【暮らし】冤罪の発達障害者 国家賠償を請求2010年7月22日 駅構内で女性を盗撮したとして起訴され、控訴審で無罪が確定したアスペルガー症候群の横浜市の二十代男性が今月十三日、国と東京都を相手取り、計千百万円の国家賠償を求める訴えを横浜地裁に起こした。冤罪(えんざい)事件はどうして起きたのか? 発達障害と司法をめぐる問題を考えた。 (安藤明夫) 男性は二〇〇八年六月、東京都内の地下鉄駅構内で、女性のスカート内に携帯電話のカメラを差し入れたとして、警視庁で任意の取り調べを受け、同庁と東京地検が自白調書を作成。一審判決では、都迷惑防止条例違反で罰金三十万円とされたが、二審の東京高裁は自白調書の信用性を否定。無罪を言い渡し、今年二月に確定した。 一審の判決直前に男性はアスペルガー症候群と診断され、受け答えが苦手で混乱状態に陥りやすいなどの特徴が明らかになった。 十三日の会見で、原告側の野呂芳子弁護士は、男性が容疑をかけられた経緯を次のように説明した。 【発端】携帯電話に内蔵してあるロボットの画像を見ていたところ、前にいた女性客に激しい勢いでとがめられ、なぜ怒られたのか分からないままパニック状態になり「すみません」と言った。その言葉がどんな結果を及ぼすか想像できなかった。 【誤解】駅員が男性の携帯電話を調べ「画像はどうしたんだ」と尋ねたため、ロボットの画像のことを聞かれたと思い「消しました」と答えた。通報で駆けつけた警官に対し、駅員は「男性が盗撮を認め、その画像を消去した」と説明をした。アスペルガー症候群の人は、相手の意図を酌み取ることが苦手。 【取り調べ】「やっていない」と言っても全く取り合ってもらえず、「いいかげんにしろ」などと怒鳴られたことで、強い不安とあきらめの気持ちを抱いた。警察官が調書を読み上げ「ここにサインしてください」と言われ、しなくてはならないと思った。 ◇ 高裁は警視庁と東京地検の調書が不自然に食い違い「捜査官が誘導したか作文した疑いがぬぐえない」として無罪を言い渡した。 野呂弁護士は「事実関係の裏付けをすれば、簡単に容疑が晴れたケース。障害の問題に限らず、思い込み・自白偏重捜査の違法性を問いたい」と強調した。男性は、今も地下鉄に乗れないなど、精神的なショックが大きいという。 発達障害を研究する辻井正次・中京大教授は「発達障害の人は、相手の意図を読み取ることが苦手。自分の言っていないことでも、言い含められてしまったり、強い口調に対して、意味が分からなくても『ごめんなさい』と言ってしまったりするリスクがある」と指摘。「警察の取り調べでは、簡易に知的障害を把握できるような手法を取り入れることが必要。発達障害の可能性がある場合には、十分に配慮するなど、今後、十分な取り組みが求められる」と話す。 その一方で、発達障害の影響によって行動の善悪などの理解が不十分な場合もあり、犯罪の被害や冤罪の防止とともに、触法行為への対応も課題になっているという。 辻井教授が客員教授を務める浜松市の浜松医大子どものこころの発達研究センターは四月に触法少年のための相談窓口を開設。非行全般を対象にしながらも、特に発達障害・知的障害のある子どもたちと家族への支援を重視している。 家族や警察、弁護士、保護司などからの相談申し込みを、電子メール=cmd.soudan.2010@gmail.com=で受け付ける。本人と家族や支援者が一緒に来室できることが条件。辻井教授ら専門家が対応する。 同センターの林陽子特任助教は「再犯防止のためのプログラム開発などに役立てていきたい」と話す。 <アスペルガー症候群> 知的障害も言葉の遅れもないが、社会性の欠如、コミュニケーション障害、興味の偏りなどの問題を持つ。脳の機能障害による「広汎(こうはん)性発達障害」の一つ。各都道府県の発達障害者支援センターが相談窓口になっている。
|