チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[18851] 空を翔る(オリ主転生)
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:f1cb8877
Date: 2010/07/15 21:54
初めまして、草食うなぎと申します。

皆様の優れた作品を読むうちに妄想が止まらなくなってしまいまして、自分でも書いてみる事にしました。
文章を書く事が初めてですので色々と至らない点は有ろうかと思いますが、よろしくお願いします。

この小説はゼロの使い魔の二次小説です。
オリ主転生もので内政ものを目指しています。
しかしまだ領地がありません
しばらくは子供生活が続きます。

こんな小説でも読んで下さったら嬉しいです。



最後に、この場を提供して下さっている舞様に感謝します。

※6/2ご指摘を受けて賞金額を一エキューから三十エキューに増額しました。

※誤字や小さな修正などは随時しています。大きな修正をした時はここで報告します。

※7/3現在更新を一時停止して主人公の年齢を改定し、二歳半開始→四歳半開始としようと思っています。
今まで読んで下さった方には本当に申し訳ないと思いますが、多くの方から二歳半という年齢に対する批判を頂き、またこのままだと原作期があまりにも遠すぎると言うことで決意しました。
現在プロットの方は訂正が終わり、本文を順次書き換えている所です。
サラの年齢はそのままなのでウォルフとは一歳差となりました。その他は特に変更はせずにそのままです。
こんなに書いてから変更するなんて、と躊躇していましたがより良い作品にしたいと思っての事です。何卒ご理解とご容赦をお願いしたく思います。

※7/6修正終わりました。
現在ウォルフ六歳・サラ七歳・クリフォード十一歳・マチルダ十三歳です。よろしくお願いします。



[18851] 0     プロローグ
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:f1cb8877
Date: 2010/07/06 19:24
 彼は考えていた。
ただずっと、ひたすらに。

 なぜこんな事になっているのか、自分は本当に存在しているのか、そもそも存在とは何か。
繰り返される過去の夢の間、未だ曖昧な意識で必死に世界を認識しようとしていた。

 永遠かと思われたその世界は、しかし突然に終わりを迎えた。

 身体をすり潰されそうなひどい苦しみの後、彼の前に現れた新しい世界はひたすらまぶしい光にあふれ、とても寒かった。

 あの不思議と心を落ち着けるリズミカルな音がもう聞けなくなっていることに気づき、あふれる光の中薄ぼんやりと自分以外の存在が動き回っていることを認識し、自分の身体が火をついたように泣き声をあげていることを自覚するに至って彼は自分が今置かれている状況を理解した。

 ああ、オレは今生まれたんだ、と。


 輪廻転生

 そのような考えが存在していることは理解していた。
それどころか彼は弘法大師空海のファンだったので、友人などには「死んだら兜率天に生まれ変わって大師様と一緒に弥勒の元で修行する!」などと宣言していたものだが、まず本気ではなかった。
しかし今現在こんな現実に直面してまったので、考えを改めざるを得なかった。
「輪廻転生、有ります」と。

 食事・睡眠・排泄を本能に任せ、赤ん坊の頃の有り余る時間の中、転生について考察することは楽しい事だった。

 人が死に、恐らくその体から魂とよばれるものが抜け出る。
存在を人の体に依存しないそれが、どこかで人の受精卵に宿り体と結びつく。
それとも魂がそこにあったから受精するのか。
最早朧気な記憶だが、もし、前世での知り合いに会ったらどんな態度を取ればいいのか。
その場合、輪廻転生を証明することが可能になるのではないか。
その為には前世での記憶を完璧に保っていたいのだが、薄れていってる気がする
世間の赤ん坊は実は皆こんな事を考えていて、成長するに従い真っ白な存在にリセットされるのではないか。
考えることはいくらでもあったが、そのうちに体が成長し、また新しい世界が開かれることになる。

 視力が物体を識別できるまでに成長し、まず驚いたことは両親が明らかに西洋人と思われる風貌をしていた事だ。
おフランスかよ?とも思ったが、何となく魂がそんなに長距離を移動することには懐疑的だったため、日本の中の外国人家庭に転生したのかと推測した。
しかしその後見る事ができた人間がすべて西洋人であり、しかも乳母やメイドさんなどもリアルに存在すること、さらに部屋の調度品などから距離どころか時間も超越し、日本ではなく欧州しかも中世に転生したのではないか、との結論に至ってしまった。
彼は中学校の時”私、マリー・アントワネットの生まれ変わりなの”と主張していた同級生の西原さんを馬鹿にしてしまったことを心の中で謝った。
彼女がマリー・アントワネットの生まれ変わりであるとは今でも信じられないが、今の彼にはそのことを100%否定することは出来なかった。

 ここが中世のヨーロッパであるとして、次の問題はどこの国であるかということなのだが、これが難しかった。
耳が音を聞き分けるようになっているのに、まったく言語を理解することができないのだ。
英語などのメジャーな言語ではないことは確かなので推測するのは諦めて一から言葉を覚えることにした。

 言語とはコミュニケーションだ!ということで、積極的にコミュニケーションの親密化を図る。といっても相手を見つめるぐらいしかできないのだが。

母を見る。黒に近い赤色、という不思議な髪色をしていて、しみ一つ無い肌はどこまでも白く顔立ちはとても整っていて、有り体に言えばすこぶる美人だ。スタイルはとてもいいようでそれは特に食事の時間に実感している。
暫く観察した後、母を見つめてニコッと笑ってみる。
すると元々笑顔だった母がさらに満面の笑みとなって何かを語りかけてくる。心が洗われるような笑顔だ。
コミュニケーションの第一段階がうまくいったのでうれしくなった彼はさらに微笑みながら「あーあー」と言語を発したいことをアピールする。
そんな彼に彼女は自分を指さしながら「ママよ、ママ」と教えてくれる。楽しそうだ。
その優しげな母の様子に心底幸せを感じながらその言葉の意味を理解した彼は、新しい人生で初めての言葉を口にしようとした。

「マ「ほらパパだよー。パパ!」」
「あなたっ何するのよ!。今初めてママって呼んでくれるところだったのにぃ!」
「いやほら、二人きりで世界を作っちゃってちょっと寂しいっていうか、パパって呼んで欲しいっていうか・・・。」

突然に横から母と自分の間に首を突っ込んできた父に幸せな時間をじゃまされた彼は、喧嘩を始めた二人を横目で見ながら『当分パパなんて呼ばないようにしよう』と心に決めていた。
改めて母親に「マーマ」と呼びかけ、「ほ、ほらパパって言ってみようよ!パパだよ、パパ、パパ。」と五月蠅い父親を無視して乳母を指さして名前を教えて欲しいことをアーピルする。
こちらも母に劣らぬ美人さんで、美しい金髪に愛嬌のある垂れ気味の目が印象的である。母よりもさらに若いようで十代にも見え、こちらのスタイルもバツグンなのは食事の時に確認している。

「あら、アンネの名前が知りたいのかしら。アンネよ、アンネ」
「アンニェ」
「そう、アンネよー。ウォルフは賢いわねー」「くっ乳母に先を越されるとは・・」
「マーマ、アンニェ」

母親と乳母を一人ずつ指さしながら確認し、部屋の中にある物を指さしては名前を教わった。
柔軟な赤ん坊の脳は次々にそれらの言葉を覚えて行くので、案外早く言葉を覚えられそうなことを喜んだ彼は、最後に自分を指さし「ウォルフ」と名乗ると満足した様子で眠りについた。

「この子は天才よ、きっと立派なメイジになるわ」
「どうしてパパって呼んでくれないんだろう・・・」







[18851] 1-1    初めての冒険
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:f1cb8877
Date: 2010/07/10 17:43
 誕生してから四年と少し経った。

 彼の名前はウォルフ・ライエ・ド・モルガン。漠然とではあるが日本人としての前世の記憶を持つ男である。

 父はニコラス・クロード・ライエ・ド・モルガン三十九歳、アルビオン王国の男爵でサウスゴータ竜騎士隊に所属し領地は持っていない。
母はエルビラ・アルバレス・ド・モルガン三十一歳。兄はクリフォード・マイケル・ライエ・ド・モルガン九歳である。
住居はシティオブサウスゴータのドルセット通り沿いにありメイドは三人、その内の一人が乳母でもあったアンネ二十一歳である。
ここは竜やグリフォンなどの幻獣やエルフや翼人などの亜人が実在し、メイジと呼ばれる魔法使いである貴族が支配するハルケギニアという世界である。
ハルケギニアにはロマリア・ガリア・トリステイン・ゲルマニア・アルビオンなどの国があり、それぞれ王や皇帝、教皇などが治めている。
アルビオンは浮遊大陸で、トリステインの西方の海上三千メイルに浮いている。
メイジが使うのは系統魔法という魔法で、火・風・土・水の四系統と伝説である始祖ブリミルの使用した虚無の系統をあわせて五系統有り、それぞれの特徴に沿った魔法を行使できる。
およそ文化的には中世のヨーロッパに酷似しているが、魔法の存在故に中途半端な便利さがあり、文明の発達はほぼ止まっているように見える。
貴族でない者は平民と呼ばれその地位は著しく低く、その安価な労働力が貴族の暮らしを支えている。

 これまでに分かったことをざっと纏めると以上のようになる。びっくりである。

「輪廻転生すげえ・・・時間や空間どころか世界を越えているよ」

ハルケギニアに関する知識を纏めた手製のノートを読み返していて、あらためてそのあまりの内容に呆れ、思わず呟くと横から声がかかった。ウォルフのすぐ隣で床に寝ころんでお絵かきをしているのはアンネの娘・メイド見習いのサラ五歳である。

「ウォルフ様どうしたの?」
「あ、いや魂と無常観について考えていただけだよ」
「無常?」
「全ての物は消滅してもとどまることなく常に変移しているっていう考えだよ」
「ふーん」

 ウォルフが言葉を覚えようと決意してから三年以上が経過したが、最近では完璧なハルケギニア語を喋れる様になっていて、その話す内容は大人顔負けのことが多い。
しかし、文法などが全く日本語と違うため最初は覚えるのに苦労をし、二歳を過ぎる頃までずっと片言で単語を並べる様な話し方をしていた。
そのため、早くに話し始めて天才かと喜んだ両親もその頃には普通の子供であると認識する様になっていたが、ウォルフが本を読み始めてまたその認識は一変した。
次々に難しい本を読み、この世界の知識を吸収していく様を見てやはり天才だと多くの本を買え与えた。
ウォルフはそれらの内容を分析し、内容ごとに分類、考察をして纏め、ハルケギニア学とでもいうような研究をずっとして日々を過ごしてきた。
下級貴族である彼の両親は多忙なのでウォルフはそれらの研究内容を一歳年上であるサラに話して聞かせることが多かった。
彼が語ることは五歳の女児でしかないサラにはほとんど理解できないことが多いが、ウォルフが日頃彼の父母や兄などには話さないことを自分だけに話してくれることはうれしいことだった。

「もう終わったの?遊ぶ?」
「うん、もういいや。今日はね、町に探検に行きたいんだ」

生まれてからほとんどを屋敷の中で過ごしてきたウォルフは外の世界を見てみたくてしょうがなかった。両親に連れられて街の中央広場までは行ったことはあるがその他はほとんど行ったことがなかった。

「えー、奥様に怒られちゃうよー。それより一緒に本を読もうよー」
「こっそり行ってこっそり帰ってくれば大丈夫だよ。本はまた今度読んであげるからさ、きっと町には楽しいことがたくさんあるとおもうんだ!」

渋るサラを何とか説得し、出かけることに同意させたので急いで支度をする。

「あれ、ウォルフ様マントはしないの?」

この世界の貴族はたとえ四歳でもマントを着用するように躾けられている。

「マントなんか着てたら貴族の子供ってばれちゃうじゃないか。サラもオレのことをウォルフって呼び捨てにしてね」
「平民のふりをするの?うん・・・分かったウォ、ウォルフ・・・」
「OKOK、平民の子供なら町にいても誰も気にしないからね。じゃあ行こう!」

 門の周りに誰もいないことを確認して素早く抜けると二人は手を取り合って駆けだした。

「うぉーっ自由への逃走だー!」
「きゃーっ私悪い子になっちゃったー!」

暫く走って角を曲がって止まり、息を整えた二人は五芒星型の大通りにある繁華街の方角に向かって歩き出した。
町並みはやはり中世のヨーロッパに酷似し、道行く人々はいかにもコーカソイドといった感じの白人だった。
サウスゴータは古くからの交通の要衝でアルビオン有数の都市であり、その活気ある町は初めて見る楽しさにあふれていた。

「うわーあの肉屋豚の頭をそのまま売っているよ。初めて見た」
「あのフネでっかいなあ、どこに行くんだろう」
「あ、竜騎士隊が帰ってきた。父さんいるかなあ」
「ほらサラ見て見て!変な使い魔連れている人がいるよ!」

「分かった、分かったからウォルフさ、ウォルフそんなに手を引っ張らないで。離れちゃうでしょう」

人々が行き交い様々な店がある市場を歩きながら、テンションがあがりっぱなしのウォルフに若干引きながら繋いだ手に力を込める。

「いい?絶対に手を離さないでね?はぐれちゃったらもう会えなそうだもの」
「何でそんなに冷静なんだよ、サラは。あっほらあの八百屋も変な野菜いろいろ売ってる。こんな葉っぱ食べたことないなぁ」
「あらウォルフ知らないの?あれはハシバミ草っていうの、とっても苦いのよ」
「う゛、だって食べたことないもん。」

いろいろ見て回りながらおしゃべりしていると通りの終いまで来てしまった。
それほど歩いたわけではないが四歳の体力では結構疲れたし、日も傾いてきたので帰ることにした。

「じゃあ帰りはこっちの道を通って帰ろう」
「え、違う道通ったら帰れなくなるんじゃない?」
「サウスゴータの地図ならもう頭の中に入っているから大丈夫だよ。平民街を通るけどそんなに遠回りにならないで帰れるよ」

 そんな軽い気持ちで足を踏み入れた、初めて見る平民街は、非道いところだった。
彼らが通って帰ろうとしたのは、地図を見ただけでは分からない、いわゆるスラムと呼ばれる場所だったのだ。
そこはこの世の絶望が全て詰まっているように感じられた。

虚ろな目で道ばたに座り込み、ただ死を待っているかのように見える老婆。
動かない両足を引きずり這いずっている男。
もう動かない赤ん坊に必死に乳房を含ませようとしている母親。
ひどい悪臭と方々から湧いてくる蠅などの虫。
その蠅のわくゴミの山をあさる子供たち。
そこに足を踏み入れた瞬間、ウォルフは身の危険を感じたので、足を竦ませているサラの手を引っ張って元来た道へ引き返した。
帰り道は行きと同じ道を通ったにもかかわらず、もう、楽しむことは出来なかった。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・何であんなところがあるの?」グズグズと鼻を鳴らしながらサラが尋ねる。
「・・・ブリミルの呪い、かなぁ」
「何でブリミル様のせいなのよ!ブリミル様の魔法のおかげでみんな安心して暮らせるようになったんでしょう!」
「貴族という特権階級のみが力を持つことによってね。だけど、ブリミルが来る前から人間はここハルケギニアで暮らしていたんだ。そりゃ最初は楽になっただろうけど代わりにもたらされたのは六千年の停滞だ。六千年も文明が進化しないなんて悪夢だよ。みんなが幸せな社会ならそれでもいいけれど、こんな現実は呪いだと言わざるを得ないよ。水は流れていないと腐るんだ」
「じゃあ・・何で貴族様はあの人たちを救ってくれないの?」
「腐っている、か・・・まあ普通、貴族は平民の街なんか行かないからね。多くの人は知らないんだと思うよ」
「ウォルフ様の言うことはむつかしくてよくわかんないよ・・・」
「本当は貴族こそが見つめなくちゃいけない現実、目を逸らしてはいけない事実なんだけどね。今の貴族は貴族の責務を果たそうとしているとは思えないから」
「・・・・・・」
「サラ、オレは約束するよ。いつか、この現実に抗ってみせる。そして事実からは決して目を逸らさない人間になるってことを」
「・・・うん・・」

四歳児が口にしてもあまり様にはならない台詞ではあるが、サラはウォルフを見つめ返しその手を強く握った。








[18851] 1-2    初めてのお願い
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:f1cb8877
Date: 2010/07/06 19:27
 屋敷の前まで帰ると、門が大きく開け放たれ中で人が走り回っている気配が伝わってきた。

「うわーこれ絶対ばれてるよね?」
「怒られちゃうかなあ」

最早小細工は不可能と覚悟して門から堂々と帰宅すると、そこには鬼がいた。

「ウォルフッ・・どこに行ってたのかしらぁ?」

腕組みをして仁王立ちに立ちふさがり、その手に杖を握りしめ、なぜかチリチリと足元に炎をまとわりつかせたエルビラだった。
思わず漏らしてしまいそうな顔をして硬直してしまったサラをかばい、その前に立ったウォルフは強ばったながらも笑顔を浮かべることに成功した。

「お母様、ウォルフただ今帰宅いたしました。本日は見聞を広めるため港の方に散歩に出かけておりました」

ゴウッと音を立ててエルビラの足元の炎が渦を巻く。

「ウォルフ・・貴方は賢い子供だから分かるわよね?貴方達のような小さな子供だけで街を出歩くのがどんなに危険なことか。貴方達がいないことに気づいた私達がどんなに心配したか。お母さん出入りの商人のミゲルをついうっかり焼き殺しちゃうところだったわ」
「お母様ごめんなさい。お母様が帰ってくる前には戻ってこようとは思っていたのです。帰り道に遠回りしたために遅くなってしまいました」

涙を浮かべた眼で睨まれ、ウォルフは素直に謝った。いったいミゲルはどんな目にあったんだろう。
エルビラは杖を落とし渦巻いていた炎を霧散させると跪いてウォルフを両手にかき抱いた。

「ああっウォルフっ・・貴方が帰ってきてくれたことが何よりです。もうこんな勝手に抜け出したりしてはなりませんよ?お父様に言えばいつでも連れていって下さるのですから」
「ええ、はい、いえあの・・父様には先月から何度か頼んではいるのですが、疲れているとのことでいつも連れていってもらえないのです。屋敷にある本は全部読んでしまったし、魔法はまだ許可が出ないし、外の世界を見てみたいと思ってしまったのです」
「そう・・ニコラがそんなことを・・あの人は今日は宿直だったわね・・・。ちょっとお母さんは隊舎に行ってお父様とお・は・な・し・してきますので貴方達はアンネと先に食事をとっておきなさい」
「「は、はいっ」」
「サラ、ウォルフの相手をするのは大変でしょうけど一緒にいてあげてね?お願いよ」

エルビラはまだ固まっているサラの頭をふわりと撫でてそう言うと杖を拾って出かけていった。
サラはなぜそんなことを言うんだろうと不思議に思ったが、まだ緊張していたため頷くことしかできなかった。


――― 翌日 ―――


「エルに聞いたんだが、お前昨日屋敷を抜け出して町をふらついてきたそうだな?」

 朝食を摂りながら髪の毛を所々焦がしたニコラスが切り出してきた。
昨晩はエルビラに叱られた後、夕食時にアンネがクドクドとずっと叱っていたので大分うんざりしていたウォルフは、ニコラスには色々と言いたいことがあったが取り敢えず「はい」と返事を返すだけに留めておいた。
横では日頃四歳児の弟に勉強で後れを取るという屈辱を味わっている兄のクリフォードが、ざまあみろ、とばかりにニヤニヤしている。

「なぜそんな事をした。そんなことをすれば叱られることぐらいお前なら分かっていただろうに」
「たとえ叱られようと・・・行きたかった、それだけです」
「ウォルフ、家長として命ずる。今後このような勝手なまねはしないように」
「・・・・・・(プイッ)」
「え、ちょっとお前、ここはわかりました、だろ!お前が抜け出す度にエルに燃やされるのは父さんいやだぞ」
「・・・・・・」

あからさまに反抗する息子に狼狽えたニコラスだったが、すぐに落ち着くと話を続けた。

「ん、お前が町に行きたいと言っていたのにそれに応えてあげられなかったことは、悪かったと思っている。しかし父さんも色々忙しいんだ。お前やクリフの我が儘に全て応えてやることはできん」
「別に全ての要求をかなえて欲しいなどとは思っていません。父様が飲みに行ったり博打に行ったり、アンネを口説いたりする時間の極一部を割いて欲しいと思っただけです。あ、でもアンネが困っていますので口説くのはやめて欲しいとも思っています」
「ちょーーーっお前何ぶっちゃけてるんだぁぁ!・・エ、エル、ウォルフは何か誤解しているんだよ、誤解」

エルビラの周りの温度が急激に上がるのを感じながらニコラスは今日も丸焼けかなあ二日連続は辛いなぁなどと考えていた。

「あなた?」
「はいっ」
「後でお・は・な・し・しましょうね?アンネが前に仕えていた所でとても辛い目にあって当家に来ることになった、というのは当然知っていましたよね?同じ様な事をしてどうするのですか!」 
「いやそんな無理矢理にだなんてしようとはしていない・・ええ、はい、後でおはなしですね?はい分かりました。・・はぁ・・・ウォルフ」
「はい」
「結局お前は何がして欲しいんだ?この際だ、全部言ってしまえ」
「はい、まずは魔法を習いたいです。後は蔵書をもっと増やして欲しいです。今あるのは全て読んでしまったので。それで時々は外の世界に連れ出して欲しいです。あとアンネ「アンネのことはもういい」・・」

また余計なことを口走ろうとする息子を制すると、心底疲れ果てた様子で深々と椅子にもたれ、天井を仰いだ。

「お前まだ四歳のくせに魔法なんて生意気すぎるぞ。俺だってまだそんなにできないのに!」
「あークリフ、今は口を出すんじゃない。外に連れ出すのはいいだろう・・父さんも今後は時間ができるだろうしな、後でエルとおはなしするし・・・グスッ。そうだ夏には家族で旅行に行こう、ラグドリアン湖なんかいいかもしれんな父さんの故郷が近くにあるんだ。一度みんなを連れて行きたいと思っていたんだ。・・・蔵書については、今すぐふやすのは難しい。ニコラスプールの実践魔法理論とかもあったと思うんだが、あれも読んでしまったとなると・・あのレベルの本はとても高価になるから家の財政では早々購入できん。エルを通して太守様の蔵書をお借りできるように頼んでみるから、後でどんな本が読みたいのかエルに相談しなさい。後は、魔法か・・・。普通は五歳から十歳くらいで習い始めるものだがお前はまだ四歳。うーん」
「お父様、私は自分が"普通の"四歳児とは異なる事は自覚しています。"普通の"五歳児であるサラとも対等の関係を築けていますし、試してみる分には問題ないのではないでしょうか?・・父様は昼間は仕事のことが多いですし、母様もお城に出仕して家を空けることが多いです。兄様は魔法の練習がありますが、私がその時間していることはサラの相手だけです。私はもっと知識を得たいのです。お願いします、私に魔法を教えて下さい」

そう言うとウォルフは子供用の椅子から降り、深々と頭を下げた。
我が子にそんなに真摯にお願いをされてしまっては、ニコラスとしては受け入れるしかなかった。

「うむ、分かった。しかたない、魔法を習うことを許可しよう。カールには私から伝えておく」
「うおっヤッター!父さんありがとー」
「まったく、許可を出した瞬間父様が父さんになったよ。・・いいな、これからはちゃんと言うこと聞くんだぞ。魔法の練習は危険がつきものなんだ」
「うん、僕がんばるよ!!父さんもおはなしがんばってね!」

それはもういいって言ってんだろがー、と叫びたくなるが、ニコニコとご機嫌な様子を見るとそんな気にもなれなかった。

「とほほ・・・」







[18851] 1-3    初めての魔法
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:f1cb8877
Date: 2010/07/06 19:29
 魔法である。ファンタジーである。

サラとともに杖を渡されて一週間、そろそろ契約が完了するのではないか、ということで二人は家庭教師であるカールの家を訪ねていた。
カールはここらの貴族の子供達に魔法を教えている老齢の男で、元は王宮にも仕えていたという優秀な男だった。
貴族の家に出向くこともあるが、下級貴族の子供らは複数で一緒に授業を受けるためカールの家に出向くことが多かった。

「ふむ、二人とも杖の契約は完了したようじゃ。よく魔力が通っておる」
「二人とも、先週渡した基本の魔法書は読んできたかな?」
「「はいっ!」」
「よい返事じゃ、ではこれより授業を始める。今日はまず魔力のコントロールにおいて基礎の基礎の基礎、『レビテーション』を教えようと思う」
「「よろしくお願いしますっ!」」
「うむ。まず、魔法とはこれ即ち己の想念を顕現させる力のことじゃ。つまり自分の頭の中で考えたイメージを杖を通して現実の世界に作用させる、という事じゃ。魔法を使用する上で大事なことは、まずそのイメージを実現可能な形でしっかり作る、ということ。次いでルーンを唱え、魔力を身体から杖、そして対象へとしっかり流すということ。最後に対象に作用させる、という意志をしっかり持つこと。解るかな?」
「「はいっ!」」
「まあ、なんとなくでも出来てしまったりもするので、このことをきちんと意識してなかったりするメイジも多いんじゃが、より優れたメイジになろうと思うのならば基礎はしっかりしてないといかんからの、イメージし、魔力を流し、実現する、という手順はきちんと意識して魔法を使いなさい」
「「はいっ!」」
「ではまず『レビテーション』をワシがやって見せよう。『レビテーションは』物を宙に浮かせる魔法じゃ、自分にかけると自分自身も浮かせることが出来るようになる。まず、この石を浮かせてみよう。これがここら辺に浮いている様を頭の中でイメージするんじゃ。そして唱える。《レビテーション》!」

その言葉通り、直径二十サントほどの石が浮き上がりウォルフ達の目の前一メイルあたりで静止した。
ウォルフにとって初めて見る魔法ではなかったが、これからこんなデタラメな力を自分も使えるようになるのかと思うと興奮を抑えきれそうになかった。

「せ、先生、僕もやってみてもいいですか?」
「うむ、ではワシが『ディテクトマジック』で観ているからそこの石にかけてみなさい」
「はい、いきます!・・・《レビテーション》!・・・・む?」

石はぴくりとも動かなかった。

「ぬう、なぜだ?・・・《レビテーション》!」
「《レビテーション》!」
「《レビテーション》!」
「ああ、こりゃこりゃ・・連発すれば成功するという物でもないわ。魔力は通っているし、意志も過剰なほどある。問題なのはイメージじゃな。ちょっとイメージだけ練習していなさい。次はサラ、やってみなさい」
「はい、いきます!・・・《レビテーション》!」

石はふわりと浮きかけ、すぐに落ちてしまった。

「ふむ、スジがいいのぉ。イメージもまずまずじゃし魔力もきれいに流れておる。後は意志じゃな、ちょっと浮き上がったらびっくりして集中を途切らせてしまったの。なに、すぐに出来るようになるじゃろう、続けてやってみなさい」
「はい!」

褒められて頬をうっすらと紅潮させているサラを横目で見つつウォルフは悩んでいた。

(イメージができねぇーっ!!石が浮くってやっぱり有り得ないだろう、どう考えても。物理法則無視してんじゃねえよ!あー、この固定観念をどうにかしなきゃオレ一生魔法を使えるようにならないかも・・・)

どうしても何の脈絡もなく石が宙に浮く、ということがイメージできないのだ。
イメージした瞬間に"有り得ない"と前世の記憶が邪魔をするのである。
前世でも、とあるカルトにはまってしまった知り合いに「騙された思って信じてみて?そして"南無妙法蓮華経"って唱えるの!それだけでいいの!そうすれば絶対に幸せになれるから!!」と、勧誘された事があったが、そんなこと言われたっていきなり信じられないし"騙された"とさえ思えなかったものである。
どう考えてもその胡散臭い理論には騙されたと思うフリすら出来ず、その子と一緒に題目を唱えてみてもどうにもならなかったのである。
その子が超可愛くて巨乳な女の子だったにもかかわらず、だ。
その子と肩寄せ合って題目を唱えたときは確かに幸せを感じることが出来た。それは確かだ。
だがそれもその子が壺のカタログを出してきた瞬間に消えた。
黒目がちで綺麗な瞳と思っていたものが、瞳孔が開いていて焦点が定まらない目であることに気づいた瞬間でもある。
つまりウォルフにとって"有り得ない"という観念は強固で生半な事では消し去ることが出来ないものなのだ。
そうこうしているうちに隣ではとうとうサラが『レビテーション』を成功させていた。

「ホラ、ウォルフ様見て見てー!サラ、『レビテーション』出来たよ!」
「お、おぅ、やるなぁ・・・・」

サラが石を浮かしているのを見て、羨望と嫉妬がわきあがってきたことに驚いて目を瞑る。

(はあ、ざまぁねえな・・・何五歳児に嫉妬してるんだよ。落ち着いてイメージし直そう。脈絡がないからイメージが出来ない、つまり、石が浮く理由があればいいんだ。)
(石が地面に落ちているのはなぜだ?重力があるからだ。重力とは何だ?石と地球との間に働く万有引力だ。じゃあ、万有引力とは何だ?質量を持つ全ての物体の間に働く力だ。そう、世界を構成する四つの基本的な相互作用のうちの一つだ。つまりこれに干渉することが出来る力が魔力ならば石は浮くはずだ!)

目を開き眼前の石を睨み付ける。
それだけで石と地球との間の引力を感じ取れる気がしてきた。
そのままその石から出ている引力を遮断するようにイメージを形作る。

「お、お、お、なんかイメージ出来た!いくゼッ・・《レビテーション》!」

フッと軽い音を立てて石は上空遙か高くに飛んでいってしまった。

「あー、そりゃそうかー。重力がなくなりゃ気圧で飛んでっちゃうよな」

小さく呟き、あわてて魔法を解除すると、少しして石が落っこちてきて大きな音を立てて庭にめり込んだ。
その間カールとサラはポカンと口を開けて石の軌跡を見つめているだけだった。
基本的に魔法は呪文と効果が一致しないと発動しない。
ウォルフはレビテーションと唱え石を彼方へととばした。それは魔法としてかなり異質であるといえた。

「ちょ、ちょっと待てウォルフよ、一体どんなイメージを持てば『レビテーション』があんな魔法になるのじゃ!」
「ウォルフ様すごーい」

(うぉぉぉすげぇぇえ浮いたよ、石。重力制御だよ、すげえな魔法。つまり魔法とはグラビトンにすら直接作用する事の出来る力、五つ目の相互作用って事だ。魔力を媒介している、おそらく何らかの素粒子が存在すると想定できるな。ダークマター・ダークエネルギーの一部って事か?よくわからねぇけど元の世界ならノーベル賞物の発見だな!)

初めて魔法を成功させたウォルフは呆然としてしまい、周りの騒ぎも暫し耳に入らなかった。

「こりゃ、聞いておるのかウォルフ。一体何をやったんじゃ、もう一度やってみせい」
「え、あ、すみません。石が浮いている状態をイメージ出来なかったので、石が浮き上がるところをイメージしたらああなりました」
「それに何か違いがあるのか?ふむ、まあいい、もう一度じゃ」
「はい、またちょっとイメージを変えてみます・・・・《レビテーション》!」

今度はまず石から出ているグラビトンを遮断する力をイメージし、魔法を発動させてからそれを絞り込む、という手順を執ってみた。
すると、ある時点を超えたあたりで石は浮き上がり、目の前をふよふよと漂った。

「うーむ、妙に安定しないのう・・・やたらと細かく魔力を制御しておるな。じゃがまあいいじゃろう、ウォルフも『レビテーション』成功じゃ!」
「ふー」

魔法を解除して石を落とすとウォルフは大きく息をついた。額にはうっすらと汗が浮いている。

「ウォルフ様おめでとう!これでいっしょだね!」
「おう、サラに負けてらんないからな、ちょっとがんばっちゃったよ」
「サラのがお姉さんなんだから少しぐらいいいのに・・・」
「だが断る!男の子には男の子の意地ってもンがあるのですよ」
「何で敬語?ふーんだ、次の魔法もサラが先に成功させちゃうもんねー」
「いや、もう掴みはOKだ。次はこんなに苦労しないゼ」

弟子達が喜んでいる様子を目を細めて見ていたカールだったが、ウォルフが汗を浮かべ息を荒くしていることに気付いた。

「おぬしは結構疲れておるのう、まだ四歳じゃしな、やはりあんなに高く石を飛ばすことは負担だったか」
「いえ、飛ばすのは殆ど何の負担も感じなかったのですが、細かく魔力をコントロールして石が浮いている状態にするのがとても大変でした」
「『レビテーション』は普通そんなに細かい制御は必要としないんじゃが・・・まあそれなら魔力の制御になれればそう負担に感じることもなくなろう」
「うーん・・・あっでも今ならもう普通に石が浮いているイメージを作れるかもしれない!やってみてもいいですか?」

"魔力素"の存在を実感として感じる事が出来るようになった、ということはウォルフの世界観が変わったということであり、もう石が宙に浮くことは有り得ないことではないのだ。

「いいじゃろう、やってみなさい」

目を瞑って再び集中する。

(俺のレビテーションが普通と挙動が違うのはなぜだ?普通は重力制御で浮いているわけではないって事だ。魔力素が影響を与えるのはグラビトンだけではないという証左であろう。いわゆる念力のように魔力によって直接持ち上げているのか?よし、重力制御するの魔法を『グラビトン・コントロール』って名付けよう、そして『レビテーション』は魔力によって直接物体を持ち上げる魔法って認識するんだ。)
(そうだ、魔力ならそんなことだって可能なはずだ。この世界の多様な魔法がそれを証明してくれている、ここは魔法がある世界なんだ。よし、魔力によって浮いている石をイメージして・・・)

「いきます・・・《レビテーション》!」
「ふむ」

今度は普通に浮いた。安定もしているし、どう見ても普通のレビテーションである。

「やっと普通に出来たのぉ・・一体何が違ってたんじゃ」
「石が浮くなんて有り得ない、という観念を取り除くことに苦労しました。僕が納得出来る形で浮かそうとしたのが最初の魔法でしたが、それに成功することによってやっと何とかなりました」
「ぬぅ、四歳児のくせに頭が固いのぉ。普通その年頃の子供は大人が言うことをそのまま信じるもんじゃ。なんか気付いたことはあるか?」
「浮き上がらせているのを維持するのは大分楽ですね。ただ、浮き上がらせること自体は最初にやったものの方が魔力を必要としないようです」
「それは、お前の中では別の魔法として認識している、ということか?」
「はい、最初にやったのは『グラビトン・コントロール』と名付けました。下に落ちる力を制御する、という意味です」
「下に落ちる力がなくなれば浮き上がる、ということか。初めて使う魔法がオリジナルの魔法とは・・・いやはや」
「魔法はイメージが大事、だということがよく分かりました。理屈は後からついてくるってところでしょうか。『グラビトン・コントロール』が成功したのはその原理が元々『レビテーション』に含まれていたからではないか、と思えます」
「まあ、魔法が使える、といってもその原理を説明出来るやつなどおらん。魔法で浮いた、でおしまいじゃ。おぬしはかなり理屈っぽいようじゃな。理屈が解らないと使えない、というのではこの先難儀することも多くなるかもしれん。もっと頭を柔軟にして感覚で理解する、ということも重要じゃ。覚えておきなさい」
「はい、今日は身にしみました」
「うむ、迎えが来たようじゃ。今日の授業はこれまでとする」
「「ありがとうございました!!」」

 今日初めて魔法を使い、テンションが高くなっていた二人は迎えに来たアンネに纏わりつき、今日習ったことを自慢した。
アンネは自分も簡単な魔法を使えるし、サラの父親もメイジなので、サラもいずれ魔法を使えるようになるとは思っていたものの、実際に使えるようになったと知り嬉しそうだった。
三人で手を繋いで帰る道中笑いが絶えることはなかった。






[18851] 1-4    初めての原作キャラ
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:f1cb8877
Date: 2010/07/06 19:30
 魔法を習い始めて一月が経った。

これまでに習った魔法は

・レビテーション
・念力
・ロック
・アンロック
・ライト
・ディテクトマジック

の六つである。それぞれに対してのウォルフによる感想と見解は、というと―

『レビテーション』―重い物でも浮かせて運べるので便利な魔法。最近お手伝いでよく使う。水汲みなんか喜んでやっちゃう。

『念力』―『レビテーション』から重力制御を抜いた感じ。その分精密な操作ができる。サラより先に出来たので思いっきり自慢していたら怒られた。

『ロック』&『アンロック』―かなり苦労した。サラはなぜかすぐに出来たので自慢し返された。けど結局授業時間中に成功しなかったら帰り道で慰めてくれた。サラはええ子や。家で鍵の構造を完璧に覚えてやったら成功したが、他の鍵には通用せず、ただの『念力』だったことが判明。へこむ。悩んだ末、鍵そのものに鍵がかかっている状態と空いている状態の想念が残っていて、その物の記憶といえるものを魔法で読み取って操作する。という仮定により成功させることが出来た。メイジならば誰でも開けられるというのではこの世界の鍵にあまり意味はないと思う。

『ライト』―最初は何を光源にしているんだろうと悩んだが、カールの『ライト』を観察して、魔力素をそのまま光子に変換しているんだ、と気付いたらすぐに成功した。イメージによって波長を変えられることも判明、光の色を変えて遊んでいたらカールにかなり驚かれた。サラはずっと出来ないでいたので「魔力をそのまま光らせる感じでイメージするといいよ」とアドバイスしたら成功していた。「ぁりがとぅ」って言われた。

『ディテクトマジック』―魔力を探知出来るし構造や材質なども解る便利な魔法。『ロック』の経験からかすぐに使うことが出来た。っていうか『ロック』の前に教えるべきだと思う。

 この一ヶ月の生活はほぼ規則正しく、午前中はサラに読み書きや計算を教えながら自分の勉強、午後はサラと一緒に魔法の練習、というものだった。
魔法は一度成功したらいつでも使える、という物でもなく、イメージ次第でどうとでもなってしまう物なので反復練習をしてイメージを固めることが必要なのだ。
その練習は最初はニコラスかエルビラがいる時しか許されなかったが、習熟度を見て子供だけでの練習も許可された。
ウォルフは一度覚えてしまえばすぐに魔法が安定したし、サラは少し不安定だが総じて二人とも非常に上達が早く、周りの人を驚かせた。


――― カール邸中庭 ―――

「さて、今日教える魔法は『ブレイド』と『マジックアロー』じゃ。これらの魔法は攻撃魔法ではあるが使い方によってはとても便利なので覚えておくべきじゃ。」
「まず『ブレイド』じゃが・・《ブレイド》!と、このように魔力によって刃を作りそれによって物を斬る、という魔法じゃ」

茶色く光る刃を出現させ、丸太を切ってみせる。

「どんな物が切れるかは術者の能力によるが、普通の刃物よりはよっぽどよく切れる。ブリミル様はダイヤモンドさえ切って見せたという程じゃ」
「続けて『マジックアロー』も見せておこう。同じように魔力の矢を作り出し、遠方に射かける、という物じゃ・・・《マジックアロー》」

今度は光の矢が飛び、遠くに置かれた丸太に穴が空く。

「これらは魔力光を放つが、その色によって術者の系統を特定することが出来る。ワシの系統は土じゃから魔力光は茶色じゃ。・・・他にはどんな系統があったかな・・ウォルフ」
「はい、火・風・水・土の四系統と虚無の系統です」
「うむ、お前達の系統は何かの、楽しみじゃ。・・では『ブレイド』からやってみなさい・ウォルフ」

一歩前に出て目を瞑り集中を高める。
イメージするのは魔力素を平面に並べること。魔力素を隙間なく並べることをイメージし、形は青竜刀を思い浮かべる。

「いきます・・・《ブレイド》!」

真っ赤に輝く刀が現れた。全く厚みを感じない刃と反った刀身、成功である。
そのまま試し切り用の藁束、丸太、鉄柱を切ってみる。全て何の抵抗も感じさせずに切れてしまった。思わず身震いするほど恐ろしい切れ味である。

「ふぅむ、大分魔法のコツを掴んだのぅ。20サントもある鉄柱を切ってしまうとは・・・お前の属性は火じゃな、では続けて『マジックアロー』を射なさい」
「はい・・・《マジックアロー》!」

今度は底面が三サントほどの円錐型に魔力素を並べるイメージで矢を作り的に向かって打ち出した。
光の矢は的に当たると刺さりはしたが貫通せずに消えてしまった。

「こちらの威力はまだまだじゃな、矢のイメージに改良の余地があるようじゃ、横で練習していなさい・・・ではサラ、お前の番じゃ」
「はい、・・・《ブレイド》!」

サラは水色の『ブレイド』を発生させ、藁束、丸太を切ることが出来たが鉄柱は切れなかった。

「よろしい、なかなかの威力じゃ。お前の属性は水じゃ、では次『マジックアロー』じゃ」
「はい・・・《マジックアロー》!」

マジックアローも丸太を貫通したが、鉄柱には刺さっただけで貫通はしなかった。

「こちらも威力は十分じゃな。二人とも、これらの魔法はとっさの時に身を守ってくれる心強い武器でもある。口語なので発動も早いし、威力も今見た通りじゃ。では、発動の早さ、確実性、威力を意識して練習しなさい」
「「はい!」」

二人に自由に練習をさせ、カールは中庭が見えるテラスに移動し、休憩を取っているとメイドが声をかけてきた。

「旦那様、お客様です。マチルダ・オブ・サウスゴータ様がいらっしゃいました」
「あの子の授業は一昨日したばっかじゃが、なんかあったかの、ここへ通しなさい」
「かしこまりました」

 現れたのは緑色の髪をした細身の少女で、手に大きな荷物を抱えていた。

「先生!こんにちは。ご機嫌よろしゅう。今日は母様がクックベリーパイを焼いたので、持って行けと言うのでまいりました」
「おう、マチルダ様こんにちは、じゃな。焼きたてのクックベリーパイのお裾分けか、それはうれしい、一緒にお茶にしよう。おーい、ヘレンお茶の用意をしてくれ四人前じゃ!先週届いたのがあったろう、あれを出してくれ」
「はい、ご一緒します。あら?先生、あんな小さな子達にも教えてらっしゃるんですか?まだ四歳位じゃないですか」
「ああ、あの子は四歳と・・・五ヶ月くらいじゃったかな、ワシの教え子の最年少記録じゃ」
「そんな・・最近は早期教育とかいって小さい子供に無理矢理魔法を習わせるっていうのが流行っている、とは聞きましたが。・・・まさか先生がそんな事するなんて」
「ああ、無理に幼いうちから魔法を習っても何のメリットもないとはワシも思っているよ。・・じゃが、あれは違うんじゃ」
「違うって何が違うんですか。あんなに小さくて可愛らしい子が怪我でもしちゃったら。先生だって小さい子供はイメージもうまく作れないし、集中力もないって仰っていたじゃないですか」
「だから、あれは違うんじゃって。はあ、実際に見んと分からんか。マチルダ様、ゴーレム生成の復習はしてきましたかな?」
「は?はい。やっております、青銅製のゴーレムを生成した後、強化も掛けることが出来るようになりましたので飛躍的に強度が上がりました。昨日は騎士見習いのジムにブレイドで斬りかかってもらったのですが、傷一つ付けられることはありませんでした」
「ふむ、では中庭に出てゴーレムを作りなさい。あの子に『ブレイド』で斬らせてみよう」
「はあ?私のゴーレムは青銅製で強化も掛かっているんですよ?あんな子供にどうこう出来るものではありません!」

カールの提案に憤然と反抗するマチルダ。十一歳ながらかなりプライドが高いのだ。

「いいから、言われた通りにしなさい。そら、こっちが階段じゃ。おーいウォルフ、今からこのお姉ちゃんがゴーレムを出すから、『ブレイド』で斬りなさい」
「はーい!おねえさん、こんにちは!ウォルフです。よろしくお願いします」
「あ、わたしはサラです。こんにちは、初めまして」

マチルダはカールに半ば無理矢理に連れ出されてしまい、多少ふてくされながら改めて二人に目を向けた。

 よく似た姉弟、それが第一印象である。
目の前に並んで立つ二人は、よく似たダークブラウンの髪でウォルフは耳が出る程度、サラは肩まで伸ばしている。
その顔つきはよく似て可愛らしく、二人で色の違う大きめの瞳が印象的である。
何を期待しているのか、ウォルフはエメラルドのような深緑の瞳を、サラはサファイヤのような水色の瞳をキラキラとさせながらこちらを見つめてくる。

そういえばこんな弟妹が欲しいって思っていたなあ、などと思いだし、ため息をつきながら二人に向き合った。

「マチルダ・オブ・サウスゴータだよ。今日はカール先生に言われたから、しかたなく、お前達の相手をしてあげるよ」
「あぁ、お転婆姫・・・・・イテテッ」

確かにそれは、元気の良すぎるサウスゴータ太守の娘に対して市井の者がつけたあだな、ではあった。しかし本人を前にして口にすることではないのでサラはあわててウォルフを抓りあげた。

「ふぅん・・・私はそんな風に呼ばれてるのかい?みんな何か誤解してるようだねぇ・・・・・《クリエイト・ゴーレム》!!」

マチルダが口の端を無理に吊り上げた"イイ笑顔"でルーンを口にすると、地面から赤銅色に輝くゴーレムが姿を現した。
身長二メイル程、騎士の鎧を形取ったそれは、左手に盾右手に大剣を持ち周囲を威圧するように睥睨した。

「ハッハァーっ!今日のはいい出来だよ!錬成もしっかり出来てるし強化もばっちりかかってる。こいつに傷を付けるなんてトライアングルクラス以上じゃないと不可能なはずさ!」
「確かにいい出来じゃ。今までで一番じゃな。ふむ、サラにもやらせてみるか・・・サラ、『ブレイド』を出してそいつを斬ってみなさい」
「ほぇ?・・・は、はい、わかりました。・・《ブレイド》!」

サラは「うぉー、かっけー」などと興奮しているウォルフの隣でポカンと口を開けてゴーレムを見上げていたので、少々あわててブレイドを作り出した。
そしてカールに目をやり頷くとゴーレムに斬りかかった。

「やあっ!!」

「ふん、まあこんなもんだろうね」

ゴーレムはほとんど動かずに盾でサラの攻撃を受けた。
マチルダの言葉通り盾にはかすり傷すらついていなかった。

「やあっ!!やあっ!!」

続けてサラが何度も斬りかかるが、結果は同じだった。
マチルダは、サラがバランスを崩して転んだりすることがないように気を遣って受けてあげるほど余裕だった。

「よし、それまで。・・・・次はウォルフ、やりなさい」
「はい!」

肩で息をして悔しそうにしているサラと交代すると、目を瞑り集中しブレイドを出した。一メイル半ほどの大剣である。

(薄い・・・何であんなに薄いの?)

その剣の薄さに驚いた。
あんなのではまともに切れないのではないか、とも思ったが、薄くとも濃密な魔力を感じ取ったマチルダは念のためゴーレムに構えを取らせた。
そんなゴーレムにウォルフは正対すると自分も構えを取り、斬りかかった。

「ウォルフ、いきまーす!」

一瞬で終わってしまった。
ウォルフは「燕返し!」などと呟きながら飛びかかって逆袈裟と袈裟に斬りつけただけなのだが、それだけでマチルダのゴーレムはバラバラになってしまったのだ。

「・・・あれ?」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」

マチルダは無残な事になってしまった自分のゴーレムを見つめ黙り込んでしまった。目には涙さえ浮かべている。
サラは心なし嬉しそうではあるが、どうしたらよいか分からずオロオロしている。
カールはいつもとあまり変わらないが、何かを考え込んでしまって黙っている。
ウォルフはこのいたたまれない雰囲気を何とかしたい、とは思うものの何と声を掛けていいのか分からず、マチルダに向け手を伸ばしたり下ろしたりしていた。

「きょ、今日はこんな事になっちゃったけど、絶対もっと強いゴーレムを創れるようになるんだからっ!覚悟しときなさいよ!」
「う、うん・・・」

目尻に涙を浮かべた美少女に睨みつけられ、密かに萌えた四歳児だった。




「なんじゃ?マチルダ様。なにか聞きたくて残ったんじゃろう?」

微妙な雰囲気になってしまったティータイムの後、迎えに来たアンネに連れられて帰る二人を見送ったテラスで切り出した。

「あの子のことに決まってます。何であんな子供の『ブレイド』があんなに凄い威力なんですか?本当にあれは『ブレイド』ですか?」
「ちょっと変わってはいるが、あれは只の『ブレイド』じゃよ」
「そんな、あんな子供がトライアングル以上だって言うんですか?そうじゃなきゃ『ブレイド』があんな威力がある筈ありません!先生だって私のゴーレムはいい出来だって仰ってくれたじゃないですか」
「確かにな。いい出来じゃったよ、お主のゴーレムは。ワシでも『ブレイド』ではあんなに綺麗には切れん・・」
「そんな、土のスクウェアである先生よりも威力があるなんて・・・」
「あの子はまだ魔法は覚え立てじゃ。クラスがどうとかいう前にまだ系統魔法も使ったことはない。精神力だってワシが見るにいいとこラインに届くかどうかというところじゃろう。それでも、年を考えれば可成り破格じゃが」
「そんな・・・それじゃどうして・・・」
「魔法を教えるときに最初に教えたはずじゃ。イメージじゃよ。あの子の魔法はイメージが普通と違うのじゃ」
「イメージ・・・そんな、それだけで?」
「そうじゃ、どうしてあんな風になるのかはワシでもまだ分からん。じゃがこれは言える。あの子の魔法は世界に沿っている、とな」
「・・・天才っていうやつでしょうか?」
「ふん、天才か。そんな安っぽい言葉で理解できるようなモノではないわ。・・・あえて言うなれば異才。あの子は我々とは全く別の世界を見ているようじゃ」
「・・・・・・・」
「まあ、まだ子供だし、どう育つかは分からん。案外二十歳過ぎたらただの人になるかもしれんぞ。あの子も『ロック』を覚えるには二週もかかったし、最初は『レビテーション』も全く出来なかったもんじゃ」

暫く考え込んでいたマチルダだったが、やがて顔を上げると立ち上がった。

「帰るのか?」
「はい、今日は勉強になりました。ありがとうございます」
「うむ、こちらこそありがとうじゃ。お母様によく礼を言っておいてくれ」
「はい、伝えておきます。あと・・・あの子達の授業は来週もラーグの曜日でしょうか?」

マチルダは少しの逡巡の後、カールの目を見つめ尋ねた。

「そうじゃ、来週から二人とも系統魔法に入る。火と水じゃな、今火と水の初心者が他にいないから来週も二人一緒にここで授業じゃ」
「それに私も参加してもよろしいでしょうか?」
「お主もそろそろ別の系統を学んでも良い頃か。いいじゃろう、来なさい」
「はい、ありがとうございます。ではまた来週、御機嫌よう」

 帰り道、マチルダは燃えていた。
ただの『ブレイド』がイメージだけであれだけの威力になるのだ。他の魔法だってイメージ次第で全く違う物になる可能性はある。今日は魔法の奥深さを思い知った気分だ。あの子を観察してそのイメージを盗んでやることが出来れば私の魔法も上達するに違いない。フフフ・・・盗んでやる、盗んでやるぞおおぉぉぉ!」

最後の方は声に出てしまっていたために、周りから可成り注目を浴びていたのだが、マチルダがそれに気付くことはなかった。











[18851] 1-5    初めての系統魔法
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:f1cb8877
Date: 2010/07/10 17:44
――― 翌週 ―――

 いつものようにウォルフとサラはカールの屋敷の中庭に来ていた。
ただ、いつもと違うのはカールの隣に見たことのある少女が不機嫌そうに立っていることだった。

「あー、今日から系統魔法の課程に入る。本当は火と水とでそれぞれ別々に学ぶもんじゃが、時間枠の問題での、一緒にやってしまうことになった。まあ、片方に説明してる間に片方が練習して、という風にすればそれほど無駄は出んもんじゃ。そしてこちらが今日から一緒に学ぶことになった、マチルダ・オブ・サウスゴータじゃ。マチルダ様は土メイジじゃが今日から火と水も学ぶ。仲良くするように」
「先週会ったわね、マチルダ・オブ・サウスゴータよ。よろしくお願いするわ」
「ウォルフ・ライエ・ド・モルガンです、よろしくお願いします」
「サラです、よろしくお願いします」

よろしくお願いされてしまって思わず返事をしたが、ウォルフとサラはかなり驚いていた。
男爵の息子であるウォルフと平民であるサラが一緒に魔法を学んでいる、ということもここサウスゴータ以外では有り得ないようなことなのに、太守様の娘が一緒に学ぶというのだ。
しかし、当のマチルダは気にしていない風でサラの横に移動して一緒に並んでいる。
まあ、本人がいいならそういうものかと思って、気にしないことにした。

「ワシは土メイジじゃが、火と水もラインスペル程度なら教えることが出来る。お主達も火、水、土とそれぞれ自分の系統を持っている。しかしそれ以外の系統も絶対に使えない、というわけでもない。自分の系統以外では効率が可成り悪くなるから最初は難しいと思うが努力することは悪いことではないと思う」

カールはそう言うと生徒達を見まわした。

「まず、系統魔法についてじゃが、ウォルフ、系統魔法とコモンマジックとの違いは何じゃ?」
「呪文がコモンマジックは口語、系統魔法はルーンになります」
「うむ、まあ、なぜ呪文が変わるのかについては分かっておらん。"ブリミル様がそう決めた"からじゃ。ではまず火から始めよう。これから見せるのは火の魔法の初歩の初歩、『発火』の魔法じゃ。スペルはウル・カーノじゃ・・・《発火!》」

カールの杖の先から音を立てて一メイルくらいの炎が吹き出した。

「と、まあこんな感じじゃの。この魔法も大事なのはイメージじゃ。己の中で燃えさかる炎をイメージしそれを目の前に顕現せしめるのじゃ。それでは、うん、何じゃ?」
「先生!この炎は一体何が燃えているのでしょうか?」

ウォルフである。
それが炎である以上なにかしらの気体と酸素との化合反応であることは解る。
しかしメイジが作り出す炎が何を燃焼させているのか解らないことにはウォルフは正しくイメージすることが出来ない。
だいたいみんな同じ様な炎を出すので何か決まったことがあるのかとも思って、火のメイジであるエルビラにも何度か尋ねたのだが、魔法よ!としか答えてもらえなかった。

(結構明るいし、炎も大きい。炭化水素の不完全燃焼系っぽいけどなぁ。炭化水素って言ったっていっぱいあるし・・・大体炭化水素あそこに作るってのは練金って魔法じゃないのか?練金って土系統だろう。火メイジっていうのがそもそも訳ワカメなんだよ。他の系統はいいよ、固体・液体・気体のそれぞれの相を司る魔法。分かり易いじゃないですか、とてもイメージしやすいです。それに比べて火ってなによ。この世界の可燃物質と酸素の化合で、発熱と発光を伴うものを司る魔法、じゃなんか寂しいじゃないですか。イメージしにくいです。それとも熱を司る魔法、だとでも言うんですか?それだとイメージし易いけど・・・)

また何かいらんことで悩んでいるように見えるような教え子に対し、カールはやさしく、こう答えた。

「術者が心の中で思い浮かべる炎、じゃ」

「それがなんだか聞いているンだぁぁぁぁぁっ!!」

思わず取り乱してしまったウォルフだが、サラに抱きとめられ落ち着いた。いいコいいコされている。あからさまに子供扱いされると恥ずかしくて動けなくなるのだ。

「ふむ、お前も色々と難儀じゃのぅ。とりあえずワシが今出した炎をイメージしてみなさい。では、皆やってみなさい」
「「はい!」」

 発火の魔法に挑戦し始めた二人を横目にウォルフはまだ悩んでいた。

(あまり考えてもしょうがないって事は分かっているんだけど・・・ええい、取り敢えずやってみよう!多分何らかの可燃物質が杖の先から熱を持って放射されているんだよな、きっと、おそらく、メイビー。酸素はどうやら現地調達っぽいな。・・・杖の先で魔力素を高温の可燃物質に変換する・・初めはなんか簡単な・・)

ここでウォルフは魔力素から変換しやすそうな物として、水素を思い浮かべてしまった。
色々考えすぎて訳が分からなくなってしまっていたのかもしれない。
マチルダが小さい炎ながらも《発火》を成功させていて、少なからず焦っていたことも影響したかもしれない。
確かにもっとも構造の簡単な可燃物質ではあるが、この場合、燃焼材として不適切なのは明らかだった。

「うぉあっ」「「きゃあっ」」

ウォルフの初めての『発火』の魔法は成功し、高温に熱せられた水素ガスは杖の先で酸素と反応して燃焼した。
爆音とともに。

「いたたた」
「一体何故ただの発火が爆発するんじゃ。ほら、大丈夫か」

ひっくり返ってしまったウォルフを立ち上がらせながら『ディテクトマジック』で怪我がないか確認する。

「怪我はないようじゃな。しかし普通は魔法を失敗しても何も起こらんもんじゃ。爆発する、なんて聞いたことがないわい」
「あ、いや魔法は成功したみたいです。・・ちょっと勢いが良かっただけで」
「どこがちょっと、よ!今の絶対『発火』じゃないでしょう!」
「いや、『発火』だってば。ちょっと"勢いよく"燃焼しちゃったんだよ」
「だから、あんな『発火』見たことないって言ってんの!」

マチルダはしゃがみこんで固まってしまった状態から再起動すると、ウォルフにくってかかった。
"世界に沿っている"という魔法を観察し、自分も身につけてやろうと意気込んでいたのに、その目論見は最初から躓いてしまった。

「マチルダ様、落ち着きなさい。あーウォルフ、お前はよくイメージを練ってから魔法を使用するようにしなさい。・・『発火』はまた次回にしよう。それぞれよくイメージを作ってきなさい。ウォルフ、練習するときは必ずエルビラに見てもらうんじゃぞ」

とりあえず、またマチルダの前で爆発を起こされるのは御免なので、多少無責任かなとは思ったが綺麗にエルビラに投げてしまった。
きっと来週には爆発せずに出来るようになっていることだろう、きっと。

「では、続けて水の系統魔法を教える、サラの系統じゃな。・・・まずはこれも初歩の初歩コンデンセイション『凝縮』、スペルはイル・ウォータルじゃ・・・《凝縮》!」

カールの杖の周りに靄が掛かったようになると、それが渦を巻きやがて直径十サントほどの水の玉が宙に浮かんだ。
今回は一緒にではなく一人ずつ、サラ・マチルダ・ウォルフの順にやらせた。
サラは自身の系統と言うこともあり、数回目に成功させ二サントほどの水球を浮かべたが、マチルダは集中力を欠き、とうとう成功させることが出来なかった。
そして・・・

「よいか、ウォルフよ、水じゃぞ、水。よくイメージするのじゃ、澄み切って透明な水を。けっして油などをイメージしたりはしないように。・・集中じゃぞ、集中。」
「はぁ、大丈夫ですよ先生。さっきのはたまたまです。今度のはイメージしやすいんで、普通に成功するか全く出来ないか、のどっちかだと思います。・・・いきます・・《凝縮》!」

ウォルフがルーンを唱えた瞬間、辺りは深い霧に包まれそれがそれが渦を巻いて消え去った後、そこに三十サントほどの水球が姿をあらわした。

「ぃよっしゃっ成功!、やっぱ魔法はイメージだなー。何かオレもう水メイジでいいんだけど」
「ちょっと、なんでさっきの失敗したくせに水の魔法は成功するのよ!あんた火メイジでしょう!」
「ウォルフ様、おっきい・・」

「問題ないようじゃの。火メイジなのに水魔法を先に成功させるとはますます訳が分からんがまあ、いいじゃろう。各自練習していなさい。マチルダ様、ちょっとこちらへ」

ウォルフとサラに自由に練習させ、マチルダをテラスに連れ出した。

「マチルダ様、一々ウォルフに突っかかっても意味はない。怒るのではなく、何故そうなったかを考えるのじゃ」
「だって、あいつがあんまりめちゃくちゃだから・・・」
「前にも言ったが、彼の精神力はすでにライン程度はある。自身以外の系統を使えても不思議はないのじゃし、魔法は元々めちゃくちゃじゃ」
「・・・・・考えたら解るようになるのでしょうか?」
「それは知らん。じゃが、彼の魔法を理解しようとすることは、世界を理解しようとすることかもしれん。世界を理解することが出来た人間などおそらくブリミル様だけじゃ。しかし考える事こそ、そこに近づく唯一の方法じゃと思っている」
「・・・・・・・」

ウォルフが理屈で魔法を理解しようとしていることをカールは感じ取っていた。
ハルケギニアでそんなことを考える人間は居なかった。魔法は水などと同じくそこに"在る"もので、何故"在る"かなどということは考えるようなことではなかったからだ。自分の腕を動かすのに、何故動くのかを理解していないと動かせない、などという人間は居ないのだ。
だからウォルフがそんな切り口から魔法を習得していく姿は驚異だったし、時々その威力が非常な物であるのをみて畏怖すらも感じていた。

「まあそんな深く考えんでもいいわい。マチルダ様はお姉さんなんじゃからな、優しくしてあげなきゃいかん」
「お、お姉さん・・・・・・はい、分かりました。これからはなるべく怒鳴ったりしないようにします」
「うむ、よろしい。では戻ろうか」



「あー結局ちょっとしか成功しなかったわー」

テーブルに突っ伏してマチルダが呻る。
魔法の練習を終えた三人はテラスでマチルダが持ってきたお菓子をつまんでいた。

「一サント位の水玉が出来てたじゃん。もうイメージ掴んでいるんだから後は集中すればいいだけなんじゃない?」
「気楽に言うわね、そうよ、水玉よ。あんたは一メイル位の"水球"を出せる様になってんのに私は水玉。イメージなんて掴んでないわよ!空気中の水を集めるって何よ、意味わかんない。空気は空気、水は水、でしょう」
「いや、見えないだけで空気の中に水分が有るんだって。お湯を沸かすと湯気が出るだろ。あれは空気中に溶けようとしている水分だし、雨が続くと空気中の水分が増えてじっとりと感じるだろ。反対に日照りが続けばカラカラに乾燥しちゃう」
「う・・そういわれると確かに・・・」
「そうさ、水は温度と圧力によって氷になったり液体になったり気体になったりする物なんだよ。だから後はその空気中の水分を液体に戻してやるイメージを作るだけさ」
「・・・・・ちょっとやってみる・・・《凝縮》」

杖を取り出しルーンを唱える。すると今までマチルダが『凝縮』を唱えたときには感じられなかった靄が湧き出てやがて十五サント程の水球になった。
マチルダは激変した魔法の効果に思わず息をのんで呆然としてしまった。

「そんな、こんなに簡単に?」
「ほら、出来たじゃん。やっぱり魔法はイメージだね、イメージ」
「・・・・」
「ウォルフ様、私もやってみる、見てて」

横で考え込んでいたサラが声を掛けてきた。マチルダの魔法を見て自分も試したくなったらしい。

「おう、やれやれ。空気の状態の水と液体の状態の水があるって認識するんだ。靄や霧はすっごく細かい液体の水が空気中にたくさん漂っているって状態なんだよ」
「うん、がんばる・・・・《凝縮》!」

サラは五十サント程の水球を作ることが出来た。



「はぁ、結局ウォルフが一番で私がどべか・・・」

両肘を机について頬杖ついている。まだ不満そうだ。

「いいか?年下に抜かれちゃったときは、気にしていないフリをするのが自分に優しくするこつだ」
「四歳児の分際で、なんて生意気なのかしらこの子は」
「・・・その四歳児にちょっと水球の大きさで負けたからってブルーな空気振りまかないで下さい。少しは周りに気を遣えよ、十一歳」
「ぐぅっ・・・・」

思わずまた怒鳴ってしまいそうになったが何とかこらえることが出来た。
ウォルフも四歳児と言われ、つい言い返してしまったがフォローを入れとくことにした。

「そんなに焦ることないじゃん。マチルダ様の年で土と火と水とが出来るなんて、そうはいないだろう?」
「・・・・・・あんたやっぱ四歳児じゃないわ」





[18851] 1-6    初めての気絶
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:f1cb8877
Date: 2010/07/15 21:48
――― 魔法を習い始めて一年が経った ―――

 ウォルフはその後すぐに『発火』の魔法を成功することが出来た。
燃やす物質については取り敢えずイメージしやすかったのでプロパンにする事にした。
イメージ通りの気体を発生させる事が出来るのは『練金』に似ているが可燃性の気体に限定されるわけでもなく、酸素や窒素なども高温なら発生させる事が出来た。
アセチレンと酸素の混合気体も出す事が出来たのだが、温度が高くなりすぎるので危険と判断し日頃は封印する事にして、プロパンと酸素で練習している。
ラインスペルもすぐに成功させ、火のラインメイジであり、それどころか風・土・水の系統魔法も使える、四系統全てを操る希有なメイジとなっていた。
お気に入りの魔法は『練金』で、最近は暇さえあれば様々な物質を『練金』している。
原子や分子、結晶構造などを知ってさえいればどんな物質でも創ることが出来るのだ。
まさに神にでもなった気分で金や白金、タングステンなどを『練金』し、ダイヤモンドの板に六方晶ダイヤモンドで落書きしていたら、カールに金などを『練金』出来ることは他の人間には言わないように注意された。
その時はそんなに神経質にならなくてもいいんじゃないか、とも思ったが、純粋なウラン238を作ってみてそれがあまりも簡単にできることを知り、この魔法の危険性に気付いた。
この知識が普及してウラン235やプルトニウム239をそこら中で好き勝手に作っている社会などには住みたくない。

 サラは水のドットメイジのままである。
しかし、火は使えないものの風・土を使え、ウォルフには及ばない物の優秀な万能型のメイジへと成長していた。
勉強も日々ウォルフの薫陶を受けたせいで読み書きはばっちりだし、計算もすでに数学と呼べる物までこなすようになっていた。
お気に入りの魔法は『フライ』で、時間が出来るとウォルフを誘い公園や町のそばの森などを『フライ』で散歩している。

 マチルダは最近やっとラインメイジになれた。
ウォルフに負けたままではいられない、と猛練習をしてきた成果であり、風以外の魔法を使いこなせるようになった。
ウォルフの『ブレイド』に耐えることの出来るゴーレムは未だ創れていない。
最近は斬られない物を創ることは諦めていて、例え斬られても直ぐに修復できるように素材を土にし、また多少斬られても関係ないように大型化を図っている。
ウォルフにはマチ姉と呼ばれている。
有る程度親しくなった頃「お姉ちゃんと呼べ」と提案(強要?)したのだが、サラが涙ながらに「だめぇ・・・私だってお姉ちゃんって呼んでもらえなかったの・・」と抗議したために現状に落ち着いた。

 三人の仲は良好でウォルフがエルビラの息子だと分かってからは城に呼ばれて遊んだりもしている。
ちなみにウォルフの兄のクリフォードは風のドットメイジになっていて、マチルダはまだ彼とは面識がない。

 勉強したり、遊んだり。そんな、子供らしい日々を過ごしていた。




「気絶したい?」

サラは驚きで目を見開きやがて可哀想な人を見る目でウォルフを見つめた。

「ごめんなさい。サラ、それを治す魔法は知らないの・・」
「いや、そうじゃないから。別に頭がおかしくなった訳じゃないから!」

ウォルフは「でも、水の秘薬ならもしかしたら・・・」などと言いかけるサラを遮って続けた。

「ドラゴンボールを見て育った世代としては、サイヤ人的超回復を一度は試してみなきゃならないって事なんだけど・・・」
「ドラゴン?サイヤ人?」
「ああ、通じないか、つまり・・・」

ウォルフは最近自身の魔力量について悩んでいた。足りないのだ、魔力が。

 『練金』という「魔法の力」を手に入れて以来、日本人としての物づくりの心を刺激されたウォルフは、ここ納屋の二階でちまちまといろんな物を作っていた。
樹脂製の軽いバケツやじょうろ、チタンワイヤで作った洗濯ばさみ、各種温度計や湿度計などの生活向上用品。
定盤やノギス、万力にヤスリといったここで使う基本的な工具。
それだけでなく材料そのものにも目を向け、元々持っていたある程度の石油化学の知識と魔法で得られる知識を駆使して、様々な実験を繰り返すことにより数多くの樹脂のレパ-トリーを得ていた。
そして最近開発に成功したのがFRP・ガラス繊維強化プラスチックである。
この材料の利点はもちろん軽量で、強度が高いということではあるが、それ以上に型を作るという工程が有るため『練金』に比べ寸法精度が高い、と言うことがあげられた。

 『フライ』によって空を飛ぶ魅力を理解した事もあって、ウォルフはグライダーを作りたくてしょうがなくなってしまっていた。
何せここは風の国アルビオン。上空三千メイルに浮かぶ大陸の端近くにあるサウスゴータである。
ひとたび飛び出せば風に乗ってハルケギニアのどこへでも飛んで行けそうなのだ。
問題があるのはその帰りで、風石を積めれば問題ないのであるが家は下級貴族であるためコスト的に厳しい。
『グラビトン・コントロール』ならば楽に高度を稼げそうだが、翼長が長くなるため端の方まで魔法が掛からないので難しい。
そうすると、重力制御を可能な限り効かせた『レビテーション』で、と言うことになるとウォルフの魔力量が現状では心許ないのである。

「えっと、つまり、気絶するまで精神力を使い切って、気絶する前と後で魔法の力が増えるかどうか確かめてみたいって事?」

うんうんと頷くのを見て、やっぱりこの人は可哀想な人なんじゃないかしら、と思い直した。
それを感じ取ったウォルフが「いや、科学だから!実験だから!」などと言いつのるのを無視してしゃがみこみ、目を合わせる。

「いい?精神力を使い切るっていうのはとっても危ないものなの。何日も起きられなくなったり最悪だともう目を覚まさなかったりするらしいの。そんなことウォルフ様はしないで、ね?」

両肩をつかまれ、優しげに首をかしげ微笑みながらそんな事を言われてしまっては、思わず頷きそうになるが、ウォルフは負けるわけにはいかなかった。

「いや、オレが調べたところじゃ魔法の練習をしていて気絶したくらいじゃ、そんなに酷いことになった例はなかったよ。死んだのは戦場で無理をして頑張りすぎたってヤツだけだったよ」
「そんなの知らないわよ!本当に全部調べたかどうかなんて分からないじゃない」
「いや、でも」
「だめ、絶対。どうしてもやるっていうならエルビラ様に言いつけるから。大体そんなことして魔力が増えるわけない!」

声を荒げるサラの腕を外し、その手を握りしめた。

「増えるわけないかどうかは実験して見なくちゃ解らない。人間を真実から遠ざけるのは先入観と偏見だよ。人間の筋肉は一定以上に酷使されて筋繊維が傷つくと元の水準を超えて筋力を出せになるという超回復という性質を持っていることが知られているんだ。このような性質は人間が環境に適応していくために必要な性質で人間がいや生命が進化していく為に本来持っている特性なんだ。つまり人間が進化していく生物である以上そして魔力がそれに必要な物である以上魔力についてだって同様な性質を持つということが推測されるわけでただの思い付きなんかじゃないんだ。つまり何が言いたいかっていうとこれはオレにとって絶対に必要な実験だって事だよ」

滔々と六歳児では反論できないように難しい語彙を使って説明し、さらに、絶対にやるということ、親にばれた場合は隠れて一人でやるということ、正確性と安全性を確保する為にサラに立ち会って欲しいということを告げた。

「ウォルフ様、ずるい・・・」
「ごめんね?でもサラにしか頼めないんだ」

そこまで言われてはサラに選択肢は残っていなかった。
泣いてしまったサラを何とか宥め、『グラビトン・コントロール』で浮かせていたテーブルを下ろす。
慰めながらも魔力を使い切るためにコントロールが難しくその制御に激しく魔力を消費する魔法を選んで実行していたのだ。
そして部屋の梁に巨大なバネ秤をセットする。ウォルフ自作の大きな目盛りの五千リーブルまで計れる精密なやつだ。そこに二十リーブルほどの錘をつり下げた。
この部屋はド・モルガン家の納屋の二階で、ウォルフが占拠して工房として使っている場所であり、今は夕食後、寝る前の時間であり二人ともパジャマを着ていた。

「今から僕は『念力』でこの錘を下げるように力を入れるから、サラはその値を読んでノートに記録して」
「うーんと、ここがひゃくだから・・・・・うん、分かった。・・・・本当に大丈夫なんだよね?」
「大丈夫だって、じゃあ試しにやってみるね?・・・・《念力》!」
「えーっと、二千七百三十・・五くらい、っと、どこに書くのかな?」

サラがノートを開くとそこには一ヶ月分の毎日のデータがすでに書き込まれていた。
その数値は多少の増減はあるが緩やかに増加していて、この一ヶ月でおよそ五十リーブル増えていた。

「こんな前から測ってるんだ・・・」
「うん、この実験方法で信頼できるデータが取れるか確認したかったからね。十分なデータが集められたよ」
「そういうことを言ってんじゃないんだけど」
「そう?じゃあそろそろいい感じに魔力が抜けてきたから本番いくかな。いい?どんな現象が起こったのか逐一記録してね。特に気絶する間際の魔力の変化は詳しくね・・・いくよ・・《念力》!」

再び錘が引っ張られ、先程と同じ位の値を秤が示す。三分ほどはそのままだったが、やがて徐々に減り始めた。

「二六七〇・・ウォルフ様、もういいんじゃない?」
「今集中しているんだから話し掛けないで。ここからが大事なんだから、サラも集中して」
「・・・・二六六〇・・」

時々横目でウォルフの様子を窺うが、かなり苦しそうにしている。
その様子を見ると、サラは今すぐに止めたくなるが何とか堪えて続け、徐々に減る数値を記録し続けた。
そんな状態が暫く続いた後、それは突然起きた。
突然目盛りが上下に激しく振られたと思うと、それは勢いよく上昇を始めた。

「ふ、増えてます。二千七百・・・・ろ、六十・あっ・・・・・」

大きな音を立てて秤が解放された。ガチャガチャと音を立てて揺れ、目盛りは二十リーブル辺りを指していた。
ウォルフの方を向くとソファーに横向きに倒れ込んでいるのが見えた。

「ウォルフ様っ!!」

慌てて近寄ると呼吸を確認する。その胸が緩やかに上下しているのを確認するとホッと息を吐き、震える手で最後の部分を記録した。
そして『レビテーション』でウォルフを浮かせるとそのまま母屋に連れて行った。



 その夜ド・モルガン夫妻はいつものようにリビングで寛いでいた。

「今年の夏もラグドリアン湖に行こうか、去年子供達もまた行きたいって言っていたしな」
「いいわね、でもそれでしたらお父様が去年顔を出さなかった事を怒っていましたわよ」
「あー、去年はトリステイン側をあちこち回っていたら日が無くなっちゃったんだよなぁ。ウォルフが生まれてからまだ一度も行っていないなぁ」
「今年はラ・クルスに行ってからラグドリアン湖を回って帰ってきましょう。リュティスまで行くのは無理だけど、私も子供達にガリアを見せたいの」

ニコラスの話にエルビラは編み物の手を止め答えた。
久しぶりに実家のラ・クルスに帰れるかと思うと、嬉しくなってくる。

「ああ、そうしよう。今年もお養父様に子供達を会わせなかったら僕は燃やされてしまうよ」
「ふふっ結婚を申し込みに行ったときは凄かったものね」
「あー思い出させないでくれー。あの時はマジで死んだと思ったよ」

あそこまですることは無いじゃないか、などとブツブツ言っているニコラスを楽しげに見ていたエルビラだったが、ふと懸念が浮かび、口にした。

「あ、でもやっぱりアンネとサラは連れて行けないわよねぇ・・・どうしましょうか」
「うーん、アンネの両親がまだ城下にいるって言ってたから、一緒に連れて行って二人はアンネの実家に帰せばいいんじゃないかな。それで帰りに合流してラグドリアン湖へ一緒に行けばいいよ。アンネも里帰りだな」
「そうね、兄さん達には黙っていればいいものね」

うんうんと頷きながら楽しい夏の旅行に思いを馳せていると、突然廊下からサラの呼び声が聞こえた。
ほとんど叫び声に近いその声に驚いて、様子を見に行くと、そこには泣いているサラと宙に浮かんだまま気を失っているウォルフがいた。

「「ウォルフっ!!」」

その真っ青な顔色と泣きじゃくるサラの様子に最悪の事態を予想をするが、幸いウォルフの小さな身体はゆっくりと呼吸を繰り返していた。

「あなた、早く『ヒーリング』を!」
「分かってる。ああくそ、どうしてこんな・・《ヒーリング》!」

ウォルフの身体を抱きかかえ、ニコラスの魔法がその身体を包んだことを確認するとエルビラはサラの方を向いた。
サラは泣きじゃくりながらも必死に『ヒーリング』を唱えようとしていたが、成功していなかった。

「サラ、何があったの?説明して」
「ウォっ・・・さまっ・・ヒックまほう・・・」
「エル、ウォルフの身体から魔力が殆ど感じられない。魔力を使いすぎて魔力切れを起こしている感じだ」

サラはまともに話すことが出来なかったが、ニコラスの言葉に何度も頷いた。
エルビラはそれならば大丈夫かと少し安心すると、ふと夕食後ウォルフに渡された手紙のことを思い出した。
明日の朝かサラが来たら読んで、と悪戯っぽく笑っていたウォルフを思い出し、慌てて自室に取りに行った。
戻りながらその手紙を読んでみるとそこには、どうしてこんな事をしたのかということと、サラには無理を言ってしまうかもしれないので怒らないでほしいということが書いてあり、最後に謝罪と、大したことじゃないので心配しないようにとの希望が綴られていた。
ウォルフの元まで戻り、その顔色が少し良くなっていることに安心してサラに語りかけた。

「サラ、ウォルフに脅されたの?」

サラは何度も頭を振っていたが、何とか言葉を絞り出した。

「・・・一人でっ・・隠れてっ・やるって・・言った」

その言葉にエルビラは顔を歪めるとサラを両手で抱きしめた。

「ありがとうね、サラ。ウォルフを一人にしないでくれたんだね。もう、大丈夫だから。きっと直ぐにウォルフは目を覚ますわ」

その言葉にサラはまた激しく泣き出してしまったが、やがて疲れたのかそのまま寝てしまった。
エルビラはその寝顔を暫く優しげに眺めて、様子を見に来ていたアンネに手渡した。







[18851] 1-7    初めての謹慎
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:f1cb8877
Date: 2010/07/15 21:49
 罰として言い渡されたのは十日間の謹慎だった。

 ウォルフが目が覚めたのは二日後の早朝で、三十時間以上気を失っていたことになる。
目覚めて最初に目に飛び込んだのは何故か同じベッドで寝ているサラの顔であった。
朝の光を受けて輝くその白い肌を暫くぼうと眺めていたが、その頬に涙の跡を見つけて目を逸らした。
サラを起こさないようにそっとベッドを抜け出し、ノートを探すが、見つからない上に杖も無かった。
納屋に探しに行こうかと部屋を抜け出したところでアンネと鉢合わせした。

「あ、おはようアンネ。オレの杖が無いんだけどアンネ知らない?」
「おはようじゃありませんよ・・・」

アンネは近づくとしゃがみこみ、ウォルフを抱きしめた。

「皆さんを心配させて・・・ああ、よくぞ目を覚ましてくださいました」
「あ、ごめんね、心配掛けちゃった?」
「・・・・・・」

アンネはそのまま何も言わず黙って抱きしめていたが、ウォルフは少し居心地が悪かった。

「もう、しないからさ。で、杖なんだけど・・」
「杖ならばエルビラ様が預かっております。暫くは返すつもりはない、とのことでした」
「うえっ、マジ?カール先生の授業とか有るし杖無いと困るんだけど」
「ご自分でエルビラ様にお尋ねになればよろしいかと存じます」

アンネにツンと冷たく言い放たれ困ってしまったが、取り敢えず気を取り直し、納屋にノートを探しに行くことにした。

「うん、後で聞いてみるよ。それと今日ってイングの曜日?」
「オセルの曜日でございます、ウォルフ様」
「あー、一日以上寝ちゃったか。まあ、いいや、じゃあまた後でね」

 ノートは納屋の机の上にあった。急いで開き、中に書かれている数値を確認する。
二七六〇。記された数字に思わずにんまりする。
記録は二七三五から始まり、十二分かけて二六六〇まで下がった後一気に二七六〇まで達し、その直後ゼロになっていた。
二六六〇から二七六〇まではおよそ五秒とのことである。
今すぐ現在の魔力を計ってみたいが、杖が無いので出来ない。
悶々とした気持ちの儘自室に戻ると、起きていたのか飛びかかってきたサラに抱きしめられた。
サラは何も恨みがましいことを言わず、ただ無言で抱きしめてきた。
さしものウォルフもその様に罪悪感にかられ、そのまま黙って抱かれていた。

「もう、あんなことしないでね?」
「うん、おかげでちゃんとデータが取れたからね、もう無理する必要はないかな」
「怖かったんだからね?」
「うん、ごめんね?・・ありがとう」
「じゃあ・・許してあげる」



 朝から色々と大変だったウォルフだが、朝食に行っても大変だった。
父と母に抱きしめられ、叱られ。兄には馬鹿にされ、その全てを甘受した末に言い渡された罰は、謹慎十日間、その内三日間は杖没収というものだった。

「ちょっ・・お母様、十日間って長すぎるんじゃないでしょうか?杖没収ってのもちょっと・・・」
「いいえ、この罰はお父様とも相談して決めました。これでもまだ少ないのではないかと思うぐらいです」
「う、でもほらカール先生の授業とか有るし杖ないと・・・」
「謹慎中です。休みなさい」
「う・・」
「魔法の練習をしていてつい、と言うのならまだしも態とだなんて論外です。もう二度とこのような事はしないようにこの程度の罰は当然です。おまけにサラを脅迫して泣かせるなんて、恥ずかしいとは思わないのですか!」

それを言われるとウォルフもどうしようもなかった。

「わかりました。お父様、お母様、申し訳ありませんでした」
「ん、もうするんじゃないぞ。エル、もういいだろう食事にしよう」

 ちょっと暗い雰囲気になってしまった食事中、ウォルフは杖のない三日間をどう過ごそうかと悩んでいた。
魔法を覚えて以来こんなに長く杖を手にしなかったことはないのだ。
取り敢えず今日は作りかけのグライダーの模型を完成させることにして、明日以降のためにエルビラになんか本を頼んでおくことにした。

「母さん、また本読み終わっちゃったから新しいの頼みたいんだけど。できればその、物語じゃなくて専門の魔法書がいいんだけど」
「あら、"イーヴァルディ千夜一夜"は面白くなかったかしら。」
「いや、全く面白くないって事もないんですが、魔法書が読みたいです」
「そうはいっても貴方はもう火の魔法の専門書も全般的な魔法書も、太守様の蔵書にあるものはほとんど読んでしまったのよ」
「土・風・水の専門書はまだ読んでいないと思うのでそれでいいです」

エルビラは日頃から魔法書ではなく普通の男の子が好むような物語の本を薦めてくるが、現代日本で生まれ育った記憶を持つウォルフにはこの世界の物語は大げさで冗長で眠くなるものが多かった。
それよりはたとえ難解であっても魔法書の方が今そこにあるファンタジーであり楽しかった。

「何でお前そんなに勉強するんだよ!十日位サラと遊んでいればいいじゃないか!」

横からクリフォードが口を挟んできた。
優秀すぎる弟にあっという間に魔法でも抜かれてしまった彼は、何とも言えない焦燥感を感じていて何かとウォルフに当たる事が多い。

「うーん、結構面白いんだけどな、魔法書。結構勘違いしていたり適当な理論とかもあって、案外楽しめるよ。風の魔法書なら解ると思うから、兄さんも一緒に読んでみる?」
「・・・お前が読むような魔法書を俺が解るはずが無いじゃないか」
「うーん大丈夫だと思うんだけどなぁ」

確かにウォルフがここのところ読んでいる魔法書は、魔法学院の最高学年からそれを卒業した人間を対象とした物だったので、八歳のクリフォードには難しすぎた。
しかしウォルフから見るとこの世界の魔法書は、内容の多くを著者の妄想や先入観に囚われた理論の説明に費やされ、無駄に難解になってしまっているだけであった。
ウォルフはいつも魔法の結果とその著者の世界観から魔法の内容を類推し、その本の内容を羊皮紙に纏めているのだが、どんなに分厚い魔法書でも羊皮紙十枚を超えることはなかった。
だから、いつも説明しながら読んで聞かせているサラもかなり難解と言われている魔法書を理解できているので、クリフォードもウォルフの説明付きでなら理解できる筈と思っていた。

「私は火の魔法書以外はよく分かりませんから、他の人に聞いて持ってきます。それでいいですね?」
「はい、お願いします。なるべく実践的な物がいいです」




 朝食後からずっと、午後になってもグライダーの模型を作り続けた。今作っているのは翼の部分のパーツだ。
少し加工しては定盤に乗せ、翼断面を確認する為に作った数十枚の定規を順に合わせて形状を確認する。
ちなみにこの定盤は白金とイリジウムの合金製で精度を出すのにはかなり苦労をした。
模型の材料はフォルーサという高さ二十メイルにもなる大きな草の幹を乾燥させた物で、ちょうど元の世界のバルサ材そっくりの性質を持ち、『練金』で作った物ではなくサラと二人で森に行って伐採してきた物だ。
ウォルフは金属の組織構造の変化などは自由に行えるようになっていたが、まだ木や土などという複雑な構造の物を『練金』することが出来なかった。
完成すれば翼幅一メイル半にもなる大型の模型である。左右で翼の形状が違うなど有ってはならないことなので慎重に加工していた。

「ウォルフ様、マチルダ様がお見えになりました」

午後も遅くなったころ、マチルダが訪ねてきた。ここに来るのは初めてである。

「ふーん、マチ姉ならここでいいか、通して」
「はい「ふん、もう来てるよ。なんだい、ごちゃごちゃしたところだねぇ」」
「マチ姉、いらっしゃい。どうしたの?」

サラの後ろから突然現れたマチルダは腰に腕を当てウォルフを見下ろした。

「どうしたのじゃないだろう、あんたが馬鹿をしたってエルビラに聞いたから様子を見に来たのさ」
「心配してくれたんだ、ありがと」
「べ、別に心配した訳じゃないから・・・それ何作ってるの?」
「グライダーの模型。前に話しただろ、風に乗ってハルケギニアのどこにでも飛んでいけるフネの雛形」

ウォルフは以前マチルダにグライダーのことを帆を横に張ったフネ、と説明していたが、そこにあった部品をどう組み合わせてみてもマチルダの想像していた物にはなりそうもなかった。

「えっと、これがそれかい?こんなんでどこに帆を張るのさ」
「この長いのが帆っていうか翼だよ。これは鳥みたいに空を飛ぶんだ。ほらこんな感じで。この前の羽と後ろの羽とのバランスが大事でさ、この大きい模型を実際に飛ばして色々実験するんだ」

そういうと隣の棚からもっと小さい模型を取り出して飛ばすまねをして見せた。
今作っている模型の前に作った翼長三十サントほどのアルミ製のものだ。

「そんなのが人を乗せて飛ぶようになるのかねぇ、信じられないよ」
「まあ、そうだろうね」

ハルケギニア人に魔法ではない科学技術を理解させることは困難なので、実物を見せるまでは大体こんなもんである。
マチルダが菓子を持ってきてくれたということで、サラにお茶を入れてもらい休憩することになり、暫しいつものように駄弁った。

「はー、しかしあんたも馬鹿だねぇ。気絶するまで魔力使って鍛えるなんて、考えついても普通しないよ」
「本当に、もうやめて欲しいです」
「オレとしては考えついたのに試してみない方が信じられないんだけど」
「あっ、でも前に本で同じ事してるの読んだことあるよ」
「えっマジ?読みたい!なんて本?」
「ええと、たしか"アルグエルスアリの新解釈魔法理論"だったかな?なんか弟子が無理矢理いろんな実験させられているやつ。火のメイジは熱さに強いのか、とかいって両手掴まれて熱いもの食べさせられたりしてた」
「上島かよ・・・それって確かトンでも本って事で禁書判定に引っかかったヤツじゃない?」
「うん、でも認定はされなかったみたいだよ。ぎりぎりセーフだったみたいね」
「うわー、そんなの持ってんだ。なんで母さんそういう面白そうなの持ってきてくれないかなぁ。お願い、貸して?」
「ああ、いいよ。エルビラに渡しとく」

帰るというマチルダを見送りに出た中庭で事件は起きた。
丁度外から帰ってきたクリフォードと鉢合わせしたのだ。

「あ、兄さん丁度良かった、紹介するよ。マチ姉、兄さんのクリフォードだよ。兄さん、こちらオレの友達のマチルダ」
「よろしく、クリフォード」
「ふーん、俺より大きいのにチビのウォルフと友達なんて変なヤツー。小さい子集めて威張ってんのか?友達いないんだろ」

日頃太守の娘ということでちやほやされるのがいやだと言っていたマチルダのために、家名を省いて紹介したのがまずかった。
さらに、なまじマチルダがクリフォードの好みどストライクの美少女だったことも災いした。
日頃ウォルフに対し鬱憤がたまっていたクリフォードは、自分でも制御できない感情の儘に憎まれ口をたたいてしまったのだ。

「《クリエイト・ゴーレム》!」

地面から音を立てて巨大なゴーレムがせり上がり、クリフォードをその手に掴み立ち上がった。
ウォルフとサラが「あ」っと言う間もないほどの早業である。

「はぁーっはっはっ今日のゴーレムはいい出来だよ・・誰が小さい子集めて威張っているってぇ?もう一度大きな声で言ってもらおうじゃないか」
「うわー、えげつな・・・」

クリフォードが何か叫んでいるが、二十メイル超級のゴーレムの更に頭上に掲げられているために何を言っているのかは聞こえない。
見ていると『ブレイド』や『エア・カッター』などでゴーレムを攻撃し始めたが、もちろん全く効いていない。

「ふん、ぬるい攻撃だね。本当にウォルフの兄貴かい?ほら、シェイクだよ!」
「兄さんは普通の人だから、あんまり無茶しないであげて欲しいなぁ」

ゴーレムがクリフォードを持ったまま、腕を激しく上下させた。
最初は悲鳴を上げていたがやがてそれも止み、杖もどこかへと飛んで行ってしまった。

「ホラ、何か言うことがあるんじゃないのかい?」
「ちょ・・調子乗って・・ましたっ・・・すみません・・したぁっ!」

訳が分からないうちに捕まりさんざん揺さぶられ、いい感じにぐったりとしたところをマチルダの前に転がされたクリフォードにはもう逆らう気力は残っていなかった。

「まあ、これからは初対面の相手に喧嘩売るようなことを言わないこったね」
「・・・はい・・」
「兄さん、マチ姉のフルネームってマチルダ・オブ・サウスゴータなんだよ。だまっててごめんね」
「ちょっ、おまっ・・お転婆姫なら、そうって最初から言えよ・・・」

マチルダはもう一度シェイクしようとゴーレムでクリフォードを掴んだが、もう気絶しているのを見ると放置して帰って行った。
この日以降クリフォードは土メイジを大の苦手とするようになってしまった。




 三日後、まだ謹慎中なので屋敷からは出られないが、ようやく杖を返してもらった。

「いいですか、今度態と気絶するまで魔力を使うなんてまねをしたら二度と杖を返しませんよ」
「はい、お母様。しかと肝に銘じます」

杖を返してもらうと、一目散に納屋に飛んでいって秤をセットした。
逸る心を抑え『念力』を唱えると、秤の数値は二七六五を指していた。

「増えてる・・・」

三十リーブルの増加である。
体の成長に伴う基本的な魔力の増加量を除けば、おそらく一%程の増加ではあろうが、ウォルフが期待していた数字よりも遙かに大きかった。
今は無理だが、もしこれを毎日続けることが出来れば望んだ魔力量を手に入れることが出来る。

 マチルダに貸して貰った"アルグエルスアリの新解釈魔法理論"には特に参考になることは書いていなかった。
熱いものを食べさせられたり、熱湯風呂に放り込まれた火メイジのジョンソン君。土に埋めたら魔力が増えるかと一週間土に首まで埋められた土メイジのリヒター君などアルグエルスアリの弟子達には敬意と同情を感じるが、なにしろ数値を取っていないので結論が"増えた気がする"などの曖昧なものでしかないので参考にしようがなかった。まあ、大笑いしながら読んだのであるが。
まあ、それほど期待はしてなかったので気にせず次の実験に取りかかる事にした。
取り敢えず実験のために魔法をバンバン使うことにして、納屋の地下で石材を『練金』しまくった。
ここはここは将来の工房用にとウォルフがこつこつと『練金』してはスペースを広げている場所で、比重の軽い土から比重の思い金属や大理石を『練金』することによって空間を生み出す、という作業をしている。
作った大理石は将来納屋を増築するときに使うつもりである。
『練金』し、ゴーレムを使って等しい大きさに切りそろえる、という単純作業を繰り返しているとメキメキと魔力が減ってきたので、また秤の前に移動した。

 今度の実験の目的は、魔力を使い切る寸前の最後に魔力が上昇する五秒間、そこで魔法を止めたときの状態を調べるということだ。
使い切る前に止めるのだから気絶はしないだろうし、しかしその瞬間魔力が強くなっているわけだからその後はどうなるのか。
目を瞑り集中する。気絶するまでやるわけにはいかない。
サラや両親の顔が脳裏に浮かびほんの少し躊躇するが、それでも未知のことを知りたいという欲求の方が上回った。

「《念力》!」

秤が音を立てる。その秤を睨みつけ、僅かな変化も見逃すまいと集中する。
そのまま何も変化のない時間が暫く経過したが、突然前回と同じように目盛りが急上昇した。

「!!っ」

間髪を入れず、数値が上昇しきる前に『念力』を解くことが出来た。

「ぐあぁ・・・」

前回は何も感じずにそのまま気を失ったのに、今回は魔力を解放すると同時に激しい苦しみが胸から脊髄にかけて走った。
気絶しちゃった方が楽かも、などと考えながら蹲って吐きそうなほどの苦しみを堪えていたが、幸いなことにそれは暫くして霧散した。
しかしその後も体がひどく怠いことには変わりなく、まだ午前中なのに、もうベッドに入って眠ってしまいたかった。

「いやしかし、ここで寝ちゃうと絶対勘違いしてサラが泣く。せめてサラが来るまでは起きていなくちゃ・・・」

何とか椅子に座り、うつらうつらとしているとようやくサラがやってきた。

「ウォルフ様ー、杖返してもらったー?」
「・・・はっ、お、おおサラ、おお、返してもらったぞ!ほら」
「?・・ウォルフ様寝てたの?」
「あ、いやほら杖が帰ってくると思うと夕べ中々寝付けなくてな、それでちょっと・・」
「・・・今朝は普通だったのに」
「まだ興奮してたんだよ。・・・それよりこれ見てよ、これ。今最大魔力計ってみたら二千七百六十五だったんだ!実験前より三十リーブルも増えてたぜ!」
「ふーん、良かったね。でもあんな目にあったのにそれっぽっちじゃ割に合わないんじゃない?」

興奮してしゃべるウォルフに対しあくまでサラは冷静だ。

「何言ってんだよ、一%の増加だぜ!毎日これ出来れば一年後にはどうなっちゃうと思ってんだよ!」
「・・・もうしないって言ったよね?」
「え?あ、はい・・・」

すでに毎日出来るかもしれない可能性を見つけていたので、思わず口走ってしまったが、サラの反応を見てこれ以上この話をするのは無理と判断した。

「うーん、何かやっぱり眠いや。ちょっと寝るから、お昼に起こして?」
「えー、今日は久しぶりに散歩行こうって思ってたのにー」
「ごめん、ちょっと無理。っていうかオレまだ謹慎中だから外へは行けないよ?」

結局昼まで寝てサラに心配されてしまったが、午後も「怠い」と主張してごろごろ過ごした。
結局一日を無駄にしてしまった上に可成り辛い思いをしたウォルフは、今度やるときは絶対に夜寝る前にしよう、と決めていた。



 翌日早朝秤の前、何時になく気合いを入れるウォルフが居た。
これで魔力が増えていれば、気絶しないで超回復ができる方法を手に入れることになる。

「《念力》!」

軽く音を立てたそれは二七九〇を示していた。前日より二十五の増加である。

「やったぜ!これでいける!」

四百リーブルを超えるであろうグライダーを、少なくとも千メイルまで持ち上げるためには最低でもトライアングル以上の魔力が必要である。
おそらく千メイル分の位置エネルギーがあれば、上昇気流を探してそれに乗れるまでの飛行が出来るのではないかとウォルフは考えた。
将来的には風石を積んで上昇することを考えていたが、今までの儘では試験飛行すら行う目処が立っていなかった。
魔力の最大出力とため込む事が出来る精神力が比例している事は確からしいので、これでウォルフがトライアングルになることが出来れば、何とかなりそうである。
その時を想像し、ウォルフは興奮してくるのを止めることが出来なかった。

「見てろよ、オレのグライダーはハルケギニアの空を飛ぶんだ!」




[18851] 1-8    フライング・ハイキング
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:f1cb8877
Date: 2010/07/06 19:33
「ようし、次は主翼B+1.5、尾翼A0、錘3、風力70から」
「ふー、まだやんの?」

 謹慎九日目、ウォルフ達は完成した模型を使って実験を行っていた。
まず、納屋の中に作った直径三メイル弱の風洞の中央に前方から糸で繋いだ模型を、サラが『レビテーション』で浮かせる。
それにウォルフが魔法で風を起こし『レビテーション』を解除する。
ちょうど模型が風洞の中央で飛ぶように風力を調節し、風洞内にセットされた風力計と糸に付けられた秤の数値を記録する。
そんなことを長さや形状が違う三種類の主翼と二種類の尾翼について僅かずつ角度を変えて計測した。
それが一通り終わったら今度は錘の種類を変えてまた一通り、それが終わったら錘の位置を変えて、またそれが終わったら今度は引っ張る糸の角度を変えて、と言う感じに膨大な数の実験をこなしていった。
ウォルフには結構楽しい時間だったが、サラには辛い日々だった。

「ウォルフ様、休憩しましょうよー。昼からもうずっとやってますよ」
「あー、分かった、もうちょいね。尾翼のAが終わったらにしよう」
「それってまだまだじゃないですか、もういやぁー」



 その後やっと一区切りが付き、休憩を取ることが出来た。
サラがもう納屋はいやだというので中庭にテーブルを出してお茶にした。

「まったく、ウォルフ様は異常です。あんなに細かくやること無いじゃないですか」
「いや、普通だよ。実物作ってからだめだった、じゃしょうがないだろ。作る前に出来ることはやっておくべきだ」
「はー、もういいです。まあ私も今更あれが必要無かったなんて言われたくないです」
「いやいや、ご協力感謝します」
「これが終わったらすぐに出来るの?」
「・・・いや、まだまだだよ。部品の試作とか強度試験とかもしなくちゃならないし、大体あそこじゃ部屋が小さくて作れないからもっと広い場所を確保しなくちゃいけないし」
「え、あそこに入ら無いの?」

目を丸くしてサラが尋ねる。
納屋の部屋は物が多いとはいえ七メイルくらいはあるので、そこに入らないというのは想像していなかったみたいだ。

「今一番イケテるっぽい主翼Bを採用した場合、全幅は十八メイルになるよ。主翼は取り外し式にするけど、それでも十メイル以上の部屋が必要だよ」
「十八メイル・・・そ、そんな大きな物、風石もなくて飛ぶわけ無いんじゃない?」
「模型は飛んでるじゃん。同じだよ」

そうなの?と聞くサラにそうなの、と答え、続ける。

「まあ、半年以上は懸かると思うよ。主翼にフラップは付けないつもりだけど、舵を操作する機構とか一から作らなくちゃならないし、もしかしたらもっと懸かっちゃうかも。まあ、どっちみちまだオレの魔力が足りないし、のんびりやるさ」
「はぁ、大変なんだね。でもそれじゃ今こんなに急いで実験すること無いんじゃ・・」
「別に急いでるつもりはないんだけど・・ま、まあ実験は一気にやっちゃう物なんだよ」

サラは軽く睨まれ慌てて言い繕うウォルフを見て、ふう、と息を吐いた。
模型を見てもグライダーという物がどういう物なのか今一分からないし、そのために行われる実験も退屈だ。空を飛びたいのなら普通のフネの形で良いのじゃないかとも思う。
しかし、グライダーを作るために夢中になっているウォルフを見ることは好きだった。

「あ、そう言えば夏の旅行私たちもガリアに行けることになりました」
「アンネの家から連絡来たんだ。じいさんばあさんに会うの楽しみだな」

初めて会うんです、と言ってはにかむサラ。
元々アンネはエルビラの実家で働いていて、そのままアルビオンに来てしまったので、サラは親戚というものに会ったことがなかった。

「オレもじいさんばあさんに初めて会うんだよなぁ。従姉妹がいるらしいよ」
「私も結構いっぱいいるらしいです。覚えきれるかしら」
「グライダーが完成すれば五、六時間ぐらいで行けるようになると思うから、もっと頻繁に遊びに行けるようになるよ」
「グライダーってそんなに早く飛ぶんですか!?」
「最高で一時間に二百リーグ以上の速度で飛ぶことができるよ。特に行きは早いと思う」
「風竜よりも早いじゃないですか・・」

魔法を使わずに風竜よりも早く飛ぶ。
サラはますますグライダーのことが分からなくなってしまった。




 ようやくウォルフの謹慎が解けた。

「それでは、本日より貴方の謹慎を解きます。これからは自覚ある行動をとるように」
「はい!」

ウォルフは満面の笑みである。
まあ、謹慎十日間はきつかったが、やったかいはあった。
あれから連夜超回復を行い日々魔力を増強していて、大体一日二十五リーブル位、率にして一パーセント弱ではあるが確実に増えている。
だが超回復をした翌日に回復する魔力の量が少なくなるという副作用がある事が分かった。瞬間的に出せる魔力は増えるのだが、通常の半分強位しか回復しないようなのだ。
他にどんな副作用があるのかは分からないので、三日やったら一日は休む、翌日に用がある時はしないという事にしてしばらくは様子を見る事にした。
それと、やたらと腹が減るようになってしまったが、それは成長期と言うことで目立たなかった。

今日は謹慎開け記念にサラと森へ散歩に行く約束をしている。そのため昨夜は超回復を休んだ。
サラはバスケットにお弁当を詰めて持って行くんだと朝から張り切っていた。

「ウォルフ、どっか出かけるのか?」

クリフォードが話し掛けてきた。

「うん、サラと約束しててね。森まで『フライ』で散歩に行くんだ。」
「そ、そうか、・・・その、マチルダ様も一緒に行くのか?」
「何でマチ姉?いや、別に約束してないけど」
「いや、その、もし一緒なら、オレも行きたいって言うか・・・」

ごにょごにょと言いつのるクリフォードに驚くが、これはマチルダと出かけたいと言っていると理解する。

「あー兄さん、マチ姉と一緒に行きたいってんなら誘ってみるけど、どうする?」
「行きたいって言うか、聞いてみるだけ聞いてみて欲しいっていうか・・・・」
「分かった。取りあえずマチ姉を誘ってみるよ」

まだ何かごにょごにょ言っているクリフォードにそう告げると、厨房に向かった。
サラにマチルダも誘うことを告げると微妙な顔をされたが、クリフォードのことを話すと目を丸くして了承した。

「マチ姉のところに行って聞いてくるね。一応お弁当は六人前をお願い」
「わかりました。気をつけて行ってきて下さい」

ウォルフはそのまま飛行禁止区域まで『フライ』で移動し、後は歩いて城まで向かった。

「ごめんください。マチルダ様にお会いしたいのですが」
「ああ、ミセス・モルガンの息子か、ちょっと待っておれ、取り次いでやる」

暫く待っているとマチルダが直接門までやってきた。

「謹慎解けたんだね、ウォルフ。どうしたんだい、こんな朝からやってくるなんて」
「マチ姉、お早う。今日暇?サラと兄さんとで森に『フライ』で散歩に行こうって言ってるんだけどマチ姉も一緒に行かない?」
「なんだい、急に。何時頃出かけるんだい?」
「この後直ぐ、かな?何か森に綺麗な泉があるらしくて、そのそばの草原でお弁当食べるんだってサラが張り切ってた」
「ふうん、まあいいかしらね、一緒に行くよ。支度が済んだらそっちの家に行くから待ってておくれ」

家に戻り支度を済ませて待っていると、程なくしてマチルダが着いた。
クリフォードは何故かやたらと緊張していたが、マチルダを見るとスムースに挨拶をかわした。

「お早うございます、マチルダ様。本日はお日柄も良くこんな良き日にご一緒出来るとは、このクリフォード光栄の極みにございます」
「・・・・この前ちょっとやり過ぎちゃったかしらね。気持ち悪いからもっと普通にしゃべっておくれ」
「えっと・・はい分かりました」

自分で考えて精一杯紳士的な挨拶をしてみたが、気持ち悪いと言われてしまってクリフォードは軽くへこんだ。

「じゃあいこうか、あれ?マチ姉、従者さん一人?」
「ああ、こないだから頼んで減らしてもらったんだ、私ももう十二歳だしね」

私はもういらないって言ったんだけどね、などと言っているのを聞きながら、思春期になったら別の危険が増えてくるんじゃないかなぁ、と思ったが口には出さなかった。

「マチルダ様、ご安心下さい。このクリフォードがいる限り、どんな危険も貴女に近づくことを許しません」
「だから普通にしゃべれって言っただろ!」



 今日行く森はちょっと遠くの森。
サウスゴータの街を出て北に向かい、畑を越え、村を過ぎ目的の森に着いた。
途中元風石の鉱山だったという洞窟などを見物していたら目的地の泉に着く頃には、昼を大分過ぎてしまった。

「あー、やっと着いたー。腹ペコペコだぜ!」
「ああ、確かにここは綺麗だねぇ」
「直ぐにご飯の支度しますねー」
「・・・・・・」

上からウォルフ、マチルダ、サラ、クリフォードの順番である。
クリフォードのテンションが低いのは『フライ』が一番下手で、道中足を引っ張っていたことを自覚しているからだ。この中で唯一の風メイジなのに。
サラはマチルダの従者から荷物を受け取ると二人でてきぱきと支度をしていた。
この従者はタニアという名の元ガリア貴族で、サラとは気が合うのかよく一緒に話をしている。お互い苦労が多いらしい。
マチルダは座り込んで景色を眺め、ウォルフは泉に向かって水切りをしている。

「ウォルフ!せっかく綺麗な泉に石を投げ込むんじゃないよ!」
「えー、ちょっとくらいいいじゃん。あ、兄さんもやんない?これ」
「・・・・・おぅ」

クリフォードは一瞬マチルダの方に目をやったが、ウォルフと一緒に遊び始めた。

「まったく・・」

もう少し文句を言いたいマチルダだったが、あまり仲が良くないと聞いていた兄弟が一緒に遊ぶのを見て黙っていた。

「用意が出来ましたよー」

サラに呼ばれて行くとそこには森の中とは思えない豪華な料理が並んでいた。
『練金』で作ったであろうテーブルに並んだ、灰色をした変な器に入っている色とりどりの料理。スープなどは湯気を上げている。

「ちょっと、なんだいこれ。こんなに持ってきたのかい?」
「はい、ウォルフ様の作ったチタンの食器なら軽いので負担が少ないんですよ」
「なにこれ、金属?金属なの?これ」

マチルダが驚いていると、ウォルフ達もやってきた。

「あー腹減った。うぉっうまそう!」
「ちょっとあんた、なんだいこれ。こんな金属見たこと無いよ!」

ウォルフの鼻先にチタンのスプーンを突きつけて問いただす。

「あぁ、いいだろそれ。チタンっていうんだ。軽くて舐めても味がしないんだぜ」
「そう言う事じゃなくて・・何であんたこんな金属知ってんだい。土メイジのあたしだって見たこと無いのに」
「なんでって・・・知ってたから、かなあ。まあ、いいじゃんご飯食べようよ」
「・・・後で教えなさいよ」

 美しい景色を眺めながらの食事は普段以上においしく感じられ、それぞれに楽しい時間を過ごした。
マチルダは日頃有り得無い主従一緒の食事を楽しみ(従者のタニアは可成り遠慮していたが)、クリフォードはチラチラとマチルダを見てはため息をつき、サラはウォルフの横に座って嬉しそうにし、ウォルフはただひたすら食べまくっていた。

「しかしウォルフ、あんたは良く食べるねえ。あんなにあったのが全部無くなったよ」
「育ち盛りなのです」

けして毎晩気絶しそうなことをしているから、ではないのです・・・と心の中で呟きながら遠くを見つめる。
そんな食べっぷりが嬉しかったのか、サラは鼻唄を歌いながら後片付けをしていた。

「こいつは色が付いているけど、これもチタンっていう『練金』で作った金属だね?」

マチルダが手にしたカップをこつこつと叩いて聞く。
カップは少しだけしゃれた形をしていて綺麗な青色をしていた。

「うん、これは新作なんだ。スープを入れてきたポットもそうだけど壁を二重にしてね?断熱効果を持たせたんだ。ホラ、直接持っても熱くないんだぜ」

この色は二酸化チタンの層を作ってその厚みで色を・・・と嬉々として説明するウォルフを遮って尋ねる。

「そう言うことを聞いているんじゃなくて、何であんたはこんな物を知っているんだい?」
「だからそんなこと言われても・・・結構そこら辺の石ころにも入っているよ?例えば、うーん《ディテクトマジック》」

泉のそばの石に『ディテクトマジック』をかけ、その中から一つを選ぶとマチルダに見せる。

「ほら、このカップの青色は言ってみればチタンが錆びた物なんだ。極僅かだけど同じ物質がこの石にも入っているから『ディテクトマジック』かけてみて?」
「本当かい?信じられないよ。まあ、やってみるけど・・・《ディテクトマジック》」

最初は何も分からなかったが、集中力を高めて精査すると確かに何かが感覚に引っかかった。
それは優れた土メイジのみが分かり得る物で、確かにカップと同じ物がこの石に含まれていることを示していた。

「本当にあった・・・・」
「ね?みんな気付いていないだけなんだよ。オレに言わせればブリミル様が魔法を伝えて六千年も経つのに、こんな身近な石の成分一つ調べていない方が驚きだよ」

そんなことを言われても、何の役に立つわけでもないそこらの石を一々調べるメイジなんて居るわけがない。
それに何の意味があるのか分からない。

"あの子は我々とは全く別の世界を見ている"

突然にかつてのカールの言葉が思い出され、ぞわりと鳥肌が立つのを感じた。




[18851] 1-9    初めての闘い
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:f1cb8877
Date: 2010/07/06 19:34
「そう言えばクリフは何か特技はあるのかい?」

 食後のまったりとした時間のなか、何気なくマチルダが聞いた。

「と、特技?」
「そうさ、こんだけ変なのを弟に持ってんだ、兄貴のあんたには何かないのかい?」

クリフォードの顔がゆがむ。

「俺は、別に普通だから・・・」
「ふーん。まあ、そうか。風メイジだってのに『フライ』も一番下手だったものね」
「は、は、そうだね・・・」
「一応は、兄貴なんだから、もうちょっと頑張った方がいいよ」

マチルダは何の気なしに言ったのだが、クリフォードは急に立ち上がってマチルダを睨む。目尻には涙が浮かんでる。

「な、なんだい」
「オレだって頑張ってんだ!何も知らないお前にそんなこと言われたくねーよ!」

そう叫ぶと泉の横を通って森の中へ走っていってしまった。
残された四人に微妙な空気が漂う。

「急に叫んだりして、クリフも変なヤツだね。頑張れって言っただけなのに」
「マチ姉、兄さんはね、"出来すぎた弟"の存在に重圧を感じながらもそれを克服しようと、一所懸命に頑張っているんだよ。兄さんが魔法を本気で練習しだしてまだ一年だし、他人が気軽に馬鹿にしていい事ではないよ」
「クリフォード様が可哀想です」
「いや、今のはマチルダ様が悪いと思います」

ウォルフ、サラ、タニアの順に責められ、マチルダは怯んだ。

「なんだいウォルフ、あんた達仲が悪かったんじゃなかったのかい」
「別に仲なんて悪かった訳じゃないよ、ただ関係が作れていなかっただけだ。兄さんのことは気の毒だなぁって思っているよ。マチ姉、こっちはそろそろ帰り支度してるから兄さん探してきてよ」

「な、なんであたしが・・・」
「「マチルダ様が行くべきだと思います」」




「クリフー!どこ行ったー!・・・もう帰るよー!」

 結局マチルダが森の中に探しに来ていた。
クリフォードが走っていった方に来てみたのだが、中々見つからない。

この辺は木々が茂っている合間合間に草原が点在し、見通しはあまり良くない。

「はあ、やれやれ何であたしがこんな事を・・・」

ブツブツといいながら歩いていくと前方の茂みががさがさと音を立てた。

「はあ、やれやれそんな所にいたのかい。まあ、私もちょっとは悪かったからさ、一緒に帰ろ・・・きゃーっ!」

突然茂みから巨大な亜人が飛び出してきてマチルダをはたき飛ばした。
それは、アルビオン北部の高原地帯に住むという、トロル鬼だった。
獰猛で人間を見れば襲ってくるといわれているが、サウスゴータ周辺でこれまで見られたことはなかった。
身長五メイルにもなるトロル鬼の張り手は一撃で人間を殺しかねない物だったが、とっさに後ろに跳んで避けようとしたおかげでマチルダは一命を取り留めた。

「うぅぅ・・・」

しかし、五メイルも跳ね飛ばされたせいで意識は朦朧とし、杖もどこかへと飛ばされてしまっていた。

もう、だめだ。

途切れがちになる意識の中で、自分を見下ろし目の前に立ちはだかるトロル鬼を見上げてそう思う。
タニアやウォルフならこいつを倒すことも出来るだろうけど今は遠くに離れてしまっている。
きっと彼らがここに来るより早くこいつは私の首を引っこ抜くだろう。
マチルダが絶望の中、目を閉じようとした時その声が響いた。

「《エア・カッター》!」

クリフォードだった。トロル鬼の背後から攻撃し、傷を負わせると大声を上げてその注意を引いた。
その姿は草の中に倒れ伏しているマチルダからも確かに見えた。

「オラぁ、このデカぶつ!このクリフォード様が相手だ!こっちきやがれ《エア・カッター》!」

最初のクリフォードの奇襲にこそ背中を斬られ、悲鳴を上げたトロル鬼だったが、向き直ると片手で『エア・カッター』を叩き消した。
背中の傷はかすり傷でしかないようで、旺盛な敵意を向けてくる。

「うわ、まじかよ!《エア・カッター》!《エア・カッター》!」

必死に『エア・カッター』を連発するが、獰猛なトロル鬼は何でもないことのように、片手で魔法を叩き消した。
そのまま大きく吼えるとクリフォードに向かって突進を始めた。
そのあまりの迫力に呑まれ、クリフォードはその場に硬直してしまう。

「《エア・ハンマー》!」

後二メイル・・・見る見るクリフォードとトロル鬼との距離が縮まり、クリフォードを跳ね飛ばすかと見えた瞬間、トロル鬼の斜め後ろから放たれた魔法がトロル鬼を吹き飛ばした。
マチルダの悲鳴を聞いて、急いで『フライ』で飛んできたウォルフが間に合ったのだ。
サラとタニアも飛んで来てマチルダを介抱しようとしている。

「兄さん、大丈夫?」

呆然とトロル鬼が自分の直ぐ横を吹き飛ばされて行くのを見ていたクリフォードだったが、こんな時に、やけに冷静な弟の声を聞いて思考を取り戻した。
トロル鬼は十メイルも吹き飛ばされてしまった先で顔を押さえて悶えている。

「お、お、今のお前か、き、気をつけろよ、また来るぞ。何かすげえ怒ってるし!」

その言葉通り、二度も背後から攻撃され傷ついたトロル鬼は、大きな叫び声を上げながら両手で地面を叩き怒りを全身で表していた。
この森で一番強いのは自分だとでもいうように地を震わせ怒りを木霊させるのだった。

「うん、あれはオレが始末してくるから、兄さんはマチ姉達の所まで下がって。多分ハグレだと思うけどまだ他にも居るかもしれないから一ヶ所に固まった方がいい」
「お、おう」

あくまでも平静に、まるでその辺の石を拾ってくるとでもいうようなウォルフに、あれ、こんなに緊張しているオレの方が間違っているのかなあ、などと思ってしまう。
しかし、自分の『エア・カッター』が容易く叩き消される様を思い出し、トロル鬼の叫び声に背中を押されるように慌ててマチルダ達の元へ向かった。
マチルダをタニアが膝の上に抱え、サラと二人で『治癒』を掛けていた。
もう少しで合流出来る、という時後ろでウォルフの声が響いた。

「《マジックアロー》!」

クリフォードには普通に話をしたウォルフだったが、実は結構緊張していた。
彼が本当に冷静だったらトロル鬼を吹っ飛ばした時にそのまま止めを刺していただろう。冷静に対応したのは、パニックに陥らない様にと思ってしただけだ。
魔法の力を手に入れたといっても前世を含めて戦った事などないのだ。相手は身の丈五メイルの凶暴な亜人。対峙するだけで足が震えてくる。
ウォルフをいつものように動かし魔法を使わせたのは背後の者達を絶対に守る、という強い思いだった。



「マチ姉、大丈夫?」

 ウォルフがみんなの所へと戻って来た。
タニアとサラがまだ集中して治療をしている。

「ああ、もう大分楽になったよ。・・・あいつはもう死んだのかい?」

そういうマチルダの顔色は大分良くなっており、ウォルフを安心させた。
サラはドットとはいえ優秀な水メイジだし、タニアが水の秘薬を携帯していたので受けた傷は殆ど直っていた。

「うん、『マジックアロー』で胸を貫いたから、もし生きててももう動けないと思うよ」
「ああ、あのえげつないヤツ・・あれをもろに食らったんなら大丈夫か」

ウォルフの放ったのは改良版の『マジックアロー』でウォルフの『ブレイド』をそのまま射るような形に改善したもので、物理的な対象には最強で貫けない物はない、と言う代物だった。
初めてカールの家で放ったときは的を貫通し、さらに固定化の掛かった壁も突き抜け使用人の居る厨房に入ってしたために大騒ぎになったもので、その威力で獰猛なトロル鬼も一撃でしとめることが出来た。
トロル鬼はクリフォードの『エア・カッター』の時のように手で払いのけようとしたのだが、極めて薄いが濃密な魔力で構成された矢はその手を切断しそのまま胸を貫通したのだ。

「マチルダ様、はいこれ」

ようやく立ち上がったマチルダにクリフォードが探してきた杖を渡す。
幸いなことにトロル鬼の一撃を食らっても折れてはいなかった。
マチルダはちょっと恥ずかしそうに下を向いた後受け取った。

「あ、ありがとう。・・・・後、さっきはごめん。それと、助けてくれてありがとう」
「いや、こちらこそ・・そんな、オレなんて・・・・・」

もじもじと下を向きながらチラチラとクリフォードに目をやり礼を言うマチルダと、やはりもじもじと下を向きながら答えるクリフォードに周りは生温い視線を送るが、二人はそれに気付かなかった。




「本当にそれ持って帰るの?」

 泣きそうな声でサラが聞く。

「ああ、もちろん。役所にこれ持ってくと三十エキュー貰えるんだぜ。切り落とす時は吐きそうになったけど、これは見逃せないでしょ」

みんなで分けよう、と言うウォルフに他の四人は声が出ない。
荷物を纏めてさあ帰ろう、という段になってウォルフがトロル鬼の生首を持ってきたのだ。
マチルダとクリフォードはそれを見ると受けた恐怖を思い出したし、タニアとサラもそんなものは見るのもいやだった。

「三十エキューくらいなら、無理して持って帰らなくてもいいんじゃないかい?」
「一ドニエを笑うものは一ドニエに泣くんだ。最近羊皮紙が欲しいっていうと父さんいやそうな顔をするんだよね」
「羊皮紙くらいなら、あたしが分けてあげてもいいんだよ?」
「施しは受けん!・・・・・寄付は別」

結局ウォルフを説得することは出来なかったが、ウォルフも気を遣って黒色のビニール袋を『練金』し、それに入れて持って帰ることにした。

「本当にみんなお金いらないの?独り占めだとなんか気が引けるんだけど・・」

いらない、と口々に言われセレブめ、と呟くが、その意味が分かる人間は居なかった。

帰り道、マチルダは途中までタニアに背負われていたが、もうすぐサウスゴータが見えてくる、という辺りで背中を降り、自分で飛んだ。
一際低い高度で飛ぶクリフォードの横を飛びながら話し掛ける。

「どうも効率が悪いね、魔法のイメージが悪いんじゃないかい?」
「そんなこと言ったって、凄く集中しているんですが」
「そんなふうに、後ろから風で押すばかりだから却ってスピードが上がらないんだよ。目の前にある空気の層を左右に切り分けて自分の後方に押しのけるイメージを持ってみてご覧よ。その上で、後ろから風で押すんだ」
「目の前の空気を左右に押しのけるイメージ?・・・うん、やってみるよ・・・《フライ》!」

一度魔法を切って再び掛けてみる。
するとどうだろう、一度魔法を切った分高度は下がったがスピードがぐんと増した。
それはクリフォードが今までに経験したことがないレベルで、ちょっと怖いほどだった。

「うわわっ、マチルダ様、凄いよ!マチルダ様の言う通りにしただけでこんなに!」
「ほら、凄く良くなったじゃないか。それを自分の下に押しのけることが出来ると高度も簡単に上げられるようになると思うよ。」
「自分の下に・・・うわわ本当だ!」

また、イメージを変えると高さも自由に上げられるようになり、みんなと同じ高さまで来ることが出来た。
クリフォードはこんな簡単なアドバイスでこんなにも魔法の効果を上げさせてくれたマチルダを心から尊敬した。

「マチルダ様ありがとうございます。・・・マチルダ様は凄いです」
「いや、あたしもウォルフに教えてもらっただけだよ?元々あたしは土メイジだからね、風は苦手なんだ」
「なんだってー!」

 ウォルフによれば、『フライ』は風魔法でもありコモンマジックでもある魔法で、重力制御に加えて『念力』それに気圧制御をすることによって完成する魔法とのことである。
気圧制御を『念力』で行えばコモンマジック、『風』で行えば風魔法、というわけである。本来風魔法なのにルーンだけではなくそれを簡略化した口語の呪文があると言われていたが実は魔法としては別のものらしい。
重力制御とかは虚無の魔法に分類出来るのではないかとウォルフは思うが、ハルケギニアのメイジは皆無意識に使っていた。
その事に気付いたのは父ニコラスが「『フライ』を唱えていれば高速で衝突しても比較的被害が少ない」と教えてくれたからである。風の魔力素には慣性を制御する事は出来ないはずなのだ。
ちなみに、『サモン・サーヴァント』も絶対に虚無の系統だと考えている。
マチルダはウォルフの教えを朧気ながらも理解することによって、土メイジでありながらも『フライ』を使う事が出来るようになっていた。

「おい!ウォルフずるいじゃないか!こんな楽に飛ぶ方法知っていたのに、オレには教えないなんて」
「兄さんに教えるような機会がなかったじゃないか。大体オレが教えても兄さん聞かなかったんじゃない?」
「う、確かに・・・で、でもこれからは特別に教わってやるから、教えろよ、いいな!」
「兄さん・・・あんた一体何様なんだー」
「もちろん、お兄様だ!」

兄弟は初めて笑いあった。










[18851] 番外1   兄として
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:f1cb8877
Date: 2010/07/06 19:35
 俺くらい弟で苦労した兄はいないんじゃないかなって今なら思える。

 弟が出来ると聞いたのは四歳の誕生日から少し経った頃だった。
母さんのお腹がどんどん大きくなっていくのを見て、弟が出来たら一緒い遊ぼうとか、優しくしてあげようとか、お兄ちゃんなんだから面倒を見てあげなきゃとか考えながらワクワクして生まれてくるのを待ってたんだ。
生まれてきた赤ちゃんは小っちゃくて皺くちゃで、こんなのが本当に人間になるのか不安だったけど、喜んでいる父さんや母さんを見てそんな事は言えなかった。
暫くしたら普通に赤ちゃんって感じになって安心したけれど、最初は本当に心配したんだ。
ふわふわの栗色の髪に大きなエメラルド色の目、首が据わったら抱かせて貰ったけど、目が合うとニコッと笑う本当に可愛い弟だった。
オレは兄としてこの弟を守ってやらなくちゃならないんだって心から思った。
何時だってオレが抱き上げると喜んだし、ずっと仲良くやっていけるんだって信じていた。

 ウォルフが話し始めたのは普通の子供よりも遅い位だったと思う。父さんと母さんは喜んでたけれど俺は凄く大変になった。
一緒にいるとやたらと色々聞いてくるのだ。あれは何?何で?何度聞かれたことだろう。
とても話し始めたばかりの乳児が聞くようじゃないことまで色々聞いてきて、あげく字を教えて欲しいと自分から言ってきた。
まあ、可愛いので主にオレとアンネで本を読みながら字を指で追って文字を教えた。
するとウォルフは文字をすぐに覚え、自分で本を読むようになって、このあたりからもうオレの手には負えないようになる。
どんどん難しい本を読むようになり、知らない単語がある度に聞いてきて、オレやアンネが答えられないようになると父さんや母さんに聞いていた。
聞かれた事に答えられない時、ウォルフは一瞬気まずそうな顔をして目を逸らすんだ。
それがいやで俺はウォルフを避けるようになった。幼児に気を使われる屈辱を想像してみてくれ。
あの、残念そうな目!目!目!・・・何度夢に見た事だろう、ニコニコと楽しそうなウォルフが"あっ、まずい事聞いちゃった"って顔になる瞬間。そしてがっかりしてるくせにそれを表に出さない様にしようとする気遣い。
ウォルフに悪気がないのは分かる。でも、こんなお兄ちゃんなんてウォルフはいらないんじゃないかって言う自己嫌悪を消す事は出来なかった。
父さんが"ハルケギニア大広辞苑"を買ってきてくれてから自分で調べるようになったので良かったが、そうでなければ今頃ノイローゼになっていたに違いない。
その頃からオレはカール先生のところに魔法を習いに行く様になったので、あまりウォルフとは顔を合わせないで日々を過ごせるようになった。ウォルフはずっと一人で色々と勉強している様だったが、俺はなるべく関わらない様にしてたんだ。

 そのささやかな平和はウォルフが魔法を習い始めて直ぐに消えた。
四歳半で魔法を習い始めたら一ヶ月位でラインメイジになっていた。
こんなナマモノの話を誰か聞いた事がありますか?俺はないです。

「兄さんは性格が真っ直ぐだから思いこみが激しすぎるんだよ。もっと客観的な視点を持てばうまく魔法を使えるようになると思うよ」

俺が魔法を失敗したのを見てウォルフが言う。この時四歳児です、こいつ。
イラッとする。

「自分以外の系統?きちんと魔法の事を把握すれば兄さんも直ぐに使えるようになるよ」

重ねて言いますが、四歳児です、こいつ。
イライラッ。

 あっという間に俺より魔法がうまくなっちゃったウォルフは俺が魔法を使ってるのを見かけるとアドバイスを言ってきて、あいつは親切のつもりだったんだろうけど俺は「ウルセー」としか答えなかった。
それからはもう、口をきく度にウォルフに当たるようになっちゃって、自分でも止められなかった。
俺はウォルフに酷い事を言う度に俺は悪くないと自分に言い聞かせていたけど、あいつはちょっと困ったような、悲しそうな顔をするだけで文句は何も言わなかった。
そんな状態がずっと続いていい加減自分の事が嫌になった頃マチルダ様と出会ったんだ。
マチルダ様は妖精かと一瞬思っちゃったほど綺麗なのに魔法は凄かった。
俺と二歳しか離れていないのにトライアングルかと思うほど大きなゴーレムを操れるんだ。

「ふん、ぬるい攻撃だね。本当にウォルフの兄貴かい?」

マチルダ様の言葉が胸に突き刺さる。
ウォルフの兄貴って言わないで欲しい。兄貴らしい事は何もしてないんだから。

「一応は、兄貴なんだから、もうちょっと頑張った方がいいよ」

頑張っています。
ていうかいくら頑張ったって相手はウォルフなんだぜ?
俺なんかとは最初から出来が違うんだよ。俺だってカール先生の教室じゃ優秀な方なのに。
ずっと兄貴になんて生まれたくなかったって思っていたよ。

 でも気付いた。トロル鬼をやっつけてあいつが帰ってきた時、その手が少し震えていたんだ。
それを見て、あんなに凄いやつなのに俺みたいに怖がる事もあるって知って、少しだけ楽になった気がしたんだ。

 あいつだって俺みたいなやつの弟になんて生まれて来たくはなかったろうに、文句なんて何も言わない。
多分ウォルフはそれを文句を言うような事じゃないって知っているんだ。だって文句を言ったって仕様がないから。
俺は文句ばかりだ。ウォルフが俺より凄いのは誰の所為でもないのに。

 俺はド・モルガン家にウォルフより先に生まれた普通の子供で、ウォルフは多分凄いやつ。いや、五歳児が一人でトロル鬼倒すなんて聞いた事も無いからもの凄いやつなんだ。
兄貴なのにあいつに負けているのがいやだったけど、絶対にそれはオレの所為じゃないと思う。

 ハイキングの帰り、マチルダ様に『フライ』のアドバイスをしてもらったらいきなりうまく飛べる様になった。
マチルダ様も凄いんだって思ったけど、マチルダ様もウォルフに教えてもらったとの事だ。
あいつの魔法はあいつにしか使えない凄い変なものかと思っていたけど、実は誰にでも使えるものらしい。
もしかして今までウォルフが色々俺に言ってきた事をちゃんと聞いてれば、もっと魔法がうまくなっていたという事か?
何か今まで拘って来た事が全部くだらない事に思えてきてしまった。

 ハイキングに行く前は偉そうな事を言ったけど、俺は今のままじゃマチルダ様を守る事なんて出来やしない。
ウォルフに聞けば強くなれるならウォルフに聞こう。
弟にそんな事を聞けるかって思っていたけど、ウォルフはウォルフ、俺は俺なんだから関係ない。あいつの方が凄いんだったらあいつに聞くべきだ。
そしてもっと強くなって今度は俺も一緒に戦うんだ。
マチルダ様の事を守るって誓ったんだから。
あいつがどんなに凄くたって、俺はあいつの兄貴なんだから。



[18851] 1-10    自分の城
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:f1cb8877
Date: 2010/07/06 19:37
 サウスゴータに帰ったウォルフはトロル鬼の首を役所に提出し、三十エキューを得ることが出来た。
この地方でトロル鬼が出ることはほとんど無いので手続きに手間取ったが、マチルダが口添えしたこともあり、タニア名義で問題なく支払われた。
さらにマチルダから結構な量の羊皮紙を貰えたこともあり当面羊皮紙不足は解消された。

 マチルダは両親から暫く街から出ることを禁止されたみたいだが、特に堪えた様子はなく、今まで通りの生活を送っていた。
クリフォードはウォルフに話し掛けることが多くなった。
魔法で悩んだときなどに尋ねることが多い。ウォルフのアドバイスは分からないことも多いのだけど嵌ったときには強力なので、真剣に聞くようになった。
屋敷のそこここで見かけるようになった兄弟が一緒にいる姿を見て、両親はことのほか喜んだ。


 その日上空で模型の飛行試験をしていたウォルフが屋敷に帰ってくると、非番で家にいたニコラスが出迎えた。

「ウォルフ、また実験かい?」
「うん、改良した翼の飛行試験を空で行っていたんだ」
「職場で、最近変な子供が空を飛んでいると連絡があったけど、お前か。しかしそんなのが本当に飛ぶのかね」
「それが飛ぶんだよ、見てて」

そう言うと『フライ』で舞い上がり、少し遠くから水平飛行で勢いを付け、屋敷の近くまで来ると手を離す。
模型はそのまま滑るように空を飛び、やがて屋敷を越えた辺りで先回りしていたウォルフの手の中に収まった。

「結構なめらかに飛ぶでしょ」

戻ってきたウォルフが自慢げに言う。頬が少し赤い。

「はー、確かにあれは"飛んでる"な。竜が滑空しているときに似ている」
「グライダーって滑空するって意味なんだよ」
「そうか、本気で人が乗れるようなのを作るつもりなのか」
「うん、で、お父様、相談なんだけど・・・」

ウォルフがニコラスの顔色を窺いながら切り出す。グライダーを作るための広い作業場を確保しなくてはならない。

「うわっ出たよ"お父様"。あんま無茶なことは勘弁してくれよ?」
「いやいや、そんなことはないですよ?実は、本物を作るに当たって作業するスペースが足りないのです。そこで納屋のスペースをちょっと増やしたいのですが・・・・」
「え、あれで足りないって言うのか?ちょっと物が増えすぎているんじゃないのか?」

最近納屋の部屋の中に巨大な風洞が出現していることは知っていたので、そのせいでスペースが足りないのかと思ったのだ。

「いや、今ある物全て処分してもちょっと足りないのです。もちろん今ある納屋としての機能には全く影響を与えません。空間の有効利用といいますか、なんということでしょう!って感じにスペースを広げ、必要な空間を確保するつもりです」
「今あるところには影響を出さないんだな?確かにお前が新しく作った棚のおかげでとても便利になったと使用人達も言ってた。・・・まあ、いいか。好きにやりなさい」
「ありがとうございます、お父様。必ずや迷惑の掛からないようにいたします」
「まだ"お父様"なのがちょっと怖いな。・・・時にウォルフよ、最近クリフと仲がいいみたいじゃないか」
「うん、中々現状を受け入れることが出来なかったみたいで足掻いていたから心配したけど、自分は自分として受け入れることが出来た見たい。これで正しく自分を認識出来れば、卑屈にならずに成長することが出来るんじゃないかな」
「何でそんなに上から目線なんだ・・・まあいい、なにかあったのか?」
「恋というものはいつだって男の子を成長させる物なのです」
「ほほーう」

親子で目と目を見交わし、にやりとする。
ニコラスはもっと詳しく知りたがったが、本人に聞けと拒否し納屋へと戻った。

「サラ!やったぜ!納屋の増築に父さんの許可が下りた」

 ウォルフに出された課題を解いていたサラは疑わしそうに顔を上げた。

「本当にあんな計画が許可されたんですか?ニコラス様は何を考えているのでしょうか・・」
「ああ、もちろん!今あるところに影響を与えないで、"ちょっと"スペースを増やすって言って許可をもらったぜ」
「・・・・それは本当に許可を得ていると言えるのでしょうか」
「そりゃそうだよ。なんだよ、テンション低いな!いいじゃないか、誰に迷惑掛けるわけでもなし」
「そりゃそうかも知れないけれど、不安なんです。あと、お役所の許可とかも必要なんじゃないですか?」
「サラは不安がりだからなぁ。お役所は大丈夫だ。五階までの建物は許可がいらないらしい。三階以上の建物には固定化を掛けるように指導しているみたいだけどな」

ウォルフ様が脳天気すぎるんです、と膨れるサラを尻目に完成までの日程を考える。
途中で予定を変更してグライダーの格納庫も併設する事にしたのでそれまでに作った大理石の石材はみんな不要になってしまったが、まあ、いつか必要になるかもと思ってそのまま取っておくことにしてある。
今回増築するのは贅沢にもオールチタン製にすることにした。
どんな住み心地になるかは分からないが、それはそれ、作ってみることに意味がある。
実はウォルフにとっては石材を作るよりもチタンを作る方が楽、ということがあり、どうせならかつて無いものを、という風に盛り上がってしまったのだ。
納屋の周りにチタンの柱を建て、納屋の上に三階と四階に相当する部分を作る、というのが今回の計画だ。
どう考えても"ちょっと"スペースを増やすというレベルの工事ではない。
できあがれば、縦二十メイル、横八メイルのスペースが二層という広大な物で、全体の外観を舟形にしたために屋根の部分ではさらに縦二十メイル幅二メイルも広がっている。まさにノアの方舟っといった風情である。
とにかく柱もチタンなら壁もチタン、床もチタンで天井もチタンという前世の世界なら絶対に頭が悪いと思われる仕様で、しかも全部純チタンではなく64チタンと呼ばれる合金である。

もう全部設計をすませ、あと外装用材を少し作れば組み立てられる、というところまで出来ているのでいつ取りかかってもいいが、チタン材を『練金』で繋ぐのが多分ウォルフにしかできないので、十分に魔力をためておく必要がある。
ということで、建てるのは三日後のダエグの曜日にすることにした。
その日はニコラスもエルビラも仕事なので、途中で邪魔をされる心配がない。建ててしまえばこちらの勝ちだ。

「よし、三日後のダエグの曜日に建てよう!後でマチ姉にも手伝って貰いたいからお願いしてみよう」

 結論から言えば手伝って貰えることになった。
カールの授業が終わった後、マチルダの目を見つめながら上目遣いで"お願い"したら一発でOKだった。
マチルダが案外可愛い物に弱いことを知っていたので狙ってみたのだが、サラには悪辣と言われた。
マチルダだけでもかなりの戦力だが、カールも午後から見に来る、といっていたので取りあえず一日で建つ目処は立った。
更に家に帰ってクリフォードにマチルダが手伝いに来ることを伝え、「兄さんもマチ姉と一緒に手伝ってくれないかな」と頼むともちろん一発OKだった。

 決行前日・オセルの曜日

 下準備を進め、柱を建てるための穴を掘った。
『練金』を使い納屋の周りに十ヶ所。慎重に垂直を取り、それぞれの寸法を測りながらである。
四メイルと少し掘ったところでアルビオンの岩盤に当たり、更に掘り進めて深さは五メイルに達した。
全てを掘り終わると大人にばれないよう、それぞれに石でふたをしてごまかしておいた。

 決行当日・ダエグの曜日

 いよいよ当日である。ウォルフは朝から可成り興奮していたが、何とか抑えて両親を見送った。
門を閉めてしまえばこっちの物である。

 まず、中庭の地面に穴を開け地下から柱を取り出す。四十サント程の太さのH型の断面をしたもので屋根までの長さの物が四本、四階の床までの長さの物が六本である。
それをそれぞれ昨日掘った穴に差し込み、次は梁を用意する。
これは最長で四十メイルにもなるので、いくつかの部材を現場で接着しながら仮組みする。
ここらで納屋の上に巨大な構造物が組み上がっていくのを見て不安になったメイド達が話を聞きに来た。納屋の半分は使用人用の家屋になっているのだ。
納屋には何も手を付けないから心配しないように諭し、作業を続ける。

 一番大本の骨格に当たる部分を仮組みし、垂直や水平を確認する。
微調整をしてきちんと全ての柱で水平・垂直が出たら柱の根本に練ったセメントを流し込み固定し、仮組みした部分を接着していく。
そこからはひたすら地下から部材を運び出しては組んで接着する、という作業で、ウォルフはほぼずっと『練金』で接着作業をしていた。
柱と梁を全てくみ終わったら外装に取りかかる。
外装は酸化被膜で赤く発色させていて、この辺はエルビラの好みを勘案しておいた。
外装が終わった頃ようやく昼になった。全て予め加工済みだったとはいえ予想以上の早さである。
もう、外から見ると殆ど出来ているように見えるので、屋敷の外には見物人が集まりだしていた。
突然住宅街の空中に真っ赤な船が出現したのだから当然である。

「うっああああ・・・疲れたぁぁ」
「ほらしっかりしなよ、クリフあんた一番働いてないんだから」
「うわぁ、マチルダ様非道いです。不肖クリフォード必死にやっておりましたのに」
「まあ、兄さんも今日一日で大分レビテーションうまくなったんじゃない?」
「何でこの野郎はこう、しれっとした顔してやがるんだろう・・・」

 簡単な昼食を摂りながらだべる。
誰がどう見ても一番働いていたのはウォルフで、マチルダ、サラ、クリフォードと続いていた。
この辺は魔法の関係でしょうがなかった。
サラも疲れているからかアンネに支度をまかせ一緒に食べている。

「うーん、しかし出来上がってくると嬉しいねぇ。後どれくらいで出来るんだい?」

出来上がりつつある建物を見上げ、マチルダは楽しそうだ。
これだけ大きな物を作りあげる、という作業はかなり楽しい物だ。

「えーっと、もう赤いのは全部張り終わったよね。次は屋根を張って、断熱材と内壁を張って、床を張って窓を付ければおしまい」
「・・・張ってばかりだね。なんだいまだまだ結構あるじゃないか」
「でも、気を遣う必要があるのはあと屋根くらいだからもう大分気が楽だよ」
「あれ、でも階段がないね、どうなっているんだい?」
「これはメイジ用の建物なので必要ないのです・・」
「うそだよ、ウォルフ様忘れてたんだよ。昨日、あっとか言ってたもの」
「・・・・後で付ければいいじゃん」

色々と喋りながらの昼食を終え、軽く昼寝もして、作業を再開しようとしているとカールがやってきた。

「おい、子供ら。もうこんなに出来たのか。外で可成り話題になっとるぞ」
「あ、先生こんにちは。はい、まあ予定通りです。丁度半分って所でしょうか」
「ふーむ、こんなにでかい物じゃったとは、良くニコラスが許したのう」
「・・ええ、まあ。・・先生はこれを『練金』でくっつけられますか?マチ姉は無理だったので」
「ふむ、これがマチルダが言っとったチタンという金属か。どれ『練金』!」

ウォルフが差し出した二つのチタン片は一つになって固まった。
さすがに土のスクウェアともなれば未知の物質でも変形くらいはお手の物らしい。

「やった!じゃあ先生もオレと一緒に建材を接着する作業をお願いします」
「まあ、二時間くらいしか出来んが手伝ってやるわい」

 カールが来たことで大分スピードアップがなされたが、クリフォードがいよいよ限界近くなっていた。
もう魔法は使わず、地下の建材を地上に手でも持って来るという作業を一人でしている。

 屋根と床にはチタンハニカム構造材をサンドイッチして強化した物を使用し、カールと二人だと効率よく張ることが出来た。
断熱材にはポリスチレンのフォーム材をぐるりと全ての壁や床、天井に入れ、その後内壁、床と張っていった。
この辺りの作業は、クリフォードとサラが地下から部材を出し、サラが設計図と工程書を確認し、マチルダが現場まで運ぶという流れで行われた。
床まで全て張り終わり、全員で格納庫用の巨大な扉をセットしたところで、カールが帰り、ここでマチルダとクリフォードがギブアップした。
この扉は高さ三メイル半で横幅が二十メイルもある巨大な物で、床と同じチタンハニカム材をチタンパイプのフレームに組み込んである。
開くときは外に向かって倒れて開き、そのまま四階の床として使えるようになっている。
今回一番苦労した部分で、回転軸の反対側にタングステン製の錘を付けて開くときにバランスを取ったり、横に長いので五ヶ所で支えるようにしたり、その軸用にローラーベアリングを開発したり色々と大変だったものだ。
この扉を四階の両側に付けたので、両方を開け放すと相当な開放感を感じることが出来るようになっている。
一枚につき三つの部品に分かれて取り付けたそれをウォルフが一人で接着し、窓をはめて漸く一応の完成を見た。窓は殆どが二枚ガラスのはめ殺しの丸窓で、開閉出来るのは四階の一部だけにした。

「で、出来た・・・・」
「やりましたね・・・」

最後の窓をはめ、床に倒れ込む。何とか日が沈む前に終えることが出来た。
ウォルフもさすがに疲れていたし、サラはもう魔力切れ寸前だ。
しかし、両親が帰ってくる前に中庭の穴を塞がなくてはならない。
きしむ体に鞭を打ち立ち上がると出来たばかりの格納庫の扉を開け外に出た。後ろからこわごわとサラが着いてくる。

「こんな先っぽに乗ってもびくともしませんね」
「そりゃあね。一応五千リーブル位までは耐えられるように作ってある」
 
数値は概算だったが子供が二人乗ったくらいではどうにかなるはずはなかった。
端まで来て下をのぞくと、中庭のベンチでマチルダとクリフォードが何かしゃべっていた。

「何かあの二人、いい感じじゃない?ここで下に降りていったら、オレ邪魔者かなぁ」
「あら、ふふふ。まあ、あまり気を回さない方がいいですよ。マチルダ様!クリフォード様!完成しましたー!」
「うわ・・・取りあえず下の穴塞いでくるからここで待ってて。みんなでここでお茶しよう」

そう言って『フライ』で下に降りると何故かワタワタとしているマチルダ達にも伝えると穴を手早く塞ぎ、メイドにお茶を貰ってきた。

「あれ、まだ上に行っていないんだ」
「あたしもクリフももう魔力が殆ど無いからね、あんなとこまで行けないよ」
「んじゃ、オレが送るよ・・《レビテーション》!」

四階の、扉の外になっている部分でちょうど今、夕日が綺麗に見えている場所に移動して座る。
大きめのグラスに氷とレモンを入れ、砂糖をたっぷり入れたお茶を注ぐ。

「えー、それじゃあ皆さん!今日はお疲れ様でした!おかげさまでこうして立派な建物が建ちました!乾杯!」
「「「乾杯!」」」

「くー、よく冷えてておいしいねぇ!これは」
「はー、風が気持ちいいです・・・」

思い思いに寛ぐ。疲れた体に甘く冷たいお茶がおいしい。
ウォルフが少し前に放射冷却を利用した無電源の冷蔵庫を作っていたので氷が何時でも使えるのだ。
もう夏が近いが、夕方の風は涼しかった。

「いやしかし、本当に良く一日で出来た物だよこんなの」
「まあ、結構前から準備してたからね。今日は組み立てるだけってとこまでやっておいたわけだから」
「もう全部終わったのかい?」
「いやほら、まず階段付けないと。今三階と四階の間は穴が空いているだけだし、下から上がってくるのも付けるつもり」
「ウォルフ様はこんなに凄いのを作れるのに詰めが甘いと思います」
「ぐはっ・・でも致命的なミスはしたこと無いでしょ・・」
「まあ、でもこれは凄いよ。グライダーってのも楽しみにしてるよ」
「今日手伝ってくれたメンバーにはもれなくグライダー試乗の権利がプレゼントされます」

そんなことを話していると下からニコラスの呼び声が聞こえてきた。

「うわ、やっぱ怒っているっぽいなぁ」
「何で怒ってんだよ。お前、父さんの許可を取ったんじゃないのかよ」
「取ったよ?納屋が狭いから"ちょっと"スペースを広げたいって言って許しをもらった」
「「うわ・・・」」
「まあ、下に行って説明しよう。だめならおとなしく怒られればいいだけだし」
「まさに確信犯ですね」

全員に『レビテーション』を掛け、ニコラスの元に向かった。

「ウォルフ、なんだあれは。私はあんな物を作る許可を出した覚えはないぞ」
「お父様、納屋の上の利用されていない無駄なスペースを有効活用したのです。なんということでしょうあの狭かった納屋がこんなに広く、って感じです」
「広すぎだ!有効活用ってレベルじゃないだろう!届け出とかもしなくちゃならないかも知れないし、大体あれ危なくないのか!」
「こちらが関係法規の写しです。ここサウスゴータでは高さ二十メイル以下、五層以下の建物に関し、届け出は必要ないことになっています。強度に関しては十分な物を確保しています」

そう言ってウォルフは懐に入れていた羊皮紙を広げて示す。
関係法規の写しから建物の構造、チタン材の強度試験結果までそろっていた。

「・・・・計画通り、と言う訳か・・・」
「はい、お父様が好きにやれ、と仰って下さったので予定通りの物が建てる事が出来ました。ありがとうございます」

にっこり笑って言うウォルフに絶句する。何か悔しいが、よく考えれば話を通されていなかったので腹立ちはしたものの確かに何か問題があるというわけではなかった。

「どうしても必要だったのか?」
「はい、グライダーの制作場所、完成後の保管場所、発着に便利な形を考慮した結果、このような形が最善であると結論しました」
「そうか、あれだけの物をお前達だけで建てたのか?」
「ここにいるサラ、マチルダ様、兄さんとで建てました。あと途中で少しカール先生が手伝ってくれました」

 子供達だけであれだけの大きさの物を一日で建てたとなると、その異常さが目立ってしまう恐れがあるが、土のスクウェアであるカールが関わっていたとなるとその恐れが大分減る。
ニコラスは同僚にはカールが主に作ったと説明しようと決めた。
子供達には今更なので隠さずその懸念を伝え、周囲に話すときはカールが手伝ってくれたことを必ず話すように言い含めた。
後にカールの元に建築依頼が多数来て困る事になるのだが、そんな事はニコラスの知った事ではなかった。

 ついにウォルフは"自分の城"を持つことになった。
空中に浮かぶその城を彼は"方舟"と呼ぶことにした。








[18851] 番外2   初めての虚無使い
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:f1cb8877
Date: 2010/07/06 19:38
 これはウォルフ十一歳ちょっと未来のお話しです。









 その日カールの元を一人の客が訪れていた。

「やあ、これは久しいなあラ・ヴァリエール公爵、サウスゴータへようこそ!」
「ご無沙汰しております、ミスタ・ストラビンスキー」

カールの屋敷に現れた壮年の男性をにこやかに出迎え、久方の再会を喜ぶ。
その客、ラ・ヴァリエール公爵は少し緊張した面持ちで挨拶を返した。

「しかし、いつ以来じゃろうなあ、ワシがこちらに来てからは初めてじゃから二十年近くぶりになるか」
「不肖の弟子の分際で、いつも手紙での挨拶ばかりで申し訳ない」
「弟子などと・・・三十年以上も前の事じゃよ。立派な貴族になられたな」

目を細めてラ・ヴァリエール公爵を見る。少年の頃の面影は其処此処に残っていて懐かしく感じさせた。

「しかし、公爵家の当主ともあろう者がお忍びで他国まで来るというのはただごとではないな、手紙に書いてあった娘のことか」
「はい、いくらやっても魔法を成功させることが出来ないのです。そこで先生にも話を聞けば何かヒントになることがあるのでは、と藁にも縋る思いで参りました」
「ふむ、しかしお主や奥方が長年見てきてできなかった物をワシがすぐに何か言えるとも思えんのじゃが・・」
「いや、実は手紙に書いてあった少年のことでこちらに来る決心をしたのです。なんでも魔法を爆発させた、とか」
「ああ、ウォルフの事じゃな。アレは吃驚したわい、普通に『発火』の魔法を教えておったらいきなり爆発したんじゃ」

ひっくり反っておったわい、と続け思い出してにやりと笑う。

「その子のことです。実は私の三女はただ魔法が成功しないのではなく、全て爆発を引き起こしてしまうのです」
「なんと・・・」

全ての魔法が爆発する、そんな聞いたことのない現象に絶句する。公爵令嬢がそんなことになっているとしたら、確かに問題であろう。

「ですから、私は先生に尋ねたいのです。その子の魔法は何故、爆発したのか、そしてどうやって成功するようになったのかを」
「あの時はたしかイメージの問題と言っておったが・・・ワシには解らんのだよ」
「解らん、ですか・・・」
「ああ、解らん、な。あの子の魔法は往々にしてワシの理解を超えておるのじゃ。」
「そうですか・・・・」

がっくりと落ち込んでしまった公爵を気の毒そうに見やる。
僅かな望みにかけこんな所まで来たことが無駄になってしまい、その横顔に浮かぶ徒労感は隠しようもなかった。

「その子は連れてきているのか?」
「はい、アルビオン旅行ということで連れてきました。今は宿屋に置いてきています」
「ではウォルフに直接その子の魔法を見せたらどうじゃろう。彼なら何か気付くかも知れん」
「その子にですか・・・その子は今何歳で?」

公爵が躊躇する。噂が立つのをおそれているのだろう。

「十一歳じゃ。大丈夫、賢い子じゃよ。余計なことは口にせん」
「ルイズと同い年ですか、ううむ・・・」
「ワシも一緒に見るが、おそらくワシよりはウォルフの方が何か解る可能性が高いと思う。あの子はわしら大人とは全く違う物の見方をしている」

結局翌日にウォルフを呼んでルイズの魔法を見せることにした。




「初めまして、ラ・ヴァリエール公爵、お嬢様。ウォルフ・ライエ・ド・モルガンです。よろしくお願いします」

翌日の午後、ウォルフはカール邸の中庭に来ていた。
最近はあまり来ることもなく、たまにお茶によるだけであったがウォルフにとってはいつもの場所である。
紹介を受けて挨拶を返したウォルフの前にいるのはトリステインのラ・ヴァリエール公爵と、長いピンク色の髪が特徴的なその三女である。

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」

素っ気なく応えるルイズは少し緊張しているようだった。
昨夜ヴァリエール公爵に聞いていたとはいえ、同年代の男の子に自分の失敗魔法を見せるのは初めてなのだ。
ウォルフはその鳶色の目に怯えを感じ取り何も言わなかった。

「ではルイズ、何か魔法を使ってみなさい。カール先生とウォルフ君が見ていてくれるそうだ」
「はい、お父様・・・・・《レビテーション》!」

ボカンと音を立ててルイズがねらいを付けた石の辺りが爆発して散った。
ルイズは悔しそうに下唇をかんでいるが、ウォルフは驚きに大きく開いた目を輝かせていた。

「実際に見ると話以上じゃの。どうじゃ、ウォルフ何か分かったか?」
「いいえ、今のだけではちょっと・・ミス・ヴァリエール、系統魔法も使ってみていただけますか?」

何故か目をキラキラさせ嬉しそうに話し掛けてくる少年に若干引きながらも、公爵を見上げ許可を得ると続けて魔法を使った。

「《発火》!」ボカン!

「おお!風系統もお願いします」

「《ウインド》!」ボカン!

「水系統も」

「《凝縮》!」ボカン!

「土も」

「《練金》!」ボカン!

 カールはあまりにもデタラメな魔法に掛ける言葉もなかったし、ヴァリエール公爵も目元を抑えて俯いてしまっている。
ルイズは杖を握りしめた手を震わせ下を向いて今にも泣きそうだ。
そんな中で一人ウォルフだけが嬉しそうにうんうん頷いていた。

「何じゃウォルフ何か分かったのか?」

その言葉に公爵とルイズの視線が集まるのを感じながら、言葉を濁す。

「いえ。コモンマジック、系統魔法で全て同じように爆発していますね。・・ちょっとカール先生と二人で話をしたいのですが・・・」
「公爵とワシとは三十年来のつきあいじゃ、遠慮は要らん、ここで話せ」
「推測なので、公爵様達にとって余計な事を耳に入れてしまうかも知れません。ちょっとその前にカール先生の意見を聞きたいのです」

存外に頑なな態度で二人きりになることを要求するウォルフに折れ、公爵親子に断ると別室に向かった。

「で、推測とは何じゃ、話してみよ」
「恐らくミス・ヴァリエールの系統は、・・・虚無です」
「なっ・・・・・・」
「ほぼ間違いないと思います。私が虚無についてこれまでに立てた仮説に一致しますし、今観察した内容もその正しさを裏付けています」
「ど、どのくらいの確率でそうじゃと思っている?」
「九十九パーセント。いやあ、さすが公爵家ですねぇ、凄いなあ。伝説の系統を目にすることが出来るとは思わなかった」

 ウォルフの研究では魔法の発動には魔力素という物がかかわっていることが分かっている。
これは四種類有り、それぞれが火土風水に対応している。これが大きく複雑になり自意識を持つようになった物が精霊と呼ばれる存在である。
しかし、この魔力素はもっと小さな存在、"さらなる小さな粒"から構成されているらしいことが分かってきて、それをウォルフは魔力子と呼んだ。
恐らく虚無の系統は、この魔力子を直接操る事を専門とする系統なのだろうと仮説を立てていたのである。
そして、この魔力子を直接操ることが出来るのならば、時間や空間そのものの操作が魔法で可能になると予測していた。
ウォルフが観察したところによると、ルイズは魔力素を操ろうとして、それを構成する魔力子を引っこ抜いてしまっているようだった。
そのため魔力素が魔力素として存在することが出来ず爆発を起こしているみたいなのである。
精霊がいたら皆殺しにしてしまいそうな魔法だ。

「虚無の系統と言ってもルーンなど伝わっておらんぞ。・・・・これは公爵に話して彼に判断してもらうべき事ではないか?」
「それでもいいですけど、今のところ推測だけですからね。信じない可能性もあります」
「ふーむ、お主はどうするつもりじゃ?」
「私に二三日貸してもらえませんか?コモンマジックなら出来るようになる可能性があります。それが出来るようになってから話した方が面倒が少ないのではないでしょうか」
「公爵令嬢をそんな猫の子を借りるように言うでない。お主成功させられるのか?」
「『ライト』とか『レビテーション』とかなら教え方によっては成功すると思います」

 それからも話し合ったが結局ウォルフの言う通り公爵に提案する事にした。
そしてウォルフがルイズを連れてド・モルガン邸に行ったら公爵にも話し、納得してもらうのだ。
ルイズが魔法を成功する前に話して、頭から拒絶されたくはなかった。

「ああ、待たせたの、ちょっと話が纏まらなかったんじゃ」
「それで、先生の判断はどうなりましたでしょうか」
「ウォルフの言うことは正しそうでもあるんじゃが、何分推測が多くての、もっと慎重に判断すべし、と言うことになったんじゃ」
「と、言いますと?」
「ルイズ嬢をウォルフに二日ばかり預けてみんか?それくらいあればコモンマジックなら出来るようになる可能性が高いそうじゃ」
「理由はなしで、ですか・・」
「そうじゃ、済まんがいい加減なことを言うわけにはいかんのじゃ」
「ううむ・・・・ウォルフ君、率直に言ってくれたまえ、君は、ルイズの魔法をみてどう思った?」

公爵がウォルフに向き直り尋ねた。その体から発せられる覇気は、さすが一流のメイジと思わせる物だった。

「興味深いですね。他に誰も例がないというのがまた・・・ただ、私の魔法理論ではあり得る現象です」
「ふむ、ルイズの魔法が普通にあり得る、と・・・・・」
「普通、とは言いませんが。普通であろうと無かろうと、そこに"在る"現象は在るのです」

 どうもハルケギニア人は自分が理解出来ないことを有り得ないと言って済ませてしまう傾向がある。
なぜそれが起きているのかを考えることを放棄してしまうのだ。
ルイズももう十一歳とのことである。
こんなに大きくなるまで虚無の系統である可能性を全く考慮せずに、ただ漠然と魔法の練習をしていたらしい事に愕然とする。
どう考えてもルイズの魔法が普通ではないことは一目瞭然だろうに、魔法が爆発するなんて"普通、有り得ない"事だからと考えることをやめてしまうのだ。
普通、有り得ないのであれば、普通ではない場合の可能性を精査すべきなのだ。

「・・・分かった。君の"魔法理論"でルイズを指導してみてくれ」
「かしこまりました」

 改めてウォルフはルイズに向き合った。
ルイズは拗ねたように口を尖らせそっぽを向いている。

「じゃあ改めてよろしく、ミス・ヴァリエール・・・長いからルイズって呼んでいい?」
「いいんじゃない?あんた先生らしいから」

中々難しそうなお嬢さんである。

「じゃあルイズ、まずはオレの家に移動してちょっと魔法を使ってみよう」
「何で移動するのよ、ここでいいじゃない」
「うーん、ここはもうじきカール先生の生徒達が来るんだ。ほら君の魔法はその・・・刺激的だから」
「わわ分かったわよ!移動すればいいんでしょ!」

そう怒鳴るとルイズはウォルフより先に立って屋敷から出て行ってしまう。
ウォルフは慌てて公爵とカールに挨拶をして後を追うのであった。



 何とか反対方向に歩いていってしまっていたルイズを引き戻し、ド・モルガン邸に着いた。
出迎えたサラにちょっと大きな音がするけど気にしないように言って、他の使用人にも伝えてもらった。

「さて、ルイズ。練習を始める前に確認をしておきたいんだが、君は今の自分の現状をどう考えている?」
「どうって?」
「トリステイン屈指の名門ラ・ヴァリエール公爵家の三女。一流のメイジである両親の間に生まれ、美しいピンク色の髪と愛くるしい顔立ちにすらりと均整の取れた健康な体を持ち、将来はかなりの美人になると思われる。公爵の話によると頭脳も明晰で努力家。優しく思いやりがあり、前向きな性格をしている」
「そそそそうね、そそそんな風に言われることもあるわね」

べた褒め、と言っていいウォルフの言葉に思わずルイズの頬が赤くなる。

「反面、魔法の才能はゼロ。何をやっても爆発し、そのたびに両親や周りの者に迷惑を掛けている。その原因は全く不明で、それ故将来的にも期待は持てず、使用人にも気を遣われる始末。・・・オレから見るとこんな感じだけど、君としてはどう?」
「なななんで、ああああんたなんかにそんな事言われなきゃならないのよ!」

目に涙を浮かべ、拳を振るわせながら睨みつけてくるルイズと目を交わし、続けた。

「ねえルイズ、君は本当に魔法が使えるようになりたい?君が魔法を使いたいって思うことは、とても辛いことなのかも知れないよ」
「ああああたりまえじゃない!わわ私がどれだけ魔法を使えるようになりたいって・・・」

とうとうポロポロと涙がこぼれてしまうがそれでもまっすぐにウォルフを睨み続ける。
その涙をウォルフは美しいと思う。

「魔法さえなけりゃ君はとても幸せな人生を送れた筈なんだよ?公爵様は優しいし、君が魔法を諦めるって言えばきっとそれでも幸せになれる人生を用意してくれると思うんだ」
「・・・私は貴族よ!そんな卑怯な人生を送りたいなんて思わないわ!」
「絶対に諦めないと言うんだね?」
「そうよ!私が諦めるのは、私が死んだときだけよ!」

存在の全てを掛けて少女が叫ぶ。
もう涙は止まっている。睨みつけて来るその瞳をどこか眩しい気持ちでのぞき込み、ウォルフも決意する。

「じゃあ、オレは約束しよう。ルイズ、オレは君が魔法を使えるようになる方法を知っている。君が諦めないのなら、君が魔法を使えるようになる、その方法を教えるよ」
「私、魔法、使えるようになるの?」
「大変だけど。これまでの考えを全部捨てなきゃならないんだ。これまでのルイズは魔法が使えないルイズ、それを捨てて魔法が使える新しいルイズになるんだ」
「魔法が使える新しいるいず・・・・」

ルイズの手を握り、至近距離でその鳶色の瞳を見つめながら小さい子供に言い聞かせるように語りかける。
ルイズもどこか呑まれたように見つめ返していた。

「そう、だからこれからオレが言うことを全部信じて欲しいんだ。この屋敷にいる間は"うそ"とか、"有り得ない"とか"そんな筈はない"とかは言っちゃだめだ。いい?オレが言うことをそういうもんだって思って魔法をイメージするんだ、できる?」

コクコクと頷くルイズ。どこか幼児化しているようだ。
暫くルイズを落ち着かせるために深呼吸をさせる。

「いい?魔法を使いたいって思うことが魔法を使えるようになる事じゃないんだ。自分のイメージと世界とを合わせるのが魔法なんだ!つまり魔法が出来るようになるには、世界を知ればいいんだ」

じゃあまず一つ教えよう、と石を一つ手にとり説明を始める。

「ルイズ、この石は手を離すと地面に落っこちてしまう。何でだと思う?」
「そりゃ、物は下に落ちるものだからよ」
「じゃあ何で月は落ちてこないの?」
「月にはきっと月の精霊がいて・・・」
「違うよルイズ。月には精霊なんていない。正解はこの世界には万有引力という物が存在するからなんだ」
「?万有引力?」
「そう、この世界の全ての物体にはお互いに引っ張り合う力が掛かるんだ。その大きさは物体の重さに比例し、距離の二乗に反比例する」
「???」
「全ての物は互いに引っ張り合っているんだ。地面に落ちると感じるのは地面の方が圧倒的に重いからで、月が落ちてこないのは月を引っ張る力と月が地面の周りを回って懸かる遠心力が釣り合っているからだよ」
「全てが引っ張り合う・・・」
「そう、それでその力を媒介する小さな粒がグラビトンていう素粒子なんだ」 
「素粒子・・・」
「ブリミル様の粒理論ってあるよね、そのもっとも小さな粒を素粒子って呼ぶんだ」
「・・・」

「つまり、この石から出ているグラビトンを出さなくするようなイメージで魔法を使うと・・・《グラビトン・コントロール》」

ふっという微かな音とともに石が上空に舞い上がる。
やがて魔法を切られた石が地面に音を立てて落ち、ルイズはそれを口を開けて眺めていた。

「そそそんな魔法って聞いたこと無いわよ、おおオリジナルなの?」
「オリジナルって言うか、『レビテーション』に含まれる魔法の成分を抜き出しただけ。ものすごく単純な上にルイズには適しているって思ったから」

魔法の成分を抜き出すなんて聞いたこと無いわよ、と叫びそうになるが、思い返せばさっきから聞いたことのないことばっかりだった。
新しいルイズになるんだ、と繰り返しつぶやき、心を落ち着かせ考える。

「つまり地面と石との間に働いているグラビトンってやつを動かなくするイメージでいいのね?」
「そうそう、飲み込みがいいね。動かなくするって言うか、オレは出させなくするっていうイメージでやっている」

しばらくルイズは目を閉じて「新しいルイズ、魔法が使える新しいルイズ」とぼそぼそ繰り返し呟いていたが、やがて目を開き、眼前の小石を睨みつけた。

「やってみる。グラビトン・コントロールね、グラビトン・コントロール、グラビトン・コントロール・・・・いくわ!《グラビトン・コントロール》!」

ふらっと一瞬石が揺らいだと思うと、ふっという音とともに上空高くに舞い上がった。

「ルイズ、魔法を切って。石が上がりすぎて危ない」

そう横から声を掛けるが、ルイズは目を見開いたまま空を睨み絶賛魔法行使中である。
しかたないので手を伸ばし、杖を取り上げるがルイズはそれに気付いた様子もなかった。
やがて風に流された石が少し離れたところに落ちてきたので、ウォルフが『レビテーション』で回収した。

「はい、ルイズが魔法で飛ばした石。爆発してないよ」

じいっと石を見つめていたので杖と一緒に渡すと、その石を抱きしめたまま座り込んで泣き出してしまった。
暫く宥めていたのだが、まったく効果はなく泣くに任せるしかない。

こんなにすぐに魔法を成功する事が出来た、と言うことはルイズが心からウォルフのいうことを信じたと言うことだ。意地っ張りなだけで結構素直な女の子なのかも知れない。
ルイズの頭を撫でながらそんなことを考えていたら、

「ウォルフ、様、何、女の子泣かせて、いるんですか?」

背後から液体窒素よりも冷たい声がした。

「サラ、これはオレが泣かせた訳じゃなくて、彼女は初めての魔法を成功させた喜びの涙を・・・」
「先程は手を握りしめて何か囁いていましたよね?」
「見てたんだ・・いやいやそれは誤解だから。あれはただ彼女の心に言葉が届くように言い聞かせていただけ・・・」
「心に言葉が届くように・・・ですか」

何か何時になくねちっこく絡むサラにこれはだめだと判断し、逃げ出すことにした。

「あ、もうこんな時間だ。サラ、ミス・ヴァリエールをカール先生の所まで送ってくる。ほらルイズ、立って。帰るよ」

 カールの屋敷に着くまでずっとルイズは泣いていて、その心にのしかかっていた重圧を思いウォルフは何も言わず隣を歩いた。
ただ、カールの屋敷についてもまだ泣いていたルイズと一緒にヴァリエール公爵の前に立ったとき、ウォルフは自分の判断を後悔した。
ルイズの涙を見たヴァリエール公爵のまわりの温度が下がり、大気中の水分が凝縮しだしたのだ。
ウォルフにとって幸運だったことは、公爵が攻撃する前にルイズが公爵に抱きついて誤解が晴れたことだ。

「魔法、まほ、魔法・・・・」

ズビズビと鼻を鳴らしながら公爵の胸でルイズは泣き続けた。

 




  ※    ※    ※




つい勢いで書いてしまったので出します。ルイズを書きたかったんです





[18851] 1-11    ガリア行
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:f1cb8877
Date: 2010/07/06 19:38
 夏休みに入り明日からガリアへ向かう、という日ウォルフはまだ方舟の改修を行っていた。

「ウォルフ様、またこっちに来ているけど支度は終わったの?」
「おう、ばっちりだぞ。支度って言っても着替えと洗面道具位だからな、トランクに詰めて寝室においてある」

新しく制作した換気扇を取り付けながらウォルフが答えた。
方舟が完成してから一ヶ月とちょっと、殆どずっとその改良に費やしてきた。
まず全体を詳しく『ディテクトマジック』で調べながら、接着の甘いところをやり直していく。
これはカールがやったところに特に多いのだが、表面だけ綺麗で内側はっくっついていない、というところがあったのだ。チタンは表面が酸化物で覆われているので接着面のそれを綺麗に取り除かないとしっかりとは接着出来ないのだが、カールがやった所には不十分な箇所があった。
一つ一つそう言うところを直していき、断熱材を入れ忘れている所などに詰め直したりするだけで一週間くらいかかった。
納屋の出入り口の外に方舟用の螺旋階段を設け、それを屋上までつなげる。四階部分に出入り口を作り、内部にも三階から四階へと続く階段を設置。
前後の舳先に避雷針を設置、更に避雷針同士を金線で繋ぎ建物全体をカバーする。しっかりと絶縁した金線をそこから地上まで繋ぎ接地した。建物自身が避雷針みたいなものではあるのだが。
エルビラの使い魔であるフェニックスのピコタン(エルビラ命名)が眺めの良いこの場所を気に入って日中はここにいるようになった。トリステインでは伝説の不死鳥とか言われているフェニックスだが、普段はただの鳥にしか見えない。
屋上には排水溝を設け、四階に雨水タンクを設置。そこから地上の元から納屋に併設してあった雨水タンクまでパイプで繋ぎ発電機を設置した。
発電機は何度も試作を繰り返し、ネオジム磁石と金線で作成、これの開発でだけで二週間掛かった。
無駄に大型だしまだまだ改良の余地だらけなのであるが、取りあえずは良しとし、鉛蓄電池に繋ぎ電気の利用が可能となった。
なまじチタンなんかで作ったために気密性が高すぎて、二十四時間換気にする必要があると判断したため、その動力を確保するためだけの作業だった。
そしてその発電機を改良小型化してモーターとして使用した換気扇がようやく完成したのであった。

「良し、完成!」
「あ、やっと出来たんだ。でも空気が澱まないようにするだけなら穴を開けるだけで良かったんじゃない?」
「ふ、ふ、ふ。そう思うのが素人の浅はかさよ。こいつは冬は暖かく、夏は涼しい風を供給する冷暖房設備も兼ねているのだ!」

まだ冬期の熱源については検討中であったが、そのためのスペースは確保してあり、夏期についても吸気側にもファンを設け断熱材にくるまれた吸気ダクトを延々と地上まで下ろし、さらに地下二十メイルまで通して地下の冷気を取り入れることにしてあった。

「ふーん、じゃあやっとこっち使えるの?」

ウォルフが熱く語ってもサラの感興をそそることはなく、普通に尋ねられた。
元々なにを説明しても実物を見せるまでは通じないことが多く、モーターの概念をいくら説明しても全く理解されず回して見せて初めて驚く、といった感じの事が多かった。
なので説明するのは半ば諦めて吸気用の送風口にサラを移動させる。

「ほら、こっちに来てみなよ。こっちはさっきからスイッチを入れておいたからもう結構涼しい空気が出てるよ」
「わぁ・・・・」

吸気口が方舟内の方々に空いているために風量は極僅かではあったが、確かに涼しく新鮮な空気がそこから出ていた。
そういえばこんなに金属にくるまれている建物なのに、いつもそんなに熱くなっていないことに今さらながら気がついた。

「過ごしやすいように作っているんだ。・・・」
「当たり前だよ。オレは軟弱な現代人だからね。快適のための手間は惜しまないものさ」

軟弱なことが蔑まれる風潮のあるハルケギニアで、何の衒いもなく自身をそうだと断言するウォルフに眉を顰めるが、昨年の旅行で始終馬車の乗り心地について文句を言っていたことを思い出し確かにそうなのかも知れないと納得する。

「せっかくこんな立派なの建てたのに全然使わないで何してるのかと思ったら・・・まあ、凄いは凄いかなあ」
「おうよ!まあ、これでやっと旅行明けには引っ越せるなあ。」
「まあ、それより今は旅行だよ!終わったんなら忘れ物がないかチェックしてあげるから、いこ!」

 ウォルフを引っぱって寝室まで来るとウォルフの前でチェックを始め、その量の少なさに驚いた。
着替えがシャツとパンツが三枚ずつに上着とズボンが二組、正装用とパジャマが一セットずつ。それに洗面道具とタオルである。
ウォルフのサイズが小さいこともあって、小さめのトランクはまだまだスペースが空いていた。

「全然着替えとか入ってないじゃないですか!半月以上も出かけているんですよ?何ですかこれ下着三枚って、一週間パンツ一枚ですか!」
「・・・順番に洗濯して着れば十分だよ。足りなかったらガリアで買うのも楽しいと思うよ?」
「・・・洗面器とかも入ってないし、・・・ホラ、鏡だって入ってない」
「そんなの誰か持ってるだろ。借りればいいし、なけりゃ『練金』で作ればいい」
「使用人の私よりご主人様の方が荷物が少ないのは変だと思うの・・・」
「そんなの気にする事じゃないし、女性の方が荷物は多い物だよ」
「・・・・・」

ウォルフは結局そのままトランクを閉めてとっとと馬車に積んでしまった。

 そして翌日。まずは港町ロサイスに向かう。
ド・モルガン一家とアンネ親子計六人で馬車に乗り込み、使用人が御者を務めるド・モルガン家所有の馬車でロサイスまで移動し、そこからフネに乗り換える。
御者を務めた使用人は一人馬車でサウスゴータに戻れば夏休みに入ることになる。
ロサイスはアルビオン屈指の軍港であり、トリステインやガリア方面に多数の航路が出ている港町だ。
ウォルフはここに来るのは三回目だが改めてその鉄塔型の桟橋を見上げ、効率の悪そうなフネの形に嘆息した。

「いやあ、あのフネってヤツはいつ見てもデタラメな姿をしているよね」
「何がデタラメなんだ。風石で浮き上がり、帆で風を受けて航行する。実に理に適った姿じゃないか。」
「うーん、まあアレじゃスピードが出せないでしょ。風石の消費が多すぎると思うんだ」
「いや、たしかに風上に向かうのは困難だが、風に乗ったときは風竜もかくやというスピードが出るモンなんだぞ」

これ以上言ってもニコラスを説得することは無理だと思っているので、いつか分からせてやる、と心に決めて今は黙った。
桟橋に着き荷物を下ろし、予約していたフネの船室にはいると漸く一息付けた。空を飛んできたピコタンもマストに止まり羽を休めている。
ここからはラ・ロシェールまでは直ぐで、夜間飛行を楽しむ事になる。



 ラ・ロシェールからガリアへと向かう馬車でサラはウォルフと一緒に座席から外に出て、御者の直ぐ後ろに座っていた。
何か新しい物を見かける度にウォルフは馬車から『フライ』で飛び降りて見に行ってしまうので、そのたびにサラは後を追いかけ馬車からはぐれないよう注意し連れ帰る、ということを繰り返していた。
今は地層が露出した崖で石をいくつもの瓶に詰めているウォルフをせかしていた。

「ホラ、ウォルフ様急がないと。馬車があんなに先まで行ってしまいました」
「うん、分かった分かった。今行くよ」
「ほら、早く!」

仕方なく切り上げ、二人で『フライ』を使い馬車に追いつく。

「はー、やっと追いついた」
「もうちょっと大丈夫だったんじゃない?あそこの地層は面白いんだよ、もしかしたら伝説の大隆起の跡かも知れないよ」
「そんなこと解るわけ無いじゃないですか・・・」
「いやいや、ホラこれ見てよ。風石から魔力が抜けるとこんな感じの石になるんだ。これがあんなに古い地層に入ってたってことは・・・面白いことが解るかも知れない」
「もう、いいですから馬車から離れないで下さい・・・」

目を輝かせるウォルフに釘を刺し、早く着かないかと願うサラであった。


やがて馬車は国境を越え。途中一泊しようやく目的地であるラ・クルス伯爵領の町ヤカに着いた。
アルビオンとは全く違う温暖な気候、良く整備された道、開放的な、どこか明るい雰囲気の漂う町だった。

「ここが、お母さんの生まれ育った町なんだね」
「そうよ、ほらあそこに見える大きな建物が教会よ。その奥に見えているお城でおじいさま達が待っているわ」

久しぶりに帰ってきた故郷にエルビラは楽しそうにしている。
クリフォードとウォルフも楽しそうにあちこち指さしてはエルビラに尋ねたりしていたが、その横でニコラスだけが一人緊張した面持ちだった。

「ニコラ、緊張してるの?」
「あーいや、ちょっとだけな?親父さんとは会う度にアレだから・・・」
「うふふ、きっともう大丈夫よ。前回もクリフに会わせたらただの爺馬鹿になっていたじゃない」
「それでも結構燃やされたからね。あの炎の壁を思い出すと自然に体が緊張しちゃうんだよ・・・」

「お父様、エルビラただ今帰りました」
「うむ、よくぞ帰った。もうアルビオンに帰りたくないというのなら、そのままこちらで暮らしても良いぞ」
「お義父様、お久しぶりにございます、ニコラスです。ご無沙汰しており、申し訳ありませんでした」
「なんだ、ニコラスお前もいたのか。《フレイム・ボール 》」
「《エア・シールド》お義父様もお元気そうで何よりです、《エア・カッター》」
「「あなた!!」」

城に着き場内に入るなり迎えに来たラ・クルス一家との対面だったわけだが、いきなり始まった戦闘にはさすがのウォルフも驚いた。
いきなり攻撃を仕掛けてきたのはエルビラの祖父フアン・フランシスコで、エルビラの髪を少し明るくしたような髪色と堂々たる体躯を誇る老人で、エルビラ達には久しぶりに会うというのに全く老いを感じさせなかった。
戦闘はそれぞれの妻が静止させたのだが、二人はまだ笑いながらにらみ合っていた。
ちなみに、アンネとサラは途中で降ろしたのでここにはいなかった。

「全く貴方達は・・・ああ、驚かせちゃったわね、気にしないでちょうだい。貴方がウォルフね、私がおばあちゃんよ、初めまして」
「あ、はい!お爺さま、お婆さま、ウォルフです。初めてお目に掛かり嬉しいです」

ペコリとお辞儀する。
こちらはフアンとは対照的に柔和な笑顔が印象的な老婦人で、ウォルフの髪色を更に濃くしたような髪をしていた。

「あらあらしっかりしてること・・・よろしくね?クリフも大きくなったわね、こんにちは」
「はい、お爺さま、お婆さま、お久しぶりにございます」
「ああ、うむ、ウォルフ、ワシが当主のフアン・フランシスコ・デ・ラ・クルス伯爵だ。お前の祖父に当たる。・・・紹介しよう今のがお前の祖母のマリア・アントニア・デ・ラ・クルス。そこのが息子のレアンドロ・フェルナンデス・デ・ラ・クルス今は子爵を名乗っておるがお前の伯父だ。そしてその妻セシリータ・エンカルナ・デ・ラ・クルスと娘ティティアナ・エレオノーラ・デ・ラ・クルス四歳だ。ティティアナは従姉妹になるな。クリフもティティアナは初めてだろう、可愛がってやってくれ」

少しばつの悪そうなフアンに紹介を受けて、それぞれと挨拶を交わし、最後に小さいティティアナの前に出ると話し掛けた。

「初めましてティティアナ。僕はウォルフ。ウォルフ・ライエ・ド・モルガン。よろしくね?」

ティティアナは母セシリータのドレスに隠れてしまっていたが、そっと顔をのぞかせるとスカートをつまんでお辞儀した。


 その後城内に移動し、サロンでお茶を飲みながら話をしていたが、ふとウォルフが杖を腰に差しているのに気付いてフアンが話し掛けてきた。

「何だウォルフお前もう魔法を使っているのか」
「はい、週に一回ですが魔法の先生の所に通わせてもらっています」
「まだ五歳だろう、少し早すぎる気もするが・・・お前ほどしっかりしていれば大丈夫なものかな。どんな感じだ?」
「はい、たしかにまだ魔力・・・精神力が足りないのが目下の課題で、成長するのを待っている感じです」

うむうむそうだろう、と頷くフアンを横目で見ながらクリフォードは、最近のもうトライアングルになってるんじゃないのか?と思わせる魔法を連発するウォルフを知っているため、絶対にニュアンスが正しく伝わっていないと思っていた。

「まあ、精神力というのは魔法を使っていると増える物だ。ワシも若い頃は良く気絶するまでつかったものだよ。・・・よし、後でクリフと一緒に魔法を見てやろう。何、遠慮は要らん、ワシも火のスクウェアだ。そこらの魔法教師に劣るものではない」
「「はい、よろしくお願いします」」


 夕食前 ― クリフォードとウォルフは城の中庭に連れ出されていた。

「遠慮は要らん、それぞれ得意な魔法を全力で放つが良い!まずはクリフからきなさい!」
「はい!・・・・・《エア・カッター》!」
「ふむ・・・十歳にしては中々のスピードと威力だ。ただ、詠唱が遅いな。攻撃系の魔法はスピードが命だ。練習で改善出来る物なのだから精進しなさい。では次、ウォルフ」

軽くクリフォードの魔法を火でたたき落とすとアドバイスを与え、続いてウォルフを促す。
ウォルフはクリフォードよりも五メイルほども後ろに下がると杖を構えた。

「ではお爺様、いきます《フレイム・ボール》!」
「ぬお!・・・・」

完全に油断していたフアンは咄嗟に魔法を使うことが出来ず、かろうじて身を反らして躱した。
それでも速さと熱量を兼ね備えたウォルフの『フレイム・ボール』を躱しきる事は出来ず、髪や腕は焦げてしまっていた。
ウォルフの魔法は、ドーナツ型をした光の玉が自身回転しながら真ん中の穴から炎を吹き出しつつ高速で飛来するという物で、フアンが躱したそれは後ろの壁に当たって爆発し大きな穴を空けていた。

「・・・・・なんだ?今のは!」
「『フレイム・ボール』です。高圧を掛けて質量を収束し、ドーナツ型にしてその場で回転させることにより燃焼が促進されつつ高速で飛ぶように工夫しました」
「・・・・・」

呆然と穴を眺めていると、穴の空いた建物では大騒ぎとなっており、こわごわと中から覗いてきた家臣と目が合った。

「ああ、すまん。ちょっと魔法の練習をしていてな、怪我人はおらんか?おらんのなら仕事に戻りなさい、そこはこちらで直しておく」
「お爺様、私が直してきましょうか?」
「なに、『練金』も使えるのか?」
「はい、最近一番使っている魔法です。あの程度ならすぐに直せます」

そう言うと『フライ』飛んでいき、『練金』で穴を塞ぎ戻ってきた。

「火に風に土も使えるだと?」
「それらは皆ラインスペルまで使えます。水はまだドットスペルだけです。《ヒーリング》」

見る見る腕の火傷が治っていくのを見ながらフアンはまだ信じられない思いだった。
五歳を半年ばかり過ぎただけの子供が、スクウェアメイジである自分が躱しきれないような魔法を放ち、さらに四系統全て使えるという。
そのあまりの異常性にかける言葉に迷った。

「あー、威力とスピードは十分だな、詠唱も問題ない。よほどブリミル様に祝福されているようだ。自分で工夫も行っているようだし、確かに今は精神力が増えるのを待つしかないのか」
「ありがとうございます。お爺様に認めていただき光栄です」



 夕食時、フアンが難しい顔をして黙っていたので妙な雰囲気になってはいたが、やがてフアンが口を開いた。

「エルビラ、お前は知っていたのか?ウォルフの魔法を」
「ええ、もちろんです。火の系統については私も教えていますし、風はニコラスに、その他はカール・ヨッセ・ド・ストラビンスキーという土のスクウェアの方に教えていただいております」
「ふむ、それで?」
「それで、とは?何のことでしょう」
「だから、ウォルフをどう育てるつもりなのかを聞いておる!この子ほどの才能があるならば、どのような地位にも就く事が出来るようになる。お前やあのオルレアン公の幼い頃よりも明らかに勝っているほどだ。週一などと言わずもっと優秀な家庭教師を付けるべきだし、なんなら魔法研究が盛んなガリアへと留学させても良い」

目を剥いてフアンが主張する。彼は週に一回しか魔法を習っていないというのがエルビラ達の経済状況のせいだと思いこんでしまっていた。
そんなフアンを見て一呼吸置いてからエルビラが口を開く。

「別に、何も」
「なにも、だと?」

ギリッと音がしそうな程フアンの拳が握られる。

「ええ、ウォルフが望むのならばお父様が仰ったようなこともよろしいかとは思いますが、今はこの子が必要だという物を揃えるようにしています」

ニコラスは聞きながら、先日ウォルフに羊皮紙をねだられた時渋った事を思い出し、エルビラにばれないことを願った。

「まだ五歳でしかない我が子に全ての判断をゆだねるというのか、親として怠慢ではないのか?その資質を見極め、相応しい道を選ばせる、というのは親の義務だぞ」
「ウォルフの事を私のような凡庸な女が量ろうとすることの方がよほど愚かしい事と思います」
「はっ!凡庸!十代でスクウェアに目覚め、オルレアン公と並び称されたほどのお前が凡庸ならば世の女は全て凡庸であろう」
「・・・・確かに魔法の才に於いてならば私は他に秀でていると言えましょう。しかしそれ以外においては私は夫を愛し、子を愛する平凡な女でしかありません」
「ならば平凡な女なりに子のために考え、行動するがいい。考えることを全く放棄するなど論外だ!」
「誰が何も考えていないなどと言いましたか?考え抜いた上で何もしない、そのつらさを、己が何も出来ないつらさをお父様は理解出来ないようですね」
「ワシが、何を分からんと言うんだ?」

チリチリと親娘の間の温度か上がっていく。
このままだと不測の事態が起きかねないと感じウォルフは間に入った。

「あー、お爺様、ありがとうございます。そのような高い評価をいただけて正直嬉しいです。しかし私は私を愛してくれる両親の元で育つ事が出来る事に最も喜びを感じています。将来のことを考えても今の環境に何の不満もございません。何分まだ若年である事もありますし、今はのんびりと親子共々見守っていただきたく思います」

若干険悪になってしまった親娘の間の緊張が少し解ける。

「ふむ、将来か。お前はどのように考えておるのだ?」
「まだ具体的には考えていませんが・・・ゲルマニアにでも渡って商売でもしようかなと思っています」
「「商売だと!?」」

フアンだけでなくニコラスも声をそろえて驚いた。
他の者達も目を丸くしている。

「ちょっちょっちょっと待て、商売って貴族やめるつもりなのか?」とニコラス。
「男爵家の次男です。貴族やめても不思議はないでしょう」ウォルフが返す。
「魔法が必要ないじゃないか!」フアンが声を荒げる。
「物を作ったり測定するのにあると便利です」
「・・・・・・」

フアンは大きく息を吐き出すと、椅子にもたれた。
あると便利だと?始祖ブリミルがもたらしたこのハルケギニアを支配する大いなる力を、この子供は、靴を履くのに椅子を見つけた時のように言うのだ。
もう一度大きく息を吐き、天井を見つめ、それからウォルフに目をやる。
そうだ、子供だ。自分の持つ力の意味や大きさをまるで理解していない子供。あまりにも卓越した魔法の才や大人びた口ぶりに惑わされていたがこの子はまだ五歳の幼児なのだ。

「あると便利か・・・・ウォルフ、お前は自分の持つ力の大きさを良く理解していないようだ。エルビラ」
「はい?」
「今後は毎年この子をここに寄越しなさい、費用はワシが持つ。魔法という物がどういう物なのか、貴族がそれを持つことにどんな意味があるのか、教えるに相応しい教師をワシが用意しよう」
「短期留学ということですね?ウォルフ、どうですか?」
「はい、お爺様の厚意を喜んで受けたいと思います」
「うむ、期間は一ヶ月くらいでいいかな、エルビラ達の夏休みの前にウォルフとクリフがここに来て、エルビラ達と一緒に帰る、と言う形がいいな。来るときは竜騎士を迎えに寄越そう」
「ありがとうございます」

 結局エルビラ達も毎年ガリアまで帰省することが決定されてしまった。
ウォルフはかねてよりガリアの魔法道具についての知識を得たいと思っていたのでそのことをお願いしておいた。
さらにラ・クルスの蔵書の閲覧の許可と街への外出の許可を得ることに成功した。





[18851] 番外3   マチルダ・覚醒
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:f1cb8877
Date: 2010/07/06 19:49
これはちょっと時間を遡ってガリアに行く前のお話しです。






 その日もカール邸の中庭にウォルフとサラとマチルダの三人の姿があった。
もう授業は終わったのでカールは家の中に引っ込んでいたが、サラがマチルダに相手をしてもらいたいと希望しそのまま残っていたのだ。

「ふーん、サラ、あたしのゴーレムとまた戦いたいって言うのかい?」
「はい。威力が上がったので試してみたいんです。ウォルフ様相手だと通じないから他の人でもやってみたくて」
「・・・あたしのゴーレム位だと丁度良いって事かい?舐められたもんだね、いいよ相手をしてやるよ」

笑顔を浮かべてはいるが、こめかみはひくついている。沸点は低い。

「あ、いえそう言うわけではなくて、ちょっと他の人でも試したいだけで・・・」
「御託は良いよ、魔法で語ろうじゃないか!《クリエイト・ゴーレム》!」

音を立てて地面から巨大なゴーレムが立ち上がる。土で出来たそのゴーレムはそれでも手加減をしているのか十メイルほどの大きさだった。
対するサラは少し後ろに下がって杖を構える。その目には自信が見えた。

「さあ、とっととかかっておいで。あたしが捕まえるまでに腕の一本でも切り落とすことが出来たらサラの勝ちにしてやるよ!」
「じゃあ、行きます!《マジックアロー》!」

サラは杖を大きく振りかぶり、斬りかかる様に斜めに振り下ろした。するととても薄い魔力の塊が杖の軌跡のまま大きな三日月状に現れ、その勢いのままゴーレムに向かって真っ直ぐに飛んでいった。

「あっ!」

それはまるで水色の大きな猛禽がゴーレムに体当たりをしたかの様に見えたが、その大きな矢はそのままゴーレムを突き抜け虚空へと消えていった。
動きを止めたマチルダのゴーレムは胸のところで二つに切り裂かれ、斜めに滑る様に上半身が崩れ落ちると続けて下半身も土へと還った。
呆然と自分のゴーレムのなれの果てを見るマチルダと、嬉しそうにウォルフの方を見るサラ。
あまりに対照的な二人を前にウォルフは掛ける言葉に迷った。

「サラ!今のはウォルフの『マジックアロー』だろ。何であんたが使えんだい!」
「えー?ずっとマチルダ様も一緒に練習してたじゃないですか。先週出来る様になったんですよ」

えっへんとばかりに胸を張る。その顔は誇らしげだ。
サラは先週ついにウォルフの言う魔力素という物を感覚で理解し、魔力素を意識した魔法を使える様になった。
感覚を理解してしまえばこんな事かとあっけなく思ってしまうような当たり前のことで、それまで理解出来なかったことが不思議なほどだった。
自分の中に溜まっていた魔力素が杖の先から流れ出て周囲の魔力素に干渉し、それらが周囲の物質に干渉して魔法を発動する。
その一連の流れを感じることが出来る様になり、魔力の運用がとてもうまくできる様になった。
勿論サラはまだドットメイジなのでいきなり大魔法を連発とかは出来ないが、ドットスペルやコモンスペルならば今までとは段違いにうまく使える様になったのだ。

「そんな・・・あれがサラにも出来るなんて・・・それに、ウォルフには通じないって、ウォルフはあれを防げるのかい?防ぐ方法があるって言うのかい?」
「当たり前じゃないか。『ブレイド』や『マジックアロー』がそんな無敵の魔法な訳はないだろう。当然対抗策はあるよ」
「じゃあ、じゃあ何であたしがあんたの『ブレイド』に耐えるゴーレム作るのに必死になっていたのに、それを教えてくれなかったんだい!」

ちょっとマチルダは涙目になっている。ずっと意地悪をされていた気になってしまっているのだ。

「マチ姉にもずっと『ブレイド』の作り方を教えてたろ?まずはそれが出来ないとその対抗策だって出来ないんだよ」
「でも、でもそう言う方法があるって教えてくれても良いじゃないか。あたしはずっと無駄なことを・・・」
「無駄な事なんて無いから。マチ姉がずっと色々試して工夫してきたことは全部身になっているから大丈夫だよ。オレ達の歳で教えられた事を覚えるだけじゃなくて、自分で考えるって言うのはとても大事なことなんだ」
「・・・オレ達の歳って、あんたとは七つも違うじゃないか」
「それでもだよ。色々工夫してるのを見るのは楽しかったしね。ゴーレムを巨大化させてきた時はかなりうけたよ。マチ姉の性格っぽいなあって」
「やっぱり面白がってたじゃないか。・・・そうかい、ウォルフの『ブレイド』が出来なきゃだめなのかい」

がっくりと落ち込んでいる。
ウォルフが言う対抗策とは物質の表面を魔力素でコーティングして魔力素の通常物質への関与を防ぐ、と言う物であったがウォルフの『ブレイド』が出来なければ出来る様になるはずもないという物だった。
そんなこととは知らずにやってきた努力がマチルダにはどうしても無駄だった様に思えてしまうのだ。

「まあ、いきなり世界観を変える様な物だからね、難しいんだろうとは思っているよ。サラが出来たのはサラの方が若いから考えが柔軟だってことだろう」
「・・・・人のことを年寄りみたいに言わないでおくれ。あたしだってまだまだ若いんだよ!」

若いも何もまだ十二歳でしかないのだが。
しかしサラとのその六歳の差が固定観念の差となって現れたのだろう。これまでは魔法とは精神力で行使する物という常識がウォルフと同じように『ブレイド』を扱うことを阻んでいた。
だが、実は今まさにマチルダの中で世界の在りようが変わったと言える。
ウォルフは特別であるという考えがどうしても抜けなかったのだが、サラが同じ魔法を使うことでその壁が崩れたのだ。

「今ならマチ姉も出来るんじゃない?俺が言ってる事がオレだけに当てはまる事じゃないって分かったろう」
「そうかな、あたしにも出来るかな」
「出来るさ!前からずっと言ってるだろ?魔力素ってオレが言ってる小さな粒を平面に並べるんだ。マチ姉の場合は土だよ」
「う、うん、やってみるよ。サラに出来てあたしに出来ないって理屈はないだろうからね」
「そうですよ!出来ちゃえばなんだこんな事かって感じですから」

 マチルダは目を瞑り集中する。これまでにウォルフが言ってきたことを思い出しイメージを作っていく。
心を真っ白にして自分の中から無数の粒が杖を通りあのウォルフの『ブレイド』と同じように極薄く集まる様子を思い浮かべる。その魔力光は茶色、マチルダの系統である土の色だ。

「《ブレイド》!」

この世界の魔法とは正しく望めば叶うものである。
マチルダが魔力素を薄く隙間無く並べることをイメージした『ブレイド』はそのイメージ通りの姿で杖から現れた。

「薄い・・・」

 呆然と自分の『ブレイド』の刃を見る。本当に薄く、横にしたら厚みは見えない。
そんなマチルダの前に鋼鉄の鎧騎士が現れた。ウォルフが試し切り用に作ったゴーレムである。
魔力素でコーティングはしていないが、クロムモリブデン鋼で作られたそれは硬化と固定化も掛けられ通常の『ブレイド』では刃が立たないであろう代物だった。
マチルダは無言でそのゴーレムと相対すると、軽く『ブレイド』を振ってその手甲を斬り落とした。
ガチャンと音を立てゴーレムの手首が地面に落ちるとマチルダの口が"にやあー"っと弧を描いた。

「ふ、ふ、ふ、なんだい、こんな事だったのかい。ひゃっはーっ!!」

マチルダは奇声を上げるとウォルフのゴーレムに襲いかかり瞬く間にバラバラにしてしまった。

「ウォルフ、もっと」

満面の笑みでこちらに振り向いたマチルダが要求する。

「マ、マチルダ様なんか怖いです!瞳孔が全開になってますよ?」

サラがウォルフの後ろに隠れながら言う。なんか本気で怖がっているみたいだ。

「怖くない。ねえ、ウォルフ、もっと斬らせておくれよ」
「はい!マチ姉、ただ今!」

両手をだらりと下げ、その手に『ブレイド』を纏わせた杖を握り満面の笑みでこちらに一歩ずつ近づいてくる。
ウォルフの生存本能もアラームをけたたましく鳴らして警告してくるので慌てて十体ほどゴーレムを生成し、自身はサラとともにマチルダと距離を取った。

「ああ、さすがはウォルフのゴーレムだよ、こんな固そうな鉄見たこと無いよ」

うっとりとした流し目で自分を取り囲むゴーレム達を見まわす。

「どいつもこいつもカチンコチンに堅くしてるんだろう?ああ、ゾクゾクするよ」

杖を持ったまま両手で自分の体を抱きしめてため息を吐き、両腿を擦り合わせて十二歳とは思えない妖艶な表情を見せる。

「こいつ等がバラバラになる所を想像するとね!ひぃやーっ!!」

またも奇声を上げると端から順にゴーレムを分解していく。ゴーレムの首を刎ね、両腕を切り落とし、胴を両断し、邪魔になった下半身を蹴飛ばす。
そのまま次のゴーレムに襲いかかり今度は頭から股まで両断、その次は袈裟に斬った後両腿を切断・・・。
それらの行為を高らかに笑い声を上げながら満面の笑顔でやるのだ。本気で怖い。
それは騒ぎに驚いて飛び出てきたカールが『レビテーション』でマチルダの杖を取り上げるまで続いた。

「あ、あれっ?あたしどうしてたのかしら?」
「「「・・・・・・」」」

「マチルダに刃物」サウスゴータに新たな格言がこの日誕生した。






※そういえばマチルダの話をあまり書いてないなと思い、紙カタ様の感想に刺激されて書いてみました。ありがとうございました。



[18851] 1-12    ガリアでの日々
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:f1cb8877
Date: 2010/07/06 19:41
――― 夜も更けて ―――

 サロンにはド・モルガン夫妻とエルビラの兄レアンドロが残って酒を飲んでいた。

「ああ、全くかわらないなあ、エルビラもニコラスも」
「そんなことありませんわ、あなたの可愛い妹も結構年を取りましたのよ」
「そんなこと関係ないよ、相変わらずあの父上に真っ向から向かっていけるんだからね。僕には無理だ」
「義兄上も思い切って魔法をぶっ放してやればいいんですよ。義父上は肉体言語派ですからね俺は出会って五分でそう悟りました。遠慮は無用です」
「僕は子供の頃に父と妹がその言語で語り合っているのを見て僕には無理だと悟っちゃったんだよ」
「ははは・・・」

何かが間にあるかのような会話。他愛もないことを話しながら、心ここに在らずといった風情だったレアンドロだったが、やがて暫くの沈黙の後口を開いた。

「あの子達は、今、どうしているのかな?」
「どなたのことでしょう」

エルビラが冷たく返す。

「決まっているだろう!アンネと・・・・サラのことだよ」

暫しの沈黙が場を支配する。
やがてそれを破ったのはエルビラだった。

「二人とも元気にしています。サラは六歳になりました。ウォルフとよく似た髪色をしていて、一緒にいると姉弟に間違われます」
「・・・今、どこに?」
「・・・・ヤカのアンネの実家に帰省しています」

また沈黙が場を覆い、目を閉じたまま額の前で手を組んだレアンドロが告白する。

「あの頃の僕は追い詰められていたんだ。君たちのことがあってから父上も荒れていたし、アンネの優しさを都合のいいように勘違いしてしまったんだ」
「そんなことは関係ないでしょう、アンネはまだ十五才でした。そんな、子供に・・・」
「本当に・・・・・申し訳なかったと思うよ」
「はあ・・・・今更言ってもしょうがないことですね、もう終わったことです」

「・・・・・・二人に会わせてくれないか?」
「何のために?お兄様の自己満足のためになら、お断りします」
「あの時泣いていたアンネに、僕は何も言えなかった。今度こそ会って謝罪がしたいんだ」
「必要ありません。・・・彼女は彼女の人生を生きています。今更お兄様の形だけの謝罪に意味はありません」
「なっ・・・・僕は心から謝りたいんだ!」
「十五の娘を無理矢理犯して!妊娠したらばれないよう異国へ放り出して!アンネは私の所に着いたとき死にかけていたんですよ?謝りたい?それこそ意味がないですね」
「う・・・・あの頃はほんとに、中々子供が出来なくて妻ともぎくしゃくしていたし、それを父上に毎日チクチク言われてどうかしていたんだ」
「謝罪ってそんなことをアンネに言うつもりなんですか?今更?」
「・・・・・・」

暫くの間、頭を抱え黙り込んでしまったレアンドロを見下ろしていたが、軽くため息を吐くとニコラスを振り返り、促した。

「あなた、もう部屋に帰りましょう」
「あ、ああ、お休み、レアンドロ」
「・・・お兄様、私はラ・クルス家がサラの存在を認め、ラ・クルス伯爵家としてアンネに謝罪する、ということでない限り謝罪とやらを受けさせるつもりはありません。・・・・それでは、お休みなさいませ、お兄様」

そう言うとニコラスを伴い自分たちにあてがわれた部屋へと帰っていった。
後には頭を抱えたままのレアンドロが一人残されるだけだった。



 それから一週間ウォルフはヤカでの日々を楽しんでいた。

 午前中は従姉妹のティティアナと遊び、午後はヤカの街に出かけたりフアンに魔法を見てもらったりして過ごし、夜はラ・クルス家の蔵書を読んだ。
家族そろって川に泳ぎに行ったり、演劇を見に行ったりもしたし、近隣にいるエルビラの友人に会いに行ったりもした。

「ウォルフ兄様出かけるの?」
「ああ、ティティちょっと街まで行ってくるよ」
「ティティも行きたい!」
「ごめんティティ今日はちょっと人と会うんだ、また今度ね」

駄々を捏ねるティティを何とか宥め、出かける事が出来た。
今日の目的は『練金』で作った宝石を売ることである。
色々と作りたい物や、研究したいことはあるのだが、何せ先立つものがない。羊皮紙に事欠くこともあるという現状を改善するために手っ取り早く現金を得ようというわけだ。
サウスゴータではアシがつく恐れがあるのでやるつもりはなかったが、ここヤカなら多少騒がれても噂がサウスゴータまで届くことはないだろう。
男爵の息子が高価な宝石を売っているなどと噂されるのは好ましくない。
五歳児が店に行っても相手にされない可能性が高いので、アンネとその兄のホセに付き添いを頼んでいた。

「ウォルフ様いらっしゃいませ。すぐに出かけますか?休憩してから行かれますか?」

きゅう、と抱きついてきたサラをあやしながら答える。

「すぐに出かける。ホセ、今日はよろしく頼む、サラは今日は留守番だ」
「もう行っちゃうの?」
「うん、サラ帰ってきてからね」

アンネとホセを連れ、宝石を扱っている店に向かう。
ホセには『練金』で作った剣を持たせているので従者と護衛を連れた貴族の少年といった感じだ。
アンネは本物のメイドだし、ホセはあまり喋らないのでちょうどいい。

「いらっしゃいませ、小さな貴族様。本日はどのようなご用でしょうか」

宝石店に入るとカウンターの中から店員が声を掛けてきた。
店内はそこそこの広さでガラスのカウンターの中には宝石が飾ってある。大した物は並べられていないので、高価な物は後ろの部屋から出してくるのだろう。
奥のテーブル席では若いカップルが並べられた宝石を前に商談中だ。

「ちょっと現金が必要になってね、宝石を売りに来たんだ」
「買い取りをご希望ですね、こちらへどうぞ」

奥のテーブル席に案内されてなかなかつくりの良いソファーに座る。隣とは会話が聞こえないくらいの距離だ。
ウォルフは手袋をはめ、懐からダイヤモンドを取り出した。
取り出したのは三サント程もある大粒のダイヤで、遠目で見てもその大きさ、輝きから数万エキュークラスの逸品に見えた。

「こ、これは・・・少し詳しく鑑定させていただけますか?」
「ええ、もちろん。」

店員は、ライトの魔法具を付け、目にルーペをあてて、詳しく内部を観察する。
ひとしきり呻ると杖を取り出し、『ディテクトマジック』を掛ける。
更に呻るとウォルフ達を置いて、隣のテーブルに行ってしまった。
隣のカップルを接客していた店員を連れて戻ってくると、その店員も鑑定するという。
店長だというその店員は念入りにウォルフのダイヤを鑑定し、やがて元いた店員に頷くと自分はカップルの元に戻っていった。

「申し訳ありませんでした、お客様。わたくしの裁量出来る額を超える品ですので店長の許可を得ました」
「ふーん、で、評価はどんなもん?」
「・・・これほどの逸品はわたくし、初めて拝見させていただきました。色、透明度、重さ、研磨、全てが超一流です。特にこの様に美しい光を発するカットは初めてみました。失礼ですが、これはどちらで・・・?」

頬をやや上気させながら、ウォルフを窺うように熱っぽい視線を送ってくる。
これは本当のことは言わない方がいいと判断し、適当に答える事にした。

「うーん、僕もあまり詳しくは分からないんだけど、最近東方との交易に成功したらしくて、これはその時に入手した物らしいんだ」
「ううむ、そうですか、東方ですか・・・ううむ」

店員は悩んでいた。
十万エキューでも右から左へと売れそうな品物だが、もし今後もこのレベルの宝石が東方から入ってくるとなると相場も変わっていくだろうから、あまり高く買うのは危険とも言える。
しかし、今後も入ってくるのならそのルートは是非押さえておきたいので、あまり安く買いたたくのは上策ではないだろう。

「今すぐこの場で、と言うことならば当店では四万エキューをお出ししましょう。しかし今後もお取引を続けていただけるのならば、もう二万出す用意はあります」

四万エキュー。あまりの金額にウォルフ達三人はピキッと音を立てそうな程に固まってしまった。しかも身元を明らかにすればもっと出すという。
千エキューもあれば家が建つ世界である。
宝石店に入るのは今回が初めてであったし、相場も全く調べてなかったので何となく百エキュー位になるといいなー、などと軽く考えていたのだ。
『練金』で簡単にできてしまうダイヤモンドを高く売るためにウォルフは結構頑張った。
うろ覚えだったブリリアンカットを再現するため、ダイヤの屈折率と反射率を測定しそれを元に計算して図面に書き起こし、上部三十三面下部二十五面の形状と角度を決定した。
それを元に治具を作り、六方晶ダイヤモンドの微粉末を使って正確な角度で研磨出来る装置を作った。
材料となるダイヤモンドを全く不純物なく『練金』し、おおよその形にはなっているそれを丁寧に時間を掛けて正確な形に研磨した。
魔法でしか作り得ない品質と、魔法では作り得ない形状を持った一粒なのであるが、どうやら今回頑張りすぎたようだった。

「そ、そうですか。もしかしたら今後も入手出来るかも知れないけど、分からないので最初の値段で結構です」

なるべく動揺を出さないようにそう答えると店員は落胆した様子で承諾した。

「では、四万エキューでお引き取りさせていただきます。支払いはギルドの手形でよろしいでしょうか?現金でとなると少々用意に時間をいただきますが」
「ああ、構わないよ。出来たら手形は五枚くらいに分けてもらえる?一度に換金したら重そうだ」
「かしこまりました。では、手形を用意して参ります。少々お待ち下さい」

用意された手形はギルドに行けば何時でも換金して貰える小切手のような物で期限はなかった。この世界の商人ギルドは銀行の機能も持っているのだ。
偽造防止に魔法の掛けられた手形を確認し、ようやく取引は完了となった。

「では、ご確認いただけましたら失礼してこちらに『所有の印』を押させていただき、取引を完了させていただきます」
「『所有の印』?」
「はい、通常盗難防止のために宝石にかける魔法です。かけた本人以外が上書きをすると跡が残ってしまいますので盗品と判断出来ます」
「これにはまだ誰もかけていないから盗品じゃないって事か」
「はい、失礼ながら『所有の印』が押されていないので驚きました。これだけの品に『所有の印』を押していないで盗まれた場合、盗まれた方が悪いというのがこの業界の常識ですので・・」
「へー、知らなかったなあ。確認は終わったのでどうぞやってください」
「では、失礼して・・《所有の印》!・・・これで取引は完了です、ありがとうございました」

 それから暫く出されたお茶を飲みながらの世間話となった。やはり東方の貿易路が気になるようだ。

「うーん、まあまた手には入ったらここに売りに来るよ」
「ぜひ、そうお願いします。すぐに話が通るように店員には徹底しておきますので。よろしければお客様のお名前をお教え下さい」
「ガンダーラって呼んでくれ」

ウォルフは取りあえず偽名を名乗っておいたが、この業界では名を隠して取引することは普通にあることなので店員も気にした風はなかった。

「では、ミスタ・ガンダーラ、御用向きの際は是非また当店をご利用下さいますよう」
「うん、色々と勉強になったよ、ありがとう」

 早速ギルドへと行って手形を一枚換金し、アンネの実家へと戻った。
サラと色々話をし勉強を見てあげたが、いきなり大金を手に入れてしまったウォルフは少し上の空になっていて変な顔をされた。

「ウォルフ、どこ行ってたんだよ。お前がいないからティティの相手を一人でずっとやってたんだぞ」
「うーんと、金策。別にいいじゃん、ティティも兄さんに懐いてるんだし」
「オレはロリじゃねえ。あんなに小さい子の相手は気を使うんだよ!お前のが年が近いんだからお前が相手しろよ」
「そんな事言ってると将来子供が出来たときに苦労するよ?子供の世話をしなかった男性程奥さんに逃げられる率が高いって統計結果が出てた。マチ姉は世話好きだけど、子供の相手を全くしない旦那は嫌いだと思う」
「マ、マ、マチルダ様は関係ないだろう!いいよ、わかったよ!もう言わねーよ!」

「ウォルフ、何を読んでおるのだ?」
「あ、お爺様、"バルベルデの実用・風魔法"です」
「バルベルデというと、あれか、五十を過ぎてスクウェアになったと話題になった学者か」
「はい、遅咲きのメイジらしい実践的な研究がとても参考になります」
「ふむ、しかし彼はスクウェアとしては最低レベルであったと聞いている。それよりはワシはまだ読んでないが、先頃出版されたオルレアン公の著書のほうが勉強になるのではないか?」
「"風魔法総論"ですね?あれはエッセイというか、日記というか・・・彼が感覚で得た物を感覚で書いているので本人以外には全く参考にならない本だと思います」
「そ、そうか。常人には理解出来ない高度な内容の名著だと評判だったんだが・・・」
「オルレアン公は実務者であって研究者ではないのでしょう。オルレアン公をバルベルデ卿に研究させたらすばらしい論文が出来ると思います」
「バルベルデはとうに亡くなっておるよ。それほど気に入ったか」
「はい!特にここの所の、彼が『遍在』を成功させるに至った"分割思考"の研究のくだりなどは今すぐ試してみたいです」
「それ程気に入ったのなら持って帰るが良い。ここにあるよりも役に立つことだろう」
「ありがとうございます!」

「ウォルフ兄様ー、またおはなししてー」

ダイヤを売って大金を得たが、それ以外はいつもと変わらないヤカの一日だった。










[18851] 1-13    ラグドリアン湖の休日
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:f1cb8877
Date: 2010/07/06 19:42
――― 翌日 ―――

 いよいよ明日ド・モルガン一家が出発するという朝、食卓は緊迫感に包まれていた。
クリフォード・ウォルフ・ティティアナの三人は席を外させられていてここにはいない。
レアンドロは小さくなって俯いていてその妻セシリータは声を殺して泣き続けている。重苦しい雰囲気が辺りを支配する中フアンが口を開く。

「エルビラ、レアンドロから聞いた。以前この城に勤めていたメイドをこやつが妊ませ捨てたと言うが、確かか?」
「お兄様がそう言うのならば、そうなのでしょう」
「お前はそれを知りながら当主であるワシに黙っていた。なぜだ?」
「私はもうラ・クルスの人間ではありませんので、そのような義務を負いません」
「お前はラ・クルスの嫡男に財産目当ての女が取り入ろうとしてもワシに知らせるつもりはないというのか!その娘が真実レアンドロの娘ならば妾腹とはいえ、法的に相続権が発生するんだぞ!」

アンネがメイジであることも良くなかった。悪意を持った貴族がアンネを養子にし、サラをラ・クルスの長女であるとして相続を主張する、と言うことも考えられないことではないのだ。
政争が盛んなガリアにおいて、そのような隙を作ることは厳に慎まねばならないことだった。

「アンネはそのような者ではありません。取り入ろうとしたのではなく、ただ強姦されたのです。身重の体で放り出され、過酷な長旅の末私の所にたどり着いたときには死にかけていました。私にはラ・クルスが殺そうとしたのではないかとさえ思えましたので、黙って匿うことにしました」
「・・・・その女をここへ連れてこい。ワシが直接会って見極めてやろう」
「お断りします」
「なぜだ!その為にヤカまで連れてきたのではないのか!」
「違います。一緒に来たのはアンネ達を家族に会わせるためと、ラグドリアン湖に一緒に遊びに行くためです。お兄様にアンネと会うための条件は話してあります、お父様もお聞きになりましたか?」
「聞いた。ワシに、平民のメイドに、謝りに行けとでも言うのか?」
「別にラ・クルスの当主ならば誰でも構いませんが」

エルビラの言葉を聞いた瞬間、フアンは立ち上がり俯いたままのレアンドロを指さして怒鳴った。

「こんな馬鹿に、今、当主の座を任せられるわけが無いだろう!!」
「でしたら放っておいて下さい。ラ・クルスの当主でもない馬鹿の謝罪だけを受けても意味はないのです」

なんかもうレアンドロは泣き出しちゃっているが、エルビラは構わず続ける。

「責任を果たさないというのならば黙っていて下さい。アンネもサラもド・モルガン家の者として幸せに暮らしています」

フアンはその言葉に暫くエルビラを睨んでいたが、やがて踵を返すと部屋を出て行ってしまった。
エルビラは軽くため息を吐くと泣いているレアンドロを眺めた。

思えば良く泣く兄だった。今まで様々な場面で泣いていた兄を思い出し、しかたなく慰める言葉をかけた。

「お兄様、もう気にしないで下さい。彼女達の為にお兄様が出来ることは何もないのです。」
「で、でも、僕は父親なのに・・・」
「・・・私はお父様が理由を付けてアンネ達親娘を幽閉してしまうことを恐れています。ですから、気軽に会わせるわけにはいかないのです」
「そ、そんな・・・・」

そんなことを微塵も考えなかったらしい兄に改めてため息を吐くと、何も言葉を発しない義姉セシリータにも慰めの言葉をかけ、ニコラスを促して席を立った。


 居室に戻る廊下で交わされた会話

「なあ、お義兄さんって、何歳だったっけ」
「三十九よ」
「・・・・・」 


 一方、席を外させられた子供達三人は街へと出かけてきていた。
ティティアナにねだられて仕方なく願い出てみたのだが、案外すんなりと許可が下りてしまい驚いたくらいであった。
バザールを巡ったり甘味処で休憩したりと、ヤカでの最後の一日を小さい従姉妹とともに楽しんだ。

 夜が明けて翌日、別れの場面は混沌としていた。
ニコラスがアンネ達を迎えに行くために、先に出発していたのが救いだったくらいだ。
フアンとエルビラは睨み合ったまま一言も言葉を交わさないし、レアンドロ夫妻はどんよりと暗い。
ティティアナは行くなと泣くし、唯一まともな祖母のマリアがウォルフ達に声をかけた。

「エルビラ、あなたはもうラ・クルスの人間ではないと言いましたが、あなたは死ぬまでこの私とフアンの娘です。それだけは忘れないで、時々帰ってきて下さい」
「はい、お母様。今回は騒がしくなってしまい申し訳ありませんでした」

「クリフ、あなたがニコラスとエルビラの長男なのです。ちゃんと両親を助け、弟の面倒を見なくてはなりませんよ。また来て下さいね?」
「はい、お婆さまもお元気で」

「ウォルフ、フアンが色々言っていましたけれど、子供の頃は色々なことに興味を持って試してみるのも大事なことです。おそれず、試してみなさい。また会えるのを楽しみにしています」
「はい、お婆さま、また来ます」

子供達を馬車に乗せ、最後にエルビラが乗り込む瞬間、フアンが口を開いた。

「また、来年だな」

エルビラは目だけで応えると馬車を出発させた。

 途中ニコラスとアンネ親子と合流し、馬車は一路北東のオルレアン公領を目指す。
サラは合流してから終始ご機嫌で、ウォルフの世話をあれこれと焼きながら嬉しそうにしていた。
考えてみればウォルフが生まれて以来、同じ屋根の下で寝なかったことが今回初めてなのだ。
ウォルフが大量の金貨を積み込んだ上におみやげをいくつも買ったので馬車は大分重くなってしまい、ゆっくりとした速度でガリア国内を移動した。
せっかくだからと彼方此方観光しつつ、それでもヤカを出て三日目の昼過ぎにはオルレアン公領のラグドリアン湖畔に着いた。

 ここで三泊程遊んだ後サウスゴータへと帰る予定だが、ウォルフは今回こそ水の精霊を見つけようと張り切っていた。
前回はまだ全然魔法がうまく使えていなかったが、今ならかなり発見出来る可能性が高いのではないかと思っている。
ウォルフの推測では人間が炭素をベースにした生命体ならば、精霊は魔力素を元にした生命体であると言え、魔力素が自意識を持つ程大量に、濃密に集まっている存在が精霊なのだと推測していた。
どんな存在なのか、それを是非観察したいのだ。

「う゛あーっやっと着いたー」

宿に着くなりベッドに倒れ込みうつぶせになってひとしきり呻る。
横を見るとクリフォードも全く同じ行動を取っていた。

「馬車三日間はやっぱきっついなー」
「たしかに。なんか昼なのにもう寝ちゃいそうだよ・・」
「うんうん、このベッド寝心地いいな」

今回一行が泊まるのは貴族用のそこそこ良いホテルだった。泊まる日数が少ないし、たまには良いだろうということでニコラスが奮発したのだ。
全室ラグドリアン湖に面しており眺めが良く、自家用の桟橋まであるのだ。
そこに3ベッドルームのコネクティングルームを予約していた。

「あー、ウォルフ様もクリフォード様も支度してない!すぐに泳ぎに行くって言ったでしょう!」
「サラ、馬車みたいな狭い場所に長時間動かないでいた時は、じっくりと体をほぐしてから運動した方が良いんだよ」
「ウォルフ様しょっちゅうあちこち飛んで行ってたじゃない。十分ほぐれてるよ」
「今暫し!今暫しこのベッドの安らぎを・・・」
「いいからさっさと着替える!」
「わー、わかったわかった」

すでに水着に着替えた準備万全のサラに、パンツを半分ズリ降ろされ諦めて着替える。ちなみにクリフォードはサラが来た段階で着替え始めていた。
ホテルの前の浜辺に出て準備運動をしていると大人達も遅れてやってきた。
エルビラもアンネもスタイルは抜群なので、二人の水着美女に挟まれニコラスの目尻は下がりっぱなしである。
水着は腿の半ばまであるようなクラシックなスタイルであったがそれが彼女らの魅力を減じることはなかった。
湖水浴をしている他の客からもチラチラと視線が送られ、アンネはちょっと恥ずかしそうにしていた。

「ウォルフ様、なにしてんの?」

 ピコピコと何かを一所懸命踏んでいるウォルフにサラが尋ねる。

「ふっふっふ、ウォルフ様開発のレジャー用品第一弾!"水竜くん"だ!」

ビニールの接着は大変だったし、吸気口や足踏みポンプなどの開発にも案外時間が掛かった。
完成型は頭にあるのに、最適な素材を選定するだけでも結構多変なのだ。
しかし、苦労した甲斐があって完成した物は中々の出来で、子供が二人乗ってもびくともせずに水に浮き、更に紐を付けて引っ張ることも可能という代物だった。
やがて膨らんだそれを頭上に掲げて湖に突進する。
サラも最初は興味なさげにしていたが、やがて夢中になって上ったり落ちたりして遊んだ。

「じゃあサラ、しっかりヒレに掴まって。オレがフライで引っ張るから」
「うん!よし、いーよ」
「行くぜ!『フライ』!」
「きゃーっ!!!」

水面すれすれを結構なスピードで飛ぶ。"水竜くん"は『強化』してあるからかなり丈夫だ。
波で結構バウンドしていてその度に落ちそうになるが、サラは必死にしがみついていた。
サラが何か叫んでいるので止まってみたらなんか怒っていた。少し飛ばしすぎたようだ。
ゆっくり岸に戻って今度はウォルフも乗ってみたかったが、サラもクリフォードもそんなに早くは飛べないのでニコラスに頼むことにした。

「父さん、今度はオレと兄さんで乗るから父さん引っ張って!」
「おう!まかせとけ!かっ飛ばしてやるぜ」
「と、父さんそんなに頑張らなくても良いからね?」
「今のウォルフのスピード見てたら燃えてきた!風メイジの意地を見せちゃる!」

すでに大分まわりの子供達の視線が痛くなっているが、今は無視して"水竜くん"にクリフォードと二人で乗る。

「いくぜ!これが風のトライアングルの『フライ』だ!《フライ》!」
「「うおおおおおおおおおぉぉ」」

「うりゃあ!旋回!」
「「うおおおおおおおおおぉぉ」」

「これが!俺の!全力全開!」
「「うおおおおおおおおおぉぉ」」

多分時速で百リーグ位は出ていた。
旋回までは楽しかったが、後はもう必死にしがみついているだけになってしまった。
何とか耐えきって岸まで戻ってくると、ニコラスはこちらをずっと見ていた子供達に囲まれた。

「おじさん!ぼくものせて?」
「ぼくもぼくも!」
「あたしもー」
「うわー、何じゃあー」

子供達は我先にとニコラスにまとわりついてくる。

「あー分かった、分かったから順番に、な?」

ニコラスは二十人程いた子供を全員乗せるまで、ひたすら『フライ』を唱え続けることになった。

「あれ親からお金取ったら結構儲かりそうだなあ」
「あら、こんなところで商売ですか?ウォルフ」
「商売の種ってのはどんなとこに落ちているか分からないもんなんだよ、母さん」


 サラとクリフォードは良い感じにぐったりして休憩してるし、エルビラとアンネはおしゃべりに夢中だ。
ちょっと一人暇になってしまったので、ウォルフはラグドリアン湖の水を『ディテクトマジック』で精査してみることにした。
すると驚愕の事実が判明した。
ここの水の水分子内の電子の一部が、魔力子に置き換わっている。
こんなことが『ディテクトマジック』でぱっと分かったわけではないが、受ける違和感を検証していくとそういうことであろうと結論した。
こんな水を飲んでも大丈夫なのかと不安になるが、ここらの人は六千年も飲んでるわけだから問題ないのだろうと思うことにした。
これは通常の魔力素などの在り方とは全く異なる物で、通常はただ単にそこらに在るだけだし、何らかの意志を受けていてもせいぜい原子と原子の間や物質の外側にへばりついている位だ。
例外は魔法金属と呼ばれるオリハルコンやミスリルで、これらの金属は元は普通の白金や銀なのだが、これも原子の内部の電子軌道に魔力子が存在していることが分かっている。
これだけ膨大な水が魔法的にはミスリルなどと同等なのだ。そりゃ精霊も生まれそうである。
いきなり水の精霊の秘密に近づけてしまった感があるが、もっと調査が必要だろう。
それと、やはり水の精霊自身を調べてみたい。
ここの水のように通常の物質の一部が置き換わった物で構成されているのか、それともやはり魔力素だけで構成されているのか。
そんなことを考えながら手早く『練金』で小瓶を二十個ほど作る。コルクの蓋付きだ。

「サラ!サラ、手伝ってくれ!湖の水を採取に行くぞ!」
「ふえ?・・・・は、はい!」

小瓶を詰めた袋を担ぐと『フライ』で飛び立つ。
サラに手伝わせながら、人の居ない入り江、湖から河となって流れ出る地点、森が迫る岬、と水を採取していく。表層と深い場所の二ヶ所ずつだ。
一つ一つコルクに場所を記入しながら移動していき、そして最後に湖の最も深いと思われる場所に来た。
サラに二人とも『レビテーション』をかけて貰い、紐を付けて錘を巻いた瓶を沈め、やはり紐を付けたコルクの蓋を抜いて瓶を引き上げる。
引き上げるときの力で簡易的に蓋がされるように紐に取り付けてあるので、ほぼ表層の水と混ざることはない。
ここはかなり深いようで、深さ百メイル地点、二百メイル地点と採取していき、三百メイル地点に取りかかったときにそれは現れた。

「何をしている。単なるものよ」

気がつくと二人の前方の湖面にうねうねとうごめく水球が出現していた。
思わず呆然と見つめてしまう。まさに未知との遭遇である。

「お前達が先程から私の一部を汲んでいたのは知っている。もう一度聞く。何をしている。単なるものよ」
「み、水を汲んでおります、・・・精霊・・様」

何とか返答する。水球は喋るときだけ人間の頭のように変化した。
ウォルフは精霊が発する濃密な魔力の気配に圧倒されていたし、サラはただひたすら硬直していた。

「何のために我のいる場所へ近づく。我はそのようなことを許した覚えはない」
「えーっと、すみません調べるためです。先程魔法を使いまして、この湖の水が普通の水とは違うことに気付きました。それでどのように違うのかをあちこちの水を採取して調べようと思ったのです」
「ここは我の住まう地、他と違うは当然。調べてどうするるのだ、単なるものよ」
「知ることが出来ます。私はこの世界がどのように生まれ、存在しているのかを知りたいと考えてきました」
「お前達は生まれては死に、ほんの短い時しかこの世界にいることはない。知れることなど僅かであろう」
「私が知ったことは私の子供に伝えることが出来ます。あなたが長い時を一人で生きているというのなら、我々は大勢で生きていると言えます。水の一滴一滴が僅かでも多くが集まればこのラグドリアン湖のようになるように、例え僅かでも知りたいと思うのです。精霊様、お願いがあります」
「なんだ、申してみよ」
「精霊様を魔法で"見る"事を許して欲しいのです。精霊様がどのように"在る"存在なのかを知りたいのです」
「愚かな・・・単なるものの分際で我を量ろうというのか。よい、できるものならばやってみるが良い」

精霊が不穏なことを言いサラが掴む腕に力が加わるが気にせず魔法をかけた。

「ありがとうございます!では早速・・・《ディテクトマジック》!」

 それは膨大な魔力の固まりで、その存在の初めから永久にも近い時をこのラグドリアン湖で過ごしてきたものだった。もしウォルフが"精霊とはどんな存在なのか"などということを直接魔法で知ろうとしていたら、その情報量に正気を保てず気が触れていたかも知れない。
しかし、今は原子の構造を知ろうと極狭い範囲に極めて精細な魔法をかけたので、無事に調べることが出来た。
その結果解ったことは水の精霊は魔力素だけで出来て、さらにそれが通常の物質の様な形態を取っている、ということだった。
陽子も中性子も電子も全て通常物質と同じようにあり、それら全てが魔力素が変化したもので水分子を形成していた。
なぜそれが自意識を持つ様になっているのかは分からなかったが、それを考える入り口には立てた様な気がした。

「うおー!すっごいですね!精霊様、ありがとうございます」
「?・・・何ともないのか?」
「はい!おかげさまで多くのことを"知る"事が出来ました」
「・・・・・・」
「水の精霊様は純粋な魔力で構成されています。我々のように通常の元素を体にしている生命体とは根本的に違うと言えますね。形態としてはただ液体と言うことではなく水(H2O)の形になっています。土や風、火の精霊は一体どのようになっているのでしょうか、知りたいです」
「・・・お前のような単なるものもいるのか」

これまでに水の精霊に魔法をかけてきた人間は攻撃してくる者か、その力を手に入れようと近づいてくる者しかいなかった。
ウォルフのようにただ知識を得ようと近づいてくる人間は、精霊の長い時間の中でも初めてだった。

「本当にありがとうございました。そろそろ親が心配していると思うんで帰ります。よろしいですか?」
「・・・ちょっと待て、これを・・」

水精霊から水が飛び、まだ空だった二つの瓶を満たした。

「ここの底の水と我の一部だ、持って帰るが良い」
「えっ水精霊の一部って水の秘薬のことじゃないですか!いいんですか?」
「代わりにお前の体を流れる水を水面に落とすがいい。我はお前を覚えるとしよう」
「うわー本当ですか、はい、ただいま」

急いで瓶の蓋を閉めると『練金』でナイフの先を作り指の腹を切った。
血は玉を作りやがて湖面に滴った。

「これで我はお前を覚えた。単なるものよ、我はお前の呼びかけに応えることにしよう」
「ありがとうございます。それと私の名前はウォルフです。一緒に覚えてくれたら嬉しいです」
「我にはそのような概念はない・・・・"ウォルフ"よ・・・・これでいいのか」
「はい!また会いに来ます。今日はこれで失礼します」
「我ももう戻るとしよう・・・・・"ウォルフ"よ」

そういうと水の精霊は湖面に消えて行き、後には静かな湖水が残るだけだった。

「いやー水の精霊に会えるなんてラッキーだったね、サラ。ってうわあっ《レビテーション》!」

 ずっと『レビテーション』をかけたままだったサラが急に緊張が解けたため一緒に魔法が解けてしまったのだ。
慌ててサラを抱き止め顔をのぞき込むと泣きそうな顔をしている。

「ふえー怖かったあああ」
「別に知性がある相手なんだし、ずっと人間と共存してきた存在なんだからいきなり子供相手に攻撃してこないと思うんだけど」
「そういうことを言っているんじゃありません!なんでウォルフ様は水の精霊なんかと普通にしゃべれるんですか?」
「知性のある相手に敬意を払うのは当然のことだよ。相手のことをよく知らないからと言って恐れたり逆に攻撃したりするのは野蛮なことだ」

湖の上を『フライ』で移動しているとサラは文句を言ってくるが、ここはまだラグドリアン湖の上なんだからあんまり失礼になることを口走らないように、と注意するとまた怖くなったのか黙った。
元いた湖岸まで戻ると、案の定エルビラとアンネが怒っていた。
ニコラスはその横に疲労困憊で死んだように倒れ込んでいる。
ちなみにこの日以降ニコラスがどうしてもいやがったため"水竜くん"が湖に出ることはなかった。

「ウォールフッ!勝手にいなくなるんじゃない!」
「すみません、お母様。湖の水を色々採取していたら水の精霊に出会ってしまい、すぐには帰って来られなかったのです」
「み、水の精霊ですって?」

エルビラ達の顔色が変わる。水の精霊はその強大な力でここハルケギニアでは敬われてもいるが同時に恐れられてもいるのだ。
しかしウォルフにとっては『ディテクトマジック』をかけさせてくれた上に水の秘薬をくれた、気前の良い精霊だった。

「はい、ずいぶんと気の良い精霊でした」
「気の良いって・・・無事だったんですね?」
「全然大丈夫ですって、ほら、帰り際に水の秘薬までくれました。気前が良いでしょ」

ウォルフは近所のおじさんにお菓子でも貰ったかの様に言う。
水の精霊が気が良いなどと中々信じがたいエルビラであったが、確かにそこには小瓶いっぱいに水の秘薬が入っていた。

「はあ、無事だったのならもう良いです。宿に戻りましょう」




[18851] 1-14    帰還
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:f1cb8877
Date: 2010/07/10 17:45
 ラグドリアン湖での楽しい休暇も終わり、アルビオンへ立つ日になった。

 ウォルフが二十近くある湖の水が入った瓶を全部持って帰ると言ったためニコラスと喧嘩になったが、より小さい瓶に移し替えることでお互い妥協した。
全ての荷物を纏め、桟橋から船に乗る。ここから対岸のトリステインまでは優雅な船旅だ。
対岸に着いて馬車を仕立て直し、ラグドリアン湖に別れを告げる。
ウォルフが「バイバイ、またね精霊様」と告げると湖面が震えて応えたような気がした。
ここからは昨年と同じ旅程で、ラ・ロシェールからロサイス、そしてサウスゴータへの道だ。
ラ・ロシェールまででの途中で一泊、さらに船中で一泊そしていよいよサウスゴータのド・モルガン邸に到着した。
出発から実に二十日あまりが経っていた。


「いやー、やっぱり我が家が一番落ち着くなあ」
「あらあなた、そんなことを言うんでしたら、もう出かけるのはやめにしますか?」
「いやいや、出かけたからこそ、そう思うんだって」

出迎えた使用人達に荷物を降ろさせながらみんな上機嫌だった。
ウォルフは自分で荷物を方舟に運び込むために仕分けをして降ろしていた。
出かける時は一番少ない荷物だったのに、ヤカで購入した魔法道具、フアンに譲ってもらったりヤカの書店で購入した書籍類、八千エキューの金貨、ラグドリアン湖の水、途中で拾った石、道々で購入した珍しいおみやげ、といつの間にか一番の大荷物になってしまっていたのだ。
それらをサラと手分けして『レビテーション』で浮かせ、方舟へと向かった。

「暑っ!」

 方舟に入った第一声がこれだった。旅行前に作っておいた換気システムは快調に作動しなかったみたいである。
温度計を見ると三十度を超えていて、早急な改良が必要だった。
バッテリーをチェックしてみたが放電しきっているみたいでもうダメになっていた。
過充電になって電解液を電気分解してたらいやだと思ってバッテリーだけは屋上に専用の部屋を作って隔離していたが、そんな心配は必要ないほどだ。
これではダイオードと抵抗だけの簡単な充電器がうまくいったのかも分からない。

「ウォルフ様、冷房、ダメだったの?」
「発電機がうまく動かなかったみたいだな、明日直すよ」
「今日はもう疲れたからね。お風呂入りに行こう!」
「おう!母さんもう沸かしているかなぁ」

取りあえず荷物を棚に入れて雨水タンクだけはチェックし、空になっていることを確認すると二人で母屋に向かい、中庭の風呂の前まで来るとちょうどエルビラが魔法で風呂を焚いているところだった。

「母さん、もうお風呂入れる?」
「ええ、もう沸くわ。入る?」
「うん、サラ行こ」

 この風呂もウォルフが今年になってから作ったもので家族の評判がすこぶる良いものだった。
直径二メイル程の大きめの五右衛門風呂で、チタン製なので肌当たりが柔らかく、熱伝導率の悪さから底を熱しても縁までは熱くならないため寄りかかって入れるのだ。
いつもは昼間の内にアンネとサラが水を張っておき、外から帰ってきたエルビラが家に入る前に魔法で沸かすのだが、これがエルビラの良いストレス解消になっているようだった。
城で何かあったときは高笑いしながら釜に炎を打ち込んでるエルビラが見られ、そのようなときは風呂の湯を冷ますのに苦労する。
逆に風呂が用意してなくて風呂釜の扉が閉まっていたりすると不機嫌になるくらいである。

「お客さん、かゆい所はございませんかー?」
「ふわぁ・・・きもちいいでーす」

ウォルフはサラの髪の毛を洗ってあげていた。サラはどうも洗うのが下手なので最近では二人で入るときはウォルフが洗うことにしている。
ここで使っているシャンプーもウォルフ製で、オリーブオイルから作り重曹を加えている。これにクエン酸のリンスで仕上げる事によってツヤツヤでさらさらとした髪になり、最近ド・モルガンの女達の髪が評判になってきていた。

「あらサラ、洗ってもらっているの?いいわね」
「えへへ・・」

さてシャンプーを流そう、という時エルビラが入ってきた。
二人の横を通るとしゃがみこみザバーっとかけ湯をしている。ウォルフのおかげでド・モルガン家では完全に日本式の入浴スタイルになっていた。

「母さんも洗ってあげようかー?オレ結構うまいんだよ」
「あら、いいの?嬉しいわー」

洗面器にリンスを張りサラの頭を突っ込んで仕上げながら声をかける。
エルビラは自分の体を洗っていたが、ウォルフが流し終わったタイミングで手を伸ばして抱きしめた。

「ウォルフはホントに良い子ねぇ可愛いわー」
「わー母さん、待ってすべるこける!」
「体はもう洗い終わったの?」
「まだだけど」
「じゃあ一緒に洗ってあげるわ。サラもこっち来なさい」

 その後三人で洗ったり洗われたりした後仲良く浴槽につかった。
胸から上を湯の上に出して頬を上気させているエルビラを眺め前世だったら生唾もんだよなと思う。
サラはともかくエルビラはウエストはキュッと細いのに胸と腰はバーンとしてて手足はスラリと長く小顔の絶世の美女で、そんなのと全裸混浴しているのである。
それなのにウォルフは心から寛いでいる。
ウォルフはこの事を幼児の被保護者としての本能が、保護者とのより親密な関係に安心しているのではないかと考察していた。
確かにエルビラともアンネともいつも一緒に風呂に入っているのでその裸は見慣れていて自分の裸と大差ないくらいだし、まだ性欲など欠片もない年齢であるのは確かだ。
しかしそんなことは関係ないくらい一緒にいると安心するのだ。
ウォルフの人格を形成しているものが前世の人格だけではなく、現世での肉体の影響を強く受けている証拠といえる。
まあ、エルビラもアンネも全く恥ずかしがらないので萌えない、という事も言えるが。

「商人になりたいって言うのは本気なの?ニコラが嘆いていたわ」
「・・・貴族をやめるかは別だけど、商売はするよ。サラを代表にして商会を作るつもり」
「ふえっ?わたし?」
「そう、やめたいってわけじゃないのね?」
「うん、だけど・・・」
「何かあるの?」

珍しくウォルフが言い淀む。しばし躊躇した後続けた。

「オレは、貴族として王家に忠誠を誓うことが出来ないような気がするんだよね」
「・・・忠誠を誓えない?」
「うん、忠誠も誓わず貴族でいるわけにはいかないだろ?」
「・・・ガリアなら良いのですか?」
「同じだよ。せめてゲルマニアのように利害関係で結ばれた主従関係なら良いんだけど」

エルビラにはその違いがよく分からなかったが、ウォルフにとっては全く違う国家体制だった。
アルビオンではブリミルの血筋の事もあり文字通りの主従関係と言えたが、ゲルマニアの皇帝は所詮諸侯の代表に過ぎないと言え、上司ではあっても己の全てをかけて忠誠を誓うような主君ではないように思える。
ブリミルの魔法は確かに凄いけど、己の全てを懸けて忠誠を誓えるかというと、ウォルフはそれは無理としか答えられないと思った。メンタリティーは依然として前世のものを引きずっているのだ。

「そんなに違うものでしょうか。ゲルマニアでいいのならアルビオンやガリアでも良いのでは?」
「違うね。ゲルマニアでは利さえ与えればオレのような者が臣下になっても問題ないだろうけど、アルビオンやガリアではそうはいかないよ」
「あなたのどこに問題があるというのです!あなたは私達の自慢の息子なのですよ?」
「ごめんね、母さん。だけど、オレは王家のために命をかける気にはなれない。貴族の責務を果たさない者は貴族でいるべきではないと思うんだ」
「それで、商人ですか・・・」
「特別、商人をやりたいというわけではないんだけど、やりたいことをやるための生活の基盤というか・・・」
「やりたいこと?」
「・・・冒険に行きたい。ハルケギニアはもとより、サハラから聖地、果てはロバ・アル・カリイエさらにその先まで。行ったことのない世界、誰も見たことのない世界を見たい、知りたいんだ」
「・・・それがあなたのやりたい事、ですか」
「うん。今はその為の力を蓄えている、と考えている。そして貴族であることは・・・」
「その為には必要なことではない、ですか」

ふーと大きく息を吐いて湯から上がり、湯船に腰掛ける。色白の体は全身がピンクに染まっていた。
ウォルフも続いて立ち上がり、腰掛けようとしてエルビラに抱き上げられた。

「あなたにやりたいことがあるのなら、それでいいのです」
「・・・・・」

ウォルフはエルビラの胸に埋もれて窒息しかけていた。


 その夜寝室で本を読んでいたウォルフをニコラスが訪ねていた。

「じゃあ、本当に俺が男爵だってのは関係ないんだな?」
「だから関係ないっていってんじゃないか。どっちかって言うと良かったくらいだよ、公爵家の長男とかだったらマジごめんなさいって感じだろ?」
「公爵家の長男だったとしても貴族やめるかも知れないってのか・・・」
「あんまり意味はないんだよ、オレにとって」
「意味ないって・・・」

事もなげに言うウォルフに絶句する。
自分の息子が普通とは違うと思ってはいたものの、ここまで感性が隔絶しているとは想像も出来なかった。

「でもほら、俺が公爵様とかだったらお前のやりたいこととやらも楽に出来るじゃないか」
「それだけの地位には見合った責任があるだろ?オレはそんなのには縛られたくないし、そもそも不労所得なんてこの世で最も価値のない収入だ」
「不労所得?相続財産のことか?」
「そう、何も労せずに、対価を払わずに得た収入のことだ。そんなものの量を自慢する人は多いけどそんなのにどう対応したらいいのかさえも分からないね。お父さんから先祖代々の領土をたくさん貰いましたって言われても、ふーん、良かったね、としか言えないよ。」
「でも領土はそれを手に入れてから経営することによって責任を果たしていくものじゃないか」
「それは新しく入手した人もおなじだよ。持っているものに対する責任であって収入の対価ではない。相続によって固定化された社会には活力が無くなるんだよ。オレはそんなのに価値はないって言っているんだ」
「爵位に意味など無いというのか・・・」
「父さんが母さんのために努力して爵位を得たことは知っているし、尊敬もしている。母さんも誇りに思っているのに自分で卑下しないで欲しい。オレが意味ないと言っているのは相続した財産の大小だよ」
「・・・・・」
「オレはオレの人生を生きるつもりだよ。大変かも知れないけどそれに必要な全ては父さんと母さんから貰えたと思っている。だから父さんも父さんの人生を生きればいいと思う。"俺は君を守るために生まれて来たんだ"だっけ?母さんの口説き文句」
「わー!何言うんだ、お前!・・・」

どこのライオンハートだよ、と続けようとするウォルフを遮り、あらためてウォルフを眺める。
本当に訳の分からない子供だと思う。
生まれたときは普通の赤ん坊のようだったと記憶している。それが手の掛からない賢い赤ん坊になり、やがて喋り始めると手に負えなくなった。
まあ、賢い、賢すぎる。無理矢理文字を教えさせると家中の本を読み漁り、家人を捕まえては質問攻めにする。
一歳の頃から年上のサラを妹扱いして面倒をよく見るようになり、読み書きや計算などサラの教育は全てウォルフが行っている。
魔法を覚えれば天才級でいきなりラインメイジになり、トライアングルになるのも間もないと思われる。教師であるカールも理解出来ない魔法理論で魔法を行使しているという。
それでいて天狗になるようなこともなく本人は淡々としたもので、ウォルフのことを避けていた兄ともいつの間にか仲良くなっていた。
この子がどのような大人になるのか、ニコラスは想像が出来なかった。

「はあ、分かったよ。お前はお前の生き方しかできないというんだな」
「うん、無理。・・・本当はね、子供のうちは普通の子供の振りをしようかなって思ったこともあったんだよ」

ウォルフが少し悲しそうな顔で言う。ニコラスは我が子のそんな表情を初めて見た気がした。

「最初はみんなオレみたいに生まれてくるのかと思ったんだけど、サラとか兄さんとか見てたら違うらしいって分かってきて」
「あ、ああ、確かにお前はほんのちょっと普通の赤ん坊とは違っていたな」
「演技すべきかなって考えたんだ。父さんや母さんに嫌われないように、十二歳位までは普通っぽくね、ちょっと変わった子供って言われる位には隠せるかなって考えたんだけど、無理だった」
「演技ってお前・・・」
「そんな演技をしながら十年以上も過ごすことを考えたら気持ち悪くて吐きそうになっちゃったよ」

ニコラスは絶句した。ブリミル様に愛され、唯我独尊そのものといった感じであるウォルフの、想像もしなかった孤独。
確かに、こんな子供を許容出来る親ばかりではないかも知れないと思い当たり戦慄する。この子はもっと幼い頃からその事実と向き合っていたのだ。

「そんなことは考えなくて良い。俺達家族がいる、お前は一人じゃないんだ」
「うん・・・ありがとう。・・・オレはオレがこんな風に生まれたことには意味があるって信じている。だからオレの心に従って生きようって決めたんだ。出世に血道を上げるのも、大貴族に婿入りするのも他人の評価を気にしながら生きることだろうから、オレにはそんな生き方は出来ないんだ」
「ふー・・・確かにそんなウォルフは想像も出来ないかな。・・・でも、これは覚えておいて欲しいんだが、お前の考え方はハルケギニアでは危険すぎると思う。よそでは公言しないで欲しい」
「ブリミル様の作ったこの世界が、そのままに続くことがブリミル教の正義だからね。他ではこんな事言えないよ」
「うん、分かっているなら良いんだ・・・」

まだ五歳でしかない息子に、もうしてあげられる事が殆ど無くなってしまったことに気付いて少し寂しかった。
自分の力不足かと嘆いてみたが、そうではなかった。ウォルフはもう精神的には大人なのだろう。
ならば自分の出来ることは離れて見守り、時にアドバイスを送ることぐらいだ。

「少し寂しいけどな、俺も子離れするよ。お前もお前のすることには自分で責任を取るつもりで、あー、でも未成年の内は結局こっちにツケが回ってくるんだから、大人しめにな」
「ははっ・・・まあ、迷惑が掛からないようにすることを第一に考えるよ」

よろしく頼むよ、と伝えるとニコラスは部屋を出て行った。





[18851] 1-15    一年
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:f1cb8877
Date: 2010/07/06 19:44
 翌日、とりあえずバッテリーの電解液と電極を『練金』でリフレッシュして換気扇を回す。
雨水発電はどうも発電量が全然足りなそうなので他の方法を探す事にした。
いくつも考えた中で一番ウォルフ自身が楽そうなのはエルビラの火力を使った蒸気タービン発電だった。まあすぐには出来ないだろうが風呂場の隣にスペースを確保し、こつこつと作っていくことにする。ニコラスには新型の給湯装置だと説明し許可を得た。実際に貯湯槽も作るつもりではある。
あんな天然でハイカロリーな熱源が身近にいるのである。使わない手はない。
蒸気タービンが出来るのはずっと先だろうから当面の対策として四階の雨水タンクを拡大し、地下にも雨水タンクを作った。毎晩魔法で下から上へと水を移動させようという発想だ。
降水量の少なさを補って発電機がうまく作動するのかを知りたかったし、水の魔法はまだ不得意なので扱いに慣れたかった。
充電の管理についてはボルテージレギュレータを開発する事にしてリレーで行う方式やトランジスタの研究にも手をつけた。

 空調システムの改良にはガリアで買ってきた品が役に立った。
魔法温度計―ガリアでは一般的な温度計で、土石を動力に組み込んだ魔法人形が温度を指し示すというものである。
買ってきたこれを二体使用し、外気温と内気温に応じて地下からと外気からとに吸気口を切り替えるシステムを作った。
回転式のシャッターを魔法人形に操作させ、外気温が十五度以下ならば地下経由の空気それ以上は外気、という第一のシャッターを設置する。それに加えて内気温が二十五度以上ならば地下空気、それ以下ならば第一シャッター経由の空気という第二のシャッターを設置し、冬暖かく夏は涼しい地下の空気を利用することによって常に室内が快適な温度になるようにした。
排気を第一シャッター経由の吸気と熱交換をさせているので、これに冬期は暖房を組み合わせれば完璧である。
運転を開始してみると今の時期だと昼間は地下空気を頻繁に使用して冷却し、夜になると外気との換気で常に新鮮な空気が室内を緩やかに流れ方舟内は実に快適な空間になった。
将来的には電子制御にしたいが、今はこれで満足である。




「いやあ、ここは涼しいねぇ。うちにも作ろうかな」

最近ウォルフの方舟が涼しいのでよく来るようになったマチルダが少し離れた机で作業をしているウォルフに話し掛けた。自分はソファーでお菓子を食べながらである。
発電システムは快調に動作する様になり、何度か過充電や過放電でバッテリーをだめにしたが今では大分コツを掴んでいた。

「作ってみると良いんじゃない?地下の冷たい空気を利用するだけだし、ポイントは送風と温度管理だね」
「温度管理はウォルフみたいに魔法温度計を買ってくるとして、送風はどうしたもんかね」
「城にある水車から直接動力を取り出して送風機を回したら?結構うまくいくと思うよ」
「うーん、あんまり大掛かりなのはお父様が許してくれないだろう」

マチルダもウォルフにモーターの原理を説明されて作ってみたけれどもかろうじて回る、という程度の物しか作れなかった。
そうすると風石を直接励起させて風を送るというくらいしか考えつかないが、ちょうど良いくらいの風を送る魔法道具を作る自信はなかった。

「うーん、中々難しいね、あたしもガリア旅行に連れていってもらって魔法道具探してこようかな」
「うん、あそこは魔法道具は発展していてこっちにはない物がたくさん有るから楽しかったよ。リュティスとかに行ったらもっと凄いんだろうなぁ」
「今度あたしも頼んでみるよ。お父様は太守だから街を離れられないんだろうなぁ・・」

マチルダとそんな会話を交わしながらもウォルフはずっとグライダーの設計をしていた。
ここのところずっとそんな感じで分割思考の練習にちょうど良いと考え、なるべく二つのことを同時に処理しようとしていた。
マチルダも別段気にすることもなく相手をし、いつも暫く涼むと帰って行った。

 今ウォルフが設計しているのは主翼で先端の後部に舵を持つため、それを操作する仕組みが構造を複雑にしていた。飛行機としては最も簡単な構造のグライダーとはいえクリアすべき課題は多い。
リンクを作り、ワイヤかロッドを通して操作する予定である。
図面上でそれらの部品を主翼内に配置し、きちんと機能するか確認し、いよいよ試作にはいる。
まずは翼の骨となる桁を作る。本当はカーボンで作りたかったが、まだエポキシ樹脂がどうにも作れないのでクロムモリブデン鋼の極薄肉厚角パイプで作った。超超ジュラルミンやチタンも検討したが販売することを考え手に入りやすい材料をベースにすることにした。
まず大体の形に『練金』して強度を検査し、十分な強度がある事を確認すると圧延するために作った装置に通し、設計図通りの口径に成形する。ちなみに装置はゴーレムによる手動である。
ここまでですでに数日が経過しているがウォルフにとっては順調なうちで、次のフォルーサ材を接着して大まかな翼の形を作り、図面を元に削りだしていく作業に入る。
まず翼の根本から先端に向けての形を大きな定規を当てながら確定、そこに基準線を描く。
翼断面の形を上下から写した定規を基準線に当てながら慎重に削る。定規は根本から先端までその位置に合わせた形状に合わせて百枚程も作ってあり、精密に形状を再現出来るようにしていた。
形が完成したら舵の部分を切り抜いて表面に樹脂を塗り正式な型とする。
これを元に石膏で雌型を作り、いよいよFRPの工程にはいる。
上下それぞれの雌型に離型剤を塗り、その上からガラス繊維を積層して樹脂を浸透させていく。繊維に残る空気はローラーを使って押し出し、型に密着させた。
樹脂が固まったら型から外してバリを取り、表面を綺麗にならす。ここの工程はガラス繊維がチクチク刺さるのでサラは逃げ出して手伝ってくれなくなった。
忘れずに舵の部分の部品や翼の根本や舵の部分を補強するリブも作っておく。
桁にリブを固定し、上下の外皮と舵を付ける部分の部品を接着して外面を塗装し漸く一枚の翼が完成した。実に三ヶ月も経っていた。

「こんだけ懸かって漸く翼一枚ですか」
「そう言うなよ、サラ。泣きたくなるじゃないか」

サラにこの凄さが分かって貰えないのが悲しい。
ガラス繊維の製造方法だって研究を重ねたし、樹脂にしたって天然樹脂である琥珀からコーパル、ダンマルにミルラにオリバナム、ザンギデドラコ、更には亜麻仁油などの不飽和脂肪酸を含む油など手に入る物は全て手に入れて研究を重ねた成果だ。
結局採用したのは恐らくはポリエステルであろう物である。エステル結合と不飽和結合を持っているし、過酸化ベンゾイルを加えたら重合したので多分間違いない。
ちなみに風防はアクリル樹脂で作るつもりである。『練金』でメタクリル酸メチルのモノマーを作り、重合させたものでポリエステルに比べれば作るのは楽だった。
ウォルフが丹誠を込めて作った翼は既存のハルケギニア産材料で作るのに比べ圧倒的に軽量で高剛性に仕上がっているし、そのシェイプの美しさは芸術品級だと思っている。
魔法が無かったら何も出来なかっただろうとは思うが、これだけ頑張ったのだから褒めて貰いたいと思うのは人情ではないだろうか。
もちろん、『硬化』という魔法があるのでこんなに頑張って強度を保ったまま軽量化しなくても良かったのではないか、ということに最近気がついた事はサラには内緒だ。

「だって、こんなの『練金』でささっと作っちゃうんじゃだめなんですか?」
「コレは『練金』じゃ出来ないよ。似たようなのは出来るかもしれないけど、それだと将来的にコストを下げられないし。今は試行錯誤しながら、材料も治具も作りながらだから時間が掛かっているけど、その内早くできるようになるんだ。あと、こんなのって言わないで」
「あ、ごめんなさい。そんなに何台も作るつもりなの?」
「商売するって言ってたろ?こいつはきっと売れるぜ。貴族用の高級趣味用品だな」

 全体の形がおよそ完成したのはさらに四ヶ月後、もう季節は春という頃でウォルフは六歳になっていた。
姿を現したのは全長八メイルと少しで取り外せる翼を持ち、全幅十七メイル重量七百リーブルの堂々とした機体である。
全体を滑らかに白で塗装し、滑らかな曲面で作られたアクリル製の風防も装備し何時でも飛び立てるかのように見えたが、問題を抱えていた。

「ぐわー!もうだめだー!オレはだめなんだー!」
「あっウォルフ様!」

機体が組み上がってからここ一ヶ月程本体には手を付けず、工房で部品を加工していたウォルフだったが、突然叫ぶと飛び出して『フライ』で遙か上空に飛んで行ってしまった。
サラは最近ウォルフが煮詰まっていたのを知っていたので放っておくことにして、お茶の用意をしに下へ降りていった。もともと最近トライアングルになったウォルフが全力で飛んだらサラには追いつけない。
三十分くらいしてウォルフがすっきりとした表情で戻ってきた。

「やあ、サラ。お茶を頼めるかい?」
「はい、ただ今。どうしたの?妙にさっぱりしてるよ?」
「いや、久々に火の魔法を全力でぶっぱなしてきた。風呂を沸かす母さんの気持ちが分かったよ」
「あぁ、時々忘れそうになるけどウォルフ様も火のメイジだったんだよね」
「うん、それで決めたんだ。サラ、オレはいったんグライダーを離れる!」
「え?せっかくここまで作ったのにやめちゃうの?」

 ウォルフをここの所ずっと悩ませていたのは操舵の機構であった。
現物合わせで一つずつ部品を加工していったのだがやはり精度が今ひとつで、何種類か作ったが最初はうまく動いても暫くテストしていると動きが渋くなったりがたが出たりした。
そのままでも飛べないことはないと思ったが、ウォルフが求めているのは販売することが出来るクオリティーである。
試作機が出来たら直ぐに注文を取って販売すれば、ウォルフのグライダーも目立たなくて良いかなと思っているのだ。すぐに壊れるなどと悪評が立つことは許されない。
何とかしようと粘っていたのだが、このままではどうにもならないと判断し抜本的な解決を図ることにしたのだ。

「やめはしない。今は戦略的撤退だな、オレは旋盤を作る!」
「旋盤?」
「そうマザーマシーン、鉄を削って機械を生み出すための機械だよ」
「そんなのがあるなら最初から作ればいいのに」

今やっている方法で出来ないなら、きちんと手順を踏んで一から作ればいいのだ。
旋盤を作るとなると、必要な物が多くて大変だが、いずれは作らなくちゃならないと思っていた事だ。
何かサラは違う物を想像しているみたいだが。

「まあ、作るのは多分グライダーより大分大変だからな。でも作ってみせるさ」
「え?それも何ヶ月もかかるの?」
「・・・下手したら年だな」
「・・ウォルフ様さ、結構大変なの好きだよね、何か嬉しそう。M?」
「断固言わせてもらうが、楽なのが好きだし、Mでは無い。誰も作っていてくれないから仕方なくオレが作るんだ。ここ片付けるから手伝ってくれ」
「はーい」

 とりあえず今までやっていたグライダー関係の物は全て中止して、旋盤の制作に全力をかけることにした。旋盤さえあれば蒸気タービンだってさくっと出来るはずである。
まずは旋盤の多くのギアを制作するために必須なロータリーテーブルと材料を固定するチャックを作る。
ロータリーテーブルとは目盛りの付いているつまみを回すとウォームギアによりその分テーブルが少し回るという物で、円周を精密に分割する為には必須の物だ。
今回作る物のウォームギアのギア比は90:1、つまみを一回転させたらテーブルが四度回転する仕様だ。ウォームギアは苦労したが、ジグを使って刃物を作り何とか正確な物を作ることが出来た。
手作業でタップとダイスを一種類作り、それで作ったネジを利用してロータリーテーブルに材料を固定、割出盤とチャックも製作。
精密に製図をし、丁寧にけがいて慎重に削り出す。根気のいる仕事だった。
格納庫の扉のローラーベアリングやモーターを作るときに使った手回しの簡易旋盤に新しく開発したモータを搭載して部品製作に使用する。
電力を確保するためバッテリーを大量に製作し地下に設置した。さらに水を介さないで直接発電する念力発電機も設置して毎晩寝る前に魔力切れ寸前まで発電した。
新しく開発したモータは磁石の代わりに電磁石を使用した物で、トルクを稼げる上に将来交流にしてインバータ制御した場合でもそのまま使える。
さらに往復台と横送り台を製作し、簡易旋盤に取り付ける。ここまですると旋盤の形に見えてくる。
これにロータリーテーブルを設置し、ギアを量産する体制になったのでいよいよ旋盤本体の設計に入った。


「ウォルフ、そろそろ支度しなさい。お爺様が待っているわよ」
「うーん、今いいとこなんだけど、やっぱり行かなきゃだめ?」
「当たり前でしょう、去年あんだけ大見得切っておいて何を言っているんですか。もうクリフは支度終わったみたいですよ」

トライアングルになって暫くは色々と新しい魔法を覚えるのに夢中になったが、最近ではそれも一段落してしまい今は旋盤を作りたい。
目標だった魔力量にはもう到達したのでそれからは魔力の超回復も大分さぼり気味で、今では発電のためだけにやっている様なものだ。その分の意欲を旋盤制作につぎ込んでいた。
それなのにあっという間にまた夏になり、もうガリアへと行く日となってしまいちょっとテンションは低めだ。
しかもラ・クルス領から竜騎士を迎えに寄越してくれるという話だったのが、アルビオンの飛行許可が下りなかったらしく馬車で来てくれと言うのだからさらにテンションは下がる。
しかし仕方がないのでメイドに手伝ってもらって支度を始める。結局あれから換金していない手形の残りも忘れずに荷物にいれた。
今回一緒に行くのはヨセフという三十くらいの使用人でニコラスがここに住み始めた頃から働いている。最近ウォルフが使用人全員に杖の契約をさせてみたら唯一成功してメイジとなったので選ばれた。
ヨセフは初めて行くガリアに少しわくわくしているようだ。

「ヨセフ、本当に子供は大丈夫なの?」
「はい、妻も母もいますから心配は要らないです」
「何歳なんだっけ?」
「十二歳の息子と、七歳になる娘です。下の子はサラと同い年です」

 ウォルフは考える。近いうちに旋盤が完成するとして、今までのように何でも全部ウォルフがやる、というのはよろしくない。っていうかやってられない。
サラも一所懸命にやってはくれるのだがまだ小さいし機械の操作は危うい感じだ。
十二歳なら今から教え込めばすぐに物になるのではなかろうか。

「上の子はもう働いているの?読み書きは出来る?手先は器用なほう?」
「え・・・えっと、読み書きはおかげさまで習わせてやることが出来ています。手先は器用な方だと思います。働くのはまだ家の手伝いをするくらいです」
「うん、いいね。ガリアから帰ったらなんだけどさ、オレの所に手伝いに来る気はないか聞いてみてくれない?取りあえず見習い期間中で月に十エキュー出すよ」
「ええっ・・そんな、まだ子供ですよ?」
「オレの作る機械の操作をさせたいんだ。十二だったら十分だよ、十五じゃ遅いかもって感じだから」
「は、はあ・・しかしエルビラ様やニコラス様に尋ねなくてもよろしいんですか?」
「これはオレがオレの責任で、オレの金で雇用するんだ。一々聞かなくても大丈夫だよ」
「分かりました、それじゃあ帰ったら聞いてみます」
「うん、よろしく頼むよ。下の子も連れてきたらサラに計算とか教えさせるから来させると良いよ」

はあ、と曖昧にヨセフは答える。七歳の子に七歳の子を教えさせると言ってもピンと来ないのである。
しかしサラはただの七歳ではなく、ウォルフが三年程も手塩にかけて教え込んできた早期教育の成果である。
今や因数分解や連立方程式を解いているので算数を一から教えるなど簡単なはずであった。
そういえばサラがいないのだが、朝に寂しそうな顔をして会いに来たので自分がいない間一人で寂しかろうと大量のドリルを渡してやったら何故か怒ってその後顔を見ていない。


 荷造りを終え、中庭に出るともう馬車が用意されていた。ロサイスまではエルビラが送ってくれるらしい。
いざ乗り込もうとするとマチルダが見送りに来た。

「ウォルフ!クリフ!もう行くのかい?」
「あ、マチ姉見送りに来てくれたんだ。」
「マチルダ様、わざわざありがとうございます」
「これ作ってきたからお昼に食べて」

そういって弁当を差し出す。ウォルフは普通に受け取っていたがクリフォードはかなり緊張して受け取った。
マチルダは今十三歳。ここ一年でずいぶんと綺麗になり、クリフォードは会う度に緊張してしまうのだ。

「あたしもリュティスに行く途中でヤカによるから、その時また会おう」
「うん、お爺様に言ってあるから暫く滞在しても良いと思うよ」
「まあ、そんなにのんびりとはしていられないけどよろしく頼むよ。・・・じゃあ、気をつけていっておいで」
「マチ姉も気をつけてね」
「マチルダ様、行って参ります」
「サラもな!良い子にしてるんだぞ!」

 最後に方舟の柱の陰で見送っているサラに大声で声をかけて手を振ると馬車に乗り込む。サラはすぐに中庭まで出てきた。
馬車が動き出し門をくぐる。中庭で手を振るマチルダとサラに手を振り返すと馬車は街道へ向けて走り始めた。
昨年と同じ行程でヤカへと向かう。途中ロサイスではエルビラが二人を中々離してくれなかったりしたが後は問題なくヤカまで着いた。
ヨセフは城で一泊して乗ってきた馬車でアルビオンへ向け帰る事になっていたのでそのまま馬車で城に入った。
一年ぶりの城である。懐かしい気持ちとこれから起こる事への期待感が否が応でもわき起こってくるのだった。



[18851] 番外4   火の魔法
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:f1cb8877
Date: 2010/07/06 19:49
――― ちょっと時間を遡って、ラグドリアン湖から帰ってきてから暫く経ったある日の事 ―――





 ずっと工房に籠もりっきりでグライダーの制作をしていたので、ウォルフは気分転換に魔法の実験をしようと思い立った。
丁度エルビラも非番で家にいるし、頼めば多分手伝ってくれるだろう。

「母さん母さん、今暇?暇ならちょっと実験に協力して欲しいんだけど」
「何ですか、いきなり・・・実験?」

編み物をしていたエルビラは首をかしげていきなり部屋に入ってきた息子を見つめる。
ウォルフはそんな様子に構わず座っているエルビラの足元まで来てスカートを掴み、期待を込めた目で見上げる。こうするとエルビラはなかなか断れない。

「まあ、良いですけど、何の実験ですか?」
「ありがとう。火の魔法の実験なんだ。火の魔法がどういう魔法か仮説を立てたから検証したいんだ」
「火の魔法とは炎を司る魔法です。それ以外にはないでしょう」
「まあ、いいじゃんもう少し詳しく知りたいんだよ」

そのままエルビラを中庭に引っ張っていった。

 中庭に来るとウォルフは地下から出した大理石を『練金』し直し、一辺が一メイルほどの鉄の立方体を作った。重さは一万七千リーブル位はあるだろうか。
それをエルビラに炎で炙ってもらった。炎が当たっているところが溶け出すまで炙り、溶け出したら移動して四方から満遍なく熱を加える。
やがて全体が赤熱し、側にいるだけでジリジリと焦がされる感じがしてきた。
全体がオレンジ色に輝きだしたその鉄の塊に向かってウォルフはルーンを唱えた。

「《クリエイト・ファイヤーゴーレム》!」

それは『クリエイト・ゴーレム』とほぼ同じルーンだったが、働きかける魔力が土ではなく火というものだった。
勿論そんな魔法を使った者はいないし、ウォルフが自分でルーンを組み合わせて詠んだだけのもので、とうてい作用するとは思えない物だった。
しかし、そんなルーンに応え鉄の塊は変形を始め、人形を取る。
そのゴーレムが火の魔法で動いている事に気付いたのだろうか、エルビラは呆然としている。その目の前でゴーレムはウォルフの意志通りに様々なポーズを取った。

「ウウウウォルフ、あのゴーレムは火の魔法で動いているように思えるのですが」
「うん、オレの理論は正しそうだよ」
「理論って何ですか理論って!理論で魔法は働きませんよ!」
「母さんはそうなのかも知れないけど、動いてるじゃん、アレ」

 エルビラは暫くファイヤーゴーレムを見ていたが、何故か『ファイヤー・ボール』で攻撃し始めた。
普通、鋼鉄のゴーレムならばエルビラの『ファイヤー・ボール』に堪えられるのはせいぜい二発位だが、ウォルフのファイヤーゴーレムは何発食らおうがその輝きを増すだけだった。

「そんな、私の炎が効かないなんて・・・」
「やっぱり液体になってもオレの制御下から外れる気配はないな」

普通ゴーレムが溶けるほどに熱されると魔法の制御を離れてしまうものだが、ファイヤーゴーレムは温度が上がるほどにその動きに鋭さを増すようだった。
試しにバック転をさせてみると簡単にできた。重さ一万七千リーブルで温度が数千度、その上身軽に動くゴーレムの誕生である。
五メイル離れていてもジリジリと熱気が来る位である。人間などは触れただけで燃え上がってしまうだろうし、その戦闘能力はゴーレムとして世界最強と言っていいだろう。



 ウォルフが魔法を習い始めてからずっと考えていた事がある。火の魔法とはいったい何だ、と言う事である。

土の魔法は固体に作用する魔法。
水の魔法は液体に作用する魔法。
風の魔法は気体に作用する魔法。

では、火は?


 ヒントは水の精霊にもらった。
太古の昔から存在するという精霊がいつから存在しているのかを考えていた時に、その考えはウォルフの脳裏に浮かんだ。

"最初の精霊は何だったのか?"



 ウォルフは前世の記憶から惑星の生成過程を知っていたので、この星もかつて表面温度数千度の火の星だった事を確信していた。
そんな全ての生命が活動する事を許されないような環境でも存在出来る精霊が一つだけある。火の精霊だ。
水の精霊の一部である水の秘薬は温度を上げていくと蒸発し、元に戻る事はなかった。高温に弱いのだ。水の精霊以外の精霊に会ったことは無いが魔力素で言うなら火以外は高温になるとその効果が消える。
ウォルフの理論では最も小さな存在として魔力子があり、それらが集まって火・土・水・風の魔力素になり、それらが更に自我を持つ程に集まったものが精霊と言われる存在である。本質的に精霊と魔力素は同じ物である。
原始の惑星で、灼熱の星で、魔力素が、精霊が存在出来たとしたらそれは"火"以外には有り得ない。おそらくこの星はかつて火の魔力に溢れていたのだ。
土、水、風の魔力素や精霊が何時どのように現れたのかは分からない。
しかし、火の魔力素がこの星が冷えるのに従って土、水、風の魔力素に変化したと仮定すると、火は根源的にはそれらの特性を持っているのではないか、と考えこの実験を思いついたのだ。

 実験は成功した。
火の魔法でも固体の鉄をゴーレムにする事が出来たし、それが液体になっても制御を続ける事が出来た。元々熱した気体は操作出来るので、物質の三相全てを操る事が出来る事が分かったのだ。ただし高温下限定だが。
これで火の魔法とは高温下において全ての物質に作用する魔法であると言う事が出来る。常温下では高温の気体を発生させ操る事が出来るだけになってしまっているが、温度さえ上がれば火の魔法は万能の魔法といえるものだったのである。
ウォルフは嬉々としてエルビラに説明するが、彼女の反応はあまりパッとしなかった。

「でも、まずは温度を上げなくちゃならないのですよね?」
「そうだね、いきなりあのゴーレムは出せないな」
「だとすると一体どういう利点があるのでしょうか」
「うーん、ほら、火山で溶岩流が迫ってきてピンチ!って時にゴーレム作って止められるよ!」
「それは一生の内、何回位ある場面なのでしょうか・・・」
「・・・・・」
「確かに相手の土の壁を溶かしてそれをゴーレムにするとかは出来そうですが、そこまでしたら直接攻撃したほうが早そうです」
「・・・・何に使えるかなんて、そんなに重要な事じゃないのさ!知識を得て、それを積み重ねる事が大事なんだ!」

エルビラには不評だったがウォルフは嬉しかった。ずっと謎だった事が解けたのである。
自分の系統がどのような系統なのかを知る事が出来て、魔法をもっとうまく扱える様になる気がした。






[18851] 1-16    手合わせ
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:f1cb8877
Date: 2010/07/18 01:07



「「お爺様、お婆さま、皆様方お久しぶりにございます」」
「うむ、遠路よく来た。どうだ、二人とも魔法は上達したか?」
「僕はちょっとですが色々工夫するようになりました」
「精神力が多少増えましたので、それに伴い使える魔法が増えました」

 クリフォード、ウォルフの順に答える。ウォルフは多少とは言うが、火だけではなく風もトライアングルスペルを使える様になっていて、さらに分割思考の訓練の成果で魔法を三つまで同時使用をすることが出来るようになっていた。
分割思考に関しては風のメイジが覚えると『遍在』を創り出すことが出来るようになると思われるので、クリフォードにも教えていたがまだ出来るようにはなっていなかった。

「この滞在が有意義な物になるようにワシも優秀な教師を揃えておいた。明日会わせるから存分に学ぶが良い」
「「はい!ありがとうございます」」

一年ぶりのヤカの城であるが、どこも変わってはいない様だった。魔法を習うのは明日からと言うことなのでその日はティティアナと遊んで過ごした。

 そして翌日― クリフォードとウォルフは昨年魔法を使った中庭とは別のもっと広い裏庭へと連れて行かれた。
そこにいたのは五十台と三十台と見られる男性メイジが二人と十代か二十代と思われる女性メイジが一人だった。

「紹介しよう。今回お前達の教師を務める者達だ。左から順にモイセス、土のスクウェアだ」

軽く会釈をするのを見て紹介を続ける。

「そしてサムエル、風のトライアングルだ。最後がパトリシア水のスクウェアだ。皆優秀なメイジだから何か聞きたいことがあったらどんどん質問するが良い」
「はい!あの、サムエル先生は『遍在』を使えますか?」

ウォルフが手を挙げ質問すると、サムエルが口の横に長く伸びたひげをしごきながら答えた。

「おや、『遍在』を知っているのかい、勉強熱心な子供だね。残念ながらあれはスクウェアスペルだからね、トライアングルの僕には使えないんだ」
「そうですか・・・昨年お爺様にいただいた本にスクウェアでなくても『遍在』が使える可能性について記してあった物ですから聞いてみたのですが」
「ふむ、何という本にそんなことが書いてあったのですか?」
「"バルベルデの実用・風魔法"です」
「ああ、あの本は変な理屈を捏ねすぎて、実用という割には理解しにくいという評判の本です。あまり一つの本を鵜呑みにしないことですな」

やはり髭をしごきながら答えるサムエルに、ウォルフはこいつに教わることは何もないんじゃないかと感じた。

「あの、えっとパトリシア先生は独身ですか?」

つづいてクリフォードがもじもじと切り出した。クリフォード十一歳、綺麗なお姉さんが好きらしい。

「ええ、そうよ。クリフォードもいい人がいたら紹介して下さいね」
「いえ、そのあの・・はい」

にっこりと笑いかけられてデレデレになるクリフォード。マチルダのことは良いのか。
そんなクリフォードを横目で見ながらウォルフが話を進める。ウォルフはここ三日魔力の使い切りをしていなかったので魔法を使いたくてうずうずしていた。

「それでお爺様、今日はこれからどんなことをするのですか?」
「うむ、今日は顔見せなので全員に来てもらったが、明日からはワシを含めた四人で一人ずつ一対一で教えることにする。ワシ等は隔日になるな」
「はい、分かりました。じゃあ私は今日は誰と?出来れば苦手な水魔法を教わりたいのですが」
「あ、お前ずるいぞ!俺もパトリシア先生が良い!」

ウォルフは今まで水魔法をカールとニコラスという水メイジ以外からしか教わったことはなかったので、一度本職に教わりたいと思っていた。クリフォードのせいで微妙な雰囲気になってしまったが。

「ウォルフ、お前はちと特殊だからな、今日はお前のことを他の者達にも見せねばならん。まずはワシと手合わせだ」
「分かりました。じゃあ、兄さんは好きなだけパトリシア先生に教わると良いよ」
「お、おう」

 裏庭の中央に進み出たフアンと十五メイル程離れて対峙する。
他の教師は二人から十メイル程離れて立っていたが、クリフォードだけは二十メイル以上離れた場所に移動した。

「あー、三人ともクリフの辺りまで下がってくれ。それとウォルフ!まわりの壁は鋼鉄で作り直してあるし強化もしっかり掛けてある。遠慮はいらん!思い切って掛かってこい!」
「はい!いきます・・・《フレイム・ボール》!」

 痛いし疲れるしで戦闘訓練はあまり好きではなかったが、そうも言ってられないので軽く攻撃してみる。まあ、魔法を思いっきり撃つのはちょっとトリガーハッピーになって気持ちいいのだが。
『フレイム・ボール』は昨年も使ったヤツだが去年よりもより小さくて速く、威力も増している。

「ぬう!《炎壁》!ふんっ!来ると分かっていればいかに速くとも対処は出来るわ!《ファイヤーボール》!」

炎の壁を斜めに張り、ウォルフの攻撃をはねのけると巨大な『ファイヤー・ボール』で即座に反撃してきた。

「《フライ》!」

 さすがはスクウェアと言える攻撃を『フライ』で躱すとそのまま空中にとどまった。
普通のメイジは魔法を同時に使えないので『フライ』で飛んでる間は攻撃が出来ない。フアンもそれを知っているのでウォルフを降ろさぬよう次々に攻撃を仕掛ける。
それは端から見て孫に対する魔法にはとても見えないすさまじい物だった。

「おい、ちょっとあれ大丈夫なのか?」
「いや、確かに最初の攻撃は六歳とは思えない物だったけどアレじゃいずれ・・・・」
「止めた方が良いんじゃないですか?・・・あれ一個でも当たればあんな小さい子大怪我じゃすみませんよ」

 鬼気迫る様子で魔法を連発するフアンとそれを上空で躱し続けるウォルフを見ながらこそこそと教師達が相談するが、その二人の間に割って入る度胸のある者はいなかった。
せっかくの訓練だからと暫く躱すことに専念していたウォルフであったが、そろそろ反撃することにした。ウォルフは飛びながら攻撃が出来るのだし、そして何よりも今は魔力が漲っていた。
一向に降りてこようとしないウォルフを訝しがってフアンが一瞬攻撃を途切れさせた隙に、ウォルフは攻撃スペルを唱えた。

「躱してね?・・《フレイム・バルカン》!」

空中に浮かぶウォルフのまわりに小さな炎の輪が十以上も浮かび、それらが次々にフアンに向かって飛んでいく。
ウォルフオリジナルの『フレイム・ボール』改良型で一秒間に十以上の炎の輪を連射し続けられるという代物であった。

「《炎壁》!ぬおおおおおおお!」

フアンはしゃがみ込んで投影面積を減らし、小さい分強度を上げた『炎壁』を斜めにしてひたすら耐える。
その壁から覗く目は隙を見て反撃をしようとウォルフを狙っており、ウォルフからの攻撃が全部自分から二メイル程の地面に集中して着弾していることも、その地面が赤熱していることも気付かなかった。

「《ウォーター・ドラゴン》!」

炎の攻撃を続けながらウォルフが呪文により竜の形をした水が高速でフアンに襲いかかる。
これも『水の鞭』を改良したオリジナル魔法で十分な体積を持った水を高速で送ることに適していた。
そしてその竜はフアンの『炎壁』に当たると蒸気を発しながら進路を逸らされ、フアンの後方、赤熱した地面の真ん中に激突した。

「ぐあっ!!」

瞬間、地面が爆発しフアンは前方に大きく吹き飛ばされた。水蒸気爆発である。
フアンは杖も吹き飛んでしまったし、気絶しているようだ。

「《ウォーター・ドラゴン》」

同じ魔法を今度はフアンの体を冷やすためにぶつける。かなり火傷をしてしまっているみたいだし、早く冷やすことが必要だ。
そのまま水浸しのフアンの元に降りると『ヒーリング』をかける。

「パトリシア先生!治療をお願いします!」
「は・・はい!」

 呆然としていた三人が慌てて走り寄ってくる。
治療を三人に任せるとウォルフは水の秘薬を取りに部屋へ帰った。昨年精霊に貰ったのが少し研究に使っただけで残っていたので持ってきていた。
その後ろ姿を眺めながら三人はなおも今見たことが信じられない気持ちだった。
たしかに天才児だとは聞いていた。あのオルレアン公を凌ぐ才能だとも。
しかしそんなことはちょっと才能のある孫を持った祖父ならば、誰もが言うようなことなのだ。いちいち本気で聞いていられなかった。
高名な火のスクウェアメイジであるフアン・フランシスコ・デ・ラ・クルスが一蹴されたのだ、もし模擬戦をしたとしても自分たちが戦って勝てるとも思えなかった。

「パトリシア先生!これを使って下さい」
「これは、水の秘薬。よくこんなに・・・大丈夫よ、これを少し使えばこんな怪我はすぐ治るわ」
「お願いします」

 パトリシアは受け取った水の秘薬を少量フアンの口に含ませると再び『ヒーリング』を唱える。
ウォルフにとっては初めて見る水のスクウェアの治療なので興味津々に見ていたが、その目の前でフアンの火傷や打撲、擦過傷などが見る見る消えていった。
暫くするとうめき声を上げフアンが目を覚ました。

「うーむ、何だ?耳鳴りが非道いわい」
「あ、耳もですね?《ヒーリング》」
「お、おお、治まった」

 一頻り首を振っていたフアンが周りを見回す。
最初事態が分からなかったみたいだが、すぐに思い出すと顔を歪めた。

「むう、ワシともあろう者が孫に後れを取るとは・・・ウォルフ!最後の魔法は何じゃ、何故爆発した」
「えーと、あれは火の魔法を連発することで地面を高温に熱してそこに大量の水をぶつけたのです。その水が爆発するように一気に蒸発したのであんな風になりました。それで、大丈夫ですか?お爺様」
「ふん、水のスクウェアメイジがおるんだ多少の怪我なら心配いらんわい。しかし最初から嵌められていたとは・・・水の蒸発だけであんな爆発になるのか・・・」

ブツブツと呟いているフアンにパトリシアが告げる。

「いえ、ウォルフ様が水の秘薬を持ってこられなかったら、こんなに早くは治りませんでした」
「ん?水の秘薬だと?ウォルフどこから持ってきた」
「昨年ラグドリアン湖に行った折りに水の精霊がくれました。今まであまり使うことはなかったけど念のため持ってきて良かったです」
「「くれた?!」」

フアンとパトリシアがハモった。
水の秘薬はとても高価で、水の精霊との交渉役のいるトリステインならまだしも、ここガリアでは中々手に入りにくかった。

「水の精霊は滅多に人前には現れないで、唯一の例外がトリステインの交渉役だけです。人の心など簡単に狂わしてしまう恐ろしい存在と聞いていますが、くれたとはどういう事なのでしょうか」
「そうだ、ワシも水の精霊が一個人と取引をしたなど初耳だ。どういうことだ、詳しく話せ」
「いえ、取引とかじゃなくって、ただくれただけです。ラグドリアン湖の水が普通の水とは違うのに気付いたので、採取して調べてたら湖から出てきて、それならこれやるって湖の一番深いところの水と一緒にくれたんです」
「そんな話聞いたことない・・・」
「ワシもだ」
「でも気の良い精霊でしたよ?よく考えたら人間から精霊に提供出来る物なんてほとんど無いはずなのに、いつもトリステインは水の秘薬をもらっているわけですから、本当は気前の良い精霊なんだと思いますね」
「「・・・・・・」」

「まあ、秘薬のことは良い。とにかくあの爆発は狙ってやったのだな?」
「はい、お爺様の防ぎ方を見て出来るかな、と。弾幕でお爺様を釘付けにして、そちらに注意を向けさせて不意を突きました」
「うむ、見事に食らったわ。それとお主二つ以上の魔法を同時行使出来るな、なぜだ?」
「昨年お爺様にいただいた"バルベルデの実用・風魔法"にそのヒントが書いてありましたので、自分で更に研究して実践しました」
「ぬう、あれにそんなことが書いてあったのか」

 余談だがこの数年後ガリアでバルベルデの名声が飛躍的に上がった。
おかげでウォルフの持っている本やマチルダにおみやげとして買って帰った本はバルベルデオリジナルの初版本だったので、ものすごいお宝アイテムとなった。

 ともかくそんな感じの荒れた初顔合わせだったのだがここで問題が生じた。
土のモイセスと風のサムエルが教師を降りると言い出したのだ。

「なんだと?ワシの孫には教えることが出来んと、そう言うのか?」

しゅわーっとフアンのまわりの温度が上がり、その体から先程あびた水が水蒸気になって立ち上る。

「い、いえ、そういうわけではありません。お孫さんはあまりにも優秀なため非才な我らが教えられるようなことは何もないでしょうと、こう申しているのです」
「その通り!私めも一目でこれは物が違うと思った次第でございますよ」

何か最初の態度とはあまりにも違う態度だが、彼らは本当にウォルフを教えたくなかったのだ。
彼らのような高位のメイジは総じてプライドが高い。六歳児にのされるかも知れない仕事など絶対にやりたくない事であった。
彼らはウォルフの攻撃を受けた地面がぐらぐらと煮立つのを見ていたし、高速で飛行しながら魔法を放つウォルフの攻撃を躱す見込みもなかった。あれでは竜騎士を相手にするような物ではないか。

「貴様等の紹介所にはずいぶんと金を払っておるんだが、それはどうしてくれるんだ?」
「いえ、それはその、紹介所と相談していただくと言うことで・・・」

私たちも、その、リュティスから来てるわけですし・・・などと言葉を濁す二人をフアンは見限った。
こんなカスどもに孫を教えさせるわけにはいかん、ということで新しい教師を捜すことに決めた。

「ふん、まあ金のことは今は良い、紹介所に苦情を入れることにするわ。その代わり帰る前にワシと手合わせをしてもらおうか。土と風のメイジの戦い方も孫達に見せておきたいでな」
「いや、しかしラ・クルス様も今戦ったばかりでお疲れでしょうし・・・」
「かまわん。そんな心配をしてくれるのなら二人同時でも良いぞ、その方が早く終わろう」
「二人一緒、ですか・・」

チラチラと二人で視線を交差させる。尻込みしていたのが挑発されてその気になってきたようだ。

「まあ、確かにその方が早く終わりそうですな。いいでしょう、二人でお相手しましょう」
「おう、優秀なメイジということで雇ったんだからな、少しはそれらしいところを見せてくれ」

すぐにでも始めてしまいそうな雰囲気になったので、ウォルフ達は急いでその場を離れる。

「ではお先に失礼して・・・《エア・カッター》!」
「私も・・・《クリエイト・ゴーレム》!」
「ふん、《ファイヤー・ボール》ウォルフ!風魔法の欠点は何だ?」

『ファイヤー・ボール』で攻撃をはたき落としながらフアンが聞く。体の周りに炎の玉を十ヶ程も浮かべ、それで順次近づく魔法を迎撃している。
サムエルとモイセスは様々な魔法でフアンを攻撃するが、全て『ファイヤー・ボール』で落とされ、鋼鉄製のゴーレムも炎の弾を三つくらい浴びると腕が溶けて落ちた。

「物理的質量の小ささでしょうか。鋭くはあれど軽い攻撃ですので、物理的強度の高い防御を抜くことは困難ですし、『エア・シールド』の強度はそれ程高いとは言えません」
「うむ、その通りだ!《ファイヤー・ボール》!だから風メイジとの戦い方は決まっておる《ファイヤー・ボール》!圧倒的な物量で、押し切るのだ!《ファイヤー・ボール》!」

ぬんっ、と気合いを入れると二十ヶ程浮かべた炎の玉を次々にサムエルに撃ち込む。

「うわあっ《エア・シールド》!ぐうう、うわあああああ」

暫くは堪えていたが、耐えきれずに炎に包まれ吹き飛ばされた。
あわててパトリシアが治療に向かう。

「ふん、次だ・・・クリフ!土魔法の欠点は?」
「ええと、スピードの遅さと、攻撃のバリエーションの少なさ、でしょうか」
「そうだ!そして《ファイヤー・ボール》一番厄介なのはこの『ゴーレム』だが、こんなものには構わず本人を攻撃するのが一番だ《フレイム・ボール》!」
「うわああああああ」

迫ってくるゴーレムに一撃を食らわせ転倒させると、その横を歳に似合わぬ素早さで駆け抜けモイセスに攻撃を仕掛けた。
モイセスは『土の壁』の陰に隠れていたわけだが『フレイム・ボール』の連射を受けて『土の壁』は溶融、直後に火達磨にされてしまった。
結局力押しだよなあ、と思いながらウォルフはモイセスの治療に向かう。本気になったフアンの戦い方は圧倒的な魔力をそのまま叩き付ける様な攻撃で、ウォルフには手加減をしていたのがよく分かった。
結構良い感じに焦げている二人に水の秘薬を使って治療を施そうとしたのだが、フアンに止められてしまった。

「こやつらにそんなモンを使ってやる必要はない!優秀なメイジ、らしいからな自分で治すだろう」
「でも、この辺とか秘薬がないと綺麗にはならないと思うのですが・・・」
「いらんと言うとろうが」

結局フアンが許すことはなかったが、ウォルフは隠れてちょこっと秘薬を使い、一番ひどいところだけは治しておいた。
二人は歩けるまでに回復するとウォルフのことを話すことを禁じられた上で城から放り出された。二人とも言われなくても六歳児から逃げ出したなどと人に言うつもりはなかったし、誰かに話しても信じてもらえるとは思えなかった。

 その夜家族全員が集まっての夕食時、教師二人に逃げられたというのにフアンの機嫌は良く、楽しそうにグラスを空けていた。
このハルケギニアでは魔法の素養が高いと言う事には大きな意味がある。ウォルフの様な孫が出来た事は貴族として何よりも喜ばしい事だった。

「いやしかしウォルフには恐れ入ったわ、まさかこのワシが六歳の孫にのされようとは!はっはっはっ」
「本当なのかい?僕にはとても信じられないよ」

伯父のレアンドロがウォルフとフアンを見比べながらウォルフに尋ねる。

「はい、でもお爺様は攻撃を手加減して下さっていたようですし、そこに私の奇襲が決まった、っていう感じです」
「その奇襲が決まるっていうのが信じられないんだよ・・・」
「わっはっはっレアンドロ、ウォルフをお前の常識で見てはいかん。ワシを吹き飛ばしたのは水魔法だぞ、そんな火メイジ聞いたこと無いわ」

水が爆発するなんて誰が思う、と一頻り楽しそうにしていたフアンであったがふと、真顔になって言った。

「ふむ、しかし困ったな。二人も教師に逃げられてしまっては明日からの授業をどうするべきか・・・ウォルフに火の魔法を教えることはあまり無さそうだからパトリシアに任せて、ワシはずっとクリフと一対一か?」

ええっ!?と青ざめるクリフォードには気付かずに続ける。

「ふむ、それも何だから明日リュティスに新しい教師を探しに行くか。ウォルフ、何か希望はあるか?」
「どんな教師がいいかって事ですか?それなら、うーん、『遍在』を使える人が良いです」
「とすると風のスクウェアか。うーむ、探しては見るが・・・クリフは何かあるか?」

綺麗なお姉さんが良いです。とはまさか言えず、特に無いと答えておいた。

「ウォルフ兄様、お爺様と喧嘩したの?」
「喧嘩じゃないよ、ティティ。手合わせをしてもらったんだ」
「手合わせ?お爺様と手合わせをしたのに泣いてないの?」
「お爺様は優しいからね、手加減してくれたんだ」
「ふーん、ティティも手合わせしたい!」
「結構痛かったりするよ?ティティにはまだ早いかな」
「だからお父様いつも泣いているんだ・・・」

レアンドロはまた泣きそうになったが、何とか堪えることが出来た。



[18851] 1-17    オルレアン公シャルル
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:f1cb8877
Date: 2010/07/18 01:08
 翌日ガリアの首都リュティスの街に難しい顔をして歩くフアンがいた。

 朝一で風竜を駆り、千リーグもの距離を飛びここリュティスまでやってきていた。レベルの低い家庭教師なら地方でも手配可能だが、高位のメイジを雇うのなら首都が一番なのだ。
まず家庭教師の紹介所に行くとウォルフから逃げ出した教師達、モイセスとサムエルについて苦情を言い、怒鳴りつけ、燃やしかけ、新しい教師の派遣を迫った。
特にモイセスは魔法道具に詳しいと言うこともあって高額の支度金を払っているので、早急に代わりを用意してもらわないと納得出来ない。
しかし、フアンの出す条件が厳しいこともあって返事は芳しくなく、取りあえず探すようにだけ言い付けて自分は王城へ挨拶に向かった。

 浮かない気分の儘ヴェルサルテイル宮殿にて王や宰相に謁見をすませ、風竜の元へ戻ろうとするフアンに声をかける人物がいた。

「やあこれは珍しい、ラ・クルス伯爵ではありませんか」

さわやかな笑顔で話し掛けてくるこの人物こそガリアの王子オルレアン公シャルルであった。
王太子であるジョゼフに比べ圧倒的な魔法の才を有し、明るくさわやかな人柄と高潔で公正な人格で人々の尊敬を集め、ジョゼフをさしおいて次期王に目されている程の人物だ。
フアンはシャルルが子供の頃家庭教師をしていたこともあって、彼が才能だけの人ではなく、大変な努力家であることを知っていた。

「これはオルレアン公、お久しぶりにございます」
「や、堅いですね先生。昔のようにシャルルとお呼び下さい。どうかしたのですか?難しい顔をしておられましたが」
「あー、シャルル様。いや全く私事でして、孫の魔法の事でちょっと困っていただけです」
「お孫さんというと、確かうちのシャルロットと同い年ではありませんでしたか?まだ魔法で困る年齢でもないと思うのですが・・」
「いえ、その孫ではなくてアルビオンに行ったエルビラの息子達が帰ってきておりましてな、そっちのことです」
「ほう、あのエルビラ殿の息子さんですか、それは優秀そうに思えますが、何か問題でも?」
「ふーっ・・・・兄の方は何も問題はないのです。もう少しでラインになれそうなのですが年相応に優秀と言いましょうか、十一歳として普通の魔法を使います」
「では問題があるのは下の子のほうですか。いくつなんです?」
「六歳です。この年ですでに火のトライアングルでして、昨日は私ものされました」
「ええっ?」

シャルルは目を丸くして絶句した。天才児と呼ばれた自分でさえトライアングルになったのは九歳の時である。六歳でそのようになれるかなど想像も出来ないし、何よりラ・クルス伯爵をのしたというのが信じられなかった。
今戦ってみて負けるとは思えないが、子供の頃はスクウェアになった後も結局敵わなかった相手なのだ。

「エルビラの所は貧乏ですから、こちらで優秀な教師を用意してやろうと思いましてな。三人程集めたのですが、私がのされるのを見て二人が怖じ気づいて逃げまして、代わりを探しているところです」
「ど、どの程度の教師を揃えたのですか?」
「土のスクウェアと風のトライアングルです。残ったのは水のスクウェアですが、ウォルフが、ああ、その弟のことですが、『遍在』を使える教師を希望していまして中々見つかりません」
「『遍在』ですか・・・六歳児が・・・」

どうも話を聞く程に正気を疑いたくなってくるが、ラ・クルス伯爵は至ってまじめのようである。
普通に考えれば六歳児が『遍在』を習いたがっていることも異常なら、それを聞いてかなえてやろうと走り回る祖父も異常である。
六歳と言えば娘のシャルロットと一つしか違わない。まだまだ無邪気で可愛い盛りの娘と一つしか違わない様な子供が『遍在』だなどと冗談としか思えなかった。
考え込んでいると視線を感じ、ふと目を上げるとラ・クルス伯爵がのぞき込んでいた。

「な、なにか?」
「そういえば・・・シャルル様はいつ頃自領にお帰りになりますか?」
「来週の予定ですが、それが・・・」
「シャルロット様もそろそろ同い年の友人がいた方がよろしいのではないでしょうか、うちのティティアナはとても優しい子でいい友人になれることと思いますよ。ちょっと遠回りになりますが、お帰りになる途中で数日我が領にお寄りになってはいかがでしょうか、領を挙げて歓迎いたします」
「しかし、そんな急に言われても・・・」
「来週のことです、まだ日にちがあります。何、すぐ近所ですし竜籠なら大して変わりませんよ。是非、奥様とも相談して頂いてお返事下さい。・・・ついでにちょっとで構いませんのでうちのウォルフのことを見ていただけると嬉しいのですが」
「はあ・・・」

ゴリゴリと押してくるフアンに若干引き気味になりながらも、シャルルは悪い話ではないと考えていた。
確かにシャルロットには友達がいた方が良いだろうし、ラ・クルス伯爵の孫娘ならば申し分ない。娘のエルビラも竹を割ったような気持ちの良い性格をしていた。
最近は自領に引っ込んであまり王宮には来なくなったが、依然としてガリア西部で影響力の強いラ・クルス伯爵である。彼の一族と親交を深め、それを対外的にアピールすることはメリットが多かった。
それに自分自身がすでにその天才児に興味を持っていた。自分は兄を超えるために必死に努力をして魔法を磨いた物だが、その彼は一体何を考えているのだろうか。
周りから天才児ともてはやされて天狗になっているのだろうか、それとも自分と同じように、そんな中でもなにか劣等感に押しつぶされそうになっていたりするのか。

「良いでしょう、先生。来週ユルの曜日に家族共々竜籠で向かいます。二三日お世話になりますのでよろしくお願いします」
「おお!それは重畳。全力で歓迎しますので、お気を付けてお越し下さい」

満面の笑みで握手をされる。教師を確保出来たことがよほど嬉しいのだろう。
大国ガリアの王子である自分をただの家庭教師扱いする恩師に苦笑を漏らしてしまうが、追従ばかりの宮殿にいる身としてはいっそ心地よい。

「ふふ、私もウォルフ君に会えるのを楽しみにしていますから、よろしくお伝え下さい」



 その頃ウォルフ達は水魔法を習っていた。今日と明日はカールが居ないのでパトリシアが一人で二人を教え、今は人体内の水の流れについて講義をしている。サラとともにカールの授業を受けてきたウォルフには既知のことであったがクリフォードにとっては初めてのことなので大人しく一緒に聞いていた。

「・・・このように、血液は人間の体の中を絶え間なく流れているのです。例えば、腕に流れる血液を完全に止めてしまうとあっという間に腕は腐って死んでしまいます。人間が生きている、ということは水が流れているということなのです。分かりましたかぁ?」
「はい!先生」
「あら?ウォルフにはちょっと退屈だったかしら?」

元気に返事をしたクリフォードに対して眠そうにしていたウォルフを見とがめる。

「あー、はい。ここら辺はカール先生に習ったことがあるので・・・」
「あら、じゃあこの後『ヒーリング』を教えようと思っていたんだけど、やったことある?」
「はい、ちょっと前に習いました」
「じゃあやってもらおうかしら。『ヒーリング』は人間の持っている自然の治癒力に働きかける魔法よ。体内の水に働きかけて治癒を促すの」

そういってナイフを取り出すと自分の手のひらを薄く切り、ウォルフに治すように促す。パトリシアは痛覚をコントロールしているので痛がるそぶりはない。
ウォルフはこういった綺麗な傷を治すのは得意だった。火傷や擦過傷などの広範な傷だと皮膚が再生するイメージがまだ掴みにくいので少し手間取るが、この傷のように切り離された組織を繋ぐだけのような場合は簡単に治すことが出来るのだ。

「はーい、治しますよー《ヒーリング》」

パトリシアの手を取り傷を両側から押して傷口を閉じると呪文を唱え、傷を癒す。
血液が体外に流れ出ないように制御しながら血液の流れを良くして再生に必要な物質を送り込み、傷ついた細胞を修復していく。最後に再生した細胞を周りの細胞に馴らして治療完了である。

「あら、綺麗に治すわねー。これなら合格よ、へたくそだったら自分でやり直そうと思っていたけど、これなら必要ないわ」
「ありがとうございます」
「じゃあ次、クリフね?同じようにやってみて」
「はい!」

また同じように傷を付けてクリフォードの前に手を差し出すが、クリフォードがいくら呪文を唱えても治る気配はなかった。

「治らないわね?なんでこんな簡単なことが出来ないのかしら・・・」
「先生、兄さんは風メイジなんだから、水の扱いを教えなかったら治る道理はないと思うのですが・・・」
「あら?そういえばクリフは水魔法習うの初めてだったわね。ウォルフが簡単に治すから先生勘違いしちゃったわ」

そういうと自分で傷を治し、『凝縮』から教えるのだった。



 翌日の夕食時、一昨日よりも更に機嫌の良いフアンがウォルフに切り出した。

「ウォルフよ、喜べ。オルレアン公がお前を教えるために我が領へ寄って下さることになったぞ」
「ぶっ!・・・オルレアン公ってガリアの王族じゃないですか!」

王族も王族、王位継承権こそ第二位だが、多くの貴族や国民が次王へと期待している人物である。

「本当でございますか父上!本当なら受け入れる準備が色々と必要になりますが」
「もちろん本当だ。来週のユルの曜日に御家族揃って竜籠でお越しになる。レアンドロ、お前を歓迎の責任者に任ずる。必要な物、人員の手配は任せた、しっかりやれよ」
「ら、来週ですか・・・かしこまりました。直ちに準備に入ります」

そう言うとレアンドロは食事途中にもかかわらず出て行ってしまった。

「ふん、せっかちなヤツよ。それにしてもウォルフよお前でも驚くこともあるんだな。ワッハッハッ何を驚くことがある、お前が望んだ『遍在』が使えるメイジだぞ!喜べ!ワッハッハッ」
「いや、私なんかを教えにガリアの王族が来るなんて聞いたら驚きますって。『遍在』が使えるからって何でいきなりそんな大物に」
「まあ、それだけが目的じゃないがな。オルレアン公の息女、シャルロット様というのだがティティアナと同い年でな、友達にどうかと誘ってみたんだ」
「ああ、それなら・・いや・・・うーん」
「ティティの友達?」

急に自分の名前が出たのでティティアナが口を挟む。

「ああ、シャルロット様と言うんだ。同い年だからな、仲良くするんだぞ」
「うん!やさしい子だといいな・・」
「心配いらん、シャルロット様は大変お心の優しい子だと評判だ。あとウォルフ、オルレアン公はお前にも興味を持たれたようだ。しっかりと応対するのだぞ」
「興味って・・なんて伝わっているんですか?」
「ん?六歳にしてスクウェアの爺を倒す、期待の孫だと自慢しといたわ」

ワッハッハッと楽しげに笑うフアンに対し、どんどん大きくなる事態に戸惑ったウォルフは苦笑いを浮かべるしかできなかった。



 それからの一週間は魔法漬けになった。シャルル様に無様なところは見せられん、ということでウォルフはフアンに徹底的に鍛えられた。

 さすがに最初から本気のフアンは付け入る隙を見せず、圧倒的な魔力量で押してくる。
力押しのフアンに対してウォルフが技術で対抗する、という構図でいつも時間切れまで魔法を撃ち合った。
なるべく隠し技は使わないようにしていたので、使ったのは『マグネシウム・ブレッド』というオリジナル魔法だけだったが、何とか対等に渡り合い、フアンの攻撃を凌ぎきった。
この魔法は追い詰められたときに目くらましに使った。土の魔法『ブレッド』の変形で、マグネシウムの粉末と酸化剤を大きめの弾丸の形に固めて打ち出す魔法である。
ほっといても燃え出す代物ではあるが、ご丁寧にもフアンが炎の玉で迎撃してくれたのでその瞬間に激しい閃光を放ちフアンの視界を奪ってくれたのである。
フアンは祖父の意地として一度はウォルフを燃やしたいらしくムキになっていたが、一番追い詰めたときに『マグネシウム・ブレッド』で逃げられてしまい、燃やしそびれて悔しそうにしていた。非道い祖父である。
時折覗きに来るレアンドロや家臣等は、本当に六歳児がフアンと対等に渡り合っているのを見て目を丸くして驚いていた。
魔力量は明らかにフアンの方が多い事は見ていても分かるので、それでも飄々として撃ち合っているウォルフに涙を流して感動する者もいる程であった。
家臣の間でのウォルフの人気は鰻登りで、元々エルビラの息子と言うことで丁寧な扱いではあったのだが、今や貴人に対するような対応である。

 クリフォードはほぼずっとパトリシアにマンツーマンで個人授業をしてもらっていて、とても幸せであった。
いまや『凝縮』から『ヒーリング』、『水の鞭』まで使えるようになり、風から水へとクラスチェンジ出来ちゃうかな、などと考えていた。

「明日は何の授業かなあ・・・また杖の振り方教えてくれるかなあ・・・」

パトリシアの柔らかい体に後ろから抱きかかえられて杖の振り方を教えられたときのことを回想するクリフォード。
オルレアン公が来たらフアンの猛特訓が全て自分に向けられることに、まだ彼は気付いていなかった。



[18851] 1-18    最強の風
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:f1cb8877
Date: 2010/07/18 01:09
 ユルの曜日ラ・クルス領ヤカの街はお祭り騒ぎになった。

 街道にはガリア王家の旗とラ・クルス家の旗にオルレアン公家の旗が並び、楽団が街を練り歩いて音楽を演奏した。
城の倉を開け小麦とワインを配り、直営農場の牛を丸焼きにして振るまったので、人々は街の広場に繰り出し飲んで唄い踊った。
やがてオルレアン公家の竜籠が見えると祭りは最高潮に達し、人々は小旗を振り祝砲が大空に鳴り響く。
それを城から眺めていたウォルフだったが、彼は感心していた。

「レアンドロ伯父さん結構やるじゃん、これ以上なく歓迎の雰囲気が出ているよ」
「だからウォルフ、なんでお前は俺たちの伯父上にまでそんな上から目線で物が言えるんだ」

ウォルフは独り言のつもりだったが、横からクリフォードの突っこみが入った。

「だってほら、レアンドラ伯父さんってちょっと頼りないムードがあるじゃん。こんなに実務能力が高いなんて初めて知ったよ」
「まあ、確かに良い雰囲気だけどね」
「あのオルレアン公家の旗をこの短期間にあれだけ揃えるだけでも相当大変だろうし、倉を開放する決断力、そしてこれだけの組織をスムースに動かす統率力。どれを取っても大変な物だよ。ラ・クルス伯爵家は当面安泰だね」
「ふーん」

クリフォードにはよく分からないようであったが、周りで聞いていた家臣達はうんうんと頷いていた。
自分が尊敬する人物に主君を褒められることは嬉しいことである。
そうなのだ、自分たちの主君になる人はちょっと情けないだけで、決して無能なわけではないのだ。

 そうこうしているうちにヤカの町の上空をゆっくりと飛んできた竜籠が城に降り、籠が開いて中から青髪の美丈夫が出てきた。オルレアン公シャルルである。
わあっと家臣の間から大きな歓声が上がる中、妻とその娘も続けて出てくる。どちらもやはり青い髪だ。

「やあ先生、誘いを受けて参りました。温かい歓迎に感謝します」
「ヤカの街へようこそ!シャルル様。どうか寛いで楽しい時をお過ごし下さい」

暫くそれぞれ挨拶が続き、漸くウォルフとクリフォードが呼ばれた。

「シャルル様、こちらが話しておりましたエルビラの息子達で兄がクリフォード、そして弟がウォルフです」
「初めまして、シャルル様。クリフォード・マイケル・ライエ・ド・モルガンです」
「初めまして、ウォルフ・ライエ・ド・モルガンです。よろしくお願いします」
「やあ、初めまして。僕はシャルルだよ。ここにいる間はただのシャルルで過ごそうと思うんだ」

緊張の中何とか初顔合わせをすませたのであった。



「はー、シャルル様すてきだったわねー・・・あんな近くで初めて拝見したわ」
「拝見って、パティ先生シャルル様は物じゃないんだから」
「ふーんパティ先生はああいうのが良いんだ・・・」

 夕食までの短い間をウォルフとクリフ、パトリシアの三人でお茶をしていた。
この後はパーティーで近隣から貴族が集まってきている。今日ここに来るのがほぼラ・クルス派と考えて良い勢力である。
ちなみにフアンはパーティーに参加する貴族に対して、シャルルの負担を減らすためパーティー以外での面会を求めたりしないように言い渡していた。自分は孫の面倒を見させようとして呼んだ割には良い態度である。

「パーティーでアタックして愛人狙っちゃえば?パティ先生結構いけてるし、目はあると思うよ」
「えー、私なんかが、そんな・・・」
「お前、先生に碌でもないこと吹き込んでんじゃねーよ!」

パトリシアは頬に両手を当てて、いやンいやンと体をくねらせているが結構その気がありそうだ。
ほんわーっとピンクの靄が掛かった様子のパトリシアにクリフォードは気が気じゃないようである。

「あー、やっと見つけたー。リフ兄、ウォル兄こんなとこにいたんだ」

そこにティティアナが現れ、声を掛けた。青い色の髪の毛をした小柄な少女を後ろに連れている。

「おうティティ、あれ、シャルロット様かい?もう友達になったの?」
「うん、シャルロットより私の方が三ヶ月お姉さんなんだよ。ほらシャルロット、挨拶」
「う、うん。シャルロット・エレーヌ・オルレアン、五歳でちっ・・・・」
「あ、噛んだ」
「噛んだな」
「・・・・」

涙目でこちらを上目遣いに見る幼女。まさに萌えではあるが、今は泣き出さないようにフォローが必要であろう。

「やあ、シャルロット様。あらためましてだけどオレはウォルフ、六歳だよ。そっちが兄のクリフォード十一歳、よろしくね?」
「・・・うん」

泣き出さずにはすんだようだ。舌は大丈夫?と尋ねるとチロッと出して見せた。赤くはなっているが出血はしていなかった。

「ウォル兄達何の話をしていたの?」
「パティ先生がシャルル様の愛人になれる可能性について検討しておりました」
「ちょちょっとウォルフ、君何言い出してんのよ!そんなこと話してなんかいないからね?」

いきなりシャルルの娘の前で暴露され、全力で否定するパトリシアだったが、シャルロットの目は彼女の頬が赤く染まっているのを見逃さなかった。
パトリシアの前に進み出てキッと睨みつける。

「な、何?・・・」
「愛人、ダメ、絶対」

五歳児に心底軽蔑した目で睨みつけられ、がっくりと両手をついて倒れ込んでしまうパトリシアだった。
さすがにそんなパトリシアを哀れに思ったウォルフがフォローする。

「あの、シャルロット様、パティ先生もそんな、本気で愛人になりたいって言ってたわけじゃないんだよ。女の子が物語の中の王子様と結ばれたいっていうような淡い思いだったわけだから、そんなに怒らないであげてくれるかな」

目を見つめて、わかる?と尋ねるとこくりと頷いてパトリシアの方に向き直り「許す」とだけ言った。
そしてまたウォルフに向き直り、「シャルロット」と言う。

「え?何のこと?」
「シャルロットって呼んで?」
「ああ・・・分かったよ、シャルロット。・・・これでいい?」
「うん、私もウォルフって呼ぶね!」

ニコッと人懐こく笑ってくる。王族と言ってもシャルロットは人懐こい普通の子供だったのですぐに仲良くなれた。
パーティーではウォルフは食べまくった。ガリアに来てからは魔力を使い切ったりはしていないのでそんなに食べなくても大丈夫そうな物だが、もう習慣になってしまっているので食欲の赴くまま料理を平らげた。
そのウォルフの横ではシャルロットが勝るとも劣らぬ勢いで皿を積んでいた。なぜか大食いな彼女は日頃外で食べるときは幾分セーブしているのだが、今日は横にウォルフがいるためついつい張り合うように食べてしまっていた。

「やあ、僕のお姫様。そんなに食べちゃってお腹は大丈夫かい?」
「あ、父様。うん、まだ平気」

 シャルルに話し掛けられ辺りを見回すと、自分の周りに積み重ねられた皿と唖然としてこちらを見つめる大人達が目に入った。
ちょっと食べ過ぎたかな?とも思ったが、横を見るとウォルフの周りにも同じくらいの皿が積み上がっていたので安心した。

「うちのお姫様もよく食べるけど、君も相当食べるね、ウォルフ」
「育ち盛りなのですよ」

ねえ、とシャルロットに同意を求めると彼女も恥ずかしそうに頷いた。

「どんどん食べてはその分大きくなるって言うのかい?その分じゃ君たちは相当大きくなりそうだね」
「よしシャルロット、お父様の許しが出たぞ、二人で身長二メイル体重四百リーブルの巨漢を目指そう!」
「うぇ?わたし、そんなに大きくなっちゃうの?」

思わずシャルロットのフォークが止まる。体重四百リーブルはいやみたいだ。
身長二メイルの自分を想像してみる。想像の中で頭身はそのままなのでなんだか凄いことになってしまう。

「はっはっは、シャルロット、気をつけないと本当にそんなに大きくなっちゃうぞ?」
「ご、ごちそうさま!」

慌ててフォークを置くシャルロットを見て辺りは明るい笑い声に包まれた。
シャルルはちょっと所在なげにしているシャルロットを抱き上げ、ウォルフに向き直る。

「君は中々面白い子だね、ウォルフ。シャルロットと仲良くしてくれて嬉しいよ」
「シャルロットは素直で可愛い子ですね」
「そりゃそうだろう、僕のお姫様だからね」

そこから暫くシャルルの娘自慢が始まるのだが、ウォルフは大人しく聞いておいた。
シャルルによるとシャルロットほど美しく可憐で清純な存在はハルケギニアにはいないらしく、シャルロットの存在を感じるだけで彼の心は癒されるそうだ。シャルロットはちょっと恥ずかしそうにしている。

「ところでウォルフ、君は『遍在』の使える教師を希望してたそうだが、それはどういう理由からだね?君くらいの年ならば焦ってスクウェアスペルを学ぶ必要はないと思うのだが」
「"バルベルデの実用・風魔法"という本があります。そこに『遍在』についての詳しい考察が載っていたので興味を持ったのです。仰る通り私はまだ幼いですので今はまだ興味の向くままに学ぼうと思っていまして、両親や祖父にもその方針を支持していただいています」
「そ、そうか。そうだよな、君くらいの年で色々なことに興味を持つことは良い事だな、うん。」
「はい、私は火のメイジですし、すぐに『遍在』が使えるようになれるとは思いませんが、見てみたかったのです。そのせいでシャルル様にはご迷惑をおかけしたようで、申し訳ございませんでした」
「いや、君が気にするような事じゃないよ。そうか、うん、明日『遍在』を見せてあげよう。自慢じゃないが僕程の使い手は中々いないからね、楽しみにしておいてくれ」
「はい!ありがとうございます」
「父様、シャルロットも見たい!」
「シャルロットも見たこと無かったかな?いいよいいよ、おいで?」
「うん!」



「さあ、ウォルフ。これから『遍在』を見せる訳なんだけど・・・」

 翌朝いつもの裏庭に集まったウォルフ達だったが、シャルルは苦笑いして周囲を見回した。
周囲にはラ・クルス家の者は元より、その家臣など見物人が数十人も取り囲んでいて、裏庭を見渡せる窓にはメイドが鈴なりとなり、皆固唾を呑んで見守っていた。

「いや、なんか重ね重ねすみません・・・・」
「ああ、だから君は気にしなくていいって。僕も王家の者だからね、見られるのが商売みたいなもんだ」
「みんな王族の方を初めて近くで見たみたいなんで、舞い上がってるんですよ」
「ははは、君はあまり変わらないみたいだね」
「私はアルビオンの者ですから」
「まあ、それだけじゃないと思うけど。じゃあそろそろやろうか。シャルロット!もっと近くにおいで」

ティティアナと一緒にラ・クルス家に混じって見ていたシャルロットを呼び寄せ、ウォルフと並ばせた。
シャルロットは大勢に注目されてしまい恥ずかしそうで、ウォルフの服の端をキュッと握った。

「あの、シャルル様『ディテクトマジック』を掛けてもよろしいでしょうか?『遍在』の生成過程を特に詳しく観察したいのです」
「ああ、好きにしなさい。・・・いいかい?これが最強の風魔法と言われる『遍在』だ・・・《遍在》!」

ウォルフが『ディテクトマジック』を掛けるのを確認し、呪文を唱えるとシャルルが分離するように見え、服装から何から全く同じシャルルが二人並んだ。
観客達からはどよめきが響き、シャルロットは目を丸くして二人になった父親を見つめた。

「父様が二人・・・」
「「吃驚したかい?シャルロット」」

シャルルが二人、シャルロットに近づくと片方が抱き上げ、もう片方が顔をのぞき込みその頬を指で突ついた。
目を見開いたままのシャルロットはしきりに首を振って両方の父親を見比べた。

「どうだいウォルフ、何か分かったかい?」
「はい、シャルロットを抱き上げている方がご本人ですね?これは・・・『遍在』の維持に魔力は必要ないみたいですが、魔力的な繋がりは感じます。二人が全く同じ、と言うわけではないのですね」

ウォルフが『ディテクトマジック』で見た『遍在』は精霊のような魔法生命体に近い物だった。
水の精霊のように、陽子と中性子とで構成される原子核まで普通の物質と同じ構造というわけには行かなかったが、無数の風の魔力素を中心においた分子のような物で構成されており、すでに物質としての質量まで有していることが分かった。
通常魔力素は質量を持たないが、気体から固体へと相変化するように質量が無い状態から質量を有する状態へと変化しているのだ。

「そこまで分かるのか。この状態で何か魔法を使って見せようか?」
「是非!お願いします。出来れば同じ魔法をそれぞれ別々にやってその後同時にやってみて欲しいです」
「ああ、いいよ。えーっと何をやろうかな・・・」
「あ、今的を作りますから、そちらに何か攻撃魔法でもぶつけて下さい」

そう言うとウォルフは呪文を唱え、少し離れた場所に三体のゴーレムを出した。
土で出来たそれはトロル鬼を模していて、五メイルもある体の大きさからその作り、大声を上げながら威嚇してくる様など本物そっくりであった。
その迫力に思わず女子は悲鳴を上げ、メイジである家臣は杖を抜いて構える程であった。

「やあ、あれが的か!なるほどやる気が出てくるな」

トロル鬼のゴーレムはうろうろとそこらを歩き回り、両手で地面を叩き付けてはこちらを威嚇して吼えた。
シャルルは怯えてしがみつくシャルロットの頭を撫でながらゴーレムに向き直り杖を構えた。

「《ウィンディ・アイシクル》!」

空気中の水分がキラキラと凍り付いたかと思うとそれが幾十もの矢となりゴーレムの体を貫いた。
ぼろぼろと崩れ落ちるゴーレムに観衆からはどよめきに似た歓声が起こる」
更に次は『遍在』で、その次は二人同時にと注文通りに魔法を放ち、全てのゴーレムを土塊に戻した。

 今度こそウォルフは感動した。
ウォルフの理論では、系統魔法はまず自分の体内に魔力素とウォルフが呼ぶ魔法の元となる粒子を取り入れ自分の制御下に置き、自分の意志を伝える媒体、魔力(=精神力)と呼ばれる状態でため込む。
そしてその魔力を杖を通して放出し、それを核にして周囲の魔力素に関与する、というものである。
それがこの『遍在』は体や杖だけではなく"ため込んだ魔力"まで周囲の魔力素を使って作ってしまっているのだ。
つまりバケツに水を汲んでその水を使っているのが、その汲んだ水でバケツを作りまたそっちでも周囲の水を汲んで使える、と言うイメージだ。
本体の魔力が『遍在』を出したときにごっそりと減ってしまっていて、『遍在』も減った段階でのコピーみたいなので、周囲に魔力素がある限り無眼に使える、と言うわけではないみたいだが大いなる可能性を感じさせる魔法である。

「感動しました。魔法の威力・スピードとも全くの互角ですね。少なくとも魔法を行使する上では『遍在』は本人と全く同じ存在と言っても良いでしょう」
「全く同じじゃないのかな?少なくとも僕には違いが感じられないんだが」
「思考は全て本人の方で行っていますね。『遍在』にあるのは得た情報を本体に送る機能と反射機能だけです」
「そ、そうなのかな、僕にはそうは感じられないんだが」
「綺麗に分割思考をしていますので間違いないです。本人の制御を全く離れ完全に自立した『遍在』を作れますか?」
「いや、そんなのは『遍在』じゃないな」
「『遍在』で『遍在』を出せますか?」
「試したことはあるけど出来なかった」
「遍在を出せるのは六人までですか?」
「えっ!よく分かるね」
「消費した魔力量から類推しました。ありがとうございます、知りたいことはこれでほぼ全て知ることが出来ました」

そう言うとウォルフは深々と礼をした。本当に感謝していたし、自分なんかのためにこんな見せ物になってくれたシャルルの人の良さに驚いてもいた。
そんなウォルフの様子をじっと見ていたシャルルがやがて口を開いた。

「もういいのかい?さっきのゴーレムもそうだけど君は本当に六歳には思えないね。魔法研究所に捕まった幻獣の気分になったよ」
「あ、いえ、申し訳ありません。つい興奮して不躾な態度になってしまいました」
「ははは、冗談だよ。それでどんなことが分かったんだい?」

そう問われてウォルフは自分の考えを説明した。しかしそれはシャルルの理解を得ることはできなかったようだ。
元々魔力素という考えが無く、全て自分の精神力で現象を起こしていると思っているハルケギニアの人間であるため、仕方ないとも言える。

「うーん、聞いたことのない理論だね。間違っているとも言えないけど・・・ その理論なら君も『遍在』を出せるのかい?」
「いえ、必要な精神力が私には足りないので無理だと思います」
「試してご覧よ、今度は僕が『ディテクトマジック』で見ていてあげよう」

そう言うと腕の中のシャルロットを『遍在』に渡す。
父から父へと手渡されシャルロットはかなり戸惑っていたが何とか大人しくしていた。まだ双方を見比べている。

「分かりました。では、気合いを入れてやってみましょう・・・遍く在る風よ、我に集いて容をなせ!《遍在》!」

ウォルフのすぐ隣に『遍在』が現れ周囲がまた大きくどよめくが、その『遍在』はすぐに消えてしまった。
ああーっという落胆の声に包まれるが、ウォルフ本人はさほどがっかりした様子はなかった。

「やっぱり出来ませんでしたね。精神力を相当持って行かれました。もし出来たとしてもこんなに消費してはメリットが少ないです」
「いや、もうちょっとだったじゃないか!火のトライアングルが『遍在』を出せるとしたら凄いことだよ!もう一回やってみないかい?すぐに出来るようになりそうだ」
「すみません、シャルル様。もう精神力が殆ど無くなってしまったので出来ません」
「そうか、いや残念だ。本当にもう少しだったんだが・・・」

本気で悔しがっている様子のシャルルをいい人なんだろうな、とは思ったが、そんなんで王族としてやっていけるのか少し心配にもなった。
最後にシャルルの『遍在』を消すところを観察させて貰って講義は終了し、広場は拍手に包まれた。


 その日の午後は皆で川に出かけて遊び、翌朝オルレアン一行は自領へ帰っていった。

 帰りの竜籠の中でシャルルは考える。あの少年は何故あんなに朗らかなのか。
あの幼さであれほどの魔法の才を持ちながらどこか突き放したような態度。
伯爵によると魔法のことを"有ると便利"とまで言ったという。
自分は違った。同じように天才と言われながらも兄に勝つために力を欲し、遮二無二魔法の練習を繰り返した。
手に入れた力をどうしようなどと考えたこともなかった。
『遍在』にしても今使う必要がないからと特に急いで習得する気はないみたいである。自分が新しく使えそうな魔法を見つけたときは、それこそ倒れるまでひたすら杖を振ったものなのに。
そう言えば兄もあれはど優秀な頭脳を持ちながらそれに執着する風もなく、淡々としていた。その姿が何故かウォルフと重なる。
持って生まれた才能か努力の成果か、力を得ることは出来た。しかし今、自分はブリミル様の祝福を受けているんだという自信がガラガラと音を立てて崩れていく様な気がした。

 ふーっと息を吐き座席にもたれる。妻はさっきから気遣って話し掛けては来ない。

「父様、どうしたの?具合、悪いの?」
「ああ、シャルロット心配要らないよ。ちょっと考え事をしていただけさ。彼は何であんなに自由なんだろうってね」
「??」

また一人考え込む。

 どうして僕はこんなに自由じゃないんだろう。
いっそ彼を憎んでしまいたいとすら思う。大国ガリアの王子に生まれた僕が、何故こんな思いをしなくてはならないんだ。


 もしこれでこのまま兄さんがガリアの王に選ばれたら、僕の人生は一体何だったと言うんだ。




[18851] 1-19    水中・・・
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:f1cb8877
Date: 2010/07/21 20:49
 その週はその後特に何もなく、ウォルフはパトリシアに水魔法を習って、クリフォードは地獄の猛特訓をして過ごした。
途中風のトライアングルのメイジが教師としてリュティスからやってきたが、ウォルフに簡単にのされてしまいすぐに帰っていった。
フアンももう諦め気味で、もう一度紹介所に怒鳴り込んだきり放置していた。

「う゛あーっっ疲れたー・・・・いたたたた」
「ほら兄さん、オレの練習台なんだから動かないで」
「そうは言っても、もっと優しく脱がしてくれよ、火傷が服に擦れるんだよ!」
「やさしくしてね、なんて男に言われたって嬉しくねえ!大人しくやられちまえ、《ヒーリング》」
「いたたたた」

手加減はしているようだがフアンの特訓であちこちに火傷を負ったクリフォードをウォルフが治すのが日課になっていた。
火傷を治すには軽度のものなら体内の水を流して表皮の細胞を修復するくらいで良いのだが、重度の物になると真皮まで再生しなくてはならないので大変なのだがクリフォードのおかげで大分なれてきた。もっとひどい皮膚全層や筋肉組織にまで達する火傷を治してみたいとちょっと思っているのはクリフォードには内緒だ。

「はいおしまい、焦げた服とかは自分で片付けときなよ」
「うわー、この全身の疲れも取ってくれー」
「それ魔法で治しちゃうと筋肉が超回復しなくなるからダメ。折角訓練受けたのに意味無くなっちゃうよ」
「なんだよ超回復って」
「負荷を受けた筋肉が受ける前以上に回復しようとする現象のこと」
「じゃあ、魔法で超回復してくれー、お前だけ毎日パティ先生でずるいぞー」

 何時までもぐだぐだしているクリフォードを放っておいて風呂に向かう。
ここの客人用の風呂はサウナ風呂で、地下で熱した石の上に香草を何重にも敷き、その上から水を掛けて蒸気を発生させて浴室に満たす物だった。
浴室と水風呂を何度か往復し、その合間に垢を擦り落とすのだが、何故か半裸のメイドさんがやってくれるのがちょっと恥ずかしかった。
去年家族で入ってた時はそんなことはなかったので子供向けのサービスかも知れないが、もしこれがなかったらクリフォードは今頃逃げ出していただろう。
脱衣所に入ろうとしたところで反対側から来たパトリシアと鉢合わせした。

「あれ?先生も風呂?」
「こっちのお風呂入ったこと無いから試してみようと思って。一緒に入ろ?」
「うん、サウナ式だからね、入り方教えてあげるよ」

 一緒に浴室に入り、汗を流す。メイドが垢擦りに来ても悠然としてさせているパトリシアは、もしかしたらいいとこのお嬢さんなのかも知れない。あらためて見てみると薄い水色の髪にどこまでも白く美しい肌、柔らかな美貌に品のある所作は伯爵家の家庭教師をやる様な家柄には見えなかった。

「あーっ、気持ちいいわねーこれ。嫌なことが全部吹っ飛んで行くみたいだわー・・・明日も来ようかしら」
「パティ先生脳天気そうなのに、嫌なこと有るんだ」
「脳天気とは何よ、失礼ね。大人の女には色々とあるのよ」
「ふーん、何で先生なんてやってんの?」
「あら、私が先生やってちゃいけないって言うの?」
「いけないとは言わないけど、パティ先生やる気無いじゃん。授業も俺が言うまま教えてるだけだし、授業計画とか作ったこと無いだろ?メイジとしては凄く優秀なんだから何で向かない仕事しているのかなって思ってたんだ」
「やる気無いって、そりゃ、無いけど、そんなはっきり言わなくたって。あなたオブラートって知ってる?」
「あはは、認めてるし。親の決めた結婚が嫌で逃げてきたって感じ?」
「うっ・・・あなた本当に顔と違ってかわいげがないわね。そんな可愛くない子はこうしてやる!」

素早く手を伸ばしてウォルフを捕まえると小脇に抱え、頭をぐりぐりとなで回した。

「ほーら、こうすればウォルフも良い子、良い子」
「ちょっ先生っここサウナ・・汗っ・・汗臭っ」

一度体を流したとはいえサウナである。裸で抱きしめられればニュルニュルと汗ですべるし、成熟した女の体臭がガツンとウォルフの後頭部を刺激した。

「うふふふ、こんないい女に抱きしめられて臭いとは失礼ねー。お子ちゃまにはまだ女のフェロモンが理解出来ないのかしら。良い子、良い子」

暫くウォルフは抵抗していたのだがやがてぐったりと動かなくなった。何せサウナの中である。
パトリシアは漸く満足してウォルフを抱きかかえたまま水風呂に移動した。

「ぷはー、生き返る」
「女はね、多少秘密があった方が魅力的なのよ。・・・私はね、どんなに金持ちだろうと五十過ぎのおっさんの後添えになる気なんて無いの」
「別に逃げたのが悪いなんて言ってないだろ。授業内容が悪いって言っただけで」
「まだちょっと可愛くないのかしら?・・・クリフだって水魔法使えるようになったじゃない、授業だって悪くないわよ」

手をわきわきとさせながら近づいてくるパトリシアから距離を取って逃げた。

「・・・授業中に出来るようになったこと無かっただろ。どんだけオレが補習させられたと思ってんだ」
「え?ちょっとそれ本当?」

頷くウォルフを見て本気でショックを受けている。実は自分ではうまいと思っていたらしい。
もう上がろうとしたウォルフの足を掴んで水風呂に引き戻す。

「うわっぷ!・・・何すんだよ、危ないなあもう」

丁度片足を掛けて上がろうとした時に反対の足を引っ張られたウォルフは見事に水中に落っこちてしまい、立ち上がると抗議した。

「ね、ね、どの辺が良くないって思うの?私としては結構分かってもらっていると思ってたんだけど」
「基本的に全部。魔法にだって原因があって過程があって結果があるのに、パティ先生は結果しか掲示しない。オレはもう自分の理論を持っているからそこから推測していくことも出来るけど、普通の子供には無理だろう。ただ魔法を見せるだけなら大道芸と一緒だよ」
「全部ってそんな、原因って何よ魔法ってのはイメージが大事なのよ!」
「イメージ出来たことが全て魔法で実現する訳じゃないだろう。イメージと世界とを合わせることが必要なんだ。あなたやお爺様はそれが最初から感覚で出来たんだろうけど、そんなに世界に愛されている人ばかりじゃないよ。どういうイメージを持っていて何故出来ないのかを把握するのが教師の仕事なんだ」

 こうして考えてみるとカールは相当優秀な教師だと思う。いつも『ディテクトマジック』を掛けて魔力の流れを把握し、どんなイメージで魔法を使うのかを把握しようとしていた。
パトリシアは全くそんなことをしようとはしなかったし、この間来た風のメイジなんかは酷かった。
「グッと構えて、ガッと睨んで、バッと呪文を唱えるのです。さすればその威力あたかもスクウェアの如し、これグガバの法則なり」とか言ってくるもんだからつい手加減を忘れて叩きのめしてしまった。

「な、何よ、どうせあなたも最初から出来たんでしょ!」

パトリシアはウォルフの指摘を受け入れることが出来ないで何かもう涙目になっちゃっているが、ウォルフはここまで来たら全部言っちゃおうと決めた。

「オレは最初は苦労したけどね。『ロック』なんて覚えるのに二週間も掛かったし。でもそれは今関係ないだろ、先生が自分が出来たことを他のみんなも出来て当然と思っていることが問題なんだ」
「そ、そんなこと思ってなんか・・・・」
「ふぅ・・・考えたことさえなかったって感じかな?それに、平気で兄さんに何が解らないのかしら?とか聞くだろ?あれは最悪だよ。それを把握して分かるように教えるのがあなたの仕事だってのに、相手に聞いてどうすんだよ。何が解らないのか自分で分かってたらすぐに出来るよ」

教師要らないだろう、と続けるウォルフを前についに涙が零れる。
全裸で水の中で叱られながら、必死に涙をぬぐうパトリシアを見ているとさすがにウォルフも気の毒に思ってくる。何でこの二十一歳の美女はこんなところで六歳児に説教食らっているのか。

「とにかく、腰掛けのつもりだろうと無かろうとここが終わってもまだ教師を続けるつもりなら、『ディテクトマジック』を掛けて、魔力の流れを把握して、生徒がどんなイメージで魔法を使うのかは把握するべきだ」
「『ディテクトマジック』っかければっ、分かるように、なるっの?」

水中全裸説教という単語が頭に浮かんでしまいこっちも泣きたくなる。

「少なくとも、どの時点で魔法が成功しなかったのか分かるようにはなるでしょう。見てるだけじゃ分からないはずです」
「うん、今度から、やる」
「さあ、もう上がりましょう。いくら夏とはいえ風邪ひいちゃいますよ」

パトリシアの頭を撫でてあげて一緒に風呂から上がった。

 体を拭いて脱衣所で着替えていると背後から呼びかけられた。
振り向くとパトリシアはまだ着替えておらず、腰に両手をあて、足を踏ん張り仁王立ちしてウォルフを見下ろしていた。勝ち気そうな鼻がツンと上を向いている。

「ウォルフ、私決めたわ!立派な教師になるの。あなたを見返してやるんだから!」
「そ、そう。でもこの身長差でそんな立ち方すると色々と見えちゃってますよ?」
「・・・・・キャッ!」

急に恥ずかしくなって後ろを向いたパトリシアにウォルフも背を向け「まあ、期待してます」と、声を掛けた。

 脱衣所から出ると壁にもたれて歩くクリフォードがいた。
脱衣所から揃って出てきた二人に目を丸くしている。
パトリシアは恥ずかしそうに顔を逸らすとあっという間に走り去ってしまった。

「何なんだよ!お前パティ先生に何したんだよ!」

水中全裸説教、とは言えなかった。



 
 その夜クリフォードは厳しく追及した。

「だから、授業の仕方についてちょっと意見してパティ先生がそれでやる気を出しただけだよ」
「それで何であんなに恥ずかしそうにしてたんだよ、意味わかんねーじゃねーか」
「ああ、あれはオレの眼前でマッパで仁王立ちになって、色々見えちゃったから恥ずかしがってただけだよ」
「ちょっ・・・お前何うらやま・・ゲフンゲフン・・・」

慌てて漏れた本音をごまかすクリフォードだったがウォルフの目は冷たかった。

「兄さん」
「何だ、弟よ」
「兄さんって今十一歳だよね」
「何を今更」
「ちょっと早くない?」
「何が?」
「女の人に興味を持つのが」
「な、な、な、お前、なーにを言っちゃってんだぁー」

何か妙な訛りで叫ぶクリフォードだった。
「俺は先生を心配して」とか「そもそもお前が上から目線で」とか言い募るのを無視して告げる。

「直接パティ先生に聞けばいいじゃん。明日も風呂に来るようなこと言ってたし」
「え・・・・・」

 とたんにそわそわと落ち着きの無くなるクリフォード。色々と丸わかりな男である。
現在、性欲からは全く切り離された存在であるウォルフは、男ってこんなに頭の悪そうな生き物だったかな、と呆れていた。



 翌日、朝食を取り終わったウォルフの元にパトリシアが訪ねてきて紙の束を手渡した。ガリアでは紙が生産されている。

「ねえ、ウォルフ。クリフの授業計画ってのを作ってみたんだけど、見てくれない?」
「うん、いいよ。本当にやる気になったんだ」

いきなり一晩でえらい変わり様のパトリシアに多少面食らいながら受け取る。
見ると結構緻密に計画が立てられていて、彼女が時間を掛けて計画を立てたことが分かった。

「ふーん、結構考えてるね。これはこっちの後に教えた方が良いと思うね」
「ふんふん・・・」

パトリシアの前で軽く添削してみると、聞く気があるみたいなので続ける。

「ここの練習時間は反復が大事だからもっと時間を取るべきだよ、兄さんの場合だとこの倍くらいだな」
「そうなんだ。当然『ディテクトマジック』はずっと掛けているのよねぇ」
「もちろん。それを元にアドバイスをしてあげるんだから。後ここの杖の振り方練習は要らないな」
「うんうん、えっ?なんで要らないのよ。振り方は大事よ?」

クリフォードが一番楽しみにしている時間は無慈悲にもばさっさりと削られてしまった。
何故か杖の振り方に拘りを持って指導する教師は多く、その流儀も人それぞれでいろんな拘りがあるのだが、ウォルフが観察した結果振り方で魔法に差は出なかった。
カールに確認すると、魔法が伝えられて以来ずっと研究されているテーマではあるのだが、未だ結論は出ていないし、カールから見ても振り方で差はないそうである。

「振り方で魔法に差なんて出ないよ。・・・六千年もいろんな人がいろんな振り方を、入れ替わり立ち替わり主張しているんだからそろそろ気づきなよ。今、流行っている振り方なんて二千年前にも流行っていたやつだよ?」
「ええ?本当に違うような気がするのよ?私の先生も大事だって言っていたし」
「だから、気のせいだって。どうしても差があるって言うのならそれを示すデータを出してくれ」
「データって何よ、そんなの無いわよ・・・」

パトリシアはショックを受けているようだが、ここハルケギニアでは科学の考え方がないためにこのようなことが本当に多い。
科学とは先入観と偏見を廃して観察し、推論を立て実験により論証するものだが、そもそもこの世界は先入観と偏見に満ちていた。
先入観と偏見、そして推論だけがそれぞれ独り歩きしているようなこの世界で、正しい知識というものは中々蓄積しなかった。

 パトリシアの先入観を取り除き、教えるときに注意する点を指摘し、心構えからクリフォードの魔法の傾向まで覚えさせる。
本来ウォルフのための時間なのだが、完全にパトリシアのための授業になってしまっていた。

「はあ、人に教えるって随分大変なのね、自分で魔法使う方が楽だわ」
「当たり前だよ。教育ってのは技術だから積み重ねる事が大事なんだ。目の前で魔法使ってはいおしまい、なんて教育とは言えないよ」
「むー、分かってるわよ、だから今勉強してるんじゃない」
「かなり泥縄だけどね。そんなに勉強する気があるなら、これあげる」

そう言ってどさどさと羊皮紙の束をパトリシアの膝の上に置く。

「これまで兄さんに教えた水魔法の補習と、その習得状況についてのレポート。それを読んで現状での問題点と今後の方針を明日までに纏めておいて」
「これ、こんなに・・・」

パラパラとそれを見てみると、これまで自分が教えたつもりでいた魔法がどのような過程を経て使えるようになったのか詳しく記されている。
また、風の魔法を使用したときとの魔力との比較など、かなり詳しい考察がしてあった。クリフォードの水の魔力は風の半分程度の出力しかないらしい。
その内容の濃さに、昨夜一所懸命に考えた授業計画が随分貧弱な物に思えてしまう。
羊皮紙を掴んだ手を握りしめ下唇をキュッと噛む。

「やるわよ、やってやるわよ、明日までね?」
「うん、がんばってね?オレは今日は自分の研究で森に行くから」

そう言うとウォルフはパトリシアを残し、最近時間が出来ると行っている森へ地質調査に出かけた。

 ヤカに来る途中で変わった地層を発見して以来ハルケギニアの地質に興味を持っていたので、時間が出来ると森に来て露頭を探し、地質を調査しているのだ。
森に限らず領内の至る所を調べた結果分かったことは今のところ以下の四つ。

・ここら辺の地質は古い
・火成岩ではなく堆積岩で地質的に安定している
・しかし割と最近大きな地殻変動があった
・新しい地層に火山灰の堆積が見られるのでどこかに火山があると思われる

 割と最近と言っても数万から数十万年前だが、恐らくこれが大隆起と言われるアルビオン大陸を浮き上がらせたという地殻変動なのだろうと推測する。
恐らくはホットスポットであろう火竜山脈が近くにあるのに、今のところ火山灰以外ではその影響は見あたらない。
いつかは火竜山脈に行って調べてみたいとは思うが、日帰りは無理なのでちょっと難しい。
残念なのは昨年発見した風石の痕跡がある地層がおそらくここらではかなり地下深くになってしまっていて、調べる術がないことだ。
『練金』で穴を掘って直接調べることも考えたが、此処にいる間、しかも授業の合間だけではとても出来そうになかった。

「うーん、もう出来ることはあまりないなあ・・・・」

今日調べたことを纏めながら一人呟く。
結局今日も新しい発見はなく、今までの調査結果を補完する事しか出来無かったので肩を落として城に帰った。



 ウォルフが森に出かけた後、パトリシアは城の中庭に面したベランダにあるテーブルでウォルフに出された宿題に取り組んでいた。自分にあてがわれた部屋の机は化粧道具などで散らかっていたので、広いテーブルのある此処でしているのだ。
テーブルの上にはウォルフのレポートが広がり、今はメイドに用意してもらったお茶を飲みながらクリフォードの魔法の問題点について纏めているところだ。

「おや、パトリシア先生こんなところで調べ物ですか?」

たまたま通りかかったレアンドロが声を掛ける。

「いえ、今後の授業の方針をちょっと纏めておりましただけですのよ、ホホホホ」
「へえー、ちょっとこれ良いですか?」

そう断りテーブルの上の資料を手に取り、その資料の詳しさに驚いた。
たしかパトリシア先生は来てからまだ十日程しか経っていないはず、それなのにもうこんなに生徒の特性を見極めているのか、と。

「パトリシア先生、凄いですね、こんなに生徒の事を考えて授業に臨む教師に初めてお会いしました。失礼ながら初めは適当そうな女性だな、などと思っていまして自分の不明を恥じ入るばかりです」
「・・・ホ・ホホホ」
「うーん、確かにこのレポートのように一人一人の特性に応じて授業を進めていけば、魔法を覚えるのも早そうだ!」
「・・・・・」
「これは是非うちのティティアナに魔法を教えるのも先生にお願いしたいものですな」
「あ、あの・・・」
「ん?」

何故か気まずそうな様子のパトリシアに気付き、怪訝に思う。ちょっと興奮気味ではあったが、特におかしな事は言っていないはずだ。

「実は・・・そのレポートは、私が書いた物じゃなくて、ウォルフがクリフを指導した時につけていた記録なんです」
「はあ?ウォルフ?」
「はい、私はウォルフに言われてそれを参考にした授業計画を今作っているだけなんです」
「・・・・・」

言われて絶句するが、まあウォルフならそう言うこともあるだろうかと思い直す。そう言えば適当な女性とか言ってしまった。

「あーまあ彼は特殊ですからな、先生も苦労していそうだ。お察しいたします」
「いえいえ、彼には色々ずばずば言ってもらって・・・」
「それは怖そうだ・・・・ははは」
「ええ、本当に・・・・」

レアンドロは気まずそうに去っていったがパトリシアは気にしない事にして続きに取りかかった。気にしたら負けだ。
いざ自分で指導することを考えると魔法の理論について自分でもあやふやに理解していたところがかなりあり、それをいちいち本で調べるため中々進まない。
時には本を読み込んでしまい気付くと時間が経っていたことも多かった。
それは夜になって自室に帰ってからも続き、風呂に入るのも忘れる程だった。

「見てなさいよウォルフ、今度は文句をつけさせないわ!」



 その夜、サウナ風呂に長時間入りすぎて気を失ったクリフォードがメイドによって発見された。








[18851] 1-20    商い事始め
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:f1cb8877
Date: 2010/07/21 20:50
 翌朝、ウォルフはいつものベランダで椅子に腰掛けてパトリシアのレポートを読んでいた。
傍らにはパトリシアが腰に手を当てて仁王立ちしていた。

「どうかしら?出来は」

読み終えたウォルフにパトリシアが尋ねる。ツンと上を向いた鼻が、少し、緊張していた。
レポートをテーブルの上に置き、パトリシアにニコッと微笑んで答える。

「素晴らしい、よく勉強したね。パティ先生が書いたとは思えないくらいだよ」
「な、何よ、本当に私が書いたのよ?昨夜結構かかったんだから!」
「うん、分かってるよ。ほら、こことかここなんて先生あんまり良く理解していない風だっただろ?そう言うところまでちゃんと勉強し直しているみたいだから」
「・・・本当に人のことよく見てるのね」

パトリシアは恥ずかしそうに頬を赤らめ口を尖らせてはいるが、ウォルフに認められて嬉しそうである。

「今日は兄さん倒れて寝ているから、明日からこの通り授業すると良いよ」
「あら、クリフどうしたの?フアン様の授業がそんなに酷かったの?」

倒れていると聞いて眉をひそめる。もしウォルフにやっているような授業をクリフォードにもやっているとしたら大事になっているかも知れない。

「いや、そんな事じゃないよ、昨日先生風呂に来なかっただろ。兄さん一緒に入るのを期待してずっと風呂で待ってたみたいで、のぼせただけだから」
「何それ、そんなこと聞くと私入りにくいじゃない。ませた子ね」
「あはは、兄さんももうそんな年頃なんだねぇ」
「・・・ウォルフも、ませてはいるけど、そういうのはないの?」
「オレはまだ母さんやメイドのアンネといつも一緒に入っているしなあ。兄さん、母さんと入るのは恥ずかしがるんだ」
「まあ、あなたまだ六歳だしねぇ、そうか、クリフはお年頃か・・・」

ちなみにクリフォードは倒れたせいで祖母に当面サウナ禁止を言い渡されてしまい、落ち込んでいた。今日だって寝て起きたら元気になったのに祖母に一日寝ている様に言われている。
ウォルフも一緒にサウナ禁止にされてしまったのだが、どちらかというと本館の大浴場の方が好きだったので気にしていなかった。

「まあ、兄さんサウナ禁止にされちゃったから気にしないで一人で入ってよ。さあ、授業しよう!今日は『フェイス・チェンジ』見せてほしいな」
「はいはい、私は所詮大道芸人ですからね、存分にお楽しみ下さい」
「はは、拗ねないでよ、先生。立派な教師になるんだろ?」
「ふん、どうせあんたの指導方法なんて全く分からないわよ」

立派な教師への道を歩き始めた?パトリシアとその指導教官(六歳)は揃って裏庭へと歩いた。



 その週はその後、特に何もなく過ごした。クリフォードはパトリシアの授業に戻って幸せに過ごしたし、ウォルフもフアンやパトリシアの授業を受けたり、パトリシアの相談に乗ったり地質調査に出かけたりして充実した日々を過ごした。
特にフアン相手の模擬戦はだんだんと慣れ押し返すことも多くなった分余裕が出て、守備の意識を高めた訓練を積むことが出来て有意義だった。
どんなに高い魔力の『ファイヤーボール』の攻撃でも、その中核にある術者の意志を受けた魔力を破壊すれば防げるので、なるべく出力を絞った鋭い魔法でピンポイントに迎撃する事を心がけて練習した。
そんな魔法漬けの日々を過ごす中、ガリアの首都リュティスに向かう途中のマチルダが訪ねてくる日になった。

「今日、マチ姉着くってね。・・・兄さん緊張してるの?」
「なな何で俺が緊張するんだよ。楽しみなだけだよ」
「そう?なんか浮気がばれそうなダメ亭主みたいになってるよ?」
「・・・お前絶対にマチルダ様に余計なこと言うんじゃないぞ」


 サウスゴータ夫人とその娘マチルダ、それに随員およそ二十名はその日の午後になって到着した。
簡単な歓迎をした後、子供達だけいつものベランダで集まった。

「ほらティティ、この人が話していたマチ姉だよ。とても優しいからいっぱいお話ししてもらうと良いよ」
「はい、ティティアナ、エレオノーラ、デ・ラ・クルスです!よろしくお願いします」
「ああ、もうちゃんと名前が言えるんだねえ。ティティって呼んでいいかい?マチルダ・オブ・サウスゴータだよ。ウォルフみたいにマチ姉って読んでくれると嬉しいな」
「はい!マチ姉」

 ティティアナとの顔合わせもすまし、四人で話をして過ごす。
クリフォードは始め挙動不審だったがマチルダが笑いかけただけで調子を取り戻してべらべらとしゃべり出した。
そんなに喋るクリフォードを始めて見たティティアナは目を丸くして驚いていたが、やがて話題はマチルダの旅行の事になった。
マチルダの話ではマチルダは来るときにラグドリアン湖を経由してきていて、帰りはリュティスから直接アルビオンまでフネで帰るそうである。

「かー、セレブめ、一体いくらかかるんだー」
「うーん、良くわかんないけど、お母様がリュティスで服を買う気満々なんで、帰りの馬車をそんなに増やすくらいならってつもりみたい」
「馬車を増やす程服を買うって発想がオレにはねーよ。まあ折角フネをチャーターするんなら、リュティスでしか売ってないような物をたくさん仕入れてサウスゴータで商人に卸すといいよ。うまく価格差のある物を仕入れられればチャーター代が出るかもよ?」
「ふーん、面白そうだねえ、でもそんなに都合良い物があるのかねえ」
「余っているところで安く仕入れて、不足しているところで高く売る。商売の基本だね。まあまずは相場を知るところから始めてみなよ、結構アルビオンとは違くて面白いよ」
「どんなもんかね、明日街で見てみるから案内しておくれよ」
「まかせといて、もうこの街オレの庭だから」


 翌日ウォルフ達は三人で街へ繰り出した。ティティアナはお留守番である。

「うん、たしかにサウスゴータとは物の値段が違うみたいだね」
「この飴なんて半額くらいじゃないか、これいっぱい買って帰ったらいいんじゃね?」
「兄さん、こういう単価が安い割にかさばる物はいくら買って帰っても利益は少ないよ。フネのスペースは限られているんだから」
「じゃあこっちの白菜は?激安だぜ」
「生もの禁止、ってかさばるし安いじゃないか!しかも重いし」
「あはは、クリフ馬鹿だね。ちゃんと買って帰ることを考えなよ」

そんな風に街を見て歩いているとマチルダが宝石店を発見した。

「あ、宝石店だってさ、ウォルフ。宝石ならかさばらないし高いし丁度良いねえ」
「いやいや、そんな値段があって無いような物に素人が手を出しちゃいけません」

そこは去年ウォルフがダイアを売った店だったのでなるべく入りたくなかった。
しかし、マチルダにはそんな気持ちは通じず、ぐいぐいと腕を引っ張っていく。

「まあ、あたしも土メイジだしさ、勉強になるからちょっと覗いてみようよ」
「女の子と宝石店なんかに入るとろくな事にならないって中の人が言ってました」
「良いからさっさと入る!」

ウォルフは精一杯抵抗したのだが結局マチルダに引きずり込まれてしまった。
店内に入ってきたこちらを振り返った店員がウォルフに気付いたようなので片目を閉じ口に人差し指を当て黙っているようにサインを送る。
店員も心得たもので普通の客として対応した。

「いらっしゃいませ、小さな貴族様方。本日はどのような物をご入り用で?」
「いや、あたし達、アルビオンから来たんだけど、今日はただの冷やかしで・・・」
「ほう、アルビオンですか、それは遠いところからよくぞいらしてくださいました。当店は冷やかし大歓迎でございます。ごゆっくりとご覧下さい」

ちらりとウォルフに目をやるが、ウォルフは素知らぬ顔をしてそっぽを向いた。
丁寧な応対をされ、マチルダは上機嫌で宝石を眺めた。あれが綺麗とか、あれならこっちの方が良いとか、店員に色々説明されながら棚を見て回る。
儲かっているのか、昨年よりも展示している棚が増えていた。

「わあ、これ小さいけど凄く綺麗・・・」

マチルダの目を引いたのはオレンジ色の小さいオパールを付けたネックレスだった。

「ねえクリフ、ちょっとこれ買ってくれない?」
「マチルダ様、俺にそんな金があるわけ無いでしょ」

なんだい甲斐性がないねえ、とぼやくがその顔は笑っていた。

「お客様お目が高い。こちらは東方産のオパールでして、ちょっとサイズが小さいために価格は低めですが、これほど綺麗な遊色を発しているのは滅多に見られない珍しい物です」
「うん、あたしもこんなの初めて見たよ。これが見られただけでも今日ここに来た甲斐があるってもんさ」
「どうでしょう、お客様。実はお客様は当店開店以来、丁度三十万人目のお客様でして、よろしかったら記念にこちらをプレゼントさせていただきますが」
「えーっ!プレゼントって、これくれるって言うのかい?!」
「はい、十万人、二十万人目のお客様にもプレゼントさせて頂いたのですが、当店がこちらで商売させて頂いてる感謝の気持ちをお客様に還元するというところです」
「で、でも、あたしアルビオンの貴族なのに」
「白の国アルビオン、確かに遠い国です。でも関係有りません。お客様がアルビオンにお帰りになって、当店のことを周りの方に自慢して頂く事がお代代わりなのです」

そういうとガラスケースの中からネックレスを取り出すと呪文を唱えて『所有の印』を消し、マチルダの前に置いた。マチルダの目は釘付けだ。
後ろに控えていた女性店員がカウンターから出てきてマチルダの後ろに回り、ネックレスをマチルダの首に掛ける。
そしてカウンターの下から鏡を取り出してマチルダを映した。

「ああ、良くお似合いになっていますよ。お客様の綺麗な緑色の髪とオレンジのオパールがお互いを引き立て合って良く映えます」

なんかもうマチルダは夢見心地であるが、喜ぶマチルダの後ろでウォルフは壁に手を突き頭を抱えた。搦め手から責められているようだ。
これで無視したらウォルフの素性を探し出されてしまいそうなので、一応何かあった時のために持ってきていたダイヤやルビーをまたここに売りに来ることにして頻りに送ってくるアイコンタクトに応えておいた。
まあ、マチルダもとても喜んでいるので感謝しておくことにする。


 首に掛けて帰るのは怖いとマチルダが言うので入れ物に収め、それを抱えて帰路につく。
マチルダは元よりクリフォードまで上機嫌だ。

「いやあ、ガリアっていい国だねぇ!客にこんなのプレゼントしてくれて良く商売やっていけるもんだよ」
「マチルダ様は幸運の持ち主なんだなあ、売ったらいくらになるんだろ」
「ふん、絶対に売らないよ。あたしの宝物にするんだ」

暫くはネックレスの話題で盛り上がったがやがてまた商売の話に戻った。

「宝石や美術品なんかは値段が分からないから手を出すべきではないんだ。やっぱり魔法道具か香辛料か・・・」
「あ、あたしも香辛料の安さには驚いた!アルビオンじゃたっかいのにこっちじゃ半額以下でしょう。元の値段もそこそこだしあれ買って帰ったらいいかもしれないけど・・・」
「どうしたの?」
「あたしの小遣いじゃそんなに買っては帰れないかなって思ってさ」
「うーん、それについては・・・ちょっと二人で先に城に帰ってて」

そういうとウォルフは来た道を引き返しどこかへと消えていく。
二人は訳が分からないながらも城に帰り、親たちにネックレスを自慢した。
みんな騙されたのではと心配したが、何も書いてないし名前も聞かれなかったと知り、そんなプレゼントなど初めて聞いたと驚いた。
やがて戻ってきたウォルフも交え夕食を取った後、マチルダはウォルフに呼び出された。

「用ってなんだい?ウォルフ」
「さっきの話の続き。仕入れの資金について」
「ああ、あれ。でもどうしようもないだろう。あたしの小遣いが余ったら何かちょっと買って帰ってみるよ」
「どうにかしてみました。ここに五千エキュー有ります。これをマチ姉に投資しようと思うんですがいかがでしょうか」

そう言い、机の上にかかっていた布を取るとそこには黄金に輝く金貨が山となっていた。
あれから街に帰ったウォルフは、アンネの兄のホセにつきあって貰いギルドに行ってまた手形を換金してきていた。
そこで得た八千エキューのうち五千エキューをマチルダの商売の練習に使ってみる気になっていた。
マチルダは頭が良いし、物の本質を見抜くのがうまいので商売をやったら成功するんじゃないかと前から考えていたのだ。

「ちょっとあんたこれどうしたんだい」
「まあ、オレも去年からちょっと秘密の稼ぎがあってね。犯罪をした訳じゃないから安心して良いよ」
「秘密の稼ぎって・・・こんなに一杯。これ使ってあんたの代理で仕入れをしろっていうのかい?」
「違うよ、投資って言ったろ?これを預けるからマチ姉はこれで自由に商売をしてみろって事さ。儲けが出たら儲けはオレと折半、全部擦っちゃったら別に返さなくても良いって種類の金だよ」
「返さなくてもいいって、これ全部?」
「そう、無くなっちゃった場合はね。オレはマチ姉ならお金を増やせると信頼して預ける、マチ姉は信頼に応えて増やして返す、そういう取引。OK?」
「あ、あたしがこれ持ち逃げしちゃったらどうすんだい?あんたも困るだろう?」
「サウスゴータの一人娘がこんな端金でそんな事する訳が無いじゃないか。マチ姉にそんな事されるのならそれはオレが悪いって事なんだよ。それにこれは練習用だからあんまり堅くならないで良いよ」
「練習用って五千エキューがかい・・・・」
「そう練習。その代わりどんぶり勘定はダメだからね。マチ姉は投資家であるオレに説明責任があるんだから全部帳簿をつけること。何をいくらで仕入れたのか、必要な資材は何でそれを揃えるのにいくら払ったか、仕入れで使った交通費なんかも全部項目ごとに全て記すように。全部擦っても良いけど、その内容は一エキュー、一ドニエに至るまでオレに説明出来るようにしておくこと」

そう言って金貨をトランクに詰めマチルダに差し出した。
マチルダは暫く迷っていたがやがて手を挙げトランクを受け取る。それはずしっと重かった。

「あんたはあたしがこのお金を増やせるって信じているんだね?」
「うん、ガリアと結構価格差があるし、一番ネックの輸送費もサウスゴータのフネに便乗出来るなら大分安くなるだろうから、失敗する確率は低いと思う」
「面白そうじゃないか、やってやるよ。ウォルフをせいぜい驚かしてやるよ」

そう言うマチルダの目は十三歳とは思えないギラギラとした輝きを放っていた。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
7.02843403816