白鵬の北太樹戦は初顔だけに、横綱に当たって行く意気込みを見られるのではないかと、ひそかに楽しみにしていたのだが、本人には初顔だという意識はあったのか無かったのかと疑いたくなるような凡戦だった。
つめでひっかいた跡でも良いから、横綱相手に相撲を取ったのだというものを、自分の記憶にせめて残さなければ、相撲の内容の進歩もあるまい。
一方の白鵬の攻撃は、まことに滑らかなもので、どういったらいいのだろう。融通むげで、上半身への攻撃が始まったと思った途端には、切り返しの足が北太樹の攻撃に鋭く繰り出されていた。
今場所何回か書いた白鵬の双葉山への憧憬(しょうけい)は、そういったことを気安く文字にすると、なぜか、値打ちが落ちてしまうように感じられたりすることなのだが、めったにないことが次第に近づいてくる感じは、誰もが抱いているのではないだろうか。
まさか、根気が切れたのではなかろうが、豊真将がいとも簡単に負けた。この“いとも”と書いたことを実は心配していたので、十一日目の小稿の最後に、まだ場所が終わったわけではないのだからと書いたのだが、私の祈りは通じなかったのだろうか。
その祈りとは、他でもない。十連勝などという法外なことはめったに出来るものではないのだから、すいすいと波間を滑るようになしとげた後は、慎重な上にも慎重な土俵を続けてほしいとの祈りに通ずる。
琴欧洲戦も、いってみればボーナスのような大関対戦だったのだから順当負けに近いものだったといえよう。それはそれとして、自分の内面で処理、次回はその大関を倒すことを考え、もう次なる一歩を踏み出さなければなるまい。
九日目横綱戦、十日目大関戦で敗れた鶴竜が、栃煌山にも敗れた。前半八連勝の破竹の勢いを取り戻すことは大変だろうが、あの連勝時の勢いを取り戻してほしいと思う。日馬富士、阿覧、把瑠都と後半戦に入って、急に好調ぶりを見せつけ出した力士が目立つ。まさか異例な場所の異例さがそんなところに顔を出しているのではあるまいと思うが、不思議なことである。 (作家)
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