◇名古屋場所 千秋楽
野球賭博をはじめ角界と暴力団とのかかわりが次々と明らかになり、大揺れの中で行われた名古屋場所千秋楽の25日、天皇賜杯のない“屈辱の表彰式”で、優勝の横綱白鵬=宮城野部屋=が泣いた。各部屋では恒例の打ち上げパーティーを取りやめたところが多く、依然として暗いムードが漂う。会場のファンからは、涙の白鵬に温かい声援が飛び、正常な相撲界に戻ってほしいと願う声が相次いだ。
耐えきれなかった。千秋楽の表彰式。土俵上にいつもなら鎮座しているはずの天皇賜杯がないことを確認すると、白鵬の目がみるみる潤んだ。左腕でぐっと目元をぬぐうと、三保ケ関審判部副部長(元大関増位山)から、優勝旗を受け取った。
「やっぱりこの国の横綱として、力士の代表として、天皇賜杯だけはいただきたかったとつくづく思う」。表彰後の館内インタビューで、声を震わせた。野球賭博問題の責任を取り、相撲協会は20を超える外部からの優勝力士表彰を辞退。贈られたのは表彰状と優勝旗だけだった。
白鵬は賜杯だけにはこだわっていた。理事長から受け取る29キロのトロフィーの重み。けいこに励んで優勝し、国技である相撲の頂点に君臨している誇りを、実感できた瞬間だった。場所前には「国技をつぶす気か」と発言して物議を醸し、場所中も「賜杯だけはなんとか」と重ねて懇願した。
実は賜杯は、土俵近くの先発事務所にずっと安置されていた。目の前にあったものを、ついに抱くことがかなわなかった無念。「何回も優勝した自分でも変な気持ちなのに、初優勝だったら大変。だから自分が優勝して良かったと思う」と“苦しい優勝”の感想を、自虐的に話した。
悔しさを押し殺して、白鵬は「こんな場所は2度とないと思う。前向きにプラスに考えて、こういう場所を経験したことで新たな動きになったと思うので、あらためて頑張りたい」と、8000人の観客に呼び掛けた。
この横綱の決意に、観客からは大きな拍手が起きた。「相撲協会始まって以来の危機」を実感した屈辱の表彰式。大横綱への道を歩む白鵬が、地に落ちた大相撲の威信を取り戻す旗手となる。 (田中一正)
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