として繁殖に参加する。「ハーレム」だ。
松浦健二・岡山大准教授(社会生物学)のチームは、約1000のヤマトシロアリの巣を調べ、王と女王とが暮らす「王室」を47カ所突き止めた。そこには1匹の王に平均約65匹の女王がいた。中には「王1匹、女王676匹」という王室も。「雄1頭に雌250頭前後といわれるゾウアザラシを上回る、自然界最大のハーレムです」(松浦さん)
■生殖使い分け
研究者の間では長年、「2代目以降の女王はすべて、王と創設女王の間に生まれた雌」と考えられてきた。この常識を覆したのが、松浦さんのチームが昨年、米科学誌サイエンスに発表した成果だった。
遺伝子解析の結果、2代目以降の女王は、王との交尾を経ない「単為生殖」で生まれ、王の遺伝情報を受け継いでいないことが分かった。王との交尾による「有性生殖」で女王が産んだ卵からは、原則として繁殖に携わらない働きアリと羽アリが生まれ、数%交じっている単為生殖の卵からは、王室を維持するための女王が生まれる。松浦さんは「2代目以降の女王はいわば創設女王の『分身』。創設女王は王ほど長生きできないが、遺伝子レベルでいえば、コロニーが存続する限り、永遠の命を持つとも言える」という。
2代目以降の女王が有性生殖で生まれると、コロニー唯一の「父親」である王との近親交配が繰り返される。遺伝子の多様性が損なわれた結果、感染症や環境の変化で全滅してしまう危うさがある。シロアリは、働きアリは有性生殖、女王は単為生殖と巧みに使い分けることで、コロニー内の多様性を維持しつつ、創設女王の遺伝子を確実に継承しているのだ。
■フェロモンで制御
繁殖が順調なら、コロニーは長期間存続する。世界では、研究室内で21年以上、創設王と創設女王が生き続けた例も報告されている。
王が死ねばコロニーは解散するが、女王が足りなくなったら--。シロアリの世界には、繁殖能力がある女王を常にキープしておく仕組みがあることも分かってきた。
松浦さんらは、産卵能力が十分な女王だけが分泌する「女王フェロモン」を特定した。果物の芳香成分と同じで、女王が元気な間はフェロモンを活発に分泌し、他の雌が女王になることを許さない。だが、その女王が死んだり繁殖力が弱まると、フェロモン分泌が減り、それが集団に伝わって女王が補充される。まずは単為生殖で生まれた若い雌、それでも足りなければ有性生殖の若い雌から選ばれて女王に昇格する。
こうした巧妙な仕組みが分かってきた半面、王の寿命や女王集団内の序列などは依然、謎だ。松浦さんは「社会性昆虫は、人間とは違った道筋で高度な社会を作っており、その精巧な仕組みを解明する作業はまるで不思議の国をのぞいているようだ。有性生殖と単為生殖の使い分けについて調べることも、生物になぜ雌雄が必要なのかという疑問への答えに迫ることになる」と目を輝かせる。
社会性昆虫には分からないことが多い。
辻和希・琉球大教授(進化生態学)によると、一生繁殖をしない働きアリが、自身の子孫を残せない運命でありながらなぜ存在するのかは、長年の難問だった。近年、働きアリは、過酷な自然環境下で助け合うことで血縁者に繁殖させ、それを通じて自分の遺伝子を残そうとしているという仮説(血縁選択説)で説明できることが分かってきた。
2代目の女王を単為生殖で産んだり「女王フェロモン」で女王数をコントロールする方法はシロアリに限らない。例えばアリも似たような仕組みを持っている。辻さんは「シロアリはゴキブリの仲間、アリはハチの仲間で、分類学上はまったく違う昆虫なのに同じような性質を持つ。これは、働きアリが飛べないとか閉鎖空間で集団生活をするなど、共通点の多い環境で生き延びるうちに、両者が同じような進化をとげたことをうかがわせる」と話す。
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■ことば
「交尾-受精」という過程を経て子孫を作る(有性生殖)生物の雌が、受精を経ずに単独で子を産むこと。単為生殖をする生物は、アブラムシやハイイロゴキブリなど昆虫に多い。その頻度や、子の遺伝的特徴などは多様で、同じ種でも生息環境によって異なる場合がある。アブラムシは、季節で有性生殖と単為生殖を使い分け、単為生殖の子は母親の遺伝情報をそっくり受け継いだクローンになるが、ヤマトシロアリの場合、完全なクローンになる確率は200万分の1程度。単為生殖を行う哺乳(ほにゅう)類は自然界には存在しない。
毎日新聞 2010年7月27日 東京朝刊