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チルドレンのためのエヴァンゲリオン外伝「涙」
※この作品は連載「チルドレンのためのエヴァンゲリオン 第八話 アスカ、再来日と第十九話 母の戦い」の補完的な話です。



<2005年 研究機関ゲヒルン日本支部 実験場>

特務機関ネルフの前身であるゲヒルンは、来るべきサードインパクト後に人類が生き残る方法を模索する研究機関でしか無かった。
しかし、第一使徒アダムのコピーであるエヴァンゲリオンを造り出す計画が持ち上がると、エヴァの完成をもって軍事組織へと変わる事が予定されていた。

「ゲンドウ、心配するな」
「ジェイコブ……」

白衣を着て落ち着かない様子の所長のゲンドウに、同じく白衣を着た大柄の白人男性が声をかける。
この男性はアスカの父親であり、ゲヒルンの副所長のジェイコブだった。

「この実験が決まった時、ユイが受精卵を体外に摘出すると言い出したのだ。ユイは何か危険なものを感じ取っているのかもしれないのだ」
「それは、産まれてくる子供に対する悪影響を考えての事だろう? 実験が無事に終われば問題無いじゃないか、何だったらもう一人ぐらい作ったらどうだ」

アメリカンジョークも交えて、ジェイコブが大笑いをしてゲンドウの肩を叩いた。
二人の元に冬月教授とゼーレの幹部の一人がやってくる。

「ゲンドウ君、今回の実験は成功させてくれたまえよ。これでエヴァは今までの人工知能とは違う性能を持つことになる。ATフィールドを発生させることも可能かもしれないからな」
「私もオブザーバーとして実験に参加させてもらうよ」

今までエヴァのコアとなる部分は、高性能の人工知能を使って制御していたが、使徒の魂のデータを真似する事が出来ず、ATフィールドを発生させるなど奇跡に近い話だった。
そこで、ユイ博士ととキョウコ博士の生のデータをコアに直接送り込む事になった。
そのためにユイとキョウコはLCLに満たされた透明のエントリープラグのような機械の中に入る事になっている。
しかし、以前から人体に対する悪影響が懸念されていて、非人道的な実験が行われないように、正義の人として知られる冬月教授が実験に立ち会う事になった。
ユイとキョウコのエントリープラグは実験場の中心に並べて置かれ、中の様子はあらゆる場所のディスプレイに映されて実況を中継されていた。
そして、エントリープラグの後ろには初号機と弐号機が直立不動の姿勢で安置されている。



<研究機関ゲヒルン日本支部 所長私室>

ゲンドウの私室は実験場から近く、窓から実験場の中がよく見える位置にあった。
実験の準備でゲヒルン全体が騒がしい中で、この部屋に居たのは5歳になるシンジとアスカ、そしてお守り役を任された19歳のミサトだった。

「ミサトお姉さん、あのでっかいロボットって何て名前なの?」
「あれはエヴァよ」
「何に使うの?」
「アンタバカぁ? 悪いやつらをやっつけるのに決まっているじゃない!」
「へえ、アスカは知ってるんだ」
「えっへん」

シンジの前で誇らしげに胸を張るアスカを、ミサトは微笑ましく見守っていた。
ミサトにも同じ年の子供エツコとヨシアキが居る。
だから、ミサトがシンジとアスカの2人に好かれるのにそんなに時間はかからなかった。

「そうだアスカ、このおリボンをあげる」

シンジはアスカにそう言って赤いリボンを渡す。

「あれ、これはアタシがママに誕生日に買って欲しいっておねだりしていたリボンじゃない。どうしてシンジが?」
「えっと、母さんがアスカにあげなさいって」
「ふーん、ママとユイおば様の仕業ね。じゃあシンジは渡せって言われたから渡したの?」
「ううん、僕もアスカが赤いリボン付けると可愛いと思ったから」

慌てて言い訳をするシンジの姿にミサトとアスカは噴き出して笑い始めた。

「ありがと、じゃあママには別のものをおねだりする事にするわ、ワンピースとか」

アスカは赤いリボンをミサトにつけてもらうと、そうシンジに向かって微笑んだ。

「あっ、2人のお母さんの実験、始まるみたいよ」

ミサトがそう言うと、アスカとシンジは窓に貼りつくように実験場の様子を見る。
エントリープラグは透明なので、プラグスーツを着たユイとキョウコの姿は直接見る事が出来た。

「ママー、頑張って!」

アスカはキョウコに向かって大きく手を振った。
ユイとキョウコの2人は余計な情報をシャットダウンして集中するため、アイマスクとヘッドホンのようなものをさせられていた。

「ボーダーライン突破……シンクロ率上昇中」

オペレータの声が研究所に響く。
第一段階は成功のようだ。
しかし、まだ油断はできない。

「……シンクロ率99.89%に固定」
「被験者のデータ送信開始」

研究所の職員達の表情が目に見えて和らぐのが分かり、ミサトもホッと安心のため息をもらした。
しかし、しばらくすると実験場内に異常を知らせる警報が鳴り響く。

「何があった!」
「大変です、シンクロ率が上昇していきます! ……120%! ……130、140!」

アスカとシンジとミサトが息を飲んで見ている前で、エントリープラグの中に居るユイとキョウコが苦しみ出した!
そして、手の指先や足元からその体がLCLへと溶けだして行く!

「ママ!?」

3人の見ている前で、ついにユイとキョウコの存在は頭部だけになり、泡となってLCLの中へと消えた。
……まるで童話の人魚姫のように。

「う……うえっ……」
「うあああん! 母さあああん!」

アスカの瞳から涙がこぼれる前に、シンジが大号泣を始めた。
驚いたアスカの涙は引っ込んでしまった。

「シンジ君、落ち着いて!」
「シンジ!」

ミサトとアスカがいくら言っても、シンジは泣くのを止めなかった。



<研究機関ゲヒルン日本支部 実験場>

ユイとキョウコの姿が消えてしまった後、ジェイコブとゲンドウは肩を落としてぼう然としていた。
そこへゼーレの幹部の男が現れ、盛大な拍手をする。

「素晴らしい、これでエヴァンゲリオンは強力な力を持つ兵器となったぞ!」
「何をふざけた事を言っている、妻を返せ!」

そう言ってジェイコブはゼーレの幹部の男に殴りかかろうとしたが、ゲヒルンの警備員に取り押さえられた。

「これは実験の結果、予想外に起きてしまった事故だ。実験は被験者の安全を確保した上で行われた」
「そうなのですか、冬月先生?」
「……そうだ」

ゲンドウの質問に、冬月は迷い無くそう答えた。

「嘘だ! この実験は俺達の知らないところで仕組まれていたんだ!」

警備員に取り押さえられながらも暴れてそう叫ぶジェイコブ。

「副所長は妻を失った事でショックを受けてつかれているようだな。自宅でゆっくりと休むがいい」

ゼーレの幹部の男はそう言ってジェイコブの退出を警備員達に命じた。

「お前もまさかこれが事故では無いと言うのか?」
「……いえ、私は冬月先生の言葉を信じます」

ゲンドウの言葉に、ゼーレの幹部は満足そうに笑顔を浮かべてうなずいた。

「まだ正式に決まった話ではないが、新しくできる組織のトップとして君を任命しようと思うのだよ」
「……私がネルフの総司令ですか?」
「そして副司令はジェイコブ君の予定だったが……彼はあの調子だ。誰か代わりの者に頼む事にしよう」

ゼーレの幹部はそこまで言うと、改めてゲンドウを見つめて話し出す。

「さて、不幸な事故により2人はエヴァのコアに取り込まれてしまった。そこでパイロット候補は限られてくる」

ユイとキョウコの魂と高シンクロできる存在はその血縁にある者だとゲンドウにも理解できた。

「……私の息子とジェイコブの娘はまだ5歳です」
「パイロットの適性があるかどうかは私が決める。その子らの居る場所に案内してもらおうか」

ゲンドウは逆らう事が出来ず、3人はシンジ達が居るゲンドウの私室へと向かっていく……。



<研究機関ゲヒルン日本支部 所長私室>

「所長!」

ゲンドウ達が室内に足を踏み入れると、困惑した顔のミサトが声を掛ける。
室内には大声を上げて泣き続けるシンジと何とかシンジを泣きやませようと必死に体をさするアスカの姿があった。

「泣き声を上げているのが君の息子かね」
「……はい」

ゲンドウと共に姿を現したゼーレの幹部と冬月にミサトは警戒感を強めた厳しい表情になる。
父親のゲンドウが来てもシンジは泣くのを止めようとしない。
ゼーレの幹部は、そんなシンジを渋い表情で眺めていたが、アスカの姿を見ると、感心したようにゲンドウに話した。

「母親が消えたと知っても、涙一つ流さず気丈な振る舞い……パイロットに必要な強さを持っているとは思わないか?」

その言葉を聞いて、ミサトとゲンドウの顔色が変わった。

「確か、ユイ博士は実験の前に受精卵を摘出したらしいな……よし、それで決まりだ」

ゼーレの幹部は冬月に耳打ちをして、部屋を出て行った。

「司令、実験で何が起こったのですか!? 先ほどの男は?」

ゲンドウはミサトの質問には答えず、泣き続けるシンジを抱きしめた。
しかし、シンジは何の反応も示さずに泣く事を続ける。

「君はなぜ、泣かないのか?」
「シンジが……アタシの分まで泣いていてくれているから……」

アスカは右手でシンジの手を握りしめながらそう答えた。

「そうか……それでは私も涙を流すわけにはいかないな」

ゲンドウはアスカの言葉を聞いてそう答えた。



<2010年 特務機関ネルフ ドイツ支部 休憩室>

2005年のあの実験の直後に研究機関ゲヒルンは解体し、特務機関ネルフへと姿を変えた。
父のジェイコブ副所長を火事で失ったアスカはドイツ支部に引き取られ、弐号機のパイロットとなる。
アスカはドイツ支部に出向していたリョウジと親しくなり、休憩所でよく話すようになった。

「あの時、シンジがアタシの悲しみを減らしてくれたから、アタシは取り乱す事も無かったんだと思う」
「アスカはシンジ君の事を話す時はとても嬉しそうだな」
「うん、日本に使徒が現れて、アタシが日本に行かなければならなくなった時はシンジに会いに行くんだ……だからアタシはパイロットを首になるわけにはいかないの」

リョウジはシンジの事を楽しそうに話すアスカを見て、胸が痛んだ。
ミサトから日本に居るシンジの状況は聞いている。
シンジはショックであの事件の記憶をすっかり失って、ゲンドウの伯父夫婦に預けられて無気力な日々を送っていると言う話だ。

「そうだアスカ、シンジ君から10歳の誕生日プレゼントが届いているぞ」

アスカが嬉しそうにプレゼントの箱を開けると、赤いS-DATが入っていた。

「嬉しい、これをシンジだと思って大切にするって、ミサトに伝えておいてね!」
「ああ」

これはリョウジとミサトが話し合って考えた後ろめたい嘘の一つだった。
アスカにエヴァンゲリオンのパイロットを続けさせるための。

「使徒が現れるまで、後5年か……長いな。嘘をつき続けるか、それとも本当の事を話すか」

結局リョウジはアスカに真実を告げることなく、アスカ来日の日を迎えてしまう事になる。
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