2010年7月23日15時40分
北朝鮮による拉致被害者家族連絡会の元事務局長・蓮池透さんが東京都内の大学で講演した。蓮池さんは、「圧力が一番の道」とする家族会の方針との違いから、2005年に事務局長を退任。今年春には家族会から退会し、現在は拉致問題解決を訴えつつ、政治的立場を超えた論者たちとの「対話」を重ねている。
蓮池さんは、自身が体験したマスメディアとの関係を次のように振り返った。
「弟(薫さん)の帰国後は、毎日記者会見をして洪水のように報道された。それまでずっと無視されつづけてきた反動もあって、自分の言うことは何でもメディアがとりあげてくれると思い上がってしまった」
被害者なのだからテレビで笑顔は見せられないと渋い表情をしているうち、「強硬派の急先鋒(きゅうせんぽう)」というイメージが作られたという。だが、“強硬姿勢”一辺倒では解決へ結びつかないのではないかと疑問を抱き、家族会との間に距離ができはじめると、メディアの扱いも一変した。
「悪に対しては交渉するのも許さないとされ、北朝鮮とも柔軟に話し合おうという自分のような意見は非国民、売国奴と言われるようになった。家族会を聖域化し、とにかく強硬な姿勢をとれば解決を早められるとミスリードしてきたマスメディアは、家族会に見果てぬ夢を与えてしまったという意味でも罪深い」
政治については「家族が感情的になるのは仕方ないが、政府まで同じレベルに立ってしまっては外交ができない」としつつ、「政権交代は、従来とは違う政策に舵(かじ)を切るチャンスだった。民主党は『われわれは前政権とは違う』と言えるアドバンテージを持っていたのに、実際には何も変わっていない」と評した。
政策を検証するという営みが欠落していないか、とも指摘した。蓮池薫さんら5人の帰国が実現して以降、目に見える進展はほとんどなく、足踏み状態が続いている。
「自民党がとってきた対北政策の、どこが間違いで、なぜうまくいかなかったかの検証が必要だ。しかし民主党政権もやっていないし、本来それをするべきマスメディアも役割を放棄している」
講演を企画したのは、カルチュラルスタディーズ(文化研究)の学術大会である「カルチュラル・タイフーン2010」。メディアや家族など、日常的な営みや関係の中に政治の働きを読み解こうとする研究ジャンルだ。実行委員長のテヅカヨシハル駒沢大准教授は「大きな意味の政治問題に、一人の個人が日常の中でどう向き合い、どのような対話が可能なのかを共に考えたかった」と語る。
インターネット上では今も、蓮池さんを「反日勢力」「変節漢」などと非難する書き込みが多い。意見や立場が違う相手と、どう対話していくのか。メディアや政治に向けた蓮池さんの問いかけは重い。(樋口大二)