自民党内で、国会を一院制にする改革論が出ている。
自民党有志の一院制議連(衆参両院を統合し『一院制の新国民議会」を創設する議員連盟)は、16日に総会を開き、一院制の導入と国会議員定数の3割削減を次期衆院選のマニフェストに盛り込むよう働きかける。
自民党本部で開かれた一院制議連の総会では、小泉元総理がマイクを握り、
「私はもともと一院制でいいと思っていた。県議会も市町村議会も一院制だ。自民党が衆参を統合する原動力になってほしい。4月ごろまでに政権公約にできるよう党内で議論してほしい。微力だが私もお手伝いする」と述べた。
一院制議連会長の衛藤征士郎元防衛庁長官氏は、今の衆参両院議員の定数の合計が722であることを踏まえ、
(1)衆参を対等合併し約3割削減して定数500の国民議会を創設
(2)選挙制度は小数党も生き残れる都道府県単位の大選挙区制とする
(3)憲法改正が必要なため、10年後の平成31(2019)年1月以降の選挙で実施
との「衛藤試案」を提示している。議連はこの案を軸に検討を進めるという。
民主党は昨年夏、参院選マニフェストで「国会議員定数の1割以上の削減」を主張しているけれども、衛藤案は、これよりも数段進んでいますね。
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現行の日本国憲法の改正については、やたらに憲法第9条だけが騒がれますが、こうした議会制度を含めて抜本的に検討を行うことはとても良いことだと思います。
先日、日本は現行憲法を破棄して、大日本帝国憲法を復活せよ!なんて記事を書いたばかりですが、ねずきちは、王政復古が良いと言っているわけではありません(笑)
憲法は、基本的なこの国のカタチを決めるもので、毎年憲法改正がある国の方が多い。
日本国憲法は、戦後60年間、まったく改正されずに来ているけれども、金科玉条のごとく、ただ護憲護憲と言っていればいいってもんじゃなくて、国情に合わせて変更を加えていくのが合理的というものです。
二院制については、そもそも日本国憲法のマッカーサー原案では、一院制とされていたものを、旧憲法が二院制であったことから、原稿憲法でも二院制が踏襲されました。
二院制(または両院制)というは、3つに大別されます。
(1)連邦制をとっている国の二院制
(2)ある階級の代表と国民の代表で構成される二院制
(3)どちらも国民の代表で構成される二院制
(1)は、連邦制をひくアメリカ合衆国がこれにあたります。米国は、州によって独自性が非常に強い(日本が現体制のまま、米国の属州になったと考えるとわかりやすいかも^^)。
だから、上院には、州の代表者が送られてきます。(上院は地域の代表)
(2)は、旧大日本帝国憲法や、イギリスの議会制度が、これにあたります。
上院は貴族院で、下院は民間から選ばれた議員で構成されます。(上院は貴族)
(3)は、いまの日本です。そして二院とも普通選挙で選ばれた議員だけで構成されているというのは、世界でも日本くらいのものでしかない。(上下院とも同じ)
いちおうタテマエは、参院は「良識の府」ということになっていて、同じ法案を衆参両院で2度審議するからより慎重な審議ができるなんてことになっているけれど、実際には時間の無駄でしかない。今回の景気対策のように、迅速性が必要とされる事柄ですら、いつまでたっても国の意思決定ができない。
しかも実際に議員がやっていることは、衆参とも、議案の一括採決のときに、賛成議員は、起立をする。
各党の国対委員長から、あらかじめ各議員に、「法案の採決になったら、順番に立って、立って、座って、立って・・・」と指示される。
各議員は、言われた通りに、立って、立って、座って、立って・・・とやっている。このどこがいったい良識の府だ?(笑)
ねずきち的には、議会を一院制にし、定数両院合計722を、500に縮小することには、賛成です。
しかし、問題は、国会を一員にすれば解決するという問題だけではありません。
日本の三権分立と、議員内閣制にこそ、おおきな問題がある。
三権分立は、権力の分散化を図ろうとするもので、これがあること自体は、おおいに賛成です。
そして日本では、与党第一党の党首が内閣総理大臣を務めることで、立法と行政がリンクし、一定の権力の行使ができることになっている。
しかし、国家意思というものは、大衆迎合型であればよいというものではないように思うのです。
会社だってそうです。社長は泣いて社員を切り捨てることだってある。多くの社員の反対を押し切って、新機軸を立ち上げなければならないこともある。
ところが、日本では、その社長が、国会、内閣、裁判所と3人いる。元首がいない。
国であれ、会社であれ、家族であれ、やはり元首というのは必要だと思うのです。
たとえば、いまの日本が集団的自衛権を認め、国連決議に基づいて海外に派兵することになったとします。そして事実上の交戦状態になる。
ところが相手国が強くて、日本本土まで爆撃されるようなった。広島、長崎に原爆が投下された。
このような事態が起こったとして、いったい誰がその戦争を終わらせるのか?
内閣総理大臣が、終戦のポツタム宣言を受諾するために、国会に宣言受諾のための法案審議を求め、喧々諤々。野党が審議拒否を図り、マスコミは、そもそも派兵自体が間違いだと騒ぎたて、議論が紛糾。結果、国会で、法案否決となったら、3発目の原爆は、どこに落とされる?
まぁ戦争は、たとえがちょっと極端だと思われるかもしれません。
しかし、日本のように、国家を守る意思がなくても日本人として認め、外国人スパイや、あきらかな反日活動家にすら日本国籍を与え、選挙権さえもあたえ、マスコミも反日家の巣窟とさえなっているようなワキの甘い国で、国会だけが唯一の立法府ということで、はたして本当に良いのだろうか?とも思えるのです。
ちょっとむつかしい話題になってしまいましたが、一院制に関する議論が、単に選挙制度や両院制の問題にとどまらず、日本という国のカタチを深く掘り下げて考える布石となればいいなと思います。
一院制、頑張れ保守!売国奴をポイしましょう
←気にいっていただいたらココをクリック。はげみになります^^vつまり、国家には、元首というものが、やはり必要なのだと思うのです。