参院選大敗の影響で、菅直人首相(63)が本来担うべき首脳外交が「機能不全」に陥っている。弱体化した政権基盤の立て直しや、9月の民主党代表選での生き残りのために時間を割かれ、外遊日程が決まらないのだ。このままでは、国際社会における日本の存在感は薄れるばかり。「日本沈没の黄信号が灯り始めた」(野党幹部)との指摘も出ている。
「菅外交は顔が見えないどころか、においすらしない」
永田町の一部でこう揶揄される菅首相。6月下旬、外交デビューとしてカナダでのG8(主要国)首脳会議などに出席。「用意周到な準備をして臨んだ」(周辺)が存在感を発揮できず、各国首脳らが集合写真撮影後に談笑していた際も、1人だけ輪に入れずポツンと立ち尽くした。
首脳同士の個別会談にも岡田克也外相(57)が同席する異例の対応で、「これでは他国の首脳と親密な関係を築くのは難しい」(外務省筋)との声すら漏れた。
それでも、菅首相は夏の外遊に意欲を示していたが、参院選大敗ですべて白紙に。
現時点で、韓国など複数の国から届いている訪問要請への返答は先送り。9月上旬にロシアで開かれる国際会議は、鳩山由紀夫前首相(63)に代理出席を要請した。ニューヨークで9月に開かれる国連総会に出席すれば首相として初訪米になるが、秋の臨時国会と日程が重なる可能性もあり、見通しは立たない。
こうした状況に、政府・与党内からも「国際社会の動きに、日本はますます取り残されていく」(民主党中堅)と懸念する声が出ている。経済や安全保障、環境問題など、国際社会の連携は「首脳間の信頼関係がものをいう」(同)からだ。
たとえば、円高対策もそうだ。
首相は今年1月の財務相就任会見で、「1ドル=90円台半ばまで円安が進めばよい」と述べ、為替相場への「口先介入」で波紋を呼んだ。当時は1ドル=92円台を中心に推移していたが、最近はさらに円高が進み、1ドル=86円から87円近辺になっている。党内外から為替介入を求める声は強まっているが、菅内閣が動く気配はみられない。
この理由について、国際経済に詳しい明治大学の高木勝教授は「菅内閣が円高に知らん顔をしているように映るが、単独で為替介入しても効果は薄いためだ。本来なら、日米欧の協調介入に乗り出したいのだろうが、米国は輸出促進方針を取っているうえ、米軍普天間飛行場の移設問題で日米関係がギクシャクしているのも影響して、協調介入に応じてくれないのだろう」と指摘する。
間の悪いことに、普天間問題などをめぐり、日米関係にまたまた暗雲が漂っている。
今年5月の日米合意では、代替施設の位置や工法を「8月末」までに決定することになっていたが、頓挫しそうなのだ。
15、16日に行われた日米協議で、日本側は沖縄の反発が強いとして、8月末の時点では、代替施設の位置や工法について複数案の提示にとどめたいと主張。これに対し、米国側は日米合意の履行を強く要求したという。
菅首相は先月末、カナダでオバマ大統領と会談した際、日米合意について「実現に向けて真剣に取り組む」と明言した。鳩山前首相の「トラスト・ミー」に続き、日本の首相が2代続けて、米大統領に“ウソ”をついたことになりかねない。
さらに菅内閣は、来年3月で在日米軍駐留経費の日本側負担(思いやり予算)に関する日米両国の特別協定が期限切れとなることに伴い、同予算の削減を米側に求める方針も固めたのだ。
自民党ベテランは「菅首相、民主党政権は国と国の約束の重さを分かっていない。米国は民主党政権への不信感が強く、日米合意にわざわざ『いかなる場合でも』という文言を入れさせた。これで、また合意破りをすれば日本の信用は地に落ちる。この時期に、思いやり予算のカットなど、日米関係を破壊する気としか思えない」と語る。
菅外交の機能不全は、米国以外の国々も困惑させている。
その1つは、年内にもGDP(国内総生産)で日本を追い抜く中国。日中外交筋の1人は「何だかんだと言っても、日本は世界有数の経済大国。ここがおかしくなると世界にも甚大な影響を与える。中国としても日本といろいろ協議したいのだが、胡錦濤主席らトップ周辺は、話し相手を誰にしていいのか図りかねている」と打ち明ける。
“逃げ菅”“ダマ菅”作戦で、必死に政権維持を図ろうとする菅首相だが、世界を相手にはとても通用しない。