コラム

さらば経験と勘,株取引は5m秒---arrowheadの登場

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2010/02/09 10:00
新 誠一=電気通信大学教授

 今年から東京証券取引所では新しい株の付け合わせシステム「arrowhead」が稼働し始めた。これまでの付け合わせシステムは2秒に1回の能力だったが,新システムは5m秒に1回の付け合わせが可能だそうだ。

 以前からニューヨーク証券取引所では20m秒に1回の付け合わせを行っている。2008年9月のリーマンショック時には東京で1回付け合わせをしている間にニューヨークでは100回付け合わせを行っていたことになる。先の読めない時代,これでは東京には資金を預けられない。お陰で,昨年末まで日本の株価は低迷することとなった。

 最近は海外資金が戻ってきたと聞いているが,技術だけで株価は決まらない。しかし,株式会社の最中枢である株価付け合わせシステムがリアルタイム化されたことは多方面の技術革新を要求する。

 まず,アルゴリズム取引である。2秒に1回であれば,経験と勘で相場が張れる。しかし,5m秒では人間の出番はない。人間は早くて,100m秒の反応である。尖兵はソフトウエアによるアルゴリズム取引でなければならない。

 アメリカでは,このアルゴリズム開発に米The MathWorks,Inc.の開発ツール「Matlab/Simulink」が使われていると聞いている。これは自動車業界で使われている制御系CADソフトであり,エンジン制御,ブレーキ制御,電動パワーステアリングなどの自動車制御開発に使われている。信号が来たら反射的に操作するアルゴリズム開発が得意であり,リアルタイム制御と呼ばれている。

 5m秒の取引,これはリアルタイム制御である。株取引に制御系設計者が必要とされる。ならば,従来の株の世界の人は不要か? 否,否。5m秒より長い大局観が大事だろう。瞬発力はリアルタイム屋に任せ,長周期の戦略が株屋の居所と思える。それは尖兵ではない。幕僚である。株屋様,前線から下がって偉くなってください。

 株屋はともかく,経営者の生命線である株価が5m秒で変動するなら経営情報システムもリアルタイム化が必要である。それにつながる,SCM(Supply Chain Management)やERP(Enterprise Resource Planning)などのシステムもリアルタイム化しなければならない。

 ご承知のように今日,乱高下を繰り返すのは株価だけではない。食料も,素材も,エネルギーも変化の速度が増している。明日が読めない社会,即応性と戦略性は生き残るために不可欠な二枚看板である。そして,この二枚看板に投資している企業のみが21世紀に存続できる。

 不況である。産業に勝ち組と負け組があるわけではない。産業の中で勝つ企業と負ける企業があるだけである。限られたパイ,ライバルが潰れれば残った企業は安泰である。負け組は不況を声高に呪う。だから,聞こえる声は不況の大合唱となる。しかし,勝ち組は口をつぐんで,ぬくぬくとしている。もちろん,今日の勝ち組が明日の負け組になるかもしれない。だから,勝ち続けられる企業は今に大きな投資をしている。

 東京証券取引所が引いたリアルタイム化の引き金。生き残れる企業は情報化投資をすでに行っている。それが出来ない企業は退場あるのみ。皆様,自社は情報化投資をしていますか? 皆様,お付き合いのある会社は情報化投資をしていますか? それが,21世紀の試金石です。それでは,大学は? もちろん,論外です。

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