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[20497] 【習作】魔王が幻想入り(カンピオーネ!(オリ主)→東方入り)
Name: キー子◆d13b36af ID:dcf8efe5
Date: 2010/07/21 01:44
 性懲りもなくまたこの作品を上げる事にしました、キー子です。
 前作【魔王の凱旋】のように、半端極まりない作品にはしないと覚悟を決めて今作を投稿する所存です。
 主人公は【魔王】シリーズと同じ、自作のオリキャラです。
 権能は『七つの大罪』を元にしてますが、前作の【魔王】とは別の神様を使っています。
 そのため作品の投稿はひどく遅い物になると思われます、そこら辺は見捨てないでくれると作者は泣いて喜びます。

 ―――では、



[20497] “彼”、会話中
Name: キー子◆d13b36af ID:dcf8efe5
Date: 2010/07/24 08:47

 ……この恐るべき偉業を成し遂げた彼らに、私は『カンピオーネ(王者)』の称号を与えたい。
 読者諸賢の中には、この呼称を大仰な物だと眉をひそめる方が居るかもしれない。
 あるいは、私の記録を誇張したものと見なす方も居るかもしれない。
 だが、重ねて強調させていただく。
 カンピオーネは覇者である。
 天井の神々を殺戮し、神を神たらしめる至高の“力”を奪い取るが故に。
 カンピオーネは王者である。
 神より簒奪した“権能”を振りかざし、地上の何者からも支配されないが故に。
 カンピオーネは魔王である。
 地上に生きる全ての人類が、彼らに抗うことほどの力を所持できないが故に!

【19世紀イタリアの魔術師、アルベルト・リガノの著書『魔王』より抜粋】


 前座 『“彼”、会話中』


 暗く、冥く、昏く。
 そこは、底無しの奈落だった。
 感覚は無く、感情も湧かない。
 ただ俯瞰するような認識だけが存在している。
 そんな中で、“彼”はここがどんな場所かを受け入れていた。

 ―――俺ァ、死んだのか……

 感慨はない。
 ただそれを事実として受け入れる認識だけがある。

 落ちていく、堕ちていく。
 底の無い海の深くへ沈んでいくように、底へ向かって墜落していく。
 いや、それは誤りだ。
 ただ“そう”と認識しているだけ。
 本当は昇っているのかもしれないし、あるいは何かの流れに流されているのかもしれない。
 あるいはただその場で静止しているだけなのかもしれない。
 ただ理解できない感覚を、理解できる感覚に置き換えているだけ。
 そうと、我が身に起こっている事象を、他人事のように俯瞰していた。

 ―――死ぬってのも、存外つまんねェもんだな……

 何一つ存在しない空間の中で、“彼”は飽きたように呟く。

「あらそう? ここは結構満ち足りた“場所”だと思うけど」

 何一つ存在しないはずの空間で、不意に声を認識した。

 ―――誰だ……?

 意識だけの感覚で、“彼”は唐突に現れた“彼女”を認識した。
 それは整った顔立ちの、細身の少女だった。
 金色の長い髪を左右で結って、その髪が水中に漂うようにゆらゆらと揺れていた。

「ふふ……。随分とお久しぶりねー。あなたが“あっちの世界”に行ったきりだから、大体五十年ぶりかしら?」

 少女の容をした“彼女”が、艶やかに笑う。
 十代半ばの、幼いとすら形容できる出で立ちの少女。
 だというのに、彼女から感じる印象は紛う事無く蟲惑的な『女』そのものだった。

 ―――あァ、アンタか……

「あら。久しぶりに会ったママに、随分なご挨拶ねー」

 幼い子供のように、頬を膨らませて“彼女”が抗議する。

 ―――ガラガラガラ……。悪ィが、俺を産んでくれたお袋は一人っきりだ。アンタじゃねェよ、パンドラ

 そう言って笑い飛ばす“彼”に、“彼女”――パンドラは不服そうにビシッと指を指した。

「あら、そんな事ないわよ。大体、あなたが神様を殺してその力を奪っちゃった時点で、あなたは間違いなくあたしの養子に迎え入れらたんだから。間違いなく、あなたはあたしの息子なの!」

 ―――『神殺し』。
 それは、“彼”がもと居た世界に存在する一つの儀式であり呪法。
 “神”と呼ばれる超越存在を、いと矮小な人の身で打ち倒す事で行われる暗黒の聖誕祭。
 それは殺した“神”を生贄に、その“神”の持つ『権能』と呼ばれる神力を己が物とする簒奪の秘儀。

 そしてその秘術を行使した存在こそ、不死者エピメテウスであり。
 彼の妻である、目の前の少女の姿をした“女神”パンドラである。

 ―――ああ、そうかい

 しかしそんなパンドラに、“彼”はそっけなく言い返す。

「まぁー。本当に生意気な子だこと」

 ―――そんな事より、訊きてェんだが。ここはどこだ? アンタが居るってことは、ここは生と不死の境界か?

 何となく違うのではないかと思いながら、“彼”はパンドラに尋ねた。
 そして案の定、彼女は首を横に振った。

「違うわ。ここは……えっとなんて言ったら良いのかしら?」 

 難しい表情をして、彼女は首を捻った。

「「 」とかアカシックレコードとか根源とか真理とか万世の交差路とか……、呼び名だけなら色々あるんだけれど」

 ―――? つまりアンタにも説明できないような場所って訳かい

「ん~……、まぁその認識で間違いないわねー。っていうか、言葉として説明出来ないって意味だけど」

 ―――ほぉ……ここがねェ……

 若干“彼”が驚く。
 この“女神”をして「説明できない場所」。
 それがどれだけ途轍もないことか、“彼”も何となく程度には認識できている。
 しかしそんな“彼”に、パンドラは呆れたような息を吐いた。

「ホントに分かってるのかしら? 普通はこんな所、来たくて来れる場所じゃないんだけど……

 ―――アンタは来てるじゃねーか

「あなたが居るからよ。“あなた”が“あなた”としてここに居るから、あたしもここに居られるの。あたしは自分の子供(かみごろし)の居る場所なら、どれだけ離れていても認識できるから。……そうでなきゃ、神様だってそうそうこの場所には来られないんだから」

 ―――そうなのか? まぁ確かに、居心地は悪ィが……どうも自分がぼやける感じがしてなァ

 そう言って“彼”は『自分の姿』を認識しようとする。
 しかし身体は辺りの混沌とした暗闇に溶けてしまったように見ることも出来ず、ただ『自分』がここに居るという意識の感覚しか感じられない。

「当たり前よ。というより、普通はこんな所まで着たら『自分』が希薄になっちゃって自我なんて保ってられるはずもないんだけど……相変わらず、出鱈目な子よね~」

 パンドラが意識だけになっている“彼”を『視て』、呆れを通り越してむしろ感心したように言う。

 ―――……それで? 一体何の用なんだ。何か用事があって、俺に会いに来たんだろう?

「うん……あなたに会いに来たのはね、訊きたい事があったからなの」

 ―――訊きたい事?

 「うん」ともう一度彼女は頷くと、ジッと“彼”の意識の目に視線を合わせるように。
 あるいは覗き込むように『視た』。

「ねぇ、本当にアレで良かったの?」

 そっと。
 その小さな唇から疑問の言葉は流れ出た。

「言ったでしょう。あたしはあなたの居る場所なら、どれだけ離れていてもほとんど認識することが出来るわ。たとえそれが“世界”ごと隔たった場所であっても。
 だから知ってるわ。あなたがあの世界で、何をして何を選んでどんな生き方をしてきたか……」

 ―――…………

 何もかもを見透かすようなパンドラの言葉を、“彼”はただ黙って聞いていた。
 彼女に先までの軽い態度もふざけた調子もない。
 ただ何千年もの時間を生きた、正真正銘の女神の姿で彼女は己の義息に尋ねていた。

「だからこそ、訊きたいの。あの世界でのあなたの最期は、本当にアレでよかったの? 世界を救った者の一人でありながら、結局は政治のために世界に悪役を押し付けられて、共に戦ったかつての仲間達に討たれてしまった。
 救いたかった者達も、あなたが家族と呼んだ人たちも、そのために失ってこんな場所に叩き落された」

 朗々と語られる彼女の言葉に嘘はない。
 そのどれもがこの場所に“彼”が落ちてくる直前に起こった、間違いのない事実なのだから。

「あなたはきっと、この場所を永遠に彷徨う事になる。全ての存在するこの永劫の暗闇の中に久遠に閉じ込められる事になる。……それはきっと、死にも勝る退屈よ。心を犯す“孤毒”という猛毒。神々の魂すら蝕むモノ―――あなたに、それが理解できないはずが無いでしょう?」

 紡ぐ、紡ぐ、言葉を紡ぐ。
 年端も行かないように見える少女の唇から、その言葉は紡がれる。
 眼を逸らしたくなるような、耳を塞ぎたくなるような。
 朗々とした、絶望の言葉は紡がれる。

「ねぇ、答えて。それだけの事があったのに、どうしてあなたはそんなに凪いでいられるの?」

 一切の虚偽を許さない、魂の置くまで覗き込むようなパンドラの視線。
 そこから一切の視線を逸らす事無く、“彼”はむしろ楽しげな声音で答えた。

 ―――決まってんだろう。後悔がねェからさ

「後悔が、ない?」

 理解できなかったのか、パンドラが首を傾げた。

 ―――あぁ。確かに俺ァ負けちまった上に、こんな場所に居る。もうアイツら(家族達)には会えねェだろうさ。それにあれだけの事があった後だ。残してきた国も危ねェかもしれねぇ。……だがな、

 そこで一度、言葉を切る。

 ―――俺ァ自分のしてきた事に、何一つ後悔なんてねェ。“ヤツ”を俺たちが倒した事で追われることになっちまったアイツらのために国を立ち上げた事も、そのために世界を敵に回したことも、一緒に戦ってきたあいつらと殺し合いの大喧嘩になっちまった事も……何一つ、何一つだって俺ァ後悔がねェのさ

 魂すらこもっているような“彼”の本心からの音無き声に、ビリビリと空間が震える。
 それに気圧されたように、あるいは心底から驚いたように、眼を見開いてパンドラが一歩引き下がった。

「む、むぅ……でも、それなら国と仲間達はどうするの? あなたも今危ないって言ったでしょう?」

 気圧された事が恥ずかしかったのか、パンドラが拗ねたように唇を尖らせて言った。
 しかし“彼”はそれこそ心配無用だとばかりに笑った。

 ―――ガラガラガラ……! あいつらが誰の“身内”だと思ってやがる? 何を心配するってんだ!!

「…………」

 呵呵と余裕で笑う“彼”をパンドラはしばらく無言で見つめ、

「ホントに生意気だぞー。義息のクセに、ママをドキドキさせるなんて……」

 どこか照れたように、小さく囁くように呟いた。







[20497] 少女、召喚中
Name: キー子◆d13b36af ID:dcf8efe5
Date: 2010/07/24 23:35
「というわけで霊夢! 神社の境内を貸して欲しいぜ!!」
「いきなりやってきて、何が「というわけで」なのよ」

 明け方の博麗神社。
 その巫女である博麗霊夢は、突然やってきて妙な事をのたまう友人の魔女に呆れた溜め息を吐いた。

「だから、神社の境内を貸して欲しいんだぜ!」
「何が「だから」なのよ。そもそも、人の神社の境内で何する気?」

 霊夢に言われ黒白の魔女――霧雨魔理紗は、待ってましたとばかりに一冊の本を掲げて言い放った。

「私の奴隷(使い魔)を召喚するんだぜ!!」

 その本の表紙には、『召喚式大全』と金色の筆字がデカデカと書かれていた。



 『 ~少女、召喚中~ 』



「藍や紫を見て、私も思ったんだよ。私もあんな小間使い()が欲しいってな」

 博麗神社の境内。
 そこにカリカリと白線で召喚の陣を描きながら、端で見ている霊夢に魔理沙は説明した。

「はぁ、あなたが式ね~。まぁ確かに、紫のトコの藍とか見てると便利だって気はするけど……」

 神社の参拝所に腰掛けてお茶を飲みながら、霊夢は白線を引く魔理沙を眺める。

「っていうかあなた、その本どうしたの? なんかものすごーく胡散臭いんだけど……」

 そう言って、魔理沙の持つ本を見やる。
 黒い表紙で閉じられた本には、筆の金字で『召喚式大全』。
 使われている紙や素材は立派そうではあるが、なんだか誰かの手作り感が見え隠れしている。
 一言で言えば、ものすごく胡散臭かった。

「へへ、心配要らないぜ。なんせパチュリーのトコから強奪し(借り)てきたんだからな。パチモンって事は無いはずだぜ」
「あぁ、パチェリーの所から。……なら、まぁ信用は出来るでしょうけど」

 それでもまだ、わかに胡散臭い。
 それこそまるで、どこぞのスキマ妖怪のように。

「それより、なんでうちの境内を使うの? 召喚とかするなら、自分の家でやればいいじゃない」
「召喚の儀式をするために必要な霊地と広さってのがあるみたいでさ。その条件だと、家は狭すぎるんだよ。それに比べて、ここは広さも霊力の集まり具合も問題ないしな!」
「ちょ、ちょっと!? 一応ここは博麗大結界の要でもあるんだからね。まさか結界に影響がでるようなことは無いでしょうね?」

 魔理沙の言葉に、さすがに霊夢も焦る。
 この幻想郷を覆う博麗大結界。
 幻想郷を幻想郷として維持する、要であり前提。
 だからこそ、この幻想郷において博麗大結界に影響を与える事はかなり重大な罪に当る。
 下手を打てば、この幻想郷の賢者の手で消されかねないほどに。
 そこまでなくても、確実に霊夢は動くことになる。
 それこそ目の前の魔理紗を全力で叩き潰さなければならない。

 そんな心配をする霊夢に、魔理紗はカラカラと笑う。

「大丈夫だって。霊地の霊力が必要って言っても、それほど大量に必要なわけじゃないし、そのための必要量も計算してるって。……そもそも私だって紫や霊夢を敵に回したくねーぜ」
「それなら、いいんだけど……」

 そう言って浮かせていた腰を下ろす。
 なんだかんだ言っても、こういった所で霊夢は魔理沙の事を信用していた。
 因みに霊夢は魔理紗が何を召喚するかについては、それほど心配していない。

(召喚って言ってもねぇ。博霊大結界の“外”から何かを呼ぶなんて、そもそも出来るはずないし)

 そんな事、それこそこの結界を張ったと言われるあの胡散臭い大妖怪くらいのものだろう。
 ましてまだ“本物の魔法使い”ではない魔理紗では、呼べるとするならせいぜい“内”側の妖精くらいのものだ。
 博麗大結界を管理する者としてそんな確信を持って、せっせと白線を引く魔理紗をズズッとお茶を啜りながら眺める。

「―――これでよしっと」

 やがて地面に白線を引き終わった魔理紗が、一歩は離れてそれを眺め満足げに頷いた。
 そして白線の模様が正位置に見えるように移動すると、本を片手に魔方陣に向けて手を伸ばした。

「―――天、明らかにして星来たれ。召喚の精は星をいとわず、我は心を寄せたり……」

 魔理紗から溢れる魔力が、ゆっくりと地面の方陣に染み渡っていく。
 その大地からの霊力と魔力が方陣に流れ込み、ゆっくりと方陣が発光し始める。
 迫力のある光景に、「へぇ」と眼を丸くする霊夢。
 魔理紗も手ごたえを感じて、ニヤリと笑みを浮かべた。
 そして、

「来々、我が式神よ!!」

 ポスン……
 ひどく間の抜けた音が響いた。

「…………」
「…………」

 無言。
 霊夢は無表情のままどこか気まずげにスッと視線を逸らし、魔理紗は固まったままプルプルと震えだした。

「い、いまのはちょっと失敗しただけだぜ! うん!」

 振り返って言い訳するように、大声で霊夢に言う。
 それに霊夢はどこか哀れむような表情で、分かっているとばかりに頷いた。

「う、うがー! そんな哀れんだ目で見るんじゃねーぜ!! 見てろ、次こそ絶対成功させて見せるからな!!」

 そう言って、再び魔理紗は魔方陣に向き直る。

「きっと呪文が悪かったんだ。えっと、他の呪文は……」

 本のページを捲り、別の呪文を探す。
 見つけた他の呪文を見て、それをその場で暗記する。
 そして今度こそとばかりに、やはり本を片手に方陣に手を向けて呪文を唱えた。

「宇宙の果てのどこかにいるわたしのシモベよ! 神聖で美しく、そして、強力な使い魔よ!  わたしは心より求め、訴える……我が導きに、答えよッ!!」

 ポスン……

「閉じよ、閉じよ、閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ満たされる刻を破却する。素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師魅魔。
 降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。
 告げる―――汝の身は我が下に、我が運命は汝が剣に。誓いを此処に。我は常世全ての善と成る者、我は常世全ての悪を敷く者。
 汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!!」

 ポスン……

「ち、チクショウ! 次だ次!!」

 ポスン……

「え~~い! こうなりゃ……」

 ポスン……

「~~~~~!!!」

 ポスン……
 ポスン……
 ポスン……

 なんどやっても出てくるのは間の抜けた音と、手品程度の煙。
 魔理紗は十回やった辺りで自棄になり、二十回を超えた辺りで涙目になり、三十回を過ぎた辺りで嗚咽を漏らし始めた。

「ね、ねぇ魔理紗。そろそろやめた方が……」

 もうすっかり日も傾いてきた中。
 いい加減、見ているのが気の毒になってきた霊夢が、魔理紗を止める。

「ひ、ひっく……。ま、まだまだ終われねーぜ」

 それに耳を貸さず。
 魔理紗は何度も鼻を啜りながら、涙で真っ赤になった眼を魔法陣に向けて本に記載されている呪文を唱える。

「うぅ……ぐす、いあいやあいあいあいああ~~~!!!」
「ちょっと待て~~~ッ!!!」

 半ば泣きながら呪文を唱える魔理紗に、それの不味さを本能的に悟った霊夢が思わず物を投げて止めた。

「うぅ……なにするんだよ~」
「あ、ごめん。なんか止めなきゃいけない気がして……」

 弱弱しく言う魔理紗から霊夢が気まずげに視線を逸らす。

「ねぇ、魔理紗。そろそろやめない? なんか見てて辛くなってきたんだけど……」
「うぅ~……でも……」

 未練がましく召喚陣を見る魔理紗。
 そんな友人に、霊夢は一つ溜め息を吐いた。

「じゃあ次で最期。これで失敗したら、今日の所はこれで終わり。……境内は、明日も使って良いから」
「あ、ありがと~。やっぱ持つべき物は親友だぜ!!」
「はいはい」

 現金な魔理紗に苦笑を浮かべて、霊夢は後で慰めるための茶菓子でも出してやろうと思いながら、魔方陣に向かい合う魔理紗を見守る。
 魔理紗は魔方陣に向き直ると、懐から魔力回復用の茸を一つ口に含んだ。

「―――よし!」

 魔力が回付した事を確認すると、魔理差は集中するようにスッと眼を閉じて本を片手に召喚陣に手を向けた。
 深呼吸を二、三度繰り返し、自分の中の魔力と気力を充実させる。
 そして。

「―――紫も霊夢もケチョンケチョンに出来るぐらいスゲー使い魔!! 私の呼びかけが聞こえるなら、答えてこの場に現れよ!!」
「っておい!!」

 霊夢は先までの優しい感情を投げ捨てて、手持ちの湯飲みを魔理紗目掛けて思いっきりぶん投げた。

「~~~~ッ。何すんだよ!?」

 頭を抱えて蹲る魔理紗。

「アンタこそ何言ってるのよ!! さっきまで感じてた友情を返しなさい!!」
「い、意味が……」
「大体、アンタは……―――ッ!?」

 不意に、霊夢が何かに気付いたように空を見上げた。
 魔理紗も釣られたように空を見上げる。
 特に何の変哲も無い青空だ。
 もう日差しに赤みがかかってきている。

「? どうした、霊夢?」
「結界が……」
「え?」

 意味がつかめず、もう一度空を見上げて

「あれ?」

 気付いた。
 一瞬前まで、晴れ渡たっていた空。
 その空の丁度魔理紗の頭上辺りに、昏い雲が湧き出していた。
 それが段々と広がり始め、やがて渦を巻き始めた。

「な、なんだありゃあ!?」
「分からない。でも……」

 霊夢は視線を鋭くし、いつの間にか手にはお払い用の棒を握り締めていた。

「何か、―――来る!!」

 次の瞬間、“魔理紗の魔方陣”が急速に輝き始め、空の雲へと光の柱を造った。
 その柱が暗雲を貫き、そして―――

「きゃああああぁ~~~!!??」
「うわぁああああ~~~!!??」

 突然、雨が降り出し風が吹き荒れた。
 ガラガラと、誰かが笑うような雷鳴が暗雲に走る。
 そして次の瞬間、一筋の雷鳴が“境内に描かれた魔方陣目掛けて”奔り落ちた。

「「~~~~~~ッ!!!」」

 二人は悲鳴すら上げられずに吹き飛ばされて、境内の中を転がった。

「う、いててててて……」
「何なのよもう……」

 体を打ちつけた痛みを堪えて、何とか顔を上げる。
 魔理紗の描いた魔法陣の辺りは、いまは舞い上がる煙で覆われていた。

「―――あ」

 最初に気付いたのは、魔理紗だった。

「え? ―――あ」

 そしてすぐに霊夢も気付く。
 もうもうと煙の上がる中、その向こうに人影らしきものが動くのを。

「よ、よっしゃあ! 成功したぜ!!」
「そんな、まさか……」

 はしゃいで大喜びする魔理紗の横で、霊夢が呆然とその影を見つめる。
 段々と煙が腫れてきて、その影の姿が顕になった。

 それはどうやら人型の、それも男のようだった。
 黒い着流しの上に、ヒラヒラとした豪奢な着物を羽織っている。
 しかしその着物も、今はボロボロに成っていた。
 あちこちが擦り切れ、黒い汚れのようなものが滲んでいる。
 さらに着物の上から鎖で縛られており、その鎖を縫い付けるように胸には刀が刺さっていた。

「グ……が、ァ……」

 男が、ビシャリと口から赤黒い物を吐いた。

「―――って、え!?」

 そこでようやく魔理紗は気付いた。
 自分が呼び出した(?)使い魔が、いきなり死に掛けていることに。

「あ、私の使い魔が~~~っ!?」
「…………ッ」

 魔理紗が叫んでいる間に、霊夢はその男に近付いて息を確かめる。

「ちょっと、あなた大丈夫!?」
「……あ?」

 焦点も合っていないような視線で辺りを見ていた男が、霊夢の声に気付いたのかこちらを見た。

「こど、も? ……まさか、お嬢ちゃんが助けてくれたのか?」

 霊夢の姿を見た男が、呆けたような声で言った。

「は? 助けた?」
「違う、のか……グッ」

 男が呻くと、口の端からまた溢れ出すように血がこぼれた。

「魔理紗! いつまでも慌ててないで、こっちに来て早く手伝いなさい!」

 このままでは拙いと直感的に悟ると、振り返ってオロオロとしている魔理紗を怒鳴りつける。
 怒鳴られた魔理紗はハッとして、慌てて駆け寄ってくる。

「とにかく、このままじゃ拙いわ。早く医者のところに運ばないと……」
「分かった。私の箒に乗せる!」

 魔理紗はそう言って、置いてあった箒を取りに行こうと踵を返す。

「待ちな。……医者は、いらねぇ」

 その魔理紗を、苦しそうな男の声が引き止めた。

「ちょ、あなたそんなに大怪我してるのよ? 強がってないで、大人しくしてなさい!!」
「そういう、訳じゃ……ねぇ。―――それより、コイツを取ってくれ。それだけで良い」

 叱り付ける霊夢に、男は首を横に振って胸元の刀と体に巻き付く鎖を指差す。

「これを?」
「あァ……」

 霊夢は躊躇うように男に突き刺さった刀を見る。
 この刀を下手に引き抜いてしまえば、蓋を外したように血が溢れ出してしまうのではないかと思ったのだ。

「だ~もう、じれったいな! 本人が言ってるんだから、さっさと抜いてやればいいじゃねーか!!」
「ちょっと……!?」

 しかしそれに焦れた魔理紗が、霊夢の静止も聞かずに刀に手をかける。

「本当に良いんだな!?」
「一思いにやってくれていい……」

 魔理紗は最期に一度だけ男に尋ねると、男は躊躇い無く頷いた。

「よし! ……おりゃああ!!」
「ぐ……ッ」

 ズルリッ、と男を貫いていた刃が引き抜かれる。
 同時に、抜いた穴から心臓の脈動にあわせて、ゴボゴボと血が溢れ出してきた。

「うわぁああ! 血が……ッ」
「だから言わんこっちゃないのよ!!」

 大量に溢れ出す血に、流石に二人も顔色を悪くして慌てだす。

「大丈夫、だ。……それよりお嬢ちゃんたち。悪ィんだが、この鎖まで外してくれ……」
「こ、これも!?」
「あァ。……急いでくれるとありがたい」

 男が苦しそうに胸元を押さえて言うが、そこから血はどぼどぼとあふれ出している。
 二人ともその血の量に気圧されたように一瞬躊躇うが、

「えぇ~い! 毒を喰らわば皿まで!!」
「そ~だ! 女は度胸だぜ!!」

 二人とも自棄になったように声を張り上げ、男に飛びつくと絡みついた鎖を取り外す。
 ジャリジャリと音を鳴らして外れていく鎖は、細く見えるのにいやに頑丈で重く、自分から男に巻きついているようでひどく外しにくかった。
 それでも何とか男に巻きていた鎖を全て剥がす。
 それを確認すると、男は苦しそうな呼吸を繰り返しながら、口元を緩めた。

「ありがてぇ。……助かったぜ」
「そ、それより、後どうすれば良いの?」
「ち、血がとまらねーぜ!?」

 二人が慌てるが、男はゆるゆると笑みを浮かべた。

「後は大丈夫だ。……それよりちょっと離れといてくんな。巻き込んじまう」

 そう言うと、男は手の平を地面に押し付けた。
 二人は意味が分からず、それを見て。

「「!!??」」

 二人同時にその場を飛び退いた。

「な、なんだこれ……!?」

 魔理紗が困惑する。
 男が地面に押し付けた手の平を中心として、ごっそりと“何か”が男に向かって飲み込まれていくのを感じたのだ。
 それも尋常な量ではない。
 しかも、

「血が……」

 霊夢が男の胸元を見て呟く。
 男の胸から溢れ出していた血が、途端に収まっていくのだ。
 それどころか、体中の傷までが消えるように癒えていく。

「これ……まさか、霊脈を食べてるの!?」
「マジか!?」

 霊夢の言葉に、魔理紗が驚く。
 霊脈とは地面の中を流れる霊力の流れの事で、人間の体を巡る“気”の大陸版のようなものである。
 霊脈を食べるという事は、つまり大地の力そのものを吸収しているという事だ。
 普通の人間や魔法使いでもこの地脈を利用して儀式や魔術を行うことはあるが、一人の生き物に利用できる地脈の量には限度がある。
 少なくとも、並の生き物ではこんな目に見えて分かる量の霊脈を吸えば、体が耐え切れるはずはない。
 しかし目の前の男はそれを平気な様子で喰い尽し、それどころか傷の治癒まで行ってしまった。

「…………ふぅ」

 二人が驚きに眼を見開いてそれを眺めている中。
 男はその場の霊脈を喰らうだけ喰らうと、満腹したように息を吐いた。
 そして地面に当てていた手をゆっくりと離す。
 すでにボロボロだった男の姿は、少なくとも見える素肌に殆ど傷も見えなくなっていた。

「「…………」」

 二人が呆然と男を見ていると、不意に男が二人に向き直った。
 その場に腰を下ろし胡坐をかくと、深々と頭を下げた。

「―――俺の名は天破 仰。此度の御恩に、厚く御礼申し上げる」

 そう言うと、男は頭を上げてニッと笑った。

「お嬢ちゃんたち、おかげで助かったぜ」
「……えっと」
「―――また、面倒な事になりそうね」

 困惑している魔理紗の横で、霊夢が深々と溜め息を吐く。
 空にあった雲はすっかり晴れ、蒼かった空はもうすぐ赤く染まり始める頃だった。






[20497] 青年、詰問中
Name: キー子◆d13b36af ID:dcf8efe5
Date: 2010/07/24 08:56
 ―――あん?

 全ての世界に繋がりながら、どの世界にも属さないとある場所。
 不意に“彼”が視線を上げた。

「あら、どうしたの?」

 ―――……パンドラ、何か聞こえたか?

「ここで?」

 パンドラがキョロキョロと辺りを見回す。

「別に何も……そもそも、此処には今あたしたち以外は何も無いはずだから、音なんて聞こえないはずだけど?」

 しかし辺りは見渡す限り、あらゆる全てを溶かし込んだような暗黒色の闇の中。
 自分達以外のものは存在しない。
 ならばこの場所では、自分達の声以外の音など存在もしないはずなのだ。
 だが。

 ―――いや、確かに聞こえる。……こいつァ―――声、か?

 意識だけの“彼”は、その音に呼ばれるように出所を探す。
 闇としか認識できない周囲を注意深く探り、―――そして見つけた。

 ―――これだ

 暗闇の空間の中、理解した一箇所。
 その部分が、周囲の闇と違っていた。
 まるで温度の違う水が交じり合っているような。
 まるで質量の違う空気が停滞しているような。
 暗闇のその部分だけが、周囲の闇から浮き上がるように凝って見えた。

「あら、ホント。どうなってるのかしらこれ?」

 その部分を覗き込んだパンドラも、驚いたようにそこをあちこち視点を変えて眺め回した。

「あ、なるほどねー」

 やがて何かに気付いたのか、若干驚いたように頷いた。

 ―――何か分かったのか?

「うん。これって“召喚”だわ」

 ―――召喚? 俺が『あの世界』に呼ばれたようなやつかい

「ええ、そうよ。あれと同じ。でもこんな場所に召喚をかけるなんて、器用な真似するわねー」

 パンドラが感心したような、逆に呆れたような声を上げる。

 ―――器用……召喚者が優秀ってことか?

 “彼”の言葉に、パンドラは笑ってパタパタと手を横に振った。

「あはは、違うわよ。大体、普通はこんなトコに召喚をかけたって、だーれもいないんだから結局ムダでしかないしね」

 ―――……あぁ、そいつは確かに

 パンドラが言っていたように、ここには本来神々ですらめったに寄り付かない場所なのだ。
 そんな場所に召喚をかけたって、何も無いのだから誰がそれに応えてくれるというのか。

 ―――ガラガラガラ……。なるほど、間の抜けた召喚者も居たもんだ

「う~ん……そうでもないと思うわよ? 多分、どこかの世界に召喚をかけようとして、何かに邪魔されてるんじゃないかしら? 一応、ここは全ての世界に繋がる交差路でもあるから」

 そこまで言ったとき、パンドラがふと何かに気付いたように顔を輝かせた。

「あ! ねぇ、あなたちょっとこの召喚者に応えてあげなさいよ!」

 ―――あん? なんでまた……

「忘れちゃったの? あなたはここに放逐されちゃってるのよ。ここからどうやって出る気?」

 ―――……あぁ、確かにな。その通りだ

 言われて気付く。
 そもそもパンドラのように目印でもなければ、神々ですら進入は至難のこの空間。
 普通ならここからの脱出など“彼”では不可能だろう。
 しかしこの召喚に応えるなら、文字通り渡りに船でここから外の世界へ出るられるのだ。

「ね、この召喚を利用して、さっさと外に出ちゃえばいいじゃない。気に入らない召喚者だったら、倒しちゃえば良いんだし」

 ―――ガラガラガラ……! 随分と剣呑なこと言うじゃねェか。……大体、召喚ってなァ応えちまったら束縛がかかるもんじゃなかったか?

「大丈夫よ。今のあなたの力なら、それこそよっぽどの存在じゃないと相手にもならないわよ。それに、ここですら意志を保ってられるほどですもの。精神に影響を与えるようなものも、効果が無いんじゃないかしら?」

 ―――へェ、そうなのか?

「もちろんよ。それに知ってる? 黄泉や冥府へ下った人間は、そこから現世へ戻るとき、何かしらの“力”を得て帰る。……まぁ瀕死から生き返ってパワーアップって、少年マンガの王道よねー」

 ―――ガラガラガラ……! なら俺ァそいつの主人公ってか? ガラでもねぇ

「何を今さら。神殺しなんて波乱万丈の上に、異世界で魔王を倒すなんて、もうそのものじゃない。……それで、行くの? 行かないの?」

 “彼”は少しの間黙り込み、暗闇の空間をぐるりと見回した。

 ―――確かに、な。こんなトコで永遠にジッとしてるってのもゾッとしねェ話だ

 そう言うと、“彼”は凝った部分に近付いていく。

 ―――世話になったな、パンドラ。そんじゃあ、ちょいと行って来るぜ。

「ええ、行ってらっしゃい。わたしのことは心配しなくて良いわよ、ちゃんと帰れるから」

 ―――ガラガラガラ……! 元々、心配なんざしちゃいねェよ

 笑って言いながら、“彼”は凝りの中に身を投じた。

「いってらっしゃい、アオギ。ここでの事をあなたは全部忘れてしまうんでしょうけど……わたしはあなたの事、ずっと見守ってるからね。わたしの子供達の中でも、一番強い男の子」

 凝り全てを飲み込まれる寸前。
 その背に、本当の母のようなパンドラの言葉を聞いた。



 ―――彼が魔理紗に呼び出される、直前の話である。


 『 青年、詰問中 』


 ―――カンピオーネ。
 それは、現世に現れた荒ぶる『神』を打ち倒し、その『神』を『神』足らしめる“力”――即ち“権能”を奪い取った者に送られる称号。
 只の人として生を受けながら、『神』を殺した事で圧倒的なまでの強大な力を得た存在。
 その個人が持つには余りに強大すぎる力と不可思議の奇跡を起こす『権能』から、その者は時に『王』あるいは羅刹や覇者とも称される。

「それ本当?」
「すっげーぜ!」

 霊夢は疑わしげな視線を向け、魔理紗はまるでテレビのヒーローを見るような目で素性を話した仰を見た。
 場所は博霊神社の客間。
 十畳ほどの和室で物は少ないが、中々掃除のされた品の良い部屋だった。
 仰は二人の対面に胡坐を掻いて座っており、用意された湯飲みを片手に「おう」と頷く。
 障子窓から差し込む夕日が、部屋を赤色に染めていた。

「何だ、霊夢の嬢ちゃんは信じちゃくれねェのか?」
「というか、信じたくないってのが正直なところね。……人間が神様を殺すなんて、お伽噺もいいとこよ」
「私は信じるぜ! この私が呼び出したんだ、そんぐらいスゲーヤツじゃないとな!」

 お茶を啜りながら「それはない」と首を横に振る霊夢。
 逆に魔理紗は嬉しくて嬉しくてたまらないとでも言うようだった。

「ガラガラガラ……。まぁ霊夢嬢ちゃんは巫女さんみたいだしなァ。神に仕える身としちゃ、やっぱ信じられねェか?」
「それもあるけどね……。まぁ、あんな風に霊脈を食べてたから、少なくとも常人じゃないのは分かるけど……」

 霊夢が外の境内の方を眺めながら言う。
 ここからでは見えないが、いま境内はかなりボロボロの状態だった。
 仰が上空から降ってくるように来たせいで、その衝撃で境内には小さなクレータが出来ており。
 さらには仰がこの辺の霊脈をごっそりと食べたせいで、この神社の霊脈の流れそのものが多少歪になってしまっている。
 それを修復する苦労を思い描いて、霊夢は深く深く溜め息を吐いた。

「まぁ良いわ。あなた……えっと、仰って言ったっけ? 今日はとりあえずここに泊まっていきなさい」
「ちょ、待てよ霊夢! こいつは私が呼び出したんだぜ! 私が連れて帰るのが筋だろう!?」

 霊夢の言葉に魔理紗が立ち上がって怒鳴るが、逆に霊夢の方が魔理紗をキッと睨み付けた。

「黙りなさい! 元はと言えば、アンタがこんな人を呼び出したのが原因でしょうが!! あんな風に結界を揺らすわ、この辺の霊脈を食べちゃうわしたせいで、明日はぜったいアチコチ走り回ることになるんだからね!! アンタそれ分かってんの!?」
「ど、怒鳴るなよ……」

 霊夢の迫力に気圧された魔理紗が、怯んで大人しく引き下がった。

「とにかく。もうちょっと調べたい事もあるし、この人にうろちょろしてもらっちゃ困るのよ」
「ガラガラガラ……。はっきり言うな、霊夢の嬢ちゃん。だが、まぁ承知した」

 分かったわね? と視線で睨むように問う霊夢に、仰は笑いながら頷いた。



「―――あァ、いい月夜だ……」

 夜。
 とりあえずと用意された一室の縁の淵に腰掛けて、天破仰は夜空の月を眺めていた。
 手元には一本の煙管。
 吐き出される紫煙が、ゆらりくらりと夜空に昇る。

「……幻想郷か」

 ポツリと呟く。

 ―――幻想郷。
 それがこの“世界”の名前らしい。
 正確に言えば、ここは“外”の世界から切り離すように創られた一種の隠れ里のような物だという。
 妖怪、妖精、神霊。
 そんな“外”の世界において忘れ去られ、消え逝くはずだった者たちが集い暮らす幽玄の世界。

「夢幻、泡沫の世であっても、月は変わらず夜空に浮かぶ、か。ガラガラガラ……、風流じゃねェか」

 月を眺めて笑いながら、仰は口に含んだ紫煙をポカリと吹かした。

「―――なぁ、そろそろ出てこねェか? こんなにいい月夜なんだ、覗き見は野暮だろう?」

 しばらく黙って月を眺めていた仰が、誰も居ないはずのこの場で不意に呟くように言った。

「あら、……良く気が付いたわね」

 仰以外誰も居ないはずのそこに、女の声が響いた。

 プツリ……
 空間に突然、切れ目が出来る。
 その切れ目が段々と開いていき、やがて空間が大きく裂けた。
 裂けた空間の中は薄暗く、そこからは幾つモノ眼球がこちらを覗いていた。

「………………」

 仰は無言のまま、ただ視線だけをそこへと向ける。
 開けた空間から、白い腕が伸びた。
 腕は段々と姿を現していき、やがて“それ”が姿を現した。

「うふふ……。ごきげんよう」

 姿を現した“それ”は、美しい女の姿をしていた。
 金色の髪をなびかせた、整った顔立ちの少女。
 そんな女の容をしたナニカが、白い日傘を片手に仰に向けて笑みを浮かべた。

「オメェさん、誰だい?」
「私は八雲紫。この幻想の地に、古くから住まう者ですわ」
「へェ……そうかい」

 口元に笑みを浮かべながら、仰の視線は油断無く紫を見定めている。
 その可憐ともいえる容貌に騙される事無く、仰は直感的に理解できていた。
 目の前の“これ”が、尋常な相手ではない事を。
 それこそ、下手をすればかつての彼の仇敵でもあった“あれら”と、――元の世界に居た“神々”と同等の存在である事を。

「それで? オメェさんみてェなモノが、一体俺に何の用だい?」

 煙管を吹かしながら尋ねると、紫が笑みを浮かべたまま視線だけを鋭く仰を見返した。

「貴方の真意と正体を見定めに」
「ガラガラガラ……なるほど、そりゃあ簡潔だ。―――しっかし、それならもう用事は済んだろう?」

 言外に「霊夢たちに説明したのを見ていただろう?」と言う仰に、紫は最初から気付かれていた事に驚く様子も無くにこやかに頷いた。

「ええ。あの話が嘘にしろ真にしろ、少なくとも“ただの人間”では無いという事が」

 そう言う目だけは、まるで笑ってなどいなかったが。

「そうかい……。それが分かったんなら、さっきから感じる“コレ”。いい加減止やめちゃくれねェか? 鬱陶しくて仕方がねェ」

 そう言って、仰は自分の周りを煙管で指し示す。
 先からずっと、仰の根本的な部分を調べ介入しようとする“力”が、仰を取り巻いていたのだ。
 仰は自分の中を巡る圧倒的な“力”でそれを巧く逸らしているのだが、少し気を抜けばあっという間に侵蝕される。
 それほど強力な“力”で、かなり面倒なものだった。

「……断るわ」

 紫から完全に笑みが消えた。

「私の“能力”が効かない。……いえ、受け流すような存在を相手に、止められる訳が無い。―――答えなさい。貴方は一体何者? この幻想郷に仇為す心算があるのかしら?」

 紫の口調から、完全に敬語が抜け落ちた。
 辺りの空気をチリチリと泡立たせるほどの妖気を放ちながら、金色の瞳が闇夜に煌くほど輝いた。
 謀れば殺すと、全身で訴えかけてくる。
 しかしそれに仰は態度を崩す様子も無く、煙管を咥えて紫煙を吐いた。

「……そうだな。その前に一つ訊いときたいんだが……あの二人のお嬢ちゃん――あぁ、つまり霊夢と魔理紗のことだが――この幻想郷をどうこうするような人間なのかい?」
「……いいえ、違うわ。特に霊夢は、この幻想郷の秩序を乱すような相手を咎めるような立場の人間よ」
「なら、俺ァこの土地をどうこうするつもりはねーよ」

 だからどうしたと言わんばかりに言う紫に、仰はほとんど考える素振りも見せずに即答した。

「…………」

 その仰の言葉を疑うように、紫の視線は変わらず仰を鋭く見つめる。

「信じられねぇかい? まぁ、そうだろうが……」

 仰は煙管を口にくわえて一息吐くと、ふわりと紫煙をくゆらせる。

「俺ァな、あのお嬢ちゃんたちに助けられたのさ。ただ命を救われただけじゃねェ。もっと酷い状況から、文字通り救い上げられたのさ。……俺ァ善人のつもりなんざ欠片もねェ、むしろ悪人側の人間だが……義理も仁義も理解できねェほど、無粋なつもりもねェよ」

 穏やかな笑みを浮かべて、仰は紫を見やる。
 紫はしばらくの間、その真偽を問い質そうとじっと仰の瞳を覗き込む。

「……いいわ。今はその話、信じてあげる」

 やがてゆっくりと息を吐くと、紫はそう言って開いたままの空間に体を沈めた。

「でも憶えておきなさい。もしも今の言葉を翻して、この幻想郷に仇為すような事があれば、その時は私が全力を持って貴方を殺すわ」
「あァ、承知した」

 仰が頷いて答えるのと同時。
 紫の姿は、あの空間の中に完全に姿を消した。
 空間が閉じ、部屋はまた何事も無かったように静寂が満ちる。

「あぁ、どうにかするものかよ。こんなに退屈しそうにない土地、追い出されちゃあかなわねェ」

 ガラガラガラ……
 ガラガラガラ……
 遠くこもる遠雷のような笑い声が、静寂の中に響いていた。





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