第二十四話 スーパーマンガ家! ~涼宮ハルヒの夢世界~
<第ニ新東京市立北高校 部活棟 SSS団(元文芸部)部室>
本来、休日で誰も居るはずの無い学校のSSS団の部室に、ハルヒをはじめとするSSS団のメンバーは集まっていた。
団長席に座るハルヒの腕章はいつもの”団長”ではなく”超先生”に変わっている。
そして、ハルヒの手にはペンが握られていた。
「休日も部屋に籠って原稿を書くとは、まるで本物みたいだな」
「外は雨なんだし、ちょうど良いじゃない」
ため息交じりのキョンの皮肉に、ハルヒは平然とそう答えた。
今日は文化の日、キョンはのんびりと休日を過ごしたいと思っていたのだが、こうしてアシスタントとして雑用に明け暮れている。
「小説の予定が漫画になっちゃったけど、レイはそれでいいの?」
「うん、構わないわ」
アスカの質問にレイはそう答えた。
「アスカもしつこいわね、ユキもそう言っているじゃないの」
「長門さんも楽しそうに絵を描いているから問題無いでしょう」
ハルヒの言葉にイツキも同調した。
「先月の末から書き始めて、一週間。完成にはまだ遠くてウンザリしてきたわ」
「没になってコマ割り(ネーム)を何回も書き直したからね」
アスカは室内に閉じこもっての作業に少しイライラしている様子。
シンジも少し疲れた表情を見せていた。
なぜハルヒが原作者になってSSS団で漫画を描くことになったかと言うと、それは先月文芸部が正式に休部になり、部室の入口の表札にもSSS団と書かれるようになったからだ。
寂しそうに表札を眺めるレイとユキに、ハルヒが気付いてその原因を尋ねた。
レイは生徒会長に文芸部は本を読むだけで何も活動をして居なかったと言われて傷ついたらしい。
ハルヒは生徒会室に乗り込んで生徒会長に散々文句を言った後、SSS団で本を出版する事を宣言した。
「でも、小説より漫画の方が幅広い層の読者に読んでもらえると思わない?」
「お前は字が読めない年齢層までターゲットにするつもりなのか?」
「あたしは漫画が書きたいの!」
サッカーの件でハルヒは多少は他人の意見を聞くようになったと思ったが、やっぱり自分のやりたい事は反対意見を押しのけて通すのは相変わらずだ。
漫画を描くと言ってもハルヒ達は全くの素人。
基本的な事は漫画を描いた経験のある、マヤが教える事になった。
マヤが少女漫画を描いていたと聞いたアスカとシンジは、予想通りだと納得し、ハルヒは物足りなさを感じたと言う。
「マヤさんってかわいい感じだけど、実は裏でハードな漫画を書いていたりするとか無いの?」
「そ、そんな事してません」
「ハルヒ、悪気は無いのはわかるけどな、伊吹さんを困らせちゃいけないぞ」
「……ごめんなさい、マヤさん、あたしの冗談が過ぎたわね」
ハルヒに迫られて、泣きそうになったマヤにハルヒは謝って、SSS団はマヤのアドバイスの下、漫画を描くことになった。
「それで、涼宮さんはどんな漫画を書くつもりなんだい?」
カヲルに質問されて、ハルヒは椅子の上に立って堂々と答える。
「SSS団の活動内容を世間に知らしめるための漫画よ!」
ハルヒが目指す漫画はSSS団の活動目的である、宇宙人、未来人、異世界人などを探して楽しく遊ぶ事を説明する事を目的とした。
そして、読む側も楽しめるようなフィクションを加えてエンターテイメント性を高めると言うものだった。
「涼宮さんはネームにこだわりがある様ですからね」
「だからって、8割完成したものを書き直されちゃ振り回されるこっちはたまったもんじゃないわよ」
アスカは苛立った様子で涼しい顔をしたイツキにそう答えた。
「登場するキャラクターが僕達にそっくりなのが恥ずかしいから、今からでも変えて欲しいな」
「名前もアスカとかシンジとか、そのままじゃないの!」
「キャラクターを考え易かったからよ!」
ハルヒはシンジとアスカの抗議にそう反論した。
「それにレイも反対して居ないし、別にいいじゃない」
「……賛成もしてない気もするが」
キョンにそう言われたハルヒはレイに詰め寄った。
「レイ、構わないわよね?」
「私は海底人でも構わないわ」
「シンジの地底人はともかく、アタシは月を追放された宇宙人って何よ!」
「月を追放された宇宙人役は最初はミサトのイメージがピッタリだったんだけどね、ミサトは部員じゃ無くて顧問の先生だし、アスカに変えたの」
アスカやレイと話してばかり居るハルヒをキョンが注意する。
「このままのペースじゃ一ヶ月経っても完成しないぞ、もうちょっとネームに集中してくれ」
「うるさいわね、じゃあ黙ってなさいよ!」
ハルヒの方も少し焦りを感じているようだった。
シンジ達も黙ってアシスタントの仕事に集中する。
「ご、ごめんなさい長門さん、ホワイト掛け間違ってしまいました」
「……大丈夫、この程度ならすぐに修復可能」
ミクルは自分の作業に手いっぱいでハルヒ達の会話に参加する余裕は無かった。
ハルヒは適当に人物像と吹き出しのセリフとコマ割りを考えるだけで、実際の原稿への下書きはユキが行っていた。
渡されたハルヒからのネームを元に、ユキが鉛筆で線画を描き、レイがペンで仕上げる。
ユキは最近は美術書を読み漁っているせいか、人物像のデッサンなど完璧でとても上手かった。
それゆえに、漫画のモデルとなったシンジ達に絵が似ている感じになってしまっている。
「それにしても、この漫画はハルヒの願望そのものなのか? いや、漫画だからこんなストーリーにしているんだろうな」
すっかり静かになった部室で、キョンは完成したページのチェックを始めた。
ハルヒの漫画の中ではユキが人工生命体、ミクルが未来人、イツキが超能力者、カヲルが古代人とイメージされている。
「俺は異世界人か……何も能力の無い、ただ並行世界からやって来ただけの普通の人間……」
キョンはハルヒにそう見られてると思うと、ホッと安心すると同時に物足りなさも感じていた。
「俺も、スーパーマンとかにしてくれないものかね」
そうぼやいてため息をつくキョンだった……。
<第ニ新東京市立北高校 1年5組 教室>
次の日、学校に登校したキョンはシンジとアスカを見て驚いた。
シンジは父親のゲンドウのようなサングラスを掛けて、アスカは黒い髪で席に座っていたからだ。
「おはよう」
「おはよ」
平然と朝のあいさつをしてくる2人に対してキョンは何も質問できずに、自分の席へと座った。
何かの見間違えかと思って目をこすって見るが、2人の姿は変わらない。
「おはよう」
そう言って教室に入っていたレイは、ゆっくりとぎこちない歩き方をしていた。
キョンはレイが足をくじいて居るのかと心配になったが、怪我をしている様子は見当たらない。
アスカやシンジも別にレイの姿に疑問を持っていないようだった。
「俺は、夢でも見ているのか……?」
いつもと違う様子のシンジ達にキョンが話しかけられないでいると、ハルヒが教室に入って来た。
ハルヒは笑顔でシンジ達とあいさつを交わし、キョンの後ろの席である自分の席に着く。
「何をキツネにつままれたような顔をしているのよ?」
ハルヒにそう言われて、キョンはこっそりとハルヒに耳打ちする。
「シンジはいつの間にサングラスを掛けるようになったんだ? それと惣流の髪は金髪のはずだろう? 綾波は足を怪我でもしているのか?」
キョンがハルヒに疑問の全てをぶつけて見ると、ハルヒは少し驚いた顔になって答える。
「あんた寝ぼけているの? シンジは地底人だから日光を直視するのが苦手だし、アスカは月の使者から逃げるために変装しているんだし、レイは海底人だからまだ二足歩行に慣れていないんじゃないの」
「何だって!?」
ハルヒに話を聞いたキョンは思わず大声をあげてしまった。
クラス中の視線がキョンに集中する。
「キョン君、どうしたの?」
教室に居るはずの無い朝倉リョウコに尋ねられた時、キョンは血の気が引いたが、何とか平静を取り繕って何でも無いと言い返した。
「朝倉さんを見て顔色が悪くなったけど、どうかしたの?」
「あいつは上海へ転校したはずじゃ……?」
すると今度はハルヒの方がキョンに驚いているようだった。
「何それ、冗談を言ってるの?」
「朝倉は俺達を襲った刺客だろう?」
キョンが声をひそめてそう言うと、ハルヒは声をあげて笑い出した。
「そうだったら、面白いのにね。キョン、今日のあんたは面白い事言うじゃない」
そんな2人の様子を見て、同じクラスの生徒達も少しだけ違和感を覚えたようだ。
「ハルヒったら、今日は上機嫌で話しているじゃない、何かあったのかしら?」
「涼宮さんが楽しんでいるなら良い事だよ、閉鎖空間も発生しないだろうし」
アスカとシンジの囁きがキョンに聞こえて、キョンはますます焦った。
「……俺は冗談じゃない、本気で言っているんだ」
キョンはその後の授業中、ずっとハルヒに思いつく限りの質問を浴びせていた。
ハルヒも最初はキョンの真に迫ったジョークだと思って適当に相手をしていたが、だんだんと真剣な表情になって行く。
そして、キョンと話すハルヒはだんだんと嬉しそうに興奮してきたようだった。
「もしかしてキョン、あんた本物の異世界人になったの?」
「何だと、俺は異世界に迷い込んだって言うのか?」
今度はキョンの方がハルヒの質問攻めにあってしまった。
周りの生徒達は、ハルヒがいつも以上に楽しくキョンと話している程度にしか思っていないようで、2人に気を遣ってか、話しかけて来ない。
放課後になり、SSS団の部室に連行されたキョンはハルヒから紹介される。
「みんな聞いて、大ニュースよ! ついにキョンが異世界人になったわよ! これでますますSSS団の活動が楽しくなるわね!」
シンジ達はしばらく動きを止めて黙っていたが、その後嬉しそうなハルヒに万雷の拍手を浴びせた。
「ハルヒ、よかったじゃない」
「涼宮さんの願いがついにかなったんだね」
アスカとシンジがハルヒにそう声を掛けていた。
一方、キョンは穏やかな笑顔をしたイツキとカヲルに声をかけられる。
「いやはや、あなたが来てくれて助かりました。歓迎しますよ」
「涼宮さんはずっと異世界人が来て欲しいと言っていたからね」
「よかった、私の予知通り来てくれて」
そう言ってホッと胸をなで下ろすミクルを見て、キョンは思わず声を掛ける。
「朝比奈さんは、やっぱり未来人なんですか?」
「ええ、この姿でも少し先の未来なら予知できるんです。もっと先の未来を見るためには体を大きく変化させないとならないんですけど」
キョンは以前に見た、制服をきつそうに来ているミクルの姿を思い浮かべた。
「じゃあ、これから俺はどうなるんです? ずっとこちらの世界で暮らす事になるんですか?」
「それは……分かりません。未来を予知できる範囲には限りがあるんです、私達の行動によって変わってしまう事もあるから……」
キョンの質問にミクルは気まずそうに謝った。
「何言っているのよ、キョン! せっかく異世界から来たんだから楽しんで行ってよ! 今日はキョンの歓迎会よ!」
ハルヒの提案で部室で歓迎パーティが始まり、キョンは部員達に様々な芸を見せられる事になった。
一番手に進み出たのはイツキだった。
「では、平凡ですがスプーン曲げをお見せいたしましょう、……曲がれ!」
イツキがそう叫ぶと、イツキの持っていたスプーンがグニャリと曲った。
「次は念力でスプーンを浮かせますよ……」
スプーンはイツキの手を離れて、フワフワと浮上した。
キョンは目を丸くして、信じられないと言った表情でそれを見ていた。
そんなキョンの反応を見て、ハルヒは楽しんでいる。
「次は僕が古代王国の歌を披露するよ」
カヲルはそう言うと、リュート(マンダリンやウクレレのような弦楽器)を弾きながら、聞いた事の無い不思議なメロディーの歌を歌い出した。
ロックでもジャズでもポップスでももちろん演歌でも無い、キョンが聞いた限りでは似たようなものは聞いた事の無い曲だった。
真似しようとしても、独特の発音などもあって、それは無理そうだった。
「私はこのシルクハットから様々な物体を出して見せる」
ユキはそう言うと、シルクハットからバット、サッカーボール、竹刀、本、茶碗、墨のついた筆、黒板消し、谷口の答案用紙などを取り出して見せては戻すと言う作業を繰り返した。
「何で学校にあるものだけ取り出すんだ?」
「物質の存在する座標を入れ替えるのには、正確に情報が認識できる範囲で行う方が都合が良いから」
「ユキ、種を話したら面白くないじゃない!」
マジックでは無く情報操作能力を使用したと種明かしをしたユキにハルヒはそう言った。
「私は、キョン君がこれから選んだカードを当てますね」
「透視能力ですか?」
「違いますよ」
ミクルはキョンにカードを引かせ、それを机に伏せさせる。
「スペードのエースです!」
そう宣言してミクルがカードをめくると、言葉通りスペードのエースが出た。
そんな事を数回繰り返して、キョンはミクルの行動を観察した後、答えを出した。
「もしかして、小規模な予知能力ですか?」
「やっぱり、わかっちゃいました? 私、1秒先ぐらいなら好きなだけ予知能力が使えるんです」
「微妙に役立つのか分かりにくい能力ですね」
ミクルの出し物が終わった後、ハルヒは団長の椅子の上に立って上機嫌でキョンに向かって宣言をする。
「シンジは地面をモグラみたいに掘るのがとても速いし、レイはサメみたいに猛スピードで泳ぐのよ! どう? SSS団は凄いでしょう!」
「ああ、度肝を抜かれたよ」
キョンの言葉にハルヒは満足したようにうなずいた。
そしてキョンの歓迎会もお開きになり、SSS団の団員達は部室を出て行き、部室の中はハルヒとキョンの2人きりになった。
「ハルヒ、もう十分楽しんだだろう? 俺を元の世界に返してくれ」
キョンがそう言うと、ハルヒは慌てた顔になってキョンの腕を取って引き止める仕草をする。
「ねえ、こっちの世界では面白い事があるんだしさ、もうちょっとゆっくりしていかない? ほら、たまに第三新東京市で謎の怪獣が暴れたりしているのよ!」
「何だと?」
ハルヒが取り出した新聞記事を読んでキョンはとても驚いた。
写真には破壊された建物の残骸しか映っていないが、ネルフで目撃した事のある『神人』が暴れた爪痕が残っているように見えた。
「どうしてかわからないけど、撮った写真や映像にはその怪獣が映らないから、実際に暴れているところを見るしかできないのが残念だけどね」
キョンはあんぐりと口を開けたまま黙って固まってしまった。
「そうだ、明日辺りその怪獣みたいなのが出そうって、第三新東京市に警報が出てるのよ! だから明日一緒に見に行きましょうよ」
ハルヒがそうキョンに話しかけると、キョンは強い口調でハルヒに迫った。
「ハルヒ、お前が俺をここに呼び寄せたのなら、今すぐ俺を前の世界へと戻せ!」
「嫌よ、せっかく異世界人と会えて楽しくなって来たところなのに!」
「わがまま言うなよ、お前だって他人に迷惑を掛けてまで自分のやりたい事を押し通す性格じゃないだろう?」
キョンがそう言うと、ハルヒはさらに不機嫌な顔になる。
「あんたは向こうの世界に居るあたしの方が良いって言うの?」
「ああ、この世界に居るハルヒやシンジ達は、面白い能力を持っているが俺の知っているハルヒやシンジ達じゃない。俺は自分の世界に居るやつらと一緒に居たいんだ」
キョンにそう言われたハルヒはショックを受けたのか、顔を伏せて体を震わせている。
「俺がこのままずっとこの世界に居たら、今までずっとお前の側に居た俺はどうなる? 高校に入学して、SSS団の団員としてお前と一緒に思い出を作って来た俺じゃないんだぞ?」
ハルヒは下を向いたまま、小さい声で何かをつぶやいた。
「ん? 何を言ったんだハルヒ、聞こえなかったぞ」
「……団長命令よ、今すぐコンビニでパンを買って来なさい!」
ハルヒが早口でそう叫ぶと、キョンは不思議そうな顔で問い返した。
「はあ? 何を言ってるんだ」
「あたしはとてもお腹が空いているの、大至急!」
キョンは部室を飛び出し、すっかり日が暮れた街に向かって駆けだして行った。
その後ろ姿を憂鬱そうな表情で部室から眺めるハルヒの姿があった。
「遅かったわね、もう少し時間がかかっていたら学校が閉められてたわよ」
部室で帰り仕度を終えて、ハルヒはキョンを待っていた。
「学校から街まで行くには長い坂道を往復しなければいけないんだ、勘弁してくれよ」
キョンは息を切らしながらハルヒにパンとジュースの入ったコンビニの袋を渡す。
ハルヒは袋の中に入っている物を確認すると、怒った表情になる。
「何よ、この納豆コッペパンに、納豆サンド……ドクター○ッパー納豆味は!」
「お前の大好物の菓子パンじゃないか」
キョンは薄笑いを浮かべてそう答えた。
そんなキョンに向かってハルヒは指を突き立てて叫ぶ。
「あんたは全く気が利かないわね、クビよ!」
「クビか……じゃあ俺はこの世界から追い出されるって事だな」
そう言ったキョンの輪郭がブレて薄くなって行く。
「そうよ、今まで居たキョンの方があんたの何倍も気が利くわ!」
「じゃあ、二度と俺を呼ぶ事は無いのか」
「あんたなんかもう呼ばないからね!」
ハルヒの叫びと共に、キョンの姿は霧のようにかき消えて行った。
「ふう……」
誰も居なくなった部室でハルヒはため息をつく。
その目じりには涙が光っていた。
「このパン……どうしようかしら。そうだ、これは明日のキョンの昼食に決定! あいつにも責任を取らせなきゃ!」
ハルヒは何かを振り切るように勢いよく部室を出て行った。
<第ニ新東京市立北高校 部活棟 SSS団(元文芸部)部室>
次の日、学校に登校したキョンはシンジとアスカを見てホッとした。
シンジはサングラスを掛けて居なかったし、アスカは黒髪ではなかった。
「よかった……昨日の出来事は夢オチで終わってくれたみたいだな……あっちの世界のハルヒはこっちの世界の俺まで巻き込んで、大変だったぜ」
キョンは安心してその日の授業を過ごしていたが、昼休みに試練が待ち受けていた。
ハルヒがキョンの弁当を強奪して部室に逃走してしまったのだ。
「おいハルヒ、弁当返せ……って」
キョンが部室に入ると、ハルヒはコンビニの袋をキョンに向かって突き出した。
そのコンビニの袋にキョンは見覚えがあった。
中身を見ると、キョンの予想通りと同じ納豆菓子パンが入っていた。
「……あんたがあたしの嫌いな納豆を食べさせようとする夢を見てね。腹が立ったからやり返す事にしたの」
「おい、夢の中の話だろう?」
「あんたを油断させるために、アスカとシンジがミサトの用事で学校の外に出たついでに買ってきてもらったのよ」
「そこまでして俺にやり返したいのかよ……」
ハルヒはキョンの見ている前でキョンの弁当箱を開けて食べ出した。
「俺の弁当を返せ!」
キョンはまだ諦めずにハルヒから弁当を取り返そうと追いかける。
ハルヒはキョンの弁当箱を持ったまま部室の中を逃げ回った。
「アンタ達、昼休みの部室で何をバカなことしているのよ」
そんな時、部室のドアが開いてアスカとシンジが姿を現した。
シンジはキョンに自分の弁当箱を差し出した。
「シンジ、いいのか?」
「うん、僕とアスカで分け合って食べるから」
キョンはシンジの弁当と納豆菓子パンを交換した。
それを見たハルヒは指を突き立てて叫ぶ。
「罰ゲームの邪魔をしないでちょうだい!」
「涼宮さん、今回は夢の中の話なんだから罰ゲームはひどすぎると思うよ」
「シンジ達は優しいな……」
「だいたいアスカは何で納豆が食べれるのよ、アスカは中学までドイツにずっと住んでいたんでしょう?」
「アスカと一緒に暮らす事になった時は、アスカ用に洋食、ミサトさん用に和食って分けていたんだけど、アスカが急に帰って来て、ミサトさんが帰って来れない時があったから」
「その時たまたま納豆を食べたら、見た目やにおいほどまずくなかったのよ」
そこまで話すと、アスカは勝ち誇った顔をしてハルヒに笑いかけた。
「もしかして、ハルヒって見た目やにおいが怖くて納豆が食べられないの? まったく子供なんだから」
「うるさいわね、うちじゃあ親父もお袋も納豆は食べないんだから」
「アスカ、別に大人だから納豆が食べられるわけじゃあ……」
シンジが止めに入っても、アスカのハルヒに対する挑発は止まらなかった。
「アタシは週に1回ぐらいは朝御飯に納豆を食べているわよ!」
傍から見ると低レベルな言い争いだが、ハルヒとアスカはお互いそんな勝負でも負けたくないらしい。
ハルヒはシンジから納豆サンドを奪い取って食べようとするが、なかなか口に入れる事が出来ない。
「ハルヒ、俺の弁当を食べろよ。……今さらその食べかけの弁当を返されても困るしな」
「でも……」
ハルヒが渋っていると、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響く。
結局キョン達は急いで昼食を食べる事になった。
「あなたが1日でこちらの世界に戻って来てくれて助かりましたよ」
「……やっぱり、向こうの世界の俺と入れ替わっていたのか」
放課後、ハルヒが来る前の部室でキョンがイツキに事情を話すと、イツキはいつもの穏やかな笑顔を浮かべながらそう答えた。
「朝に碇君や惣流さん達を見た時から様子がおかしかったですからね」
「で、やっぱり異世界から来た俺だってハルヒにばれてしまったのか?」
「その点はご安心を、あなたは一時的な記憶喪失だったと口裏を合わせておきました。涼宮さんが自分の能力に気が付くと言う可能性はありません」
キョンは部室に置かれている描きかけの漫画の原稿を見た。
すると、キョンの設定が異世界人から記憶喪失へと変わっていた。
「それとお願いですが、あなたが異世界で体験した事を涼宮さんに話してあげて下さい」
「そんな事をしたら大事になるぞ?」
キョンはイツキの提案に目をむいて反論した。
「涼宮ハルヒはあなたの発言をきっと冗談だと受け取る、問題無い」
それまで部屋の隅で本を読んでいたユキが顔を上げてそう言った。
「涼宮さんは書いている漫画のネタが思い浮かばなくて相当ストレスがたまっているようですから」
「……あいつはそんな事で閉鎖空間を発生させて、あっちの世界に迷惑を掛けていたのかよ」
「実のところ、並行世界が存在するかどうかは確実ではありません」
「古泉、それはどういうことだ?」
「その世界は涼宮ハルヒの夢が作りだした精神世界だと言う事もあり得るから」
ユキの答えを聞いたキョンは頭を抱える。
「何だかややこしい話になってきたな。じゃあハルヒが寝ぼけて世界を変えてしまうと言う可能性もあるのか?」
「その確率はゼロとは言えない」
キョンはユキにそう言われて、疲れ果てたようにため息をついた。
「そんなに悲観する事はありませんよ、今回だって無事に解決できたじゃないですか」
「他人事のように言うな」
「でも、僕が出る幕は無かったようですし」
「仕方ない、ハルヒに関わってしまった以上、乗りかかった船だ」
その後、部室に顔を出したハルヒにキョンが超能力者になったイツキの話や予知能力を持ったミクルの話をすると、ハルヒは何かアイディアが閃いたようだった。
そして、ハルヒの漫画は進んで行き、超能力や予知能力などで不思議な事件を解決していくと言うSSS団の宣伝を兼ねた漫画は完成した。
「ハルヒちゃんの漫画は私達の間で大人気よ!」
「これでSSS団に不思議な事件の相談に来る人は増えるかしら?」
「ええ、もうバッチリ!」
ミサトに漫画をほめられて、ハルヒはとても喜んでいた。
しかし、そのハルヒの漫画の評判はともかくとして、SSS団に依頼がたくさん舞い込むと言う事は無かった。
フィクションを多分に含んだ漫画を読んだ読者達は、本気でSSS団が事件を探しているとは思わなかったらしい。
「……まあ、不思議な事件を抱えている人間なんて、そうそう居ないっていうのもあるさ」
キョンは完成した漫画を読みながらそう呟いた。
しかし、世の中は奇妙なもので、この漫画を読んでSSS団に依頼に来る人物も後に現れる事になる。
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