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天下の愚策! 東京都の「マンガ狩り」を嗤う

プレジデント7月22日(木) 10時 0分配信 / 経済 - 経済総合
東京都が成立を目指す「青少年健全育成条例」改正案は、6月の都議会本会議に於いて僅差で否決された。だが、波紋はまだ収まりそうもない。
■「しずかちゃんの入浴シーン」「ワカメちゃんのパンチラシーン」が論議の的に……

 しずかちゃんの入浴シーン(ドラえもん)、ワカメちゃんのパンチラシーン(サザエさん)、如月ハニーの変身シーン(キューティーハニー)、レイやアスカのヌードシーン(新世紀エヴァンゲリオン)……。
 事情を知っていれば、これが何を意味するかすぐにピンとくるが、そうでなければ何のことかさっぱり分からないだろう。18歳未満の子どもを「性的対象」として描く漫画やアニメを規制するため東京都が成立を目指す「青少年健全育成条例」改正案に関し、「規制の対象外」として都側が示した“具体例”である。
 随分と馬鹿げた話に思えるが、東京都は大まじめのようだ。これを都のホームページにも掲載し、条例改正への「理解」を求めるのに躍起となっている。だが、改正案に反対する明治大学の藤本由香里准教授(漫画文化論)はこう指摘する。
「確かに馬鹿げていますが、成立すれば影響は深刻です。条文が極めて曖昧で、何が健全かの判断は行政がいくらでも恣意的に解釈できる。“具体例”を示さねばならなかったのも条文が曖昧だからです。これでは日本が誇る漫画やアニメ文化の息の根が止まりかねません」

 東京都が条例改正案を最初に示したのは2月だった。その骨子は次の通りだ。
(1)漫画やアニメ等に登場するキャラクターのうち、服装などから18歳未満と判断されるものを〈非実在青少年〉と定義。
(2)こうした〈非実在青少年〉を〈みだりに性的対象として肯定的に描写〉した作品は、青少年の手に渡らぬよう出版社や書店などに自主規制を求める。
 都はこの改正案を2月の都議会定例会に上程し、わずか1カ月の会期内での成立を目指した。当初、改正案は一般にあまり知られていなかったが、ネットなどを通じてその内容が伝えられはじめると反発が拡散し、多数の著名漫画家らが激しい反対を唱えるに至ったのである。

 例えば3月15日には、ちばてつや氏や里中満智子氏、竹宮惠子氏らが都庁で会見し、口々にこう訴えている。
「生身の人が傷つくわけではないのに、作者の発想力から生まれたキャラクターまで規制をかけるのは恐ろしい。」(里中氏)
「お上に『これはいい』『これは悪い』などと決めて欲しくない。文化や表現にはいろいろな花が咲くが、『これは汚い』と根を絶てば、全体が滅ぶ」(ちば氏)
「必要に応じて(性的場面を)表現することはある。それも規制の範囲に入ることに危惧を抱く」(竹宮氏)
 著名漫画家が声を上げたことでメディアも改正案に注目し、賛否の議論は沸騰した。これを受けて都議会では野党の民主党が慎重姿勢に転じ、2月定例会での成立は見送られたが、都はあきらめなかった。改正案を所管する青少年・治安対策本部は何度も〈報道資料〉を発し、繰り返しこう主張したのである。〈「漫画・アニメ業界の衰退を招く」との批判は当たらない〉(3月17日)、〈子供の強姦シーン等を描いた漫画を子供に見せない・売らせないための条例改正です。描いたり、出版したり、大人に売るのは規制されません〉(4月16日)
 そして4月26日には改正案に関する〈わかりやすい質問回答集〉なるものまで公表し、6月の都議会定例会に改正案を再上程した。この「回答集」に記されたのが、冒頭に紹介した「規制対象外」の“具体例”だ。

 改正案には多数の漫画家や日本ペンクラブなど表現者側から反発が噴出したが、一方で早期成立を求める声も上がっている。東京都PTA協議会は「児童が性的対象になることが野放しの状態になっている」などと改正推進を訴え、表現者の中からも賛成の立場を示す者が現れた。その一人が日本ユニセフ協会大使も務める歌手、エッセイストのアグネス・チャン氏だ。同氏はこう指摘している。
「子どもと思われるキャラクターが繰り返し性行為をさせられ、性的虐待を受けている。そんな漫画がコンビニや有名書店に、かわいい表紙をつけて並んでいる。」「アメリカやカナダなどでは、漫画やアニメであっても、子どもの性虐待を描写したものは国の法律で規制されています。日本が『ロリコン』大国の汚名を着せられてはたまりません」
 作家である猪瀬直樹・東京都副知事も3月29日放映の民放BS番組に出演し、実際に何冊かのコミック本を手にしつつ改正の意義を強調した。
「こんなものが書店で普通のコミックと並んでいて、小中学生が買える状況になっている。酷いものは成人コーナーに売り場を変えろっていうだけの話ですよ」

 猪瀬氏が示したうちの1冊──『奥サマは小学生』(作・松山せいじ、秋田書店)が私の手元にもある。「12歳」の小学女児が「担任教師」と「夫婦生活」を送るというコメディタッチの作品だ。
 ページをめくると、確かに女児を性的に描くシーンが頻出する。率直に記せば、私にもこれが芸術的作品とは思えないが、実は作品中に直接の性行為は一切登場しない。あくまでも「担任教師」が「12歳の妻」を相手に「性的妄想」を繰り広げるだけで、最終的にはそれすらも必死で自制する。深読みすれば、漫画の性表現に過敏反応する“モラリスト”を皮肉った作品に見えなくもない。
 しかし猪瀬氏が規制対象の具体例に挙げたことで、作者のもとには抗議や嫌がらせのメールが殺到したという。作品を掲載した漫画誌「チャンピオンREDいちご」(秋田書店)の伊藤純編集長が言う。
「殆どは作品を読んでもいない人からの抗議でしたが、作者の希望で(コミックスは)出荷停止措置を取りました」
 早くも改正案の“効果”が発揮され、この作品は“発禁”になったといえるのかもしれない。


■僅差での改正案否決。知事は再上程の構え

 だが、ここで感情的な賛否論を離れ、もっと冷静な視座から状況を俯瞰する必要があるように思う。まずは日本国内の児童ポルノや性犯罪に関する現況だ。
 警察庁の統計などによれば、未成年者が被害を受けた強姦事件は1960年代に比すると10分の1に激減し、近年も未成年者を対象とした性犯罪は減り続けている。イタリアの児童保護団体のまとめでは、ネット上の児童ポルノ発信数も欧米より遥かに少なく、日本が「ロリコン大国」との批判はあたっていないとみるべきだろう。

 また、東京都の現行条例は〈図書類又は映画等で、青少年に対し、著しく性的感情を刺激〉するものは「不健全図書」に指定し、子どもへの販売を制限できると定めている。実は現行条例でも漫画等の「行き過ぎた性表現」に規制の網を被せるのは可能なのだ。
 にもかかわらず都が今回、漫画やアニメを殊更に問題視する姿勢に出たのは、都に出向して青少年・治安対策本部を司る警察官僚の意向も色濃く反映されている。都議会の参考人として改正案への疑義を表明した首都大学東京の宮台真司教授(社会学)は「警察官僚が手柄を取りたがっているだけ」と一蹴し、改正案の問題点をこう指摘してくれた。
「実在の子どもが被害を受ける児童ポルノの規制は当然だし、子どもを守りたい気持ちは誰もが同じ。漫画やアニメも内容によっては一定のゾーニング(販売などの区分け)は必要でしょう。ただ、今回の改正案はあまりにお粗末。上から目線の道徳観を押し付けるもので、ゾーニングを装った表現規制に過ぎない」

 また前出の藤本准教授は改正案18条にも大きな問題があると言う。
〈18条6の3 都民は、青少年をみだりに性的対象として扱う風潮を助長すべきでないことについて理解を深め、(略)青少年が容易にこれを閲覧又は鑑賞することのないよう努めるものとする〉
 藤本准教授の話。
「まるで隣組の発想です。これでは誰か一人が騒ぐだけで過剰な自主規制や“悪書狩り”に発展しかねない」

 振り返ってみれば、漫画やアニメに限らず、映画などでも「エロ」と類される分野から多数の若い才能が生まれてきた。小説など活字分野でもモラリストが眉をひそめるような作品で注目を集め、才能を開花させた作家は多い。実際に被害児童が発生する児童ポルノは論外であるし、仮に性的な表現物の頒布に一定のゾーニングが必要だとしても、それは徹底して謙抑的で、慎重な姿勢が必要なはずだ。
 社会性の強い漫画でも評価の高い漫画家・山本直樹氏は、性描写を含む作品が都から「不健全図書」に指定され、回収騒ぎとなった経験を持つ。その山本氏は今回の動きをこんな風に眺めているという。
「誰かにとっては“クズ”だって、こっちはやむにやまれず描いた表現だったりする。それはお上が区分けすることではないし、面白いものって“端っこ”から出てくると思う。(都知事の)石原さんも、猪瀬さんも、もともとはキワキワのテーマでブレイクしたわけですしね……」

 注目を集めた条例改正案は結局、6月16日の都議会本会議で否決された。しかし、それは極めて僅差の採決だった。
 賛成は都議会の与党・自民党と公明党で、合計議席数は61。反対の野党・民主党と共産党の合計議席数も61であり、3議席を持つ「生活者ネットワーク」が反対に回ったことによる辛うじての否決だった。その議場では劣勢に立たされた与党席から酷い野次が飛び、改正案への反対討論を行う女性都議に愚劣な罵声が浴びせられる始末だった。
「子どもの敵!」「お前、痴漢されて喜んでるんだろっ!」
 少なくとも私の目には、それが「表現の自由」を踏み越えてまで「青少年の健全育成」を目指すに値する姿には見えなかった。しかし、「表現者」でもあるはずの石原慎太郎知事は「目的は間違ってない。何度でもやる」と言い放ち、9月の都議会定例会に改正案を再上程する考えを示している。波紋はまだ収まりそうもない。


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ジャーナリスト
青木 理=文
あおき・おさむ●1966年生まれ。慶應義塾大学文学部卒。90年共同通信社に入社。大阪社会部、成田支局を経て、本社社会部で警視庁警備・公安担当、ソウル特派員などを歴任。2006年に同社を退社。著書に『絞首刑』、『日本の公安警察』など。

尾崎三朗=撮影


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  • 最終更新:7月22日(木) 10時 0分
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