2010年07月19日

本日のネタオチ

中国で目撃情報が多発している、長い扇形の白光を伴いながら飛行するUFOの映像(カラパイア)

私たちが五感で観察出来る宇宙の現象は、例えばスクリーンに映った映像を観ているだけのような気もします。スクリーンの素材、投影機、フィルム(データ)、部屋の空間、光源、そしてその映像を観ている者。。。普通は映像の中に出て来る主人公(自我)が自分だと思っていますが、ぽめろんが分かり出すと、全部ひっくるめて自分なんだと気づくようになります。全部自分ですから、そこでは「自分」といえるものが無くなります。全部自分だったら、あなたやあれやこれやあそこも、全部自分で在り、自分は無い事が分かるのです。そこに立つと、言葉は全く意味を無くします。(いろとかたち)

★私はヨハネの福音書の冒頭ほど世界の本質を端的に表現している文章を知らない。

はじめに言(ことば)が在(いま)し、言は神と共に在し、言は神であった。この方は、はじめに神と共に在し、すべてのことは彼によって成り、彼によらずに成ったものは何一つなかった。

★言葉とは思考である。なぜなら、言語化なくして考えることはできないからである。そして言葉、すなわち、考えることは自我を生み出し、自我を生み出すことが全ての存在を存在させている。なぜなら、観察するものなくして観察されるもの、すなわち世界は存在しないから(観察者効果)である。つまり、あなたが観察している世界を創造したのはニューソート運動が指摘しているようにあなたの思考である。従って、あなたは創造主であり神様なのだが、逆の言い方をすると、神という存在は単なる言葉にすぎない、ということもできるのだ。
だからマシマシさんが言葉で生命力の本質を伝えることの困難さを指摘されるのも当たり前のことなのだ。ラマナ・マハリシは沈黙でそれを語ったが、真我に目覚めた人はまだ残っている自我の残滓が心配しなくても、そこに存在しているだけで周囲の人の無駄な思考を沈静化させ、意識を内面に向けさせるパワーを放っているから、それでよいのだと思う。ヒンズー教というサットサン、カトリック教のいう諸聖人との交わりというものはそういうものだ。
これに対して新興宗教のカリスマの影響力やナチス党の運動や文化大革命みたいなムーブメントはそれとは違う。あれは人間の思考の上位構造を乗っ取ってしまうのだ。人間の潜在意識の上には顕在意識があって、その上には住んでいる地域や所属する会社や人種など毎に色々な超意識が存在している。ホ・オポノポノでいうところのアウマクアという奴である。それを支配してしまうと、その下部構造に所属している人はみんな影響を受けて同じような思考をするようになり、行動をするようになる。某宗教団体の大先生や某実現党のオーナーや一代で巨大企業を創業した人などはこの力を持っている。いずれにせよ、意識を思考に汚されない真我を実現した人にとっては関係ない話である。

MPJコラム - メディア千差万別

つまり、先に安らぎの感覚を得てしまえば、(お金などの)望みは叶います。(ITスペシャリストが語る芸術)

今日はいいポイントを解説されているね。
富を「引き寄せる」科学的法則 (著)ウォレス・ワトルズザ・シークレットを実践しているのに、全然お金を引き寄せることができないと言っている人はたいていがコレだ。
ザ・シークレットのDVDの中でも言われているだろう。「引き寄せを実現するのは思考ではありません。感情です。いい気分でいることです」
つまり、「お金が欲しい、お金が欲しい、お金があればこの問題は解決されるのだが・・・」と「おまえ必死だな」状態にある人は引き寄せることは出来ないということ。
だってそうだろう。その人のマインドは安らぎやいい気分からどれだけ離れていることか。
ザ・シークレットなどのアメリカ発のニューソート運動の流れを組む成功法則・コーチングでは、そのいい気分な状態を実現するために、いろいろなテクニックを使って「努力」することをすすめている。一番ポピュラーなところではアファメーションを繰り返すこと。竹田和平氏や五日市剛氏みたいに「ありがとうございます」を繰り返すこと。ビジュアルイメージングなどなど。
しかし、安らぎやいい気分でいることは努力しなければ達成できないものなのか?
そもそも努力して達成できるものなのか?
そこには何か罠がある。
感情(潜在意識)常に思考(顕在意識)とセットになっているものである。
従って、思考(顕在意識)を変えたら感情(潜在意識)も変わるというのがアメリカ発のニューソート運動の流れを組む成功法則・コーチングの基本になっている理論だ。この思想の根底にあるものは西欧の秘密結社や神秘思想の根底になっているヘルメス・トリスメギストスのエメラルドタブレットに書かれている「下のものは上のもののごとく、上のものは下のもののごとし」であろう。上とは思考によって活動している顕在意識であり、下とは感情によって活動している潜在意識のことである。
しかし、安らぎやいい気分は、そもそも人間の本性だったのだとしたらどうだろう。そこには達成すべき安らぎやいい気分なんて存在しなかったのだとしたら。
こんなことは自分自身をちょっとでも観察したらわかることだ。あなたは深い夢もない眠りについているとき、何の心配もしていない安らぎやいい気分で「在る」のではないか。
あなたが目を覚まして、自我を構成する記憶データーのバックアップがロードされてきて、「私」という感覚が生まれ、次いで思考が生じる、例えば「ああ、月曜の朝がきた。今から会社に行かなければ・・・いやだなぁ」という思考が生じた途端に、あなたが眠りの中でそうあった安らぎやいい気分は後ろに隠れてしまって、その上に思考とセットになった悪い気分の暗雲が広がりだす。
また、自分以外の外部の世界を観察してもこのことは見て取れるだろう。ザ・シークレットにも気分転換に赤ちゃんを見ることを勧めているが、赤ちゃんや幼児はなんでいつもニコニコしているのだろう?
つまり彼らには余計な思考が生じていないからである。従って余計な感情も生じない。従って、彼らは人間の本性である安らぎやいい気分が素で表に出てくる。だからいつもニコニコしていて天真爛漫であり、ワクワクしている。だから周りの人もそれにつられていい気分になるのである。そうすると爺さん婆さんや親戚は「これで何か買ってあげて」と小遣いをあげたくなるという寸法だ。赤ちゃんはお金を欲しいとは決して考えないが富を引き寄せる天才だ。
要するに何がいいたいかというと、大人がお金を欲しいと考えることは別にかまわないが、問題はその思考が実現される前提条件としての安らぎやいい気分は、ビジュアライゼーションなどで必死こいで達成されるべき目標でもなんでもないということだ。
イエスは子供のようでなければ神の国に入れないと言ったが、さすが神様は言うことが違うのである。
ただ、そのために必要なのは無駄な記憶の再生=思考をなくすことだけだ。あるいはその無駄な記憶の再生に意識の焦点を当てるのをやめるか。なぜら、この思考をめぐらせることがキリスト教でいうところの原罪そのものだからだ。
原罪とは要するに人間と神との関係を絶ち切ってしまう要素のことだが、このことは旧約聖書にアダムとイヴが神の命令に逆らって知恵の樹の実を食べたという表現で象徴されていることだ。
つまり進化の過程で人間に知恵がついてああでもないこうでもないと余計な思考をめぐらせるようになったのである。その結果どうなったかというと、そこから不安と心配と恐怖の感情が生まれたのである。
そして人間が本来天性でもっていた安らぎやいい気分、すなわち神と一体化した状態、楽園、天国は失われてしまった。いや、それらの後からできたネガティブな思考と感情に隠されてしまったというべきであろう。
私が、ホ・オポノポノやセドナメソッドやマハルシやマハラジの不二一元の修練を勧めるのは、ビジュアライゼーションなどによって感じる幸福というのは、所詮は一時的なものであり、そこにはものすごい努力が必要で、結局は交互にやってくる不安や恐怖との戦いになってしまい、うまくいくこともあるがそうでない場合が圧倒的だからだ。つまり、ビジュアライゼーションなどによって感じる幸福というのは、タバコを吸ってリラックスできたというようなアホな話なのである。
むしろ、自分の素の状態に戻ることのほうがずっと自然で努力もいらないのである。
引き寄せの法則に必死になることは、灼熱した石炭を手に持って熱い熱いと泣き叫ぶような話であり、手を開いて石炭を手放せば問題は解決するのである。
要するに無駄な思考はしないということである。そのためには再生される記憶を
ホ・オポノポノのようなテクニックを使ってデリートしてしまうか、セドナメソッドやマハルシやマハラジの説くように、その思考が生じた途端に手放してしまうことである。
あなたが余計な思考に邪魔されていない素の状態であれば、あなたにとってよいことは必然的に全て豊かに与えられるのである。
素の状態とはワクワクドキドキした状態だ。そしてその状態によって行動することは、その人にとって常に正しい運命にかなったものだ。アメリカの故マイク マクマナス上院議員のこの本を読め。
ソース―あなたの人生の源はワクワクすることにある(著)マイク マクマナス
投資家として大成したいなら、まずこの境地に達すること。
テクニックや財務分析などのスキルを先に勉強することは、全く意味が無い。だってそれでいくら正しい知識を得ても、使えなかったら意味が無いから。例えばテクニカル的には買いサインがでているけど、もっと下がるかもしれないからまだ買うのはやめよう・・・とか。
「松下誠はこの世界が愛と感謝にあふれていて、全ての人の魂は素晴らしいことに気づきました。人生は美しく、望み通りの人生を生きて行くことができます。」

博士の独り言氏は朴ウヨなのか(w

【抜粋】沈没事件の大報道の裏には、あるいは、北朝鮮をスケーブゴートにし、南北の緊張を演出し、その実は、しかし、真の敵国と想定する日本を射程に入れた巡航ミサイルの配備への非難をかわし、正当化するための意図があったのではないか、と。こう認識すると上記のすべてが「つながる」。

★脳みそが暑さでオーバーヒートして書いているのでなければ、確信犯ですね。最近共和国と韓国の対立が再開して、南北融和の流れで日本国内で共に手をとりあって反日運動に勤しんでいた共和国ひも付き勢力と韓国ひも付き勢力の間に対立が生まれつつあります。この目に見える形で起きた事件が民主党と社民党の連立解消です。そして、党内にも北朝鮮シンパを抱える民主党は内部権力闘争に勤しんでおり、南北対立再開をきっかけとして一部勢力がザッパニーズネオコンとなる動きを見せています。要するに、冷戦時代に韓国系の街宣右翼や統一協会が反共運動やっていた時代に逆戻りというわけです。そして民主党の権力闘争の結果次第では、こいつらは近い将来自民党との大連立の動きを見せるか、あるいは離党して自民党と組むという動きを見せることになるでしょう。もちろん日本国内の親共和国勢力も数は衰えたとはいえ黙っていません。日本の「愛国保守」勢力がザッパニーズネオコンに取り込まれて、米ソ冷戦時代に米帝民主党から米帝共和党に寝返ったネオコンが超タカ派のレーガン政権を誕生させてしまったようなことにならないように、色々な情報工作を仕掛けてくるでしょう。博士さんの今日のエントリーなんかもう笑ってしまいますね。日本のMDに反対している平和運動やっている共和国ひも付き左翼の理屈と同じだからです。なんというか愛国保守にも汚染が広がっているなぁ、と。
話は変わりますが、例えばオザーサンですが、かんしゃく起こして民主党を飛び出したとします。そしたら手下引き連れて愛国保守のみなさんが大好きなたちあがれ日本に合流したなんてことになったらネトウヨのみなさんなんかどーするんですかね。そんでもって、外国人参政権についてどう思うのですか?という質問に対して、「以前は進めるべきと考えていたが、今はそうは思っていない。むしろ優先課題は憲法九条改正と自衛隊国軍化だ」とか言うようになったりして。
そして憲法改正したら、その憲法に自衛隊の国軍化と並んで外国人の参政権を認める条項が入っていましたとさ!
めでたしめでたし。そういうわけ。目先のことに許せない、ハラが立つ、日本の危機だとか言っている人は、まぁせいぜい利用されてくださいな。
以上、よげんの書でした。

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fgejtocfk4fk5j23dk5 at 11:12│Comments(1)この記事をクリップ!ネタ・キチガイマスコミ 

この記事へのコメント

1. Posted by tedbroiler   2010年07月21日 10:52
>そして憲法改正したら、その憲法に自衛隊の国軍化と並んで
>外国人の参政権を認める条項が入っていましたとさ!

これまでは、「特別永住者」即ち在日半島勢力に参政権を付与するための
口実として、左派思想(戦争責任)を利用しようと頑張ってこられていたわけ
ですが(笑)、この路線は事実上頓挫しつつある。

とくれば、今度は、右派(タカ派)思想を利用するのは自然な流れですもんね。
次の口実は、日韓同盟(ないしはより強い連帯)ということでしょうか(笑)

現行15条は、確かに国民主権、外国人参政権の否定に
最大の理論的根拠を与える心強い味方なのかもしれませんが、
これ頼みは非常に危ういと個人的には感じています。
陳先生もおっしゃるとおり、変えられたら終いですもんね。

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