日本に手を出した国は必ず滅びる・・・それが歴史の事実です。 日本は相互信頼主義を根本とする国です。 命をかけて戦った先人たちの努力を見直し、日本の素晴らしさを再認識して、階級闘争主義の汚染から日本を守ろう。

人種と犬種

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プードル

プードル犬は、みなさんご存知と思います。

非常に頭が良い犬種で、介助犬としても使われています。
大きさは体高45〜60cm。体重15〜19kgの中型犬です。

これを小さく改良したのが、ミニチュア・プードル。
体高28〜35cm、体重12〜14kgの小型犬です。

これをさらに小さく改良したのが、トイ・プードル。
体高は、わずか26〜28cm、体重6.5〜7.5kgです。

トイ・プードル
トイプードル


そして、プードル(スタンダード)が、ミニチュア、さらにミニチュアに改良されるのに、わずか100年程度の年数で、これだけの遺伝的特徴を持った犬種ができあがっています。

犬種は、現在ではさまざまなものがありますが、たとえば、セッター系の犬種は、狩りのときに獲物の居場所を探して、そこに座って待機するように改良された品種。

水陸両用の狩猟補助犬として改良され、できあがったのがレトリバー種です。

だいたいひとつの犬種が固定するのに、数十年という短い期間で、それぞれの犬の外見や性格が確立されてしまう。

遺伝的特性というのは、こうも簡単に、大きな大きな変化を及ぼしてしまうのものなのです。

異なる犬種ごとの交配は可能ですが、純血種の場合、それぞれの犬種ごとに特徴がまるでちがう。

この犬種は、人間における人種とも共通します、というのが今日のお話です。

人間と犬を一緒にするとは何事か!と、不愉快に思われる方がおいでになるかもしれませんが、人間も犬も、おなじ哺乳類です。そして人種(犬種)ごとに、顔かたちも違うし、性格・特徴も大きく違う。

違いが生まれた背景には、もちろん気候風土による影響もありますが、それよりももっと強くて短期的に影響力を持つのが、政治といえます。

シナは、よく“中国四千年の歴史”などといわれますが、実は、「歴史のない国」です。

どういうことかというと、幾度となく多民族によって征服され、他民族の王朝がシナ全土を支配した。

たとえば、清は、女真族(満州族)による王朝だし、元は、モンゴル人王朝です。

そして王朝が変わるたびに、過去の王朝が築きあげた全ての歴史観、文化が否定され、書物は焼き尽くされ(焚書)、財物は押収され不要なものは破壊されつくした。
いうことを聞かない者、反乱する者は、全員、きわめて残酷な方法で虐殺された。

そんなことはない、中国には儒教が生き残っているではないか、といわれる方がおいでかもしれないが、儒教は、簡単にいえば、いまある王朝を常によいしょする官僚教であり、新たな施政者となった外国人王朝にとっても、便利な存在として生き残ったにすぎない。

諸子百家の時代に栄えた、法家や、墨家など、多様性を持った教えのことごとくは、破壊され、燃やされつくしている。

そしてなにを隠そう、現代中国人自身が、中国の過去の王朝にあった様々な哲学や思想、あるいは様々な王朝が多民族による支配王朝であったという事実すら、まったく教えられていない。

ここで、問題になるのは、外国人王朝ができあがったとき、前王朝に結びつくものは、人であれ、モノであれ、そのことごとくが破壊されつくしたということ。

そして、人に関しては、極めて残虐な方法で、殺戮されつくしたということです。

そうした状態が、シナでは、過去4000年にわたって続いたということです。

この状況の中で、改良(改悪?)された、シナ人という品種は、残虐性を好み、強いものには無条件で従い、弱い者の前では、極端に居丈高になるという特性を身につけた。

日本は、性善説の国であり、人間の良心を信じる傾向が強いから、戦前、請われて大陸に行ったとき、シナ人にきちんと教育を与え、物事の道理を教えれば、彼らは教化され、法を守り、和を尊ぶ品種になると考えた。

しかし、彼らの残忍性、鬼畜性、弱肉強食という野蛮性という遺伝的特性は、わずかな期間での日本統治や、教育では、まるで変化させることができなかった。

結果、終戦で大陸から日本人が帰還するとき、多くの良心的に彼らを教導していた日本人が、シナ人によって、裸にされ、股を割かれ、生きたまま肉を削がれるなど、残虐極まりない方法で、何万と虐殺されています。

そして運悪くシナに残った日本人の中国残留孤児たちは、幼いころから日本鬼子(シャオリーペイツ)と呼ばれ、シナ人たちによって、動物以下の非人間的扱いをされ続けた。


朝鮮半島の品種は、シナとは少し異なります。

半島では、李氏朝鮮という国家の将軍職にありながら、シナと通じて国家の転覆を謀った、裏切り者が、王朝を築きます。その李氏朝鮮の支配は、約400年もの長きにわたった。

李氏朝鮮のはじまりと終わりの半島の人口をみると、李氏が王朝を打ち立てる前と比べて、滅ぶまでの400年間に、なんと人口が半分に減っている。

李氏朝鮮時代の人々の平均寿命はわずか24歳であり、王族に連なるわずかな人数のヤンバンの一党を除いては、人口の99%を占める一般庶民には、私有財産はいっさい認められず、名前を名乗ることすら許されなかった。

うそみたいな話ですが、彼らには、名前すらなかったのです。

半島人の一般民衆が、名前を名乗ることが許されたのは、なんと日本統治時代、半島史上はじめて、半島に戸籍の制度を導入したからに他ならない。(名前がないと戸籍を作れなかった)。

「宮廷女官 チャングムの誓い」なんていう韓流ドラマを見ると、李氏朝鮮時代の半島では、女性たちは色とりどりのきらびやかなチマ・チョゴリを身にまとっているように描かれているけれど、真っ赤なウソ。

半島人にはチマ・チョゴリは、李氏朝鮮王朝から強制されて着せられていたけれど、色は“白”のみと決められていた。

李氏朝鮮は、中国の属国だから、シナの皇帝に献上する女性だけが色とりどりのチマ・チョゴリを身にまとい、それ以外には、国王から庶民に至るまで、全員が白服以外、着用を禁じられていた。

そして国民には、私有財産はなく、一般庶民の女性も、貴族特権階級のヤンバンが街を歩き、いい女がいたら、胸を露出させて強姦するために、乳部を露出させやすいチマ(上着)が考案された。そして長男を出産した女性は、全員が、生涯にわたって両乳を露出してすごす栄誉(?)が与えられていた。

要するに、庶民は、恋愛も労働の対価による蓄財も、一切合財認められず、愛する女性がいても、ヤンバンが、よこせ、と言ったら、差し出すしかなかった。

こうした時代が400年もの長きにわたって続いた半島では、庶民がヤンバンに抵抗する手段はただひとつ。火病を起こしてキチガイのように泣きわめき、言い張り、縄張りを作ってそこに籠ることだけだった。

そしてそれが、半島人の品種として定着した。

ひとのよい日本は、それも教育すれば正せると信じて、日本だって貧しかったのに、莫大な国費を使って半島に学校を作り、半島人に文字を与え、(ハングル文字というのは、日本統治時代に、もともと半島にあった音符を改良して、韓国版50音を作ったもの)、教育指導を行ったけれど、すでに遺伝的に沁みついた品種の特性までは、改良できなかった。

そのために、日本が終戦で本土に復員するときに、半島人によって、略奪・強姦の限りを尽くされた。


要するに、人種(品種)による特性というものは、厳然として“ある”ということを、ねずきちはいいたいのです。

眼鼻口がついていれば、同じ人間であり、その本性は変わらないだろう、などという安易な考えは、通用しない。

もしそうだとするならば、すべての犬種は、まったく同一の特性を持つことになってしまう。

犬の好きな方ならおわかりいただけると思うのだけれど、犬種による特性は、家で飼っていくら“しつけ”をしても、その違いや差異は、歴然としている。

ドーベルマンや、シェパードは、訓練すれば警察犬になるけれど、ハスキー犬は、いくら訓練しても、まるでやる気を見せずに、警察犬として使えない。

ブルドック種は、非常に頭のいい品種だけれども、やはり、いくら仕込んでも警察犬にはなれない。獰猛すぎて、警察犬や盲導犬になれない。


人種の違いを、犬種の違いに例えたら、気を悪くされる方がおいでかもしれないけれど、ヒトも、哺乳類であり、自然淘汰による進化という自然の摂理に逆らえないものである以上、ヒトも犬種も、まったく同様に、“種”による差異というものは、厳然として存在する。


台湾は、日本統治時代に、大幅に文明化し、ちゃんと道理をわきまえる人種となったけれど、彼らは、もともとシナの漢民族とはまるで異なる、民族である。

いわゆる海洋民族の末裔であり、気は荒いが筋は通すという点では、日本の漁師街にいる海人たちと基本変わりがない。シナ人とは、本質的に異なる人種なのである。

インドネシアや、太平洋の島々、マレーやシンガポールも同様。海洋族の末裔であり、その昔、大海原を転々とした海人である。

心は自由で、正しいものは正しいとする気概が、彼らにはある。その点が、シナや半島人と、まるで異なる点です。


そしていま、日本では、その半島人やシナ人を我が国に大量に迎え入れ、居住権を与えるのみならず、国政への参政権まで与えようという国賊が跋扈しはじめた。

あろうことか、半島と福岡の間にトンネルを掘り、大陸と地続き状態にしてしまおうなんていう案まで、本気で語るとんでもない政治家が現れ出した。


このことは「和をもって尊しとなす」という相互信頼を重んじる日本に、残虐で殺戮を好む極悪劣等人種と、強姦、はては屍姦までこなす凶悪火病人種を、大量に招き入れることを意味します。

先日、中央大学の教授がめった刺しにされ、殺されました。
犯人は日本人名で報道されたけれど、彼の顔写真を見た人は、犯人が北朝鮮系であることを、みなさん、見抜いている。

福岡で、母親の見ている前で子供を殺し、さらに帰宅した夫の前で妻の体の肉を削ぎ落としながら殺害し、夫も惨殺したのは、シナ人の留学生です。

新宿の歌舞伎町裏から大久保にかけては、いまやコリアンタウン化していて、立体駐車場の管理人のおっちゃんまで、日本語のわからないコリアンになっているけれど、車を当逃げされて、苦情を言ったら、すぐにわかる。おっちゃん、火病を起こして怒鳴りまくって責任逃れする。


わたしたちには、わたしたちの時代だけでなく、わたしたちの子や孫の代まで、日本を健全で和を大事にする、安心で安全な国家として維持発展させる義務があるのではないかと、ねずきちは思います。

そのことを考えたとき、人種(品種)の異なる外国人を大量に招き入れることを“是”とするような危険な思想を持つ政党を、「政権交代」などという“標語”ひとつで、騙され、政権与党に据えるなど、まさに“もってのほか”であると、思うのです。


日本を守れ!民主党を叩き落とせ!と思う方
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フランス国営放送「お笑い日本の実態」

麻生総理によって動いた歴史の真実を知ろう!

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以下に紹介する2つの動画は、どちらも麻生内閣に関する動画です。

テレビの宣伝工作に乗って、麻生はバカだ、と思っている方に、是非、この動画を見ていただきたいのです。


ひとつめは、「危機をチャンスに変えろ(前篇)」です。

この動画は、麻生総理が、2008年9月15日の金融バブル崩壊による世界同時不況に、いかに対処したかの真実の物語です。

G7、G20における麻生総理の世界的リーダーシップ、これに異を唱えた中国・温家宝首相、中川財務大臣(当時)の活躍。ブッシュ大統領の選択・・・

歴史の真実の物語が、ここにあります。

「危機をチャンスに変えろ」(前編)
〜予算編成の舞台裏〜




そして世界に向けて日本がその役割を果たそうとするときに、小沢代表(当時)以下の民主党が、何をしたか、日教組を母体とする輿石東が、何を語ったか。

それに対して麻生総理以下の閣僚が、どれだけの努力をし、どれだけの貢献をしたか。

同時に、麻生内閣の苦悩と決断は・・・・

「危機をチャンスに変えろ」(後編)
〜予算編成の舞台裏〜



わたしたちは、世界的金融危機、国内における最悪の危機を、麻生太郎という「人」を得ることで、どれだけ助けられているか。

そのことを、もう一度、噛みしめてみる必要があると思うのです。


そして、3つ目の動画です。

実に感動的な物語です。

本物の平和外交というものは、こういうものだということを、教えられます。

口で、平和・平和と唱えるだけ、ピースサインをするだけでなく、国家として行う、真の平和貢献とは何か。

そのことを、まさに世界に見せつけた麻生太郎氏の活躍です。

麻生さんの動画なんて!と、そっぽを向く人がいたら、首根っこを捕まえてでも見せてあげてほしいのです。

単に、麻生さんが好きとか嫌いとか、そういう問題じゃありません。

これを見て、何も感じない、何の感動もないなら、その人こそ異常です。

物語は、イスラエルとパレスチナ、ヨルダンといえば、中東の火薬庫といわれる紛争地帯の話です。
ずっとずっと紛争が続いていた。その紛争地帯が、いま日本の力で、平和な地域として再生しようとしている、というお話です。

麻生太郎の挑戦
〜中東に平和と繁栄の回廊を描け〜




マスコミは、麻生総理が変節漢であり、言うことがコロコロ変わると喧伝しています。

しかし本当にそうなのでしょうか。

ねずきちの眼には、これほどまでに首尾一貫している首相というものもめずらしい、とすら思えるのです。

なぜマスコミが麻生総理を悪しざまにののしるのか、この動画を見た人に、是非聞かせてあげてください。

在日に手足をもぎ取られたマスコミが、いま、いかに偏向しているか。

それに気がつかないで、メディアにいいように洗脳されて在日や日教組や、特アが支援する民主党に投票することがいかに危険極まりないことなのか、語り尽くしてあげていただきたいと思うのです。

次はbbさんにご紹介いただいた動画です。

麻生太郎の変わらない言葉


選挙が近づいていますが、党旗と一緒に、日本の国旗である日の丸を掲げている政党は、自民党だけです。

民主党は、日の丸を掲揚していません。
掲揚しているのは、日が2つ重なる党旗だけです。

あの党旗、韓国の大極旗と、日本の日の丸の合成なのだそうです。つまり、在日半島人の旗そのものであるというメッセージであることに、是非、気づいていただきたいと思うのです。

いまこそ麻生太郎を応援しようと思う方
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ノモンハン事件にみる左翼の嘘・捏造

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ノモンハンに向かう兵士たち
ノモンハン事件02


ノモンハン事件をご存じでしょうか?

この事件は、大東亜戦争の開戦に先立つ2年前の1939年5月から9月にかけて、満州国とモンゴル人民共和国の間の国境線をめぐって発生した日ソ両軍の国境紛争事件です。

そしてノモンハン事件の話が出るたび、日本史や世界史の教科書、あるいはノモンハン事件について書かれた各種書籍には、次のように書かれている。

「旧式な装備しか持たなかった日本の関東軍が、ソ連軍の機械化部隊によって完膚なきまでに叩きのめされ完敗した」

「1万7000人もの犠牲を払い大敗を喫するという汚点を残しながら、日本陸軍はついに陸戦装備を近代化しなかったという愚行を犯した」

要するに、ソ連の近代的機械化部隊に、日本陸軍は完膚なまでに叩きのめされながら、その後も精神論に傾き、ついに陸戦装備を近代化することはなかった・・・・なんと日本軍はバカなんだろう、という論調が目立っています。

しかし・・・とねずきちは思うのです。

ソ連が、その自慢の機械化部隊で日本軍に圧勝していたのなら、どうして大東亜戦争の末期になって参戦したソ連は、わずかな手勢しかいなかった満州、樺太に120万もの大軍を出動させたのか。

ソ連が大勝利したというなら、どうしてその後、ソ連は大戦末期まで満州攻略を停止したのか。

ソ連がノモンハンで大勝利したというなら、どうして事件後の停戦協定の際、戦闘前の国境で停戦としたのか。

ノモンハン以前から、ソ連はシベリアから満州、朝鮮半島、樺太、北海道へと、その勢力範囲を伸ばそうと、種々の画策をしています。

もし、ノモンハンでソ連が「勝った」というなら、その時点でソ連が南下の動きを止めたことへの説明がまるでつきません。

従来、このノモンハン事件については、ソ連側の発表による日ソ双方の死傷者数がひとりあるきしていたようです。

そのソ連発表によると、

ソ連の損害  9,284名
日本の損害 52,000〜55,000名

なるほど、この数字だけをみたら、ソ連大勝利、日本完敗に見えます。

ところが、ソ連崩壊後、あきらかにされたソ連の内部文書によると、なんと

ソ連の損害 25,565名
日本の損害 17,405名

そしてさらに、ソ連の「近代的機械化部隊」などというのも大ウソ。

戦車は、走行射撃もできない水準であり、戦車戦では全く問題にならず、日本軍の速射砲・高射砲のえじきになって、ソ連戦車は、約800台が破壊された。

ちなみに日本戦車の損害は、わずか29台。

これってどうみても、日本側の大勝利です。

また航空戦でも、ソ連のイ15、16は、一部は、布張り飛行機にほかならず、日本の九七式戦闘機に対して全く太刀打ちできなかった。

なんとソ連は、1,673機もの大損害を出している。
対する日本側の損害は10分の1の179機にすぎません。


なるほど、そうはいっても、日本側の死傷者は、戦死8,440名、戦傷8,965名の、合計17,405名に達し、大きな損害を出しています。

しかし、わずか3万の日本軍に対し、ソ連側は、いきなり30万の大軍を投入している。

10倍の敵です。

日本軍は、基本路線として「ソ連を刺激しない」という不拡大方針をとっており、結果として国境を越えようとしてきた30万のソ連軍に対し、日本軍将兵は、わずか3万の兵力で戦った。

そして、大苦戦しながらも果敢に善戦敢闘して、ソ連を叩きのめしている。
資料にあきらかな通りです。

捕獲したソ連戦車を前に万歳をする日本兵
ノモンハン事件03


そして日本は、ソ連のあまりの兵力の大きさに、戦力の逐次増強を図り、最終的に約6万の援軍をノモンハンに送った。

30万の機甲化軍団を、またたくまにわずか3万の兵力で粉砕されたことを知ったスターリンは、慌ててリッペントロップを通じてヒットラーに停戦の仲介を頼み込んだ。

そして不拡大方針をとる日本政府と軍中央は、一方的に国境侵犯攻撃をしてきたソ連軍の非をとがめること無く、この停戦協定に応じた、というのが歴史の事実です。

ついでにいうと、終戦直前、対日宣戦に参戦したソ連は、すでに装備も武器もほとんどない関東軍の攻略のために、120万もの大軍を派遣している。

スターリンが、どれだけ日本軍を畏れていたかが知れようというものです。


ノモンハンでは、増援部隊の集結を得て、反撃を期していた兵士は停戦命令に激高しています。

当時ホロンバイル地区でソ連・モンゴル連合軍と戦った23師団は、熊本に司令部がありました。

戦後、熊本日日新聞社が発行した『熊本兵団戦史』(昭和40年発行)によると、

「(ノモンハンでは)生き残った者の大多数が敗戦意識を抱いていない」と書いてある。

当時は存命の方が結構おられ、当事者のインタビューもある。

「ソ連軍には友軍同士の横のつながりがまったくない。隣の隊がどんなに困っていても、上から命令がなければ決して協力しない」

「(ソ連軍は)友軍機のおちるのがあっても、それを友軍機と思わぬ。おちるのは皆敵機と信じ込んでしまっている」

「野砲兵中隊は、のちのちまで敵戦車の数が多ければ多いほどエモノは多いと勇み立って、すこしも戦車を恐れなかった」

「ソ連兵が負傷すると大声で泣きわめくのでなんだ弱虫と笑った。格闘となれば(中略)1対1なら絶対勝つと確信していた。わが死傷者も多かったが、敵の死傷はさらに多かった」

そして、辻政信参謀など関東軍作戦課の面々は、作戦中止の命令を聞いて怒り心頭だったともいいます。


そして、この戦いで、さらにもっと重要なことは、この戦いの2年前の1937年、外モンゴルでモンゴル人による大規模な反乱があったことです。

この事件で、モンゴルでは、モンゴルの前首相・参謀総長を含む2万8千人が処刑されている。当時のモンゴルの人口は80万です。この事件で人口の4%近くが、ソ連によって殺された。

いまの日本の人口比でいったら、なんと500万人が虐殺されたのと同じことです。

そしてモンゴルでは、それまでの粛清を加えたら、なんと総人口の6%がソビエト共産党員によって、粛正=虐殺されている。

そしてノモンハン事件の年にも、モンゴルでは、約千人が参加した反革命蜂起が起こっている。


当時のソ連は、そうしたモンゴルでの粛清の仕上げとして、モンゴル人を楯にして満州に攻め込んだ。断固たる決意で30万の兵力を結集して満州を攻め獲ろうとしたのが、ノモンハン事件でもあるのです。

もし、この大兵力を日本軍が途中で停戦せず、完膚なまでに叩きのめしていたら、ソ連・共産党の外モンゴル支配は完全に頓挫していた。

そして、内蒙古・満州内蒙古人勢力と協力した、モンゴル親日政権が誕生していた可能性が高い。

つまりね、なにを言いたいかというと、共産主義政権や社会主義政権・・・これをボクは階級闘争主義政権と呼んでいるけれど、こいつらの言うことは、常にウソばかり。ねつ造ばかりである、ということです。

そしてね、こういう連中の話を真に受けて、日本軍はバカだったとか、負けてもいない戦いで、負けた負けたと宣伝する日本人は、もっとバカだといいたいのです。

そもそも、大勇気をもって10倍もの兵力を持った敵に対し、祖国を守るために勇猛果敢に戦い、大切な命を捧げられた英霊達に対し、こうした売国反日屋というのは、まさに失礼千万です。

彼ら反日売国の口舌の徒の冒頭記したようなノモンハンの英霊に対する失礼千万な言行は、我々日本人に対し、また世界の平和と安全を求めるすべての人々に対し、許しがたい愚行である!と申し上げたいのです。


ノモンハンの真実を知り、反日売国奴が許せないと思った方
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【杉之尾宜生】「辻政信遺書」が明かすノモンハンの真実
杉之尾氏は、従前のノモンハン評価を気にして非常に慎重に事件を語っています。
しかし、よく話を聞くと、↑の趣旨をきちんと語られています。
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日本を救った古代の英雄・・・大伴部博麻
西郷頼母と姿三四郎
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これでもあなたは日教組に子どもをまかせられますか
聖徳太子と十七条憲法
ハーグ陸戦条約

≪戦記≫
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アロハ・オエ
パラオ・ペリュリュー島の戦い
アッツ島の戦い
グアム島の戦い
タラワ・マキンの戦い
拉孟の戦い
騰越の戦い
占守島の戦い(1)
占守島の戦い(2)
回天の志
回天・後日談
マレー沖海戦と戦艦大和
勇敢で高潔で誰からも好かれた日本軍人
三宮事件
日清戦争
日露戦争・・・亡くなられた方の気持ち
日露戦争の勝利はアジアの偉大な救い
日本軍の蛮行・・・デビンティンギ事件
戦争の体験談
義烈空挺隊を忘れるな
第二次上海事変
石頭予備士官候補生の戦い
沖縄の二人の知事・・・泉守紀と島田叡
セヴァストポリの戦いと旅順要塞戦
天誅組に学ぶ、尊王攘華、尊王攘韓
セヴァストポリの戦いと旅順要塞戦
サイパンの玉砕戦(1)
サイパンの玉砕戦(2)
アンガウルの戦い

≪大東亜戦争≫
開戦の詔勅と終戦の詔勅
大東亜戦争に勝利した日本
日本に手を出した国は、必ず滅びる
大義のために戦った日本
12月8日を記憶せよ
大東亜戦争に関する各国の評価
日本の再生こそ世界を救ふ
公正な世界を目指して戦った日本
日本兵の手紙
戦没者の遺書
玉砕までして戦った理由
英霊たちが守ろうとしたかけがえのないもの
植民地支配への戦い
腰の軍刀は竹光か
バシ―海峡の慰霊
戦没者の遺書
インパール作戦とパル判事
五族協和を目指した満洲国
南京の攻防
体験的歴史の真実
B−29との戦い
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伊58潜水艦と原爆のお話
駆逐艦「雪風」の幸運

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通州事件
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満洲国開拓団の殉難
沖縄の集団自殺の虚構
小野田寛郎さんが語る従軍慰安婦
南京大虐殺というデタラメ
慶長の爆弾三烈士
北条時宗と元寇
大津事件
天狗党の乱
天誅組に学ぶ、尊王攘華、尊王攘韓
刀伊の入寇と竹島

≪台湾≫
台湾2・28事件
日本の台湾統治
日本の台湾統治の真実
台湾・高砂義勇隊

≪支那≫
支那人の残虐性
支那人の“避諱”観念と虚言
支那「日本支配工作要領」
支那に支配された国の実情
「日本は唯一の被爆国」に隠された嘘
支那の盗掘
カネを吸い取られ続ける日本企業
ロシアも怒る支那のパクリ
支那・文化大革命の恐怖
女真族と満洲の話
いまなお続く法輪功弾圧
停車場
カナダの悲劇 中国移民に占拠されたバンクーバー
支那人による日本買占めの恐怖
支那・国防動員法

≪韓国≫
「警戒」を「差別」とすり替える在日朝鮮人
従軍慰安婦問題
在日コリアンたちの本音
犯罪をしたら日本人になりすませ
民団の驚くべき活動
李氏朝鮮の時代(1)
李氏朝鮮の時代(2)
閔妃殺害事件
関東大震災の記憶
朝鮮進駐軍の非道を忘れるな
李氏朝鮮時代の刑罰
在日朝鮮人
韓国建国の英雄
ダライラマの法話で見た韓国人の民度の低さ

≪その他の国≫
アンコール遺跡とカンボジア
ビルマの近代史
アフガンの地雷
二つのアメリカ
ハバロフスク事件顛末(1)
ハバロフスク事件顛末(2)
ハバロフスク事件顛末(3)
シベリアのトイレ
ウクライナ物語
地上の楽園のウソ
インカ帝国の滅亡

≪メディアの偏向≫
毎日新聞英語版のあまりにひどい報道
マスコミが反日になっている理由

≪時事≫
自国の防衛は自国で
日教組に立ち向かえ
外国人参政権
政治資金規正法
竹島問題の真実
夫婦別姓などもってのほか!
子供手当が在日外国人の母国に残した子供にも出る?!
奴らを許すな
中国産新型エイズの恐怖
口蹄疫問題に関する衆議院の質疑の模様
口蹄疫は韓国の陰謀という噂の真相を問え!

≪コラム≫
日本の心をつたえる会
階級闘争主義と信頼主義
「ススキ」と「セイタカアワダチソウ」の戦い!
大麻についての考察
日本人が知らない資源のお話
悪は断じて許さないという心が大切
犬種と人種
ヤプー人の伝説
文化は武器より強し
小学生の妊娠
ギリシャ神話と日本の心
もうひとつの赤穂浪士・矢頭右衛門七
伊勢神宮の式年遷宮
近世のニッポン
正しい万歳
持てる力のすべてを未来への建設に傾け
日本国憲法を否定せよ
華僑と植民地統治について
いくつかの主張
歴史に対する姿勢
仁徳天皇陵を大仙陵と呼ぶまやかしを許すな
ニホンミツバチの勇気ある行動
「理論」と「心」と「都合」のお話
軍艦島のお話
伝書鳩物語
元来日本社会は窮屈、でも窮屈ゆえに安心
Made in Occupied Japan
日本再生のために民度の向上を
地方行政とゴミ処理問題
消えた歴史
核のお話
やまと新聞を守れ
ブログの拡散効果
たった一度の敗戦で日本を失ってはならない
魚沼産コシヒカリ物語
小麦のお話
中国四千年の歴史という馬鹿げた妄想
世界四大文明の嘘
縄文人と渡来人の相克
世界に誇る縄文文化
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ねずきち

Author:ねずきち
日本が好きです。ていうか人間が大好きなのかな。心って、ものすごく大きなこともなしとげる。その時代時代に、真剣に生きた人たちから学ぶこと。歴史って、いまを生きる人が過去に学ぶためにあると思う。だから、歴史にIFは禁物だなんて思わない。歴史を学び、もし〜だったらと考えることで、人は何かを感じることができるんだと思う。

政治に混迷が続く中で、もういちど私たちは過去を振り返ってみる必要もあるのではないか。そうすることで、もしかしたら一条の新しい光を見出すことができるのかもしれない。

このサイトで扱っている動画はYouTubeにアップロードされているもので版権物の知的所有権は、それぞれの著作者・団体に帰属してます。問題があればすぐ削除しますので、

nezu@nippon-kokoro.com

までメールでご連絡ください。

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コメントをくださる皆様へのお願い
いつもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
ほんとうに皆様のコメントが、ねずきちにはとっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

ねずきちは、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人であるねずきちの判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
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中山成彬先生を国政に!!
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ねずきち並びに日心会について、中傷やご批判をしている特定の方々には、専用のトピを立てています。
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なお、下のURL以外の場所では、他のコメンテーターの皆様にご迷惑となりますので、中傷非難の書き込みはご遠慮ください。
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伊勢神宮式年遷宮奉賛金寄付について
日本の心をつたえる会では、20年に一度行われる伊勢神宮、式年遷宮のための寄付を会として行っています。
平成23年末まで、みなさんから寄付を募り、日心会としてこれをとりまとめて伊勢神宮に寄付を行います。

■関連記事
「伊勢神宮の式年遷宮に
協力しよう」


ご寄付のための専用口座は
次の通りです。

■ゆうちょ銀行からお振込
銀行名  ゆうちょ銀行
記号   10380
番号   57524261
口座名
   日心会式年遷宮奉賛金事務局
(ニッシンカイシキネンセンク゛ウホウサンキンシ゛ムキョク)

■他の金融機関からお振込
銀行名  ゆうちょ銀行
支店名  〇三八
(読み:ゼロサンハチ)
店番   038
  預金種目 普通預金
口座番号 5752426
口座名
   日心会式年遷宮奉賛金事務局
(ニツシンカイシキネンセンク゛ウホウサンキンシ゛ムキヨク)

神宮遷宮は、1300年間行われ続けた伝統行事です。
日本の歴史では、古来国家の歳費で行われてきましたが、これが歳費で行われなかった時代が2つあります。
ひとつは応仁の乱から戦国時代。国が荒れて国費は遣われませんでした。
もうひとつは日本国憲法下の日本。つまり現代日本です。
日心会では、国家の伝統と文化保護のため、みんなで力をあわせて式年遷宮の伝統行事を応援します。
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■ ブログ名:ダメ人間のつぶやき
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