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[19240] 白光焔舞曲 奏(TOA)
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/02 08:57
 
(まえがき)
 
 本作品は『テイルズ オブ ジ アビス』の再構成もので、同掲示板内にある『白光焔舞曲 序』の続編という形になります。先にそちらの方を読まないと、まるで話が繋がらないと思います。
 以前から読んでいて下さる方、またよろしくお願いします。初めてこの作品を見る方、『序』から読んで下さると嬉しいです。
 
 
 
 
 美しい水の流れる帝都、色とりどりの花や装飾が栄える純白の教会から、同色の衣装に身を包んだ花嫁と花婿が進み出てくる。
 
 以前は結い上げていた白金の髪を背中に伸ばす花嫁は、見る者全てに安らぎを与えるような幸福を、その笑顔に宿していた。
 
「………はぁ」
 
 その結婚式を祝う者として人々の列の僅か後ろに並んでいた、キムラスカの赤い軍服を身に纏った栗色の長い髪と海のような蒼い瞳を持つ少女……ティア・グランツは、その姿に憧れるように熱の籠もった溜め息をつく。
 
 その隣で………
 
「ふぁ………」
 
 着慣れない正装に身を包み、退屈という風情を隠そうともしない少年が、露骨に欠伸した。
 
「………レイル」
 
 ティアはそんな少年に、わざと低くした声で呼び掛ける。少年は……無反応。
 
「レイル」
 
 もう一度呼び掛ける。少年は無反応……どころか、眠そうにごしごしと目を擦った。
 
 腹に据えかねたティアは、彼の“古い名前”でもう一度だけ呼んでみる。
 
「………ルーク」
 
「ん?」
 
 ようやく反応が返って来た。今度こそ冷めきった視線が少年を射抜く。
 
「欠伸なんてしないで。恥ずかしいでしょ、“レイル”」
 
「………だって、なげーんだもん」
 
 注意された事そのものと、少し強調して呼ばれた名前に、レイルは決まり悪そうに後頭を掻く。自分から言い出した事なのに、なかなか慣れない。
 
「もう……あの二人の関係を一番応援していたのはあなたじゃない」
 
 そう、事実レイルはこの結婚の事を知った時には手放しで二人を祝っていたし、式の最初の方は真剣に見ていたのだ。
 
 しかし厳かで形式張った進行や、会った事もない知人の言葉などを繰り返し見ている内に、完全に飽きが回ってしまっている。
 
「……………」
 
 そんなレイルと不毛な会話を続けては雰囲気が台無しとばかりに、ティアは再び花嫁に憧れの眼差しを向ける。
 
 今度はレイルが、そんなティアの様子が気になった。何とも珍しい態度に見えたからだ。
 
「……お前でもこういうの興味あったりすんの? 何つーか、意外だな」
 
「えっ!?」
 
 意表を突かれて、ティアが軽く飛び跳ねた。隠し持っていたぬいぐるみが見つかった時の反応に近い。
 
「ち、違っ……将軍にはお世話になったから、純粋にお祝いしたくて来ただけでっ……別にこういう事に興味あるわけじゃ……っ!」
 
 普段から毅然と振る舞っているティアだが、それは騎士として己を律した結果に過ぎない。かわいい物に興味もあれば、幸せそうに笑う花嫁に憧れもするのだ。
 
「(何で隠そうとすんだろ……?)」
 
 わかりやすく狼狽するティアに、レイルは無神経に首を傾げる。自分だって、『誰かと結婚したいのか』と訊かれればパニックになるくせに、だ。
 
『―――――!!』
 
 式の最中にしては騒がしいはずの二人のやり取りは、しかし周囲に気にもされない。むしろ、より以上の騒がしさを以て、円形の階段の下に居並ぶ女性たちが色めき立つ。
 
 ブーケを手にした花嫁が、背中を向けたからだ。
 
『………………』
 
 期待と気合いに震える女性たち。遂に花嫁の右手が振り上げられ、ブーケが中空に舞った。
 
「みゅーーー!!」
 
 同時に、水色の何かが舞った。それはブーケに頭から衝突し、フラフラと宙を縺れ合って………
 
「み゛ゅっ!?」
 
「「あ………」」
 
 水色はレイルの、そしてブーケはティアの腕の中に収まった。次なる花嫁を渇望する女性たち全ての意気込みを置き去りにして。
 
「みゅぅ……ご主人様、良かったですの。人間の男の子たちに追い回されて怖かったですの……」
 
「…おい……、宿でおとなしく待ってろって言ったよな。言ったよな、俺?」
 
 水色の何かは、チーグルの仔供・ミュウ。レイルを恩人と慕い舎弟を気取る、チーグル族の追放者である。
 
 が、今はそっちはどうでもいい。結果的に反則を使って手にしたようにしか見えない、ティアの手の中のブーケが一番の問題だった。
 
『………………』
 
 殺意にも似た視線が、レイルとティアに突き刺さる。夢見る女性たちの失望の前では、ティアが軍服を着ている事など何の意味もなさない。
 
「………逃げるぞ」
 
「………そうね」
 
 ブーケとミュウを抱えたまま、脱兎の如く駆け出すレイルとティア、騒ぎだす式場。そんな光景を……
 
「………………」
 
 花嫁……ジョゼット・フリングスは、目を丸くして見送る。
 
 人類の未来を懸けた死闘を経て、外郭大地を降下させて世界を本来の姿に戻すという歴史的な快挙から………二ヶ月の時が流れていた。
 
 
 
 
「お久しぶりです、ルーク様………いえ、レイルーク様」
 
 時間を置いてフリングスの屋敷を訪れたレイル達に、ジョゼットが恭しく頭を下げる。次いで、ティアに微笑んだ。
 
「ティアも、息災なようで何よりだ」
 
「すいません。生涯一度の大切な儀式で騒動を……」
 
「気にしないでください。あれくらいのトラブルなら余興の内ですよ」
 
 申し訳なさそうに頭を下げるティアに、アスランが人の良さそうな笑顔で返す。
 
「ったく、ブタザルのせいでひでー目に遇った」
 
「みゅう……ごめんなさいですの……」
 
 などとぼやくレイルとミュウも伴い、二人と一匹は客室に通される。
 
 少将という地位にあるだけあり、フリングスの屋敷は立派だった。もっとも、公爵子息として何不自由なく育ったレイルがそれに感慨を持つ事は無い。
 
 テーブルを挟んで向かい合うソファーに、レイルとティア、アスランとジョゼットがそれぞれ並んで座る。控えていたメイドが、テーブルに人数分の紅茶を並べた。
 
「お二人が式に来て下さるとは思いませんでした。書状を出す頃には、既にバチカルを発ったと聞いていたものですから」
 
 ジョゼット・セシル、アスラン・フリングス。この二人が伴侶として手を取り合うまでには、様々な障害があった。
 
「つーか、元々来る気じゃなかったよ。たまたまグランコクマに寄ったら、丁度結婚式だっただけで」
 
 ジョゼットはキムラスカの、アスランはマルクトの軍人。つまり元を正せば、戦争で互いに殺し合いをする間柄だったのだ。
 
「レイル! わざわざそんな言い方しなくてもいいでしょ」
 
「事実じゃん」
 
「ですの♪」
 
 そんな二人が互いに特別な感情を抱くには、少し特殊な経緯がある。外郭降下前に両国が起こした戦争の最中、ジョゼットがマルクトの捕虜として捕われてしまったのである。
 
「何にせよ、来てくれてとても嬉しい。レイル様やティアには、私たちの事でも、背中を押して頂きましたから」
 
「何かしたのはガイだろ。それも、別にお前らのためじゃないと思うぜ」
 
「それでも、ですよ」
 
 そして、捕虜である自分に誠意を持って接するアスランにジョゼットは惹かれ、捕虜となっても誇りと正義を失わないジョゼットにアスランは惹かれ、二人は瞬く間に恋に落ちた。
 
「ガイラルディアを変えたのは、あなたなのですから」
 
「……さあな。あいつ元々音機関マニアだし、キムラスカの方が肌に合ってたんじゃねーの?」
 
 敵国の軍人同士、という障害は、外郭降下と同時に両国が和平を結んだ事で解決した。しかし、ジョゼットには夢があった。それは……セシル家の再興。
 
「気にしないでください。照れ隠しですから」
 
「っ……おいティア!」
 
「はは……お二人は、仲が良いんですね」
 
「「良くない(です)!!」」
 
 ジョゼットの叔母、ユージェニー・セシルは、ホドとの和平の証としてマルクトのガルディオス伯爵家に嫁いだ。しかし、その真の役割は後に起こると預言に詠まれたホド戦争の際に、キムラスカ軍を手引きするスパイだった。
 
「その事を抜きにしても、お二人は世界を崩落から救った英雄ですから。いくら感謝しても足りませんよ」
 
「あまり煽てないでください。彼、すぐ調子に乗りますから」
 
「……お前、さっきから言う事キツいぞ」
 
 だが、ユージェニーはそれに応えなかった。夫を、家族を護るため、そして戦争という絶望的な預言を回避するために……。結果として戦争は止められず、ユージェニーはガルディオス家共々惨殺され、元々貴族だったセシル家は売国奴と蔑まれ、爵位を奪われたのだ。
 
 ジョゼットはその再興を夢見て、軍に入った。だから、誰かの花嫁になる事は出来ないと思っていた。その相手がマルクトの人間なら、なおのこと。
 
「将軍は……変わりましたね」
 
「もう、将軍ではないわ」
 
 ユージェニーを殺したファブレ公爵は、その負い目からか、ジョゼットを不自然なまでに取り立てた。それがまた不名誉な噂を広めたが、ジョゼットはその屈辱さえも呑み込んで出世を目指した。
 
「どんな侮辱や不名誉を受けようと、成し遂げたい願いがある。そう言った私が、こうしてマルクトの花嫁となっている。……軽蔑したか?」
 
「……いいえ」
 
 そんなジョゼットに、ティアも好感を持っていた。しかし、それでもジョゼットのアスランへの想いは大きかった。……積み重ねてきた、願い以上に。
 
「目的のために全てを犠牲にする、それが正しいとは限らない。今は……そう思います」
 
「……そうか」
 
 そんなジョゼットを葛藤から救ったのは、レイルの親友であり、ユージェニーの息子でもある……ガイラルディア・ガラン・ガルディオス。ジョゼットの従弟にあたる彼は今、母方の姓であるセシルを継ぎ、キムラスカ王国の子爵となっている。
 
 ジョゼットの婚姻と合わせて、それはキムラスカとマルクトの和平の証であった。今度こそ、真実の平和条約である。
 
「ところで……まだ聞いた事がなかったのですが、レイル様は何故バチカルから旅立たれたのですか?」
 
 かつて世界を救う旅をしていた、レイルやティアの仲間たち。
 
「………ちょっと、人探ししてんだよ」
 
 それぞれが、新しい日々を歩んでいた。
 
 
 
 
(あとがき)
 作者・水虫です。第三部に伴い、新シリーズに突入致しました。話数が増えすぎて不便だったので。
 
 



[19240] 1・『レイルーク』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/02 19:20
 
 私の兄でもある彼の師、ヴァン・グランツの野望を阻み、世界を守るための長くて短い旅が終わってから、二ヶ月の時が経つ。
 
 “造られ”、憧れ、裏切られ、傷ついて、泣いて、苦しんで、逃げて、それでも立ち上がって、戦って、前に進んで、そして師に認められて、超えた。………そう、彼は変わった。
 
 レプリカである事も、『ルーク』ではない事も、その全てを含めた上で、それが自分なんだと言えるようになった。
 
 だから、自分だけの名前が欲しい。『ルーク』ではない、レプリカルークとしての名前が。
 
 そして、彼は選択する。今は鮮血のアッシュと名乗るオリジナルの『ルーク・フォン・ファブレ』を、本来の居場所に連れ戻すと。
 
 自分が『ルーク』だと思われて過ごした七年間を、否定しない。それは大切な思い出だ。
 
 でも、大切だと思うからこそ……その居場所は返さなくちゃいけない。アッシュが敵だろうと、罪人だろうと、それは居場所を返さない理由にはならない。
 
 『あなたも私の大切な息子に変わりはない』、そう言ってくれるシュザンヌ様の言葉を、『私はもう逃げない、お前を息子に持って誇りに思う』そう言ってくれるファブレ公爵の言葉を、彼は拒まない。
 
 何を捨てるわけでもない。自分の全てを受け入れて変わるとはそういう事。
 
 目的はもう一つ。キムラスカ国王、インゴベルト陛下からの密命。
 
 自らが裏切った、血の繋がらない娘……王女ナタリアを見つけだし、連れ戻して欲しいというものだった。
 
 事を荒立てれば真実が露見し、娘が居場所を失う。そして娘の意志を変えられるのはお前しかいない。縋るような国王の懇願を、彼は平和条約締結前から請け負っていたらしい。
 
 アッシュとナタリアの二人を捜し出し、連れ戻す。それは彼の意向にも沿っていた。
 
 長い間責務を放棄していた私の行動は『彼の護衛』という言葉で正当化され、私は再び彼付きの騎士として旅の同行を命じられた。
 
 偶然……かどうかはわからないけれど、私の任務も私の意向に沿っている。
 
 こうして、本来の姿に生まれ変わったオールドラントで、私とルークの……いや、レイルの新たな旅は始まった。
 
 
 
 
『私は、自分のやった事の始末をつけたかっただけなんですよ』
 
 レイル達がヴァンを倒し、外郭を降下させた後に向かったベルケンドで、光を失ったために戦線から離れていたジェイドは、国家機密に相当する過去の真実と、自らの心情を吐露した。
 
『ヴァンがホドを消滅させたという預言(スコア)は真実です。そしてそれは、当時十一歳の子供だった彼を無理矢理フォミクリー装置に繋ぐ事で発動した擬似超振動によるものだ。……マルクトの命令でね』
 
 ティアやアニスのような特殊な立場ではない軍属のジェイドが、世界を救うためとはいえ、正規の軍務から外れてあんな旅に同行していたのは不自然だった。
 
『ヴァンを復讐鬼へと変貌させ、レプリカ世界などというくだらない誇大妄想を抱かせた。その全ての発端は、私が生み出したフォミクリーです』
 
 それはマルクトの軍人、皇帝陛下の懐刀である以前に、ジェイド・カーティス個人としての行動だったのかも知れない。
 
『ある意味、私が全ての元凶ですよ。あなた達の大切な人を狂わせたのも、世界を危機に陥れたのも、そして、あなた達の手でヴァンを殺させたのも』
 
 ジェイドは光を失った瞳で、レイルを、ティアを、ガイを見た。
 
『もう一度言います。望むなら、この喉笛をかき斬っても構いません。あなた達には、その資格がある』
 
 無意味な死を肯定するようならしくないその言葉に、レイルは無言でジェイドを殴り飛ばした。
 
 それから二ヶ月。彼らは帝都・グランコクマで再会する。
 
 
 
 
 フリングス夫妻の結婚を祝った後に、レイルとティアは軍の名家、カーティス家の屋敷を訪れていた。
 
 ただ仲間の顔を見に来た、というだけの理由。外郭大地がいつ崩落するかわからない、という切迫した状況下にあったかつての旅に比べれば、今の二人(と一匹)の旅はのんびりとしたものだ。
 
「お久しぶりです、カーティス大佐」
 
「懐かしいですねぇ、ルーク、ティア。ハネムーンに出たと聞いていましたが?」
 
 屋敷の客室に通されたレイル達に開口一番、ジェイドのふざけた発言が飛ぶ。目も見えていないのに、レイルとティアの方を正確に向いて胡散臭い笑顔を浮かべた。
 
「………羽?」
 
「大佐! 結婚したのはフリングス少将たちです! 私はただ、レイルの護衛として同行しているだけで……」
 
 聞き慣れない単語に首を傾げるレイルと、相変わらずなジェイドに律儀に釈明するティア。そんなやり取りを“耳にして”、ジェイドは胡散臭い笑顔を僅か穏やかに深めた。
 
「冗談ですよ。結婚式でキムラスカの女軍人がブーケを横取りした、と聞いてましたので、つい。……それに、私はもう“大佐”ではありません」
 
「つーか、俺ももうルークじゃねーよ。手紙出しただろ」
 
「レイル様ですの!」
 
 二重の意味で恥ずかしそうに黙るティアを置いて、レイルがわかる部分の間違いを指摘し、道具袋から飛び出したミュウが訂正する。
 
「ああ、確か『レイルーク(栄光なる焔の響)』……でしたか。あなたの師匠好きも相当ですね」
 
「ほっとけ」
 
 母やティア、ガイ、そしてイオンの試行錯誤の末に得た名前を茶化されて、レイルはわかりやすくむくれた。
 
「では、レイル。あれから体に何か異変はありませんか?」
 
「何だよ、いきなり医者みてーに」
 
「一応、医師の資格も持ってますけどね」
 
 そんなレイルに構わず、ジェイドは自身の科学者としての好奇心を覗かせる。……それだけ、というわけでもないが。
 
「どうもこうも、絶好調だよ。むしろ一度消える前より調子良いくらいだ」
 
 レイルは、外郭降下直前のヴァンとの死闘で限界以上の力を使って音素乖離を起こし……確かに、消えかけていた。
 
 そして、ユリアの譜歌の詠唱と共に突き出されたローレライの剣によって体を貫かれたと思った次の瞬間には、何故かレイルの体は乖離しておらず、それどころか傷一つついていなかった。
 
 後にベルケンドの第一音素研究所で検査したところ、音素乖離どころか、それ以前からレイルの体内に蓄積していた障気すらも消え去っていたのだ。
 
「兄さんは……ローレライの力を使ったのかしら」
 
 一~七章まで続けて詠うユリアの譜歌は『大譜歌』と呼ばれ、それはローレライとの契約だと言い伝えられている。
 
「いえ、むしろ本来ローレライに作用するはずの力を、完全同位体であるレイルに使った、という事だと思いますよ。ローレライの召喚にはローレライの鍵が必要だと言われていますが、その場にあるのは剣だけだったと聞きますし」
 
 完全に伝聞であるにも関わらず、ジェイドは理路整然と分析する。そのフォンスロットが、レイルの背中のローレライの剣を捉えていた。
 
 おそらくレイルの体はあの時確かに爆散し、そして瞬時に再構成された。それが、あの時に出た結論だった。
 
 一度消えてしまったと思われるレイルの体に、この先どんな異変が起こるかわからない。そういう危惧が確かにあったが、今のところ何の問題もないようだった。
 
「とにかく俺は平気だっつーの! ……それより、ジェイドの眼はやっぱり治らねぇんだな」
 
「おや、心配してくれるのですか? 私も堕ちたものですねぇ」
 
「お前なぁ!」
 
 ジェイドはヴァンとの戦いで自身の譜眼を暴走させ、その視力を失った。眼球や網膜が傷んでいるというわけではなく、破損した譜が眼に蓋をしてしまっているような状態であるため、薬や手術でどうこう出来るものではない。
 
 譜眼の発案者であるジェイドなら、あるいは瞳に刻んだ譜陣を取り除く術を見つけだせるかも知れないが、光を失っているのはそのジェイドだ。
 
「まあ、私の事ならご心配なく。自分一人を養う程度の財力ならありますから」
 
 ジェイドはおどけてそう言って、眼鏡を直す仕草をしようとして……それが無い事に気付いた。
 
「カンタビレは? 会ったのか?」
 
「いいえ。わざわざ見舞いに来るような方でもありませんし、そうでなくとも、今のローレライ教団は大忙しです。……手紙なら来ましたが」
 
 外郭降下後、カンタビレは一人でさっさとケテルブルクに引き返した。……ジェイドにも会わずに。
 
 その後、ヴァンやモース、六神将という統率者をこぞって失ったローレライ教団を立て直すためにダアトに異動した。
 
「大佐、手紙って……」
 
「ええ、当然メイドか執事の誰かに代読してもらわなければなりませんでした。それを見越していたのか、内容は嫌がらせに近いものでしたが」
 
『………………』
 
 珍しく本気で困ったように肩を竦めるジェイドに、レイル達は沈黙する。カンタビレという人間がまた一つわからなくなった。
 
「それより、二人はどうしてグランコクマに? あのフリングス将軍が、自分の結婚式に公爵子息を呼びだすような無礼をするとは思えませんが」
 
 確かに、バチカルの屋敷に届いていたのは招待状ではなく、あくまでも書状。しかもレイル達はそれを見てもいない。
 
「人捜しだよ。アッシュとナタリア」
 
「ああ……。外郭降下の際にあなたを妨害したという話ですか……」
 
 耳にして、ジェイドは「眉唾物」という表情を作る。確かに、レイル本人にしかわからない確信なのだから仕方ない。
 
「生身の人間が、地核に落ちて生きているものでしょうか……。ナタリアはともかく、アッシュが生きているというのは、些か現実味に欠けますねぇ」
 
 至極もっとも過ぎる意見に、レイルは反論出来ない。というより、あの感覚を口にして説明する事が難しい。
 
 まあ、それはこの際どちらでもいいのですが……と前置きしてから、ジェイドは質問する。
 
「本物の『ルーク』を連れて帰れば、あなたは今の居場所を失う事になるかも知れない。何故、自らアッシュを捜すような真似を?」
 
 ジェイドにとっては罪の象徴でもあるレプリカという存在。そのレイルと旅をして、成り行きとはいえ見続けてきた。……しかしジェイドは、レイルの変化の象徴……ヴァンとの死闘を知らない。
 
「俺とあいつが別だからだよ。……だから、“あいつの”居場所は返すんだ。それで、俺の過去が消えるわけじゃねーしな」
 
 その解に、自分の生んだものに、別の何かを見る。
 
 
 
 
「(アッシュ、か……)」
 
 二人が帰った後、ジェイドは自室の安楽椅子に背中を預ける。
 
「………………」
 
 自分とアッシュは別の存在だと解を見つけたレイル。レイルは自分の可能性の一つだと言ったらしいアッシュ。
 
「(もし本当に、生きているなら……)」
 
 気持ちの強さだけで、どんな現実も越えていけるわけではない。少なくともジェイドはそう思う。
 
「(いや、しかしレイルが生まれて七年経っている………)」
 
 だが、レイルは勝った。理屈で考えれば、その実力を上回る事の出来ないアッシュ……オリジナル・ルークに。
 
 意志の力、想いの強さ、安易にそんな精神論を唱える事だって、出来なくはない。
 
 ―――だが、科学者としてのジェイドの頭脳は、冷徹に他の可能性を考えていた。
 
「(もしそうなら……何と残酷な運命か……)」
 
 複製として造られ、身代わりとして生き、それでも師を越えて、自己を確立し、一人の人間となったレイル。
 
 だからこそ、残酷な未来。そこに繋がる可能性が、ジェイドの胸中に暗雲を広げていた。
 
 
 ―――この二週間後、ジェイド・カーティスは帝都・グランコクマから姿を消す。
 
 
 
 
(あとがき)
 二部と三部の間の説明に終始してる気がします。未だにグランコクマから出てない……。
 
 



[19240] 2・『墓前の花束』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/04 08:27
 
「久しぶりに帰省して来た……というわけではなさそうだな」
 
「ええ、船の乗り継ぎでユリアシティに止まるから、そのついでよ」
 
 グランコクマを後にした私とレイルは、船でユリアシティに立ち寄っていた。かつては監視者の街として唯一魔界(クリフォト)に在る街だったここも、世界が本来の姿に戻った今では、立派に世界の一部となっている。
 
 青い空と海、障気に包まれた魔界には無かった……いつか私が憧れた景色が、今は私の故郷にも在る。
 
「ティア、たまには休暇を貰って帰って来なさい。お前、故郷を発ってから一度も仕事以外で帰って来た事がないだろう」
 
 中央塔の会議室で書類を相手にしていたお祖父様は、訪れてきた私の顔を見て少し表情を明るくしたけど、隣にいるレイルを見て気落ちしてしまった。
 
 ……確かに、私は旅立ってからほとんどこの街に戻っていない。幼少時代からの事もあるし、お祖父様の反対を押し切ってキムラスカ軍に入った事も気まずく……要するに、居心地が悪かったから。
 
「………お祖父様も、大変みたいね」
 
「ローレライ教団……私たちは、これまでずっと監視者としての役割を果たしてきた。世界が預言(スコア)から外れた今、その責任を負わされるのは仕方ない」
 
 ………だけど、これからは長年のわだかまりを埋めていけると思う。預言から外れた世界………私や兄さんの夢は、叶ったのだから。
 
「何か、イオンもぼやいてたよな。『大切な時なのに、僕が教団のために出来る事は少ない』とか。……あいつ、二歳児なんだからうぜー書類仕事なんて出来なくて当たり前なのにな」
 
「ご主人様は七歳児ですの!」
 
「どこかの誰かと違って、イオン様は自分の勉強嫌いを正当化しようとしないもの。知らない事は、学べない事と同義じゃないわ」
 
 完全に他人事の口調で呟いたレイルに、私とミュウが苦言を呈する。ミュウを踏みつけようとしたレイルの足より速く、私はミュウを抱き上げた。
 
「これまで、人々は預言に依存し過ぎていた。いきなりそれを奪われたら、灯台の無い夜の海を彷徨うのと同じ。……時間が掛かるのは仕方ないわ」
 
 世界の滅亡が回避されても、問題は山のように残っている。これ以上の混乱をもたらさないためにも、人々に少しでも早く安寧をもたらすためにも、真実の全ては公表されなかった。
 
 表向きは、発見された第七譜石の消滅預言(ラストジャッジメント・スコア)を回避するための預言からの離脱。そして数々の悲劇は、ユリアの預言を断行しようとした大詠師モースの仕業とされた。
 
 死んだモースとユリアの預言を悪者にして、事態の回復を図る。真実を知る私たちにとっては釈然としないものは残るけど、ここで両国の悪事まで暴露したらそれこそ収拾がつかなくなる。
 
 納得は出来ないけど、人々が預言から自立するには、これが一番良いのかも知れない。
 
「三国の為政者が『世界は預言から外れた』と主張しているというのに、『預言は外れていない』と信望するものもかなり多い。………特に、預言を与える立場だった教団は複雑な立場でな。全ての責任をモースに負わせて片付く問題ではない。正体不明の謎の預言士(スコアラー)が徘徊していると言うし、教団の信用は損なわれるばかりだ」
 
 肩を落として、お祖父様は自分の髭を撫でる。「せっかく孫娘に会えたのに仕事の話などしたくない」という風に手を振ってから、レイルを見た。
 
「それで、ルークは一体何故また旅などしている?」
 
「レ・イ・ルだっつーの! 手紙出しただろ?」
 
 知人に会う度に繰り返しているやり取り。面倒なのはわかるけど、彼が“生まれ変わった”という事だから、これくらいは仕方ない。
 
 手短に旅の目的とアッシュの居場所を訊ねたけど、やっぱりお祖父様も知らなかった。
 
 赤い髪の青年と金髪の少女。というだけでは簡単には見つからない。『赤い髪の神託の盾(オラクル)』ならかなり絞り込めるはずだけど、彼がまだ神託の盾の軍服を着ている確証は無い。
 
 忙しそうなお祖父様を気遣って、私たちはほどなく中央塔を後にした。そして、実家のセレニアの花畑に向かう。
 
 ……お祖父様には悪いけど、どちらかと言えばこっちが本来の目的だったし。
 
 兄さんに貰って育てた、セレニアの花畑。その中央に、一つの厳かな墓碑が立っている。
 
 『栄光を掴む者 ヴァン・グランツ、ここに眠る』。石にはそう刻まれていた。
 
 私とレイルが、バチカルを発ってから真っ先にした事。髪の毛一本残さず消え去ってしまった兄さんの墓を作る事だった。本当ならすぐにでも作りたかった。………だけど、各国の代表への報告を後回しには出来なかったから。
 
 私の部屋から扉を開いて内庭に出て、直接墓を見て……私たちはすぐに異変に気付いた。
 
「………え?」
 
 白く光るセレニアの花畑の中央に立つ墓碑の前に、違う色がある。一見して珍しい、鮮やかな蒼い花束が置かれていた。
 
「一体、誰が……」
 
 兄さんを崇拝する人間は山ほどいると思う。だけど、ユリアシティにあるこの家の事まで知っている人間が何人いる? 勝手に家に上がり込まれた事以上に、何か不気味な予感があった。
 
「……もしかして、アッシュのやつか?」
 
「………かも知れない」
 
 この場所を聞いているとすれば、それはおそらく六神将くらいだと思う。そして六神将で生き残っているのはアッシュとアリエッタの二人だけ。
 
 そこまで考えてから、それら全てを振り払って、墓碑の前で両手を合わせた。戦い終わった兄さんの前でするような話じゃない。
 
『………………』
 
 私、レイル、ミュウ、三人でお祈りをしてから、眼を開く。
 
「…………兄さんは」
 
 何となく、私は口を開いた。
 
「最期の最期で、わかってくれた。悲しくないと言ったら嘘になるけど……解り合えないまま、命を奪う事で別れるより……ずっと良かった」
 
 兄さんを説得する事なんて出来ない。刺し違えてでも止める。そう考えていた私にとっては、これでも………幸せな結末だったと思う。
 
「………ごめん。俺がもっと早く、ヴァン師匠を……」
 
 謝ろうとしたレイルの唇を、人差し指で押さえて遮った。……もっと早く兄さんの心を動かせていたら、兄さんが死ぬ事は無かったかも知れない。
 
 だけど、過去に言い訳する事に意味はないし、彼が謝るような事じゃない。
 
「兄さんは、未来への希望をあなたに見て、行った。……最期の時には、救われていたはずよ」
 
 上手く、笑えているかしら……。そんな事を思いながら、私は兄さんから剣を継いだ少年を見ていた。
 
 
 
 
 恐怖に駆られた人々の絶叫。親とはぐれて泣き叫ぶ子供。赤々と燃える民家。空を煤け、濁らせる黒煙。
 
 そんな光景が、ローレライ教団総本山たるダアトに広がっていた。
 
「ちっ」
 
 無関係な民間人にもまるでお構い無しのメチャクチャな襲撃に、神託の盾騎士団首席総長たる女傑・カンタビレは忌々しげに舌打ちをする。
 
 眼前に広がるのは、かつてヴァンと共に姿を消したと思われる元・神託の盾兵、その口からバチバチと紫電に奔らせるライガや、中空を羽ばたくグリフィンの群れ、そして……人形を抱き締める妖獣使いの少女。
 
「ガキとはいえ、あんたも元軍人だろ。本来守るべき民間人を巻き添えにしといて、何とも思わないのかい」
 
「おとなしく奴を出せば、これ以上無関係な被害は出ない、です……」
 
 妖獣使い……アリエッタの言う“奴”が誰なのか、カンタビレは当然わかっている。だが、それ以上に説得は無理と判断して、握る剣に力を込めた。
 
 ライガとグリフィンが数匹、カンタビレに襲い掛かる。カンタビレは剣をくるくると指先で回して、地に突き立てた。
 
「『風塵皇旋衝』」
 
 カンタビレを中心に発生した竜巻が、魔物を引き裂き、薙ぎ払う。そのまま一番至近にいた敵兵に接近、斬り倒しながら、カンタビレは怒鳴る。
 
「民間人の保護を最優先! あたしの足引っ張ったらただじゃおかないよ!」
 
『はっ!!』
 
 その怒声に応えて、正規の神託の盾兵が民家の隙間に散開していく。
 
 その間も、カンタビレは次から次に敵兵や魔物を斬り倒す。そんなカンタビレに向けて、一列に並んだライガが、まるで訓練された兵士のような的確なタイミングで一斉に咆哮を上げた。
 
 雷撃が奔り、一直線にカンタビレに向かう。
 
「『雷神旋風奏』!」
 
 それを、カンタビレの剣先から生まれた稲妻の柱が呑み込み、掻き消す。
 
「よくもアリエッタの友達を………もう絶対許さないんだからぁ!」
 
「自分からけしかけといてよく言うよ。それとも、こんなケダモノであたしを倒せると本気で思ってたのかい」
 
 民家の屋根の上から戦いを見ていたアリエッタが、怒りの形相で詠唱を始める。カンタビレが、回避の後の逆撃のために足に力を入れる。
 
 それらの全てを……
 
「『アカシック・トーメント』」
 
 横合いから繰り出された、通りの大半を埋めるほどに巨大な譜術の衝撃波が、遮る。
 
 カンタビレを包囲するようにしていた魔物や敵兵がまとめて消滅した。
 
「もういいです、カンタビレ。僕が出ていけば、彼女も民間人を巻き込んだりしないでしょう」
 
 言って、静かにカンタビレに歩み寄るのは、純白の法衣に身を包んだローレライ教団の導師・イオン。
 
 ……だが、その全てはアリエッタにとって紛い物でしかない。
 
「ママの仇……仲間たちの仇……! もうお前に用はない……だから、殺します……!」
 
 そして、育ての親であるライガの女王の仇敵だった。
 
「……アリエッタ、確かにあなたにとって、僕は許せない存在でしょう。だけど、それに無関係な人間を巻き込むのは違うはずだ!」
 
「うるさい! その声で喋るなあっ!」
 
 叫ぶように怒鳴りつけて、杖代わりの人形を触媒に詠唱を始めるアリエッタ。その動きが……唐突に止まった。
 
「ごっ、ごめんなさい……でも……アリエッタ、間違ってないもん……」
 
 淡い光に包まれるアリエッタは、ボソボソと一人で何か喋っている。
 
「ごめんなさい………ルークが、ですか? ………………わかった、です…………」
 
「「…………?」」
 
 独り言を呟きながら、何故かどんどんしょんぼりと落ち込んでいくアリエッタの豹変の意味は、見ているイオンやカンタビレには全くわからない。
 
 何かを渋々と納得したらしいアリエッタは、キッとイオンを睨みつけて……
 
「お前は、ママの仇……。地の果てまで追い掛けて、いつか必ず殺します……!」
 
 そう言い残して、跨がっていたライガごと、青い怪鳥たるフレスベルグに飛び乗り、去って行く。生き残った兵士や魔物たちも、それを追うように逃げて行った。
 
「………何だったんだろうね、ありゃ」
 
「……わかりません。何かに、諭されたような態度でしたが……」
 
 ったく、このくそ忙しい時に……と毒づきながら剣を納めるカンタビレとは対称的に、イオンの表情は晴れない。
 
「(僕がここにいる限り、アリエッタは何度でも………)」
 
 それは、自分のオリジナルを大切に思っている少女に対する引け目か。あるいは彼本来の性格ゆえか。
 
 ―――その時……
 
「イオン!!」
 
「一体、何があったのですか!?」
 
 未だに戦火の醒めやらぬダアトの街に、かつて共に旅した仲間が現れた。
 
「レイル……ティア……!?」
 
「丁度いい。あんた達も後片付け手伝いな」
 
 未だ混迷する、しかし安定へと向かっていたはずの世界で、何かが、静かに動き始めている。
 
 
 
 
(あとがき)
 私はファンダムはした事が無く、カンタビレはオリジナルに近いかも知れません。
 技はジェイドの槍技(の剣ver)を使わせてますが、これも原作とは違うと思います。
 
 



[19240] 3・『心の在処』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/05 06:24
 
 時を僅か、遡る。
 
「ご主人様! パダミヤ大陸が見えてきたですの!」
 
「見りゃわかるっつーの。いちいちはしゃぐんじゃねー」
 
「もう……どうしてそんなにミュウに意地悪なの?」
 
 ダアトに向かう定期船の上で、レイルとティア、そしてミュウが、船の向かう先を一望する。
 
「……………」
 
「? ……何?」
 
 不貞腐れたように手摺りに寄り掛かったレイルが横目で睨むのは、特等席と言わんばかりの顔で、ぬいぐるみよろしくティアに抱かれているミュウ。
 
 怪訝に訊ねてくるティアに、レイルは何も言い返さない。
 
「(…………馬鹿だ、俺)」
 
 こんな小動物に、僅かでも嫉妬の感情を持っている自分のカッコ悪さにゲンナリする。
 
 ……つまり、そういったカッコ悪さを自覚出来る程度には、レイルも成長したと見るべきだろう。以前の彼なら、感情に振り回されるままに八つ当たりしてしまっていたに違いない。
 
「みゅ~みゅみゅ~みゅみゅ~~みゅ~みゅみゅ~~♪」
 
 そんなレイルの気も知らず、ミュウは下手な鼻歌を歌いながらレイルの頭によじよじと登る。
 
「………お前、何やってんの?」
 
「ご主人様を元気づけてるですの! 悲しい時や辛い時に歌を歌うと、元気になるんですの!」
 
 悪気の欠片もないミュウの行動だが、レイルのこめかみには当然の事として青筋が浮かぶ。
 
「だって明日は、ご主人様にょっ……!?」
 
 いよいよ投げ飛ばそうか、という頃合いで、ティアがミュウを、その口を押さえながら奪い取った。
 
「ほ、ほらミュウ! あんまり外に出ていると風邪を引くから、そろそろ中に入りましょう?」
 
 そして、あからさまな言い訳を残して、ティアはさっさと船室に戻ってしまった。取り残されたのは、一人疎外感を噛み締めるレイルのみ。
 
「………はぁ」
 
 まだ、レイルが『ルーク』と名乗っていた頃に、ティアは白光騎士団の一人としてレイルと知り合い、それから……約一年が経つ。
 
 いつからかはわからないが、レイルはそんな日々の中でティアに淡い恋心を抱き、自分という存在を見つける旅の中で、それを自覚した。
 
 しかし、初めて抱いたその感情を、どうしたらいいのかわからない。今も、過剰なまでの寂寥感を持て余している。出来る事と言えば、自分の感情をティアに押しつけない事……くらいだった。
 
「はあぁ~…………」
 
 一人きりになってしまった艦橋で、レイルはもう一度、深い深い溜め息をついた。
 
 
 
 
「……お前ら、最近俺をのけ者にしてねぇ?」
 
「してないわ」
 
「ですの!」
 
 ダアト港から出て、街道沿いに橋を渡り、第四石碑の丘を越えて、ダアトに辿り着く。
 
 その道筋をたどるレイル達の、これまでと何ら変わりない旅の風景。
 
 そんな中で、当たり前のように、同時に嘘のように、それは在った。
 
「…………え?」
 
 “それ”に真っ先に気付いたのは、ティア。まだ横目半眼でそのティアを見ているレイルと、そのレイルの頭に乗っているミュウは気付かない。
 
 そんな二人に構わず、ティアは“それ”に向かって一目散に駆け出した。
 
「おっ、おい……ティア?」
 
 突然の事に驚き、後を追ったレイルも、そのまま向かう先……広がる街道の先にいたそれに気付いて、驚愕に目を見開く。
 
 期待、恐怖、疑心、動揺、様々な感情が心を支配する中で、体は一刻も早くと駆け出していた。
 
 近づくにつれて大きく、はっきりと見えてくるその姿。
 
 栗色の髪を後頭で束ねた、白い軍服に身を包んだ、精悍な顔つきの神託の盾(オラクル)の剣士。
 
「兄、さん……?」
 
 ティアの零した、あり得ない呼び名。レイルにも同様の思いがあった。
 
 “あり得ない”と。
 
 それを肯定するかのように、“ヴァン・グランツと見える男”は口を開く。
 
「ティア・グランツ……それにレプリカルークか。待っていたぞ」
 
「「ッ………!?」」
 
 スラリと、男は剣を抜く。感情とは別に、理性で、レイルとティアは解を見た。
 
 ヴァン・グランツの最期は、自分たちが見届けた。間違っても、あのヴァンが自分たちをこんな風に呼ぶ事はもう無い。記憶のそれより僅か若く見えるし………何より、目の前の男の瞳は、まるで生気を感じさせない……死人のような暗さを宿している。
 
「ヴァン師匠の……レプリカか……!」
 
 どうしようもないほどの拒絶感が二人の全身に駆け巡り、咄嗟に武器を構えていた。
 
 敵として戦い、最期には死に別れてしまったけれど……兄として、師として、今でも愛情と尊敬を抱く『ヴァン』という存在を、これ以上ないほど冒涜された気分だった。
 
『そうだよ。僕やあんたみたいな旧型じゃない、ね』
 
「……何? この音素(フォニム)……!?」
 
 そんな二人を嘲笑うような声が空気を震わせ、同時にティアが、異質な音素の収束を感知する。
 
 淡く光る音素が、ぼんやりと色を増し、形を作り、ヴァンレプリカの隣でその姿を具現させていく。
 
 そして、光が変質して姿を変えたそこには……深緑の髪と瞳を持つ、小柄な少年。
 
「イオン!? ……いや、シンク……か?」
 
 友達の少年に瓜二つの顔に、レイルが思わずそう叫ぶが……特徴が違う。
 
 動きやすい黒の格闘服を纏い、イオンよりも短い髪を逆立てているその姿は……同じレプリカイオン、シンクのそれ。もっとも、レイルとティアは彼の素顔を見るのはこれが初めてだ。だが、それ以上に不可解な事がある。
 
「生きて、いたの……?」
 
 そう、シンクは以前……イオンの譜術によってタタル渓谷のセフィロトに落下し、命を落としたはずだ。
 
 いきなり音素の塊から形を作り出した事と合わせて、目の前のシンクはあまりにも不気味な存在感を撒き散らしていた。
 
 だが、二人にとってはそんなシンクよりも、その隣に立つ男の方が気掛かりだ。
 
「………お前が」
 
 怒りに震える声で、レイルは叫ぶ。
 
「お前が! ヴァン師匠のレプリカなんて造りやがったのか!?」
 
 レイルは、今では自分の存在を認める事が出来た。それでも、自分とアッシュのような歪んだ関係が、正しい在り方だとは思わない。
 
「自分もアッシュのレプリカのくせに、何怒ってんの? それとも、今になって初めてアリエッタの気持ちがわかったわけ?」
 
 言われて、ハッとする。そう、今の二人にとってのヴァンレプリカは、まさしくアリエッタにとってのイオンと同じ。
 
 “大切な人の紛い物”だった。
 
 レプリカとは知らずにレイルとの思い出を重ねたナタリアやシュザンヌとも、初めからオリジナルルークに殺意を持っていたガイとも、立場が根本的に異なる。これが……アリエッタの気持ち。
 
「紹介するよ。“ヴァンデスデルカ”、能力の劣化もない、被験者の記憶も引き継がれている、最新型のレプリカだ」
 
 そんな二人の気持ちなど無視して、シンクはヴァンレプリカに向けて手を広げ、自慢する。
 
「記憶、も……?」
 
「レプリカ情報を抜いた時までの、だけどね。まあそれでも………」
 
 シンクの言葉を行動で引き継ぐように、ヴァンデスデルカが駆けていた。
 
「アルバート流を使うのに、何の問題もないけどね!」
 
 体ごと突き出すような重く鋭い刺突が、最短でレイルに迫る。
 
「『瞬迅剣』!」
 
「ぐっ!」
 
 その剣先を、レイルの剣の腹が受け止め、しかし体ごと大きく後ろに弾き飛ばされた。
 
 その剣を値踏みするように睨んで、シンクがポツリと呟く。
 
「『ローレライの剣』、か……? 探す手間が省けて好都合だけど……」
 
 スッと、シンクはレイルを……正確にはレイルの剣を指差して、訊ねる。
 
「その剣、どうやって手に入れたの?」
 
「ヴァン師匠から受け継いだんだ。お前らも、いつまでもレプリカ世界なんて妄想に浸ってんじゃねーよ!!」
 
 後半のレイルの怒りにはまるで頓着せずに、シンクは面白そうに自分のあごを指で撫でる。
 
「へぇ……じゃあ、ヴァンのやつホントに裏切ったんだ。ローレライの剣まで持ってたなんてね。……で、“ちゃんと死んだ”? 死体が見つかってないんだけど?」
 
 その言葉に………レイルが“キレた”。
 
「この野郎おおぉぉ!!」
 
「何キレてんだか……」
 
 激昂するレイルの斬撃、大振りなそれを柳の葉のように躱したシンクは、その顔面に蹴撃を放ち、退がらせる。
 
 そのままレイルの懐に潜り込み、剣の間合いの“内側”から一方的な攻勢に転じる。
 
 その頃、ティアにはヴァンデスデルカが襲い掛かっていた。元々実力が違うのに、近接戦闘に持ち込まれたら勝機は無い。
 
 ヴァンデスデルカの剣撃を、避けるだけで手一杯。……いや、避け切れていない。
 
「どけぇえ!!」
 
 ティアの窮地に、レイルが咆える。右拳がシンクのあごをはね上げ、しかし追撃の素振りさえ見せずに、ヴァンデスデルカに猛進する。
 
 ガキリと音を立てて、ローレライの剣と、ヴァンデスデルカの剣が噛み合った。
 
「お前! ヴァン師匠の記憶があるなら、何で真っ先にティアを殺そうとすんだよ!? ヴァン師匠は、最後までティアと戦うのを嫌がってたんだぞ!!」
 
「ならお前は、教本で得た無機的な知識を、“思い出”として扱う事が出来るのか? ルーク」
 
 刃越しのレイルの怒声に、ヴァンデスデルカは無感動にそう返した。ヴァンの記憶を持っている、というわりには、彼の言動と瞳の光は、あまりに虚無的で個性が無い。
 
 その事に僅か動揺したレイルの腹を、ヴァンデスデルカは蹴り飛ばし、突き放した。
 
「私にとっては、お前たちなど初対面の他人に過ぎん。躊躇う理由などどこにある?」
 
 ヴァンデスデルカの目が、レイルに向いている。ティアはナイフを握り、その首に狙いをつけた。
 
『メシュティアリカ……今まで、すまなかったな……』
 
「っ………」
 
 しかし、瓜二つのその横顔がどうしても実の兄と重なり、躊躇が生まれる。
 
 そして、ヴァンデスデルカは……ティアに目を向けた。
 
「死ね」
 
 兄の声で告げられる死刑宣告。向けられる殺意。咄嗟に杖を構えるティアだが……
 
「(防ぎ切れない……!)」
 
 自らの甘さを悔やむ、まさにその瞬間………
 
『っ………!?』
 
 ガンッ! と音と火花を立てて、ヴァンデスデルカの剣の腹で光が弾け、大きくブレた。
 
 そのまま、断続的に降り注ぐ音弾の雨から、ヴァンデスデルカは素早いステップで逃げる。
 
「戦いの最中に心を乱すな、揺らすな、惑わされるな。一瞬の隙が死を招く」
 
 その声……今日二度目の“あり得ない”現象に、ティアはゆっくりと顔を上げる。
 
 ティア達がいる場所から幾分高い丘の上に、音弾の主は立っていた。
 
 その美しい金髪を後頭で束ね、両の手に二丁譜銃を握る、空のように蒼い瞳の女銃士。
 
「姉さん………!!」
 
 ティアの呼び掛けに応えず、女銃士……『魔弾のリグレット』は宙を舞うように飛び降り、シンクとヴァンデスデルカの前に立ちふさがるように銃を向けた。
 
「生きてたんだ。……で、あんたも裏切り者なわけ?」
 
「裏切り? 勘違いするな。今までも、これからも、私が全てを懸ける男は……ヴァン・グランツただ一人だ」
 
 ただ一人の男のために。その姿は、紛い物などでは決してない。ティアが憧れ、慕い……そして別れた………
 
 魔弾のリグレット以外の何者でもない。
 
 
 
 
(あとがき)
 今日も今日とてモーニング更新。前話の途中とラストの間のレイル達視点みたいな感じですが、時間軸が難しい。
 
 



[19240] 4・『烈風のシンク』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/05 18:12
 
『………………』
 
 沈黙。シンク、ヴァンのレプリカ・ヴァンデスデルカ、レイル、ティア、そして突然現れたリグレット。
 
 それぞれの意味を持つ、長いようで短い沈黙を経て、張り詰めた糸を緩めるようにシンクが肩を竦めた。
 
「退くよ、ヴァンデスデルカ」
 
「良いのか?」
 
「ローレライの剣まで持ってるとは思わなかったし、裏切り者の介入で勝率も低くなった。アリエッタも戻って来ないし、今回は事実確認だけで良しにしよう」
 
 ヴァンデスデルカと短く言葉を交わしたシンクの左の頬が、雪のように崩れる。レイルの拳を受けた場所だ。
 
「まだこの体も……長時間実体化出来ないしね」
 
 言い終わると同時に、シンクの全身が陽炎のように朧気に透ける。今にも消えてしまいそうなその姿を、リグレットは睨み付ける。
 
「……お前は、本当に“導師イオン”か?」
 
「………え?」
 
 リグレットの言葉の意味がわからず、困惑な声を上げるレイル。それに構わず、シンクはリグレットに向けて意味深に笑った。
 
「イオンであり、イオンじゃない。そんな事はとっくにわかってるはずでしょ?」
 
「私が訊いてるのは、そんな事じゃない。その体は何だ」
 
「さあね………』
 
 問答の終わらない内に、シンクは解けるようにその姿を消した。その姿は、とてもではないが人間とは思えない。
 
「………………」
 
 それを見届けると、ヴァンデスデルカも剣を納め、背を向けた。何を感じている風もなく……。
 
「待て!」
 
 その背中に、レイルは思わず声を掛けていた。掛ける言葉もわからずに。
 
「…………?」
 
 ヴァンデスデルカは、僅かに不可解そうな顔でレイルを見返す。レイルが躊躇うように言葉を選んでいると、逆にヴァンデスデルカが訊いた。
 
「何故、お前がオリジナルの世界に拘る?」
 
 いつかリグレットに言われた言葉を、より不思議そうに……心底わからないと言いたげに。
 
「お前も私もレプリカだ。自分たちの世界を目指して何が悪い?」
 
 そうする事が当然で、レイルこそが異端。本能に近い僅かな自我が、ヴァンデスデルカにそう言わせる。
 
「私たちを認めない世界など、どうなろうと知った事ではない。全てを壊して居場所を勝ち取る。ただそれだけの戦いだ」
 
 傲慢なまでの生存本能。かつてオリジナルのヴァンが目指したものを、レプリカのヴァンデスデルカはより単純な理由で、より原始的に目指している。
 
「………………」
 
 言いたい事だけ言って、応えも求めず立ち去ったヴァンデスデルカの背中を、レイル達は黙って見送った。
 
「…………哀れな」
 
 俯いたリグレットが一言、複雑な声で漏らす。そして、譜銃を納めてレイルとティアに向き直った。
 
「姉さん、生きていたんですね……」
 
「………あるいは、死んでいた方が良かったのかも知れないな」
 
 ようやく喜びを噛み締めるように言うティアに、リグレットは寂しそうな自嘲で返す。言葉尻に小さく……あの人と一緒に、と続いた。
 
「何で俺たちがここにいるってわかった? つーかお前………味方、なのか?」
 
「……この数週間、お前たちの動向を追っていたからな」
 
 レイルの質問の後半を敢えて無視したリグレットは、逆に質問を返した。
 
「………あの人の最期を、お前たちの口から訊きたかった」
 
 話せ、と続くそれは、質問というより命令。このためだけに、リグレットはずっと二人を捜し歩いていたのだ。
 
「兄さんは………」
 
 面白くなさそうに眉を潜めるレイルを押し退けて、ティアはリグレットに語る。ヴァンとの最期の死闘。その言動の一挙手一投足、一言一句も漏らさずに。
 
 愛する男の最期を聞き終えて、リグレットは「そうか……」と言って背を向ける。……が、
 
「待てよ」
 
 それをレイルが止める。レイルらにしてみれば、わけがわからない事だらけだ。納得出来るわけがない。
 
 色々と訊きたい事はあったが、現状でわからないものの中で、一番気になるのは………
 
「シンクが“導師イオン”って、どういう事だよ」
 
 これだった。ヴァンデスデルカ、というヴァンのレプリカについては、小難しい理論以外なら大体聞いていたから。
 
「……さっき奴が言っていた通り。あれはイオンであって、イオンじゃない。同時に、オリジナルでもレプリカでもある存在だ」
 
 てっきり無視されるかと思ったレイルだが、予想に反してリグレットは饒舌だ。もっとも、その言葉の意味はさっぱりわからない。
 
「………死霊使い(ネクロマンサー)から、何も聞いていないのか?」
 
 揃って首を傾げるレイルとティアに、リグレットは意外そうに問い返した。問い返して、それが事実だと悟ると、短く説明を始める。
 
「大爆発(ビッグバン)。完全同位体の間で起こる、特殊なコンタミネーション現象の事」
 
 ティアの肩が、その不気味な響きに僅かに強張る。それを、リグレットは探るように見ていた。
 
「オリジナルが緩やかな音素乖離の後に爆散し、同じ存在であるレプリカとの間でコンタミネーションが起きる。シンクはその……世界で初めての成功例だ」
 
「だーもうっ、ワケわかんねー!」
 
「ならそれでいい。敵だとだけ憶えていろ」
 
 頭を掻き毟って喚くレイル(ミュウも)とは対称的に、ティアの顔は見る間に青ざめていく。
 
 完全同位体による“融合現象”。その理論から、一つの最悪な可能性に行き着いていた。
 
「(まさか……レイルとアッシュ、も……?)」
 
 完全同位体同士の融合現象、どころか………これまでの言動から察するに、オリジナルのイオンがレプリカイオンの一人の体を乗っ取った、という風にも解釈出来る。
 
『素質も、経験も、時間も、覚悟も、全て俺が上だ。テメェが俺に、勝てるわけがねぇんだよ!!』
 
『ルークがアッシュの実力を上回るの、理屈としては不自然なんだって。大佐は何か心当たりあるみたいだったけど、教えてくんなくて』
 
『……そういう、事かよ。まったく……俺はとことん、運命ってやつに嫌われてる……らしい……』
 
『オリジナルが緩やかな音素乖離―――』
 
「(違う!!)」
 
 思い返せば思い返すほど、嫌な予感を裏付けているような怖気に襲われて、ティアはそれを必死に拒絶するように首を振る。
 
 専門的な知識など無い。違うと言える根拠などどこにもない。ただ感情でのみの否定だった。
 
「………………」
 
 リグレットはそんなティアと、ティアの様子にまるで気付かないレイルをじろじろと観察してから、今度こそ背中を向けて歩きだす。
 
「だから待てっつーの!」
 
 話は終わった、と言わんばかりの背中に再び声を掛けたレイルは、迷う。
 
 今度は、呼ばれてもリグレットが止まらないからだ。何を言おうか迷ったり、何故かリグレットの事なのに黙っているティアに恨みがましい視線を送ったりした後、“これだけは”と口にする。
 
「お前……敵なのか? 味方なのか?」
 
 あるいは、最重要かも知れないその問いに、ティアは顔を上げ、リグレットも足を止めた。
 
 ティアが、また大切な人を相手に戦わなければならないかどうか、リグレットの応えにそれが左右される。
 
「さっきも、言ったはずだ」
 
 リグレットは、振り返らずに応えた。
 
「私が道を同じくするのは、ヴァン・グランツただ一人。……あの人がお前に剣を託した以上、私の道も決まっている」
 
 それだけ言って、今度こそリグレットは去って行った。わかりにくい言い回しではあったが……
 
「ティア!」
 
 リグレットはもう敵じゃない。ティアがまたリグレットと戦う事はない。その事が嬉しくて、レイルは思わず素の笑顔をティアに向ける。
 
「ええ……良かった」
 
 無邪気で残酷な笑顔を向けられたティアは、やはりリグレットがヴァンの遺志を継ぎ、自分たちと戦う道を選ばなかったという事に笑顔を作る。
 
 ………だが、その笑顔にはどこか陰が差していた。
 
「(私には……フォミクリーの専門知識なんてわからない。断定するには早すぎるわ)」
 
 後ろ向きな思考を振り払って、ティアは今度こそ喜びだけを乗せて笑顔を作る。その微妙な笑顔の違いに、レイルはやはり気付けなかった。
 
 でも、レイルもティアも、わかっていたのかも知れない。『リグレットと戦わなくていい』、その考え自体が………戦いを前提としたものなのだから。
 
 この後、ダアトから空に立ち上る黒煙を視認したレイル達は大急ぎで街に向かい、イオンやカンタビレと合流。街の復旧に奔走する事になる。
 
 
 
 
「何で俺が瓦礫運んだり釘打ったりしなくちゃなんねーんだよ! おかげで指が血だらけだっつの!」
 
「馬鹿力しか取り柄が無いんだ。活躍の機会をくれてやった事に感謝しな。それと、釘や金槌で怪我したのはあんたが不器用だからだよ」
 
 最低限の復旧作業を終えた後のダアト教会、イオンの私室で、レイルがカンタビレに食って掛かっている。
 
「オリジナルイオン…………そう、ですか」
 
 そんなやり取りを脇に置いて、ティアはイオンに事情を話し終えていた。
 
 前に訪れた時と同様、アッシュとナタリアを捜している事。テオドーロに聞いた旅の預言士(スコアラー)の事が気になって、ダアトに来た事。そこでシンクとヴァンデスデルカに強襲された事。リグレットに聞いた話と、リグレット自身の変心。
 
 イオンも、アリエッタがダアトを襲撃した事をレイル達に話した(これは再会してすぐに、だが)。
 
「ローレライ教団は今、全面的に預言を詠む事を禁止しています。……少なくとも、それは正規の教団員ではない」
 
「……はい、もしかしたら、シンク達が私たちを襲ってきた事と……何か関係があるのかも知れません」
 
「まどろっこしい事言ってるんじゃないよ」
 
 それぞれ、起こった出来事を検証しあうようなイオンとティアの会話に、カンタビレが面倒くさそうに割って入る。レイルは相変わらず、こういう話は他人任せだ。
 
「ヴァンの残党だか六神将だかがまた動き始めてるって事だろ。全部が全部、何かしら関係してるじゃないか」
 
 カンタビレの言う通りだった。イオンやレイルらが見聞きした事象の全てに、シンクの影が見える気がする。
 
「………ならそれに関わっていく事で、アッシュやナタリアを見つける事も、出来るかも知れない」
 
 言って目配せしてきたティアに、レイルは肯定の意を示す。作戦に口は挟まないが、最低限やるべき事はわかっているのだ。
 
「どうせアッシュとナタリア捕まえなきゃいけねーんだし……それに、シンク達も止めないと、ヴァン師匠が剣を託した意味無いもんな」
 
 ガシッと、レイルは勇気を貰うように、ローレライの剣の柄を握る。
 
「導師、あんたも行っていいよ。どうせ猿でも出来るような判子叩きの仕事しか回してないんだし」
 
「え………?」
 
 そのレイルを見た後、カンタビレがぶっきらぼうにイオンに言う。僅か呆気に取られたイオンだったが、しばらく考え込んでから口を開く。
 
「……そう、ですね。僕がここにいては、またダアトの皆を巻き込むかも知れない。だったら、自分から戦いを終わらせに行きます」
 
 アリエッタがイオンを狙う以上、どこに居ても巻き添えは出るかも知れない。だが……いや、だからこそ、こちらから攻めて終わらせる。
 
 それが、今のイオンの思考回路。この半年で、随分と前向きに、逞しく成長したものだった。
 
「………………明日」
 
 何となく出来上がっていた、『新たな旅の空気』。それに水を差すように、ティアが控え目に口を挟む。
 
「明日一日くらいは、ダアトでのんびりしていってもいいんじゃない? 私たちも、ずっと旅続きだったから……」
 
 生真面目な彼女らしからぬ、提案だった。
 
 
 
 



[19240] 5・『片想い』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/06 14:25
 
「はいっ、自分の五倍以上の大岩を持ち上げる人形使い……リトルデビっ子のアニスちゃんでしたぁ~!」
 
 外郭から落下した事による崩壊から復興に向けて意気盛んなセントビナーの広場に、少数サーカスの一団がやってきていた。
 
 やや癖のある黒髪をツインテールにした少女が、芸の終わりに一礼した。コウモリの羽や髑髏で飾った、小悪魔のようなサーカス衣装に身を包んでいる。
 
「えーっ、あの岩持ち上げたのぬいぐるみじゃん!」
「そっちのチビがすごいんじゃないやい!」
「悔しかったら自分で持ち上げてみろー!」
 
「んだとこのガキ! このトクナガ動かすのだって楽じゃねぇんだぞ!?」
 
「ハイハイ、新入り。お客さん怖がらせてんじゃないヨ」
 
 自分の(人形の)力技を見ていた子供たちの冷やかしに大人気なく怒るアニスの頭を、団長たるノワールが叩いた。
 
「ほら、アンタの出番終わったから、買い出しにでも行っといで」
 
 アニスの背中を押し出したノワールが衆目を集める。数十本のナイフを器用に空中で踊らせるノワールを尻目に、アニスは広場を後にした。
 
「あ~……わたし何やってんだろ」
 
 アニスは過去、重く複雑な経緯を経て、命の危険のあった両親を盗賊団・漆黒の翼に誘拐してもらい、ナム孤島という彼女らの故郷に受け入れてもらった。
 
 ローレライ教団の大詠師を手に掛けたアニスは失踪後、その縁もあって漆黒の翼と行動を共にしている。
 
 漆黒の翼の生い立ちや行動方針が、預言に頼らないこれからの世界に合っているという事と、調子のいい盗賊稼業の抑止力になる、という理由もある。
 
 かくしてアニスは、サーカス団・『暗闇の夢』として各地を転々としていた。
 
 贖罪……というよりは、何かしていないと落ち着かない。何が出来るか探している。そんな心境に近い。
 
「(牛乳に調味料に……げ、あのおばはんまた化粧品にこんな金掛ける気ぃ~?)」
 
 渡されたメモに目を通しながら、アニスは街の通りを歩く。セントビナーの象徴でもあるソイルの木の影響か、障気が消えてから二ヶ月しか立っていないのに、もうセントビナーには花々が蘇ってきている。
 
 “かつての”仲間たちがもたらした世界の一端を眺めながらアニスの耳に………
 
「預言が知りたいものは私について来い! 新生ローレライ教団が、皆を輝かしい未来へ誘おうぞ!」
 
「!?」
 
 不穏な言葉が、届く。見れば、深緑の法衣を身に纏った預言士(スコアラー)らしき男が、セントビナーの住民を多数引き連れて歩いていた。
 
「(あれか……!)」
 
 教団が預言を詠んでいないのに、旅の預言士が各地に現れているという噂は、アニスも以前から聞いていた。
 
 イオンの許から離れたとはいえ、その敬愛が薄れたわけではない。むしろ、敬愛しているからこそ離れたと言える。
 
「どぉりゃああぁぁーー!!」
 
「ぐあっ!?」
 
 目撃から五秒と待たず、アニスのドロップキックが預言士を直撃、真横に吹っ飛ばした。
 
 預言を求めていた人々が何やらアニスを非難しているのも無視して、アニスは倒れた預言士の胸ぐらを掴む。その懐から、宝石のような結晶が幾つも零れ落ちた。
 
「(! ………これ、譜石じゃない)」
 
 アニスが見た事もないような結晶。試しにフォンスロットを全開にして見たところ、やはりこの預言士には第七音素(セブンスフォニム)の素養を感じない。
 
 預言は、第七音譜術士(セブンスフォニマー)の能力でしか詠む事は出来ない。つまりこの男は……正規のどころか、預言士ですらない。
 
「(何か……またヤバそうな事が起きてるのかな……)」
 
 手にした不気味な結晶に、アニスは言い様の無い不安を感じた。
 
 
 
 
「ったく、何だっつーんだよ」
 
 珍しくティアの提案で休日となり、一日ダアトで体を休める事になったレイル一行。……なのだが―――
 
「つまんねぇ……」
 
 イオンは仕事、ティアも姿を眩まし、今、レイルの傍にはミュウのみ(カンタビレは最初から除外)。
 
 せっかくの休日なのに、突然ダアトの街に一人で放り出されてもつまらない。
 
 変装抜きでダアトの街を歩くのは初めてのレイルだが、そもそもダアトの宗教的な雰囲気は彼の肌に合わないのだ。
 
「やっぱイオンの部屋に行こっかなぁ。本棚に冒険小説あったし」
 
「ダメですの! イオンさんのお仕事の邪魔しちゃいけませんの! 今日は一日、ご主人様はミュウと一緒に街を回ってなきゃいけないんですの!」
 
「ブタザルの分際で誰に命令してんだテメェは。あ?」
 
 おまけに、いつもは単にレイルの後をついて回っているだけのミュウの動きが……何というか、牽制的だ。
 
 ほっぺたをぐにぐにと左右に引っ張られながら、ミュウは「あっちに面白そうなお店がありますの!」などと言いながらレイルを誘導していく。
 
 その日、レイルは小さなチーグルの仔供の掌の上で踊らされ、夕方以降まで歩き回らされる事になった。
 
 …………………
 
「あ~……疲れた」
 
「みゅ?」
 
「『みゅ?』じゃねーっつーの。せっかくの休みに何でお前のお守りしなくちゃなんねーんだよ。おまけに昨日こき使われたせいで大工と勘違いされるし、散々だ」
 
 結局一日かけてダアトを隅々まで歩き回ったレイルは、やや重たい足でダアト教会に戻ってきた。
 
 街中歩き回ったのにティアに会う事は無かったため、教会の中にいるのかと思って図書館などを覗いて見るが………
 
「………いねーな」
 
 仕事だというイオンは仕方ないとして、ティアは朝起きたらもういなかった。
 
「………………」
 
 人探しでも護衛でもなく、二人で出掛けたい。そんな願望も、レイルには密かにあった。……誘えるかどうかは別問題として、姿さえ見えなかったのはややショックだ。
 
 いや、理屈は抜きにして……レイルはただ、ティアと一緒にいたかったのだ。
 
「あーあ、昔だったら暇な時でも絶対ガイがいたんだけどなぁ……」
 
「ご主人様はミュウじゃ不満ですの?」
 
「うん」
 
「――――――!?」
 
 複雑な気持ちのままに、ミュウに言葉のナイフで八つ当たりしてみる。それを受けたミュウは、声無き叫びを上げてレイルの頭の上で昏倒した。
 
「しゃーねぇ、イオンの部屋行ってみるか」
 
 何となく淋しくなってしまった気持ちを紛らわすため、レイルは友達の部屋を目指す。図書館を出て、礼拝堂に続く大広間を右の扉から抜けて、譜陣を使って上階に転移する。そこから右に真っ直ぐ行くと、イオンの私室だ。
 
「おーい、イオ………」
 
 ノックもなしの、無遠慮な気安さで扉を開いたレイルに、それは降り掛かる。
 
(パァン!)
 
「うぇわぁっっ!?」
 
 僅か鼓膜を震わせる炸裂音と、クラッカーから飛び出した紙テープと紙吹雪。
 
「「誕生日おめでとう、レイル」」
 
 紙テープまみれのレイルに、ティアとイオンが祝いの言葉を掛ける。その場にはいるカンタビレはそんな言葉は掛けず、レイルの頭上でしんでいるミュウをつまみ上げ、ティアに渡した。
 
「時間ぴったりよ、ミュウ。ありがとう」
 
「お任せくださいですの!」
 
 復活したミュウが、ティアの礼に応える。レイルはまだ状況がわからずに目を白黒させている。
 
 部屋の中央のテーブルの上には、今の旅暮らしの中では豪華と言える料理が並び、それにはレイルの好物である鶏肉料理も含まれている。お祝いパーティーだと、鈍感なレイルでもわかる光景……だが……
 
「………俺の誕生日、今日じゃねーんだけど」
 
 レイルは、こんな日に誕生日を祝ってもらった事などない。前の誕生パーティーの時にはティアも屋敷にいたから、ティアもレイルの誕生日は知っているはずだった。
 
「(…………忘れられてた)」
 
 レイルはガクリと落ち込む。自分はティアの誕生日を憶えているのに、ティアには忘れ去られているという事実は、自身で驚くほどダメージが深かった。
 
 ――しかし、それは杞憂に終わる。
 
「違うわ。今日が……あなた自身の本当の誕生日なのよ」
 
「え………?」
 
 ティアの言葉の意味がわからず、レイルは間抜けな声を出す。説明をイオンが継いだ。
 
「以前持ち出した音譜盤に、『ルーク』のレプリカが造られた日時も記録されていたんです。……つまり、レイルが生まれた日ですよ」
 
 穏やかな笑顔でそう言われて、ようやく気持ちが状況に追い付いた。
 
 つまり……ティアがいきなり休日を設けたのも、今日皆がレイルと顔を合わせなかったのは、このサプライズパーティーのためだったのだ。
 
「ありがとう……!」
 
 遅れたように、溢れだしたような素直な笑顔で、レイルはそう言った。
 
 
 
 
 あれから、ティアの手作り料理や手作りケーキで催された誕生日パーティーで思う存分に騒いだ後、レイルとティアは宿に戻ってきていた。
 
「あら、早速着替えたのね」
 
 その朱の髪よりなお赤い真紅のコートに身を包んだレイルを見て、ティアは僅かに目を見開いた。
 
 イオンがレイルに贈った、『ベルセルク』と呼ばれる剛の戦士が纏う栄誉ある衣装だ。どうもイオンは、レイルを英雄視している感がある。
 
「……ちょっと窮屈な感じがするなぁ、これ」
 
「だったら、この紐を緩めればいいのよ」
 
 無造作な仕草で近づき、触れて、紐を緩めるティアに、レイルはどぎまぎすると同時に、僅かな寂寥感を覚えた。
 
 異性として意識されていない。そんな気がしたからだ。
 
「それから、はい」
 
「ッッッ!??」
 
 言ってティアは、レイルの首に手を回して、顔を近付けた。あまりに唐突で急激な接近にレイルはその髪以上に顔を赤くするが………ティアはすぐに離れた。
 
「? ……カンタビレさんに教えてもらって作ったの。誕生日プレゼント」
 
「あ………」
 
 何事か、と思ってレイルが自分の胸を見下ろせば、そこには海のように蒼いガラス玉が下がっていた。
 
 先ほどのティアの仕草は、これを自分の首に掛けてくれていたのだ、とレイルはようやく悟る。
 
「これ………手作り?」
 
「ケ、ケテルブルクでは一般的みたいなの。ガラス細工で作るアクセサリー。…………要らないなら、捨てていいけど」
 
「ち、違うっつーの! その……ティアは料理とかケーキとか作ってくれてたから、プレゼントまであると思わなくて……!」
 
 二人して言い訳染みた抗弁をした後、顔を見合わせて吹き出すように笑い合う。
 
「………ありがと、ティア」
 
 油断すると抱きついてしまいかねないほどの万感の想いを噛み締めて、レイルは呟く。
 
「…………………」
 
 その手を、ティアの両手が包んだ。
 
「(ここにいる………)」
 
 今が大切があればあるほど、未来への恐れが広がる。昨日のリグレットの言葉がティアの胸に楔を落としていた。
 
「(あなたは、消えない……!)」
 
 いずれレイルの全てが喰らい尽くされてしまう。そんな未来は信じない。
 
「ティア………?」
 
 自分の手を握るティアの手が震えている。その理由が……レイルにはわからなかった。
 
 
 
 
(あとがき)
 ルークの誕生日は原作では謎なのでオリジナル設定です。アッシュの誕生日すら明記されてなかったと思います。
 
 



[19240] 6・『新生ローレライ教団』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/07 11:24
 
 シンク達の動向を追う、と言っても、特別手掛かりがあるわけではない。
 
 一番多くの手掛かりを持っていそうなリグレットは行方がわからず、旅の預言士(スコアラー)というのもアバウトだ。
 
 とりあえず、シンクの目的はレプリカ世界だという事はわかっているのだから、やはり専門家に訊くのが一番だと“強行に”意見を通すティアとイオンによって、次の目的地はジェイドのいるグランコクマに決まった。
 
「(何か、変わったよな……)」
 
 グランコクマ行きの船の船室で寝転がりながら、レイルはそんな事を思う。
 
 強行に意見を通す。イオンならともかく、ティアの行動としては珍しい。
 
 旅を中断してまで誕生日を祝った事といい、半年前とは明らかに違いが出てきている。
 
「(変な言い方だけど、無駄に優しくなった……)」
 
 元々優しかったけど……。と口の中で転がすレイルは、自分が惚気ているという自覚は無い。
 
 そして実は、以前にもティアは、レイルが障気蝕害(インテルナルオーガン)を患っているとわかった時に単独で勝手な行動を取った事がある………という事実すら、レイルは知らなかったりする。
 
「(けど、何でジェイドなんだ……?)」
 
 切なげに歪めていた表情を一変させ、起き上がって首を傾げるレイル。その百面相を、小さな水色のチーグルが見ていた。
 
「ご主人様一人で楽しそうですの! ミュウも一緒ににらめっこすみゅ!?」
 
 じゃれついてきたミュウの頭を寝台に押しつけるレイル。
 
 このひねくれた性格が改善されるには、まだまだ時間が掛かるようだ。
 
「みゅぅ~~! ティアさんに言い付けてもいいんですの!?」
 
「やれるもんならやってみやがれ! 大体何でそこでティアが出てくんだよ!」
 
「ボクはご主人様とにらめっこしたいんですの!」
 
 ……いや、そんな日が本当に来るのかどうか。
 
 
 
 
「ジェイドが………」
 
「誘拐……?」
 
「……ああ」
 
 グランコクマに着いて、カーティス家の屋敷に向かった僕らは、たまたま居合わせたフリングス将軍に連れられて、そのままグランコクマ宮殿に案内された。
 
 そして謁見の間でピオニー陛下に直接告げられた話の内容が、ジェイドの誘拐。
 
 何でも僕らがここに来る少し前に、突然現れたディストの譜業がジェイドの屋敷を強襲し、ジェイド本人を連れ去ったという。
 
「サフィールの奴は昔っから、どこ行くにもジェイドの後について回ってたからなぁ……」
 
「そういう問題、なのでしょうか……?」
 
 本気なのか冗談なのかわからない陛下の言葉に、僕は控えめに訊いてみる。
 
「サフィールとは……死神ディストの事でしょうか?」
 
「ああ、サフィール・ワイヨン・ネイスって言うんだよ、あいつの本名」
 
 ティアの問いにも、陛下は軽く応えた。
 
「つーか、あいつ生きてたんだな。ジェイドの譜術で吹っ飛ばされたって聞いてたけど……」
 
「ゴキブリ並みの生命力さ。殺して死ぬようなタマじゃない」
 
 レイルの言葉ももっともだ。リグレットが生きていたという事は、ラルゴも生きていると思った方がいい。リグレットが離反したとはいえ、これで六神将は全員生きていた事になる。でも、それより気になるのは………
 
「ディストは、ジェイドを攫ってどうするつもりなのでしょうか……。今のジェイドは、光を失っているのに」
 
 ディストの目的がわからない。フォミクリーの情報を与えたくなかったのかも知れないけど………以前の旅の時点でジェイドが僕らに全てを話していたかも知れないのに……。
 
「あいつはジェイドに複雑な愛憎感情持ってるからなぁ」
 
『………………』
 
 段々、陛下の言葉が本気なような気がしてきて黙り込む僕たちに、陛下はおもむろに語りだす。
 
「まあ、冗談は置いとくとしてだな」
 
「冗談かよ!?」
 
 皆の気持ちを代弁したレイルに人懐っこい笑顔で誤魔化した陛下は、唐突に真剣な表情を作った。
 
「各地で騒いでる旅の預言士も、ジェイドを攫ったのも、貴公らを襲ったのも、『新生ローレライ教団』と名乗る六神将の残党の仕業だろう事はわかった。それを貴公らが追っている事もな」
 
 陛下はそう言って玉座を立ち、僕たちに手招きをする。そして目の前に集まった僕たちに、背中に隠していたらしい世界地図を取り出して見せる。
 
「先日、我がマルクト軍の音素(フォニム)計測機がある一点に異常な数値の第七音素(セブンスフォニム)を感知した、それがここだ。」
 
 戦争以外で第七音素を大量に使うのはフォミクリーくらいのもの。
 
 そう言って陛下が指した場所は、大陸でも島でもなく、ユリアシティの南東に位置する………海。
 
「……どういう事でしょう?」
 
「いや、実際に偵察船も出したんだが、そこに行ってもただの海しかなかったんだ。計測機の反応も頻繁に変わるし、見失うし……」
 
 僕の質問に愚痴のようにつらつらと言葉を並べた陛下は、人差し指をズビッと立てて、一言。
 
「俺たちの結論としては、“浮島”だ」
 
「…………何だそれ」
 
 不思議そうに訊ねるレイルには、呆れたように額を押さえたティアが説明してくれている。
 
 海洋上に浮かび、海流に乗って海を漂う島。それも、地図に載っていない。
 
「連中のレプリカ計画の肝は第七音素。まだ推測の域は出ないが……おそらくそれが奴らの本拠地だろう」
 
 まるで他人事のような口調の陛下は、申し訳なさそうな顔をこちらに向ける。
 
「外郭を降下し、預言を廃してまだ二ヶ月しか経ってない。下手に軍を動かして、ただでさえ心の弱ってる国民に、これ以上不安を与えるわけにはいかない。ただでさえ俺たちが預言士を取り締まる事で、住民が暴動紛いの騒ぎを起こすような事態にもなってるしな」
 
 力は貸せない。暗にそう言って、陛下は冗談めかして笑った。
 
「可愛くない方のジェイドも、気が向いたら助けてやってくれ。今のあいつは民間人だし、な」
 
 たとえ親友だとしても、ジェイド一人のために軍を動かす事は出来ない。だから、陛下に言えるのはそれだけだった。
 
 
 
 
 グランコクマ宮殿を出た俺たちは、何だか気合いの入らなくて、トボトボ港に向かって歩く。
 
「……何か、ピンと来ねー話だよな。ジェイドが誘拐されたなんて……」
 
「……そうね」
 
 いっつも人を馬鹿にしたような態度取ってて、目が見えなくなってもいつも通りな奴が……こんなあっさり攫われるなんて。
 
「ジェイドも一人の人間です。視力を失って、六神将に対抗出来ないのも仕方ありません」
 
 俺とティアの呟きに、イオンがもっともな応えを返した。……いや、そりゃそうなんだけど。イメージの問題っつーか。
 
「けど、フォミクリーの話訊こうと思って来たら敵の居場所までわかったんだから、予想外の収穫だよな? ジェイドも、ディストに攫われたんならそこにいるだろうし」
 
 前向きに考えたら、案外悪くない状況だと思って、俺がそう言ったら……
 
「そうね」
 
 ティアが表情一つ変えずに応えて、少し早足で先頭を歩く。……何だよ? って思ってたら、イオンがティアに近づいて何か耳打ちした。
 
「……何か俺、間違った事言ったか?」
 
「みゅう……ミュウにもわかんないですの……」
 
 お前には最初から期待してねーっつーの。
 
「当然の事ですが、海流に流れる浮島に向かってくれる船はありません。そもそも、今はどこの海を漂っているのかすらわからない」
 
 イオンが振り返って、そんな事を言ってくる。……お前今、話逸らさなかったか?
 
「シェリダンに向かいましょう。レプリカ計画の亡霊を消し去るために、彼女なら、もう一度翼を貸してくれるはずです」
 
 イオンに流されてるような面白くない気分を味わいながら、俺たちはシェリダンに向かう事に決まった。
 
 
 
 
「! レイルさん、ティアさん、イオン様、ミュウ!?」
 
 シェリダンに着いてすぐに、買い物に出ていたらしいノエルに出会った。
 
 休日なのか、旅の間は見る事のなかった、白のワンピース姿で。
 
「………………あ! ノエルか?」
 
「お久しぶりです、レイルさん!」
 
 一瞬ノエルだとわからなかったらしいレイルにも気を悪くした様子もなく、ノエルは駆け寄って凄く嬉しそうな笑顔になった。
 
「っ………」
 
 何の脈絡もなく、胸がチクリと痛む。……どうして?
 
「……イオン様までいらっしゃるという事は……キムラスカの公務ではない、ですよね?」
 
「ああ、ついでに言うとガイに会いに来たわけでもねーよ」
 
 私たちを見て少しだけ考え込んでから訊いてきたノエルに、レイルがぞんざいに返す。困ったように「相変わらずですね」とノエルが笑った。
 
「またアルビオールに乗せてもらいたいんです。詳しい話は、場所を移してからにしましょう」
 
「はい!」
 
 イオン様の言葉に、一も二も無く元気良く敬礼したノエルが、私の方を向いた。そして……
 
「(ど、どうして……?)」
 
 私は何故か、一歩後ろに退がっていた。これじゃまるで、ノエルに怯んだみたいで失礼じゃない。
 
「ティアさんも、お久しぶりです」
 
「ええ、久しぶり、ノエル」
 
 自分の突発的なおかしか行動を正して、私もノエルに挨拶を返す。
 
 そして、詳しい話をするからとノエルに案内された先の屋敷で………
 
「おっ……! レイルにティアにイオン様まで、どうしたんだ?」
 
 見た事が無いくらいに生き生きとした顔になっているガイと再会した。
 
 
 
 
(あとがき)
 この辺りのさじ加減が、ちょっと難しい……。
 
 



[19240] 7・『フェレス島』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/09 05:14
 
「私に息子はいない。……レプリカだから、ではないぞ?」
 
 バチカルの公爵邸、玄関先に飾られた宝刀を見上げながら、クリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレは言う。
 
「私が……預言(スコア)の示すまま、息子を見殺しにするような男だからだ。……父親とは呼べまい」
 
 見上げる宝刀は、かつてホドの貴族、ガルディオス伯爵を討ち取った際に奪ったもの。そのガルディオスの息子と、彼自身の息子が、すぐ後ろで彼の言葉を聞いている。
 
「私はずっと逃げていた。いつか死ぬ息子を愛するのは無意味……いや、辛いと思って、逃げていたのだ」
 
「………………」
 
 血も涙もない悪鬼。そう思い続けてきた男の、人間らしい……弱い部分を見て、ガイはその表情を歪ませる。
 
「仇の息子を助け、世界を救った。……何故だ? 私が憎くないはずがないだろう」
 
「俺は―――――」
 
 この問答の後、ガイは父の形見の宝刀を返され、セシルの名を冠してキムラスカの貴族となる。
 
 ―――二ヶ月以上、前の出来事だった。
 
 
 
 
「お前、シェリダンほっといて良かったのかよ?」
 
「まだまだ“教えられる”立場だからさ、ぶっちゃけ俺がいない方が仕事は捗るし、何よりあそこは職人の街だぜ?」
 
 シェリダンから再び飛び立つアルビオールの中で、心配そうなレイルの質問にガイが親指を立てて応える。
 
 ウインクをしながら親指を立て、ニッと笑った歯が白く光る。完璧だった。
 
「彼……完全に覚醒したみたいね」
 
「ガイさんとっても生き生きしてますの!」
 
 そんなガイの姿に、ティアは呆れ、ミュウは飛び跳ねる。ガイは元々音機関マニアだ。シェリダンの知事になってからは、その魂が止まる所を知らないらしい。
 
「でも助かります。この先六神将と戦う事も想定すれば、信頼に足る仲間は一人でも多い方が良いですから」
 
 イオンが裏表の無い笑顔で素直に喜ぶ。これにカンタビレが加われば、あのヴァンすらも打ち破った仲間が揃う事になるのだから。
 
「それに……ヴァンのレプリカやアッシュも絡んでるなら、俺にとっても無関係ってわけじゃない」
 
 和やかな空気に混ぜて、ガイは小さく呟いた。皆に僅か緊張が張り詰め、決意を固めさせた。
 
 レイルにも、ティアにも、ガイにとっても特別な存在であるヴァンの……レプリカ。レイルのオリジナルであるアッシュ。そのアッシュの許婚であり、レイルやガイの幼なじみでもあるナタリア。ナタリアの実の父親、ラルゴ。イオンのオリジナルと融合したらしいシンク。そのシンクを慕い、従っているのだろうアニスの同期、アリエッタ。
 
 先の戦いで残した因縁の全てに、今度こそ決着をつける時が来た。そして、ヴァンが思い描いたレプリカ計画という幻想にも。
 
「地図にある座標から、海流に沿ってアルビオールで飛行、それらしい浮島を発見次第、着陸します」
 
 皆がそれぞれの決意を固める中、皆の翼であろうとするノエルの、努めて冷静な声が響く。
 
 
 
 
「ここ………フェレス島だ」
 
「! 知ってんのか、ガイ!?」
 
 ノエルが捜索を始めて四日。アルビオールは目的の浮島を発見、着陸した。
 
 アルビオールの窓から島を見ていた時から何か引っ掛かるような顔をしていたガイが、唐突に島の名前を口にする。
 
 連なる建物も、架かる橋も、芸術的な様式である事が素人目にもわかる街並み。だが、その街は同時に酷く寂びれ、廃墟のように至る所が壊れていた。
 
「ホドの対岸にあった島だよ。……ホド消滅の影響で、津波に沈んだって聞いてたんだが……」
 
「………津波で、陸地が浮島になるものでしょうか?」
 
「ただの浮島でもないと思います。こんな大きな島なのに、定期船ほどのスピードで移動していましたから」
 
 ガイの言葉に、イオンとノエルがそれぞれ疑問を口にする。
 
「……兄さんが本拠地にしていた場所だもの。どんな秘密が隠されていても不思議じゃないわ」
 
 調べてみましょう。と先を促すティアの裾を引っ張って、ミュウが震える。
 
「みゅぅ……この島怖いですの。魔物の気配がいっぱいするですの……」
 
「……今回は、ノエルも一緒に来た方が良さそうだな」
 
「あっ、はい! 万一に備えて、準備は万端です!」
 
 ミュウの言葉を受けたガイの提案に、ノエルは力強く返事をして、いつもの赤いパイロットスーツの上から重装備を身に付ける。
 
 譜業式機関銃に譜業式火炎放射機に第五音素爆弾、催眠ガス弾。何とも凶悪な譜業が目白押しだった。以前の旅に教訓を得たのか、凄まじい気合いの入りようだ。あんな銃火器を身に付けながらも平然と歩いている辺り、案外体力があるのかも知れない。伊達に世界で唯二人の飛晃艇のパイロットをしてはいないらしい。
 
「……とりあえず、こけたりすんなよ。頼むから、マジで」
 
「はい!」
 
 目を輝かせるガイと、やる気充分のノエル以外の全員が、内心で冷や汗をかいた。
 
 
 
 
「………………」
 
 様式美を追及した結果なのか、フェレス島はどこか迷路のような複雑な造りだった。ガイの話に因ればこの街を手掛けた建築家の名前がフェレスと言って、島の名前もそこから取ったらしい。
 
 さっきからレイルが道を間違えてばかりだし、ライガ族の魔物も沢山襲ってくる。……結構厄介な島ね。
 
「……大爆発(ビッグバン)の事、レイルは何も気付いてないのですか?」
 
「はい……。ああいう人ですから」
 
 一行の一番後ろを、私とイオン様が並んで歩く。先頭をガイが、その間を、ミュウを肩に乗せたレイルとノエルが並んで……。
 
「………………」
 
 また、何だかモヤモヤする落ち着かない気分になったけど、今はそれどころじゃない。イオン様と話を続ける。
 
「……ジェイドがこの話をしなかったという事は、“話しても仕方ない”事なんじゃないかと思うんです」
 
「……どういう、意味でしょうか?」
 
 どこか含みを持たせるようなイオン様の言葉に、私は何を察する事もなく訊き返した。
 
「………………」
 
 そんな私に、イオン様は沈黙で返す。見返してきた瞳が「わかっているはずです」と物語る。
 
「(…………本当に?)」
 
 ……わかっている。私は、本当はその可能性に気付いていた。……話しても仕方ない、という事は、話しても結果が変わらない、という事。
 
「……とにかく今は、目の前の事に集中しましょう。真相を知る手掛かりは、この島に必ずあります」
 
「……はい」
 
 何を考えるのも早計。そうわかっているはずなのに、後ろ向きな事ばかりを考えてしまう。真相は目の前に迫っているのに……いや、真相が目の前に迫っているからかも知れない。
 
「(落ち着かないと……)」
 
 こんな状態じゃ、護衛の任務にも支障をきたす。いや…………
 
「「ッッ………!?」」
 
 ―――もう、きたしていた。進んだ先、一際大きな広場の中心に踏み込んだ時、複数の視線が私たちに向けられている事に……私とガイが気付く。
 
「(気配に気付かなかった……!?)」
 
 気配を隠した相手を見つけたわけじゃない。向こうから気配を曝け出しただけ。
 
「気を付けろ!」
 
「へ?」
 
 全く気付いてなかったらしいレイルが間の抜けた声を出し、他の皆はガイの言葉の意味に気付いて円形に陣を組む。中央にノエルとミュウを囲うようにして。
 
「あんな目立つ物で乗り込んで来たんだ。まさか気付かれていないとは思っていまい」
 
 大きな石柱の陰から、大鎌を担いだラルゴが。
 
「……俺は信じねぇぞ。ヴァンがお前に剣を託したなんて」
 
 ラルゴと反対側にある家屋の屋上から、アッシュが。
 
「……どうして、こんな所にまで来てしまったのですか」
 
 そのアッシュの背中から、ナタリアが。
 
「ここはアリエッタの大切な場所……お前たちなんかが勝手に来ていい場所じゃないんだからぁ!」
 
 私たちが来た道から、魔物を引き連れたアリエッタが。
 
「これはこれは、ローレライ教団の“導師イオン様”まで来てくれるとはね。歓迎するよ」
 
 そして、正面の大階段を悠然と降りてくるシンクが、私たちを囲むように現れる。
 
 ディストと兄さんのレプリカは……いない。相手は五人、こちらも五人……但し、ノエルは戦えない。それにアリエッタの魔物もいる。
 
「へっ、やっぱり生きてやがったか……!」
 
「……何嬉しそうにしてやがる。殺すぞ屑が」
 
「その屑に二回も敗けたのはどこのどいつだよ」
 
 何だかんだ言っても今まで半信半疑だったアッシュの生存に、レイルは少し気合いが入ったらしい。
 
 ……確かに、数の上では敗けているけど、彼らが兄さんより強いとも思えない。それに、今のレイルは体から障気を除去した万全の状態。本当に戦力で劣っているかどうかはわからない。
 
「えいっ!!」
 
『!?』
 
 誰もが、意表を突かれた。
 
 敵主力との総力戦にも近いこの戦いの火蓋を切って落としたのは……
 
「掴まれメリル!」
 
「は、はいっ!」
 
 ノエルの投げた、譜業爆弾だった。アッシュとナタリアの立っていた家屋が、荒れ狂う爆炎の中で崩れ落ちる。
 
「“聖なる名を持つ空駆ける天馬よ 我が血の盟約に従いて此処に来たれ”」
 
 意外とこういう時の行動の早いイオン様が、既に詠唱を終えていた。聞いた事もない譜だと私が思った時には、イオン様の足下に浮かび上がった譜陣が光り輝く。
 
 そして、溢れだした光の中から……“それ”は姿を現した。
 
「げ」
 
「なっ!?」
 
「ユ……!」
 
 敵よりまず、私たちの方が驚愕してその動きを止めてしまう。だって、今イオン様が跨がっているのは………
 
『ユニセロス!?』
 
「この二ヶ月の間に身につけた召喚譜術です。……一応、禁譜なんですが」
 
 説明もそこそこに、イオン様はノエルに手を伸ばし、水色の鬣と翼を持つ一角天馬に乗るように促した。
 
「余所見してんじゃねぇよ!!」
 
 けれど、いつまでもそんなやり取りを黙って見ているわけもなく、ノエルが爆破した家屋から飛び降りたアッシュが、レイルに斬り掛かる。
 
 背後からのその一撃を、フォローに回ったガイが止めた。
 
 イオン様とノエル(とミュウ)がユニセロスに乗って上空に逃げる。アッシュとガイが斬り結ぶ。
 
 アッシュの力が“衰えていないで欲しい”。そんな私情を意志の力で押さえ込んで、私はレイルに、一瞬目配せした。
 
 まだ敵は完全に起動を始めていない。私の意図を察して、レイルは一直線にラルゴに向かって走る。
 
 確実に一人ずつ、敵戦力を削る。……まずは一人、一撃で決める!
 
「“穢れなき風 我らに仇なすものを包み込まん”」
 
 自分に猛進を掛けてくるレイルに気を取られているラルゴの上空から―――
 
「『イノセント・シャイン』!!」
 
 降り注ぐ天風が、無防備なラルゴを圧し潰した。
 
 
 
 
(あとがき)
 またしてもイオン様にオリジナル要素です。アニメだとディストが何も無い所から譜業出したりしてるし、アリかと思った次第です。
 
 



[19240] 8・『不可解な烈風』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/09 09:43
 
 浮島の空を、二つの蒼が回り続ける。一つは青い怪鳥フレスベルグ、もう一つは水色の天馬ユニセロス。
 
 爪が、角が、翼がぶつかり合って、回り続ける。フレスベルグが嘴を大きく開き、冷気のブレスを吹き出した。それはユニセロスに乗るノエルが放った火炎放射に混じり合い、大気に散った。
 
 当然のように、その分ユニセロス自身に余裕が出来る。その金色の一角が稲妻を奔らせ、怪鳥を襲った。
 
 その一撃を何とか回避したフレスベルグを……
 
「“紫電の槌よ”『スパークウェブ』!」
 
「ギィイイイイッ!?」
 
 イオンの譜術が生み出した雷撃の球が呑み込み、地に墜とした。
 
「これで制空権は握ったはずです。振り落とされない事だけ注意して下さい」
 
「大丈夫です! 私はアルビオール2号機の専属パイロットですから!」
 
 やややる気が空回りしている様に見受けられるノエルに一抹の不安を感じて、イオンは眼下の戦場を見下ろす。
 
 ティアの秘奥義を受けたラルゴは、瓦礫に埋まって姿が見えない。だが、あの天風の直撃を受けて無事なはずがない。
 
 ラルゴへの囮となっていたレイルは一気に進路を変えてアッシュと交戦、入れ替わるようにガイがナタリアを追い詰めている。
 
 ティアはラルゴに最高の一撃をくわえた後にライガに乗ったアリエッタと戦っている。他にもライガが複数いるため、ラルゴを倒してもなお状況は悪い。
 
 普通ならば、ティアと協力してライガを倒すのが一番だ。削れる戦力から削るのが一番確実。だが……
 
「……………」
 
 この乱戦の中にあって、どの戦線にも加わらずに、ただ大階段に腰掛けて静観を貫いているシンクの存在が、イオンには嫌に不気味に感じられる。
 
 以前レイル達から聞いていた情報から考えて、もしかすると単に戦える状態ではないだけなのかも知れないが、楽観する気にはなれなかった。
 
「……ノエル、譜業爆弾をライガに。ティアを巻き込まないように気を付けてください」
 
「了解しました」
 
 私情、不安、思惑、様々な葛藤を経て、イオンは後ろ髪を引かれるような面持ちで、ライガ達に向かってユニセロスによる滑空を始める。
 
 
 
 
「『エクレールラルム』!」
 
「『ネガティブゲイトォ』!」
 
 言霊を発すると同時、立ち上る光がアリエッタを、包み込む魔空間がティアを襲う。
 
 自身を包む魔空間から後ろに跳び退いたティアを、アリエッタを乗せたライガは逆に前に飛び出して追撃する。
 
 苦痛を振り払うように爪と牙を唸らせるライガだが、ティアも半年前とは違う。近接戦闘の術も身につけている。
 
「『バニシングソロゥ』!」
 
「ガァッ……!?」
 
 杖の先端から譜力を爆発させて、ライガを軽々と吹き飛ばす。僅か出来た余裕を生かして、周囲の戦局に目を配る。
 
 その中に、アッシュに対して優勢に戦いを進めているレイルを見つけて、ティアは表情を複雑に歪めた。
 
「撃てぇ!!」
 
 しかしそれでも、全体の戦局を見極める作業を怠りはしない。自身の背後から一斉に雷撃を吐き出そうとするライガ達を“無視して”、先ほど吹き飛ばしたライガ……アリエッタの騎馬へと走る。
 
 一拍置いて――――
 
『ガァアアアアッ!?』
 
 ティアを狙い撃とうとしていたライガ達が、雷撃ではない咆哮を上げた。頭上から投げ落とされ、炸裂した、譜業爆弾によって。
 
「キャアアアアアァァ!!」
 
「(譜術力は大したものだけど、情緒が不安定過ぎる。六神将と言っても、やっぱりまだ子供という事……!)」
 
 先ほどフレスベルグが墜落した時と今、魔物が攻撃される度に悲鳴を上げて取り乱すアリエッタを内心でそう評して、ティアは口の中で小さく詠唱を始める(実は同い年なのだが)。
 
「『ホーリー……』」
 
 だが、伏していたライガがティアの予想に反した速さで立ち上がり、飛び掛かり………
 
「痛っ……」
 
 ティアの二の腕を爪で薙いだ。思わず集中が乱れ、音素(フォニム)が霧散する。
 
「(実際の状況判断は、このライガがしているという事……!?)」
 
 予想外の反撃を受けて、ティアは『妖獣のアリエッタ』の評価を引き上げる。彼女と魔物は一心同体、一番の脅威は、魔物と対話し、従える能力であると。
 
 ティアが手傷を受けてアリエッタと距離を取っている頃、レイルとアッシュは目にも止まらぬハイスピードの剣撃の応酬を繰り広げていた。
 
 相変わらずアルバート流の剣と剣がぶつかり合う中で、レイルは以前とは違う違和感を感じていた。
 
「(おかしい……)」
 
 全てに於いて上をいかれていた以前の戦いとは、明らかに違う。高次元の斬り合いには違いないが、今のレイルは傷一つ受けていない。
 
「(こいつこんなに、“弱かった”っけ……?)」
 
 とても楽勝だなどとは言えないが、負ける気がしないのも事実だった。
 
「(まあ、ヴァン師匠と比べりゃ誰だって弱く見えるか……!)」
 
 それに然程頓着せず、単に好都合とレイルは割り切る。
 
「ブン殴ってでも連れて帰るぞ。母上泣かしてんじゃねーよこの放蕩息子!」
 
 レイルの右掌と、
 
「ふざけた事言ってんじゃねぇ! あそこはもう、俺の居場所じゃねぇんだよ!」
 
 アッシュの左掌がぶつかり、間で気が弾けて吹き飛んだ。……アッシュのみが。
 
「やっぱり、かよ……くそっ……!」
 
「何ごちゃごちゃ言ってんだ!」
 
 石造りの建物の壁を砕いて仰向けに倒れて呻くアッシュに向かって、レイルが走る。だがそれを阻むように、突然―――
 
「っわ!?」
 
 漆黒の大鎌が、レイルの眼前に迫っていた。咄嗟にローレライの剣で受け止めるが、あまりの重さに大きく退がらされる。
 
「……気配を読むのは苦手なようだな。小僧」
 
「タフなオッサンだな、おい………」
 
 いつ瓦礫からはい上がってきたのか、ティアの秘奥義を受けたはずのラルゴがレイルの前に立ちはだかる。
 
 引きずるような重い動きから、相応のダメージは見受けられたが、やはり一進一退の攻防は続く。
 
「(思ったより粘るな……)」
 
 それらを座して睥睨していたシンクが、面白くなさそうに溜め息をついた後、「……飽きた」と口にして立ち上がった。
 
 見上げる先には、空を駆ける水色の天馬。
 
 
 
 
「ナタリア、いい加減に目を覚ますんだ! こんな事が正しいと、本当に思ってるわけじゃないだろ?」
 
「ナタリアではありません。わたくしはメリル……メリル・オークランドですわ!」
 
 次々と射られる矢を躱し、切り、弾いて、ガイはその俊足でナタリアに迫る。スピードを身上とする剣士であるガイは、間合いを取って敵を射るナタリアにとっては、最悪の相手と言えた。
 
 ナタリアが『斬るべき相手』なら、とっくに勝負はついているところだ。逃げながら矢を放つナタリアを追い詰めるガイ。その攻防にも、終着が近い。
 
「はっ!」
 
「!?」
 
 ガイの剣先が、ナタリアの弓の弦を捉え、切った。これでもう矢は射てない。ガイは当て身を食らわせ、気絶させようと動いた。その初動で………
 
「が………っ!」
 
 真後ろから繰り出された蹴撃が、ガイを真横に吹き飛ばした。その蹴撃の主………深緑の髪と瞳を持つ少年が、吹き飛ばしたガイを一瞥する。
 
「シンク……!」
 
「しっかりしてよね。おちおち観戦も出来やしない」
 
 ナタリアに皮肉を零したシンクは、具合を確かめるようにグッ、グッと掌を握り、靴を直すように爪先で地を叩いた。
 
「……戦えるんですの?」
 
「呑まれやしないよ。試運転には丁度いい」
 
 軽く応えて、シンクは天に右手を向ける。そして、放つ。
 
「“雷雲よ刃となれ”『サンダーブレード』」
 
 凄まじい雷光を迸らせる稲妻の剣が奔り、空を駆けるユニセロスを襲う。それは直撃こそしなかったが、余波たる稲妻で天馬を灼き、その飛行能力を奪った。
 
「うあぁっ……!」
 
「きゃああぁ!?」
 
 風の支えを失った凧のように、ユニセロスは宙を踊って地に叩きつけられた。騎乗していたイオンとノエルは呻き、苦悶の表情を浮かべる。
 
 シンクは止まらない。ガイ以上の俊足で駆け、獲物に向かって一直線に駆ける。
 
 それはラルゴやアッシュと対峙しているレイルではなく………
 
「ティア!!」
 
「っ!?」
 
 レイルの叫びに反応して、ティアが後方に目を向ける。だが、それによってアリエッタに背中を向ける事になる。この瞬間、完全な挟み撃ちが成立してしまっていた。
 
「テメェら………」
 
 レイルは、左右から迫るアッシュとラルゴを……
 
「邪魔だあぁっ!!」
 
 右の拳と左脚で弾き飛ばして、一目散にシンクを追う。だが―――遅い。
 
「『リミテッド』!」
 
「っ………あ!?」
 
 背後を突いた光の鉄槌がティアを撃ち、それによって動きが鈍り、杖を取り落とした一瞬を逃がさず、シンクがティアの喉笛を掴み上げる。
 
「これで、譜術も譜歌も使えないね」
 
「っ……………!!」
 
 言われた通りの状況に、しかしティアは怯まず反撃に転じる。
 
 右足で放った蹴りは、シンクの左腕に容易く阻まれて届かない。防がれると同時に左手にナイフを握り………
 
「無駄だって」
 
「ッ……か……!?」
 
 それを投げるより早く、シンクの左膝がティアの鳩尾にめり込んだ。
 
 堪らず意識を失ったティアを肩に担いで、シンクはアリエッタに一言告げる。
 
「アリエッタ、グリフィンを」
 
「? ……はい、です」
 
 怪訝そうにしながらも、アリエッタの口笛に合わせて、家屋の向こうからグリフィンが飛んでくる。
 
 シンクは人一人を担いでいるにも関わらず、常人ではまずあり得ない跳躍でそれに跳び乗った。
 
「待てこの野郎! どういうつもりだ!?」
 
「ヴァンの妹を返して欲しかったら、レムの塔まで来なよ。ここは退いてあげるからさ」
 
 シンクの不可解な行動に戸惑いながらも激昂するレイルに、シンクはさらに不可解な言葉を残す。
 
 あの瞬間にティアが殺されなかった事は喜ぶべきだが、今まさにそのティアが攫われそうになっている。
 
「ティア起きろ! 攫われちまうぞ!! 起きろっつーの!!」
 
 叫び、咆えてもティアは目覚めない。シンクはそれ以上語らず、グリフィンを上昇させようとする。レイルは両足に力を込めた。
 
「ティアを返せ!!」
 
「馬鹿だね、あんた。普通自分から空中に来る?」
 
 先のシンク以上の跳躍で、レイルはグリフィンの眼前に飛び出した。その行動を鼻で笑ったシンクが、右の掌をレイルに向ける。
 
「二度も言わせないでよね。返して欲しかったら、レムの塔に来い」
 
「ッ……くっ!?」
 
 そこから奔った衝撃波が、木の葉を散らすようにレイルを吹き飛ばす。空中で踏ん張る事すら出来ないレイルは全く無力に地に墜ちた。
 
「待て、よ………」
 
 それでも、離れていく、届かない天空に手を伸ばして、レイルは叫ぶ。
 
「ティアァァーー!!」
 
 そのレイルを、横合いから狙っているものがある。アリエッタの駆る、ライガだ。
 
 その牙だらけの口から、バチバチと紫電が溢れ出す。
 
「ガアアアァーー!!」
 
 レイルは気付いていない。完全に意識が空に向いている。雷の咆哮が、迫る。
 
「レイルさん!!」
 
 少女の背中を、稲妻が打った。
 
 
 
 
(あとがき)
 一部二部よりやたら長くなりそうな予感がしてる、そんな三部です。もっと楽しげなパートも書きたいのですが、この辺は止まれないです。
 
 



[19240] 9・『マリィベル』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/10 18:19
 
 シンクの一撃。とんでもなく重い一蹴りで無様に吹っ飛ばされた俺が体を起こす時には、もう戦況は一気に変わってた。
 
 いつの間に接近したのか、シンクがティアを捕まえ……気絶させた。そのままグリフィンに跳び乗るシンクに、レイルが不用意に向かっていって、返り討ちにされた。
 
「(ティアを攫う……?)」
 
 奴らの意図が読めない。前ならまだしも、ヴァンもリグレットもいない今、あいつらがティアを連れ去る理由がわからない。
 
 だが、そんな事を悠長に考えてる余裕も無いらしい。飛び去ったシンクに気を取られてるレイルを、アリエッタのライガが狙ってる。
 
「レイル! 避けろ!」
 
 呼び掛けながら、俺はもう走ってる。……あいつ、ティアが攫われた事で頭ん中真っ白になってるな。俺の声も聞こえちゃいないらしい。
 
「(間に……合わない!!)」
 
 少し距離がありすぎる。あいつならサンダーブレスの一発くらい耐え切るか……なんて考えが俺の頭を過った時には、もうライガは雷撃を放っていた。
 
「避け……」
「レイルさん!!」
 
 もう一度俺が叫ぼうとした声を掻き消すような大声が聞こえて、そして………
 
「あ―――――」
 
 レイルを庇うように飛び出したノエルの背中を、稲妻が焼いた。
 
『ガイラルディア、あなたはここに隠れていなさい。何があっても、絶対に出てきてはいけません』
 
「っ………!?」
 
 そんなノエルを見た瞬間、突然割れるように頭が痛みだした。懐かしい屋敷の景色、それを踏み荒らすよう白光騎士団、血に染まる絨毯、心がざわつくような光景が頭の中を巡る。
 
「(何やってんだ俺は……!?)」
 
 レイルじゃあるまいし、こんな時に何頭抱えて蹲ってるんだよ……!
 
『女子供とて容赦するな! 譜術が使えるなら十分脅威だ!』
 
 そう思ってるのに、頭の中で声は響き続ける。今まで眠っていたものが、呼び起こされるみたいに。
 
『ガイ! 危ない!』
 
「っ!!」
 
 俺は暖炉から飛び出した。そんな俺を庇って、姉上が、メイド達が、斬り殺されていく。斬り殺されて、その体が俺の背中から覆い被さって、隠していく。
 
「思い……出した……!」
 
 今まで抜け落ちていた。姉上たちの最期の記憶。俺が女性恐怖症になった理由。ようやく、それに辿り着いた。
 
 だけど……
 
「…………………」
 
 俺がモタモタしてる間に、残りの六神将も、ナタリアも、シンク同様に姿を消してしまった。
 
 
 
 
「………………」
 
 居ても立ってもいられない。そんな風情で握り拳を作るレイルを、僕はノエルの傷を癒しながら横目に見る。
 
 ティアの事が心配で、気が気でない。だけど自分を庇ってノエルが怪我をしたのに、焦った態度を見せるわけにはいかない。すぐに後を追うように急かす事になってしまうから。
 
「(……と言ったところでしょうか)」
 
 レイルはすぐ顔に出るから、何を考えているのか僕でも簡単に解る。……これでは、ノエルが目覚めた時に結局負担を掛けてしまう。
 
「レイル、俺たちはもう少しこの島を調べてみよう」
 
 僕が丁度提案しようと思った事を、ガイがレイルに申し出た。流石に、レイルと一番付き合いの長い親友なだけある。
 
「で、でも……もうあいつらここにいねーし、ノエルとイオンだって……」
 
「ここに第七音素(セブンスフォニム)が集中してた事に変わりはないんだ。それに、イオン様やノエルなら大丈夫だよ。野生の魔物は、あんな大爆発のあった場所に進んで近寄ったりしないし、いざとなったらこいつがいる」
 
 おどおどと狼狽えているレイルとは対称的に、ガイは理路整然と説明しながら、「な?」とユニセロスの鬣を撫でた。……彼も先ほど、何か様子がおかしかったが……気のせいだったのだろうか?
 
「行ってください。外傷はそれほど深くないから、本当に心配は入りません」
 
 少し気にはなったけど深く立ち入らず、僕はレイルに先を促す。……シンクの行動の意図はまるで読めないが、この島に何も無いとも思えない。
 
 一刻も早くティアを助けたいと言うなら、効率的に為すべき事を為すべきだ。当面で言えば、この島の探索。
 
「何か……嫌な予感がします。アクゼリュスが崩落した時に似ている。漠然とですが……何か大きな災いが迫っている気がするんです」
 
 僕の言葉に何かを感じ取ってくれたのか、レイルはガイに連れられて、何度もこっちを振り返りながら奥に進んだ。
 
「ミュウ」
 
「みゅ?」
 
「レイルについていて下さい。彼は少し、行き過ぎな所がありますから」
 
「わかったですの!」
 
 僕の要請を受けて、ミュウは一目散にレイルを追い掛け、飛び付いた。
 
「………………」
 
 僕は治療術に意識を集中しながら、頭の片隅で別の事を考える。
 
 先ほどのアッシュの実力は……明らかにレイルを下回っていた。やはり……
 
「(…………………だとしても、防ぐ術はあるかも知れない)」
 
 大爆発(ビッグバン)はコンタミネーション現状。つまり、レイルと融合する音素(フォニム)が“存在しなければ”いい。
 
「(素人考えだけど……)」
 
 レイルの超振動で、アッシュを音素ごと消滅させてしまえば、レイルがアッシュの構成音素に乗っ取られる事は無くなる。
 
 残酷かも知れないけど、アッシュは敵だ。レイルと天秤に掛ける理由が無い。
 
「(この考えを告げたら、レイルはどうするでしょうか………)」
 
 そこまで考えて、軽く首を振ってから治療術に集中する。まだ何が確定したわけでもない。この島にジェイドが捕まっている可能性だってある。
 
 レイルの大爆発、攫われたティア、シンクの思惑、何一つはっきりしない不気味な状況に、僕は一人、肩を落とした。
 
 
 
 
「俺を守ってくれた姉上やメイドたちの亡骸に覆い隠されて、俺は九死に一生を得た。………情けない話だよ。俺を守ってくれた姉上たちの事を怖いって思って、女性恐怖症になっちまったんだから」
 
 俄かに不気味な気配が強くなるフェレス島の奥地に進みながら、レイルはガイの話を黙って聞いていた。
 
「………ごめん。俺はレプリカだけど、父上が……」
「いいって。そもそも、直接関係ないお前を殺そうとしてた時点で、俺の復讐は八つ当たりだったんだ」
 
 全く今さらにしょぼくれるレイルを、ガイは朗らかに笑い飛ばす。別に、責めるつもりで話したわけではないのだから。
 
「ガイさん……可哀想ですの……」
 
「……そうでもないさ。ホド消滅で理不尽に命を奪われた人間は何万といたんだ。こうやって生き延びて、親友もいて、音機関に囲まれて、今じゃ前向きに生きてんだ。十分以上に幸せ者だよ、俺は」
 
 眉を八の字にしてへこむミュウにも、ガイは笑い掛ける。これでは立場がまるで逆だ。
 
 ガイのそんな態度を(珍しく)察したのか、レイルは話題を別方向に逸らそうとして……
 
「ティア……大丈夫かな………」
 
 再び消沈した。世話役も大変である。
 
「わざわざ攫った以上、今さら危害を加えたりはしないだろ。……目的がわからないけどな」
 
 ガイは、今度はフォローするつもりでもなくごく平静な判断でそう言った。レイルは俯いたまま、歯を軋ませた。
 
 シンクへの怒り、みすみすティアを攫われた自分への不甲斐なさ、あらゆる負の感情をない交ぜにしたような危うい色が瞳に揺れる。
 
「(無理もないか……)」
 
 ティアを取り返すまでは、何を言っても気休めにしかならないだろう。ガイに出来る事といえば、普段のティアの代わりにレイルの抑え役になるよう務める事くらいか。
 
 しばらく言葉もなく進んだ先、一際大きな屋敷を見つけて、レイルとガイは中に踏み込む。寂れてはいるが、大仰で格式張ったその様式から見て……以前は貴族が住んでいたのかも知れない。
 
 その屋敷の地下にまで進み、レイル達は一つの施設を見つけた。巨大なホールに、様々な譜業が絡み合うように設置され、不気味な光が部屋に満ちている。
 
 その中央の譜業に、レイルは見覚えがあった。
 
「これ……コーラル城にあったやつと同じだ」
 
「って事は、これがフォミクリーなのか? しかも稼働してる……」
 
 コーラル城は、『ルーク』が攫われ、レイルが生まれた場所。そしてこの島に強力な第七音素の反応があったという事実から、ガイはすぐに正解に辿り着く。
 
 今、目の前にある音機関が、ヴァンが思い描いたレプリカ計画の根源なのだという事に。
 
「……何だってシンク達は、こんな大事な譜業があるフェレス島であっさり退いたんだろうな。現に、俺たちは簡単にこれに辿り着いちまったぜ」
 
「あいつらの考えてる事なんて知るかよ……」
 
 首を捻るガイの言葉を聞き流したレイルが、怒りを押し殺したような声で呟き、ローレライの剣を抜く。
 
 そして―――
 
「『雷神剣』!!」
 
 稲妻を纏った剣の一突きで、フォミクリーの譜業を破壊する。目に見えてわかる感電がホール中を巡り、その機能を完全に停止させた。
 
「…………戻ろうぜ。ノエルの怪我も治ってるかも知んねーし、レムの塔って所に急がなきゃな」
 
「ティアさんが心配ですの……」
 
「もう少しだけ探索しないか? ジェイドだってここに居るかも……」
 
 明らかに逸っているレイルとミュウを引き止めようとしたガイの声が……止まる。
 
 露骨な人の気配が、レイル達の周りに集まりだしたからだ。……それも、半端な数じゃない。
 
「!? 何だこいつら!」
 
「……探索続行どころじゃなくなったらしいな、どうも」
 
 気配はすぐに姿を現し、レイル達を取り囲む。鈍色の全身スーツに身を包む人間たち……だが彼らの瞳はどこか虚ろで、生気を感じさせない。
 
「レプリカか……!?」
 
「……ま、当然か」
 
 ガイは己の見通しの甘さを呪う。フォミクリーが稼働していたという事は、当然レプリカが造られ続けていたという事だ。彼らの登場は、予想して然るべきだった。
 
「何をする。何故我らの仲間が生まれるのを邪魔する」
 
「……あんた達が生まれたら、俺たちオリジナルを滅ぼそうって奴らがいてね。悪いけど、止めさせてもらった」
 
 背中から掛けられた―――どこかで聞いた声――に振り返って応えたガイは、今度こそ完全に平静を失う。
 
 ガイと同じ青い瞳と金の髪を持つ、レプリカの女性がそこに立っていた。
 
「マリィ……姉さん……?」
 
 かつて、弟を守るためにその命を失った姉の紛い物が、ガイの前に姿を現した。
 
 
 
 
(あとがき)
 この辺りから、またダッシュで数話入れたいかも知れません。まとめ投稿も楽しい。
 
 



[19240] 10・『憧れの人』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/11 16:56
 
「…………レムの…塔……」
 
「はい、ごくろうさま」
 
 あれからノワール達を引っ張り回すようにして旅の預言士(スコアラー)を捜して絞め上げる事、これで三人目。
 
 よ~~やくそれっぽい情報が手に入った。今までの連中は何されても全然口を割らなかったけど、三人目のこいつは毛色が違った。
 
「………………」
 
 目に生気が無くて、何かぼんやりしてる。まあ、こいつがやる気無いおかげでわたしは情報をゲット出来たんだから、いっか。
 
「ちょいと、あんたまさかこんなヤバそうな話に直接首突っ込むつもりじゃないだろうネェ?」
 
「子供の火遊びは感心しないぜ?」
 
「オイラ達、別に正義の味方でも何でもないでゲスよ」
 
 暗闇の夢の三人が、わたしに牽制を掛けてくる。……ったく、『義賊』って便利な言葉だよね。都合の良い時だけ正義面しちゃってさ。
 
「嫌ならわたし一人で行くよ。確かに、三人には関係ないし」
 
 パパとママを受け入れてくれた事には感謝してる。わたしをサーカスに誘ってくれたのも嬉しかった。………だけどまあ、所詮は損得勘定のギブアンドテイク。これ以上わたしに付き合うのは割に合わないってのはわかってるつもり。
 
「今までありがと。……運が良かったら、またナム孤島で会おうよ」
 
 そう言って、わたしは三人に背を向けた。今じゃわたしの家はあそこにある。個人的な行動で旅から外れても、わたしの帰るべき場所はあそこ。………生きてれば。
 
「………はあっ、わかったよ。付き合えばいいんだろ付き合えば!」
 
 ……あれ?
 
「いいの?」
 
「いいも何も、キュビ半島行きの定期船なんて無いぜ? 筏でも作って行くつもりかい」
 
「行っとくけど、ヤバくなったらアタシら逃げるからネ! ガキのわがままに付き合って心中なんて冗談じゃない」
 
 ………ワルなんだか善人なんだかわかんない。どこぞの世間知らずのお坊ちゃんを思い出した。
 
「(仲間、か………)」
 
 わたしは、モースを殺して失踪してからの、皆の旅の経緯は知らない。
 
 外郭が無事に降りた事、イオン様は生きてる事、カンタビレがダアトに来た事、ガイがシェリダンの知事してる事、ナタリアがバチカルに戻ったわけじゃなさそうって事、知ってるのはそのくらい。
 
 六神将や総長、皆の生死すらわかってない。イオン様は今頃ダアトで大忙し……。ガイもカンタビレも同じだろうなぁ。……ティアはどうだろ? 総長やリグレットの生死次第じゃ、もう旅なんてしてないかも。いや、それどころじゃないかも………
 
「(ルーク、死んじゃったのかな……)」
 
 外郭大地を降ろすまで生きてたのは確実だけど、わたしが一緒に居た時には、もういつ死んでもおかしくなさそうに見えた。生きてても重病人なのは間違いないし、ティアがほっとくとも思えない。わっかりやすかったからなぁ……あの二人。
 
「………………」
 
 どっちにしろ、この不穏な動きを掴んで行動してるのは……もしかしたらわたしだけかも知れない。ノワール達は戦えないし、六神将も何人残ってるかわかんない。
 
「よーし、いっちょ頑張るか!!」
 
 死ぬかも知れない。だけど今さら皆を頼るつもりはない。わたし一人で……始末をつける。
 
 それはどこか、気が楽なものでもあった。
 
 
 
 
「オラ火ぃ吹けぇ!」
 
「ファイヤーー!!」
 
『ッ!?』
 
 レイルに頭を掴まれたミュウが火炎を吹き出し、鈍色の全身スーツのレプリカ達を威嚇する。怯んだレプリカ達を押し退けながら、レイルとガイは一目散に外を目指す。
 
 敵として向かって来ている事に変わりない。だが……こういう言い方が正しいのかはわからないが……このレプリカ達は『一般人』である。
 
 魔物でも山賊でも敵兵でもない“人間”。流石に容赦無く斬り殺す気にはなれない。元々レイルは、人殺しは嫌いなのだ。そして、ガイ―――
 
「姉上が……どうして……」
 
「しっかりしろよガイ! 事情とかわかんねーけど……俺がアッシュとは違うのと同じで、あいつだってお前の姉ちゃんじゃねーんだ!」
 
 姉のレプリカを目の当たりにし、そしてフォミクリーを止めた侵入者として排除されそうになって、衝撃のあまり動きの鈍いガイを、レイルが叱咤する。行く先を埋め尽くすフォミクリー達の肩を踏み台に次々と跳ねて、その包囲を抜けた。
 
「っ……わかってる!」
 
 殴り倒しても蹴り倒しても切りが無い。今まで一体どこに隠れていたのかというほどの数がレイルらに迫る。
 
 その動きは酷く緩慢で、兵や山賊どころかまともな一般人よりも鈍い。でなければ、いくらレイル達でも手加減しながら突破する事は出来なかっただろう。
 
「『烈破掌』!」
「『獅子戦吼』!」
 
 レイルの掌底から炸裂した気と、ガイの全身から放たれた獅子の闘気が、レプリカ数人を巻き込んで屋敷の玄関の大扉を吹き飛ばす。
 
「(こいつら……これからどうなるんだろ……)」
 
 走る中、レイルは後ろ髪を引かれるように思う。生まれたからには、生きる事に遠慮する必要なんてない。……それでも、異形の命には変わりない。
 
「(あんなにいっぱい、居るってのに……)」
 
 この世界に、彼らの生きる場所はあるのだろうか。柄にもなくそんな事を考えて、しかしレイルは立ち止まらずに走る。
 
「(この世界を見捨てないって……選んだのは俺だ)」
 
 その後、至る所から姿を現すレプリカ達を振り切って、イオンとノエルと合流したレイル達は、アルビオールでフェレス島を脱出した。
 
 向かう先は、レムの塔。ティアを取り戻すため、そして……全てに決着をつけるため、レイル達は決戦の地を目指す。
 
 
 
 
「レムの塔は……ユリアシティ同様、元から魔界(クリフォト)にあった創世歴時代の建造物です。ユリアシティと違い、ほとんど打ち棄てられたような状態だったようですが」
 
 いくらアルビオールの移動速度でも、限界というものはある。フェレス島でノエルが負傷した事もあって、一行はケセドニアで宿を取っていた。
 
 その片割れ、イオンとガイは自分たちに割り振られた部屋で、今後の事を話し合っている。
 
「そんな所にティアを連れて行くって事は……またユリアの遺伝情報が関わってるんですかね」
 
「……どうでしょう。あちらにはヴァンのレプリカがいます。フェレス島のフォミクリーを切り捨ててまで、ティアが必要とは思えません」
 
 ガイはテーブルで頬杖を付きながら、イオンはベッドに腰掛けながら、表情を曇らせる。
 
 情報が足りない。相手の思惑が掴めない。知らず知らずの内に敵の掌の上で踊らされている……そんな不確かな不安が、胸の奥に燻って消えないのだ。
 
「罠であろうとなかろうと、行くしかありません。ティアを見捨てる事は出来ない」
 
「……それすらも奴らの狙い通りっぽくて、怖いですね」
 
 イオンの言葉に思わず不安を零したガイは、しかし肩を竦めて笑ってみせる。
 
「ま、連中が何を企んでても、正面から打ち破ってやればいいだけです。うちの斬り込み隊長を怒らせると、怖いですからね」
 
「確かに……」
 
 隣の部屋の友人を思って、ガイとイオンは苦笑した。頼もしい……だけど手綱を握るのが大変だ、と。
 
 
 
 
「…………ごめん。俺のせいで」
 
 割り振られた部屋で、レイルは同室のノエルに頭を下げる。
 
 既にパジャマ姿でベッドに腰掛けていたノエルは、数秒してから何を謝られたのかに気付いた。
 
「い、いいんですよ! 私が勝手にやった事なんですから」
 
 フェレス島で、ノエルはレイルを庇ってライガの雷撃を受け、怪我をした。その事をようやくちゃんと謝られたのだ。が、却ってノエルを恐縮させている。
 
「……導師の力って凄いですよね。私、教えてもらうまで自分が火傷したなんて気付かなかったんですよ? 傷痕なんて全然残ってないんです」
 
 レイルが責任を感じている、という事自体が嫌で、ノエルは努めて冷静に『大した事ない』とアピールする。事実、傷は綺麗に無くなっていた。
 
「……でも、痛かっただろ。俺もあの電撃食らった事あるからわかるんだ」
 
「………………」
 
 レイルの悪いクセだ。調子に乗りすぎ、落ち込み過ぎ、突っ走り過ぎ、さしずめ今回は気にし過ぎ……だろうか。気遣いを拒否している相手に謝り続けても困らせるだけなのに……。
 
「…………こほん」
 
 ノエルはそんなレイルを前に数秒思案してから、小さく咳払いをして、言う。
 
「私が怪我をしたのは、私自身の責任よ。誰かのせいにする気はないし、される気もないわ」
 
「え………?」
 
 あまりにノエルらしからぬその物言いに、レイルは何を言い返す事もなく、呆気に取られたように目を見開く。
 
 その変な顔を見て、ノエルは可笑しそうにクスクスと笑いだした。
 
「ティアさんの真似です。似てましたか?」
 
「へ? あ、えーと………悪い、全然似てねー」
 
 よくわからないが楽しそうなノエルに釣られて、レイルも沈んでいた表情を崩す。ベッドの端で丸くなっていたミュウは、遠慮なく破顔した。
 
「まだ自分のせいだって思ってるなら、『ごめん』じゃなくて『ありがとう』って言ってください。その方が私も嬉しいですから」
 
「お、おう。じゃあ………ありがとう」
 
「OKです」
 
 レイルの応えに満足したように、ノエルは嬉しそうに微笑む。その視線が、レイルの胸に向いた。
 
 普段は真紅のコートに覆い隠されて見えないそこに、蒼いガラス玉のペンダントが提げられている。ノエルの眼から見てもはっきりわかる安物。仮にも王族であるレイルが身に付ける物には見えず、他の高級そうな服や手袋の中で、そのガラス玉だけが浮いていた。
 
「(ティアさん……そういう事に無頓着みたいだもんなぁ……)」
 
 それの意味する事を瞬時に直感して、ノエルはその笑顔を困ったようなものに変える。
 
「ティアさん、絶対に取り返してくださいね。私は、応援してる事しか出来ませんけど……」
 
「…………うん」
 
 ノエルの言葉に、レイルは小さく頷く。しかしその瞳に燃えたぎるものを見て、ノエルは嘆息する。
 
 決意表明するのが照れ臭いだけで、誰よりティアを助けたいと思っているのはレイルなのだ。
 
「(私の、憧れの人………)」
 
 こうして二人きりで言葉を交わす事も、宿で同室になる事も、もう無いかも知れない。
 
 せめてものわがままのつもりで、ノエルはその日、夜遅くまで他愛無いお喋りにレイルを付き合わせた。
 
 
 
 
(あとがき)
 今回はあからさまに繋ぎのような話です。次話、レムの塔突入します。
 
 



[19240] 11・『囚われの天使』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/12 13:56
 
「……………」
 
 自分が横たわっている床の硬さ、冷たさに、私は意識を覚醒させる。……暗くて、寒い。息がし辛い。
 
 寂れた古い、石造りの牢屋。背中に回された両手と両足首には枷を、口には猿轡をされているらしい。
 
「(そうだ……私は……)」
 
 フェレス島で六神将と戦って、アリエッタの譜術を背中から受けて、目の前にシンクが現れて………そこから先は、憶えていない。
 
「……………」
 
 一先ず上体を起こして座る姿勢になり、状況を整理する。今の私は………どう見ても囚われの身。とすれば、あの場での戦闘にレイル達が勝ったとは考えにくい。
 
 良くてどちらか一方の撤退。最悪――――
 
「ッ………」
 
 一瞬過った想像を、私は首を振って否定する。最悪のケースに思考を偏らせても仕方ない。
 
「(冷静に、今解る情報から最良の行動を選択する)」
 
 武器は取り上げられ、体の自由も利かない。猿轡で詠唱を防がれているため、譜歌も譜術も使えない。
 
 私を捕まえたのは、まず間違いなく六神将。周囲の地理もわからず、味方の状況もわからない。
 
「(………八方塞がりだわ)」
 
 そもそも、捕らえた相手に対抗手段の選択の余地を残すなんて愚を、彼らが冒すはずもなかった。
 
 その時―――
 
「起きたのか」
 
 金属扉の覗き窓から一対の翠が私を見て、ガチャガチャと乱暴に鍵が、そして扉が開けられた。
 
「っ…………」
 
 あまりにそっくりな外見に、私は一瞬息を呑む。
 
 以前は掻き上げていた前髪を下ろし、純白の衣の上からマフラーのように首に掛けた外套を羽織った青年。その姿は……長かった髪をバッサリと切る前のレイルに、あまりにも似過ぎていた。
 
 だけど、絶対に違う。その髪はレイルの暖かい朱色とは違う、血のような紅色だし、何よりその瞳は………酷く歪んでいて、冷たい。
 
「(鮮血のアッシュ……)」
 
 レイルのオリジナル。本物の『ルーク・フォン・ファブレ』。そして……兄さんの野望を継ぐ敵。
 
「会いに来たのがメリルじゃなくて、意外か?」
 
 そう言って、アッシュは腰の剣に手を掛ける。
 
「(殺、される……?)」
 
 それに恐怖を感じて、でも私には抗う術が無い。剣が抜かれた瞬間、私は両目を固く瞑った。
 
 そして―――
 
「え………?」
 
「ヴァンを手に掛けたお前に、今さら説得は無意味。話しても辛くなるだけ、だそうだ」
 
 一瞬。アッシュの剣閃が、私の猿轡だけを正確に切り落としていた。
 
「俺の質問に応えろ」
 
 喉元に突き付けられる切っ先。……私には、彼らが私を生かしたままにする理由がわからない。抵抗は無意味。猿轡が無くなっても、詠唱を許してくれるはずがない。
 
 それでも、今出来る事を……。
 
「……皆は無事なの?」
 
「質問するのは俺だ」
 
 眉根を歪めて、切っ先が僅かに首の皮に埋まる。この反応………既にレイル達を始末したっていう感じじゃない。………一先ずは、安心した。
 
「ヴァンは……本当に俺たちを裏切ったのか?」
 
 躊躇うように訊かれた言葉に、私は意表を突かれる。……そう言えば、彼は兄さんの計画のために誘拐され、兄さんに付き従ってきた。その兄さんが、最期に過ちを認めたという事は、それまで兄さんの理想を信じてきた者を裏切ったとも言える。
 
 ………それでも、偽るつもりはない。
 
「………兄さんは、最期の最期で自分の過ちに気付いてくれた。レイルの命を救け、剣を託してくれた。それが事実よ」
 
 レイル、という名前を怪訝に思ったのか、アッシュは眉間に皺を寄せた。だけど、それ以上の感情は読み取れない。………やっぱり、レイルとは全然違う。
 
 やがて一人で納得したのか、アッシュは零すように口を開いた。
 
「俺の模造品が、俺の名前を捨てたのか……」
 
「レイルーク・ミラ・アルバート。それが、“彼自身”の名前よ」
 
 模造品。いつまでもそんな風にしか彼を見ない。現実を受け入れてやり直そうともしない、そんなアッシュに腹が立つ。
 
 レイルは、アッシュを“ルークとして”バチカルに連れ帰るつもりなのに。
 
「レイルはあなたの身代わりでも、代替品でも、別の可能性でもない。だって、彼とあなたは別の人間なんだから」
 
 そう言った瞬間―――
 
「ッ……っ……!?」
 
 私は、アッシュに蹴倒されていた。起き上がる暇もなく、そのまま横顔を踏みつけられる。
 
「俺はそれを、認めるわけにはいかねぇんだよ……!」
 
「……ちっぽけな人。あなたに騙されたナタリアが哀れだわ」
 
 手も足も出ない。それでも私は、顔を踏まれた状態のまま、横目で精一杯冷たく睨んで、言葉で詰った。
 
「っ……………」
 
 複雑そうに表情を歪めたアッシュは、乱暴に私に猿轡を噛ませてから牢屋を出ていった。
 
「(……嫌になるわ)」
 
 冷静に、理性的であろうと常から心掛けているのに……肝心なところで感情が先に立ってしまう。
 
 もっと巧く会話を進めていたら、もっと有益な情報を得られたかも知れないのに………。
 
 『あなたの体は音素乖離を起こしているの?』
 
 いくらなんでも目的について口を滑らせる事は無かっただろうけど、この質問にくらいは応えてくれていたかも知れないのに……。
 
 あんな人にレイルが融合されてしまうなんて、そんな事考えたくもない。だけど、眼を逸らし続けた結果として最悪の未来を迎えてしまったら、私は自分を許せなくなる。
 
「(でも……今の私に何が出来る?)」
 
 私は軍人であり、騎士でもある。だけど兵役は浅く、白光騎士団に入る以前も魔物や山賊としか戦った事は無かった。当然、捕虜として捕まった事も無い。
 
「(………失態だわ)」
 
 今さらのように、情けなさが込み上げてくる。戦いで後れを取ったばかりか、敵に捕われてしまうなんて……。
 
 今も、ただ助けを待っている事しか出来ないなん……
 
「(…………………………………助けを、待つ?)」
 
 ふと心の中で呟いた言葉に、私は自分に失望してしまった。私の任務はレイルの護衛。なのに……そのレイルに助けてもらう事になるなんて、あってはいけない。
 
 自分で思っている以上に……私は弱気になっているみたい。
 
 ……私は、おそらく人質なんだと思う。レイルは優しいから、多分助けに来てもくれると思う。だけど………私がそんな自分に甘んじていて良いわけが無い。
 
「(何か……何か六神将を出し抜く方法は……)」
 
 石壁に顔を擦りつけて猿轡を外そうとしながら思考を巡らせ続けた私は………………結局、力尽きて倒れるまで、無駄な努力に体力を費やしてしまった。
 
 
 
 
 創世歴時代から魔界(クリフォト)にある、古く……しかし幻想的なレムの塔が、変わらず天高く聳え立っている。
 
 その内側の螺旋階段を………
 
「うおおおぉぉぉーー!!」
 
 真紅のコートを靡かせて、朱色の髪の少年が爆走して、駆け上がっていた。僅かに遅れて、金髪の青年と緑髪の少年が続く。ただし、少年の方は聖獣ユニセロスに跨がっていた。
 
「『双牙斬』!!」
 
 道を阻む譜業人形を斬り倒して、レイルは膝に手を置いて荒く息をついた。焦る気持ちに、体がついて行ってない。
 
「ちょ、ちょっと落ち着けレイル! そんなペースで飛ばし続けたら、バテ、ちまうぞ!」
 
 遅れて来たガイが息も絶え絶えにレイルを止める。この以上に高いレムの塔の螺旋階段を、三人はひたすら駆け上がっている。しかも、一人で先頭を突っ走るレイルは魔物や譜業人形まで片っ端から倒しているのだ。疲れていないはずがない。
 
「落ち着いてください。そんな状態で六神将に遭遇すれば、それこそ彼らの思うつぼです」
 
「はあっ……はあっ……くそ、その馬に三人乗れたらなぁ……何だよこのうぜー階段……」
 
 ユニセロスの上から涼しい顔で注意を促すイオンを、レイルは恨めしそうに半眼で睨む。本当は、今ユニセロスを出している事さえ苦肉の策なのだ。召喚譜術は対象を“喚んでいる”間中、力を消耗する。
 
 こうして今ユニセロスを召喚しているのも、一重にレイルのせっかちゆえ。体力の無いイオンのペースに合わせてこの長大な階段を進めるほど、今のレイルは冷静ではない。
 
「(ティア………)」
 
 誰より大切な少女が、目の前で攫われた。今も苦しんでいるかも知れない。胸を締め付ける不安と焦燥が、彼の足をひたすら塔の最上階へと向けさせていた。
 
「(ティア………!)」
 
 二人に諌められて、それでも急いてしまう気持ちを抱いて、レイルはその後も螺旋階段を上り続ける。
 
「(ティア!)」
 
 作業用の物らしいリフトをも利用して、ようやく天井に辿り着く。続く道を通って行くと、そこは外壁も無い、吹き曝しで寂れた空間だった。
 
 しかも…………
 
「ここ、天辺じゃねーし………」
 
 屋外に出た事ではっきりとわかったが、あれだけ長い行程を経たというのに、レイル達がいる今の地点は、まだレムの塔の最上階ではない……どころか、精々半分程度だった。
 
「階段も終わってるな……。ここからどうやって上に行けばいいんだ?」
 
「中央の昇降機を使えば良い」
 
 うんざりしたようなガイの呟きに、遠く、背後から低い声が掛けられた。
 
 振り返った三人の眼に、嘘のように、或いは冗談のように、その男は映った。
 
 神託の盾(オラクル)の白い軍服に身を包み、その栗色の髪を後頭で束ねた、蒼い瞳の精悍な男。
 
 レイルやガイにとっても特別な姿の、しかし絶対に当人ではあり得ない男。
 
「ヴァンデスデルカ………!」
 
「名を憶えていて貰えたとは光栄だな、レイルーク。……もっともこれは、オリジナルの古い名だがな」
 
 瓦礫の上に立ち、レイル達をその生気の無い瞳で見下ろしていたヴァンのレプリカは、大きく跳び上がり、架け橋のような一つの通路の前で着地した。そして、剣である方向を指す。
 
「この中央の昇降機を使えば、一気に塔の最上階まで行ける。“使えればな”」
 
 ヴァンデスデルカが指すのは、一階からずっとあった………螺旋階段の中心を縫うように存在していた巨大なガラス管。一階の時点では何をしても動かなかったそれは、やはり昇降機の隔壁だったらしい。
 
 その足場たる昇降機が今、確かにこの階で止まっている。
 
「ティア・グランツは最上階だ。助けたければ、私を―――」
 
 抑揚の無いヴァンデスデルカの宣告は、最後まで言い切られる事は無かった。
 
「お前に構ってる暇は無いんだよ!!」
 
 ヴァンデスデルカが昇降機に目を向けたほんの数瞬の隙に凄まじいスピードで接近したレイルの拳が、彼を殴り倒したからだ。
 
 倒れたヴァンデスデルカに目もくれず、レイルはガラスの隔壁に近づき、扉を探して右往左往する。
 
 ガイとイオンがそれに続こうとする動きすらも、ヴァンデスデルカは見送る。ただ緩慢な動きで立ち上がり、近くにあった譜業端末を操作し始めた。
 
「ッ!?」
 
「レイル!!」
 
 そして、一瞬。レイルの後方にあったクレーンがいきなり稼働し、ガラスの隔壁をも砕く一撃が、レイルを昇降機の中に叩き込んだ。
 
 そして昇降機は上がり始める。ガイもイオンもヴァンデスデルカも残し、レイル一人を乗せて……
 
「さて、これで私の仕事は終わった」
 
「お前……最初からレイル一人を上に行かせるつもりだったな」
 
 あまりに容易くレイルに倒されたヴァンデスデルカの不審に、ようやくガイが思い到る。
 
 今度こそ本気で戦うつもりになったヴァンデスデルカは、ガイとイオンに剣を向けた。
 
「お前たちには死んでもらう。私も早く上に行きたいのでな」
 
 ガラスと血に塗れて意識を失う朱色の少年を乗せて、昇降機は天高く上り続ける。
 
 
 
 



[19240] 12・『孤軍奮闘』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/13 10:18
 
「ん…………?」
 
 常とは違う地面の浮遊感に、レイルは薄らと目を開ける。
 
「(痛ぇ………)」
 
 クレーンに強打された背中と頭に鈍痛を感じながら、緩慢な動作で身を起こそうとしたレイルは、着いた掌にガラスの破片が刺さってしまい、さらに傷を増やしてしまった。
 
「………ガイ? イオン?」
 
 上に昇り続ける昇降機の中で、レイルは辺りを見渡すが、当然のように自分しかいない。ほんの二、三分の気絶ではあったが、その気絶した直後に状況は大きく動いたのだ。
 
 一言で言えば、ただでさえ少ない戦力を分断された。
 
「……………」
 
 レイルは立ち上がって、体中に被ったガラスの破片を払い除ける。そして体の具合を確かめるように軽く柔軟体操をした。
 
「………痛ぇけど、戦れる」
 
 この昇降機が運ぶ先に、六神将が何人いるかわからない。それでもレイルは怯む事なく、左手で背中のローレライの剣を抜き、天を睨んだ。
 
「………………」
 
 ガイとイオンの心配はしない。その代わり、レイルは自分の心配もしていなかった。
 
 ……昇降機が、止まる。ガラス越しに、天空に聳える塔の頂が見えた。開いた扉から、ゆっくりとレイルは進み出る。
 
 円形の広々とした頂に、尋常ならざる存在感が満ちている。
 
「(…………一人)」
 
 右を見れば、髪を下ろし、純白の正装の上から黒の外套を羽織った……かつてのレイルに酷似した姿の『鮮血のアッシュ』。
 
「(…………二人)」
 
 左を見れば、鈍色の鎧と兜で武装し、異形の刃を備えた大槍を担ぐ『黒獅子ラルゴ』。
 
「(…………三人)」
 
 振り返れば、最早躊躇いも見せずに弓を構えるナタリア……否、メリル。
 
「(全部で五人か……)」
 
 そして正面。黒の格闘服の上から軽装の白い服を重ね着た『烈風のシンク』。そのシンクの傍に控えるように立つ、以前とは違う白い教団服を来た『妖獣のアリエッタ』。
 
 敵主力の大半がここにいる、と言っても過言ではない。
 
「ようこそ。一人で乗り込んで来るなんて勇敢じゃないか、見直したよ」
 
 実に白々しい、馬鹿にした口調でシンクはレイルにそう告げる。ヴァンデスデルカを使ってレイルを孤立させたのは自分たちなのに、だ。
 
「………………」
 
 レイルは、そんなシンクを見てはいない。見ているのはシンクの後ろ……十字架に磔にされて眠らされている、赤い軍服を着た栗色の髪の少女だ。
 
「そんなに怖い顔しなくたって、ヴァンの妹ならちゃんと返すよ。あんたが僕らに勝ったらね」
 
 予想外に静か過ぎるレイルの反応に、シンクはつまらなそうに言い捨てた。………と同時に、左右後方からアッシュ、ラルゴ、ナタリアが動く。剣を握るレイルの手が、ギリッと軋むような音を立てた。
 
「来やがれ………」
 
 敵の戦力も、自身の無勢も、シンク達が何故捕らえたティアを人質にする素振りすら見せないのかも………今のレイルには関係ない。
 
「後悔させてやる」
 
 静かな焔と、決死の覚悟が、その剣に宿っていた。
 
 
 
 
(ギィン!!)
 
 重く固く金属音が響いて、刃が両者の頬を掠める。直後に後ろに跳び退いたガイを、ヴァンデスデルカの凶刃が狙うも、上方から繰り出された風の刃が阻んだ。
 
「(やっぱり……本物のヴァンほどじゃない)」
 
 幾度かの攻防を経て、ガイは目の前のヴァンのレプリカをそう評していた。
 
 能力の劣化は無いと聞いていた。だが、彼が造られた後の年月でヴァンが成長したものか、或いは精神的な強さの問題か、ヴァンデスデルカには、アブソーブゲートで死闘を演じたヴァンほどの圧倒的な実力を感じない。
 
 そして、もう一つ。
 
「(こいつは譜歌が使えない)」
 
 ユリアの譜歌は、譜に込められた意味と象徴を正しく理解しないと行使出来ない。いくらヴァンデスデルカがヴァンのレプリカだろうと、ヴァンの記憶を持とうと、生まれたばかりの彼にはそれを真実“理解”する事は出来ない。
 
 ガイはこれまでの戦闘でその事に気付いていた。
 
「って言っても……」
 
「ふんっ!」
 
 ヴァンデスデルカの重く、疾く、鋭い斬撃がガイを襲う。スピードで辛うじて伍すガイは、何とかこれを受けるが、両の手が痺れ、止め切れなかった刃が体を数ヵ所刻む。
 
 ヴァンほどではなくても、ユリアの譜歌が使えなくても、常識外れに高レベルな譜術剣士だという事には変わりない。
 
「『クリムゾンライオット』!!」
 
 ガイを追い詰めんとするヴァンデスデルカを炎が球状に呑み込まんとするも、容易く避けられた。
 
 ガイが注意を引いて戦い、ガイの窮地にイオンの譜術が敵を狙う……という攻撃パターンとタイミングも既に覚えられてしまった。
 
 レイル、ティア、ガイ、イオン、カンタビレの五人が力を合わせて辛うじて勝つ事が出来たヴァンの………レプリカ。
 
「(やっぱり、俺たちだけじゃ無理なのか……?)」
 
 戦えば戦うほど大きくなる絶望。ヴァンデスデルカの剣がガイに迫る
 
「(いや……!)」
 
 気を抜けば退がりそうになる足を踏み止めて、ガイは剣を鞘に納めた。
 
「『瞬迅剣』!」
「『真空破斬』!」
 
 瞬速の刺突と渾身の居合い斬りがぶつかり、互いの威力を相殺する。この戦いで初めて、ヴァンデスデルカの攻撃を真っ正面から止めた。
 
「(だとしても、負けられない!)」
 
 意気込み、刃を旋回させて下から斬り上げるガイの全身に、風が巻き付く。
 
「『断空……』」
「『ホーリーランス』」
 
 竜巻を纏う斬撃。それがヴァンデスデルカに届くより早く、十にも及ぶ光の槍が二人を円陣に囲むように突き立った。
 
 ……そして、炸裂。
 
「ぐあぁああぁ!?」
 
 至近で弾けた光輝の爆発に、ガイは絶叫を上げて膝を着く。目の前には、当然のように『ホーリーランス』の影響を受けていないヴァンデスデルカが、剣を片手に立っている。
 
「(まずい……!)」
 
 自身の窮地にすら気付く事が出来ないガイを救うべく、イオンは予め詠唱を終えていた譜術を放つ。
 
「『サンダーブレード』!」
「ヒィイイイン!!」
 
 イオンと、イオンの駆るユニセロスから、紫電の迸る雷光の槍が二本奔った。それは中空で交わり、一本の強力な稲妻と化して、ヴァンデスデルカに襲い掛かる。
 
 ――――だが、それも読まれていた。
 
「!?」
 
 『ガイの窮地にイオンが援護射撃を飛ばす』。そのパターンは既に幾度も繰り返されたもの。ヴァンデスデルカは上空に高々と跳び上がり、その一撃を躱す。……躱して、降り立つ先には膝を着いたガイがいる。
 
「『襲爪雷斬』」
「ガイ! 逃げて下さい!」
 
 上空からガイに迫る稲妻の刃。確実にガイの命を奪えるその一撃を、しかしヴァンデスデルカは別方向に構えた。――空中では、動きが取れないからだ。
 
「『ぐるぐるぐんぐにる』!!」
 
 稲妻を纏った剣の腹を、横合いから飛んできた神槍の一撃が撃つ。そしてヴァンデスデルカの体を大きく宙に泳がせた。
 
「正義の使者! アビスピンク参上!」
 
 全身タイツと、フルフェイスのピンク色の仮面を装着した小さな正義の味方が、守るようにガイの前に立つ。
 
 
 
 
「「『通牙連破斬』!!」」
 
 朱と紅。鏡に写したような二人の剣がぶつかり合う。力と力はしかし拮抗せず、朱に傾いた。
 
「っあああああ!!」
 
 狼のように咆哮を上げて、レイルは一気呵成に攻め立てる。対するアッシュは、以前の戦いとは様子がまるで違う。
 
 剣を体から離して正面に構え、レイルの力に無理に対抗せず流すようにジリジリと後退する。
 
「(こいつ、何で……)」
 
 まるで、力ではレイルに敵わない事を前提にしているような戦い方。絶対に自分がレイルに劣る事を認めたないアッシュの戦法とは思えない。
 
「“全てを灰塵と化せ”」
 
「ッ!?」
 
 冷静に防戦に撤していたアッシュの口から、譜の詠唱が響いて……
 
「『エクスプロード』!」
 
「ぐあ………っ!」
 
 膨れ上がった大爆炎が、レイルを軽々と吹き飛ばした。ゴロゴロと転がって、レイルは弾けるように立ち上がる。
 
「(あのヤロ、譜術も使えんのかよ……!)」
 
「俺を忘れてもらっては困るな」
 
 内心で毒づくレイルの背後で、異形の大槍が振り上げられる。レイルは後ろを見ないまま咄嗟に剣を構えて……その防御ごと弾き飛ばされた。
 
「『スターストローク』!」
 
 弾き飛ばされて倒れたレイルを、跳躍したナタリアによる矢の連射が上から襲い掛かる。横に転がってそれから逃れようとしたレイルのふくらはぎに、一矢が突き刺さった。
 
「くっ………」
 
 素早く立ち上がり、顔を苦痛に歪めてそれを抜き取ったレイルに、アッシュとラルゴが同時に迫る。
 
「はあっ……はあっ……はあっ……」
 
 疲労と痛みの中で、レイルは左手に握るローレライの剣に、確かな存在感を感じていた。
 
『第七音素(セブンスフォニム)は、記憶粒子(セルパーティクル)と六つの属性の音素(フォニム)が結合して出来た七番目の音素なの』
 
『ローレライの剣には、第七音素の収束能力があると言われているわ。兄さんもその力を使っていた』
 
 頭を過るいつかの教え。突発的な閃きのようなものだったのかも知れない。
 
「『守護氷槍陣』!」
 
「「っ……!」」
 
 直下に突き立てたローレライの剣を中心に、周囲を氷槍の刃が埋める。予想外の攻撃に、アッシュとラルゴは思わず飛び退き、距離を取る。
 
「(集約させた第七音素を使って、剣技に属性を上乗せしたのか……)」
 
 それらの戦いに高見の見物を決め込んでいるシンクが、面白そうに口の端を引き上げる。
 
 闇の第一音素(ファーストフォニム)は地と水の性質を、光の第六音素(シックスフォニム)には火と風の性質を同時に備えている。
 
 そして音の第七音素は、それら全ての性質を秘めているのだ。
 
「(まだまだ粘るか……)」
 
 圧倒的に不利な戦況で、レイルは懸命に抗い続ける。
 
「絶対……助ける……!」
 
 さして大きくも無いレイルの声、しかし並々ならぬ決意と覚悟を秘めた声が………宙に溶けて消える。
 
「………………」
 
 十字架に磔にされ、眠りに落ちる少女の指先が、僅かに動いた。
 
 
 
 
(あとがき)
 第七音素でFOF技出しまくり、という設定はオリジナルです。原作では第七音素のサークルすら存在しませんから。
 
 



[19240] 13・『真紅』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/15 07:22
 
「……………アニス?」
 
 自分を助け、目の前に立ちはだかるものを認めて、ガイはよろよろと立ち上がりながら呟く。
 
 全身タイツとフルフェイスメットを着けた知り合いなんて、ガイにはいない。いや、アビスマン自体は国民的なヒーロー活劇として知ってはいるが…………ガイが名を呼んだ理由はそこではない。
 
 アビスピンクが駆る巨大人形は、見紛う事なきトクナガだったからだ。
 
「わたしはそんな名前ではない! 音素戦隊アビスマンの一人、アビスピンクだ!」
 
「…………何にしても助かったぜ」
 
 どこからどう見てもアニスなのだが、顔を合わせづらいのだろうと無駄に空気を読むガイは隣に並んで剣を構えた。
 
「ガイ! アニスピンク! 来ます!」
 
「ア、アニスピンクて………」
 
 ガイ同様に気を回したイオンの焦った声が、迫るヴァンデスデルカの脅威を知らせる。
 
 今は、再会の感動に浸っている余裕など無い。
 
「……味方はこんだけなの?」
 
「レイ……ルークは上にいる。多分、捕まってるティアもね」
 
 変装がほとんど無意味だったと悟ったアニスが、ガイに短く状況を訊ねる。とりあえず当時の仲間が生存しているらしい事に安堵する表情は、メットの奥に隠される。
 
 眼前に、剣を片手にヴァンデスデルカが迫る。
 
「『獅子戦吼』!」
「『獅吼滅龍閃』!」
 
「ッ……!?」
 
 それを、ガイとアニスの繰り出した双頭の獅子を象る闘気が迎撃した。そのまま二人、逆側からヴァンデスデルカを攻め立てる。
 
 疾さで刺し、力で獲る。かつて共に前衛を組んで戦っていた者同士、連携の相性に抜かりは無い。
 
「『月華斬光閃』!」
 
 月を断つような二連斬に続く居合い斬りを何とか受けたヴァンデスデルカの背中を………
 
「『剛掌破』!」
 
「ぬ……う……!」
 
 トクナガの両腕から繰り出される掌底が強打し、弾き飛ばした。勢いを止めずに追ってくる二人に、ヴァンデスデルカは剣を地に突き立てた。
 
「『守護氷槍陣』」
 
「っ!!」
 
 ヴァンデスデルカを中心に現れた無数の氷刃が、ガイの肩とトクナガの額を捉えた。
 
 一閃、氷陣を斬り裂いて二人に飛び掛かるヴァンデスデルカを、上空から七色の輝きが照らす。
 
「『プリズムソード』!」
 
「が……っ!?」
 
 その輝きの中から生まれた光の剣が、ヴァンデスデルカの右腕を刺し貫く。その隙をアニスは逃さない。
 
 トクナガの豪腕が唸り、振り抜かれて……
 
「げ………」
 
 ヴァンデスデルカの左手に……“素手に”、受け止められていた。
 
「私は生きる……邪魔をするなオリジナル!」
 
 強い、強い生存本能に裏打ちされた、凄まじい気迫、執着。オリジナルのヴァンとはまるで異質な意志の力を見せつけられて、ガイとアニスが“竦む”。
 
 アニスがトクナガごと蹴り飛ばされる。ガイが胸を浅く斬られて倒れた。ヴァンデスデルカが左手に持ち換えた剣を振り上げる。イオンが天馬の翼で駆け付ける。……間に合わない。
 
 ―――その剣が中空で弾かれ、泳いだ。
 
「“邪魔をするな”は、こちらのセリフだ」
 
「貴様は……!」
 
 苛立ちと共にヴァンデスデルカが見上げた先、建造途中の鉄骨の上から、鮮やかな金髪を靡かせる女が立っている。
 
 元六神将、ヴァンを愛し、その道を同じくしようと生きる女……魔弾のリグレット。
 
 
 
 
「『絶破烈氷撃』!」
 
「ぬうぅ……!?」
 
 レイルの掌底を胴に打ち込まれたラルゴが、上半身を氷塊に覆われる。反対側から向けられたアッシュの剣をローレライの剣で受け止め……
 
「『烈震天衝』!」
 
 右の拳を振り上げる。その動きに連動するように、足下から噴き上がる土の奔流がアッシュを襲った。
 
 譜術の一つも操れないはずのレイルが音素(フォニム)を自在に剣技に重ねるという想定外の事態に、優勢であるはずのアッシュ達は動揺し、その動きを鈍らせている。
 
 ラルゴの動きが止まった。アッシュの動きが止まった。レイルは……真っ直ぐにシンクに突進する。
 
「ホント向こう見ずだね。それで良くヴァンに勝てたもんだ」
 
 嫌味でも皮肉でもなく、心底から本気で呆れているシンクを無視して、レイルは怒鳴る。
 
「いつまで寝てんだこのナイフ女! 囚われのお姫様なんてガラじゃねーだろが!!」
 
 ティアを助けて形勢逆転。一人で足掻き続けるよりはマシかも知れないが………
 
「無駄だって、半日は昏睡状態になる薬を……」
「“…よ 聖な……を…め”」
 
「え………?」
 
 迫るレイルに右掌を向けるシンク、その隣に控えていたアリエッタが、あり得ないはずのか細い声を耳にして、しかし振り返る事は出来ない。
 
 目の前に凶刃を構えた剣士が迫っているのだから。
 
「ナイフ女で、悪かったわね」
 
 そして、囚われの天使は刮目する。目を開けて最初に、傷だらけの少年と眼があった。
 
「『エクレールラルム』!」
 
「ッッらぁ!!」
 
 地に描かれた光の十字が、戒めの十字架を打ち砕く。レイルが横に一閃させた斬撃を飛び越えて、シンクはアッシュらの側に回り込んだ。その脇には、状況に対処出来なかったアリエッタが抱えられている。
 
 そして――――
 
「“ヴァ ネゥ ヴァ レイ ヴァ ネゥ ヴァ ズェ レイ”」
 
 戒めを破壊し、自身の体を支えられずにレイルの腕に倒れ込んだティアの唇から………紡がれる。
 
 魔を灰塵となす、激しき調べ。
 
「『ジャッジメント』」
 
 天高く聳える塔の頂で、赤紫の落雷が暴れ狂う。
 
 
 
 
 指向性などなく無差別に暴れる落雷が、アッシュを、ラルゴを、ナタリアを撃つ。アリエッタとシンクもその猛威から逃げ回る。
 
「………行って」
 
 弱々しくレイルの腕に支えられていたティアが、しかしはっきりとした声でそう言って……
 
「で、でも……」
「私は大丈夫だから……!」
 
 突き放した。逆らう事を許さないような一対の蒼に睨まれて、レイルはティアに背中を向ける。
 
「……いざとなったら護るから」
 
「それは私のセリフよ………」
 
 背中越しに言葉を交わして、レイルは一気に駆け出す。落雷の直撃を受けてよろめいているアッシュ目がけて、低い構えから剣を突き上げた。
 
「『翔破烈光閃』!」
「『閃光墜刃牙』!」
 
 咄嗟に同じ構えから技を繰り出したアッシュの剣とレイルの剣が交叉する。しかし、レイルの剣にはアッシュには無い『光』があった。
 
「っがああぁあ!!」
 
 吹き付ける光の奔流がアッシュを呑み込み、斬り刻む。その反対側から、レイルの背中に向けてラルゴの大槍が迫っていた。
 
「『紫光雷牙閃』!」
 
 紫電の雷撃を帯びた斬撃。今度は……躱せない。
 
「いっっ……でぇえ……!?」
 
 背中を斬られ、焼かれて、レイルは激痛に耐えて地を転がり、逃げる。
 
「“魔狼の咆哮よ”」
 
 そのレイルに人形を向けて、譜術の詠唱を終えるアリエッタを………
 
「『グランドクロス』!」
 
「きゃあぁああぁあ!」
 
 ティアの第六譜歌。破邪の天光煌めく光の十字架が捕らえ、裁いた。
 
「……驚いたね。予想外に楽しませてくれる」
 
 圧倒的に不利な状況でなお足掻き続けるレイル達に、変わらず傍観に撤していたシンクが面白そうに称賛を送る。
 
「(……でも、足りないな)」
 
 僅かに不満を滲ませ、シンクはその眼を……ティアに向けた。次の瞬間、その姿が掻き消える。
 
 烈風の二つ名すらも霞むほどの俊足が、疲労と睡眠薬の影響で意識も朦朧としているティアの背後に回って………
 
「(二回も同じ失敗は、しない……!)」
 
 捉えられた。フェレス島の時も、傍観していたシンクの突然の強襲に遅れを取ったのだ。上手く回らない思考の中で、ティアはその事を忘れていなかった。
 
 その手に、ナタリアが射ち捨てた一矢を握り、背後に回ったシンクに振り向き様、体ごと突き出し……突き刺す。
 
「『バニシングソロゥ』!」
 
 そしてシンクの胸に埋まった鏃を中心に、集めた譜力を爆発させた。ビクンッ! と電撃に打たれたように、シンクは全身を一度大きく痙攣させる。
 
「(やった………)」
 
 敵首領を討ち取った確信を持って、ティアは矢を抜き取って身を引こうとする。……その手を―――
 
「ッ………!?」
 
 シンクの手が、掴んだ。胸を矢で刺され、体内で譜力を弾けさせたというのに。
 
「褒めてやるよ。……だけど甘い」
 
 あり得ない事象に目を見開くティアが……
 
「あ…………」
 
 シンクの手刀に斬られ、血を噴き出して倒れた。その光景が遠く、レイルの瞳に映る。
 
「ッああああぁあぁああぁ!!」
 
 地に伏し、慟哭するレイル。その声すらかき消すと言わんばかりに、三方から圧倒的な猛威が迫る。
 
「『アストラルレイン』!!」
 
 ナタリアの放った無数矢が星光を帯びて、頭上から降り注ぐ。
 
「『紅蓮旋衝嵐』!」
 
 ラルゴの大槍が紅蓮の嵐を巻き起こし、炎の竜巻が襲い掛かる。
 
「『絞牙鳴衝斬』!」
 
 アッシュの突き立てた剣が譜陣を展開し、超振動の反音が噴き上げる。
 
 三重の秘奥義。凶悪無比な破壊の力が、容赦なくレイルを呑み込んだ。
 
 しかし――――
 
「うおおぉおおおぉぉ!!」
 
 レイルの慟哭は止まらず、炎が、星光が、反音が、内側から押し返される。
 
 その全身から焔のように超振動を溢れさせるレイルによって。その反音は……いつかレイル自身が見た真紅の色を灯していた。
 
「“消え得ぬ炎を宿せ”『ブレイズエミッター』!」
 
 ナタリアの生んだ炎の加護を受けて、アッシュはその剣に超振動を宿し、レイルに立ち向かう。
 
 その剣が、真紅の反音を明滅させるレイルの右手とぶつかった。
 
「出たぁ!!」
 
 その様を見ていたシンクが目を見開き、喜色にその口の端を引き上げる。
 
「急げっ……!!」
 
 アッシュが冷や汗を流して叫ぶ。その剣がぶつかっているのは……反音の塊などではなかった。
 
「あ……ぅ……!」
 
 シンクは倒れたティアの襟元を強引に掴み上げた。まるでゴミ袋でも捨てるような乱雑な所作で、そのままレイルに向けて投げつける。
 
「っ!?」
 
 レイルには味方識別(マーキング)などという器用な真似は出来ない。ティアを巻き込んで殺しかねない状況に………レイルは慌てて超振動を解いた。
 
 その左手から一つ、真紅の珠が零れ落ちる。
 
「く……っ!」
 
「ティ………ぐあっ!?」
 
 レイルの真後ろにティアが叩きつけられ、それに気を取られたレイルが、ラルゴに取り押さえられる。そのまま、ローレライの剣をむしり取られた。
 
 転がった珠を、シンクが拾い上げる。奪い取った剣を、シンクが受け取る。
 
「気付いてなかったみたいだから、教えてやるよ。……これが、あんたの体内に取り込まれていた『ローレライの宝珠』」
 
 シンクは、這いつくばった姿勢から自分を睨むレイルに真紅の珠を見せて……
 
「そして、これが………」
 
 ローレライの剣に嵌め込んだ。剣は刀身の根元に真紅の輝きを宿して一体となり、本来の姿を取り戻す。
 
「『ローレライの鍵』だ」
 
 鍵は揃った。それが意味する事を、少年はまだ知らない。今は……まだ。
 
 
 
 



[19240] ♪・『栄光の大地』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/14 15:25
 
「このレムの塔って、元々は惑星の外に避難するために造られたものなんだよ」
 
 手にした『ローレライの鍵』を歓喜の色を以て眺めるシンクは、ラルゴに取り押さえられたままの状態のレイルに語り掛ける。
 
「だから、僕の計画にはこの塔の存在が不可欠だったんだ。……ま、当時はかなり無茶な計画だったらしいけど」
 
「……知るか、その剣返せ!」
 
 僅かに昂揚しているシンクに構わず、レイルは師の形見に目を向ける。その耳に……後ろからティアのか細い息遣いが聞こえた。
 
 憤激のままに反撃したいのに、先の一撃で余力を失ったのか、レイルの体には力が入らない。
 
「あんた達が乗り込んだあのフェレス島は、フォミクリーでかなり手を加えててね。浮島というより、船に近い代物なんだよ」
 
 レイルの意思などお構い無し。誰かに話したくて仕方ないとばかりに、シンクの口は止まらない。
 
「そのフェレス島が今、どこにあるか……知ってる?」
 
「知るかよ! テメェさっきから何が言いてーんだ!?」
 
 レイルの怒声に、「馬鹿には百聞より一見だね」と肩を竦めたシンクは、やおらローレライの鍵を真下に突き立てた。そして、笑う。
 
「オールドラントの裏側だよ。この、レムの塔のね」
 
「っ……!?」
 
 鍵を中心に、塔の頂を複雑怪奇な譜陣が埋め尽くす。その不気味な光に、レイルは言い様の無い恐怖を覚える。
 
「お前……何した……!?」
 
「導火線に火を点けたのさ。フェレス島と、あの島にいる数万のレプリカを使ってね」
 
「!!?」
 
 シンクの言っている事は、レイルには半分もわからない。しかし、“レプリカを使う”という言葉の意味は、何故だか即座に理解出来た。
 
「やめろ! てめーらレプリカの世界を創りたいんじゃなかったのかよ! なのに、何でレプリカを殺すんだ!?」
 
 理不尽に造られ、理不尽に捨てられる命。かつての自分と重なる存在の危機に、レイルは必死に叫ぶ。………が、シンクは目を丸くした。
 
「ヴァンのやつ、裏切ったくせに計画の全部を話したわけじゃなかったんだ。最期までよくわかんないやつだったな……」
 
「計画の、全部……?」
 
 そして、堪えきれないように笑いだす。
 
「ふふ、ふ……あはは……はははははははは!! 傑作だね。ただの器のくせに、新しい人類になれるなんて本気で思ってるんだ!?」
 
 狂気にも似た高笑いと共に、シンクはローレライの鍵を天空にかざす。
 
「地核の振動を止めて、あれで計画を止めたつもりかも知れないけど、手遅れだったんだよ。あの時点で、もう必要最低限の第七音素(セブンスフォニム)は確保出来てた。導火線に火を点けるだけなら、あれで十分なのさ」
 
 その頃……惑星の反対側に位置するフェレス島は、眩ゆい白光に包まれていた。
 
 島そのものと、そこに住まう異形の命たちの全てが第七音素に還り、譜陣となったそれは世界に広がり、惑星に浸透していく。
 
 惑星を透過する中で、譜陣は第七音素を呑み込み、取り込み、喰らい尽くしていく。
 
 フェレス島より発せられたその力は瞬く間に世界を覆い、そしてレムの塔へと帰結した。
 
「!? ……何だ!?」
 
『っ………!!』
 
 とても個人の感覚では知覚仕切れない、海のような巨大な第七音素がレムの塔を……レイル達を包む。誰もが空前絶後の圧倒的な力の前に恐々とする中で、シンク一人が、歓喜を以て悠然と、ローレライの鍵を掲げている。
 
「ユリアの造りしレムの塔よ! 我が身に宿りしローレライよ! 今こそその力を解放しろ!!」
 
 シンクが咆える。レムの塔が震える。全てを呑み込むような巨大な第七音素が、塔の頂から上に立ち上る。
 
 空を越えて、天を越えて、音譜帯をも易々と越えて、そして――――
 
「何だよ……あれ……?」
 
 全てを覆い尽くした力が天に昇りきった時……月より遠く、しかしどの星よりも遥かに大きく、“それ”は空の彼方に姿を現していた。
 
 青々と輝く美しいそれを、誰もが知識として知り、しかし視認した者は一人としていない。
 
 惑星、オールドラント。
 
 ……………その、レプリカだった。
 
「あれこそが、僕らが夢見てきた新世界にして……惑星オールドラントの新たな器」
 
 シンクが笑う。
 
「新星・『栄光の大地(エルドラント)』の誕生だ!!」
 
 遂に叶った野望を、心から祝い、謳うように。
 
 
 
 
「『レイジレーザー』」
 
 譜銃から放たれる青い光が、ヴァンデスデルカの剣を捉え、弾き飛ばした。丸腰になり、自身の体表に譜力を集中して防御するヴァンデスデルカに、リグレットは容赦無く音弾を打ち込んでいく。
 
「くっ……そぉ……!」
 
 足、腕、肩、耳、腹、急所だけは守りながら防戦に徹するヴァンデスデルカに、次々と音弾が命中、譜力の壁の上から血を吹き出させていく。
 
「な、何でリグレットが………」
 
「『グラビティ』!」
 
 状況が呑み込めずに混乱するアニスに攻撃を促すように、イオンの譜術がヴァンデスデルカを包んだ。
 
 過重力空間に圧し潰されて動きの止まったヴァンデスデルカに、ハッとしたようにアニスが追い打ちを掛ける。
 
「“魂をも凍らす魔狼の咆哮 響き渡れ”『ブラッディハウリング』!!」
 
 動きの鈍ったヴァンデスデルカに、赤黒い呪いの叫びが吹き付けられた。
 
「おの、れ………」
 
 音弾を浴び、過重力に圧され、呪いの叫びに呑まれ、よろよろと剣を拾い上げるヴァンデスデルカに………さらなる一撃。
 
「『鳳凰天翔駆』!!」
 
「があぁあぁ!?」
 
 気高き紅蓮の炎を纏い、不死鳥と化したガイの斬撃が、ヴァンデスデルカの胴を深々と薙ぎ、焼いた。
 
 決着。―――そう、誰もが思った矢先に、第七音素の海が全てを包み込む。
 
 
 
 
(ィイイイィ………ン――――!!)
 
 耳に痛い音を鳴り響かせて、小刻みに震えて……
 
(パン……ッ!!)
 
 ローレライの鍵が、砂のように砕け崩れて、大気に融けた。
 
「流石のローレライの鍵も限界か。まあいいや、もう用は無い」
 
 シンクはそれを一瞥して、それきり興味を失う。
 
「(ヴァン師匠の……剣が………)」
 
 師から託された剣の最期を、レイルは茫然と見つめる。心に大きな穴を開けられたような空虚感が、レイルを襲った。
 
「さて、と………」
 
 そんなレイルに一切構わず、シンクは一度眼を閉じ、そして開く。その背中に―――天使のような純白の翼が生えた。
 
「お前、一体……!?」
 
 驚愕するレイルにはやはり構わず、シンクは翼を広げて、塔の頂よりさらに高くへと飛び立った。
 
 そして、大仰に広げた両手の動きに合わせて、巨大な譜陣が広がる。
 
【我は、新生ローレライ教団導師・シンク】
 
 譜陣の効力か、シンクの声は眼下に広がる世界全てに届いていく。マルクトにも、キムラスカにも、ダアトにも、ケセドニアにも、とにかく世界中に。
 
【天空に現れた新星の名は『栄光の大地』。預言(スコア)に縛られ、破滅に向かうしかないこのオールドラントに代わる、人類の新たな故郷だ】
 
 突然天から響くその声に、人々は何事かと耳を傾ける。
 
【星の記憶に縛られた哀れな人類よ。自由と意志を取り戻し、真に人間として歩もうと願うのならば、各地を巡る我が教団の使者に名乗り出よ】
 
 外郭大地の降下。預言の廃止。ただでさえ混乱を極めている世界に、さらなる恐慌が走る。
 
【預言に捕われた古き星と肉体から脱し、新たな器へと生まれ変わる。それこそが、我と共に栄光の大地の土を踏む者の資格だ】
 
 言葉の内容自体は、とても正気のものとは思えない。それなのに、どうしようもなく信じさせられるような不思議な風韻が、その声には宿っていた。
 
【この期に及んで預言に拘泥すると言うなら、それも良いだろう。だが、この星の記憶は皆を滅亡にしか導く事は無い】
 
 全世界、全人類への救済の言葉。……あるいは、宣戦布告。
 
【選ぶがいい。このまま預言の傀儡として滅びを待つか、自由と未来を信じて生まれ変わるか。そして間違えるな。我が啓司に従って、この星と人類は何を失うわけでもない。生まれ変わるのだという事を】
 
 言い切って、シンクは開いていた両の掌を閉じた。同時に譜陣が消え、布告の終わりを告げる。
 
「今の……どういう意味だよ……?」
 
「聞いた通りさ。レプリカ世界ってのは、人類が生まれ変わるための器に過ぎない。これが僕らの本当の計画なんだよ」
 
 塔の頂に戻ってきたシンクは、レイルを見下してそう告げる。その背に広がっていた翼が、畳まれるように消えた。
 
「オールドラントは一度滅び、栄光の大地として生まれ変わる。あんた達は叶わない未来でも信じて、新星を見上げてるんだね。少しずつ絶望を噛み締めて、さ」
 
 その別れの言葉を合図にするように、レムの塔が薄紫に輝いて、その本来の機能を発揮する。シンクが、アッシュが、ナタリアが、アリエッタが、ラルゴが、そして階下のヴァンデスデルカが、光の中に掻き消えて………
 
「!?」
 
 たった今生まれた新しい惑星、新星・栄光の大地へと打ち出され、転移した。
 
 惑星脱出装置。その本来の機能を発動させたのだ。
 
「………………」
 
 レイルは、既に失血で気を失ってしまっていたティアを抱き抱えて、立ち上がる。今は……落ち込んでなどいられない。
 
 ただ………
 
「(ごめん………ヴァン師匠………)」
 
 未来と剣を託して逝った師に、心の中で一言謝った。
 
 
 野望はその全容を現し、再び世界を恐怖に陥れる。天空の彼方に生まれた星は、この星の鏡。もう一つのオールドラント。
 
 一つになる。それは滅亡なのか、それとも救いなのか………。
 
 
 
 
(あとがき)
 切りがいいのでここまでが三部。次から四部にしようかと思います。
 勢いに乗って今日はダブルです。
 
 



[19240] 1・『抱擁と仲間と』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/16 21:58
 
 冷たい水の中を、彷徨っているような感覚。冷たい水の中に、暖かな日の光が差し込み、それが私に温もりをくれる。
 
 寒さと、暖かさと、ぬるさが混じり合ったような不思議な空間の中で、気だるい虚脱感が何故か心地いい。
 
「(ここは……どこ?)」
 
 ここが景色の無い闇の中だという事に、本当に今さら気付く。同時に、焦りが生まれた。
 
「(こんな事してる場合じゃ、ない……)」
 
 思考が乱れて、はっきりとは思い出せない。だけど、何かしなければならない事があったような気がして、私は体を動かそうとするけど……まるで金縛りにあったように指先一つ動かせない。
 
「(行かなきゃ……)」
 
 動けない、という事実が、私の焦燥感を煽る。僅かに動かせた指先に続いて、瞼が開いた。朱色の光が広がって………
 
 私は―――目を覚ました。
 
「…………………」
 
 霞む視界が定まってくる。夕焼けらしい光を浴びて、朱色が焔のように鮮やかに輝いていた。その下で……一対の翠が私を見ている。
 
「レイ、ル……?」
 
 ぼんやりとした頭で、ただ目の前にいる人の名前を呼んだ。その途端、体が持ち上がる。
 
「ッ……良かった……!」
 
 レイルの顔が視界から消えた。心地いい圧迫感が上半身を包んで、ぴったりとくっついた頬から鼓動が聞こえてくる。
 
「(…あったかい………)」
 
 抗い難い安心感に身を委ねようと思った………ところで、ようやく頭が追い付き始めた。
 
「…………え?」
 
 私を包んでいるものは、何? 私が頬を寄せているものは、何? 私は一体………何をされて……。
 
「……………」
 
 考えるまでもない。私は、レイルに……抱き締められている。
 
(ギュウ……)
 
 私が気付いたのと同じタイミングで、抱き締める力が一層強くなり、私はレイルの胸の中にすっぽりと納まってしまう。思っていたより力強い………なんて、考えてる場合じゃない。
 
「(あ……え……う……?)」
 
 顔がとんでもなく熱くなっているのが自分でわかる。レイルのじゃなくて、私自身の心臓がうるさいくらいに騒いでる。どうして、いきなりこんな事に……?
 
「あ、あの……」
 
 苦し紛れに零した言葉が耳に届いた途端、レイルはビクッ! と身を震わせて、恐る恐る自分が抱き締めている私を見る。
 
「「………………」」 
 
 目が………合った。
 
「うえおわおおおおっ!?」
 
 その瞬間、レイルは凄い勢いでしゃかしゃかと床をかいて、私から数メートルの距離を取る。……自分が今まで何をしていたのか、気付いてなかったみたいな反応。………顔、真っ赤。
 
「お、俺………ごめん!!」
 
「あ……………………うん」
 
 赤から青に、忙しく顔色を変えて頭を下げるレイルに、私は少しだけ余裕を取り戻す。
 
「(六神将に捕まって……レイルが助けに来て……戦って……)」
 
 思い出した。シンクの胸に矢を突き刺して、勝ったと思った瞬間に、私は………また意識を失った。
 
「横になっていて下さい、傷口が開きます。」
 
 私に治療術を掛けていてくれたらしいイオン様に促されるまま、私は起こしていた上体を寝かせる。そして、改めて辺りを見渡す。
 
 古めかしい建造物の、瓦礫だらけの屋外。
 
 私なんかに抱きついてしまったからか、青い顔で打ち拉がれているレイル。そんなレイルをつついているガイ。それに………
 
「アニス……? 姉さん……?」
 
 おかしな仮装をして居心地悪そうにしているアニス(背負ってるトクナガでわかる)と、離れた所で空を見上げてる姉さんまでいる。私が捕まっている間に、一体何が………
 
「!? ………あれは」
 
 そんな疑問が全て消し飛ぶほど異質な存在に、姉さんの視線を追って初めて気付いた。常識外れに大きな、青くて綺麗な星が空に浮かんでいる。……当然、今まであんなものはオールドラントの空には無かった。
 
「……シンクが創造した、オールドラントのレプリカです」
 
「ただのレプリカじゃない、“完全同位体”だ」
 
 イオン様の言葉に被せるように、姉さんが口を挟んだ。………あれが、兄さんの考えていたレプリカ世界。完成してしまったの……?
 
「(完全、同位体……?)」
 
 言葉の意味が、遅れて頭に浸透してくる。完全同位体……という事は……
 
 そんな私の危惧を、続くイオン様の言葉が―――
 
「……はい。いずれ惑星間で大爆発(ビッグバン)現象が起こり……オールドラントの人々は死滅します」
 
 肯定した。
 
 私が、レイルが、ガイが、アニスが、凍り付く。預言(スコア)から解放されて、崩落の危険から逃れて、本来の姿を取り戻したはずのオールドラントに、再び危機が迫っていた。
 
 
 
 
「……………マジ、かよ」
 
 レムの塔の一階に向かう昇降機の中で、レイルが重々しく呟く。
 
 レイルは、イオンの説明を聞くまで、シンクの言葉の意味も、事の重大さも理解していなかった。
 
 オールドラントのレプリカが出来た。ただ見たままにそう認識していただけ。
 
 フェレス島のレプリカが消えたという事実に関しても、あまりに遠くの事ゆえに実感が湧かず、『栄光の大地(エルドラント)』が出来た事がオールドラントの危機に直結している事にも気付かなかった。……それが今、ようやく事の深刻さを理解し、膝を折る。
 
 その傷を癒しながら、イオンは無言のままだった。………レイルは、自分が完全同位体と呼ばれていた事を憶えていない。
 
「………要するに、オリジナルがレプリカに乗り移るって事だろ? でもそれって……“本当にそいつなのか”?」
 
 ガイの疑問に、解を示せる者はこの場にいない。シンクの言葉を信じるなら、レプリカの体に乗り移らない者は……一人残らずオールドラントの爆散に巻き込まれて死ぬ。平静でいられるわけがなかった。
 
 誰もが押し黙っている内に、昇降機が一階に到着し、扉が開く。そして……
 
「……ッ………」
 
 真っ先に、アニスが昇降機から踏み出し、逃げるように去ろうとする。その背中に―――
 
「待って下さい、アニス」
 
 レイルの傷口に手を添えたまま、イオンの厳かな声が掛かる。
 
 先ほどとは別の意味で、誰も口を挟めないような空気が漂う。
 
 アニスはかつてイオンを裏切り、罪悪の念からその傍を離れた。もう一緒に居る事は出来ない……その気持ちは今も変わらない。
 
 このレムの塔でイオンに会ってしまった事も、アニスにとっては計算外だったのだ。
 
「あなたが何を思って姿を消したのか、どうしてこのレムの塔に現れたのか……わかっているつもりです」
 
 終わり、とでも言うようにレイルの肩を叩いて、イオンは立ち上がる。立ち上がって、アニスに歩み寄る。
 
「それでも、言います。……一緒に来て下さい」
 
「…………相変わらず、ですね」
 
 イオンの言葉に、アニスは仮面を外して放り捨てる。そして、偽悪的な笑みを浮かべて振り返った。
 
「そんなだから……わたしみたいなのに付け込まれるんですよ」
 
「! お前……!」
 
 その態度に激昂しかけるレイルを片手で制して、イオンはアニスに向かって歩いていく。………アニスが、一歩、また一歩と後退る。
 
「アニス。あなたがしている事は、罪滅ぼしでも何でもない。ただ逃げ回っているだけです。僕からも、自分の冒した罪からも」
 
「来な、いで………」
 
 偽悪の仮面は容易く壊れた。突き放そうとしたはずの存在が、何の躊躇いもなく踏み込んでくる事で。
 
「一緒に居られない? そうじゃないでしょう。一緒に居る事が怖いだけだ。罪を抱えたまま、僕たちと共に行く事を怖れたんだ」
 
 温厚なイオンらしからぬ、辛辣な言葉がアニスを打つ。そう、今、紛れもなくイオンは………怒っていた。
 
「あの時もそうだった。外郭を降ろして世界を救う……一番大切な時にあなたはいなくなった。罪を抱えても出来る事は、すぐ目の前にあったはずなのに」
 
「………………」
 
 アニスを苛んでいるのは、罪悪感。ただ許されても余計に苦しみが増す。………などという気遣いをしているわけではない。
 
「それは、今回も同じです。また逃げ出すのは……僕が許さない」
 
 何もかも一人で決めて去ってしまったアニスの勝手に、個人的に憤っている。
 
「……咎人なのは僕も同じです。許されざる罪なら、僕も一緒に背負います。今度こそ、僕らに出来る事をやりましょう」
 
 俯くアニスの手に、イオンは一本の短刀を握らせる。それは、いつかアニスが絶縁の証としてイオンに贈った物。
 
「あなたが必要なんです。一緒に……来てくれますね?」
 
「っ……ッ………!」
 
 アニスはただ、短刀を強く握り締めて、歯を軋むほどに食い縛って………涙を必死に堪えていた。
 
 
「姉さん………」
 
 遠巻きにそんな二人を見ていたティアが、徐にリグレットの方に向き直る。
 
 これまでの流れ、そしてその眼の色から、リグレットはティアの言いたい事を瞬時に理解した。
 
「姉さんも、一緒に来て下さい。……兄さんも、そう願ってくれているはずです」
 
「えぇ~~~~ッ!?」 
 
 ティアの提案にリグレットが応えるより早く、レイルが心底嫌そうな声を上げる。すぐさまその足をティアに踏まれた。
 
「今さら馴れ合う事は出来ない。……と言えば、“逃げ”だと言われるわけか」
 
 レイルを冷たく一瞥しながらも、リグレットはティアの言葉にのみ平静に応える。………が、その心中は複雑だ。
 
「(ヴァン…………)」
 
 人は未来を選べる。自身の最期にそれを信じて、レイルに託して、ヴァンは逝った。そして、ロニール雪山での戦いで、リグレットもティアに似たような事をした。
 
「……………元々、六神将も目的を同じくするだけの間柄でしかなかった。組もうと思えば、誰とだって組めないわけじゃない。………私はな」
 
 苦しい思いを強いてきたティアのため、ヴァンのため、そして自分自身のため。心中の複雑な気持ちを押し殺し、リグレットはそう言ってレイルを見た。
 
 威嚇するように唸るレイルとリグレットの間で、『気に入らないのはお互い様』という視線が火花を散らす。
 
 そんなレイルの襟足を、ティアが引っ張る。
 
「姉さんは元六神将だからこそ、貴重な情報を持ってるはずよ。それに、今まで二回も私たちを助けてくれているんだから、もう信じてもいいでしょう?」
 
 レイルの顔の前で人差し指を立て、まるで嗜めるように理詰めで言って聞かせるティア。……かなり私情も混ざっている気がしないではないが、叱られモードのレイルがそれに気付く事は無い。
 
「………………」
 
 何となく、リグレットは納得する。
 
『兄さんが好きなら……本当に好きなら……破滅に向かう兄さんを止めなきゃいけなかったのよ!!』
 
 自分とティアが別の道を歩いたのも、当然の事だった……と。
 
 自分に憧れてくれていた、妹同然の少女。似通っている部分も多く、気も合ったが、男の好みは正反対だったらしい。
 
「で、お前! そのオールドラントの大爆発(ビッグバン)ってのは、止める方法あんのか?」
 
 さっきまで情けなく躾けられていたくせに、敵意剥き出しで偉そうに詰問してくるレイルに、リグレットは肩を竦める。これのどこがいいのかわからない。
 
「私に訊くより、専門家に訊いた方がいい」
 
 ヴァンが認めた、ティアが好いた、そして自分が護らねばならない想い人の後継者に………
 
「ワイヨン鏡窟。今からそこに向かう」
 
 リグレットは陰鬱な溜め息を零すしかなかった。
 
 
 
 



[19240] 2・『一人の人間』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/19 20:21
 
 リグレットの提案に沿い、ワイヨン鏡窟という場所に向かう事を決めた一行は、今日はもう遅いからと野宿をしていた。久しぶりのアニスの手料理である。
 
「じゃあ、ルークの病気はもういいんだ?」
 
「レイルだっつーの。お前、わかってて言ってんだろ」
 
「まあ、最初は馴れないよな」
 
 焚き火を囲みながら、それぞれが会わなかった間の話を中心に盛り上がる。主に、アニスにいなかった間の話を聞かせるものとなっているが。
 
「アニスは、サーカスをしていたの?」
 
「まあ、ね。パパとママを助けてくれた縁もあって、漆黒の翼と一緒にあちこち旅してた。……それで、新生ローレライ教団の預言士(スコアラー)ってのを捕まえたんだ」
 
 一見すると、アニスのその態度は以前と何ら変わりなく、わだかまりなどは見て取れない。
 
「それは預言士ではなく、シンクの言っていた『使者』なのでしょう。目的はおそらく……レプリカ情報を抜いて『栄光の大地(エルドラント)』に持ち帰る事」
 
 ……が、さすがにそれを見抜けないほど付き合いの浅い面々ではない。
 
「あっ、わたしちょっと水汲みに行ってきますね~☆」
 
 不自然に会話を切り上げて水を汲みに行くアニスの背中が見えなくなるまで見送ってから、ガイは憂いの溜め息を零す。
 
「大分無理してるな、あれは」
 
「え、そうか? 前と変わんねーじゃん」
 
 訂正。一人気付いてない八歳児がいた。
 
「何より、僕たちに気を遣われる事が嫌なんでしょう。アニスらしいです」
 
「………はい。私たちも、以前の通りに接する事が一番だと思います」
 
 イオンがアニスの心情を正確に読み、ノエルが“アニスのために”そう提案する。
 
 そんな一同の様子を、一人離れて見ている女がいる。
 
「………………」
 
 元六神将のリグレットだ。過去に裏切りや確執があったとはいえ、大前提として『仲間』であるアニスと、ヴァンを軸とした事情が変わったとはいえ、元々敵だったリグレット。
 
 その立場は、似ているようで全く違う。
 
「みゅ……お姉さん食べないんですの? お腹痛いんですの?」
 
 心配そうに見てくる義妹の視線に気付かないフリをして、無邪気に話し掛けてくるチーグルの頭を、リグレットはくしゃりと撫でた。
 
 
 
 
 停留するアルビオールの翼に横たわるリグレットは、月より遥かに明るい光を放つ栄光の大地を見上げていた。
 
 青々と明るい今のオールドラントの夜は、夜と呼ぶには少し明る過ぎる。
 
「……何か用?」
 
「っ…………」
 
 半円に盛り上がっている翼に隠れていた気配を、リグレットは正確に見抜く。見抜かれた相手は、隠れて様子を窺っていた事と合わせて、何とも気まずく姿を現した。
 
 キムラスカ軍の赤い軍服、栗色の長い髪、海のような蒼の瞳………ティアだ。
 
「こんな所にいないで、早く休みなさい。捕まっていた間は、食事も採っていなかったのでしょう?」
 
「は、はい……僅かな水だけで……」
 
 掛けられた言葉に曖昧に応えながらも、ティアは僅かに感動すらも覚えていた。リグレットの言葉遣いが、敵対する以前……三年前の頃のように柔らかくなっていたから。
 
 二度と笑顔を交わす事はないと思っていた。死んだと思っていた。もう会えないと思っていた………魔弾のリグレット。憧れの姉さんが自分の許に帰ってきたのだと、ティアは今、ようやく強く実感している。
 
 ただ……元々の信頼関係があるからこそ、これまでの確執が生んだ傷は深くもあった。
 
『だとしたら、私は姉さんを軽蔑します』
 
『人の自由を謳っておきながら、姉さんには自分の意志が無いもの!』
 
『本当に兄さんが好きなら、姉さんは兄さんの生き方を許しちゃいけなかった!』
 
 命を懸けて、互いの生き方を否定した。何も思うところが無いわけがない。……だが、それはティアに限っての話だった。
 
「…………私はね」
 
 徐に、リグレットは語りだす。何も知らない少女だったティアとは違い、長く悩み苦しんできたリグレットには……彼女なりの気持ちの整理が着いていた。
 
「あの人を愛している。だけど、彼に初めて向けた感情は……強烈な憎悪だったわ」
 
「………え?」
 
 唐突な、しかし聞き逃せない重大な話に、ティアは形容し難い衝撃を受け、それでも傾聴に徹する。
 
「私の弟マルセルは、その死を預言されていたにも関わらず、ヴァンに見殺しにされたのよ。私が彼に近づいた最初の理由は……復讐だった」
 
「!?」
 
 ヴァンが死してなお、リグレットと敵対してなお、子供のように望んでいた二人の関係。その幻想に、現実という名の罅が入る。
 
「………それなのに、惹かれてしまった。愛してしまった。弟の仇だとわかっていたのに、どうしようもなく」
 
「……………」
 
 今、ティアはようやく理解する。
 
『信じる……愛する……無邪気にそう言えれば、良かったのにね……』
 
『もっと違う形で出逢いたかった……。ヴァンとも、あなたとも……』
 
 自分が、わかったつもりになって全否定したリグレットの想いも、苦悩も、まるで理解してなどいなかったという事に。
 
「わかったでしょう? 私は、あなたが憧れていたような完璧な軍人なんかじゃない。私情と矛盾の中で生きる……ただのちっぽけな人間」
 
 それまで、寝そべったまま新星を見上げていたリグレットが、立ち上がる。立ち上がり、自嘲するような笑みを浮かべて、初めてティアと眼を合わせた。
 
「………………」
 
 わかったつもりだった。何もわかってなかった。そして今、少しでも近付けた。そんな義姉に対してティアは………
 
「………そうですね」
 
 肯定で、返した。
 
「私も、あなたも、ただの人間に過ぎません。欠けているものがたくさんある。……でも、それでいいんだと思います」
 
 衝撃は受けた。リグレットの想いと苦悩の深さもわからない。なのにティアは、自然と彼女なりの解を口に出来ていた。
 
「私が勝手に理想化していたあなたも、ただの人間だという事がわかった。弱さも、辛さも、知った。……だからこそ、前よりもきちんと向き合えるはずです」
 
 憧れはその形を変えた親愛となって、リグレットに微笑み掛ける。その笑顔を直視出来なくなって、リグレットは顔を背けて……苦笑した。
 
「あなたは……変わったわね」
 
「そう……かも、知れません」
 
 何故か照れたように曖昧に応えるティアに、リグレットは嘆息する。ティアを変えたのは『あれ』か? そんな考えも一瞬浮かんだが、心底遺憾なので口には出さない。
 
「あなたはあなたの理想を追いなさい。そして……その先で幸せを掴みなさい」
 
「姉、さん………」
 
 二人は再び、絆を取り戻し、進み続ける。
 
 今度は師でも教え子でもない。互いに、一人の人間として。
 
 
 
 
「…………よし」
 
 身支度を整えて、私は立ち上がる。
 
 ……この三日で、本当に色んな事があった。フェレス島に乗り込んで、シンクに捕まって、二日間監禁されて、レムの塔でレイルが助けに来て、オールドラントのレプリカが創られて、アニスがイオン様の許に戻って来て……昨夜、姉さんと和解した。
 
 今まであまり落ち着かなかったけど、私には姉さんときちんと話す事の他に、しなければならない事がある。
 
「………………」
 
 私は仮眠室を出て、レイルを捜す。私がみすみす敵に捕まったせいで、皆に迷惑を掛けた。ローレライの鍵が奪われたのも、そのせい。
 
 それはガイやイオン様、ノエルやミュウも同じだし、昨日の内に謝りもしたけど、レイルは結果的に殺されかけたし……改めて謝りたい。
 
 通路を曲がってすぐにレイルの部屋を見つけて、そこに向かおうとしたところでドアが開き、レイルが出てきた。
 
「「あ…………」」
 
 目が合って、声が重なって、私はつい眼を逸らしてしまった。昨日……その……抱き締められたせいか、情報を整理して混乱が治まってから………まともに顔が見られない。
 
「お、おはよう……」
 
「お、おう……」
 
 何だかレイルの返事も歯切れが悪い。チラチラと様子を窺おうとすると、タイミングが悪く目が合ってしまって居たたまれない。
 
「(と、とにかく! 早く謝らないと……!)」
 
 時間が経てばすぐ元に戻る、今は早く謝ろう。そう思って、私はレイルに頭を下げた。
 
「ごめんなさい」
 
「え………?」
 
 頭を上げると、目を瞬かせておろおろとしているレイルの仕草が見えた(顔は見れない)。……不謹慎だけど、ちょっと可愛い。
 
「私が捕まったせいで、危険な目に遭わせたから。実際、怪我もしたし……」
 
「………ああ、いや……俺もごめん。ヴァン師匠の形見、壊されちまって……」
 
 私が謝ったら、レイルも申し訳なさそうに謝り返してきた。兄さんの形見のローレライの剣。レイルは初め、遺体一つ残さずに消えた兄さんの形見として、あの剣を私に渡そうとしていた。
 
 だけど、私は『兄さんが剣を託したのはレイルだから』と断った。その事で、私に気を遣っているらしい。………剣を失くして一番悲しいのは、レイルのはずなのに。
 
「……助け出すつもりだったんだ。六神将なんて纏めてぶっ飛ばして、剣を盗られないで、ティアにも怪我させないで。………俺、ちょっと血迷ってた」
 
 悔しそうにそう言うレイルの言葉に、私は抵抗を覚えた。確かに無謀な突入だったかも知れないけど、基を正せば私が捕まったせいだし、何より……私とレイルは立場が違う。
 
「あなたに助けられる、という状況になった事自体、私の失態よ。結果的に、敵の策謀に利用までされてしまった。……軍人失格だわ」
 
 完璧な人間なんていない。昨夜姉さんにはそう言ったけど、今回のミスは致命的。卑屈になっても仕方ないのは、わかってるけど………。
 
 ――そんな風に考え込んでいた私は、レイルの眉が僅かに歪んだ事に気付かなかった。
 
「私は白光騎士団。本来なら私があなたを護らなければいけないのに、逆に私のせいであなたが傷を負った。………情けないわ」
 
 言葉にする事で、自戒していく。レイルの力に頼らざるを得なかった半年間の旅で、認識が甘くなっていたのかも知れない。
 
 ――そんな風に考え込んでいた私は、レイルの握り拳が震えている事に気付かなかった。
 
「………………」
 
「…………レイル?」
 
 黙り込んだレイルを怪訝に思って、私は今日初めて彼の顔をまともに見る。………俯いているから前髪で表情がわからない。
 
「………ぅぜぇよ」
 
「え………?」
 
 苛立ちを噛み殺すように呟いた言葉。私は思わず訊き返す。
 
「うぜーんだよ! 軍人とか騎士とか、そういうのもううんざりなんだよ!」
 
「ッ!?」
 
 突然怒鳴り散らされて、私は思わず……怯んでしまった。その言葉に少し……………傷ついて、私も感情的になって―――
 
「……だったら、助けになんて来なかったら良かったじゃない。罠だと思わなかったの?」
 
 冷たくそう言い返してから、後悔した。
 
 私が捕まったのが発端なのに、助けに来てくれた相手にこんな事を言うなんて………。でも、後悔してももう遅い。
 
「っ………もういい!!」
 
 そう言って背中を向けるレイルの横顔に、傷ついたような表情を認めて……しかし私は声を掛けられず、見送った。
 
「………………」
 
 謝りに来たのに、どうしてこうなってしまうのだろう。明らかに、私が悪い。でも………
 
「(胸が、痛い……)」
 
 近付けた。無意識に、私はそんな風に思っていたのかも知れない。
 
 ………それは、とんだ自惚れだった。
 
 
 
 



[19240] 3・『鏡の奥で光る瞳』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/20 14:15
 
 鏡のように光を反射する神秘的な洞窟を、レイル達一行は歩いていた。ヅカヅカとわざとらしく大股で先頭を歩くのがレイル。最後尾で無言でミュウを愛で続けているのがティアである。
 
(…………チラ)
 
 と、レイルが挙動不審に振り返れば……
 
(…………キッ)
 
 と、それを敏感に察知したティアが絶対零度の視線で射抜く。レイルはビクッと怯えて慌てて前に向き直る。
 
 わざわざ一番離れた配置に陣取ってこんなやり取りを繰り返すものだから、両者の間に挟まれている皆は堪ったものではない。
 
 アルビオールの中での声は皆に聞こえていたから理由は解るものの、互いに意地を張った結果拗れに拗れたらしく、あれから二人は一度も口を利いていない。
 
 中でもご立腹なのは、ティアの義姉たるリグレットである。ティアを傷つけた、という事ももちろんそうなのだが、おどおどこそこそとしているレイルの態度そのものも気に入らない。
 
 思い切って話し掛ける事も出来ない小心者なのか、それとも小さな意地が邪魔して話し掛けられない狭量な男なのか……いずれにしても、その背中には殺意を覚える。
 
「………撃ちたい」
 
「まあまあ。……確かにちょっとうざいのは解るけど」
 
 リグレットとガイのそんな会話を聞き取って睨み付けようとしたレイルは、再びティアの視線に撃退される。育ての親も情けなくなる光景だった。
 
「……お前はあまり私を警戒していないのだな。ガイラルディア」
 
「まあ、俺も似たり寄ったりの立場だったからね。ただ、あんたの方がタイミングが悪かったってだけさ」
 
 リグレットの意外そうな言葉に、ガイは苦笑しながら応えた。元々親しかったティアや初対面のノエル、性格面でも聖者のイオンはともかく、レイルやアニスは未だにリグレットを警戒している(レイルは“嫌っている”と言った方が正しいか)。
 
「何より俺は、今度こそヴァンを信じたい。だから、あいつの片腕のあんたも信じたいんだよ」
 
「………そうか」
 
 柄にも無く素直に嬉しいと感じてしまったリグレットは、話題を変えようとしてか、唐突にここ……ワイヨン鏡窟について語りだす。
 
「レプリカを造るには、二通りの手段がある。一つはディストが開発した譜業によるもの。もう一つは、それを基にヴァンが編み出した譜術によるもの。ただ、前者の場合はレプリカ情報を抜くために特殊な薬品が要る、それが『フォニミン』。そしてフォニミンの原材料であるエンシェント鉱石を採掘出来るのがここ、ワイヨン鏡窟というわけだ」
 
 フォミクリーの発案者はジェイド。基を正せば譜術の一種だったが、それをディストが譜業に応用、改良した。そしてヴァンは……それを再び第七音譜術に応用したのだ。
 
 シンクが第七音素(セブンスフォニム)で栄光の大地(エルドラント)を創造した譜術が、まさにこれに当たる。
 
「じゃあ、このキラキラ光ってるのって全部……」
 
「そう、エンシェント鉱石だ。同時に、ここはディストのフォミクリー施設でもある」
 
 小首を傾げるアニスに、リグレットは最重要の事実を告げた。
 
「事情はわからないが、奴も既にシンクとは離別しているらしい。フェレス島以外でフォミクリー装置が残っているのは、ここかコーラル城くらいのものだ」
 
 つまり、レプリカである栄光の大地とオールドラントの危機を打開するため、専門家であるディストを捜してここに来た、というわけである。
 
 その話に、イオンが一つの明るい材料を見つける。
 
「……なら、ディストに誘拐されたジェイドもここに居るかも知れませんね。フェレス島にもレムの塔にも、彼らの姿は見えなかった」
 
 フェレス島、という単語に、レイルの肩が僅かに揺れた。ここに来る前に、アルビオールは西ホド諸島周辺の海域を飛んだが……フェレス島の存在は確認出来なかった。……やはり、栄光の大地創造の引き金として消えたのだろう。
 
 僅かに、しかし解りやすく動揺したレイルを元気づけようとしてか、すぐ後ろにいたノエルが並び、話し掛ける。
 
「………………」
 
 そんなレイルの後ろ頭を、ティアは複雑な表情で睨み付けていた。
 
 
 
 
「ふっ!」
 
 体内からクラゲの魔物を無制限に生み出す、クラゲとイソギンチャクとカニを足したような青く巨大な魔物が、レイル達の道を阻む。
 
 突然変異なのか、明らかに異形の生物。その全身に、間断なく音素の弾丸が突き刺さる。
 
「“炎の刻印よ 敵を薙ぎ払え”『フラムルージュ』」
 
「ッギャアアアア!」
 
 刻印から立ち昇る炎の尖塔が魔物を包み込み、一瞬の内に焼き尽くした。間髪入れず、リグレットは二丁譜銃をくるくると指先で踊らせ………
 
『っ!?』
 
 一瞬八発。まるで背中にも眼があるように、周囲に生き残っていたクラゲ(プルプ)を一匹残さず撃ち抜いた。
 
「は、はは……俺たちの出番はなしだな」
 
「さすがです、姉さん!」
 
 やや引きつるような笑顔でガイが賛美し、ティアが駆け寄りながら手放しで称賛した。面白くなさそうにそっぽを向くのはレイルだ。
 
「へっ、あれくらい俺一人でも何とか出来たっつーの。大体俺たちに当たったらどーすんだよ」
 
 火に油、とは正にこの事か。何か言いたげなティアに睨まれて、レイルは一人で逃げるように先を行く。
 
 随分と小さく見えるその背中を見送った後に、重々しい空気だけが残った。
 
「難儀だな……」
 
 心から率直に感想を述べたリグレットが、譜銃をホルスターに納めた。レイルを追うように奥へと向かう一行の最後尾は、やはりティアが……俯いて歩く。
 
「(何やってんだか……)」
 
 一行の中程をイオンと並んで歩くアニスは、両手を後ろ頭で組みながら心中で愚痴る。
 
 アニスの記憶にある限り、レイルとティアはしょっちゅう言い争いこそ起こしていたが、ここまで関係が拗れた事は無かった。大抵の場合、ティアが途中で折れて大人の対応をするからだ。
 
 ……が、今回はそれも無い。
 
「(てゆーかあの二人、付き合ってない………?)」
 
 漠然と、自分が離脱している間に付き合い始めたのだとばかり思っていたが、今回の喧嘩の原因を考えるとそれも怪しくなってきた。
 
「(ま、いっか)」
 
 リグレットよりティアとレイルの方が険悪になっている現状は、アニスとしても居心地が悪い。いい加減何らかのフォローを入れよう……と決意したアニスの耳に――――
 
「ぎぃぃやああぁぁあぁ!!」
 
 雑巾を裂くような中年の絶叫が届いた。レイルを筆頭に、皆はその声の許に走り、そして見つけた。
 
 広い空間に、決して大規模とは呼べないフォミクリー装置と、何より二人の男を。
 
 一人は、眼鏡も外れて、無様に鼻血を垂らして腰を抜かす……自称薔薇のディスト。
 
 そしてもう一人は、マルクトの青い軍服を身につけた長い髪の軍人。手に握った槍が何とも恐怖を煽る。
 
「ジェイ、ド………?」
 
 かつて共に旅をした仲間の一人であるジェイド。だが、レイルはその中に異常を見つけていた。
 
「やあ、皆さんお揃いですね。随分久しぶりに“顔を見る”気がしますよ」
 
 ヴァンとの戦いで光を失ったはずのジェイドの瞳に宿る色は、灰色でも赤でもなく………茶色だった。
 
 
 
 
「見えてるのか……?」
 
「ええ、はっきりと」
 
 呆然と訊ねるレイルとは対称的に、ジェイドは到って平然と応えた。ついでのように、逃げようと地を這うディストの背中を踏みつける。
 
「よくわかんねーけど、良かったな!」
 
 万病の特効薬と呼ばれるユニセロスの角粉ですら治せなかった失明が治ったのだと、素直に喜んだレイル。………の、襟首を引っ掴んで強引に退かせる手が伸びた。
 
 リグレットだ。
 
「何すん……っ!?」
 
 反射的に文句を言おうとしたレイルに構わず、リグレットはホルスターから譜銃を一丁抜き、ジェイドに向けた。突然の奇行に、思わず誰もが絶句する。
 
「………“ジェイド・カーティスか?”」
 
「はあ?」
 
 名前を強調するような問い掛けに、見ればわかるだろ、という風にレイルが呆れる。ジェイドは癖として眼鏡を直そうとして……それが無い事に気付いた。
 
「……それは、何を基準に『個』というものを判断するのか、によって変わってきますね。肉体を判断基準にするなら、別人……という事になるのでしょうが」
 
「?…?…?」
 
 リグレットの問い掛けの意味、それにジェイドが真剣に応えた意味、ジェイドの言葉の意味。それらをまるで理解出来ずに、レイルは完全に会話に取り残される。
 
 だが、それは全員に当てはまるわけではない。
 
「大佐……なら、その身体は………」
 
「ええ、レプリカです」
 
『!?』
 
 僅かに震える声で訊ねたティアに、変わらず平然としたジェイドの返答に、リグレットとディストを除いた一同が驚愕する。
 
 今度こそレイル以外も思考停止した状況で、ジェイドとリグレットだけが言葉を交わしていく。
 
「やはり大爆発(ビッグバン)か……。いずれにしろ、“味方”と思っていいんだな?」
 
「どうでしょうねぇ。“あなたの”味方かどうかは即答出来ませんよ。何故、レイル達と一緒に?」
 
 二人は互いの経緯を説明していく。リグレットはヴァンの死によって六神将と離別した事、栄光の大地の創造をきっかけにレイル達に同行すると決めた事を。ヴァンへの私情を省いた説明だったが、ジェイドは少なくとも表向きは納得したらしい。
 
 そして、ジェイド。
 
 何を血迷ったのか、失明したジェイドを誘拐したディストの手によってレプリカを造られ、そして……オリジナルの体は爆散してレプリカに全ての音素(フォニム)が流れ込んで、今に至る。
 
 おかげでジェイドは光を取り戻したが………
 
「(俺たちの知ってるジェイドは……死んじまったのか………?)」
 
 今ここにいるジェイドは何者なのか、そんな怖気を誘う疑惑を拭えず、レイルはジェイドの茶色の瞳を見続けていた。
 
 
 
 
(あとがき)
 原作では仲間とは縁遠い立場だったリグレットを如何に違和感なくパーティーに溶け込ませるか、それが目下の課題です。
 
 



[19240] 4・『“ジェイド”』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/21 18:17
 
「私の理論は、完璧だった………」
 
 薄暗いワイヨン鏡窟の中、ロープでぐるぐる巻きに拘束されたディストが、彼の不可解な所業について語りだす。
 
「“あれはヴァンのはずでした”。なのに、ヴァンなどではなかった………」
 
 ディストの独白が何を指しているのか、レイルは数秒思案して解に辿り着く。ヴァンのレプリカ……ヴァンデスデルカの事だと。
 
「姿も、能力も、記憶も、人格も、全てをオリジナルと寸分違わずに複製した! 私の理論は完璧だったはずなのに………あれではネビリム先生を蘇らせても意味がない!!」
 
 拘束されたまま、地面を蹴飛ばしてヒステリーに叫ぶディスト。そこには、例えようもない絶望が感じられる。それを冷たく見下ろして、ジェイドは呆れたように溜め息をついた。
 
「言ったはずですよ。死んだ人間は、何があろうと決して蘇らない。……まあ、ようやくそれを悟ったからこそ六神将を抜けたんでしょうが」
 
 ネビリム、という名前が持つ意味を理解出来るのは、この場には三人だけ。ジェイドとリグレット、そしてレイルだけだ。……もっとも、無関係な人間にわざわざ説明する必要はない。
 
「(死んだ人間は、決して蘇らない………)」
 
 ジェイドの言葉を反芻しながら、レイルはそれを言ったジェイド当人に眼を向ける。
 
「ひとまずここを出ましょうか。詳しい話をするにしても、もう少し落ち着いた場所の方がいいでしょう」
 
 ジェイドの言葉が真理だとするなら、今ここにいるジェイドは………やはり別人なのだろうか。
 
 
 
 
 一行を乗せたアルビオールは、北東に向けて飛ぶ。この事態についてどう対応すべきか、国の代表とも話を通しておく必要があった。ディストを捕えている関係もあり、当面の目的地はグランコクマだ。
 
「………………」
 
 アルビオール内の通路、広がるオールドラントの大地を窓から見下ろしながら、レイルとジェイドは並んで立っていた。
 
「で、話とは? まあ、大体想像はつきますが」
 
「………………」
 
 呼び出した当人であるレイルに、ジェイドは面白そうに問い掛ける。再会してから、誰もがジェイドを腫れ物のように扱い、微妙な距離を保った。今の自身の状態と合わせて考えれば、誰だって気付くというものだ。
 
 それを直接、しかもほとんど間を置かずに当人に訊こうとするあたりがレイルである。堪え性もデリカシーもない。
 
「……うだうだ考えんのうぜーから、はっきり訊くぞ。お前……俺たちと旅してたジェイドなのか?」
 
 記憶を受け継ぎ、身体は別物。ヴァンデスデルカが別人であるなら、このジェイドだって『ジェイド』とは別人なのではないのか。そんな解の見えない問いを真っ正面からぶつけられて………
 
「……あなたは、どう考えますか?」
 
 ジェイドもまた、真っ正面から見返した。
 
「死んだ人間が生き返る事はありません。ですから、その質問に応えるには、死というものの定義をはっきりさせなければいけない」
 
「死の……定義?」
 
「私を『ジェイド』と考えるなら、私は『身体が爆散しただけで死んだわけではない、新しい身体を手に入れただけだ』となります。逆に、身体の爆散を死と定義するなら、『ジェイド』は既に死んでいて、ここにいる私は偽物。という事になりますね」
 
 全く得意ではない哲学的な口上を聞かされて、レイルは腹立たしげに頭を掻き毟る。
 
「だーもうっ! ワケわかんねぇー!」
 
 死の定義、個の定義、それら全てが曖昧ではっきりしない現状は、胸のモヤモヤがひたすらに大きくなるばかりだった。ジェイドは、そんなレイルに苦笑する。
 
「正直に言うと、私自身は別にどっちでもいいんですよ。私にはジェイドとしての身体と記憶と感情がある。それだけで十分です。むしろ、目が見えるようになっただけ儲け物だと思っているくらいです」
 
「!!?」
 
 自分でさえこんなに悩んでいるのに、当人は『どっちでもいい』。あまりと言えばあまりの解を聞かされ、レイルは困惑し……そして―――
 
「………ジェイドって、スゲーな」
 
 感嘆した。
 
「そうですか?」
 
「ああ、マジでスゲーよ。俺は……かなり時間掛かったし」
 
 レイルは自分がレプリカだと知ってから、解を見つけるまでに随分と悩み苦しんだが、ジェイドは容易く解を見つけた。あまりの割り切りの良さに劣等感も湧かない。
 
 ……が、言われたジェイドは複雑そうに曖昧な笑みを浮かべる。
 
「……あなたは、まだその手を血に染める事に慣れませんか?」
 
「っ……何だよ、いきなり」
 
 急な話の転換と、あまり気乗りしない内容に怯むレイルに、ジェイドは重ねて訊ねる。
 
「盗賊や敵兵を斬った夜に震えて眠れないのは、相変わらずですか?」
 
「おまっ……知ってたのかよ!? ………あ」
 
 反射的に言ってしまってから慌てて自分の口を塞いだレイルだが、もう遅い。ジェイドは納得したようにもう窓から空を見ている。
 
「…………くそ、情けなくて悪かったな。仕方ねーじゃん、治そうと思っても治らねーんだから」
 
「…………いや、そういう性質は、あなたの数少ない美点だと思いますよ」
 
「へ……?」
 
 予想外の返しに、レイルは含まれた嫌みにも気付かずに目を丸くした。ジェイドは続ける。
 
「……私は、未だに命の重さというものを実感出来ない。自分の命に対してさえ、ね。今回の事でそれが良くわかった」
 
 さすがに呆れました。そう自分自身を嘲笑うジェイドに、レイルは掛ける言葉が見つからない。ジェイドも何か言葉を掛けて欲しいわけではなかった。
 
「……話が逸れましたね。ヴァンのレプリカは継承した記憶を自分のものだと思えなかったようですが、私には『ジェイド』としての自覚がある。違いは感覚的なものでしかありませんが、それが決定的な違いなのかも知れません」
 
「………あんたにしては、いい加減な解だな。結局自分は『ジェイド』だって事なのか?」
 
「少なくともヴァンレプリカと違って、この身体にはジェイド・カーティスの音素が宿っている。その上で、ご判断は各々にお任せします」
 
 受け入れられない場合はジェイド2号という事でよろしくお願いしますよ。などとおどけるジェイド。………わざわざ確認しなくても、これまでのやり取りでレイルは感覚的に思っていた。この男は……紛れもなくジェイドだと。
 
「………そろそろ、一息入れましょうか。夜通し操縦させるわけにもいきませんし、ノエルに着陸するよう言って来てください」
 
「命令すんな」
 
 話が終わった合図のように言ったジェイドに憎まれ口を叩きながら、レイルは操縦席に向かって歩いて行った。
 
「さて…………」
 
 “厄介払い”が済んだ事を見届けてから、ジェイドはまた口を開く。今日は説明の多い日だった。
 
「あなたも、私に訊きたい事があるのでは?」
 
「………………」
 
 丁度ジェイドの真後ろに位置するそこにある用具室の扉が開き、中から一人の少女が姿を現す。―――ティアだ。
 
「単刀直入にお願いしますよ。ノエルが着陸地点を見つけ次第、アルビオールの降下が始まりますから」
 
 既に訊きたい事があるのを前提に話を進めるジェイドに、ティアも躊躇いがちに、しかしはっきりと訊く覚悟を決めた。
 
「…………あなたが『ジェイド・カーティス』だと言うなら、大爆発(ビッグバン)現象というのは……」
 
「ええ、オリジナルがレプリカの全てを喰らい尽くす現象のようです。……私のレプリカは、造られてからすぐに仮死状態にされていたため、自我も記憶も無かった。だからあまり実感はありませんが」
 
「…………………」
 
 一番聞きたくなかった解を即答されて、ティアの顔が絶望に歪む。
 
 しかし――――
 
「おそらく、レイルなら大丈夫ですよ」
 
「え………?」
 
 すぐに、不思議そうなものへと変わった。先ほどの解と矛盾するような言葉と、レイルの心配だという事を正確に言い当てられた事の双方に。
 
 流石に悪趣味だとわかっているのか、ジェイドは焦らさずに手早く説明を続ける。
 
「大爆発現象は元々、特殊な条件と力場が無ければ発生しない、存在自体が疑問視されていた現象です。いくらディストが同位体のレプリカの開発に成功したと言っても、自然発生する事は考えにくい」
 
「………ですが、シンクの計画は………」
 
 未だに不安は消えないのか、ティアは不安要素を吐き出す。
 
「『チャネリング』と『コンタミネーション』。この二つが、ディストの考案した大爆発を成立させるための肝です」
 
 これだけでは、ティアには何の事だかさっぱりわからない。聞きに徹する。
 
「チャネリングは、同位体の同調フォンスロットを開いて精神のホットラインを繋ぐ事。これを『道』にして、オリジナルはレプリカへと正確に流れ込み、乗り移る。ディストの話によれば、『ルーク』はこれを開いていません」
 
 コンタミネーションは音素の融合現象。それはティアも知っている。理論づけて説明される事で、少しずつティアの不安も解けていく。だが、まだ疑問は残っていた。
 
「アッシュの能力が衰えていたのは?」
 
「レプリカ情報を抜かれた被験者に異常が起こるケースはままありますが、私の見解では……そもそもアッシュの能力は衰えていないと思いますよ?」
 
「………?」
 
 そもそもティアが大爆発の危惧をしたのは、再び交戦したアッシュの実力がレイルに劣っていたからだ。前提を否定されて、ティアは少し困惑する。
 
「私も最初はそれを危惧していましたが、レムの塔での話を聞いて疑問が解けました。レイルの身体と同化していた、間違いなく世界最高の響律符(キャパシティコア)……『ローレライの宝珠』です」
 
「あ………っ!」
 
 大爆発を恐れるあまりに固執していたティアの盲が、一気に晴れた。
 
「(アッシュの力が、弱ってたんじゃない……)」
 
 響律符は、身に付けている者の成長を飛躍的に高めてくれる。ましてローレライの宝珠は、ユリアが身に付けていたという伝説級の代物だ。
 
「(レイルの方が、強くなってたんだわ)」
 
 燻っていた不安が、完全に氷解した。信じられないくらいに胸が軽くなっていく。
 
「考えてみれば簡単な事でした。アッシュが弱っていただけなら、レイルがあのヴァンに勝てた説明がつきませんか………おや?」
 
 そう言いながらジェイドが振り返った時、既にティアはジェイドに背中を向けて小走りでその場を去っていた。
 
「…………………」
 
 ジェイドには、言いたい事はまだあった。だがそれは、皆がいる場で言った方がいいと思い直す。
 
「(……チャネリングを繋いでなお、完全な大爆発の成功率は、せいぜい一割程度)」
 
 仮に全人類のレプリカを造ったとしても、九割の人類は死滅する。
 
「(我ながら、本当にはた迷惑なものばかり生み出してくれた)」
 
 身体は失った。あるいは、命すらも失ったのかも知れない。それと引き換えに手にした光と力で、ジェイド・カーティスは再び戦う決意を固める。
 
 
 その頃、ティア………。
 
「(喧嘩してたの、忘れてた…………)」
 
 未だに、レイルと口を利けないままだった。
 
 
 
 
(あとがき)
 ローレライの宝珠は原作ではアクセサリ扱いですが、本作では設定通りの響律符扱いになってます。
 
 



[19240] 5・『束の間の休日』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/23 15:30
 
「…………なるほどな」
 
 マルクトの帝都・グランコクマ。その宮殿の謁見の間で、皇帝・ピオニー九世は表情の読めない顔で頷いた。
 
 新生ローレライ教団の実体、シンクが世界に広めた宣布の意味、大爆発(ビッグバン)現象の意味。ジェイドの口からそれらを聞かされて、事の深刻さを痛感しているようだった。
 
「国民は大混乱だ。奴らの言う『使者』を片っ端から捕まえちゃいるが、とにかく『預言(スコア)を詠んでくれ!』って声が大きくてな」
 
 それでも狼狽する様子は見せずに、ピオニーは肩を竦める。皇帝としてか、あるいは彼個人の器量か、いずれにしても大物だった。
 
「俺は最悪の場合、奴らの言葉通りにレプリカ情報を渡すのもやむを得ないと思っている。オールドラントが爆発するんじゃ逃げ場は無いし、ここに見事に生まれ変わったジェイドがいる」
 
「!? おい、あんた本気かよ!」
 
「俺は俺の国民を護らなければならん。………ま、それはあくまで最終手段だがな」
 
 レイルの不満そうな声を受けたピオニーは、チラリとジェイドを流し見た。ジェイドは進言する。
 
「大爆発を『転生』として受け入れたとしても、その成功率はあまりにも低い。国民を護る、とは言い難いですね」
 
 そういう事だ、とレイルに軽口を叩いてから、ピオニーは真剣な表情を作る。
 
「だが、実際どうする。惑星の爆散を止める方法があるのか?」
 
「……大爆発現象を止めるには、栄光の大地(エルドラント)の同調フォンスロットを閉じる必要があります。もっとも、これもオールドラントを救う確実な方法とは言えませんが」
 
 ジェイドはそこで言葉を止めた。何より大きな問題……栄光の大地に行く手段。
 
「……レムの塔の操作方法を知っているのはシンクだけだそうです。おそらく事前に固有音素振動数を登録した者だけに反応する仕組みなのでしょう。だから、『使者』もレムの塔の操作方法を知らないはずです」
 
 ティアが、リグレットから伝え聞いていた情報を補足する。ちなみに、リグレットはこの場には来ていない。ノエルと二人で買い出しに行っている。
 
「大爆発を逆手にとって精鋭を送り込む………駄目ですね。運に頼りすぎるし、何より無為な犠牲が多すぎる」
 
「そもそも、単なるチャネリングで宇宙空間を越えられるとは思えません。惑星が融合する瞬間まで、人間の転生も無いと思いますよ」
 
 惑星の危機にイオンが知恵を絞るが、そう簡単に良い案を思い付くはずも無い。パーティーの頭脳たるジェイドが不利な要素を挙げるばかりで打開策を口にしないのが何より不安にさせる。
 
 外郭大地降下の時は、レイルとティアという特別な人間が居たからこそ、多少強引にでもパッセージリングを操作出来た。……だが、今回は違う。レムの塔の操作方法など見当もつかない。
 
 八方塞がり。そんな空気が場を支配しそうになったその時――――
 
「畏れながら陛下、かの栄光の大地へと向かう手段なら、私に心当たりがございます」
 
 それまで黙っていたガイが、恭しく肩膝を着いてそう言った。
 
「ホントか、ガイ!?」
 
 表情をパアッと明るくするレイルの方にガイは向き直り……
 
「やっぱり、人間の未来を掴むのは預言じゃなくて人間って事さ」
 
 得意気に白い歯を光らせる。それは、彼が大好きな音機関について語りだす時の仕草に似ていた。
 
 ―――遠くシェリダンで、宇宙を越える翼が、小さくその胎動を始めていた。
 
 
 
 
 一行は再びグランコクマを飛び立つ。しかし、シェリダンへと向かう中途でアルビオールが不調を来した事により、船は修理のために一時翼を休めて海上走行せざるを得なくなった。
 
 そして行き着いた先は………銀世界ケテルブルク。
 
 
「二人部屋を四つ取りましたから、一先ず荷物を置いてきましょうか」
 
 ケテルブルクの高級ホテルで鍵を受け取ったジェイドが、各々に手渡していく。部屋割りは、レイルとガイ、ジェイドとイオン、アニスとノエル、ティアとリグレットである。
 
 レイルとティアの二人のみで始まった旅だったというのに、思えば大所帯になったものだ。
 
 別れ際にチラリ、とレイルが見て、ギラリ、とティアが睨み返す。二人の喧嘩は未だに続いている。
 
「ついでですから、温泉入って行こーよ、お・ん・せ・ん☆ 前来た時は入りそびれちゃったしさ!」
 
「………………」
 
 しかし、アニスのそんな言葉がレイルの耳に届き………
 
「っ! ………え?」
 
「みゅう!?」
 
 逃げるように去ろうとしていたレイルは、回れ右してづかづかと詰め寄り、ティアの抱えていたミュウをふんだくって今度こそ逃げ出した。
 
 レイルと共に自室に向かった男性陣がいなくなり、あとには女性陣だけが残る。
 
「はぁ………」
 
 気が抜けたようにティアはソファーに座り込み、情けない溜め息を吐いた。丸めた背中がやたらと小さく見える。
 
「…………ティアさん。何だかんだ言って気にしてるんですね」
 
「落ち込むくらいならわざわざ睨みつけて追っ払わなきゃいいのに」
 
「この子は昔から頑固だったから……」
 
 ノエル、アニス、リグレットと、好き勝手な事を言う面々をティアは見上げるが、どうにも覇気がない。
 
 大体、ティアは自分がレイルをどう思っているかなど、誰かに話した憶えは無い。リグレットにはそういう想いのある事は(弾みで)言ってしまっているが、対称の名前は知らないはず。
 
「そもそもあれのどこが良いんだ。うじうじうじうじと、いい加減こっちも我慢の限界よ」
 
 皆の邪推を肯定する事になってしまいそうで、下手に反論する事も出来ない。そんなティアの……否、この場の全員の思考を―――
 
「でも………可愛くないですか? レイルさんのああいうところ」
 
『………………』
 
 ノエルの大胆な発言が停止させた。つい言ってしまったのか、皆の視線に気付いたノエルは、『アルビオールの修理に行ってきます』と誤魔化すように逃げ出す。
 
「………………」
 
 まさに同じ事を思っていて、しかしその欠片さえも口に出せないティアは……自身に失望して沈んだ。
 
 その両脇を―――
 
「えっ?」
 
 アニスとリグレットが掴み、立たせた。元々アニスは愛想の良い性格をしているし、リグレットも……本質的には女子供には優しいお姉さんだ。すでに、いつまでも互いを警戒したままでは疲れるという結論に達していた。
 
「とりあえず、温泉行こっか?」
 
「さっきも言ったが、いい加減あれが目障りだ。話くらいは聞かせてもらうわよ」
 
 ズルズルと二人に引きずられて、ティアは一路温泉に向かう。
 
 ―――同刻
 
 全体の荷物整理のためにレイル・ガイの部屋に男性陣四人が集まっている中で、レイルは不貞腐れたように布団に潜り込んでいた。
 
「いい加減、仲直りしてもらせませんかねぇ。はっきり言って鬱陶しいんですよ、主にあなたが」
 
 全く歯に衣着せないジェイドの言葉に、レイルはぶつぶつと何やら呟いている。ミュウが聞き耳を立ててみれば………
 
「……別に、あいつと仲直りとかしなくても俺困んねーし……」
 
 などと言い訳がましい抗弁が聞こえる。そんなレイルに、ガイが肩を竦めた。
 
「おいおい、ティアの事嫌いなのか?」
 
「嫌いだよ」
 
 反射的に即答したレイルの背中が、一回り小さくなった。非常にめんどくさい性格である。
 
「……ご主人様、ティアさんと仲直りするですの。二人が喧嘩してると、ミュウも悲しいですの」
 
「お前の都合なんか知るかっつーの」
 
 膨らんだ布団の上に着地して寂しげにそう言うミュウ。いつもなら豪快にミュウを投げ飛ばす場面だが、今に限ってはそれも無い。ここ数日、ティアに無視され続けている事が大分堪えているらしい。
 
「………………」
 
 その様子をジッと観察していたイオンは、「仕方ない」と言いたげに笑顔を困らせる。そして、身振り手振りでジェイドとガイ、ついでにミュウにサインを出して、部屋から締め出す。
 
 ジェイドは知事邸に、ガイとミュウはアルビオールに向かい、部屋にはレイルとイオンだけが残される。
 
「……………?」
 
 一人残ってこちらを見てくるイオンの不可解な行動に、レイルは振り返り、身を起こした。
 
「………………」
 
 イオンは、何も言わずにレイルを見ている。まるで待っているかのように。
 
 ややあって―――
 
「俺は……声掛けようとしてんじゃんか……」
 
 レイルは、イオンの思惑通りに語りだす。イオンなら何を聞いてもからかわない、という信頼にも似た認識があるからかも知れない。
 
「ティアは意地を張っている、とは思います。だけどあなたも、何の気なしに話し掛けて有耶無耶にしようとしている。……違いますか?」
 
「っ………」
 
 心の奥底で意地を張っていた……あるいは逃げていた事を正確に突かれて、レイルは返答に詰まる。
 
「ティアも、レイルを嫌って避けているわけではありません。きちんと正面から向き合って謝れば、わかってくれますよ」
 
 嫌われているわけじゃない、とイオンの口から断言されてホッとするレイルだが、思い出したようにすぐに顔を伏せた。
 
「謝りたくねー……」
 
 予想以上の子供っぽさに、カクッとイオンのあごが下がる。そんなイオンの様子に気付かず、レイルは続ける。
 
「だって、謝ったら俺が悪いっつーか……あいつの言い分を認めるみたいで……嫌なんだ」
 
 意地を張っている、という様子とはどうも違うレイルの言葉に、イオンは数秒思案に暮れる。
 
 そして―――
 
『軍人とか騎士とか、もううんざりなんだよ!』
 
 レイルが(理不尽に)激昂した時の事を思い出して……ああ、と納得する。
 
「ならせめて、あなたが不満に思っている事を、ちゃんとティアに伝えるべきです。でなければ、いつまで経っても誤解は解けません」
 
「!? それは………」
 
 あまりにもカッコ悪い。そんな言葉を飲み込んだレイルに、イオンもこれ以上手を貸す気はない。
 
「恥を恐れて大切なものを失うか、勇気を出して本心を伝えるか、選ぶのはあなたです」
 
 敢えて大袈裟な言い回しで焚き付けるようにそう言い捨てて、イオンも部屋を出ていく。
 
「(………誤解?)」
 
 残されたレイルは、言われた言葉の意味をゆっくりと呑み込む。ティアが自分の言葉を誤解している、という事自体初めて知った。
 
「(本心伝えるって……)」
 
 レイルは、自分の密かな片想いについて誰かに話した事はない。だから、イオンの言っているのは別の意味だというのは解る。
 
 しかし、この一年ほどでそれなりに成長し、“駄々を捏ねる”事のカッコ悪さを理解したレイルにとって、改めて自分の手前勝手な本心を伝えるのはかなり恥ずかしい事だった。
 
「(恥を恐れて大切なものを失う………)」
 
 一時的なものだと思っていた。そんなに大袈裟な事じゃないと。……だが、現にティアとはもう一週間近く口を利いてない。
 
「…………………」
 
 未熟な少年は一人、頭を抱えて葛藤し続ける。
 
 
 
 
(あとがき)
 今回、一度書き上げた文章が消えてしまったので軽く脱力感でした。何だかんだとラストが迫りつつありますが、もう少し無駄話を楽しみたい作者です。
 
 



[19240] 6・『パートナー』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/25 15:50
 
「キャッホー! 温泉だぁ~~!!」
 
 誰よりも早く脱衣を済ませたアニスが、大浴場の扉越しにはしゃいでいるのが聞こえる。他にお客さんはいないみたいだから迷惑にはならないと思うけど。
 
「………………」
 
 服を脱ぎ終えてタオルを手にした私は、アニスの衣服をしまった籠を見て……少しだけトクナガを触ってみる。私は普段のイメージからあまりこういう物を持ち歩けないし、少しだけ羨ましかった。
 
「………ティア、何をしてる?」
 
「い、いえ! 何も!」
 
 そんな事をしていたら、まだ大浴場に行っていなかった姉さんに見られてしまった。姉さんとは軍人になる前からの付き合いだから、こういう嗜好も知られているのだけど、何となく恥ずかしい。だって……私ももう騎士だし、十六歳だから。
 
「可愛い物が好きなのは知ってたけど、正直“それ”はどうかと思うわよ?」
 
「…………」
 
 可愛いのに……。そんな不満を呑み込んで、私は姉さんと一緒に大浴場に入る。
 
「わぁ………!」
 
 思わず、感嘆の声が漏れた。バチカルの公爵邸にだってこんなに大きなお風呂は無い。音機関も使わずに天然でお風呂が湧いてるなんて、外郭大地は本当に凄い所だと思う。
 
「(今は外郭も魔界(クリフォト)も無いか………)」
 
 自分自身の感想に苦笑していると、湯槽から頭を半分出したアニスが、私と姉さんを上目遣いに睨んでいる事に気付く。……何?
 
「じいぃ~~………」
 
 私たちが気付いても、擬音を口にするだけで止める様子は無い。……ただでさえ同性とはいえ裸身を曝す事に抵抗があったのに、こんな風に凝視されるとは思わなかった。
 
 私は恥ずかしくなって、体の前面を隠していたタオルを何度も巻き直す。
 
「いいな~、ダブルメロン……」
 
「ダ、ダブル……」
 
「メロ、ン……?」
 
 アニスの無遠慮な発言に、私と姉さんは揃って胸を隠しながら後退る。……以前屋敷で軟禁されていた頃に、レイルが……その……私の、胸、に……対して使った、馬鹿みたいな呼称がそれだった。
 
 あの時は思い切り頬に平手打ちをお見舞いしてやったのに、何故アニスがその呼称を知っているのか……後で詳しく問い詰める必要がある。
 
「ほらほら~、何退いてんの? 女同士の裸の付き合いって大事だと思うけどなぁ~~☆」
 
「ア、アニス……?」
 
 でも今は、目の前のアニスの方が問題に思える。ジリジリと歩み寄って来るアニスの手つきが、何だかいやらしい。
 
「お互い様なんだから素直に見………」
「『セイントバブル』!」
 
 温かい水塊が膨らんで、弾けた。
 
 
 
 
「い~た~い~! もぅ、冗談通じないなぁ……」
 
「いや、すまない。多少危機感が………」
 
「……………」
 
 アニスの悪ふざけも(姉さんの譜術で)落ち着いて、私たちは三人並んで湯槽に浸かっている。示し合わせたように私が真ん中なのが居心地悪い。
 
「でも、ろてん風呂って少し落ち着きませんね。屋外であんな薄板一枚しか無いんじゃ、誰かに見られないか不安だわ」
 
「確かにな。だが、こうして雪を見ながら温泉で温まれるのは、最高の贅沢にも思える」
 
「コラコラ、ティア何話題逸らそうとしてんの? リグレットも乗せられちゃダメじゃん!」
 
 私と姉さんが純粋に初めての温泉について話していたら、アニスが不満そうに頬を膨らませた。……逸らすも何も、まだ話題らしい話題も上がっていなかったと思うのだけど。
 
「で? で? ティアってレイルと付き合ってんの?」
 
「………付き合ってないわよ。あり得ないから」
 
 何かと思えば、以前から何度も繰り返されている根も葉もない邪推。返事する声の険しさに、私は自分で驚いた。
 
「(あり得ないから……)」
 
 レイルには、ずっと口煩くお説教ばかりしてきた。彼にとって私は、うざったくて能力不足な護衛に過ぎない。……それ以前に、身分が違い過ぎる。ファブレの名を捨てたと言っても、レイルが貴族である事に変わりはない。
 
「……それに彼、軍人はうんざりなんだそうよ」
 
 大それた願いは抱いてない。白光騎士団である限り、一緒にいる事は出来ると思っていた。……だけど、それも都合の良い考えだったのかも知れない。
 
「私、軍人を辞めようかな……」
 
 兄さんの理想を一緒に叶えたいと思って、キムラスカ軍に入った。でも、世界が預言(スコア)から外れた未来に進み始めた今、私が軍人を続ける必然性は無くなった。
 
「「………………」」
 
「…………あ」
 
 いつの間にか思考の渦に沈み、愚痴のように独り言を零していた私は……呆気に取られたような二人の視線に挟まれて我に帰った。
 
 今の言葉だけを聞けば、レイルに嫌われたくないから軍人を辞める……という意味に取られても仕方ない。
 
「い、今のは! 違……っ!」
 
「へぇ~~?」
 
 もはや手遅れ。アニスがすごく意地悪そうな笑顔を私に向けてくる。姉さんは……つまらなそうな顔をしてる。
 
「私には、考え無しで器の小さい子供にしか見えないな。……あれのどこに惹かれたんだか」
 
「やっぱ顔じゃない? レイルも黙ってれば美形だしぃ~☆」
 
「だから違うわよ!」
 
 湯気に……当てられていたからだと思う。
 
「顔以外にも、良い所いっぱいあるんだから!」
 
 こんな誘導尋問に、あっさりと引っ掛かってしまったのは。
 
「「………………」」
 
 今日二度目の放心に挟まれて、私はもう顔が上げられない。……でも、あそこで黙っていたら顔に惹かれたと思われてしまう。………恐ろしい罠だわ。
 
「(恥ずかしい………)」
 
 純粋な羞恥心だけじゃない。今まで散々『好きじゃない』と言い続けた事や、ずっと軍人然として振る舞ってきた私が……という事、何より、身の程知らずなこの想いを悟られた事が恥ずかしい。
 
「「……………」」
 
 今、私の顔は赤いのか、青いのか、わからない。慰めるように肩を叩くアニスの手や、諦めたような姉さんのため息が私を一層情けない気分にさせる。
 
「あの……お願いだから………内緒にして……」
 
 恥の上塗りだとわかっているけど、私にはこう言うしかない。……誰にも言う気なんてなかったのに、どうしてこんな事に……。
 
「だったら何故、わざわざ突き放すような態度を取る。あの癇癪をまだ根に持っているのか?」
 
「………………」
 
 少し厳しい口振りで言う姉さんに、私は言い返せない。……確かに、ただ意地を張ってるのは否定出来ない……けど……
 
『軍人とか騎士とか、もううんざりなんだよ!』
 
 あんな事を言われて、今さら仲直りをする意味があるのか、わからない。レイルが私を疎んでいるなら………。
 
「……言い訳がたくさんあるってのも、大変だよねぇ……」
 
 意外に……と言ったら失礼だけど、アニスが空を見上げて語りだす。
 
「騎士だから、レイルは総長が造った歪な命だから、身分が違うから……。護る理由も、距離を取る理由も、いっぱいありすぎて頭こんがらがるもんね」
 
 私の事を言っているようで、自分に言い聞かせているようにも聞こえる。
 
「私とティアって、ちょっとだけ立場が似てるから……何となく解るんだ」
 
 アニスの言葉は殊の外重く、正確に私の心にのしかかる。私は……レイルが障気に冒され、死に直面するまで……自分の気持ちに気付きもしなかった。
 
「……理屈じゃないのよ。だけど、未来を信じると決めたのなら、後悔はしない選択をしなさい。もう、星の記憶のせいにして恨む事も出来ないのだから」
 
 どこか曖昧に言葉を濁して、でも姉さんの気持ちは痛いほどに伝わってくる。
 
「とりあえず、話だけでも聞いたげたら?」
 
「………………」
 
 嗜めるようなアニスに応えず、私はただ雪を見つめた。
 
 
 
 
「……………」
 
「……………」
 
 レイルと、ティア。偶然に……或いは互いを捜しているが故の必然として、二人は銀世界で向かい合っていた。
 
 日も暮れて子供もいない広場の真ん中。月と星と栄光の大地(エルドラント)の光を受けて輝く純白の空間で、まるで果たし合いのような面持ちで二人は立つ。
 
「……何か用?」
 
「……っ………」
 
 口火を切ったのは、結局突き放すような冷たい口振りで問うティア。レイルはそれに怯んで、しかし“話し掛けられた”。
 
『話だけでも聞いたげたら?』
 
「………………」
 
 ティアからすれば、改めてレイルに訊かなければならない話などない。
 
 ティアが六神将に捕らわれ、それでレイルを含めた皆に迷惑が掛かって、そしてレイルにうんざりされた。そこで……話が完結してしまっている。
 
 これまで聞く耳も持たず、話すらしようとしなかったのは、そんな認識が大きい。だが……今は違う。
 
「………………」
 
 他人の気持ちを慮る事に疎い自分が、気付けていないものがあるのかも知れない。アニス達の話を聞いて、そんな気持ちになっていた。
 
「っ~~~~」
 
 言いにくそうに、恥ずかしそうに、レイルは唇を引き結ぶ。躊躇いがちに何度も口を中途半端に開き、閉じ、それを繰り返して……所在なく彷徨っていた左手を下ろした。
 
「(大人気ない……)」
 
 そんなレイルを見て、ティアは自身を指してそんな感慨を覚える。ひどく子供っぽい意地を張る自分と、それを客観的に見ている自分が混在する、奇妙な感覚だった。
 
 意を決したように、レイルが勢いよく頭を下げて………
 
「ごめん……!」
 
「!」
 
 謝った。そして、枷が外れたように喋りだす。
 
「俺のわがままでムカつく事言って、ごめん」
 
「何、が……?」
 
 レイルの言葉の意味が今一つ呑み込めず、ティアは何の捻りもなく返す。“レイルが謝った”。その時点で意地が解け、自分が悪者のように思えてしまうのが不思議だ。
 
「……ティアが、軍人だから、騎士だからって言うのが、嫌だったんだ。……何か俺、ただの護衛対象みたいで……何か嫌だった」
 
 それが個人の私的感情から来るものだと、レイルは自覚している。自分の思い通りにならないから八つ当たり。そんな堪らなくカッコ悪い本心を、レイルは断腸の思いで告白した。
 
「だから……その……ごめん……」
 
 もうこれ以上恥じるものはない、とばかりに、レイルはペコリと頭を下げて謝った。
 
「……………」
 
 俯いて、羞恥に耳まで真っ赤に染めているレイルには見えない所で、ティアの頬が上気している。
 
「わ、私の方こそ……ごめんなさい……」
 
 自分が腹を立てた理由と、レイルが腹を立てた理由。それがすれ違っていた意味が、堪らなく“嬉しい”。
 
 沸騰するような頭、無茶苦茶に熱を持つ体温の中で、半ば夢現つにティアは口を開く。
 
「あなたは、私の………」
 
 理性、感情、恐怖、躊躇、期待、羞恥、欲求、様々な想いがティアの胸中でどうしようもなく渦巻いて………
 
「大切な……“パートナー”……なのに……」
 
 数瞬の葛藤の末、そんな言葉を口にしていた。この状況を借りてティアに出来る、最大限の歩み寄りだったと言える。
 
「「……………」」
 
 言った少女と、言われた少年。双方が“信じられない”というように目を見開いて互いを見つめる。
 
 ―――この五秒後、感極まったレイルがティアに抱きつき、その頬に大きな紅葉を張りつける事になった。
 
 
 
 



[19240] 7・『カウントダウン』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/26 18:13
 
「ふぅ…………」
 
 空が僅かに白み始める程度の早朝。昨晩の温泉に再び赴いて一人湯槽に浸かるティア。今日にはもうケテルブルクを発つ事だし、皆との朝食まではまだ時間がある。
 
 少し特殊な背景を持つティアも、やはり年頃の女の子らしく湯浴みは好きだ。初めての温泉も甚く気に入ったようで、これきりなのを惜しむように朝早くに一人で入りに来ていた。
 
「(アニス達にも、声を掛けるべきだったかしら………)」
 
 同室のリグレットには一応声を掛けたが、布団の中からひらひらと手を振るだけだった。
 
 とはいえ、こんなに朝早くに声を掛けるのも迷惑かも知れない。どちらにしろ遅いのだが。
 
「(いい気持ち……)」
 
 心を潤すような雪景色の中で、体の芯から温まるのはまさに極楽。こんな感動を独り占めにして良いのだろうか、などと、誰もいない浴場を見渡してティアは思う。
 
(ガラ……)
 
「っ………」
 
 この温泉でミュウを泳がせたらさぞ可愛いに違いない。そんな空想を楽しんでいたティアの耳に、扉が控え目に開かれる音が届く。
 
 ティアはその生い立ちと性格ゆえに、人見知りは激しい方だ。一糸纏わぬ今の心許ない状況で赤の他人に遭遇する事に僅か焦るティアの目に……
 
「あっ」
 
「ティアさん……?」
 
 湯煙の向こうから現れた金髪の少女、ノエルが映った。
 
 そして、微笑む。
 
「良かった。レイルさんと仲直り、したんですね……」
 
「え? ええ、そうだけど……」
 
 顔を合わせて開口一番そんな事を言ってくるノエルに、ティアは「何でわかったの?」という顔を向ける。ノエルは困ったような、それでいて楽しそうな笑顔で返す。
 
「だってここ最近、お二人ともずっと沈んでましたから。表情、全然違いますよ?」
 
 そんなに自分は分かりやすいのかと、恥じると、顔に血が上って軽くのぼせる。そんなティアの羞恥心を知ってか知らずか、ノエルはのんびりと髪や体を洗いに行ってしまった。
 
「……………」
 
 レイルと聞いて、そういえば、と連想する。ノエルは確かに気立てのいい娘だが、それにしてもノエルの……レイルへの態度は、他とは異なるように思う。
 
 身を挺して、雷撃からレイルを庇った事もあったと聞く。
 
「(レイルの事が、好きなのかしら………)」
 
 という疑問が漸く形になって、同時に感じる胸の痛みを自覚して、ティアは愕然とする。
 
「(ば、馬鹿馬鹿しい……!)」
 
 身分違いの片想いならまだしも、そこに図々しい嫉妬の念まで抱いている。ティアはその可能性に行き着いて、それを必死に否定した。
 
 ティアはこれまでにそういった経験がなく、内心で人並みに興味は持っていても、それは物語の中の出来事に過ぎなかった。……平たく言えば、初心なのである。
 
「? どうかしたんですか?」
 
「な、何でもないわ」
 
 一人でブンブンと首を振るティアの顔を不思議そうに覗き込みながら、ノエルは隣に腰掛け、湯に浸かる。
 
 はあっ、と心地好さそうにため息をついて温かさに頬を染める姿が、ティアの眼には何とも色っぽく映る。
 
「どうしてここに?」
 
「出発前にアルビオールの最終調整と試運転をしたら、油塗れになってしまって。昨夜アニスさんから温泉の事は聞いていたから、どうせならと思ったんです」
 
「っ……ごめんなさい。知らなかった」
 
 ノエルが皆の為に頑張っていた時に、自分はのんびりと温泉になど浸かっていた。その事実に、ティアは申し訳なさそうに俯いた。対して、ノエルの表情は晴れやかだ。
 
「いいんです。私はアルビオールの専属パイロットですし……私は、空でしか皆さんのお役に立てませんから……」
 
「……………」
 
 誇らしく、でも僅かに憂いを帯びた声に、ティアは思う。“皆さん”というのは、本当は……と。
 
「ノエルは………」
 
 半ば反射的に、或いは衝動的に、ティアは口を開いていた。
 
「レイルの事が、好きなの?」
 
 ついさっき否定したばかりの想いに、不安に、突き動かされて。……言ってしまった直後に、後悔する。
 
「な、何でもないの! 忘れて……!」
 
 迂濶。昨日からこういう失敗ばかりだと、自らを叱咤する。ノエルは驚いたように目を見開いた後、微笑んだ。
 
「……好きですよ。異性として」
 
「ッ……!?」
 
 誤解のしようの無い断定を受けて、ティアはあからさまに固まった。湯に浸かっているのに目に見えて白くなるティアの顔色に、ノエルは困ったように笑い、続ける。
 
「……でも、多分ティアさんとは少し違います」
 
 僅かに寂しげな声、そして何故か悟られているという事、それ以上に言葉の意味が気掛かりで、ティアはノエルの瞳を覗き込む。
 
 強くて冷静沈着な騎士であるティアを、まるで妹のように感じながら、ノエルは続ける。
 
「……イメージ出来ないんです。レイルさんの隣に立っている、自分が」
 
「隣に……立つ……?」
 
 その言葉を受けて、ティアは昨夜の自分を思い出す。護衛対象として扱われるのが嫌だというレイルの言葉に背中を押されて、ティアが思わず使った関係は……パートナーだった。
 
 自分が無意識下でレイルに抱いている印象を自覚させられて、ティアは押し黙る。
 
「憧れ、なんだと思います。ティアさんがレイルさんの隣に立っていても、悔しいとか思えないから」
 
「………………」
 
 手の届かない所にある存在。それは自分も同じだとティアは思って、しかしそれを口に出せない。
 
「私が言う事じゃないってわかってるけど……お願いしますね」
 
 ノエルの想いと自分の認識は、どこか違うような気がしたから。何より……
 
「ティアさんと一緒にいる時のレイルさんが、私は一番好きなんです」
 
 レイルが好きで、それなのに本気で応援してくれているのがわかったから。
 
「…………………………………うん」
 
 叶うとは限らない。だけど、偽る事だけは出来なかった。
 
 
 
 
 復活したアルビオールでケテルブルクを出発した俺たちは、ガイの“心当たり”ってやつを確かめるためにシェリダンにやってきた。
 
 シンクの宣布のせいで世界中大混乱だってのに、ここの連中はお構い無しに元気だ。例の心当たりが原因らしい。
 
「……ホントにあんなので栄光の大地(エルドラント)に行けんのかよ?」
 
 で、ノエルの案内に従って実物を拝みに来てみたら、もう作業は全速力で始まってた。つーか、地核振動停止装置を造ったすぐ後にはもう開発が始まってたらしい。元気なジジィ共だ。
 
「大丈夫です。い組とめ組が力を合わせれば、不可能な事なんてありません!」
 
 ノエルがグッと握り拳を作る。何でも、イエモンのじいさん達と一緒にアルビオールの製作に関わってたロケットじいさん(名前忘れた)が、より大きな目標の……宇宙到達のために始めた研究の賜物らしい。
 
「ロケット塔………」
 
 正直不安だけど、空より高い所にある栄光の大地に行くためには、もうこれに頼るしかない。
 
「地核振動停止装置に使った譜術障壁をきっかけに、一気に研究が進んでね。後四ヶ月もすれば完成するよ」
 
「四ヶ月!?」
 
 すぐ喧嘩するイエモンのじいさん達の代わりに話を聞きに来てくれたキャシー婆さんの言葉に、俺は焦る。そんなに掛かってオールドラントの爆発に間に合うのかよ!
 
「ディストの予測では、惑星の大爆発(ビッグバン)が成立するまでにおよそ半年掛かります。楽観は出来ないが、決して間に合わないわけではありませんね」
 
「そ、そっか……」
 
 直ぐ様ジェイドが入れたフォローに、俺……いや、皆はホッと肩を落とす。思ったよりは猶予があるんだな。
 
「……でも、実験を繰り返す時間は無いはずよ。今まで誰も音譜帯を越えた事が無いのだし、成功する保障も無いわ」
 
 皆の安心をぶち壊すような事を、ティアが言う。……そういやそうだ。
 
「大丈夫です。地核振動停止作戦の時だって、可能かどうか試している時間は無かった。今回も、きっと上手く行きますよ」
 
 そして、イオンが不安なんてなさそうな顔で元気づける。こいつ結構プラス思考だよな。
 
「どちらにしろ、このままただ待っていたらオールドラントは滅ぶ。シェリダンの職人の腕を信じるしかないだろう」
 
「他に方法無いもんねぇ」
 
 リグレットとアニスは、特にビビっても焦っても無い。初めからこれくらい予想してたって顔してる。
 
「はっはっは! 任せときな。全世界の運命が掛かってるんだ。必ずあんた達をあの新星とやらに送り届けてあげるよ」
 
 俺たちが騒いでたら、タマラの婆さんまで出てきた。気休めでも嬉しい。
 
「……でも、もしかしたらその後の方が大変かも知れないよ。たった十人で、新生ローレライ教団ってのと戦わなきゃならないんだからね」
 
「……………何?」
 
 ………今、何つった? たった十人?
 
「ロケットが完成しても、搭乗可能な人数は多くて十人程度なんだよ。今から設計し直してる時間は無いしね」
 
「おいおいマジかよぉ~………」
 
「おや、意外ですね。『俺一人で十分だっつーの』などとのたまうのかと思いましたが」
 
「俺だって反省くらいするってーの!」
 
 ジェイドの嫌みに、俺は怒鳴り返す。……レムの塔で俺がもうちょっと冷静だったら、こんな事にはならなかったかも知れない。……けど、結局今回も無謀気味な突撃をしなくちゃいけないみてーだ。
 
 って言うか、やっぱり慌てて騒いでんのは俺くらいだ。ティアが「少ない……」って残念そうに呟いてるくらいで。
 
「ミュウも、ミュウもご主人様と一緒にあのお星さまに行くですの! きっとお役に立つですの!」
 
「来んな、この毛玉!」
 
「みゅうぅ~~!?」
 
「ミュウをいじめないで!」
 
「ティアと仲直りした途端にこれだ。ホントレイルってば単純……」
 
「あ? 何か言ったか?」
 
「んーん♪ なーんにも☆」
 
 不安なんだか希望があるんだかよくわかんねー状況で、俺はふと気付いた。
 
「あれ? ……ガイは?」
 
 こういう時に一番騒ぎそうな音機関マニアが、いなくなってる事に。
 
 
 
 
「………………」
 
 シェリダン知事邸。今や自分の家であるその屋敷の寝室で、金髪の青年は一振りの刀を見つめる。
 
 仇の手により返され、その手に戻ってきてからはずっとこの寝室に飾られ、一度も血に塗れていなかった刀だ。
 
「父上………」
 
 それはかつて、彼の生きる指標だった。『必ずこの刀で仇を討つ』という、憎悪と殺意に塗れた、生きる目的。
 
「……俺に、力を貸してください」
 
 鞘から抜かれた宝石のような刃は、透き通るような青々とした輝きを放つ。
 
「宝刀……ガルディオス」
 
 遂に手にした青年の瞳に映るものは何か、刃に宿るものは何か、今は誰にもわからない。
 
 
 
 
(あとがき)
 原作では軽く会話イベントがあるだけのロケット塔のイベントを回収。若干うろ覚えなのが不安なところです。
 
 



[19240] 8・『預言を越えて』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/28 23:58
 
「……ホントにあんた達は、来る度来る度とんでもない話を持ち込んで来るね」
 
 シェリダンでロケットによる栄光の大地(エルドラント)突入作戦の推移を確認したレイル達は、それを各国首脳に報告すべく、一先ずダアトにやってきた。
 
 今までの経緯と今後の方針を聞いた、今や神託の盾(オラクル)首席総長であるカンタビレが、執務室の机に座りながら頭を掻く。
 
「……あんた達が来る前に、教団内で数人の預言(スコア)を詠んで確認したんだけどね」
 
「預言詠んだのかよ!?」
 
「いちいち話の腰折るんじゃないよ、相変わらずうるさい坊やだね。シンクの思い通りにさせないためにも、預言を詠めって騒ぎ立てる連中を押さえるためにも、まずはあたし達が確認しないと話にならないだろ」
 
 現在、ローレライ教団は預言を詠む事を全面的に禁止している。その教団員であるカンタビレが預言を詠んだという事実に、レイルは不満の声を上げた。
 
 必要な事だとわかっていても、感情としてはどうしても納得がいかないのだ。逆に、感情とは別問題として納得しているイオンが続きを促す。
 
「それで、結果は?」
 
「………満場一致。誰の預言を詠んでも、多少の違いこそあれ、“惑星と共に滅ぶ”って内容が出た。気に入らないが、シンクの宣布の通りに事態は進んでる。もしこんな預言を公表したら、なりふり構わず『使者』にレプリカ情報を渡すやつが溢れ返るだろうね」
 
 心底困った風に、カンタビレは眉間に皺を寄せる。二千年もの永い時が築き上げた、オールドラントの人々の預言への依存は非常に堅固だ。
 
 以前の決まりでは死に関わる預言は、詠んでも当人に告げてはいけない事になっていた。死期を悟った者は平静ではいられなくなり、“預言通りに死なないかも知れない”からだ。
 
 見殺し同然のかつての風習に倣うわけではないが、預言を詠まなければ人民の不満は募る一方、詠めば大混乱は確実、全く厄介な問題である。
 
「国民の皆の動きを抑制するのは無理だろうけど、レムの塔で使者ってのを待ち伏せてふん縛るのは?」
 
「いや、レプリカ情報を抜かれるだけでも被験者に異常が起こる可能性は十分あります。使者とやらに接触させないのが一番なのですが………」
 
 アニスが閃き、ジェイドが唸る。ただでさえ人々の預言に対する考え方を改めさせるのは困難だと言うのに、そこに惑星爆散の脅威まで迫っているのだ。治めろと言われて治められるものでもない。
 
「………………」
 
 誰一人まともな解決案を出せぬまま静まり返る中、イオンが、ローレライ教団最高指導者として口を開いた。
 
「………預言を、詠みましょう」
 
「イオン!?」
 
 まさかの発言に、レイルが驚愕して振り返る。ティアほどではないにしても、イオンも元々改革派の人間だ。それが一度禁止した預言を詠むなどという解を出した事が、レイルには信じられなかった。
 
 それを見透かしたように、イオンは笑い掛ける。
 
「むしろ、これは大きな好機だと思うんです。預言に詠まれた滅亡を、僕たちの……人間の手で回避する。誰の目にも明らかな形で、人々に新たな生き方を示す事が出来る」
 
 目に強く光を宿してそう言い切るイオンに、皆が言葉を失う。表情を曇らせたのは、ジェイドとカンタビレだ。
 
「………お前、マジで前向きだな」
 
「そうでしょうか?」
 
 とても楽観など出来る状況ではないのに、この星を救える事を前提にしてその先を見据えるイオンに、レイルは素直に感嘆した。知識を刷り込まれたレプリカとはいえ、イオンはレイルより五年も短い人生しか生きていないのに。
 
「だから、そうしたら人民は新生ローレライ教団を頼るって言ってるんだよ。話聞いてたのかい」
 
「ええ、ですから頼みの綱は神託の盾、という事になります。迅速に、穏便に、彼らの野望の芽を摘んで下さい」
 
 イオンの楽観を呆れたように指摘したカンタビレは、予想外の返しをされて眼を丸くする。カンタビレを見るイオンの眼には、『やってみせろ』という意思が強く宿っていた。
 
「……やれやれ、人使いが荒いね。今度の大将は」
 
 負けたよと言わんばかりに両手を上げるカンタビレに、イオンは「すみません」とすまなそうに笑って、レイル達に向き直った。
 
「僕はこのまま教団に残ります。栄光の大地に向かう日まで、人々の心を支えなければならない」
 
 平和の象徴とされている自分の抑止力をよく理解しているイオンならではの提案。皆が頷いてくれるのを確認して、今度はアニスの眼を覗き込む。
 
「アニスは、レイルやティアと同行し、来るべき決戦に向けて一緒に技を研いて下さい。……あの時のシンクの力、オリジナルの導師というだけのものとは思えない」
 
 考え込むようなイオンの言葉に、アニスが返事をする前に何人かが顔色を変える。
 
「……胸に矢を突き刺し、内側から衝撃を与えても平気な顔をしていました。私も、並の人間とは思えません」
 
「ただの蹴り一発がとんでもない重さだったからなぁ……。言い訳するつもりじゃないが、確かに前とは何かが違った」
 
「羽生やして飛んでたぞ、羽生やして」
 
 ティア、ガイ、レイルと、口々に自身の体験を並べる。そして、こういう時に視線が集まるのは―――
 
「…………私?」
 
 当然、元六神将のリグレット。これまで静観していたのにいきなり視線が集まって困惑したが、遅れて自覚が追い付き、喋りだす。
 
「……前にも話したが、シンクは大爆発(ビッグバン)現象の世界で初めての成功例だ。だが、当時はまだ理論を実証出来ていなかったために、奴の大爆発はコンタミネーションが不十分な形で成立した。結果としてシンクは本来の譜力の大半を失い、導師には七番目のレプリカが選ばれた」
 
 チラリと、リグレットはイオンを盗み見る。そう、シンクが本来の導師の力を持っているなら、六神将がわざわざイオンをタルタロスやバチカルで攫う理由は無かった。どころか、イオンという身代わり自体が不要であり、即座に“処分”されていても不思議では無かったのだ。
 
「私の記憶にあるシンクは、体術と譜術を組み合わせても六神将と同程度の力しか持ち合わせていなかった。……あのおかしな体の原因は、私にもわからない」
 
 元六神将のリグレットでさえ肝心な所はわからない。ジェイドが、自前の知識で補足する。
 
「素養の無い人間が第七音素(セブンスフォニム)を体内に取り込めば、肉体や精神が拒絶反応を起こして変質、崩壊を来します。レイルの言う羽……というのは、おそらくそれが原因でしょう。何か制御不能な大きな力を取り込んで、人の形が崩れているのかと」
 
「何かって、何だよ?」
 
「さあ? そこまでは」
 
 難しい話を必死に理解するレイルの質問に、ジェイドは肩を竦めて見せた。流石に、今ある情報だけでシンクの未知の力を特定するのは難しい。
 
「そもそも、セフィロトや地核に落ちたシンクとアッシュが生きてるのだっておかしいんだ。あれからまた姿を現す間に、何かあったって考えるのが自然だろ」
 
「だから、何かって何だよ?」
 
「さ、さあ………」
 
「………………」
 
 話をまとめようとしたガイも撃沈。結局、ジェイドの話から推測される、第七音素がシンクの力の鍵ではないか、という程度しかわからない。
 
「では、私もグランコクマに戻ってフォミクリーの研究を始めます。相手の手の内を知っておいて損はありませんし、対策も立てられるかも知れない」
 
 これ以上の議論は無駄と言いたげに、ジェイドが話題を戻す。つまりは、お開きという事だ。
 
「栄光の大地にはあたしも行くよ。ただ死ぬのを待つってのは性に合わないし……何より、見張りも要るだろ?」
 
 カンタビレがそう言って半眼を向けるのは、やはりリグレット。同じ神託の盾に所属していた頃から敵対してきたような二人、おまけにカンタビレは一度リグレットに殺され掛かっている。警戒されるのも当然と言えた。
 
「お前に信用されようとは思わない。私は閣下が託した願いの為に戦うだけだ」
 
「男の腰巾着で矛先コロコロ変えるようだから信用出来ないって言ってるんだよ」
 
 冷ややかな視線と視線が火花を散らす。ティアがリグレットを宥める。レイルがジェイドに、「どうにかしろ」という視線を送るが、ジェイドは特に何かしようとする気配は無い。
 
 結局、二人の視界を妨害するようにみゅーみゅー飛んでいるチーグルが一番の功労者なのかも知れない。
 
「ガイはどうすんだ? 今さらだけど、シェリダンに残らなくて良かったのか?」
 
「ロケットの開発にも金や人手が要るからな。陛下に栄光の大地突入の必要性を説いて援助を取り付けたらとんぼ返りかも知れない」
 
 怖い女二人の相手はミュウに任せ、レイルはガイとそんな言葉を交わす。シェリダンの屋敷で灰色のコートに着替えたガイは、元々の血筋もあってかすっかり貴族に見えた。
 
 キムラスカ公爵子息のレプリカ、ユリアの子孫、ローレライ教団導師とその付き人、元マルクト軍大佐、シェリダン知事、元六神将に現首席総長。
 
 考えてみれば、錚錚たる顔ぶれである。世界が混乱に陥っている今、皆が忙しくなるのも必然と言える。
 
「……じゃあ、ここで一旦お別れだな」
 
「はい、来るべき日にまたお会いしましょう。この星の未来のために」
 
 レイルとイオン、二人は握手を交わし、別れる。
 
 ジェイドはグランコクマへ、そしてレイル達はバチカルへ、星の未来を掴み取るため、それぞれがそれぞれの道に進んでいった。
 
 
 
 
(あとがき)
 おかしい。ダアト話だけで一話使ってしまいました。ペースとテンポが難しいです。
 
 イメージしにくいかも知れないので、現在の各キャラのコスチュームを。
 
レイル・ベルセルク。
ティア・原作セシルの赤い軍服。
イオン・通常服。
ジェイド・通常服。
ガイ・スマートスタイル。
アニス・リトルデビっ子。
リグレット・通常服。
ノエル・通常服。
カンタビレ・通常服。
シンク・決戦装束。
アリエッタ・決戦装束。
ラルゴ・決戦装束。
ナタリア・通常服。
アッシュ・原作エンディングのルークの衣装と髪型。
 
 となります。わざわざ書くほどのもんじゃなかったかも知れない。
 
 



[19240] 9・『お母さん』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/07/02 10:36
 
『嫌だ、助けて! おとーさん! おかーさん!』
 
 ………“これ”か。
 
『何を嫌がる。君はユリアに選ばれたのだぞ? 次代を担うローレライ教団の導師に。何故光栄に思わない』
 
 何で今頃、こんな………。
 
『うっ……えぐ……うるさいこの人でなし! おとーさんとおかーさんを返せぇえ!!』
 
 父親、母親、モース、兵隊、泣きまくってる僕………あれ、何で僕から僕が見えてんの?
 
『第七譜石は、ユリアの預言(スコア)は、この星の滅亡を詠んでいる。星の呪縛から人々を解放したければ、私と手を組まないか?』
 
 ……今度はヴァンか。流れが支離滅裂……ああ、夢か。
 
『……全部ぶち壊すんだ? いいよ、“平和の象徴イオン様”にもうんざりしてたし』
 
 面白くない事ばっかだ。どうせ夢なんだったら、もっと気の利いた展開でもいいのに………。
 
『み、う………?』
 
『み・ず! もういい加減にしてよ。帰っていい?』
 
『(ブンブン……!)』
 
『はいはい……』
 
 アリエッタ………。
 
『ND2016.ローレライ教団の導師はその身を不治の病に冒され、命を落とす』
 
『(やめろォ、俺の体を勝手に動かすな……!)』
 
『僕は一体、“誰”なんだ………』
 
『再び導師の椅子に座るのは、無理だろうな』
 
『……烈風のシンク、今日からそれが僕の名前だ』
 
「イオン様!!」
 
「…………………」
 
 何か、軽く走馬灯みたいになってた所で、耳元で叫んだ聞き慣れた声に起こされた。
 
 ……耳痛い。寝覚め最悪。
 
「……イオンじゃないって何度言わせるのさ。っていうか、勝手に寝室に入って来ないでよ」
 
「うなされてる、みたいだった、から……です」
 
 涙声で、アリエッタは怯む。……だから、勝手に部屋に入らなきゃうなされてるとか解らないだろって言ってんの。しかもまだ暗いし。
 
「…………………」
 
「………何?」
 
 寝直したいのに、アリエッタは何処か不満そうに僕を睨む。要領得ないのはいつもの事だけど、今は本気で欝陶しい。
 
「……栄光の大地(エルドラント)、出来ました……」
 
 これは……ああ、そういう事か。
 
「完成するのは、大爆発(ビッグバン)が成立した時さ。今のままじゃ、単なる模造品だ」
 
 何が言いたいのかは解るけど、こいつはロクに理解せずに口を開くから厄介だ。何回も説明しなくちゃなんないし。
 
「まだ、シンク……ですか……?」
 
「そ。解ったらさっさと出てってよ。まだこの体、ちょっと馴染んでないんだから」
 
 意識せずに人型を維持出来るようになってから、まだ大して経ってない。そのうち慣れると思うけど、今は違和感の方が先に立つ。
 
「………眠い……寒い……です」
 
「それこっちの台詞………って、何で僕の布団に潜り込んでんの? 狭いんだけど」
 
 僕の話聞いてたのか聞いてなかったのか、アリエッタは勝手に僕のベッドに上がって、布団に潜り込んだ。
 
 ……やっぱ獣臭い。アリエッタには毎日風呂に入るように言ってるけど、あのライガとかは別って事か。
 
「ねえ、あんた一応もう十七だろ? 一人で寝…………」
 
 ……僕がそう言おうとしても、もう寝てるし。これだからライガに育てられた奴は……。群れで身を寄せ合って寝るのが習慣になってる。
 
「………はぁ、もういいや」
 
 こいつの寝起きは僕より酷いし、いちいち起こすのも、僕が出ていくのも馬鹿馬鹿しい。仕方ないから、アリエッタは無視して僕はまた布団に潜った。
 
 さっきは狭いって言ったけど、このベッド、元々貴族の持ち物を複製した奴だから無駄に広いし。
 
「(無駄に広い、か……)」
 
 昔住んでた家は貧乏で、家族三人で一つのベッドに身を寄せ合って寝てた。教団の部屋は、それに比べれば広かったけど………
 
「(………感傷か。馬鹿馬鹿しい)」
 
 さっさと寝よう。オールドラントが転生を終えれば、忙しくなる。
 
 僕はこの星の……創造主なのだから。
 
 
 
 
 バチカル公爵家の中庭に、私とレイル、それに……シュザンヌ様。
 
 元々この庭の話を世話していた庭師のペールさんは、実はガルディオスの左の盾と呼ばれる騎士だという話だった。
 
 私や兄さんのフェンデ家は、右の剣と呼ばれていたらしい。……確かに、元を正せばフェンデの人間の私が、ガルディオスの仇のファブレ家の子息の騎士になったのは、皮肉な話なのかも知れない。今の私は……“ティア・グランツ”だけど。
 
 とにかく、そのペールさんはもうこの屋敷にはいない。シェリダンにあるガイの屋敷に移り、また花を育てているらしい。
 
 この屋敷の花は今、マキ達メイドの皆が育てている。負けず劣らず、綺麗だと思う。
 
「やはり、戦うのですね………」
 
「……このままほっといても、皆死んじまう。それに俺、まだ“ルーク”を連れ戻してねーし」
 
 兄さんの野望を継いだシンク、新生ローレライ教団、惑星のレプリカ、大爆発、ロケットの開発。私たちはそれらの推移の詳細を、キムラスカ王家を含めた重鎮たちに伝えた。
 
 当然インゴベルト陛下も、ファブレ公爵も、そしてシュザンヌ様も、全てを知っている。
 
「どうしても、行くのですね……生きて帰る事が出来るかどうか、解らないのでしょう……?」
 
 ……子煩悩なシュザンヌ様が、レイルが栄光の大地に向かうのを、明確に止めない。その理由は、解る。
 
「…………………」
 
 レイルは、敵であるアッシュを除けば、世界で唯一、超振動を単独で操れる人間。そして、世界を一度救った英雄……という認識を、少なくとも各国の重鎮は持っている。
 
 栄光の大地に向かう十人に、レイルが選ばれるのも当然。……もしレイルがそれを拒んでも、国王たちは“命令”するに決まってる。
 
 ………もっとも、それは無用な心配だけど。
 
「俺がローレライの鍵を奪われなかったら、こんな事にならなかったかも知れない。………それに、俺はヴァン師匠の弟子なんだ。今回の事に決着つけなきゃなんねーし……約束もした」
 
 レイルは最初から、戦うつもりだから。
 
「この星の終わりが預言に詠まれてるなら、俺が運命だって変えてみせる。ヴァン師匠との約束だ」
 
「っ…………」
 
 涙を堪えるように、シュザンヌ様は口元を押さえた。ずっと一緒にいた私でさえ、レイルは変わったと思う。シュザンヌ様が感銘を受けるのも、無理はない。
 
「成長しましたね、レイルーク。……ならば、母は止めません。でも、きっと、生きて帰って来て下さいね」
 
 気丈に、それでも心配を隠せないシュザンヌ様も、以前とは変わった気がする。………この人に、あまり心労は掛けたくない。
 
「ご安心ください、シュザンヌ様。栄光の大地には私も同行します。レイルが無茶をしないよう、しっかり見張っておきますから」
 
「んだよ、信用ねーなぁ………」
 
「日頃の行いよ」
 
 拗ねたようなレイルの顔に、シュザンヌ様の表情が少し穏やかになる。私はレイルの護衛の任を解かれていないし、ファブレ公爵から栄光の大地への突入も正式に命じられた。
 
 だから護る……いや、一緒に戦う。
 
「……本当は、あなたも危険な目には遭わせたくないのよ。ティアさん」
 
「私もレイルと同じです。兄の遺志を継ぎ、過ちを正したい。それは私の意志でもあります」
 
 『私は白光騎士団ですから』という言葉が続きそうになったけど、言ったらまたレイルが拗ねる。
 
「(……私みたいな人間を、気に掛けてくれる)」
 
 貴族にありがちな隔意が、シュザンヌ様には無い。兄さんがした事を考えれば、とっくに私は解雇になっていても不思議じゃないのに。
 
「(お母さん、か………)」
 
 私のお母さんは、私が物心着く前に亡くなってしまった。……私はこの人に母親を重ねて、憧れていたのかも知れない。
 
 レイルと私の意志を知って、シュザンヌ様は心配そうに、でも穏やかに笑った。
 
「きっと、無事に帰って来て下さい。レイルークも、あなたも、可愛い私の子供なのですから」
 
 え………………?
 
「は、母上!? 何でティアが母上の子供なんだよ!」
 
「しっかり者のお姉さんとやんちゃな弟。私の中では、ずっとそんなイメージなのだけど。……言ってなかったかしら?」
 
「聞いてねぇ!? 俺ティアの弟なんてやだ……つーか、俺の方が歳上だっつーの!」
 
「あらあら、あなたはまだ八歳でしょう? それに、いつもいつもティアさんを困らせてるのにお兄さんになんてなれませんよ」
 
「別にティアの兄貴になりてーわけでもねーの!」
 
 そんなやり取りを、どこか遠くの事のように聞きながら、私は………心が色付くような温かさに、胸を打たれていた。
 
 ふと気付けば、胸のペンダントに手を当てている自分に気付く。
 
「ありがとう、ございます………」
 
 声が揺れないように必死に堪えて、私は何とかそう言い切った。……私の顔を覗き込んだレイルが目を丸くした。……失敗、かな。
 
「ティ、ティア? まさか今の冗談真に受けてないよな? 養子になるとか言わないよな?」
 
「え? え?」
 
 私は純粋にシュザンヌ様の好意に大してお礼を言ったのだけど、レイルが妙な必死さで詰め寄って来た。
 
 ……別に本気で養子になろうなんて思ってないけど、そんなに私と姉弟になるのが嫌なのかしら?
 
「………なるとしたら、私が姉ね」
 
「!?」
 
 ちょっと悪戯心が湧いてそんな返し方をしたら、レイルは面白い顔で固まった。……昔は解りやすい人だと思ってたけど、最近はレイルの挙動が読めない事が多い。
 
「…………………」
 
 固まってしまったレイルを何だか意味深な表情で見ているシュザンヌ様に、私は目を向ける。
 
 シュザンヌ様はさっき、自分の子供たちに『ルーク』を含めなかった。以前レイルがルークを探しに旅立つと決めた時も、『ルークをよろしく』とは決して言わなかった。
 
 ………そこに込められた意味、隠された想い、今なら解る気がする。
 
「レイルーク、後で私の部屋に来て下さい。是非とも訊きたい事があります」
 
「え゛?」
 
 彼があくまでも“アッシュ”を貫くなら、連れ戻す事は出来ない、“ルーク”でなければ、連れ戻す意味も無い。
 
 
 
 
(あとがき)
 無駄イベントをもっと書きたい気はしますが、テンポが悪くなるんですよね。いっそそういう話は完結後に回して、しゃくしゃく最終決戦を書こうかとも思います。
 
 



[19240] 10・『音譜帯の彼方へ』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/07/04 16:27
 
「始祖ユリアは、きっと自らが詠んだ星の未来を覆して欲しかったのだと思います。だからこそ第七譜石を……定められた未来を隠した。絶対の未来に、人々が絶望してしまわないように」
 
 所狭しと人々の溢れ返るローレライ教団の礼拝堂で、白の法衣に身を包む導師イオンが言葉を紡ぐ。
 
「それなのに、僕らは間違えてしまった。未来の選択肢の一つに過ぎない預言(スコア)を絶対のものと定め、自らの意志で生きる事を放棄してしまった」
 
 全ての人間に詠まれる預言は破滅の未来のみ、日毎に音素乖離を起こし、異変を来す惑星。そんな状況の中で、その言葉は神の啓司に等しい。
 
「人のために在るはずの預言を成就させるために、人を犠牲にする。先代大詠師の大罪が示したその業を償い、そして星と未来を掴むため………」
 
 シンクがもたらした惑星の危機を、イオンは二千年の時が根付かせた預言への盲信を払うために利用する事を考えた。
 
「僕と、僕の仲間は戦います。ユリアの遺志を継ぎ、信じ、星の記憶に詠まれた滅亡の未来を覆してみせる。……他でもない、人の手で」
 
 無論、絶望に耐えかねてシンクの謳う新星に縋る者も決して少なくなかった。それでもイオンは謳い続けた、未来を望む希望と意志を。
 
「だから、どうか信じて下さい。僕らがこの星を救う事を、そして……人の未来は人が掴むものなのだという事を」
 
 イオンの宣布が終わり、痛いほどの静寂が礼拝堂を支配し、そして弾けた。
 
『――――――!!』
 
 今度こそ、耳が痛いほどの歓声と嘆願が礼拝堂を震わせる。ただでさえイオンは平和の象徴として崇拝されていたのに加え、外郭崩落の回避と障気の封印という偉業を為した英雄として讃えられている。
 
 存在自体が複雑な事情を持つレイルや、本来一軍人に過ぎないティアとは違う。イオンやカンタビレ、貴族として復興したガイの功績はあっという間に広まっていた。
 
 だからこそ、効果がある。
 
「………………」
 
 騙しているような後ろめたさを僅か抱いて、しかしイオンは強く優しい微笑みだけを人々に向けた。
 
 …………………
 
 所変わって、イオンの執務室。各地の教会を転々としながら宣誓を続けていたイオンは、一巡して再びダアトに戻って来ていた。
 
 流石に疲れたように机に突っ伏すイオンの横には、壁に背を預けて腕を組むカンタビレ。
 
「預言の打開がユリアの遺志、ねぇ。随分と口が回るもんだ」
 
「完全にデタラメというわけではありませんよ。誰より早く星の滅亡を知ったはずのユリアが、その運命を受け入れていたとは……僕にはどうしても思えない」
 
 明らかに聖者の皮を被っていたかつての導師と重ねて意地悪い言葉を投げ掛けたカンタビレは、その返事に居心地悪そうにそっぽを向いた。
 
 どうにも、純真な“子供”は苦手なようだ。
 
「「っ……!?」」
 
 大地が震え、二人はよろめく。惑星乖離を原因とした天変地異、最近では頻繁だ。
 
「……坊やからだよ。予定より早いけど、これ以上待てないってさ」
 
 指に挟んでピッと差し出された一枚の手紙を一瞥して、イオンは薄く、本当に薄く、しかし本心から頬笑んだ。
 
「ええ、僕も……そう思っていました」
 
 その日の内に、二人はダアトを旅立つ。向かうはシェリダン。仲間たちとの約束の場所。
 
 
 
 
 新星・栄光の大地(エルドラント)の創造から三ヶ月。予定されていた惑星の爆散まではまだ時間があるはずだが、しかしオールドラントは“壊れつつあった”。
 
 地震、嵐、大雪、音譜帯の異常変質。惑星の音素乖離による破滅が各地に現れて来ているのだ。
 
「試運転もテストも無しの一発勝負。音譜帯を越えられなきゃそのまままっ逆さまであの世行き、越えても新星に着かなきゃ宇宙を漂って餓死、着いても向こうで着陸をしくじればやっぱりあの世行き。生きて帰れる保障は無い……それでもいいんじゃな? 覚悟はいいか!?」
 
 ガイの進言を受け、自らシェリダンに赴いて全力でロケット開発に援助したファブレ公爵の尽力によって、ロケットも当初の予定より一ヶ月も早くその完成を見た。
 
 もはや様子を見る余裕も、理由も無い。そしてここに、惑星オールドラントを救うための十人の仲間が集う。
 
「どっちみち、やらなきゃオールドラントと一緒にお陀仏なんだ。……なら、覚悟を決めるしかないでしょう」
 
 灰色のコートに身を包み、その腰に宝刀を提げたホドの生き残りたる貴族……ガイ・セシル。
 
「ふむ……。覚悟も何も、私たちはただ運ばれるだけですから、あまり気合い云々は関係ない気もしますが……」
 
 茶の正装の上から赤い外套を羽織る、元マルクト軍大佐にしてフォミクリーの発案者……ジェイド・カーティス。
 
「わざわざ気が抜けるような事言うんじゃないよ。肝括らなきゃならないのが少なくとも二人いるんだからね」
 
 烏のような漆黒の教団服を着込み、その隻眼を光らせる神託の盾(オラクル)首席総長……カンタビレ・カーティス。
 
「はい! お任せ下さい! 必ず皆さんを栄光の大地まで送り届けて見せます!」
 
「……それを肩に力が入り過ぎって言うんじゃないかな?」
 
 赤い操縦服とトレードマークのゴーグルで気合いを入れるロケットのパイロット……ノエルと、その兄ギンジ。
 
「皆さんの尽力と信頼、決して無駄にはしないと誓います。ローレライとユリアに懸けて」
 
 白の法衣に身を包む、レプリカでありながら本物の役目を異なる形で継いだローレライ教団の導師……イオン。
 
「今さらローレライどうこうってのもピンと来ないけど、イオン様だけはわたしが護りますから」
 
 悪魔のような仮装で無い胸を張る、咎を背負いし導師守護役(フォンマスター・ガーディアン)……アニス・タトリン。
 
「星の記憶が誘う滅亡、人の意志が本当にそれを越えられるのかどうか……これが、あの人が信じた最後の勝負だ」
 
 茶の軍服の上から長袖の黒いコートを羽織り、その背中を一巡り羽根飾りで巡らす、亡きヴァンを想い続ける魔弾の女戦士……リグレット・グランツ。
 
「……いよいよね。兄さんの過ちとも、シンクとも、ルーク・フォン・ファブレとも、そして星の記憶とも。この戦いで……全ての決着が着くわ」
 
 少年との出会い、兄の豹変、外郭の危機、そして惑星の爆散。数奇な運命を経てこの地に立つ、赤い軍服を靡かせるユリアの末裔……ティア・グランツ。
 
 そして…………
 
「………………」
 
 造られ、傷つき、立ち向かい、託され、その戦いに決着を着けるためにここまで来た、朱の髪よりなお赤い真紅のコートを揺らすローレライの剣士……レイルーク・ミラ・アルバート。
 
「ご主人様、どうしたですの? 怖いですの?」
 
 否、十人と一匹であった。ユリアと契約を交わしたと言われる聖獣、チーグルの仔供であるミュウがいた。
 
「お前と一緒にすんな! ちょっと気分を落ち着けてただけだっつーの!」
 
「はいはい強がりはいいから、それじゃレイル、号令いってみよー!」
 
「な、何で俺が?」
 
 緊張でガチガチになっている時に投げ掛けられたアニスの突飛な提案に、レイルはあからさまに怯んだ。
 
 だが、周りは畳み掛ける。
 
「だって、もうレイルさんがリーダーみたいなものじゃないですか」
 
 ノエルが手放しで評価する。
 
「暑苦しいのは苦手なので、お任せしますよ」
 
 ジェイドが面倒臭そうに“繕って”、薄く笑う。
 
「せっかくティアの前でカッコつけさせてあげよーって言ってんだから、素直にカッコつければいいの! ガイみたいに」
 
「おい! それだと俺が寒いやつみたいじゃないか!」
 
「……え? 自覚無かったの?」
 
 こんな時でもいつもと変わらない調子の、アニスとガイ。
 
「さっさとしろ。こんな時くらい、毅然としていられないのか」
 
 この三ヶ月で……まあ……悪友程度にはなったのかも知れない、リグレット。
 
「白ける前に早くしな。おどおどしながら突っ立ってる方がよっぽどみっともないよ」
 
 既に頭から白けきっているカンタビレ。
 
「『仕切るのは俺だ』って言ってたのは、どこの誰だったかしら?」
 
 悪戯っぽく、たまらなく魅力的に笑うようになった……ティア。
 
「お願いします、レイル」
 
 三ヶ月前までと寸分違わぬ、真剣と憧憬が入り交じったような眼で頼むイオン。
 
「っ…………」
 
 師に、必要だと言われて嬉しかった。それが偽りのものだとしても。
 
 自分がレプリカだと知ってから、自らの存在意義を求め続けた。誰かに認めて欲しかった。
 
 今際の際に師に認められ、剣を託され、悲しみの中でも………救われた気がした。
 
 誰かに認められるために生きているわけじゃない。生きている事に意味など必要ない。それでも………誰かに認められる事は、嬉しい事だった。
 
 気を抜けば涙ぐんでしまいそうな眼を伏せ、気を抜けば情けない声を上げそうな口を引き結んで、レイルは息を吸い込み……殊更強く号令を掛ける。
 
「行くぞてめーら! 全部取り返しに!!」
 
『応!!』
 
 奪われた未来、奪われた可能性、そして奪われたレプリカ情報。全てに決着を着けるべく、この日……初めて人類は、音譜帯を越えた。
 
 
 
 
「………………」
 
 空を、見上げる。同じ空に見えて、全く違う空を見上げる。
 
 人も、動物も、海も、大地も、星も、全てが模造の世界の月の塔で、鮮血の青年は空を見上げる。
 
「……また、ここにいらしたのね」
 
「メリル………」
 
 その背に、金髪碧眼の少女が声を掛ける。両者の間を過ぎる風は……何処か切ない。
 
「……ヴァンが亡くなってからですわね。あなたがそうして、不透明な瞳で空を見上げるようになったのは」
 
「……別に、大した事じゃない」
 
 少女に内心を見透かされている。そんな思いがありながら、青年はそこに少女を踏み込ませないようにする。
 
 愛している。青年は少女を、少女は青年を。……だが、少女は薄々と気付いている。青年は、かつて将来を誓い合った頃の少年ではない。
 
 変わってしまった。……いや、或いは変わらないままだから、なのかも知れない。
 
 疑念も不安も全て呑み込み、振り払い、少女は冷えきった青年の体を背中から抱き締めた。
 
「………俺は……」
 
 僅かに、青年の拒絶が罅割れる。結局彼にとって、この少女への愛しさに勝る想いなど無いのかも知れない。
 
「わからなくなった。………追い掛けていたものを、見失っちまったみてぇだ」
 
 名前を、家族を、居場所を、未来を、何もかもを奪われて生きていた青年にとって、ヴァンは師であり、目標であり、同胞であり、全てだった。
 
 ヴァンの遺志と理想を継ぐ。そんな言葉を盾にして無理矢理納得づけた。その奥にあるものに、青年は気付かないフリをする。
 
 決して、気付いてはならないからだ。
 
「………“ルーク”」
 
 少女は青年の真の名を呼び、その頬を両手に包んで、振り向かせた。そのまま口付ける。
 
「っ………やめろ!」
 
 何かに怯えている。それを必死に隠すように、青年は少女を突き飛ばした。
 
「それはもう、俺の名前じゃねぇんだよ………」
 
 少女には、それが解であるような気がした。頑なな青年の心を開けない自分に、失望を禁じ得ない。
 
「…………?」
 
 ふと、空を見上げる。青々と美しい、彼女たちの本当の故郷たる星。
 
「!? アッシュ! あれを!」
 
 その青い光の中から落ちてくる、燃えるような赤い光を見つけた。……いや、あれは実際に燃えている。
 
「何だ……あれは……?」
 
 隕石なはずはない。その延長線上にはオールドラントがあるのだから。
 
「………あいつか!」
 
 半ば確信を持って、青年は苦々しく咆える。
 
 
 
 



[19240] 11・『白亜の神殿』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/07/15 15:24
 
 オールドラント、シェリダンから打ち上げられたロケットは、音譜帯を越え、宇宙を越えて、栄光の大地(エルドラント)……シェリダン付近の海に墜落。
 
 辛くも突入に成功した一行は、飛晃艇アルビオールのレプリカ情報を元に複製したアルビオール三号機によって飛んでいた。
 
 
「嘘だろ………」
 
 空を飛ぶアルビオールの窓から外を眺めて茫然と呟くのは、ガイ。その瞳の先には、見慣れぬ島がある。
 
「……あんなトコに、島なんてあったっけ?」
 
「……“ホド”ですよ。フェレス島にガイの姉上のレプリカがいたと聞きましたが、ホド自体のレプリカ情報も手に入れていたようですね」
 
「あれが……!」
 
 アニスが首を傾げ、ジェイドがあごに手を当てて唸り、ティアが目を見開いてホドを見る。
 
 ホド。それはかつて預言(スコア)によって消滅を詠まれ、マルクトによって強制されたヴァンの手によって滅亡した……ガイやヴァンの故郷。
 
「ホドでも何でも、レプリカだろ。そんな事よりジェイド、あそこが?」
 
「ええ、栄光の大地の同調フォンスロットです」
 
 そんな感傷とは全く無関係に、実用本位な問題を口にするカンタビレ。一行の目的はあくまでも、栄光の大地の同調フォンスロットを閉じ、オールドラントの大爆発(ビッグバン)を阻止する事。
 
「ホドの近くにあるあれって……レムの塔だよな。元々あった場所と全然違うし、やっぱあれもレプリカなのか?」
 
「……おそらく、惑星融合の際に使うんだろう。わざわざ同調フォンスロットに近い場所に複製しているのがその証拠だ」
 
 レイルとリグレットが着目するのは、ホドから僅か離れた浮き島にポツンと立っているレムの塔。本来キュビ半島に立っているはずのそれは、今彼らの視界にはっきりと映っている。
 
 しかし、何より眼を惹くのは島の中央に聳える、山ほどに巨大な白亜の宮殿……いや、要塞と呼ぶべきかも知れない。
 
「……アルビオールで上から行くのは、少し厳しそうですね」
 
「となると、白兵戦か。めんどくさいねぇ」
 
 当然、栄光の大地の同調フォンスロットも宮殿の下にある。予想以上に堅牢な敵の本拠地に、イオンとカンタビレが苦い顔を作った。
 
 この星にいるのは、シンク達とレプリカのみ。圧倒的に無勢な戦いを強いられる事は、初めから解ってはいたのだが……。
 
「……目的はあくまで、オールドラントの大爆発(ビッグバン)を阻止する事です。全員で固まって動く事は無いでしょう」
 
 ジェイドの眼が、カンタビレに向けられた。
 
 
 
 
「神殿の東から敵襲………。あからさまな陽動だな」
 
 厳かな彫像の建ち並ぶホド神殿内の礼拝堂で、ラルゴが神妙な顔で呟く。南西の海から飛晃艇に乗って現れた“侵入者”は、ホド島に着陸すると同時に神殿に一直線に襲撃を掛けて来たのだ。
 
「……ですが、兵たちは陽動に釣られ、東に雪崩れ込んでおりますわ」
 
「レプリカ連中にはあれで十分通用するって事を、奴らもよく解ってんだよ」
 
 その侵入者がオールドラントからの刺客であろう事は、アッシュとナタリアの目撃情報から推測が着いている。
 
「ママの仇……ですか……?」
 
 その人数がそう多くは無いであろう事も解っている。だからこそ侵入者が誰なのか、凡その見当はつく。
 
「別にいいんじゃない? どうせ大した戦力じゃないだろうし、レプリカ兵なんかに殺られたらつまんないしさ」
 
 侵入者……レイル達に思う所のあるアッシュ達とは対称的に、シンクは余裕の笑みすら浮かべて肩を竦める。今も陽動の影で、少数精鋭がホド神殿に侵入して来ているかも知れないのに、だ。
 
「オールドラント転生前の良い余興だと思えばいい。……それに、ヴァンの仇をその手で討つチャンスだろ?」
 
 意味深にシンクが眼を向けるのは、アッシュとラルゴ。元々、六神将を束ねていたのはやはりヴァンなのだ。シンクはその能力から、ヴァンの遺志を継がんとする六神将の長となったに過ぎない。
 
「………………」
 
 アッシュの翠の瞳がシンクの緑の瞳を射抜き、その奥の真意を見抜こうとする。
 
「“正々堂々”迎え討ってやればいい。今度は手加減する必要はないよ?」
 
 その眼に宿る妖しい光を、見抜く事は出来なかった。
 
 
 
 
 栄光の大地に生まれたレプリカ達は、レイルやイオンのように完成された自我を持ってはいない。
 
 大爆発の融合による記憶の混乱を防ぐためか、或いは中途半端な理性と感情を持つ事でレプリカ兵が反乱する事を恐れたのか、目の前のレプリカ達はヴァンデスデルカのように高度に造られたレプリカではなかった。
 
 以前レイル達がフェレス島で出会ったレプリカマリィベル達に近い存在だった。
 
「……切りが無いね。ここまで無謀な戦いはあたしも初めてだよ」
 
 大きく振るわれた剣閃に、レプリカ兵が四人まとめて血を噴き出し、崩れ落ちる。
 
 音素乖離を起こして消えていく遺体に一瞥もくれずに、カンタビレは疲れたように嘆息した。
 
「ざっと見ただけでも軽く大隊規模はいます。まあ、それだけ陽動が上手くいっていると前向きに考えましょう」
 
 対して、汗一つかいていないジェイドは淡々と眼前の小隊を炎に包み、炭へと変える。
 
 ホド神殿の東、通常は新生神託の盾(オラクル)の演習場として使われる荒野のど真ん中に、三人の侵入者はその身を隠そうともせずに立っていた。そこに、溢れ返らんばかりのレプリカ兵たちが雪崩込んでくる。
 
「“旋律の戒めよ 死霊使いの名の下に具現せよ”」
 
 それにまるで怯まず、臆さず、ジェイドの詠唱が響く。広大な空間を、幾重にも巡る複雑怪奇な譜陣が包み込んで………
 
「『ミスティック・ケージ』!」
 
 その内に在るものを圧し潰し、弾けた。何重というレプリカの命が、跡形もなく消えてなくなる。
 
 オリジナルの星と世界を守るという大義があるとはいえ、それは……紛れもない“虐殺”だった。
 
「何で陽動の人選が“こう”なのか、解った気がするよ。いつからそんなにお人好しになったんだい?」
 
「別に“嫌な役”を引き受けたつもりはありませんよ。私は命の価値が実感出来ない冷たい人間ですから。単純な適材適所というやつです」
 
 しれっと“嘘をつく”ジェイド……生まれ変わっても変わらず胡散臭いその男を眼だけで笑って、カンタビレはクルクルと剣を指先で弄ぶ。
 
「撃てぇえ!!」
 
 レプリカ兵の中隊がラッパ型の譜業兵器の先から、炎の弾丸を一斉に放ち、それがカンタビレ達に雨の如く降り注ぐ。
 
「『水塵渦龍奏』」
 
 構わずカンタビレは、逆手に持った剣を地に突き立てる。それを中心として、津波のような凄まじい水流を伴った竜巻が巻き起こり、炎弾の雨を易々と消し去り、返す刀で迫る剣士や槍兵を蹴散らした。
 
 そんなジェイドとカンタビレから一歩退いた位置に、スイッチを切り替えたように感情を押し殺して、イオンが立っている。
 
 元々、ジェイドの陽動の人選で選ばれたのはイオンではなく、リグレットだ。だがイオンは自分から名乗り出て、リグレットに代わって陽動の役割を請け負った。
 
『僕の能力が一番、大人数を倒すのに向いていると思いますから』
 
 平和の象徴に相応しい穏やかで優しい心とは裏腹に強い責任感と使命感を持つ少年は、護るべきもののために自らの手を汚す事を厭わない。
 
 それは、今も変わっていない。
 
「“無数の流星よ 彼の地より来たれ”」
 
 禁じられた譜が紡がれ、上空高く空間が歪む。
 
「『メテオスォーム』!!」
 
 そこから生まれた燃え盛る流星は居並ぶ軍勢に降り注ぎ、圧し潰し、焼き尽くし……蹂躙した。
 
 無作為に、無造作に、無慈悲に、“同族”の命が散り逝く地獄絵図を、イオンは不透明な瞳で見続ける。
 
 
 
 
「っ…………」
 
 剣先が肉にめり込む嫌な感触にレイルは眉を歪ませて、喉元に突き刺した剣を乱暴に引き抜く。
 
 元より生気の無いレプリカ兵の瞳から、本当の意味で光が失われる。そして淡く輝いて四散する。
 
「レイル! 迷うなよ!?」
 
「解ってる……!」
 
 レイルの苦悩を先んじて叱咤したガイに応えて、レイルは路地裏を走りだす。
 
 ただでさえ、レイルは人殺しを割り切る事が出来ない。ジェイド達が派手に陽動をしてくれているとはいえ、やはり何人ものレプリカがレイル達の行く手を阻んでいた。
 
 西の城下に広がる美しい街を抜けて、レイル達はホド神殿西門に迫る。
 
「『トゥエ レイ ズェ クロア リョ トゥエ ズェ』」
 
 第一譜歌『ナイトメア』。ティアの謡う睡魔に包まれて、門兵が六人纏めて崩れ落ちる。間髪入れず、レイルが飛び掛かる。
 
「ッ……らぁ!!」
 
 剣閃二筋、長大な西門が切り飛ばされ、そのままレイル達は神殿内に踏み込んだ。その数、四人。
 
「あの冷血女は何やってんだよ!」
 
「姉さんなら心配要らないわ。今は前に進む事だけ考えましょう!」
 
 ジェイド達の陽動に僅か遅れて敢行された、兵たちを掻い潜るような市街地戦。その中途で、一人で兵を引き付けるためにやや派手に動いたリグレットが、レイル達からはぐれてしまっていた。
 
 だが、それを捜している暇は無い。栄光の大地の同調フォンスロットを閉じ、元凶である六神将を倒すためには、この機を逃すわけにはいかないのだから。
 
『ッ!?』
 
 神殿突入から大して進んでもいない、相も変わらず純白一色の広大な廊下に、紫電が奔り、レイル達は散るように飛び退いた。
 
 驚きは、少ない。今さら不意打ち程度で動揺はしないし、これまでの旅の戦いで……何度も目にした攻撃だ。
 
「待ちかねた……です……」
 
 上空から、フレスベルグに乗ったライガが飛び降りる。そのライガに跨がるのは、白の団服に身を包んだ少女。
 
 妖獣の、アリエッタ。
 
 厳かな空気を漂わせてレイル達を睨みつけていたアリエッタだが、突如、その相貌を不快げに歪ませた。
 
「あの偽物は……ママの仇はどこ!?」
 
 まさに獣そのものの様に、怒り任せに咆える。しかし……それが別の怒りを誘った。
 
「偽物って、よく言うよね。あんた達が導師の代わりにするためにイオン様を造ったんでしょ? それを今さら偽物呼ばわりなんて、調子良過ぎだっての」
 
 イオンの導師守護役(フォンマスター・ガーディアン)たる、アニスだ。吐き捨てるように言って、アニスは背中のトクナガを巨大化させ、搭乗する。
 
「イオン様はもう第七音素(セブンスフォニム)の身体を手に入れてる。だからもう偽物は……レプリカは要らない!!」
 
「イオン様はイオン様だよ。オリジナルの導師の偽物でも、代用品でもない!」
 
 アリエッタにとっては、自分に居場所と安らぎを与えてくれたオリジナルのシンクこそが『イオン』。
 
 アニスにとっては、裏切られてなお共に罪を背負ってくれると言ってくれた優しいレプリカこそが『イオン』。
 
 互いが誰よりも大切に想う『イオン』は、しかし別の存在。二人の心が解り合う事は決して無い。
 
「アニス………」
 
「……みんな」
 
 些か以上に共感を覚えて声を掛けるティアを制して、アニスは静かに、力強く………
 
「この子の相手は、わたしがするから」
 
 宣戦布告した。
 
 
 
 
(あとがき)
 私用+最終決戦の構想練りで1週間以上空いてしまいましたが、更新再開致します。
 
 



[19240] 12・『シンクの思惑』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/07/18 07:59
 
「皆は先に行ってて……ね!」
 
 強気に過ぎる言葉を残して、アニスのトクナガが駆ける。振り上げられた両の豪腕が唸り、アリエッタが飛び退くに僅か遅れて床を盛大に打ち砕く。
 
「先にって……一人で戦るつもりかよ!?」
 
「グズグズしてたらあっという間に敵兵に囲まれちゃうでしょ! 心配しなくたって……こんな根暗に負けないっての!!」
 
 破壊力抜群の豪腕を振り回すトクナガと、俊敏な動きで爪や牙を振るうライガの攻防の中、戸惑うようなレイルを突き放してアニスは不敵に笑う。
 
「………レイル、行きましょう」
 
「っ……お前、本気かよ……!」
 
「無勢なのはむしろ私たちの方。それに……これはアニスの戦いよ」
 
 いつも通り冷静に、しかしどこからしくないティアの物言いに、レイルは言葉に詰まる。後続の敵兵の存在を考えれば、確かに誰も同調フォンスロットに辿り着けなくなる可能性も出てくる。
 
 だが、それはつまり……アニスを“見捨てる”という意識を強め、レイルにさらに強い抵抗を抱かせる。
 
 激戦を脇に置いた、僅かな硬直。
 
 上空より飛来する青き巨鳥。完全な死角から繰り出されるその爪がレイルに迫り……
 
「っと……!」
 
 ガギィッ! と耳障りな音を立てて、ガイの剣に受け止められる。
 
「ッ………!」
 
「アニスの戦いって言うなら、こいつに横槍入れさせるのも野暮ってもんだろ?」
 
 爪を力任せに弾いて、ガイはフレスベルグに相対した。首だけで振り返り、レイルとティアに向けて軽く片目を瞑って見せる。
 
「俺はこいつを倒してから追い付く。アニスなら大丈夫、負けやしないさ」
 
「早よ行けペアルック!!」
 
 余裕すら見せて笑うガイ、「いつまでやってんだボケェ!」と言わんばかりに怒鳴るアニスに見送られて………
 
「誰がペアルックよ」
 
「っ……遅れやがったら承知しねーからな!!」
 
 レイルとティアは、神殿の奥へと進む。
 
「無駄……どうせこの先には、アッシュ達がいるもん………」
 
「だったら! さっさとあんた倒して追っかけなきゃね……!」
 
 ライガの口に紫電が迸り、トクナガが両の腕を大きく広げた。そして―――
 
「『Xバスター』!」
 
「きゃあぁああぁあ!!」
 
 トクナガの放出した腹部拡散ビームが紫電すら容易く貫き、ライガとアリエッタを纏めて弾き飛ばす。地を転がるアリエッタに、アニスのトクナガが追い討ちを掛けんと迫る。
 
「ディスト製のパワーアップ版トクナガだよ。悪いけど、手加減しないかんね!」
 
「ディスト……総長……リグレット………」
 
 迫るトクナガの足音を耳にしながら、アリエッタの絶望に満ちた独白が漏れる。
 
「どうして………」
 
 怖気を誘う第一音素(ファーストフォニム)が、うつ伏せに倒れるアリエッタの周囲で渦巻き、不用意に追撃を掛けようとしていたアニスを踏み止まらせる。
 
「どうして………?」
 
 その哀しみを怒りに変えて、アリエッタは激情のままに上半身を上げ、咆える。
 
「どうしてみんなイオン様をイジメるの―――!!」
 
 突き出した人形に、第一音素が集約されて………
 
「『イービルライトォオオオオォ』!!」
 
 赤黒い闇が、放たれた。
 
 
 
 
 剣を以て迫り、譜業を以て狙い、譜術を以て詠唱を唱える。それら十数にも及ぶレプリカ兵が………
 
『ッ――――!?』
 
 距離も数も無関係であるかのように、たった二丁の譜銃によって秒殺される。
 
 完璧に近い包囲をまるで容易く無にした敵は、金の髪を後頭で束ね、羽根飾りで背を飾った黒衣の女銃士―――魔弾のリグレット。
 
「(ティア達はもう中か………)」
 
 仲間たちの動向に推測をつけながら、リグレットは傍らに聳える白亜の神殿を見上げる。
 
「(わざわざお上品に正門から乗り込んでやる必要も無いか……)」
 
 ジェイド達、レイル達、そしてリグレット。これだけ複数箇所で騒ぎを起こせば、もはやレプリカ兵の統率は完全に崩れたと見ていい。おまけに、リグレットはこれまで派手に立ち回りながら大幅に移動を続けていたのだ。
 
「………………」
 
 両手に握った譜銃を構えて、リグレットはホド神殿の巨大な壁に狙いをつける。そして、引き金を引いた。
 
(ドン! ドン! ドン! ドン!)
 
 左右交互に撃たれる音弾が、白亜の城壁を下から上へと砕いていく。穿たれた破壊の跡は、まるで人の足跡のように一定の窪みを造った。
 
 連射する事数秒、リグレットは手慣れた仕草で二丁譜銃を腰のホルスターに収め、何の躊躇いもなく跳び上がる。
 
 ほぼ垂直の壁に穿たれた銃痕のみを足掛かりにして、信じられない身の軽さで手も使わずに城壁を駆け登った。
 
「………………」
 
 一先ず兵たちの追撃を逃れたリグレットは、自分が行き着いた先の光景に戸惑い、眉を潜める。
 
 壁や天井を破壊したわけではないのだから、神殿内部に通じていない事には驚きはないが、それにしても目の前の光景は奇妙だった。
 
 象徴とも呼べる白亜の造築に変わりはないが、入り組んだ白の道や足場、尖塔が居並ぶ、まるで天空の要塞。一体何を目的としてこんな物を造ったのかわからないが、その白の道は何れも神殿の内部へと繋がっているようだ。
 
 このまま進めば、神殿に侵入出来る。しかし当然ここも無人ではない。空に、白の道に、尖塔の周りを巡るように、レプリカ兵ではなく魔物が何体も徘徊していた。
 
「単独行動とは、随分と迂闊だな」
 
 だが、それらは二次的なものに過ぎない。
 
「…………………」
 
 遠く、高く、尖塔の頂きに立つ男の、妙に耳に通る声が……リグレットに届く。リグレットにとっては、最も欲する声と瓜二つの………不愉快極まりない声。
 
 感情論を差し引いても、徘徊している魔物などより遥かに厄介な障害。その男が、尖塔の頂きからリグレットの前に伸びる白の道へと飛び降りた。
 
 ズン……ッッと重く音を響かせて、無感動な瞳でリグレットを遠く睨みつける。
 
「どうあっても我らの邪魔をするか、旧人類(オリジナル)」
 
「そういう事だ。……抜け」
 
 開戦の前に交わす言葉は短く、ヴァンのレプリカ………ヴァンデスデルカは剣を鞘から抜く。リグレットも、二丁譜銃をホルスターから抜く。
 
 互いに突き付けた武器に込められたありったけの殺意が………ぶつかる。
 
 
 
 
 走る。神殿内の広大な廊下を走り、階段を駆け登り、或いは降り、レプリカ兵を薙ぎ倒し、レイルとティアは神殿内を突き進む。
 
「……星の同調フォンスロットって、一体何処なんだろうな……」
 
「惑星に限らず、フォンスロットは音素のツボのようなものよ。近づけば、周囲の音素の動きで解るはずだわ」
 
 結局は手当たり次第に捜すしかない。敵の本拠地に乗り込んでいるのだから、上手く立ち回れないのは仕方ないのかも知れない。
 
「………………」
 
「………………」
 
 散り散りになった仲間たちの事が、気にならないわけがない。……だが、二人はその事には敢えて触れずにひたすら奥へと進む。
 
 やるべき事は変わらない。自分にそう言い聞かせるように……。
 
「このっ!」
 
 焦りからか、続く……普通に開く扉を無駄に乱暴に蹴破って進む先は、これまでと比して格段に狭い通路だった。今一つ規則性の掴めない構造の神殿だ。
 
 狭い道は囲まれにくい反面、逃げ場が無い。今のレイル達のように敵地の中枢に潜り込まなければならない状況では、非常に不味い地理だ。……と、そんな類の注意をティアから受けながら走るレイル。
 
 すると案の定―――
 
「っ………」
 
「ホントに来た!?」
 
 行く手を阻むように、進む先からレプリカ兵が殺到して来る。さらに―――
 
「後ろからもよ!」
 
「挟み撃ちかよ!?」
 
 どこに隠れていたのか……レイル達が元来た方から、狙い済ましたかのようにレプリカ兵が追い掛けて来た。
 
 ―――逃げ場は、無い。
 
「背中………」
 
 前方に向けて、レイルが剣を構える。
 
「任せるから」
 
 後方に向けて、ティアが杖とナイフを構える。
 
 背中越しに短い言葉と視線で応えて、二人は同時に地を蹴った。
 
 横は数人分程度の幅しかない狭い通路。剣を優に勝る長槍が、通路を埋める槍衾となってレイルの眼前に迫る。
 
 長い、届かない。しかし………
 
「遅えっ!!」
 
 一閃。まるで小枝のように容易く槍衾が斬り砕かれる。剣を返す動作の間に、レイルは払うような拳を混ぜて………
 
「『魔王絶炎煌』」
 
 裏拳と斬撃。炎を帯びた二連撃が前方のレプリカ兵を纏めて焼き尽くした。だが、まだまだ目前の敵は残っている。味方の体が光の粉になって散りゆく様に目もくれずにレイルに刃を向けてくる。
 
 後方も、また同じ。
 
 近接戦闘に向かない音律士(クルーナー)というクラスに変わりはないが、今のティアは騎士としてかなり完成されている。
 
「『ノクターナルライト』!!」
 
 左手から投げ放たれた音素を帯びたナイフが、的確にレプリカ兵を貫く。崩れ落ちる彼らに構わず……否、飛散途中の彼らを“盾”にしてティアに斬り掛かる。
 
 それも……届かない。
 
「『バニシングソロゥ』」
 
 ティアの杖先から譜力が爆発して、数人のレプリカ兵の骨を砕いて吹き飛ばした。
 
 レイルからは見えない、ティアからは見えない……兵達の奥に構えていた譜業兵たちが、一斉にラッパを吹き鳴らして火球を撃ちだした。
 
 その火球は山なりに弧を描いて、レイルとティアの頭上に降り注ぐ。予想外の攻撃に、二人は騒がず、慌てず、大きく後ろに跳び退いた。
 
 ドッ、と二人の背中がぶつかる。火球が迫る中で、レイルの耳にはティア譜歌が心地よく響いていた。
 
「『クロア リョ ズェ トゥエ リョ レイ ネゥ リョ ズェ』」
 
 第二譜歌『フォースフィールド』。鉄壁を誇る譜術障壁が、ティアとレイルの二人だけを覆い、護る。
 
 障壁の外が炎幕に覆われ、二人と斬り結んでいたレプリカ兵までもが焼け朽ちる。
 
「(仲間を………)」
 
 自分と同じレプリカの……感情の欠片も感じられない非道に、レイルは思わず目を背けた。
 
 そして障壁が消える、その寸前――――
 
「「―――――!?」」
 
 二人の足下で、見た事も無い紋様の譜陣が起動する。ティアではない、もちろんレイルでもない。
 
 敵の、罠(トラップ)。
 
 驚愕の声すら上げる暇も無く、二人は白光の柱に呑み込まれた。
 
 一瞬二人は死を覚悟して、しかし…………
 
「…………え?」
 
「うぇッッ!?」
 
 二人は、何事も無かったかのようにそこに立っていた。呆けたように二人、互いを見回す。
 
『おおおおお!!』
 
「「!?」」
 
 だが今は、自分たちの異変に気を回している暇は無い。二人は思考を切り換えて戦闘態勢に入り、同士討ちで数を減らしたレプリカ兵らを孅滅した。
 
 …………………
 
「……何か、なってるか?」
 
「いいえ。良く考えれば、強力な譜力の込められた陣なら、発動前に私が気付けてると思う。………だけど、何の譜術だったのかしら………」
 
 場所を移して、レイルとティアは互いに自分の体に異変が無いかを確認し合うが………結局譜陣の効力はわからないままだった。
 
 
 
 
「アッシュ!」
 
「い、今のは………」
 
 同刻。ホド神殿の何処かで、一人の青年が膝を着く。その顔に浮かぶのは、得体の知れない感覚に対する困惑と、僅かな恐怖。しかしそれは数秒を経て激しい怒りに取って代わった。
 
「シンク……あの野郎………!!」
 
 何処かで、一人の少年が薄く笑った。
 
 
 
 
(あとがき)
 いつも本作を読んで下さる皆様、ありがとうございます。
 
 



[19240] 13・『揺れる鮮血』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/07/18 16:23
 
「はあっ……はあっ……はあっ……」
 
 絶叫と共に解き放たれた赤黒い闇の直撃を受けて、白亜の大壁が轟音を響かせて崩れ落ちる。爆煙と瓦礫に支配された空間で、アリエッタは涙目で荒い呼吸を繰り返していた。
 
「アニス…………?」
 
 応えるはずの無い問い掛けを投げて、アリエッタは人形を握る手をだらりと下げる。
 
「(何……これ……?)」
 
 不思議な、感覚だった。未だ耳に煩く轟音が鳴り響いているのに、何故か“静か”だと思わされる。―――怖いほどに。
 
「アニス! 隠れてないで―――」
 
 半ば確信を持った糾弾を先取るように………
 
「言われなくても出て来てやるよ!!」
 
「っ!?」
 
 爆煙を裂いて、アニスを駆るトクナガが飛び出した。目前に迫る豪腕に、アリエッタは悲鳴すら上げられない。―――だが、アリエッタ以上にこの逆撃を予測していた存在が……二匹。
 
「きゃ……っ!」
 
 Xバスターによって弾き飛ばされていたライガが、体当たりするようにアリエッタを危地から救う。
 
「邪魔ぁ!!」
 
 上空を旋回していたフレスベルグが、トクナガの右腕を掴み止め……左腕に殴り飛ばされる。
 
 そして――――
 
「『裂空斬』!」
 
 アニス同様にイービルライトの余波に巻き込まれていたガイが、爆煙を越えるように抜けた。
 
 体を丸めた前宙の様な動きから繰り出される、前体重と遠心力と落下の力までも味方につけた渾身の斬撃が………
 
「ギィイイイィィイイ――――――!!」
 
 一閃。アニスに殴り飛ばされたフレスベルグの体を、追い打つように両断した。
 
「―――――――」
 
 その光景を、アリエッタは見ていた。これまで、家族同然に生きてきた大切な存在。その姿が、血飛沫を噴き上げて無惨に二つに分かれて、力を失って地に墜ちる。
 
「フレスゥゥゥゥウウゥウウゥーーーー!!」
 
 地に墜ちてなおバタバタと暴れる“フレスベルグの上半身”にアリエッタが駆け寄る頃には……既にフレスベルグは事切れていた。
 
 ただ、既に生気を失った肉体が名残のように痙攣しているだけ。やがてそれすら止んで………完全に動かなくなる。
 
「許……さない……」
 
 フレスベルグの頭を抱えたまま、呪うような憎悪を漏らすアリエッタの瞳から、止めどなく流れる………涙。
 
「絶対許さない!! 皆……皆……殺してやるぅ!!」
 
「………ガイ、もういいから先行って」
 
 泣きじゃくりながら怒りに燃えるアリエッタを、アニスは感情の読めない瞳で見つめる。意識はアリエッタに向けたまま、軽くガイに先を促した。
 
「………いいんだな?」
 
 ガイは、レイルのように食い下がりはしない。この奥に控える六神将は、ナタリアやヴァンデスデルカを数えれば五人。危険なのはむしろ、先行させたレイル達なのだ。
 
「あいつの全部、わたしが受けて立つから」
 
 ライガの女王の仇は、イオン。フレスベルグの仇は、ガイ。だがアニスは、それらも全て自分が受け止めるつもりでいる。
 
 ガイは………止めなかった。敢えて一切の言葉を掛けず、レイル達の後を追う。
 
 その背中を見送りもせずに立ちはだかるアニスと、復讐に逸るアリエッタの、再びの対峙。
 
「どうして……どうしてこんな酷い事するの!!?」
 
「……自分たちがやってる事棚に上げて、被害者面して勝手な事言わないで。……あんただって、今まで何人も何人も殺して来たでしょ?」
 
「うるさい! アニスの馬鹿! 死んじゃえ!!」
 
 半狂乱に喚き散らすアリエッタを、アニスの冷たい視線が射抜く。アリエッタの悲しみが解らないほど、アニスは無情では無い。
 
 それでも今のアリエッタの姿は………アニスにとって許せないものだった。
 
「……理屈で割り切れるもんじゃないって、解ってるつもりだよ。だから……許せないなら掛かって来なよ」
 
 だが、両親を人質同然に扱われてきたアニスには、説教が無意味な事も解っている。
 
「その代わり、こっちも殺すつもりで戦るからね。死んだら……恨んでいいよ」
 
「アリエッタは死なない!! イオン様と一緒に、ずっとこの星で暮らすの!!」
 
 アリエッタの怒りを一身に受け止めて……その命を断つ。それがアニスの解だった。
 
 
 
 
「“大地の咆哮 其は怒れる地龍の爪牙”『グランドダッシャー』!」
 
 ジェイドが地に叩きつけた掌を起点に、凄まじい地割れが衝撃と共に大地を走り、前方の敵を一掃する。その先にあるのは……ホド神殿東門。
 
「さて、どうしましょうか?」
 
 僅かに考え込むようにそう言いながら、ジェイドは手にした槍を無造作に振るって敵兵の体を貫く。
 
 陽動目的で東門に攻勢を掛けたジェイド、イオン、カンタビレの三人だったが、大隊規模のレプリカ兵を薙ぎ払い、突破して、東門に辿り着いていた。
 
「……レイル達は、何とか中に潜り込めたようですね」
 
 本来は敵を引き付ける事が目的ではあったが、どうやら敵もそろそろ“神殿内の”侵入者の存在に気付いているようだ。
 
「だからって、あたしらまで突入してこいつらを中に引き入れるわけにもいかないからねぇ」
 
 顔についた返り血を手の甲で拭いながら、カンタビレが自他に厳しく告げる。
 
「となると、今度はこっちが“門番”ですか。……やれやれ」
 
 包囲網を突破して東門に着いたとはいえ、突破しただけで孅滅したわけではない。次から次へと湧いてくる、いくら倒しても一向に減った気がしない“軍勢”を前に……三人とも表情には出さずに焦っていた。
 
 レイル達だけで六神将と戦うという現状、この状況では目的を遂げた後に自分たちに逃げ場はないという事実、そして……この数の敵を相手に自分たちが力尽きて最期を迎えるという思い描きたくない未来。
 
 ただただ、不安ばかりが募っていく。それでも………
 
「やるしかありません」
 
「老体には堪えますねぇ」
 
「その体、新品だろ。泣き言言わずにキリキリ働きな」
 
 杖を、槍を、剣を手にレプリカの軍勢の前に立ちはだかる三人。その、遥か頭上で……………
 
「? これは………」
 
 ―――鉄の翼が、風を切る。
 
【皆さん! 爆炎に備えて下さい!!】
 
 拡声器越しに、聞き慣れた声の懸命叫びが三人の耳へと届く。
 
「アルビオール!?」
 
「あの小娘、一体何を………」
 
 天空から一直線に突っ込んでくる飛晃艇アルビオールの姿を見上げるイオンとカンタビレ。ジェイドは………既に動いていた。
 
 風の譜術が、前方に広がる敵軍勢を散らすように吹き飛ばす。数瞬遅れて、カンタビレの『水塵渦龍奏』が水の竜巻で彼女ら三人を包み込んだ。
 
 そんなジェイドらの対応を待たずに、アルビオールは上空から大地に向けて加速を続けていた。
 
「ッ…………」
 
 その鉄の翼を操る少女は、震える手で操縦桿を握り締めている。その肩の上で、小動物が懸命に恐怖と戦い、必死に口をつぐんでいた。
 
「(さよなら………)」
 
 フォミクリーで造られた複製だろうと、実際に乗ったのはほんの僅かな間だろうと、少女はその死に胸を傷める。
 
「(アルビオール………!)」
 
(―――――――!!!)
 
 鉄の翼は空を駆け、その速度を増し………大地に墜落した。
 
 ジェイド達の前方。白亜の神殿に繋がる大階段に墜落した大型音機関は爆炎を撒き散らし、今なお火の海を広げる巨大な炎幕となってそこに燻る。
 
「………さて。後顧の憂いは無くなった事ですし、これで私たちも心置きなく中に入れますね」
 
「まったく、最近のガキは皆ああいう無茶をすんのかい?」
 
「でも、その無茶のおかげで活路が拓けた事も事実です」
 
 上空。パタパタと耳を羽ばたかせるミュウの両足に掴まって滑空してくるノエルを見上げて、三人はそれぞれ種類の違う笑顔を浮かべていた。
 
 
 
 
 アニスとガイを残し、途中で幾人もの敵兵を薙ぎ払って、レイルとティアは神殿内を奥へ奥へと突き進んだ。
 
 そして、辿り着いた一つの大扉の先に……彼らは立っていた。
 
「………………」
 
 キムラスカ王家のそれとは異なる髪と瞳を持つ王女……ナタリア。
 
 全身を鈍色の鎧に包んだ、鬣のような黒髪の大男………黒獅子ラルゴ。
 
 血の様に紅い髪を靡かせるレイルのオリジナル……鮮血のアッシュ。
 
 大きな彫像の居並ぶ、広大な礼拝堂のようなその空間で……彼ら三人はレイル達を待ち構えていた。――――当然、敵として。
 
 レイルとティアは、そんなアッシュらに一定の距離を取った所まで歩み寄り、向かい合う。
 
「まさか惑星の外まで追い掛けてくるとは思わなかったぜ。随分と執念深いじゃねぇか」
 
「人間はしぶといんだよ。星に滅亡を詠まれても、生き残れるくらいにな」
 
 第一声から皮肉を交わし合う、完全同位体の二人。皮肉に込められた互いの主張が、必要以上の言葉の応酬を先立って止めている。
 
 惑星の未来を取り戻す。あまりに大きなその第一目標を持ちながら、やはりレイルは続ける。おそらくこれが……最後の機会だからだ。
 
「お前をバチカルの屋敷に連れて行く。あそこは………元々お前の居場所だろ」
 
 しかし、当然………
 
「今は違う。てめぇだって知ってるはずだ。あいつらは、預言(スコア)を守るってだけの理由で俺を切り捨てるつもりだった。俺はもう……『ルーク』じゃねぇんだよ」
 
 アッシュは、それを拒絶する。
 
「でも今は違う! 父上も母上も、人間の意思で未来を作る事を選んだ。お前にもう一度会って謝りたいって言ってんだよ!」
 
「ふざけんな! 預言が覆ったように見えた途端に掌返すだ? そんな都合のいい話があるか!!」
 
 怒鳴り合う二人を脇に置いて、ティアはナタリアに目を向けた。預言の成就のために王家に切り捨てられたのは、ナタリアも同じだ。
 
 アッシュのように感情を吐き出しているわけではなく、ただ澄んだ瞳でアッシュを見守っているナタリアの胸中を、ティアは察する事は出来ない。
 
 しばらく続けて、険悪な口喧嘩が平行線を辿っていると悟ったのか、レイルは諦めたように剣の柄に手を掛ける。
 
「だーもう! 俺とお前がここで話しても埒明かねーや。ボコボコにしてバチカルの屋敷に引きずってってやる!」
 
「…………やってみろ」
 
 ある意味、アッシュを前にしても不思議なくらいいつも通りなレイルとは対称的に、アッシュの雰囲気が急激に変わる。
 
 怒りではない、憎しみでもない。何処か達観したような色がその瞳に揺れる。
 
「もうお前が何者だろうと関係ねぇ。俺たちの理想を邪魔するなら、誰だろうと叩っ斬るだけだ」
 
 その言葉の意味を呑み込む前に、レイルは一つの物に目を奪われた。それはアッシュが背中に回した手に握られた、一振りの剣…………に見える物。
 
「(何だよ、あれ……?)」
 
 鮮血のように紅い、奇怪な形状の刃を持つその剣は……まるで生き物のように蠢いていた。
 
 
 
 
(あとがき)
 我ながら細い展開が連続してる気がしないではないですが、ラストステージだからいっか、と割り切ってます。
 
 



[19240] 14・『踊る焔光』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/07/21 20:12
 
(ギィン!!)
 
 戦いの始まりを告げたのは、ローレライの力を継ぐ二人の剣士。同じ構えから同時に振るわれた刃が噛み合い、火花を散らす。
 
 その一太刀を皮切りに、レイルとアッシュの間で激しい剣撃の乱舞が展開される。
 
「おうっ!!」
 
 一喝吼えて、ラルゴがレイルの脇に回り込む。そのまま振り上げられた異形の大槍は、唸りを上げてレイルに迫る。
 
 時を同じくしてナタリアの弓に狙いをつけられていたティアは、ラルゴの巨躯を盾にするようにステップを刻み………
 
「『バニシングソロゥ』!」
 
「ぬ……っ!」
 
 譜力で膂力の差を覆し、ラルゴの凶刃を弾いた。ラルゴの横撃に動揺一つ見せなかったレイルの猛攻は続き…………
 
「(受け切れねぇ……!)」
 
 アッシュを無理矢理後退させる。レイルはアッシュに追撃を掛けず、再び襲い来るラルゴの二撃目を剣で受け止めた。
 
 ラルゴの巨体から繰り出される重く鋭い斬撃を、二回りは小さいレイルが、剣一本で一歩も押されずに受け止めていた。
 
「『スターストローク』!」
「『ノクターナルライト』!」
 
 跳び上がったナタリアから射下ろされた三本の矢を、ティアの投げ放ったナイフが撃ち落とす。
 
 ラルゴとアッシュが動いたのは、同時だった。
 
「『雷神剣』!」
「『火竜爪』!」
 
 レイルの右から紫電の剣が、正面から炎の槍が迫る。レイルは………
 
「『魔王絶炎煌』!」
 
 炎を帯びた右拳でアッシュの剣を払い、同様に炎刃でラルゴの穂先を地面にめり込ませた。
 
 間髪入れず、ティアがレイルの肩を踏み台に高々と舞い上がる。
 
 中空でくるりと舞うティアの杖の先端に、レイルとラルゴが生んだ第五音素(フィフスフォニム)が集まり………
 
「『シアリングソロゥ』」
 
「っ!?」
 
 ティアが放った人間大の火球が、一直線にナタリアへと飛び……爆炎を撒き散らす。
 
「くぅ……っ……!」
 
 予想外の攻撃に対処の僅か遅れたナタリアは、直撃こそ免れたものの、爆発の余波で吹き飛ばされ、白亜の床に転がった。
 
 その顛末を確認もせずに、レイルとティアは次の行動に移っている。
 
 ティアが投げたナイフがレイル、アッシュ、ラルゴの三人の周囲三点に突き刺さり、レイルの剣が地を滑りながら円を描く。
 
「『セヴァードフェイト』!」
「『守護方陣』!」
 
「「ぐあ……っ!」」
 
 三角陣と円陣が重なり、二重の衝撃波がアッシュとラルゴを襲う。そのまま、落下に任せたティアの両足蹴りがラルゴを、すかさず攻撃を連ねたレイルの『烈破掌』がアッシュを、それぞれ打ち飛ばした。
 
 数瞬で幾重にも攻撃を重ねたティアが漸く着地し、レイルの隣に降り立つ。
 
「(くそっ! いつの間に……こんな……)」
 
 無力感と悔しさに、アッシュは奥歯を軋ませる。
 
 一方的。いつかのレムの塔での戦いの時とは違う。万全な状態のティアが、レイルと呼吸を合わせて連携を組むだけで、これほどまでに強い。
 
 ………否、アッシュとラルゴが二人掛かりで挑んでも真っ向から跳ね返すレイル個人の実力も、認めたくない事実だった。
 
 三対二。数の上では優勢であるはずなのに、全く勝てる気がしない。
 
「『ヴァ ネゥ ヴァ レイ ヴァ ネゥ ヴァ ズェ レイ』」
 
 アッシュの憤激を余所に、ティアの唇は第五譜歌『ジャッジメント』の旋律を紡ぐ。
 
 赤紫の落雷が無作為に暴れ、白き礼拝堂に破壊を撒き散らす。
 
 迂濶に反撃に移れないアッシュらに対して、レイルは猛然と攻勢に移った。
 
 一番戦闘力が低く、しかし厄介な治療術士(ヒーラー)でもあるナタリアに向かって、一直線に駆ける。
 
 咄嗟に弓に矢をつがえて迎撃に移ろうとしたナタリアを………
 
「きゃあぁっ!」
 
 裁きの落雷が打った。瞬間的に意識を失って膝を折るナタリアを庇うように、ラルゴがレイルの前に立ちふさがる。そしてレイルの剣とラルゴの槍が刃を交えた瞬間………
 
「ぐお……っ……!?」
 
 今度はラルゴをレイルごと、落雷が襲った。もちろんレイルは無傷。無差別に裁きを下す『ジャッジメント』がこれほど都合良く命中するのは、明らかに運が良い。
 
「この程度……温いわァア!!」
 
 落雷を受けてなお小揺るぎもせず、ラルゴは渾身の一撃を振るった。しかし―――
 
「(! どこへ――――)」
 
 レイルはそれを跳び越えて躱し、ラルゴの死角たる頭上から………
 
「『崩襲脚』!!」
 
「っ………!!」
 
 全体重を込めて、思い切り踵を叩きつけた。固く鈍く破砕音が響いて、ラルゴの兜に亀裂が走り、ボロボロと崩れ落ちる。
 
「(隙だらけだぜ)」
 
 ラルゴの脳天を蹴り、宙に跳んだレイルの背中を、落雷を躱しながら向かっていたアッシュが狙う。
 
 数秒の気絶から目覚めたらしいナタリアとアッシュの目が、合った。
 
 交わされる合図。
 
 レイルの背中目がけて、アッシュが跳び掛かる。そのアッシュの背中に、ティアが狙いをつけていた。――――しかし、アッシュはそれに気付いている。
 
「(ここだ……!)」
 
 アッシュに譜術を放とうとしているティアに向けて、ナタリアの矢が射られた。
 
 自分を囮にする事でティアに隙を作らせ、荒削りで隙が多いレイル共々仕留める。
 
「“………我らに仇なすものを包み込まん”」
 
 ティアは、ナタリアの矢に反応出来ていない。変わらずアッシュに向けて詠唱を続けている。
 
 刹那に成立した乱戦の駆け引きは――――
 
(キィン!!)
 
 レイル達の、勝ちだった。
 
 自身やティアに迫る危機に、気付いてすらいないと思っていたレイルの投げ放った剣が、ナタリアの矢を中空で叩き落としたのだ。
 
 アッシュは構わず、レイルの背中に向けて剣を突き出そうとする。………しかし当然、ナタリアの矢を受けているはずの――アッシュを狙っていたティアも、健在。
 
「『イノセント・シャイン』!!」
 
「がッ!?」
 
 上方より降り注いだ光の渦がアッシュを攫い、滝のように白亜の大地に打ち据えた。
 
「ふっ!」
 
 着地と同時に床を蹴ったレイルは、素早く剣を拾い、次いで砕けた床面に大の字になって倒れたアッシュを見る。
 
「…………………」
 
 兜も割れて、額から血を流しながら、大槍を構えてレイルを睨むラルゴ。
 
 弓に矢をつがえながら、アッシュに駆け寄る隙を窺っているナタリア。
 
 残る二人の敵を見て、レイルは辛そうに唇を噛む。
 
「……まだ、続ける気か?」
 
 過去は消えない。既に気持ちに決着をつけた自分はともかく……彼女にとっては、七年もの間『ルーク』の居場所を奪い続けた偽者だという引け目から、レイルはナタリアを避けるようにラルゴに問い掛けた。
 
「無論だ」
 
 返すラルゴの言葉は、率直に過ぎた。レイルは無念に眼を臥せて、しかし剣は下げない。
 
「これは互いの信念を懸けた戦いだ。お前たちは星は滅びず、変わるべきだと考えている。そして俺たちは、変わるためには古き器を捨てさらなければならないと考えている。目指すものは同じでも……違うのだ」
 
 重く、諭すようにレイルに語ったラルゴは、力強く一歩……踏み出す。
 
「敵に情けを掛けるなよ、坊主。俺たちは愚か者かも知れんが……半端な覚悟で倒されるほど弱くはないぞ!!」
 
「この………大馬鹿野郎が!!」
 
 朱の狼と、黒き獅子が、喰らい合う。
 
 二対二という状況の変化に伴い、戦いも様相を変える。先ほどまでの、常に他者の動きに気を配る乱戦は終わり、まるで決闘のような力と技と意志のぶつかり合いへと………。
 
 レイルはラルゴと、ティアはナタリアと戦う。
 
「うおおぉおおぉ!!」
 
 元々、一人で勝てる相手ではない。鎧は削られ、血が飛び散り、ラルゴの巨体はどんどんその動きを失速させていく。
 
「はあぁああぁあ!!」
 
 ナタリアはティアに向けて矢を射続けながら、アッシュを回復するための隙を窺い続ける。だが、そんな見え透いた狙いを許すティアではない。
 
「(勝てる)」
 
 ティアは内心で、勝利を確信する。戦いの流れは完全にこちらが掴み、決着がつくのは時間の問題。………ナタリアやアッシュを説得出来るかは、別だが。
 
「っだあ!!」
 
「ちぃ……っ!」
 
 もう何度目か、レイルの剣に鎧を斬られて蹴り飛ばされたラルゴに……レイルが襲い掛かる。
 
「終わりだ!」
 
 体勢が不十分なラルゴに対して、レイルの勢いは凄まじい。レイルが、ティアが、ナタリアが、そしてラルゴが、次の光景を幻視した瞬間―――“それ”は起きる。
 
「ぐぅっ!? うあぁああ!!」
 
 走っていたレイルが急に足を止め、頭を押さえて蹲ってしまったのだ。
 
「(何でっ……こんな時に………!?)」
 
 昔からレイルを悩ませ続けていた正体不明の頭痛。ここ半年以上ナリを潜めていたはずのそれが、凄まじい激痛となってレイルを襲う。
 
 すかさず、ナタリアがレイルに弓を向けて………
 
「……ッ………」
 
 一瞬、躊躇する。
 
「メリル!」
 
「!」
 
 そして、父親の叱責を受けて、弾かれるように矢を放った。
 
 防御も回避も出来ないレイルに迫る一矢は………
 
「レイル!」
 
 ナタリアの躊躇の間にもレイルに駆け寄っていたティアの杖に防がれる。
 
「レイル、立てる!?」
 
 頭痛が一時的なものであればいい。だが、当分治まらないものであれば……少なくとも当面の標的にならない場所に移…………せるだろうか?
 
 いきなり訪れた窮地に狼狽しそうになる頭を必死に働かせて、最前を模索しながら振り返ったティアの視界を……………
 
「―――――――」
 
 銀色の一閃が、埋めた。
 
「っ!?」
 
 咄嗟に頭を引いたティアの頬に、思い出したように切り傷が刻まれる。頬から流れ出る血にも気付かずに、ティアはそこにある光景から眼を離せずにいた。
 
 膝を着いた体勢から、剣を振り抜いた姿勢で固まっている―――レイル。
 
 “レイルがティアに剣を向けた”。
 
「何…で………」
 
 当のレイルも、信じられないものを見るような眼で、自分自身の左手を見ている。
 
 ティアも事実が呑み込めず、状況が掴めず、呆然となる。
 
 そんな彼らを、感情の読めない瞳で眺めながら…………
 
「形勢………逆転だ」
 
 鮮血の剣士が、立ち上がっていた。
 
 
 
 
(あとがき)
 展開が遅い。なかなか上達しない文才に若干へこみつつも、今日も更新を。
 
 



[19240] 15・『大切なもの』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/07/22 18:22
 
 言葉もなく、栄光を掴む剣士の模造品は駆け出した。
 
 足下は数人分程度の横幅しかない白の道。逃げ回るどころか、ロクにサイドステップも出来ない状況で、ヴァンデスデルカは真っ正面から突っ込んで来る。
 
「(好都合だ)」
 
 地の利はこちら。そう思うと同時に、リグレットは両手の二丁譜銃を襲い来る剣士へと向けた。
 
 リグレットの最も得意とする戦闘技術は、正面の相手に対しての二丁譜銃による連弾。まさにお誂え向きの地理に加え、譜術の詠唱もせずに向かって来るヴァンデスデルカは格好の標的だった。
 
「(半端な攻撃は効果が無い)」
 
 その強靭な譜術耐性を貫くべく、リグレットは音弾の威力を意識的に高め、そして引き金を引く。
 
「ふ……っ!」
 
 足を止めぬままに振り抜くヴァンデスデルカの剣が、リグレットの初弾を斬り裂いた。それをむしろ当然と受け止めて、リグレットは己の技量の限界までの速射を続ける。
 
「(やはり………)」
 
 雨とも見える音弾の乱れ撃ちを………
 
「(防ぐか……!)」
 
 まるでそこに大振りの盾でもあるかのように、ヴァンデスデルカの剣が弾いていく。
 
 リズムを読まれないよう、タイミングをずらしながら放たれる音弾。凄まじい速度で引き金を引く両手の人差し指。
 
 それを……横一文字に構えた剣を、最少の動きで僅かにずらすという動作だけで、ヴァンデスデルカは凌いでいく。
 
「っ………」
 
 リグレットは動かない。むしろ、この状況では回避不可能な真正面の“太刀間合い”に呼び込んでいるようにも見える。
 
 だが………
 
「(? ……妙だ)」
 
 微かな違和感。
 
 ヴァンデスデルカは音弾を凌いではいるが、リグレットが手を止めない限りは一気に間合いを詰める事は出来ない。
 
 このまま距離を詰めても、剣が届くより先に音弾を防ぎきれなくなるのは解りきって………
 
「(っ………まずい!)」
 
 敵の狙いに気付いたリグレットの銃口に、一際強く光が集う。変わらず小さな動作で向けたヴァンデスデルカの切っ先にも、同様に光が集う。
 
 互いに一瞬で切り替えた銃口と切っ先が僅かな距離を開けて…………
 
「『レイジレーザー』!」
「『光龍槍』」
 
 青と金の爆光をぶつけて、弾けた。
 
 
 
 
 ホド神殿内部の白亜の礼拝堂に、信じられない光景が広がっていた。
 
「く………っ!」
 
「体が……っ……勝手に……!」
 
 三人の六神将を、その実力と連携によって圧倒していた戦況は一変し、何故かレイルとティアの二人が、パートナー同士の戦いを繰り広げている。……いや、それも適切ではない。
 
 苦悶の表情を浮かべながら、出来の悪いマリオネットのように“体に振り回されながら”ティアに剣を振るうレイルと、そんなレイルに困惑と衝撃を受けながら必死に剣を捌くティア。……というのが実状だ。
 
 ティアの秘奥義を受けてなお立ち上がったアッシュはナタリアの治療術を受けながら、自分たちを追い詰めた相手を複雑そうに見ている。否―――
 
「………自分の体を操られる気分ってのはどうだ?」
 
 ただ見ているわけでは、無い。
 
「お前が操ってんのか!!?」
 
「これが『転生』の根源的な理論だ。同調さえすれば、レプリカの体はオリジナルに従う。だから本来はレプリカの体のはずなのに、簡単にオリジナルに乗っ取られちまうんだよ」
 
 自分の体でティアに剣を向けさせられている。自分自身を傷つけられるよりずっと許せない非道に、レイルは憤怒の怒声を張り上げる。
 
 アッシュはそれを冷ややかに聞き流して、回復を終えたと見るや、剣を片手に立ち上がった。
 
 レイルが目先の非道に対する怒りに捕われる中、ティアは聞き逃せない言葉に血の気を引かせる。
 
「っ……待って! レイルの同調フォンスロットは、開いていないはずよ!」
 
「てめぇら、途中で譜陣のトラップに掛かっただろう。あれは対象の同調フォンスロットを無理矢理開かせんだよ」
 
 レイルの同調フォンスロットが開いた。その言葉の意味を、ティアが、レイルが、そしてナタリアが、ゆっくりと呑み込んで、表情を凍り付かせた。
 
 完全同位体の同調フォンスロットの開放。それは………大爆発(ビッグバン)現象の条件を満たしてしまったという事。
 
「(俺が………)」
 
 それは、死や消滅をも越える絶望を意味していた。
 
「(レイルが……)」
 
 肉体も、記憶も、全てをオリジナルに奪われて消滅する。“自分そのもの”が失われ、奪われる、最大の恐怖だった。
 
「「(アッシュに乗っ取られて……消える……?)」」
 
「他人の心配してる場合かよ?」
 
 レイルが、ティアが悲嘆に暮れているのを、わざわざ待ってやるアッシュではない。目に見えて動きの鈍ったティアの杖が……
 
「「あ………っ」」
 
 アッシュに操られたレイルの剣によって、弾き飛ばされる。
 
「(ぶっ壊しちまえ……自分の手で、大事なものを全て!!)」
 
 チャネリング越しに、アッシュの……全く繕わない、怨念めいた思念を受けて、レイルの体が動く。
 
 杖を失ったティアに、レイルの体は躊躇いなく剣を振り上げる。ティアは、反射的にナイフを抜いた。
 
 躱せる距離じゃない。譜歌も間に合わない。ナイフで剣を、止められるわけもない。
 
「(何……やってんだよ……)」
 
 ナイフを手にして、しかしそれ以上の動きを見せないティアに、レイルは焦る。
 
「(何で、止まってんだよ………)」
 
 このままでは、自分はティアを殺してしまう。それこそ、死んだ方がマシだった。
 
 レイルの剣は止まらない。時間が凝縮されるような不可思議な感覚の中で、レイルは見る。
 
 レイルに刃を向けるでもなくティアが俯いて、力無く下げられた手からナイフが零れ落ちる様を。
 
「(止まれ! 止まれよっ!!)」
 
 レイルの剣は止まらない。俯いたティアが、酷く弱々しく映る。
 
 ―――刃が血に染まる。
 
 まさにそう思われた――瞬間―――
 
『!?』
 
 ティアは顔を上げ、レイルに飛び付くようにして凶刃から逃れていた。
 
「(っ……けど!)」
 
 剣の間合いの内側に飛び込む事でその一撃を避けたとはいえ、これでは何の解決にもなっていない。
 
 案の定、レイルの左手は本人の意志に反して、剣を逆手に持ち換え、右手はティアの肩を掴む。
 
 ティアはそれを振りほどこうとする素振りすら見せずに、その両腕をレイルの背中に回した。
 
「信じてるから………」
 
「っ――――――!?」
 
 小さく、消え入りそうなその言葉は……レイルにだけ届く。
 
 今度こそ身動き一つ出来ないティアをレイルごと貫かんと、レイルの左腕に力が込められる。
 
「(止せ………)」
 
 左腕も、右腕も、まるで言う事を聞いてくれない。自分の体なのに………。
 
「(止めろ)」
 
 自分は自分。アッシュとは違う。そう、解を見つけたはずなのに……オリジナルの意志に抗えない。
 
『本日より白光騎士団に転属になったティア・グランツ中尉です。よろしくお願いします』
 
『あなた、丁寧な言い方だと聞く耳持たないみたいだから』
 
『………驚いたわ。ルークって、兄さんの言う事だけは聞くのね』
 
 既に戦いではなく、悪趣味で残酷な“処刑”と化したその光景を、三人の六神将が見ている。
 
『いい加減にしなさい。レプリカもオリジナルも関係ないでしょう』
 
『あなたは、あなただけの人生を生きている。……それを否定しないで』
 
『絶対……恨んでやるから……!』
 
『……ずっと見てるわ、あなたの事を。……明日も、明後日も、その先も、ずっと………』
 
 誰もが、自らの手で剣に串刺しにされるレイルとティアの姿をその先に見た。
 
『あなたは、私の……大切な……パートナー……なのに……』
 
『ばか………』
 
 そして――――――
 
「ッッあああぁああぁ―――――――!!」
 
 大気を裂くような絶叫が、礼拝堂を震わせた。
 
 
『…………………』
 
 誰もが口を閉ざし、それによって生まれる静寂が場を支配する。
 
「……………止めた、だと?」
 
 信じられないようなアッシュの呟き。レイルの剣は“アッシュの意志に”逆らい、その刃を止めていた。
 
 ぶるぶると何かに耐えているかのように震える左手から、剣が取り落とされる。
 
 本来ならオリジナルたるアッシュに帰属するはずの同位体が、僅かとはいえレイルに従った。
 
 疑問、困惑、葛藤、矛盾。それぞれの意味を持つ沈黙と静寂は、しかし長くは続かない。
 
(ドオオォオォン!!)
 
「っ!! 何事ですの!?」
 
 レイル達が入ると同時に固く閉ざされたはずの白亜の大扉が、凄まじい轟音と爆発を連れて吹き飛んだ。
 
「この非常事態に、何イチャついてんだいガキ共」
 
 瓦礫と爆煙の中から、呆れた言葉と共に一人の女傑が姿を現す。その背中に隠れるように、一人の少女と小動物も帯同していた。
 
 烏を思わせる漆黒の装いの、隻眼の女騎士……カンタビレ・カーティス。そしてノエルとミュウの乱入であった。
 
 
 
 
「「『ネガティブゲイト』!!」」
 
 二つの魔空間がぶつかり合い、周囲に闇を四散させる。
 
「『リミテッド』!」
 
「っあああ!?」
 
 続けざま繰り出したアリエッタの光の鉄槌がアニスを打つ。動きを止めたトクナガ……その上で力なくしがみつく少女に向けて、アリエッタを乗せたライガが牙を剥く。
 
「まだまだぁあ!」
 
「っ………」
 
 顔をはね上げたアニスが力を振り絞り、トクナガの豪腕がライガを襲った。僅かにライガの足を擦めた一撃は、その真下の床を粉砕する。
 
「『ミラクルハンマー』!」
 
 片足を引きずるライガを追い打たんと、中空に生み出した大槌が振り下ろされる。紙一重でそれを躱したライガは、しかし直後にへたり込んだ。
 
「“魂をも凍らす魔狼の咆哮 響き渡れ”」
 
 休む事なく詠唱を唱えるアニスに負けじと、アリエッタもまた詠唱を唱え、二つの言霊が重なった。
 
「『ブラッディハウリング』!!」
「『クリムゾンライオット』!!」
 
 立ち上る赤黒い呪いの叫びがアリエッタとライガを、燃え盛る火球がアニスを、それぞれ呑み込んだ。
 
 アニスが倒れ、アリエッタが倒れ、ライガが倒れ、トクナガが縮む。
 
 そのまま、十数秒の時を要して立ち上がったのは――――アニス。
 
「…………………」
 
 血中音素の消耗による細胞崩壊のためか、ライガが音素となって霧散していく。その光に抱かれるように倒れている………アリエッタ。
 
「…………………」
 
 生気を失ってうつ伏せに倒れているアリエッタの体に、アニスはただ静かに黙祷を捧げる。
 
「………………」
 
 ――――その指先が、僅かに動いた。
 
 
 
 
(あとがき)
 更新速度で補うように今日も更新。夏だから当たり前だけど暑いですね~。皆さんも熱射病や脱水症状には気を付けてください。
 
 


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