チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[19936] 脱出しなければならないっ!【脱出 恋愛 オリジナル】
Name: 茨城の住人◆7cb90403 ID:64f947a3
Date: 2010/07/21 00:00
 


 よろしくお願いします。

 どんな内容でもいいので、感想もらえると嬉しいです。


 ___________
 
 
 【大雑把な内容説明】

 高校三年生の夏休み、受験勉強の息抜きにとやってきた海で、八人の男女はあるモノを発見する。
 あるモノへと手を出したがために、四人は無人島から、二人はタイムトラベル、つまり、過去からの脱出を余儀なくされる。無人島とタイムトラベル、それぞれが交わり、話が収束するまでに、男女は何をし、何を知る。


 といった話の流れとなります。
 恋愛は軽いスパイス程度になると思われます。
 また序盤は、基本的に終盤の展開に必要な色々を詰め込むので、時間の流れは遅めです。
 

 最後に、感想欄からのアドバイスありがとうございました。


 では、どうぞ。


 
 


 



[19936] act1:夏休みの出来事
Name: 茨城の住人◆7cb90403 ID:64f947a3
Date: 2010/07/06 19:59
 


 ◆◆◆


 「これから、どこへ行って、何をする気だ?」

 俺は、高三の夏にもなって、海へ行こうなどという向井に対して蔑みの目を向けた。
 
 「いや、一日だけでいいから、頼むからー」

 向井は両の手を合わせて、俺に頭を下げた。
 こんな高三でいいのだろうか。
 
 「頭を下げたくなるほど行きたいのかよ……」

 「うん、毎年夏休みには海に一度は行くって決めてるんだから。それを今年だけ行かないなんて、受験シーズンだからって嫌だ」

 繰り返し思う、こんな高三でいいのだろうか。
 大学いくんだろ?

 昔、とはいっても、二年前とかつい最近のことだけど、俺は向井に聞いた。
 進学するか、しないか。

 俺の親は、小さなスーパーの雇われ店長。
 向井の親は、その小さなスーパーの隣に、小さな弁護士事務所を構えている。
 高校に入学し、自分の学力の無さをはっきりと体感した俺は、客観的に考えて、スーパーの店長へとうやむやの内に紛れ込んで就任してしまおうと考えていた。
 しかし、向井は言ったのである。
 つまんないって思わない?

 当時、向井は超絶な優等生。
 偏差値的には、嘘も何もなく、三十の差があっただろう。
 俺は、カチんときて、小さな喧嘩をすることとなった。
 が、暴力ではない。

 当然だ、向井は女である。

 なんやかんやと言い合う口喧嘩をすることとなった。
 割と普段、おしとやかな感じで通している向井だが、俺は、随分と久しぶりにそのマシンガンのように放たれる言葉の銃弾を浴びることとなった。
 それは、いつぶりだったか。
 記憶の彼方のどこへいったかも分からないが、以前にも、何度かそういうことはあったと思う。
 まぁ、俺と向井は、幼馴染だったのだ。

 で、場面は今、高校三年生。
 よくよく考えてみると、幼稚園から高校生までずっと同じ学校へ通うだなんて、奇跡的な出来事だよなあ、なんて回想に耽りだしてしまう。

 これが、腐れ縁というやつか。

 なんというか、どうでもいい話でも、なくもないようなよく分からないが、ともかく、とりあえず言っておくと、向井はかわいかった。
 美人の系統ではない。
 かわいいのベクトルに向井は歩みを続けていた。
 目は大きく、足は細い。
 髪は肩にサラっとかかるくらいに伸ばしていて、前髪は斜めに凪いでいる。
 身長は、目算で俺よりも十センチほど低いから、百六十半ばといったところだろうか。
 服装に関しては、スカートを穿いているのは、そういえば、あまり見たことがない気がする。
 微妙にボーイッシュな成分が含まれている。
 そんな奴なのである。
 だからこそ、俺と今でも付き合いがあるのだろうが。
 
 「ちょっと、聞いてる?」
 
 「ああ」

 いつの間にか、長々しい回想を開始してしまっていた。
 原因はなんだ、俺は、海に行きたいのだろうか。
 
 「ま、一度くらいなら、行ってもいいんじゃね。海」
 
 「ほんと?」

 「ほんと。……よし、次の講義が終わったら一回家に帰って荷物取ってくるか」

 ちなみに、俺達は夏の予備校という、地獄とも聖なる領域とも見える建物の、休憩室で座っていた。次の講義といっても、二時間半の長丁場である。
 
 「ええっ、サボろうよ……そこは融通利かせてさー」

 
 「いやいや、金払ってるんだから」
 
 「二度目の正直!」

 向井は頭を下げた、いや、使いどころ違うと思うけどさ。
 
 「お願い!」

 想像に任せる、目が焼ける。
 ぐ……こんな頼み方されたの、いつぶりだ……。
 向井は、かわいい。
 それは、認めるが、しかし―――
 三分後、俺は、向井の頼みをあっさりと聞き入れ、さらに、向井以上に海へ行くことに期待を膨らませ、予備校へと通う資金を提供してくれている親に申し訳ないと、脳の片隅で念じつつ、俺はなんだかんだ、ありもしない理由をつけて、向井と共に海へ行くと決めたのである。


 ◆◆◆


 現在、十一時。
 俺と向井は、大洗海岸行きのバスへと乗り込んでいた。
 
 「うおー、なんか受験生という事実を忘れてえーー」

 あまりにも強烈な後悔は、人を駄目にするはずだ。
 俺は、今、頭を抱えていた。
 隣には向井、ビーチボールを膨らませている。
 対照的な行動をしているが、向かう先は同じだ。
 
 「もう、何も考えずストレスを発散することにしよう」
 
 「その方がいいと思って、ただ夢中に空気入れてました」
 
 「だよな、荷物になるし、今から膨らませる必要性はないと思っていたんだ」
 
 いや、向井。
 何も考えないようにするために空気入れていたって……お前が提案した死の行軍だろう。
 夏休みの中で一日取れるか、取れないかという大事な一日なんだ、よく考えていてくれよ。
 
 「二人でどこか出掛けるのは、久しぶりだよね」

 ひょっとこ、一段ギア上がったような高い声で、向井は回想の前置きっぽいセリフを言った。
 向井の顔は、半分ほど空気の入ったビーチボールのせいで、よく見えない。
 
 「まあ、三年になってからは、勉強そして勉強だったしなあ」
 
 三年になるまでの怠慢のしっぺ返しは、簡単に取り返せるほど軽いものではなかった。
 まだ、半年の準備期間があるとはいえ、やはり、必死にやらなければならないし、みんながみんな、当然にそう思っているはずだ。
 
 「にしても、みんな来るだろうな……」

 不安事項である。
 
 「了解の返事だったし、大丈夫っしょー」

 他の連中も誘ったのが、なにぶん受験勉強真っ最中なわけで、そこには、腹の探り合いともいえる戦いがあるのかもしれなかった。
 もし、誰も来なかったらどうしよう。
 誘いに乗ったのは、八人。
 俺の予想では半数も来ないだろう。
 来る方がおかしいというものでもあるし、来てほしいけど、あまり大きな期待はしないほうが良さそうだ。
 バスは緩い坂道を上りだした。
 大洗の広い空が目に映る。
 
 「眩しいーっ」

 夏の空気と磯のにおいが鼻に香る。
 季節は夏、受験なんてものがなければ、毎年遊び倒した夏だ。
 
 「えー、次、大洗海岸―」

 運転手の地鳴りのような低い声が車内に響く。
 俺と向井は、降車ボタンを押し、見た目少し増えた荷物も持ってバスを降りた。


 ◆◆◆
 

 海岸線の彼方、うっすらと黒いタンカーが見えた。
 近くに、それなりに大きな漁港があるから、たぶんそこの貿易船だろう。
 
 「賑わってるな」

 海岸を埋め尽くすのは人、人、人だらけ。
 もんもんとした熱気だけが、砂浜を上がったところにある駐車場では感じられた。
 
 「みんなとはどこに集まるの?」

 「えーと……」

 確か、新妻と打越のペアが先に駐車場で待っているとのメールを受けていたはず。
 
 「たぶん、ここの駐車場に来てると思うんだけどな」

 「あ、あそこの黒いワゴン車じゃない?」

 向井の指さした先に、黒光りするワゴンが止まっていて、窓ガラスから、クラスメートの二人の姿を確認することができた。
 
 「おーおー、二人とも久しぶりっす」
 
 「いつになく熱いねぇ~」

 新妻、打越である。
 
 「お前ら、着いたばかりか?」

 二人とも長くくつろいでいた様子で、ゲームをしながら待っていたように見える。
 
 「ああ、ま、大したこたぁ待ってなかったんだが、移動中も遊んでたし」
 
 「だねぇ」

 「そうかー」

 「へえー」

 新妻とは付き合いが長い。
 向井もそれは同じで、中学二年の頃から俺と向井と新妻はずっと同じクラスだった。
 気さくな感じの奴で、すばしっこくて話好き。
 短くツンツンした髪型で、見た目は悪くなく、寧ろさわやか系の快活なサッカー少年である。
 で、その隣の打越は、高二の半ばから新妻と付き合っている彼女だ。
 新妻とは対照的に、ゲームマニアであり、フレームの薄い眼鏡をしていて顔は綺麗。
 清楚な感じで、髪は背中に届くくらい長い。
 正直、俺はあまり話したことがないので、内面的な事情は知らない。
 
 「おう、どうよ、他四人はくんのか?」

 新妻はゲーム画面から目を離すことなく、足をぶらぶらさせている。
 
 「メールの返事では、もうすぐ来るってことらしい。意外にも、全員揃うかもな」
 
 「そうなるとビーチバレーもちゃんとできるね」

 向井はビーチボールを膨らませ直し始めた。
 
 「まー、オレらも受験勉強で忙しくやってたんだけどさ、お前ら凄いタイミングいいわ。丁度良い時に連絡してくれた」

 「あたしが負けたー?」

 「悪いな、勝っちまった」

 格ゲーをやっていたらしく。
 挨拶以降は押し黙っていた打越が、両手をばんざいして悔しがった。
 見た目とは裏腹に、新妻と同様に明るい性格らしい。
 
 「コ、コンテニュー」

 負けず嫌いか。
 
 「で、どうするかってーと……携帯光ってるぞ」

 「お」

 いつのまにかメールがきていたようで、俺はいつも予備校や学校で、携帯をマナーモードの中でも振動無し着信音無しのサレントモードにしていたから、バスを降りてからメールが来ていたのに気づいていなかった。
 
 「「第二駐車場であってるよね?」」

 木村からだ。
 
 「ここって第二駐車場か?」
 
 「うっちゃん分かる?」
 
 「第三だと思うよ、スキありっ」

 ということは、木村達はここら辺にはいないってことか。
 
 「どうする、俺らが移動した方がいいのか?」

 こちらには車があるし、そのほうが都合が良さそうだ。
 ビーチの混み具合も考慮して電話で確認するか……。
 
 「あー、このワゴンさ。兄貴のやつで、その兄貴らはもう遊び行っちゃてるから動かせねー。俺らはついでに乗せてもらったんだ」

 
 「まあ、親に連れて行ってもらえるはずはないしな。そりゃそうか、んじゃ、ちょっと電話してみる」

 受験勉強をはやし立てる親が、この時期に海へ子供を連れていくわけないしなぁ。
 ふと甦ってきた自責の念を振り払い、木村へと電話をする。
 プルルル
 
 「はい、木村です」
 
 「俺だ、中村だ」

 実は、俺の名前は中村という。
 そして、木村は高二の時に一緒に学級委員をやった奴なんだけど……。
 とりあえず、その話は置いておこう。
 
 「あー、どうそっち空いてる?」
 
 「いや、かなり混んでる。そっちはどうだ?」

 どうにもこうにも、こちらでは混雑でビーチボールも何も、沖へ向かって泳ぐことくらいしか遊び方がなさそうである。
 
 「空いてる空いてる。たぶん、こっちは遊泳禁止エリアが近いし、波も激しいしで子供連れが少ないからじゃないかなー」

 空いてるのは良いことだが、それ、危ないんじゃないか?
 一瞬、俺は言葉を止めたが、そんな沖に行かなければ良い話だし、向井のあの様子からしてビーチバレーに興じることになるだろう。
 ならば、危険はないだろうと俺は考えた。
 
 「んじゃあ、俺らがそっち行くよ」

 「ほいほい、了解しましたー。あ、ちなみに、こっちには飯村と林くん、安藤もいるからねー」

 「お、八人揃った」

 まさか、全員来るとは思ってもみなかった。
 全員受験に落ちたら笑ってやろう。
 自分が落ちることは考えず、自然と笑みがこぼれた。
 変なにやけ面、後ろで向井が何か言っているが、それは無視しよう。
 
 
 「じゃあ、向井、新妻、打越もそっちにいるのね?」

 「ああ、ま、今すぐ移動するわ」

 「了解~。待ってるねー」

 ツッー。
 さっさと移動しよう。

 「新妻、向こう空いてるらしいから、移動すんぞ」

 「おぅ、うっちゃん対戦また今度にしよ」

 「か、勝てない……」

 俺が電話し終わっても未だにコンテニューを続けていたらしい。

 「へー空いてるならビーチバレーできるじゃん」

 「まあな、波が荒いらしいし、沖へ泳いだりはしないかもしれんけど」

 「泳ぎは苦手だから、そのほうがいいし」

 向井は、ふっ、と鼻を鳴らした。
 てか、沖で泳げねーのかよっ!
 とか。
移動を始めたころになって新妻が文句を垂れ出しはしたが、最終的に、新妻と打越の二人がワゴンでの移動がてらにコンビニで買ってきた飯、ワゴンに積んであった小型ボートやらを拝借し、リュックに詰めて、俺達四人は第二駐車場を後にした。


 ◆◆◆


 第二駐車場から県道一七三号沿いを歩くこと五分。
 目的地である駐車場が見えだした時、それは突如として俺達の前に姿を現した。
 ゴツゴツとした岩場にしがみつく奇妙な影、よく見ると、それは全身を海藻で覆い隠した人型だった。
 いや、すね毛の生えた足があるあたり、男性のようにも見える。
 安っぽい日本のB級映画に出演してそうだ。
 率直に思ったことを口にすることなく。
 距離にして、およそ五十メートルはあるだろうか、、あの海藻怪人は岩場から道路へと上がろうとしているようなのだが、おそらく、俺達はこのペースで歩き続ければ鉢合わせになるだろうに違いない。

 「あれ、どう見ても不審者だよな」

 先頭を打越と共に歩いていた新妻は、後ろを歩いていた俺と向井へと振り向いた。

 「海藻怪人シーウィード、なんてね……」

 「へっ?」

 「いや、なんとなく」

 それもゲーム的なアレだろうか。
 打越さんの言動に戸惑いつつ、新妻に頷く。

 「とりあえず足早に通り過ぎよう」

 「「「了解」」」

 三人で頷く。
 そそくさと、俺達は海藻怪人が道路へと上がるよりも早く前を通過すべく、小走りを始めた。

 「なんか、あの人、すごい疲れてそうじゃない?」

 向井は小走りの中、息を荒げながら言う。

 「そうか?なら、お前話しかけてこいって」

 俺は御免だ、関わりあいたくない。
 道端で困っているおばあさんを助けるわけじゃあるまいし、なによりも相手は海藻をかぶった不審人物だ。
 どんな神経でそんな考えに陥るのか、確かに、海藻怪人の足取りは非常にゆっくりとしていて、怪我でもしていそうにも見えるがだからといって―――
 なんて考えている間に、その距離は二十メートルをきり、十メートルをきり、五メートルをきった所で。

 「あのー大丈夫ですかー?」

 向井は話しかけてしまった。
 やりやがった、と新妻の苦笑いの混じった声。
 打越さんの、好奇心に満ちた表情、そして俺の言葉にならない声が洩れた。

 「……ん」

 海藻怪人は、向井の声に気づきこちらを見上げた。
 その目はよく見えない、が、海藻の下にはボロボロになって色のくすんだシャツやズボンらしき布が見えた。
 ……うお、一瞬、俺と目が合った。
 変な気分だ、言いようのない苦しさを感じる。
 すぐに海藻怪人は俺の視線をフイっと避け、一度俯き、なにやら口を動かした。

 「えーと……どうかしました?」

 向井はもう一度、海藻怪人へと声を向けた。

 「イヤ、ドウモシナイ、タダスコシトオリカカッタダケダ」

 怪人はトーンの異様に高いあからさまな作り声で何か言った。
俺には、どうもしない、という一文節のみが聞き取れたが、余計に怪しいという疑惑の念が強まるだけである。

 「怪我してるんですか?」

 打越は、怪人の右足首のあたりを指さした。
 四人で怪人の足首を注視する。
 なるほど、確かに足首のあたりにかぶさっている海藻だけが、どす黒い色に変色しているように見えた。

 「イヤ、ホントドウモシナイカラッ!」

 怪人は、急に動きを早め、県道沿いのガードレールを乗り越えた。

 「おい、ちょっとっ!」

 新妻が怪人の肩に手をかけて引き留めようとするが、キニシナイデクレッ、と怪人は新妻の手を振りはらい、渋滞でゆっくりゆっくり進んでいる車の間を、右足を引きずって行ってしまった。

 「行っちゃった……」

 向井は心配そうな表情を浮かべ、怪人の背中の行く先を見ていた。
 それは、新妻、打越さん、俺も同様で、唐突に遭遇した謎の怪人に三人三様の感情を向けることしかできなかった。
 やがて、怪人の姿は保護林の中へ消えてしまった。

 「と、とりあえず第三駐車場行くか」

 「そうだね」

 「了解」

 「うん」

 その場で突っ立っていた三人に新妻が声をかけ、今の奇妙な生命体のことは置いておき、俺たちは歩きだすことにした。
 もう駐車場は目前であり、こちらから見える砂浜には、人の気配があまりない。
 波が荒いと木村は言っていたが、それは確かなようであり、遠くの岩場には白々とした大波が打ちつけられていた。
 空は青い、時計を見るといつのまにか十二時半である。

 「よーっす」

 眼下の砂浜から声が聞こえる。

 「その声は、ボザンヌかっ!」

 新妻は側の階段から砂浜へと駆け下りる。
 後に俺、向井、打越さんが続く。
 銀色に光る手すりで中央から分けられた長い階段を下りると、見知った四人へと手のひらをひらひらと向ける。

 「久しぶりぶりー」

 「こんにちは……」

 ボザンヌ、安藤だ。

 「僕もいます」

 「意外と早かったわね」

 藤井、木村も階段の上から手を振っている。

 「よっしゃあ、合流できたことだし、沖まで泳ぐかー!」

 新妻は声を張り上げる。
 えー、と向井らが不満を言い、藤井が危ないと引き留め、ボザンヌは新妻の話に乗ったが俺も含めその他大勢の非難を浴びて頓挫。
 結局、久しぶりに集まったことだしと、昼飯を摂ることになった。

 「いやね、それでな……」

 夏休みに入ってからの積もる話をひたすら語り合う。
 主に俺はボザンヌの話に耳を傾けていた。
 ちなみにボザンヌとは、もちろん本名ではなくあだ名だ。
 由来は、クラスでの掃除や係の役割をサボることからで、サボンナ、サボンヌ、ボザンヌとなったわけである。
 その容姿は少し太く、身長は俺と同じくらい。
 髪とひげを伸ばすことに最近は夢中らしく、随分と長い。
 また、ぼさぼさだ。
 フレームが黄色の眼鏡をかけており、服装にアロハシャツと白い合成革のズボンを選択している。
 それは、俺や新妻、藤井が適当なTシャツ一枚に上からシャツ、ズボンには半分の丈のジーパンやズボンを着用しているのに対してよく目立っている。
 この際に、女子連中の服装も説明しておくと、向井は水玉ワンピに黒のスパッツらしきもの、打越は白色のTシャツに薄い水色シャツでジーパン、木村は短いスカートに、随分と大きいサイズの合ってなさそうなシャツ、安藤は黄色のTシャツに白いシャツ、スカートだ。
 こうして夏休みに集まってみると、自分達が受験のために費やした日々が、経過した時間が想像よりも長く、あっという間だということに気付かされる。
 話題が最近のことから、昔の出来事についてへと変わり始めたころ。

 「そういえば、さっき面白そうなもん見つけたんだぜ」

 ボザンヌは額に人指し指を立てて言った。

 「もの、というより場所なんだが、そこを探検しようと思う。行きたい奴手を挙っげろ」

 自分で手をあげつつ、周囲に参加者を募る。
 ボザンヌは、こうした場面でいつも面白いイベントを起こしてくれるが、それはトラブルの類であることが多い。
 俺は、どうしたものかと思うが、ま、楽しければそれでいい、と。
 夏休みに作った今日一日が面白ければいい、なんて考えで手を上げる。
 みんな、反応はそれぞれイマイチなものが多いが、ボザンヌのその得体の知れぬ自信のようなものによって、押し切られてしまった。

 「よし、出発!」

 電光石火、ボザンヌの発想力と考え無しの行動力は凄まじい。
 あれは高一の文化祭でのことだ。
 文化祭での出し物が、小さなジェットコースターに決定した時、ボザンヌはその発想力から多くの仕掛けを考えだし、それらの費用を考えることなく材料や部品を購入。
 結果的に、金を稼ぐわけでもなく、クラスへ支給される五千円程度でなんとか回転させる文化祭で、脅威の使用予算十万円を上回り、我が高校の歴史上最も金のかかった出し物を行ったのだ。
 一人あたりの徴収金は五千円であった。
 が、それは悪乗りしてしまった俺や新妻、クラスの男達の大半に原因があったと言えよう。
 文化祭は大成功だったから、これは、別に悪い話でもない。
 そして、今回はどう転ぶのか、良い方向か悪い方向か、どちらにせよ見守るしかない。

 「こっちだこっち」

 ボザンヌは先頭を行き、駐車場へと登り、そこから二キロほど離れた遊泳禁止エリアへと俺達を導いた。

 「おいおい、流石にここは……」

 遊泳禁止エリアだぞ、まずいんじゃないのか。

 「はは、泳ぐわけではないんだな。これは探検だ、冒険だ、ミステリであり武勇伝になる」

 くいくい、とボザンヌは俺達を大きな岩の裏に連れてきた。

 「おい、こりゃすげえぞ」

 「うわー、なんだろね」

 「よく誰もほっといてるわね……」

 先にその光景を見た、新妻、向井、木村は、目を見開いて驚きの表情を何かに向けていた。

 「なんだってんだ」

 俺もそれを視界に入れる。
 ……なんだこれは。
 俺は自分の目を疑わざるをえない。
 タンカーである。
 それは、タンカーだった。
 砂浜に、甲板の一部のみを露出した、巨大な船。
 海の方へと視線を向けると、海水の下にうっすらと船体の全容が見える。
 驚きっぱなしの俺達にボザンヌは宣言した。
 「このタンカーに潜入だ。トレジャーハントも夢じゃねえ!」
 言葉にならない歓声が俺達の間で巻き起こるには、理由は必要なかった。
 俺は、俺達は、この時点ではまだ後戻りができたのかもしれない。


 ◆◆◆


 ~~~

 やっと一章終了って感じです。
 これで、何%になるのかは分からんのですが、まあ、今までの分も全部繋げておきました。
 作者コメントを感想欄にするのをやめて、こちらに書いていこうと思います。
 茨城は田舎で寂れていますが、良いところです。




[19936] 間文 ボザンヌ
Name: 茨城の住人◆7cb90403 ID:64f947a3
Date: 2010/07/06 19:08
 

 ◆ボザンヌ◆



 トレジャーハンター。
 それは、秘宝を探すために、ジャングルの奥地や各地の危険な場所へと探索を行う者達の職業を言う。 
 かくいう自分は、そういった職業に昔から憧れを持って生きてきた。
 その、募らせ続けてきた好奇心が、今回こうしたタンカー探検へと自分を向かわせたのかもしれない。
 発見したのは、この大洗海岸への道すがら、ふと海岸へと目をやった時だ。
 自分の目を疑った。
 船体の黒い巨大なタンカーが、甲板の一部を覗かせて埋もれていたのである。
 どう考えても、こういったものは政府やら何かが適切な処理をして除去するはずだ。
 しかし、そういった人の手が加えられた様子もなく、表面が錆ついて黒ずんだままのところを見ると、このタンカー、世間から忘れ去られて放置されているのだろうか。
 様々な疑問は尽きなかったが、関係ない。
 きっと、この船の中には何かしらのお宝があるに違いない。
 俺は自然とそんな結論を導き出した。
 たとえ、何もなかったにしろ、こんな面白そうなモノ、見つけてしまったからには探検するしかない。

 「おい、こりゃすげえぞ」

 「うわー、なんだろね」

 「よく誰もほっといてるわね……」

 みんなが口をポカンと開けてタンカーの全貌を眺めている。
 後ろから、中村達もやってきた。

 「なんだってんだ」

 中村は、タンカーの先端部を見ると、一瞬動きが止まって、何か言おうとして、固まってしまっているみたいだ。

 「おい、ボザンヌこれどうしたんだよ」

 「今日、海岸へ来る途中で見つけたんよ。こりゃ、間違いなくトレジャーが眠ってんぞ」

 胸の中に詰まっていた期待の思いが一気に口からあふれ出す。

 「すっごいぞ、これ」

 「よく誰も気がつかなかったなー」

 「そうだねー」

 「こんなん初めてみた」

 「マジか……」

 「……おお」

 「ひゃーすごいね」

 盛り上がりつつある七人に対して宣言する。

 「このタンカーに潜入だ。トレジャーハントも夢じゃねえ!」

 ◆おわり◆





[19936] act2:三分割ワールド
Name: 茨城の住人◆7cb90403 ID:64f947a3
Date: 2010/07/20 00:31
 ◆◆◆


 全く、ボザンヌの奴、よくもまあこんなもの見つけてきたもんだ。
 俺は素直に、ボザンヌのその何かを見つけ出すことに秀でた嗅覚ともいえぬ能力に感心した。

 「さて、じゃあ、穴開けるか」

 ボザンヌは、そこらへんに落ちている大きな石を手に甲板に狙いをつけている。

 「おい、何するつもりだよ」

 新妻は両手を頭の後ろで組み、ボザンヌが何をするのか不思議そうに眺めている。

 「ま、入り口は砂浜に埋まっちまってるし、穴開けてそこから中に入んのさ」

 「いいのそんなことして?」

 木村は周囲を見渡して言う。

 「あー、誰か近隣の人に聞いてみたほうがいいかもな」

 「確かに」

 俺の言葉に、向井も頷いた。

 「いや、何かまずいことがあるなら、立ち入りの張り紙とかあるんじゃない?」

 打越はボザンヌのトレジャーという単語の響きに魅せられたのか、手をわなわなと震わす。

 「そりゃそうか、ならいいか」

 「だねー」

 「オーケイ」

 「早くやってくれ」

 みんな、とっとと中に入ってみたいのは同じ意見らしい。

 「んじゃ、割るぞ」

 ボザンヌは石を両手で大きく振りかぶり―――

 バギッ!

 爆竹が弾けるような音が響いた後、そこには。

 「先が見えない」

 何も見えぬ、暗闇が広がっていた。

 「どうぞ、みんな、これ使ってくれ」

 準備の良いことに、ボザンヌは懐中電灯を自分の分も合わせて三本取り出した。
 にやり、と嬉しそうだ。
 こんな表情のボザンヌは、いや、みんな一人残らずこんな顔をしているのは、随分と久しぶりで、俺は、つい先日までの受験勉強のことなど記憶の外に押しやり、ボザンヌ同様に、にやりとした笑顔を顔面に浮かべたのである。


 ◆◆◆


 ◆◆◆


 「しかし、この穴って、たぶん石油とかを積むための空洞だろうし、入っても無駄じゃないか?」

 新妻はボザンヌに確認する。

 「あれ、そういえば、そうだったな……」

 さっきまでの興奮はどこへ行ったのか、ボザンヌは急に勢いを落とした。
 うーん、と少し唸った打越さんが言う。

 「でも、ここら辺って満ち潮の差が大きいから、ブリッジの方は潮が引けば入れるんじゃない?」

 「なるほどー」

 「確かに」

 考えてもいなかった方法。
 やはり、人数がいると問題の打開方法を考えつくのも早い。

 「じゃ、それまではビーチバレーで遊んでよ……」

 と、向井が言おうとした時。
 ザーッ
 なんて、さきほどまでの波の音は消え去り、海の水位が急激に下がってきた。

 「なんだなんだ」

 「どうなってるのよ」

 周囲の岩場に張り付いていた海藻やヒトデは急激な引き潮に取り残され、近くに流れ着いていた流木は一息に沖へと流されていった。
 見ると、タンカーのブリッジの姿が次第に、どんどんと露わになる。

 「なるほどな」

 新妻は二度頷いていた。

 「どうしてここが遊泳禁止エリアになっていたか、それはこの引き潮が危ないから、じゃないのか?」

 「ああ、俺もこんな短時間で水位が下がるのは見たことねぇ。こんな流れに巻き込まれたら沖まで一気に流される」

 ボザンヌも額の汗を浮かべ、まじまじと海を見つめる。
 そして、ものの五分もたたぬうちに、引き潮は収まり、後にはタンカーの巨大なブリッジが俺達の目の前に現れることとなった。
 錆付いた甲板の茶色とは違い、ブリッジの色はあまり色あせてはおらず、海藻の緑色で少し汚れているだけで、白い。
 水が光を反射しているせいか、俺の目には、とても眩しく映った。

 「……改めて、行ってみるか」

 ボザンヌは、さきほどとは打って変わって、緊張した声音だ。

 「いや、やめておた方がいいんじゃないか?」

 新妻も、さっきの気楽な感じとは違う。
 みんなも、なんだかまじめにこの探索が安全なのかどうか、考えているらしかった。

 「じゃあ、行きたい人で、ちょっとだけ覗いてくるってことにしない?」

 提案したのは打越。

 「おい、うっちゃん……」

 「大丈夫だって、今さっき、引き潮で水位が下がったばかりじゃない。少しくらい大丈夫だって」

 まだ、彼女の情熱は冷めてはいないようである。

 「うん、少しくらいなら、いけんじゃない?」

 木村は、むしろ、少しスリルがある方が好きなタチだ。
 こういう悪ノリは、なんだか危ない気がした。

 「ま、この三人で行くか?」

 「うっちゃんが行くなら、勿論、オレも行くさ」

 新妻はリュックを背負った。

 「じゃ、四人か。一応、中の物の回収用にリュックもってわけね。オーケー、行くか、みんなはちょっと待っててくれ、少し見てきてすぐ帰ってくるだけだ」

 「まー、中村。というわけなんで、オレはボザンヌが暴走しねーように気をつけておくから、ちょいとお別れだ」

 新妻は、やれやれといった様子だ。
 他三人が若干の興奮に沸いているのとは対照的だ。

 「気をつけてね……」

 「すぐ戻ってこいよー」

 「がんばれ」

 俺以外の三人も、基本は新妻と同じく辟易とした態度ではいるが、どこか、少し四人の身を案じていた。

 「ま、気をつけてな」

 大げさな、心配かもしれない。
 いや、みんなで覗きに行ってもいいだろう。
 そんな気もする。
 しかし、このタンカーには、説明できない何かがあるような、雰囲気というか、得体のしれない気持ち悪さがあったのだ。
 四人はそそくさと服の下に着ていた水着へと着替え、服をリュックに詰めてしまう。

 「じゃあな」

 四人のその言葉に、ああ、とだけ一言返す。
 そこからはボザンヌが海水に入ってチビテーとか、色々騒いで笑いもし、四人が水に浸かった甲板からブリッジまで到着すると、こちらからバンザイの形で手を振る。

 !!!!

 新妻が何か言っているようだったが、波の音でよく聞こえなかった。
 そして、四人の姿が消える。
 それから、俺は四人を見送ったことを後悔することになる。
 三十分後になっても、四人は戻らなかったのだ。
 

 ◆◆◆


 ◆◆◆


 「うわ、凄い荒れてるな」

 新妻はブリッジ内のありさまに肩を落とした様子だ。

 「ま、満潮時には海水かぶるような場所だしの、それだけに、宝は船の中をあっちへこっちへ流されているかもしれん」

 それにしても、新妻の言う通り、ブリッジは時代の経過と風化を感じさせるような、誰にも彼にも忘れ去られた地となっているようだった。
 タンカーの舵をとる舵輪は床に転がり、船の操作を補助する機器は軒並み壊されていて、ガラス窓はすべて割られている。
 一体ここで何があったのだろうか、色々な想像が膨らむが、それらの妄想が示す船が放置されている原因は、どれもこれもがイマイチ信憑性に欠けた。

 「ねー、ボザンヌ。こっちに通路みたいなとこに繋がる扉みたいのがあるんだけどー」

 木村はひしゃげて折れまがった扉の隙間から、向かう側の景色を懐中電灯で覗こうとしている。
 船の位置を考えるに、おそらく下の階層への階段があるに違いない。

 「ナイス木村」

 と、調子良く返事をしてみる。
 なぜ、意識してそんな返事をするのか、というのも、木村は二年の時に同じクラスだった奴だが、正直、自分はあまり話をしたりしたことがなかったのだ。
 ていうか、今回の集まったメンバーの中では、新妻と中村と向井以外とは、あまり関わりがない。
 それだけに、木村に対して、どのくらいの距離を持って接するべきか、気楽な感じに話しかけるべきか、否か。
 多少、悩んだ。
 しかし、木村の見た目を考慮した結果、その答えはすぐに出た。
 木村は、軟派な奴なのである。
 向井がボーイッシュ、打越が眼鏡でマニア、安藤が鬱々としたキャラだとすれば、木村はイケイケギャルなんて表現が妥当だ。
 正直、あまり接しやすいタイプではない。

 苦手だ。

 だが、このトレジャーハントに乗ってくるあたり、意外にも気が合うのかもしれないという、希望的な憶測も確かにある。
 なんてことを考え、リュックの中から、先ほど、駐車場で集合する前にコンビニで買ってきた小さなハンマーを取り出す。

 「ちょ、なにすんのボザンヌ」

 「たたき壊す」

 狙うは錆付いて弱った蝶番。
 ハンマーを頭くらいの高さに振り上げ、蝶番を上から下へとたたき落とすように振る。

 ガンッガンッ

 二回、金属同士の擦れる甲高い絶叫が流れ、あっけなくそれは壊れた。

 「なんつーか、準備いいよなお前」

 「新妻、お前こそ何かにつけて用意周到に事を運ばすくせに、よく言う」

 「はは、そうか?」

 「そうだよー、前に水戸に出掛けた時も、どこへ行ってどう遊ぶか全て計画してたっぽいしね」

 「うっちゃん気づいてたの」

 「ちらちら携帯でチェックしたみたいだから、すぐ分かった」

 「そ、そうか」

 ガンッガンッ
 
 言ってるそばで、早速、二つ目の蝶番を破壊する。

 「おお、開いたね。ボザンヌさすが」

 「扉開けるの手伝うぜ」

 「がんばれー」

 「オーケー、新妻こっち側を持ってくれ、一気に引き抜く」

 「了解した」

 蝶番が外れても、錆付いた扉は、壁にしがみつくようにくっついていた。
 木村と打越を下がらせて、新妻と扉の両側を持ち、一気に、とはいっても慎重さを欠かずに扉を外す。

 ギィー
 
 学校の階段シリーズでおなじみの効果音を響かせ、扉は、思ったよりも容易く外せた。

 「こっちにたて掛けるぞ」

 「ああ」

 新妻の示す方へと扉を引きずる。

 「離していいぞ」

 そっと、扉で指を挟まないように手を離す。

 「新妻君こっちすごいよー」

 「おお、今いく」

 二人のやり取りを不思議に思った。
 なぜだ、そうか、打越が新妻のことを名字で呼んだからか。
 打越は新妻にあだ名で呼ばれているから、てっきりニー君とでも呼んで笑わしてくれるのかと思っていた。

 「へぇ、結構暗いな、やっぱし」

 おっと、先頭を逃してしまう。

 「まてまて、俺が先頭きるからな」

 「分かってるって」

 新妻は、言いつつ、すぐにでも先に行ってしまいそうである。
 多少の焦りで、足を床の海藻にとられそうになるが、ふんばり、懐中電灯を暗闇へと向ける。
 見えたのは、長い通路と、かなりの数の扉だ。

 「ほー、こりゃ何かあるかもな、うっちゃん」

 新妻は驚嘆の声を上げる。

 「うん、これなら、大いに期待できそう」

 「てかさ、とりあえず、中村達に先に進めそうだからって言っとく?」

 「そうだな、ちょっと電話してみる」

 木村の言う通り、そういえば、五分やそこらで一回戻ると言っていたし。
 ハンマー同様、水に濡れにくいようにリュックの中へ入れておいた携帯を取り出す。

 「あれ、圏外になってら」

 「はあ?」

 「なんだ、ボザンヌ。携帯壊れてんじゃねーのか、待ってろ……あれ、俺のも駄目だ」

 「新妻君のもボザンヌのも、潮でやられちゃったんじゃないの、ここって船の中とはいえ、電波くらい通るでしょ」

 「そう、だよな。ちょっと外出てみるか」

 駆け足で、四人でブリッジから外へ出る。
 だが、そこに見えたものは、自分達の知っている景色ではなかった。
 ありえない風景であった。
 写真でしか見ることが叶わないような、美しい景色でもあった。

 「どういうことだ、どこだ、ココ」

 眼前に広がるのは、ゴミ一つない綺麗な砂浜、ジャングル、巨大な山。
 唖然とせざるをえない。
 どうやら、自分達は、おとぎ話ほどではないにしろ、非現実的な場所の代表選手。
 簡単に言ってみれば、いわゆる、無人島へと漂着しているようであったのだ。




 ◆◆◆


 ◆◆◆



 「……どこだよ」

 誰もが途方に暮れるしかなかった。
 ついさっきまで、砂浜には、中村達がいたというのに。
 目の前には、誰もいなけりゃ物もない、なんだ。
 自分達がおかしいのか。

 「おい、潮上がってきてないか?」

 新妻は肩を叩いてきて、後ろへと注意を促す。

 「あ、ああ。とりあえず、砂浜に上がるか」

 地面に縫いつけられたように固まっていた足を無理やり動かし、海水に浸かる。
 新妻の言う通り、急に海面の高さが上がってきているようだ。
 後ろの三人に気をつけるように言い、砂浜に辿り着いた。
 振り返ると、ブリッジはもう見えない。
 一応、潮の特徴は変わらないらしい。

 「ちょっと、どうなってんのよ」

 木村は喧嘩腰な態度だ。

 「いや、そんなん俺が聞きたいぐらいだって。さっきまでは、大洗の海に居たっていうのに、ここは、茨城どころか、見た感じ何処かの無人島だ」

 「だよなぁ……あんな背の高い山、昔読んだ無人島モノの本には付き物だった」

 新妻は頷きながら、きょろきょろと誰か人がいないか探している。

 「あー、なんなのよ」

 しかし、どう見ても人のいた痕跡はないし、水平線に目を向けても、小舟の一隻も見つけられない。

 「いや、これって人の足跡じゃないか?」

 タンカーから砂浜に上がって少し進んだ辺りに、いくつかの足跡がある。

 「おお、じゃ、意外とみんなもどこかにいんのかな」

 「なら安心じゃない」

 人数にして、おそらく三人くらいだろうか。
 足跡は森の方向へと続いていて、草むらに入ったところで辿れなくなった。
 ここがどこかは分からないが、誰か人がいるのなら、その人が何かしら今の状況について説明してくれるかもしれない。

 「あれ、うっちゃんどこ行った?」

 そういえば、さっきから姿が見えない。
 砂浜に上がるまでは、視界の隅にいたと思ったが……。

 「あ、あっちの遠くに見えるの、打越じゃないの?」

 遠く、砂浜の先に水色の何かが見える。

 「おおーいっ!!」

 新妻が両手を振って叫んだ。
 波の音に打ち消されて聞こえていないのか、打越には何の反応も見られない。

 「連れ戻してくる」

 新妻は一言残して、タッっと走っていってしまった。

 「どうする?」

 ため息交じりに木村は言う。

 「はぁ……、そうだな、俺達も行くか」

 「だね」

 自分と木村は、疲れが溜まり始めた重い身体に鞭打ち、先を行く新妻を追うために走り出した。


 ◆◆◆


 
 ◆◆◆



 「おーい、二人とも勝手に先行くなってば」

 さすが元サッカー部、体力では全く敵わない。
 新妻は、肩でゼーハーと息をしている自分に比べ、呼吸を乱すこともなく、打越と何やら話をしている。

 「お、ボザンヌ来たか」

 「来たか、じゃねぇよ。一体、どうして打越は急にどっか行っちまったんだ?」

 打越に非難を浴びせるような視線を向ける。

 「いやー、それがさ、黒い影っていうか、透明な何かが歩いてたから追いかけようとしたら、いつの間にかここまで来ちゃっててさ。きっと、ありゃ幽霊だって」

 「はぁ?」

 気が狂ったのか、そんな馬鹿な話があるか。

 「熱中症で頭が駄目になってんじゃねぇか?」

 幽霊がこんな真昼間から、砂浜を歩いてるはずがない。

 「ホントなんだよ~、水分もちゃんと摂ってたし」

 「嘘つけ」

 「嘘じゃないってば」

 「嘘じゃなくとも、一声かけてくれたっていいんじゃん」

 「……それは、ごめん。でも、嘘じゃないから……」

 「だからってさ」

 信じられるかって。
 


 「まあ、良いじゃん」



 新妻は、打越に問いただす自分を、打越と自分の間を身体で遮ることによって止めた。
 ……そうか、そういえば、新妻と打越は彼氏彼女の仲だった。
 やはり、こういう時は彼女の肩を持つよな。
 新妻は、自分と打越を交互に見て続けて言う。

 「うっちゃんは、嘘言ってるようにゃ見えないよ。ボザンヌも落ち着こうぜ。みんな、少し休んで、これからどうするか、ゆっくり考えよう」

 「全く、あんたら足速すぎんだっつーの」

 途中から歩いてこちらへとやってきたらしい木村は、手を団扇代わりにひらひらさせて悪態をついた。
 木村、なんとも間が悪い奴だ。
 こうなったら、とりあえず謝っておくしかないじゃないか。

 「……悪い、少し強情だった」

 「謝ることじゃないって」

 「うん、私、気にしてないよ」

 社交辞令のように決まりきった形式の仲直りをし、新妻と打越は、近くの木陰へと歩いていった。
 う……、すげぇみっともないんじゃないか、これ。
 なんとも、こっちが恥ずかしい感じに収まってしまった。
 木村の間の悪さは、寧ろ、ナイスと言ってもいいくらいなのかもしれない。
 いや、溢れ出す後悔は止まらねえけれども。
 ……タンカーにトレジャーハントを仕掛けた後悔も、生まれてきてしまってはいるけど。
 くそ、考えがまとまらない。
 それほど、取り立てて悪いことをしたってわけでもないのに、全て嫌になるような感覚だ。
 砂を小さく蹴り上げ、木陰へと向かう。
 ちょ、八つ当たり?
 なんて、木村の舌打ちが背中に突き刺さる。
 先に木陰で休んでいる新妻と打越から、間に二メートルほどの距離を開けて、砂浜とは違う、固くて湿っている地面に寝転ぶ。

 「悪い、少し寝るわ」

 今の混乱した状態では、まともな議論なんかできない。
 意識は眠りにおちることはできないが、とりあえず、目だけでも瞑って、ちょっと心の整理をしたい。
 ああ、という新妻の声と、うん、と打越の声。
 両者の声を無視するように、無反応のまま、自分の視界は真っ黒な闇に沈んでいった。



 ◆◆◆


 ◆◆◆



 「おい、ボザンヌ、起きろって、もうすぐ夜になっちまうぞ」

 「……ん、え?」

 バッ!

 と目を開け、視界を取り戻すと、周囲は夕焼けの橙色に染まっていた。
 急に目を開けたりしたから、眩しくてみんなの顔は良く見えない。
 ああ、そうか、いつの間にか本当に寝てしまったらしい。
 「にしても、やっぱ、無人島のままなんだよな」
 こっそりと期待していた夢落ちは起こらない。
 無人島、悪い冗談にもなりゃしない。
 どうすればいいんだ。
 くそ。
 さっきの後悔までも、寝て忘れかけていた記憶も鮮明に蘇ってくる。

 「俺も、夢なんじゃないかって、一回寝たら大洗海岸に帰れると思ってたんだけどさ」

 新妻は苦笑いをしている。
 考えることは、どうも、同じらしい。

 「ボザンヌはすげえな、俺なんか、どうしてこんな場所に飛ばされたのか不安で、全然、寝るなんてできねえよ、ホント……すげえよ」

 「お前、俺のこと能天気な野郎だって言いたいのか?」

 字面だけでは、新妻は俺を責めているようにしか感じられないが、新妻の声音は、本音のソレだった。
 分かっていても、おちょくるような返事しかできない。
 そういう、自分の素直じゃない性格を、こういう時に面と向かって見るのは、慣れない。

 「はは、本当だってば、ボザンヌは素直じゃねえなあ」

 「素直じゃない、ボザンヌ。ボザンヌは、素直じゃないんだね、へー」

 打越の顔は逆光って窺い知れない。
 こっちは本気でからかっているようにしか聞こえない。
 声が笑っている。

 「つーか、笑ってないでさ。本格的にどうすんのよコレ」

 木村はやいやいと口を尖らせる。
 そう、さっさとこれからどうするか決めないといけない。

 「まあ、話をまとめると、たぶん、ここは無人島だと思うんだ」

 あの背の高い山に登って、周囲を確認しなければ、その予想は正しいと判断を下すことはできない。
 しかし、こんなに自然に自然な。
 作られた感のない、生の自然というのは、見たことがない。
 気温、湿度は、沖縄へと修学旅行に行ったときに体感したものと、そう変わらない。
 これは、茨城の気候ではない。
 これだけは、断言できるのだ。
 ならば、この状況、もう無人島であると考えて行動すべきなのだろうが……。

 「足跡、あったんだよな」

 「ああ、たぶん、何人か人がいる」

 新妻は自分を見て頷く。

 「つっても、足跡は森に入ってからは薄くて辿れるもんじゃなかったけどねー」

 木村は、その短めでクルンと巻いた髪の毛を弄りながら、携帯を覗いている。

 「つか、携帯で連絡とれんじゃないのっ?」

 ふと、新妻は閃いたといわんばかりに、身を弾けさせて木村へと指を指した。

 「あー、とっくに試しましたから、圏外です圏外。ここは日本でしょ、なんで圏外なんて……山じゃあるまいし」

 一瞬沸いた期待は、すぐさま、消え去る。
 泡みたいなものだ。
 ともかく、行動するのが先決だ。
 こういう時は、自分らしさを貫こう。
 気分を切り替えることにして、まず、やるべきことを口にする。

 「火を起こそう、まずは、な?」

 「おお、らしくなってきた、無人島」

 新妻は、この状況でなぜか顔をニヤついたものへと変えた。
 気持ちは分かるけれども。

 「え、火?」

 木村は驚いた様子、どうやんの、とか言っている。
 打越は、待っていたという構えだ。
 「こういう時こそ、俺のボーイスカウト時代の技の披露だ」
 そんな技、実際に使うことになるとは思わなんだが。
 やるだけ、やるしかない。
 夜は、目前なのだ。


 ◆◆◆


 ◆◆◆



 「で、ようやって火を起こすんだ?」

 新妻は、リュックの中から使えそうなものを出しながら言う。

 「とりあえず、何が使えるか分からないし、リュックの中にあるもののリストを作ってみたぞ」

 新妻は、単語帳の余白部分に、現在の所持品を書き連ねた。
 


 リュック×四つ(形はそれぞれ) 服一式×四人分 単語帳×二冊(新妻と打越) 筆箱×二つ(新妻と打越) デジカメ×一台(木村) 
 携帯×四台 財布×四つ 水着×四つ ハンカチ×四つ ポケットティッシュ×三つ 時計×二(ボザンヌ 木村) 懐中電灯×三つ 絆創膏×七つ



 「これだけだな」

 「うーん……」

 食料が、ない。
 今夜は晩飯にありつくことは叶わなそうである。
 しかし、これだけ色々あれば、火を起こすこと自体は案外簡単そうだ。

 「筆箱貸してくれ」

 新妻に頼んで筆箱を取ってもらい、中から目当てのものを取り出す。

 「え、それシャー芯じゃん」

 木村は不思議そうな顔をしている。

 「それで火を起こすの?」

 打越もこれから自分が何をするかは分かっていないらしい。
 分かっていないなら、それはお楽しみということにできるだろう。

 「じゃあ、俺は仕込みすっから、みんなは適当に燃えそうな木の枝や葉っぱを集めてきてくれ、発火方法はお楽しみだ」

 反応は色々。

 「えー」

 「期待してるぜ、行ってくる」

 「あ、ちょっと待ってよ」

 「うっちゃんは向こうの方から集めてきなよ、その方が効率良いんじゃない?」

 「あ、うん」

 三人はそれぞれバラバラの方向へと走り出す。
 みんなの背が全て森の中へ消えたところで、懐中電灯の中身を解体していく。
 さっきは仕込み、だなんて大そうな事を言ったが、実際は至極簡単な仕掛けを作るだけだ。
 懐中電灯に入っていた単一電池を取り出し、懐中電灯の中の配線を引き抜く。
 その配線を電池の両端に、絆創膏で繋げる。
 そして、ハンカチの上にシャー芯を一本乗せて、おわり。
 ……あっという間ではあるが、これで、簡単に火種は作れる。
 ようは、理科の実験を行うだけなのだ。
 シャー芯は電気を通すが、抵抗により熱を持つ。
 その熱がハンカチを酸化、つまりは、燃焼反応を起こし、燃え上がって木に着火すれば火起こしは成功となる。
 問題は、燃えやすい木をみんなが見つけてこれるか、ということだろうか。
 こんな熱帯の気候では、乾燥した燃えやすい木は中々見つからないはずだ。
 また、シャー芯は、過度な電流を通すと爆発する。
 そこらへんの安全確保が大切、って感じか。
 それからは、シャー芯との間に電気抵抗を作るために、懐中電灯の中の金属部品などをシャー芯と間に挟み、電流の強さを調節する作業が続いた。

 数十分後。

 「こんなもんか」

 おおよそ丁度良い回路を作ることができた。
 これで、もし起こした火が消えたとしても、電池とシャー芯さえあればいくらでも火を起こせる。

 「おーい」

 タイミング良く、三人が一緒に帰ってきた。
 その手には大量の木材と木の皮があり。
 木の皮か、なるほど、と自分は手を打った。

 「お、なんか面白い装置だな」

 新妻は感心感心、などと高齢教師のような反応を見せる。

 「西村かよ」

 一年の頃の倫理担当教師の顔を不意に思い出した。

 「あは、ボケたかなぁって自分で言って退職しちゃったんだっけ?」

 「そうそう、なんか潔い先生だったよね」

 「俺だったら、定年までしがみつくだろうなー」

 「新妻って意外に執念深っ」

 自分から仕事を辞めるっていうのは、自分には想像にも及ばないことだが、相当な決意が必要なのかもしれない。
 なんて、今は考えなくてもいいことか。

 「んじゃ、火を起こしますか」

 「オーケー、どこで起こす?」

 「そうだな、あの大きな木のそばにするか」

 

 ◆◆◆


 ◆◆◆



 新妻の示した木の辺りへと向かい、三人が持ってきた木の枝を三角柱型に立てる。
 三角柱の中心部分、開いた空洞へと木の皮を空気がよく通るように入れ、先ほど作った回路を組み込んで、準備完了。

 「ああ、それ物理の授業で見たことあるよ」

 打越は、目を輝かせて言う。

 「新妻、お前も物理選択だし、見たことあるだろ?」

 「まあ、あるにはあるけど、こういうのって、まず真っ先に木と木を擦り合わせる火起こしの方法が思いつくじゃん」

 確かに、最初はボーイスカウトで教わったその方法でも良いと思ったが、あれは道具がすでに揃っている状況でしかやったことがなかった。
 ようは、どうやってあの道具を作ればいいのかが分からなかっただけだ。

 「……ま、こっちの方が体力使わないで済むしな」

 「さすがー」

 無駄な見栄を張ってしまった。

 「じゃ、着火するぞ。少し危ないからみんな離れてくれ」

 みんなが離れたのを確認し、電流をシャー芯へと流し込む。
 すぐさま芯の中央部が赤熱し始め、ハンカチが焦げ出す。
 ハンカチを燃やすのは少々もったいない気もするが、今、手元にあるもので一番燃え上がりやすいものは、服やハンカチに使われている綿である。
 次に火起こしをすることになったら、あらかじめ乾燥させておいた木材を使おうと思う。
 炎がハンカチから上がり、それが木の皮を炙る。
 中々、炎は木の皮へと燃えうつらないが、少しすると、パチパチッと音を出して、小さな炎を灯しだした。

 「成功だな」

 ここまでくれば、あとは大きな枝の方に燃え移りさえすれば、大丈夫。
 追加の木を入れていけば、炎の強さも調節していけるだろう。

 「やったなぁ、こんなの小学校のキャンプ学習以来だ」

 「私もそうだなー」

 「へー、私は初めて見る」

 これで今夜は、森の方から獣の類が近寄ることはないだろう。
 今から食料を探してこれれば、焼いて調理することができるかもしれない。
 なにはともあれ、火起こしは、成功である。


 
 ◆◆◆




[19936] act3:未開の島と過去の海 ① 【未完】
Name: 茨城の住人◆7cb90403 ID:64f947a3
Date: 2010/07/20 00:27




 ◆◆◆ 




 四人がタンカーへと乗り込んでから、俺と向井、安藤と藤井は、砂浜に簡単なビーチバレーのコートを作り、四人でビーチボールを追いかけまわしていた。
 男である藤井のガリガリ体型は目に毒であったが、向井の可愛らしい水着と安藤の大人っぽい水着姿は、俺の心境を揺さぶるには十分なものであった。
 水着というのは、毒にも薬にもなるのだということを、俺は実感していた。
 なんて、馬鹿なことを考えて三十分。
 気がつけば、ボザンヌ達がタンカーへと侵入してから、随分と時間が経過していた。
 海面の急激な上昇もないようだし、心配ないだろうと決めてかかっていた俺は、三十分が四十分、五十分、まもなく一時間となった時、ついにいてもたってもいられなくなった。

 「流石に、遅すぎだろ」

 「だよねー、ボザンヌが約束を破ることって中々ないことだよ」

 俺の言葉に応じた向井は、ビーチボールをレシーブするのを止めた。
 言われてみれば、確かに、ボザンヌは結構無茶苦茶やる奴だったが、約束を破ったという記憶は、俺の中になかった。
 最初、タンカーに乗り込む時は、五分で一旦戻ると言っていたのだ。
 実際に戻るとは俺達は思ってはいなかったが、それにしても、一言だけ何か言ってくれてもいいだろう。

 「あれ、メールが届かないようだね」

 藤井は携帯でボザンヌ達に連絡をとろうとしたようだが、失敗したようだ。

 「私のも……だめみたい」

 安藤さんも同様である。
 これは、何か起きたのかもしれない。

 「ちょっくら、行って見てくるわ。三人は待っていてくれ、すぐ戻る」

 「あ、待ってよ、私も行く」

 「なんだよ、危ないから向井は行かなくってもいいってば」

 急に海面が上がるかもしれないし、なにより、向井は泳げない。
 なのに、そんな向井を一緒に連れていくことは、リスクが大きすぎる。

 「私、泳げるって、ほら、ビーチボール持ってれば浮いていられるもん」

 向井はビーチボールを抱きかかえて海面に浮くポーズをした。
 ……く、またそんな方法で――――

 「あーもう、じゃあ仕方ないな。安藤、藤井、俺達も戻って来なかったら警察に連絡してくれ、三十分で戻るから」

 結局は、向井の唐突なかわいさに問題点をそっちのけで許してしまうのであった。

 「ああ、分かったよ、気をつけてね」

 「分かった……」

 安藤と藤井の二人は、強張った表情で頷いてくれた。
 俺は、ボザンヌ達がそうしたように、ある程度の荷物をリュックに入れて、水着のまま、タンカーへと向かうことにした。

 「じゃ、出発」

 「おー」

 向井に気を配りながら、ゆっくりとタンカーへと歩を進める。
 意外と船の全長は長くないのか、三分も経たないうちに船のブリッジの入り口に到着した。
 向井の手を握り、海面からブリッジそばの階段へと向井を引き上げ、砂浜を振り返ると、うっすらと安藤と藤井の姿を確認できた。

 「あれ、こんなに遠くまで歩いたっけか?」

 どうにも、自分の体感での距離と砂浜までの距離が合致していないような気がする。

 「まあ、気のせいじゃないの?」

 「そうかなぁ」

 「そうだよ」

 「かな、んじゃ、中入ってみるか」

 「うん」

 ガチャ

 と、ブリッジへの扉を開けると中はひどい荒らされようであった。
 全く、ボザンヌ達が荒したのかは判別がつかないが、それにしても、もう少し綺麗な感じかと思っていた。

 「うわー、すごいね、コウタ」

 「名前で呼ぶなって」

 「二人の時は名前で呼ぼうって昔言わなかったっけ?」

 「あれ、そうだっけ……、にしてもコウタ呼びは辛いものがあるし、それに、向井をミズキって呼ぶのはハードル高くないか?」

 名前で呼び合うなんて恥ずかしい約束はした覚えはないのだが、幼馴染だ、実はそんな約束をしていたということもあり得なくはない。
 ていうか、なんでこんな時にそんな話。
 ボザンヌ達が居なくなったことへの恐怖心のせいか。

 「はは、そんな嘘に決まってるよ。コウタに約束だーって言った時、昔、一度あったけど、断られちゃったんだよ?」

 「あれ、そうだっけか」

 うーん、だめだ、思いだせない。

 「ま、いいや。コウタ、ボザンヌ達の捜索始めよ」

 「オーケー」

 それから、しばらく俺と向井は二人で手分けしてボザンヌ達の名前を呼んだり、色々試して捜索をすることにした。
 しかし、見つからない。
 跡形もない、いや、影、形、何も痕跡がない。
 ……ん、なんだこれ。
 二手で分かれて捜索していた向井とブリッジで合流し、乱雑に破壊された機器の上に腰を下ろしていた俺は、ある違和感のあるドアに目を向けた。

 「丁寧に壊されたドアだな」

 「あ、こっちに砕けた蝶番みたいなのがあるよ」

 「ああ、そういえば、ボザンヌの奴、ちっちゃいハンマー持ってたよな」

 それで破壊したのだろう。
 なるほど、じゃあこちらの方向へ四人は向かったのだろうか。

 「っと、その前に、一度、砂浜の藤井と安藤に合図しとくか」

 「そうだね」

 フリッジから外へ出る。
 階段を上った先に見えた砂浜の風景は、いや、俺の知っているものではなかった。

 「どうして、祭りなんてやってるんだ?」

 「あ、れ?」

 見れば、ついさっきまでの俺達以外誰もいなかったはずの砂浜に、信じられないどのたくさんの人々が御神輿を担いで騒いでいた。
 どういうことだ、あの人達はなんだ。
 もしかしたら、ボザンヌ達もこんな状況に陥ってしまっているのか。
 様々な考えが脳裏に浮かぶ、くそ、考えがまとまらない。
 どうにも、こうにも、俺と向井は、とんでもないことに巻き込まれているということだけを、本能的に感じ取っていたのか、そうでないのかも分からないが、はっきりと一つだけ言えることがあり、無意識のうちに手をどういうわけか、重ねるというか、本当にどうしてだか理解に及ばぬ現象ではあるけれども、しかし、まとめよう。目の前のなにもかもは関係ない。



 俺と向井は手を握りしめ合っていたのだ。



 ◆◆◆



 ~~~

 唐突ですが、時間があったので更新しておきました。
 一度、更新停止と言った手前、申し訳ないと思います。
 このペースでは、完結なんていつになるのかも分かりませんが、そろそろ完結かな、と思ったら覗いてみてください。
 ありがとうございました。

 ~~~



[19936] act3:未開の島と過去の海 ②
Name: 茨城の住人◆7cb90403 ID:64f947a3
Date: 2010/07/20 23:43
 ◆◆◆



 「さて、火はついたけど、飯どうする?」

 新妻は割と軽い調子で言っているが、ぽっちゃりである自分にとっては、飯がないというのは、非常にまずいことである。

 「あたしは今夜くらいなら晩飯抜いても大丈夫よ」

 「私も、今晩だけってことなら」

 木村も打越も、なんてことだ、飢えているのは自分だけなのか。

 「いや、俺は腹減ったぞ。午後の探索に支障が出ないように、昼飯は少しセーブしてたしな」

 実際には食べれるだけ食べていたが、そう言っても三人は聞く耳を持ってくれないように感じられた。

 「ボザンヌは大食漢だしなー、しかし、こんな場所に食えそうなものなんてあるのか?」

 「あー私、昔、こういう状況に陥った漂流者達の本読んだことあるよ」

 「それは俺もある。たぶん野草やら果物、魚の類を食べるか、手持ちの食料でとりあえず時間を稼ぐような」

 十五少●漂流記、ロビン●ンクルーソーの冒険、有名なものを上げればキリがない。
 中でも記憶に残っているのは、ズッコケ●人組で登場した無人島だろうか。
 無人島に関連する書籍は数えきれないほど多い。

 「食用の野草って分かるか?」

 無人島生活において、最もポピュラーであるだろう食料だ。

 「えー、そんなの知らないってば」

 「俺も、野草はなー。小学校の花壇に植えられていたセルビアの汁ぐらいしか知らないな」

 「私も同じ」

 やはり、野草の知識なんてもの、知っている奴の方が珍しいのだろう。
 実は、自分もほとんど知らない。

 「確か、タンポポとかフキノトウとかは食べられるんじゃなかったか?」

 「ああ、そういえば、フキノトウは国語の授業で食えるとか書いてあったけな」

 新妻は頷き、そういえば、ツクシとかもそうじゃなかったっけ、と呟いた。

 「なんだ、結構あるじゃん」

 木村は、なーんだ、などと安心した様子である。

 「けどさ、季節というか、気候というか。こんな島みたいな所にフキノトウなんてあるのか?」

 「ない、よね」

 打越は火の中に木の枝を放りこんだ。

 バチバチッ

 と、枝の水分が弾ける音が響き、みんなは黙りこくった。

 「ならば、やはり動物か」

 どうやって捕まえるか、どのように調理するか。
 そんなことよりも、動物を殺すということに、正直言って、なかなか抵抗がある。
 しかし、結局は、野草の知識を大して持っていない自分達は、一番分かりやすい食料であるウサギや野鳥、視点を変えてカエルやネズミなどの、日常生活の中では、決して口にはしないであろう生き物を食べるしかない。

 「できれば、そういうのは避けたいんだけどなぁ、仕方ないかな」

 「あたし、昆虫は無理だからね?」

 「狩りだね、どうするの?」

 この雰囲気で、打越はやけにやる気になってきたらしい。

 「打越、お前ってネズミとか食うのに抵抗ないのか?」

 自分はある。
 味付けのない肉なんて、食えたもんじゃないし。

 「え、抵抗はあるけどさ、狩りっていう響きが、さ」

 そういえば、打越はゲーマーだった。
 結果ではなく、狩りという過程に面白さを感じているのか、狩った獲物を食べることを考えていない思考でいる。
 想像以上に、素直な女だった。
 新妻と波長が合うのは、そこらへんの性格のせいだろうか。
 この場合、自分と木村との波長は全く外れているのと対称的だ。
 いや、自分と木村をセットで考えるという構図自体が不毛に違いないな。

 「ま、考えていてもしょうがないっしょ」

 新妻は立ち上がり言った。

 「俺とうっちゃん、ボザンヌと木村で別れて、食えそうなものがあったら回収、んでもって、懐中電灯の容器に海水入れて色々ぶちこんで鍋にしようぜ」

 「すげえ事を言うな、お前は」

 新妻の言う通り、考えていてもどうにもならないが、ま、もう自分もどうでもよくなっていた。

 「よし、ともかくなんでも良いから、採ってくるかー!」

 「「「おー!」」」

 一段大声をあげて、自分達は無人島の薄暗い森へと、夕焼けが沈みだした海へと散開したのだった。



 ◆◆◆





感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.611192941666