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[20131] 【ネタ】魔王の凱旋・外伝 頂上決戦(ワンピース【パロ】・異世界多重クロス)
Name: キー子◆d13b36af ID:dcf8efe5
Date: 2010/07/09 01:17
 お久しぶりです、キー子です。
 以前の作品の続きも書かずなんでこんな作品を書いているのかと言えば、実はあっちの方の続きが全く思いつかず、逆に『ワンピース』と「小説家になろう」の“とある”作品を読んで、「あれ? そういてばこのシュチュエーションってアレに思いっきり使えるよな……」という、なかば衝動のままに書き始めてしまった作品です。
 もう「ネタ」というより「パロ」といった作品ですので、気に入らない方、生理的に受け付けない方は見るのをご遠慮願います。



[20131] 序章 ―調印式―
Name: キー子◆d13b36af ID:dcf8efe5
Date: 2010/07/08 01:25



 ―――かつてこの世界には、『滅びの魔王』と呼ばれた闇の異邦神が存在していた。
『魔王』と『魔王』が束ねた闇の軍勢を前に、人々はただ怯え絶望するしかなかった。
 しかしその暗黒の時代も終わりの時を迎える。
 闇の軍勢に対抗し続けていた七つの王国が、それぞれ異界から『七人の勇者』を召喚したのだ。
 王国はそれぞれ国の総力を挙げて、この勇者達にそれぞれの“力”を与えて魔王の討伐に送り出した。

 ―――かくして永い永い旅の果て、七人の勇者はついに『魔王』を討ち果たした。
 後にこの七人の勇者は一人が抜け六人となり、その偉大なる功績から『六英雄』と呼ばれる。
 そしてこの七人の勇者を召喚した七つの王国は、その後平和となった国々を協力してまとめあげ『七大王国』と呼ばれるようになった。

 ―――今から三十年ほど前に起こった出来事だった。



 ―――神暦1873年 聖地『コルダータ』


 千数百年前に神々がこの大地に降り立ったという神話を持つ、世界の中心にある大平原。
 神域として人の出入りを硬く禁じているその地は、いま見渡す限りの人の群で溢れている。
 人の群はどれも鎧で身を固めた兵士ばかり。
 その兵士達は誰もが皆、一様に同じ場所を見ている。
 平原に小高く設置された、舞台のような建造物。
 そこでいま、国家間規模―――否、世界観規模での一大事が行われていた。

 舞台の上に置かれた円卓に、六人の男女が座っている。
 この世界を七分割し、それぞれの地を支配している王達だ。
 彼らは机の上の一枚の紙に、それぞれのサインを書き込んでいた。
 それは同意書。
 世界を支配する六王国が互いに手を取り合って、一つの大事を為すという同意書だった。

「…………」

 コトリ、と。
 西の地を支配する『ウィルタニア王国』の国王が最後にペンを置いた。

「失礼します」

 係りの者が同意書を受け取り、今回の議長に選ばれた南を支配する『アレーグロ聖国』法王に同意書を渡す。
 法王は同意書のサインを確認すると椅子から立ち上がり、それぞれの王達と眼下に広がる兵たちの群へと宣言した。

「……それではここに、我ら六王国が共に手を取り合う『世界連合軍』のーを宣言する!!!」
≪おおおおぉおぉおおーーーーーっ!!!!≫

 兵たちの雄叫びのような鬨の声が、大平原に響き渡る。
 そしてそれは、魔法による放送からこの光景を見ている世界中の人間の声でもあった。



 ―――そして今また、その六つの王国がその力を合わせようとしていた。
 理由は、たった一人の少女を処刑するため。
 正しくは、その少女を助けるために現れるであろう、一りの男に率いられた軍勢を相手にするため。
 男の二つ名は『魔神』、あるいは『大逆七業』。
 かつて勇者として魔王を討ち果たしながら、世界を裏切った最悪の男。






[20131] 一幕 ―六王国― 
Name: キー子◆d13b36af ID:dcf8efe5
Date: 2010/07/09 01:17


 ―――『六王会談』仮設会議所

 急造ながら、豪奢に建てられた仮設の会議所の中。
 そこには互いに無言で向き合っている六人の男女。
 すなわち、この世界の最高権力者である六人の王達の姿があった。
 王達は樫でできた円卓の自分の席に座り、何かを待つように無言で相対していた。

「陛下! 大変です、陛下!っ!」

 会議所のドアを突如開け放って、甲冑姿の兵士が飛び込むように部屋に入ってくる。
 六人の王達の視線が、一斉にその甲冑姿の兵士に向く。
 本来なら不敬罪ものだが、今はそれを気に留めるものも咎める者も居ない。

「来たか……」
「騒ぐな! ……報告を」

 アレーグロ聖国の法王が、一喝して促す。

「ハッ!! 『魔神軍』を偵察に出ていた部隊からの連絡が途切れました!! 恐らく、『魔神軍』に全滅させられたかと……!!」
「ッ!! ……そう、か。ご苦労」

 兵士の姿勢を正して告げられる報告に、法王は息を呑んでやがて頷いた。
 そのまま報告してきた兵を労うと、部屋から退出させる。
 再び王達だけになった会議室で、こんどこそ彼らは円卓に着いたまま互いを見合った。

「……やはり、交渉は無理か」

 東の地域を支配する、『暁』の天皇が静かな声音で言った。

「これで全軍の激突は、必至だな……」

 東北を支配する『ユヤ』の皇帝が、その豪奢な衣服の袖で嘆くように顔を隠した。

「さて、どうしたものか……」
「どうするもなにも、迎え撃つしかないでしょう?」

 南東一体を勢力下に置く『アムール』の国家元首の言葉を、この中でただ一人の女性である『ゲドルド』の将軍が軍服姿で静かに答える。

「簡単に言ってくれる。彼の『魔神軍』の脅威、『三姫将』の一角として共に闘った事のある貴様なら十分にわかっていよう。フレン=デートリッヒ姫」
「しかし、それしか手が無いのも事実……『世界連合軍』と言ってはみても、ただの兵士が幾ら集まったところであやつには牽制程度の意味しか持たん」

 西に広大な領地を持って支配する『ウィルタニア王国』の国王がの言葉に、南一体に浸透する国教の国『アレーグロ』の法王が反論した。

「……やはり、『三姫将』と『六英雄』に頼るしかないか」

 まとめるように、深く溜め息をついて『暁』の天皇は呟いた。

「では、やはり……」
「ああ。……彼らを招集してくれ。……まとめ役は任せましたぞ? デートリッヒ姫」
「承知しております」

 一つ頷くと、美貌の軍事国家最高司令官は円卓の椅子から立ち上がった。






[20131] 二幕 ―参将姫―
Name: キー子◆d13b36af ID:dcf8efe5
Date: 2010/07/09 01:19


 ―――『三将姫』
 かつて魔王との戦争時代。
『智』『武』『術』―――即ち、『権謀術数』、『武術』、『魔術』によって、その当時の軍の頂点に立った三人の少女たちに送られた称号。



「スン! スン・リーはいるか!?」
「そんなに大きな声を出さずとも、ちゃんと聞こえてるネ」

 扉を開け放って入ってきたのは、ゲドルトの将軍にして『智』の『三将姫』フレン=デリッヒート。
 そのフレンの声に答えたのは、部屋の中でユヤ特有のゆったりとした服に身を包んだ女性。
 ユヤの誇る『武神』。
『武』の『三将姫』、スン・リー。
 彼女は一人で行っていた型の練習を止めて、フレンの方に視線を向けた。

「スン。決まったぞ、戦争だ」
「フム……。やはり、仰は交渉には応じなかったカ」

 特に驚いた様子も無く、スンは頷く。

「当然といえば当然だろう。ヤツは身内に危害を加えたものは、たとえ何者であろうと容赦しない。そういう男だ」
「フフ……。嬉しそうネ。やはりどんな状況でも、惚れてた男が変わらないというのは嬉しいカ?」

 どこか誇らしげな表情で普段は凛としている表情を緩ませるフレンに、ユヤがクツクツと笑った。

「フンッ! そんな事ではない。それより、ルードビッヒに連絡を取ってくれ。行方のわからない『六英雄』にもすぐに召集を掛けたい」

 微妙に顔を赤くして、ユヤに言ったとき。

「―――ふん、もう来とるわ」

 不意に、部屋の一角に魔方陣が浮かび上がった。
 その光の中から十代くらいの少女が一人、ゆっくりと現れる。

「ルードビッヒ」

 ルードビッヒ・ヴィオラ。
 宗教大国アレーグロが誇る、『神術師』の二つ名を持つ世界最高の魔術師。
 同時に、『三将姫』の『術』の一角にして長老。
 すでに何百年と生きていながら幼いほどに若々しい姿は、魔術によって老化を止めているかららしい。

「やれやれ。……歳を取ると、行動一つが面倒になっていかんな。……なんじゃ。態々転移まで使ってきたのに、茶の用意もないのか?」
「無茶を言うな。私は預言者じゃないんだ。行き成り来ておいて、茶の用意が出来るわけも無いだろう」

 愚痴るルードビッヒに、フレンが苦笑を浮かべる。

「にょほほほ……。そんな事を言うと、『智将』の名が泣くぞ」
「久しぶりネ、ルードビッヒの婆様―――っと」

 ユヤが突然飛んできた火玉を、片手でいなすと共に“氣”を纏った拳で霧散させる。
 その火玉を放ったルードビッヒは、幼い姿からは想像も出来ない強烈な気配を放ちながらユヤを睨みつける。

「……小娘。いつも言っとると思うが、何度でも言うぞ。ワシを婆さんなどと呼んだら、黒焦げにするからその心算でな?」
「オー、コワイコワイ……憶えてたら気をつけるネ」

 本来なら大きな家一軒を消し炭に変えるような火玉を片手でいなして置いて、ユヤのその顔には緊張感すら浮かんでいない。
 むしろさらに彼女をおちょくるように、ユヤは悪戯めいた微笑を浮かべて手を軽く振る。
 そんなユヤの姿に、怒りをそがれて溜め息を吐く。

「まぁ、脳筋の格闘馬鹿に期待はしとらんがのー……」

 怒りをそがれたというより、厭味を返したといった方が言いのだろうか。
 言われたユヤの額に、青筋が浮かぶ。

「ムッ……。まぁ、若作りの婆様じゃ、本当の若さに嫉妬するのも分かるけどネ。……トウマが言ってたヨ。婆様みたいなのを、「ロリババァ」言うって」
「……あンの小僧ォ~。随分と愉快な事を吹き込みおって……今度会ったら、細胞残さず灰燼にしてやろうか……」

 ルードビッヒの身体が微妙に震え、手に持った杖がギリギリと握力に負けて軋んだ音を立てる。
 本人の身体から怒気の混じった魔力が立ち上り、辺りの空間ごと空気を歪ませた。

「やめんか、二人とも。貴様ら戦争でもやりに来たのか!!」

 そんな二人を見ていたフレンが呆れながら、大きな声で二人をいさめる。

「……まったくだね。二人が暴れたら、せっかくの『合同式典』がダメになるどころじゃすまないよ?」
「!!」

 瞬間。
 突然後ろから掛かった声に、フレンがとっさに振り返る。
 いつの間にか入り口の前に、黒髪の一人の少年が立っていた。

「なんじゃ、もう来とったのか。『七福鬼神』キクノスケ」

 その姿を認めて、ルードビッヒがすぐさま漏らしていた魔力を納めた。
 ユヤもまた構えを解いて、突然現れた少年―――川河菊之介に向かい合う。

「本当に早かったな。てっきり、貴様が最後かと思っていたぞ」
「はは。この式典を見るために、丁度ここまで来てたんですよ。……もちろん、この『処刑』の真意をお尋ねしたくてね」

 フレンの言葉に、菊之介が鋭くフレンを見た。
 もともと柔和というか、糸目というか眠たげというか。
 とにかく平和そうな顔立ちの少年の顔が、その一瞬で鋭い物に変わる。
 僅かに開いた糸目の中から、鋭いナイフのような冷たい光が覗いた。

「ああ、分かってる。いま召集をかけている『六英雄』が全員そろったら話そう」
「なんだ。それならもう始めちゃいましょう」
「なに?」

 菊之介の言い分に、フレンだけでなくほかの二人も訝しげな表情を浮かべ、

「もう、全員ここに来てますよ?」
「「「!!?」」」

 唐突に。
 まるで最初からこの場に居たような唐突さで現れた人影に、『三将姫』全員が驚愕に表情を歪めた。






[20131] 四章 ―六英雄―
Name: キー子◆d13b36af ID:dcf8efe5
Date: 2010/07/09 01:25

 ―――『六英雄』
 かつての大戦の最中、現在世界を支配している『六つの大国』に異世界より呼び出され、直接『魔王』を打ち倒し戦争を納めた六人の勇者たちに与えられた称号。
 一人一人が一騎当千。
 いや、一国の国軍に匹敵する力を持ち、そして戦後に六つの大国が世界を六等分するほどの勢力を持った最大の理由。
 それぞれの国家が“所有”する、六人の国家最高戦力。


 突然部屋に現れた三つの人影に、『三将姫』が驚きに眼を見開く。

「……いつの間に」
「うわ~……。ぜんぜん気付かなかったネ」
「相も変わらず、化け物揃いじゃなァ……」

 スンの言葉に、ユヤに呼び出された『六英雄』、『七福鬼神』河川菊之介が苦笑を浮かべる。

「はは。スンさん、化け物は酷いな~」
「何だって構わんさ……。好きに呼ばせればいい」

 静かに呟いたのは、今は亡き北の大国ザメルザーテに呼び出さた『六英雄』、『兇夜』の不破恭也。

「確かに、今さらだ……」

 追従するように頷くのは、黒いマントに黒いバイザーという姿をした『六英雄』。
 ゲドルトに召喚された『冥皇』の二つ名を持つ、天河アキト。

「それより、せっかく椅子とテーブルがあるのだから座ったらどうかね? 紅茶が欲しいのなら、私が用意するが?」

 白髪に赤銅色の肌をした美丈夫の青年。
 アレーグロから召喚された『六英雄』が一角、『聖剣の鍛冶騎士』衛宮士郎が微笑を浮かべてテーブルへと近付いていった。
 いつの間に用意していたのか、その手には紅茶セットが握られている。

「ああ、エミヤ。すまんが用意してくれ。お前の入れる紅茶は美味いでなぁ」
「ふむ。君にそう言って貰えるとは光栄だね、『神術師』」
「あ、衛宮くん。ボクにもお願いできますか?」
「ああ、了解した。……そちらの二人は?」

 ルードビッヒと菊之介の注文に頷くと、アキトと恭也の方にも向ける。

「……断る。俺の味覚では、せっかくの味も意味が無い」
「俺は頂こうか。―――できれば……」
「抹茶で。分かってるよ」
「……手間を掛けさせる」
「何、旧友のよしみだ。構わんよ」

 申し訳なさそうに小さく頭を垂れる生真面目な旧友に、士郎は微笑を浮かべてカップと紅茶と宇治茶を用意した。



「……さて。それじゃあ、そろそろ話してもらおうか。『三将姫』、なぜ本気でアイツを怒らせるようなマネを?」

 士郎の用意した紅茶に口を付けながら、菊之介がフレンに話を切り出した。

「せっかちだのォ。もう始めるのか? まだヨコシマもトウマのヤツも来とらんのに……」
「……横島なら来ない。むしろ今回はアイツ側の人間として来る可能性すらある」

 ルードビッヒの言葉に、断言するように恭也が言った。

「でしょうね。あの人は、女子供が死ぬのが一番嫌がる人ですから……」
「普通なら“甘い”と言う所だが……アイツのあれは、すでに強さだ。否定も出来ん」

 その言葉に菊之介と恭也もまた、納得するように頷く。

「じゃろうな……仕方あるまいて。―――しかし、トウマは……」

 瞬間。
 部屋のドアが、大きな音を立てて吹き飛んでだ。

「「「「!!?」」」」

 全員が一斉に各々の獲物に手を伸ばし、戦闘態勢にはいる。
 部屋の誰もが緊張する中、その相手はすぐに姿を現した。

「……フレンッ! 話があるっ!!!!」

 現れたのは、ツンツンと逆立てた黒髪をした少年だった。
 着ているのはウィルタニアの一般的な外出着。
 同時にその少年を見て、全員が獲物を下ろして緊張を解いた。

「トウマ!?」

 少年の名は、上条当麻。
 ウィルタニアに召喚された、『六英雄』が一角。
『幻想殺し』の二つ名を持った少年。

「こら、トウマ!! 貴様、部屋の扉を吹き飛ばして入ってくるヤツが居るか!!」
「喧しい、ルードビッヒ!! ……フレン、これは一体どういう事だ!? エルリアのやつを処刑するなんて……っ」

 ルードビッヒの言葉を遮って、フレンに向けて視線を向ける。
 当麻から立ち昇る怒気が、太陽のように強烈な圧力を放つ。

「待て、トウマ。いまその話をするために、全員に集まってもらっていたところだ」

 それに耐える事しか出来ていないフレンに代わって、アキトが当麻を押さえた。

「え? ……あ、お前ら」

 言われて部屋の中を見回す。
 そこで初めて、旧友たちが部屋に居る事に気付いた。

「今頃気付いたのか……」
「相変わらずと言うか、なんと言うか……」
「やれやれ。貴様はそういう所があるから、いまいち尊敬ができんのだ……」
「あははは……。当麻、久しぶり」

 四人の『六英雄』が、みな似たように呆れた表情を浮かべる。
 そんな中、その姿を認めた当麻が嬉しそうな声を上げる。

「おー! マジで久しぶりだな。あれ? 全員そろってるって事は……やっぱ皆もこの処刑には納得できてないって事か!」
「いや、それは確かにそうなんだけど……」
「『智将』の話を聞いてたか? 召集を掛けたといっただろう」
「え? そうだっけ?」

 当麻が首を傾げると、いい加減待てなくなったのか、フレンが大きな溜め息を吐いた。

「……貴様ら、旧交を暖めるの良いが。そろそろ話を始めるぞ」
「ああ。……言っとくが、俺は納得なんかしないからな!!」

 当麻が表情を引き締める。

「……話を聞けば、それも変わる」

 逆にフレンは、むしろ詰まらなそうな表情で投げ遣るようにそう言った。



「―――本当ですか!?」
「ヤツが……そんな事を?」
「なるほど。確かに、それならヤツを敵に回す理由にはなる……」
「………………」

 説明を聞いた『六英雄』達が、驚きに顔を歪める。

「……嘘だろう?」

 その中でも、当麻が一番衝撃を受けたようだった。
 呆然とした表情で、フレンの事を凝視している。

「フレン、それ嘘だよな?」
「悪いが、こんな嘘で貴様らを騙せるとは思っていない」
「…………ッ」

 断言されて、当麻が唇を噛む。
 言葉に嘘がないと、理解できたからだった。

「どうする、『六英雄』。この戦争は基本的にお前たちは強制参加の予定だが……ヨコシマの――『道化の仮面』のように、拒否して姿をくらます事も出来るぞ?」

 そう言ってフレンが、他の四人に視線を向ける。

「…………」

 しばらくの沈黙の後、最初に席から立ち上がったのは恭也だった。

「恭也……」
「俺は話に乗る。……理由がどうであれ、ヤツとの決着を着けられそうな戦場はもう無いだろうからな」

 そう言うと、もう用は無いと言わんばかりに、彼はさっさと部屋から出て行った。

「俺も乗ろう」
「……アキト」

 そんな恭也に続くようにアキトが、こちらは椅子に座ったまま呟くように言う。

「私も咬ませて貰う。それが本当なら、放っておくわけにも行くまい」
「士郎」
「ボクも……」
「菊之介」

 士郎と菊之介もまた、事情を理解したのか参加する意思を示す。

「……後はお前だけだ。どうする、トウマ」

 最後まで残った当麻に、フレンが視線を向ける。

「俺は……」
「出来れば貴様には、何が何でも参加してもらいたい。貴様の強さも、そして『能力』も、ヤツを迎え撃つにはこの上ない戦力になるからな」
「…………」

 当麻はしばらく悩むように口を閉ざし、

「……考えさせてもらう」
「ああ、じっくり考えろ」

 沈痛な表情のまま、席から立ち上がって部屋を出て行った。
 その背をフレンはそれだけ言って見送った。

 他の『六英雄』達も、もうこれ以上ここに居ても仕方が無いと判断したのか、それぞれ部屋から姿を消す。

「……青いのぉ~」

 自分達しか居なくなった部屋で、ルードビッヒが部屋を出て行った当麻にそう呟いた。

「仕方あるまい。アイツはある意味、あの六人の中で最も戦場に恵まれた男だ」

 それに重い溜め息を吐いて、フレンが言う。

「その強さ故に何者にも行動を束縛されず、その心の在り様ゆえに常に守りたい者を見失う事もなく、そして味方であり続けられた。……何より、どれだけ打ちのめされようと、ヤツはただの一度も敗北を喫した事が―――守りたい者を守れなかったことが無い」
「そうネ。……そういう意味では、アイツ自身が本当に在り得ないくらいの奇跡ヨ」


 作者より

  感想板に質問コーナーを創りました。
  質問や感想があれば書き込んでください。
  本作中で書ききれなかった設定や資料なんかももしかしたらそっちに載せるかもしれません。





[20131] 幕間 ―作戦会議―
Name: キー子◆d13b36af ID:dcf8efe5
Date: 2010/07/10 01:35



「全員に資料は行き渡ったか?」
「…………」

 年配の部隊長が確認する。
 答える者は居ない。
 それを肯定と受け取り、部隊長は一つ頷いた。

「よし、では今回の作戦を説明していこう。
 今回我々が戦う戦場は、畏れ多くもこの聖地『コルダータ』だ。ここは広々とした平原が続くだけの場所。つまり敵の軍勢が四方何処から現れようともその姿は目に付く。我々は現れたやつらを叩けば良い。
 なに、我々の数は単純に考えただけでもやつらの六倍。正確な比率はもっと大きい。奇襲の有り得んこの状況では、我々の有利は動かん」
「隊長。敵方が転移してくる可能性は?」
「処刑開始数時間前から、我々の軍勢を中心として四方半里は対転移結界に包まれる。敵方が突然目の前や軍勢の中に転移してくる事は有り得ん。―――続けるぞ。
 我々の布陣の配置は、処刑囚を中心として取り囲むように配置される。たとえ前後左右から敵が現れたとしても、すぐに反応できるようにしておけ」

 部隊長は黒板に板書しながら、今回起こるであろう『戦争』の作戦とその動きを説明していく。
 やがて説明を終え、兵たちに向き直る。

「以上だ。何か質問はあるか?」
「…………」

 一人の歳若い兵士が、無言のまま躊躇うように手を上げた。

「よし、ではお前。発言を許可する」

 指名された歳若い兵士が、おずおずと声を質問の声を上げる。

「あの……これだけの準備と世界中が手を組んだ、という現実の中でこのような質問をするのは馬鹿らしいとは思うのですが……」
「何だ、言ってみろ」

 部隊長が促すと、若い兵は部隊長をまっすぐ見て尋ねた。。

「―――本当に、“やつ”は来るのでしょうか? 自分にはこの状況の中、たかが部下一人を取り戻しに来るとは考え辛いのですが……」

 部隊長はしばらく無言のまま、その歳若い兵を見つめてから尋ねた。

「……お前、軍属となって何年になる」
「は? あ、はい! 今年で5年になりますが……」
「5年か……ならば、知らないのも無理はないか」

 部隊長は手に持っていた資料を机の上に放ると、その兵士だけでなく他の全員を見回して言った。

「知らぬ者も居るのだろう。ならば“ヤツ”について伝えておかねばならない。……お前たち、十年前に起きたザメルザーテ王国の事件を知っているか?」

 全員が無言のまま、肯定を示す。
 当然だ。
 知らぬものなど、この世界に居ない。
 それほどまでの大事件だった。

 この世界は本来、大きく『七つの』王国によってそれぞれ納められていた。
 だが十年前、この世界を揺るがすような一つの事件が起きる。
 北の大地に存在していた七大王国が一つ、『ザメルザーテ王国』。
 その大国が、わずか一日で滅ぼされたのだ。
 犯人は当時すでにその悪名を広く知られていた、『魔神』と呼ばれた“裏切りの英雄”の仕業だった。

「そう。“ヤツ”が起こした事件の中で、恐らく最悪の大事件。……ではお前たちの中に、何故そのような事件をヤツが起こしたのか知っている者は居るか?」

 問われて、彼らが気付いたように首を傾げる。
 当時、世界中を震撼させたあの大事件。
 その事件の内容ばかりが駆け巡っていたが、その動機といわれれば様々な仮説や流言が流れたばかりで、本当のところ何故そんな事件が起こったのかは誰も知らなかった。

「……国が欲しかったから、じゃないんですか?」

 誰もが首を傾げる中、一人の兵士が挙手して言う。
 それはその時流れた噂の中で、最も有力視されたもの。
 しかし、

「いや、違う」

 事件の当初その事件に一平卒としてだが参加していた部隊長は、それを首を横に振って否定した。

「当時軍に属していなければ、あるいは高位の文官でなければ、それを知るものは居ないだろう。その情報については厳重なまでの規制が掛けられていたのだ。それほどに、当時の事件のヤツの動機は常軌を逸していた」

 だから決して他言してはならないと前置きして、部隊長は厳かな口調で話した。

「……動機は、たった一人の部下だ」
「え……?」

 兵たちが首を傾げる。
 意味が分からない。
 たった一人の部下が、何故そんな事件の発端となるのか。
 兵たちの困惑に答えるように、部隊長は続ける。

「当時、ザメルザーテ王国は、“ヤツ”の情報を得ようと躍起になっていた。そして終には、彼の王国は一人の男を捕縛する事に成功した。それはヤツの配下に新しく加わったばかりの新参者だったが、直接ヤツに会った事のある人間でもあった。
 王国は“ヤツ”の情報を得るためにその男を殺すまで責め続け、情報を吐かせた。……その結果、彼の王国は攻め滅ぼされたのだ」
「…………!!??」

 その意味を理解して。
 そして同時に、その馬鹿らしいほどの『動機』というものをおぼろげながら理解して。
 兵たちは一様に引きつったように息を呑む。

「そうだ! ヤツは当時、自分の配下に加わったばかりの新参の部下の仇討ちとして、ザメルザーテ王国をまるごと滅亡させたのだ!!!」

 たった一人の部下のために、世界の七分の一を支配する王国を滅ぼす。
 そのなんと馬鹿馬鹿しい理不尽さ。
 あまりに理解の外にあることに呆けている兵たちに、渇を入れるように部隊長は声を張り上げる。

「ヤツは自分の配下に加わったものを“息子”、“娘”と呼んでいるらしい。つまりヤツにととって自分の配下は全て身内なのだ。だからこそ、ヤツは身内を害する者を決して許さない。……例え相手が何者であろうとだ!!」

 ドンッ!!
 部隊長の机を叩いての怒声に、兵たちの緊張感が一様に引き締まる。

「良いか!! ヤツは来る、必ずだ!!」






[20131] 五幕 ―『修羅姫』―
Name: キー子◆d13b36af ID:dcf8efe5
Date: 2010/07/10 01:38



 ―――死刑執行 4時間前



 カツーン、カツーン。
 石造の廊下に、足音が響く。
 厳重な警備な警備に固められた、とある堅牢な石牢の前で上条当麻は足を止めた。

「あ、貴方は……」
「なぁワリィんだけど、ちょっと話させてもらえねーか?」

 自分に気付いた警備の人間に、上条は話しかけた。

「で、ですが、刑の執行までもう時間がありませんが……」
「硬い事言うなって。なぁ、頼むよ」

 そう言って上条は、両手を合わせて拝むように頼み込む。

「ですが……」
「構わん。お通ししてやれ」

 躊躇う警備の後ろから現れた男が、警備に許可を出すように頷く。
 どうやらこの場の責任者らしい。
 警備はそれで納得したのか、一つ頷くと石牢の門に近付いていく。
 門は磨かれた黒曜石のような光沢のある黒い石で出来ており、その表面にはハッキリとした意図の感じられる模様が描かれていた。
 モノリスのような岩製の門が、ゆっくりと開いていった。

「どうぞ」
「ああ」

 警備に先導されて、門を潜る。
 その向こうは、暗闇に呑まれていくように奥へと続く一本道だった。
 足音の音が、さっきまで以上に廊下に響き渡る。
 やがて辿り着いたのは、やはり岩で出来た一つの牢屋。
 その表面には、神経質なまでにビッシリと模様が描かれている。
 捕まったものが、決して“力”を使えないように封じる模様が。

「―――こちらです。勇者カミジョウ。お気をつけて」
「ああ。サンキュウ」

 案内をしてくれた警備に礼を言って、上条は牢まで近付いていく。
 牢の中を覗き込むと、中には一人の少女が血塗れになって鎖に繋がれていた。
 美しい少女だった。
 黒曜のような黒髪と、暗闇の中で浮き上がるような白い肌をしていた。
 だがその姿も、今は血と汚れとでボロボロになっている。

「…………おーおー。せっかくの美人が台無しだな」

 その姿に上条は、ほんの一瞬だが眉根をしかめる。
 だがすぐに表情を消すと、どこか揶揄するように少女に話しかけた。

「意識はあるか、エルリア?」
「ハァ……ハァ……。貴方ですか、『幻想殺し』」

 と呼ばれた少女は、薄く呼吸を繰り返しながら顔を上げて上条を睨み付けた。

「アタシに、何の用です……」
「これといった用事はねーよ。……ただ、最後にもう一目会っときたかったんでな」

 どこか遠くを眺めるような視線で上条は言う。
 それをエルリアは、鼻で笑った。

「いい見せものですね……なら見物料代わりに、貴方に頼みがあるんですが……」
「あん?」
「アタシを、殺しなさい……っ」

 強い意志の宿った目でエルリアは言った。
 それは決して諦めではなく、強い決意の宿った懇願。
 しかし、

「殺せだぁ? バカ言ってんじゃねーよ! もう何をしたって無駄だ。いまさらお前が死んだって、“あいつ”は絶対にここに来る。もうどうやたって、“あいつ”は止まりゃしねーだろうよ」
「……っ」

 上条の諭すような声に、エルリアは唇を噛み締める。

「―――諦めろ。俺たちは『魔神』を……本気で怒らせた」
「―――っ!!」

 それがどういう意味を持つか。
 誰よりもそれを知る少女は、悔やむように顔を伏せた。

「勇者カミジョウ、時間です。罪人を処刑台へ送ります」
「ああ。……無理を言って悪かったな」
「いえ」

 上条の背後から、彼を案内してきた警備が呼びかける。
 上条は礼を言って立ち上がると、牢から連れ出されようとする をもう一度見る。

「おい、立て!」
「……グっ!」

 乱暴に引っ立てられて、エルリアが顔をしかめる。

「おいおい、乱暴にしてやるなよ」
「は? ですが……」
「いいから。……女なんだ。最後くらい丁寧に扱ってやれ」
「……は!」
「さぁ、歩け」

 係の男は困惑していたようだったが、敬礼を返すと今度は先程より若干優しくエルリアを連行していった。

「…………」
「―――迷ってるのかい?」

 後姿を黙って見送っていた上条の背後から、突然声が掛けられた。
 上条は特に驚くでもなく、その人間に視線を向ける。

「……菊之介。なんで、オメェがここに居る?」

 そこに立っていたのは、上条と同じ『六英雄』が一人、河川菊之介だった。
 上条と同じか少し年上くらいの少年で、背格好も同じくらい。
 ツンツンとしたウニのような髪型の上条と比して、少年は逆に丁寧に撫で付けられた髪形をしていた。
 細目の優しげな表情を浮かべたまま、菊之助は上条と同じく連行されていったエルリアの後姿を見送る。

「君と同じ理由だよ。僕も彼女と付き合いが無かったわけじゃないから、最後くらい顔を合わせておこうと思ったんだけどね」
「そうか。悪かったな」
「いいよ、別に」

 互いに、しばらく無言だった。
 声を出さないで居ると、ここは呆れるほどに静かな場所だった。

「……人が、死ぬぞ」

 上条が不意にポツリと呟く。
 何かを、ひどく迷っているような声音で。

「うん。……だろうね」
「だろうねって……っ! お前はそれで良いのかよ!?」

 穏やかな声音のまま頷く菊之助に、上条は勢い良く振り返る。

「僕らはあくまで、それぞれの王国に呼び出された人間だ。もと居た“世界”に帰りたいなら、逆らうわけには行かない」
「……“アイツ”は、逆らったぞ?」

 淡々と言葉を紡ぐ菊之助に、上条は必死に抵抗する獣のような声で呻く。
 それに菊之介は、視線を逸らすように顔を伏せた。

「僕は“彼”じゃない。……それに、それを言うなら君だってそうだろう?」
「……っ!」

 言われて上条は歯噛みする。
 同意してくれる人間を求めていた事を見透かされたような気がして。
 手の平から完全に血の気が失せるほどに、強く強く握り締めた。

「ゴメン。意地が悪かった……」
「いや。……俺も、悪かった」

 ポツリとした声で謝る菊之助に、上条も謝罪する。
 きっと、菊之助も上条と同じなのだ。
 この処刑に感情が納得していない。

「―――それに、俺も分からないではないんだよ。今回の戦争の理由」

 何より、二人とも“その程度の理由”なら、彼らを召喚した国を敵に回してでもこの処刑を邪魔しただろう。
 そのくらいの覚悟を決める意志ならあるのだ。
 それでもこの処刑を決行させなければならない理由があった。

「うん。もし“それ”を認めてしまえば、僕らのやってきた事は全部無駄になってしまうからね……」

 そう言って菊之助は、どこか遠い昔を思い出すように暗闇に消えた少女の背を見やる。

 そうやって二人は、暗闇に続く廊下の向こうを眺めていた。
 呼び出されるまでの間、ずっと。







[20131] 幕間 ―世界情勢―
Name: キー子◆d13b36af ID:dcf8efe5
Date: 2010/07/10 23:29


 ―――処刑開始 三時間前

 世界はどこもが、騒然と不安とに揺れ動いていた。


 ―――東の列島国『暁』

 市に集う人々が噂しあう。

「もうすぐ処刑が始まるぞ……もう『魔神』は来たのかな」
「さぁな」
「現れると思うか!? いくらあの『魔神』っても、文字通り世界中が相手だぜ」
「確かになぁ……。ヤローがウィスパニア王国を略奪してから、大きなニュースになったことなかったし」


 ―――西の王国『ウィルタニア』

 畜産を行う農民達が、家畜に草を食べさせながら世界の中心の方角へ眼を向ける

「流石に……現れやしねーだろう。なんせ『世界連合軍』だぜ? 負けるハズがねーよ」
「だが、それで出てきたときにゃ、それこそどんだけ墓が建つか分かったもんじゃあない」
「現れねぇのが一番良いのさ。女一人の処刑で済めば……御の字だよ」


 ―――北西の軍事国家『ゲドルト』

 男女入り混じった何人もの人間が、酒屋のドアを叩いている。

「おい、酒だ! 酒を飲ませろ!!」
「こんな日に店開けるわきゃねぇだろうが!? 帰れ帰れ!! 明日が無事に来りゃ、また店を開けるよ!」
「じゃあ酒だけでも寄こせよ! 飲まなきゃやってられるかよ!!」


 ―――北東の皇国『ユヤ』

 朱色と金の装飾が施された飲食店の中で、4人の男女を中心に腕を失くした男が叫んでいる。

「ハッ! 人間だぁ。アイツがか!? ふざけんじゃねーよ!」
「……ほんの一年前さ。俺たちのチームはS級の認定持ってたんだ。その俺たちがただ座ってただけの野郎を目にした瞬間、命を諦めた。本物のバケモノってのは、ああいうやつを言うのさ」


 ―――南東の連邦国家『アムール』

 大人たちが、子供の鞠付きを眺めながら、噂しあっている。

「子供だって知ってる事さ。鞠付きしながら歌ってやがる」
「いかいのまじん♪ りゅうよりつよい♪ うでひとふりでたにできる♪」


 ―――北西の宗教国家『アレーグロ』

 国教の大教会の中、何人もの司教や修道士達が神殿に祈りを捧げている。

「あぁ……っ。神よ、我らを救いたまえ!」






[20131] 六幕 ―秘密暴露―
Name: キー子◆d13b36af ID:dcf8efe5
Date: 2010/07/10 23:31


 ―――聖地『コルダータ』。
 普段はその出入りを厳しく監視し、人の気配など殆ど在り得ない世界の中心。
 そこはいま、地を埋め尽くすほどの人の群で溢れていた。
 そのどれもが自国の鎧に身を包み、完全な臨戦態勢にてこの場に望んでいる。
 処刑の時刻まで、残り一時間を切っていた。

「緊張を解くな! 何が起ころうと敏捷に動けるようにしておけ!!」

 それぞれの部隊長が激励の声を上げる。
 世界を支配する六つの王国から招聘された、全ての兵士達。
 その総数にして数千万を超える精鋭達が、じりじりとにじり寄る決戦の刻を待ち構えている。

 地平まで平原の続くこの地にて、処刑台を中心として放射状に兵は配置されている。
 視界の聞く限り、その全てに迅速に対応できるように。
 陣の外周には幾つもの大砲や攻撃用方陣が組まれており、魔法使いや魔術騎士たちがその引き金を握る。

 ―――まず処刑台の足元。
 一段高くなった場所では、異世界より召喚された六人の英雄達。
 『六英雄』の姿が。

 ―――そしてその高く聳え立つ処刑台の上。
 その処刑台を守るため、そして軍事の指揮をとるために佇む三つの影。
 すなわち『世界連合軍』“武”“術”“智”のそれぞれ最高峰。
 『三将姫』が静かにそれを見下ろしていた。



 ―――処刑開始一時間前

 事態を見守る者の一人が、それに気付いて高台に作られた処刑台を指さす。

「見ろ! 『修羅姫』が出てきた……!」

 後ろ手に枷を嵌められ数人の兵士に鎖を引かれながら連行される少女の姿を見て、処刑台を見上げていたものたちからどよめきが上がる。
『修羅姫』エルリア・トゥティオス。
 鎖に繋がれた処刑囚だというのに、金糸の髪を風になびかせるその姿は二つの名の通り姫君の如き美しさを醸していた。
 この星に住まう全ての人類が見守る中で、その少女は一歩一歩処刑台への階段を登って行く。

「……お前たち。少し下がっていろ」
「は!」
「総司令官殿!!」

 突然彼女の横に姿を現した総司令、フレン=デリッヒートの姿に、見守っていた兵達がざわつく。

「拡声器を……」

 はるかに広がる人の群を見下ろして、フレンは部下から拡声器を受け取った。

『この放送を聴く全ての人民に話しておくことがある。『修羅姫』と呼ばれるこの女が、今日この場所で死ぬ事の大きな意味についてだ……!!』

 拡声器で増幅された彼女の声が、平原中に響き渡る。

『『修羅姫』。お前の父親の名前を言ってみろ』
「…………っ!!」

 その問いかけに、が息を呑む。

「「「「「「………………」」」」」」

 その下で『六英雄』と呼ばれる六人も、無言で佇んだまま身体を強張らせた。

「父親?」
「それに何の意味が……?」

 さらにその眼下に広がる兵の群は、問いかけの意味が分からず困惑の声が上がる。

「アタシの父上は、『親方』さまだ!」
『違う!』
「違わない!! 『親方』さまだけだ!! 他に居ない!!!」

 少女の叫ぶような声を無視して、フレンは言葉を紡ぐ。

『当時、我々は眼を皿にしてまで必死に探した。今から三十年前『六英雄』によって討たれたはずの、とある男にその血を分けた子供が居るかもしれない。そんな曖昧な、情報ともいえない噂のようなものがあったからだ』

 全員に困惑が広がる。
 三十年前に『六英雄』と呼ばれる彼の勇者達が討ち取った男。
 それを知らない人間なんて、この世界には居ない。

『その情報を得た国々は、秘密裏にではあったがそれぞれが独自に自国を捜査しつくした。だが、結局は見つかる事は無く、我々は一度はそれを誤情報と忘れたはずだった』

 この場に集まった数百万の人間が。
 この場を見ている数億の人間が。
 まさかという予感を抱いて、頭上で処刑されようとする少女を見つめる。

『―――だが、それもそのハズだ。お前の出生には、我々常人には決して理解できないようなトリックが存在していた……っ!!』

 忌々しげに、の口調が歪む。

『それこそが我々の眼を……いや、世界の眼を欺いた!!!』

 ざわつく。
 ざわつく。
 困惑と疑惑と不安。
 全ての人類が、その意味を予感して揺れ動く。

『かつて我々を恐怖の底に陥れた、悪名高き『魔宴12死徒』。そのことごとくは、我々六王国の喚びだした勇者達によって滅ぼされた! そしてそれぞれの死は、間違いなく我々が確認していた!!』

『魔宴12死徒』。
 かつてこの世を暴力と恐怖で震撼させた、一人の魔王に付き従った12人の魔人たち。

『だが貴様は、その死んだ母親の腹を食い破りこの世に這い出てきた!!!』

 驚きに眼をみはる。
 そんな事が可能なのかと、互いに言葉を交し合う。
 中にはそれを想像したのか、吐き気を催した者が居た。

『母体の死から一年近くを経て、貴様と言う魔性がこの世に生まれ出てきた! 決して存在してはならない、諸悪の罪の子供……それが貴様だ』

 空想が確信に変わる。
 告げられる、少女の持つ二つ名の由来となった魔人の名。

『この世に生きる者なら、誰一人として知らんわけではないだろう……! 貴様の母親は『魔宴12死徒』が一騎、『羅刹皇后』アーミリア・トゥティオス!! そして父親は……!!』

 そして『魔宴12死徒』を束ね、従えた最悪の『魔王』の名を、

『貴様の父親は!! 『滅びの魔王』ボルスタッグ・オルシャードだ!!!!』

 その瞬間。
 間違いなく、世界は揺れた





[20131] 七幕 ―出現―
Name: キー子◆d13b36af ID:dcf8efe5
Date: 2010/07/11 22:37


 その放送を聴いた誰もが、呆然としていた。
 誰も彼もが、その名の持つ意味を知っていたから

「『修羅姫』が……」
「『滅びの魔王』の実の娘!?」
「生きて……生きていたのか……まだ……」

 その恐怖を憶えている者が、手に持っていた物を取り落とす。

「あの『魔王』の血族が……!!」

 その顔は、血の気が引き青ざめていた。



「……『滅びの魔王』の娘!」
「まさか……本当に生きていたとは……」
「当時の『魔王軍』に関係のあった者は、一族に及ぶまで処刑されたってのに……」

 同じく処刑場に居ながらそれを直に聞いた兵たちもまた、その衝撃的過ぎる事実に動揺しざわめていた。

『―――三年前だったか……。貴様が母の姓を名乗り、『魔神』の名の下で『』の後継と称されその名を上げていったとき……我々はようやく気付いたのだ。……ヤツのあの忌まわしき血が絶えていなかった事に!!!』

 ≪連合総司令官≫フレンの言葉に、興奮にも似た強い力が篭る。

『そして最初からそれを承知だった『魔神』は、貴様を自分の配下に加えた! 貴様の血に宿る、その“力”を己の物にせんがために……!!」
「違う!!! アタシは、アタシ自身が『親方』さまの力になるために、あの方と親子の杯を交わしたんだ……っ!!」

 エルリアが喚き叫んでその言葉を否定する。
 その姿を、フレンは憐憫にも似た視線で見下ろす。

『ふん、哀れだな。……そう思っているのは貴様だけだ。ならば何故ヤツは貴様を殺さず、それどころか育てようとした? かつての仇敵の実の娘を!?』
「…………!!」

 血が出るほどに唇を噛んで、エルリアは総司令を睨みつける。
 そんな事は在り得ないと、声にならない叫びを上げて。

『貴様の“力”を取り込むためには、貴様が成人となっている必要があった。だからこそ、貴様は『魔神』の名の下に護られていた!!』

 だがそんな事は関係もなく、フレンは言葉を続ける。

『貴様を放置しておいては、やがてその“力”をヤツに取り込まれるだろう!! ただでさえ強大な“力”を持つあの男に、かつての『魔王』の“力”が加わってしまえば、我々はまた明日に怯えて生きていかなくてはならない!!』

 わずか三十年前。
 誰もが『魔王』の恐怖に怯えて暮らしていた暗黒の時代。
 かつて七つ存在した王国がそれぞれに異世界より喚び寄せた七人の『勇者』。
 今は『六英雄』と呼ばれている彼らが終止符を打ったあの時代を、再び繰り返すわけには行かない。

『だからこそ、今日ここで貴様の首を取ることには大きな意味がある!!! ―――そう、』

 そして声も高らかに宣言する。

『たとえ彼の『魔神』との全面戦争になろうともだ!!!』

 もう二度と、あんな時代を訪れさせはしないという決意を以って。



「総司令殿!! 報告します!!」

 息せき切って走り寄って来た部下を、フレンは振り返る。

「結界の限界範囲のすぐ外側に魔力反応多数!! 術式から、おそらく転移系の魔術ではないかと……っ」
「馬鹿な!? それを防ぐための結界だぞ!! ヤツら一体どうやって結界の正確な範囲を……!!??」

 フレンの美貌が、驚愕に歪む。
 その瞬間だった。

「来たぞォーーーー!!!」

 来襲を告げる伽の声が上がる。
 視界に映る何千万もの連合の軍勢を取り囲むように、11個の淡い光の模様が円環を描いて取り囲んでいた。

「全員、戦闘体勢!!」
「……! チィ……ッ!」

 フレンは舌打ちを一つ。
 同時にその輝く模様―――魔方陣の中から、同じ数だけの軍勢が現れた。

「『魔神軍』の大部隊だァ!!」
「敵影確認!! 部隊数は11……恐らくは『十二姫士』かと!!!」
「11? ……そいつらの中に『魔神』の姿はあるか!!!」
「……『魔神』の確認がとれません!!」

 叫ぶような報告の声が次々に上がる。
 それらを聞き取りながら、自軍を取り囲む軍勢に目を向ける。
 彼の見る限りでも、“あの男”の姿は無い。
 いや、それどころか……

「おい、『十二姫士』はどこだ!! 姿が見えないが……」

 敵側の主戦力でもある12人の女傑たち、すなわち『十二姫士』の姿も見えない。
 まさか、陽動か?
 フレンにそんな考えが過ぎったとき。

「……あ! 確認できました!! 二時の方向に“剛剣のカルラ”と“舞姫”トーカ・キリヤナギ! 五時の方向に“吸血姫”ブリジット・ルッシャーテ!」
「同じく発見しました! 八時の方角に“魔女の中の魔女”チグサ・フジワラ、“武頼”リョ・ホレン! 十時の方向に“武僑”チュン・リー、“孤独な軍隊”キャロル・マクガーレン!!」
「背後にも居ます!! “不敗奴隷”ティキ・イルディスです!!」
「それでも八人……残りの三人の姿はどこだ!!!」

 この戦いは、どちらにとっても総力戦のはず。
 ならばこの場に居るエルシアを抜いても、後四人の『十二姫士』が居るはず。
 何より、『十二姫士』“最強の矛盾”の姿も見えない。

「……それ以外、姿が見えません!!」
「隈なく探せ!! 『十二姫士』は一人一人が一騎当千の武将……必ず前線に出ているはずだ!! それに、あの男も……」
「攻撃を仕掛けますか!!」
「まだ待て!! 攻撃は『魔神』はを見つけてからだ!! ヤツは必ず近くに居る! もっとよく探せェ!!!」

 声を張り上げて部下達に告げる。

「ヤツは必ず先陣を切る。そういう男だ……っ!」

 そう。
 彼女は、誰より知っていた。
 かつて共に戦場を駆け抜けた、ただ一人彼女が想いを寄せた男の在り方を。


 それに最初に気付いたのは、『六英雄』が一人“兇夜”こと不破恭也だった。 
 動揺とざわめきの騒ぎに揺れ動く空気の中で、彼はその気配を感じ取った。

「…………?」

 無言のまま、顔を上げて空を見上げる。
 青々と晴れ広がり、雲の陰りすら見えない。
 ただ燦々と輝く太陽が一つ、世界を照らしているだけだ。
 だが、

「!? まさか……!!」

 他の『六英雄』。
 そして『三姫将』たちも気付いた。

「お、おい……あれ……」
「おいおい、嘘だろう……?」

 気付いた誰もが呆気にとられたように、空を見上げる。
 その光り輝く太陽を。

「……おいおい、幾らなんでもそりゃあないだろう……!?」
「ッ……布陣を完全に逆手に取られたわね……!!」

 その巨大な魔方陣は、まるで太陽に重なるように上空に描かれていた。

「じょ、上空に転移方陣!! そんな、まさか……!!」
「しまった……っ。そうか、上空なら結界も意味がない……!!」

 透明な光を放つ陽の光。
 その光に混じるように、の輝きが強く軍勢の頭上を照らす。

「って、おいおいおいおい……まさかあいつら……」
「馬鹿げてる……っ!! あんなモンを瞬間転移させるだけで、一体どれだけの魔力が必要だと……っ」
「っ……、メチャクチャだ……!!」

 やがて空気を押しのける轟音を立てて、彼らの頭上に“それ”は現れた。

「う、うわぁぁあああ!!!」
「や、やつら、城ごと転移してきやがったァーーーー!!!」

 巨大な、石造りの建造物。
 すなわち、―――城が。

「転移してきた城! 間違いなく、『魔神城』です!!」
「んなもん、分かっとる!! そんな報告よりとっとと、総員を退去させろォ!!」

 報告の情報を怒鳴って退けて、彼女もまた上空を見上げる。
 落ちてきた城は、轟々と風を切る音を響かせながら落ちてくる。

「撤退! 撤退ーーー!!!」

 撤退の声に呆然とそれを見上げていた兵達が一斉に行動を始める。
 密集していた陣形が、放射状にばらけた。
 だが彼らを取り囲むように張られた、敵方の陣形が一定以上の広がりを押し留める。

 凄まじい轟音を立てて、陣の半ば中央に城は落ちた。
 その下敷きに、数千規模の兵を巻き込んで。

「総司令!! 城のバルコニーに人影が!!」
「なに!?」

 混乱する兵士達の中、もっとも早く状況を把握できたものが報告の声を上げる。
 報告を受けた総司令、そしてその横で報告を聞いていた残りの『三姫将』。
 同じく処刑台下で状況を把握していた『六英雄』。
 彼ら全員とも、軋むような轟音を立てて開いていく門から、ゆっくりと現れてくる人影を認めていた。

「親方様、エルシアはどうやら無事のようですね」
「だが、何時までもあの娘のあんな姿を曝して良い理由にはならん!」
「そうだね。はやく迎えに行ってあげたほうが良い……」
「ですね。急ぎませんと……」

 まず最初に城門から姿を現したのは、ドレスのような鎧を着飾った4人の少女達だった。
 それぞれが美しい、あるいは愛らしい顔立ちをした彼女たちは、その手に不似合いなほど無骨な武器を持っている。

「残りの『十二姫士』です!! “氷像”ドニ・ミルフェリトーゼ!」
「あぁ!? “背神者”テレサ・アグネス! “鉄壁十字”マリア・パンツァーハーケン!! “矛盾”の姿もあります!!」
「くっ! 陣のど真ん中に……っ!!」

 フレンが歯噛みするように唸る。
 そして、それに答えるように男は姿を現した。

「ガラガラガラ……ずいぶんと懐かしい顔ぶりだ。オメェらと顔を合わせるのは、何十年ぶりだァ?」

 少女達の後からゆっくりと城門を抜けて姿を現したのは、2メートルほどの身長の威風堂々とした体躯をした一人の男。
 その姿を認めた誰もが、緊張に息を呑む。

「よォ、。俺の愛しい娘は、無事なんだろうな……!!!」

 傍目には歳若く見える男だった。
 適当に切り揃えたような黒髪。
 彼の生まれた世界の物だという、『着流し』と言う黒い布のような服を身に纏い。
 同じような造りの、絢爛な装飾を施された物を羽織っている。
『下駄』という木製の板のような靴が、石造りの廊下に甲高い音を響かせていた。

「ガラガラガラ……!! ちょっと待ってな、エルリア」

 男の高らかな笑い声が、兵士達の荒野に響き渡る。

「親方さまァーーー!!」

『魔神』と呼ばれ『大逆七業』と呼ばれた、かつて『七英雄』に数えられた男―――天破仰。
『世界最強』の呼び声も高い怪物が、ここにその姿を現した。





[20131] 八幕 ―開戦―
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Date: 2010/07/13 03:14

「…………!! 親方様……みんな……アタシは、貴方方の忠告を無視して飛び出したのに」

 身体を枷と鎖に戒められながら、必死に身体を動かしてエルリアは叫びを上げる。

「何で!!? 何で見捨ててくれなかったんです!! アタシの身勝手でこうなってしまったのに……!!!」
「いや……、俺ァ行けと言ったハズだぜ」

 泣き叫ぶようなエルリアの声に、仰は静かに答える。

「!!? 何を言って……そんなハズないでしょう!!! 親方様の言葉に従わず勝手に飛び出してアタシは……ッ」
「違わねェ……。俺ァ行けと言った。―――そうだろう、マリア」

 そう言って自らの横に立つ少女に問いかける。
 マリアと呼ばれた少女は、それにハッキリと頷いた。

「ええ、私も聞いていましたわ。面倒をかけて悪かったわね、エルリア」
「この世界に生きる者なら、誰だって知ってる事だ……」
「我々の仲間に手を出せば一体どうなるかって事、忘れたとは言わせません!!」
「アンタに手を出した奴は誰一人無事じゃ済まさない!!! そうだろう、みんな!!!」
「そこで大人しく待ってなさい!! 今助けてあげるから!!!」
「世界連合軍だか知らないが、覚悟しなさいよ!!!」

 その言葉に追従するように、四方から『十二姫士』の声が上がる。

「…………!!!」

 それを今にも泣きだしそうな表情で、エルリアは唇を噛んで中間達を見た。

「……こうも、急接近されるとは……ッ」

 それを眺めながら、フレンが己の失態に歯噛みする。

「やれやれ、とんでもない相手を呼び寄せたもんじゃわい……」
「フン。何を今更言ってるネ」

 そして天井知らずに上がっていく敵側の意気に面倒そうにルードヴィッヒ呻き、スンがそれを嗜める。

「―――そら、行くぞ娘達」

 陣中央で仰はそう言うと、スッと空に腕を振り上げる。

「…………!!」
「!? マズイッ!!」

 仰の“能力”を知る『六英雄』と『三将姫』が、その意味を理解して一気に緊張を高める。
 それをニヤリと笑みを浮かべて眺めながら、仰は振り上げた腕をかき回すようにゆっくりと動かし始める。

「!!? お、おい見ろッ!!」

 そして仰の“能力”を知らない者達は、空を見上げて声を上げる。

「何だ!!? 急に空が……」

 つい今まで晴れ渡っていた空が、突然暗雲で覆われていく。
 ポツポツと、雨が降り始めた。

「うわああぁああ!!!」
「風が急に!!?」

 雲と風が渦を巻き始め、それはやがて雨と雷とを伴って嵐へと変わっていく。
 嵐はその勢いを増し、風の勢いだけで吹き飛ばされそうになる人間も出てくる。
 今の今まで晴れ渡っていたはずのこの地は、突然の暴風雨に襲われた。

「さっそく来たか。アイツの持つ『権能』の一つ……“憤怒”」
「かつてアイツが居た世界で、“神話の神々”を殺して得た暴風雷雨を自在に操る“能力”」
「七柱の“神殺し”に由来して付いた二つ名が“大逆七業”天破仰!!!」

 それを険しい表情で眺めていた『六英雄』が、口々に叫ぶ。

「勢力で上回ろうと、勝ったなどと欠片でも思うなよ!! 最後を迎えるのは我々の方かもしれないのだ……」

 突然の暴風雨に慌てる兵たちに渇を入れるように、そして決して油断を許さぬようにフレンは叫びを上げる。

「ヤツは……あの『魔神』は……」

 かつて彼と共に闘っていた『六英雄』と同じくらい、彼を敵に回したときの恐ろしさを知っているから。

「たった一人で世界を滅ぼす力を持っているんだ!!!」

 暴風雨はさらに勢いを増し、太陽の変わりに悲鳴のような雷光が雨に濡れた戦場を照らす。

「さぁ、始めようぜ……戦争を!!!」

 仰の吼えるような大声が、戦争の始まりを宣言する。

 攻め入るは、『魔神』を筆頭に旗下『十二将姫』率いるの11の大部隊。
 迎え撃つは、世界を支配する六つの王国による『世界連合軍』。

 どちらが勝ち、どちらが負けても―――世界が変わる!!!






[20131] 九幕 ―衝突―
Name: キー子◆d13b36af ID:dcf8efe5
Date: 2010/07/14 00:01



 平原を、荒れ狂う風と雨と雷とが吹き荒れていた。

「嵐だァ~~~~っ!!!」

 吹き荒れる嵐が、まるで意志を持つように人を吹き飛ばし、薙ぎ倒す。

「か、雷が……ぎゃああああ~~~~~っ!!!」

 荒れ狂う雷が、狙ったように兵士達に堕ちる。

「雨で視界が利かん!! 同士討ちに気をつけろォ!!!」

 滝のように降る雨が、視界を白く染めていく。

 誰が信じられようか。
 この大自然の猛威そのものを、たった一人の人間が引き起こしているなどと。

「相変わらず、何て“力”……!!!」

 突然の嵐に混乱する兵士達を苦々しく眺めながら。
 総司令官であるフレン=デリッヒートは、慄くように呟いた。

「ガラガラガラ!!!」

 吹き荒れる嵐の中、『魔神』の哄笑が響き渡る。

 そのときフレンの隣に佇んでいた、アレーグロの司教服に身を包んだ少女が不意に立ち上がった。

「……動くな。まだ早すぎる」
「だからと言って、動かないわけにはいかんじゃろう。このままでは、ワシらはともかく兵士達が持たん」

 フレンの静止ににそう答えると、少女―――『三将姫』『術』の姫、ルードヴィッヒ=オペールは手に持った杖を空に向かって振り上げた。
 彼女の全身を巡る膨大な魔力と、世界に満ちる魔力素とを制御・統率する。
 常人ではそもそも制御どころか集める事さえ叶わない巨大な魔力を、彼女は呪文と共に一つの術式に叩き込む。

「――――――ッ!!!」

 カッ!
 杖が魔力の光に輝き、その輝きが上空の嵐を穿つ。

 ―――風神雷神共演舞

 嵐の猛威が、ゆっくりと穏やかになっていく。

「あ、嵐が……!!」

 止んだ訳ではない。
 それでも、嵐の猛威が少し穏やかになった。

「―――ゼェ、ゼェ、ゼェ……。まだ序盤だというのに、無理をさせよるわ……」
「フンッ。ルードヴィッヒか……。若作りのババァが、無理してんじゃねェよ……!!」

 処刑台の上。
 雨の中、汗だくに成りながら荒い呼吸を繰り返す『三将姫』の中で、“一番年下に見える”少女を見て獰猛な笑みを浮かべる。

「喧しいわ、若造がッ!!!」

 仰の呟きが聞こえたのか、ルードヴィッヒは疲れきっているはずの身体を怒りに任せて術式を編む。
 彼女から吹き荒れる魔力が、編まれた術式から地獄の業火もかくやと言う紅蓮の炎となっていく。

 ―――煉獄……
「遅ェ……!」

 しかし仰もそれをただ眺めているような間抜けではない。
 彼女の術式が完成するより早く、上げた腕を振り下ろす。
 彼のうちに宿る出鱈目なほどの『権能』は、ただそれだけで一つの術式を完成させる。

 ―――堕雷
「!! ちぃ……ッ!!」

 上空の暗雲の輝きに気付いた彼女が、完成しかけた術を無理やり上空への防壁に使う。
 次の瞬間、仰から処刑台までを一直線に凄まじい落雷の群が襲った。

『―――う、うわぁ~~~っ!!!』
「くッ!」

 ルードヴィッヒの眼下で、避け切れなかった何百もの兵たちが落雷に打たれ吹き飛ばされる。
 凄まじい威力の落雷の群が、その軌跡に沿って道を作り出した。

「さて、道が出来たわね」
「それじゃ、往くとしようか……」
「総員! 戦闘開始ー!!」

 落雷によって出来た、処刑台までの道。
 それを見逃さず、仰の横に控えていた『十二姫士』が配下の兵たちに一斉に進撃を命じる。

「『十二姫士』たちが出てきたぞォーー!!」
「外周のヤツラもだ!! 気をつけろォーーー!!!」

 同時に、いままで陣の周囲を固めていた外回りの八人も一斉に動き出した。

「攻め込めェーーー!!!」
「『魔神』様の造った道に続けェーーー!!」

 城から出撃した兵たちが、処刑台までの道を一直線に進撃する。
 だが、その進撃もすぐに抑えられた。
 
「舐めるな……ッ!!」
「ぎゃああぁーー!!」

 道を塞ぐように、兵の群から一際早く『魔神軍』の進撃を阻む者達が現れる。
 ユヤの独特な色合いを持つ、全身鎧の兵士団。
 掲げている朱染めに金糸の鳳凰の図柄の旗が、風にバサバサとはためく。

「―――とッ! 出てきやがったな……ユヤの『軍神旗団』!!!」
「『軍神』スン様旗下にある誇りも高き我らの部隊、貴様ら程度に遅れはとらんわァ!!!」

 雄叫びを上げて、二つの軍がぶつかり合った。


「……とうとう、始まったな……!!!」

 処刑台の上からそれを見下ろしていたフレンが、呟くように静かな声音で言う。
 その横にスッと現れたのは、ユヤ独特の豪奢な色合いをしたゆったりとした服を着た少女。
 真っ直ぐに戦場を見下ろすフレンに、彼女はからかうような声音で言った。

「フレン、下がってたらどうネ? 基本的に白兵向きじゃない貴女じゃ、此処は危ないヨ?」
「フン。冗談だろう? それとも『軍神』ともあろう者が、まさかその若さで耄碌したか?」

 少女がムッとしてフレンを見るが、彼女はお構い無しに厳しい表情で戦場を―――仰の姿を見ていた。

「世界の果てまで下がったとして、安全な場所なんてどこにある……」
「確かに、ネ……」

 その理由が分かったのか、少女―――『三将姫』『武』の『武神』スン・リーもまたその視線を仰に向けた。


 処刑台の足元に設置された段差の上。
 黒尽くめに身を包んだ青年が一人。
 腰に下げた二振りの内、片方だけを引き抜いて立ち上がった。

「……なんだ、もう出るのか?」
「推し量るだけだ。あそこに居るアイツと俺との今の距離を……な」
「あれから三十余年……。果たして俺とアイツとの距離がどれだけ縮まったのか。あるいは……」

 青年は呟くように言うと、引き抜いた刀―――小太刀の鍔元を鞘の鯉口の端に当てる。

 御神不破我流 奥義之壱 ― 龍断頭 ―

 現実として龍の頭すら斬り落とした事で名づけられた刀の一閃。
 刀を鞘に収めないまま、小太刀を鯉口で滑らせた刀が抜刀術のように振り切られる。
 その斬激が、衝撃波のように仰まで一直線に伸びていく。

「あれは……!!」
「『兇夜』の斬撃!!!」

『六英雄』『兇夜』こと、不破恭也。
 異世界より呼び寄せられ魔王討伐に参加した青年であり、事実上この世界において最強の剣士の名でもある。

「ほぉ……。恭也の野郎、腕を上げやがったな……だが」

 自分に迫る斬激を感心したように眺める仰。
 そこに慌てた様子も、避ける動作も無い。
 何故なら、

「!」

 突然、仰と斬激との間に、人影が現れる。
 それは巨大な十字架を持った、ボロボロのシスター服に身を包んだ少女。

「はあああぁああ~~~っ!!!」

 少女が雄叫びと共に、持った十字架を斬激に掲げる。
 轟音が響き渡った。

「止められた!!?」
「龍の頭も刎ね落とす、世界最強の剣士の奥義の一つを!!!」

 その実力を知る兵士達が驚きに眼を瞠る中、

「…………」

 己の斬激を受け止められた恭也だけが、静かな表情でその少女を見つめる。

「『十二姫士』第二位!! 最強の矛、“背神者”テレサ・アグネス!!!」

『魔神』が率いる最強の十二人、『十二姫士』。
 その中でも、ある意味で最強の攻撃力を持つといわれる『魔神』の矛。
 それが彼女だった。

「……む!?」

 そのテレサが、ふと空を見上げる。
 曇天に覆われたその空を、黒い塊が凄まじい速さでこちらに向かって堕ちて来ていた。

「うわぁああ!!」
「ヤツも出てきやがった! 『冥皇』テンカワ!!!」
「いつの間に!?」

 それは『六英雄』が一人。
 全身を鈍重な漆黒の全身鎧に包んだ、一人の青年。
 その鈍重さを跳ぶ事でそれに見合わない高速機動を行い、またその重さで以って大砲の弾のように全身で相手にぶつかって行く。
 その容赦の無さと漆黒の鎧姿から、いつの間にか呼ばれた二つ名が『冥皇』。
 その真名を、天河アキトと言った。

「オイオイ、抜け駆けしてやるなよアキト……」

 自分に向かって堕ちて来る旧友を、懐かしそうに見上げる仰。
 そしてやはり、アキトの突撃を阻む物が現れる。
 それは巨大な十字型の魔方陣だった。
 平原全土に響き渡るような轟音が、辺り一帯にこだますした。

「!!!!」
「!!? あの一撃を防いだ!!」
「なんて馬鹿デカイ魔方陣……!!!」

 誰もがその魔方陣の強度と巨大さに眼をとられる中、アキトだけがそれを張った本人を見下ろしていた。

「こんな物を張れる人間といえば……」

 眼下。
 方陣の真下に、その女はいた。
 白銀の全身鎧に身を包み顔は隠れているが、ただ仮面の後ろから伸びた銀色の髪が風になびいている。
 唯一覗く口元だけが、皮肉げな笑みを浮かべている。

「いくら昔馴染みだからといって、親方様に手出しをさせるわけがなかろう……」
「やはりお前か。第一位、最強の盾『鉄壁十字』のパンツァーハーケン」

『十二姫士』最強の女。
『魔神』の盾。
『鉄壁十字』の二つ名を持つ、女騎士がそこに居た。






[20131] 九章 ―『武』― 
Name: キー子◆d13b36af ID:dcf8efe5
Date: 2010/07/15 00:11



「何だよ、あの防御陣!!」
「『冥皇』の“渾身”は、小さな国くらいなら吹き飛ばす威力があるってのに……防ぎ切ってやがる!!」
「やっぱり、あの伝説は本当に……!!?」

 アキトの突撃を防いだ、二つ名通りの『鉄壁十字』を見上げながら兵たちが口々に言う。

「……かつての『魔王』との戦争で、空から降り注いだ隕石郡を一つも漏らさず防ぎきった魔術騎士!!!」

 その十字型の防御壁を認めたフレンは、かつて道を分かち名まで変えた“己の姉”の姿を厳しい眼差しで見ていた。


 自らの一撃を防がれたアキトは、かつて共に魔王討伐を闘っていたときの事を思い出す。
 突然この異世界に呼ばれ、魔王の討伐を命じられ、その道中で仲間であった彼女の事を。
 そんなアキトを見上げて、マリアは口元を皮肉げに持ち上げて言う。

「……見事。中々に危なかった」
「ふざけたことを……ッ」

 アキトが突進の推進力をさらに上げようと、足の裏と背中についているエンジンをさらに猛らせる。
 張られた十字型の魔方陣が、軋むように歪む。
 このままでは、破られるのも時間の問題だろう。
 だが、

「わたしがそれを黙って見ている間抜けに見えるか?」

 結界壁を足場代わりに張って、彼女はいつの間にかアキトのすぐ傍まで来ていた。

「! ちぃ……っ!!!」
「ハアアァアア……っ!!」

 十字型の結界壁を今度は剣のように持って、それをアキトに叩き付けた。

「攻撃も中々やるじゃないか……っ」
「戯言を!!」

 それを受け止めながら、皮肉を返すようにアキトは呟く。
 やがて押し切られたアキトが、自軍へと隕石のように落下した。

「『冥皇』殿!? ……あ、ご無事で」
「当然だ。……それより航空部隊。上からの攻撃にも気をつけろ!!」
「はっ!!!」

 とっさに近付いて来る兵に無造作にそう言って、アキトは上空に浮かぶ戦艦部隊に言いやる。

「……ならば、その上の陣を崩しましょう」

 その瞬間、突然飛行戦艦一隻、煙を噴き上げて堕ち始めた。

「な、何だ!!?」
「何が起きたぁ~~~っ!!!」
「お、おい……あれっ!!」

 見上げていた誰もが混乱する中、一人の兵士がそれに気付いた。
 煙を噴き上げていた戦艦を縫い止めるように伸びている一筋の鎖を。
 その鎖の先にあったのは、鎖を伸ばす巨大な十字架。
 その十字架を操っているのは、修道服に身を包んだ一人の少女。

「“背神者”!!!」
「馬鹿な! あんなモノで戦艦を落としたってのか!!?」

 混乱する兵たちを尻目に、テレサはそのまま鎖を引き、戦艦に引っ掛けるように固定した。

「はあああああぁああ~~~~ッ!!!!」

 そのまま彼女は、その鎖を戦艦ごと振り回した。

「う、うわあぁああ~~~~っ!!!」
「在り得ねェ! なんだよ、アレ!!?」
「あんな対空攻撃ありかよォ!!!」
「ダメだ、避けられない!!!」

 他の戦艦を巻き込みながら、戦艦は振り回されていく。
 それを処刑台の上から眺めていたユヤの少女―――『三将姫』『武』のスン・リーが、チラリと横の総司令を見やる。

「アイヤ~。これはマズイネ。……フレン、これは私もでるヨ?」
「……仕方ない。しかし終わったら戻って来いよ」

 総司令―――フレンは、深く溜め息をついてそれを許可する。
 スンは嬉しそうに頷くと、その場から振り回されている戦艦目掛けて跳んだ。

「まったく。どいつもこいつも好きにしテ……ちょっとハ、ワタシも雑ぜるネ」

 スンはそっと添えるように、振り回される戦艦に手を当てる。

 ―――力行支配ッ!!

 次の瞬間。
 テレサによって力任せに振り回されていた戦艦が、彼女のコントロールを離れて城へと向かっていった。

「スゲェ! あんなデカイのを弾き返した……!!!」

 感嘆の声を上げる連合軍。

「そんな……っ!!!」
「こっちに来るぞォーーー!!!」
「うわあぁああ!!!」

 逆に投げ返される戦艦を見上げて、今度は『魔神軍』が悲鳴を上げる。

「…………」

 巨大な戦艦が一直線に自分に向かって来ているというのに、仰は慌てた様子もなくそれを見上げる。
 そして、まるでキャッチボールの弾を受けるような気軽さで、戦艦を“ポン”と受け取った。

「ったく、小娘が……味なマネしやがる」

 戦艦を敵陣の適当な場所に放りながら、ゆっくりと落ちていっているスンを見上げて言った。

「……遊びたいなら、ガキとでも戯れてろよ」
「フフフ……。若い娘が相手では、もう体力が持たないカ? 『魔神』」

 スンはそんな仰を見下ろしながら、とても楽しそうに笑みを浮かべた。

「お、親方様。申しわけありません……」

 とっさに駆け寄ってきたテレサが、自分の失態に謝罪する。

「あァ、気にすんな。それよりテレサ、オメェの役をキッチリこなしてきな」

 そう言って戦場を顎で示す。
 テレサは頷くと、いつの間にか引き抜いていた十字架を持って、戦場へと突撃していった。

「攻めろォ!! 一気に押し潰すぞォー!!!」
「攻め込まれるなぁ! 数の上ではこちらが圧倒的に有利なんだ!!」
「『十二姫士』を止めろォーーーーっ!!!」
「押し返せェ!!! 『魔神』は手の届くところに居る!!!」

 誰もが声高に叫びながら、戦場を駆け巡っている。
 ふいに仰の横に、通信担当をしていたドニが仰を見上げて言った。

「親方様。リョが自分も出たいと……」
「ああ、スキに暴れて良いと伝えてやれ」

 仰が許可を出すと、ドニは一つ頷いて手元の水晶のような氷に言葉を許可が出た事を告げる。


 戦場、八時の方角。
 殆どが魔法攻撃で終始していたそこは、一人の少女の出現で大きく様変わりをしていた。

「…………」

 無言のまま、巨大な薙刀を振り回す一人の少女。
 赤い髪をなびかせたその少女が薙刀を一振りするだけで、数人の兵士達が吹き飛ぶように倒されていく。

「!」
「うわああぁあ!!! 『武頼』リョ・ホウレンだぁ~~!!」
「かつてあの『武神』と引き分けたっていうあの娘か……」

 口々に叫ぶ兵士達。
『十二姫士』、『武頼』リョ・ホーシェン。
『魔神軍』の称号であり将軍職でもあるこの地位についていながら、彼女は部隊の指揮や意思疎通が基本的に出来ない。
 しかしそれでも彼女がこの地位にあるのは、その天性の戦闘センスがためだった。
 純粋に対人戦闘のみで言うのなら、彼女の強さは『十二姫士』最強の“矛盾”たちにも引けをとらない。
 故に『武頼』。
 ただひたすらに、『武』のみに『頼り』て己を起てる戦場の申し子。

「攻め込まれるな! 外の包囲にも気をつけろ!!!」

 そんな彼女の猛攻に臆する兵たちに激を飛ばしながら、部隊長の叫びが上がる。


「あの馬鹿娘が来てるカ!?」

 処刑台に戻った『武神』スンが、己の好敵手の存在を聞いて目の色を変える。

「…………」

 その横に佇むフレンは、変化していく戦場を黙って見下ろしていた。



「―――さァ、どうする? こんなモンで終わるオメェじゃねーだろうが……」

 彼女の事を良く知っている仰は、ただ静かにそう呟いた。






[20131] 十章 ―激戦―
Name: キー子◆d13b36af ID:dcf8efe5
Date: 2010/07/17 00:06



「ハァアアアアーーーーッ!!!」
「ッ!?」

 突如降って来た覚えのある雄叫びと闘気の圧力に、ホーシェンはハッとして頭上を見上げる。
 見上げた先に居たのは、満面の笑みを浮かべて降ってくるかつて闘い引き分けた一人の少女。

「ハッハッハ!! 会いたかったヨ、馬鹿娘!!!」
「スン……ッ」

 少女は拳を振りかぶり、引力も利用して思いっきりそれを振り下ろした。
 ホーシェンはとっさに矛を盾にして、その一撃を防ぐ。
 その威力に、ホーシェンの足元が一瞬で陥没した。

「『武神』が動いたぞォーーー!」
「『武頼』との一騎打ちだ!!」

 周りが騒ぐ中、ホーシェンは真っ直ぐに少女―――『武神』スン・リーを睨みつける。

「退け……!」
「断るヨ! あの時の決着、ここで着けさせて貰うネ!!」

 鋭く一言で告げるホーシェンを、満面の笑みを浮かべて拒絶する。

「「………………」」

 そのまま互いに無言でにらみ合い。

「「!!」」

 次の瞬間。
 両者は姿を消し、ただぶつかり合う衝撃だけが辺りに撒き散らされた。

「うわああぁあ!!!」
「撤退、撤退ーーー!! あの二人から離れろォ! 巻き込まれるぞーーー!!」

 その衝撃波に巻き込まれた兵士達が吹き飛ばされるのを見て、他の兵士達が敵味方関係なく一斉にその場から散開した。


「あの馬鹿。我らがここを離れるわけにはイカンというのに……ッ」

 処刑台の上からそれを見ていたフレンが、苛立たしげに吐き捨てる。

「仕方あるまい。もとより、アヤツも何時までも言われた事を憶えているような頭をしとらんからのー」

 逆にルードヴィッヒは、そんな彼女を宥めるように暢気な声音でそれを見ていた。

「リョ様が『武神』を引きつけている間に、処刑台へ急げー!!!」
「続けぇ~~~!!」


 眼下で、二人の戦いで出来た間を縫うように、『魔神軍』が処刑台へと近付いて来る。
 それに気付いたフレンが、眉根を寄せて陣の状況を見て取った。

「いかんな。……このままでは陣に穴が開く」
「わらわが行こうか?」
「いや、ダメだ。ただでさえ、あの馬鹿があそこに居るんだ。私たちがこの場を離れるわけにはいかん」

 ルードヴィッヒの言葉に、フレンは首を横に振る。

「しかし……ならばどうする?」
「…………」

 ルードヴィッヒの言葉にフレンはしばらく考え込む。

「……仕方が無い。ヤツを使うか」

 やがて結論が出たのかそう呟くと、フレンは処刑台の下に控える『六英雄』の一人に声を掛けた。

「エミヤ!」

 逆立てた白い髪に、赤銅色の肌をした一人の青年。
 その青年が、呼ばれた声に面倒気にフレンを見上げた。

「…………」
「陣の穴を塞いでくれ!!」

 言われた青年は、戦場に鷹のように鋭い眼を向ける。
 そのまま全体を俯瞰するように一帯を見回すと、

「仕方あるまい……」

 心底気乗りしないように呟いて、自分の立つ舞台の端まで移動した。

「―――同調、開始」

 呟く。
 己の魔術を起動させる呪文。
 その手に現れたのは、彼の身長ほどもある大きな漆黒の剛弓。
 そして、一振りの剣。

「―――我が骨子は捻れ狂う」

 現れた剣が、呪文の如く捻る。
 それはさながら、ドリルか螺旋のように。

「射出用意完了。続けて重複投射……。同時射出用意……」

 彼はソレを矢のように弓に番えると、続けて呪文を唱える。
 彼の周囲の空間が、水面のように歪んだ。

「高い場所から失礼する。手向け代わりに受け取りたまえ……」

 この怒号と喧騒の中、聞こえるはずもない言葉を敵に送り、彼はその矢を必殺の意を込めて解き放つ。

 “―――改・螺旋剣=乱”

 誰かが気付くより早く、その矢は空気どころか空間すら削って突き進んだ。
 それも番えた一本だけではない。
 彼の周囲からも、同じ捻じ曲がった剣の矢が、同じ威力で解き放たれていた。

「!!?」
「があぁああ!!!」

 矢に穿たれた者たちが悲鳴を上げる。
 当たり所の悪かった―――あるいは良かった者たちは、悲鳴すら上げられなかった。
 悲鳴を上げる頭ごと、まるごと上半身を消滅させられたからだ。

「お前ら!!」
「クソ!! 『聖剣の鍛冶騎士』か……っ!!!」

 近くに居た者達が、忌々しげに段上に立つ弓兵を睨みつける。
『六英雄』が一騎にして、その六人の英雄の中で最も怖れられる男。
『聖剣の鍛冶騎士』衛宮士郎。

 その身体に宿る魔力だけで剣を鍛造し、場合によってはそれを矢のように射ち放つことも出来る。
 そして彼が最も得意としているのは、このような混戦の中での『殲滅戦』。
 そこにある一切合財を、その作り出された幻想の刀剣群を以って撃滅せしめる。

 だが彼の何より恐ろしいところは……

「貴様ら! 早くそこから離れろっ!!!」
「え? 何が……」

 それに気付いた者、あるいはそれを知っている者たちは、敵味方問わずに地面に突き刺さった矢から離れていく。
 その意味が分からない者たちは、間の抜けた表情で散っていく仲間達を眺め、

「もう遅い……」

 それを見ていた黒弓の弓兵は、ただ一言だけ呟いた。

 “―――壊れた幻想”

 瞬間。
 地面に突き刺さった矢から、光が満ちた。
 矢の付近に居たものたちは、例外なくその光に飲み込まれる。
 大気を鳴動させる轟音は、一拍遅れて響き渡った。

「――――――ッ!!!」

 誰も悲鳴すら上げられない。
 いや、上げたところで、その悲鳴すらも光と爆音に飲み込まれた。
 後に残ったのは、それ以外何も残っていない深く抉られた大地だった。

「……こんなものか」

 その惨状を、無感動に眺めて衛宮は呟く。

「エミヤ!! 貴様、自軍まで巻き込むとは……!!!」

 そんな衛宮に、フレンが表情に苛烈なものを宿して怒鳴りつける。
 その横でルードヴィッヒもまた、不愉快そうな表情で衛宮を見ていた。

「仕方あるまい。親切に避けろなどと言えば、敵にも気付かれるぞ?」

 だが、それすらもそよ風のように受け流して、衛宮は飄々と言い放つ。
 ―――そう。
 これこそが衛宮が『六騎士』の中で、最も怖れらる理由。

 ―――彼は、目的達成のためなら手段を選ばない。

 それが目的のためならば、躊躇いもなく村一つを焼き滅ぼすことさえして見せたことさえある。
 それが、衛宮士郎という男。

「何を……っ」

 それが分かっていて尚、フレンが衛宮に何か言い募ろうとしたとき。

「おおおおおぉおぉお……!!!」
「!?」

 聞き覚えのある苛烈な物の宿った雄叫びが、戦場の一角で上がった。



「おおおぉぉおぉーーーッ!!!」

 ―――爆砕剛雅衝

『武神』スン・リーの超至近距離で放たれた、膨大な力を込められた発頚。
 その一撃が、『武頼』リョ・ホーシェンの防御を抜けて爆発した。

「ぐぅ……っ!!!」

 呻くような悲鳴を上げて、ホーシェンが吹き飛ばされる。
 地面に叩きつけられたホーシェンはすぐさま立ち上がろうとするが、ダメージが大きいのか地面でもがく事しか出来ていない。

「ホーシェン!!!」

 処刑台からそれを見ていたエルリアが、悲鳴のような声を上げる。

「今だ! 『武頼』を討ち取れェ!!!」

 その周囲に居た『連合軍』の兵たちが武器を手に、群がるようにホーシェンへと迫っていく。
 それを見て怒気を放ったのは、彼女と闘っていたスンの方だった。
 この戦いは一騎打ちだったのだ。
 それを穢すような真似は許されない。
 スンは怒りのまま、ホーシェンへと向かっていく自軍に攻撃を仕掛けようとして、

「―――ッ、余計な手出しヲ!!」
「……するんじゃありませんことよ?」

 馬鹿馬鹿しいほど巨大な剣を振るう一人の女が、その兵たちの前に立ち塞がった。

「!!?」

 突然現れた女に、とっさに動きを乱す兵たち。
 それ隙と見る事もなく、女は手に持っていた大剣をまるで細剣のような軽快さで振り回した。

「うわあっぁああ!!!」

 その剣に触れるまでもなく、風圧だけで数人の兵が吹き飛ぶ。
 直撃を受けたものなど、言わずもがなだった。
 女はそのまま、軽々とその大剣を肩に乗せて兵たちを睥睨した。

「ご、『剛剣のカレルゥ』だ!!」

 風圧に吹き飛ばされて、腰が抜けたように座り込む兵の一人が呻くように言った。
『十二姫士』、『剛剣』カレルゥ・アスティン。
 自身の身体が隠れるほどに巨大なその剣から付けられた二つ名を持つ女。
 かつて戦場を転々としていた、有名な傭兵だった。
 得意とするのは、その数トンはある剛剣を軽々と振り回すその豪腕とそこから繰り出される一撃必殺の破壊力。

 噂では、元々はどこかの国の深窓の姫君だったらしい。
 今ではもう、見る影どころか面影も無いが……。

「カレル……」

 助けられたホーシェンが、何とか身体を起こしながらカレルゥを見上げる。
 そんなホーシェンに、カレルゥは素っ気なく応える。

「お礼なら結構ですわよ。ただ貴方が死ぬと、親方様が悲しみますもの」

 言外に、貴女のためではないと言って。
 しかしそれにオーシェンは、むしろ微笑を浮かべて礼を言った。

「……でも、ありがとう」
「フフ……。いいえ、どういたしまして」

 そう小さく微笑して、カレルゥはまた再びその大剣を構えた。

「さぁ、彼女たちの一騎打ち。邪魔したいのでしたら、私を倒してからになさい!!!」

 張り上げられた声と、彼女から巻き起こる殺気と闘気。
 それを前にして出られる猛者など、そこの兵士達の中には居なかった。





[20131] 十一幕 ―『暴食』―
Name: キー子◆d13b36af ID:dcf8efe5
Date: 2010/07/21 01:13



「カレル……間に合ったか」

 ホーシェンが兵たちに迫られた瞬間、とっさに抜きそうになった腰の刀から仰は手を放す。

「ホーシェンの馬鹿娘が。心配させやがって……」

 苦笑じみた笑みを浮かべ、ホッとしたように息を吐いた。

「スキを見せたな、『魔神』!!!」
「安心しているヒマなんかねェぞ!!!」
「今の貴様に、“憤怒”の権能は使えまい!!!」

 いつの間に城内に進入してきていたのか。
 城のバルコニーへの出入り口から、仰の背後に突然三人の兵士が現れた。
 安堵して力を抜いたその姿を隙と見て、三人の兵士が仰に踊りかかる。

「……ったく。人の気分に水を差すんじゃねェよ。ハナッタレどもが」

 仰はその三人に一瞥すら向けず、

「!!!!」

 黙って、背中からその刃に身を貫かれた。

「「「「「お、親方様ァ~~~~!!?」」」」

 それを見ていた『十二姫士』の何人かが、眼を見開いて悲鳴を上げた。

「……あ、あはははは!!! これが『魔神』かよ!? 口ほどにもねェな!!」
「大将首! 討ち取ったりィーーーーッ!!!」
「これで俺たちも、万年歩兵から成り上がりだーーーっ!!!!」

 仰に深々と致命傷の一撃を加えられたことに、兵士達が歓声を上げる。

「よっしゃあ! このまま、『十二姫士』たちの首も獲ってやる!!」

 そのまま三人は仰が刺された事で自失しているだろう『十二姫士』に目をやった。

「ドニ!! 貴様、そこに居ながら何故そんな雑魚どもに気付かなかった!?」
「そうだ!! 親方様にそんなヤツらを相手にさせるなど、不敬にもほどがあるぞ!!」
「アンタも『十二姫士』の一角なら、その程度の雑魚の気配くらい気付いときなさい!!!」
「仕方ないだろう。ボクは今回、あくまで通信兵としてここに控えているんだから。……だいたい、こんな雑魚の城への侵入を許したのは、君達の方じゃないか」

 しかしその視線は、彼ら三人をまるで見てはいない。
 それどころか、今まさに彼らの王が刺されているというのに、隣で佇む銀色の髪をした少女ですらその事を気にした様子すらない。
 驚きに眼を見開いていた他の『十二姫士』達も、彼が刺された事以上に、そこまで彼らの接近を許した少女を責めているようだった。

「……かわいそうに」
「知らなかったのか……」
「…………」

『魔神軍』の兵たちの中には、気にも留めない者どころか、彼ら三人を哀れむような目で見ている者さえ居た。

「な、なんだこいつら……」
「まさか、『魔神』を俺たちに獲られておかしくなっちまったのか?」
「?」

 意味が分からず混乱する三人。

「やれやれ。もちっと身の程を知ってから掛かって来やがれ。アンダラどもが……」

 そこに、常とまるで変わらない深い声音が、彼らの耳元で響いた。

「「「なッ!?」」」

 そろって顔を上げる。
 自分達が串刺しにしている男が、まるで平気な表情で自分達の事を見下ろしていた。

「ドニ、下がってな」

 仰は睥睨するように彼ら三人を一瞥すると、すぐに興味を失ったように横に佇むドニに声をかけた。

「はい……」

 これから何が起こるのか十分に承知しているドニは、一瞬、三人組に憐憫の視線を向けるとそのまま仰から大きく離れた。

「悪ィが、加減は出来ねェぞ……?」

 ドニが十分に離れたのを見届けると、仰は最後に三人を見下ろしてそうとだけ言った。
 何一つとして意味が分からないまま、三人は痴呆のように首をかしげ、

「「「え? あ、うわぁあああああ―――……!!!」」」

 次の瞬間。
 我が身に何が起こったのかも分からず、彼らはただ断末魔の絶叫を上げた。

「あ、ああぁ……」
「見ろ! アイツら……」
「干からびていく……っ!?」

 その様を見ていた『連合軍』の兵たちが、顔色を真っ青にして三人の兵たちの末路を見上げている。
 仰に剣を突き刺した三人の兵たちが剣を持った手から―――つまり仰に近い場所から段々と、水分を失って干からびていくようにミイラのような姿になっていった。
 そのまま三人の兵たちは、まるで砂で出来た人形のように崩れて風に流された。
 後に残ったのは、仰に刺さったままの剣と、中身を失った鎧だけ。

「………………」

 仰は自分に刺さったままの三本の剣を、無造作に引き抜いた。
 剣が引き抜かれたその身体には、傷跡の一つも残ってはいなかった。

「あの三人は干からびたんじゃない。やつらの持っていた生命力を根こそぎ“喰われ”たんだ」
「どれだけ傷を負おうが、辺りの生命力を手当たり次第に奪ってすぐさま再生する。半ば不死身になる、最悪の悪食の『能力』」
「ヤツの持つ『権能』の一つ、『暴食』。『魔神』への下手な攻撃は、自殺と変わらない……っ」

 絶句する若い兵士達に、仰の能力を知る近くに居た古参の兵たちが、それでも顔色を悪くしながらアレが何かを教えていく。
 そしてその意味を知って、『連合軍』の誰もが息を呑んだ。

 ―――それはつまり。あの『魔神』を倒す事は、事実上不可能ではないか……

 そんな、絶望を抱いて。

 仰はそんな、自分を見上げて絶句し、動きを止めている戦場を見逃さず声を張り上げた。

「テメェら!! 今が好機だ、進めェ!!!」
「オオオオォオォオ~~~~!!!」

 その声に押されるように、『魔神軍』の兵たちが一斉にそこから処刑台へと攻め込んでいく。



「指令!! 陣の穴から、大きく攻め込まれました!!」
「……問題ない。作戦通りにやれ」

 その様を見ていたフレンは、動揺も無く部下にそう言った。



「ガラガラガラ……。何か企んでやがんな?」

 そのフレンの姿を城のバルコニーから、仰はニヤリと笑って眺めていた。

「『三将姫』、『智』のフレン=デリヒート……!!」

 かつて『魔王』と戦っていた時代。
 自分達の背後で様々な策を練り、共に戦場にあった『智将』の姿を。






[20131] 十二幕 ―出陣―
Name: キー子◆d13b36af ID:dcf8efe5
Date: 2010/07/23 09:43



「貴様……」

 最初にその気配に気付いたのは、この中で唯一白兵戦をこなすエルリアだった。
 鎖に繋がれた彼女は首と視線だけで振り返り、その姿を視界に入れる。

「『幻想殺し』」

 処刑台に現れたのは、下の『六英雄』の席に居るはずの『幻想殺し』上条当麻だった。

「何をしに来た、『幻想殺し』。まさか、今さら参加を辞退でもしに来たか?」

 エルリアに言われて彼に気付いたフレンも、当麻を見て首を視線を鋭くした。

「……別に。今さら抜けるつもりはねーよ」

 当麻はそんなフレンを気にも留めず、片手を振ってその言葉を否定する。

「なら……」
「良いだろうが!! 別に、ここに居るくらいは」

「戻れ」と言おうとするフレンの言葉を、当麻は怒鳴って止めさせる。

「こいつを処刑する理由は、十分に分かってる。この戦争の理由もな」

 そのままエルリアの隣まで来ると、そこに胡坐をかいて当麻は座り込んだ。

「……けどよ、感情は別だ……!!!」

 苦しげに。 
 まるで押し潰した感情から搾り出すように、当麻は言った。

「俺は、どうしたら良い……!? エルリア、テメェ……!! なんでノコノコ出てきやがった!!!」
「トウマ……!」

 目元に涙すら浮かべて言う当麻を、エルリアが呆然とした表情で見る。

「妙な気を起こすなよ、『幻想殺し』。その時はいくらお前とて……」
「……やる気なら、とうにやってる!」

 フレンの窺がうような言葉に、吐き捨てるように当麻は言った。



 仰が“暴食”の『権能』を治めると、離れていたドニが駆け足で近付いてきた。

「……親方様」
「どうした? ドニ」
「いま、敵方の念話を傍受した。エルリアの処刑を早めるって……」

 そう言って、ドニは持っていた氷のような水晶をかざして見せる。
『十二姫士』が一角、『氷像』のドニ=ミルフェリトーゼ。
 水晶を使った戦術で、大軍戦闘を得意としている。
 しかしそれ以上に彼女の『能力』を特異とするのは、造り出した水晶の共鳴を使った通信術とそれを応用した盗聴術。
 だからこそ、今回彼女は軍事戦争だというのに、前線に出ずに仰の傍で通信兵として控えていた。

「エルリアの処刑時刻が早まる? 確かにそう言ったのか!?」

 ドニの報告を聞いた仰が、眉根を上げて僅かに驚く。

「何かの準備が出来てかららしいけど、ジャミングが掛かっていたから詳しくは分からなかった……」
「そうか……。何かの準備の後ってのがカギだろうな……」

 そう言うと、仰は戦場と処刑台に何か変化がないかを見渡してみる。

「……どうする? 皆に急ぐように連絡を入れる?」
「まぁ、待て。そうやって漏れた情報で俺たちが焦る事も計画の内だろうよ。うっかり作戦を聞かれるなんてヘマ、アイツはやらねェ……そういう女だ」

 視線を処刑台へと向ける。
 その先に居る『三将姫』が一人、『智将』フレン・デートリッヒに。

「まぁだからつって、動かないワケにもいかねェか……頃合だな。ドニ! 総員に通信を繋げ!」
「はい……」

 仰の指示に従って、『十二姫士』に持たせた通信用の水晶を共鳴させる。

「―――こちら仰! テメェら、聞こえてるか?」

 仰の言葉に、水晶から『十二姫士』たちの応答が聞こえた。

「全員俺の指示に従い、散開しつつ間を開けろ……俺も出る!!」

 その応答に一人の漏れも無かった事を確認して、仰は戦場を見据えて支持をだした。

『―――こちらブリジット。了解しました』
『チグサです。了解したよ、親方様』
『こちらチェン・リー。私は右側に』
『キャロル・マクガーレン、了解しました! なら私は左へ』
『こちらマリア。では私は、親方様の道を開きます』
『テレサです。私もマリアに続きます……』
『カルラですわ。申しわけありませんけど、私とホーシェンはまだ手が放せそうにありませんわ』
『こちらトーカ。ならば某が変わりに行きましょう』
『ティキです。私はこのまま、後ろを崩してます』

 全員がそれぞれの役割を瞬時に把握して、自分の居る位置から戦場の各所へと散っていく。


「総司令! ヤツラの動きに変化が!」

 処刑台から『十二姫士』たちの動きを注視していた兵が、それに気付いて報告の声を上げる。

「……ああ。散開し始めたな。恐らく狙いは……」

 フレンは緊張を高めながら、視界に映る城のバルコニーに佇む男を見据えた。

「―――とうとう出てくる気かよ……『魔神』、天破 仰」

 鎖に繋がれたエルリアの横に座っていた当麻が、拳を握り締めて呟いた。






[20131] 十三幕 ―親子―
Name: キー子◆d13b36af ID:dcf8efe5
Date: 2010/07/24 08:46


「さァ、行くぞォ~~~!!!!」

 出陣の合図が、高らかに響く。

「構えろォ!! 動き出したぞ、世界最強の“怪物”がァーーー!!!」
「『魔神』が、動いたァ~~~!!!」
「親方様に道を開けろォー!!!」

 城のバルコニーから飛び出した仰を見て、その場に居た全てが手に持った武器に力を込めた。


 処刑台にて。
 フレンは横で瞑想しながら消耗した魔力を溜めているルードビッヒ視線を向けて尋ねた。

「ルードビッヒ。“例の術”はもう使えるか?」
「……厳しいのぉ。できれば、もう少し時間が欲しい」

 瞑想したまま、溜まった魔力を計算して答える。

「具体的には?」
「……二十……いや、十分」
「十分か……アイツ相手に十分は、厳しいな」

 厳しい表情のまま、戦場へと躍り出た男の姿を視界に納める。

「……だが、やろう」
「頼むぞ」

 決意の表情で頷くフレンに、信頼を込めてルードビッヒは言った。



 同じ頃。
 処刑台の下にある舞台の上。
 椅子に座ったまま戦場を眺めていた菊之介が、不意に椅子から立ち上がった。

「さて、と……それじゃ、僕もでるかな」
「お前、動くつもりがあったのか」

 わずかに驚いたような恭也に、菊之介は困ったような微苦笑を浮かべる。

「う~ん。出来れば、黙って終わるのを待ってたかったんだけどね。彼が出てきたんなら、他の人じゃどうにもならないでしょう?」
「そうだな……ならば、俺も出よう。……衛宮、お前はどうする?」

 最初意外、結局動こうとしなかった恭也も、獲物である二振りの小太刀を手に立ち上がる。

「全員がここを出払うわけにはいくまい。……俺は留守番をしておこう」

 視線だけ向けられて尋ねられた士郎は、肩をすくめるようにして答えた。

「ああ。なら任せる」

 恭也は特にそれを気に留めることもなく、舞台から戦場へと飛び出し

「……ずるいなァ、士郎くん」
「―――さて、ね」

 振り向いてからかうように言って出て行く菊之介に、士郎は皮肉げに苦笑して見送った。



 『十二姫士』やその部下達によって作られた処刑台までの道。
 羽織った着物をなびかせて、仰はその道を悠々と進んでいた。

「……ん?」

 ふと、上から圧力が降って来るのを感じて、空を見上げる。
 仰の能力で曇天のままの薄暗い空から、赤い外套をなびかせてその男は剣を振りかぶり落ちてきた。

「ハアアァアア……ッ!!!」

 気合の声が戦場に響く。
 巨大な力を込めて振り下ろされた刃を、仰はとっさに腰から引き抜いた長ドスで受け止めた。

「っと……よぉ、久しぶりじゃねェか、菊之介」
「ああ、本当に。三十年ぶりだったっけ?」

 かつて共に戦った、『七人の勇者』が一角。
『七福鬼神』河川菊之介が、鋭い眼差しのまま微笑を浮かべて剣を振り切った。

「『六英雄』の『七福鬼神』川河菊之介だ!!!」
「離れろ! あの二人の一騎打ちだァーー!!!」

 ただ一太刀の攻防で発生した衝撃波に吹き飛ばされた周りの人間が、慌てて二人から離れていく。
 それを確認する間もなく、二人の剣が一度二度とぶつかり合い、発生した衝撃が辺りを蹂躙していく。
 巻き込まれただけで命を落しかねない攻防を繰り返しながら、当の本人達は涼しい表情で剣を合わせて行く。

「オメェもアイツら側に回るのか? 俺はてっきり、横島の野郎みたいに出て来ねェと踏んでたんだが……」
「はは……。出来れば、そうしたかったんだけどね。彼女の血筋が本当なら、辞めるわけにはいかない」

 鋭い視線のまま、菊之介の中国風の大太刀が遠心力を加えて振り回される。

「僕の方こそ驚いたよ。君があの『魔王』の血筋を懐に入れて育ててたのは……あの血筋が残る危険性は、君だって十分承知してるはずだと思ってたんだけど。まさか、耄碌でもしちゃったかい?」
「まさか。俺ァいたって正気だぜ」

 それを半分鞘に収めたままの長ドスで受け止めながら、仰は飄々として答えた。

「はは……なら、話は早いね。仰、昔のよしみで頼みを聴いてくれないか?」
「ほォ……俺にどうしろと?」

 ニヤリと口の端を吊り上げる仰に、まだ穏やかだった菊之介の表情が一瞬で変わった。

「エルリアから手を引いて、国に帰れ!! これ以上の戦火は、犠牲を増やすだけだ!!!」
「…………」

 剣撃の音にも負けない大喝の声が、仰のみならず離れてこの戦いを見ていた回りの兵たちにも伝わった。

「今ならまだ間に合う。これ以上戦争を続ければ、最悪の結果にすらなりかねない……ッ。手を引いてくれ、仰!!」

 剣をぶつけ合いながら、まるで懇願のような菊之介の言葉。
 それに仰はほんの僅かに目元を緩ませるように細めて、

「……フフ……ガラガラガラガラ!!!」

 仰のまるで雷鳴のような哄笑が、戦場中に響き渡った。

「親方様……」
「笑ってる……」

 聞こえた『魔神軍』が、僅かに顔を青褪めさせて視線だけを向ける。
 彼らは知っている。
 仰がこんな風に笑うときは、楽しくて笑っているわけではないと言う事を。
 それはまるで雷や火山のように、喜怒哀楽の感情を超えた場所にある、圧倒的な力を内包したモノだと言う事を。
 
「……なァ、菊之介」

 仰は唐突に哄笑を納めたかと思うと、ぞっとするほど低い声音で菊之介を見据えて言った。

「テメェこそ耄碌しちまったんじゃねェのか? アイツは……エルリアは、俺と盃を交わしたんだぜ?」
「…………ッ」

 菊之介が詰まるように息を呑んだ。
 それが意味するところを、十分に分かっていたから。
 かつての戦友時代、この目の前の男と『五分の盃』を交わした自分達ならば。

「オメェならその意味が分からねェはずねぇよなァ?」
「ッ、だが……」
「俺と盃を交わしたからにゃあ、そいつの親が何者だろうが俺の子供よォ!!!」

 みなまで言わせず、仰が“吼えた”。

「!!?」

 瞬間。
 仰を中心とした四方半里一帯に居た兵士達の半数以上が、一斉に意識を断ち切られた。

「!!!」
「え!? おい、どうした。しっかりしろ!!
「危ねェ! 意識が飛んだ」
「おい、眼を覚ませ! しっかりしろ!!」

 ワケが分からず混乱する者、ギリギリのところで堪えた者達が、倒れた者を支える。

「これは……親方様の」

 それを横目に戦場を駆け抜けながら、仰の援護にと近付いてきていた『十二姫士』トーカ・キリヤナギが呟いた。

「対魔力の弱い者、気の弱い者は下がれ!! 今のは『魔神』の『傲慢』の『権能』だ!!!

 その力の意味を知る『連合軍』古参の団長が、声を張り上げて意識を失った部下の回収を急がせた。



「…………ッ!!」

 真正面から『傲慢』の圧力を受けた菊之介が、気圧されて僅かに怯む。

「分かったか、アホンダラ。俺に手を引けなんざ、100年早ェ!!」

 仰はそれに畳み掛けるように、さらに『傲慢』の圧力を上げながら鍔迫り合う刀に力を込める。

「誰にも……誰にも止められなくなるぞ……!! 滅びに向かって暴走する、この世界を……!!!」
「恐れるに足らん!!! 俺ァ『天破』だ!!!」

 叩き付けるような宣言。

「う、うわあぁあああーーー!!!」

 『傲慢』の『権能』である圧倒的な気迫が、物理的な圧力を伴って当たり一帯を吹き飛ばした。
 巻き込まれた兵士達が、例外なく意識を失って吹き飛ばされた。



「さすがだな……」
「まぁ、あの二人が戦えばなぁ……『武神』と『武頼』の比じゃねーだろう」
「…………」

 それを高台から見下ろしていたフレンとルードビッヒが、冷静さを装いながら慄くように声を震わせた。
 その横では鎖に繋がれたエルリアが、不安そうに二人の戦いを眺めている。

「下手をすれば、どっちも無事では済まない……か」
「親方様……!!!」

 フレンの言葉に、とうとう耐え切れなくなったようにエルリアは叫んだ。

「来ないで下さい! 親方様ァーーー!!!」
「…………」

 怒号と剣撃の中、エルリアの張り上げた声に気付いた仰が、視線だけを処刑台に向ける。

「聞いたんですよ!! 貴方がワタシを助けたのは、私の中にある“『魔王』の血筋”が欲しいからだって……」
「な、何を言ってるんですの、あの娘……」

 同じく声に気付いた『十二姫士』カレルゥが、驚いて思わず厳しい視線を処刑台に向けた。

「馬鹿にしないで下さい! ワタシがどれだけあの魔王(おとこ)を嫌っていたか、貴方は知っていたはずでしょう!? こんな屈辱はありません!!!!」
「幾らなんでも、口が過ぎるぞエルリア……ッ!!」

 仲間の道と範囲を確保しようと魔術を連発していたチグサもまた、睨みつけるように処刑台のエルリアを見据える。

「帰ってください!! 貴方なんかに、助けられたくはありません!!!」

 泣き叫ぶような声音で声高に叫ぶ。
 自分に失望してもらうために、もうこれ以上大切な仲間に傷付いてもらわないために。

(お願いです……帰ってください。これはワタシの失態です。皆まで巻き込んでしまったら、ワタシは本当に……ッ)

 目に涙を堪えて、唇を噛み切るほどに噛み締めて。
 それでも眼を逸らさぬように仰を見据え、

「……エルリア、言いてェことはそれだけか?」
「!!?」

 その声は静かでありながら、耳元で呟かれたようにハッキリと聞こえた。

「言った筈だ!! 俺がお前の父親になると!!!!」
「!!!」

 響き渡るその声に、盃を交わした日のことが甦る。

 ―――これは?
 ―――俺の居た世界のモノでな。『七三分の盃』という
 ―――こいつをこうやって飲み交わすことで、親分子分の契りを交わすんだ
 ―――呑みな。これでオメェも、今日から俺の娘だ……!!

 とうとう堪えきれず、涙が溢れた。

「親が子供を助けんのに、理由なんかいらねェさ……」
「親方……様」

 ボロボロと涙を流すエルリアに、穏やかに笑いかける。
 そして視線厳しく菊之介に向き直ると、全身の神力を筋力に当てて刀を振りかぶった。

「そろそろ邪魔だぜ? 退きな、菊之介!!!」
「ぐぅ……ッ」

 叩きつけるように振るわれた一閃の圧力に、菊之介が堪えきれず態勢を崩す。

「ちょいと飛んどけ……」

 そこを見逃さずに振るわれるのは、腕に巻きつくように発生した小型の嵐。

 ―――大嵐桜剛

「うおぁあああ~~~~!!??」

 叩き付けられた風の一撃に、菊之介が飛ぶように吹き飛ばされた。

「エルリア……仮にも親にあんだけでかい口きいたんだ。帰ったら説教じゃ済まさねェぞ?」

 そう言って処刑台のエルリアを見る仰には、不敵な笑みが浮かんでいた。





[20131] 十四幕 ―『兇夜』―
Name: キー子◆d13b36af ID:dcf8efe5
Date: 2010/07/25 11:20



 処刑台の上で、エルリアは鎖に繋がれながら蹲るように涙を流していた。

「…………!」

 ―――ちょっと待ってな、エルリア

 胸のそこから湧き上がる想い。
 自分では受け止めきれないものが涙になって溢れていく。

「………………!!」

 ―――アンタに手を出した連中は、誰一人ただじゃ済まさない!!!

 流しても流しても涙が止まることが無い。
 溢れても溢れても胸の奥から湧き出す想いが止まらない。

「……………………ッ!!!」

 ―――親が子を助けるのに、理由なんかいらねェさ……

 思い出されるのは、この戦場の中で掛けられた仲間たちの様々な声や言葉。
 こんな自分を決して諦めてくれない、大事な姉妹たち。

「…………」

 やがて涙の止まった顔で、エルリアはゆっくりと顔を上げて戦場を見据える。
 その頬に、涙の跡を残したまま。

「……どうした?」
「……もう、どんな未来も受け入れる。差し伸べられた手は掴む、アタシを捌く白刃も受け入れる……。そうでないと、それこそ皆に申しわけが立たない」

 静かに尋ねてくる当麻に、エルリアはひどく穏やかな声音で答えられた。

「……そうか」



 戦場では、吹き飛ばされた菊之介を見て『連合軍』が動揺に揺れていた。

「そんな……!!」
「『七福鬼神』が敗けた!?」
「親方様!!」

 そんな敵の隙を縫って、暁製のヒラヒラとした服を着た侍のような出で立ちの少女が仰の前に馳せた。

「ん? トーカか」

 トーカ・キリヤナギ。
 仰の近衛兵長であり、『十二姫士』が一角。

「は! 近辺の掃討は部下に任せてきました。某も微力ながら、お供仕ります」
「そうか……巻き込まれんじゃねェぞ?」
「御意!」

 侍さながらに一礼すると、トーカは仰の獲物に似せた刀を抜いて仰と共に駆け出した。



「!? 親方様、あれを……!!」
「あァ、分かってる……」

 トーカが指差す先。
 一人の男が佇んでいた。
 黒いコートの下には、やはり黒い上下の服装。
 その両手には、白と黒の二刀小太刀。

「さぁ仰。あの時の決着を着けようか……」
「不破……恭也……!!」

 『六英雄』が一角。
 『兇夜』不破恭也が、迫る仰を迎え撃った。

「―――シィッ!!!」

 黒い小太刀を一振り。
 それだけで、まるでカマイタチのように斬撃が飛ぶ。

「……っと」
「くっ!!?」

 それを仰はヒョイと。
 トーカは何とか避けて、一瞬足を止める。

「……ずいぶんと腕を上げたじゃねェか」
「当然だろう……」

 斬撃の跡を見て仰が感嘆するように賞賛する。
 それに恭也は無表情のまま、両手に小太刀を構えた。

「貴様を倒して最強の称号を手にするためなら、俺は幾らでも強くなってみせる」
「! ……あれが、『兇夜』の『魂鋼』……黒白の二刀小太刀」

 薄暗いこの戦場の最中にあって、その二振りの刀は自らが白と黒の光を放つように輝いて見えた。
 『兇夜』が振るう、最早伝説にもなっている二刀の小太刀。
 白の神刀―――守り刀『御神』。
 黒の妖刀―――斬り刀『不破』。
 至高の防衛能力と究極の攻撃能力を持った、恭也の代名詞ともいえる二振り。
 同じ剣士として、その刀の持つ力を観たトーカが、慄くように――あるいは見惚れるようにその刃を見た。

「トーカ。呑まれるな!」
「!?」

 仰の声に、はっとする。
 いつの間にか自分は、あの刀に吸い寄せられるようにフラフラと歩み寄っていたようだった。

「気をつけろよ。あの野郎の刀は、自分から吸い寄せられるように首を曝しちまうからな……」

 仰の言葉を聞いて、トーカはゾッとした。
 ただ刀を見ただけで、自分から首を斬られに行くなど。
 どれだけ規格外の存在なのかと。

「とはいえ、振るってもいないのに吸い寄せられるたァ。よっぽどオメェの刀への感受性が強いのか、あいつが立ち姿だけでそこまでさせるほど腕を上げたのか……」
「抜け、仰」

 面白がるように言う仰に、恭也は表情を変えないままに剣の切っ先を仰ぎに向けた。

「困った野郎だぜ。今は付き合ってやる時間はねェってのに……」
「…………」

 苦笑して言う仰に構わず、恭也の剣が振るわれる。

「おっと……」

 仰はそれを“受けずに”、すこし大げさなほど大きくその黒刀を避ける。
 そのまま地面を蹴り、大きく恭也から距離を離す。

「言ったろう? 俺ァ先を急ぐんだ。相手はまた今度シテヤルヨ」

 仰の言葉が異様なほど早く。
 いや、仰だけではない。
 恭也の周囲の全てがより早くなっていく。
 まるでビデオの高速再生のように。

「…………ッ」
「これは……親方様の『怠惰』!」

 同じく仰の『権能』に巻き込まれたのトーカが、辺りを見回す。
 相手と自分の『体感時間』を操る権能。
 これを使われれば、何が起きたのか理解できないままに敗北を喫する事さえある。
 だが、

「―――舐めるなッ!!」

 ―――御神不破我流術 奥義之陸 薙嵐


「!?」

 仰を襲うのは、同一の白黒の刃による“同時十二斬撃”。
 仰はとっさに腰の刀で受け止める。

「…………」
「――――」

 仰が驚きに眼を見開き、振り抜いた恭也はその冥い瞳で真っ直ぐに仰の眼を見据える。
 そして傍に在ったトーカは、呼吸すら忘れたように息を呑んでその光景を見てた。

「ば、かな……親方様の『怠惰』に追いついたというのか?」

 いつの間にか『怠惰』の解けた空間で、トーカが呻く。

 抜刀からの連続十二連撃。
 それらを“同時”に行う、恭也が編み出した流派の発展型。
 士郎曰く、『次元屈折現象』。
 魔力もなしに魔術を使うという、出鱈目の極地。
「彼の侍以外に、こんな出鱈目なマネが出来る者が存在するとはね……彼女が知ったらどうなる事やら」とは、これを見た士郎の言葉。

「いや、それ以上に……」

 だが、驚くべきはそこではない。

(親方様が、剣を“抜かされた”―――ッ!?)

 あの仰が『怠惰』の掛かった空間内で、自分の行動を“強制させられた”。
 仰に仕えてから十数年。
 ただの一度でさえ見たこともない光景に、トーカは鯉のように口をパクパクとさせるだけだった。

「……抜いたな。仰」

 薄っすらと笑みを浮かべる恭也。

「それでいい。これでようやく、存分に戦える」
「!!?」

 空いた右手の白刀が、仰の頚動脈を目掛けて奔る。

「親方様!?」
「チィッ……!!!」

 驚愕に、一瞬動作が遅れた。
 ギリギリで避けた仰の首筋に、赤い線が伝った。
 それを気にする間もなく、恭也の剣閃が文字通り閃きの速さで仰を襲う。
 剣術という分野では一枚も二枚も上手である恭也を相手に、仰は防戦一方となる。
 それでも何とか耐えるように仰の剣を受け止め、

「!!!」
「……が、ぁ」

 突然伸び上がってきた仰の蹴りに、顔を打ち据えられて仰は吹き飛んで転がった。

「……つ……強い……!! これが、世界最強の剣士……かつて親方様と共に戦った男」

 動く事すら出来ず、ただ傍観に徹するしかなかったトーカが、呻くように呟く。

「……どうした? 立て、仰。この程度で動けなくなる貴様ではあるまい」
「…………」

 仰向けに倒れている仰に、恭也が声を掛ける。
 これだけ圧倒的な優位に在りながら、その表情には余裕も油断も何一つとしてない。
 氷のような表情のままに、倒れる仰に恭也は小太刀の切っ先を向ける。

「全力を出し切れ。あの時代、間違いなく『最強』であった『大逆七業』として!」

 言葉にしながら興奮してきたのか。
 恭也の声に激昂が混じる。

「……ッ、ガラガラガラ…………ッ!!!!」

 倒れていた仰が、突然大声で笑い始めた。
 それは本心から楽しんでいるような、清清しいまでの呵呵大笑。
 笑いの余韻も納めないまま、仰が地面から起き上がる。

「あァ、悪かったな。テメェを舐めていた。まさか、ここまで腕を上げてたなんてなァ……」

 立ち上がると服に付いた汚れを叩いて落す。

「ありゃあ『神速』……じゃねェよな。アレじゃあ俺の『怠惰』には絶対に追いつけねェ……」

 ―――『神速』。
 それは仰たちが昔、恭也から聞いた彼らの流派の奥義の一つ。
 特殊な訓練と集中力の果て、自分から意図的に脳と肉体のリミッターを外して行動する奥義。
 それによって『遅滞した時間』の中、『自分だけが普段どおりに動ける』というある意味『怠惰』に似た事を起こせるとうい業。

 だが、その業は仰の『怠惰』に敵わなかった。
 恭也の『神速』があくまで己の時間感覚しか操れなかったのに対し。
 仰の『怠惰』は自分も含めて、『自分の周りに存在する全て』の時間感覚を操れた。
 どれだけ早く動けても、動いた分だけ遅くされてしまえば、結果は+-0あるいは-にしかならない。

「いいや。あれもまた『神速』だ」

 そう言って恭也は首を横に振った。

「……ただし、気と“内功”による身体制御と肉体操作を駆使して、その上で四度『神速』を重ねたものだがな……俺はこれを『殺那』と名付けた」
「“あれ”を四度も重ねたか……脳の神経が焼き切れるぞ?」

 仰が眼を細めて言う。
 恭也の『神速』は、脳と肉体のリミッターを外したもの。
 そしてリミッターというものは、付いているのにはそれなりの理由がある。
 そうでありながら、付いている脳や肉体のリミッターを何度も外せばそれなりの代価を支払う事になる。

「かもしれんな。……だからどうした?」

 だが恭也は、ただ一言で切り捨てた。

「……なに?」
「貴様に勝つためだ。この非才の身では、その程度の犠牲も無ければ貴様のような“怪物”に届くような刀は振るえんのでな。……むしろ、その程度の犠牲で済むのなら釣りがくる」
「……そうかよ」

 恭也が言っている事に嘘は無い。
“非才”という言葉に間違いはない。
 この世界に異世界から呼び出された『七人』の異邦人達。
 その中で唯一人、この不破恭也という人間には文字通り“特別な才能”というものは何一つ無かった。
 こちらの世界で習得できた『魔術』ですら、彼には微々たる量の魔力(さいのう)しかなかった。
 呼び出された彼が唯一持って居たのは、二振りの小太刀と廃れて忘れ去れたような古流剣術のみ。
 だが……

「俺も散々“怪物”だの“化け物”だの呼ばれたが……テメェの方が、よっぽどバケモノに見えらァ」

 だが逆に言えば。
 目の前のこの男は、ただそれだけモノで彼の『六英雄』の一角に―――世界最強の戦力の一人に数えられたのだ。
 本当に、ただ二振りの小太刀と、廃れて忘れ去れたような剣術だけで。
 今では伝説とまで謳われる二刀の小太刀ですら、元は何の変哲も無かったただの鋼の剣。
 それを何十年もの間、地と肉と敵の魔力を受け続け、いつの間にか概念武装と化していたのだ。

 それはつまり、ただ己の身一つでそこまで登りつめて来たということに他ならない。
 彼は特別な才能も特殊な能力も持たない。
 しかし、それでも彼は『世界最強の戦力』の一角なのだ。

「……これ以上の言葉は無用。後は剣にて語ろうか」

 鋭い表情のまま、二刀を構える恭也。

「ガラガラガラ……。相変わらず、詰まらねェ野郎だぜ」

 それに笑って答えながら、長ドスを逆手に持って鞘に収める仰。

「…………」
「…………」

 無言。
 静寂。
 辺りではまだ戦争が続いているというのに、彼ら二人の空間には何一つ音が聞こえない。

「さて、恭也。久しぶりの決闘だったが、そろそろ幕とするか」

 やがて、ポツリと仰が語りかける。

「何を……勝ったつもりか?」

 スッと眼を細め、意識を集中。
 自らの感覚を『刹那』に切り替える。

「さて、ね……」
「ハッタリ……を言うヤツではないか。良いだろう、何をする気か見せてみろ!」

 言いながら仰に飛び掛る恭也。
 その中で、恭也は現状に言い知れない違和感を感じていた。

(? ……なんだ?)

 両手の小太刀が、仰の首を狙う。
 違和感を抱いたまま振るわれた太刀筋は、それでも一切の迷いも鋭さに遜色も無い。
 だが。

「無駄だ」

 仰の逆手抜刀の一振りに、それは容易く弾かれた。

「む!?」

 そして同時に感じていた違和感の正体にも気付く。

(―――反応した? 馬鹿な、『怠惰』は切れているはず……)

 仰が恭也の動きに遅滞なく反応できている。
 それこそが、違和感の正体。
 ほんの数秒前まで、仰は『怠惰』の『権能』―仰の体感時間を上げ、恭也の体感時間を遅くする―を使ってようやく恭也と五分だった。
 いや、それでも僅かに恭也の方が速さは勝っているくらいだったはずだ。
 だというのに、今その『権能』が切れている状態で仰は恭也に追いついて見せた。

(まさか、まだ『怠惰』が続いている? ……いや、それはない)

 自分たち以外のモノクロの風景を見て、それを確信する。
 先ほどまでのスロー再生のような景色ではなく、まるで静止画のように完全に停まっている世界。
 自分の『刹那』は、正常に機能している。
 ならば、何故―――?

「本気で行く。加減は出来ねェ、死んでも恨むなよ?」
「―――何をしたかは知らんが、相変わらず大した男だ。やはり『最強』の称号は飾りではないということか……」

 驚きに見開いていた表情を引き締め、恭也もまた抜刀の形に刀を納める。

「そしてそれでこそ、俺が挑む価値がある」
「お互い生きていれば、またどこかで会えらァな……」

 恭也の決意の声に仰は軽口で応え、

「「――――――!!!!」」

 次の瞬間。
 互いの姿は完全に掻き消えた。

(受けてみろ。俺が導き出した、剣の最奧を……ッ!!!)

 ―――御神不破我流術 奥義之極ッ!!!

 恭也の世界から、色彩が失われ、輪郭が失われ、光が失われる。
 完全に閉ざされた闇の中。
 煌くような輝きを放つ、一筋の剣の軌跡が延びていた。
 それは即ち、必殺を約束する必勝の剣筋。

 

―――閃乃窮―――



(―――殺ったッ!!!)

 その仰の首筋に恭也の『不破』が喰いこみ、自分の勝利を確信した。
 次の瞬間、恭也の意識は一瞬で暗闇に飲まれた。。
 


「―――ぜェハァ、ハァ、ハァ、ハァ……ッ」
「お、親方様! ご無事で?」

 地面に膝を付いて荒く呼吸を繰り返す仰に、トーカが駆け寄る。

「ああ、トーカ。危ねェから今は近付くな、『暴食』が発動する」
「あ……はい」

 トーカを押し留めると、仰はゆっくりと呼吸を繰り返す。
 仰が呼吸をする度に、仰を中心として大地が乾くように死んでいく。
 やがて恭也の傷がある程度癒えた頃には、恭也の周りは渇ききった砂場になっていた。

「……ふぅ」
「親方様、お見事でした。某程度の目では、最後は何が起こったのか見る事も叶わなかったのですが……」

 恭也の回復が終わったのを見計らって、もう一度トーカが近付いて来る。

「ガラガラガラ……!! それでも最後意外はそこそこ追いついてたんだろう? それだけでも大したもんだよ。他の娘達の中で、一体何人が今のを全部見れたことか……」
「親方様? 結局、最後は何をされたのですか?」
「あァ。『怠惰』で自分の速度を上げたのさ。普段使ってる、『相手の速度を落とす』分まで使ってな」
「『怠惰』で? しかしそれなら、最初からそれをされていれば……」
「グラグラグラ!!! なんせこんな使い方した事無かったんでなぁ。ぶっつけ本番てやつだ」
「な……っ」

 仰の言葉にトーカは息を呑む。
 それはつまり、仰はさらに成長したと言う事なのだから。
 未だに強くなる己の主にトーカが畏敬の念を募らせる。
 それに気付かないまま、仰は倒れた恭也を楽しげに見据えていた。

「しかし、恭也の野郎、本当に腕を上げやがって……。次はもう勝てねェかもしれねーな」





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