少し長く独断的に語ります。
原作小説回転篇及びOVA第89話「夏の終わりのバラ」より
ヒルダは、全能でも万能でもなかったから、このようなとき、皇帝の精神の傷口にどのような薬をぬるべきか、自信などなかった。(以下略
「陛下は、罪をおかされたとしても、そのむくいをすでにうけておいでだ、と、私は思います。そして、それを基調に、政治と社会を大きく改革なさいました。罪があり、むくいがあって、最後に成果が残ったのだ、と思います。どうかご自分を卑下なんさいませんよう。改革によって救われた民衆は、確かに存在するのですから」
そして、この「慰め」が、なぜか二人のベッドインへと移行し、後日のアレク誕生へと繋がることになるので、この場面は伏線としても重要です。
これは、作中ではヒルダの名台詞という位置づけなのでしょうか?
私は、この台詞こそ、ヒルダのラインハルトへの不必要な甘やかしの産物であり、ラインハルトの為政者としての覚悟の無さの象徴であり、作者の不見識の極みであると思っています。
考えるまでもなく、ヴェスターラントで死んだ人やその遺族にとって、ラインハルトがキルヒアイスを失ったことなど関係ないはずです。
ラインハルト個人にとって、キルヒアイスがどれ程重要な存在であろうとも、赤の他人には知ったことではないのです。
それは、「改革によって救われた民衆の存在」も同様です。
そんなことで、ラインハルトの罪がいくらかでも軽減されるはずと考える発想そのものが間違っているし、してはいけないのです。
そもそも、やらなくてもいい回廊の戦いで何百万人もの兵士を戦死させるのは平気で、ヴェスターラントの200万人にだけ罪悪感を感じるなんておかしいだろと突っ込みたいのですが、ここではこの件はひとまず置いておきます。
銀英伝は、所詮、ジュブナイル小説、お子様向け小説なんだから、そう目くじら立てなくてもというご意見もおありでしょうが、私は逆に子供向けだからこそ、このような論法が通じると活字で教えて欲しくないのです。
では、ヒルダはどうすればよかったか?
どのような台詞を言えば、彼女の「賢く優しい女性」というキャラを崩さずに、あの場面を乗り切ることができたか?
私は、そもそも傷ついたラインハルトに対し、その傷口に「薬をぬる」という発想自体が甘やかしだし、間違っていると思っています。(もしぬるとしたら、薬ではなく塩でしょうw)
「その傷を生涯抱えて生きて下さい。失った命は、どれ程罪を悔いて、その報いをどれ程受けようと戻りません。陛下はそれだけのことをしてしまったのです。私もあなたの臣として、痛みを共にして参りますから」
私だったらこう言わせます。
失った200万人の人命は、彼が友人一人を亡くしたからといって償えるものではない、それほどに重いのだということをヒルダには理解できなかったようです。
だいたい大量殺戮をしておいて免罪されたいなどと思うなら、最初から皇帝など望まない方がいい。
自ら望んで独裁者になったのなら、とことん帝国を私物化し、何億人死なせようと「それがどうした!」と開き直るか、逆にとことん人命尊重して流血を阻止するべく最大限の努力をするかどっちかですよ。ラインハルトは、結局、開き直る強さも、人の命を守ろうというモラルもなかったから、こんな中途半端な独裁者になってしまったのです。
そして、そんな自業自得で作った傷に、変な薬をぬってやる人がいるから、本人結局自分の過ちを最期まで自覚できず終わったんです。
コアなファンの非難を承知で言えば、作中で、ヒルダとフレデリカは、主人公をよくサポートし、内助の功を発揮する良妻として描かれていますが、私には、男を甘やかしてダメにしてしまった宇宙一の下げまん女に思えました・・・
作中、ヒルダは、ラインハルト亡き後の帝国を引き継ぐ最適な統治者として、優れた政治センスを持つ女性と何度も念を押すように書かれています。
しかし、正直私には「どこが?」と思えてしまえるのですよね。
彼女の言動は、常に「ラインハルトの為」のものであって、そこに「国民の生命や生活を守る」という為政者側として不可欠な視点が全くありません。
ずっと思っていたのですが、ヒルダは何の為に働いていたのでしょう?
当初、リップシュタット前にローエングラム陣営に与した時点では、家門を守るということだったようですが、それが達成されてからは、如何なる志があって女の身で軍に身を置いていたのでしょうか。
もちろん、彼女は財産を没収されなかった伯爵令嬢ですから、我々庶民のように、生活の為に稼がなければならない事情もありません。
極論言えば、彼女が働く最終目標は「ラインハルトの歓心を得る」ことにあり、ラインハルトにとって自分が如何に有能で不可欠な助言者であるか認識させることができれば、国民が何千万人死のうが、一般兵士が何百万人戦死しようが、知ったこっちゃない、これが実は作者自身も気づかなかったヒルダの本質なのではないか---と、私には思えちゃうんですよね。
でも、私にはいっそそれならそれで、はっきりそう書いてくれた方が、ヒルダというキャラがより多くの読者(特に女性)の共感を得られたのではないかと思えるんです。
それをカマトトぶって、最初は全然恋愛感情なんてなかったように書くから、かえって嘘っぽくヒルダというキャラがあまり同性に好かれないキャラになってしまったのではないかと。「ラインハルトに一目ぼれしてしまい、彼の気を引く為なら何でもする女」いっそヒルダをこういうキャラということにしたら、私は彼女の吐いた「嫌いな台詞」にも納得できるんですが。
これがヒルダの本質だとしたら、ミッターマイヤーやミュラーなど彼女を認めるローエングラム陣営の将帥の中にあって、オーベルシュタインとロイエンタールの二人だけが、ヒルダの存在を快く思っていないような描写が度々見られる理由も頷けます。
表面的に見れば、オベさんは「ナンバー2不要論」、ロイは女嫌いが理由のようですが、よく言えば屈折のない直情型、悪く言えば単純な思考傾向の人達ばかりの軍首脳部にあって、この二人だけが、心に影の部分を持っていて、当人でさえ気づかないような、他人の奥底にある負の部分を敏感に感じ取ったのではないか?と、やっぱり屈折している人間の私は思えてしまうんです。
そして、ラインハルトくんですが、こう言ってはなんですが、あの程度のこと(と、あえて言ってしまいます)で、一人で立ち直れない程傷つくなら、最初から彼には、君主としての覚悟がなかったことになります。
彼は市井の一青年ではなく、自ら望んで武力によって権力を奪取した独裁者です。
ならば、あれくらいの非難は、想定内のことでなければいけません。
それを「あなたも友人を亡くしたのだから報いを受けている」などという見当外れな論法に慰められるようでは、為政者としての適正がないと言わざるを得ません。
更に暴言吐いてしまえば、ラインハルトくんは、何億人単位もの人の上に立つ器ではないわ。トップになるとしたら、せいぜい人口10万人の市長さんレベル、いや1万人くらいの村長か町長レベルでしょう。
まあ、彼を「人類史上最大の征服者」「民主主義の脅威となるほどの理想的専制君主」と表現しておきながら、それに説得力をもたせられなかったのは、ひとえに原作者のあの当時の力量不足ということなんでしょうが。
更に更に暴言吐いてしまうと、ローエングラム軍首脳部のメンバーの中で、私にはラインハルトが一番人間の器が小さいように見えてなりません!
彼には、統治者の覚悟も責任感もなければ、自分を否定する人間を容れる度量もありません。ヒルダのように、ひたすら甘やかして、本当に彼の為になることは言わない女をパートナーに選んだ時点で、彼の男としての器も決したように見受けられます。
そんな彼に、歴戦の勇者達が揃いも揃って心酔し、忠誠を誓っているのがどうにも不自然で説得力がありません。特にオーベルシュタインやロイエンタールのような人間が、なんで総合的判断で彼を自分より上と見定めたのか、本当に不思議です。
統治者としての覚悟や責任感という点では、オーベルシュタインはラインハルトを遥かに上回ってますし、男としての度量という点でも、自分を罵倒したエルフリーデを受容したロイエンタールの方が、ずっとあります。ラインハルトは、本当に痛いところを突く女は遠ざけてしまうでしょう。なんせヒルダの言葉程度の諌言や具申が「歯に衣着せぬ」と思っているくらいなのですから。結果、それが彼を最後までいい意味での大人にできなかったのではないでしょうか。
ラインハルトがあの中で一番優れているのは、はっきり言って容姿だけ、としか私には読み取れないんです。
なんでこんなことを断言するのかと言うと、「最終的な決定権を持つ人間が、究極の決断を迫られた時」という場面を想定すると、ラインハルトが一番決断力がなく、その葛藤の重みにも一番耐えられない人間に見えるからです。
アメリカの9.11同時爆破テロが起こった直後、実はハイジャックされてコクピットを乗っ取られたビルに突入する直前の旅客機を、米空軍の戦闘機が追尾していながら、何もできずに傍観し、結局、旅客機は貿易センタービルへ突入してしまって、犠牲者の数は旅客機の乗員乗客を遥かに上回る数になってしまったということが明らかになりました。
そこで当然ながら、もし、ビルに突入する前に、戦闘機が旅客機を撃墜していたら、少なくとも貿易センタービルに居た犠牲者は、死ななくて済んだはずだという声が上がりました。
結局その件は、当時の現場がそこまで事態を把握していなかったことと、追尾していたF16戦闘機には撃墜の権限がなかったということで終わりました。
しかし、その後、もし、また同じことが起こったら、大統領やペンタゴンの首脳部は、犠牲者を最小限に食い止める為に、乗っ取られた旅客機に撃墜命令を出せるのか?という話題が持ち上がったのです。
もっと想像力を逞しくすれば、その旅客機に、仮に自分の家族が乗っていたとしても、より多くの人命を救うために、撃墜命令を出せるか?と。
多分、その決断ができる人間でないと、国や軍隊のトップに立つ資格はないのでしょう。この議論も結局のところ、その後、旅客機の搭乗の際のチェックが厳しくなり、さすがに同じ手口のテロは起こせない状況になったので立ち消えてしまいましたが、私はふと銀英キャラ達を思い浮かべたのです。
もし、彼等がこの立場に遭遇してしまったら・・・
オーベルシュタインは、迷わず撃墜命令を出すでしょう。他の提督達も、逡巡しながらも最終的には犠牲を最小限に食い止めるという自分の職責を選ぶように思えます。それこそ、ミッターマイヤーなど涙をのんで。
しかし、ラインハルトには、絶対にアンネローゼの乗っている旅客機に撃墜命令は出せません。たとえ理屈で、このままでは5分後には、どの道木っ端微塵とわかっていてもできないでしょう。
「姉上・・・姉上・・・」とうろたえるばかりで何もできないうちに時間切れとなり、旅客機はビルに突っ込んで犠牲者10倍・・・これがラインハルトです。
こんな場面の想像が容易についてしまうくらい、ラインハルトというキャラは、脆弱でトップとしての覚悟にも決断力にも欠けるキャラなんですよね。
幸いにも原作中では、そういった国のトップとして究極の選択を迫られるような難しい場面には遭遇せずに済みましたが、若くして死んだことで、永久にそれらの葛藤から逃げられたとも言えますね。
残念ながら、私には原作のどこをどう読んでも、ラインハルトを名君とも優れた統治者とも感じ取れませんでした。
なのになんで20年以上銀英ファンでいられるんでしょう???
これが一番不思議だったりします。
ともとも 2009年08月03日(月)09時25分 編集・削除
昨日からかぶりつきで読んでいます。原作の甘い部分を突きまくる考察力に脱帽です。ヒルダさんは、出てきたときは「おお!!かっこいい女の子が出てきた」と思ったのです。がっ、だんだんヲトメ化していってあげくにハルトとああいうことに・・・。ほんとに伯爵令嬢なのか?貞操観念甘すぎ。張り倒して出てこい!!と思ってしまった。ロイエンタールなら一発で捨てるだろうな。
ライ・ヒルは好きなのですが、そこだけは嫌です。