2009年03月21日
「推定無罪」の意味、誤解してませんか??
法律いろいろ | |
被告人を「黒の可能性が高い」と言い切っちゃ駄目でしょ。たとえ建前でも「無罪推定の原則」というものがあり、裁判官は事案に対して「予断」を持ってはいけないことになっているのだから
と書いておられたのですが、ん?と思ったので、「推定無罪」について少し書いてみようと思います。
実は同じ違和感を先日の麻生総理の発言がニュースになったときにも感じたのですね。そのニュースとは、これです。
麻生太郎首相が16日の参院予算委員会で、小沢一郎民主党代表の公設第1秘書による政治資金規正法違反事件について「明らかに違法だったがゆえに逮捕になった」と答弁し、議場は一時騒然とした。質問した社民党の福島瑞穂党首は、容疑者や被告は有罪が確定するまで無罪と推定される法の原則を指摘し、「(今回の事件も)無罪の推定があるのは当然だ」と述べた。
このニュースを聞いたときに私は「麻生総理の発言の何が問題なの?」と思いました。なぜなら、「推定無罪」は、「被疑者または被告人は、有罪判決が確定するまでは無罪であるとして扱わねばならない」という意味ではないからです。
少し考えてみるとわかるのですが、逮捕されるということは何か違法である可能性がある行為をしたということです。違法なことは何もしていない(=無罪)のに逮捕されるのはおかしいのではないでしょうか。
刑事訴訟法を見てみましょう。
第199条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる。
小沢さんの秘書は違法な行為をした可能性が高い=「被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」があったからこそ逮捕されたわけです。
ですから麻生総理の「明らかに違法だったがゆえに逮捕になった」という発言は、当然のことを言ったまでで、何ら騒ぎ立てることではないのです。もし検察が明らかに違法ではないのに逮捕したのなら大問題ですけれど。
さて、「推定無罪」についてです。
「推定無罪」とは、刑事裁判における主張立証責任の原則で、「被告人は無罪と推定されるので、被告人が有罪であると主張する検察官がその被疑事実について立証しなければ、被告人は有罪判決を受けることはない」というものです。
なぜ被告人が無罪と推定されるのかというと、憲法によって身体の自由が保障されているからです。
第31条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
第33条 何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。
国民には身体の自由があるのだから、原則として国家はその自由を奪ってはならない。
しかし法律の定める手続に則ったときは例外。
ただし国家が国民の身体の自由を奪うのはあくまで例外なので、被告人を有罪にする=刑務所に入れるためには有罪の主張をする検察官が、被疑事実について立証しなければならない、ということです。裏返していえば、「被告人は自分が無罪であることを主張立証する必要はない」ということです。
別に、有罪判決が確定するまでは被疑者や被告人を違法であるといってはいけないという原則ではないのですね。
何でこんな誤解が生じるのかというと、おそらく「推定」という言葉のせいじゃないかと思います。
法律用語において「推定」という用語は、「とりあえずそのように考えておく」という意味で、立証責任の場面で問題になります。
例を挙げてみます。
民法第188条 占有者が占有物について行使する権利は、適法に有するものと推定する。
条文の意味は読んで字のごとくですが、
原告:不動産を20年以上占有している人
被告:不動産の所有者
原告が被告に対し、不動産を時効取得したとして明け渡すよう請求
(適切な例ではなかったため、差し替え。id:koganei_hyogoさん、ありがとうございます。)
このような民事訴訟においては、原告である占有者の占有は適法であると推定される結果、被告である所有者が「原告の占有は違法である」と主張立証してその推定を覆さねばなりません。
法律用語において推定という言葉はこんな風に使われます。そして推定という言葉が主張立証責任以外の場面で使われることは、たぶんほとんどありません。
話を刑事訴訟に戻しますと、「推定無罪」というのは無罪が推定される=検察官が有罪であることを主張立証してその推定を覆さなければならないという意味です。ちなみに無罪が推定されるということから、普通は「無罪の推定」と呼びます。
「推定無罪」という言葉自体が誤解を生むもとなんでしょうね。
上記のニュースで
質問した社民党の福島瑞穂党首は、容疑者や被告は有罪が確定するまで無罪と推定される法の原則を指摘し、「(今回の事件も)無罪の推定があるのは当然だ」と述べた。
とありますが、「無罪の推定がある」という言葉の意味は、検察官が有罪であることを立証しなければならないということです。違法なことをしたと考えてはならないという意味ではありません。裁判官だって何らかの違法なことをした可能性が高いと考えるからこそ、逮捕状を発付したり勾留を認めたりするわけですからね。また、無罪の推定というのは刑事裁判における主張立証責任の分配の原則ですから、そもそも逮捕段階で使うものではありません。
福島さんは弁護士なので、以上のことはご存じだとは思うんですが・・・
(麻生発言の全文はこちら→はてな匿名ダイアリー)
どうも「推定無罪」という言葉を使う人は、情緒的にこの言葉を使ってしまっているという印象があります。
先日のエントリーで言いたかったことのひとつですが、言葉から受ける印象やマスコミの報道を疑わずに鵜呑みにすると、誤った考えを持ってしまいます。もちろん、逮捕段階では無罪の推定という言葉を使うのは適切ではないとはいえ、逮捕された人が即犯人であるかのような報道をすることや、その報道を見聞きした人が犯人扱いするようなことは許されません。脊髄反射するのではなく、いったん立ち止まって「本当のところはどうなのか?」と考える姿勢が大切かと思います。
追記1:Wikipediaの記述がとても分かりやすいですね。ぜひこちらもご覧ください。
追記2:そもそも「無罪の推定」って刑事裁判での原則なんだから、まだ起訴されてない段階でいうのはおかしいですよね・・・
追記3:実体法と訴訟法を混同しているというご指摘を頂きましたが、「実体法上の違法」と「訴訟法上の違法」を表現上で区別するのはなかなか難しいのではないかと思います。「被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」があったということと、「(実体法上)違法な行為をした」ということは区別できますが、「違法である可能性がある行為をした」という表現ははたして誤りといえるのか、難しいところです。
まあ、厳密に議論したいのならこんな表現を使うな!という批判はありますが。
最後になりましたが、エントリーを書くきっかけをくださったid:PledgeCrewさん、どうもありがとうございました。
- 623 http://www.hatena.ne.jp/
- 560 http://b.hatena.ne.jp/hotentry
- 268 http://reader.livedoor.com/reader/
- 196 http://b.hatena.ne.jp/hotentry?mode=general
- 143 http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/fly-higher/20090321/1237656030
- 115 http://www.google.com/reader/view/
- 114 http://d.hatena.ne.jp/
- 97 http://www.google.co.jp/reader/view/
- 74 http://b.hatena.ne.jp/hotentry/social
- 70 http://b.hatena.ne.jp/entrymobile/12623003
一般的なことと、法律問題ではなく事実レベルのことを言えば、警察と検察がそれぞれの事件の証拠等について捜査しているわけなので、被告人は「黒である可能性が高い」というのは、そのとおりです。
また逮捕状も、犯罪容疑に関する一定の合理性がなければ発行できないことになってますから、その限りでは、「黒の可能性が高い」ということも、たしかに間違いではありません。しかし、個々のケースで言えば、不当捜査や手抜き捜査による冤罪ということもあるわけですね。
そもそも、警察・検察の捜査によって逮捕・起訴された被疑者(被告人)が犯罪を犯した犯人である可能性は、事実として確かに高いとしても、公判においては、そのことはいったんちゃらにされるべきでしょう。そうでなければ、検察側と被告人・弁護人側の法的な対等性が保たれません。なお「推定無罪」とは、捜査権を持つ検察側と、そうでない被告人側の事実上の非対称性を考慮して作られた原則でもあります。
裁判官が被告人について、こいつは警察・検察の捜査によって逮捕・起訴された人間だから、「黒の可能性が高い」ということを前提にしてはいけません。裁判官は「予断」を持って事案に臨んではいけないというのは、そういう意味です。
たしかに「可能性」は「可能性」にすぎず、「黒である可能性が高い」という表現は、「白である可能性」を排除するものではありませんが、そのへんでもうちょっと慎重な物言いをする必要があるのではないかと思います。そもそも法律の問題と社会学的な事実の問題、さらに捜査段階の問題と公判段階の問題とが、きちんと区分けされていないという感じがします。
「違法なことは何もしていない(=無罪)のに逮捕されるのはおかしい」のはまさにそのとおりですが、ごくまれにとはいえ、そういうケースもあることも、これまた事実として否定できないでしょう。
ですから、現段階で首相が「明らかに違法だったがゆえに」と発言するのは、裁判所の許可を要する捜査・逮捕という制度の建前や一般論としては必ずしも間違いではなくとも、やはり軽率というべきでしょう。
実際の話、あとで誤認逮捕や手抜き捜査による不当逮捕だったということが明らかになる事例もあるわけですから。
問題の首相の発言がどういう経緯で出たのかはよく知りませんが、たとえ、法律と制度の建前からすれば間違いではないとはいえ、首相が現に捜査中の個別の事件について言及するというのが、そもそも問題ありでしょう。
結局、首相の言ったことは、制度上の建前からする「一般論」に過ぎないのですが、問題が問題だけに、軽率と言われてもしかたないと思います。
>そもそも、警察・検察の捜査によって逮捕・起訴された被疑者(被告人)が犯罪を犯した犯人である可能性は、事実として確かに高いとしても、公判においては、そのことはいったんちゃらにされるべき
おっしゃりたいことはわかるのですが、このことは「無罪の推定」という言葉からは出てこないというのが私の主張です。あくまでこの原則は主張立証責任についてのみのものであり、「公判では無罪と推定して審理すべき」という内容を引き出すのは、少なくとも法律学的には誤りです。つまりこの言葉から受ける印象から安易に意味が拡張されて使われてしまっているのではないか、ということです。
もちろん公判廷では裁判官の心証は白から始まらねばなりません。しかしこれを担保しているのは起訴状一本主義などの他の制度であって、「無罪の推定」は関係がないのです。
で、このエントリーを書く前に「あ、自分のエントリーに言及しなきゃ」と思いつつすっかり忘れていたので、ここで追記しておきます。
私は
検察の仕事は「黒である可能性が高い案件で黒だと主張すること」
と書きましたが、確かにご指摘の通りこれはミスリーディングです。
正確には、
検察の仕事は「黒である可能性が高い(と検察官が思っている)案件で黒だと主張すること」
ですね。このように修正しておきます。
>「違法なことは何もしていない(=無罪)のに逮捕されるのはおかしい」のはまさにそのとおりですが、ごくまれにとはいえ、そういうケースもあることも、これまた事実として否定できないでしょう。
確かに否定はしませんが、少なくとも「無罪の推定」とは関係はありません。
なお、麻生総理の発言の政治的な問題についてはよくわかりませんが、発言当時の映像(http://www.youtube.com/watch?v=YtabXQkmhvs&NR=1)を見る限り、
(福島議員の「政治資金規正法を改正するのか?」という質問に対して)
事実として逮捕されたのは間違いない
→逮捕されたのは違法だから
→それなりに政治資金規正法は機能している
とあくまで政治資金規正法の話をする前提としての発言です。特にこの逮捕を取り上げてその捜査について何か指示したことをにおわせるようなものでもありません。このような経緯での発言であるとすれば、別に逮捕について言及したとしてもあまり問題はないだろうと思います。
ですから、無罪推定から
>「被疑者または被告人は、有罪判決が確定するまでは無罪であるとして扱わねばならない」
という結論を導くことはおかしくないと思います。
私が信頼している予備校講師も同じことを言っていました。
fly-higherさんが参照した文献を教えていただけませんか?
そんなことはありません。
有罪か無罪か、つまり違法な行為を犯したかどうかは裁判官が決めます。「可能性が高い」というだけで「違法」な行為を犯した、つまり「明らかに違法だった」と断じるのは極めて不適切です。
ところで、刑法、刑事訴訟法を学習する過程の最初のほうで、あなたはそう習いませんでしたか?もし、あなたがここで主張するようなことを裏付けるようなテキスト、または支持する教官が存在するようならばぜひとも教えてください。
>違法なことは何もしていない(=無罪)のに逮捕されるのはおかしい
有罪率が99%がである日本ではそういう誤解が広まっていますが、法律を勉強し法曹になろうという人間までもがこんな考えを持っているようでは・・・
司法改革の結果、こんなことを平気で言ってのける人が易しくなった司法試験に通り法曹になるのですね。しかし、弁護士は市場原理により淘汰される(とされている)のですが、裁判官か検察官になられてしまうと、我々には何ができるのでしょう。検察官適格審査会は機能していませんし、裁判官はたったの8回、それも「明らかに違法だった」事例でしか罷免されていません。自浄能力なき集団に、このような人間を排除することができるのでしょうか。
そんなことはありません。
有罪か無罪か、つまり違法な行為を犯したかどうかは裁判官が決めます。「可能性が高い」というだけで「違法」な行為を犯した、つまり「明らかに違法だった」と断じるのは極めて不適切です。
ところで、刑法、刑事訴訟法を学習する過程の最初のほうで、あなたはそう習いませんでしたか?もし、あなたがここで主張するようなことを裏付けるようなテキスト、または支持する教官が存在するようならばぜひとも教えてください。
>違法なことは何もしていない(=無罪)のに逮捕されるのはおかしい
有罪率が99%がである日本ではそういう誤解が広まっていますが、法律を勉強し法曹になろうという人間までもがこんな考えを持っているようでは・・・
司法改革の結果、こんなことを平気で言ってのける人が易しくなった司法試験に通り法曹になるのですね。しかし、弁護士は市場原理により淘汰される(とされている)のですが、裁判官か検察官になられてしまうと、我々には何ができるのでしょう。検察官適格審査会は機能していませんし、裁判官はたったの8回、それも「明らかに違法だった」事例でしか罷免されていません。自浄能力なき集団に、このような人間を排除することができるのでしょうか。
今日から3月末までは会社の仕事で非常に多忙なので、一言だけコメントさせて頂きます。
>takeshiさん
私は「被疑者または被告人は、有罪判決が確定するまでは無罪であるとして扱わねばならない」という原則を否定するものではありません。ただこの原則は「無罪の推定」からは出てこないのではないか、という主張です。
急いでいるために文献をご紹介することはできませんが、後日フォローしたいと思っております。
>hikaruさん
おそらく実体法上の違法と訴訟法上の違法を混同しているというご指摘かと思いますが、私のエントリーの問題としてその点は認識しており、昨日補足したところです。追記3をご覧ください。文章をきちんと読んで頂けるとわかると思うのですが、私の言っている違法とは訴訟法上の違法のことです。
>有罪率が99%がである日本ではそういう誤解が広まっています
有罪率99%という数字には別の意味もある、という指摘を先日のエントリーでしています。
→http://d.hatena.ne.jp/fly-higher/20090319/1237454615
>司法改革の結果、こんなことを平気で言ってのける人が易しくなった司法試験に通り法曹になるのですね。
批判をされるのは構いませんが、hikaruさんの言われているような「こんなこと」は私は言っておりません(そして文章から受ける印象に従ってしまって誤読してしまうというのは私が指摘する問題点のひとつ)ので、追記やコメント欄文章の趣旨を正しく把握して頂くようお願いいたします。
取り急ぎ。
忙しいと仰られた三月末も過ぎましたし、コメントに返答しようかとおもいます。
>違法なことは何もしていない(=無罪)のに逮捕されるのはおかしい
>hikaruさんの言われているような「こんなこと」は私は言っておりません
言ってますね。
足利事件をご存知でしょうか。警察は、違法なことを何もしていなかった足利さんを逮捕しました。今後の裁判で、何もしていなかったと判明するのは確定的です。この事例を鑑みてなお、「こんなこと」を言ってのけるのでしょうか。あなたは足利さんに向かって、「明らかに違法だったがゆえに逮捕になった。当然のことだ」と言えますか?
ほかにも冤罪を主張しておられるかたがたは全国に大勢います。彼ら彼女たちに向かってなお、「明らかに違法だったがゆえに逮捕になった。当然のことだ」と言えますか?
あなたは弁護士として「日本で最も社会貢献度の高い」法律事務所を作りたいそうですが、それはどんな社会を対象にしたものなのでしょうか。誰に貢献するのでしょうか。あなたは弁護士となり誰を守りたいのでしょうか。教えてください。
さて、まだあります。
>麻生総理の発言の何が問題なの?
令状を発する(処理する)際に必要な「疑うに足りる」という言葉は、「相当程度、違法な可能性がある」という意味です。「明らかに違法」とは、どう解釈しても「違法だ」と断定しているとしか読み取れません。これが問題でないわけがない。
どうやら一部と全部を混同されているようですね。
>「被疑者または被告人は、有罪判決が確定するまでは無罪であるとして扱わねばならない」という意味ではないからです。
だからといって「違法である」と断言して良いわけでもない。そこを理解してください。
社民の福島さんが「推定無罪」という言葉を使ったことで問題を正しく把握できてなかったようですね。
・あの場でその言葉を使うのが適正だったかどうか
という点と、
・麻生総理の「明らかに違法だった」という発言
はまったく別の問題です。
>文章から受ける印象に従ってしまって誤読してしまうというのは私が指摘する問題点のひとつ
とのことですが、もう一度そのことばを省みられてはいかがでしょうか。
言葉尻を的確に捉える素敵なコメントをありがとうございます。
本論である「無罪の推定」についてはややミスリーディングな点がある(一般的な見解が間違いであるとは言い切れない)と最近は思っていますが、それ以外の点については今は興味がないので議論するつもりはありません。
家にテレビがないので足利事件についてはあまり詳しくは知らないのですが、hikaruさんのいわれるように「有罪か無罪か、つまり違法な行為を犯したかどうかは裁判官が決め」るのならば、かつて下された裁判所の判決はどうなるのでしょうか?もちろん再審で無罪ということになれば破棄されることになるのですが、おそらく今はまだ破棄されていない以上有効のはずです。
正直申し上げて実際のところどうなのかはわかりませんが、裁判所が下した「違法である」という判決がある以上、形式的には「違法だ」といえるのではないでしょうか。まあ、こんな議論に意味があるとも思えませんが。
刑事訴訟法上の問題を考えるにあたっては、人権保障は当然ですが、それと同時に捜査の必要性も考慮する必要があります。もちろん捜査の必要性は人権保障に劣後するものですが、まったく考えないわけにはいきません。「足利事件は仕方がなかった」などと言うつもりは毛頭ありませんが、バランスも必要かと思います。
続きの麻生総理の部分は追記3に書いてあります。まあ、言葉の問題は難しいですね。
なお、このブログは私の今の法律に対する理解を基に考えていることなどを自由に書く場所です。批判をされるのは構いませんが、荒れた様相を呈するのは好みません。もうこれまで頂いたコメントがあれば読者の方も内容を吟味できると思いますので、以後このエントリーについてのコメントは荒らし行為として削除させて頂きます。