金銭面の問題は残った。それでも父親が初めて自分を認めてくれたことでアオイさんは安心できたという。
「すごく仲良くなりたいとかはないけど、普通の家族のようになりたい。きついことがあったら相談できる仲になりたい」
一度壊れた親子の絆。完全に断ち切ることも、再びつなげることも容易ではない。
4月。アオイさんが施設を退所する日を迎えた。短大に合格し、一人暮らしをすることになったのだ。懸案だった学費は、自治体の制度を利用することでメドがついた。新しい住まいは6畳一間。掃除、洗濯からお金の管理まで、全てが初めてとなる。
鳥羽瀬さんはアオイさんと夜遅くまで語り合った。「離れている心配はあるけど、ストーカーみたいにメールするから」。
鳥羽瀬さんが帰ったあと、一冊のノートが残されていた。“応援帳”。体調管理や簡単な料理のつくり方など、一人暮らしのアドバイスが詳細に書かれていた。アオイさんのため施設の全職員が知恵を出し合った。ノートの最後には鳥羽瀬さんからのメッセージが添えられていた。
「人生は楽しいばかりじゃない。でも、苦しいばかりでもない。人を裏切らず、正直に生きてください。そしていつか幸せな家庭を築いてくれるのを楽しみにしています。あなたの幸せを心から祈っています」
泣きじゃくるアオイさんが最後に一言呟いた。「がんばる」。
(文:番組取材班 杉浦大悟)
取材を振り返って
【鎌田靖のキャスター日記】
今回は「児童虐待」がテーマです。去年7月、虐待を受けた子供たちが治療を受ける長崎県大村市の施設、「大村椿の森学園」を番組で紹介し、視聴者の皆さんから多くの反響をいただきました。今回はその続編です。
番組で取り上げたのは17歳のアオイさん。番組では虐待で心に傷を負った子ども達が社会に出ていくことの難しさを、アオイさんを通して見つめました。
以前、取材で施設を訪れた時私もアオイさんに会いましたが、その時はほとんど話をしてくれませんでした。でも今回、「保育士になりたい。そのために短大に行きたい」と自分の将来をきちんと話すアオイさんを見てその回復ぶりに驚かされました。
椿の森学園で治療にあたっている精神科医の宮田雄吾さんは番組でアオイさんについてこう語りました。
「これからもつらくなることがあるかもしれない。でも6年前入所してきた時、誰とも話せなかった彼女がテレビの取材を受けるくらいにまでなれたのは本当に成長だと思います。社会を乗り越えていく力はついたと確信しています」。
もうひとりのゲストは映画監督の是枝裕和さん。母親に捨てられた子どもたちがアパートの一室で生活する姿を通して家族や社会の在り方を問いかけた『誰も知らない』という映画を6年前制作して大きな反響を呼びました。