Astandなら過去の朝日新聞天声人語が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)
幕末から明治にかけて日本に来た欧米人の多くが、この国を「子どもの楽園」と見たのはよく知られる。たとえば英国の旅行家イザベラ・バードは「これほど自分の子どもに喜びをおぼえる人々を見たことがない」と紀行文につづった▼大森貝塚の発見で知られる米国の動物学者モースは、日本ほど子どもが親切に扱われる国はないと感嘆している。わが子に愛情を注ぐだけでなく、世の中全体が子どもを大事にし、寛容でもあったようだ▼そんな昔とくらべて気の毒になる投書を東京の声欄で読んだ。ある母親が8、3、1歳の3人を連れて新幹線に乗った。東京駅で降りるとき、年配の女性から「うるさいのよ、あんたたち」と吐き捨てるように言われたそうだ▼申し訳なかったと思いつつ、もう家族旅行はしたくないという気持ちが押し寄せてきたという。別のお母さんも、「わが子が赤ちゃんだった頃、何がつらかったかと言えば、泣き声などが周りに迷惑をかけているというストレスだった」と書いていた▼中には親子ともども、しつけの足りない場合もあろう。親はほったらかし、子はしたい放題。だが多くの親は周囲に気を使い、くたびれはてる。不機嫌な視線を意識して、神経をすり減らす▼詩人の高田敏子さんに幼い女の子の靴をうたった詩がある。〈おとなの 疲れた靴ばかりのならぶ玄関に/小さな靴は おいてある/花を飾るより ずっと明るい〉と結ばれる。夢ふくらむ靴をはいて、幼子(おさなご)も旅に出る夏休みである。思い出に、大人の寛容を添えてあげたい。