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記者の目:宮崎 口蹄疫の教訓=石田宗久(宮崎支局)

 宮崎県の畜産業を存続の危機にさらした家畜伝染病・口蹄疫(こうていえき)は、県内の「移動・搬出制限区域」が27日にもすべて解除され、終息する見通しだ。ウイルスは県央部ですさまじい猛威を振るい、感染または疑いのある牛や豚などに加え、拡大を防ぐためにワクチンを接種した分を含めると、殺処分された家畜は約29万頭に上る。だが、自治体別では、ウイルスが「飛び火」したえびの市や都城市では速やかに処分を終え、限定的被害で封じ込んだ。中国や韓国でも感染が続く口蹄疫は、いつ再発してもおかしくない。今後の防疫態勢を考えるうえで、2市の対応は参考になるとともに、危機に直面した際の政治と行政の役割の大切さを示した。

 ◇2市の迅速・柔軟な対応に学べ

 なぜ感染は拡大したのか。口蹄疫は、感染力の強さが特徴で、国際的にも恐れられている家畜の病気だ。ウイルスの封じ込めには、一刻も早い家畜の殺処分・埋却が求められる。都農町(つのちょう)で牛に感染疑いが確認されたのは4月20日。実際には別の農家の水牛が3月下旬に発症したと疑われることが、後に明らかになる。ただ、当時は下痢だけで、多量のよだれなど口蹄疫の典型的症状はなかった。口蹄疫と見抜けなかった獣医師らを責めることはできない。

 県は4月20日、家畜伝染病予防法(家伝法)と防疫指針に基づき移動・搬出制限区域を設け、畜産関係車両の消毒を始めた。教科書通りの対応だが、宮崎県と北海道を合わせ約740頭の被害で終息した10年前とは条件が違った。

 ◇埋却地確保など県央部で後手に

 発生が集中した川南町は、数千頭単位の大規模農場がひしめく畜産密集地だ。口蹄疫は、牛に比べ数百倍以上の感染力がある豚にも広がり処分数は激増。数十人の獣医師と自治体、JA職員では追いつかなかった。

 「風評被害どころではない。日本の畜産の危機だと全国に伝えてほしい」。私は5月9日に電話取材した川南町の養豚農家、柳川勝志さん(39)の言葉を覚えている。1000頭の殺処分を控えながら気丈に取材に応じてくれたが、私が事態の深刻さを実感したのもこの時だった。

 家伝法は、殺処分と埋却を農家に義務づけている。だが、飼育頭数が多く、家畜を埋める土地をすぐに確保できない農家も多かった。公有地の提供も遅れ、発症した家畜の一部はウイルスを発散したまま放置された。遺伝子検査結果を待つ間は殺処分に着手せず時間を浪費。周辺農場への情報提供や調査も遅れた。家伝法と防疫指針に律義に従ったことが、爆発的感染を招いた側面は否めない。

 一方、県西部のえびの市で症状のある牛が見つかったのは4月27日朝だった。村岡隆明市長は、家伝法が最も地域の情勢に明るい市町村の責任を明記していないことに強い不安を感じたという。「制度や仕組みより、現実に合わせた対応を取るしかない」と、検査結果を待たずに道路の封鎖や消毒ポイントの設置、重機の手配などを始め、職員も迅速に対応した。

 日本最大級の畜産都市である都城市も、えびの市の対応を学ぶために職員を派遣。早い段階で埋却地を確保し、殺処分に着手する態勢を整えた。

両市の対応は、リーダーの決断、実態に即して柔軟に戦略を転換することの重要性を示している。

 ◇国・県双方に責任転嫁の言動

 国と県の対応はどうだったか。例えば一部の農家には早くから「感染源になり迷惑をかけたくない」と、補償面の心配さえなくなれば、予防的な殺処分を受け入れる声もあった。赤松広隆農相(当時)は5月10日、「殺すのは勝手だが、補償はしない」と突っぱねたが、19日に一転、健康な12万頭以上にワクチンを接種して殺処分すると「政治主導」で決めた。具体的な補償の詳細も示さず、関係首長は反発した。

 涙ながらに国の方針を受諾した東国原英夫知事も、非常事態宣言に至るまで家伝法の不備を訴えるのが精いっぱい。高級ブランド「宮崎牛」のセールスには熱心でも、自ら初動に「甘さがあった」と認める。

 宮崎牛の種牛も被害に遭い、失われた家畜改良の歴史と財産、地域経済への打撃は大きい。結果的に、政治と行政は民の暮らしと財産を守ることができなかった。海外で口蹄疫が多発していたのに、危機意識に欠けた。なにより国と県の間で意思疎通が不十分で、相互に責任転嫁する言動があったのも残念だ。

 国と県は、今回の一連の経過を検証・総括して非常時の対応や支援策を再構築し、次の危機に備えなければならない。

毎日新聞 2010年7月21日 0時04分

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