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[19377] 【習作】Take me higher!(リリなの オリデバイス物)【ネタ】
Name: 葉川柚介◆9ddbfd91 ID:cae9ab50
Date: 2010/06/08 10:48
 ほぼすべての人にはじめまして。

 身の程知らずにもなのは系の誰得SSを書いてしまいました。

 元来私はとても遅筆なため、本来もっと書き溜めて完結の目処が立ってから投稿するつもりだったのですが、娘-TYPEの第四期マンガを立ち読みしたところ、そんな悠長なことを言っていたらことごとくネタが喰われそうな展開になっていましたので、取り急ぎ序章を投稿してみます。
 投稿ペースは亀の如しになると思われますが、お楽しみいただければ幸いです。



 以下、このSSの注意事項です。
・物語の時間軸は「StS後」
・オリ主、オリキャラ有り
・オリジナルデバイス……というかオリジナルのデバイスカテゴリーが登場します
・作中に登場する名前の元ネタとしてウルトラマンやら仮面ライダーやらから色々と拝借しております
・なのでどっかで見たような話・展開目白押し……かも
・第一話の説明臭さは異常


 それでは、以上の地雷原を突破して読んでやろうと思ってくださった方に感謝を捧げて。



[19377] 第一話「出撃」
Name: 葉川柚介◆9ddbfd91 ID:cae9ab50
Date: 2010/06/30 22:08
 月が輝き、星が瞬く夜の空。
 ミッドチルダの中枢である大都市、クラナガンの郊外に広がる森林地帯の、その上空。
 常ならば風のほかは飛び交うものもないはずのその空を今、一機のヘリがローター音も激しく一直線に、森の奥へと飛んでいた。
 管理局地上部隊制式採用の、人員輸送を目的としたそのヘリのキャビンには現在、一人の男と一つの物が収められている。
 男はキャビンの壁から飛び出た座席に腰掛け、自分の待機状態のデバイスなのだろう、手の中にあるカードをくるくると回して弄ぶ。


 年の頃は二十代の始めごろ。
 着込んだ制服は地上本部に所属していることを示し、胸に見える階級章は三等陸尉。
 まだまだ若手と言っていい年頃の、ごくごく普通の管理局職員のようではあるが、見るものにわずかの違和感を抱かせる空気をまとっている。
 それは例えば、隙なくピシリと伸びた背筋が漂わせる生真面目な雰囲気と、手の中でくるくると回るカードの動きがどこか焦りを感じさせるものであることのちぐはぐさ。
 例えば、その身を包む丁寧に手入れをされた制服と、その腰に巻かれている大仰な機械で作られた奇妙なベルトのミスマッチ。
 それらのアンバランスが、この青年に不可思議な雰囲気をまとわせている。


 そんな青年とヘリのキャビンに相乗りしているものは、扁平な銀色の板。
 くの字に曲がった、人の背丈ほどもある巨大なブーメランを思わせるそれは、鈍く輝きながら未だ役目を果たす時を迎えず、ヘリの振動に合わせてカタカタと立てかけられた壁を叩いていた。


 青年はちらりと視線を上げてその銀板の様子を見ると、またすぐに手の中のカードに視線を落として、中央に宝石の埋め込まれたそれをくるくると弄ぶ。




 この青年の名は、シャーロック・カマロ。
 管理局地上本部直属新デバイス開発室、通称アーマードデバイス隊に所属する、テストパイロット。
 わざわざ彼一人を運ぶためにヘリが飛ばされた理由は、数十機に及ぶガジェット群を、単独で撃破せよという命令が下ったからである。




 事の起こりはこの日、陸士部隊が長年追いかけていたロストロギア密輸組織の支部へと強襲を掛けたことによる。
 綿密な捜査が実を結び、シャーロックを乗せたヘリが今まさに向かっている地点に、組織が物資の集積などに使っているアジトが存在していることが発覚した。
 そのため、強襲任務の得意な部隊である陸士78部隊が周辺を包囲し、突入を行うこととなったのだ。




 作戦開始から数十分、施設内部の掃討と組織構成員の捕縛など、終始順調に進んでいたその作戦はしかし、あるときを境に状況を一変させられる。
 そう、施設内部から突如現れた、大量のガジェットによって。


 一年前に起きたJS事件によって、ガジェット及びそれが放つAMFの驚異は管理局の魔導師に広く知れ渡り、対応策の開発も進められている。
 だが未だ、実戦配備に足り、なおかつ前線に十分行き渡らせることのできる方法は皆無と言っていい。


 隊員のランクが決して高くないこの部隊の隊員では、AMFが発生してすぐに魔力弾による射撃はそのほとんどが無効化され、苦戦を余儀なくされた。
 それでも必死にガジェットを撃破しようとするものの、隊員の多くがミッド式の魔導師であるこの部隊の戦力では難しい。


 施設内での戦闘を続ければ突入した隊員が各個撃破されかねない。
 それをもって陸士78部隊の指揮官はガジェットを施設内にとどめておくことが不可能と判断し、施設を包囲してガジェットと組織の構成員を逃がさぬように封じ込めるように方針を転換。
 同時に、地上本部へと支援を要請した。


 ガジェット出現の報を受けた地上本部は事態を重く受け止め、直ちに本件をJS事件の周辺事態と認定。
 対AMF戦闘が可能な人員の派遣を決定する。


 現在、管理局がAMF環境下での戦闘が必要な状況に対して、取りうる手段は三つ存在する。


 一つは、AMFの影響を受けにくい戦闘スタイルを持つ魔導士の派遣。
 だが、管理局に所属する魔導師の多くは現在もガジェットと戦っている陸士78部隊の隊員と同様にミッド式の魔法を修めており、戦闘においては魔法による射撃やサポートを前提としているために、ベルカ式の魔導師のようにAMF環境下でもガジェットの装甲を貫きうるスキルを持った魔導師は数が少ない。


 もう一つは、たとえAMFが発動していようとも自分の戦い方をすることができる大魔力を持った魔導師の派遣。
 しかしこれは言うまでも無く、そもそもそこまでの魔力量を持った魔導師の数が少ないうえに、もし万が一のことがあれば重大な戦力の損失となるために、対象となる大魔力魔導師が所属する原隊の許可が降り辛い。



 そして、それゆえに今回は最後の方法が選ばれた。


 近年になって開発が始まり、実用化まであと一歩と言うところまでこぎつけた、インテリジェントデバイスともストレージデバイスともアームドデバイスとも違う、新たなカテゴリーのデバイス。
 AMFにも対抗しうると目されるそれこそが、シャーロックの持つデバイスである。



――ピッ


 ヘリの中、シャーロックの手の中でくるくると回っていたデバイスに通信が入ったことを示すシグナルが灯る。
 その瞬間、薄暗くキャビンの中を照らす明かりに映るシャーロックの表情はわずかに強張るが、すぐにその表情を消して回線を開く。


 ぼんやりと輝く空間ディスプレイがデバイスの中心に埋め込まれた宝石から投影され、画面に髪の長い少女の姿が映し出される。
 見た目は13、4歳程度の、幼さが残る少女であるが、今回の作戦でシャーロックの管制を担当する有能な人物であり、彼の同僚でもある。
 そして同時に、彼が扱うデバイスの開発を行った新デバイス開発室の室長の肩書をも持っている。
 彼女の名は、アコードベルマン。


『シャーロック・カマロ三等陸尉、まもなく作戦領域に到達する。……準備はいいか、ロック』

「……は、はい確認しました、アコード・ベルマン技術主任。準備はできてるよ、アコ」


 落ち着いた声で作戦オペレーターとしての任を全うするアコードの声はゆるぎなく、最後に付け加えた言葉にはシャーロックを普段の、幼いころに知り合って以来の親しい呼び方で呼んで気遣う余裕すらあった。
 一方シャーロックの返答は震え、浮かべる笑みもどこか弱々しい。


『……本当に、大丈夫なんだな。私が作ったアーマードデバイスの出来には無論自信があるが、それでもAMFを使ってくる相手との本格的な実戦は初めてだ。臆病なお前では不安も多いだろう。色々と理由をつければ、今からでも陸士部隊に合流して包囲に加わるという形でも……』

「大丈夫だよ」


 どうにも頼りないシャーロックの様子を見て続けられたアコードの気遣う言葉に、しかし彼は断固として断りを入れた。
 はじめ、管理局の魔導師とは思えないほどに頼りなさげな様子で、瞳には怯えの色さえあったシャーロックはしかし、アコードの言葉を聞くたびに瞳へ光が灯り、アコードの言葉をさえぎる時には強い強い輝きが宿っていた。


「今は僕以外にAMFに対抗できる手段がないのなら、僕以外に陸士の人たちの助けになれる人がいないなら、僕が行く」

『……そうだな。お前なら、そう言ってくれると思っていたよ』


 揺るがぬ意思で言い切ったシャーロックに、アコードは任務のために引き締めた表情を緩めて笑みを浮かべる。
 彼女が今までの人生で何度も目にしてきたシャーロックの強さが今もここに変わらずあることに、抑え難いうれしさが湧いてくるのを感じていた。


「それじゃあ……シャーロック・カマロ三等陸尉、作戦開始します!」

『了解。幸運を祈る!』




 キャビンの後部ハッチが開かれる。
 観音開きの形で開いた扉の向こうには、月明かりにうっすらと闇の濃淡のみが見える夜の森がはるか下方をゆっくりと流れていく。


 キャビン内の手すりにつかまったシャーロックはしばしその闇を見つめる。
 ごうごうと吹きすさぶ強い風と、外とつながったことで今まで以上に大きく聞こえるヘリのローター音。
 わずかに足が竦む思いと、これから向かう戦いへの高揚を同時に抱き、手の中のデバイスを握りしめ、シャーロックは決意と共に夜の空へと飛び込んだ。


――ゴオォォォッ


 重力に引かれて落下を続けるシャーロックの耳には音ともつかない空気の流れがまとわり着いている。
 風に煽られた制服の裾がバタバタと跳ねまわり、顔に当たる風に目を開けるのも辛い。
 地表との距離はみるみる縮まっているはずなのに、闇に沈んだ森を前にしていてはそれを五感で感じ取ることができない。
 一瞬感じた、この世のあらゆるものから切り離されたような恐怖をかなぐり捨てるため、ロックは高らかに相棒の、デバイスの名を叫んだ。


「テイク・ミー・ハイヤー!」

<<All right!>>


 掲げた手の中で、カード中央の宝石をきらめかせて答えるデバイス。
 シャーロックはそのまま待機状態でカード型になっているデバイスを、腰につけたベルトの中へと差し込んだ。


「変身!」

<<Standing by!>>


 叫びと共にテイク・ミー・ハイヤーが輝きを増し、自分に与えられた真の力、アーマードデバイスを紡ぎ出す。


 ベルトへと挿入されたテイク・ミー・ハイヤーは、即座に通信魔法を展開し、アコードのいる開発室へと転送シグナルを送る。
 開発室内の転送オペレーターは、そのとき送られてきた座標データを受け取り、迅速に処理を実行。
 アーマードデバイスの“本体”が安置されているメンテナンスコフィンのカートリッジが排莢され、シャーロックとテイク・ミー・ハイヤーの元へとアーマードデバイスの分割された装甲を、転送魔法によって送り出す。


 魔法的な手段によってクラナガン中枢の地上本部内にある開発室から数十キロを飛翔した装甲群は、今もって落下を続けるシャーロックの周囲で実体化し、共に自由落下を開始する。
 その後、テイク・ミー・ハイヤーから送られる命令に従って自らの落下機動を修正し、ロックの体の周囲を取り巻くように配置。
 さらに装甲間の距離を縮めていく。


 そしてそれぞれの装甲の距離が0になると同時、装甲に内蔵されていた結合機構が作動。
 胸部、腕部、脚部、背部と次々に装甲どうしが接続され、頭部の保護と各種センサーからの情報を映し出すバイザーの役目を果たすヘルメットがシャーロックの顔を覆い、全身をくまなく鋼の鎧が包み込んだ。


 それがなされた直後、さらに結合部のロックが行われ、物理的な固定とともに、魔力を通すことによって魔法の力も使い、物理、魔法の両面で強固に結び付ける。
 そのことを確認したテイク・ミー・ハイヤーは、自身の演算機能を装甲内部に存在する加速演算領域へとアクセスさせ、自身の処理能力を飛躍的に向上させる。


 そうして強化された演算能力で一瞬のうちに装甲各部へと魔力を走査して異常の有無を確認。
 問題なしの結果を得る。


<<Complete!>>


 最後に装着の完了を宣言し、ロックの顔を覆うヘルメットの中のディスプレイにも同様の情報画面を表示する。この間、約五秒のことである。



 そこに現れたのは、白い戦士。
 全身を覆う装甲は無骨な鎧の荒々しさと精密機器の繊細さを見るものに思わせ、鋭いバイザーが凛々しさを漂わせる、白い甲冑の戦士であった。



 これこそがアーマードデバイス。
 管理局が現在対AMF装備として大きな注目を寄せる、ストレージデバイス、インテリジェントデバイス、アームドデバイス、ユニゾンデバイスに次ぐ新たなデバイスの形である。



 アーマードデバイスは、魔導師の身を守るバリアジャケットの在り方において、既存のどのデバイスとも異なる特徴を持っている。


 通常、バリアジャケットはデバイスの中に格納されたデータをもとに、魔導師自身の魔力を編んで作られた、魔法の鎧ともいうべきものである。
 そのため展開が容易であり、デバイスさえ持っていればいつでも起動できるという利点を持つとともに、あくまで魔導師の魔力によって編まれるものである以上、その強度や能力は魔導師自身のスキルによって決まり、AMFのような魔法を使用し辛い環境ではその力を十全に発揮できないという欠点も存在する。



 その問題点を解決するために開発されたアーマードデバイスは、魔導師の体を覆う装甲とすら呼べる強固なバリアジャケットを魔力で編むことはせず、実体を持った本物の鎧として作り上げ、展開時に転送魔法で魔導師の元へと送り出すという手段を用いている。
 そのため、装甲強度は純粋な物理的強度に依存し、AMFが発生している状況でも一定の防御力を常に保つことができるようになっているのだ。



 そして、アーマードデバイスにはさらなる力がある。



 装着を完了したアーマードデバイスの装甲表面全体に、幾何学的な模様をした魔力光の光が走る。
 くっきりと見える黄色、淡く光る青、ぼんやりと血管のように浮かぶ赤、と三色の魔力光。
 入局以来数々の発明で管理局の戦力増強と隊員の安全向上に貢献し続けている稀代の天才、アコード・ベルマンが開発した積層魔導装甲の証である。
 装甲内部に張り巡らされた、魔法発動時のテンプレートのような魔力回路に魔力を通すだけで様々な効果を発揮することができるという技術であり、アーマードデバイスはそれを装甲表面から三層に渡って積み重ねている。


 装甲の最も外側に位置する第一層には、回路を走る魔力光が黄色く光る「反発」。
 装甲強度の底上げを行い、出力を上げれば魔力弾程度ならシールドを展開するまでもなく弾くことができるようになる、防御の力。


 そのひとつ内側の第二層には、魔力光が青く走るのが特徴の「軽量」。
 装甲全体に影響を及ぼすこの回路は、反重力に似た作用を発揮して装着者にアーマードデバイスの装甲重量による負担を軽減させる役目があり、実際の重量で50Kgを超えるアーマードデバイスを装着しながら、機敏な動作を約束させる。


 そして最も装着者自身の肉体に近い第三層に存在し、どこか攻撃的な模様を描いて赤い魔力光をほとばしらせるのが、「強力」。
 その名の通り装着者の筋力を増強させる機能を持ち、乗用車程度ならば両手で持ち上げて放り投げることができるほどの怪力を発揮することができるようになる、攻撃の要。


 これら三つの異なる力を同時に合わせもつことこそが、アーマードデバイスをしてただの頑丈なバリアジャケットの域から逸脱させる最大の特徴である。




 アーマードデバイスの装着を完了したシャーロックであるが、彼は未だに落下を続けている。
 アーマードデバイスは、装着者であるシャーロックが陸戦魔導師であり、空戦魔導師としてのスキルがないことと、デバイスの重量がかなりの重さであることにより、飛行魔法を使うことが出来ない。
 このままではただ落下を続け、地面と激突する結末が待っている。


 だがそれを避ける術も、当然既に用意されている。


――ゴオッ


 シャーロックの背後に、ゆらりと白い影が現れる。
 くの字に曲がった形をした、扁平な銀色の板。
 ブーメランを思わせるその巨大な銀板は、先ほどシャーロックと共にヘリのキャビンにあったものである。


 これの名は、「アーマードデバイス飛翔用追加装備・ウィンダム」。
 さまざまな状況に対処するために作られた、アーマードデバイス用追加装備のうちの一つであり、単身では空を飛べないアーマードデバイスが、空挺降下や事件現場への急行する際に使用するため開発された翼である。


 テイク・ミー・ハイヤーがベルトに装着されると同時に誘導され、シャーロックの元へと呼び寄せられていたウィンダムは、まるで自らに意思があるかのようにその背に寄り添い、アーマードデバイスの背部に存在する多目的ハードポイントに自らの接続機構をドッキング。
 デバイスの中枢部で演算処理を行っているテイク・ミー・ハイヤーの制御下に入り、アーマードデバイス各部に存在する関節を稼動させて最適飛行姿勢にしてロック。
 さらに装甲内の積層魔道装甲第二層「軽量」への魔力供給を増し、機体全体の重量を軽くして飛行に適した状態を作り出す。


 これより、シャーロックの意思の元、鋼鉄に覆われたアーマードデバイスは自由に空を翔けることが可能となる。




 シャーロックはウィンダムとの接続が完了するとすぐに加速し、高度を上げることを指示する。
 アーマードデバイスの装着中は、デバイスと装着者の間に念話のような思考リンクが常に形成されている。
 そのため、ただ思うだけでその命令を伝えることができる。
 シャーロックのその意思を受けたテイク・ミー・ハイヤーはウィンダムの推力を上げ、背部に口を開けた長方形の魔力噴出孔から魔力を吐き出し、加速力に変えてさらに機首転換。
 ついさっき降下したばかりのヘリへとすぐさま並ぶ。


 それを見届けたヘリのパイロットは自分の任を果たしたことを確認し、親指を立ててシャーロックの健闘を祈り、ゆっくりとロールして針路を変更。
 自らの基地へと帰っていった。




――ピピッ


 ヘリと別れ、一人で夜空を飛ぶシャーロックのヘルメット越しの視界に、通信を知らせるシグナルが入る。
 ヘルメット越しとはいえ、アーマードデバイスを装着し、テイク・ミー・ハイヤーと思考リンクを形成したシャーロックの認識の上では、アーマードデバイスの各種センサーから得られた情報を複合した、昼間と変わらない鮮明な外界の映像が映っている。
 その視界の片隅に、通信ウィンドウが開き、アコードが声をかけてくる。


『調子はどうだ、ロック』

「いい調子だよ、アコ。装甲回路内の魔力減衰係数も低いし、ウィンダムの出力も安定している」

『よろしい。ならば、今回の作戦を確認するぞ』

「了解」


 現場へ到着し、AMFの影響で通信が効かなくなるまでの予想時刻は数分。
 その間に、最新の情報を確認しなければならない。


『まず、戦況についてだが出撃時とほとんど変化は無い。施設内から出現したガジェットは施設周辺に密集し、それを陸士部隊が何重にも取り囲んでいる。何度かガジェットが突破を試みてはいるが、AMF範囲外からの飽和射撃でそのたびに阻止に成功している。……とはいえ、長時間の作戦からくる隊員の疲労を考えればいずれ突破されることは間違いないだろうというのが、陸士隊の偽らざる本音だそうだ』

「やっぱりAMF相手にミッド式は相性が悪いか……」

『だからこそ、私達にお鉢が回ってきたということだ。アーマードデバイスならば戦闘に支障が出ないほどにAMFの影響を取り除くことが出来るからな。だからこそ、お前に単独でのガジェット撃破などという任務が回ってしまったのだが……』


 アコードの言葉に誇張は無い。
 アーマードデバイスは自身の持つ機能の恩恵として、AMF環境下でもほとんど影響を感じることなく活動することが出来る。
 無論、多少性能が低下することは避けられないが、それでも通常のバリアジャケットのみをまとった魔導師以上に力を発揮できるということが、それと知らずにアーマードデバイスを開発している最中に発見された。
 それこそが、今回シャーロックにこの任務が任された理由である。


「大丈夫だよ。アコが作ってくれたアーマードデバイスがあれば、ガジェットの相手くらいわけないから」

『……まったく、本当に気楽なやつだな』


 ついさっきまで、ヘリのキャビンでは刻一刻と近づく戦場の空気にわずかな怯えさえ見せていたというのに、いざ一人で戦いに赴くとなれば一転して楽観さえしてみせるシャーロック。


 だが、アコードはそれが本当に楽観しているからではないことを知っている。
 シャーロックは今でも内心では戦いに赴く恐怖に怯え、逃げ出したいほどの恐れを感じているのを知っている。
 しかしそれでもシャーロックはその心に打ち勝ち、戦えるということもまた、知っている。


 臆病にして、勇敢。
 それこそが、管理世界を見渡しても並ぶものがほとんどいない天才、アコード・ベルマンの認めたシャーロック・カマロという人間なのだから。


『もうじきガジェットのAMF影響圏内に入る。そうなればガジェットを撃ち減らしてAMFが弱まるまではこちらの通信が届かない。本当に一人の戦いになる』

「うん、わかってる」

『……健闘を、祈るぞ』

「了解、通信終了」


 通信を切り、シャーロックは意識を前方へと向ける。
 アーマードデバイスのセンサーを通して昼間と変わらぬほどに遠くまで見通せる視界の中、どこまでも続く森の中にぽつりと白い建物が見えた。
 それこそが目標の施設。
 戦場までは、あとわずかだ。


 シャーロックは飛行姿勢の最中でも自由に動かせる拳を握りしめ、覚悟を決めた。



[19377] 第二話「奮戦 機兵の戦場」
Name: 葉川柚介◆9ddbfd91 ID:cae9ab50
Date: 2010/06/13 16:51
 目標の施設を視界に収めて数秒、施設の周りにある広場にうごめくガジェットを目視できる距離にまで近づき、テイク・ミー・ハイヤーがガジェットをロックオンし始めたころ、一瞬ガクリと、急激にアーマードデバイス全身の出力が低下した。
 AMFの有効圏内に入ったのだ。


<<Power recovery. No problem>>


 しかしそれは予測されたこと。
 シャーロックの指示を待つまでもなく、テイク・ミー・ハイヤーは積層魔導装甲第一層「反発」への魔力供給量を増加させることによってAMFの影響を打ち消し、内部機構へのAMFを遮断した。

 これこそが、アーマードデバイスの持つ対AMF特性。
 AMF影響圏内に入ると、装甲内に三層に渡って張りめぐらされた魔力回路のうち最も外側に位置し、「反発」の機能を持った回路がAMFによってその能力を打ち消され、その代わりにそこよりも内側の「軽量」と「強力」の回路と装着者の魔力行使を守る作用が、アーマードデバイスには確認されている。
 今回、実戦の場においても「反発」の性能は大幅に落ち込んでいるがそれより下の回路への影響はなく、ウィンダムによる飛行も、わずかに出力を上げることで十分に可能であった。


「よし、これならいける!」

<<Rocked on>>


 シャーロックがアーマードデバイスの有効さを確認するのと同時、広場にいるガジェットの内数機が空から接近するシャーロックを発見して振り向き、射撃を開始した。
 機械であるがゆえに、AMFの中でもその狙いは正確であり、空中戦に不向きな輸送目的の装備であるウィンダムを装着したままでは回避が難しいほどの密度の射撃が展開される。


「ウィンダム、パージ!」

<<Cast off>>


 そのため、シャーロックは迷わずウィンダムを分離することを選択した。
 テイク・ミー・ハイヤーからの信号によって即座にアーマードデバイスとウィンダムの連結が解除され、ウィンダムは自動操縦で機首を翻し、ガジェットの射程範囲外へと離脱する。

 ウィンダムを切り離したシャーロックは、当然飛行を続けることができない。
 それまでに得た速度による慣性と重力にしたがって、ガジェット群へと向かって落下を開始する。

 落下中のシャーロックにも当然ガジェットからの射撃が薄暗い闇の中から次々と飛来するが、シャーロックはアーマードデバイスのセンサーによる補正で昼間以上にその軌道が良く見えるため、慌てることなく回避行動に移る。


「はっ、よ、とぉっ!」


 まず、アーマードデバイスの背部に存在するブースター。
 これはアーマードデバイスのメインとなる推進機関であり、長時間の飛行こそできないものの、移動速度の向上や長距離の跳躍等の際に使用され、短時間ならば滞空することもできる。

 そしてもう一つが、装甲に存在する継ぎ目。
 多数のパーツからなるアーマードデバイスの装甲に存在する継ぎ目には、関節が駆動するときのための余剰空間としての役目以外に、積層魔導装甲の回路内を流れる魔力を噴出するという役目も担っている。
 全身あらゆる部位に存在するその継ぎ目から魔力を噴き出すことにより、出力こそ背部のブースターに劣るものの、空中での姿勢制御や瞬間的に前後左右に高速で移動することが可能となる。

 シャーロックは背のブースターでガジェット群へと向かって加速し、全身の継ぎ目からの魔力噴射で姿勢の制御と左右への回避を行ってガジェットの弾幕をかいくぐり、瞬く間にガジェットとの距離を詰めていく。


<<In the attack range>>


 そして、テイク・ミー・ハイヤーが攻撃可能圏内に入ったことを告げる。

 シャーロックはその声を聞くと同時、ブースターの出力を切って完全に慣性と重力に任せた落下に移行。
 空中で体を小さく丸め、その勢いで緩やかに全身を一回転。
 頭からガジェットへ向かっていた状態から、ガジェットへと足を向けるように。

 そのまま足を伸ばし、脚部の関節をロック。
 目の前にいる多数のガジェットの中からめぼしい物を選んで、再びブースターに最大出力での稼動を命じ……。


 加速!

ドゴンっ!!

 ガジェットの光弾が残光の尾を引いて飛び交う夜空にひときわ明るい魔力光を残し、次の瞬間にはシャーロックの足がガジェットの一体に突き刺さっていた。

 アーマードデバイスは重厚かつ多機能な積層魔導装甲を持つために単体での飛翔はできないが、魔導装甲の内部を走る魔力にも使用されている、装甲内に搭載された小型魔力炉が貯蔵する魔力を使えば、わずかな時間ながら高機動戦闘を得意とする魔導師並みの速度を発揮することも可能である。
 シャーロックは、その力を利用して射程距離に入ってすぐに最大速度で加速し、まず一撃を叩きこんだ。


 シャーロックの視界には、突然の加速に反応できず、空を見上げたままシャーロックの姿を見失ったガジェットが幾重にも居並んでいる。
 圧倒的な数のガジェットが視界一杯にひしめき合い、テイク・ミー・ハイヤーが補足しただけでも数十機のガジェットが、すぐにもシャーロックの存在に再び気付き、攻撃を再開するだろう。


 これからこのガジェットたちを倒し、AMFの影響を取り除くこと。
 それがシャーロックの役目である。


「さあ、戦闘開始だ!」

<<Yes sir>>


 身にまとう相棒に声をかけ、踏みしめたままのガジェットを更なる力で踏みつぶし、シャーロックはガジェット群に向かって飛び出した。



 JS事件前後の分析と解析結果から判明したガジェットの基本戦術は、AMFによって魔導師の魔法を封じ、光弾による射撃で一方的に攻撃すること。
 完全機械化された兵器であるため、戦況判断などは人間と比べるべくもなく未熟であり、乱戦になれば誤射などを引き起こすこともあることが、これまでの戦闘記録から確認されている。


「はぁっ!」

<<Rocked on by six o’clock>>

「了解っ!」


 シャーロックはそれを利用して、ガジェットとの戦闘を有利に運んだ。
 周囲全方向にいるガジェットの行動を探るのはテイク・ミー・ハイヤーに任せ、目に付く端からアーマードデバイスの豪腕で殴りつけ、攻撃の兆候を知らされれば即座に移動し、射撃の回避と誤射の誘発を狙うという、一時たりとも動きを止めない一撃離脱を何度となく繰り返す戦法。

 近づいてくるガジェットは拳の一撃で粉砕し、距離を取って光弾を撃ってくるガジェットはブースターと装甲継ぎ目からの魔力噴射で回避したあと一瞬にして距離を詰め蹴り飛ばす。

 そうして倒したガジェットの数は、地上に降り立って戦闘を開始してから数分程度しかたっていないにもかかわらず既に十数機に登る。
 アーマードデバイスは通常のバリアジャケットと異なり、魔力で生成された強化服ではなく、現実に存在する物質を加工して作られた本物の鎧であるため、AMF環境下でも十分に防御力を保てている。
 そのため、ガジェットの光弾はたとえ直撃したとしてもダメージは小さく、わずかなりと働いている「反発」の効力もあり、油断なく周囲のガジェットの様子を窺っているテイク・ミー・ハイヤーに攻撃の兆候を知らされ、あらかじめ防御の体勢を整えていられればその衝撃を完全に受け流すことすら可能となる。

 さらに、AMFの影響を受けない最も内側の層にある「強力」の効果がある。
 この回路の機能は名前の通り、装着者に巨大な腕力を与えることであり、その拳は文字通り岩をも砕く。
 第二層「軽量」の機能と相まって、総重量50kgを越えるアーマードデバイスを装着していても通常以上の運動能力を発揮し、居並ぶガジェットを一撃の下に粉砕することが可能となる。


 シャーロックの正面、5mほどの距離に大型のガジェットⅢ型を発見。
 次の標的とさだめたそのガジェットへと接近するため、脚部の「強力」に魔力を集中。
 装甲内部の魔力回路を走る魔力が発光し、装甲表面にうっすらと回路の模様を描き出す。

 シャーロックは、それによって力を増した脚力で地面と水平に跳躍。
 見る者の目に「強力」を走る赤い魔力光の残像を残して飛び、すぐさま目の前に迫るガジェットに、全力の拳を叩きつけて装甲と内部機構をまとめてぶち破る反動で強引に停止。
 地に足を着くなり上半身を翻して、その勢いで腕に刺さったままのガジェットを放り投げ、背後で射撃体勢に入っていたガジェットを何体か巻き込んで吹き飛ばした。

 その様子を確認することなく、上半身を逸らして跳躍。
 地に手を着いて連続でバク転をしてその場を離れると、ついさっきまでロックのいた空間を複数の光弾が飛び抜けていく。
 ガジェットの応戦はむなしく空を切り、その向こうでシャーロックにアームケーブルを延ばそうとしていたガジェットを貫いた。


 ガジェットを、魔力に頼らない純粋な格闘で確実に倒しうる攻撃力と、ダメージを心配する必要のない防御力。
 そして周囲の状況は逐一正確に把握する管制デバイス、テイク・ミー・ハイヤー。
 それらが合わさって生まれる戦力はガジェットの持つ数の優位を覆してあまりあり、一方的な戦闘が繰り広げられていった。


 繰り出される光弾を腕の装甲ではじき、空高く跳躍し、落下の勢いを乗せたキックでシャーロックをその巨体で押さえ込もうと近づいてきたガジェットⅢ型を貫く。
 機能停止したⅢ型を横から殴りつけ、Ⅰ型のガジェットが密集している地点へと転がすと逃げ遅れた数機を押しつぶした。
 背後から襲い掛かるアームケーブルは振り向くと同時にまとめてつかみ、上半身の「強力」の出力を増し、思い切り振り回して近づいていたほかのガジェットごとなぎ払う。


「あとどのくらいだ!?」

<<Enemy,about 60%. Please using a weapon>>

「了解!」


 シャーロックの問いに対し答えたのはテイク・ミー・ハイヤーの声と迫り来る無数の光弾。
 装甲継ぎ目からの魔力噴出で地面を滑るように水平に移動して回避し、叫ぶように返事を返す。

 このまま徒手格闘の戦闘を続けても勝利はつかめるだろうが、テイク・ミー・ハイヤーはさらに確実を期すために、武器の使用を提案する。

 アーマードデバイスはその多機能な装甲こそが最大の武器ではあるが、同時にデバイスと一体化した構造を生かし、様々なオプションパーツを使うことも可能となっている。
 例えば、飛行補助翼ウィンダムのように。
 そして、それ以外にも武器はある。


「せぇやあ!」


 ザンッ!

 高速で体当たりを仕掛けてきた数機のガジェットを、シャーロックは腰の後ろにマウントされた斧を取り、横一文字になぎ払いまとめて両断した。
 アーマードデバイスに標準装備されている武器、フラッシュアックスである。
 元々はアーマードデバイスが救助活動を行う際、瓦礫を撤去することを目的として開発されたこの斧は、「強力」で強化された腕力で振るっても壊れないようにかなり頑丈にできている。
 だが安全のため普段は切れ味がほぼ0であり、物を切ることができるのは斬撃魔法を使った場合のみ。
 そして、この斧はアーマードデバイスが持ち、管制デバイスによって制御されたとき最高の力を引き出される。

 振り下ろされた斧がガジェットに触れる瞬間、魔力をほんのわずかな時間だけ通し、AMFによって魔法が打ち消されるよりも早く相手の装甲を切り裂く。
 アーマードデバイスの装甲内にある加速演算領域で演算能力を強化されたデバイスがあるからこそできる、これもまたアーマードデバイスの力である。

 さらに、飛び道具も存在する。


「テイク・ミー・ハイヤー!」

<<Shooting mode>>


 ロックの視界ぎりぎりのところで、数機のガジェットがおかしな動きをしていた。
 自分達の陣営に切り込み、一方的に破壊を振りまくロックを最大の脅威とみなして排除を試みていたガジェットたちではあったが、もはやそれすら困難という結論に至ったのだろう一群が、無理矢理に武装隊の包囲を突破しようとはかったらしい。
 ガジェットⅢ型を6機のⅠ型が取り囲むようにして包囲の外を向き、今まさに飛び出そうとしていた。

 テイク・ミー・ハイヤーからの警告でそれを察知したロックは、目の前のガジェットを右手に持った斧で切り裂きながら、他とは違う動きをするガジェットへと左手を向けた。
 まっすぐ伸ばされた左腕は、ガジェットへと向けられるや否や変形。
 手首のすぐ手前の装甲が跳ね上がり、その中から太い砲身が伸び出した。


<<Charge up>>

「ヴァリアブルバレット!」


 シャーロックの叫びと共に、砲身から光弾が飛び出した。
 AMFが支配する空間を、その光弾はうごめくガジェットの隙間を飛びぬけ、狙い通りに例のⅢ型を撃ち抜き、過去のデータから予測された制御中枢があるだろうと思われる部位を破壊。
 まさしくそこには制御中枢が存在し、そこを魔力弾に破壊され、脳を失ったに等しいⅢ型は宙に浮く力を失ってドスンと地面に落ちる。
 Ⅲ型の周りを取り囲んでいたⅠ型は別のⅢ型の指揮下に入ったらしく、シャーロックを包囲するガジェットの列に再び加わってきたところを、近くにいたⅢ型とともにシャーロックに蹴り砕かれた。

 これが、アーマードデバイスに装備された射撃兵装。
 アーマードデバイス内に存在する、積層魔導装甲に包まれて魔法的に中立な空間となったチャンバ内でAMFに干渉されることなく魔力弾を生成するシステムである。
 そのため、デバイスのサポートとあわせれば、決して射撃魔法が特異ではないシャーロック程度のスキルであってもAMF影響圏内でヴァリアブルバレットの使用が可能となり、しかもアーマードデバイスの射撃管制機能と合わせれば、それは即座に必中の魔弾へと変わる。
 ヴァリアブルバレットの弾体を生成するには多少の時間が掛かるために連射は出来ないが、一発必中の精度と必殺の威力を持った、頼れる武装であることは違いない。

 ガジェットを圧倒する攻防の力と、近接武器と、射撃兵装。
 そしてそれら全てを自在に操るシャーロックの鍛錬からくるスキルと管制デバイスへの信頼が絡み合い、暴風のように吹き荒れる力によってガジェットは次々に機能を停止してその数を減らしていった。


 だが、それでも未だ数は多い。
 残りのガジェットが三割を切る頃になると、さすがにこれ以上の被害を抑えるべきと判断したか、シャーロックから距離を取るガジェットが増え始めてきた。
 いかにアーマードデバイスがガジェットに対して有効であることが実戦の場で照明されたとはいえ、シャーロック一人ではこれだけの数のガジェットにいっせいに逃げ出されればその全てを捕らえることは不可能だ。

 数機のガジェットが強引にシャーロックへと近づき、視界と動きを遮ったその瞬間、無理やりにでも包囲を突破しようと、残りのガジェットの大半ががシャーロックから離れて森へと突き進んだ。


「しまった!?」


 追いかけようとするシャーロックと、その道をふさぐように立ちはだかる数機のガジェット。
 ヴァリアブルバレットはチャージが終わっておらず、駆けつけようにも目の前のガジェットを倒さねばそれすら叶わない。

 どんなに急いでも、ガジェットを倒してからでは間に合わない。
 シャーロックもテイク・ミー・ハイヤーもそう思った。

 しかし。

 この場で戦っているのは、ロック一人ではない。


ヒュガガガガッ!


 森の中へと駆け込もうとしたガジェットに、無数の光弾が突き刺さる。
 AMFで威力を弱められているただの魔力弾ではあったが、一機につき数十発の魔力弾に殺到されればいかにガジェットであろうとなすすべはなく、装甲のあちこちをへこませて煙を上げて地に落ちる。


『――こちら、陸士87部隊。貴官の奮闘のおかげで援護射撃程度ならば問題なく行える程度にAMFが弱まった。逃げようとするガジェットはこちらに任せ、殲滅に専念してくれ。……舐めるなよ、ガジェットのポンコツ共ぉ!』

「了解! 助かります!」

『こちらアコード・ベルマン。こちらからの通信機能も回復した。以降、アーマードデバイスのステータスチェックはこちらで行う。テイク・ミー・ハイヤー、状況を知らせてくれ』

<<OK. Enemy about 25%>>


 シャーロックへ届いたのは、周辺の武装隊と、本部にて待つアコからのクリアな通信。
 これまでガジェットの数を減らしてきたことで通信が回復し、さらに周囲を取り囲む陸士部隊の隊員でも援護が可能な程度までAMFが弱まってきたらしい。
 周囲に視線をめぐらせれば、シャーロックから距離を取って他のガジェットからも離れている個体には、次々と魔力弾が殺到し始めている。

 それまで一人で戦っていた奮闘がようやく実を結び始めたことに、シャーロックは内心快哉を上げて残りのガジェットへと斧を、拳を、魔力弾を叩きこんだ。

 シャーロックに立ち向かっても、AMFの影響が弱まったことで「反発」の効果も回復したアーマードデバイスには敵わず、光弾程度はすぐさま弾かれてダメージを与えられずに打ち倒される。
 逃げようとしても、もはや迎撃にあたる陸士部隊の魔力弾を完全に無効化することは出来ず、物量の前に倒される。
 この場のガジェットが全て撃破されテロリスト集団が検挙されるのも、こうなれば時間の問題である。


 誰もがそう思っていた。

 あのガジェットが、姿を現すその瞬間までは。



[19377] 第三話「強襲 魔導の敵」
Name: 葉川柚介◆9ddbfd91 ID:cae9ab50
Date: 2010/06/12 22:25
<<Abnormal vibration from below!>>


 シャーロックと陸士部隊がほとんどすべてのガジェットを倒し終えたころ、テイク・ミー・ハイヤーが告げる下方からの異常振動の感知。
 はじめその場の管理局員は、シャーロックを含めて体で振動を感じることは出来なかったが、すぐに突き上げるような振動があたり一帯を襲った。

 シャーロックの視界に、テイク・ミー・ハイヤーが周辺のレーダー画面を呼び出す。
 いくつもの直線が規則的に配置され、交差する中央、シャーロックがいる位置に向かって、前方地中から何か巨大な長い光点が迫ってきているのが分かる。
 それを見て、シャーロックは身を屈め、下半身の第三層「強力」に魔力を最大充填。
 光点がシャーロックと重なろうとする瞬間、全力で空へと跳び上がった。

 シャーロックの跳躍に数瞬遅れて地面を貫き出てきたのは、二本の刃。
 シャーロックの左右から挟みこむように、大人の身長ほどの長さを持ち、内側に向けて反った刃が伸び上がり、交差する。
 もしもあの場に留まっていれば、シャーロックの体はあの二本の刃に両断されていただろう。

 シャーロックへの奇襲に失敗したものの、正体不明の敵はそのまま姿を現した。

 周りの土とガジェットの残骸を跳ね飛ばして土の下から伸び上がってきたのは、巨大な蛇のような形をした機械。
 円形の頭部から先ほどシャーロックを狙った刃を牙のごとく伸ばし、無数の節に分かれた長い胴体を持つが、頭部の意匠にはガジェットに通じるものがある。
 これまでに見たことがないほどに巨大なガジェットだ。

 胴体の太さは2mほどもあり、まだ土の中に埋もれた部分があるために全長は分からないが、アーマードデバイスの力もあって十数メートルは飛びあがったシャーロックを追って空中へと飛び出した部分だけでも10mはある。
 土の中を移動することのできるパワーとこれだけの巨体を持ったガジェットがAMFを展開し、周囲の魔法を封じた上で暴れたらどうなるか。

 その場に居合わせた陸士隊員はそろって血の気の引く思いがした。


『ロック、新たな敵の出現をこちらでも確認した。この通信は届いているか?』

「感度良好。あのガジェット、AMFは使えないと見ていいのかな?」

『油断は禁物だが、少なくとも現在陸士部隊を含めて魔力を使用する各種機能にも障害は出ていない。十分警戒しつつ迎撃に当たれ』

「了解」


 だが、巨体から想像される高出力のAMFは検出されない。
 魔法の使用も通信機能にも阻害は発生しなかった。
 とはいえ、この状況で現れたガジェットがただのこけおどしであるとは思えない。

 シャーロックをはじめとした陸士隊員たちは密接に連絡を取りつつ、辺りの様子を窺うように頭部を左右に巡らせるガジェットを中心に包囲体制を組みなおした。

 シャーロックは背部のブースターを吹かし、体の各部にある装甲の継ぎ目からも魔力を噴出してガジェットの目の前を通って地面に降り立ち、ガジェットの目をひきつける。
 それに気付いたガジェットは身をよじって牙をふるい、顔の中央にあるカメラのような部分から光弾を放ってはくるが、どれも単純な動きでありアーマードデバイスを装備したシャーロックならば避けきれないものではない。
 「強力」で強化した脚力で跳躍し、「反発」でガジェットの光弾を弾き、「軽量」で身軽になって地面を高速で駆け抜け、その間に、真っ二つにちぎれたガジェットⅠ型の残骸を一つ掴み取る。
 装甲の表面が滑ってつかみにくいので、手の「強力」を強めて装甲に指をめり込ませてむりやり手の中に収めた。

 牙が届くぎりぎりの距離で一人、攻撃を避け続けるシャーロックを最大の敵と認識しているらしいこのガジェットは、周囲の武装隊員に見向きもせず執拗にシャーロックを狙い続けた。

 そして、取り囲む陸士78部隊の指揮官はそんな隙を逃すようなことはしない。


『総員、撃ち方用意!』


 無線を通して指揮官の号令が聞こえてくる。
 シャーロックの視界の片隅にテイク・ミー・ハイヤーが映し出した拡大画像には、ガジェットに向けてデバイスの穂先を揃えたたくさんの陸士隊員の姿が見える。
 このままシャーロックがひきつけている間に陸士隊の態勢が整えば、すぐにでも魔力弾の集中砲火がガジェットの頭部を粉砕するだろう。
 シャーロックは、ガジェットが大きく動いて陸士部隊の狙いがつけられなくならないように注意しつつ、下方から跳ね上げられた刃を跳躍に合わせた脚部からの魔力噴射で体を180°上下反転させ、身をそらして避けた。


『――シャーロック三尉、回避しろ!』

「はい!」

<<Full boost>>


 武装隊員全員のチャージが終わり、シャーロックに指揮官の通信が飛ぶ。
 シャーロックはさっきから手に持ったままだった残骸をガジェットの目の前に放り投げ、左腕のヴァリアブルバレットをそれに向けて発射。
 魔力弾の命中した残骸はすぐにはじけ飛び、小さなかけらがガジェットの頭部に降り注いだ。
 そうして発生した煙と魔力の残滓でわずかな時間ながらガジェットの索敵性能を奪い、シャーロックは背部ブースターの出力を最大にし、瞬時に離脱した。


 そしてそれと同時、動きの止まったガジェットの頭部へ無数の魔力弾が殺到した。


 すぐに地面に着地し、ざりざりと地面に着いた両足で砂利を跳ね飛ばしながら慣性を殺し、ガジェットの頭部を見上げるシャーロック。
 シャーロックが放った牽制のときとは比べるべくもない量の噴煙と魔力がガジェットの上半身を覆い、その姿を隠す。


『撃ち方止め、次弾準備!』


 広域通信で周辺の隊員へと指示を飛ばす指揮官の声がシャーロックにも届く。
 あれだけの量の魔力弾を一度に浴びていれば、たとえこれだけの巨体でもただではすまないはずだが、相手はガジェットである上にテロリストがここまで温存していた新型だ。
 誰もが油断なく、次の一手を用意する。


 そのとき、風が吹いた。
 アーマードデバイスに全身を覆われたロックは気づかなかったが、季節に似合わぬ妙に冷たい風であったと、当時その場にいた陸士隊員は後に述懐する。

 すうっ、と。
 決して強くはない、触れた頬をなでるような風が一陣吹き抜けて、ガジェットを包む煙を薄めていった。
 中を見通せぬほどに濃かった煙がうっすらと月の光に照らされ、ガジェットの影を映す。

 そう、アンテナ一本欠けていない、元とまったく変わらぬ無傷な姿を。


『……! 総員ッ、第二射……ッ!!』


 その光景を確認してすぐ、動揺しながらもさらなる攻撃を命じた指揮官は紛れもなく有能であった。
 だが惜しむらくは、この敵が、彼の今までの知識や経験では抗い難い力を持っていたことだ。


<<GISYAAAAAAAAAAAA!!!>>

『う、うわあああ!?』

『ひるむな、撃て!』

『固まってシールドを張れ! ここを通すわけには……なっ、シールドが!?』

『攻撃、防御は危険だ! 散開して回避ッ!』


 頭部のセンサーアイに光をともしたガジェットは即座にその身を横たえ、誰もが想像したとおり蛇のごとく体をくねらせて、誰もが想像しなかったほどの俊敏さで陸士隊員に襲い掛かった。

 広場を囲む森の中に位置取っていた陸士隊員は迎撃を試みるも、先ほどの集中砲火にも耐えたガジェットはその散発的な攻撃に対してわずかばかりの躊躇も見せずに突き進み、その巨体で周りの木ごと、隊員たちをなぎ払った。

 密集隊形を組み、シールドでその進行を止めようとした一団もいた。
 しかし速度を上げて迫り来るガジェットの体がシールドに触れた瞬間、驚くほど簡単にシールドが霧散し、武装隊員は虚を突かれたような表情をしたまま跳ね飛ばされた。

 その後もガジェットは止まることなく広場の外周の森の中を突き進み、時に牙で大木を切り裂き、自分の体で突き倒しながら陸士隊員を巻き添えにして被害を増やしていった。
 木が邪魔なのか光弾こそほとんど撃たないものの、陸士隊員が繰り返す射撃もまたガジェットを傷つけることは出来ず、回避しようとした隊員も森の木々に退路を阻まれ、少なくない人数が被害を受けた。

 わずかの間に、形勢は逆転した。
 AMFは確認されず、通信や魔法の発動は通常通りできるというのに攻撃も防御も効かず、陸士隊は正体不明の脅威に蹂躙され続けていた。


『ひぃ!? くるな、くるなぁ!』

『下がれ! 正面から立ち会うな! 下がって別の部隊とごうりゅ……がはっ!?』

『うわぁっ、木、木が邪魔で……うおぉぉぉ!?』


『――周辺の全隊員はただちに後退し、あのガジェットから距離を取れ! あのガジェットは見境なしだ!』


 いや、むしろ通信が滞りなく行えることこそが悲劇だったのかもしれない。
 ガジェットに接触する寸前の隊員の声が通信越しに鳴り響き、恐慌状態になりかねない部隊をまとめようとする指揮官の怒号が耳をつんざいた。


 ガジェットの移動速度は速い。
 このままでは重厚な包囲網が食い荒らされるのにものの数分も掛からないだろう。


 シャーロックも手をこまねいていたわけではない。
 ガジェットに追いすがって注意を引きつけようと魔力弾を放ち、胴体を断ち割らんばかりの勢いで斧を叩きつけ、また負傷して動けないままガジェットに踏み潰されそうになっている隊員を助けるなど、それまでの小型ガジェット相手に一人で奮戦していたときに劣らぬ働きを見せていた。

 だが、アーマードデバイスをもってしてもその侵攻を止めることはできなかった。
 魔力弾はヴァリアブルバレットであっても弾かれ、AMF環境下でさえ斬撃の間程度の短い時間は持つはずであった斬撃魔法がガジェットの装甲に届く前に解除される。
 しかも、回避が遅れてアーマードデバイスの装甲が直接ガジェットに触れてしまうほどに近づきすぎれば、AMFの効果を打ち消す役目も併せ持つ積層魔導装甲の第一層「反発」のみならず第二層「軽量」までもが侵食を受け、アーマードデバイスの体感重量が増すという現象まで起きた。

 こちらの攻撃は通用しないどころか、魔法という戦うためのあらゆる手段が封じられたに等しい状況。
 被害状況から考えれば、すぐにでも部隊を撤退させなければならない状況である。
 だが、今まさに部隊を蹂躙するガジェットの存在がそれを許さない。


 小型ガジェット集団のAMF以上に強力な魔法除去能力を持ったこのガジェットを野放しにすることは、決してできないのだ。

 このガジェットの脅威は直接対峙している陸士隊員全員が最もよく理解している。
 JS事件の際のガジェット大量発生時ですら多少の魔法は使うことができ、またガジェットに対しても通用したというのに、このガジェットには一切の攻撃が届かずシールドも用をなさずに破壊されている。
 現管理局の体制を根本から覆しかねないこのガジェットをテロリストが所有し、また自由に解き放ってしまうことは、まぎれもない全管理世界の危機なのである。

 ゆえに、陸士隊員は引かない。
 たとえ全ての隊員が倒れようとも、このガジェットだけはここで倒さなければならないのだ。


 通信を使うまでもなく全員がその決意を共有し、陸士78部隊の隊員は未だかつてない不利な戦いへと臨んでいった。



[19377] 第四話「反撃 決着の一撃」
Name: 葉川柚介◆9ddbfd91 ID:cae9ab50
Date: 2010/06/13 16:57
 圧倒的に劣勢な巨大ガジェットとの戦いではあったが、その途中で倒れた隊員達が成した必死の試行錯誤は、決して無駄ではない。
 それを証明するものが、ここにいる。


<<Important information>>

「っ! アコ、これって!」

『ああ、送られてくる映像とアーマードデバイスの状態を分析した結果だ。おそらく間違いない』


 陸士78部隊の指揮官からの指示で、魔力を温存するためにガジェットへの攻撃を中断し、負傷者の救助に当たっていたシャーロックの下へと、アコードからの通信が入る。
 ディスプレイに映し出されたのは目の前で今も蹂躙を続けるガジェットの外観図であり、その周囲を覆うように薄く霞のようなものが漂っている。

 そして、その霞につけられた名は「Enforced AMF」。

 通常のガジェットが作り出すAMFと比べて範囲は狭く、ガジェットの表面から数センチ程度の距離までしか有効範囲はないものの、その出力は優に20倍を越える、という分析結果が示されていた。


『通信も魔法も使える割に、魔力弾もシールドも無力化するわけだ。あのガジェットは、効果範囲を犠牲にする代わりに極限まで効力を高めたAMFで機体を覆っている』

『――その情報、こちらでも確認した』


 アコードと開発室の分析班が見極めたガジェットの正体を同時に受け取っていた陸士78部隊の指揮官からも通信が入る。
 ディスプレイに映し出されたその顔には、今まで講じたあらゆる手段が通じないガジェットへの敵愾心と、やっと見つけた反撃の端緒にぎらつく希望の色が見えた。


『――このAMF出力なら、そりゃうちの戦力じゃ傷ひとつつけられないはずだ。この防御を貫くにも体当たりを受け止めるにも、それこそAAAクラスの魔導師がいるぞ』

『純粋な魔力攻撃ならば、そうなる。あるいは、ベルカ式を修めた魔導師ならなんとかなるかもしれない。だが、今現場にいる魔導師は全てミッド式な上、このAMFを突破しうる魔法を使えるスキルと魔力量を持った魔導師はいない』

「……」


 この通信はアコードとシャーロック、そして戦場の指揮を担当する陸士部隊の指揮官との間にしかつながっていない。
 その中で交わされる会話には決して楽観できる要素はなく、ともすれば重苦しい沈黙に包まれそうなほど悲観的な情報ばかりがあった。

 しかし。


「なら、手は一つだね」

『ああ、あのガジェットを倒せるのは……』

『――お前だけってことか、シャーロック三尉』


 それを打ち砕く術もまた、ここに生まれたのだった。



『では、作戦通りに。戦況の分析などのデータ処理はこちらでも請け負おう』

『――ありがたい。よろしく頼むぞ、アコード技術主任、シャーロック三尉』

「了解しました。ガジェットへの牽制をお願いします!」


 その後のわずかなやり取りでガジェット打倒のための作戦が決まり、それぞれの果たすべき役割のために、動き始めた。


 アコードたち地上本部のアーマードデバイス開発室は、これから始まる作戦のためにアーマードデバイスのサポートと、現場から送られてくる情報処理の補助を開始。
 アコードをはじめとした通信担当の職員がめまぐるしい速度でキーボードを叩き、アーマードデバイス各部の状態をチェックし、わずかな不具合も見逃さず修正を行い、最高の状態へと整えていく。


 指揮官の口から直接事態を打開しうる策を告げられた78部隊の前線指揮所はそれまでにもまして慌しくなった。
 部隊の現状を報告する者、それを基に再編成の指示を出す者、部隊を配置する場所を決めつつ、ガジェットの動きを制限するためにまだ動ける隊員に移動の指示を出す者など、矢継ぎ早に繰り出される念話と肉声の怒号が飛び交い、まさしくここも戦場の一端なのであるということをその場にいる全ての人間に感じさせていた。


 シャーロックは一人、ガジェットの移動によって既に戦場の隅へと移った広場の中央に佇んでいた。
 あたりにⅠ型やⅢ型のガジェットの残骸がころがり、戦闘の余波でちぎれた木の葉や木片が風に揺られて右へ左へと滑っていく中、両腕と両足を広げて立ち、アーマードデバイス各部の装甲が光に包まれるままにしていく。

 先ほどまでの小型ガジェットとの戦闘で破損したパーツの交換である。
 アーマードデバイスは細かく分けられた各部のパーツがユニット化されているため、破損部分のみを着装時と同じ要領で交換すればすぐに元通りの状態に戻ることができる。

 ガジェットとの戦闘でわずかながら破損した部分や、装甲内の魔力回路に不具合を生じた部分などを転送魔法で次々に交換していく。
 シャーロックは体の各部分で一瞬装甲の重みが消え、次の瞬間また装甲に覆われる感触を感じていた。


<<……>>

「……」


 相棒たるテイク・ミー・ハイヤーもまた無言。
 指揮所と地上本部のアコードの元から送りこまれるデータを処理し、ガジェットの現在の状況を常に確認し、一方でアーマードデバイスのステータスをチェックしてパーツの交換を統制する。

 遠くからはガジェットの暴れる騒音と、それに立ち向かう陸士隊の喊声が響いてくるが、それでもシャーロックはその場へ駆けつけることをしなかった。

 たとえAMFに対して有効な戦力であるアーマードデバイスがあり、強力なAMFを破る手段が見つかったとはいえ、検証も不十分なその作戦に万全を期すためにはせめて出来る限りの準備をしなければならない。
 シャーロックは身に纏うアーマードデバイスを完全な状態に戻し、陸士隊が奮戦してガジェットを押さえ、指揮官とアコードが必勝の期を計る。


 ゆえに、シャーロックは動かない。

 今はまだ、そのときではないのだ。

 だが、すぐに来る。

 あのガジェットを倒す、その瞬間が。

 その思いを全ての仲間と共有し、シャーロックは静かに闘志を高めていった。


<<Complete>>

『装備の換装完了。……陸士部隊の準備も終わったようだぞ、ロック』

「了解っ」


 テイク・ミー・ハイヤーとアコードの声に、シャーロックは目を開く。
 ディスプレイに示されたレーダーには、陸士隊の必死の戦闘でガジェットが自分の現在位置へとおびき出されている様子が映る。
 強力なAMFのせいで魔力による攻撃が効かないと分かってから、魔力弾で周囲の地面をえぐって穴を開けたり、木を倒したりすることによって進路を塞ぎ、再びこちらへと向かわせたらしい。

 テイク・ミー・ハイヤーが視界の隅に写したデータの中には、その際にまた何人かの重軽傷者が出たとある。
 これまでの損害を合わせて考えれば、同じような誘導が次も出来るとは思えない。
 これが、最後のチャンスだ。


『――誘導は完了した。……始末は頼むぞ』

「はい、必ず」


 その推測を裏付けるように、憔悴した様子を滲ませる陸士部隊の指揮官が通信を送ってきた。
 その目に宿る期待と羨望。
 開発中のアーマードデバイスとこのガジェットを倒す役を任された身として、裏切るわけには行かない。


 ドドドドドドド、ドォンッ!!!


 シャーロックから見て正面の森が轟音を響かせ、木を跳ね飛ばして爆発した。
 舞い上がった砂塵と木の葉の中から姿を現したのは、つい先ほどまでは打つ手を持たなかったガジェット。
 装甲はところどころにへこみが見られ、陸士隊の奮戦のあとを物語っている。
 だがその動きにダメージは感じられず、最後の一手が足りなかったこともまた見て取れた。


 シャーロックは自分がその最後の一手となるために、体をたわめ、魔力を溜めて、ガジェットへと向かって飛び出した。


「はぁっ!」

ドゴンっ!


 迫り来るガジェットへと真正面から飛び込んだシャーロックは空中で身を捻ってガジェットの長い牙を掻い潜り、そのまま全力で殴りつけた。
 斧で切りつけたときとは違い、一切の加減も容赦もないただ単純な拳の一撃。
 質量差からくる反動で自分自身かなり後ろへ飛ばされたが、ガジェットのほうも頭を跳ね上げられ、その進攻を、止めた。


「よしっ、効いた!」

『強力なAMFがあるために魔力弾はほぼ無効となるが、あのガジェットの積極的な防御手段は「それだけ」だ。魔力に頼らない格闘戦でダメージを与えられる威力があれば有効なはずだ』

『――その点、アーマードデバイスならAMFの影響も内側の肉体強化部分までは届かない、って寸法か。これならいけるぞ!』


 アコードと指揮官からの通信越しに、ようやくガジェットに有効打を打ち込んだことへの喜びの声が聞こえてくる。
 シャーロックの視界には、今の攻撃時の分析結果がテイク・ミー・ハイヤーから上げられた。


 Status(Moment at Attack)
 Damage:Little
 「Reflect」power:2%
 「Light weight」power:13%
 「Max up」power:98%。


 攻撃の反動による損傷はほぼなし。
 強力なAMFの影響によって「反発」と「軽量」の効果は打ち消されているが、最も内側にある「強力」は健在であり、打撃力に影響は無い。


「これならいける!」

<<Yes.Full drive!>>


 もちろん、防御力は低下するために危険度は増す。
 既に一度自分達の攻撃が通用することも見せてしまっているので、次はそう上手くいかないだろう。

 だが、シャーロックに不安は無い。

 陸士部隊の奮闘が作り上げたこの状況で、最も信頼するアコードが立てた作戦の通りに自分が動けば、あと一撃だけで十分なのだから。


「テイク・ミー・ハイヤー!」

<<Full charge!>>


 先ほどの攻撃でガジェットがノックバックしている間に、シャーロックはテイク・ミー・ハイヤーに命じて脚部の「強力」に最大まで魔力を通す。
 装甲内部にある魔力回路のうち、最も内側にあるはずの「強力」を走った赤い魔力光がはっきりと装甲表面に赤く浮かび上がり、刺青のような模様が描き出される。

 そのまま筋力の強化された足で後ろへ飛んで、ガジェットから距離を取る。
 急速に小さくなるガジェットを視界の中央から逸らさず足をつき、上半身を倒して地面に手もついて、ざりざりと砂利を跳ね飛ばしながら減速する。


<<Re-charge>>


 その間、空中を飛翔し、地について減速している間にも再び脚部に魔力をチャージすると共に今度は背部のブースターへも魔力を回す。


 わずかながらガジェットの動きを止め、十分な距離を取り、足とブースターに魔力を蓄積する。


 これにて、策は成れり。


『――今だ! 総員魔力弾斉射! ッテェ――――――ッ!』


 体勢を立て直し、シャーロックを自分にとっての脅威と見なしたらしいガジェットが頭部のセンサーアイでシャーロックを捕らえ、再び突撃しようとしたまさにその瞬間、ガジェットの眼前で無数の魔力弾が爆裂した。

 ガジェットの周囲を取り囲むように移動した、まだ戦闘可能な残りの陸士隊員である。

 無論、AMFがあるために武装隊の魔導士では魔力弾をいくらつぎ込んだところでガジェットにダメージを与えることは出来ない。


 だが、ダメージを与えることが目的でないならば。
 魔力弾をAMFに触れさせることなくガジェットの眼前で爆裂させれば。
 それを十数人の武装隊が一糸乱れぬ連携で同時に行えば。


 破裂した魔力弾の残滓はさきほどシャーロックが小型ガジェットの残骸で行った時とは比べ物にならない。
 残留魔力が目に見えるほどの霧となり、ガジェットの光学、魔力センサーを一時的にではあるが、ほぼ完全に無効にすることができる。


 とはいっても、ガジェットの視界を塞いでいるのは結局のところ魔力に過ぎない。
 ガジェット自身があの霧の中に飛び込んでしまえば、機体を覆うAMFがすぐにも吹き散らしてしまうだろう。

 ゆえに、好機は今しかない。


「はぁっ!」

<<Maximum drive!>>


 シャーロックはチャージした魔力をつぎ込んで強化した脚力で、今度は垂直に跳躍する。
 地面に穴が開くほどの力で蹴り上げた体はブースターの噴射と合わさって、アーマードデバイスの装甲重量があっても高く飛びあがり、地表から30mほどの地点で頂点に達した。

 その場で体を翻し、地上に目を向けるとちょうどガジェットが魔力の残滓を突き抜けたところだった。
 一瞬、目の前から消えたシャーロックの姿を探したようではあったが、すぐにセンサーを再起動したのか、機体を持ち上げシャーロックのいる空へと頭部を向けてくる。

 だが、遅い。


 そのとき既にシャーロックは空中で自分の体勢を整えている。
 装甲の継ぎ目から噴出した魔力によって姿勢を変え、ガジェットに自分の足先を向けて脚部の関節をロック。
 上半身を起こしてガジェットを見据え、同時に背部のブースターとガジェットへ向けた足が一直線になるように。

 その姿をカメラで捉え、シャーロックの意図に気付いたのだろう。
 ガジェットがあわてて頭部を引き戻そうとしているが、それが成るよりもシャーロックの一撃が届くほうが早い。


「カートリッジ、ロード!」

<<Exceed charge!>>


 アーマードデバイスの両腕と両足に一発ずつ埋め込まれている、緊急用のカートリッジのうち両腕の二発を使用。
 爆発的に膨れ上がる魔力の全てをブースターに注ぎ込む。

 魔力回路をスパークさせながらブースターに殺到した魔力はその圧力を保ったままに噴き出して、シャーロックを加速させた。


「はあああああああああ!!!!!!!!」


――キィイイィィィィ……ッキュドン!!!!


 満月のかかるミッドチルダの夜空に、まばゆく光る魔力光の尾を引いて、一瞬にして音速近くまで加速したシャーロックのキックが、ガジェットの頭部を貫いた。



 ガジェット頭部を突き抜けたシャーロックが、地面に両足をめり込ませながら着地する。

 一拍遅れてガジェットが全身から力を失い、重い地響きを立てながら倒れるのを見て、陸士78部隊の歓声が、月光降り注ぐ夜の空に爆発した。



――――――――――――――――――――――――――――

※書き溜めがあるのはここまでです。
 次回はいつになるかわかりませんが、一応ストーリーの流れは一通り決まっているので、次の次あたりから原作キャラとも絡ませつつ、完結まで持っていきたいです。
 ともあれひと段落までのお付き合い、ありがとうございました。



[19377] 第五話「幕間 事件の始末」
Name: 葉川柚介◆9ddbfd91 ID:cae9ab50
Date: 2010/06/27 21:37
 巨大ガジェットを撃破してからの進展は早かった。
 今まで散々自分達を苦しめていた巨大ガジェットをシャーロックが倒したことで 士気の上がった陸士部隊が、逆に最後の切り札を倒されて戦意を喪失したテロリストの潜む施設に突入し、次々に捕縛した。

 しかしシャーロック、ひいてはアーマードデバイスはそういった捜査や逮捕には向いていない上、先ほどまでの戦闘で内蔵魔力量が尽きかけている。
 そのため、施設への突入に向かう隊員や指揮官などに満面の笑顔と感謝の言葉と共にアーマードデバイス越しに殴る蹴るの手荒いねぎらいを受けつつ、一人帰路についた。

 脚部の装甲継ぎ目から噴き出した魔力で浮き上がってのホバー移動で、戦場から離れた位置に仮設された陸士78部隊の前線指揮所へと辿り着く。
 いくつもの天幕と輸送車両が立ち並び、いまだ忙しなく立ち回る隊員たちが仕事に追われていたが、その表情に油断と弛緩はなく、憂いの色もまたなかった。

 そしてそのすぐそばには、シャーロックをここまで運んできたヘリが燃料の補給を終え、ウィンダムを回収した上で待機している。

 シャーロックは来たときと同じくキャビンに乗り込み、そこでアーマードデバイスの装甲を外す。

 アーマードデバイスの装甲は装着者が動いていなければ転送魔法で回収することもできるが、今シャーロックが身に着けているのはAMF適用空間での実戦を経験した貴重なものだ。
 万が一の転送事故や欠損を避けるため、魔法は使わずシャーロックと共にヘリで開発室へと送り返される手はずになっている。



「……ふぅ」

<<お疲れ様です、マスター>>


 装甲を外し、人が入れるほどに大きな輸送用ケースに収め、キャビンの中の粗末な座席に腰を落ち着けたシャーロックに、テイク・ミー・ハイヤーがシャーロックの制服の胸ポケットから声をかける。
 戦闘モードから通常のコミュニケーションモードへと切り替わった相棒が紡ぐ、作戦中の緊迫した声音のものではないやわらかな発音と言葉に、シャーロックはようやく戦いが終わったのだということを実感する。


「ああ、テイク・ミー・ハイヤーこそ、ありがとな。すごく助かったよ」

<<それも全てはマスターの奮闘あればこそ。お見事でした>>


 ポケットから取り出し、待機状態のままカード中央の宝石を光らせて話す相棒に、シャーロックはどこか機嫌よさげな空気を感じて、体の中からゆっくりと戦場の昂りが抜けていく。


「……それにしても、本当にアーマードデバイスに入ってるときと空気違うよな、お前は」

<<仕様です>>

「いや、そもそもお前ストレージデバイスなのに、何でこんなにしゃべるんだか」

<<それは致し方ないでしょう。アーマードデバイスのような複雑な制御が必要なものにはデバイス自身にもある程度の自己判断機能が必要ですから。その点マスターと付き合いの長いデバイスである私に、擬似的とはいえごく一部のハイエンドストレージデバイスにしか採用されていない応答機能を後付けしてのけたアコード主任の技術は目を見張るばかりです。さすがマイマザー>>

「うん、応答機能どころか人格持ってるとしか思えないセリフをありがとう」


 世間話のような、デバイスとの他愛ない会話。
 アーマードデバイス開発のテストパイロットになることが決まったとき、アコードによって大規模な改修が施されて以来言葉を交わせるようになった相棒は今日もよく口が回る。
 ただそれだけのことではあるが、いつも通りのそんなことがシャーロックの心を何より落ち着かせた。

 そのとき。


『……楽しそうだな』

「うわぁっ!?」


 元々ストレージデバイスであったというのに、アコードの手によって見た目以外は元の面影を残さぬほどに改造された自分の相棒に苦笑いを浮かべていると、突如目の前に通信用のウィンドウが開き、アコードの顔が大きく映し出された。
 それまでの会話を知っていたような口ぶりからするに、テイク・ミー・ハイヤーがこちらの音声だけを向こうに流していたのだろう。
 アコードからの通信が入っていたにも関わらず、しばらく取り次がずにわざわざこのタイミングで大写しにするような人間臭い反応。
 デバイスマイスターとしての優秀な技術と、余人の及ばぬ感性を持ったアコードの教育の賜物だろう。


「ど、どうしたんだ、アコ」

『ほう、どうしたんだ、か。戦闘終結直後から休む間もなかったこちらでの状況整理にひと段落がつき、ねぎらいの言葉の一つもかけてやろうとした私に対し、どうしたんだ、か。ほほう』

「……いやもうホントごめんなさい。今日もいっぱいお世話になりましたありがとうございますっ」

『ふん、わかればいい』


 通信ウィンドウの中で不機嫌そうに半眼で睨んでいたアコードの顔が、シャーロックの様子を見てわずかに緩む。


『その様子だと、そろそろ落ち着いたようだな』

「あ……うん。さすがにね。今回も戦うのは怖かったし守れなかった人もたくさんいたけど、でもなんとかなったよ。ありがとう」

『なに、ロックが無事で何よりだ』


 シャーロックとアコード。
 未だ熱気が冷めやらぬであろう現場から離れ、通信ウィンドウ越しに互いの健闘を称えあう二人の間に、ほっとした空気が流れた。
 

『さてロック。これからのことだが、お前は帰還してアーマードデバイスの装甲を受け渡したらすぐに検査を受けてもらうぞ』

「うぇー、装着者への負担を調べる、とか言うアレだっけ?」

『アレだ。なにせAMF下での戦闘は初めてだからな。アーマードデバイス自体は勿論装着者にどのような影響があるかを調べるのも立派なテストパイロットの務めだ』

「うんまあ、そうだね。頑張るよ」

『うむ、良い結果を期待している』


 そう言って、軽く笑って通信を切るアコード。
 シャーロックは、外傷の有無や全身の筋肉、骨格への負荷に加えて内蔵機能まで、体の内外のあらゆる部分に受ける検査の数を思い浮かべ、まだ一日が終わらないことに軽い溜息をつくのだった。





 数日が過ぎた。

 地上本部のヘリポートにシャーロックを乗せたヘリがついてすぐ、待ち構えていたアーマードデバイス開発室の面々にデバイスの装甲を引き渡して即座に地上本部に併設された病院へ移動し、各種の検査を行った。
 体中どころか体の内側まで様々な機器で舐めるように調べられたシャーロックは、そのまま経過観察のために数日間病院に留まり、さらに検査漬けの日々を過ごした。

 検査結果は、異常なし。
 巨大ガジェットに放った最後の一撃の影響か、右足の筋肉に多少の炎症が起きてはいたが、ごく軽いものだったので入院中の数日で回復した。
 リンカーコアにも問題はなく、シャーロックの魔導師ランクが陸戦B+に過ぎないことを考えれば、あれだけの戦闘を行ったとは思えないほどの健康ぶりである。


 その後、シャーロック自身の体感を含めた検査結果と、実戦当時の感想とも言えないような報告書をまとめ、病院内にある施設で体が鈍らないように最低限の運動をしながらの入院状態が終わり、ようやく病院から開放されたシャーロックはその足で一度開発室へと向かった。
 アーマードデバイスの開発室は、シャーロックが検査を受けた病院にもほど近い、地上本部が主導する研究を行っている施設内の一室にある。
 しばらく思うままに動かせなかった体が鈍っていないかを確認しながら、開発室へと徒歩で向かっていった。


 施設に入ってそれほど狭くない通路を通り、たどり着いた開発室の扉を開けると、ふわりと空調の冷たい風が吹き抜けた。
 朝が早いからか職員の姿は無く、部屋の中に無数に存在する端末にも、今はほとんど電源が入らずに暗い画面を並べている。


 あちらこちらに散らばるドリンクの容器や菓子類の包み紙は、おそらく例の作戦前後の分析やらなにやらの忙しさのせいで、片手間にしかできなかった栄養補給の名残だろう。

 とはいえ、既にあらかたの分析は終わっているらしい。
 アーマードデバイスの装甲本体は、部屋の中央に位置するアーマードデバイス用のメンテナンスコフィンに収められているようだ。

 そんな様子を横目に見ながらさして広くない部屋を横切って、この部屋の主の席へと向かう。
 扉に鍵がかかっていなかったこともあるが、早朝、誰一人職員がいない時であろうとも、きっと彼女はいるだろうから。

 部屋全体を見渡せる、一段高い位置にしつらえられたその席には複数のモニタと端末が設置され、他とは明らかに格の違う者が主であると無言で語っている。

 その席の、限界まで高さを上げられた椅子に座っている小柄な少女。
 長い金髪を頭の高い位置で赤いリボンもまぶしく単純に括っただけの、16歳という実年齢よりもさらに幼く見えるその少女こそ、アーマードデバイス開発室室長、アコード・ベルマンである。


「おはよう、アコ」

「――むー。おお、ロックか。そういえば退院は今日だったな。おはよう」


 シャーロックが声をかけると、大して驚いた様子もなく、しかめっ面で画面を睨んでいたアコードが振り向き、シャーロックに挨拶を返す。
 資料や書類が散らばるデスクの様子を伺うに、それこそ寝る間も惜しんで仕事をしていたのであろうが、管理局内では若手で通るシャーロックよりもなお年若いせいか、アコードに目立った疲労の色は見られない。
 切るのが面倒だから、というだけで前髪以外が伸ばされた金の髪もほつれはなく、透き通った青い瞳もパッチリと開いて濁りがない。
 高さを上げた椅子に座ってもなおシャーロックの胸の位置にしか届かない小さな顔にも艶がある。


 幼い頃からの天才性が祟ってインドアな人生を送ってきた弊害で体力はろくに無いにも関わらず、自分が情熱を傾ける研究開発においてはベテラン職員以上に熱中するアコードならばさもありなんだろう。
 だがそれならば、さっき画面を見ていたあの表情は一体なんなのだろうと、シャーロックは疑問を感じた。


「報告書は前に提出したし、これで僕もひと段落だよ。……ところで、どうかしたの?」

「む……。いやなに、たいしたことではないのだが。……ああ、そうだ忘れるところだった。テイク・ミー・ハイヤーを返そう」

<<おかえりなさいませ、マスター>>

<<アーマードデバイスの使用後も問題なし。重畳だ>>


 そう言って、アコードはデスクの引き出しの中からテイク・ミー・ハイヤーを取りだして渡し、同時にアコードの首にかけられた青い宝石のペンダントがきらきらと光ながら声をかける。


「うん、ただいま。テイク・ミー・ハイヤーも、ライト・イン・ユア・ハートも、変わりなかったか?」

<<いえ、変わりました。AMF環境下での実戦データが得られましたので、それに合わせて積層魔導装甲の魔力運用をさらに最適化できるようアコード主任に調整していただきました>>

「あ、あははは……また変わったんだ」

「うむ、今度も自信ありだぞ」

<<テイクの改良は私達のライフワークだ>>


 自分のデバイスが輝く胸を反らすアコード。
 アコードの首から下げられたペンダントこそ、アコード用のインテリジェントデバイス、ライト・イン・ユア・ハートだ。
 魔法適性の低いアコードの仕事をサポートするために演算機能や分析機能に特化してアコード自身の手によって作られた、どちらかといえば秘書のような仕事をするデバイスであり、アーマードデバイスの開発やテイク・ミー・ハイヤーの改造においても重要な役割を果たしている。

 ちなみに製作者に似て、しゃべりがデバイスとは思えないほど偉そうだという特徴がある。


「ところで、さっきのあの表情、なんだったの?」

「ああ……あれか。ふむ、開発室のメンバーがそろってからも話すつもりだったが、まあいいだろう、話してやる」


 そういうとアコードはぐるりと椅子を回して端末を操作し、とある画面を呼び出した。
 管理局内部での情報伝達に使われるメール画面であり、いくつか開いたウィンドウにはさっきまでアコードが見ていたと思しきメールが並んでいる。
 その中の一つ、見慣れた企業のロゴ入りのメールがまずシャーロックの目に付いた。


「あ、カレドヴルフ・テクニクス」

「ああ、そこか……。こういうのはアーマードデバイスの開発が終わってからにしろ、と言っているんだがな」

<<今回の一件に関する賞賛の言葉が並べられているが、そのあとの本題は今までにも何度かあった通り、我がマスター、アコード・ベルマンに対する引き抜きのお誘いだ。なんでも、現在構想中の新型兵装の基幹部分として想定している技術がアーマードデバイスの射撃機構と近いため、マスターの技術で更なる改良を施して内蔵したいのだそうだ>>

「へー、やっぱりアコはすごいな」

「当然だ。だが今問題なのはそれではない。別のメールだ」

<<地上本部からのメールですね。アーマードデバイスに関することでしょうか>>


 テイク・ミー・ハイヤーが指摘したメールには、確かに差出人が地上本部とあった。
 アーマードデバイス開発室の、直属の上司ともいうべきところである。


「先日のガジェット撃破の一件が、どうやら地上の部隊でかなりの評判になっているらしい。その流れで後日、教導隊の主催でアーマードデバイスの披露会、とでも呼ぶものが催されることになったそうだ」

「へえ、すごいな。ついに開発もそこまで来たんだ! ……って言う割には、アコはあまりうれしそうじゃないね? これだけならあんな表情するような話じゃないと思うんだけど」


 アコードの言葉を聞いて、何気なく問いかけるシャーロック。
 その言葉の通り、アコードの滑らかな眉間には確かに浅く皺が寄っている。
 年齢に不相応なほどの落ち着きを持ったアコードにしては珍しく、あからさまな感情の表現だった。


「まあな。そもそもアーマードデバイスの開発状況を考えれば、こういった機会が設けられるのはむしろ遅すぎたくらいだ。先日の事件の際の出動のように、性能の周知も無く実戦投入など、それこそ正気の沙汰ではない」

「確かに、そうかもね」

「だが、それ自体は構わん。アーマードデバイスならばあの程度の作戦の遂行は可能だと確信があればこその出撃であったし、イレギュラーも解決した。その結果としてどうあれ認められたわけだからそれは許すのだが……」


 アコードはそこで言葉を濁す。
 すると、主の意を汲んだライト・イン・ユア・ハートが二、三度瞬いて、画面を切り替える。
 そこには、ずらずらと管理局員の所属と名前が数十人に渡って並べられていた。


「これは?」

「このメールが来てから気になって別口で手に入れた、仮のものではあるが現時点での披露会に参加する予定の人間のリストだ」

<<地上本部のデータベースには既にこれだけのものが用意されていたので、拝借してきた>>

「……」

<<……>>


 シャーロックとテイク・ミー・ハイヤーは言葉をなくす。
 どうせあとで知らされるのだからと二人は言うだろうが、現時点ではまだ自分達に知らされていない情報を手に入れている以上、間違いなく機密に抵触している。
 そんなことを平然とやってのけることが出来る能力も精神も、さすがに少々見習いたくはない。


「まあ、見てみろ」

<<興味深い名前が中々どうして>>

「興味深い名前?」

<<ライト、私にもデータを>>


 魔導師とデバイス、そろってそこに記された所属と名前に目を走らせる。


「へー、特別捜査官に執務官とその補佐なんて来るんだ。いろんなところに知られてるんだなぁ……あっ、救助隊もいる。それに、自然保護隊? あの部署にアーマードデバイスっているのかな?」

「必要かどうかはさておき、使えないということはないな。アーマードデバイスは装備と運用の自由度が高い。多少のカスタマイズで十分対応できるようになるだろう」

<<問題はそんなところではない。名前を見ろと言っただろう、名前を>>

「ハイ、ごめんなさい」


 シャーロックの反応に、普通のリアクションを返してくれるアコードと辛らつな言葉のトゲをぶすぶすと刺してくるライト・イン・ユア・ハート。
 優しげな名前とは裏腹に、人間よりも毒を吐くデバイスはどうなのだろうと思いつつも、シャーロックは所属の部分から名前の部分へ視線を向け、そして。


「……へ?」

「そう、その反応が当然だ」

<<そうなるのは遅かったようですが>>


 シャーロックの目に映るのは、先ほど口に上げた特別捜査官や執務官の名前。
 元々陸士隊災害担当の一隊員に過ぎず、ましてや最近では新しいデバイスのテストパイロットを務める関係上外部の事情には疎いシャーロックだが、そこに並んだ名前の数々はそんな彼ですらよく知る名前だった。


「特別捜査官は八神はやて二等陸佐、執務官はフェイト・T・ハラオウン!?」

<<その補佐官としてティアナ・ランスターと、マスターと懇意なデバイスマイスターでもあるシャリオ・フィニーノ。救助隊からは期待の新星と名高いスバル・ナカジマ。自然保護隊の二名は、フェイト執務官を保護者に持つ若手、エリオ・モンディアルにキャロ・ル・ルシエとあります>>




「そう、管理局員なら知らないものはいないだろう。この、旧機動六課のメンバーを」




 予想外の名前が連なっていることに、しばし言葉を忘れて画面に見入るシャーロック。
 手につかんだテイク・ミー・ハイヤーも言葉はなく、カード中央の宝石をきらめかせてすぐそばのライト・イン・ユア・ハートから更なるデータを受け取ろうとしているようだ。

 シャーロックは、混乱した頭で考える。
 自分たちの作り上げてきたアーマードデバイスの単なる披露会であったはずなのに、JS事件の英雄であり、現在も注目されている旧機動六課の優秀な魔導師達が軒並みそろっている。
 シャーロックは彼女らのその後について、巷に流れる噂を耳にはさんだ程度にしか聞かないが、その内容によれば決して気軽にかつてを懐かしんで集まれるような立場にはない。


 それなのに、そんな彼女たちがここで一堂に会することになるのだという。


「どういうこと、なのかな」

「さあな。かつての仲間との親睦を深めるため、などという理由でないことは確かではあるが」

<<あるいは、ただ純粋にアーマードデバイスへの注目が高いということもありうる。機動六課での実績から考えて、これらのメンバーは対AMF戦闘に駆り出される可能性がかなり高い。自分でアーマードデバイスを使うことはなくとも、それぞれの部隊からAMFに対する実戦経験の豊富な者として、見定めのために送られてきた可能性もある>>


 ライト・イン・ユア・ハートの言うことは、紛れも無く正論だ。
 JS事件後の地上部隊再編成においても、ガジェットとの直接戦闘経験のある隊員はあちらこちらの部隊から引っ張りだこの人気だったと聞いている。


 最大限それぞれの志望が叶ったという機動六課の面々も、前回の事件のようにもしもガジェットが現れることがあれば、そのときは真っ先に戦力として当てにされることになるだろう。
 そんな経緯から、アーマードデバイスの対AMF性能を見るものとしては最も目が肥えているとして選ばれたということは、確かにありうることだ。


「さすがに完全な偶然でこのメンバーが集まったとは思わん。だが、少なくとも私達の害になることはないだろう。むしろあらゆる分野で超人とすら言えるほどの参加者が集まったんだ。その場でアーマードデバイスの有効性を示し、一気に採用までこぎつけることもできるかもしれん」

「アコが言うんなら、そうなんだろうね。僕は考えるの苦手だし。うん、がんばるよ!」


 アコードの言葉にうなずくシャーロックと、同意を示すようにちかちかと輝くテイク・ミー・ハイヤー。

 だが、アコードは別のことを考えてもいた。


(――このメンバーの招集、あるいはそもそもこの会自体に八神捜査官が関係している可能性は高い。確かに、アーマードデバイスがAMFに対して有効なデバイスであることは先の事件証明されたが、旧機動六課のメンバーはそれがなくともAMF環境下で戦えるような訓練を行っていた。それなのにアーマードデバイスを必要とすることがあるか? 八神捜査官はいま、機動六課のような独自の部隊を再び設立しようと動いているという噂もあるが、そのことを示すパフォーマンスのためだけとは思えん。あの事件から数日でこんな機会を設けた早さも気にかかる。……まさか、アーマードデバイスのような対AMF戦力がさらに必要となるような、強力なAMFを使う敵と出くわす可能性が? ……いや、さしたる証拠もなしに考えすぎだな)


 いくつかの疑問が挟まってはいるものの、アコードはすぐにその思考を放棄した。
 どんな思惑があるにせよ、この会がアーマードデバイスの開発において良い兆候であることは間違いない。
 この会が開かれるまでに実戦から得たデータでアーマードデバイスを調整し、ソフト面からさらなる性能の向上をすることができれば、より高い評価を得ることも出来るだろう。
 将来の展望は、決して悪くないのだ。

 だが、シャーロックと二人でそう頷きあったとき、ふいにアコードの胸のライト・イン・ユア・ハートが輝いた。


<<……最新情報、取得>>

「ん、出してくれ」

<<……>>

「どうしたの、ライト?」

<<驚かずに、見て欲しい>>


 珍しく言葉を濁してから、ライト・イン・ユア・ハートは画面に最新情報とやらを映し出した。
 そこにあるのは、仮決定と題されてはいるが会の詳細についてであった。


「ほう、もう決まったのか」


 日時は1週間後、場所は一年ほどまえにミッドの海上に設営された最新の陸戦用空間シミュレーター。


「うわ、すごい。一度使ってみたかったんだよね、この施設」


 主催する教導隊の部隊は、現在地上の部隊への教導のため、本局から地上に降りている航空戦技教導隊第5班。


<<デバイスなどの改良にも力を入れている、中々の精鋭という評価の部隊です。期待が持てますね>>


 当日、アーマードデバイスの性能を示すために行うことになるだろうことの、ごく簡単な記述。


「市街地の走破性能試験に、瓦礫撤去、空中機動性能、シミュレートしたガジェットとの戦闘、それに教導官との模擬戦。なるほど、妥当なところだな」


 そして、最後に模擬戦を担当する教導官の名。


「!?」

「なっ!?」

<<……ッ!>>


 それを見て言葉を失くす二人と一機。

 模擬戦の相手の名は、


 高町なのは


 と、そうあった。



[19377] 第六話「当日 再会の朝」
Name: 葉川柚介◆9ddbfd91 ID:cae9ab50
Date: 2010/07/05 21:08
 抜けるような青空が、穏やかな風にゆっくりとゆらめく海の上に広がっている。
 ここ数日続いた晴天が今日も柔らかな陽光と涼しい風をコンクリートで覆われた都市へと吹きわたらせ、人々に平和を感じさせる見事な晴れ模様であった。


 ここは、ミッドチルダ中央都市クラナガンの臨海部。
 まさに今日、管理局地上本部が主導して開発した新デバイス、アーマードデバイスの性能を、教導隊の主催により関係各所に披露する会が催される場所である。


 まだ朝も早く、街を出歩く人もほとんどいない時間ではあるが、今日の主役であるアーマードデバイス開発室の面々は既に会場である陸戦シミュレーターの近くにある駐車スペースにアーマードデバイス搬送用のキャリアを運び込み、準備を始めている。


 搬送用のキャリアと言っても、実際には地上部隊でごく普通に運用されている輸送車両に過ぎない。
 本来なら十数人の魔導師を輸送することができるそのキャビンの中に、普段は開発室に安置されているアーマードデバイスのメンテナンスコフィンを乗せて固定し、その周囲に申し訳程度にのこった狭いスペースにいくつかの端末とオペレーターを押し込んだだけの急場しのぎのものだ。


 アーマードデバイス量産の暁にはメンテナンスコフィンの移動も簡単にできるようにする予定ではあるが、現在は開発中の機体を運用中であるため、データの採取や頻繁な調整などのために、メンテナンスコフィンはどうしても巨大なものとならざるを得ない。


「メンテナンスコフィン、フルチェック開始……異常なし」

「内部のアーマードデバイスも問題ありません」

「輸送車のメイン電源、補助電源共に出力正常。サポートもばっちりです」

「アコード主任、チェックをお願いします」

「ん、わかった」


 会が始まるまではまだ時間があるが、だからといって一週間前に聞かされた会の内容が思い出されてじっとしていられないのか、狭い車内に四苦八苦しながら、職員総出で細かいところまで慌ただしくチェックを行っている。


 唯一アコードだけは体の小ささが幸いしてそれほど動きづらくはなさそうだが、それを指摘すればただでは済まないだろうというのは全職員共通の見解である。


「……ふぅ」

<<緊張はほぐれませんか、マスター>>


 そして、そんな輸送車から一人離れ、駐車スペースにたたずむ者が一人。
 数十m先の海上に今日の舞台となる陸戦シミュレーターを見渡せる駐車場の端で溜息をついている。
 シャーロックである。


 彼はアーマードデバイスのテストパイロットであるためある程度はデバイスに関する知識もあるものの、開発に直接携わっているメンバーからすればそれも微々たるものに過ぎず、こういった局面ではできることがない。
 そのため、狭い車内にいて開発メンバーの邪魔になるわけにもいかないので、手持無沙汰な気分を紛らわせようと外の空気を吸っているのであった。


 足を肩幅に開いて立ち、腿の力を抜いて直立。
 その姿勢を維持したまま横隔膜で心臓を突き上げることをイメージして肺の中の空気を全て吐き出すように息を吐き、今度は勢いよく空気を吸い込む。
 シャーロックなりの緊張をほぐす方法だ。


<<効きましたか>>

「あー、多少は。でもさすがに今日の模擬戦を思うと、ね」


 そう、シャーロックの緊張の原因は今日の模擬戦の相手、高町なのはである。


 「エースオブエース」「不屈のエース」など数々の異名を持つ魔導師。
 以前カレドヴルフ・テクニクスから、先日のメールにもあった新たな武装端末の使用者候補として送られてきたなのはのデータを見たアコードに「立てば炸薬、座れば緋牡丹、歩く姿はTNT」と評された管理局屈指の空戦砲撃魔導師と、いかに模擬戦とはいえ戦わねばならないのである。
 一週間前にそのことを知って以来、どう戦えばいいかを考える度に、何度となく耳にした彼女の管理局入局からの活躍や、名声が脳裏をよぎる。


 さらに言うなら、高町なのはは忘れているだろうと思うが、実はシャーロックは彼女に対し、数年前にちょっとした縁があるのだ。
 そのこともあって、模擬戦の相手が高町なのはだと知って以来、どうにも落ち着かない時間を過ごしていた。
 彼我のランク差と空戦適性のない自分を省みれば、たとえアーマードデバイスを使ったとしても勝機は薄い。
 アーマードデバイスの性能披露が目的の会であるため多少の手加減はされるだろうが、かといって巷に飛び交う噂を聞けば、易々と花を持たせてくれる相手とも思えない。
 模擬戦で勝利するための策は用意してあるが、だからと言って振り払い難い不安はどうしても存在してしまう。


<<しっかりしてください。対策は既にある以上、これから先、本番で勝てるかどうかはマスター次第です>>


 手の中に握りしめたテイク・ミー・ハイヤーが励ますように言ってくる。
 この一週間、テイク・ミー・ハイヤーはシャーロックと共にアーマードデバイスの訓練を行うのと並行してアコード達の手でさらなる改修を受け、今日という日に備えてきた。
 その意味では、誰よりも今日の会に向けて努力をしてきたと言えるかもしれない。


 そしてシャーロックは、そんな仲間に励まされ、奮い立たない男ではない。


「……そうだな。でも違うよ、テイク。勝てるかどうかは僕次第じゃなくて、『僕たち』次第だよ」



「その通り」

「あ、アコ……」


 シャーロックの言葉を引き継ぐように聞こえた声に振り向けば、アーマードデバイスを運んできたキャリアからアコードが降りてくるところだった。
 いつものように頭の上の方で結った長い金髪を海風に揺らし、よれよれの管理局の制服の上に羽織った丈の長い白衣を地面に擦りそうにしながらアスファルトの上、体を左右に揺らしながら歩いてくる。


「もちろん、その『僕たち』の中には私とライトも入っているのだろうな」

「そ、それは勿論。……それよりアコ、大丈夫? 少しふらふらしてるみたいだけど」

「む、確かにふらつくな。昨晩は寝ていないからか。まあ、頭は動くから問題ない。どうせ今日の司会進行その他は副長に任せるからな」

<<副室長殿はこういった対外交渉や発表の類が得意だ。こういうときには実に役に立ってくれるだろう>>

「あ、あははは……ほどほどにね、色々と?」

<<マスターに同意です>>


 実質、ほぼすべての開発を管理局屈指の天才と自他ともに認めるアコードが行うために、その他の雑用や検査などの要員として集められたに等しい開発室メンバーの中でも、アコードに次ぐ肩書を与えられたがゆえに外回りの仕事の取りまとめを任せられてしまった苦労性の副室長の、いつでも疲れたようにしている顔を思い、シャーロックは苦笑いを浮かべた。


 そんな間も、アコードはよたよたとまるで酔っ払いのように左右へ体を揺らしながら歩いてくるので、シャーロックは自分から近づいて支えてやった。
 頭が良すぎる上にあまり自分の体を省みない性質のアコードは、時折このようにまるで他人事のように自分の不調を扱う時がある。
 シャーロックにすれば、昔からの幼馴染としても仕事上の同僚としても早々に改めて欲しい悪癖ではあるのだが、研究一筋を地で行くアコードに未だ改善の兆しはないのであった。


「すまんな」

「いや、それはいいんだけどね。少しは自分のことも気遣おうよ、アコ」

<<マスターの不調はアーマードデバイスの不調と同義だ。珍しいことではあるが、私もシャーロックの言に賛成するぞ>>

<<私も同意です。どうかご自愛を>>

「む~、わかったわかった。気をつける」


 何度となく繰り返されたそんなやり取りに、わずかにむくれて見せるアコードと、それを苦笑いで受け止めるシャーロック。
 表情こそ見えないもののライト・イン・ユア・ハートもテイク・ミー・ハイヤーも同じような気配を漂わせている。


 いつも通りの時間が流れるにつれ、アコードはもたれかかるシャーロックの肩からゆっくりと強張りが抜けていくのを、シャーロックに触れた掌から感じていた。




 そうしてシャーロックとアコードが二人とデバイス二機、今日の会が開かれる前のわずかな時間に、他愛無い会話をしていたときだった。


「えっと、アーマードデバイス開発室の人ですか?」

「あ、はい。そう……で……す……っ!」


 海の見える駐車スペースの端にいた二人に声をかけてくる人物がいた。
 軽やかな声に誘われるように返事をしたシャーロックが振り向いた先にいたのは、一人の女性。


 今日のアーマードデバイス披露会を主催する航空戦技教導隊の制服に身を包み、長い栗色の髪をサイドポニーに結いあげ、ゆったりと微笑みを浮かべている。
 たおやかな女性と見えるのに、その立ち方はどこまでも自然体でゆるぎなく、体の中心を垂直に貫く直線が見えるような錯覚をシャーロックに抱かせた。
 穏やかな気性と、それと相反しない涼やかな凛々しさを所作から感じさせる、一目でただものではないとわかる人物。


「……、これは高町なのは一等空尉。いかにも私はアーマードデバイスの開発室長、アコード・ベルマンです」

「あ、そうでしたか。改めましてこんにちは、今日行われる会の運営全般をさせてもらう、航空戦技教導隊第5班の、高町なのはです」


 笑顔を深めてアコード挨拶を交わした彼女こそ、今日シャーロックが模擬戦を挑むことになる少女、高町なのはであった。




「一応ごあいさつに来たんですけど、ひょっとしてまだみなさん忙しいですか?」

「いえいえ、どうにもじっとしていることが苦手な手合いばかりですので。わざわざすみませんね」


 にこやかに言葉を交わすアコードとなのはを前に、シャーロックはそっと後ろに控えて待っていた。
 仮にも教導隊とアーマードデバイスの開発室、それぞれの責任者の挨拶なのだから口をはさむべきではないという判断が半分。
 だがもう半分は、ただ声をかけあぐねただけである。
 言いたいことがあるような、だがそれもためらわれるような、何とも言えない感覚がシャーロックの体の内を満たしていく。


「えーと、あなたは……」


 だが、そう思ったそばから声をかけられた。
 さっきまでテイク・ミー・ハイヤーと話しをし、アコードとのやりとりで大分ほぐれたはずの緊張がぶり返してくるのを、否が応にも感じ取れた。


「は、自己紹介が遅れました。アーマードデバイスのテストパイロットを務めています、シャーロック・カマロ三等陸尉です」

「テストパイロット、ということは実際にアーマードデバイスを動かす人ですね? 今日はよろしく」

「は、はい、よろしくお願いします!」


 優しげな声と共に差し出された手を、シャーロックは少々慌てて握った。
 こういう会が開かれるのだし模擬戦もするのだから、挨拶の一つくらいはあるかもしれないと思っていたが、まさかわざわざ相手が出向いてきて握手まで求められるとは思わなかった。
 そんなシャーロックの心中の慌てようは、ぎくしゃくと差し出す手の動きから察するべきだろう。


「……?」

「あ、な……何か?」


 きゅっとつかんでくる手を軽く握り返しながら、シャーロックはなのはにじっと見られていることに気がついた。
 小首を傾げて目を丸くし、こちらを見てくる。
 凛々しい人だ、という間近で顔を合わせての第一印象とは裏腹に少女じみたその仕草は、彼女より若いはずのアコードにはほとんど見られないものであり、シャーロックはどうにも居心地の悪いような不思議な感覚にとらわれた。


「えっと、間違ってたらごめんなさい。……ひょっとして、どこかで会ったことあるかな?」

「!」


 それはなのはにしてみれば、何気ない疑問だったのだろう。
 だがシャーロックはそのたった一言で、かつての記憶を呼び覚まされた。




 ごうごうと音を立てて噴き上がる炎。
 顔に吹き付ける熱気。
 もくもくと天井を覆ってよどむ黒い煙。
 燃え盛る柱と床に阻まれて進めない通路。
 すぐそばから聞こえる、ギリ……という音。
 それが自分の歯軋りだと気付くのにはだいぶ時間が掛かった。
 この炎の向こうに助けを求めている人がいるとわかる。
 だが、自分のスキルではバリアジャケットの強度に任せて炎を無視して突き進むことも、空を飛んで迂回することもできはしない。


 そんな無力に嘆く自分と、舞い降りた白い影。
 その空戦魔導師へ必死に要救助者の予想位置を伝えることしか出来ない自分に感じた不甲斐なさ。


 そんなかつての記憶が、一瞬でシャーロックの脳裏を走り抜けた。


「あの……どうしたの、大丈夫?」

「あ、ああ……すみません、まさか覚えててもらえたとは、思ってなくて」


 追憶に沈んでいた意識がなのはの声に引き戻される。
 目の前ではわずかに心配そうな表情を浮かべたなのはと、その横で苦笑いを浮かべているアコード。
 事情を知らないなのはから見れば戸惑うようなことだろうが、長い付き合いのアコードからすれば、シャーロックのこの反応も無理からぬものと思えるのだろう。


「覚えてた、ってことはやっぱり……」

「ええ、五年前に起きた空港火災のとき、僕では行けない場所にいる要救助者を発見して、高町一尉に救助をお願いしたことが……」


 シャーロックがかつて出会った時のことを説明しようとそこまでしゃべった時。


「ああーーーーーっ!」


 突然の大声。


 驚いたように目を見開いてシャーロックに指をさしているが、あまりのことにむしろシャーロックこそ驚いた。


「た、高町一尉?」

「思い出した! 思い出したよ! 君だったんだ! あの時は教えてくれて本当にありがとう! あのあとお話したくて探したけど見つからなかったんだよ~」

「そ、そうだったんですか」


 握手したままだったシャーロックの手を、両手で包み込むように持って上下に振りたくって満面の笑みを浮かべる。
 さっきまでの仕事モードとはうって変わり、20歳という年齢相応の若々しさを感じさせる表情だった。


「うん、だってあの場所から要救助者までは結構離れてたから、どうしてわかったのかすっごく気になってて……あ、そうだ! あのとき助けた子のうちの一人、今日この会場に来るんだよ! 会っていく?」

「い、いえいえいえ! 要救助者が見つけられたのは単なる勘でしたし、僕はあのときなにができたわけでもないですから、そんなのいいですよ!」


 砕けた口調になったなのはにつられ、さっきまでの堅苦しさを忘れたように会話を交わすシャーロックとなのは。
 なのはの勢いに押されてか、それまでシャーロックにあった緊張感は霧散し、戸惑いながらも当たり前のように言葉を交わす様子を、シャーロックの隣のアコードは満足げな様子で眺めていた。


「でも、あの時のあの人だったんだ。……それじゃあ、改めてお礼を言わせてもらえるかな。あの子を助けさせてくれて、本当にありがとう。あなたのおかげで、大事な弟子が助かったから」

「弟子、ですか?」

「うん、あなたがあのとき教えてくれた要救助者は、数か月前まで私が教導してたんだ。あのとき助けられたから、自分もそんな魔導師になりたいって言って管理局に入ってね」

「そうだったんですか……」


 そう答えるシャーロックの顔に浮かんだ表情を見て、アコードは自然に自分の表情も緩んでいくのを感じた。
 ほっとしたように下がる目じりと、何かを堪えるように寄せられる眉と、ゆっくりと笑みの形を作る口。
 シャーロックが幼いころから望んでやまない、誰かを助けるということを成せたことに喜ぶ時の、抑えきれない感情を抱いた時の顔だった。


「ところで高町一尉、教導隊のほうでも会場の設営などあると思いますが、時間は大丈夫なので?」

「え? ……あっ、もうこんな時間!? そ、それじゃあごめんなさい、私もう行きますね。えっと、改めまして、今日はよろしく!」

「はい、よろしくお願いします!」


 シャーロックとなのはがお手本のような敬礼をし、アコードがぷらぷらと手を振って別れのあいさつを交わす。
 またすぐ顔を合わせることになるだろうが、その時は今ほどゆっくりしていられるはずもない。


「あ、そうだ」

「どうしました、高町一尉?」

「うん、それそれ。私のこと、あんまり堅苦しく呼ばなくていいよ? なのは、って名前で呼んで欲しいかな。無理して敬語使わなくてもいいし」

「いや、そういうわけには……」

「そうか、それはありがたい。助かるぞ、なのは」

「ってアコ!?」

「にゃはは、いいよいいよ。気楽に接してもらった方が、私も楽だから」


 本当はあんまりよくないんだけどね、と片目をつぶって見せる仕草のかわいらしさに、シャーロックは戸惑うことしかできない。
 空港火災で出くわし、今日再び出会って感じた第一印象とはずいぶん空気が違う。
 だが、アコードと笑い合う自然体な姿を見れば、これこそが彼女の本質なのだろうとシャーロックは思う。


 戦場においては誰より強くあり、それ以外では優しく笑うことができる者。


「なるほど、エースって呼ばれるわけだ」

「ん? どうかした、シャーロック君?」

「いえ、なんでもないですよ……なのはさん」

「……ん、よろしい。それじゃあ今度こそ行くね。シャーロック君も大分緊張がほぐれたみたいだし」

「う、気付いてましたか……」

「もちろん。これでも私、教導官だから」


 そう言って微笑んで、今度こそ小走りに去っていくなのは。
 あとに残されたシャーロックとアコードはその姿を見送り、思わずため息をついた。


「さすが、と言ったところか」

「うん、教導官だとかエースだとかっていう理由もあるけど、すごい人だったね」

「だが、今日のお前はそんな相手と模擬戦をするんだ。……怖いか?」

「……少し、ね。でも大丈夫。アコも開発室のみんなもあんなに頑張ってくれたんだから、アーマードデバイスの強さを認めてもらうためにも、僕だって頑張るよ」


 ちらりとアコードが見上げたシャーロックの顔に浮かんでいる表情は、以前のガジェット事件のときの物と同じ、相手がなんであろうとも立ち向かって見せるという、勇気を持った顔だった。


「主任、シャーロック。こっちは準備完了です。二人も準備してください」

「ああ、わかった」

「はい、今行きます」


 キャリアから顔を出した副室長の声に振り向いた二人はそのまま並んで歩きだす。


 アーマードデバイスの力を見せつける時は、もうすぐそこまで迫っている。



[19377] 第七話「会場 必然の出会い」
Name: 葉川柚介◆9ddbfd91 ID:cae9ab50
Date: 2010/07/11 21:43
 陸戦用空間シミュレータ。
 新暦75年時に、機動六課へ配属される新人への教導を主な目的とし、航空戦技教導官高町なのはの監修により建造された、特別訓練施設。
 旧機動六課隊舎すぐそばの海上にせり出すように作られたそこは、森林地帯から市街地まであらゆる戦場を再現することができ、デバイスと連動させればAMFを擬似的に発生させることすら可能な高性能の訓練施設である。
 機動六課解散後の処遇については、訓練施設としての有用性と、そこで訓練を行った六課の新人フォワード達がJS事件で目覚しい活躍をしたという実績もあり、ミッドチルダに籍を置く地上部隊のみならず多方面から使用申請が殺到し、現在では地上本部の管理の下、様々な部隊の訓練に貸し出されるようになっている。


 日々様々な戦場を再現し、管理局員の訓練に使用されている空間シミュレータが、今日はアーマードデバイスの性能披露のため、いつも以上の人間を収容し驚愕と興奮の空気を満たしている。


 陸戦シミュレータ外縁部に、地形再現の応用で設営された観客用の雛壇がある。
 百名以上が座ることのできるその雛壇の中央付近、正面の空中に投影された空間ディスプレイが見やすい位置を中心として何人もの関係者がディスプレイに釘付けになっている。


 今回再現されたのは、市街地のフィールド。
 高層ビルが立ち並び、ハイウェイが血管のように複雑に走り回る地形である。
 だがただの市街地ではなく、ところどころハイウェイが崩落し、ビルの入り口を瓦礫が塞ぎ、崩れかけた家屋が並び立つ、廃墟と言っていいフィールドだった。


 アーマードデバイスの性能披露会が始まってすぐに始められた試験が、この廃墟での走破性能の試験だった。
 コースは自由であるが、中継地点として数箇所に設置されたスフィアに順番に触れ、ゴールを目指すタイムを計るという試験である。
 スタート地点とゴール地点、それに加えて各スフィアの位置情報と地図が与えられているが、地図はこの市街地が廃墟となる前のものであり、地図通りのルートを通れるとは限らない。


 各スフィアはあちこちに点在しているため、最短距離で繋いでもスタートからゴールまで3000mはあるが、必ずしもそのルートを選ぶことが出来るわけではない。


 適切なルート選択を行うセンスと、障害を乗り越えるスキル、そしてそのスキルを最後まで発揮し続けるだけのスタミナが必要とされる、魔導師の総合的な能力を図るためにはなかなかに適切な試験であった。


 現在、その試験が始まってしばらく経つ。
 高町なのはをはじめとした教導隊員が放ったいくつものサーチャーが廃墟を駆けるアーマードデバイスの姿を追いかけ、その姿と中継地点となるそれぞれのスフィアに触れるまでのタイムを、空間シミュレータの隅に設けられた雛壇前の巨大な空間ディスプレイで関係者が見守っている。


 参考として、アーマードデバイスを使用しないシャーロックの魔導師ランクである陸戦B+の人間が、かつて同じタイプの試験で出したタイムもディスプレイに示されているが、アーマードデバイスが叩き出すタイムは、2位以下に圧倒的な差をつけている現在の1位タイムをも上回る結果を出している。


 それも当然のことであるだろう。
 アーマードデバイスを装着した魔導師は、積層魔導装甲による身体能力強化は勿論のこと、搭載されたセンサーと、その情報を分析する管制デバイスの能力により有形無形問わず様々な恩恵を受けることができる。


 AMFもなくセンサーが阻害されないこの状況では、アーマードデバイスはある程度の距離までならば前もって地形情報を得ることができる上、たとえ障害物に出くわしたとしても、「軽量」の身軽さで崩落による穴を飛び越えることも、「強力」による腕力で瓦礫を撤去することも可能である以上、アーマードデバイスにとっては大した障害たりえないとは、この試験が始まる前に副室長が観客に向けて語った言葉である。


 この会に招かれた管理局各部隊の隊員やデバイスマイスター、さらにはデバイス開発を行っている会社の社員などが見守る中、副室長が試験開始前にしていた説明の言葉が実証される度に歓声を上げている。


 アーマードデバイスの出した結果と客の反応は上々。
 この分なら、その性能を十分に見せつけることができるだろう。



 そして、そんな様子を雛壇の端、空間ディスプレイが良く見える中央に集まった人だかりから離れた場所に座って見ている者が一人。
 本来ならばこの会の運営にわずかなりと関わるだろう立場にいるはずの、アコード・ベルマンである。


 前日の徹夜が祟ってか、どうにも関係各所との折衝まではやる気の出ないアコードは、そういった諸事を会が始まる前にシャーロック達へ言った通り全て副室長に丸投げし、一人観客席に混じっていた。


 アコードの体には少し大きい座席に深々と座り、半ば自分の白衣に埋もれるようにして、半開きの目でスクリーンを見るともなしに眺めている。


 ちょうど、ビル内のスフィアに向かったアーマードデバイスが、「強力」で強化した腕力によって、通路を塞いでいた自分の体よりも大きな瓦礫を放り投げて道を作り出し、すぐ先にあるスフィアまで大幅なショートカットをしたところだった。
 その瓦礫の大きさと、落ちたときに上がった粉塵の量から想像される重さに、再び観客達の間から歓声が上がる。


 アコードからすれば想定通りのことではあるが、初めてアーマードデバイスを目にする人間からしてみれば、陸戦B+程度の魔導師ランクの人間がこれほどのことをするというのは予想外のことなのだろう。


 そんな反応を横目に、アコードは白衣に埋もれた姿のまま、ゆっくりと深く息を吸い込み、吐き出した。


 アコードがこうして、わざわざ観客席の隅に陣取っているのには理由がある。
 面倒な人付き合いから離れ、ゆっくりアーマードデバイスの様子を見守るためという理由も勿論あるが、それにもまして、アコードはある人物を待っていた。
 もしも彼女の予想が当たっていれば、今日このとき、必ず接触を図ってくる人物がいるのだ。


 その人物が、そろそろ来るころかもしれない。
 そう思った時だった。


「隣、よろしいですか、アコード・ベルマン技術主任?」

「……ええ、どうぞ、八神はやて特別捜査官」


 ――来た。

 言葉に出さず内心で呟き、片目だけで声をかけてきた人物を見上げる。
 アコードよりは高く、シャーロックよりは低い身長。
 二等陸佐の階級章を胸に輝かせる管理局の制服は手入れが行き届き、隙なく着こまれている。
 一つ予想外だったのは、八神はやての私兵と噂のヴォルケンリッターなり、八神はやて自身の手によって作られた人格型ユニゾンデバイスであるリインフォースⅡなりが一緒にいるかと思っていたのに、完全に一人であったことか。


 ピシリと伸びた姿勢と、そつなく浮かんだ穏やかな笑み。
 見るからにやり手とわかるその姿は、若干19歳で一つの部隊を作り上げた手腕が、恵まれた魔導師資質によるものだけではなく、高い政治的センスも持ち合わせているがゆえのことだと感じさせた。


「やっぱり、私のこともご存知でしたか」

「それはもう。常からの評判はもちろんのこと、我々の作っているアーマードデバイスに興味を示して今日の会に参加していただけたこと、とても喜ばしく思っていますよ」

「……」

「……」


 軽い挨拶を交わし、しばし無言で見つめあう。
 アコードから見るはやての瞳の奥は底知れず、やすやすと内心を明かしてくれるようには思えない。
 予想したことではあるが、さすがに手ごわそうで相手にしたくない手合いである。


 しかし。


「あー、やめややめや」

「?」


 突如はやては空を振り仰ぎ、ぶんぶんと首を左右に振った。
 どういう意味があってのことかと見つめるアコードに対し、首を止めて顔を戻したはやての浮かべる表情は、それまでよりもはるかに砕けた笑み。


「悪いんやけど、こういうのやめへん、アコード主任?」

「こういうの、とは?」

「なんてーの、腹の探りあいみたいな? いや、ついいつもの癖でそれっぽく話しかけてもうたから誤解されたと思うんやけど、別にアコード主任達をどうこうしようとは……」

「ん、わかったぞ八神二等陸佐。ならば普通にしゃべってかまわんな?」

「……聞きしに勝る話の速さやわー。ま、ええけど。私のこともはやてでえーよ」

「わかった、はやて。私のこともただのアコードでいいぞ」


 ありがと、とつぶやいてようやくアコードの隣に腰を下ろすはやて。
 アコードはさっきと同じく半ば寝そべったままなので二人の頭の高さにはかなりの差があるが、どちらもそれを気にするような様子もなく、また緊迫した空気もない。
 事情を知らない者からすれば、親しい少女二人がごく当たり前に並んで座っているようにしか見えないだろう。


 だが、当事者二人の胸中にそんな思いはない。
 お互いに名前で呼ぶことを許し、持って回ったやり取りはやめると宣言したことによる友好的な感情は確かにあるものの、アコードはさきほどのはやての言葉を途中でさえぎることで「言いたいことは分かっている」と暗に告げ、はやてもまたそういう反応に対して「アコードの人となりについても調べて知っている」と言外に示している。


――本当に、一筋縄ではいかないようだ


 その思いこそが、二人に共通して浮かんだ相手への印象である。



「あ、アーマードデバイス、また一個スフィアクリアかー。ほんま早いなー」

「当然だな。あのアーマードデバイスの機動力は通常の陸戦魔導師を凌駕するように作ってある。完全な空中戦でもない限り、そこらの空戦魔導師にも引けは取らないだろう」


 二人で並んで眺める空間ウィンドウに映し出されるアーマードデバイスは、はやての言葉通り次々にスフィアを攻略していく。
 瓦礫や穴など、普通の魔導師ならば迂回を選択しなければならない状況でも、アーマードデバイスならば瓦礫の撤去も長距離の跳躍も可能なために障害たりえず、装甲継ぎ目からの魔力噴出による移動速度の向上もあいまって、マップに映される中継スフィアの数を瞬く間に減らしていった。


「あの、ってことは普通のアーマードデバイスとは違うん?」

「うむ。まあ、そもそも現在は『普通』のアーマードデバイスと言うものは存在しないがな。制式採用が決定され、コストや性能が量産に見合うように設計したものこそが『普通』と呼ぶのにふさわしくなるだろう」

「ってーことはや、あのアーマードデバイスはかなり特別なもんと思ってええの?」

「答えはYESだ。今我々が運用しているアーマードデバイスは開発中の試作型であると同時に、アーマードデバイスと言う新しいカテゴリーに属するデバイスの可能性を探るための技術実証機でもある。私の持てる限りの技術を注ぎ込んでいるからな、どうしてもコストが高い。量産化の暁には、あのアーマードデバイスで得られたデータを基に役割に適した機能の取捨選択を行い、コストダウンを行う予定だ」


 二人ともウィンドウからは目を逸らさず、だが互いから意識を外すこともなく、はやての質問にアコードが応えていく。
 ところどころ鋭い質問を投げかけるはやてと、それに対しよどみなく応えていくアコード。
 打てば響くようなやり取りに二人が心地よさを感じ始めたころ、アーマードデバイスは最後のスフィアをクリアし、ほどなくゴールした。
 タイムは、歴代の陸戦B+魔導師が記録したどの記録よりも早かった。


「はー、すっごいな。一応他の魔導師のデータだって普通に自分のデバイス使ってたはずやのに、こうまで違うとは。ていうか、今2位になったあの記録まで塗り替えるとは思ってなかったわ」

「なに、荒地での走破性能はアーマードデバイス開発の主眼の一つだ。試験の相性が良かったのだからこうもなろう。たとえ、以前までの最高記録保持者が特別救助隊期待の新星、スバル・ナカジマ防災士長が出した記録であってもな」


 先ほどまでと変わらず淡々と告げるアコードではあったが、ちらりとその表情を盗み見たはやての目には、どこか満足げに笑っているアコードの姿が映っていた。



 その後も様々な試験が行われた。
 アーマードデバイスの単純な力学的出力を見るための瓦礫撤去の試験では、崩落したビルの瓦礫や道路の端に置かれた廃車、道をふさぐ倒木などを「強力」による強化の恩恵を最大限に生かし、まるで重機でも使っているかのように迅速に指定ポイントへと移動させた。


 空中に設置されたリングを順番に潜り抜ける、空中機動性能のチェックの場においてもアーマードデバイスは背部ブースターと装甲継ぎ目からの魔力噴射で機敏に動き、陸戦魔導師ならばリングを潜るたびに着地と跳躍を繰り返すところを、シャーロックは数度の着地のみで見事にクリア。
 その性能の高さを見せつけた。



 そして、この会に参加する関係者が模擬戦に次いで期待を寄せている、シミュレートされたガジェットとの戦闘が、今まさに行われている。
 あらかじめ以前のガジェットとの戦闘時のデータから、アーマードデバイスにかかるAMFの影響を元に管制デバイスであるテイク・ミー・ハイヤーに調整が施され、AMFが正確に再現されている。
 スクリーンに映し出されるのは、ただ一機のアーマードデバイスと、それを何重にも囲む数十機のⅠ型、Ⅱ型、Ⅲ型のガジェット群。
 交戦経験のあるⅠ型Ⅲ型のみならず、空戦仕様のⅡ型がいるのは勿論のこと、Ⅰ型もミサイルを装備した物がいくつか散見され、あるいは以前の実戦以上の戦力であるやもしれない。


 事実、戦闘開始直後から間断なくアーマードデバイスに飛来する光弾とミサイル、アームケーブルの密度はすさまじく、たとえAMFが無くとも、並みの空戦魔導師ですらただでは済まないだろう激しい攻撃が繰り出されている。


 さしものアーマードデバイスであろうとも、これだけの数と装備のガジェットとの戦闘は難しいのではないか。


「と、思っているのだろうな、あいつらは」

「あら、違うん?」


 雛壇の関係者が固唾をのんで見守るディスプレイの中では、いくつも飛来する光弾を跳躍で回避し、ミサイルには左腕部の射撃兵装を展開してヴァリアブルバレットで迎撃し、複雑な軌道で迫るアームケーブルを空中で巧みに姿勢を変えることで回避し続けるアーマードデバイスの姿がある。


「この会の目的がアーマードデバイスの性能披露であることを考えれば、あのガジェットの数と装備も、教導隊側で『この程度ならばいける』と判断してのものだろう。事実、今のところシャーロックは一発もダメージになるような攻撃を被弾していない」

「た、確かに……どうしてやの?」

「簡単なことだ。いかにAMFが脅威であるといえど、それさえなければガジェットの戦闘能力はそれほど高くない。AMFの影響を低減することのできるアーマードデバイスにしてみれば、装着者の魔力と体力が切れない限り、もはや敵ではないんだ」


 ディスプレイを見つめていた関係者たちの間から、歓声が上がる。
 それまで回避に徹していたアーマードデバイスが、攻勢に転じたのだ。


 光弾とミサイルの撃ち込まれる際に生じた一瞬の間隙をついて地面に着地したシャーロックは、膝の力を抜いて上半身から崩れ落ちるように体を倒し、着地の瞬間を狙って放たれた光弾を背中の上にやりすごした。
 そして、倒れ込んだことによる前傾姿勢のまま脚部の「強力」を使い、前方へ跳躍。
 体が前に倒れ込もうとする回転を抑えることなく頭をさげ、一回転。
 目の前のガジェットへかかと落としを叩きこんだ。


 縦にぐしゃりと潰れるガジェットⅠ型。
 だがそれと同時に、突如アーマードデバイスへと向けられていた光弾が止み、ガジェットたちは体当たりとアームケーブルによる格闘戦へと切り替えた。


「……なのはちゃん、結構本気やな」

「ああ、おそらく以前の戦闘でシャーロックがガジェットの誤射を誘っていたのを知って、それができないときにどうするかを見るために戦術パターンを変更したのだろう」


 その様子を見てのはやてとアコードの感想通り、ガジェットたちは光弾とミサイルの使用を控え、代わりに幾本ものアームケーブルを伸ばしてアーマードデバイスに襲いかかった。
 いかに「強力」の力があるとはいえ、何機ものガジェットにまとわりつかれては動きが鈍くなる。
 そのことに気付いたシャーロックはガジェット群の一部に向かって突撃し、邪魔なガジェットを殴り飛ばして無理矢理その包囲を破り、距離を取った。



「で、また射撃の雨アラレの中へ、か。う~ん……」

「どうした、はやて?」

「いや、な。なんか予想したのとちゃうんよね」


 ディスプレイの中に示される戦況は、大分変ってきた。
 ガジェットの包囲の外側に出たとはいえ、未だガジェットからの弾幕は厚く、シャーロックは時折瞬間的な加速で距離を詰めて数機のガジェットを撃破しては、アームケーブルが伸ばされる前に再び離れるという、ヒットアンドアウェイの戦法を取っている。


 攻め時と引き際を的確に見定めたその動きに、観客の中でも現役の前線隊員を中心に感嘆の声が上がり、着実にガジェットの数を減らしていくその様子を見ながらも、はやてが疑問の声を上げた。


「これまでの試験でアーマードデバイスの示した成績は、確かにすごいもんやった。走破性能にせよ瓦礫撤去にせよ空中機動にせよ、装着者の魔導師ランクからすれば破格や。でも……」

「戦闘能力については、思ったほどではない?」

「……うん、ちょっとね」


 会話の間も確実にガジェットを仕留めて行っているシャーロックの様子を見ながら、それでもはやてはそんな言葉を漏らした。
 はやては、かつてJS事件の解決に大きく貢献した機動六課の部隊長であり、対AMF戦闘を指揮した経験もある。
 そんな彼女の目から見たシャーロックの今の戦闘能力は、アーマードデバイスの恩恵があったとはいえ、それまで本人の魔導師ランクである陸戦B+の能力を軽々凌駕する成績を叩きだしていたときからすると、ランク相当のものにしか見えない。
 そのことに、違和感を感じたのだった。


「さすがに鋭いな。その指摘はもっともだ。ロックとアーマードデバイスが戦闘に向かないのには、それぞれ理由がある」

「それぞれに、理由が?」


 それまで仰向けに寝そべるようにしていたアコードが、軽く伸びをしてから背を起こし、しっかりと椅子に座る。
 膝の上に肘をついて、組んだ手の上に顎を乗せるようにして、はやてに語った。


「まずロックについてだが、ロックは元々戦闘が専門ではない」

「確か、陸士部隊の災害担当の人やったよね」

「さすがに物知りだな。無論陸士部隊の魔導師として戦闘訓練を受けたことも実戦を経験したこともあるが、それでも基本的にロックの魔導師としてのキャリアは災害担当としてのものだ。一対多数の戦闘自体、前回の出動が初めてだったことも考えれば、致し方ないことだろう。管制デバイスであるテイク・ミー・ハイヤーのサポートがあるからこそあそこまで戦えているが、旧機動六課の面々のようなエースやストライカークラスの魔導師と比べれば見劣りするだろう」

「なるほど、確かに武装隊でバリバリやってる人たちと比べたら、そういう訓練とか経験は少ないかもしれへんな。……いや、むしろそれでもあれだけ優勢に戦えてることがすごいんやけど」


 ちょうどそのとき、シャーロックがガジェットの破片を踏みつけてしまい一瞬体勢を崩した。
 無理に踏みとどまろうとせずにその場で地面に転がり、その隙をついたガジェットの光弾を回避するなり踏み込んで手近なガジェットを殴りつけ、後ろに控えていた数機ごと吹き飛ばしたが、スバルやシグナムのように純粋な近接戦闘型魔導師ならば確かにしない失敗だろうと、はやては感じた。


「じゃあ、アーマードデバイスのほうは……あ、ひょっとして開発当初の目的?」

「……そこまで知っているとはな。今日配った資料にも書いていないはずなのだが。まあ、確かにその通りだ。今でこそアーマードデバイスは対AMF戦闘能力が注目されているが、アレは元々、レスキュー用のデバイスだ」


 そう、それこそがアーマードデバイスの生まれた意味。


 全て燃え尽きた現場を見て、悄然と佇むシャーロック。
 その背にかける言葉も持たず、ただ力の限りにデバイスを握りしめるシャーロックを見ているしかなかった自分。
 いつでも、どんなところでも、誰かを助けるために突き進む力が欲しいと、魂を吐きだすようにこぼしたシャーロックの苦しげな表情。


 かつてアーマードデバイスの制作を決意するに至った思い出が、うっすらと開いたアコードの瞼を流れていった。


「確か、大規模災害の渦中でも救助活動を迅速に行えるデバイスとして、開発がスタートしたって聞いたんやけど」

「いかにも。そして新暦75年時にはほぼ完成し、例のJS事件でジェイル・スカリエッティ一味がクラナガンを襲撃した時、完成間近のアーマードデバイスで救助活動を手伝っていたときにガジェットと遭遇してな」

「その時の交戦で、アーマードデバイスの積層魔導装甲が持つ対AMF性能が発見され、そっちの目的での運用もできるように作るって命令が下った、と」

「そういうことだ。そもそもの根幹にある設計思想が戦闘用というわけではないからな。性能の高さでカバーしてはいるが、アーマードデバイスには武装が少ないし、ロックも戦闘用の魔法はそれほど多くを習得していない。戦闘を主たる任務とする魔導師と比べれば、どうしても手札は少なくなる」


 アコードの言葉通り、シャーロックがガジェットと対するときに使えるのは、アーマードデバイスの性能を生かした格闘と、元々瓦礫を砕くために開発された斧であるフラッシュアックス、そして射撃兵装から打ち出されるヴァリアブルバレットのみ。
 誘導弾や砲撃といった多彩な遠距離攻撃魔法もなければ、高機動戦闘を得意とする魔導師のような超高速移動も、サポートなしではごく短時間しか使えず、連続して使えるわけでもないのだ。


「なるほど。でも、逆にいえば元から戦闘向きだったわけやないあのデバイスをあれだけ使いこなしてるシャーロック三等陸尉も、そんな陸尉のスキルでも対AMF戦闘ができるアーマードデバイスも、どっちもすごいやん」

「それは当然だ。なにせ、私の作ったデバイスを私の認めた魔導師が使っているんだからな」


 はやての言葉に、自慢げな笑みを浮かべて応えるアコード。
 そしてちょうどそのころ、スクリーンの映像では残り数機にまで減ったガジェットに、シャーロックが最後の攻撃を仕掛けるところだった。


 Ⅰ型が4機にⅡ型が2機、そしてⅢ型が1機の残りガジェットが、至近距離まで踏み込んだシャーロックに次々と撃破されている。


「うわ、アーマードデバイスの動き速っ。AMFが切れたらあんなに速く動けるもんなん?」

「それもあるが、ロック自身のスキルもあるな。なんでも、『人体の一番無駄のない使い方』とかいうものらしい。格闘の達人には効かないが、素人や機械相手にはシャーロック程度の格闘スキルでも十分通用する技だそうだ。元々はレスキューの役に立つと思って習得したものだが、それを応用しているのだと言っていた」


 はやてとアコードがそんな話をしている間に、シャーロックは最後に残ったⅢ型にアーマードデバイスの背中からの体当たりをしかけ、次の瞬間にはⅢ型の巨体を10メートル以上も弾き飛ばした。


「っ!? なんやのあれ!?」

「ああ、あれは積層魔導装甲の第一層『反発』を使ったんだな。防御用の機能として使うことを想定していたんだが、ロックは『反発』の魔力回路へ瞬間的に莫大な魔力を通すことで得られる反作用をああして攻撃にも使うんだ。無論、AMFが強い時や、足場がしっかりしていないときは使えないらしいが」


 ごく当たり前のようにアコードが解説したのと同時、最後のⅢ型の撃破が確認され、ディスプレイに状況終了の文字が躍る。
 最後に見せた技も含め、アーマードデバイスが示した陸戦魔導師らしからぬ戦闘力に、観客席からは盛大な拍手がわき上がった。


「……はー、なるほどなー。ええもん見せてもらったわ。……ねえアコードちゃん、この後の模擬戦も、一緒に見てええかな?」

「ああ、かまわんよ。アーマードデバイスの調子を見に行ったあと、私はまたここに来る」

「ん、ありがと。約束や」


 再会を約束し、はやてはゆっくりと立ち上がった。
 シャーロックとなのはによる模擬戦は、シャーロックの疲労回復とアーマードデバイスのメンテナンスのため、30分の休憩をはさんで行われる。
 おそらくその休憩時間には、辺りの関係者達の間でさっきまでアーマードデバイスが見せていた性能の話題で持ちきりになるだろう。


 いかにJS事件が既に終結して久しいとはいえ、魔法を無力化する「技術」が生まれてしまったことの意味は重い。
 そのことは既にシャーロック達が協力して解決した事件からも明らかだ。
 ガジェットを、AMFを使える存在が、この世にジェイル・スカリエッティただ一人ではないという事実は、管理局に決して小さくない影響を残している。


 あるいは、アーマードデバイスはそんな世の流れに対する一つの解答となるかもしれない。
 そんなことを考えながら、はやては歩き去ろうとした。


 そのとき。


「ああ、そうそう。一つだけ聞かせてもらえるか、はやて」

「ん、どうしたん?」


 背を向けたはやてを、アコードが呼び止めた。
 振り向くと、アコードは立ち上がって自分の白衣についた埃をぱたぱたとはたいている。
 そのまま、ちらりと目だけをはやてのほうに向け、アコードは言葉を続けた。


「『あの事件』は、はやての追っている事件と関係があるのか?」

「!」


 はやては、アコードのその言葉に対し、完全な平静を保っていられたか自信がない。
 「あの事件」とは、ガジェットが出現し、アーマードデバイスが出動したあの事件。
 この会が開かれる直接の原因とも言うべき事件のこと。


 ひたりと見据えられたアコードの目には、全てを見通すかのような知性と静けさがあった。


「……」

「あの事件の直後に開催が決定したアーマードデバイスの性能披露会。参加者に名を連ねる機動六課の関係者に、主催する教導隊は高町なのはの班。参加メンバーとタイミングを考えれば、はやてがこの会の手配に関わっていて、なおかつあの事件とも関係がある、としか思えないのだが」

「……ただ、アーマードデバイスの性能に興味を抱いただけとは思わへんの?」

「だったら、理想的なのだがね? 私と縁を持とうと躍起になっているカレドヴルフ・テクニクスの社員でも、管理局各隊の関係者でもなく、はやてが最初に話しかけてきたということは、そういうことだろう」


 二人の表情は変わらない。
 はやてはアコードへ最初に声をかけたときのようなそつのない微笑。
 アコードはいつも通りのどこか眠たげな半眼。


 だが互いにいっさい目をそらさず、じっと見つめ合っている。


『それでは、只今より30分間の休憩に入ります。客席の方々は控室へどうぞ』

「……時間切れみたいやね。私はそろそろ行くわ」

「……ん。またあとで、模擬戦の時にな」

「うん、それじゃあね、アコードちゃん」

「ああ、はやて」


 休憩時間を告げるアナウンスに、ぞろぞろと雛壇を降りて行く関係者達。


 アコードと別れたはやてもその中に混じり、少し先でさっきまでのアーマードデバイスの性能に関して感想を言い合っているかつての仲間、スバルとティアナを見つけ、小走りに駆け寄っていく。


 アコードは一つ溜息をついてから立ち上がり、胸元で光るライト・イン・ユア・ハートからの念話でアーマードデバイスのデータを受け取り、調整を施すべき点をピックアップしながらシャーロック達開発室の控室のある方へと向かって歩き出す。


 だが、優秀な魔導師でもあるはやてと、天賦の才を持った技術者であるアコードは、マルチタスクで別のことも考えていた。


(こっちからの情報はほとんど見せてないのに、気付くやなんて……)


(あのタイミングで揺さぶって、眉一筋動かさないとは……)



((やっぱり、只者じゃない……ッ!))


 人気のなくなった雛壇の前に浮かぶ空間ディスプレイに、模擬戦開始までの時間が表示されている。
 新進気鋭のデバイスであるアーマードデバイスと、無敵のエースである高町なのはの模擬戦が始まるまで、あとわずか。
 陸戦シミュレータのあちらこちらで、次なる模擬戦への期待と興奮が、徐々に高まっていった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 気付いたらはやてが百戦錬磨の古狸っぽくなっていた。
 なのはさんはちょっと頼れる感じのお姉さんだったのに。
 どうしてこうなった。



[19377] 第八話「全力 無敵のエース」
Name: 葉川柚介◆9ddbfd91 ID:cae9ab50
Date: 2010/07/18 16:12
 雛壇への登り口から多数の人の足音とざわめきが響いてくるのを聞いて、アコードは閉じていた目を開いた。
 ぼんやりと滲んで見える目をぐしぐしと白衣の裾でこすると、正面空中に浮かんでいる空間ディスプレイ上に映し出された模擬戦開始までの時間が残り五分を切ろうとしていた。


「もう、そんな時間か……ん~っ!」

「ずいぶん眠そうやね」


 この席に戻って数分ではあったが、未だ抜けきらない眠気に身を任せてうとうとしていたアコードが体を伸ばすと、後ろから声をかけられた。
 伸ばした背筋をそのまま反らせて目を向ければ、上下が逆さになった視界に見知った顔が映る。


「ああ、ついつい興が乗ったとはいえ、徹夜などするものではないな。だがさっきよりは大分マシになったほうだぞ」

「さっきはあれで半分寝てたんかい。末恐ろしいなぁ……」

「そんなことより、はやて。お前の隣で自分の立ち位置に迷っているそちらを紹介してはもらえんのか?」


 未だ上下逆になったはやての隣には、アコードと同じように金色の髪をした女性が佇んでいた。
 制服は執務官、瞳は赤、長い髪の先端をリボンで結んだ佇まいから落ち着いた雰囲気を放ち、浮かべる表情ははやてとアコードのやりとりに、自分はどんな反応を返せばいいのかわからない苦笑い。


「ああ、ごめんごめん。この子は私の友達で、執務官をやってるフェイトちゃん。で、フェイトちゃん。この逆さになっとる子がアーマードデバイスの開発責任者のアコードちゃんや」

「フェイト・T・ハラオウンです。よろしく、アコード主任」

「アコード・ベルマンだ。よろしく頼む」


 丁寧な敬礼をして見せるフェイトに対し、アコードはようやく頭を戻してひらひらと手を振ることで応える。
 二人の挨拶が済むなりはやてはアコードの隣に腰をおろし、フェイトもはやての隣に座った。


「フェイトちゃんはな、これからやる模擬戦の解説役を頼もうと思って連れてきたんよ」

「ふむ、それはいい。私も模擬戦となるとさすがに目が追いつかんからな。それに人選もぴったりだ」

「いえ、アコード主任。私はそんな……」

「ああ、それから私のことはアコードで良いし、話し方も普通で良いぞ。今は仕事中というわけでもないのだろう?」

「……そう、だね。わかった、アコード」


 観客席からは、この会が始まる前の喧騒よりもさらに騒がしくなったささやき声が聞こえてくる。
 これまでにアーマードデバイスが示した性能は、陸戦魔導師としては破格。
 あるいは、これからの模擬戦であの高町なのはにすら……。
 潮の香りの混じった海風に乗って、そんな期待に満ちた声が聞こえてきた。


「そういえば、アコードちゃんえらい早くからいたんね。アーマードデバイスのほうはよかったの?」

「ああ、さっきまでの試験では特に問題も起きなかったしな。私が戻ったときにはスタッフがあらかた済ませていた。私がしたことといえば、震えるロックの背を叩いて気合を入れたくらいだ」

「ロックって、シャーロック三等陸尉だよね、アーマードデバイスを使ってた人。震えてたの?」

「ああ、言葉通りに。ロックは昔からどうしようもない臆病者でな。現場に向かうときやこういう模擬戦の時にはそれはもう怯えて震えるんだ」

「そうなん? その割には前の事件の戦績もすごいもんやったけど」

「それが、ロックの難儀なところだ。子供の頃からどうしようもない臆病者の癖に、『自分しかできない』とか『誰かがピンチだ』と思ったが最後、怯えも震えもかなぐり捨ててどんなものにも向かっていくような、そんな奴なんだ」


 不満をこぼすような言葉とは裏腹に、アコードはくすくすと笑いながらシャーロックの性質を語る。
 はやてとフェイトはその様子に、自分達になのはを加えた三人の間にある絆と似た何かを感じた。
 長く共にあるからこそ、長所も短所も知り尽くし、どちらも笑って話せる相手が、アコードにとってのシャーロックなのだろう。


 そんな他愛のない話を楽しんでいるうちに、模擬戦開始の時間が迫る。
 空間ディスプレイに映る廃墟のフィールドになのはとシャーロックの二人が現れ、客席の関係者達のざわめきが、消えた。




「さっきの試験すごかったね、シャーロック君。びっくりしたよ」

「は、はい。光栄です、高……なのはさん」


 廃墟の中で向かい合い、言葉を交わす二人の距離はそう離れていない。
 だがだからこそ、シャーロックの緊張は再び高まっていく。
 うっかりファミリーネームを呼ぼうとし、慌てて言い直す姿もどこかぎこちない。
 なのははそんな様子に苦笑いをこぼすが、すぐに気を取り直す。


 さっきまでの数々の試験を見るに、シャーロック自身の能力も決して低くない上、管制デバイスとの連携も緻密に、アーマードデバイスを手足のように使いこなしている。
 これから行われるのがアーマードデバイスの能力を測るための模擬戦であるとはいえ、こちらに油断があれば思わぬ遅れを取るかもしれない。
 そう思わせるのに十分な力が、彼らにはあるのだ。


「それじゃあ、そろそろ始めようか」

「……はい、よろしくお願いします」


 念話でサーチャーを飛ばしている教導隊の隊員へまもなく開始の指示を出しながら言えば、それを聞いたシャーロックの表情は俄かに引き締まる。
 やはり、ただの臆病者ではないようだと、なのはは安心する。



「いくよ、レイジングハート」

<<All right,master.>>


 掌の上の赤い宝石を掲げるなのは。



「テイク・ミー・ハイヤー!」

<<Standing by.>>


 懐からカードを取り出すシャーロック。


「セーット、アーップ!」

「変身ッ!」


 二人は光に包まれ、模擬戦開始のゴングが鳴った。




 模擬戦開始直後、白いバリアジャケットに身を包み、その手に愛機レイジングハートを握ったなのはは、まず相手の様子を伺うために後方上空へと飛び上がり、後方約50m、高度は10mほどの位置に留まった。
 陸戦魔導師からすれば十分すぎる遠距離ではあるが、優秀な射撃能力を持つ空戦魔導師からすればすぐにも攻撃に移れる距離である。


 一方、バリアジャケットを展開するなり動いたなのはと対照的に、シャーロックはアーマードデバイスを装着してから一歩も動いていない。
 その場に留まっていた、アーマードデバイスの装甲転送による魔力光が薄れていくにつれてゆっくりとそのシルエットがあらわになっていく。


 なのははそれを見て、自分の周囲に四発の魔力弾を生成し、いつでも射出可能な態勢を整える。
 そうした上でシャーロックの出方を伺い、完全に姿を現したアーマードデバイスを見て、わずかに眉をひそめた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「アーマードデバイスの……」

「姿が違う……?」


 空間ディスプレイには、いくつものサーチャーからの映像が映し出されているが、今はその中の大部分がアーマードデバイスを映し出している。


 休憩前までのアーマードデバイスは、全身をバランス良く覆う鎧に、背部のブースターや頭部のアンテナなどいくつかのアタッチメントをつけたような姿であったが、今なのはの前にいるアーマードデバイスは明らかにそれと違っている。


 全身の体形が目に見えて細くなり、装甲がかなり薄くなっているのが見て取れる。
 その一方で背部のブースターと頭部のアンテナ類は大きく長くなり、出力が向上しているだろうことは間違いない。
 さらにブースターらしき噴射口は背部のみならず、両肩や脚部などにも小型のものが見られるため、それらをあわせた推進力はかなりのものになるだろう。


 アーマードデバイスの周りを飛び回るサーチャーが拡大画像をディスプレイに映し出し、さっきまでとは違うその姿と予測される能力に、客席から大きなざわめきが上がった。


「アコードちゃん?」

「ふふっ、やはり性能披露をするだけではつまらん。一つくらいは、サプライズがなければな?」


 いたずらが成功した、としか表現しようのない表情でディスプレイに指を刺すアコード。
 人差し指と親指だけを伸ばしたその手を、ばぁん、と口でつぶやきながら跳ね上げれば、胸元にある彼女のデバイス、ライト・イン・ユア・ハートがきらめき、それと同時にディスプレイの表示が切り替わった。


 相変わらずシャーロックとなのはを写している部分を画面の半分に押しやり、残りに映し出されたのは現在のアーマードデバイスの詳細データであった。
 見た目に違わず機動力重視の能力を持ち、稼働時間こそ元の装備と比べればはるかに短いものの、瞬間最大速度と加速力の数値で見るならば高速戦闘を得意とする魔導師に匹敵している。
 その装備の名は。


「高機動戦闘ユニット『アギラ』……」

「なるほど、なのはちゃんとの模擬戦のための切り札ってところやね」


 ディスプレイを見る観客達はそこに記されたデータに驚きの声を上げ、何人かははやてとフェイトの向こうに座すアコードにも眼を向けた。
 よもやこんなものを隠していようとは。
 そんな意思の透けて見える視線は心地よく、アコードはますます笑みを深めた。


「その通り。なのはとの模擬戦は、いかにシャーロックとアーマードデバイスの力をもってしても勝機が薄い。だから、策を講じたわけだ」


 アーマードデバイスのデータが縮小され、再び模擬戦会場の様子が拡大された。
 そしてそれを待っていたかのように、互いにじっと見つめ様子を伺っていた二人が、ついに動き出した。



 はじめに動いたのはシャーロック。
 脚部の魔力噴射でわずかに浮かび上がり、なのはに向かってホバー状態での移動を開始する。


 ただ一直線に向かって行くだけだが、なのはにひたと向けた顔は動かさない。
いつでも回避機動に入ることができるからこその、囮に近い機動なのだろうとなのはは判断した。


 ならば、こちらから攻めるまで。
 教導官としての使命感が、相手の戦術に合わせて最適の行動を選択させる。
 自分のまわりに浮かび、光を放っていた魔力弾のうちの二発を打ち出した。


「アクセルシューター、シュート!」


 誘導性能を付加されたその魔弾はシャーロックの移動に数倍する速度で左右から殺到。
 時間差をつけて迫るその弾道は相手の移動にあわせて常に自らの位置と軌道を調節し、初弾を回避した敵に対し二発目で必中を期す。
 ただそれだけのことではあるが、その二発がともに高性能の誘導弾であるという事実が加われば、これを完全に回避できる魔導師の数は激減する。
 ある程度の実力がある魔導師ならばどうとでも対処はできるが、実力が足りなければこれだけで終わる。


 そんな弾丸へと迫るシャーロックは、しかし動じない。
 ただなのはに視線を据えたまままっすぐと向かってくる。


 彼我の相対速度からすぐさま魔力弾が迫り、そして……。


 アーマードデバイスは一瞬だけ背部のブースターをふかし、魔力弾の前から消え去るように加速した。


「へぇ……!」


 ブースターから吹き出た魔力光をつきぬけ、目標を失って自壊する自分の魔力弾と、その場から数メートル離れた場所まで瞬時に移動したアーマードデバイスの姿を見たなのははわずかに驚きの声を上げると同時、半ば反射的に後ろへ下がりながら残りの魔力弾を放った。


 距離を詰めたシャーロックはそのまま飛び上がり、すぐさま迫ってきた魔力弾を右、左と連続してブースト噴射することによって回避。
 勢いのまま壁に着地し、そこから脚部の「強力」と噴射のタイミングを合わせてさらに跳躍し、後方へ下がって距離を取ろうとするなのはに迫る。


「テイク・ミー・ハイヤー!」

<<Shooting stand by>>


 なのはに向けて伸ばされた左腕の一部が展開。
 内蔵されていた射撃機構を起動し、魔力をチャージし、弾体を形成する。


「でも、まだ甘いよ!」


 しかしそれを黙って見過ごすなのはではない。
 格闘のレンジギリギリ外側にまで近づいたシャーロックに対し、誘導性能をつけない代わりに瞬く間に生成した魔力弾を叩き込む。
 弾数は6。
 あえて狙いは甘く、ばらけるように打ち出した。


「くっ!」

<<Boost!>>


 結果、広範囲に弾幕として繰り出された射撃は、シャーロックに大幅な回避を強いた。
 緊急加速で再びなのはの目の前に魔力光を残し、瞬時に離脱。
 なのはは、一瞬その姿を見失うが魔力光のたなびく方向から居場所を推測。
 機敏な動作で振り向きながら、その方向にシールドを形成する。


「レイジングハート!」

<<Protection>>

「シュート!」

<<Spread>>


 バギギギギギン!


 なのはのシールドに無数の魔力弾が弾け飛んだ。
 視線が追いついたなのはが見たのは、こちらに左腕を向けたシャーロックと、シールドに広がる魔力弾の残滓。


「この射撃……散弾!」


 そう、高機動戦闘ユニットアギラの射撃機構は、高速移動時の照準ブレと軽量化のためになされた武装の貧弱さを補うため、散弾を発射するようになっている。
 アギラの機動力で懐に潜り込み、至近距離からの散弾。
 それこそが、アギラの戦術である。



 散弾が防がれたと見るや、シャーロックは再びブーストで離脱。
 フィールド上に林立するビルの隙間へと、その姿を隠した。


「速度を生かして接近、射撃。失敗したら一端相手の視界から消えて、別方向からの奇襲を狙う。うん、高機動魔導師としての戦闘も良く分かってるみたいだね」


 シャーロックの取った戦術は基本的ではあるが、それゆえに間違いは少なく、そしてその錬度も決して低いものではなかった。
 ならば、もう少し本気を出しても良いかもしれない。
 今までのシャーロックの動きと、そこから予想される今後の戦況をめまぐるしく想像する頭の片隅で、なのはは機嫌良くそう思った。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 それからも、シャーロックは何度となくなのはに奇襲を仕掛けた。


 空を飛ぶなのはに対し、あるときは地上をホバー移動で動き回りながら射撃を回避し、隙を見て飛び上がっては射撃を繰り出し、またあるときは逃げながらビルの角を曲がったところで上昇、待ち伏せして挑む。


 だがそのどれもがあるものは回避され、またあるものはあらかじめ読まれていたかのように逆撃され、どれも決め手にはなりえなかった。


 そんな様子を見る客席の関係者達は、しかし落胆の声を上げはしなかった。
 なにせ相手は音に聞こえし高町なのは。
 なのはは「教導官の模擬戦」としての戦い方を貫いているが、だからと行って攻撃が甘いわけでもなければ、戦術に手を抜いているわけでもない。
 シャーロックは何度か軽い攻撃を被弾してはいるが、その後に迫る、普通の魔導師であれば既に何度となく倒されているだろう攻撃を回避し、反撃までしているのだ。


 シャーロックにとって不利な戦いであることは間違いないが、同時に善戦していることもまた事実であった。



 そして、そんな高速戦闘を逃さず見ている者が一人。
 ディスプレイに映し出されるなのはとシャーロックの戦闘を見ながらめまぐるしく目を動かし、フェイトはただ一人シャーロックの動きの全てを見ていた。


「さすがはフェイト。高機動魔導師だけあって、シャーロックの動きも全て見えているか」

「そりゃあ、フェイトちゃんやもん。……さすがにあたしは無理やけどな」

「いや、そんな……。でも、いくつか聞いて良いかな、アコード」

「なんだろう」


 フェイトはディスプレイから目をそらさぬまま、だがわずかに不安そうな表情を浮かべ、アコードに問うた。


「アギラの機動力は良く分かったよ。確かに、すごい。でも、あれは魔法で加速しているんじゃなくて、ブースターで速さを出してるんだよね?」

「その通り。だからこそ、高機動魔導師としての魔法を習得していないシャーロックでもああいった戦闘が可能となる」


 その会話の間にも、シャーロックは地上を滑るように走り、時折左右への高速移動も混ぜてなのはの攻撃を回避し続けている。
 狙いが外れて地面に着弾した魔力弾が吹き上げる粉塵が画面のあちらこちらで何度も上がっていった。


「……待ってや、魔法で加速してるんじゃないてことは、まさか慣性フルに掛かっとるん!?」

「そんなわけがないだろう」


 そういって、アコードが胸元のライト・イン・ユア・ハートに手を伸ばすと、空間ディスプレイの片隅にアーマードデバイスのデータが映し出された。
 そこには現在のアーマードデバイスの状態が示されており、ときどき瞬間的に魔力使用量のグラフが跳ね上がる一方、常に使用中と表示された魔法がある。


「慣性制御魔法、バーゲンホルム……?」

「その名の通り、慣性を制御する魔法だ。本来ならば加速魔法と言うのは自身を加速させる魔法と、それに伴う慣性の負荷を打ち消す魔法が必要だが、シャーロックはその二つを分解し、加速はブースターに任せ慣性制御を自分で行うことによってスキルの不足を補っている」

「なるほど、せやからあんなにすごい勢いで動いても大丈夫ってわけなんや」


 解説の合間にも、空中に魔力光を残して右へ左へ、近づき遠ざかりアーマードデバイスがめまぐるしく動いている。
 なのはの誘導弾や空戦機動、さらにはシールドに阻まれて直撃こそないものの、シャーロックが放つ散弾の数も決して負けていない。


「うん、それはわかったんだけど、もう一つ」

「なんでも聞いてくれ」

「シャーロックって、戦闘は得意ってわけじゃないんだよね?」

「ああ、アーマードデバイスのテストパイロットとなる前、陸士部隊にいたころから実戦経験もあるにはあるが、それよりも圧倒的に災害担当として活動していた時間のほうが長い」

「でも、だとすると……」


 アコードの返答に、口元を手で覆って考えるそぶりを見せるフェイト。
 その目は相変わらず高速で動きまわるシャーロックを正確にとらえているのだろう、遠距離からなのはとシャーロックの戦闘を俯瞰するウィンドウに向けられ、目まぐるしく動いている。


「どしたん、フェイトちゃん」

「うん、あのね。多分なのはは、今までにもなんどかシャーロックはを設置型のバインドで捕らえようとしてると思うんだ。でも、彼は一度も引っかかってない……ほら今も!」


 フェイトが指摘した瞬間、なのはに接近しようとしていたシャーロックが突如横方向に加速し、攻撃を中断した。
 なのはを中心に写しているサーチャーからの映像には、その様子にわずかに眉をひそめたなのはが映っている。


「今も、きっと近づいてくるシャーロックをバインドで捕まえようとしたはずなんだけど、でもシャーロックはまるでそれに気付いているみたいに避けた。さっきだけじゃない、これまでに何度も」


 言われてみれば、とはやては思う。
 確かにアーマードデバイスの戦術、実力は大したものだが、はやての知るなのはならば捉えられないほどのものではない。
 空戦魔導師としてのスキルも経験も圧倒的にシャーロックを凌駕しているのだから、あえて隙を見せるなりなんなりしてバインドをかける、といういつもの戦法がそろそろ効いてもいいころだろう。


「そこにも気付くとは、やはりさすがだな、フェイト」


 ますます機嫌が良さそうな表情を浮かべ始めたアコードが、再びライト・イン・ユア・ハートの淵をなぞった。


 するとまたディスプレイに新たなウィンドウが浮かび上がる。
 そこに映るのは、目まぐるしく変わる映像。
 常にその中心になのはの姿があり、前後左右に激しく動いているところからするに、おそらくシャーロックの視界をそのまま取り込んだものなのだろう。
 だが、その映像には奇妙な点が一つ。
 自分と相手がどれほど動いても常になのはを中心に据えようと動くその画面の中、なのはのまわりに薄い桃色の光が見えるのだ。
 その光はときに集まり、ときに循環して常になのはの周りにあり、その中から魔力弾が発射される他、シャーロックは決してその光が集まっている場所に近づこうとせず、もし自分の進路上にその光が移動してくることがあれば即座に接近を中止して回避した。


「あれって……まさか!」

「察しがいいな、フェイト。あれはアギラのセンサーを総動員して分析した、高町なのはの魔力を可視化したものだ」

「魔力を可視化って……そんなことできるん!?」

「見ての通りだ。とはいっても、ああも目まぐるしい戦闘中では精度もろくに上がらんし、高速機動をサポートするために大量のセンサーを積んだアギラでもなければデータが足りん上に、時間が経てば経つほど計算するデータ量が膨大になるために長時間の使用は不可能だ。量産型への搭載は難しいだろうな」

「でも、ああして魔力の流れを見ることができれば設置型のバインドがあっても見抜けるし、ある程度は攻撃の先読みもできる……すごい能力だよ」

「まあな。一週間前に模擬戦の相手がわかってから、まだ構想段階だったものを急ごしらえで実装したんだ。このくらいのことはできなければな」


 くしくしと目をこするアコードの顔には、確かに疲労の跡がある。 
 だがたとえ体を酷使していたとしても、センサーからの情報を複合して魔力を可視化するというものが、わずか一週間で作り上げられるようなシステムだとは、はやてもフェイトも思えない。
 このアコードと言う少女もまたまぎれもない天才なのだろうと、その一事を以ってしてもあきらかだった。


 いまアコードがしたのと同じようなことを、雛壇の前に立つ副室長が関係者に説明している。
 その様子に真剣に耳を傾ける関係者たちからは、徐々に興奮していく気配が伝わってくる。
 あるいはこれなら本当に、高町なのはにも……。
 そう思っているのだろう。


 はやてもまた、同じことを思っていた。
 本気の実戦ならばいざ知らず、ランクが上の空戦魔導師に陸戦魔導師が勝利する、そんな光景が、アーマードデバイスならば見られるのかもしれない。
 そしてはやては、わずかな興奮を胸にフェイトとアコードに問うてみた。


「じゃあ、その辺も含めた上で二人に質問や。シャーロック君の勝率、どんなもんやと思う?」

「あんまりないね」

「まず勝てないだろうな」


 返事はすぐさま帰ってきた。
思いもかけず即答されたこととその内容に、はやては眼を丸くする。


「ず、ずいぶんあっさりしてるんやね……結構いい勝負してると思うんやけど」

「うん、確かによく避けてるしバインドにもつかまってないけど、そろそろなのはも慣れてきたみたいだから……」

「ああ、明らかに被弾する回数が増え始めている。いかにバインドを避けて致命傷を与えられることが無いとはいっても、このままではすぐに負けるな」


 その言葉を裏付けるように、ディスプレイの中の戦況は徐々になのはのペースに傾いてきた。
 奇襲と一撃離脱が主であったシャーロックの戦法が読まれはじめたか、何度となく接近するもその進路上にバインドをこれ見よがしにセットされて進路変更を余儀なくされ、そうして避けた方向には誘導弾が待ち構えている。
 アギラの機動力でそれすら回避を続けてはいるが、腕や足など末端部を中心に既に何発かの魔力弾が命中している。
 このまま続けていれば、そう遠くないうちに蓄積したダメージが機体性能に影響を与え、シャーロックは敗北することになるだろう。


「……なるほど。さすがに、空戦S+にはまだかなわへんってことかな」

「ああ、今のままならな」

「今のままってことは、何か秘策があるの?」

「……まあ、見ていろ」


 それまで、たとえシャーロックの不利を告げるときでも淡々としていたアコードの表情が変わる。
 歯をむいて笑い、どこか好戦的な野獣を思わせる顔だった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「くっ……! ダメだ、全然近づけない」

<<Damage rate 45%>>

「これ以上は動きも鈍くなってくるか……さすがだな、なのはさんは」


 テイク・ミー・ハイヤーが告げる機体状況は楽観できるものではない。
 高機動戦闘ユニット「アギラ」を使い全力の高速戦闘に望み、それでもなお何発かの魔力弾は被弾している。
 残りの稼働時間も短く、蓄積され始めたダメージからは、これ以上の戦闘は不利になるだけだと告げている。


 今も接近しようとした進路上に狙い澄ましたようにバインドが設置されており、気付いて回避を行った方向から三発の誘導弾が飛来する。


 とっさに身をひねってかわすものの、一発はかわしきれず脚部に命中した。


「うわわっ! 緊急加速!」

<<Emergency boost>>


 衝撃で体勢を崩すも、半ば無理やり加速することでその場からの離脱を図ると、次の瞬間にはさっきまで自分のいた空間を数発の魔力弾がそれぞれ別の方向から貫いた。
 もしも判断が一瞬遅れていれば、あの魔力弾によってKOされていたことだろう。


 そんなきわどい交差が何度となく続き、シャーロックは戦力的にも精神的にも、もはやあとが無いほどに追い詰められていた。


 このままでは、ただ何もできないままで負ける。
 元々スキルの面でも経験の面でも勝てる要素はなかったが、このままでは一矢報いることすらなく倒される。


 だが、アーマードデバイスを、開発室の仲間の期待を背負い、そんな不様は許されない。
 なぜなら、まだ一手、とっておきの奥の手が残っているのだから。


「……これは、そろそろ一か八かでやるしかないかな」

<<Yes. Please attack with brave>>

「ああ、それじゃ、いってみようか!」

<<All right! Maximum drive!!>>


 主の声に応え、テイク・ミー・ハイヤーが装甲内をめぐる魔力にさらなる活力を与えた。


 その瞬間からアーマードデバイスの動きがまた一段と鋭くなったと、なのははすぐに気がついた。
 加速の度、明らかに舞い散る量が増えたブースターの魔力光に、予想した位置よりも離れた位置まで移動しているアーマードデバイスの姿。
 それらから勝負に出たのだと察し、なのはは思わず笑みが浮かぶのを感じる。


「……うん、そろそろ決めようか、シャーロック君」

「はい! 全力で行きます!!」

「いいよ。君の、君たちの全力全開を見せてみて!」


 自分の周りを一時も止まることなく動き回るシャーロックの返事が、あらゆる方向から聞こえてくるように錯覚させる。
 高機動魔導師との戦闘の常として、一瞬も気を抜くことができない厳しくも充実した戦闘の時間が、もうすぐ終わろうとしている。
 これから繰り出されるだろうシャーロックの最高の一撃を受けきること。
 それこそが、教導官としての高町なのはの役目なのだ。


「テイク・ミー・ハイヤー!」

<<Invisible flash starting>>


 一端地上に降りたシャーロックが、ブースターを使わず強化された脚力のみで左右のビルの壁を蹴り、なのはの元へと迫ってくる。
 なのはは自分の周囲に設置型のバインドをストックし、それを回避した後に通るだろう軌道へ魔力弾を走らせる。
 これは、ここまでシャーロックに対抗するためにかなり有効だった戦術だが、そんなことはシャーロック自身が誰より知っている。
 ゆえに、いかなる方法を使ってかこれを越えてくることは間違いない。
 なのははレイジングハートを強く握りしめ、相手がどんな行動に出ても対処できるよう、神経を張り詰めさせた。



 ビルを蹴りながら高度を上げなのはに接近するシャーロックの、アーマードデバイスによる視界にははっきりと設置型バインドの形跡が映し出されている。
 そして、同時にこれ見よがしになのはの周囲をめぐる魔力弾。
 隠す気も一切なく、これまでと同じ方法で、しかしさらなる確実さを持ってこちらを落とすとなのはのその行動が告げている。


 これからシャーロックが行うのは、模擬戦の相手がなのはだと知った一週間前に考えだし、魔力の可視化と並んで即席でアーマードデバイスに搭載した新機能。
 作動テストは行っているので性能に不安はないが、それでも相手が高町なのはであれば、おそらく効果は一瞬。
 その一瞬で勝負を決められなければ、それだけで自分の負けになる。


 現状を認識し、覚悟も済んだ。
 ならば、あとは行くだけだ。



 地面にひかれた道幅は車道が二車線、それほど広くない道の両側に立ち並ぶビルの壁を蹴り、シャーロックは特に策もないように見えるままなのはに接近する。
 これまでの速さを知るなのはは、下手な行動を起こせば後の先を取られかねないため空中に留まったまま、シャーロックの出方を待つ。


 壁を一蹴り、二蹴りするたびになのはへと近づくシャーロック。
 とん、と軽い音と共に壁からはなれ、なのはとほぼ同じ高さへ。


 もう一度反対の壁を蹴り、なのはよりわずかに高い位置から迫る。
 そして、なのはの設置したバインドに触れようとしたその瞬間、



 シャーロックの姿が、なのはの視界から消え失せた。



「!?」


 なのはを襲う混乱。
 目を離してはいない。
 意識を逸らしてすらいない。
 だが、今まさに目の前にいるはずのシャーロックがいない。


「ッ高速移動!」


 しかしすぐさまさっきまでの高速移動によるものだと当たりをつけ、その移動先を追う。
 追おうとして、しかしシャーロックが今まで高速移動をするたびに見られたブースト噴射の魔力光が無いことに気がついた。


「やられたっ!」


 これが、シャーロックの奥の手、インビジブル・フラッシュ。
 それまで何度となく見せたアーマードデバイス各部のブースターを使って加速する際に発生する魔力光を無色のものとすることで、どこへ移動したかを分からなくさせるための機能。
 ブースター内部にチャージし、加工した魔力にしか作用しないために準備に時間がかかる上、使えるのはその一度だけにすぎない。
 しかしその効果はそれまでの速度と移動に慣れている相手であればあるほど効果的であり、実際なのははこのとき完全にシャーロックの居場所を見失っていた。


 しかし、それでも高町なのははエース。
 高機動魔導師を相手にする以上、見失ってしまうことは十分に想定されている。
 おそらく相手の視界から姿を消したシャーロックはなのはが設置したバインドの位置を正確に把握し、その切れ目から近づいて至近距離での散弾攻撃を狙ってくるはず。
 ならば、意図的に開けてあるなのはへ至る侵入経路を見ればそこに……。


「いない!?」


 そう、シャーロックの姿はない。
 一度姿を隠したとはいえ、時間をおけば探査魔法によってその所在が知られる以上、間をおかずに奇襲をかけなければ意味が無い。
 だというのに、唯一と言っていい接近経路にその姿が無いのだ。


「……まさかっ!」


 なのはが振り向いたのは真後ろ。
 特に多くのバインドを設置し、決して進むことなどできぬ不落の道となした空域。
 フライアーフィンの出力を全開に、レイジングハートの切っ先を向けながら体全体で振り向いたそこに、シャーロックが今まさに迫っていた。


「おおおおおおおおおお!」


 なのはが振り向いたのに気付き、声をひそめる意味が無くなったシャーロックが雄叫びを上げながら突っ込んでくる。
 その迷いない様子にまさかバインドが消されたかと不安に思うものの、そんな形跡はありはしない。
 しかしこれだけの気迫をこめていながら、ただ無策の特攻だともまた思えない。
 バインドに捕まると考えて攻撃を選ぶべきか、それともシールドで防御を固めるべきか。


 その迷いがなのはの反応をわずかに遅らせ、そしてシャーロックの最後の一手を許すこととなった。



 シャーロックは急速になのはへと近づき、その途中に設置されたバインドへと迫る。
 アーマードデバイスが感知した、なのはの数メートル手前に流れるバインドの魔力光へと自分の体が触れようとした、その瞬間。


 全身を覆う「軽量」の魔力回路と全ブースターに魔力を最大投入。
 魔力回路からの光で青く染まったアーマードデバイスは、最大加速で設置型バインドの並ぶ空間を飛び抜けた。


「!?」


 瞬時に懐まで接近したシャーロックの姿に、なのはは言葉を発する余裕を失った。



 シャーロックが行ったのは、ごく単純なことである。
 設置型のバインドは、空間内のとある一点にバインドをあらかじめセットしておき、そこに触れる物があれば即座に捕縛する魔法である。
 それを回避する方法は、そもそもバインドのある場所に近づかないことともう一つ、バインドがある空間を通っても、魔法が発動し、捕縛を完了するまでの一瞬の間に通り過ぎてしまえばよいのである。


 アギラの最大出力の加速ならば、それが可能。
 なればこその、この勝機。
 シャーロックは、左腕のカートリッジをロードし、左腕をなのはにつきつける。


「バースト!」

<<Shooting!!!>>


 ズドォンッ!!!!


 バリアジャケットの上から、ほぼゼロ距離射撃。
 いかに高町なのはの防御力であろうとも、直撃ならば決してただでは済まない威力の散弾が打ち出され、噴煙と共になのはがきりもみしながら吹き飛ばされていった。



 しかし。



「……僕たちの、負けか」

<<Sorry master>>


 しかし、それと同時にシャーロックは左腕以外の両足と右腕をバインドに拘束されていた。
 胴体の中心を狙ったはずの射撃も、なのはは咄嗟に身をひねってシールドを張ることでシャーロックの魔力弾を受け流している。
 きりもみ回転はそのとき殺しきれなかった衝撃によるものだが、その状態でもシャーロックに向けたレイジングハートの照準は揺るぎもしない。


 シャーロックがバインドを掻い潜ってから攻撃に転じるまでの一瞬の静止。
 そのわずかな時間でバインドとシールドを形成し、シャーロックの攻撃の無力化と拘束をやってのけたのだ。


「ディバイィィィィン……ッ!」


 姿勢を直す時間すら惜しいのか、いまだきりもみ回転をしながら、その回転軸に据えたレイジングハートをまっすぐシャーロックに向けながら魔力をチャージ。
 テイク・ミー・ハイヤーも懸命にバインドの解除を試みているが、既に稼働時間が限界に近く、魔力残量が少ない今の状態ではすぐに解除することはできない。


「バスタァーーーーーッ!!!!!」


 全力を出し切ったシャーロックに悔いはない。
 力が及ばなかった無念と、それと同じくらい感じる全力を出し切った爽快感を胸に、空中に磔にされたシャーロックの視界を、桃色の閃光が埋め尽くしていった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 「ふはは、バカめ! チートもないオリ主ごときがなにをしようと、管理局の魔王にかなうと思ったか!」
 というお話。 


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