ネット上では今やコンテンツは“無料”が当たり前となっている。それが、テレビや新聞などのマスメディア、そして音楽やアニメなどのコンテンツ産業の収益を年々悪化させてきた大きな要因となっているが、ネット上の“無料”を終焉させようとする動きが世界的に強まりつつある。それはコンテンツ・ビジネスにとって福音になるのだろうか。

なぜ“無料”が当たり前になったか

 それにしても、そもそもなぜネット上のコンテンツは“無料”が当たり前になったのか。理由は二つある。一つは、特にウェブ2.0のバブル以降、ネット上のサービスの大半が広告収入を当て込んだ“無料モデル”で提供されているからである。もう一つは、ネット上に著作権法違反の違法コンテンツが氾濫していることである。

 前者について言えば、グーグルに代表されるネット企業がそうした“無料モデル”の普及をけん引した。クオリティの高いサービスを無料で提供してユーザ数を極大化し、広告収入を最大化しようという戦略である。

グーグルはニュースなども無料で提供している(画像クリックで拡大)

 マスメディアやコンテンツ企業も同じ“無料モデル”でコンテンツを提供して、ネットからの広告収入を増やそうとした。しかし、そうした取り組みが一巡して学んだことは、(コンテンツ・ビジネスの観点からはまだ)“ネットは儲からない”という事実である。例えば、米国の新聞社のネット広告収入は、紙媒体の広告収入のだいたい1/10である。

 要は、ネット上の“無料モデル”は、膨大なユーザ数を獲得できる検索やSNSなど、ネット上でユーザがもっとも頻繁に使うサービス(プラットフォーム・サービス)を提供するネット企業にのみ大きな利益をもたらすアプローチだったのである。

 後者について言えば、例えば世界のネット上を日々膨大な量の音楽ファイルが流通しているが、そのうち合法ファイルの数は20曲中1曲しかない。ネット上を流通する音楽の95%が違法なのである。

 音楽以外も同様である。例えば、検索結果や個人のブログなどに新聞や雑誌などのサイトの記事がそのまま掲載されることが多い。法律論の説明をすると長くなるので省略するが、これらについても、厳格に法律解釈すると問題が多いのである。

“無料”はいいことか?

 その結果、ネット上のコンテンツは“無料”が当たり前になってしまった。ネット上ではデフレが極限まで進行しているのである。これはもちろんユーザにとってはいいことであるが、コンテンツ・ビジネスにとっては非常に厳しい状況と言わざるを得ない。

 そして、ここで留意すべきは、ネット企業とコンテンツ企業(マスメディアを含む)では置かれている状況が根本的に違うということである。

 ネット企業はコンテンツの流通のみを行い、もっともコストのかかるコンテンツ制作はしていない。むしろ、ネット企業はコンテンツを“搾取”して成長してきたとも言える。ネット企業にとってコンテンツはユーザを増やすための商品に過ぎないので、有料で提供する場合も価格を極力安くしようとする。電子書籍や音楽配信がその典型例である。

 これに対して、コンテンツ企業はコストがかかる制作が本業である。製造業ならば、デフレに対応するために原料も生産も安い海外に依存すれば良いが、コンテンツの制作をすべて海外に出すことは不可能である。

 高コストな制作部門を抱えたままで、電波や紙、CDといった旧来媒体からの収入は年々大幅に減少し、ネットは儲からない。これが、コンテンツ・ビジネスが置かれている現状なのである。