40年は人間に例えると「不惑」の年に当たる。40年も生きてくると道理も分かり、いろいろな問題にぶつかっても惑わなくなる-。論語の中で、孔子が言った「四十にして惑わず」が語源である。
1971年就任以来、あと1年で10期40年を全うするはずだったこの人は、どんな心境で辞職を決意したのだろうか。首長として「不惑」を迎えるのを前に、かなり思い惑ったようである。福岡県町村会の汚職事件で贈賄罪に問われている山本文男添田町長(84)のことだ。
今年2月の逮捕から約5カ月。町議会から辞職勧告決議を受けても進退を示さなかった。その後、いったんは辞意表明しながら直後に覆すなど周囲を翻弄(ほんろう)してきた。しかし、リコール(解職請求)の是非を問う住民投票の実施が決め手となり、決断したようだ。町長辞職で結果的に住民投票は行われず、出直し町長選が8月17日告示、22日投票と決まった。
だが、町政の先行きは依然、不透明といえる。保釈後、初の本会議となった3月定例会でも山本町長は、汚職事件に関する説明や謝罪を一切しなかった。
辞職願も「一身上の理由」とあるだけで、町長自身は「今後」について明確に語っていない。このため、町内では「リコール回避が目的」との批判や「出直し町長選に出馬するのでは」といった疑念が消えず、町民をも惑わしているのだ。
町長は辞職願提出に先立ち、町職員に対して「長い間お世話になりました。今日で退職します」とあいさつしている。この言葉を素直に受け止めれば、政治活動から引退するということだろう。
一方、町長の後援会長が「町長の意向を確認しないといけないが、私としては頑張ってほしい」とも述べている。これでは真意を語らないままの町長に、町民が不信感を募らせるのも無理はない。
山本町長の逮捕以降、添田町では町政刷新派と町長擁護派が町を二分して対立するなど混乱が続いている。数人で世間話をしている時も両派に割れ、気まずい思いをした町民もいるほどだ。
6月末にあった任期満了に伴う町議選(定数13)では、刷新派と擁護派がそれぞれ5人ずつ当選した。残る新人議員3人は態度を明確にしていないが、双方の勢力が拮抗(きっこう)していることは変わりない。このまま町長が沈黙を続ければ、町政の混乱がさらに広がることも否めない。
「(リコールの)投票になると町内に禍根を残す。何としても避けたい」と周囲に本音を漏らしていたという山本町長も、それは本意でなかろう。
辞職願の提出は、汚職事件の責任を取った本当の「けじめ」なのか、それとも復権を狙った戦略の一環なのか。
裁判で山本町長は起訴内容を全面的に認め、謝罪している。これ以上、町民を惑わすべきではない。町の正常化こそ、町民の願いである。山本町長は事件について率直に町民へ謝罪し、辞職についての説明責任を果たすべきだろう。
=2010/07/14付 西日本新聞朝刊=