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[20512] 星々の彼方【デルフィニア戦記、暁の天使たち他】
Name: Clown◆7d7d1d97 ID:4536f63d
Date: 2010/07/21 18:35
初めまして、Clownと申します。
最近怪我をしてしまいまして、中々外に行く事が出来ないために私が大好きな茅田砂胡さんの作品、

・デルフィニア戦記
・スカーレット・ウィザード
・暁の天使たち
・クラッシュ・ブレイズ

以上4作品を組み合わせた二次創作を書いてみたいと思い立ちました。
何分パソコンに不慣れな為に遅筆ですが、温かい目で見守って下さると大変嬉しく思います。
尚、話の展開上暴力及び流血表現を行う事があります。
そして主人公等の他にオリジナルキャラが話に登場する場合があります。
それらが苦手な方は本作品を読まずにプラウザバックを行う事を推奨致します。

では、長々と前書きを書いても仕方ありませんのでここで筆を置かせて頂きます。



[20512] 序章:終わりと始まり
Name: Clown◆7d7d1d97 ID:4536f63d
Date: 2010/07/21 18:38
 翡翠の如き深緑の葉を持つ木々を擁する壮大な森。
 人の気配は全くなく、手をつける事が許されない厳しい自然の中で男はただ一人歩を進めていた。
 齢の頃は三十の半ばから四十の前半程か。
 服装は黒い襤褸布を無理矢理服に仕立てたような酷い代物である。
 腰に見事な剣を佩びているとはいえ、却ってそれが格好の酷さを際立たせていた。
 それでも黒々とした髪は艶やかであり、体躯は巌と見紛える程に鍛えられ、肌は上等のなめし革のよう。
 体の動き一つ取っても常人のそれとは異なり隙のない動きがこの男がただ者ではない事を表している。
 なぜならば、この男――――

「やはりスーシャの森は美しいな。執務室に籠ってばかりだったから尚更だ」

 魔の五年間の際に前国王の落胤という華々しい登場を行いその場を騒然とさせ、庶子の身で国王の座に就き善政を敷き。
 一度ペールゼンの陰謀により王権を奪われ国を追われるも、闘神の娘と共に友軍を率いてこれを奪還。
 以後反乱の種を着々と摘み取り、大華三国の二国、パラストとタンガとの大戦で見事勝利し、勝利の女神の祝福を得た男。

 ――――デルフィニア国王、ウォル・グリーク・ロウ・デルフィンその人である。

 なぜ国王たる男がこんな僻地にいるのか……理由は実に簡単である。
 久し振りに外に抜け出て羽を伸ばしたかった、ただそれだけ。
 もしこの場に辣腕で知られるブルクスが聞いたらどう思うだろう。大きな溜め息は必至、頭髪が益々危険な事になる事うけあいである。
 また闘将と謳われるドラ将軍の耳に入ったらどうなるだろう。まず間違いなく特大の雷が落とされるに違いない。しかも本人不在のために近くに居る者に。
 勿論、国王本人も時間差で超特大の雷を落とされる運命にあるのは変わりないのだが。

「侍従達には悪い事をしたと思うが……偶の休暇を楽しむためだ、恨んでくれるなよ」

 と、至って本人は悪びれる様子もなくスーシャの森の奥へと足を踏み入れていく。
 目指すはウォルが貴族時代によく泳いだ湖である。
 折よく今の時分は木漏れ日も眩しい夏(というより承知の上で来ていたのだが)、泳ぐには最適な時季だ。
 火照った体をこの上ない程に心地良く冷やしてくれるに違いない。
 更には強烈な日差しにより発汗を余儀なくされた肉体を洗い清めてくれるだろう。
 それは何とも甘美な誘惑であり……男の願うところであった。
 故に足取りが鈍る事はなく。故郷の地で迷って無駄に時間を浪費するはずもなく。


 それから一時間と掛からずに目的の湖に到着していた。

 その湖面は穏やかで透き通り、尚且つよく研磨された鏡面のように周りの深緑を映し出している。
 少し注視するところを変えてやれば直ぐ様湖底を覗き見る事が出来、様々な種類の魚達が元気に泳ぐ様子が窺える。
 そして手を片方浸し掬ってみれば肌に伝わる心地良い水の冷涼さと鼻孔を擽る清涼な香り。
 それは記憶と寸分違わぬ――男が愛してやまない、スーシャの、故郷の湖だった。

「最後にここに来たのは、リィに迫られた時だったか……」

 リィ――グリンディエタ・ラーデン。
 男の同盟者であり、妻であり、デルフィニアの勝利の女神。そして異世界からの来訪者。
 王権奪回を狙う流浪の国王に手を貸し、類を見ない活躍を見せ王女となり、デルフィニア王妃にまでなった少女。
 最後には神の鉄槌を敵軍に降らせて大戦を終焉へと導き、デルフィニアに勝利を、国王に祝福を与えた戦女神。

 ここまで民草に語られている事を思い浮かべて男は自然、苦笑を浮かべる。
 それは現実は違う事を知っているが故か。
 実際は可憐な少女の体に強靭な戦士の魂が宿っており、無双の剣の腕は筆舌に尽く。
 そんな相手を女として見る事はなく、夫婦となってからも艶めかしい関係など欠片もなかったのだ。
 それが、である。最後の大戦の前夜に呼び出されたかと思えば……“夫婦の営み”に誘われたのである。
 あの時は本当に口の中がからからに干上がり、心臓が激しく暴れまわったものだ。
 断っておくが欲情したからではない(それはもう絶対に!)。単にあまりの恐ろしさに総身が極度の緊張状態に陥っただけである。
 結局は事の真相をいち早く察し――何よりもそもそも男にその気がないのだ――事なきを得たのだが。

「あれ程の動悸は戦場でも感じなかった」

 男は再び苦笑いをして軽く肩を竦める。傍から見ても愛嬌たっぷりに。
 そしてこの場所から由来する様々な思い出に浸りながらも当初の目的を果たすべく、行動を開始した。
 即ち――その場で一糸纏わぬ姿へ早着替え(?)である。
 神速の速さで身を包む衣服を放り投げると準備運動もそこそこに湖へと身を躍らせたのだった。


 それから男は思うがままに泳いで泳いで泳ぎまくった。
 始めは水に体を馴染ませるためにゆっくりと湖を何週か泳ぎ。慣れたと思った頃合いには速度を出して泳ぎもした。
 それもひとしきり楽しむと今度は湖底に向けて潜水し、体全体を使って心地良い水に触れ、周りを泳ぐ魚達と戯れた。
 男がようやく満足し、一息入れようとしたのは実に蒼天から太陽が消え去り、代わりに見事な満月が星天に浮かぶ頃であった。

「いやはや、久し振りにスーシャの湖で泳いだら時間が経つのを忘れてしまうな」

 時が経つのが早い事に驚く様を見せる……が、何の事はないのだ。しっかりと荷物の中に糧食や野宿のための装備も準備済みなのだから。
 要するに、確信犯なのである。しかも執務室に置手紙をわざわざ残す程に用意周到な。
 だが内容は酷いもので、

「少しばかり煮詰まったからしばらく外に行ってくる。探す必要はないぞ?遅くても二十日後には戻るからな」

 といった感じであり、これを侍従から見せられたブルクスの心情を推し量るのは難くないだろう。
 だが普段の国王ならば最大二十日も城を空ける事などしない――下手をしたら一日だって空けないだろうが――のだが、どうしようもない理由があるのだ。
 なぜならば、

「今日はお前が天の国へ帰った日だからな、リィ……」

 男は今日という日が近付くと如何ともしがたい寂寥感と喪失感に襲われるのだ。それも執務が手につかない程に。
 パラストに捕えられた際の拷問にさえ屈しなかった肉体と精神の強靭さを思えばまさか、と誰もが思う。実際、国王自身も思っているのだから。
 それでもこうなってしまっている事実は消え去らない。故に今日という日が近付いてきたら各地を巡って回っていたのだが――

「思えばなぜ、俺はスーシャに一度も足を運ばなかったんだろうな?」

 そう、なぜかスーシャにはリィが天の国に帰ってから一度も訪れていなかった。
 それはやはり、リィとの思い出に深く関わる場所には極力近付きたくはなかったという無意識の表れか。
 思い返してみればこうして外に抜け出す時にはそういった場所には出向いていなかった。
 その事に思い当たると擽ったいのと気恥ずかしいのとバツが悪いのとが綯い交ぜになった笑みを男は滲ませた。
 リィが聞いたなら問答無用で矯正するまで殴り続けるだろうな、と思ったが故である。
 事実、弱音を吐いた時やそのような態度を垣間見せた際に何度も頭を叩かれたりしているのだ。
 それでなくとも世話焼きな面がある彼女(?)である。絶対に景気づけだとでも言って殴るだろう。

 ああ、それも悪くないなと男は思う。
 いや、寧ろ切望していた。今、この瞬間には。
 どうしようもないのである。どう自制を働かせても思ってしまうものは思ってしまうのだ。

「……それでも」

 そう呟くと男はしっかと拳を握り締める。掌に爪が食い込み、血が滲み出しても尚その力を緩めずに。
 守るべきものがある。果たすべき事がある。王の責務がある。
 別れは辛かったが今生の別れではないのだ。そうに決まっている。
 何せあのリィだ。常識を常に問答無用で蹴倒しているような存在が常識に捕らわれる筈がない。
 だから男は待ち続けるのだ。周りの皆と協力して平安を守り、リィが帰ってきた時には少し怒ったような顔をして遅いぞ、と言ってやるのだ。
 そして嫌と言われても離さずに目一杯抱き締めて、頭も髪がぐしゃぐしゃになる程に撫で回してからよく来たなと言うのだ。

 だから、そう、だからこそ。

「今日を入れて後三日、ここで、愛するスーシャの地で、お前を思い出しながら堕落するのを許して欲しい」

 星空に吸い込まれる程にか細く、儚げなその言葉は直ぐに夜気の中へと吸い込まれ。
 男はそれから一言も言葉を発する事なく体の水気を拭い、糧食を食べ、腰に再び愛剣を佩びてから大きく枝を張った木の根元に寝転がった。
 しばらくは宝石箱をひっくり返したような夜空を眺めていたが、それも時間の経過と共に目蓋はゆっくりと閉じていき、遂には穏やかな寝息が辺りに静かに聞こえ始めた。

 男の寝顔は嬉しそうであり、怒っているようでもあり、寂しそうでもあり、泣いているかのようなものだった。



 朝。

 男の姿は大樹の根元にはなかった。
 荷物はそのままに、自らの愛剣とその姿だけがなかった。

 そして陽が真上に上っても、西に沈んでも、代わりに月が昇って来ても、そこに男が戻ってく来ることはなかったのである。


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