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天声人語

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2010年7月16日(金)付

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 「みずみずしい肌」は文字通り水分量が多いらしい。弾力が失(う)せるのは水分が減るからという。専門家によれば赤ちゃんの皮膚の細胞は8割が水だが、高齢の女性だと5割ほどになるのだという▼齢(よわい)を重ねれば、外見の老化は仕方あるまい。しかし精神の方はどうだろう。評判になっている99歳、宇都宮市に住む柴田トヨさんの初詩集『くじけないで』(飛鳥新社)を読んでみた。柔らかい言葉から滴(したた)るみずみずしさに、心が軽くなる▼〈私ね 人から/やさしさを貰(もら)ったら/心に貯金をしておくの/さびしくなった時は/それを引き出して/元気になる/あなたも 今から/積んでおきなさい/年金より/いいわよ〉。「貯金」という詩の全文である▼90歳を過ぎて詩を作り出し、産経新聞などに投稿してきた。詩はおおらかでユーモアがあり泣かせもする。聞けばお独り住まいという。週末に息子さんが訪ねてくる。訪問医やヘルパーさんにも支えられて、詩心をふくらませる日々だそうだ▼白寿の詩人を敬いつつ、世間を見やれば、お年寄りの孤立が進む。今年の高齢社会白書によれば、独り暮らしの3割以上は会話がないのが日常的になっているという。孤独にさいなまれれば心は乾き、ひび割れてしまう▼〈私ね 死にたいって/思ったことが/何度もあったの/でも 詩を作り始めて/多くの人に励まされ/今はもう/泣きごとは言わない〉。柴田さんのみずみずしさの秘密は、たぶん「多くの人に励まされ」にある。絆(きずな)や支え合いの大切さを、それは教えてくれている。

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