(まえがき)
本作品は『テイルズ オブ ジ アビス』の再構成もので、同掲示板内にある『白光焔舞曲 序』の続編という形になります。先にそちらの方を読まないと、まるで話が繋がらないと思います。
以前から読んでいて下さる方、またよろしくお願いします。初めてこの作品を見る方、『序』から読んで下さると嬉しいです。
美しい水の流れる帝都、色とりどりの花や装飾が栄える純白の教会から、同色の衣装に身を包んだ花嫁と花婿が進み出てくる。
以前は結い上げていた白金の髪を背中に伸ばす花嫁は、見る者全てに安らぎを与えるような幸福を、その笑顔に宿していた。
「………はぁ」
その結婚式を祝う者として人々の列の僅か後ろに並んでいた、キムラスカの赤い軍服を身に纏った栗色の長い髪と海のような蒼い瞳を持つ少女……ティア・グランツは、その姿に憧れるように熱の籠もった溜め息をつく。
その隣で………
「ふぁ………」
着慣れない正装に身を包み、退屈という風情を隠そうともしない少年が、露骨に欠伸した。
「………レイル」
ティアはそんな少年に、わざと低くした声で呼び掛ける。少年は……無反応。
「レイル」
もう一度呼び掛ける。少年は無反応……どころか、眠そうにごしごしと目を擦った。
腹に据えかねたティアは、彼の“古い名前”でもう一度だけ呼んでみる。
「………ルーク」
「ん?」
ようやく反応が返って来た。今度こそ冷めきった視線が少年を射抜く。
「欠伸なんてしないで。恥ずかしいでしょ、“レイル”」
「………だって、なげーんだもん」
注意された事そのものと、少し強調して呼ばれた名前に、レイルは決まり悪そうに後頭を掻く。自分から言い出した事なのに、なかなか慣れない。
「もう……あの二人の関係を一番応援していたのはあなたじゃない」
そう、事実レイルはこの結婚の事を知った時には手放しで二人を祝っていたし、式の最初の方は真剣に見ていたのだ。
しかし厳かで形式張った進行や、会った事もない知人の言葉などを繰り返し見ている内に、完全に飽きが回ってしまっている。
「……………」
そんなレイルと不毛な会話を続けては雰囲気が台無しとばかりに、ティアは再び花嫁に憧れの眼差しを向ける。
今度はレイルが、そんなティアの様子が気になった。何とも珍しい態度に見えたからだ。
「……お前でもこういうの興味あったりすんの? 何つーか、意外だな」
「えっ!?」
意表を突かれて、ティアが軽く飛び跳ねた。隠し持っていたぬいぐるみが見つかった時の反応に近い。
「ち、違っ……将軍にはお世話になったから、純粋にお祝いしたくて来ただけでっ……別にこういう事に興味あるわけじゃ……っ!」
普段から毅然と振る舞っているティアだが、それは騎士として己を律した結果に過ぎない。かわいい物に興味もあれば、幸せそうに笑う花嫁に憧れもするのだ。
「(何で隠そうとすんだろ……?)」
わかりやすく狼狽するティアに、レイルは無神経に首を傾げる。自分だって、『誰かと結婚したいのか』と訊かれればパニックになるくせに、だ。
『―――――!!』
式の最中にしては騒がしいはずの二人のやり取りは、しかし周囲に気にもされない。むしろ、より以上の騒がしさを以て、円形の階段の下に居並ぶ女性たちが色めき立つ。
ブーケを手にした花嫁が、背中を向けたからだ。
『………………』
期待と気合いに震える女性たち。遂に花嫁の右手が振り上げられ、ブーケが中空に舞った。
「みゅーーー!!」
同時に、水色の何かが舞った。それはブーケに頭から衝突し、フラフラと宙を縺れ合って………
「み゛ゅっ!?」
「「あ………」」
水色はレイルの、そしてブーケはティアの腕の中に収まった。次なる花嫁を渇望する女性たち全ての意気込みを置き去りにして。
「みゅぅ……ご主人様、良かったですの。人間の男の子たちに追い回されて怖かったですの……」
「…おい……、宿でおとなしく待ってろって言ったよな。言ったよな、俺?」
水色の何かは、チーグルの仔供・ミュウ。レイルを恩人と慕い舎弟を気取る、チーグル族の追放者である。
が、今はそっちはどうでもいい。結果的に反則を使って手にしたようにしか見えない、ティアの手の中のブーケが一番の問題だった。
『………………』
殺意にも似た視線が、レイルとティアに突き刺さる。夢見る女性たちの失望の前では、ティアが軍服を着ている事など何の意味もなさない。
「………逃げるぞ」
「………そうね」
ブーケとミュウを抱えたまま、脱兎の如く駆け出すレイルとティア、騒ぎだす式場。そんな光景を……
「………………」
花嫁……ジョゼット・フリングスは、目を丸くして見送る。
人類の未来を懸けた死闘を経て、外郭大地を降下させて世界を本来の姿に戻すという歴史的な快挙から………二ヶ月の時が流れていた。
「お久しぶりです、ルーク様………いえ、レイルーク様」
時間を置いてフリングスの屋敷を訪れたレイル達に、ジョゼットが恭しく頭を下げる。次いで、ティアに微笑んだ。
「ティアも、息災なようで何よりだ」
「すいません。生涯一度の大切な儀式で騒動を……」
「気にしないでください。あれくらいのトラブルなら余興の内ですよ」
申し訳なさそうに頭を下げるティアに、アスランが人の良さそうな笑顔で返す。
「ったく、ブタザルのせいでひでー目に遇った」
「みゅう……ごめんなさいですの……」
などとぼやくレイルとミュウも伴い、二人と一匹は客室に通される。
少将という地位にあるだけあり、フリングスの屋敷は立派だった。もっとも、公爵子息として何不自由なく育ったレイルがそれに感慨を持つ事は無い。
テーブルを挟んで向かい合うソファーに、レイルとティア、アスランとジョゼットがそれぞれ並んで座る。控えていたメイドが、テーブルに人数分の紅茶を並べた。
「お二人が式に来て下さるとは思いませんでした。書状を出す頃には、既にバチカルを発ったと聞いていたものですから」
ジョゼット・セシル、アスラン・フリングス。この二人が伴侶として手を取り合うまでには、様々な障害があった。
「つーか、元々来る気じゃなかったよ。たまたまグランコクマに寄ったら、丁度結婚式だっただけで」
ジョゼットはキムラスカの、アスランはマルクトの軍人。つまり元を正せば、戦争で互いに殺し合いをする間柄だったのだ。
「レイル! わざわざそんな言い方しなくてもいいでしょ」
「事実じゃん」
「ですの♪」
そんな二人が互いに特別な感情を抱くには、少し特殊な経緯がある。外郭降下前に両国が起こした戦争の最中、ジョゼットがマルクトの捕虜として捕われてしまったのである。
「何にせよ、来てくれてとても嬉しい。レイル様やティアには、私たちの事でも、背中を押して頂きましたから」
「何かしたのはガイだろ。それも、別にお前らのためじゃないと思うぜ」
「それでも、ですよ」
そして、捕虜である自分に誠意を持って接するアスランにジョゼットは惹かれ、捕虜となっても誇りと正義を失わないジョゼットにアスランは惹かれ、二人は瞬く間に恋に落ちた。
「ガイラルディアを変えたのは、あなたなのですから」
「……さあな。あいつ元々音機関マニアだし、キムラスカの方が肌に合ってたんじゃねーの?」
敵国の軍人同士、という障害は、外郭降下と同時に両国が和平を結んだ事で解決した。しかし、ジョゼットには夢があった。それは……セシル家の再興。
「気にしないでください。照れ隠しですから」
「っ……おいティア!」
「はは……お二人は、仲が良いんですね」
「「良くない(です)!!」」
ジョゼットの叔母、ユージェニー・セシルは、ホドとの和平の証としてマルクトのガルディオス伯爵家に嫁いだ。しかし、その真の役割は後に起こると預言に詠まれたホド戦争の際に、キムラスカ軍を手引きするスパイだった。
「その事を抜きにしても、お二人は世界を崩落から救った英雄ですから。いくら感謝しても足りませんよ」
「あまり煽てないでください。彼、すぐ調子に乗りますから」
「……お前、さっきから言う事キツいぞ」
だが、ユージェニーはそれに応えなかった。夫を、家族を護るため、そして戦争という絶望的な預言を回避するために……。結果として戦争は止められず、ユージェニーはガルディオス家共々惨殺され、元々貴族だったセシル家は売国奴と蔑まれ、爵位を奪われたのだ。
ジョゼットはその再興を夢見て、軍に入った。だから、誰かの花嫁になる事は出来ないと思っていた。その相手がマルクトの人間なら、なおのこと。
「将軍は……変わりましたね」
「もう、将軍ではないわ」
ユージェニーを殺したファブレ公爵は、その負い目からか、ジョゼットを不自然なまでに取り立てた。それがまた不名誉な噂を広めたが、ジョゼットはその屈辱さえも呑み込んで出世を目指した。
「どんな侮辱や不名誉を受けようと、成し遂げたい願いがある。そう言った私が、こうしてマルクトの花嫁となっている。……軽蔑したか?」
「……いいえ」
そんなジョゼットに、ティアも好感を持っていた。しかし、それでもジョゼットのアスランへの想いは大きかった。……積み重ねてきた、願い以上に。
「目的のために全てを犠牲にする、それが正しいとは限らない。今は……そう思います」
「……そうか」
そんなジョゼットを葛藤から救ったのは、レイルの親友であり、ユージェニーの息子でもある……ガイラルディア・ガラン・ガルディオス。ジョゼットの従弟にあたる彼は今、母方の姓であるセシルを継ぎ、キムラスカ王国の子爵となっている。
ジョゼットの婚姻と合わせて、それはキムラスカとマルクトの和平の証であった。今度こそ、真実の平和条約である。
「ところで……まだ聞いた事がなかったのですが、レイル様は何故バチカルから旅立たれたのですか?」
かつて世界を救う旅をしていた、レイルやティアの仲間たち。
「………ちょっと、人探ししてんだよ」
それぞれが、新しい日々を歩んでいた。
(あとがき)
作者・水虫です。第三部に伴い、新シリーズに突入致しました。話数が増えすぎて不便だったので。