めぐみさんと会った様子語る
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めぐみさんと会った様子語る

7月23日 18時37分

初めて来日し、拉致被害者の家族との面会を終えたキム・ヒョンヒ元死刑囚は23日、帰国を前にNHKのインタビューに応じました。拉致被害者の横田めぐみさんと北朝鮮で一度会ったときの詳しい様子や、田口八重子さんがピョンヤンで生きているという情報を聞いたことを明らかにしました。

今月20日に来日した大韓航空機爆破事件の実行犯、キム・ヒョンヒ元死刑囚は、22日までの3日間、田口八重子さんや横田めぐみさんの家族と面会し、23日午後韓国に帰国しました。帰国を前にキム元死刑囚はNHKのインタビューに応じ、まず、横田めぐみさんと北朝鮮で一度会ったときの詳しい様子を明らかにしました。それによりますと、1984年6月ごろ、ピョンヤンにあるリョンソン招待所と呼ばれる施設で独りで暮らしていためぐみさんのもとを、キム・スクヒという仲間の女性工作員とともに訪ね、数十分間、いっしょにいたということです。そのときの様子についてキム元死刑囚は「写真では見ていたが、実際に会ってみると、めぐみさんは年齢よりも若く見え、肌が白くてかわいかった。おとなしい性格だったので、初めて会って話をしたときも、自分から積極的に話すことはなかった。あまり話が進まないので『歌でも歌おうか』ということになり、めぐみさんは仲間の工作員といっしょに『君が代』を歌った」と述べ、3人でいっしょに日本の歌を歌ったと語りました。続いてキム元死刑囚が、北朝鮮で日本語を教わっていた田口八重子さんについて、韓国の拉致被害者の家族会の情報とは別の話だとして、八重子さんがピョンヤンで生きているという情報を聞いたことを明らかにしました。この中でキム元死刑囚は「私が韓国に来てからも、田口さんがピョンヤンで生きていると聞いた。どこに住んでいるかは言えないが、健康で暮らしているはずだから家族に対しては『希望を捨てないように』と伝えた」と述べました。一方、横田めぐみさんの家族との面会について「めぐみさんの両親に会えて、とても感激した。特にお母さんを見たときは、自分の母親を見ているようだった。北朝鮮に残した自分の母親を思って早紀江さんと抱き合い、涙を流した」と話しました。田口八重子さんの長男の飯塚耕一郎さんとの面会については「何か料理を作ってあげたいと約束したことがあり、今回それが実現できてほんとうによかった。お母さんが帰ってくればもっとおいしい料理を作ってくれるので、そのときまでは希望を持ってほしい」と話しました。また、初めて訪問した日本の印象について「来るときに、飛行機から東京の美しい夜景と、ちょうど日の出も同時に見ることができて感激した。ここが田口さん、めぐみさんが帰りたいと夢にまで見ているところだ。私が2人の代わりに、先に日本に来たと考えると、胸がいっぱいになり、涙が出た」と述べました。さらに今回、日本政府が元死刑囚を特別に入国させることについて批判もあったが、と尋ねたところ、「大韓航空機を爆破したあとに一度自殺を試みたが死にきれずに生き残ったことは、爆破事件の真相や、拉致問題について証言するためではないかと思っている。今回、特別に入国を許可してもらい、被害者家族と会って少しでもその役割を果たせたのではないかと考えている」と答えました。最後に、キム元死刑囚は「これからも日本の被害者家族と連絡を取り合い、被害者が戻るときまで、私ができることは何でも手助けしたい」と述べ、今後も拉致問題の解決に向けて一定の役割を果たす考えを強調するとともに、あらためて来日することにも意欲を示していました。