『『20世紀末期。人類は衰退の一途をたどっていた。
その衰退は人類同士の戦争によるものではなく,地球外生命体『BETA』によって引き起こされたものだった。
それまで,航空機を主戦力としていた人類は光線級BETAによってその羽をもがれ,その圧倒的物量戦力によって,人類の数は全盛期の二割,10億人にまですり減らされた。
その後…世界は戦術機を生み出した。既存の戦力では,BETAの拠点であるハイブを攻略することは難しかったからだ。
いや,この日記を読んでいる時点でこのあたりのことは理解しているんだろう。
ついでにいえば,俺もこのあたりのことに関しては,詳しく知らない。
俺が参加したのはこの後からだ。
XM3の開発とトライアル。
人類が生き残るためのXM3。これが、世界中の衛士の命を救えると信じている。それを実証したのがこの時だ。
しかし、ここで、俺はかけがいのない教官、神宮司まりもを失った。
甲21号作戦
人類の反攻の始まり。
この作戦で俺たちは大切な伊隅大尉と柏木を失った。
その後も,横浜基地にBETAが攻めてきて,速瀬中尉と涼宮中尉を失った。
それでも俺たちは,彼女達の思いを継いで,2001年,12月31日…人類の存亡をかけて,大反攻作戦に出た。
作戦名『桜花作戦』
極東国連軍の提唱したこの作戦は,世界中の戦術機部隊が…,いや,世界中のほぼ全ての軍隊が投入され,オリジナルハイブ,『甲1号目標』を攻略する作戦。
そして,作戦発動翌日,2002年1月1日。人類は,BETAの地球侵略の最大の拠点,オリジナルハイブの攻略の攻略に成功した。数々の犠牲とともに…
御剣冥夜
榊千鶴
珠瀬みき
彩峰慧
鎧美琴
鑑純夏
そして、陽動作戦に参加した数多の将校。
その中で、社霞と俺,白銀武は生き残った。
数週間後には,先生がヴァルキリーズのみんなが,人類のために戦ったことを公表してくれるらしい。でも,そこに俺が加わることはないだろう。それは別にかまわない。彼女達こそ英雄だ。誰がなんと言おうと,俺はそれを疑う気はないし,誰にも文句も言わせない。
ただ,残念なのは,俺がもう,この世界にいられないことだ。あいつらと一緒に,あいつらの思いを継いで,戦えないことだ。
霞や夕呼先生はまだこの世界に残される。もし,許されるなら,まだこの世界で,霞や,生き残ったヴァルキリーズのみんなと戦いたい。純夏も霞も、俺に平和な世界で暮らしてほしいと願った。だけど、俺は、霞や、生き残ったヴァルキリーズのみんな、そして、これまで一緒に戦って散った数多の英雄のために、戦いたい。
だから、もしまた呼ばれるなら、俺は喜んでこの世界に戻ってくる。苦しむくらいなら、俺を呼んでくれ。俺はとてもガキっぽいけど……『救世主』だから。』
社霞・著『とてもちいさな,とてもおおきな,とてもたいせつな、あいとゆうきの ものがたり』2002,12,16初版
P3012,最終章。『武さんの日記』より
尚,この物語は社霞の完全なるフィクションと考えられている。ヴァルキリーズのほかのメンバーは,主人公の白銀武という人物、あるいはモデルになった人物に心当たりはないらしく,データにも残っていない。
これは,ヴァルキリーズが公開したXM3の機動データ操作ログの集大成である『プラチナデータ』の仮想人格として考えられているが,著者であり,本人も現在富士教導所属特別連隊『ヴァルキリーズ』に所属している衛士の社霞氏は2003年現在,彼について、明言していない。
******
「風間大尉…」
戦術機母艦、赤城の上で、茜は隣に立つ先任衛士であり、数少ないヴァルキリーズのオリジナルメンバーである風間祷子に話しかけた。
「何?涼宮中尉」
「霞ちゃんの本…読みましたか?」
「ええ…」
社霞が著した一冊の本。これが今、世界中を騒然とさせている。オリジナルハイヴを攻略して『唯一』帰還した彼女が書いた本。この中に描かれており、物語のキーマンともいえる人物『白銀武』。
しかし、この人物は、あらゆるデータを洗っても出てこないのである。元々秘密部隊として存在したヴァルキリーズの中で、未だに公開されていないだけではないか?という世間の疑問もある。
そうなると、民衆は必然的にヴァルキリーズの生き残りである茜や風間、宗像に、彼の存在について問いただす。
だが、
「白銀なんて人…いませんでしたよね…」
「私も、そう思ってる」
茜も祷子も、そんな人物は知らない。
知らない『はず』なのだ。
「忘れてるなんてこと…ありませんよね…」
これから、この戦術機母艦は、中国に向かう。練鉄作戦。人類は五つ目のハイブを攻略すべく、戦力を結集している。その中で、ヴァルキリーズは、主力部隊として期待されている。ヴァルキリーズがこれまで行ってきた戦歴に、世界は期待している。
だが、最近、茜は、違和感を感じるのだ。
佐渡島で、A-02スサノオを守るために、要塞級の壁を抜ける必要があった。誰かが陽動を行ない、数多の要塞級を単機で葬った。だが『だれ』が?
あるいは、横浜基地が襲撃されたとき、茜の尊敬する速瀬中尉は誰かとメインシャフトに突入した。
『誰』と?
そして、最大の謎。XM3と、それを生かし切っている最高の衛士の操作ログ『プラチナ・コード』。
いまや世界中の衛士の目標となっているそれは、桜花作戦の前から茜や、あの速瀬中尉も追いかけた。その異常で、ともすれば見とれるような機動は、今も目に焼き付いている。
だけど、あの中には『誰』がいた!?
数少ないメンバーを忘れるわけがない。
だが、記憶にぽっかり穴が開いたみたいに、207小隊の真ん中にいたはずの『誰』かを茜は思い出せない。
散って行った人たちに、茜は胸を張って言える。ここまできたと…。だが…。
「わたしが言えるとしたら…」
沈黙を、祷子が破る。
「Need To Know」
「っ!!」
任務において、必要な、最低限の知識のみを持つ。
それは自分たちが知る権利はないという意味。そして、知らないからこそ責任を持たなくていいという意味も込められている。
「香月副指令が、記憶を封印したっていうんですか?」
似たようなことは今までいくらでもあった。しかし…
「それは分からないわ。ただ、私たちは知らない。それが、私の中の事実よ。それでも私たちは、ヴァルキリーズとして、みんなの意思を受け継いでいくわ」
「そう…ですよね」
茜はうつむき気味になっていた身体を起こして、海を見た。周囲には大量の戦術機母艦がひしめいている。
人類は、勝利に突き進んでいる。
「伊隅大尉、神宮司教官、速瀬中尉、お姉ちゃん、ついに人類はここまで来たよ。
千鶴、晴子、多恵、そしてみんな。
とうとう私たちは、ここまで来たんだよ」
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******
「っ痛!?」
「長野少尉!早く離脱しろ!」
鉄源ハイブ攻略戦『練鉄作戦』
「来るな!来るな―!」
「コード991、コード991。畜生!偽装縦坑だ!」
目の前には真っ赤な戦車級が、わらわらと群がってる。
(これが…白銀さんたちがいた世界…)
「社少尉、一度広場まで後退するぞ!急げ」
「了解」
硝煙と、油と、BETAの肉片と。
さまざまなものが入り混じったこの密閉空間で、数多くの命が、火花を散らしている。
突入部隊としてハイブ内を進行していた霞の部隊は、偽装縦坑からの奇襲にあい、一時後退を余儀なくされていた。しかもそれは、銃弾をばらまきながらの後退で、その中で、数機の戦術機がBETAの波に飲み込まれていった。
「社少尉、大丈夫?」
「はい、涼宮中尉は、大丈夫ですか?」
「ええ、平気。ありがとう」
正直なところ、戦況は芳しくなかった。
風間や宗像とは別ルートを進行していた茜たちの富士教導団所属第11中隊スクルドは、中継基地として確保した広場で、前後をBETAに挟まれ、閉じ込められる形になっていた。
「各小隊長、状況を報告して」
「ビリー小隊、長野と雪村が食われました」
「チャーリー小隊、全員無事です」
茜率いるアルファ小隊も、一名の犠牲が出ていた。
戦力の25パーセントを損耗して、さらに他部隊との交信も切れている。唯一の救いは、この広場が中継基地として弾薬と推進剤が運び込まれていたことだろう。
一瞬の空白の後、すぐにBETAの大群が広場に押し寄せてきた。
「来るな、来るなーーーー!!!」
「畜生、キリがないぜ!!!」
広場の両出口から、大量のBETAが、仲間の死体を乗り越え、はいずり出てきた。
「死にたくない!死にたくない!」
すべての戦術機が、突撃砲を乱射し目の前に迫りくる死にあらがおうとしていた。
「畜生!とりつかれた」
一機の不知火・弐型の脚部に、死骸の間から湧き出てくる戦車級がわらわらと取りつこうとしていた。
「カバーする!!!」
その声を聞いた瞬間、隣で二機連携をとっていたパートナーがナイフを装備し、戦車級を取り去ろうとした。しかし、
「横溝!前だ!突撃級が来てるぞ!!!」
「え?」
グシャリ…
不知火・弐型が、一体の突撃級に押しつぶされた。S11を使う間もなく、コックピットがひしゃげていた。
「くそ!よくも横溝を!」
両入口には十分な弾幕が張れず、スクルド中隊の六機はもはや完全に周囲をBETAに取り囲まれている。
「涼宮中尉!後ろです!!!」
「え!?」
茜が振り返ると、そこには要撃級の右腕が迫っていた。
「……!?」
声にならない声を発し、茜の不知火・弐型は吹き飛ばされ、天井にたたきつけられた
「涼宮中尉!!!」
小隊長の誰かが茜に叫ぶ。だが、茜は反応しない。
「まさか…」
霞は茜のバイタルデータを出す。そのデータは、茜が生きてはいるが、意識を失っていることを示していた。
「涼宮中尉!!!畜生!来るな!来るな―!」
オリジナルヴァルキリーズである茜を失い、誰もが、霞すらも…目の前の圧倒的な数のBETAに絶望しそうになっていた。
「白銀さん…」
霞は、かすかに、彼女がすがるのをやめようと思っていた彼の名前を呼んだ。呼んで…しまった
その時…
どおぉおおおっぉぉん
突然。ハイブ全体が揺れる爆発が起こった。
「な…なんだ!?」
「爆発!?」
この時、ハイブ内部で戦っていたヴァルキリーズには知る由もない。地上で『試作戦術五次元効果爆弾』がつかわれたことは。
だが、それは確かに、ヴァルキリーズの助けになったのだろう。
BETAたちは、なぜかわからないが、突然動きを止めた。
だが、霞にとっての変化は、外部ではなく、霞の戦術機の中で起こった。
「白銀…さん?」
「やっと、呼んでくれたな…霞」
霞のコックピットの座席の後ろに、彼は立っていた。
「なん…で…」
ここにあなたがいるの?
そこに立っていたのは、二年前に、桜の下で『またね』といって送り出した…霞の初恋の相手だった。その顔は相変わらず優しそうで、BETAに囲まれているのに安心できる。
霞は夢を見ているのかと思った。だって彼は元の、幸せな世界に帰ったはずだから…
なんで?と聞かれた彼は、座席についている霞の頭に、大きな、温かい、手を載せた。
「俺が戦いたいからだよ。霞…座席を譲ってくれるかい?」
そういうと武は霞の身体を固定していた四点ハーネスを外し、脇を抱えて持ち上げて、その席に武が座ってしまった。
「ちょっと揺れるから、しっかりつかまっててね」
霞に予備のハーネスをつけると、武は自らもハーネスを装着し、音声認証を呼びだした。
「データリンク。ヴァルキリー13。白銀武」
『了解。音声認識完了。プラチナデータ起動』
「ちょっと待ってください。白銀さん!」
霞は、ようやく目の前にいるのが、幻覚ではなく、本物だということを認識した。
「プラチナデータ?まぁいいや。つもる話は後でね、霞」
そういうと、武は長刀を抜き…不知火・弐型を走らせた。
「っっっっっつ!!!!!」
霞が、声にならない悲鳴を上げる。
天井を、壁を、地面を蹴り、霞と武の不知火・弐型は舞った。強烈な慣性が霞の身体を見えない縄で縛りつける
『『『!?』』』
みている友軍機すべてがその動きを見入った。
「霞、ここにいるのは全員ヴァルキリーズ?」
ありえないような戦術機動をとる中、武は、落ち着いた口調で聞いた。だが、三半規管をかき回されたようになっている霞は、口を開くことすらできなかった。
かろうじて、首を縦に振ると、武もうなずき返して、オープンチャンネルにした。
「うわわぁぁああぁぁぁ」
そのとき、一人の衛士が、戦車級に取りつかれ、自分の戦術機の跳躍ユニットに向かって突撃砲を打とうとした。
ガンッ!!!
だが、武は長刀を振って峰の部分で突撃砲を払うと返す刀で取りついていた戦車級を薙ぎ払った。
「ヴァルキリーズ隊記復唱!」
武はオープンチャンネルで、その場にいるすべての衛士に向かって叫んだ。
「…え?」
武の知らない衛士が、武の顔を見て気の抜けた表情を見せていた。極度の緊張から、逆に緊張状態が解けて、何も考えられなくなった衛士は、そう言った。
武も以前なったことがある。それは、初陣の衛士には仕方のないことなのかもしれない。だが、彼女たちが生き残るためには、もう一度、あの言葉を思い出させる必要があった。
武は体に染みついたその言葉を、この場にいるすべての衛士の身体に響かせるように叫んだ。
「死力を尽くして任務にあたれ!」
『『『『し…死力を尽くして任務にあたれ!』』』』
「生ある限り最善を尽くせ!」
『『『『生ある限り最善を尽くせ!』』』』
「決して犬死はするな!」
『『『『決して犬死はするな!』』』』
「全員落ちつけ!前を見ろ!あきらめるな!」
『『『『了解!』』』』
見ず知らずの衛士によって、スクルドは再び息を吹き返した。
…
……
………
「白…銀…?」
「涼宮…久しぶり」
茜が意識を回復させると、そこには、BETAの死体と、懐かしい戦術機機動が映っていた。
「なんで…白銀がここに?」
「説明は後で、とりあえず今は、目の前のBETAを倒そう」
だが、その後も、武の独壇場だった。ほかの衛士が、自分に向かってくるBETAを一生懸命倒している間、武は単独で、広場にいる敵を、ある時は撃ち抜き、ある時は切り裂き、その撃墜数を増やしていった。
「はああああっぁあぁぁっぁ」
切り裂き、薙ぎ払い、貫通し、その場にいたすべてのBETAが武を優先破壊目標と認識し、目指し、そして殲滅されていった。
初めて武の戦いを見た衛士たちにとって、BETAの屍の山の上に立つ不知火は、武神、あるいは闘神という言葉を連想させるほど、圧倒的な存在だった。
…
……
………
「涼宮中尉!データリンクが復旧しました。風間大尉と宗像大尉の部隊が、反応炉の破壊に成功したそうです!」
数分後、BETAがいなくなった広場に後続の部隊が到着し、データリンクが復旧。それに伴い、人類が勝利したことが分かった。
「そう。勝ったんだ…私たち…」
「はい!」
茜は淡々とそういった。
あれだけの窮地から六機、半数の戦術機が帰還した。これは奇跡だろう。
「生き残った!勝ちましたよ!私たち!」
後続の部隊が興奮して、茜たちの部隊に合流した。
「生き…残れたんだね…」
茜は涙があふれる顔を両手で覆った。
死ぬかもしれないと思った中で、生き残ることができた。
まだ戦えるとわかった。
その場にいる全員が…今生きていることを喜び…そして涙した。
…
……
………
******
******
「そう…帰ってきちゃったんだ…あいつ」
to be continued……