世界が変わってしまった日。僕らは立てこもっていた高校の屋上から逃げ出した。
“奴ら”に噛まれ。“奴ら”になった親友を介錯し、放水で“奴ら”を弾き飛ばしてバットとモップの柄で奴らの頭を叩きつぶし、噛まれないように遠ざけた。
悲鳴は止むことがない。街から、学校から、教室から、校庭から、“奴ら”に体を貪り食われる呪詛の悲鳴は止むことがない。
階段を下りてすぐ、目の前を“奴ら”が覆った。
思わずバットを振り上げる。だが、それを降り下ろすことはしなかった。
“奴ら”はすでに死んでいた。
如何に“奴ら”でも、頭にバールを生えさせて生きているはずがない。
バールを振るったのはスポーツキャップをかぶったカナダ人青年。そして僕らは彼を知っていた。
「用務員のエリスさん!?」
高校で雑務をこなす用務員、エリスが僕たちの前に現れた。手には血に塗れたバールと、何故か背中にエレキギターを背負っていた。軽音部から持ってきたのかもしれない。腰の皮袋には数本のバールや鉈が詰まっていた。
前任の用務員が腰を痛めたとのことで、縁があった自動車整備員の問題児を更正目的で校長が配属させたとの逸話が残っている彼は、好みの女性に声を掛けまくっていて一部の女生徒の印象が悪かった。
「おお! まだ生きてる奴がいたのか!! ほっとしたぜ」
流暢な日本語でエリスは勢いよく話しだした。元々口数の多い彼ではあるが、幾分興奮気味で少々怖い。
ほおっておけばいつまでも話し続けるであろうエリスの話題を逸らすために、僕は彼の腕に巻かれた包帯を指摘した。
「これか? ああ、くそッ! 思い出したら痛んできやがった!!」
顔が曇る。噛まれたものは例外なく“奴ら”の仲間入りになるからだ。
「いつ噛まれたんですか?」
「数時間前かな……あの美人の数学教師、急に抱きついてきたと思ったら噛みついてきやがった。さすがにそんなプレイはお断りだったんで押し退けて隠れていたんだ。」
「体調は?」
「ピンピンしてるよ。アドレナリン注射でもあればもっと最高なんだけどな」
僕らは顔を見合わせた。
個人によって“奴ら”になるのに差があるのかもしれない。だが、目の前のエリスは“奴ら”の仲間入りになるカウントダウンが始まっているようには思えない顔色の良さである。
「なんでエリスさん“奴ら”にならないんだろ」
「もしかしたら……噛まれても大丈夫な人もいるのかもしれないな」
そうこうしていると、近くにいた“奴ら”が僕らを包囲し始めていた。随分長く話していたようだ。
「くそッ!」
手にもったバットを握りしめる。噛まれないように近接戦闘をするのは神経を使うため思わず力が入った。
手元が急に軽くなった。
「えッ?」
間の抜けた声が出た。
“奴ら”をさんざん吹き飛ばしてきたバットが二つに折れ、上半分が廊下に落ちたのだ。残されたリコーダーのような大きさの木では奴らに太刀打ちできない。
“奴ら”は僕の事情で襲うのをやめたりしない。
もっとも奴らに近かった僕は、“奴ら”になった女生徒につかみかかられる寸前だった。
「孝!」
幼なじみに名前を呼ばれ、僕は噛まれる覚悟を決めてしまった。エリスとは違って噛まれたら終わりなのに。
ボクッ。
噛まれるというよりは頭を殴りとばしたような音が聞こえた。
随分と時間をかけて、いつの間にか閉じていた瞼を僕は開けた。
そこには振り切った姿勢でバットを構える黒人男性がいた。
「野球部のコーチ!?」
甲子園出場を繰り返していた昔の栄光を求め、高校がスカウトしてきた巨漢の黒人コーチだ。愛称も役職であるコーチと呼ばれて親しまれている。普段学生たちが授業を受けている間は開いている教室を借りて指導内容を決めている。どうやらそのおかげでこの騒動に巻き込まれてようだ。
「小室、バットだ。代わりが必要だろ?」
折れたバットを指さして新たに新品の木製バットを放りながらコーチは笑い掛けた。贅肉がつきはじめた腹も、今では頼もしく見える。
そしてもう一人、見知った顔が増えているのに気づいた。整った顔立ちの白人男性だ。
「ALTのニックさん!?」
高校で英語を教えるアメリカ人であるニックは、手に消化斧を下げている。その斧も、センスのいい白いスーツに青いシャツも赤いもので汚れていた。
「これが噂の防災訓練か? ちょっとしたサバイバル訓練だな。ボーイスカウトを思い出すよ」
皮肉めいた口調で吐き捨てる。心なしかその顔には笑みが浮かんでいた。自分達以外に生存者がいたことで気が抜けたのかもしれない。
その後、僕らは校内で出会った何人かの仲間を引き連れてバスによる脱出を考えついた。
音に反応することが判明した“奴ら”の習性を利用して静かに抜け出すつもりだったのだが、一人の男子生徒がたてた物音で強行突破をすることになった。
「走れ!」
声を張り上げてバスまで走る。すでに“奴ら”に居場所がばれていたので静かにする必要はなかった。
だが、数が多すぎた。
僕たちは広い校庭で囲まれ、抜け出せなくなってしまった。
「くそッ……!!」
思わず毒づくと、空からヒヨコの鳴き声が聞こえた。
ヒヨコの鳴き声は宙を飛ぶ円柱の物体から漏れていた。体育祭で使うようなバトンと同じくらいの大きさである。それはピヨピヨとさえずりながら地面に落ち、鳴き続けた。
奴らはそれに反応した。
僕らを包囲していた“奴ら”はヒヨコの声に引きつかれて群がる。
約三十秒程鳴き続けると、“奴ら”は三十匹ほど群がって円を作っていた。
「伏せて!!」
少し訛った声が耳に届き、反射的に僕らは身を伏せた。校庭から太陽の匂いがした。
爆発。
ヒヨコの声をかき消すようにバトンが爆発する。そばにいた“奴ら”は血飛沫をまき散らせながら手のひらサイズの肉片となって降り注いだ。
「大丈夫だった?」
そばで誰かが僕に話しかけた。鼓膜に残る反響音で眉間に皺を寄せながら僕は見上げた。
「留学生のゾーイさん!?」
赤いジャージ姿で仁王立ちする彼女は留学生のゾーイ。今学期から交換留学生としてこの高校で学んでいた。動きやすい格好が好みで普段から色気を無視したジャージを羽織っている。手には何故かチェーンソーを携えていた。
「これ? 校庭で腐った木を切っていた“奴ら”からはぎ取ってきたのよ。燃料がいつまで持つかわからないけど、役にはたつわ」
僕らの視線に気づいた彼女は何でもないかのように言った。よくよ見れば、彼女の腰にパイプの切れはしのようなものが括りつけられているのに気づく。
「パイプ爆弾よ。奴ら音に敏感みたいだから、キッチンタイマーと科学室の薬品を集めて作ったの。効果はあったみたいね」
楽しそうに彼女は笑いかけた。日本にきて何を学んでいたのだろか。
彼らは殆どの“奴ら”を四人で倒した。
エリスのバールの一撃は“奴ら”の脳に突き刺さり、コーチのフルスイングは“奴ら”の脳味噌が詰まった頭骸骨を脊髄から引きちぎった。ニックの消化斧は“奴ら”の脳天から腹の辺りまでを裂き、ゾーイのチェーンソーは群がる“奴ら”を一匹残らず細切れ肉に整形した。
僕らはバスに乗り込んで高校を出た。
一人も犠牲者が出なかったのは彼らのおかげだ。
僕たちは四人と別れることになった。
“奴ら”に噛まれても“奴ら”にならず、優れたチームワークによる攻撃力を持った彼らと別れるのは褒められたものではなかった。
もちろん、それなりの理由がある。
気づいたのは僕たちがバスから降りた後。
麗が紫藤と同じバスに居るのはイヤだと言い出したので、僕達は一緒にバスを降りた。
僕たちを心配して、ニックとゾーイがついてきてくれた。本当に頼もしかった。
そして、新たに仲間が見つかった。
僕がライダースーツ姿の“奴ら”に襲われたのを助けてくれた人だ。
名前はフランシス。皮のベストに剥き出しの腕に入れ墨を彫っている彼は見たままのバイカーだった。仕事は駅前で英会話の講師をしているらしい。主にスラングの。
彼はこの“奴ら”のツーリング仲間だったそうで、猟銃を持っていた。映画で見るような水平二連式のものではなく、上下に銃口があるものだった。僕は平野のように詳しくないので説明できない。
「知り合いに銃を集めているじいさんがいてな。そいつから借りてたんだ」
何故借りていたのか、僕は怖かったので聞かなかった。
ともかく、彼も“奴ら”にならない体質であった。もしかしたら、もう生き残っているのは抗体を持っている人しかいないのかもしれない。
僕らはそこで気づいた。
フランシスと共にバイクに乗って移動しようとしたときだ。彼の車にはサイドカーがついていて、無理をすれば三人まで乗れた。僕たちも“奴ら”になった人が乗っていたバイクを乗ってエンジンをかけた。
奴らが音に集まってくる。僕は急いでアクセルをいれようとしてそれに気づいた。
“奴ら”が彼らに群がっていく。
彼らはエンジンをまだかけていなかった。それなのに“奴ら”は僕たちを無視して彼らに向かって行った。
「なんで……」
思わず上げてしまった声にも、“奴ら”は反応しなかった。“奴ら”は意思を持って彼らに襲いかかっていく。
そして分かった。
彼らは“奴ら”を引き付ける。
音を立てているわけでもない。
声を発しているのでもない。
彼らはただ居るだけで“奴ら”を引き付けていたのだ。
“奴ら”にも意思があるのかもしれない。仲間にならず、同胞を殺しまくる彼らを“奴ら”は天敵として認識している。
彼ら以外に“奴ら”にならない免疫のようなものを持っている人が居るのかはわからないが、そういった人たちは優先的に狙われてすでに死体になっているかもしれない。
彼らもそれに気づいた。彼らの行動は早かった。
「孝! “奴ら”は俺たちが引き付ける。おまえ達はポリスの所に行け! 俺たちも後で行く!」
返事も聞かず、彼らは行ってしまった。
僕たちは彼らに付いていく“奴ら”の間を縫ってバイクを操った。
僕たちはバスに乗っていたはずのメンバーと合流した。どうやら彼女たちも麗と同じ考えに至ったらしい。
「あ~あ、設備があれば車を改造してちょっとした戦車だって作れるんだけどな」
エリスがふざけたように冗談を言った。彼は逆境でこそ口数が増え、冗談をいう性格のようだ。僕にはありがたい存在だった。
それから僕たちは校医である静香先生の友達が住んでいるマンションに向かった。友達は警察官で、銃もあるということなので反対意見はなかった。
マンションについた。“奴ら”との戦闘も頭にあったが、“奴ら”はすでに死体になっていた。
誰がやったかはすぐに分かった。静香先生を迎え入れた人物がいたのだ。
「静香、生きていたのか」
髭をはやした老人だった。白髪だらけの髭ではあったが、彼の体には老人の弱々しさが全くなかった。背中には映画でしか見たことがないようなライフル。「M16………!!」平野が興奮した様子で銃を説明していたが、ほとんど聞き取れなかった。手には血の滴るマチェットを握っていた。老人も“奴ら”が音に反応するのに気づいていたらしい。
「あ、ビルさん! お元気ですか?」
「相変わらずだな、静香」
世間話を始めそうな静香先生に老人を紹介してもらう。ビルという名の老人は静香先生の友達の隣人だそうだ。友達と仲がよい老人はよく酒を飲み交わしていたらしい。静香先生もその縁で知り合ったそうだ。
「ワシも銃を持っているが、あいつの部屋にもあるだろ。泊まりがてら集めておくのがいいな」
ビルの言葉に平野は感極まって彼に抱きついた。
友達の部屋にはいくつかの銃があった。平野が率先してそれらの手入れをしていた時、ビルも大きな荷物を持って部屋に入ってきた。中身は銃やら刃物やら弾薬やらで一杯だった。
ビルさんはベトナム戦争に参加しており、膝に散弾を撃ち込まれて退役したそうだ。それから仕事を転々としていると、静香先生の友達と出会って仲良くなったらしい。友達の持っていた銃も彼が集めるのを手伝ったそうだ。
平野は涙を流していた。
その後、女の子とイヌを仲間に入れて僕たちはその場を後にした。
ビルとエリス、コーチは残った。動かせる車がハンヴィー一台しかなかったからだ。エリスとコーチは銃を手にした事もあって早々死にそうにも無い。ビルは知り合いのバイカーが来るのを待つそうだ。もしかしたらフランシスのことだったのかもしれない。急いでいたので聞くことは出来なかった。
平野は両手に銃を抱えてまま感謝の言葉と器用に投げキッスを送っていた。
僕らはそうして別れた。彼らは僕たちを心配していたが、僕らは違った。
“奴ら”惹きつけるということを差し引いても、“奴ら”に噛まれても“奴ら”にならず、互いに背を預けあうことが出来る彼らはこの壊れてしまった世界でも生き残ることは間違いないだろう。
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流行っていたようなので便乗。
一発ネタの理由
・細かい説明抜き。
・原作知らないとわかりづらい部分が多い。
・恐らくマイナー(L4Dが)
・他作品の執筆で手が回らない。
・設定が無理すぎる。
・このメンバーは走るゾンビが相手でもない限り死なない気がする。
・話を進めていくとゾンビが走ってきそう。
・むしろタンクなどの特殊感染者が出現しそう。
同じ題材で書きたい人がいれば、ガンガン書いてくれると作者も楽しめます。
※追記
・ちょっとだけ文章を追加しました。
・一発ネタなので話数は増やしません。
・ゲームでの設定は書きやすいようにある程度変えています。
・コメント返しは暇なときに感想掲示板で行う予定です。