記事入力 : 2010/07/20 12:02:19
【コラム】日本の謝罪談話、ブラントを参考にせよ(下)
ドイツはポーランドに対してそれを行った。1970年12月、ポーランドとの関係正常化条約を締結するためポーランドを訪問した西ドイツのブラント首相(当時)は、予告なくワルシャワのユダヤ人犠牲者慰霊碑を訪れ、ひざをついた。欧米でひざをつくという行為は降伏を意味する。進歩雑誌の「シュピーゲル」さえも非難する中、ブラント首相は「これは自分とドイツにとって恥ではない。自分はドイツ現代史のくびきを思い、誰もが言葉では表現できないときにやることをやったまでだ」と述べた。冬の冷たい雨が降る慰霊碑の前で、傘もささずに濡れたセメントにひざをつきながら、涙を流してドイツの過去を謝罪するブラント首相の姿は、テレビを通じて生中継され、ポーランド国民の心を動かした。ポーランド首相は移動する車の中で、何も言わずにブラント首相を抱きしめ、涙を流した。1944年にナチスに抗議してワルシャワ蜂起を起こしたエデルマン氏も、ブラント首相がひざをついたことに対して「偉大な行為」と評価した。ブラント首相の謝罪後、ドイツは完全に生まれ変わった。ポーランド国民はワルシャワに「ブラント広場」を作り、ドイツのざんげに応えた。
ブラント首相のようにひざを屈せというのではない。今年8月に、「これで最後」といえるだけの日本の真実の謝罪が見たいということだ。
金泰翼(キム・テイク)論説委員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
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