北朝鮮の“次なる暴挙”に日本はどう備えるか:橋爪大三郎(東京工業大学教授)、李 英和(寛斎大学教授)、富坂 聰(ジャーナリスト)
テロよりも「賢明」だった韓国艦「天安」撃沈
橋爪 3月26日に韓国海軍の哨戒艦「天安」が爆発・沈没し、乗組員46名が死亡しました。海外の専門家の参加も得た韓国の軍民合同調査団がこれを北朝鮮の魚雷攻撃によるものと断定し、東アジアに一気に緊張が高まっています。
この事件の性質を理解するため、3つのポイントを順番に考えたい。第一に、これは何かの事故なのか、それとも北朝鮮が意図して起こしたものか。第二に、後者だとして、具体的に、どのレベルがゴーサインを出したのか。第三に、この事件は、何を意図したものか。
第一の点。北朝鮮が計画的に引き起こした事件だと、私は思います。ただ私は素人で、独自の情報が何もない。両先生のお考えをお聞きしたく思います。
李 ほぼ間違いなく、北朝鮮によるものと思っています。今回の哨戒艦沈没事件は、ある意味、起こるべくして起こった事件といえます。というのは、昨年3月の時点で、北朝鮮の金正日総書記の後継者が、三男の金正銀に内定しました。そのころから韓国の情報機関は、北朝鮮が近いうちにテロを仕掛けてくると警戒していた。ところが、海底で攻撃されるのはまったく想定外。ある意味では裏をかかれたというかたちになりました。
富坂 状況証拠をみるかぎり、北朝鮮関与の蓋然性は高い。昨年秋、両国の海上境界線付近で北朝鮮の船が沈められ、北朝鮮は必ず報復するといい続けてきました。さらには今回、韓国哨戒艦が沈没する前日に、北朝鮮は「世界はかつてない攻撃をみるだろう」という声明も出していますから。
ただ、技術的には疑問も残ります。バージニア大学のイ・スンホン教授、ジョンズ・ホプキンス大学のソ・ジェジョン教授らは、6月18日、沈没艦の表面からは爆発物質が確認できなかったと発表。軍民合同調査団も当初の発表資料に誤りがあると認めたことから、韓国国内の左派系知識人を中心に、北朝鮮による魚雷攻撃説に疑問が呈されてきています。
また、韓国海軍が存在を否定していた熱像監視装備の映像も、じつは存在したのに軍が隠していたことも発覚し、韓国世論は揺れています。今後、たしかな証拠が出るかもしれませんが、現状で北朝鮮の攻撃だと確定させるのは難しいでしょう。
李 もっといえば、かつて1980年代に起きたラングーン事件や大韓航空機事件では、実行犯が捕まって自白までしたにもかかわらず、北朝鮮は犯行を認めませんでした。今回は、実行犯がまんまと逃げおおせたわけですから、どんな証拠が出ようとあの国は認めませんよ。(笑)
橋爪 この問題は、科学的な証拠がどうこうよりも、関連する当事者がどう考えているかが大事です。中国は100%、北朝鮮の起こした事件だと確信している。韓国やロシアもそう思っている。北朝鮮の当局にしても、そう思われて当然と思っているはずです。このように、関係各国の認識が完全に一致しているのだから、これで決まり。この事件は北朝鮮によるものとして、話を進めるべきです。
そこで第二の点ですが、北朝鮮は完全に統制の行き届いた、トップの決裁がなければ何も動かない国です。事前にすべての情報が、国防委員長である金正日総書記に上がり、彼が決断を下していると考えるべきです。対外的・対内的にさまざまな要因を考慮したうえで、いくつかのオプションのなかから「韓国哨戒艦の魚雷攻撃」を選んだことになります。
この選択は、いわゆる「テロ」よりも「賢明」だったといえるでしょう。もしも民間人への無差別テロ事件を起こせば、北朝鮮への国際的な非難は、いまの10倍、100倍にもなったでしょう。戦闘員しか乗っていない軍艦を魚雷で撃沈すれば、北朝鮮軍の士気は高まるし、北朝鮮の技術レベルを甘くみていた韓国軍のシナリオも狂う。いろいろと副次的な効果が見込めます。
李 最終的に決定権があるのは、おっしゃるとおり、国防委員長である金正日総書記でしょう。ただ、直接的に計画を練ったのは誰かというと、私の見立てでは、後継者に内定している三男・正銀の取り巻きたちです。
いま北朝鮮内は、後継準備にともない政治が過熱しています。80年代、金正日が後継者に内定したときも、金正日という昇る太陽と金日成という沈む太陽があり、二つの太陽をめぐって激しい忠誠競争が起きました。ラングーン事件、大韓航空機爆破事件もその流れで起きたテロ事件です。北朝鮮の大幹部には定年制がありませんから、取り巻きたちの顔ぶれも発想も変わっておらず、今回も、金日成時代からの老忠臣が発作的なテロを仕掛けた、と考えられます。
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