某年某月、麻帆良学園某所。
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みなさんこんにちは。お姉ちゃん大好き、アスカです。
今日に至るまでに様々な出来事がありました。全部カットです。
私には前世があります。正確には、前世のものと思われる記憶があります。真偽はともかく、多少は役に立ったので肯定的に捉えています。
しかし今はそれ所ではありません。現在、隣の部屋で私の大好きなお姉ちゃん、アスナの記憶を封印しようとしているのです。
麻帆良に来るまでにあった色々な事、とりわけガトーが逝ってしまったことが、アスナのトラウマになってしまいそうであり、それを危惧した周りの大人たち、特にタカミチが「全てを忘れて平穏な幸せを生きてほしい」みたいな感じで魔法世界に関するあれやこれやの記憶を封印することになったのです。
もちろん私にも同様の処置が成されるでしょう。
大変好ましくない状況ですが、最低の悪手に思えないのも事実。「平穏な幸せ」は全面的に支持するし、私も欲しいです。とても欲しいです。
しかしながら、私たち双子の持つ事情を考えればそれはとても難しいことに思えます。遠くない未来、魔法に、そして危険に関わるようになってしまうでしょう。
そんな時に、全てを忘れてお姉ちゃんお姉ちゃん言ってるだけの私では、あっさり退場してしまうし、そうでなくてもアスナが怪我をしたりそれ以外に見舞われたりするのを防げないです。
魔法に対抗するには、魔法が必要です。他の人に頼るだけでなく、私自身もアスナを護りたい。
とは言うものの、これから起こる事を防ぐ手立てを知りません。
記憶の封印の手段について仮説を立ててみましょう。
記憶の封印て魔法でやるのかな?それってアスナに効くのだろうか。効いたとしても、全封印などということはないはず。だってそれは厳しすぎる。
きっと、わりと細かい指定が可能なはず。でなければ危険だし。よし、一先ずその仮定で行こう。ご都合主義万歳。
では封印したい記憶とはどれか。んーーと、魔法関係は確実だし、であれば紅い翼の皆と会う前はもちろん、会ってからもその範囲だろう。特にガトー関連。
……全部じゃん。そもそも魔法世界出身だし。…え、とぉ。あっ、逆に封印しない記憶を指定するとか。
うん、わからん。
まぁ、これ以上はどうしようもないし、きっとこんな様なものだろう。そう信じよう。がんばれ私。
さて、仮説(泣)が立ちました。
つまり、"人一人分の記憶をこれとこれ以外封印する"…みたいな。
かなり苦しいですが、これ以上どうしようもないのも事実です。
タカミチに私は嫌だと訴えても、たぶん悲しそうに「君たちの為なんだ」的なことを言うに決まってます。そういう覚悟で臨んでいるでしょう。そんな人たちだからこそ、アスナはトラウマを負いそうなのですし。
閑話休題
この仮説通りであれば、私は対抗できるかもしれません。
前世の記憶、つまり"人一人分の記憶"を盾にして、それとさようならします。
すると、あら不思議。
周りには記憶封印が終わったように見えるのに、私ことアスカちゃんはバッチリ居残ります。素敵です。素晴らしいです。仮説の信憑性を除けば。
ただ、前提以外にも不安が一つ。
実際のところ、前世の記憶といっても、明確に別の人生ではありますが別の個人とは言えない気がしています。どちらも自分です。
その上長い間ぼーーーっとしてたり、アスナにハグしたり、バカにバカって言ったりアホにアホっていったり、アスナにチューしたりしているうちに、自意識の境界が曖昧になり混ざってしまいました。
"私"は"俺"であり"俺"は"私"でもあるのです。そう、今更ですが私は元男。手術したとかそういう事ではないです。名前はもう思い出せません。
そんな私も今では立派な幼女。
はい。要するに私の持っている記憶は"二人分"ではなく"一人分プラスα"という状態なのです。不安です。著しく不安です。
「あぁっ、どうしよぅ…」
やっぱダメかもしれない。
「…どうしたんですか、姫様」
「あ」
…タカミチ襲来。幾分お疲れ気味のご様子。一応首を横に。ふりふり。
「そう、ですか…」
暗いです。cryになりそうな勢いです。泣きたいのはこっちもだよ。タイムリミット、かな。
「…こちらへ、どうぞ」
「アスナは?」
封印処置についても知りたいけど、言わないでしょう。それを抜いても双子の片割れのこと。普通に心配です。
「別のお部屋で、お休みになっています」
まぁ、封印済みなんでしょう。身の安全についても、今更疑うこともない、かな。
タカミチに手を引かれて部屋を移る私。
あぁ、もう本当に時間がない。…覚悟を決めよう。やるしかない。他にできることもない。
今から私は"俺"になる。"俺"の分の記憶を反芻して、"俺"という自意識を確立する。ついでに"俺"とのお別れも。
「…さぁ、ここへ立ってください」
部屋の中心に魔法陣、そこに立たされる"俺"。部屋には何人かの魔法使い。おかしな頭の学園長もいる。
「眼を閉じて…ください」
タカミチが言う。
…大丈夫、きっと上手くいく。ここに居るのは間違いなく"俺"だ。ならば、封印されるのも"俺"だ。自己暗示を掛けていく。確固たる"俺"を確立させる。
呪文が聞こえる。意味はよく分からない。
魔法を知らなかった"俺"。生まれて、生きて、生きて、そして死んだ。
何かが光って眩しい。
だいじょうぶ。封印てことは死ぬわけではないさ。
そう、ただいつまでかは分からないけど。
胸の辺りと、頭に違和感。
うん。
さよーなら あすか