「ったく揃いも揃って虫ばっかだな」
士は目の前のファンガイアたちを見回すと吐き捨てるように言った。
「士、それ、俺には言ってないよな?」
ユウスケの問いを無視して、士はカードを1枚取り出した。
「虫相手には虫だ」
そう言うと、ベルトのバックルにカードをセットする。
『KAMEN RIDE』
『BLADE』
電子音の後、士の目の前にオーラ状の壁が現れた。
「ハッ!」
それを走ってくぐり抜けると、特徴的なベルトのバックルを除いて、
ディケイドのマゼンダカラーの鎧と仮面が甲冑のような重々しい姿へと変わった。
「姿が変わった?」
黒子は士の変化に目を見張った。
学園都市の能力者の中には見た目を変える能力を持つ者もいる。
だが、士のそれは、方法からしても明らかに特異なものであった。
「見た目が変わったから何だと言うのだ?」
ハサミムシの姿をしたイヤーウイッグファンガイアがせせら笑う。
「どうかな?変わったのは見た目だけじゃないぜ」
士は再びカードを1枚取り出し、ベルトのバックルの中に投げ入れた。
『ATTACK RIDE』
『MACH』
士は目にも留まらぬ速さで動き始めた。
「何!?」
驚く間もなく、高速のパンチとキックがファンガイアたちへ繰り出された。
ファンガイアたちは反撃する隙も無く、一方的に叩きのめされる。
カードの効果が切れて、士が通常のスピードに戻った時には、ファンガイアたちはそれぞれ地面に倒されていた。
「く、くそ!何だ今の攻撃は?」
ファンガイアたちがよろよろと起き上がって来る。
士はパンパンと手を払うと、ライドブッカーから刃を出して、剣のように構えた。
「来い……終わらせてやる!」
「士!俺もいるぞ」
ユウスケも士の隣に立ってファイティングポーズを構える。
明らかに劣勢に立たされたファンガイアたちは、2人から距離を取り始めた。
「ちっ、ここは退くぞ!」
アリジゴクの姿をしたアントライオンファンガイアは、出入り口の方へ走り出した。
「あの御方へ伝えなければ……!!」
その時、強い光がアントライオンファンガイアの目の前を覆った。
「な、何だ!?うわああああああああああ!!」
アントライオンファンガイアは避ける間もなく光に飲み込まれる。
光が過ぎ去った後、影だけを残してアントライオンファンガイアの姿は消えていた。
バチバチ───────
電流が地面を走る。
それを見た黒子の目がパァッと明るくなる。
「あれは!!」
「……ったく、寮が騒がしいと思って戻ってみたら、またこの化け物たちなの!?」
前髪にパチパチと火花を散らしながら、1人の少女が寮内へと足を踏み入れた。
少女の姿を見て、黒子は歓声を上げた。
「お姉様!」
夏海は目の前の出来事にただ茫然としていた。
「あの子は一体?」
思わず黒子へ尋ねた。
すると、黒子は夏海に自慢気な表情を見せた。
「ご存知ありませんの?あの方こそ、我が常盤台中学校が誇る超能力者(レベル5)、御坂美琴お姉様ですの!」
「あの子が……!?」
夏海は改めて美琴を見た。
凛々しい表情をしていたが、何処か幼さを残す顔立ちが自分に似ているような気がした。
士も美琴の方へ視線を向けた。
「あれがレベル5の力って奴か」
感心したように言う。
と、何かを思い付いたかのようにまた新しいカードを1枚取り出した。
「じゃあこっちも電撃で行くか」
カードを美琴に見せつけるように掲げて2,3度振ると、素早くベルトのバックルの中にセットした。
『FINAL ATTACK RIDE』
『B B B BLADE』
すると、士の持つライドブッカーに電撃が迸った。
「ハァッ!」
掛け声とともに空中へ飛び上がり、ライドブッカーをイヤーウイッグファンガイアへ向けて振り下ろした。
電撃を纏った斬撃がイヤーウイッグファンガイアの体を切り裂く。
「ぐああああ!!」
断末魔を上げながらイヤーウイッグファンガイアは爆散した。
「あれは!?お姉様と同じ電撃!?」
黒子は士の見せた技に驚きの声を上げた。
しかし、すぐに思い直すように首を振った。
「で、でもお姉様の方が強いですし、エレガントですの」
黒子は敬愛の眼差しで美琴を見つめた。
当の美琴は黒子と目が合わないように視線を外していた。
「な、何だと……?き、貴様らは一体……?」
「この世界をお前たちの好きにはさせない」
ユウスケはマンティスファンガイアを睨み付けると、両手を広げた。
腰を落とし、封印エネルギーを右足へ込め始める。
「はああああああ……!」
右足へ封印エネルギーが集中していく。
「ハーッ!」
力強く地面を蹴り、空中へ飛び上がると、ユウスケは残ったマンティスファンガイアへ向けてキックを叩き込んだ。
「うおおおおおおおお!!」
キックを受けた衝撃でマンティスファンガイアは勢い良く飛んでいき、そのまま爆発した。
「終わったか……」
それを見届けると、士が呟く。
何時の間にかディケイドの姿へと戻っていた。
(それにしても……)
士はファンガイアの内の1体が言った言葉を思い出していた。
あの御方へ伝えなければ……!!
(あの御方……。つまり、黒幕がいるってことか……。一体誰なんだ?)
物思いに耽る士の姿を美琴はじっと見つめていた。
ファンガイアたちの襲撃から約1時間が過ぎていた。
士とユウスケは既に変身を解き、元の姿へと戻っていた。
寮内は美琴の活躍により、黒子を始め彼女に憧れを抱く学生たちの歓声に包まれていたが、
暫くすると、外で気絶していた寮監が戻って来て、
「何を騒いでる!」
と、学生たちを一喝。
寮内はしんと水を打ったように静まり返った。
美琴は寮監の目を盗んで士たちを外へ呼び出した。
(あの寮監に見つかったらただじゃ済まないな)
そう士は判断して、美琴の呼び出しに応じて外へ出た。
「で、アンタたちは一体何者?あの化け物とどんな関係?」
外へ出るなり美琴は再び臨戦態勢を整え、士たちに向き直った。
返答次第では、すぐにでも先程のような電撃が飛んで来そうな様子だった。
「それにあの格好……。あんなパワードスーツ見たこと無い」
美琴は訝しげな目を士たちへ向けた。
「それに姿を変えたと思ったら、お姉様と同じ電撃の能力を使ったりと、見たことのない能力をお使いでしたの」
突如、黒子が現れた。
どうやらテレポートでやって来たらしく、誰も彼女の接近には気が付かなかった。
「一体、アンタたちは何なの?」
美琴が詰め寄ってくる。
あまりの気迫にユウスケが慌てる。
「べ、別に俺たちは怪しい者じゃないよ!本当!マジで!」
「怪しさ100%ですの!」
ここでこの世界の住人と敵対するのは得策じゃない。
そう思って、なるべく親しみやすそうに言ったが、あまり効果は無いようだ。
「ったく、何下手に出ているんだか」
そんなユウスケを見て、士がボソッと言うと、そのまま美琴を睨み付けた。
「気に入らねえな」
「ハァ?何よアンタ?」
美琴は返す刀で士を睨み返した。
「その態度が気に入らねえって言ってるんだよ」
「何言ってるんですか士くん!」
士の言葉に夏海は眉をしかめる。
「何でいつもそんな喧嘩腰なんですか!」
夏海が諌めるように言った。
しかし、士は構わずに続ける。
「年上をアンタ呼ばわりか。目上の人間に対しての礼儀がなってないな」
「お前がそういうこと言うか?」
ユウスケは士の言葉に思わず突っ込んだ。
士はチラッとユウスケの方を見たが、何も言わずにすぐ美琴へ視線を戻した。
「レベル5だか何だか知らんが、所詮はただのガキだってことだ」
「ガキ……ですって?」
「ああ、小便臭いガキだな」
その言葉は美琴のプライドを傷付けるのに充分であった。
美琴のこめかみに青筋が浮かぶ。
「まあ!お姉様に何てことを!?」
黒子は絶句した。
「何だ、一丁前にガキと言われたのがショックなのか?」
美琴の様子を見た士は馬鹿にしたように肩をすくめた。
「ガキをガキって言って何が悪いんだ?」
「アンタねえ……」
士と美琴の視線が交差する。
一触即発の雰囲気。
美琴の前髪にパチパチと先程のような火花が散り始めた。
「あ、お姉様……、いくらなんでもここでは……」
黒子が止めようとしたその時。
「笑いのツボ!」
夏海が親指で士の首筋あたりを勢い良く突いた。
一瞬の間を置いて、士は笑い始めた。
「ハハハハ、な、何をする!?夏みかん!!ハハハ」
「美琴ちゃんに謝って下さい!」
「な、何でだ!ハハハハ」
士が笑い転げていると、夏海は美琴の前に立って頭を下げた。
「……ごめんなさい美琴ちゃん。士くんに代わって私が謝ります」
あまりに深々と頭を下げる夏海に対し、美琴はハッと我に返った。
「あ、いえ、いいんです。私の方こそごめんなさい。よく事情を聞きもしないで……」
美琴は売り言葉に買い言葉でムキになった自分を少し反省した。
「分かってくれましたか?」
夏海は顔を輝かせた。
「……でも、あなたたちも凄く胡散臭いことには変わり無いし」
少し前より軟化した態度になったものの、美琴は士たちを完全に信頼したわけではなかった。
「それもそうですね。それではお話します。私たちのことを」
夏海は自分たちのこと、この世界に起きた異変、そしてファンガイアについて美琴たちに話した。
一通り説明を終えると美琴と黒子は信じられないといった顔をしていた。
「別の世界って、そんなの信じられるわけないじゃない」
「ファンタジー過ぎますわ」
「でも、君たちも見ただろ、あの化け物を」
ユウスケの問いに美琴と黒子は押し黙った。
ファンガイアの存在は夏海の説明にこれ以上無いというくらい真実味を持たせていた。
2人は何かを考え込むような顔をした。
「全てを鵜呑みにするわけじゃないけど……」
暫くすると、美琴が顔を上げて夏海の目をしっかりと見据えた。
「夏海さんたちが悪い人じゃないってのは信じても大丈夫……だと思う」
「1名は除きましてね」
黒子は横目で士の方を見た。
「ったく、可愛げ無いな。そういうところがガキだって言ってんだよ」
士は黒子の皮肉に言い返した。
「またガキって言ったわね!」
美琴は再び士を睨む。
「ガキって言われたくなければ俺の質問に答えろ」
一転して、士は真面目なトーンになった。
「……何よ?」
美琴も空気を呼んで、士を睨み付けるのを止めた。
「お前、さっきファンガイアと戦った時、『またこの化け物たちなの!?』とか言ってたな。『また』ってのはどういう意味だ?」
「そのままの意味よ。あいつらと会ったのは今日が初めてじゃない」
「初めてじゃない?」
「そうよ、昨日も一昨日もあいつらと出会って、それで……戦ったわ」
美琴の言葉に士たちはそれぞれ顔を見合わした。
「どうやら詳しく話を聞かせてもらう必要があるみたいだな」
「ハァ…、ハァ…」
ゴーグルを付けた少女が誰もいない暗闇の路地を走っていた。
コツ、コツ……
少女の背後に2本の透明な牙が現れる。
「…………!!」
次の瞬間、少女の首筋に透明な牙が突き刺さった。
すると、少女の体は色を失っていき、透明になった頃には、完全に意識を失っていた。
そのまま地面に倒れると、少女の体は粉々に砕け散ってしまった。
コツ、コツ……
暗闇の路地へ月明かりが差し込む。
その光に、眼鏡をかけた長髪の男の病的な顔が照られた。
男は牧師のような服を着ていた。
「ククククク……これで20人……」
男は不気味に笑う。
「素晴らしい……。これだけのライフエナジーを簡単に大量に調達出来るとは」
男は舌なめずりすると、狂信的な祈りを夜空へと捧げた。
「キング……あなた様の復活ももうすぐです」
ザッザッ……
何体ものファンガイアが男の下へ集ってきた。
男はファンガイアたちの方へ向き直った。
「今まで、一部の者を除き、お前たちは適当にライフエナジーを集めていたな?だが、これからはターゲットを絞らせて頂く……」
そう言うと、男は懐から写真を1枚取り出した。
「この少女を狩るのだ……」
写真の中には、ゴーグルを付けた少女の顔が写っていた。
「私や私に付き従う者たちは毎夜この少女を狙っていた。この少女のライフエナジーは素晴らしい……」
ファンガイアの間に軽いざわめきが起こり始める。
「この少女は、どうやら他に同じ姿をした固体が何体も存在しているようだ。……都合が良い。我々にとっては」
男は力を込める。
「この少女を捕らえ、ライフエナジーを奪え!そして手に入れたライフエナジーを私のところへ!」
ファンガイアたちは頷き、それぞれ闇へ消えて行った。
男はそれを満足そうに見守ると、その場から去ろうとする。
「!?」
ふと、右手に痺れる様な痛みが走った。
「……あの少女」
それは昨夜のこと。
例の少女からライフエナジーを頂く際に、今までとは違って苦戦を強いられた。
その少女はいつもと異なり、特徴的なゴーグルをしていなかった。
そして少女は抵抗の末、逃げてしまった。
その時、右手に電撃のような攻撃を受けたのだった。
「まあいい」
月が雲に覆われ、辺りを闇が支配し始める。
男は深い闇の中へと消えて行った。