古森義久その2

古森義久その2

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 かつて大ヒットしたアメリカ映画に『エイリアン』というのがあった。遠い星からの怪物が人間の体内に入り込み、その人間を乗っ取ってしまうのだが、外から見ると内部にひそむエイリアンたちの存在はわからない。外見はまったく普通の人間に見える。だが中身は実は恐ろしい別の生物がコントロールしているというのだ。

 非礼になるかと思いながらも、そんなホラー映画の主役をつい連想してしまった。いまアメリカ議会で「慰安婦」問題で日本を糾弾するマイク・ホンダ下院議員を見ていてのことである。

問題の仕掛け人

 ホンダ議員はこの一月末、下院に「慰安婦の人権擁護」と題する決議案を提出した。他の議員との共同提案という形こそとっているとはいえ、実態として主導はあくまでホンダ議員である。この慰安婦問題は、いまやアメリカのリベラル系マスコミの扇情的報道や学者らの批判的コメントで議会の枠を越えた広がりをみせているが、そもそもの仕掛け人はホンダ氏であり、彼が出した決議案なのだ。

 決議案の内容は「日本軍が第二次大戦中、若い女性たちを性的奴隷へと強制したことに対し日本政府は明白な形で公式にそれを認め、明確に謝罪し、歴史的な責任を受け入れることを求める」という骨子だった。

 要するに六十年以上前の慰安婦について現在の日本の政府や国民、首相が謝れ、というのである。これだけでも、「いったいなぜ、いま?」という疑問に襲われるのがふつうである。

 しかも決議案は「当時の日本政府が女性たちに兵隊たちへの性行為を強制した」と断言し、「現在の日本政府は日本軍による慰安婦たちの性的奴隷化や人身売買が実際にはなかったという主張をすべて排除せねばならない」とまで命令していた。当時の日本の軍や政府が組織的に、政策として、アジア各地で若い女性を無理やりに連行して娼婦にさせていた、という「強制徴用」の大前提なのである。

 実際に検証された当時の歴史的事実とは異なる「大前提」が、大上段に押しつけられているのだ。

出自の詳細は不明な点も

 マイク・ホンダ氏はその名からも明白なように日系アメリカ人である。出自の詳細はなお不明な点もあるようだが、公式には祖父母が日本からの移民、両親がアメリカ生まれの日系二世であり、当人は日系三世となる。現在、そのホンダ氏はカリフォルニア州サンノゼ市やサンタクララ市のそれぞれ一部を合わせた同州第十五区選出の下院議員である。

 二〇〇〇年十一月の選挙で初当選し、〇二年、〇四年、〇六年と再選を果たしてきた。

 ホンダ下院議員のこれまで六年余りの連邦議会での活動をみると、決して誇張ではなく戦争や歴史がらみで日本を叩くことを最大の目標にしてきたように見える。慰安婦問題での決議案だけでも、彼が主体となって、二〇〇一年、二〇〇三年、二〇〇六年、そして今回の二〇〇七年と、なんと四回も提出してきた。アメリカ議会は活動単位は一期二年だから、まさに毎会期ごとに出してきたのだ。  

 しかもホンダ議員が昨年プッシュした慰安婦決議案は、九月に下院国際関係委員会(その後、名称を変えていまは外交委員会)で表決され、可決までされた。ただし本会議での審議には回されることなく廃案になった。

 同議員はその四カ月後にまたほぼ同内容の決議案を出してきたのだ。昨年も、それ以前も共和党が上下両院で多数だったから、下院でもこの種の日本糾弾には同意しない共和党の議長や院内総務が本会議では取り上げず、議会全体で審議されることもなかったのだ。その状況が昨年十一月の中間選挙で民主党が上下両院とも多数を制したことにより、ホンダ議員に有利に変わったわけである。

 ホンダ議員はさらに慰安婦問題に限らず、戦時中に日本の捕虜となった米軍人への補償や謝罪の要求の決議案、法案も再三にわたって出し、公聴会も開いてきた。

異端の日系米国人

 ホンダ氏はいったいなぜ、日米両国間だけでなく、日本と戦った第二次大戦の交戦相手国の間では軍事裁判や講和条約によってとっくに処理ずみの案件を、戦後六十年以上が過ぎたいまアメリカ議会に持ち出して、日本を攻撃し続けるのか。

 一般に日系アメリカ人というのは日本に対し、ある程度の優しさや親しみを持っている。日本は戦争では敵になったとはいえ、父祖の国である。アメリカ議会で活躍してきた日系米人の政治家も少なくない。

 いまなお現役のダニエル・イノウエ上院議員は民主党の長老である。共和党側ではもう故人となったスパーク・マツナガ上院議員とS・I・ハヤカワ上院議員はいずれも全米でよく知られた日系政治家だった。故ロバート・マツイ下院議員やノーマン・ミネタ下院議員(その後、運輸長官に就任)も長年、国政の場で活動し、高い評価を得た。

 こうした日系米人の議員たちも、日米貿易摩擦などに対しては当然ながらアメリカ側に立って、日本の政策を非難し、糾弾することもよくあった。だが日本や日本人そのものに対しては、ある域を越えて攻撃するということはまずなかった。日本の特定の政策を批判しながらも、日米友好や日米同盟堅持の意義を強調するという姿勢だった。

 ところがホンダ議員は、日系議員ながら日本を正面から叩き続けるのである。しかも両国間でとくに摩擦など起こしてもいない過去の戦争がらみの案件ばかりを取り上げて、執拗に日本を非難する。その非難では、「過去の残虐を反省しない」などという表現で日本側が倫理や道徳に劣ると断じる。日本民族の心のあり方にまで踏み込んで、攻撃を浴びせるのだ。

 ホンダ氏のこの態度は、日系米人としては私の知る限り、まったく異端である。私は長年のアメリカ生活で日系米人とも数え切れないほどの知己を得て、友人と呼べる人間も多数いるが、みな少なくとも人間レベルの基本部分では日本側への共感を大なり小なり抱くというのが共通項だと感じてきた。だれもが自国であるアメリカと父祖の国の日本とが良好な関係を保つことを望んでいた。

 ホンダ氏のように、日本や日本人をまるっきり突き放して斬りつけるという態度は見たことがなかった。この点でもつい「エイリアン」を連想してしまうのだ。他の日系米人のあり方からは、彼の言動はあまりにかけ離れて見えるからだ。

中国系勢力から献金 

 ホンダ議員が慰安婦問題をなぜこれほど執拗に取り上げるのか、公正を期すために、本人の主張も認知しておこう。公式の場の発言では、同議員はとにかく日本軍の性欲の犠牲になったという女性たちへの同情を強調する。その女性たちは哀れな被害者であり、正当な謝罪も賠償もされていないから、その人道主義上の不当性を正す、というのである。

慰安婦大募集

 ホンダ氏はアメリカ議会の民主党でも超リベラル派の人権擁護派とされる。青年時代にはケネディ大統領が創設した「平和部隊」に入り、中南米の貧しい国で奉仕的な仕事をした経歴もある。だから日本に対する慰安婦問題や米軍捕虜問題での激しく長い糾弾も、ひとえにホンダ氏の人権擁護への信念から、と考えることができるのかもしれない。

 しかしホンダ氏の政治活動歴の別の面に光をあてて、とくに政治献金の内容を調べてみると、驚くべき実態が浮かびあがった。中国系勢力との結びつきが異様なほど強いのである。しかも中国当局とのきずなを保つ在米の中国系反日団体の幹部たちから集中的に政治献金を受け、慰安婦問題のような戦争がらみの案件での日本叩きでは緊密な連携を続けてきたのだ。

 ホンダ議員の政治活動の内部には中国系反日活動家たちの資金や主張がぎっしりと詰まっている、という感じなのである。この実態こそ、私にエイリアンをつい思わせた主因だった。

 慰安婦問題を追及するホンダ氏が中国系勢力ととくに距離が近いという水面下の動きは当初、私にとっても意外だった。慰安婦問題といえば、日本から見てまず表面に出てくるのは韓国である。慰安婦だったという女性もほとんどが韓国の人たちで、中国は少ない。

 しかもアメリカには「ワシントン慰安婦連合」という組織があって、韓国系米人の女性が頂点に立って長年、宣伝やロビー活動を展開してきた。だが政治献金の面からみると、ホンダ氏の選挙運動や政治活動を支えるのは、もっぱら中国系が多いことが判明したのである。

反日組織からも支援が 

 ホンダ議員への中国系勢力からの政治献金の実情について私は産経新聞でまず報道した(三月十五日付朝刊)が、もう少し詳細な情報をも含めて、その全体構造を改めて報告しよう。

 アメリカでは上下両院議員への政治献金は公式には選挙キャンペーンへの寄付としてなされる。献金する資格があるのはアメリカ国籍か、アメリカ永住権を有する人に限られる。外国人による献金は違法なのだ。個人では一回の選挙について一政治家への献金は一回だけ、限度は二千三百ドルとされる。この献金はみな連邦選挙委員会に届けられる。

 そうした政治献金の実態を広範に研究している民間機関「有責政治センター」(CRP)は、各議員別にくわしくその個人献金の内容をリストアップしている。そのリストを基礎に調べてみると、次のような結果が判明した。

 マイク・ホンダ議員の場合、異様なほど中国系勢力からの献金が多いのである。二〇〇六年のCRPの記録をみると、ホンダ議員は同年に個人からの政治献金として合計四百四十九人、金額で合計約三十七万ドルを受けとった。そのうち中国系個人からは九十四人、約十一万ドルだった。比率でみると、中国系からの献金が全体に対し人数で二一パーセント、金額で三〇パーセントとなる。

 ホンダ議員のカリフォルニア州第十五区はアジア系住民が多く、全体の二九パーセントを占める。そのうち中国系住民は全体の九パーセントである。だが政治献金となると、ホンダ議員はその全体の三割を中国系のみに頼っているのだ。

 慰安婦問題では本来、大きな役割を果たしているだろうと見られた韓国系住民からホンダ議員への献金は二〇〇六年には人数でわずか十人、金額の合計で七千ドルほどにすぎなかった。中国系の十分の一にも満たない献金額なのである。

 ホンダ議員への政治献金のもう一つの特徴は、州外からの献金が多いことだった。カリフォルニア州の他の連邦下院議員たちの場合、個人献金の州外からの分は一般に一〇パーセントほどだが、ホンダ議員は四〇パーセントにも達し、全米各地の中国系住民からの寄付が多いことを示した。

 さらに注視すべき点は、ホンダ議員への献金がきわめて反日傾向の強い中国系団体の幹部たちから多くなされている事実である。それら中国系団体はみなアメリカ国内に本拠をおき、幹部たちもすでにアメリカ国籍、あるいはアメリカ永住権を取得した中国人たちである一方、それら組織は陰に陽に中国当局と結びついている。

 二〇〇六年のホンダ氏への政治献金だけでも、以下のような団体の幹部が名を連ねていた。それぞれ数百ドルの献金だった。

 こういう中国系活動家たちがホンダ議員の資金面での支持者としてずらりと名前を並べているのだった。

 これら活動家が代表する団体としては「世界抗日戦争史実維護連合会」が文字どおりグローバルな規模での反日活動を展開し、日本側からすれば、もっとも注意すべきである。

 この団体については後述するとして、さらに興味を引かれるのは前記の献金者の一人フレデリック・ホン氏という在米の中国系弁護士が中国本土の人民政治協商会議と直接のコネを持っている点だといえる。

 同政協会議は中国では全国人民代表会議(全人代)を支え、共産党政権への協調をうたう全国組織である。こうした中国の公的組織に顧問という肩書きで直接のきずなを保つ人物が、ホンダ議員への献金者なのだ。

 ホン氏のウェブサイトには、同氏が中国側の呉儀副総理、李肇星外相、朱鎔基前総理ら要人とそれぞれ二人だけで並んで写した写真が誇らしげに掲げられている。

中国当局とも密接

     

 さてホンダ議員の陰の支援者では最大と呼べる「世界抗日戦争史実維護連合会」(以下、抗日連合会と略)に光を当てよう。

 抗日連合会は英語の名称はGlobal Alliance for Preserving the History of WWII in Asia とされている。日本語に直訳すれば「第二次世界大戦アジア史保存グローバル連合」となる。中国語名称での「抗日戦争」の部分は英語名称では「第二次大戦」というふうに緩やかな表現に変えられている。

 この名称だと、いかにも第二次大戦でのアジアの歴史全般と取り組む団体であるかのような印象を受ける。だが元の名称はあくまで中国語であり、その中国語名称に明記される「抗日」という表現から明らかなように、この団体の本質は日本糾弾である。

 抗日連合会は、公式には一九九四年に全世界の華僑、中国系住民によって結成された国際規模の組織とされる。本部をカリフォルニア州クパナティノにおくが、中国の政府や共産党と密接なきずなを保つ反日組織である。

「反日」とあえて断じるのは、この抗日連合会の「任務」や「要求」「活動」の記述からその性格が明白だからだ。傘下や関連の団体としてリストアップされた約五十の組織は、とにかくありとあらゆる戦争がらみの「理由」の下に現在の日本を攻撃している。

 抗日連合会が創設時に日本向けに発表した「宣言」には「日本は戦争中の中国での残虐行為に対し、ドイツと異なり、謝罪を表明したことも、悔いを表明したこともない」と断じ、中国への謝罪と賠償をまず求め、さらに「アジアのホロコースト」を悔いる記念碑を複数、建てることを要求している。

「要求」では日本国内で「戦時の侵略や残虐を否定する言論を禁ずる法律」や、「戦犯合祀の靖国神社への参拝を禁ずる法律」を作ることを求める。その背景として、そもそもサンフランシスコ対日講和条約自体が不当だから、日本はゼロから謝罪や賠償を始めろ、とまで要求しているのである。

 日本の戦後の講和や賠償、謝罪の努力だけでなく、民主主義や平和主義の実績までもすべて否定しているという点で、この抗日連合会は疑いなく反日だといえる。

 しかも抗日連合会は中国政府と結びついている。連合会として中国国営の新華社通信につながる中国語ウェブサイトを有するだけでなく、中国国内でたびたび会議を開いてきた。

 たとえば二〇〇二年一月には上海の華東政法学院(大学)で「第二次大戦賠償問題に関する国際法会議」を催した。独裁国家の中国でこの種の「国際会議」は当局の協力なしに開けるはずはない。しかもおもしろいことに、華東政法学院というのは中国当局の対外諜報部門に毎年、多数の卒業生を送りこむ大学だといわれる。

 抗日連合会の最近の活動で目立ったのは、二〇〇五年春、日本の国連安保理常任理事国入りの動きに反対して、あっというまに全世界で合計四千二百万人からの反対署名を集めたと宣言したことである。

 二〇〇五年暮に「クリント・イーストウッド監督が南京大虐殺をハリウッド映画として制作する」というデマを最初に発信したのも、抗日連合会のロスアンジェルス支部だった。この虚報は上海の新聞『文匯報』がニュースとして流し、読売新聞が二〇〇六年一月に上海発でまた転電し、日本でもちょっとした波紋を広げた。だがまったくのウソだったのだ。

 抗日連合会は一九九七年から九八年にかけて、かのアイリス・チャン著の『ザ・レイプ・オブ・南京』の宣伝や販売に総力を投入して、同書を全米ベストセラーにまで押し上げた実績もある。

「共闘は成功した」

 これだけ説明すれば、世界抗日戦争史実維護連合会の組織としての性格や実態は明らかであろう。明らかに反日のこの組織が、マイク・ホンダ氏がカリフォルニア州議会議員だった時期から密接な連携プレーをとってきたのだ。そして抗日連合会の中核の幹部たちは、ホンダ氏が連邦議会に初出馬した二〇〇〇年の選挙キャンペーンから〇三年ごろにかけて、集中的に献金をしているのだった。

 また連邦選挙委員会の記録と「有責政治センター」の発表からその軌跡をたどろう。

 以上は抗日連合会の活動家たちからのホンダ氏への政治献金の一部である。個々の金額は決して多くないが、一回の限度が二千三百ドルであることを考えれば、ホンダ氏にとっては貴重な寄付金だった。しかも寄付をした個人の顔ぶれから、明らかに抗日連合会が組織ぐるみでホンダ氏を財政面でも支援してきたことが証されている。

 抗日連合会はホンダ氏が一九九八年から九九年にかけて、カリフォルニア州会議員として日本糾弾の決議案を推進したときも全面的に共闘した。妻のジョセフィンさんとともにホンダ氏の連邦下院への立候補に合計四千ドルの個人献金をしたイグナシアス・ディン氏は、九九年にカリフォルニアの新聞に次のように語っていた。

「私はマイク・ホンダ氏とともにカリフォルニア州議会に出す決議案の草案を書いた。日本の南京大虐殺、731細菌部隊、米人捕虜虐待問題、慰安婦強制徴用問題など日本の『戦争犯罪』を追及し、その責任を問う意図の決議案だったが、州議会では採択され、ホンダ氏との共闘は成功した」

 そのホンダ氏はこの決議案が州議会で採択された翌年の二〇〇〇年に連邦議会への立候補を宣言し、当選した。そのプロセスでは抗日連合会の幹部たちとの緊密な連携プレーが一貫してあったわけである。

 ホンダ議員とそれら中国系活動家との水面下でのきずなは政治献金で裏づけられる。表面のつながりは抗日連合会の「宣言」や「要求」での日本糾弾の語句と、ホンダ議員が下院に提出した日本糾弾の慰安婦決議案の語句とをくらべれば、瞬時にわかる。抗日連合会が日本にぶつけている非難や謝罪、賠償の求めは、ほぼそっくりそのまま下院の決議案となっているのだ。

金学順

 そこからホンダ議員が抗日連合会に代表される中国系反日勢力に導かれ、引きずられ、日本叩きの決議案などを出してきた、という構図が浮かびあがるのも、やむをえないだろう。それは冒頭で述べたエイリアンの構図なのである。

ホンダの独断と無知

 さて、こうした背景や動機を抱くマイク・ホンダ議員が主役となって推進する慰安婦決議案をめぐるアメリカ議会での動きに目を転じよう。これまでのハイライトは、下院外交委員会のアジア太平洋小委員会が二月十五日に開いた公聴会だった。この決議案を委員会段階で審議するための公聴会である。

 この公聴会に証人として登場したのは、元慰安婦だったという韓国系女性二人とオランダ人女性一人、「ワシントン慰安婦連合」という組織の代表のオクチャ・ソウ氏、「戦争責任」に関して現在の日本を攻撃し続ける民主党系女性活動家のミンディ・カトラー氏、そして当のホンダ議員だった。

 いわゆる慰安婦問題で日本の立場を説明する証人も、中立の立場にある証人も含まれていない。みなホンダ陣営である。まったく不公正な証人構成だった。

 決議案の前提には、慰安婦はすべて日本軍によって直接に強制徴用され、河野談話も村山談話も明確な謝罪にはなっていないという決めつけがある。この決議案に対して、日本政府は麻生太郎外相や加藤良三駐米大使の言明として「事実に基づいていない」と反論する。

 では日本側のこうした姿勢に対しホンダ陣営はどんな糾弾を進めるのか。同公聴会での議員や証人の言葉の一部を紹介しよう。そこに浮かびあがるのは独断と傲慢、そして無知と不正確である。

 同公聴会の議長役となったアジア太平洋小委員長の民主党エニ・ファレオマバエンガ代議員がまず語った。同代議員はサモア選出で本会議での投票権はない。

「この決議案は日本帝国の軍隊によるセックス奴隷、つまり強制的売春の責任をいま日本政府が公式に認めて、謝り、歴史的責任を受け入れることを求めている。日本の軍隊が五万から二十万の女性を韓国、中国、台湾、フィリピン、インドネシアから強制的に徴用し、将兵にセックスを提供させたことは歴史的な記録となっている。

 アメリカも人権侵害の行為はとってきたが、日本のように軍の政策として強制的に若い女性たちを性の奴隷にしたことはない」

 要するに日本軍全体がセックス奉仕をさせるための女性を組織的、政策的、かつ強制的に徴用していた、というのだった。

 当のホンダ議員は証人として、さらに議員として長々と発言したが、以下の言葉がとくに極端だった。

「日本の国会は戦争での個人の損害賠償は講和条約の締結で解決ずみという立場をとるが、他の諸国はそうは考えない。若い女性の多くは日本軍により自宅から拉致され、売春宿に連行された。一九九三年には河野洋平氏による談話が出たが、日本政府の誠意ある謝罪ではなく、人為的で不誠実な意思表示に過ぎなかった。二十年ほど前に日本の文部省は検定教科書のなかの慰安婦の悲劇を削除、あるいは削減してしまった」

「日本側がアジア女性基金を作り、元慰安婦たちに賠償をしようとしたことは歓迎するが、それは政府としての正式の認知ではない。賠償金受け手への日本の首相の謝罪書簡も、日本政府としての明確で公式の謝罪ではない」

日本の謝罪はカブキ

 もう一人の証人のカトラー氏は靖国問題などでも小泉前首相、安倍首相を「右翼の軍国主義者」と誹謗し続けてきた反日活動家である。日本語はできず、日本の歴史も政治も勉強をした形跡がないのに、日本の内情を左翼の立場からあれこれ尊大に断ずる超リベラルでもある。

 そもそもどんな資格で慰安婦問題を論ずるのか不明なのだが、ホンダ議員とも密接な連絡を保ち、ロビー工作を活発にしている。

 そのカトラー氏は次のような証言をした。

「河野談話、村山談話を含めて、これまでの日本政府当局者によるいかなる謝罪表明も慰安婦問題での日本の公式の謝罪ではない。橋本、小渕、森、小泉など歴代首相によるアジア女性基金の賠償金受取人への謝罪書簡も、単に個人の見解表明に過ぎない。不誠実であり、日本をよく知らない外国人に向けてのカブキの演技のようなものだ。この種の弁解はホロコースト否定にも似ている」

「とくにいまの安倍政権は日本の歴史に虚偽の概念を有し、河野談話を骨抜きにしようとしている。いまの日本では右翼が非常に強く、数多くの政治家、歴史学者、新聞記者などはその恐怖におののき、政府への反論を述べられない。

 彼らは夜、脅しの電話を受け、自宅に不審な物体を送られている。私はあまりにも多くの、アメリカ人も含めた学者たちが脅迫を受けていることを知っている。ニューヨーク・タイムズに匹敵する日本のもっとも尊敬され、もっとも広範に配布される日刊紙が最近、なんと二度も慰安婦システムというのは歴史的な捏造だとする社説を掲げた」

 この新聞は読売新聞のことである。読売は軍による組織的な強制連行などを否定する社説は載せたが、「慰安婦システムが歴史的な捏造」とは述べていないだろう。

「ワシントン慰安婦連合」代表のソウ氏の証言はさらに奇妙だった。 

「現在の日本政府は戦争犯罪に関する情報を意図的に隠す努力を続けている。日本はいまや国際法の責務にきちんと直面せねばならない。歴代政権で唯一、戦争犯罪や侵略に遺憾を表明した村山富市氏は、日本の軍部と国会の反発によって首相の任期を短くして辞任させられた」

 日本の「軍部」が村山首相を辞任させたとは初耳である。こうしたデタラメな発言がアメリカ議会の公聴会という場で堂々と述べられているのだ。

 ただし、この公聴会は議員側の席はがらがらだった。ほとんどの時間、ファレオマバエンガ代議員とホンダ議員の二人だけだったのだ。ただし冒頭には共和党のデーナ・ローラバッカー議員とスティーブ・チャボット議員が短時間、顔を出し、いずれも決議案への批判を述べていた。

不公平なプレゼン

 公聴会での元慰安婦三人のうち、はっきりと日本軍の将兵に連行されたと証言したのはオランダ女性のジャン・ラフ・オハーンさんだった。オハーンさんはいまオーストラリア国籍となり、八十四歳だという。

 他の二人の韓国女性を含めて、これら元慰安婦の体験はたとえその信憑性を客観的に証明する方法がないにしても、悲惨だったことはまちがいない。また日本軍が慰安所を設け、軍人専用の売春の場所や機会を供していたことも事実である。

 そこで働いた女性たちが、たとえ自分の意思での売春であっても、苦しく悲しい思いをしたこともまちがいない。その悲劇や辛苦に対し、遺憾の意を覚えることは私自身も含めて、現代の日本国民の大多数に共通しているだろう。

 だがその一方、当時の日本の政府や軍隊が方針として一般の若い女性を慰安婦として強制連行していたと断じられたり、戦後の日本はこの件で謝罪も反省もしていないと告げられたりすることには、現在の日本国民としては黙ってはいられないだろう。

 そもそも講和条約や軍事裁判で処理され、懲罰されたことを、あたかもこれまでなんの措置もとられなかったかのごとく糾弾されるのは不当である。現在の日本国民の大多数がまだ生まれてもいない時代の出来事をなぜいま責められ、謝罪を迫られるのか。

六十年前にすでに断罪

 この点、オハーン証言は日本側として断固として反論すべき問題点を内蔵していた。

 オハーンさんは公聴会では「インドネシアの抑留所にいた一九四四年、日本軍の将校に無理やりに連行され、慰安所で性行為を強要された」と証言した。いかにも日本軍全体が女性の強制徴用をしており、戦後も日本側はオハーンさんが連行され、セックスを強要されたことへの謝罪や賠償はなにもしていないように思わせる証言だった。

 ところが実際には、オハーンさんは戦後すぐにオランダ当局がインドネシアで開いた軍法会議で裁いた「スマラン慰安所事件」の有力証人なのである。

 彼女の証言などにより、日本軍の上層部の方針に違反してオランダ女性を連行し、慰安所に入れた日本軍の将校と軍属計十一人が一九四八年三月に有罪を宣告され、死刑や懲役二十年という厳罰をすでに受けているのだ。オハーンさんは今回の公聴会で日本側が責任をとることを求めたが、責任者は六十年近く前にすでに罰せられている。

 日本政府には批判的な立場から慰安婦問題を研究した吉見義明氏も、著書『従軍慰安婦』のなかでオランダ政府の報告書などを根拠にスマラン慰安所事件の詳細を記述している。同記述では、オハーンさんらオランダ女性を連行したのはジャワの日本軍の南方軍幹部候補生隊の一部将校で、(1)軍司令部は慰安所では自由意思の者だけ雇うようはっきり指示していたが、同将校たちはその指示を無視した、(2)連行された女性の父のオランダ人が日本軍上層部に強制的な連行と売春の事実を報告したところ、すぐにその訴えが認められ、現地の第十六軍司令部はスマラン慰安所を即時、閉鎖させた、(3)同慰安所が存在したのは二カ月間だった、(4)主犯格とされた将校は戦後、日本に帰っていたが、オランダ側の追及を知り、軍法会議の終了前に自殺した――などという点が明記されている。

 つまり、オハーンさんの事件は当時の日本側の規則や方針をも破る犯罪行為としてすでに懲罰を受けていたのだ。しかもその事件は日本軍が上層部の方針として「慰安所は自由意思の女性だけを雇うようはっきり指示していた」ことを立証していた。だが今回の公聴会ではこのへんの経緯はまったく知らされなかった。きわめて不公平なプレゼンテーションだったのである。

 アメリカでは「一事不再理」あるいは「二重訴訟の禁止」は憲法にまではっきりうたわれている。一つの事件が裁かれ、判決が確定した場合、その同じ事件について再び公訴してはいけない、追及してはならない、という原則である。オハーンさんが被害者となり、証人となった「スマラン慰安所事件」はすでに裁判が開かれ、判決が確定しているのだ。

 それをまた六十年後のいま、あたかもなんの懲罰もなかったかのように白紙からやり直そうというのである。

 このように欠陥だらけの慰安婦決議案に関して、日本の一般マスコミではアメリカ側での決議案への賛成の動きばかりが報じられている。だが議会でもなお決議案への懐疑や反対が存在することは認識しておく必要がある。

 たとえば二月十五日の公聴会でも冒頭にだけ出席した共和党有力議員のデーナ・ローラバッカー氏は、次のような発言をした。

「日本の首相や閣僚は慰安婦問題について一九九三年以来、何度も謝罪してきたから、いままたアメリカ側が議会決議でその謝罪を求めることは、おかしい。そもそも現在の日本国民を二世代前の先人がした行為を理由に懲罰しようとすることは不当である」

「世界のどの国も過去に罪を犯してきたが、アメリカを含めてほとんどの諸国はまず謝罪はしていない。いまの日本はアメリカの同盟国として民主主義や人道主義を実践し、世界的にも貴重な貢献をしているのに、その日本だけに対し過去の罪を責めることは均衡を欠く」

 同じ共和党のスティーブ・チャボット議員も同公聴会で、「第二次大戦で苦痛を経た日本、韓国、フィリピンなどはいまみなアメリカの同盟国であり、戦後の困難な状況下でも一貫してアメリカを支援してきた」と述べて、日本糾弾の決議案を批判した。

曲解された安倍発言

 ところが皮肉なことに、安倍晋三首相の三月一日の発言によってアメリカ側のこうした状況は日本側に不利な方向へとシフトした。

 前述のように日本側では河野談話で軍の関与を認め、一部の強制性までも認めて謝罪を表明はしたが、なお軍全体が政策として女性たちを強制徴用していたことを示す証拠は皆無という立場を保ってきた。だから今回の決議案に対する加藤駐米大使の反論にも「日本政府はいわゆる従軍慰安婦問題に関する責任を明確に認め、政府最高レベルで正式なお詫びを表明してきた」とする言明が含まれていた。

 日本側はさらに個別の女性が売春斡旋業者にだまされ、強制され、という実態があったことも認めてきた。加藤大使の言明でもその点は言外に認知しているわけだ。

 こうした背景のなかで安倍首相は「強制性を証明する証言や裏づけるものはなかった」と語った。日本軍が全体として女性を強制徴用していたこと、つまり「狭義の強制性」はなかった、という趣旨の発言だった。

 ところが、この首相発言があたかも慰安婦に関するすべての強制性を否定したかのように米側では報じられてしまった。安倍首相にはもとから批判的なニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストが「安倍首相が性的奴隷への日本軍の役割を否定」、あるいは「首相は女性が戦時の売春宿に強制徴用されたことを否定」というふうに報道したのだった。一部の米側マスコミは、安倍首相が慰安婦への軍の関与から、慰安婦の存在さえも否定したかのように報じた。

 アメリカ議会では、この種の一連の報道によって、日本がこれまで慰安婦問題で少なくとも軍の関与を認め、実際に慰安婦だった女性たちに歴代首相が謝罪をも述べてきたことをこの安倍発言はすべて否定したのだ、というところまで曲解されるにいたった。ある共和党下院議員の補佐官は「わが議員は決議案に反対だったのだが、もし日本の首相が日本軍の慰安婦へのかかわりや従来の首相の謝罪まですべてを否定するとなると、賛成に回らざるをえない」と私に打ち明けた。

 マスコミでも前記の大手紙以外にロスアンジェルス・タイムズ、ボストン・グローブ、サンノゼ・マーキュリーといった有力新聞がそれぞれ社説やコラムで、「日本の首相の慰安婦責任否定は不当だ」という趣旨の非難を表明するようになった。安倍政権にとっても、日本全体にとってもきわめて不愉快で不公正な事態だった。

主張明確に反撃を

 しかしまだまだ日本側には反論や反撃の機会はある。とにかく戦争や歴史がらみのこの種の対日非難に対して日本政府はこれまであまりに長く、なにも反論しないという態度を保ってきた。日本への非難をとにかくある程度、認め、決して否定はせず、非難の嵐が去るのをじっと待つ、という対応だった。今回の決議案はそういう日本の沈黙や忍従が事態をますます悪くしていくことを裏づけたといえよう。

 安倍首相による、日本の首相としては初めてのこの種の問題への反論が、逆により大きな規模の日本非難を招いたという面も確かにある。アメリカ側のマスコミのゆがめ報道に加えて、安倍首相の反論の表現にもゆがめを許す曖昧さがあったようだ。だが決して反論すること自体がミスではなく、その反論の表現方法やタイミングに相手側につけこまれる不備があったということだろう。 

 以上、報告してきたように、アメリカ議会での慰安婦決議問題には多様な要因が複雑にからみあう。決議案自体は次の段階として下院外交委員会で可決されたため、予断を許さない。

 だがいずれにしても、日本側としてはこの課題には多層な複眼での考察が欠かせない一方、中期、長期には必ず自国側の主張を明確に表明していかねばならない。でなければ、アメリカ左派や中国系勢力のでっちあげる「歴史」がそのまま事実として定着することとなってしまうのだ。